ホークウインド戦記
〜約束の空〜

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21

 地下四階を駆け抜けたハヤテ達は上へと続く階段まで辿り着いていた。
「ここから先は今までとは比べ物にならないくらい複雑な迷路になるから。絶対にアタシからはぐれないで」
 フラムの表情が今までになく険しいものに変わった。
 今いる地下四階でさえ、壁の位置が周期的に変化したり一方通行のシャッターに退路を絶たれたりと、かなり複雑に思えたのだが、それ以上となるとハヤテにはこの先どんな迷路が待ち受けているのか想像も出来なかった。
 フラムを先頭に階段を上る。
「ここはもう地下一階なんだよ」
「それじゃあ出口は・・・」
「すぐそこだと思う? 甘いよ、鷹羽ねえちゃん。
 地下三階から一階までは、数多くのワープやシュートや階段で複雑に絡まっているの。アタシも全ての繋がりを把握している訳じゃないんだ。
 でも出口までの最短ルートだけは頭に入っている。だけどそこから外れちゃうと・・・」
「外れると、どうなる?」
「迷子になるだろうね。だからそうならない為にも、絶対に道は間違えられないの」
 初めて見るフラムの真剣な顔に思わず気圧されそうになるハヤテと鷹羽。
「それじゃあ行こう。まずは最初が肝心っと。ここで間違えたら大変だからね」
 目の前には扉が三つ。
 フラムはその中から迷う事無く真ん中の扉を選んだ。
 その先にあるシュートに飛び込んで出た通路を進むとまたシュート。
「最初の難関がここかな」
 周囲に視線を巡らせながらフラムがぼやいた。
 そこは地下五階と同じような、光と闇が交錯するエリアだった。
 更には明るい場所には回転床が設置されているので、とにかく方向感覚を見失いやすい。
 しかしフラムはためらう事無く闇と回転床に踏み込んで行く。
 二つ目の回転床に辿り着いたところで、周囲の壁の様子を確認する。
「鷹羽ねえちゃん、一回だけ方向を確認したいんだけど」
「分かった」
 鷹羽がデュマピックを唱えると空間に現在いる階層の様子が表示される。
「よし大丈夫。このまま進むよ」
 ハヤテには何が大丈夫なのか分からなかったのだが、フラムには十分な情報だったらしい。
 壁を頼りに現在位置と方位を確認しながら闇と回転床を抜けると再びシュートが待っていた。
 問答無用でシュートに吸い込まれると、ハヤテと鷹羽はもう自分達が何処にいるのか全く分からなくなっていた。
 こうなると頼りはフラムだけである。
「まだまだ先は長いからね」
 フラムの案内にも二人はただ黙って頷くのみだった。
 のこぎりの刃のようにギザギザに走る通路の片隅にあった階段を上る。
 この階段は、普通のものとは違って一方通行だとフラムは説明してくれた。
 つまりは後戻りは出来ないという事である。
 一方通行の階段を使って出た先は、薄い壁で仕切られた迷路状のエリアだった。
 フラムは迷う事無く通路を進み、新しい階段まで案内する。
「ここらでやっと半分かな」
 フラムの言葉に気持ちを引き締めながら、三人は階段を上った。
 その階段のすぐ脇に、今はもう光を失い闇に沈んだ魔方陣が存在した事など誰も気付かなかった。
 その魔法陣はワードナが最も頼りとする僕を召喚したものだった。

 階段を上ったはずなのに、出た場所は地下三階だという。
 若干変形した渦巻き状の通路を一気に駆け抜け、終着点にあったシュートに飛び込む。
 三人がシュートから放り出された、その時だった。
 ズガ〜〜〜ン・・・
 闇の彼方から爆音が聞こえてきたのだった。
「何だ、今のは?」
「何処かで何かが爆発したようだな」
 訳が分からず顔を見合わせるハヤテと鷹羽。
「まさか・・・ワードナが結界を破壊したんじゃ・・・」
 フラムの顔が引きつった。
「結界?」
 ハヤテには耳馴染みの無い言葉だった。
「この墓所迷宮の出口には、巡回兵に登録していない者を通さない為の結界が張られていたんだ。地下一階の北東部。私達が朝ここへ下りた階段のすぐ脇だ」
「うまく行けばそこでワードナを捕まえられると思っていたのに」
 鷹羽とフラムが矢継ぎ早に説明する。
 どうやらワードナは何らかの方法でその結界とやらを破壊したらしい。
「ちょっと待て。という事は・・・」
「ああ、ワードナがついに地上へ脱出してしまったんだろうな」
 恐れていた事がついに現実になってしまった。
 墓所迷宮の地下深くに封印されていたはずのワードナが復活し、数々の警戒網を突破して地上へとその姿を現したのだ。
「とにかく急ぐよ」
 フラムの先導で三人はまた走り始めた。

 通路の先にある階段を上って出た先は小部屋が連続して並んでいた。
 ワードナが配した魔物が潜んでいないかと、一つひとつの扉を慎重に開けてようやく小部屋地帯を抜けるとシュートに飛び込む。
「ここが最後にして最大の難関だよ。しっかり付いて来て」
 フラムが叫んだ。
 そこは広い空間に隙間無く回転床が設置されていたのだった。
 三人が足を踏み入れたとたんにグルングルーンと回転床が発動する。
「ふう、これだから回転床は苦手なの」
 フラムは回転床に回される度に慎重に周囲の壁の様子を確認しながら進行方向を選択していく。
 壁に沿って、自分が今いる場所を見失わないように。
 回転床に振り回され、翻弄されなながらも、三人は確実に進んでいった。
 そして。
「ここで壁から離れるよ。目的のシュートの周りはダミーのシュートで囲まれているんだ。一歩でも間違えたら迷子になるからね」
 フラムが壁から身体を離し、回転床に埋め尽くされた空間へと進み出た。
 グルリ、グルリ。
 進む度に回転床に振り回されて方向と距離感を見失いそうになる。
 それでもフラムは周りの壁の様子から自分の居場所と進行方向をキチンと把握していた。
 ダミーのシュートを迂回するように回り込む。
「これだ。このシュートに飛び込めばもうすぐだよ」
 最後の確認とばかりに周囲の壁の配置や足元の様子などを慎重に見極めるフラム。
 そして。
「間違いない。行くよ」
「フラムが良いと思ったら行こう」
「ああ。こっちは最初からフラムに付いて行くしか無かったからな」
 三人で頷き合って最後のシュートに飛び込んだ。

「良かった。間違ってなかった」
 シュートを出た先で、フラムはホッと胸を撫で下ろしていた。
「さあ、出口はこっち」
 フラムが駆け出すのにハヤテと鷹羽も続く。
 しかし。
「あっ・・・」
「やはり」
 出口目前という所で、フラムと鷹羽の顔が凍り付いてしまった。
「どうした?」
「ハヤテあんちゃん見て。ここで何かを爆発させたような跡が・・・」
 言われて見れば確かに。
 辺り一面が黒く焼け焦げ、周囲には壁の破片などが飛び散っていた。
「この結界はどんな攻撃呪文を使っても破壊出来ないはずだが・・・」
 鷹羽がぼやくのにフラムが応える。
「呪文なんかじゃないよ。強力な爆弾を使ったんだ」
「爆弾? どうしてワードナがそんな物を?」
 復活したばかりのワードナが何処で爆弾を手に入れたのか?
 イヤ、そもそもワードナはどうやってこれ程の迷宮を迷う事無く突破したのか?
「バンパイアロードだ」
 ハヤテがポツリともらした。
「バンパイアロード?」
「ああ。ヤツがワードナ復活の手引きをしたに違いない。あらかじめ脱出ルートを調べ、脱出に必要な物も用意していたはずだ」
「そうか、あの時にバンパイアロードを仕留めてさえいたら・・・」
 地下七階のピラミッドの頂上でバンパイアロードと戦った時の事が悔やまれる。
「二人とも、考えるのは後にしよう。早くワードナを捕まえないと」
「ああ」
「そうだな」
 フラムに促されて、ハヤテと鷹羽が歩き出す。
 最後の階段を上る。
 そこはハヤテにも馴染み深い、城塞都市の街外れにある地下迷宮への出入り口だった。
「ようやく戻って来たね」
 道案内という大役を終えて安心したのだろう、フラムがホッと胸を撫で下ろす。
 ハヤテ達が迷宮に入ったのは早朝だったのだが、今はもうとっぷりと日が暮れてしまっている。
 東の空には昇り始めた満月が、まるでワードナの復活を祝福するかのように、禍々しいまでに赤く輝いていた。
 果たしてあの赤は、墓所迷宮で命を落とした巡回兵達の血の色なのだろうか・・・
「ワードナの狙いはただ一つ、魔よけだ。魔よけは何処にある?」
「おそらく寺院だ。その三階にある大僧正の間だろう。カントのクソ坊主どもが魔よけを独占しているんだ」
「寺院か・・・」
 その言葉を聞いてハヤテの胸に湧き上がったのはどんな想いだろう?
 300年前、鷹奈の蘇生に失敗し、法という名の下にハヤテ自身の命を奪ったのは寺院だった。
 そしてこの時代に生き返ったのもまた寺院のおかげだった。
 更にはワードナとの決着の舞台もどうやら寺院になりそうだとは。
「出来すぎだな」
 ハヤテはフッと笑った。
「よし、行こう。必ずワードナを仕留める」
「ああ」
「うん!」
 三人が城塞都市へと駆け出した。

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