小説ウィザードリィ外伝4・「魔将の塔」

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三幕・沙羅

 翌朝。
 沖田総司は久しぶりの朝寝坊をしてしまい、目が覚めたのはもう陽がかなり高く昇った頃だった。
 前日、何とも不可解な体験をし、また何箇所か手傷を負ったという事で精神的にも肉体的にも休ませたほうが良いという綱の判断で誰も起こさなかったのである。
 目覚めた沖田は布団から抜け出し部屋の中を見回した。
 誰もいないこの部屋は確かに京都にある新撰組の屯所とは別の場所である事は間違いなかった。
 目が覚めたら今までの事は全部夢だった、という期待は脆くも崩れ去ってしまったようである。
「あっ、起きました?」
 沖田の様子を覗きに来たのは綱の隊に所属している魔法使いのまりだった。
「すっかり寝坊したみたいですね」
「良いんですよ。綱様が寝かせておけって言ってたんですから」
 恐縮している沖田にまりは言うとてきぱきと沖田の寝ていた布団を片付けてしまった。
「しかし例の塔を探索する手伝いをすると約束していたのに・・・」
「あっ、それなら今日はお休みです。今日は神鳥様の祭礼なんです」
「神鳥様?」
「ええ、神鳥神社。ほらお囃子が聞こえてくるでしょ」
 まりは障子を開けると少し離れた方向を指差した。
 空は澄み渡る程の快晴。
 沖田はまりの指差す方へ視線をめぐらす。なるほど、遠くにいくつかの幟(のぼり)が見える。
 そして軽快な祭囃子が聞こえてきてた。
 そう言えば・・・
 京都も祇園祭りの最中だったな、などと思い出す。
「後で一緒に行きましょうよ」
「えっ、祭り見物にですか?」
「はい。縁日もやってるんですよ」
 まりはにっこりと微笑んだ。
「それは構いませんけど・・・他の皆さんは?」
 朝遅かった沖田は今日はまだまり以外の者と会っていない。
「綱様は現在の塔探索の状況の報告と今後の打ち合わせという事で他の隊の隊長さんと会っているはずです。
 竜乃介さんは同じ種族の方が集まる酒場があるそうで朝からそちらに。でも私は怖くて行けないですけどね」
 まりはぺロリと舌を出して笑った。
「なるほど・・・」
 竜乃介の姿を思い出し沖田も思わず吹き出してしまう。
「なみちゃんも出かけちゃいました。お友達といわゆる『猫集会』があるのだそうです」
「猫集会、ですか?」
「やっぱり猫なんですねえ。種としての本能なのかそれとも単に仲間で集まるのが好きなだけなのか・・・」
 まりは腕組みして考えてみせる。
「静さんはわたしたち女の子用の部屋にこもってます。また何か難しい本を読んでいるらしくて。読書家なんですよ」
「ほう」
 塔の探索を離れればそれぞれに過ごし方があるようだ。沖田は素直に感心した。
 
 宿の者が運んでくれた朝食とも昼食とも付かない食事を取る沖田。
 まりはその間に祭り用の浴衣に着替えてくると言って部屋を出た。
 食事を終えると女将が用意してくれた着物に着替える。
 何しろ突然この世界に放り込まれたので着替えも何も無いのである。
「身の回りの品くらいは用意しないとな・・・」
 沖田はふぅと溜息をついた。
 腰帯に愛刀菊一文字を差し出かける支度が整った。
 そこへ
「おーきーたーさん」
 浴衣に着替えたまりが沖田の部屋へ戻ってきた。
 白地に朝顔の柄の浴衣を着たまりは沖田の前でくるりと回って見せた。
「ちょっと子供っぽくないですか、この柄?」
「いや、似合ってますよ」
「本当? うれしい」
 そんな会話を交わしつつ二人は松屋を後にした。

 神社へ向かう道すがら、沖田は改めてこの緋連の街の様子に目を配っていた。
 町並みや建物の感じなどは京都の街に驚くほどよく似ている。
 行き交う人々の服装も沖田がよく知る和服の人が多かった。
 店の看板なども沖田の読める文字、つまりは漢字が使われていて、ここは本当に異世界なのかと思わずにはいられなかった。
 しかし竜乃介のような姿をした者や、なみのような猫に似た者も多く見かけられた。
 更には犬のような者や正体不明の毛むくじゃらな者、子供のように小さいけれども顔に髭を生やした者など、沖田のいた世界では見た事もない人種が当たり前のように往来している。
 単なる異国の人、という訳ではないらしい。やはり彼らは沖田の知らない異世界の住人なのだろう。
 否、ここでは自分の方が異世界から来た人間なのか。沖田は思わず苦笑してしまった。
「どうしました?」
「いえ、やはりここは私のいた世界とは別の世界のようだと」
「わたしもまだ信じられません。でも・・・」
 まりはそこで言葉を切るとつうっと沖田の前に出た。
「今日くらいはその事は忘れてお祭りを楽しみましょうよ」
 あどけない顔に笑みが浮かぶ。
「そうですね」
 沖田もそれにつられて笑ってしまった。

 神鳥神社。
 緋連に来たなら必ずここは参詣しないと、と言われる程由緒ある神社である。
 その威光はかなりのもので、緋連城の重役すら動かすとも言われている。
 一般の住民からの信仰も厚く毎日のように参詣する者も多い。
 しかしその裏では、多額の寄付を受ける代わりに死者の蘇生を行うといった闇の部分もあるようである。
 三月(みつき)に一度、春夏秋冬にそれぞれ行われる祭礼の日には広大な神社の敷地に数多くの露店や出店が並びたくさんの人出で賑わうという。
 沖田とまりははぐれないように気を付けながら、ゆっくりと出店を眺めていった。
「あっ、これ綺麗・・・」
 まりが目を止めたのは小物や飾り物を扱った露店に並べてあった櫛だった。
 半月の形をしたその櫛は朱を基調とした漆塗りが施されていた。
「買ってあげましょうか」
「えっ、でも沖田さんお金持ってるんですか?」
「お金なら昨日綱さんから。なんでもあの黒装束達が持っていたものだそうです」
 話の後半部分は自然と小声になる。沖田はまりの耳元にそっと囁いた。
 沖田が綱から受け取ったお金は銀貨が十枚だった。
「これで足りるかね?」
 沖田は朱塗りの櫛を差しつつ手のひらに広げた銀貨を店の者に見せた。
 四十男の店の主人は驚いた顔で銀貨を一枚受け取るとお釣りに銅貨を二枚よこしてくれた。
「はいどうぞ」
 沖田はまりに櫛を差し出す。
「ありがとう」
 まりは特に髪を結っていない。沖田から朱色の櫛を受け取るとすっと浴衣の胸元に差した。
 まりの頬がうっすらと紅く染まった事に沖田は気付いていなかった。

 その後もまりはあちらこちらと沖田を引っ張って露店巡りをしていた。
 やがて、
「あっ、綿菓子やってる。ちょっと買ってきますね」
 嬉しそうに顔をほころばせながら目の前の綿菓子屋へと駆けて行った。
「ふふ」
 沖田はまりの後を追って歩き出した。その時である。
 ドスン!
「きゃあ!」
「おっと!」
 脇から走ってきた少女と激突してしまったのだ。
「気を付けろ!」
 少女は沖田に怒鳴り散らす。
「あっ、大丈夫でしたか?」
 謝りながら少女の様子を確かめる沖田。
 少女は膝丈くらいの藍色の着物を着て、髪は左右二つに分けて組紐で結んでいた。
 年齢は十七、八歳くらいか。
 短い着物の裾から下には女性としては珍しいくらいの筋肉質の足が伸びていた。
 身体つきもどこか引き締まっているように見える。
(何者だ・・・?)
 沖田の脳裏にこんな疑問が浮かんだ。
「あたしなら平気だよ。それより・・・」
 少女はそこで言葉を切るとじっと沖田を睨み付ける。
「あんた、侍かい?」
 少女は沖田が腰にさしている刀を見てそう言った。
「ええ、侍ですね」
 沖田はにっこりと笑って刀の柄に手を置いた。
 しかし沖田の表情とは裏腹に、少女の顔が見る見るうちに険しくなっていった。
「そんなひょろっとした身体で侍が勤まるのかい?」
「厳しい事を言いますねえ」
 少女の顔は相変わらず険しい。沖田はその理由を何とか探ろうとしたが、少女の顔からはそれ以上の事は読み取れなかった。
 両者の間に流れるしばしの沈黙。
 やがて・・・
「まっ、良いか。神鳥様の境内で騒ぎを起こす訳にも行かないしね」
 少女の顔がふっと緩む。
「あんた、命拾いしたね」
 少女は沖田の脇を抜けると再び走り出した。
 沖田は訳が分からないまま走り去る少女の後姿を見詰めていた。

 そこへ両手に綿菓子を持ったまりが戻ってくる。
「沖田さん、今の人・・・」
「ああ、何でもありませんよ。ちょっとぶつかっただけです」
「そうじゃなくて、あの娘に何かされませんでしたか?」
「はっ?」
 沖田が素っ頓狂な声を上げる。
「あの娘、侍嫌いでちょっと有名なんですよ。街中でもどこでも侍を見掛けたら難癖付けて・・・乱闘騒ぎなんかもしょっちゅうみたいですよ」
「乱闘ですか? 侍相手に」
「女の子だからって舐めて掛かると大怪我しますよ。あの娘、忍者なんです」
「忍者!?」
 沖田の声が高くなる。忍者と言えば昨日塔の中で闘った連中もいかにもそれっぽかったのだが・・・
 そんな沖田の想いに気付いたまり。
「あっ、あの娘は昨日の塔の中の人達とは別ですよ。忍者にもいろいろいるんです。あの娘にやられた侍の方も女の子相手にやられたなんて言えないもんだから結局表沙汰にならないんですよね」
 まりはそこでクスリと笑った。
「そうなんですか・・・」
「あの娘、死霊の塔の探索隊の一人なんです。名前は確か・・・」
 まりはちょっと考えてあの少女の名前を思い出す。
「そう、名前は沙羅(さら)さんです、確か」
「沙羅ですって?」
 沖田の胸がざわり、と大きく揺らいだ。

「だからー、そんなの考え過ぎですよ」
「いやしかし・・・」
 沖田とまりは神鳥神社の境内を出ると松屋への道を戻っていた。
 すれ違いに多くの人が神社方面へ向かっている。
 話題は先程沖田がぶつかった「沙羅」という少女についてだ。
 沖田は「池田屋の二階にいたあの娘の名前も確か『さら』だった」と言う。
 一方まりは「偶然だ」の一点張りである。
「沙羅なんて名前はそりゃあ珍しいですよ。でもまるっきりいないって訳でもないですし。それに年恰好が全然違うんでしょ?」
「はい、私が池田屋で会った娘はまだ十歳にも満たなかったです」
「でしょう。あの娘、どう見たってわたしと同い年くらいですよ。十歳くらいの女の子って言ったら・・・」
 まりは手のひらを下にして自分の胸の辺りの空間を切ってみせた。
「このくらいですよ、身長」
「そう言えば、まり殿はいくつなんですか?」
「わたし? わたしは十八です」
 そこで言葉がしばし止まる。じっとまりを見詰める沖田。
「あー、沖田さんどうせわたしの事を子供っぽいとか思ってたでしょ!」
「あ、いや・・・そんな事は・・・」
 事実だった。沖田はまりの年齢をもう少し下だと思っていたのだ。
「いいんです、ふん」
 まりは少しむくれてスタスタと歩き出してしまった。
「あっ、ちょっと・・・まり殿」
 沖田は慌ててまりの後を追った。

 一方。
 沖田とぶつかった少女沙羅は、北区にある神鳥神社の境内を抜けるとそのまま西区へと走って行った。
 風のように走るという言葉が示すように、沙羅の走りは一陣の風のように緋連の街の中を駆け抜けて行った。
 引き締まった脚は小刻みに回転し、一つの息を乱す事も無い。
 忍者として鍛えられた沙羅の身体はまるでその重さを感じないかの如く疾風のように通り過ぎて行った。
 緋連の街の西区は一般庶民の居住区になっている。
 沙羅はその中のとある長屋へと向かっていた。
 大通りから細い路地へ入る。
 その先の突き当りを左に折れた所に沙羅の住む長屋があった。
 表戸を開け建物の中へ飛び込む。
「お姉ちゃんただいまー」
 沙羅は水がめからひしゃくで水をすくうと一気に飲み干した。
「んー、うまい」
 ほぅと一息つく。
「沙羅ー、あんた今日は騒ぎを起こさなかっただろうね?」
 針仕事をしていた十六夜(いざよい)がその手を止める。腰まで伸びた長い黒髪とすっきりとした目鼻立ちが印象的な娘だ。
「大丈夫だよお姉ちゃん。今日は神鳥様の祭礼の日だよ。そんな日に喧嘩騒ぎなんて出来る訳ないよ」
「それもそうか」
 十六夜はふっと笑ってまた針仕事を再開した。
「そっか、今日は神鳥様の夏の祭礼の日だったね。早いもんだ。あれから十年だね」
「うん・・・
 だから今日、あの場所へ行ってきたんだよ。昔と何にも変わってないねぇ」
 十六夜と沙羅は実の姉妹ではない。
 今から十年前、沙羅は十六夜の妹に「なった」のだった。

 十年前の同じ神鳥神社の夏の祭礼の日。
 十六夜とその父の大牙(たいが)は神鳥神社の境内へ露店見物に出掛けていた。
 当時十六夜は十歳、大牙は三十代半ばであった。
 十六夜を産んだ母親は早くに亡くなっていた。
 父娘はそれでも明るく日々の暮らしを送っていた。
 二人が神社の境内を歩いていると、人込みにもまれながら泣きじゃくっている女の子がいた。
 年は七つかそこらか、髪の毛を左右二つに結んでいた。
 女の子は当ても無くふらふらと彷徨ってはひっくと嗚咽を上げている。
 迷子かな? そう思った十六夜はその女の子に話し掛けていた。
「ねえ、あなた迷子なの?」
「わからないの・・・」
 泣き声のまま女の子は応えてくれた。
「ねえ、どこから来たの?」
「・・・・・」
「お父ちゃんかお母ちゃんは?」
「・・・・・」
 女の子はブンブンと首を振るばかりである。
「お父ちゃん、どうしよう?」
 困った十六夜は父親に助けを求めた。
「ほっとく訳にも行くまい。かと言って・・・」
 大牙は女の子の様子を見やった。まずは泣き止んでくれない事にはどうにもならないだろう。
「どうだ嬢ちゃん、腹空いてないか?」
 女の子は少し考えてから、コクンと小さく頷いた。
「よし、なんか食いに行こう。話はそれからだ」
「わー、行こう行こう」
 これには十六夜の方がはしゃいでいる。
「ところであなた、お名前は? 名前くらいは分かるでしょ?」
「うん、あたし・・・さら・・・」
「へえー、さらちゃんか」
 十六夜はさらの手を取って歩き始めた。
 
 その後。
 大牙と十六夜はさらが落ち着いたところで少しずつ話を聞きだしていった。
 さらの話はなかなか要領を得なかったが二人は辛抱強く耳を傾けていた。
 そして分かった事は、さらの父親が殺されたらしいという事だけだった。
 母親もいないという。
「お父ちゃん、この娘、うちで面倒見てあげようよ」
 十六夜がそう言い出すまでにはそれ程の時間は掛からなかった。
「いいのか十六夜、うちは貧乏だぞ。この娘が来たら今よりもっと貧乏になるぞ」
「平気だよそんなの。それより妹が出来るんだからそっちの方が嬉しいよ。
 ねえ、さらちゃん今日からあたしがお姉ちゃんだよ」
「いもうと・・・おねえちゃん」
 こうしてさらは十六夜の妹に、そして大牙の娘になった。
 まだ字も書けなかったさらに字を教えて「沙羅」と漢字を当てたのも大牙だった。
 大牙はなんとか沙羅の父親を殺したという人物を探そうと試みた。
 しかし、沙羅は自分の父親が何処で殺されたのかも分からない状況だった。
 詳しく話を聞いてみても「どこかのお座敷でお侍に斬られた」という事しか分からない。
 そもそも沙羅は、その父親が殺された現場から神鳥神社の境内までどうやって行ったのかも覚えていなかった。
 気が付いたらそこにいた、としか言わないのである。
 沙羅の記憶から父親の殺害現場を割り出す事は結局不可能であった。

 修道僧として長年武術に携わってきた大牙は沙羅にもまた武術を教える事にした。
 十六夜と違って沙羅は読み書きの方はあまり得意ではなかったのだ。その代わり、体力だけは十六夜よりもずっと強かった。
 身体は小さかったが沙羅は十六夜よりも早く走る事が出来たし、腕っ節も強かった。
「文」よりも「武」をと大牙が思ったのも自然な成り行きだった。
 いつか沙羅が父親の仇と出合った時に遅れを取る事の無いように、大牙が沙羅に武術を教えた理由はそれだった。
 修行を始めて一年が経った頃、大牙は沙羅が持っていた異常なまでの素質に気付いていた。
「修道僧の器に収まるものではない」
 そう考えた大牙は思い切って沙羅に忍者としての修行を受けさせる事にし、今となっては数少ない師匠(マスター)と呼ばれる老忍者に沙羅を預けたのだ。
 時に沙羅が八歳になった年の秋の事である。
 戦闘機械との異名もある忍者の修行は修道僧のそれとは比較にならない。
「果たして付いて来れるかどうか・・・」
 沙羅を預かった当初は訝っていた老忍者も、必死になって修行に食い下がってくる沙羅の姿に次第に指導にも熱が入っていった。
 一日中野や山を駆け回り、そして遠い海を泳ぐ。
 水の中に顔を沈め呼吸を止める。限界に達した沙羅が顔を上げようとするのを強引に押さえ込む。
 時には真剣を持ち剣の極意を教える事もあった。
 修行と言えど一歩間違えれば死、そんな毎日だったが沙羅は決してめげる事は無かった。
 そして修行を始めてから七年が過ぎた頃には、あらゆる面でもう師匠にも引けを取らないくらいの忍者に成長していた。
 師匠から皆伝を言い渡された沙羅は大牙と十六夜の元へ帰って来た。
 沙羅が十五歳の夏の事である。
 その後も沙羅は自力で修行を重ね、その実力は既に父の大牙をも上回っていた。
 
 しかし沙羅には困った癖があった。
「侍嫌い」
 侍を見ると無性に腹が立つというのである。
 街中で見掛けた侍に難癖付けては喧嘩騒ぎを起こしていた。
 結果は火を見るより明らかで、厳しい修行を積んだ沙羅がのうのうと育った侍の子息などに負ける事は決して無かった。
 負けた侍のほうにも面子はある。女に負けたと言って公に訴える訳にもいかない。かと言って仕返しをするにしても返り討ちに遭うのが落ちだった。
「大した実力も無いのに侍の家に産まれたってだけで二本差しで偉そうに歩いているやつが気に入らないんだ」
 沙羅はそう言っていたが・・・
「侍に実の父親を殺された」事を引きずっているのだろう。
 大牙はそう確信していた。
 
 そして緋連城から「三種の神器を回収する為に街の近郊に建つ三本の塔を攻略せよ」との命が降りた時、大牙は魔法使いとして育った十六夜、そして忍者の沙羅と共に塔攻略に名乗りを上げたのだった。

 沙羅と十六夜が取りとめも無いおしゃべりをしているところへ大牙が帰って来た。
「お帰りお父ちゃん」
「他の隊の様子はどうでした?」
 四十代半ばを迎えてめっきり髪が薄くなった大牙は沙羅と十六夜がいる座敷へ上がるとゆっくりと煙管をふかした。
「幻術の塔の方は問題無いそうだ。異国渡りの隊だが・・・なかなかの手練揃いのようだ。
 不動の塔の方は二階にある鉄格子に阻まれて三階へは上がれないと言っていた。こっちも負けてられねえな」
「他に変わった事は?」
 何気なく十六夜が聞く。
「そう言えば、綱のところに新しく人が入ったそうだ」
「そう・・・」
「なんでも侍らしい。なかなかの腕だと言って・・・」
「お父ちゃん!」
 大牙の言葉を十六夜が遮った。が既に遅い。
「侍がどうしたって?」
 沙羅の顔色がにわかに厳しくなっている。
「しまった、な・・・」
 大牙が沙羅の「侍嫌い」を知らないはずはない。明らかに失言である。
「へえ・・・不動組に新しく侍が入ったの? それじゃあ早速明日にでも顔を見に行かないとだね」
 沙羅は「ふふっ」と笑みを浮かべた。

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