小説ウィザードリィ外伝4・「魔将の塔」
九幕・地下迷宮に棲む者達
一
弁天酒場でひとしきり盛り上がった翌日は当然のように不動の塔の探索は休止となった。
綱、静、そして沖田総司が二日酔いで一日中寝込んでしまったからである。
中でも容態が酷かったのが沖田で、夕方まで一度も起き上がる事が出来なかった。
普段はそれほど酒を呑まない沖田だが、昨日は沙羅の話に困惑した為か、思いがけず杯が進んだらしかった。
竜乃介はあれだけ呑んだにも関わらず平然としていて、今日も朝から仲間が集まる酒場へ出かけたらしい。
なみもお友達の所へ行くと言って出て行った。
必然的にまりが三人の世話をする事になる。
まりは「皆さん仕方ないですねえ」と笑いながらも、一日沖田の世話が出来るのでむしろ楽しそうである。
ちなみに死霊の塔の方もその日の探索は休止になっていた。
こちらも十六夜が二日酔いで動けなくなったからである。
「あたしには絶対呑むな、なんて言っておいたくせに」
沙羅は寝込んでいる十六夜の隣で嘆息していた。
さて、それから数日後・・・
不動の塔探索隊は一つの難問を抱えていた。
塔の地下迷宮の一郭に全く明かりが差さない暗闇地帯が存在している。
綱がいくら灯りの呪文を唱えてもそれすら効力を発揮出来ない、全くの闇の世界が広がっているのである。
暗いのはまあ良い。
問題は、その暗闇地帯に踏み込んで少し進んだ所で突然出現して一行の行く手を遮る者の存在であった。
「今日は大丈夫かも知れませんし、試しに行ってみましょう」
「綱様無理ですよ。他の道を探しましょう!」
綱の提案に真っ先に反対するのはなみである。
「試しですよ。試し」
綱は竜乃介に暗闇地帯の中へ進むように告げた。
一歩足を踏み込む、すると全ての灯りが吸収され周囲は完全な闇に包まれてしまう。
全く視界が効かない中を手探りでゆっくりと進む。
しかし・・・
数歩進んだところで一行の歩みは止まった。
「やっぱり出た!」
大きな声を上げるなみ。
一行の目の前に突然現れたのは悲鳴を上げているなみの背丈と同じくらいの大きさの巨大な顔だった。
その男は髪をざんばらに振り乱し、眼を血走らせて恨めしそうにこちらを睨んでいる。
無言から来る威圧感・・・
どうにも避けて通り抜ける事が出来ない。
一行は知らず後ずさりをしていた・・・
「やっぱり出たじゃないですか」
明るい場所(とは言っても地上よりもずっと暗いのだが)に出たところでなみは綱に抗議している。
数日前の探索で生首に襲われたなみは、それよりもずっと巨大なこの生首がどうにも苦手だった。
「困りましたねえ。あれをどうにかしないとこの通路の先には進めそうもないですね」
綱はなみの言葉にはそれほど耳を傾ける事もせず考え込んでいる。
地下一階で探索が済んでいないのはこの先だけなのである。
「何かの怨念に縛られている、そんな気がします」
「なるほど・・・」
静の言葉は短いがそれだけに的を射ていると言える。
皆一様に納得してしまう。
「綱様、まずは地下二階部分の探索を終えてしまいましょう」
「そうしましょうか」
まりと綱は見取り図を覗きながら話し合っている。
竜乃介を先頭に一行は動き始めた。
二
不動の塔の地下一階と地下二階部分は細かく区切られた通路や小部屋にある階段によって複雑に連結されていた。
一行はその階段を上がったり下りたりしながら先へと進む。
まりの手による見取り図は地下一階の大部分と、地下二階の半分ほどが既に埋まっている。
ここ数日の往来でおおよその地形は頭に入っている。
出現する敵も既に見知ったものがほとんどで難無く退けていく事が出来る。
一行は確実に探索の歩を広げて行った。
いつものように竜乃介が扉を開けて小部屋の中へと入る。
そこはじめじめと湿気が多く、地下室特有のカビ臭い部屋だった。
「なんだか嫌な感じがします・・・」
「なみちゃん、最近そればっかりだよ」
「もう、そうじゃなくてー!」
なみとまりがちょっとした口喧嘩を繰り広げている。
「二人ともいい加減にして下さいよ。それよりあれを御覧なさい」
綱は部屋の奥を指差した。
灯りの呪文によって照らされている範囲のちょうど端の所に人影がひとつ、立っていた。
「敵か?」
素早く抜刀する沖田。
しかし相手の様子がどうもおかしい。
それは着ている物や髪型からどうも人間の女性のようだった。
女はしかし、こちらの存在に気付いているのかいないのか、あさっての方向へと歩いては向きを変え、そしてまたふらふらと歩いては立ち止まるといった行動を繰り返していた。
「様子が変ですね」
なみは足音を立てないように歩き出し女に近づくとゆっくりと女の顔を覗き込んだ・・・
「ぎゃあーーー!!!」
なみが最大級の悲鳴を上げて全速力で一行の元へ戻って来た。
「どうしたのなみちゃん?」
「ななな、無い。無い。無い」
「何が無いの?」
まりに抱きついたなみの話はさっぱり要領を得ない。
「あの女の人顔が無いのー!」
「ええ?」
百聞は一見にしかず、一行はゆっくりと女に近づいてみた。
やがて女の身体が完全に視界の中に入ると皆は改めてその顔に見入った・・・
「!!!」
一同声が出ない。
なみの言う通り、その女には確かに顔が無かった。
青白い顔には目も鼻も口も無い、いわゆるのっぺらぼうである。
「綱殿、斬りますか?」
「待って下さい沖田さん。この者は私達に危害を加える気は無いようです」
既に刀に手を掛けている沖田を止める綱。
「あなたはどうしてこんな所にいるのですか?」
「・・・」
綱が話し掛けても女は返事をしない。
「口が無いんだから返事も出来ないだろうよ」
「だよねえ」
竜乃介となみが顔を見合わせて頷き合っている。
「顔があればいいんですよねえ・・・そうだ!」
まりはポンと手を叩くと道具袋を漁り出した。
「こんな物でも与えてみたらどうでしょう?」
まりが取り出したのは数日前に宝箱から見つけてあったお面である。
「ちょっとまりちゃん、いくら何でもそんなお面じゃ・・・」
「ものは試し、ですよね綱様?」
「そうですね」
綱はまりの手からお面を受け取るとのっぺらぼうに近づき女の顔にそのお面を被せてみた。
女は被せられたお面に手を当て自分の顔の様子を探るような仕草をしている。
そして・・・
「顔がある! 見える! 声が出る!」
女は興奮した声を上げている。
「私達が見えますか?」
「誰ですかあなた方は? まさかあの女の手の者ではないでしょうね?」
顔を与えられた女は依然興奮気味に一行を見回していた。
「落ち着いて下さい。我々はこの不動の塔を探索している者です。まずはあなたのお名前を伺いましょう」
「名前・・・私の名前は・・・あやめです」
あやめは自分の名前を思い出すように考えてからゆっくりと答えた。
「あの女とは誰ですか?」
「あの女、ああ! ラマ御前ですよ!
あやつは魔性の女です。私と夫を騙した卑劣な女。あんな女は呪われて死んでしまえばいいのです」
「あなたの夫はどうされました?」
「夫は・・・処刑されてしまいました」
以後あやめは淡々と語り始めた。
「私の夫はかつてはこの塔の主でした。それがある日家臣の裏切りに遭ったのです。
その者は塔の実力者達を金で買収して夫を捕えてしまいました。夫は処刑されました。そしてその謀反を企てた張本人がラマ御前だというのです。
夫とは別に囚われた私はラマ御前の前に突き出されました。ラマ御前は妖しい術を使って私から顔を奪ったのです」
あやめはそこで「よよよ」と泣き崩れた。
「我々はこの地下迷宮の暗闇で巨大な生首を目撃しています・・・」
「きっとあの人です。さぞかし無念だった事でしょう・・・」
あやめは懐に手を入れお守りを取り出した。
「どうか、とうか夫の遺体を捜し出し、このお守りを掛けてやって下さい。その魂が安らかな眠りに付きますように。どうか・・・」
あやめが差し出したお守りを受け取る綱。
「この先は監獄になっています。夫もきっとここに収容されたはずです」
「分かりました。我々がきっとあなたの夫の遺体を捜し出し、あなたの想いを伝えると約束しましょう」
「お願いします」
お面であったはずのあやめの目から大粒の涙がいく筋もいく筋も零れ落ちていた。
三
地下二階の探索を進めると、そこはあやめの言う通り監獄になっていた。
地上からははるかに奥深く太陽の光が全く差さない世界。
そこはまるで現世でありながら死者の世界に違いないと思わせるほどに暗くて陰鬱としていた。
部屋の中は薄汚れていて空気は澱み、何だか病気になりそうな臭いがしていた。
まりなどは吐き気をもよおしていたのだが、あまりの異臭に鼻が麻痺してくるとやがてそれすら忘れてしまっていた。
部屋の正面には鉄格子。
右にも鉄格子。
そして左にも鉄格子。
ずらりと並んだ鉄格子にはちょっとした恐怖感すら覚えてしまう・・・
一行が部屋の奥へ進もうとすると、それを遮るように一人のみすぼらしい男が目の前に現れた。
ノームかと思われる。
小柄な身体で土の中での生活を好むこの種族ならではの特徴が見て取れた。
「あんたら見学かね? へっへっ、地獄の沙汰も何とやらってね、分かるだろ?」
看守を名乗ったこの男は、下卑た笑みを浮かべ一行を舐め回すように小さな身体で下から見上げていた。
「金だよ金。金さえ払えば通してやってもいいがね。そうさなあ、一人・・・」
しかし看守の次の言葉は無かった。
鋭く踏み込んだ沖田の刀が看守の胴を抜き討っていたのだ。
「外道にくれてやる金など持ち合わせていませんのでね」
沖田は綱の所へ戻ると
「勝手な事をして・・・」
と頭を下げた。
「いえ、私も同じ気持ちでしたから。おそらくここにいる全員がそうでしょうよ」
綱が残りの面々を指して言った。
「それよりも・・・看守ならばここの鍵を持っているはずですね。なみ」
「はい」
なみはすでに事切れて倒れている看守の懐を探り鍵束を取り出した。
「これでここの鉄格子は開くはずです」
「それでは行きましょう」
用の無くなった看守の遺体に目をやる事無く、一行はその場を移動した。
看守から入手した鍵を使って次々と鉄格子を開け中を調べて行く。
牢の中には既に死体となった囚人達の成れの果ての姿があちこちに見て取れた。
「むごいですね・・・」
それ以外の言葉が出て来ない。
あやめの夫かどうか死体を検分する。
あやめは夫は『処刑された』と言っていた。
ここに横たわっている死体はどうやら悪劣な環境に放置された事によって自然死したものと思われる。
「次へ行きましょう」
一行は更に鉄格子の中を調べていった。
やがて一行は奇妙な死体を発見した。
壁に両手を鎖で繋がれたその死体には首が無かったのだ・・・
着ている囚人服はズタズタに引き裂かれ、この者に行われた拷問の凄まじさを物語っていた。
「これに間違いないでしょうね・・・」
綱はあやめから受け取ったお守りを取り出し、亡骸の首の辺りにそおっと掛けてやった。
するとお守りは眩いばかりの光を発し監獄中を照らし出した。
そしてその光の中にあの大きな顔が現れたのだった。
「おぬしらは何者だ? そのお守りは我が妻のもの・・・そうか、おぬしらは妻に逢ったのか。おぬしらには礼を言わねばならぬな」
巨大な生首の表情がふっと和らいだように見えた。
「わしはかつてこの塔の主だった。しかし愚かな家臣の裏切りにより今はこの有様よ。わしは首を撥ねられ妻は顔を奪われたと聞く。そればかりか家臣のほとんどが意味も無く処刑された・・・
妻ばかりかわしの魂まで救ってもらって心苦しいのだが、もう一つだけ頼む。今もまだのさばっているあ奴を、ガイラスを討ち取ってくれ!
どうか哀れと思ってくれても構わぬ。わしの最後の願いを・・・」
そう言い残すと、顔は光と共に静かに消え去った。
光が消えると壁につながれていた骸は音もなく崩れ落ちた。
一行はあやめがいた場所まで戻り、無事に夫の魂を昇天させた事を告げた。
あやめは心から喜び礼を述べると、その身体もやがてすうっと薄れて行き、やがては消えてなくなってしまった・・・
「あやめさんも既に死んでいたのですね・・・」
まりが手を合わせてあやめと夫の成仏を祈っている。
「夫殿の無念、この手で晴らさねばなりますまい」
沖田の口元が固く結ばれていた。
かくて一行は巨大な首が行く手を阻んでいた暗闇地帯の通路を無事に通過し、その先にあった祠に祭られていた玉を入手したのである。
この玉を入手した事により、一行は不動の塔の最上階への進入の権利を獲得したのであった。
四
死霊の塔地下二階。
ここは階全体が巨大な霊安室になっていた。
規則正しく配列された部屋は小部屋六個分の広さがあり横長の形をしている。
そしてそれらを囲む通路は不動の塔の三階部分と同じようにいくつもの十字路によって構成されていた。
やっかいな事に、交差点には回転床や他の場所への転移地点が設置されていて、無闇に歩き回っていてはたちまち自分達の居場所を見失ってしまう。
更にはこの階全体に施された特別な魔法結界により、通路の北端と南端、東端と西端がそれぞれ繋がっているのであった。
つい先ほどまでこの階の東側を探索していたと思ったら何時の間にか西側に出ていたりするのである。
輪廻転生。
全ての魂は転々と他の人間や生物に移り廻り、迷いの世界を廻って滅びる事が無いという。
ここは死に行く者達の転生への願いが込められた場所なのかも知れない。
そして更に驚くべき事には・・・
「来た!」
沙羅はその気配を感じるとギュッと身体を強張らせた。
突然背中に悪寒が走り、急激に死臭が強くなる。
少し先の壁からぬっと現れた、白装束に身を包んだ顔色の悪い人が数人通路を横切って行ったのだ。
その中には明らかに子供と思われる姿もあった。
彼らは特に危害を加えるでもなく、ただ通り過ぎて行くのみだった。
死霊の塔探索隊の面々は、この階で既に何度もこういった死者の行列を目にしていた。
しかし、何度目撃しても決して慣れるという事はない。
そして、改めて「ここは死者の世界なのだ」という事を痛感させられるのだった。
一つ一つの部屋を丁寧に調べていく。
棺が埋葬されている部屋、特に何も無い部屋など様々なのだが、中には一切の灯りを遮断してしまう暗闇地帯になっている部屋もあった。
そんな部屋の探索は正に手探りで行わなければならず、時間を浪費させられてしまう。
また一度暗闇地帯に足を踏み込んでしまうとせっかく唱えた灯りの呪文がその効力を失ってしまう。
初めのうちはその度に花梨が灯りの呪文を唱え直していたのだが、あまりにも度々なのでついにはそれも諦めてしまった。
一行はあまり視界が効かない中を歩かざるを得なくなっていた。
それでも調べた部屋、歩いた通路を丹念に潰していく事により、この階の探索は確実に進んでいったのである。
隠し扉を開け、その奥にあった転移地点を通して出た先にまだ入っていない部屋があった。
その部屋の扉には「礼拝堂」という札が張られてあった。
そしてそれとは別にもう一枚、読めない文字で書かれた御札が扉に貼り付けてあった。
それはいかにも古い御札といった感じのもので、霊験あらたかという雰囲気を醸し出していた。
特に施錠されているようにも見えないのだが、御札が封印になっているのか扉はびくともしない。
沙羅は何とかしてその御札を剥がそうとして爪を立てたり刀で引っ掻いたりしてみたのだが、扉に傷を付けただけで御札はそのまま残っている。
「うーん・・・」
これには沙羅も頭を抱えてしまった。
「お父ちゃん、どうしよう、これ?」
「そんな事言われてもなあ・・・」
修道僧である大牙は鍵開けに関しては専門外である。
沙羅に開けられないものを大牙が開けられるはずはないのだが・・・
それでも大牙が扉の前に立ち、御札に手を触れてみた。
すると。
大牙の道具袋の中で何かがゴソゴソと動き出したではないか。
「何だ?」
大牙は道具袋の中から動き出した物を取り出してみた。
それは小振りの白木の箱で、地下一階で見つけていたものの「気味が悪いから」と言って誰も持ちたがらなかった物である。
それでも何か必要な物かも知れないので大牙が持ち歩いていたのだが・・・
大牙は箱の蓋を開けて中の物を取り出した。
それは干からびた人間の上腕のような物だった。
しかしその手にはびっしりと動物の毛のようなものが生えていて、人間のと言うよりは猿の手のようである。
大牙はその猿の手を取り出し、それで御札を撫でてみた。
すると、干からびていたはずの猿の手がまるで生きているかのように動き出し、御札を掴むとそのまま引き剥がしてしまったのだった。
扉を封印していた御札が剥がれると、それは音も無く開いた。
「行こう」
大牙を先頭に一行は礼拝堂の中へ滑り込んだ。
五
そこにはたくさんの棺が安置されていた。
空気はひんやりと冷たく、部屋の中は今までに無いくらいに霊気が満ち溢れているように感じられた。
「調べてみよう」
大牙が棺の傍らに立ち、扉に手を掛けた。
「待ってお父ちゃん、何か罠があるかも・・・」
沙羅が大牙の手を止める。
代わって棺の側に片ひざを着くと慎重に棺の蓋を調べ始めた。
「特におかしなものは無し、と」
棺に異常が無い事を確認すると、沙羅はゆっくりとその蓋を開けた。
棺の中には遺体が横たわっていた。
男性のものと思われるその遺体は不思議な事にそれ程腐敗しておらず、白装束を纏い穏やかな顔で永久の眠りに就いていたのである。
「・・・」
沙羅は死者に対して合掌してから「ごめんなさいね」と謝って棺の中を調べ始めた。
するとどうだろう、暗く深いこの地下迷宮の一室に天井から眩いばかりの光が差し込んできたのだった。
光が棺の中の遺体を照らす。
すると遺体からその人の魂らしい霊体が浮かび上がってきて、その光に吸い込まれるように消えてしまった・・・
沙羅は蛍の部屋で会った幽霊の事を思い出していた。
(これでこの人は成仏出来たのかな・・・)
沙羅はいつまでもその光を見上げていた。
同じようにしていくつかの棺を調べていく。
しかしめぼしい発見も無く、最後に残った棺に手を掛ける事になった。
部屋の一番奥に置かれたその棺は子供のものだろうか、一つだけ他の棺よりも小さく出来ていた。
沙羅が棺の蓋を開けると中には小さな遺体が横たわっている。
先ほどまでと同じように天井から光が差してきて棺の中を照らす。
すると小さな遺体からその子の魂らしいものが浮かび上がってきて、やがてそれは幼い少女の姿を形作った。
少女はにっこりと微笑むと、持っていた手毬を沙羅に差し出してきた。
「あたしにくれるの?」
沙羅はゆっくりと両手を伸ばした。
少女はにっこりと微笑んだままコクンと頷いている。
差し出された沙羅の手に少女が手毬を渡すと、嬉しそうに笑いながらゆっくりと姿が薄れていった・・・
そして少女の姿は完全に見えなくなっていた。
「元気でね」
沙羅はそう呟くと手の中に残された手毬を大切に仕舞い込んだ。
礼拝堂を出るとまだ調べていない部屋は残りわずかになっていた。
一行はその中の一室へと踏み込む。
すると・・・
暗くて陰湿とした地下迷宮のこの部屋がパッと明るくなるような、かわいらしい娘がそこにいた。
今まで見てきた死者の集団のような白装束ではなく、高価そうな着物や装飾品で着飾っている。
その雰囲気はどこぞの姫様といった感じだったが、こちらにはまるで気付いていないふうで、ただぼーっと虚空を見詰めているのみだった。
「人形、かな?」
「それにしてはよく出来てるわね」
沙羅と十六夜は顔を見合わせて言葉を交わすとその娘に声を掛けてみる事にした。
「こんにちは」
相手を驚かせないようにそおっと話し掛けてみる。
「あ、え・・・いえ、こん、にちは・・・」
沙羅の呼びかけに娘は反応を示したものの、帰って来た返事はどこか虚ろなものだった。
「こんな所で何をしてるの?」
「さあ・・・ここ、どこ?」
「名前は?」
「わたし・・・名前・・・ら、ん」
「らん、ていうのね?」
「うん・・・」
らんと名乗った娘はそこで沙羅から目を離すと再び虚空へと視線を泳がせていた。
「困った娘だねえ・・・」
捉えどころの無い娘の反応に十六夜は肩をすくめてしまっていた。
「そうだ」
ふと沙羅は思い出し、先ほどの棺の中の少女の魂から貰った手毬を自分の道具袋から取り出すとそっとらんの前に差し出してみた。
らんは初め不思議そうに差し出された手毬を見詰めていたものの、やがてにっこりと笑うと自分の手を伸ばし沙羅から手毬を受け取った。
「あんたがたどこさ・・・」
嬉しそうに手毬歌を歌いながら毬をつくらん。
一行もしばらくはその様子にじっと見入っていた。
やがて・・・
らんの袖口から小さな何かが転げ落ちた。
しかしらんは気にするふうも無く一心に毬をついている。
「毬つき上手いね」
沙羅はさりげなくらんに近づくと、らんの足元に落ちている物を拾い上げた。
一瞬らんと目が合う。
その視線に沙羅はドキッとなってしまったが、らんはにっこりと笑って毬をつき続けていた。
「沙羅、行くぞ」
「えっ、いいの? あの娘ほっといて」
「ああ。あの娘もおそらく我々の世界の住人じゃないんだろうよ」
大牙はそれだけ言うと静かに部屋を出て行った。
(あの娘はここでずうっと毬をついているのかな?)
独りで楽しそうに毬をついているらんを尻目に沙羅もその部屋を後にした。
らんの足元から拾い上げられて沙羅の手の中にあるのは金色に輝く鍵だった。
神器が祀られている祭壇はもうすぐそこである。