ホークウインド戦記
〜約束の空〜

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13

 夜も更け酒盛りがお開きになると、結局ハヤテは鷹羽らの部屋にそのまま一晩世話になる事になった。
 鷹羽とフラムが同じベッドで寝るから空いたベッドを使えとの鷹羽の厚意を素直に聞き入れたのだ。
 今から他所へ行ってくれと言われても知り合いもいない、金も無いので新たに宿を取る事も出来ないでは他に選択肢も無いだろう。
 寝る前に鷹羽は「変な事をしたら叩っ斬るからな」とハヤテを脅した。
 その時の鷹羽の表情から察するに、酔った上での冗談などではなくおそらく本気だったのだろう。
 もちろんハヤテも生き返ったばかりでそんな事をする気にもなれない。
 そもそもそれだけの体力も回復していないと思われる。
 ここは素直に鷹羽の忠告に従っておいたほうが良いだろう。
 隣のベッドでは、あっという間に眠りに落ちた鷹羽とフラムが気持ち良さそうに寝息を立てていたが、永い間眠っていたせいかハヤテはなかなか寝付けないでいた。
 そうなると考える事が次から次へと湧いてくる。
 過去の事。
 今日の出来事。
 そしてこれからの事。
 中でも多くの時間を占めたのが、鷹奈と鷹羽についてだった。
 300年前、ワードナとの戦いで命を散らした鷹奈。
 そして今の時代に生きている鷹羽。
 二人は本当に別人なのだろうか?
 確かに姿形は瓜二つだ。
 しかし鷹羽にはかつてハヤテが過ごした時代の記憶は一切無いと思われる。
 否、果たしてそうだろうか?
 鷹羽はホークウインドの名を聞いて「懐かしい」と言っていたし、鷹奈が愛用した脇差を見て「自分の手に馴染む」とも言っていた。
 そしてホウライへ行きたいという夢も鷹奈と同じだった。
 ただ、言葉使いや性格などはずいぶん違うように思われた。
 丁寧な言葉を話し何をするにも控えめだった鷹奈に対して、鷹羽の言葉使いはどこかぶっきらぼうだし性格も鷹奈よりは積極的に思えた。
 結局考えれば考えるほど分からなくなる。
 ハヤテは幾度と無く寝返りを繰り返し、眠れない夜を過ごしたのだった。
 
 翌早朝。
 ハヤテは一人、丘の上に立っていた。
 ここは昔、ハヤテが朝の鍛錬をしていた場所であった。
 ハヤテが昔過ごした頃と比べて、城塞都市の中はいたる所が変わっていたものだが、街から一歩外へ出ると周辺の様子はほとんど変わり無く、あれから300年もの時が流れたとは思えない程だった。
 実際のところ、ハヤテ自身も年月の流れというものをそれ程実感している訳でもなかった。
 死によって意識を失ってから再び目覚めるまでの間の記憶は全く無い。
 永い悪夢を見させられていたような気もするのだが、その内容をハッキリと思い出せるものでもない。
 結局、気が付いたら時間だけが経過していたというのが正直なところだった。
 しかし、かつて共に迷宮を探索した仲間達や、打倒ワードナを争ったライバルパーティなど、ハヤテが見知っている人は今の時代には誰一人としていないのだ。
 それを思うと、やはり自分は時の流れから取り残されてしまったのかと寂しくもなる。
 唯一鷹羽だけが、かつて愛した鷹奈の面影を想い出させてくれるのだが、それを考えるとまた混乱するだけなので、出来るだけ考えないように努めていた。
 今はとにかく自分がしなくてはならない事、自分に出来る事をしっかりとやるだけだと言い聞かせる。
 それは何かと言えば、鷹羽らと約束したワードナの墓所迷宮の巡回兵の仕事をきちんとやり遂げる事だろう。
 そのためにはまず身体作りから始めなければならない。
 永い眠りに就いている間にすっかりなまってしまった身体を動かし、衰えた体力を回復させ、冒険者として必要最低限な能力は取り戻さなくてはならない。
 ましてやハヤテは忍者である。
 求められる身体的能力は、他のどのクラスの者よりも高いはずである。
 冬を間近に控えすっかり枯葉を落とした木々の中を、ゆっくりとした足取りで走り始める。
 呼吸を整え、ひとつひとつの動きを目で追い、頭で確認し、そして身体に覚えさせていく。
 初めのうちはやはり身体が重いような気がしたが、カサカサと落ち葉を踏んで走る感触がどこか気持ち良く、ハヤテは時を忘れて走り続けた。
 徐々に身体がほぐれてくると自然と動きも軽快になる。
 小川を跳び超え、山肌を駆け上がり、高い崖から飛び降りたりもした。
 全身の躍動にハヤテは、自分が今生きているのだと実感していた。
 やがて、日が高くなる頃には城塞都市の周りをグルリと一周しただろうか、元の場所へ戻った辺りで人の姿が目に止まった。
 鷹羽だった。
 昨夜はかなりの酒を呑んでいた事もあり、早朝ハヤテが部屋を出る頃にはまだベッドで寝ていたはずだったのだが、さすがにこの時間になると起き出してきたようだ。
 鷹羽は一心不乱に刀を振っていた。
 それもただ闇雲に刀を振り回している訳ではなく、剣技の型を繰り返していたのだ。
 動から静。
 そしてまた動へ。
 上段、下段、攻め、受け。
 ひとつひとつの動作がピタリと決まっている。
 やがて、一通りの型を終えたところで鷹羽は刀を鞘に収めた。
 パチパチパチ。
 鷹羽が振り返ると、ハヤテが拍手をしながらこちらを眺めていた。
「お見事。綺麗な型だったよ」
「ありがとう。ハヤテも朝からご苦労だな」
「ああ、少しでも身体を慣らしておこうと思ってね」
「昨夜は眠れなかったんじゃないのか?」
「どうしてそれを・・・」
「私のような若くて美人な女と一つ部屋で一夜を明かしたんだ。普通男だったら興奮して眠れないものだろう」
 鷹羽はそこでアハハと笑った。
 ハヤテは思わず言葉を失う。
 眠れなかったのは確かだし、鷹羽の事を考えていたのも間違いではない。
 しかし男として興奮していたかというと・・・
「冗談だ。本気にするな。私は侍だからな。たとえ寝ていてもすぐ隣のベッドにいる者の気配くらいは感じ取れる」
「そ、そうか」
 取りあえず相槌を打つハヤテだったが、どうにも鷹羽が相手だと調子が狂う。
 そもそも「寝ていても相手の気配が分かる」というのも本気か冗談か分からない。
 鷹奈と同じ顔とは言え、言動はずいぶん違うものだとハヤテは思った。
「型を褒めてもらった礼という訳でもないが、ハヤテに渡したい物がある」
 鷹羽はハヤテの困惑など気にもせず一人で話を進める。
「渡したい物?」
「これだ」
 鷹羽が差し出したのは一振りの刀だった。
「忍者刀か」
「ああ。その脇差も悪くはないが、それはあくまで補助の刀だし、そもそも侍用だ。忍者なら忍者用の武器を使うが良かろう」
 ハヤテは鷹羽から忍者刀を受け取ると鞘から刀身を抜き、横薙ぎに一振り。
 その感触を確かめると音も無く刀を鞘に収めた。
「悪くない。本当に貰っても構わないのか?」
「ああ。就職祝いだと思ってくれ」
「なるほど違いない。墓所迷宮の巡回兵に就職したのだからな」
 二人で声を合わせて笑う。
「せっかくだ。少し手合わせしてくれないか」
「本身でか?」
「本身を使うが本気は出さない。殺し合いをする訳ではないのだからな」
「そうか。それなら良いだろう」
 鷹羽の提案を了承すると二人で適当な距離を取る。
 ハヤテは忍者刀を背中にくくり付けると準備が整った。
「いつでも良い。まずは私が受けよう」
 鷹羽が受けに回るからハヤテに討って来いというのだ。
「よし、ならば」
 ハヤテは横に走り出した。
 鷹羽から一定の距離を保ちながら周るように走る。
 それに対して鷹羽は慌てず、最低限の足捌きだけでハヤテの動きを追う。
 呼吸を計ったようにハヤテが鷹羽へと飛び出した。
 ハヤテは背中に負った忍者刀を抜くと正面から鷹羽へ斬り付ける。
 キンっと高い音が響く。
 心地良い感触だとハヤテは思った。
 そのまま数度、鷹羽へと忍者刀を振るう。
 もちろん本気で斬るつもりはない。
 全て寸止めにしているのだが、鷹羽も正確に受けている。
 それだけでも鷹羽の技量の高さがうかがえる。
 当たる心配は無さそうだ。
「次は私から行くぞ」
 今度は鷹羽が攻撃に回る。
 鷹羽が繰り出す攻撃をハヤテが丁寧に受け止めては弾き返す。
 もちろん鷹羽も本気ではない。
 手前で少し刀を引いているのだが、久しぶりに刀を交えるハヤテにとっては十分な訓練になっていた。
 ハヤテは腰に下げていた脇差を左手で抜き、二刀で鷹羽の攻撃を受けてみた。
 一の太刀を忍者刀で。
 二の太刀を脇差で。
 なかなかの感触だった。
 鷹羽の太刀筋は鷹奈のそれと良く似ていた。
 振り下ろす角度、返すタイミング、踏み込みの歩幅。
 何もかもが懐かしく思えた。
 故にハヤテは本当に鷹奈と打ち合っていると錯覚してしまいそうになる。
「良いぞ鷹奈、その調子だ」
 思わずそう口にしていた。
 言ってすぐに失言だったと気付いたが遅かった。
「・・・」
 鷹羽の動きがピタリと止まる。
 その瞳から先程まで見られた熱さが消え、今は冷たく沈んでいた。
「勘違いするな。私は鷹羽だ。決して鷹奈などという女ではないし、ましてや300年も昔に死んだお前の恋人などではない」
「すまん・・・つい」
「あっ、いや・・・言葉が過ぎた。私こそ済まなかった。永い眠りから覚めたばかりだ。まだ記憶が整理し切れていないのも無理はないだろう」
 鷹羽も慌てて取り繕うが、一度流れた気まずい空気はそう簡単には拭えなかった。
 それを振り払うように、鷹羽がクルリと背を向けた。
「墓所迷宮へ下りるのは三日後だ。それまでに体調を整えておいてくれ」
 鷹羽はハヤテに背中を向けたままそれだけを言うと、ハヤテの返事も聞かずに丘の斜面を下りて行った。
 取り残されたハヤテは一人丘に佇んでいた。
 その手には二振りの刀があった。
 一つは鷹羽から送られた忍者刀。
 そしてもう一つは鷹奈が残した脇差。
「俺は・・・何を迷っているんだ?」
 二振りの刀を見詰めながら自問するハヤテだった。

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