ホークウインド戦記
〜約束の空〜

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17

 ゴーレムとは、それを創りだした魔導師の魔力に操られて動く人型の魔法生物である。
 自らの意思を持たず術者の命に忠実に従うゴーレムは、肉体労働や魔術師の住処の護衛など、多様な目的で使われていた。
 意思を持たない故に死を恐れない事から、優秀な戦闘要員としても重宝されている。
 材料には木材や泥、更には金属など様々な物質が用いられるのだが、ハヤテらの目の前で動き出したこのゴーレムは岩を削り出して創られたものだった。
 人間の身長を遥かに凌駕する程の巨体がのっしりと揺れ動く。
 やがて立ち上がったゴーレムは、迷宮の天井に頭が擦る程だった。
「俺が横に回る」
 ハヤテが颯爽と走り始める。
 よどみない動きで忍者刀を抜くとゴーレムの側面から大きく跳躍する。
 ゴーレムの注意がハヤテへと向けられる。大きな身体を揺り動かして丸太よりも太い腕をハヤテへと伸ばそうとする。
 ハヤテの思惑通りだった。
 このままゴーレムの腕を掻い潜り鷹羽と一緒に斬り掛かればいけるはずだ。
 今が好機とばかりにハヤテが叫ぶ。
「鷹羽!」
 しかし・・・
「えっ?」
 ハヤテの思惑は鷹羽には伝わっていなかった。
 ハヤテがこの後どう動くのか、ハヤテは自分に何を求めているのか、それが鷹羽にはとっさに判断出来なかったのだ。
 鷹羽の戸惑いがハヤテの動きにも影響する。
 迫り来るゴーレムの腕をかわしきれずにそのまま左肩に重い一撃を受けてしまったのだった。
「ハヤテあんちゃん!」
 フラムの絶叫が響いた。
「大丈夫だ」
 ゴーレムの一発は食らったもののハヤテは宙返りで体勢を整えると何事も無かったかのように音も無く着地していた。
 しかし鷹羽はまだ困惑したままだった。
 自分のせいでハヤテが傷を負ったのかと思うと何かしなくてはと気だけが焦る。
「うおおお」
 何の策も無くゴーレムに向かって正面から飛び込んでいく。
「鷹羽、ムチャだ」
 走り来る鷹羽に向かってゴーレムの腕が振り下ろされる。
 頭上からの降り注がれる岩の拳を、頭に血が上った状態の鷹羽は避ける事も受ける事も出来ないでいた。
「危ない」
 ハヤテが素早く反応していた。
 鷹羽の身体に跳び付くようにして抱きしめると、そのまま地面を転がりゴーレムの一撃から逃れる。
 背後でズズーンと鈍い音がして砂煙が舞い上がる。
 間一髪だった。
 ハヤテの腕の中で、鷹羽は大きく呼吸を乱していた。
「冷静になるんだ」
「すまない・・・」
 ハヤテに諭されて呼吸を整える鷹羽。
「鷹羽、居合いは出来るな?」
 コクリと頷く鷹羽。
「もう一度俺が出てヤツを引き付ける。鷹羽は隙を見て居合いを放って仕留めてくれ」
「わ、分かった」
 鷹羽が頷くのを見届けてからハヤテが再度飛び出した。
 ハヤテはゴーレムが手足を振り回すのを掻い潜りながら、鷹羽が居合いを放つのタイミングをうかがっていた。
 そして、ハヤテを追い回したゴーレムが大きく踏み込む、その一瞬に生じる隙。
「たあっ!」
 鷹羽が刀に込めた気を飛ばそうと踏み込んだ、その瞬間。
「!」
 鷹羽の視界に飛び回るハヤテの後姿が映ったのだった。
 それを見た鷹羽が居合いを放つのを躊躇してしまう。
「鷹羽ねえちゃん、何やってるの!」
 見かねたフラムが飛び出した。
 フラムはゴーレムの足元まで走ると同時に右手に短剣を構え、大きく肩を後ろに引いて思いっ切り勢いを付けてから一気にゴーレムの右足に突き立てた。
 フラムの一撃はゴーレムにとっては蚊に刺された程度の、痛みすら感じないものだったかも知れない。
 しかし、それまでハヤテを追っていたゴーレムの注意がフラムに移ったのだ。
 その一瞬を逃さずハヤテがゴーレムの左足を横薙ぎにしてしまう。
 左足を切断されたゴーレムがバランスを崩して倒れるところへ更にハヤテの忍者刀が唸りを上げた。
 まるで剃刀で薄い紙でも切るかのように、スパッとゴーレムの首を斬り落とす。
 いかに魔法生物と言えど首を失くしてはそれ以上は動けない。
 ゴーレムの巨体がズーンという音を立てて崩れ落ちると、それきり動きが止まってしまった。
 ハヤテは忍者刀を収めながら鷹羽へと近付いた。
「鷹羽、一体どうした?」
「すまない・・・」
 言葉無くうな垂れる鷹羽。
「はあ、もしも今のが鷹奈だったら・・・」
 溜息を吐きつつハヤテが思わずもらしたその一言に、鷹羽はピクリと反応する。
「何度も言わせるな。私は鷹奈ではない。ハヤテとは今日初めてパーティを組んだんだ。お前の動きなど私に分かるはずがないだろう」
「そうだったな。すまない・・・」
 今度はハヤテが言葉を失ってしまう。
 頭では分かっているのだが、どうしても鷹奈と共に戦った時の身体の記憶が離れないのだ。
 ハヤテは今の戦いで、鷹奈ならこう反応する、鷹奈ならこう動くという記憶に基づいて動いていた。
 かつてはホークウインドと呼ばれた二人だ。打ち合わせなど無くとも相手がどう動くのか、自分に何を求めているのか、考えなくても分かるのだった。
 しかしそれは鷹羽が持ち合わせていない、ハヤテだけの一方的なものでしかなかったのだ。
 結果として、意思の疎通を欠いた二人の動きはバラバラなものにしかなり得ない。
「えーと・・・二人とも」
 フラムがおずおずと話し掛ける。
「うーんと、お互いにもう少し声を掛け合おうよ。そうすればきっと大丈夫だと思うから」
「そうだな」
「ああ、フラムの言う通りだ」
 フラムの言葉でその場の緊張がふわっと溶けたような気がした。
「それにしてもフラム、さっきはお見事だったな」
「そう? ハヤテあんちゃんを助けなきゃって思ったらもう必死でさ」
「おかげで助かったぞ」
「へへへ」
 鼻の下を擦りながら笑うフラムだった。
 その表情を見ながら、ハヤテにはふと引っ掛かる事があったのだ。
(さっきのフラムのあの動き、どこかで・・・)

 地下七階へ上がるとそれまでの階層とは違って天井が高く吹き抜けていた。
 目の前には、正確に切り出した石を積み上げて造られた四角すいの建造物がそびえている。
 ピラミッド。
 古代王朝の時代、亡くなった王を埋葬するために多くのピラミッドが建てられたというが、ここにあるのはそれを模倣したものだろうか。
 見上げると、ピラミッドの頂上部から上へ続く階段があった。
「まさか石の壁をよじ登れ、とか言わないだろうな」
 鷹羽がいぶかしげな目でピラミッドとフラムを睨み付けていた。
 切り出された石の高さは約1メートル弱、それらが階段状に積み上げられた石の壁はよじ登れない事もないだろうが、頂上までとなるとかなり大変だろう。
「大丈夫だよ。ちゃんと中に階段があるから」
 フラムがピラミッドの内部に案内する。
 正面にある通路を入りピラミッドの中央部まで出ると、そこには直径3メートル程の円柱状の吹き抜けが頂上付近まで続いていた。
 その側面には螺旋状の階段。
「足を滑らせないように気を付けて」
 フラムを先頭に螺旋階段を上り始める。
 階段は、一段一段の段差こそ低いものの、その分かなりの段数があると思われた。
 転落防止のための柵や手すりなどは一切無い。
 三人はゆっくりと、でも確実に、ピラミッドの内部を上って行った。
「フラム、このピラミッドは墓なんだろ。ワードナの墓の中に別の墓っていうのはどういう事なんだ? そもそもこれは誰の墓なんだ?」
「ハヤテあんちゃんあのね、ここは墓っていうより神殿なの。ここにはね、女神様が祀られているんだって」
「女神?」
「そう、ドリームペインターっていうの。そのまんまの意味だと『夢を描く者』かなあ。その女神様にお祈りすると、好きな夢を見せてもらえるんだってさ」
「好きな夢、か・・・」
 フラムの説明にハヤテの心は色めき立った。
 もしも好きな夢を見られるのなら、やはり・・・
「どうしたハヤテ、見たい夢でもあるのか?」
「そうだな・・・俺はやっぱり鷹奈の夢を見たいと思う」
「ふん、予想通りの答えだ。つまらん」
「それなら鷹羽が見たい夢は何なんだ?」
「そんなのは決まっている。ホウライへ行く夢だ」
 ハヤテと鷹羽の会話を背中で聞きながら、フラムが口を挟む。
「あのね、二人とも。よく夢を叶えるっていうじゃない。ドリームペインターが見せた夢は現実になるとも云われているの。
 だからここに神殿を建てて祀られているんだね。良い夢が見られますように、自分の夢が叶いますようにって。二人の夢も叶うと良いね」
「そうだな・・・」
 ハヤテの夢は鷹奈との再会だ。
 本当にそんな夢が叶うのだろうか。
 もし叶うとしたら、それはどんな形で実現するのだろうか。
 それとももう夢は叶っているのだろうか。
 ハヤテは後ろを歩く鷹羽の顔へちらりと視線を向けた。
「何だ?」
「いや、何でもない」
 ハヤテは大きく首を横に振ると、あとは無言のまま螺旋階段を上り続けた。

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