ホークウインド戦記
〜約束の空〜

戻る


23

 フラムがディンクと戦っている一方で、ハヤテと鷹羽は礼拝堂脇の階段を駆け上がり二階へと到達していた。
 そこはロビーのようなスペースになっていた。
 寺院の僧侶達のための憩いの場といったところだろうか。
 ハヤテの左腕の傷が更に痛みを増す。
 ワードナはもうすぐそこにいるはずだ。
 しかし、そのロビーにもやはりワードナの置き土産が待ち構えていたのだった。
「グレーターデーモンか!」
 ハヤテの額から汗が滴り落ちる。
 かつて、ワードナの地下迷宮において数々のパーティを壊滅させたという蒼き悪魔、それがグレーターデーモンである。
 爬虫類の鱗のような皮膚は固く、戦士の一撃をも容易に弾き返す。
 脅威的なまでの呪文無効化能力に加えて、自らも高度な呪文を操る。
 そのような能力を持つ悪魔が、次々と魔界から仲間を呼び寄せて常に集団で襲い掛かるのだ。
 その恐ろしさは実際に戦った者でなければ分からないだろう。
 しかし今ハヤテと鷹羽の目の前にいるのは一体のみだった。
 寺院のロビーは迷宮内程天井が高くないため立ち上がれないでいるらしい。
 グレーターデーモンはひざを着いて太い前足で身体を支える、いわゆる四つん這いの姿勢になっていた。
「グレーターデーモン、あれが・・・」
 初めて蒼き悪魔を目にする鷹羽である、その姿に圧倒されそうになる。
「ヤツが仲間を呼ぶ前に倒さないとな。鷹羽、やれるか?」
「無論だ」
「よし、まずはモーリスを唱えてくれ。少しでもヤツの動きを鈍らせたい。呪文詠唱の時間は俺が稼ぐ」
 ハヤテの指示に無言で頷くと、鷹羽は呪文の詠唱に入った。
 魔法使いの呪文を習得する侍ではあるが、その力量となるとやはり本職には大きく劣る。
 詠唱の為の時間も魔法使いよりは長く掛かるのも仕方ないところか。
 また、高い確率で呪文を無効化してしまうグレーターデーモンに対して攻撃呪文を放つのはほとんど無意味と言って良いだろう。
 ここは補助呪文を有効に活用して戦いを少しでも有利に展開させたいところだ。
 ハヤテがグレーターデーモンの目の前へと飛び出す。
 四つん這いの姿勢のグレーターデーモンは、左右の腕を交互に振り回してはハヤテを捕まえようとする。
 もしもグレーターデーモンに捕まってしまいその巨大な爪を突き立てられてしまったなら、たちどころにマヒと猛毒を受けてしまうだろう。
 治療役の僧侶がいない現状では、それは絶対に許されない事は言うまでもない。
 ハヤテはグレーターデーモンの腕が届かないギリギリ外側の間合いをキープしていた。
 そして虚しく空振りするグレーターデーモンの腕を掻い潜り、肩口に忍者刀による一撃を浴びせてはまた後ろへ跳んで間合いを取る。
 そのような攻防が二度三度と続く頃には鷹羽の呪文の詠唱が完成していた。
「モーリス!」
 グレーターデーモンの視界を暗闇が包み込み、その動きが鈍くなる。
「良いぞ、鷹羽」
「これくらい訳も無い」
 呪文の出来に満足した鷹羽が今度は攻撃に加わる。
 ハヤテとは反対側へ回り込み、グレーターデーモンの撹乱を誘うべく走り回る。
 鷹羽の太刀筋は鷹奈のそれとよく似ていた。
 だからハヤテには鷹羽がどう動くのかが手に取るように分かるようになっていた。
 鷹羽に合わせてもらうのではなく、ハヤテが鷹羽の動きを読み取り、うまくサポートする形で立ち回れば戦いの流れがそれだけスムーズになる。
 グレーターデーモンがハヤテ目掛けて腕を振り回す。
 そこへすかさず鷹羽が斬り付ける。
 今度は鷹羽へとグレーターデーモンの注意が向いているところへ、反対側からハヤテが攻撃を仕掛ける。
 別に合図なども必要無い。
 二人の思惑がピタリと一致しているのだ。
 地下八階でゴーレムと戦った時とは比べ物にならないくらいにハヤテと鷹羽の息は合ってきていた。
 その事に一番驚いているのは他ならぬ鷹羽自身だった。
(ハヤテの動きが分かる)
 それが何故かは分からない。
 しかし今や鷹羽には、ハヤテの一挙手一投足までもが正確に読み取れるのだった。
 更に不思議な事には、姿を見ただけで気圧されそうになってしまったこの巨大な悪魔相手の戦いも、ハヤテと一緒だと思うと怖さを感じなくなっているのだった。
 グレーターデーモンの腕が鷹羽に伸びて来た時にはハヤテがフォローを入れてくれる。
 反対に、ハヤテが襲われた時には鷹羽がフォローに回れば良い。
 難しく考える必要など何も無い。
 身体が動くのに任せて自然に戦えばそれだけで十分だった。
 
 ただ腕を振り回して獲物を追い掛けるだけでは戦況は不利と見たグレーターデーモンが突如動きを止める。
 魔物特有の唸り声と共に紡がれる低い韻律。
 それは攻撃呪文を放つ前触れだった。
 呪文に関してはやはり鷹羽の方がより精通している。
「ハヤテ、マダルトが来る!」
「分かった」
 短い言葉のやり取りだけで二人の意思が通じ合う。
 放たれたマダルトの嵐を二人が左右に分かれて跳んでかわしてしまう。
 パーティの中に魔法使いがいれば、ラハリトなどを放って相手の呪文を相殺してしまう事も出来たのだが、鷹羽にそれを求めるのは無理だろう。
 それよりもフットワークを生かしてマダルトの効果範囲から逃げてしまうのが簡単かつ確実な対処法だ。
「お返しだ!」
 反撃とばかりに鷹羽が自らの気を乗せた居合いの刃を放つ。
 放たれた刃は冷気の渦を切り裂くように突き抜け、グレーターデーモンの胸部を深くえぐった。
 そこへすかさずハヤテが追い討ちを掛ける。
 鷹羽が付けた傷痕に重ねるように忍者刀を横に薙いだ。
 グレーターデーモンの悲鳴と共に魔族特有の青い血が飛び散る。
 絶対絶命、追い込まれたグレーターデーモンは最後の切り札とばかりに低い咆哮を上げ仲間を呼び始めた。
「しまった、仲間を呼ばれたらマズイぞ」
 ハヤテが叫ぶのに鷹羽がいち早く反応する。
 再度放った居合いの刃がグレーターデーモンの口元へ直撃し、そのまま喉の奥まで侵入する。
「グっ・・・ガガガ・・・」
 居合いの刃で声帯を潰されたグレーターデーモンはもう仲間を呼ぶ為の咆哮を上げる事すら出来なくなる。
 二人はなおも攻撃の手を緩めない。とどめを刺すべく最後の攻撃を仕掛けた。
 グレーターデーモンの正面から突撃するように鷹羽が走る。
 それを見たハヤテがすかさず横へ回り込んだ。
「ハッー!」
 グレーターデーモンの顔面を割るように、鷹羽が上段から刀を叩き込む。
「タァー!」
 それと同時にハヤテの忍者刀が煌めくと、グレーターデーモンの首筋をスパーンとすり抜けた。
 鷹羽に額を割られ、ハヤテに頚動脈を切断されたグレーターデーモンは四つん這いの姿勢のまま激しく全身を痙攣させる。
 やがて。
 大量の血を吹き出しながら蒼く巨大な身体がどどうと崩れ落ちた。
 その様子を眺めながら、鷹羽がポツリともらす。
「私は・・・どうしてしまったのだ?」
「鷹羽?」
「ハヤテとは今日初めて一緒に戦ったのだぞ。それなのに、今の戦いは・・・
 まるで昔から幾多の戦いを潜り抜けてきたパートナー同士みたいだったではないか。どうして私にそんな事が出来たのだ・・・」
「それは・・・」
 少し興奮気味に捲くし立てる鷹羽に、ハヤテは応えてやる術を知らなかった。
 何故かは分からないが、鷹羽の動きや戦い方、繰り出す太刀筋などは鷹奈のそれと酷似していた。
 だからハヤテは昔鷹奈と共に戦ったように動いただけなのだ。
 鷹羽の動きを感じ取り、鷹羽に合わせて自然に動いたまでの事だった。
 だが、ここで鷹奈の名を出す事は出来ないだろう。
 そんな事をすれば、鷹羽が余計に混乱するだけだ。
 一方鷹羽の方はどうだったのか。
 ハヤテが鷹羽に合わせて動いていたように、鷹羽もまたハヤテに合わせて動いていったような気がするのだった。
 鷹羽には過去にハヤテと共に戦った記憶は無い。
 しかし、身体が記憶していたとしか思えないほど自然にハヤテの動きに反応していたではないか。
「相手はあのグレーターデーモンだそ。私は今日初めてあんなバケモノと戦ったのだ。だけど・・・全く怖いとは思わなかった。何故だ・・・?」
 淡々と言葉を紡ぎながら、鷹羽はハヤテの顔を見詰めた。
 混乱。
 しかし答えは分かっているような気もしていた。
 何故グレーターデーモンが怖くなかったのか?
 それは、ハヤテと一緒だったからに他ならないだろう。
 もしも一人だったなら、否パートナーがハヤテでなかったなら、あの巨大な悪魔を打ち倒す事など不可能だったはずだ。
「私は一体・・・」
 一人思い悩む鷹羽。
 そこへ。
「二人とも、大丈夫だった?」
 ディンクとの戦いで全身傷だらけになったフラムが駆け込んで来た。
「フラム、無事だったか!」
「うん。ハヤテあんちゃんも無事だったんだね」
「フラム・・・」
「鷹羽ねえちゃん?」
 鷹羽のただならぬ様子に首を傾げるフラム。
「フラム、あの時の言葉はどういう意味なんだ? 私が昔フラムと戦ったとか言っていただろう」
「あー、それは・・・」
 言葉に詰まるフラムにハヤテが助け舟を出す。
「鷹羽、色々考えたい事もあると思うが俺達にはまだやらなければならない事がある。今は一刻も早くワードナを追うんだ」
「鷹羽ねえちゃん、約束する。全部終わったらキチンと説明するから」
 ハヤテとフラムの言葉にも鷹羽はしばしうつむいていたのだが・・・
「分かった。私の事よりまずはワードナだな」
 気持ちを切り替えるように大きく息を吐いて呼吸を整える鷹羽。
 その顔からはすでに迷いの色は消えていた。
「行くぞ。ワードナはすぐそこだ」
 ハヤテの先導で三人が動き始めた。

続きを読む