小説ウィザードリィ外伝4・「魔将の塔」
二幕・緋連
一
「それでは今度はあなたのお話を伺いたいのですが・・・」
不動の塔探索隊長の綱は自分達の話を切り上げると今度は沖田の話を聞く事にした。
「見たところ侍のようですねえ」
綱は沖田が腰に差している刀に視線を注いでいる。
「はい」
「何故あなたはこんな場所にいらしたのですか?」
「それは私が聞きたいくらいなのです。どうして私はこんな場所にいるのでしょう・・・
いやちょっと待って下さい。そもそもここは一体どこなのですか?」
沖田総司の応えに綱達一行は皆一様に怪訝な表情を浮かべた。
「どこってここは不動の塔だよ」
なみは「当たり前でしょ」とでも言わんばかりの口ぶりである。
「不動の塔・・・それは京都からどれほどの位置にあるのですか?」
「きょうと?」
「京都ですよ。京の都。ご存知ないのですか?」
「・・・・・」
綱達はお互いに顔を見合わせている。誰も「きょうと」などという場所は知らなかった。
「この不動の塔は緋連の街から程近い小高い丘の上にそびえています」
「ひれん? それはどこの藩なのですか?」
綱の言葉に今度は沖田が眉をひそめる。
沖田にも「ひれん」という地名に心当たりはなかったからだ。
「どうやら・・・こんな場所で立ち話で済ませられそうもありませんね。沖田さん、まずはここを出るとしましょう。ご同行願えますか?」
「もちろんです」
京都の池田屋にいたはずなのに突然こんな場所に放り出されてしまった沖田は出口までの道を知らない。
沖田にとって綱の提案はありがたいものだった。
「綱様、少しお待ちを」
「どうした静?」
「この御仁を連れて行くのですか?」
今まで事の成り行きをじっと見守ってきた静が初めて自分から口を開いた。沖田と同行する事に異議があるらしい。
「敵か味方かも分からない、しかも何を言っているのかも分からないような人物ですよ」
「それをこれから確かめるのです。それに・・・」
綱はそこで一旦言葉を切るとじっと沖田の顔を見詰めた。
「先ほどの中忍を斬って捨てたあの手腕。静よ、あなたも見ていたでしょう。彼ほどの腕の持ち主ならきっと我々にとっても役にたってくれるでしょう」
「そうそう」
「うんうん」
なみとまりはそろって綱の言葉に頷いている。
竜乃介は異論は無いとばかりにじっと押し黙っていた。
「分かりました。綱様がそうおっしゃるのなら私はもう何も・・・」
静はそれだけ言うとあとはまた先程までのようにじっと口をつぐんでしまう。
不必要な事は口にしない。それが静という女性であった。
竜乃介が先頭に立ち、なみがそれに続く。
ドラコンの戦士である竜乃介は重装備で全身を固めていてなおかつ一番打たれ強い。
いざという時は身体を張って一行を守る為に先頭を行く。
なみはフェルパーという種族がら、そして盗賊という職業がら聴覚や嗅覚に優れ、周囲に危険が無いかどうか鋭く嗅ぎ分ける事が出来る。
この二人が前を歩くのは必然と言って良かった。
その後ろに静が続く。いざ闘いになれば竜乃介、なみ、そして静の三人がが敵と直接格闘する事になる。
その後ろをまり、そして綱と続く。
この二人は隊の後方から攻撃や補助の呪文を使って前衛の支援をするのが主な役割である。
とは言っても、まりが習得している強力かつ広範囲に及ぶ攻撃の呪文は時として竜乃介らの攻撃能力を大きく上回る事もしばしばあった。
綱はどちらかと言えば治療や回復の呪文を得意としている。
常に隊の頭脳となり最後尾から全体の指揮を執る。それが綱という男だ。
沖田は綱の後ろを付いて歩いていた。
池田屋や黒装束達との闘いで受けた傷は綱が治療の呪文を施してくれたおかげでもう既にふさがっていた。
沖田にとってはあまりにも不思議な現象であったが、それに関しても誰もが当たり前の事とばかりに特に何も言わなかった。
歩きながらも改めてこの建物の様子を伺う沖田。
飾りっ気の全く見られない床、壁、天井。そこかしこに無骨な板戸がはめ込まれてある。
廊下は果てしなく長く続き時折枝道に分かれたり突き当たったりしている。
それでも先頭を歩く竜乃介は慣れた様子で迷う事無く廊下を進む。
やがて・・・
「ここを曲がれば出口だ」
枝道を左に曲がり尚も進むと程なく扉の前に出た。
その扉を開けるともう建物の外だ。
屋外は遠くで鳥の鳴き声が聞こえる他はひっそりと静まり返っていた。
時刻はそろそろ陽が西に傾こうかという頃のようである。
二
不動の塔よりおよそ半里(約二キロ)程歩いたところに緋連の街はあった。
街は天守閣を頂いた壮大な城を中心に東西南北四つの区画に分けられている。
南は主に貴族や武家など、緋連の政治に係わる者達の居住区。
東は商業工業地区。
西は一般人の居住区。
そして北は盛り場などが立ち並ぶ遊興地区となっていた。
もちろん南が一番治安が良く、浮浪者やならず者らが集まる北が最も危険な地区である。
綱らが定宿としていた「松屋」はその中の北地区にある。
松屋周辺には他にも多くの宿泊施設や飲み屋などがあり、緋連の街の中で最も活気づいているのもこの北地区なのである。
「お帰りなさいまし」
綱達一行が松屋の玄関をくぐるといつもの如く女将が出迎えてくれた。
「女将、新しい客人を一人連れてきた。しばらくは私達と共に過ごす事になると思う」
「はい、ようこそおいでやす」
女将は沖田に丁寧に頭を下げる。
「いや、これはどうも」
恐縮する沖田。
「あれまあお客さん、ずいぶんと汚れていなさる。そのお着物はこちらで洗っておきますので。まずはお湯にでも」
丁重な女将の対応から察するに、綱達はここではかなりの上客の部類に入っているらしい。
沖田は促されるままに風呂へと向かった。
一風呂浴びてようやく落ち着いた沖田は綱らと共に畳敷きの一室に集まった。
部屋の奥には床の間や違い棚まで設置してある。かなり上等な部屋のようである。
「さて沖田さん、それではあなたのお話を伺うとしましょう」
改めて話を切り出す綱。
「落ち着いて、始めから順にゆっくりと聞かせて下さい」
「分かりました」
綱に促され沖田は今までの、そして今日起こった出来事について話し出した。
綱達は特に口を挟む事もなく黙って沖田の話を聞いている。
沖田は自分の生い立ちから話し始め、日本の国の事、京都の事、新撰組の事と話していった。
やがて沖田の話は池田屋で起こった事に及ぶ。
「二階座敷で娘の父親と思しき人物を斬った後、押入れから飛び出して来た娘ともみ合っている最中に背後からの一刀を浴び・・・そこで私の意識は途絶えたのです。そして気付いた時にはあの建物の中でした」
「そこで忍者集団と闘っている最中に我々が駆け付けた訳ですね?」
「はい」
話が途切れる。しばしの沈黙・・・
「そう言えば、私がいた近くに娘子がいませんでしたか?」
「その押入れの中にいたっていう子? 気付かなかったけどなあ」
なみは首を傾げてみせる。
他の者も皆そのような娘に心当たりは無かった。
「それにしても不思議ですね。沖田さんのお話が本当なら、沖田さんはまるで他所の国からいきなりこの緋連に迷い込んでしまわれたみたいです。綱様どう思われますか?」
「なかなか鋭いかもしれませんよ、まり」
「と言いますと?」
「まりの言う通り、沖田さんはどうやら他所の世界からこの緋連に突然迷い込んでしまったのではないでしょうか。それが単なる異国なのかそれとも異世界なのかは分かりかねますが・・・」
「異国? 異世界? どういう事ですか?」
「簡単に言えば、海を渡った先にあるどこか他所の国が異国。そのような方法では辿り着けない世界、我々の住むこの緋連がある世界とは全く別の世界、それが異世界です」
「そんな事があるのですか?」
「まり、あなたも魔法使いなら召喚の呪文くらいは心得ているでしょう。異世界から魔物を呼び出して使役する・・・」
「ああ、なるほど。でもわたしの呪文では呼び出した魔物を使役出来るのは限られた時間でしかありませんが・・・」
「そうですよねえ・・・」
綱とまりは二人で話を進めていった。
しかし、沖田をはじめその他の面々は二人の会話には理解が付いていっていないようである。
静だけは特に話しに加わるふうでもなくじっとその場に控えていた。
「あのー綱様、つまりはどういう事なのですか?」
なみがたまらず聞いた。
「あくまで推測による一例ですが・・・」
綱はそう前置きしてから話を続けた。
「何者かが異世界にいた沖田さんを召喚の術を用いてこの世界に呼び出したのではないかと・・・」
「あっ・・・」
なみは合点が行ったとばかりに声を上げた。
沖田はまだ自分の置かれている状況が分かっていない。
「沖田さん、これはあくまで私の考えですが、沖田さんはきっと我々とは別の世界の人間なのです。それがどういう訳かこの世界に迷い込んでしまった。我々の世界と沖田さんのいた世界とは全く別の世界です。船に乗ったぐらいじゃ帰る事は出来ない・・・」
「それでは私は・・・?」
「今の段階では帰る事は出来ません。少なくとも私達の力では・・・」
綱はそこで言葉をつぐむ。
元の世界へは帰れない、沖田が理解出来たのはただその一点のみだった。
三
しばらくして・・・
「そもそもこの緋連とはいかなる世界なのですか?」
少し気持ちの整理が付いたのか沖田はそう尋ねた。
「そうですね。ご説明しましょう。ここは大陸の東にある島国です」
以後綱が沖田に語った内容は次のようになる。
大陸の東にある島国、その名を「蓬莱(ほうらい)」という。
緋連はその国全土を統一し支配下に治めていた。
緋連にはとある古代伝承がある。
「その昔・・・異形の者が国を滅ぼさんとした時、天から輝ける神が舞い降りことごとくこれを征伐した。輝ける神はこの緋連の地にそれらの魔物を封じ、三種の神器によって封印とした」
人々は神が異形の者の封印としたその三種の神器を、三本の塔を建ててそれぞれその中に祀った。
それから長い刻を経た後、それらの塔にはそれぞれの神器を信仰する部族が住み着いてしまった。
彼らはそれぞれの塔にこもり、異なった信仰をする者を激しく敵視し侵入者を拒み続けそれが今も尚続いていた。
さて、つい半年程前の事なのだが、緋連城の主である「輝永」公が突然病に倒れ数日後には還らぬ人となってしまった。
王の死は瞬く間に各地に伝わり、緋連の支配下にあった地方領主はここぞとばかりに反旗を翻した。
緋連城の若き新城主「輝羅」公に使える三人の賢者は「各地の戦乱を鎮める為には、伝承にある三種の神器をもって反乱分子を鎮圧し、輝羅公を正当な王と宣言する」より他は無しという結論を出した。
しかし、城の兵を直接動かして神器が祀られている三本の塔を攻めるのは危険や損失が大き過ぎる。
そこで、領内の流れ者や冒険者などを募り塔の探索に当たらせる事となった。
何組かの探索隊が組織されそれぞれの塔の探索に赴いたが、その中の何組かは再び緋連の街へ帰って来る事はなかった。
それでも生き残った三組の隊が各塔の探索をする事になったのだが、各隊がばらばらに活動していては効率が悪い。
そこでそれぞれの隊に担当する塔を割り当てる事となった。
「護りと精霊を司るローブ」が祀られた幻術の塔にはかつて西洋世界でいくつもの迷宮を探索したという熟練の部隊が当たる事になった。
この隊は女戦士を筆頭に侍、忍者、そして司教の四人編成である。
余談だがこの女戦士は本来なら君主職(ロード)なのである。
しかし、この緋連では厳しい身分制度が布かれていて、君主職は王家かそれに順ずる将軍家の者にしか許されていない為に表向きは戦士として活動していた。
また緋連では男尊女卑の考えも根深く残っている為に、緋連における特別職である侍にも女性が就く慣習は無かった。
それ故上級職を希望する女性はバルキリー(槍使い)に就くというのが一般的ではある。
「生と死を示す書物」が祀られた死霊の塔には四十台半ばの熟練の修道僧が率いる隊が担当していた。
修道僧の他は忍者、弓使い、僧侶、魔法使いの五人編成である。
弓使いと僧侶はエルフであとは人間族で構成されている。
そして「力と技を表す剣」が祀られた不動の塔は綱の部隊が担当していた。
本来ならば迷宮や塔の探索は六人編成で挑むのが望ましいとされているが、この隊も綱、竜乃介、静、なみ、まりの五人で編成されていた。
どこも人手不足なのである。
しかしながらいずれの隊も敵との直接的な戦闘、攻撃呪文、治療回復呪文、宝箱や鍵の掛かった扉の解除といった迷宮で生き抜くための基本的な機能は満たしている。
それぞれの探索隊は塔の探索を進めつつ、そこに出没する敵や魔物と闘いを繰り返す事により冒険者個人の、ひいては探索部隊としての能力を少しずつ高めていくのである。
「さて沖田さん」
綱はそこまで語り終わると話の矛先を沖田へと向けた。
「あなたは剣術がかなり出来るようです。どうでしょう、我々を手伝って共に不動の塔の探索に当たってもらえませんか」
沖田はしばし考えた後
「いいでしょう」
と応えた。
「あなたがたには助けていただいた恩義があります。私はこれを返さなければなりません。それが誠の道というものです。それに・・・」
「それに?」
言葉が途切れる沖田を促す綱。
「ここがもしも本当に私がいた世界とは別の世界なら、どうやら私には他に行く所がないようです。もうしばらくはお世話になる必要もありそうですからね」
沖田は恐縮しきった表情でしきりに頭をかいていた。
「それでは決まりです。静、あなたもいいですね?」
塔の中ではただ一人沖田の同行に異議を唱えていた静に意思を確認する。
「綱様がそうおっしゃるなら私はもう・・・」
静はそれだけ言うとすっと立ち上がり座敷を出て行った。
「私はあの人に嫌われているんでしょうか・・・?」
「あー、気にしないで下さい。静さんていつもあんな感じなんです」
「そうそう。別に怒っているわけじゃないんですよ。だから気にしないで」
「そ、そうですか」
なみとまりの言葉に一応は安堵の表情を見せる沖田であった。