小説ウィザードリィ外伝4・「魔将の塔」

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十幕・繋がった記憶

「やっぱりお日様ってのはいいよね」
 その日の探索を終え地下迷宮から上がってきた沙羅は、塔の外に出ると西の空を見上げてそう言った。
 陽はやや傾きかけているものの、まだ十分に日中の熱気が残っている。
 暗く冷たい地下迷宮から解放された沙羅にはその暑さがむしろ心地良かった。
 共に地上へ戻った十六夜や大牙、そして飛鳥や花梨も同じ思いなのだろう、太陽の光を全身に浴びてホッとしているようである。
 死霊の塔から街道へと続く枝道を戻り帰途に就く。
 枝道が街道に合流する地点に差し掛かった時、沙羅は前方に同じようにその日の探索を終えて緋連の街へ向かっている不動組の姿を見つけていた。
「ほらお姉ちゃん、不動組の人達。おーい、沖田ー、まりちゃーん!」
 沙羅は手を振りながら駆け出していた。
「ちょっと沙羅・・・」
 沙羅の足に敵うはずがない、十六夜は駆けて行く沙羅の後姿を見送っていた。

「おお、沙羅殿も今帰りですか?」
「沙羅さん、こんにちはー」
 後ろから近づいて来る沙羅の姿を確認すると、不動組の面々は自然と足を止めていた。
「皆さん、こんにちは。この前はお世話になりました」
 先日の弁天酒場以来、沙羅が不動組の面々に会うのは初めてである。
 沙羅はペコリと頭を下げてあの時のお礼を述べた。
 当初は不動組の事を毛嫌いしていた沙羅だったが、今ではすっかり打ち解けている。
 中でも沙羅が仲良くなったのは、一番多く話をした沖田とまりだった。
「沖田、まりちゃん、今日ね、あたし達変わった娘に会ったよ。『らん』ていうんだけどね・・・」
 沙羅は目を輝かせて今日の地下迷宮での出来事を話し出した。
 沖田とまりは「うんうん」と沙羅の話に耳を傾けている。
「それでね、その娘に手毬をあげたのね。あっ、まりちゃんと同じだね」
 沙羅はそこで「アハハ」と笑った。
「でね、これ見てよ。その娘が落とした鍵なんだけどね。綺麗でしょ。これ金だよ。どう見ても普通の鍵じゃないよね。いよいよ神器が祀ってある祭壇に近づいたって感じでしょ」
「へえー、綺麗ね」
 まりは沙羅が差し出した鍵に見入っていた。
「本当ならこれ、鋳潰しちゃって金細工にしたいんだけどなあ・・・そんな訳に行かないか」
「もー、沙羅さんてば」
 共に笑い合う沙羅とまり。
 沙羅は手の中で金の鍵をクルクルと回してもてあそんでいる。
 すると・・・
「あっ・・・」
 鍵は沙羅の手を離れ沖田の足元に転がり落ちていった。
「沙羅殿、大切な物なんでしょう」
 沖田は足元に落ちている鍵を拾い上げると沙羅へと差し出した。
「ありがとう沖田・・・」
 差し出された鍵を受け取ろうとした沙羅だったが、その動きがピタリと止まった。
「どうしたの沙羅さん?」
「沙羅殿?」
 不思議そうに沙羅を見詰めるまりと沖田。
 沙羅はある一点を凝視したまま、まるで身体が固まってしまったかのようになっていた。
「???」
 沖田とまりは訳が分からず互いに顔を見合わせてしまう。
 そこへ十六夜が追い付いて来た。
「皆さんこの前はどうも・・・」
 しかしすぐにその場の雰囲気に気付く。
 表情を固くしてしまっている沙羅とそれに戸惑っている沖田とまり・・・
「沙羅、どうしたの?」
 十六夜が沙羅の顔を覗き込む。
「沖田、何それ・・・?」
 沙羅がポツリと言った。
「えっ? 鍵ですけど・・・」
「そうじゃなくて、何でそんな羽織着てるの?」
 沙羅の言葉の意味が分からない。
 沖田、まり、十六夜は困惑しながら沙羅に見入っていた。

 沖田達の様子がおかしい。
 離れた所でたたずんでいた綱達も次第にそれに気付き始めた。
 やがて大牙達も合流し、この場に不動の塔、死霊の塔の探索隊の面々が全員揃った事になる。
「どうしたのですか、沖田さん?」
「何かあったのか、十六夜?」
 綱と大牙が聞くも二人とも「分からない」と首を横に振った。
「沙羅の様子がおかしいのよ・・・」
 十六夜は大牙にそう告げるとまた
「沙羅、どうしたの?」
 と沙羅に話し掛けている。

「沖田、その羽織、何?」
 沙羅はもう一度沖田が着ている陣羽織について聞いた。
「何と言われましても・・・」
「沙羅さん、その羽織、沖田さんはいつも塔の探索の時に着ていましたよ」
 沖田に代わってまりが応える。
「嘘? だってあの時は・・・」
 沙羅がいう「あの時」とは沙羅が静の槍を蹴飛ばした時である。
「あの時はまり殿に預かってもらっていたのですが・・・」
「沖田さんの羽織がどうかしたの?」
「沙羅?」
 沖田が、まりが、十六夜が、そしてその場にいた全員が沙羅の次の言葉を待った。
「着ていたんだ」
 沙羅はポツリと呟く。
「誰が?」
「何を?」
 まりと十六夜が沙羅に詰寄った。
「あたしのお父ちゃんを斬った侍。袖の所にそれと同じだんだら模様の入った羽織を着てた」
「!」
 思わず息を呑む沖田。
「どうやらこんな所で立ち話で済ませられる事ではないようです。場所を変えましょう」
 その場の雰囲気を変えようと綱が口を挟んできた。
「うむ。その方が良いな・・・」
 大牙も同意し、一同場所を変える事になった。

 一行は場所を弁天酒場の二階の奥座敷に移していた。
 時間を掛けて場所を動いたのは、皆の動揺を落ち着かせる為という綱の配慮でもあった。
 綱は店の者に簡単な酒肴の用意だけさせるとあとは「呼ぶまで来なくても良い」と告げて人払いをした。
 その場にいるのは不動の塔探索隊の六人と、死霊の塔探索隊の五人の計十一人である。
「さて・・・」
 と綱が話を切り出す。
「まずはそちらの話から聞かせてもらいましょうか」
 全員の視線が、机の一番端に座っている沙羅に集まった。
「沙羅、話してごらん」
 隣に座っている十六夜が優しく沙羅を促すと、沙羅は静かに話し始めた。
 
「今から十年も前の事だったよ。あたしはお父ちゃん、ううん、前のお父ちゃんね。あたし大牙のお父ちゃんの本当の子供じゃなくてね」
 沙羅はチラリと大牙の顔に視線を向けた。
 大牙はただ「うんうん」と頷いて沙羅に話の続きを促した。
「そのお父ちゃんと一緒にある旅籠に泊まってたんだ。理由は・・・何だったかな? ただお父ちゃんに連れられて・・・何でもお父ちゃんにとっては大事な用があったんだって。
 お父ちゃんはあたしをその旅籠の二階の奥の小さなお座敷へ連れて行ってくれたよ。今夜はここに泊まるからこの部屋にいろって。お父ちゃんはあたしをその部屋に置くと、後は別の部屋へ行ったんだ。あたしはよく分からなかったけど、大勢の人達と集まっていたみたい。
 でね、お父ちゃんは部屋を出る時にあたしに脇差を一振り置いていってくれた。何かあったらこれを使えって」
 沙羅はそこで一息つくとお茶を口に含んで喉を湿らせた。
「あたしはそこで一人で寝てた。そしたらね、夜遅くなって急に辺りが騒がしくなったんだ。大勢の大人達の叫び声がして。
 あたしは怖くなってお父ちゃんがくれた脇差を持って押入れの中に隠れた。そしたらね、そしたら・・・
 あたしの部屋に入って来た侍がいて、押入れを開けたんだ。あたしはあっさり見つかっちゃった。とても怖かったよ。でね、あたしは無我夢中で持っていた脇差を振り回した。どうもそれは相手の手をちょっとだけ切ったみたいだったよ」
 沙羅の話を聞く沖田の表情が凍り付いている。
 まりはそんな沖田の顔を心配そうに見詰めていた。
「そしてね、そして・・・
 あたしのお父ちゃんがあたしの部屋に飛び込んで来た。お父ちゃんは何とかその侍からあたしを助けようとしてくれたんだ。背中から侍に斬り付けたんだけど、相手は死ななかった。そして・・・」
 沙羅の言葉が止まる。
 その場にいた者全員が音も立てずに沙羅の次の言葉を待っていた。
「お父ちゃんはその侍に返り討ちにあったんだ。もうそれっきり・・・
 あたしは押入れから飛び出していた。もちろん相手にならなかったよ。軽くいなされて手を捉まれて押さえ込まれて・・・
 それから・・・どうなったんだったっけ・・・?」
 沙羅の記憶はそこで途切れた。
 しばしの沈黙が一同に圧し掛かった。
「沙羅殿、その日は祭りではなかったですか?」
 重い沈黙を破って沖田が聞いた。
「ああ、確か沙羅を拾ったのは神鳥神社の祭礼の日だったが・・・」
 代わって大牙が答える。
「いえそうではなく、神社の縁日みたいなものでなくて・・・」
「大きな台車にたくさん飾りを付けた、そんなのが何台も街の中を行き交ってた。そっか。祭り見物だからってお父ちゃんに連れられて行ったんだっけ」
 記憶の引き出しを整理するかのように、沙羅は慎重に言葉を選びながら話している。
「それは祇園の山矛巡業です。これで間違いない」
 沖田はそこで居住まいを正し、沙羅に真っ直ぐに向き直った。
「沙羅殿、あなたの父上を斬ったのはこの私です」
「!」
 沙羅の表情が凍りついた。
「あなたの父上を斬った後、あなたは私に斬り付けてきました。私はあなたの手を押さえて。その時私は背後から別の人間による一太刀を浴びたのですが、その後私の意識が遠のいて気付いたらこの世界にいました。
 綱殿達と出会いお互いに話をするうちに、私は自分が元いた世界とは別のこの世界に迷い込んだのだと認識しました。
 しかし・・・あの時一緒にいたあなたはどこにいったのか分からないままでした。私と一緒にこちらの世界に来ていたのですね」
 沖田の話を聞いても沙羅は「分からない」と首を横に振るのみだった。
「その時もこの陣羽織を着ていました。この袖に見覚えがあったのでしょう」
 沖田は沙羅に自分が着ている新撰組の陣羽織の袖の部分を見せた。
「ちょっ、ちょっと待って下さい。沖田さんちょっと待って」
 慌ててまりが口を挟む。
「沙羅さんのお父さんが死んだのは十年前だって沙羅さん言ってたじゃないですか。でも沖田さんが私達と出会ってからまだひと月も経ってないんですよ。どう考えたっておかしいじゃないですか」
 沙羅と初めて出合った時から沙羅との関係を気にしていた沖田だったが、まりはそれを強く否定し続けてきた。
 両者の時間のずれ、それこそがまりの主張の拠りどころなのである。
「まり、頭の良いあなたならもう分かっているはずですよ」
 綱が諭すようにまりに話し掛ける。
「二人の記憶がぴったりと一致したのです。これ以上の証拠がありますか? 
 そして、二人の時間のずれですが・・・」
 綱は一旦言葉を切ると、沖田と沙羅の顔を交互に見詰めてから話し出した。
「二人は何らかの理由で他の世界からこの世界に迷い込んだのです。その時二人がこの世界の同じ時間、同じ場所に出るとは限らないのではないでしょうか。
 これはあくまで私の推測ですが、沖田さんはこちらの世界にいる何者かによって元の世界から召喚されたのでしょう。
 その時沙羅さんの手を強く握っていた為に沙羅さんも一緒にこちらの世界に召喚されてしまった。いわば巻き添えを食ったという事です。
 しかしその何者かは元々沖田さん一人をこちらに呼び寄せるつもりだったから、余計に付いて来た沙羅さんは時間と空間から弾き飛ばされて十年前のこの世界に出てしまった。
 その後沙羅さんはこちらの世界で十年間を過ごし、十年後のこの世界に現れた沖田さんと再会したのです」

「そんな事ってあるのでしょうか?」
 綱の仮説を信じるとすれば、まりが主張してきた沖田と沙羅の時間のずれは、脆くも崩れ去ってしまった事になる。
「私は綱殿の言う事で間違いは無いと思います」
「沖田さん・・・」
 まりの目に涙が浮かんでいる。
 他の者は皆、一言も発する事すら出来ずにその場で身を固くしていた。
「沖田・・・」
 一番困惑しているのは当の本人である沙羅だろう。
 沙羅はやっとの事で事態を飲み込むと沖田の顔をキッと睨み付けた。
「沖田、それじゃあ認めるんだね? あたしのお父ちゃんを斬った事を」
「ええ、間違いないでしょう」
 沖田は真っ直ぐに沙羅を見詰めたまま応えた。
「沖田ー!」
 沙羅は立ち上がり、今にも沖田に飛び掛らんとしていた。
「沙羅、落ち着いて」
「待て、沙羅!」
 十六夜と大牙、それに飛鳥が必死に沙羅を押さえつける。
 一方竜乃介と静も沖田の前に立ち塞がり、この場を鎮めようとしていた。
 しばらくは「放して!」と抵抗していた沙羅だったが、やがて諦めたのかその場にペタンと座り込んでしまった。
「うっ、うう・・・」
 今までどんなに辛い修行でも流した事の無い涙を沙羅は初めて見せていた。
(無理も無い・・・)
 突然知らされた自分の父親の死の真相、そしてその後沙羅が過ごした十年という時間。
 十六夜は血の繋がらない妹の気持ちを思うと胸が締め付けられる思いがして、ただただ沙羅の身体をぎゅうっと抱きしめていた。
「私は今まで多くの人間を斬ってきました」
 沖田が重々しく語り出した。
「私にはいつかその報いを受ける時が来るでしょう。それは沙羅殿の手によってかも知れません。
 沙羅殿にとってのこの十年はきっと我々が計り知れない程の重みのあるものだったでしょう。しかし・・・」
 沖田はそこで言葉を切るとすっとその場に立ち上がった。
「私のこの命だってそう易々とくれてやるほど軽くはないですよ」
 沖田は「ご免」と一礼すると座敷を出て行った。
「沖田さん!」
 慌ててまりも立ち上がる。
 すぐさま沖田の後を追おうとしたのだが、ふいに思い立ち沙羅に視線を送った。
「沙羅さん、沖田さんを殺してお父さんの仇を取るつもり?」
「分からない・・・」
 沙羅はただ頭を横に振るのみだった。
「もしも沙羅さんが沖田さんを殺したら、今度はわたしが沙羅さんを殺すから」
「あんたに何が出来る?」
「大爆発の呪文(ティルトウェイト)。一回しか使えないしあまりにも強力過ぎるからって綱様から使わないようにって言われてるけど・・・
 もしも沙羅さんが沖田さんを殺したらわたしはその呪文であなたを殺すから」
 まりはそれだけ言うと座敷を飛び出して沖田の後を追った。
「大爆発の呪文か。あれはまずいな・・・」
 沙羅は一度だけその呪文を目にした事があった。
 十六夜がその呪文を習得したばかりの時に、試しにと使ってみたのであった。
 十六夜の方もその呪文のあまりの威力に驚き、その後は使う事を控えていたのである。
「あの娘、沖田が好きなんだね・・・」
 沙羅はまりを追うように、まりが出て行った座敷の出口に視線を送っていた。

 弁天酒場を飛び出したまりは通りに視線を廻らせ沖田の姿を探した。
 まだ宵の口という時間帯もあってかなりの人が行き交っていたのだが、まりはその中に沖田の後姿を見つけた。
「沖田さん!」
 まりは沖田の名前を呼びながらその後姿を追った。
 沖田が向かっているのは「松屋」とは反対の方向、つまりは緋連の街の街外れの方である。
 それほど急ぐでもなく、時々夜空に浮かぶ月を眺めたりしながら沖田は歩いていた。
「沖田さん!」
「ああ、まり殿ですか」
 追って来たまりに気付き沖田が振り返った。
「ああ良かった。追いついた」
 まりはハアハアと呼吸を乱している。
「どうしたんです? そんなに慌てて」
「どうした、じゃないですよ。心配だから追っかけて来たんじゃないですか」
 思ったよりも平然としている沖田にまりは逆に拍子抜けしてしまうくらいだった。
「沖田さん、どちらへ行かれるおつもりだったんですか?」
「少し頭を冷やしてから帰ろうと思いまして。どうです? このまま一緒に散歩でも」
「は、はい」
 二人は肩を並べて歩き始めた。
 しばらくは会話も無く重い雰囲気が二人に圧し掛かっていたのだが、やがてまりの方から話しを切り出した。
「やっぱり本当なんですか? 沙羅さんのお父さんの事・・・」
「ええ、間違いないでしょうね」
「お役目だったんですよね? 何とかって組の・・・」
「新撰組です。京都の街の治安を維持していた、と言えば聞こえは良いのですが、実際のところは『壬生狼(みぶろ・壬生浪士組をもじってこう呼ばれた)』と呼ばれて嫌われていたようですね」
 沖田は苦笑して言った。
「お役目だったら仕方無いですよね」
「ええ、ですがやられた方にしてみたらそうも行かないんじゃないですか」
「もし・・・もしも沙羅さんが父の仇だって沖田さんを殺そうとしたらどうします?」
「さて・・・相手は凄腕の忍者ですからね。命を狙われて逃げ延びる事が出来るかどうか?」
「逃げるだけ? 応戦したりしないんですか?」
「本当に私を殺すつもりなら、正面からは来ないんじゃないですか。不意打ちとか待ち伏せとか、忍者らしいやり方で来ると思います。私が刀を抜く間も無くやられるかも知れませんよ、フフフ」
 沖田の口からは何故か笑い声が漏れている。
「もう、こっちは真面目に聞いてるんですよ!」
 まりは少し怒ったように顔を膨らませてしまった。
「ああすいません。別にふざけている訳ではないのです。今日の事でずっと胸の中にわだかまっていたものがすうっと溶けたような気がしましてね。行方不明かと思われたあの娘がこの世界で無事に生きていた訳です。それが分かっただけでもほっとしていますよ」
「ほっとしている、なんてずいぶんのん気ですね。相手はあなたを殺そうとするかも知れないのに」
「まり殿、何を怒っているんです? これは私と沙羅殿の問題でしょう」
「それは・・・だって・・・」
 まりは言葉を詰まらせると少し俯き、やがて意を決するとタタッと沖田の前に走り出た。
 真っ直ぐに沖田を見据えるまり。
 そして。
「わたし、沖田さん、ううん、総司さんの事を好いてます! 初めて会った時から、今までずっと好きでした。だから、だから・・・」
 心の奥底からの真っ直ぐな告白。
 まりは初めて沖田の名前を「総司」と呼んで、自分の正直な気持ちを打ち明けた。
「だから、もしも総司さんに何かあったらと思うと・・・」
 それだけ言うのが精一杯だった。
 後は言葉も無く、ただ沖田の返事を待つまり。
 辺りはいつしか人通りも絶え、この場にいるのは沖田とまりの二人のみ。
 そんな二人を月が静かに、そして優しく照らしていた。
 沖田は真っ直ぐに見詰めてくるまりの視線に耐え切れず、すっと顔を背けた。
「まり殿、私は女の人を幸せに出来るような男ではありませんから」
「それって沙羅さんの事ですか?」
「いえ・・・昔の話ですがね。まり殿と同じように私に想いを寄せてくれる女性がいまして。当時私はまだ修行の身という事で結婚して欲しいというその女性の申し出を断ったのです。その女性は自害しかけましたが・・・」
「それで、どうなったんですか?」
 自害という言葉にまりの顔色が変わった。
「ええ、辛うじて一命は取り止めまして、その後他所へ嫁いだそうです」
「そうだったんですか」
 ホッと胸を撫で下ろすまり。
「ですからね、今回の沙羅殿の件もあるし、やはり私はどうも女の人を不幸にしてしまう、そういう星の巡り合わせを持っていると思うのです。ですからまり殿もどうか私の事は・・・」
「そう、ですか・・・」
 沖田の答えにがっくりと肩を落とすと、まりはとぼとぼと歩き始めた。
「まり殿、どちらに?」
「少し一人にして下さい。あっ、大丈夫ですよ。わたしは自害したりなんてしませんから」
 まりは無理やり笑顔を浮かべてそれだけ言うと、沖田の元から逃げるように駆け出した。
「まり殿!」
 沖田が呼ぶ声を振り切って、まりは月明かりの中を駆けて行く。
 しばらくは何も考えられなかったが、やがて胸がぎゅうーっと苦しくなる。
(走っているから苦しいのかな? それとも・・・)
 まりはその苦しさに耐えられずに足を止めた。
「わたし、ふられちゃったんだ・・・」
 泣かない、と思っていたのに次々と溢れ出す涙をどうにも出来ないまりだった。

 沖田は一人松屋へと戻っていた。
 まりを追うべきかとも思ったのだが・・・
「私が傷付けてしまった事は事実ですからねえ」
 そう思うとどうしてもまりの後を追う事が出来なかったのだ。
 一人部屋で伏しているとやがて綱が帰って来た。
「沖田さん、お帰りでしたか」
「綱殿、先程はどうも」
 沖田は居住まいを正すと綱に頭を下げた。
「沖田さん、何かと大変でしたが、もう一つ大変な事になりました」
 綱が神妙な顔で話し出す。
「何かありましたか?」
「ええ。沖田さんとまりが部屋を出た後の事でしたが、幻術の塔探索隊の隊長さんが見えましてね。何でも緋連城から使いが来て探索を急ぐようにとの王の命が下りたそうなのです。それで急遽その場で話し合いをしたのですが」
「で、どうなりました?」
「はい。明日の夕刻までに各塔から神器を回収するという事で話がまとまりました」
「明日の夕刻ですと! 間に合うのですか?」
「幻術の塔の方は大丈夫だそうです。死霊の塔も何とかなるだろう、と言ってました。私共は、後は天守閣を残すのみですが・・・急がねばならないでしょうね。明日は早いですよ」
 綱はさして慌てるでもなく平然と応えている。
「それより沙羅殿は? だいぶ困惑されていたようですが、平気なのですか?」
「本人は大丈夫だと言ってましたよ。忍者はいざという時の精神修行も出来ているからと。それより、沖田さんの方は大丈夫なんでしょうね?」
「ええ、私の方は。しかしまり殿は・・・」
「まりがどうかしたのですか?」
「いや、別に・・・」
 まさか「告白されたけれど断りました」などと言えるはずがない。
 言葉を濁すより他は無かった。
「ふむ、まあ良いでしょう。それでは明日に備えて今日は早めに休むとしましょう」
 綱は早々に寝る準備をすると早くも布団の中にもぐりこんでしまった。
 沖田も床に就き、行灯の灯りを消した。
 が、頭の中に先程のまりの顔がちらついてどうにもならない。
(とても眠れそうにない)
 沖田は深い溜息を一つ漏らした。

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