ホークウインド戦記
〜約束の空〜

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26

 事態を静観していた大魔導師ワードナだったが、さすがに動揺の色は隠せない。
 永き眠りから目覚め地上を目指してきたのだったが、召喚した魔物はハヤテらによって次々と打ち倒され、今また朋友バンパイアロードを失ったのだ。
 魔よけは復活した女神ドリームペインターの胸にペンダントとして下がっている。
 あれを自らの手中に収める為には、そう簡単には行かないだろう事は容易に想像出来た。
 しかも相手は鷹羽の覚醒によって復活したホークウインドである。
 呪文だけで押し切れるとも思えなかった。
 ワードナが虚空に右手を差し出して短い呪文を詠唱する。
 すると、その手には青白く輝く剣が握られていたのだった。
「あれは、ドリームペインターの祭壇に祀られていた剣だよ」
 フラムが叫んだ。
 墓所迷宮の地下七階にあったピラミッド。その頂上に設置されていた祭壇からは、剣が一振りだけ消えていたはずだった。
「やはりヤツが持ち出していたんだな」
 一般の冒険者の魔法使いなら扱えないはずの長剣でも、ワードナなら難なく使いこなすだろう。
 そう踏んでいたハヤテには、それはさして驚くような事ではなかった。
「油断するなよハヤテ。アイツがただの魔法使いじゃない事はハヤテが一番知っているはずだ」
「ああ。だがそれは鷹羽も同じだろう?」
「違いない。私もかつて鷹奈としてヤツと戦ったのだからな」
「ならば説明は不要だな」
「おう」
 鷹奈の転生体として過去世の記憶を引き継いで今の時代に生きる鷹羽である。
 その記憶の中には、もちろんあの戦いの事も鮮明に残されていた。
 ワードナの一挙手一投足から放つ呪文のタイミングとその威力まで。
 過去世の記憶を覚醒させた鷹羽にとっては、もうワードナは未知の敵ではなくなっていた。
 ハヤテが右に。
 鷹羽が左に。
 ワードナを挟んで反対の位置まで走ると、そこから一気に攻撃を仕掛ける。
 もう打ち合わせなどは必要無い。
 身体が反応するままに動くのみである。
 
 一方ワードナは、ホークウインドによる同時攻撃に素早く対応していた。
 呪文の詠唱を開始すると同時に振り上げられる長剣。
 確実に相手を撃墜するには、呪文はギリギリまで引き付けてから放ちたい。
 しかしそれがわずかでも遅れてしまったら、逆にこちらがやられてしまう。
「ワードナ!」
「覚悟!」
 左右から迫り来るホークウインド。
 ワードナはまずハヤテに対してラハリトを放った。
 これだけの至近距離、それに加えて迫り来る敵の速度。
 いくら体術に優れた忍者とは言え、そうそうかわせるものではないはずだ。
 そう踏んだワードナは迎撃の対象を鷹羽に切り替える。
 振り下ろされる刀に対しては長剣で受け止めてやれば良い。
 その後、反撃にマダルトでもお見舞いしてやればダメージとなる。
 しかし。
 ワードナの計算は全くと言っていいほどに見当違いなものとなってしまったのだった。
 至近距離で放たれたワードナのラハリトは確実にハヤテを捉えていた。
 しかしハヤテは忍者刀を振りかざしてラハリトの炎を斬り裂いて突き進む。
 鷹羽が繰り出す一刀はワードナの長剣によって受け止められてしまった。
 しかしワードナとてそれほど剣の扱いに長けている訳でもない。
 鷹羽と一対一で斬り合いとなれば、分が悪いのはワードナである。
 反撃の呪文など唱える間も無く、鷹羽に押し切られるワードナ。
 そこへラハリトの炎を掻い潜ったハヤテが迫る。
 ハヤテの攻撃を防ごうと、義手である左手で身を護るワードナ。
 しかしハヤテは構わずに忍者刀を振るった。
 ガツーン。
 金属が弾かれる重い音が響く。
 そしてワードナの左腕からは義手が消えてなくなっていた。
 ハヤテの忍者刀によって飛ばされた青白き義手はふわりと宙を漂い、どさりと床に落ちる。
 300年前の戦いと同じように、またも左腕を失ったワードナ。
 その表情が凍り付く。
「ワードナ、その命もらった!」
 ここが決め所とばかりに鷹羽が追い討ちを掛ける。
 右腕一本になったワードナに対して縦横に刀を振るう。
 ワードナは長剣で辛うじて受けながらも、必死に鷹羽の攻撃から転げるようにして逃げ回る。
 ワードナの身体が部屋の片隅へと追いやられてしまった。
 もう逃げ場は無い。
(勝った!)
 鷹羽がワードナへ最後の一太刀を浴びせんと刀を振り上げた。
 その時。
 ワードナの口元がわずかに歪んだのをハヤテは見逃さなかった。
「鷹羽、深追いはするな!」
 ハヤテが叫ぶのと同時に、部屋の中の空気が一気に収縮し始めた。
 それは大爆発の前触れ。
 ワードナは切り札となる最強の攻撃呪文ティルトウェイトを反撃の手段として選んだのだった。
 ワードナがニヤリと笑うと同時に業火が吹き上がった。
 そして、寺院の屋根をも吹き飛ばす大爆発。
「鷹羽ーぁ!」
 ハヤテの脳裏に300年前の悲劇が甦る。
 あの戦いで鷹奈は至近距離からワードナの放ったティルトウェイトの直撃を受け、そして命を落としたのだ。
 やはり歴史は繰り返されるのか。
「鷹羽ねえちゃーん!」
 ティルトウェイトによる爆風を凌ぎながら、ハヤテとフラムは懸命に鷹羽の姿を探す。
 やがて、爆発による炎と轟音と振動が鎮まった。
 屋根が消えた事により流れ込んだ夜風が立ち込めた煙を運び去り、月明かりが大気の下にあらわになった室内を照らす。
「鷹羽ねえちゃん?」
 フラムがキョロキョロと視線を走らせるも鷹羽の姿は見当たらない。
「まさか・・・」
 ハヤテの胸を絶望が襲った。
 だが・・・
「魔法使いがなまじ剣など使うものではないな」
「鷹羽か!」
 姿は見えないものの、聞き馴染んだ鷹羽の声が静かに響き渡る。
「剣を振り回す事に意識を奪われ集中し切れなかったのだろう。それとも年老いて衰えたのか?」
 鷹羽の声は、女神像が祀られてあった台座の方から聞こえている。
「いずれにせよ、呪文の発動が遅れたおかげで命拾いした。呪文の威力も300年前よりはずっと弱かったな」
 ドリームペインターがいなくなった台座はティルトウェイトによる高温のため、元の形が分からない程に溶けて崩れ落ちていた。
 その影から鷹羽がすっと立ち上がる。
 鷹羽はワードナが呪文を発動させるのを感じ取ると素早く台座の影に身を隠し、自分の周囲に気のシールドを張り巡らせて灼熱の業火から身を護ったのだった。
 ほとんど無傷に近いその姿に、ワードナの表情に苦悶の色が浮ぶ。
 動揺を隠せないでいるワードナに迫るのはハヤテ。
 満月を背後に大きく跳躍するとそのままワードナへと急降下する。
 とっさに呪文での迎撃は間に合わないと判断したワードナは右手に持った長剣を上空へと差し出す。
 ハヤテの繰り出す忍者刀とワードナの手にある長剣とが正面から激突する。
 ガツンと金属同士がぶつかり合うと、刀身が真っ二つに折れたのはハヤテの忍者刀だった。
 剣の扱いには不慣れなワードナではあるが、ドリームペインターの祭壇に祀られていた青白き剣の切れ味はそれを十分に補ってくれる。
 しかしハヤテは冷静だった。
 着地と同時に横へ跳ぶと腰に帯びていた鷹奈の脇差を抜き、再びワードナへと襲い掛かる。
 白髪を振り乱したワードナは憤怒の形相で長剣を振りかざすも、ハヤテには通用しなかった。
 身体をわずかにひねっただけでワードナの長剣をかわすと、ハヤテの放つ一刀がワードナの胸元を大きく斬り裂く。
 紫のローブが鮮血で黒く染まった。

 何故だ?
 剣では渡り合えない、呪文も通じない。
 追い込まれたワードナは戦いの矛先を転じる事にした。
 長剣を頭上に掲げ、ドリームペインターへと向かったのだった。
 ワードナの狙いはドリームペインターの首から下がっている魔よけである。
 まずは魔よけを手に入れ、その力で窮地を脱しようというのだ。
 ドリームペインターは六枚の翼をひるがえしてワードナの攻撃をかわすのだったが・・・
 ワードナが執念と共に振るった剣の切っ先が、辛うじて魔よけを下げる鎖の部分に引っ掛かった。
 鎖が切れた魔よけはドリームペインターの胸元を離れ・・・
 そのまま緩やかな弧を描いて宙を飛んだ。
 ワードナの顔に歓喜の色が浮ぶ。
 魔よけを掴まんと、ワードナは手を差し出す事になる。
 既に義手となる左腕は切り落とされていた。
 握っていた長剣を投げ捨てて差し出されたのは右手。
 ワードナは素手で魔よけを掴んだのだった。
 ついに魔よけを手にした。
 喜びに身体がうち震えそうになる。
 しかし、それもつかの間だった。
 ワードナは決して犯してはならないミスをしてしまった事に気付いたのだ。
 魔よけは素手で掴んではいけない。
 魔よけを自在に扱う為にあえて左腕を再生させずに義手を装着したのではなかったか。
 ワードナの顔が再び凍り付いた。
 そして。
 魔よけを掴む右手を中心に、紅蓮の炎がワードナの身体を包み込んだ。

「これで終わりだ、ワードナ!」
 ハヤテの声が轟く。
 ワードナを挟んで反対側には、既に鷹羽の姿があった。
 ホークウインドの二人が同時に動く。
 全く同じ距離を全く同じ速さで駆け抜けた二人は、全く同じタイミングで刀を振るった。
 ハヤテの脇差と鷹羽の刀がワードナの首元で交錯する。
 二人はそのまま速度を落とさず、燃え盛るワードナの身体の脇を逆方向に駆け抜けた。
 正面と背後から同時に切断されたワードナの頭部は、炎に包まれながら真っ直ぐ上へと弾き飛ばされた。
 頭を失った身体がどうと崩れ落ち、更なる炎が吹き上がる。
 くるくると回りながら宙を舞ったワードナの頭は、そのまま炎の中に落下した。
 ハヤテ、鷹羽、フラム、そしてドリームペインターが見詰める中、ワードナの身体を全て焼き尽くすまで炎は決して消えなかった。
 大魔導師の最後を見守るように、夜空に浮ぶ満月が煌々と輝いていた。

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