ホークウインド戦記
〜約束の空〜

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 ハヤテ達が住む城塞都市はトレボー王の治世の下に運営されている。
 狂君主として近隣諸国からも恐れられているトレボーは、その飽くなき征服欲を満たす事無く次々と戦火を拡大させていった。
 トレボーの軍は連戦連勝、正に破竹の勢いだったが、それを可能にしたのがトレボーが肌身離さず身に付けていた魔よけだった。
 魔よけは、それを所持する者をあらゆる外敵から守護し続けてきたと云われている。
 剣や弓や大砲といった物理攻撃はもちろん、魔法による攻撃をも退けてきた。
 その恩恵はトレボー個人に留まらず、トレボー配下の近衛兵団にも及んでいた。
 しかし、それも長くは続かなかった。
 大魔導師ワードナによる魔よけの強奪。
 ある夜、トレボーの寝室に忍び込んだワードナは、まんまとトレボーから魔よけを盗み出してしまったのだった。
 そしてワードナは、城塞都市に隣接するように造られた地下迷宮の奥深くにその身を隠してしまった。
 更にワードナは自らの魔法によって異界から次々と魔物を呼び寄せては迷宮内に放ち、侵入者への備えとしたのだ。
 もちろん魔よけを奪われて怒りに震えるトレボーがワードナを許すはずがない。
 自慢の近衛兵団を地下迷宮に送り込むも、狭い迷宮の通路では指揮系統に混乱をきたし、慣れない魔物との戦いにいたずらに兵を失うだけだった。
 打つ手無しと思われたのだがトレボーは妙案を閃いた。
 それは、見事ワードナを打ち倒して魔よけを奪回した者には破格の報奨金を与え、更には近衛兵に取り立てるという条件で、広く一般から腕の立つ者を募って地下迷宮を探索させるというものだった。
 正に打倒ワードナと優秀な人材の発掘、確保という一石二鳥の妙案である。
 トレボーはこの御触れを城塞都市のみならず近隣諸国にも広く通達した。
 その結果、我こそはという猛者達が次々と名乗りを上げたのだった。
 ある者は立身出世を夢見て。
 またある者は地下迷宮で見つかる宝玉を求めて。
 そしてまたある者は自らを鍛える為に。
 それぞれ目的は違っても、地下迷宮へ下りる者は後を絶たなかった。
 それから十年。
 地下迷宮を探索する冒険者達は、確実にその成果を上げていった。
 今では地下迷宮の構造もほとんど解明され、そこに出没する魔物に関する情報もあらかた出揃っていた。
 最近では、今日明日にでも打倒ワードナの報せが届くのではないかとの噂話がそこかしこで飛びかっている。
 そんな中、ハヤテと鷹奈の所属するパーティも、有力な打倒ワードナ候補のひとつだったのだ。

「待たせたな」
「少し遅れましたでしょうか」
 ハヤテと鷹奈が集合場所である城塞都市の街外れに着いた時には、すでにパーティの仲間達が集っていた。
「なーに、時間通りさ、お二人さん」
 リーダー格でもあるドワーフの戦士、アイロノーズが陽気な声で応えた。
 ヒューマンやエルフよりも若干低い身長と、これでもかと言わんばかりの髭面は典型的なドワーフの身体的特徴を表している。
 多くのドワーフがそうであるように、この男もまたアックス系の武器を好んで使っている。
 頭には鉄兜、そして全身を覆うのはフルプレート。
 両手でアックスを振るうため、盾の類いは持たない主義のようだ。
「あーあ、良いわねえ鷹奈ちゃんは。朝からハヤテ君とラブラブじゃない」
 羨んでいるのか、それとも呆れているのかといった口調なのは、女魔法使いとしてパーティに参加しているルシアンナである。
 まだ二十歳に満たないながらも全ての魔法使いの呪文を習得した天才肌。
 冒険者としてはあまりふさわしくない、肩を大きく露出させた機能性よりもファッションを重視したピンクのローブがよく似合っている。
 鷹奈よりも深いブラウンの髪を見事にアップにまとめている。
「わたしなんかむさ苦しい髭オヤジに酔っ払い、それにジジイの相手してるってのにさ」
「いえ、私とハヤテは別に・・・」
「隠さない隠さない。みーんな知ってるんだから」
「はあ、そうですか」
 あけすけなルシアンナの物言いに気圧される鷹奈である。
「おぅ、酔っ払いで悪かったなぁ、るすぃあんなぁ」
 ろれつが回っていないのが、ルシアンナと同じく魔法使いのウォーロックである。
 年齢は五十を超える熟練の魔法使いではあるが、彼について語るには「酒」という言葉を欠く事は出来ない。
 一通りの酒を呑むが、中でもラム酒が一番のお気に入りらしい。
 今も真紅のローブの懐に隠し持ったラム酒のビンをチビチビとやっている最中だった。
 本人曰く「素面の時よりも酔っている時のほうが呪文の詠唱が早くて正確」なのだとか。
「だーれーが『るすぃあんなぁ』よ! わたしの名前は『ルシアンナ』だからね」
「あぁ? ワシはちゃんと言ってるはずだぞ。『るじぃあんだぁ』だろ?」
「だから違うって言ってるでしょ!」
 酔っ払いの戯言と気にしなければ良いものを、年若いルシアンナはいちいちウォーロックにつっかかる。
「ふぉっふぉっふぉ」
 その様子がおかしかったのか、ノームの僧侶、ルーンが高らかに笑い出した。
 こちらはウォーロックよりも更に高齢ではあるが、僧侶としての腕はかなりのものとパーティのメンバーから高い信頼を得ている。
 何しろアイロノーズがその腕を見込んで、本人は引退を宣言していたのを無理やりパーティに引き込んだくらいなのだ。
 ノームという種族の特徴として、ドワーフのアイロノーズよりもまた一段と身長が低い。
 高齢故かそれとも好みなのか、メイスやフレイルのような武器ではなく、自分の身長よりも長い杖を持ち歩いている。
 地下迷宮の探索は、六人を一組として行われる。
 武器を操って前衛に立ち、魔物に直接攻撃する者が三名になる。
 ハヤテ、鷹奈、そしてアイロノーズがこのパーティの前衛に当たる。
 それに対して、呪文などを駆使して後衛から戦いに参加する者が三名。
 ルーン、ウォーロック、そしてルシアンナである。
 このうち悪の戒律に属するのが、ハヤテ、アイロノーズ、ルーン、ルシアンナ。
 残りの二人、鷹奈とウォーロックの戒律は中立である。
「さて、全員揃ったようじゃし、そろそろ出かけるかの」
「ええ急ぎましょう。フレッドのパーティは先に迷宮に下りたみたいだし。あんな奴らに先を越されるなんて我慢ならないわ」
「確かにな。オレ様は近衛兵なんぞに興味はねえが、報奨金はバカにならねえ」
 ルーン、ルシアンナ、アイロノーズと順に言葉を交わす。
 フレッドというのはアイロノーズと同じドワーフの戦士だが、善の戒律に属している為にアイロノーズとは犬猿の仲とも言える存在だった。
 彼らのパーティもまた城塞都市でも一二を争う実力者揃いで、打倒ワードナの期待が強く集まっている。
「うーん、確かに報奨金は魅力的だけど、わたしはやっぱり近衛兵ってのに憧れるなぁ。ねえ、ハヤテ君と鷹奈ちゃんはどう?」
 パーティの中では一番年若いルシアンナだったが、彼女に掛かっては年上のハヤテと鷹奈も「君」付け、「ちゃん」付けで呼ばれてしまう。
 もっとも、呼ばれるほうもとっくに慣れたものなのだが。
「俺は報奨金にも近衛兵の身分にも興味は無いな。ただ、自分の力がどれ程のものか、ワードナ相手に試してみたいだけだ」
「良い答えですね、ハヤテ。私もハヤテと同じ気持ちです。私の技量が果たして大魔導師ワードナに何処まで通用するのか。是非とも挑戦してみたいと思っています」
 武芸をたしなむ者として己の技量がどれ程のものなのか、それを試すにはワードナは恰好の相手と言えるだろう。
 そのワードナが潜む地下迷宮の入り口はすぐ目の前だ。
 全員が装備などの最終チェックを済ませてから移動を開始した、その時。
 ポキン、と乾いた音が響いた。
「ふむ、杖が折れるとは・・・不吉よの」
 見ると、ルーンの手にある杖が地面から30センチくらいのところにヒビが入って折れてしまっていた。
「なんだぁ、縁起でもねえなあ」
「だーいじょうぶよ。なんたってウチにはホークウインドの二人がいるんだからさ」
 ルシアンナの声に、パーティの視線はハヤテと鷹奈に集まった。
 ホークウインド。
 冒険者の間では、ハヤテと鷹奈はいつしかそう呼ばれるようになっていた。
 それは二人の名前をもじって繋いだものであった。
 ホーク(鷹)の名を持つ鷹奈。
 ウインド(風)の名を持つハヤテ。
 しかし、単に名前をもじっただけの言葉遊びではない。
 魔物と相対した時の二人の戦いぶりが、正に風を捉えて大空を舞う鷹をイメージさせる事からも来ているのだった。
 鷹のように力強く、そしてまた風のように俊敏に。
 息の合ったコンビネーションから繰り出される攻撃は、数々の魔物達を仕留めてきたのだった。
「ちげえねえ。今日も頼むぜ、お二人さんよ」
 アイロノーズがバンバンとハヤテの背中を叩いた。
「ああ、俺はいつだって最善を尽くすだけだ」
「私もです」
 力強く頷くハヤテと鷹奈の様子に満足したアイロノーズが出立の号令を飛ばした。
「よぉーし、行くぞ。今日がワードナの命日だ」

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