ホークウインド戦記
〜約束の空〜
エピローグ
ワードナの身体を焼き尽くした炎が鎮まると、屋根を失った大僧正の間を優しい月明かりだけが照らしていた。
しんとした静寂が訪れる。
その静寂を破ったのはフラムだった。
「ドリームペインター様、お願いがあります」
「何ですか?」
真剣な瞳で女神の顔を見上げるフラムを、ドリームペインターの慈愛に満ちた瞳が包み込む。
「アタシもバンパイアロードと同じように永遠の眠りに就かせて下さい」
「何を言うんだフラム!」
フラムの願い事を聞いて声を荒げる鷹羽。
一方ハヤテは、やはりか、といった表情でフラムを見詰めていた。
「鷹羽ねえちゃん、約束したよね。全部終わったらちゃんと話すって」
「ああ。そうだったな」
「アタシはフラックだった。鷹羽ねえちゃん思い出した? 昔アタシは鷹奈さんとも戦ったんだよ」
「覚えている・・・」
鷹羽の脳裏の中に、あのワードナの地下迷宮でのフラックとの戦いが鮮明に甦る。
「アタシはね、アタシは・・・」
その後フラムは自分の事について余すところ無く語った。
ワードナの復活を監視するために何度も人として生まれ変わった事。
礼拝堂で戦ったディンクの正体。
そして。
「鷹羽ねえちゃんと出逢った時、一目で分かったよ。あの時の侍だって。そして寺院に収容されているハヤテあんちゃんの収容期限がもうすぐ明ける事も。
そうしたら二人を逢わせてやりたくなっちゃった。お節介だったかな?」
「そんな事はないぞ。ありがとう、フラム」
「ワードナの復活は阻止したし、二人を引き逢わせてやる事も出来たし、もう思い残す事はないや」
「フラム、私達とはまだまだこれからだろう」
「そうかもね。でも、もういい加減アタシもこの世に永くいすぎたの。ドリームペインター様ならきっと私を永遠の眠りに就かせてくれると思う。だから・・・」
「フラム!」
「鷹羽ねえちゃん、ゴメンね」
鷹羽が小さなフラムの身体をひしと抱きしめる。
二人の目からは大粒の涙がとめどなく溢れていた。
やがて。
フラムが鷹羽の身体からスッと抜け出した。
「ドリームペインター様」
「宜しいのですか?」
フラムは無言のままコクリと頷いた。
ドリームペインターの視線が鷹羽とハヤテへも向けられる。
鷹羽は泣きながら、ハヤテはそんな鷹羽の肩をそっと抱き寄せながら、二人は同時に頷いていた。
それがフラムの意思なら、と。
「分かりました」
ドリームペインターが六枚の翼をはためかせ、フラムの目の前へと舞い降りる。
「貴方に夢を見せてあげましょう。これは優しい夢です。貴方に安らかな眠りを」
ふわりと差し出されたドリームペインターの指先がフラムの額に触れた。
一瞬で眠りに落ちるフラム。
そして。
その身体が蛍が飛び散るかのように光の粒となって四散する。
「フラムー」
「・・・」
鷹羽とハヤテが見詰める中、フラムの身体から転じた光の粒はゆっくりと空へと昇り始めたのだった。
やがて、最後の一粒が空へと溶ける。
フラムの姿はもう何処にも無かった。
「かの者の夢は叶えられました。今度は貴方達です」
フラムを天へと送り届けたドリームペインターが、今度はハヤテと鷹羽を見詰める。
「見たい夢、叶えたい夢はありませんか?」
「俺の夢は叶ってしまった。もう十分だ」
ハヤテが鷹羽の肩を引き寄せた。
「そうだな。私も叶えてもらう夢は無いと思う。今は思いつかない」
鷹羽も静かに首を振った。
「そうですか。ならば貴方にはこれを授けましょう」
ドリームペインターがふわりと宙を移動する。
そこに落ちていたのは・・・
「魔よけ?」
ワードナの身体を燃やし尽くした炎に包まれても、焦げ痕一つ残っていない魔よけが落ちていた。
ドリームペインターは魔よけを拾い上げると短く呪文の詠唱をする。
一瞬、魔よけがピカッと輝くと、ワードナの剣によって切られた鎖も修復されている。
「さあ、これを」
ドリームペインターが鷹羽の首に魔よけを掛ける。
「触っても・・・?」
「大丈夫です。貴方と貴方の大切な人、そして貴方の血を引く者。魔よけはきっと貴方の周囲の人々を、大いなる力で守護し続けるでしょう」
鷹羽が恐るおそる、首に下げられた魔よけに触れる。
魔よけに埋められた宝玉がキラリと輝いた。
「それでは、私もそろそろ天界へと帰るとしましょう」
「ドリームペインター様、行ってしまわれるのですか?」
「ええ。ずいぶん永い間、天界を留守にしましたから」
ドリームペインターが六枚の翼を力強く羽ばたかせると、その身体か勢い良く上昇する。
「ドリームペインター様、フラムをよろしく」
「世話になった」
鷹羽とハヤテの言葉に優しく微笑むと、ドリームペインターは月明かりに照らされた天へと昇っていった。
翌日。
ハヤテと鷹羽は寺院の関係者からワードナ復活劇に関する顛末についての事情聴取を受けた。
二人は出来るだけ正確に答えたのだが、ただフラムの事だけは話さなかった。
魔よけについては鷹羽が所持する事も認められた。
鷹羽以外の人間が扱える代物ではないとなると、寺院側も折れざるを得なかったのだろう。
寺院は、二人に貴族階級を与えるから街に留まるようにと提案したのだが、ハヤテと鷹羽はそれを断った。
かなりの額になる報奨金を受け取ると、城塞都市を旅立ったのだった。
そして、翌年の春。
ハヤテと鷹羽はホウライの野山の中にいた。
春の日差しを受けて満開に咲く桜の下を二人は並んで歩いていた。
「綺麗なものだな、この桜という花は」
鷹羽は初めて見る桜にすっかり心を奪われていた。
「約束していた。一度見せてやりたかったんだ」
「鷹奈に、か?」
「ああ」
「それならもう気にするな」
桜を見上げる鷹羽の横顔に、ハヤテの視線が止まる。
「これを返そうと思っていたんだが」
ハヤテが一振りの刀を取り出した。鷹奈の残した脇差である。
「ハヤテが持っていてくれ。その方が鷹奈も喜ぶだろう」
「そうなのか?」
「私が言うのだから間違いはないだろう。何と言っても私は鷹奈だからな。いや、鷹奈ではあるが私は鷹羽で・・・よく分からん話だ」
桜を眺めながらアハハと笑う鷹羽。
「鷹羽、最後にもう一度だけアイツの名前を呼んでも構わないか?」
鷹羽の視線がハヤテへと向けられる。思い詰めたその瞳に、鷹羽は無言で頷いた。
「鷹奈、すまなかったな。約束を果たすのに300年も掛かってしまった」
「構いません。ハヤテはこうして約束を果たしてくれたではないですか」
ふんわりと微笑む鷹羽の顔に鷹奈の面影が浮ぶ。
「鷹奈・・・」
「ふふふ、鷹奈の口真似だ。似ていただろう」
「驚いた。本当に鷹奈かと」
「だがなハヤテ、私は鷹奈ではない。確かに記憶は受け継いだかも知れない。
だが私は鷹羽だ。本当に私で良いのか?」
鷹羽の問いにハヤテは迷わず答えた。
「ああ。鷹羽が良い。俺の隣にいつまでも一緒にいて欲しい」
「本当だな? 約束だからな」
「約束だ」
「私は約束を果たしてもらうのを300年も待ったりはしないぞ。今日から始まって、そして永遠にだからな」
「ああ。永遠に約束、だな」
300年の時を超えて永遠を誓った二人は今、身体を寄せ合いキスを交わした。
二人の想いが永遠に続くようにと祈りながら。
遥か彼方の山間の上空には、大空の下で風を受け、力強く羽ばたく一羽の鷹が見られた。
その姿は、魔物と戦う為に地下迷宮を疾駆し刀を振るう、ホークウインドと呼ばれた二人の姿にどこか似ていた。
ホークウインド戦記〜約束の空〜・・・END