小説ウィザードリィ外伝4・「魔将の塔」

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五幕・塔の中

 それから三日後、綱の率いる不動の塔探索隊は塔の二階部分の探索をあらかた終えていた。
 ちなみに、緋連の街と塔との往復で死霊の塔探索隊の面々と鉢合わせるような事は起こっていない。
 大牙が綱に頼んで塔への移動の時間をずらせてもらっていたからである。
 それはさて置き・・・
 不動の塔二階の探索を終えても例の鉄格子を開ける鍵や仕掛けのつまみは発見されていない。
 その代わりに、四種類の動物をかたどった置物を入手していた。
「鼠でしょお、それから鳥・・・」
「こっちは馬と兎ですね・・・」
 なみとまりは手にした動物の置物を見詰めて首を傾げている。
「綱様、これ何か意味があるんでしょうか・・・?」
「さて、ねえ・・・?」
 綱、静、そして竜乃介の三人も皆目見当が付かないといった表情である。
「鼠、兎、馬・・・鳥。みんな十二支の動物ですね」
 沖田総司はまりが持っていた馬の置物を手に取って眺めている。
「じゅうにしって何ですか?」
「あれ、まり殿知りませんか? 皆さんも? 子、丑、寅って・・・」
「えっ???」
 一同「分からない」と首を横に振る。
「そうなんですか。私のいた世界では子供でも知っているものですよ。暦や時間、方角など生活のあらゆる場面で使われていますからね。この世界には無いんですかねえ・・・」
 沖田はなみから鼠と鳥の置物を、まりから最後の兎の置物を受け取った。
「いいですか、北を表すのが鼠です。まり殿、北はどっちですか?」
「えっと・・・北はあちらですね」
「それではここに鼠を置きます」
 沖田は鼠の置物をまりが差した方向に置いた。
「次に牛、虎と続いて東を表すのが兎です」
 沖田は兎の置物を東側に置いた。
「そして竜、蛇の次が馬」
 南側に馬の置物。
「羊、猿と続いて鳥です。本来なら鶏の事なんですけど・・・これは種類が違いますね」
 苦笑しながら西側に鳥の置物を配置した。
「最後に犬、猪と続いて再び鼠に戻る訳です」
「猫はないの?」
「なみ殿、残念ながら猫は無いんですよ」
「竜はあったのにー」
 猫娘のなみは竜乃介の顔を見上げて「ちぇっ」と舌打ちをしてみせた。
「竜はいるのに猫はいない、こいつは傑作だ」
 竜乃介はガハハと笑う。
「と、こんな感じなんですが・・・何か参考になりましたか?」
 沖田が綱に聞く。
「暦、時間、方位・・・
 まり、確かこの階の東西南北に屏風のある部屋がありましたよね」
「はい、四季を描いた屏風のある部屋が・・・」
 まりは自分が作成している塔の見取り図を取り出すと
「ここと、ここ。それからここと最後がここですね」
 東西南北にある四つの部屋を指差していく。
「取りあえずそこへ行ってみましょう。まずはここからですね」
 綱が差したのは北側にある部屋だった。

 不動の塔二階の北側にあるその部屋には、綺麗に色づいたもみじを描いた屏風が飾られてあった。
「北は鼠でしたね」
 綱は沖田に確認してから鼠の置物をそっと屏風の前に置いた。
 すると・・・
 置物だったはずの鼠がまるで生きているかのように動き出し、ちょろちょろと走り回ったかと思うと屏風の中へ溶け込んでいった。
 鼠はもう動かない。屏風の一部としてその中にしゃんと収まっていた。
 紅葉の中に一尾の鼠の絵が完成した。

 次いで訪れた東側の部屋には雪景色が描かれた屏風が飾られてあった。
「東は兎、と・・・」
 綱は兎の置物を屏風の前に置く。
 鼠と同じように、兎の置物も生きているかのように動き出し屏風の中へ飛び跳ねていった。
 雪に兎の絵が出来上がる。

 南側の部屋には満開の桜が描かれた屏風があった。
 そこに馬の置物を放つと桜に馬の絵が出来た。
 
 そして最後の西側には夏の緑の中を流れる小川を描いた屏風。
 最後に残った鳥の置物を屏風の前にそっと置く・・・
 鳥はバタバタと羽をはためかせ舞い上がったかと思うと屏風の中へ向かった。
 屏風の絵の中でくるりと輪を描いた後、絵の一部としてしゃんと収まる。
 四季を描いた四枚の屏風に四種類の動物がそれぞれ収まった時、それまで止まっていたこの階の時間が大きく動き始めたかのような感覚を受けた。
 どこかで「ぎぃぃ」と大きな音がする。
「ひょっとして! 綱様、早く」
 なみがいち早く部屋から飛び出した。向かうは例の鉄格子である。

「あー、開いてますよ!」
「本当ですね、こんな仕掛けになっていたとは・・・」
 一行の行く手を阻んでいた鉄格子は開き、その先には新たに上の階へと続く階段があった。
「行きましょう」
 綱の号令で隊の先頭を歩く竜乃介がその階段を上り始めた。

 鉄格子の向こうにあった階段を上って三階へと出る。
 しばらく歩いたところで
「これは・・・参りましたね」
 綱が溜息をついた。
「どういう事ですか、綱様?」
「分かりませんか、なみ」
 なみは素直に首を横に振った。
「この階の造りですよ。ほら、碁盤の目のようになっているでしょう」
 なみは自分の周りを見回してみた。今いる場所は十字路の真ん中である。
 右を見ても左を見ても同じような造りで、すぐ先には十字路が、そのまた先にも十字路が見える。
 綱の言う通り、この階全体が碁盤の目のような通路とそれに囲まれた小部屋によって構成されているらしい。
「京都の街も同じような造りになっていました。迷い易く死角が多い。すぐそこに敵が潜んでいるかも知れません。規則的で単純な造りに見えますが探索するには厄介と言えるでしょう」
「へえー、そうなんだ・・・」
 沖田の言葉に感心しているなみである。
「見取り図を作る方の身にもなって欲しいですよ」
「まり、迷わないようにしっかり頼みますよ」
「はい」
 まりはまだ余白の多い見取り図相手に悪戦苦闘していた。
「何か手伝いましょうか?」
 沖田がまりの手元を覗き込む。
「あっ、大丈夫ですよ。それより沖田さんは敵との闘いに集中して下さい」
「そうですか、ではお願いしますね」
「はい、任せて下さい」
 自分の前を歩く沖田の後姿を見詰めるまり。
 そんなまりの様子を見て静は「くすっ」と笑っていた。

 この階にある小部屋は全てこの塔の住人達の控え室になっているようである。
 一つの部屋の広さは四畳半、片隅には寝具がたたまれている部屋もあった。
 小部屋の扉を開けるとたいていの場合は中に敵が潜んでいた。
 一階や二階と比べると遥かに腕の立つ上級の侍や忍者が襲い掛かって来る。
 中にはくのいちと呼ばれる女性の忍者の姿もあった。
 前面に立って闘うのは竜乃介と沖田である。
 なみはその素早さを生かして横から敵を撹乱し、静は後方から槍で前の二人を援護する。
 一度に出て来る敵の数が少ないので、まりが攻撃の呪文を使う事はほとんど無かった。
 それでも通路の死角から突然飛び出して来る敵もいたりで、気の抜けない闘いが続いていた。

 竜乃介が振るう剣は力任せで、それを受けた相手の身体がひしゃげている程である。
 一方沖田は舞うように華麗に剣を繰り出す。
 斬る。
 受ける。
 弾く。
 抜く。
 そして突く。
 力に対する技、剛に対する柔。
 そんな沖田の剣技に一番感銘を受けたのは意外にも静だった。
 女性故に非力である静には竜乃介のような力に頼った闘い方は不向きである。
 しかし沖田のように技を磨く事でまだまだ自分も伸びる。
 静はそう考えていた。
「見事な御手前です沖田殿、今度私にもその突き技をお教え願いますか」
「私で良ければいつでも」
「では、お約束ですよ」
 静は一礼して沖田の下を立ち去った。
 そんな二人のやり取りをまりはただ黙って見詰めていた。

 死霊の塔の探索は行き詰まりを見せていた。
 例によって鉄格子が一行の行く手を阻んでいるのである。
 発見されている中で未だに開かない鉄格子は二つあった。
 一つは塔の一階に、もう一つは三階にある。
 一階にある鉄格子の向こうにはこの塔の地下部分へと続いていると思われる階段が見えている。
 三階にある鉄格子は完全に錆付いていて、例え鍵を見つけたとしても開くかどうか分からない状態である。
 ちなみにこの死霊の塔の地上部分に当たる一階から三階からは、神器を祀っている祭壇のようなものは見つかっていなかった。
 となれば目指す神器はこの塔の地下部分にある可能性が高い。
 一行の関心は自然一階にある鉄格子に集まっていた。
 大牙を中心とした死霊の塔探索隊はこの数日、その鉄格子を開く為の鍵か仕掛けを探して塔の中を歩き回っていたのだが・・・
 これが全く見つからなかった。
 鍵を探すのはもちろん、壁に何らかの仕掛けが無いか丹念に探したのだが全く手掛かりは掴めていない。
 他の隊よりも先んじていたはずなのにこのままでは・・・一行に焦りの色が見え始めていた。

「あー、もう!
 お姉ちゃん、こうなったら火炎の呪文で反対側の壁を燃やしちゃおう! それで穴を開けてそこから階段の所へ行けば良いのよ」
「はっ?」
 沙羅の大胆かつ斬新な発想に死霊の塔探索隊の面々は目を丸くしていた。
 確かに死霊の塔は木造である。壁板の材料はもちろん木。
 燃やして通路を作ってしまえば話は早い。
「沙羅、残念だけどそれは無理」
「何でよ?」
「答えはこれよ」
 十六夜は短い呪文の詠唱と共に手のひらに小さな火球を作り出した。
 その火球を自分の後ろの壁へと放つ。
 十六夜の手を離れたその火球は壁へ直撃する直前にふぅっと消えてなくなってしまう・・・
 沙羅が壁を調べてみても焦げた痕一つ見当たらなかった。
「お姉ちゃん、これって・・・?」
「消呪効果」
 攻撃呪文による火災や破損を防ぐ為、塔内部の床、壁、天井等には呪文の効力を打ち消してしまう結界が施されている。
 ただしその効果が及ぶのは攻撃呪文のみで、超能力者が扱う精神の呪文に含まれる隠された扉を探し出す呪文等はその対象外だと十六夜は説明した。
「もちろん松明の火なんか持ってきても結果は同じだからね。
 あとは・・・転移の呪文かな。直接は無理だけど、戦闘中に転移の呪文を使えば偶然この中に放り込まれるかも知れない。でもそうなる確率は異常に低いしね。私は一日に二回しかその呪文は使えないし・・・」
「やるだけ無駄って事だね」
「そういう事」
 沙羅と十六夜はお互いに顔を見合わせて「はぁ」と溜息をついた。
「沙羅か飛鳥がこじ開けられない?」
 二人のやり取りを後ろから見ていたエルフの僧侶花梨である。
「あたしは無理だったよ。飛鳥は?」
「私にも駄目ですね。やたらな事をして鍵穴を破損させてしまったら今度こそ本当に開かなくなってしまいかねない」
 忍者の沙羅と弓使いの飛鳥は宝箱に仕掛けられた罠や扉に掛かった鍵を外す技能を習得している。
 しかしそれも本職である盗賊には遠く及ばないのである。
「それじゃあいっそのこと不動組の盗賊さんに頼んでみたら?」
「冗談止してよ。だーれが不動組なんかに頼るもんですか」
 沙羅はベーと舌を出す。
「こんな時にも侍嫌い?」
「ふんっ」
 不動組には最近新しく侍が加わったという。
 沙羅としてはその侍がいる不動組に頭を下げるような真似は絶対に了承出来るものではなかった。
 もっとも、不動組の盗賊であるなみも同じように鉄格子に苦労していたのだが・・・
「それじゃあ三階の鉄格子ならどうだ?」
 ついに大牙が口を開いた。
「あそこの鉄格子はぼろぼろに錆付いていただろ。あれなら鍵穴を壊す心配どころじゃないだろう。あの鉄格子の向こうにここの鍵があるかも知れない」
「うーん、そうだねえ」
 沙羅は腕組みして考えている。
「駄目でもともと。やってみようか」

 一行は死霊の塔三階の問題の鉄格子の前へ移動した。
 一体この鉄格子はいつから開いていないのか?
 他の鉄格子は皆黒光りしているのだが、この鉄格子だけは全体的に赤茶けていて錆びた鉄特有の臭いを放っている。
 鍵穴のほうも完全に錆付いて固まってしまっている。これでは鍵があったところで開ける事は無理だろう。
 多少無茶をして壊してしまっても問題は無いという訳である。
 ちなみに鉄格子の向こうは特に明かりも無く暗い。
 ここに神器が祀ってある、などという事は無さそうである。
「さてと・・・」
 沙羅は鍵穴にいつも宝箱の罠を外す時に使っている針金を差し込んでみた。
 しばらくはその針金を引っ張ったり回したりひねったりしてガチャガチャとやっていたのだか・・・
「うーん、中まで完全に錆びてるなあ」
 沙羅は針金を諦めて懐から四方手裏剣を取り出した。
 手を怪我しないように気を付けながら、四方にある手裏剣の先端のうちの一つを鍵穴に差し込んでみる。
 これで中の掛け金の部分を外そうとしてみたのだが、手裏剣はパキーンと乾いた音を立てて折れてしまった。
「あー、もう!」
 沙羅は羽が一枚割れてしまった手裏剣を床に叩き付けた。
「忍者刀ならどう?」
「刀が欠けたら洒落になんないよ」
 十六夜の提案をきっぱりと拒否。
「駄目だ、開かなーい」
 沙羅は「お手上げ」とばかりに両手を上に挙げ、そのまま鉄格子に背中から寄りかかった。
 すると・・・
 ミシミシ、ギシ。
「えっ? えっ? あ、きゃあー!」
 ドスーン!
 沙羅が寄りかかった鉄格子はそのまま沙羅もろとも部屋の中の方へと倒れてしまったのだった。
「あっ、たたたー。何よこれはー」
「ちょっと大丈夫、怪我は無い?」
「うん、ちょっとお尻打っただけ。ありがと、花梨」
 沙羅は花梨が差し出した手に捉まって起き上がった。
「しっかりしなさいよー」
 十六夜は「やれやれ」と溜息をつく。
「しょうがないでしょ。まさか倒れるなんて思ってなかったんだから」
 沙羅はまだ傷むお尻をさすりながらようやくの事で入れた部屋の中を見回してみた。
「真っ暗だね・・・」
 何者かが潜んでいるような気配は無い。沙羅に続いて大牙らも部屋の中へと進んだ。
 
「ねえ、あれ何?」
 沙羅が部屋の奥の方を指差した。
 先程まで真っ暗だったこの部屋の一角に、いくつものぼんやりとした光の玉がふわふわと舞っていたのだ。
「あれって・・・蛍?」
「綺麗だね・・・」
 一行は幻想的な蛍の舞にしばし見とれていた。
「ほ、ほ、ほーたる来い。こっちのみーずはあーまいぞ」
「沙羅、その歌何?」
「ん、お父ちゃん、あー、前のお父ちゃんね。あたしが子供の頃そのお父ちゃんがよく歌って聞かせてくれてたの想い出して・・・」
「へえー」
 沙羅が口ずさんだ歌を十六夜は知らなかった。
 目を輝かせて蛍の舞に見入っている妹の顔をじっと見詰める十六夜だった。
 沙羅が蛍の方へ一歩踏み出した。すると蛍はさぁーと霧散してしまいその光を失ってしまう。
「あー、もうちょっと見たかったのに・・・」
「居なくなっちゃったね・・・」
「そうだお姉ちゃん、どこかで竹筒に入った水を見つけていたでしょ。あれって確か甘かったよね」
「うん。えーと・・・これだけど」
 十六夜は道具袋の中から竹筒を取り出して沙羅に渡した。
「ほ、ほ、ほーたる来い」
 沙羅はもう一度先程の歌を歌いながら竹筒の中の水を蛍が舞っていた場所に撒いてみた。
「こっちのみーずはあーまいぞ」
 今度は十六夜もいっしょになって歌う。
 すると、沙羅の撒いた甘い水に引き寄せられるかのように再び蛍が集まり出した。
 蛍の淡い光はしばらくの間ふわふわと舞っていたかと思うとやがて一箇所に集まり、仕舞には一つの塊を形作った。
 塊は段々と大きくなり、やがて人間の形となっていった。
 それは白い着物を着た髪の長い女だった。
「この塔の地下では死者が死者の行くべき場所へゆけず、今も生者の世界に縛りつけられています。どうか、皆の魂に平穏を与えて下さい・・・」
 女は小さな声でそう呟くとすぅっと消えてしまった。
 女が消えたその場所に何か光る物が落ちている。
「お父ちゃん、これ・・・」
「鍵じゃねえか。これはひょっとして」
「うん! これが一階の鉄格子を開ける鍵だよ」
 一行は急ぎ一階へ降り、例の鉄格子の前に辿り着いた。
 沙羅がその鍵を鍵穴へ差し込んでカチャリと回すと、鉄格子はギギギと音を立てゆっくりと開いた。
 その先には地下へと続く階段がポッカリと穴を開けている。
「でかしたぞ、沙羅!」
「うん」
 大牙は沙羅の頭をクチャクチャと撫でている。
「ふふ、親娘ですね。血は繋がっていないかも知れないけれど」
「そうだね」
 飛鳥と花梨はこの親娘の姿に温かい眼差しを送っていた。

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