ホークウインド戦記
〜約束の空〜
12
「まあ座ってくれ」
「ああ」
鷹羽らがねぐらにしているという宿の一室。
簡素なベッドが二つあるだけの殺風景な部屋に入るなり、鷹羽とフラムがどっかと床に腰を下ろした。
二人にならってハヤテも適当な場所に座る。
目の前には途中で仕入れた酒や肴が並べられたが、永い眠りから目覚めたばかりのハヤテには体調を考慮して温かいミルクが与えられた。
「まずは自己紹介からいこうか。私は鷹羽。侍だ」
「アタシはフラム、盗賊だよ。ヨロシクね」
エルフの侍とホビットの盗賊がそれぞれ一礼する。
「ハヤテ。忍者だ」
ハヤテはあらためて二人の顔に見入った。
鷹羽はやはり何度見ても鷹奈かと思うくらいにそっくりだったし、フラムの愛らしい顔つきはどこか懐かしい感じがして親しみが持てた。
「早速だが本題だ。ハヤテには私達の手伝いをしてもらいたい」
「手伝いと言うと?」
「ワードナの墓所迷宮の巡回さ」
「ワードナだと!」
突然出て来た意外な言葉にハヤテは思わず声を上げてしまった。
「ん? ワードナを知っているのか。そうか、ハヤテが昔生きていたのはちょうどその頃だったんだな」
「教えてくれ。俺が死んでいる間に何があったんだ? ワードナはどうなった?」
「落ち着け。順を追って話そう。フラム、調べてくれたんだろ」
「うん。えーと・・・」
フラムが自分の鞄をゴソゴソと漁り始める。
「あったあった。えーとね・・・」
何やら書かれた資料のようなものを取り出して説明を始めた。
「ワードナは今から約300年前に生きていた魔法使いだね。当時の王様から魔よけっていうのを盗んだんだってさ。魔よけってどんな物なんだろうね?」
「それはいいから、先を続けろ」
「うん」
鷹羽に促されてフラムが一枚紙をめくる。
「うーんと、ワードナはこの城塞都市の側に巨大な地下迷宮を造って立て籠もったんだって。王様は怒って自分の兵隊を地下迷宮に向かわせた。でも・・・」
「壊滅したんだろ」
「そう。ハヤテあんちゃんよく知ってるね」
「まあな。続けてくれ」
「結局兵隊じゃダメだってんで、王様は冒険者を集めたんだ。ワードナを倒した者には報奨金を出すって約束でさ。そして多くの冒険者がワードナを倒すために地下迷宮に挑んだんだ」
「俺もその中の一人だった」
「そうか。ハヤテはワードナとは戦えたのか?」
「ああ、俺はワードナと戦った。そして・・・」
「そして?」
「大切な人を失ったんだ」
「ひょっとして、それが鷹奈という人か」
「ああ」
「もしかして、恋人だったか」
「その通りだ」
「良かったら話してくれないか」
「そうだな」
ハヤテはポツポツと語り始めた。
ワードナとの戦い。
鷹奈の死と蘇生の失敗。
ワードナとの契約で闇に堕ちた事。
そして、一介の冒険者らに捕らえられ処刑された事を。
「なるほど。辛い想いをしてきたのだな」
「昔の話さ。俺が話せるのはここまでだ。その後ワードナがどうなったのか教えてくれ」
「うん。結局ワードナは冒険者に倒されちゃったんだ。正確な日付までは分からないけど、おそらくハヤテあんちゃんが永い眠りに就いた日からそんなに遠くはないと思うよ」
「誰が倒したか分からないか?」
「んーとね、アイロノーズって人のパーティだって」
「アイロノーズが! そうか・・・アイツがやったのか」
「知り合いか?」
「ああ。俺の仲間だった。気の良いヤツだったよ。最後まで俺の心配をしてくれた」
ハヤテはしばらく「そうかアイツが・・・」などと呟いていた。
そうする事でひとしきり自分の中の気持ちを整理してから「続けてくれ」と促す。
「ワードナの遺体は地下深くに封印される事になったんだ。それがワードナの墓所迷宮ってヤツさ。昔ワードナが立て籠もった地下迷宮を大幅に改築したものなんだけどね。これがまたスゴイ罠だらけなんだよね」
「罠? 墓荒らしでもいるのか」
「違うよ。王様はね、ワードナが生き返ってくるんじゃないかって恐れてたんだ」
「ワードナが生き返るだと・・・」
「そう。だから罠だらけの地下迷宮の一番奥深くにワードナの遺体を封印したんだって。そして、絶えず巡回兵がワードナの遺体を見張ってるの」
「それを俺に手伝えと?」
「そうそう。話が早くて助かるよ」
フラムはそこで一息つくと、グラスの中の酒をグイッと一気に呑み干した。
「巡回兵の仕事は金が良いんだ。だが最近になって街に妙な噂が流れ始めた」
「噂?」
「ああ、それまでは眉唾だと云われていたワードナの復活が、どうやら本当なんじゃないかって」
「そんな、嘘だろ」
「あながち嘘とも言い切れないだろう。現に私の目の前にいるお前は300年前に死んだ人間のはずだ。それが今こうして生きて喋っている。ワードナが復活しても不思議じゃないさ」
鷹羽にそう言われてはハヤテも納得せざるを得なかった。
確かにハヤテ自身、300年の時を越えて眠りから目覚めたのだから。
「しかし・・・ワードナが復活するというなら、ヤツの遺体を処分してしまえばいいんじゃないのか?」
もっともな疑問である。
ワードナがどんな方法で復活するのかは知らないが、肝心の身体が無かったらそれも無理な話だろう。
「もちろん、当時の王様はワードナの遺体を処分しようとしたらしい。でもダメだったらしいな」
「ダメとは?」
「昔の事だから詳しくは知らないが、焼却しようとしても燃やせなかった、遺体を切断してバラバラにしようとしてもどんな刃物でも受け付けなかったそうなんだ」
「そんな事があるのか?」
「詳しくは知らないと言っただろ。何しろ大魔導師だったらしいからな。どんな秘術を使ったのやら」
「なるほどな」
鷹羽の説明にハヤテも一応納得する。
確かにあのワードナならどんな秘術を使って復活しても不思議ではないだろう。
「話を戻そう。ハヤテにはワードナの墓所迷宮の巡回兵の手伝いをして欲しい。ワードナ復活の噂のおかげで最近はすっかり志願者が減ってしまったんだ」
「そう、使えそうなヤツがいてもみーんな他所のパーティに先に取られちゃってさ」
「それで寺院の収容者に目を付けたんだな」
「そうなんだよ。収容者名簿でハヤテあんちゃんの名前を見つけたんだ。忍者だっていうしさ。アタシ、忍者に憧れてんだよね」
盗賊である程度の修行を積み忍者を志す者は多い。
フラムもそんな中の一人のようだ。
「無理にとは言わない。しかしハヤテ、お前を寺院から引き取るのにこちらとしてもかなりの金を使っている。別に恩を売る気も無いが、協力してもらえたら嬉しい」
鷹羽の瞳が真っ直ぐにハヤテを見据える。
「別に断る理由も無いだろう」
「それじゃあ?」
ハヤテの返事にフラムの顔がパッと明るくなる。
「その前に一つ聞いておきたい。二人はどうしてワードナの墓に潜りたいんだ?」
墓所迷宮といえど迷宮は迷宮だ。
ハヤテもかつては迷宮探索にその身をおいた人間である。
迷宮の厳しさ、怖さは身に染みていた。
だからこそ聞きたかったのだ。鷹羽達がどんな覚悟で迷宮に下りるのかを。
「アタシはやっぱり忍者になりたいからかな。迷宮で修行を積んで忍者になるんだ」
フラムの応えにハヤテは満足する。
それは迷宮を目指すのに十分な理由に思えた。
「鷹羽は?」
「私は金だ。墓所迷宮の巡回兵は給金が良い」
即答する鷹羽。
「金、ねえ・・・」
その応えにハヤテは少し呆れ気味にあいづちを打つ。
「何だ? 金目当てではダメだと言うのか?」
「そうは言ってない。だが金を稼いで何をする気だ?」
「ホウライへ行きたいのだ。金はそのための資金にする」
「ホウライ・・・」
「そうだ。侍発祥の地だ。ハヤテも忍者なら知ってるだろ」
「知ってるも何も・・・」
ハヤテはそこで一旦言葉を切り、鷹羽の顔を見入った。
「俺の生まれ故郷だ」
そう呟いた。
そして鷹奈を連れて行くと約束した地だった、とは言えなかったのだが。
「そうか。ハヤテはホウライの生まれだったのか」
そんなハヤテの心情など知るはずも無い鷹羽の声がはずむ。
「ホウライはきっと素敵な国なのだろうな。いつか私も本場の侍に混じって修業をしたいものだ。そうだ」
鷹羽は名案を思い付いたとばかりに手を叩く。
「墓所迷宮の仕事で金が貯まったら三人で一緒にホウライへ行こう」
「あっ、それ良いよね」
「そうだろ。その時はハヤテにホウライを案内してもらうぞ。そして私は本場の侍達と刀を交える。フラムとハヤテも本場で忍者としての技量を磨くと良いぞ」
「うん、そうだね」
「きっと本場は違うだろうな。今から楽しみだ」
「アタシも頑張って忍者を目指すよ」
「フラムは素質がある。すぐに忍者になれるだろう」
「本当? よーしやるぞー」
女三人寄ればかしましいというが、二人でも十分そうだった。
鷹羽とフラムの話はハヤテを置いて盛り上がり、酒を呑む間に喋り、また喋る間に干した肉などの肴を口に運んでいた。
体調の関係でまだ酒を呑めないハヤテは素面のまま、ただ黙って二人の話を聞いているしかなかった。
「あー、すまない。ついはしゃぎ過ぎてしまった」
「いや」
「それで、まだ本題の返事を聞いていなかったんだが・・・」
「ああ、巡回兵の手伝いだろ。手伝わせてもらうよ」
「そうか。そう言ってもらえると助かる」
鷹羽が満足そうに頷くと、その後はまた女二人を中心とした賑やかな酒盛りが続いた。
ハヤテは一人「また迷宮へ下りる事になったか」と思うのだった。