ホークウインド戦記
〜約束の空〜

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25

「神代の昔、魔族との戦いに敗れた私は、モノ言わぬ彫像へと姿を変えられてしまいました」
 復活を遂げた美しき女神ドリームペインターが清浄なる声で話し始めた。
 予想外の出来事に、その場にいた者は誰も戦いを忘れてしまっていた。
「しかしながら、人間界の動向は常に感じ取っていましたし、『夢』という形でわずかながらも人類に干渉する事もありました」
 ドリームペインターが見せた夢は現実に叶う事があるとフラムは言っていた。
 そんなものは迷信かと思っていたハヤテだったが、実際に女神を目の当たりにしたとあっては信じざるを得ないような気がするのだった。
「邪悪なる大魔導師ワードナ、残念ながら貴方の復活を許す訳にはいかないようですね」
 女神の言葉にワードナの顔が歪んだ。
「しかし、私には直接貴方を打ち倒す事は出来ないでしょう。何故なら貴方は私を信仰しないでしょうから。私の夢の力は、私を信じる者にしか及ばないのです」
 ドリームペインターはそこで一旦言葉を切ると、六枚の翼をひるがえして動き始めた。
「そこで私は、ワードナの復活を阻止せんとする者に力を貸す事にします。貴方は鷹羽といいましたね」
「はい」
 ドリームペインターの呼び掛けにおずおずと返事をする鷹羽。
「私を忌まわしい呪縛から解放してくれた貴方に夢を見せたいと思います」
「お言葉ですが・・・今はワードナとの戦いの時。のんびり夢など見ている場合では」
「大丈夫です。貴方の精神に働きかるだけですから。ほんの一瞬で済みます」
 ドリームペインターはふわりと浮いた体勢のまま、鷹羽の額に軽く触れた。
 すると・・・
 鷹羽の脳裏に次々と浮かび上がってくる記憶の断片。
 自分は今、仲間達と地下迷宮を歩いていた。
 隣にはハヤテが並んでいた。
 目の前の扉を開けて部屋の中へ突入した。
 ワードナとバンパイアロードが待ち構えていた。
 そして。
 繰り広げられた激しい戦いの末、命を落としたのは他ならぬ自分だった。
 それはこの世の自分ではないけれども、かつて何処かで間違いなく存在したもう一人の自分の記憶。
「ああ、これは・・・」
「それは貴方の記憶の断片。心の奥に沈んでいた過去世の記憶です」
「過去世の記憶・・・」
「思い出しましたか?」
 ドリームペインターが問い掛ける間にも鷹羽の脳裏に次々と浮んでは消える記憶の断片。
 鷹羽の中に鷹奈としての記憶が甦り、しっかりと刻まれていくのだった。
「思い出した・・・」
 それは覚醒の瞬間。
「私は」
 鷹羽の目が力強く見開かれる。
「かつて鷹奈として生きていた」
 その瞳からは完全に惑いの色が消えていた。
「ハヤテと共に」
 獲物を狙う鷹のような目がワードナに向けられた。
「ホークウインドと呼ばれた侍だぁ!」
 叫ぶと同時に放たれた居合いの刃が再びワードナへと迫る。
 先程のものよりも早く切れ味の鋭い刃は、そのままワードナの身体を直撃する。
「ワードナ、300年前の借りがあったのはどうやらハヤテだけではなかったようだ。私の分もきっちりと返させてもらうぞ」
 怒りに満ちた瞳がワードナを見据えていた。

「どういう事だ? 鷹羽・・・やっぱりお前は鷹奈、なのか?」
「すまないハヤテ。どうやら私はハヤテが最初に言った通り鷹奈だったらしい」
「そんな、まさか・・・」
「信じられないだろう。私だってそうだ。だが」
 鷹羽はそこで言葉を切ると、ワードナとバンパイアロードをぐっと睨む。
「話は後だ。今はヤツラを倒さないとな」
「ああ。ホークウインドの復活だ」
 300年前の戦いで失った鷹奈と再会し、もう一度ホークウインドとして共に戦う。
 ハヤテにとっては叶えたくても叶えられなかった夢が今現実となったのだった。
 お互いに視線を交わして頷き合うと、二人は大空へ飛び立つ鷹のように力強く地を蹴って動き出した。
「何がホークウインドの復活だ。お前たちは忘れたのか? 300年前のあの戦いでお前たちは負けたのだ。歴史は繰り返す。今度も勝つのは我々だ」
 ホークウインドの二人を迎え撃つはバンパイアロード。
 ワードナを護るように立ちはだかると鋭く伸びた爪をしならせて戦いに備えた。
 先制攻撃とばかりに鷹羽がバンパイアロードへと居合いの一刀を放つ。
 今までは鷹羽の刀による攻撃を華麗に受け止めていたバンパイアロードも、実態を持たないこの攻撃を爪で弾き返す事は出来ない。
「クソっ」
 蒼いマントをひるがえして身を隠し、居合いの刃のダメージを最低限に抑えようとするのだが・・・
 その瞬間、バンパイアロードの視界が自らのマントでわずかに遮られた。
 その隙を逃さずハヤテが忍者刀を振るう。
 グサリ。
 確かな手応えがハヤテに返ってくる。
 バンパイアロードの胸元が大きく斬り裂かれるも、不死族であるが故に血など流す事は無かった。
 しかしハヤテの放った一刀は、確実にバンパイアロードにダメージを負わせていた。
「行ける」
 この戦法は有効と分かると、鷹羽が再度居合いの刃を放つ。
「そうそう同じ手は喰わんぞ」
 鷹羽の行動を予想していたバンパイアロードは風の刃をひらりとかわす。
「ふっ」
 バンパイアロードの反応を見た鷹羽の顔に笑みが浮んだ。
 何故なら・・・
 バンパイアロードが居合いによる一刀をかわして逃げた先には、既にハヤテが待ち受けていたのだった。
「ハァー!」
 またも煌めくハヤテの忍者刀、その一撃がバンパイアロードの身体を大きく切り裂く。
「まだ、だ・・・まだ私は倒れる訳にはいかないのだ。ワードナ様の復活を成し遂げなくてはならぬ」
 ハヤテに傷付けられた胸を押さえながら、バンパイアロードが息も切れ切れに吐き捨てた。
「何故だ?」
「何故、とは?」
 ハヤテの問い掛けに苦しそうに応えるバンパイアロード。
「不死王であるお前が、大魔導師とは言え所詮は人間のワードナの復活に何故そこまでこだわる?」
「それはな・・・私自身の完全なる死のためよ」
「完全なる死、だと・・・?」
「そうよ。もし私が今貴様らに倒されたとしても、私の身体はすぐさま再生を遂げて復活してしまう」
 バンパイアロードの言葉にはハヤテにも思い当たる節があった。
 300年前の戦いでルシアンナのジルワンで倒されたはずのバンパイアロードだったが、その数日後には何事も無かったかのように復活して、ハヤテの前に姿を現したのだった。
「しかし私は永く生き過ぎたのだ。もうたくさんだ。私はもう眠りたいのだ。どうか私に完全なる死を与えて欲しい。
 ワードナ様はそんな私の願いを聞き入れて下さったのだ。魔よけの研究が完成した暁には、私に完全なる死を約束する、と」
「なんというヤツだ・・・」
 それは、自らの死を望むが故の戦いだった。
 不死王として悠久の時を過ごしてきたバンパイアロードは、自分に完全な死を与えてくれる者の為に戦い続けてきたというのだ。
「だから私はワードナ様を護らねばならぬのだ。魔よけを手にして完全復活を遂げたワードナ様は、私に完全な死を与えて下さるだろう。それを邪魔する者は許さん」
 不死王であるが故の死に対する執着。
 バンパイアロードが邪魔者を消す為に必死に爪を振るうのをハヤテが忍者刀で受けては返す。
 その傍らで、バンパイアロードの言葉を聞いていたフラムがドリームペインターへと話し掛けた。
「ドリームペインター様、貴方の夢の力でバンパイアロードを永遠の眠りに就かせる事は出来ませんか?」
「フラム?」
「鷹羽ねえちゃん、アタシもバンパイアロードの気持ちは分かるんだ。だってアタシはフラックだったから」
「フラム、お前・・・」
 思い掛けないフラムの告白に言葉を失う鷹羽。
「アタシも永い時間を過ごしてきた。だからもう終わりにしたいってバンパイアロードの気持ちは分かるよ」
「フラム、まさか! お前まで・・・」
「ドリームペインター様、お願いします」
 鷹羽の言葉を遮るように、フラムはドリームペインターへと語り掛ける。
「やってみましょう。ですがその前に、貴方達がまずバンパイアロードを打ち倒して下さい。
 バンパイアロードが仮の死に陥る寸前、私が夢を見せましょう。永遠の眠りに落ちる夢を」
「ありがとうございます。さあ、鷹羽ねえちゃん」
 フラムはドリームペインターにペコリと頭を下げると鷹羽を促して戦いの場へと赴いた。
 ここは鷹羽も頭を切り替えるしかない。
「ハヤテ、ドリームペインターが力を貸してくれる。今度こそバンパイアロードを完全に打ち倒すぞ」
 言葉と共に、居合いの一刀を放つ鷹羽。
 真っ直ぐに空を切って突き進む刃は、確実にバンパイアロードを捉える。
「ぐわっ・・・」
 そこへハヤテの忍者刀が唸りを上げた。
 その切っ先がバンパイアロードの喉笛を斬り裂く。
 交錯した両者の身体が離れ、一瞬の静寂。
 そして。
 言葉を失い、顔面を硬直させたバンパイアロードがどどうと崩れ落ちる。
「かの者に安らかなる夢を」
 ドリームペインターがふわりと近付いてバンパイアロードの額に優しく触れる。
 すると・・・
 それまで苦悶に満ちた表情をしていたバンパイアロードの顔がわずかにほころんだのだった。
 うっすらと笑みを浮かべたバンパイアロードはやがてガックリと事切れてしまい・・・
 その身体は水が蒸発するように次第に消えて無くなってしまった。
「かの不死王は今、自らの意思で永遠なる眠りに就きました。もう二度と復活する事は無いでしょう」
 ドリームペインターがバンパイアロードの完全なる死を宣言した。

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