ホークウインド戦記
〜約束の空〜
18
やがて螺旋階段は尽き、三人はピラミッドの頂上へと辿り着いた。
頂上から四方を見下ろせば放射状に広がるピラミッドの側壁。
螺旋階段の出口から程近い場所には、地下六階への階段があった。
ハヤテが階段に足を掛けた、その時だった。
「あっ!」
何かを見つけたらしいフラムが叫んだ。
「どうしたフラム?」
「鷹羽ねえちゃん大変だよ。ドリームペインターの祭壇が荒らされている」
ピラミッドの頂上は、ちょっとした広場になっている。
その片隅には小さな祭壇が祀られてあった。
フラムが祭壇へと駆け寄りあちこち調べ始める。
見ると、今はその祭壇に剣が二本突き刺さっているのだが・・・
「ここには剣が三本あったはずなのに、一本無くなっているよ。これもワードナの仕業なのかな」
「剣は誰でも持ち出せるようになっていたのか?」
「ううん、普段はきちんと封印されているの。ちょっとやそっとの力で引き抜いたって抜けるはずないんだけど」
フラムはなおも祭壇を調べている。
「見て。ここに宝玉が納められているよ」
フラムが指差した先、祭壇の中程には丸い窪みがあって、その窪みには三色の宝玉が綺麗に並べられてあった。
「大魔導師だか何だか知らぬが、ワードナというのは所詮魔法使いなのだろう。魔法使いが剣など使うのか?」
「ヤツなら不思議じゃないさ」
直接ワードナと戦ったハヤテだからこそ自信を持って断言出来る。
ワードナは普通の魔法使いが持ち合わせていないような、数々の特殊な能力を秘めていたのだった。
呪文の無効化もそうだが、中でもハヤテが驚いたのは、忍者刀を振るうハヤテを相手に素手で応戦された事だった。
ワードナはハヤテの攻撃を掻い潜り、掌に魔力を集中させて放つという芸まで見せてくれた。
もしも今後ワードナが剣を扱うのだとしたら、あの時よりも更に手強い敵になるであろう事は容易に推察出来た。
他に何か変わった事は無いかと丁寧に祭壇を調べるフラムと、それを見守るハヤテと鷹羽。
その背後の闇の中から、ひとつの影がぬっと浮かび上がった。
「貴様ら、ワードナ様の後を追って何をするつもりだ」
「!」
三人がはっとして振り向くと、いつの間にそこにいたのか、一人の男が立っていた。
男は闇に溶け込むかのような漆黒のローブを纏い、目深に被ったフードで顔を隠していた。
一体何者なのか?
いつからこの場所にいたのか?
ハヤテも鷹羽も今まで全くその存在に気付かなかったのだ。
しかし、ハヤテはこの男と以前に何処かで遭っているような気がしてならなかった。
顔はフードに隠れて見えないけれども、その場にいるだけで伝わってくる存在感、相手を圧倒する威圧感、そんな雰囲気をハヤテ自身の身体が覚えているような気がするのだった。
「ほう、誰かと思えば知った顔が三つか。それもなかなかの使い手揃い」
男は愉快そうにクックと笑う。
「このまま放置しておいてはワードナ様の完全復活の妨げになるのは間違いないだろう。ワードナ様の御手を煩わせる前に、この場で私が始末しておくか」
ローブの男が呪文の詠唱を始めた。
「マズイ、かわすんだ!」
ハヤテが叫ぶと同時に三人は散り散りに跳んだ。
それと同時に詠唱が完成し、次の瞬間にはマダルトの嵐がピラミッドの頂上に吹き荒れていた。
フラムはピラミッドの頂上から一段下がった側壁に逃れ、鷹羽は祭壇の影に身を隠して呪文の直撃を免れていた。
そしてハヤテは上へと跳んでいた。
マダルトの放射範囲の外からローブの男へと急降下、一気に忍者刀を振り抜く。
しかしローブの男は少しも慌てる様子もなく、右手をずいっと差し出す。その指先は毒々しいまでの赤い爪がにゅっと伸びていた。
ハヤテの一刀を長く伸びた爪で受けると、今度はカウンター気味に左手の爪でハヤテを薙ぐ。
「はっ!」
ハヤテも素早く反応する。短く後ろに跳んで爪による一撃を逃れていた。
「私もいるぞ」
今度は鷹羽がローブの男へと斬り掛かる。
ローブの男は時に爪で受け、時にひらりと体をかわし、鷹羽の攻撃を受け流す。
「二人とも、バラバラに攻撃してちゃダメだよ。一緒に戦わないと!」
側壁に身を隠して顔だけ出しているフラムが叫ぶのに鷹羽がコクリと頷く。
「ハヤテ、同時に行くぞ」
「おう。俺は向うから行く。鷹羽は逆側から頼む」
「心得た」
ゴーレムと戦った時の教訓を生かすべく言葉を交わす鷹羽とハヤテ。
二人が一気にローブの男の左右に展開する。が、鷹羽の方がわずかに相手からの距離が近かった。
二人で同時に飛び出すも、微妙にタイミングが合わない。
鷹羽の方が一瞬早くローブの男に斬り掛かる。
男は冷静に鷹羽の一刀を爪で跳ね上げて返すと、今度は逆から来るハヤテに備える。
すっと腰を落とすと迫り来るハヤテに対して鋭い蹴りを放つ。
「うっ!」
この反撃は予想していなかった。
ハヤテは腹部に強烈な蹴りを受け、そのまま吹っ飛ばされてしまう。
受身を取る事すら出来ずに、ハヤテの身体はピラミッドの頂上の床面に叩き付けられてしまった。
「懐かしいものだな。昔もこうしてお前たちの相手をしたものだ」
ローブの男がクックと笑う。
「昔だと? お前が何者か知らぬが、私にはそのような覚えは無いが」
「ふむ。未だ覚醒はしておらぬ、か」
「訳の分からない事を言うな!」
怒りのこもった声を荒げて再度鷹羽が刀を振るう。
刀身に自らの気を乗せて放つ侍ならではの技、居合いによる風の刃がローブの男に迫る。
男は漆黒のローブを翻して居合いの刃をかわそうとした、しかし。
刃の先端がわずかに男が被っているフードにかすっていた。
はらり。
フードが飛ばされ男の顔が顕になる。
「お前は・・・やはりそうだったか」
ハヤテが男の顔を確認する。
それはハヤテにとって見覚えのある、イヤ決して忘れる事の出来ない顔だった。
「バンパイアロード、やはりお前だったか」
「ふっ。久しぶりだなハヤテ。キサマともかれこれ300年ぶりか。だが、この狼藉は如何なる事か? よもやワードナ様と交わした契約を忘れた訳ではあるまいな」
「あれは『終生』の期限付きだったはずだ。俺もワードナも一度は死んだ身。そんな契約などはすでに期限切れだ」
300年の時を経て再び対面したハヤテとバンパイアロード。
熱い視線でバンパイアロードを睨むハヤテに対して、ハヤテを見下すバンパイアロードのそれは氷のように冷たいものだった。
「ハヤテ、知っているのか?」
「ああ。ワードナの腹心の部下ともいうべき存在だ。俺は昔ヤツと戦った。そして、鷹奈を失ったんだ」
「つまりヤツは鷹奈の仇なのだな?」
「そうだな。本命はワードナだが、アイツも許すわけにはいかない」
「ならばこの場で倒すまで」
ハヤテと鷹羽が再度バンパイアロードに迫る。
しかしバンパイアロードは漆黒のローブの内に真紅の爪を収めてしまった。
「貴様らを今ここで始末してしまいたいところだが、まずはワードナ様の完全復活が最優先だ。貴様らの相手はその後でも良いだろう。
どうやらワードナ様がお困りのご様子。さては道にでも迷われましたかな。私は行かなくてはならない」
バンパイアロードはそう言い残すと闇の中へ溶けるように消えてしまった。
「逃がしたか」
悔しそうに吐き捨てる鷹羽。
「二人とも、大丈夫だった?」
それまで身を隠していたフラムがピラミッドの頂上へ飛び出して来た。
「ああ。俺は何ともない」
「私も平気だ」
「良かったぁ」
ハヤテと鷹羽の無事を確かめ、ホッと安堵の息を漏らすフラム。
「それにしても、ヤツはおかしな事を言っていたな」
「おかしな事、と言うと?」
「ヤツは『知った顔が三つ』と言っていた。一つは俺だ。そしてもう一つはどうやら鷹羽の事だろう」
「私はヤツなど知らなかったが」
「鷹奈と間違えたのかも知れない。それはまあ置いておこう。問題は最後の一つだ。それは・・・」
ハヤテと鷹羽の視線がフラムに集まった。
「フラム、アイツを知っていたか?」
「ううん、アタシは知らないよ」
フラムはブンブンと首を横に振った。
「ヤツの勘違いとも思えないが・・・」
ハヤテはどうにも腑に落ちない思いをしていた。
フラム自身は否定しているものの、バンパイアロードはどうやらフラムを知っていたらしい。
それに、ゴーレムと戦った時のあのフラムの動き、あれをハヤテは以前何処かで見たような気がしていたのだ。
もしもそれがハヤテが寺院に収容される前の事なら、フラムも300年前の世界に存在したという事になるのだが・・・
「まさかな」
ハヤテは自分の考えを打ち消すように首を横に振った。
「ハヤテ、ヤツが誰の知り合いかなんて今はどうでもいい話だ。取りあえずその話は保留にしよう。
それよりも、ヤツは『ワードナの完全復活が最優先』とか言っていた。つまり、今のワードナはまだ以前の能力を完全には取り戻していないという事ではないか」
「そうだよ。だからワードナが完全に復活する前に倒しちゃった方が良いんじゃないかな」
鷹羽とフラムの言葉にハヤテも力強く頷く。
「その通りだ。今は一刻も早くワードナに追い付く事だけを考えよう」
三人は大魔導師を追って階段を上って行った。