小説ウィザードリィ外伝4・「魔将の塔」

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十三幕・魔将(中)

 ラマ御前は炎、冷気、雷撃といった呪文を次々と繰り出していた。
 相手が多い為一回の呪文の詠唱に時間を掛けていられない。
 そこで呪文の威力を落とし隙を作らずに乱発しているのである。
 威力を落としたとは言え、まともに呪文を受け続けたらいつかは力尽きてしまう。
 御前に相対している九人は、ある者は盾で受け、ある者は見切ってかわし、またある者は必死になって逃げ回って凌いでいた。
「このままじゃやばいね。まりちゃん、呪障壁の呪文(コルツ)出来るね?」
「はい」
「それじゃあ一緒に唱えるよ」
 十六夜とまりが共に唱えた呪文は、敵の呪文に対する防御障壁を作り出すものである。
 複数の術者で重ね掛けすればそれだけ強力な障壁が作り出せるのだが・・・
「一時凌ぎだけどね」
 十六夜が吐き捨てた。
 それでも二人が作った障壁の効果でラマ御前の呪文をある程度遮る事に成功している。
 回復の為の時間稼ぎには十分である。
「ラマ御前、聞きたい事があるのですがね」
「何か?」
 綱の呼びかけにラマ御前は応えた。
 会話をしていれば呪文は使えない、綱の策略である。
「沖田さんを異世界からこちらの世界へ呼び寄せたのはあなたですね? あなた程の魔力、妖力ならばそれも可能なはずですからね」
「沖田? あぁ、そこの侍の事か」
 ラマ御前はつまらなそうに沖田の顔を一瞥した。
「いかにも。わらわがあやつをこの世界に引き込んだのよ」
「!」
 沖田の、否その場にいた者全ての表情が一瞬にして険しいものに変わった。
 それを察した綱は皆に「手を出さないように」と合図をしながら尚も御前に話し掛ける。
「それは何故ですか?」
「わらわは腕の立つ侍が欲しいのじゃ。わらわの手足となって働く、な。いずれはそのものらと共にこの塔より外の世界へ進出をと思っておる。
 その為に、様々な時代、様々な世界から腕の立つ者を次々と呼び寄せた。あやつもそのうちの一人よ」
 ラマ御前は沖田の顔を見詰め「ふふふ」と笑った。
「しかし沖田さんはあなたの手には落ちませんでしたね?」
「ああ、この世界に召喚する時に余計な小娘が付いてきおった・・・あのおかげで手元が狂ったわい」
「その小娘とやらはどこへ行ったかご存知で?」
「ふん、小娘などに用は無かったのでな。何処ぞへ飛ばされたやら、捨て置いたわ」
 それを聞いた沙羅、たまらず御前の前に走り出た。
「その小娘ってのはあたしだよ! 沖田よりも十年も前に飛ばされたんだ!」
「そうか・・・十年経って忍びとなってわらわの前に現れた、か。これは愉快よの」
 御前は沙羅の顔を見ながら笑っている。
「今からでも遅くない。どうじゃ、皆もろともわらわの部下にならぬか?」
「断る!」
 沙羅は今にも御前に対して飛び掛らんとしていた。
 そんな沙羅を尚も制して綱が続ける。
「ラマ御前、あなたは普通の人ではありませんね?」
「おーっほっほっほ」
 綱の言葉を受け、ラマ御前が高らかに笑った。
「切れる、実に切れるのう。さすがは不動の塔探索隊の長として隊を率いてきただけの事はある。わらわは腕の立つ者、頭の切れる者は大好きじゃ。
 良かろう、全て話そうではないか。ここまで辿り着いた者達への褒美代わりにな」
 ラマ御前は依然愉快そうに笑っている。
 そしてこの事件の全貌について語り始めた・・・

「全ては三種の神器をわらわの手にする為よ。
 まずは緋連城の前城主輝永を暗殺せしめた。世間では病死という事になっているが実は違う。わらわが命じてシュゲンに毒を盛らせたのよ。シュゲンは輝永に仕える三賢者の一人と言われておるが・・・実はわらわが送り込んだ間者よ。
 輝永が死ねば王位に就くのはまだ若い嫡男の輝羅じゃ。あのような若僧なればシュゲンの力でいかようにも思い通りに操れる。シュゲンは王に進言した。
『地方領主の反乱を押さえる為に三種の神器の力を以ってしてはどうか』と。
 輝羅は何の疑いも無くその進言を取り入れた。
 そして王の命を受けたそちらが三本の塔を探索し、死霊、幻術両塔の神器は既に塔の外へ持ち出された」
「一つ聞きたい。何故あなた自ら他の塔へ攻め入らなかったのです?」
「簡単な事。我々が他の塔へ攻め入れば自分のいる塔の護りは手薄になる。そうなれば残ったもう一つの塔から自分の塔へ攻め入られてしまうであろう。三本の塔はこうしてお互いを牽制し合う事によって、その均衡を保ってきたのだ。自分からは迂闊に動けない。なれば他の者の手を使えば良いだけの事。それに・・・人の手を使えば自分の兵力を損なわずに済むのでな」
「今一つ聞きたい。ならば何故この塔の護りに自分の部下を配したのか? 我々に神器を回収させたいなら余計な事ではなかったのか?」
「ならば逆に聞こう。もしこの塔を探索して、何の護りも罠も無かったら、そちは何と思う?」
「それは・・・他に何かもっと罠があるとしか思えませんね」
「そういう事よ。他の塔は護衛がいるのにこの塔だけそのような障害が無かったら・・・わらわの目論見を看破されてしまうだろうからな。どうせ犠牲になったのは金で雇った無頼の者がほとんどであったしな」
「なるほどね・・・」
 綱は苦々しく頷いた。
 全てはラマ御前の仕組んだ事だったのである。
 綱を初めとした不動の塔探索隊も大牙らの死霊の塔探索隊も、そして幻術の塔探索隊も、全てはラマ御前の手のひらの上で踊らされていたのだ。
 御前が自らの兵を使って他の塔へ攻め入るのは危険や損失が大きい。
 しかし王に神器回収話を持ちかけその命で募った探索隊によって神器を塔の外へ運び出させてしまえば・・・
 それを横取りしてしまえばより簡単に神器を手中に収める事が出来るのである。

 そして御前は尚も語った。自らの正体について・・・
「そちらは知っておったか? 三種の神器とは単なる武器や防具ではないのだ。三種の神器の真の目的、それは・・・かつて神との闘いに敗れた異形の物を封印する為の物なのよ。しかし神器が塔の外に持ち出された事により今封印は解かれた。わらわももう人の姿を取らずとも良いわさ」
 ラマ御前が「くっく」と笑う。
「ラマ御前、あなたは一体・・・?」
「ふっ、ラマ御前などという女子はとうの昔に死んでしもうたわ。わらわの手によって、な。三種の神器によって実体を封じられたわらわはその死体に取り憑き、ラマ御前になりすましていた。しかし・・・そのような茶番もこれまでよ」
 周囲に強烈な死臭を撒き散らしながら、ラマ御前だったものの形相が大きな変化を見せ始めた。

 肌の色が死人のそれのように青白くなり、顔には歌舞伎のくまどりのような紋様が浮かび上がってきた。
 目は吊り上り耳の先端も尖っていく。
 口が大きく裂け獣のような牙が二本、ぬっと生えてきた。
 五指の爪が鋭く伸び真っ赤な血の色に変化していた。
 背格好はラマ御前の時とほぼ同じだったが、その表情、雰囲気、そして撒き散らす死臭は明らかに異形の物と呼ぶにふさわしいものである。
「わらわは黄泉御前。かつて神との闘いに敗れし者。しかし・・・今ここにわらわの復活を告げる」
 黄泉御前は厳かに自らの復活を宣言した。
「何が黄泉御前だ、ふざけるなー!」
 これ以上は我慢出来ないと沙羅が一人飛び出した。
 逆手に持った忍者刀を黄泉御前へと繰り出す。
「ふっ」
 黄泉御前はわずかに笑みをもらすと沙羅の攻撃を受ける。
 左手で沙羅の刀を受け止め、空いた右手を沙羅の身体に当てるとそこからわずかに魔力を放出し、沙羅を吹き飛ばしてしまった。
 沙羅の身体は反対側の壁まで飛ばされ、鈍い音を立てて激突する。
「痛・・・」
 受身を取る事すら出来ず、沙羅の全身に激痛が走った。
「ほっほっほ。わらわがこの姿になれば魔力の桁が違うぞえ」
 黄泉御前がわずかに呪文を唱えると、急激に周囲の空気が圧縮されていった。
 それは大爆発の呪文の前触れに他ならない。
 本来の姿に戻り魔力が大幅に増大した事により、黄泉御前は高度な呪文の詠唱も一瞬にして完了させてしまったのだ。
「いけない! まりちゃん」
「はい」
 十六夜とまりがもう一度呪文障壁を作り出す。
 先程のものと合わせて四重の障壁で黄泉御前の呪文に備えるのだ。
「二人の近くに集まれ!」
 綱が叫ぶと皆一斉に動き出した。
 まりと十六夜が作っている呪文障壁の効果範囲に集まる事と、呪文に集中していて動けない二人を護る為である。
 竜乃介が盾を構え最前線に立つ。
 次いで静と大牙が槍を構えて備えた。
「あたしはお姉ちゃんの側だよ」
「沙羅・・・」
 沙羅が十六夜のすぐ前に立って姉を護る。
「私はここに」
「総司さん・・・」
 沖田はまりの前に立った。
 なみと綱は一番後列に陣取った。
「来ます!」
 綱が叫ぶと凄まじい爆音と共に、目の前で大爆発が起こった。
 黄泉御前による大爆発の呪文が炸裂したのである。
 その呪文による爆風は四重に張られた呪文障壁を激しく震わせている。
 障壁によって弱められたとは言え、それを貫通してきた炎が一行に降り注いだ。
 隊の前衛に立つ者達が身体を張って炎の侵攻を食い止める。
 結果、黄泉御前の放った大爆発の呪文による被害を最小限に留める事に成功したのであった。

 最大の破壊力を持つ呪文に耐えられてしまった黄泉御前は思わず「チッ」と舌打ちして顔をしかめていた。
「お父ちゃん、反撃しよう!」
 もう一度沙羅が黄泉御前へと飛び掛った。
 先程は受け止められ、弾き返されてしまったが今度は深入りせずに足を使って得意の接近、離脱戦法を駆使して黄泉御前に斬り付けていく。
「俺も行くぞ。あんた達も手を貸してくれ」
 大牙は静や竜乃介らに呼び掛けてから沙羅に続いた。
「無論です」
「元々奴は俺達の獲物だ!」
 静、竜乃介も大牙に続く。
「私も行きます」
「総司さん、気を付けて」
 まりに見送られ沖田も黄泉御前へと襲い掛かって行った。
「まりちゃん、私達も出来るだけ援護するよ」
「はい」
「私もやります」
 十六夜、まり、そして綱の三人は出来る限りの支援の呪文を唱える。
 味方の護りを高め、敵の護りを薄くする。
 わずかずつではあったが、それらの支援の呪文は確実に効果を発揮していった。
 盗賊のなみは下手に自分が飛び出してはかえって邪魔になると判断し、「頑張ってー!」とひたすら声援を送っている。
 それはただの声援でしかなかったが、それでもなみの声は黄泉御前に立ち向かっている者達に確実に勇気を与えていた。
 絶大な魔力を誇る黄泉御前ではあったが、近距離での斬り合いは不得手としていた。
 しかも相手は五人。
 素手では不利と見た黄泉御前の手にある武器は例の神器、「力と技を表す剣」である。
 竜乃介の持つ大剣よりも細身とは言え、その剣はあくまで戦士が持つにふさわしいもの。
 剣の扱いには慣れていない黄泉御前には少々扱いかねる代物である。
 両手に持った剣をただ闇雲に振り回すだけの剣術とも言えない剣術は、ここまでの激戦を潜り抜けてきた者達には通用しない。
 近距離での斬り合いを得意とする沖田と竜乃介。
 やや離れた距離から槍を繰り出す静と大牙。
 離れた場所からの奇襲を浴びせる沙羅。
 五人の攻撃は確実に黄泉御前を追い詰めて行った。
 そして・・・
 沖田の放った一刀が、神器を持つ黄泉御前の右手を斬り飛ばしてしまったのだ。
 弧を描いて宙を飛ぶ黄泉御前の右手と神器。
 それが床に落ちるとなみは素早くその場に走り寄り、「気持ち悪ー」と言いながらも剣の柄を握ったままになっていた御前の右手を投げ捨てて、神器を回収してしまった。

 神器を失った黄泉御前はなす術無く沖田らの攻撃を受けていた。
「これで終わりっ!」
 沙羅が叫びながら黄泉御前の首を狙って飛び掛った。
 しかし。
 急に何かを思い出した様子の静が
「待って、待ちなさい!」
 と沙羅の動きを制した。
 沙羅は黄泉御前の寸前で立ち止まった。
「どうしたのさ? 今倒しちゃわないと回復するかもだよ」
 沙羅はやきもきした表情で静を振り返る。
「思い出したのです。私は沖田殿と出会っからずっと召喚に関する書物を読んでいました。それによると、召喚したものを元の世界に戻す事が出来るのは、その召喚術を行った者のみだというのです。
 今黄泉御前を殺してしまえば、沖田殿、そして沙羅殿は元の世界に帰れなくなるやも知れませんぞ・・・」
 静が冷静に説明する。
 その言葉に一行の動きがピタリと止まってしまった。
 黄泉御前は攻撃の手が緩んだ隙を見逃さず、すうっと移動して一行との距離を取ると傷付いた自らの身体を次第に回復させていく。
「静の言う通りですね・・・」
 重々しく頷く綱。
「総司さん、元の世界に帰っちゃう・・・?」
「沙羅・・・」
 まり、そして十六夜。
 二人は完全に困惑してしまい、その表情は能面のように固くなっている。
「ふ、ふふふ。愉快よの。そこの女の言うとおりよ。一度この世界に召喚したその二人を元の世界に戻す事が出来るのはわらわのみじゃ。そう、わらわを殺してしまえば元の世界に帰れなくなるぞえ」
 思わぬ展開に悦に入る黄泉御前。
 右手を斬り落とされたとはいえ体力は既に回復している。
 勝ちを確信した黄泉御前は左手のみに魔力を集中させ、呪文の炎を作り出していた。
 しかしその呪文を邪魔して黄泉御前に斬り掛かったのは当の沖田だった。
 黄泉御前は沖田の一刀をかわすのが精一杯で、呪文の詠唱は中断してしまっていた。
「おぬし、血迷ったか・・・? わらわを殺せば・・・」
「構いませんよ、私は」
 沖田は何食わぬ顔で言い放った。
「池田屋の騒動の途中で姿を消してしまった私はおそらく脱走者として扱われている事でしょう。新撰組にとっては脱走は御法度。戻ったところで私は処刑されるだけでしょうからね。それに・・・」
 沖田はそこで言葉を切るとまりのほうへ視線を廻らせた。
「私はどうやらここを離れる訳には行かなくなったようですのでね」
「総司さん・・・」
 沖田の言葉を受けて、まりの顔から惑いの色が薄れていく。
「あたしも別に構わないよ」
 沙羅が続いた。
「元の世界なんて言われたってよく分かんないしね。それに、お父ちゃんやお姉ちゃんのいるこの世界がもうあたしのいる世界だよ。今更戻ろうなんて思ってもいなかったしね」
「沙羅、あんたって娘は」
 思わず十六夜も表情を緩めてしまう。
「そういう事だから、遠慮なく闘わせてもらうよ!」
 再び沙羅が黄泉御前に詰寄った。
「片手のみでは思うように呪文が操れないようですね」
 沖田も黄泉御前との距離を詰める。
「分かりました。ならば私も思う存分やらせてもらいます」
 沖田と沙羅の気持ちを確認した静も槍を振りかざす。
 大牙と竜乃介にもにじり寄られ、黄泉御前は再度追い詰められてしまった。
「確かに。左手のみではこの者ら全員を仕留めうる呪文を咄嗟に使う事は無理よ。しかしな、わらわにはまだ切り札がある」
 黄泉御前はニヤリと笑うと左手を頭上に掲げた。
「出でよ魔将よ。今こそわらわとの契約を果たす時じゃ!」
「しまった、やつの得意は召喚術です!」
 綱が叫ぶ。
「今頃気付いても遅いわ。ほれ、もう召喚の為の魔方陣は完成してしまったのでな」
 黄泉御前の目の前の床には、円の中に三角形と逆三角形を二つ組み合わせたような紋様が浮かび上がっている。
 これこそが召喚の為の魔方陣。
 次の瞬間、魔方陣が眩い光を放つとそこには一人の鎧武者が姿を現していた。

 それは戦国時代の戦場(いくさば)からそのまま抜け出てきたかのような侍だった。
 双角の兜に顔を仮面で覆い、黒色の鎧装束に身を固め、背中には旗差し物が左右に二本、高々と掲げられている。
 鎧兜に施された繊細かつ華美な飾りがその者の身分の高さを表している。
 右手には抜き身の刀が一振り、しっかりと握り締められている。
 その者が放つ威圧感、存在感は、今まで沖田達がこの不動の塔で闘ってきたどの侍よりも桁違いだと言って良い。
「只者ではない・・・」
 新たな敵を迎え撃つ沖田達に戦慄が走った。
「この者はおぬしより約三百年前の世界よりわらわがこの世に召喚したのよ」
 黄泉御前が沖田を指して言った。
「三百年前・・・するとまさに戦国時代」
「あちらの世界では英雄とも云われる男であったのだろう。天下をその手に治めるまであと一歩というところまで上り詰めながら、つまらぬ家臣の謀反によってその夢は断たれた」
「まさか、そのお人は・・・」
「そちらの史実では宿泊していた本能寺を家臣に襲われ、その場に火を放ち自害したと云われているはずだが・・・実際は違う。死ぬる寸前にわらわがこの世界へと召喚してしまったのだ」
「やはりそのお方はあの織田信長公であらせられますのか!」
 興奮気味に沖田が叫んだ。
 
 織田信長。
 桶狭間の戦いで今川義元を討ち、戦国大名として名を揚げる。
 その後は比叡山の焼き討ち、室町幕府を滅ぼすなどして自分に抵抗する勢力をことごとく排していった。
 上杉、武田、毛利などの戦国大名を抑えはしたのだが、天下統一目前で明智光秀に討たれた。
 沖田の知る歴史ではこう語られている人物である。
「惜しい、実に惜しかったのう。天下を取れる力は十分にあったのに悔しいかな最後の最後で運に見放されてしまった。そのような者をみすみす見殺しにしてしまうのはもったいないとは思わないかえ?
 そこでわらわがこの世界に呼び寄せたのよ。この男の持つ激しい気性、野心、征服欲、わらわはそれらのものが大好きなのじゃ」
 黄泉御前は尚も愉快そうに笑っている。
「さあノブナガよ、今こそあの時の屈辱を拭い去り、わらわと共に外の世界へ進出しようではないか。まずは手始めに・・・この者らを抹殺してくれるがいい」
「・・・」
 信長、否ノブナガは声を発する事も無いまま片手で抜き身の刀を振り上げると、その場でそれを振り下ろした。
 それはただ無造作に振り下ろされただけに思えたのだが次の瞬間、見えない刃が沖田達に襲い掛かって来た。
「うっ、うわっ・・・」
 ノブナガの一刀をまず受けたのは竜乃介だった。
 鎧や盾で最も重武装している竜乃介の右の肩口から、一筋の血が滴り落ちている。
「刀が届くはずのない間合いから・・・何故だ?」
 竜乃介は困惑しながら自分の傷口を押さえている。
 次にノブナガは刀を真横に振り払った。
「みんな、伏せろ!」
 大牙が叫ぶと同時に皆一斉にその場に身体を伏せる。
 その頭上を見えない刃が走り抜けたかと思うとそれは、遥か後方の壁際に置いてあった木製の像の胴体を真っ二つに切裂いていた。
「居合か・・・それも気を使った。かなり高度な技だな」
「お父ちゃん、それ何?」
「私も普通の居合術なら見た事がありますが、このようなものは・・・」
 沙羅と沖田が大牙に聞く。
「本来の居合ってのは刀を鞘に納めたところから一気に抜いて相手を斬り、そしてまた鞘に納める・・・そういう技術なんだが。奴の場合はそれに気を併用している。
 自分の気を刀身に伝わらせて刀を振るう事でその気を刃として放つ・・・口で言うのは簡単だがそれを使いこなすのは並大抵の技術じゃねえ」
「沖田でも出来ないの?」
「残念ながら・・・」
「出来なくて当たり前だ。出来る奴がおかしいんだ。奴はもう普通の人間じゃねえのかもな」
 大牙がつまらなそうに吐き捨てた。
「でも何か秘密があるはずだよ。例えば・・・」
「例えば?」
「何か特別な刀を使っているとか」
 沖田に聞かれ、沙羅は思いつきで答えてみた。
「特別な刀・・・? まさか、そんな馬鹿な」
 沖田はノブナガが持つ刀を見詰め、愕然となっている。
「どうしたのさ沖田?」
「あれはひょっとして・・・あの刀は伝説の妖刀と云われる『村正』なのではないですか」
「村正だと?」
 大牙も眉をひそめた。
 
 室町時代の刀工、藤原朝臣村正の手によるという伝説の妖刀、それが村正である。
 徳川家康の祖父が殺害されたのも、家康の長男が切腹する時の介錯に用いられたのもこの村正だと云われているのである・・・
「私がいた世界で数々の妖刀伝説を残したと云われる幻の刀です。刃渡りは二尺四寸、反りは六分。表と裏の刃紋が揃っているのが分かりますか? あれは村正の特徴だと聞いた事があります」
「村正の噂なら私も聞いた事があります」
 沖田の話を聞いて綱も思い出した。
「侍のみが使用出来る、凄まじい切れ味を誇る幻の一刀だと。しかし・・・果たして沖田さんの知る『村正』と私が知っている『村正』とが同じものでしょうか?」
「そんなはずないよ。だって沖田とあたしは別の世界からこの世界に来たんでしょお」
「確かに。沙羅殿の言う通りですが・・・」
 沖田が言葉を濁す。
「ホッホッホ」
 黄泉御前が高らかに笑い声を上げた。
「あまたの時、あまたの世界に広く偏在するもその実は一振りのみ。それがあの刀『村正』よ。ノブナガにはわらわがあれを与えた。わらわに忠誠を誓うならこれをやろうと言うたらな、奴目はありがたく頂戴したものよ」
「まさか・・・信長公のようなお方があなたに忠誠を誓うなどという事が?」
「あやつはもうわらわの手足も同然よ。さあノブナガ、こやつらをその村正で斬って捨ててしまえ!」
 黄泉御前の命を受け、ノブナガはゆるりと動き出した。

 王輝羅が襲撃された緋連城は厳戒態勢が布かれていた。
 城中の兵卒に召集が掛かり、門という門、通路という通路に配備され、蟻の子一匹通る事すら出来ないような状態だった。
 飛鳥と花梨はそのまま王の間に残り、直接輝羅の警護に就いていた。
 各塔から運び出された神器も一緒である。
 輝羅はその神器を見詰めながらこう洩らした。
「思えば・・・余に神器を以って地方勢力の反乱を鎮めるように進言したのは朱幻であった」
「朱幻・・・先程の暴漢ですね」
 王の言葉に花梨が応じる。
「あれも三賢者の一人として余の為に尽くしてくれているものとばかり思っていたが・・・全てはこの為であったのか」
「すなわち、探索隊を使って各塔から神器を持ち出させた後にここでまとめて奪うつもりだった、と」
「その通り」
 輝羅が飛鳥に頷く。
「神器の力を借りて、などとは、余は間違うていたのだろうか・・・」
「王様、そんな事はありません」
 花梨が優しい言葉で若き王を慰める。
「それにしても、まだ戻らぬ不動の塔の方が心配だ。もはや神器などどうでもいい。是非とも全員無事に戻って来て欲しいものだ」
(ほほう、ただのお飾りの王とばかり思っていたが・・・これは本物かも知れんな)
 飛鳥は神器よりも人命を心配する輝羅の事を少しだけ見直していた。
「その心配には及びませぬ。我々の仲間が援護に向かいましたし、きっと全員無事に戻るでしょう」
「そうです王様。何も心配は要りませんよ」
「そうだな。何事も無ければ良いが。何事も無ければ・・・」
 輝羅は遠くを見詰めながら、「何事も無ければ・・・」を繰り返していた。

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