ホークウインド戦記
〜約束の空〜

戻る


19

 ピラミッドの頂上に設置されていた階段を使って地下六階へ上がる。
 ワードナの墓所迷宮は全十層なので、ここを突破する事でようやく半分といったところか。
「ここはね、綺麗に並んだ十六個の玄室と、それを仕切るように走る通路で構成されているんだ」
 例によってフラムが説明を始めた。
「でもね、気を付けないといけないの。通路は東西南北が繋がっていて、それを知らずに歩いていると無限回廊に陥ったみたいに錯覚しちゃうから」
「昔俺が探索したワードナの地下迷宮にも似たような階層があったな。もっともそこには何も無くて、仕舞いには誰も足を踏み入れなくなったがな」
 フラムの説明にハヤテはかつて自分が歩いた地下迷宮を思い出す。
「そしてね、一番大変なのが・・・」
 フラムが話しながら玄室の扉を開けて通路に出る。
 左右を見れば確かに、玄室を仕切るように真っ直ぐな通路が伸びている。
 そして扉のすぐ左側には今いる通路と直角に交差する通路が見られた。
「全ての十字路に回転床が設置されているの」
 回転床、それは迷宮の通路のいたるところに設置されている罠である。
 そこに踏み込むと突然床が回転し、進行方向を惑わされてしまう。
 これで方向感覚を失ってしまうと、自分がどちらに進んでいるのか分からなくなり、帰り道を見失って全滅、などという悲劇も無いとは言えないのだ。
「フラム、上り階段の場所は分かるのか?」
「鷹羽ねえちゃん、それは大丈夫。でもね、階段はすぐそこの通路にあるんだけど、直接はそこへ行けないんだ。何故かと言うと、階段の周りには転移地点があるから」
「それじゃあどうやって・・・」
「大丈夫だって。直接階段の所まで飛べる転移地点もちゃんとあるんだから。でもそこへ行くまでには、回転床を二回は抜けなくちゃならないの・・・」
 フラムの言葉はどうしても「回転床」で沈んでしまう。
「うむ、現在地なら私の呪文で確認出来るが、下手をするとここで使い切ってしまうな」
 侍も習得する魔法使いの呪文の中には、パーティの現在地を表示するデュマピックがある。
 もちろん鷹羽も習得済みで、今日はすでに地下十階で一度使用していた。
 しかし、回転床上でキャンプを開いてデュマピックで方位を確認したところで、キャンプを止めた瞬間にまた回転床が発動してしまう。
 結局は当てずっぽうに回転床を突破して、その後デュマピックで方位を確認するという方法になってしまうのだった。
 しかし、それではここでデュマピックを使い切ってしまうかも知れない。
 先の事を考えるとそれは避けたいところだ。
「フラム、回転床にずいぶん苦い想い出でもあるみたいだな」
 クックとハヤテが笑う。
「あー、ハヤテあんちゃん、笑うなんてヒドイよ」
「すまないフラム。お詫びに回転床の攻略法を教えてやろう」
「本当? そんな方法があるの?」
「ああ、簡単だ」
 ハヤテはスッと背中から忍者刀を抜くと、今いる通路に大きく×印を付けた。
「これで良し。さあ行こう」
 ハヤテに促されて、三人が回転床があるという十字路に踏み込んだ。
 ぐいぃーんと音を立てて、床が勢い良く回転すると、フラムにはもう自分がどっちを向いているのか分からなくなる。
 やがて回転が止まる。
 ここで下手にキャンプを開いたりすると、再び回転床が発動してしまうのだが。
「フラムよく見ろ。さっき付けた×印はあっちにある」
 ハヤテが進行方向右側の通路を指して言った。
「本当だ。という事は・・・」
 フラムは頭の中でこの階層のマップを思い描き
「向うだ」
 クルッと180度方向転換して回転床を抜けた。
「なるほどな。あらかじめ目印を付けておく訳か」
「そういう事だ。さあフラム、回転床はあと一箇所だな?」
「うん」
 次の十字路の手前に辿り着くと、今度はフラムが短剣を取り出して大きく×印を付ける。
 攻略法さえ分かってしまえば、回転床に踏み込んでグルグル回されるのも何だか楽しくなってくる。
 フラムは「アハハ」と笑いながらしばし回転床を楽しんだ。
「えーと、こっちだね」
 回転床が止まると、フラムは迷う事無く一本の通路を選ぶ。
 そして次の十字路の手前にある玄室の扉を開けた。
 玄室内はちょっとした通路で仕切られているもののフラムは迷わず進んで行く。
「ここだね」
 玄室内にある転移地帯へ踏み込むと、目の前には上の階への階段が現れた。
 いや、正確にはハヤテ達が階段のある場所へ転移させられたのだが。
「急ごう」
 一行は階段を上った。

「地下五階は光と闇がチェス盤のように交錯しているの。惑わされないように気を付けて」
 簡単な説明を終えるとフラムは壁に手を付けて歩き出した。
 進んでみれば確かに。
 光に照らされたブロックと闇に閉ざされたブロックが交互に並んでいる。
 こんな場所ではむしろ視覚に頼らない方が良かったりするものだ。
 ハヤテはギュッと目を閉じてみた。
 心を静め、耳を澄まし、仲間達の気配を感じ取る。
 道案内として前を歩くフラムは慎重に、ハヤテの後ろから付いて来ている鷹羽は悠々と歩いているのが手に取るように伝わって来る。
「この階層は大きく二つに分かれているの。一回だけ転移地点を利用するから」
 フラムの案内で転移地点に踏み込む。
 ハヤテには、何処から何処へ飛ばされたのかまでは分からない。
 とにかくフラムを信じて付いていくだけだった。
 しばらく進む。すると・・・
「血の臭いがするな。それもまだ新しい」
 ハヤテの嗅覚が流されて間もない血の臭いを嗅ぎ付けたのだった。
「うむ、確かに血の臭いだ」
「本当? アタシには分からないよ」
 落ち着いた表情の鷹羽と怯えた表情のフラム。
「何かいるかも知れない。俺が先頭に立とう」
 フラムに代わってハヤテが先頭を歩く。
「ハヤテあんちゃん、ここは壁沿いに真っ直ぐで良いからね」
「ああ」
 フラムはハヤテの後ろから、方向を指示していく。
「もうすぐ階段だからね」
 フラムの指示で壁から離れた、直後だった。
「あれは!」
 ハヤテ達の目の前に血にまみれた人間達が折り重なるように倒れていたのだった。
 生存者がいないか調べてみる、が無駄だった。
「これは酷いな」
 鷹羽が顔を歪める。
 死体はどれも異常なまでに損壊され尽くしていた。
 ある者は手足をバラバラにもぎ取られ、またある者は頭を粉々に砕かれ、またある者は内蔵を深くえぐられていた。
「この階の巡回兵だったんだね」
「私達がもっと早くワードナ復活を伝えられていたら・・・」
 そう思うと悔やまれる鷹羽だった。
「地下十階で見た死体はゾンビにやられたものだったが・・・コイツらが襲われたのはそんな生易しい魔物じゃあないな」
 ハヤテが冷静に死体の状況を調べている。
「身に付けている装備品もかなりの物のようだ。この連中はそれなりの実力者揃いだったのだろう。だが・・・この様子はただ事じゃない」
「ハヤテ、魔物の正体は分かるか?」
「正確には分からないが、この状態からすると・・・何かの獣のようだな」
「なるほどな。少なくとも刃物を持った者の仕業ではないようだ」
 ハヤテと鷹羽が少しでも敵の戦力を探ろうと、死体の状態を調べて周る。
 それらにはどれも、人間には無い鋭い爪や長い牙によって刻まれたと思われる無数の傷痕が見られたのだった。
「ワードナがより強い魔物を引き連れて歩いているって事かな」
「魔物だけじゃない。ワードナ自身も昔の力を取り戻しつつあるはずだ」
「そんな・・・」
 ハヤテの説明に思わず身震いしてしまうフラムだった。
「バンパイアロードは『ワードナの完全復活』とか言っていたな。どうやってかは知らないが、それが着実に進んでいると思われる。
 目覚めたばかりのワードナはまだほとんど魔力も持っていなかったはずだ。だからゾンビ程度の魔物しか使役出来なかった。だが、何らかの方法で少しずつ力を取り戻しつつあるワードナは、次第に強力な魔物をも使役出来るようになっている」
「それじゃあ、ワードナが完全復活したらどうなるんだ?」
「それは・・・」
 鷹羽の言葉にハヤテはかつてワードナの地下迷宮での戦いを思い出す。
 地下迷宮の最深部では強大な悪魔や邪悪な巨竜などの魔物達がひしめいていたのだった。
 もしもワードナが完全に昔の力を取り戻したならば、それらの魔物を引き連れて行動するのかも知れない。
「悪夢だ・・・」
 ハヤテは思わず首を横に振ってしまう。
「なるほどな」
 ハヤテの様子におおよその事態を察する鷹羽。
「そうなる前にワードナを仕留めるのが一番だろう。先を急ごう」
「うん」
 ハヤテに促されてフラムが階段へと歩き出す。
「ワードナ、待ってろ」
 ハヤテは憎むべき名前を呟きながら、ギリリと奥歯をかみ締めるのだった。

続きを読む