ホークウインド戦記
〜約束の空〜
3
ワードナの地下迷宮は全十層で構成されている。
多くの冒険者達の手により少しずつ進められた探索で、全体の構造や内部の様子、仕掛けられたトラップなども今ではそのほとんどが解明されている。
しかし、今もって分からない謎も多い。
中でも冒険者の間で議論になったのが、「ワードナはこれ程の規模の迷宮を、どうやって一夜で完成させたのか?」であった。
あの夜、トレボーの下から魔よけが盗まれるまでは、このような迷宮など存在しなかったはずである。
しかし一夜明けてみると、城塞都市のすぐ目の前に地下迷宮への入り口がポッカリと口を開けていたのだった。
ワードナの持つ強大な魔力で造ったとか、オークやトロールなどの魔物を労働力としたなどの意見が飛び交ったものだ。
しかし、現在もっとも有力とされている意見は次のようなものである。
地下迷宮自体は最初からこの地に有ったもので、塞がれていた迷宮の入り口だけを魔よけを盗んだワードナが開けたのではないか。
実際には入り口を開けただけなのに、それまで地下迷宮の存在を知らなかった者にとっては、ワードナが一夜で地下迷宮を築いたように思い込まされただけなのではないか、と。
また、最近ではこの地下迷宮は「ワードナの地下迷宮」とは別の呼ばれ方をしていた。
狂王トレボーが冒険者達に課した試練の場、すなわち「狂王の試練場」である。
ここから転じてワードナとトレボーは同一人物なのではないか、などの噂も上がったりしたのだが、それに関してはまあ眉唾であろう。
「マロールで飛ぶかぁ?」
迷宮に下りるやいなや、ウォーロックが相変わらずろれつの回らない声で聞いた。
「いや歩く」
アイロノーズが一言で答えて方針が決まる。
誰も反対する者などいなかった。
パーティの目的は打倒ワードナである。
地下迷宮の奥深くに潜むワードナの下へ辿り着くまでに、呪文は出来るだけ節約しなければならない。
確かに、瞬間移動の呪文マロールで一気に飛んでしまえば早いし、ライバルパーティに先んじる事も出来ただろう。
しかし、マロールは魔法使いの7レベル呪文に属している。
同じレベルには最大の攻撃呪文ティルトウェイトも属しているし、何よりマロール自体も迷宮脱出の切り札となる重要な呪文である。
安易に使うべきではない事は、皆が理解していた。
それに、歩くといってもエレベーターを乗り継げば目指す地下十階までの道のりはそれ程長くはない。
出現するモンスターも、打倒ワードナを目指す程のパーティなら簡単に葬る事の出来るものばかりだ。
アイロノーズを先頭に、ハヤテと鷹奈。
その後ろに後衛の三人、ルーン、ウォーロック、ルシアンナが続く。
地下特有のじっとりと湿った空気が一行を包む。
カビ臭さ、獣の臭い、血の臭い、そして死体臭。
様々な臭いが入り混じった独特の臭いが地下迷宮には充満している。
下りてすぐの地下一階の南西部は、三つの玄室とそれを結ぶ通路で構成されていて、初心者にとっての訓練の場となっていた。
この区画から外へ出なければ道に迷う心配は無いし、何かあった場合でもすぐに救出を受けられる。
この付近に出没する魔物といえば、不定形生物であるバブリースライム、ブタに似た顔を持つ亜人種のオーク、犬のような亜人種のコボルトなどである。
コボルトの死体から作り出された不死の怪物、アンデッドコボルトが初心者パーティには厄介な存在と言えるだろう。
もっともこれらのモンスターは、熟練の冒険者達の姿を見るなり一目散に逃げ出すものなのだが。
一行は南西部の区画を抜け中央通路を北に進んだ。
この先にある、全ての灯りを遮断してしまうダークゾーンを抜ければ、地下四階まで下りられるエレベーターに辿り着く。
ダークゾーンに進入するには地下二階で手に入る金の鍵という通行証が必要だ。
それは、初心者を卒業した中級程度のパーティなら容易に回収出来る場所にあり、打倒ワードナを目指すパーティなら必ず一つは携帯しているアイテムである。
もちろんハヤテ達のパーティもその例外ではない。
アイロノーズが軽く金の鍵をかざして一行はダークゾーンに吸い込まれていった。
全く視界が利かないダークゾーンも彼らにとっては通い慣れた道である。
壁に手を付き仲間の足音に耳をすませながら迷う事無く進んでいく。
元々闇に潜む存在である忍者のハヤテはもちろん、相手の気を読む事に長けた侍の鷹奈にとっても、ダークゾーンなど大した障害にもならなかった。
もしもここで魔物の襲撃を受けたとしても、正確に相手の急所を突いて息の根を止める自信すらあった。
やがて視界が回復する。ダークゾーンを抜けたのだ。
そこには、かつてトレボーが送り込んだ近衛兵団が設置したと云われるエレベータの乗り場がある。
アイロノーズが迷う事無く地下四階のボタンを押す。
エレベーターはウーガチャガチャンと金属がきしむかん高い音を立てて、パーティを闇の底へと誘っていく。
エレベーターが止まればそこはもう地下四階である。
「念の為唱えておくかの」
老練の僧侶、ルーンが静かに呪文の詠唱を始めた。
迷宮内を明るく照らすロミルワ、パーティの守備力を高めるマポーフィック、遭遇した魔物の種類を瞬時に識別出来るラツマピックの呪文を短時間で完成させた。
迷宮内を明るくすればそれだけ闇に潜む敵からの奇襲に遭う危険を減らす事が出来る。
守備力を上げる事で敵からのダメージを軽減出来る。
そして敵の種別を瞬時に特定出来れば、その魔物に合わせた無駄の無い戦い方が可能となるのだ。
あらかじめ危険に備える事でパーティを護る、優秀な僧侶とはそういうものだ。
エレベーターから北へ通路を進むと、モンスターコントロールセンターと呼ばれる区画がある。
警報音と共に際限なく出没する魔物の群れ。
かつてはハヤテ達もこの場で戦いを重ね己の技量を磨き上げたのだった。
出遭う魔物も地下一階に出現するものとは比較にならないほど手強くなる。
ライカンスローブと呼ばれる獣人ワーベア。
炎のブレスを吐く巨大な昆虫ドラゴンフライ。
闇の住人シェイド。
いずれの魔物もこちらが少しでも油断をすればたちどころに命の危険にさらされてしまう難敵であった。
やがて、それらの魔物を相手に真の実力を身に付けたパーティは、モンスターコントロールセンターの中枢に挑む事になる。
そこにはハイニンジャを中心としたプロの戦闘集団が待ち構えていた。
闇に狂った戦士の集団が力任せに襲い掛かる。
魔法使いが容赦なく炎や氷の殺戮呪文を浴びせてくる。
聖職者の名を捨てた僧侶が致死の呪文を唱えてくる。
そしてニンジャの一撃は数々の冒険者の首を斬り落として絶命させたという。
多くの冒険者が儚き命を散らす中、それらの敵を撃破したパーティはブルーリボンと呼ばれる階級証を手にする事になる。
そしてその階級証があれば、このフロアの南部に設置されている、地下九階へ直通している第二エレベーターを使用出来るのだ。
地下一階からのエレベーターを下りた一行は、迷う事無く通路を南へ進んだ。
既にブルーリボンは手に入れている。
北部にあるモンスターコントロールセンターには用は無かった。
と。
一行の行く手を遮るように立ちはだかる一団の姿があった。
オーガと呼ばれる悪鬼である。
獣の骨を削って作った棍棒に迷宮で命を落とした冒険者から奪い取ったと思われる小型の盾で武装した悪鬼の集団は、今日の糧を求めてハヤテらに襲い掛からんとしていた。
「ひぃ〜ふぅ〜みぃ〜の・・・全部で六体か。結構いるわね。何か唱えようか?」
ルシアンナが指を差しながらオーガの数を確認する。
あまりに敵の数が多い場合は遠慮無しに呪文を使ったほうが早く安全に戦いに勝利出来るのだが。
「任せろ。いくぞ鷹奈」
「はい」
ハヤテと鷹奈がサッと目配せを交わす。
まずは鷹奈が腰にある刀を抜きオーガ目掛けて突き進んだ。
一番手前にいたオーガの喉下を刀の切っ先がかすめると、オーガは苦悶の表情を浮かべる間も無く絶命してしまった。
これに動揺した残りのオーガに、鷹奈の背後から高く飛翔したハヤテが襲い掛かる。
オーガの頭上から舞い降りたハヤテが手にした忍者刀を振り抜く。
次の瞬間、オーガの首が胴から切り離されて自分の足元にゴロンと転がっていた。
仲間をやられて怒ったオーガが力任せに棍棒を振り回すが、鷹奈はそれを余裕で見切ってかわすと、敵が姿勢を崩した一瞬の隙を付いて袈裟懸けに斬って捨てる。
初めは六体いたはずの仲間があっという間に半分に減らされて戦意を喪失したオーガが次々に逃げ始めた。
「遅い!」
逃げるオーガにハヤテが追い討ちを掛ける。
悪の戒律に属する者は、たとえ相手が許しを乞うても、たとえ逃げ出したとしても敵を仕留めるまで戦いの手を止める事は許されない。
それが迷宮内で生き残るすべと教え込まれてきたのだ。
ハヤテがオーガの背中から心臓を狙って忍者刀を一突きする。
「ぐ・・・がっ」
それがオーガの最後の悲鳴だった。
「ちっ、二体は逃したか。俺もまだまだ未熟だな」
「いえ、なかなかのお手並みでしたよ」
ハヤテと鷹奈が自らの得物を収める。
「あっという間だったな。さすがにホークウインドの名前は伊達じゃない。まあ少しはオレ様にも獲物を回して欲しいものだが」
アイロノーズもそうは言うものの、二人の戦いぶりに不満があろうはずがない。
これなら打倒ワードナも間違いなく行けるとの確信を抱いていた。
「邪魔者も始末したし、先を急ぎましょう」
ルシアンナが第二エレベーターの通行証であるブルーリボンをヒラヒラと振りかざす。
一行は静かにエレベーターに乗り込んだ。
次の目的地は地下九階である。