小説ウィザードリィ外伝4・「魔将の塔」

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十二幕・魔将(上)

 死霊の塔を脱出した探索隊を待っていたのは緋連城から遣わされた三十男の役人だった。
「よくぞご無事で。して、首尾の方はいかが?」
「ほら、神器はちゃんと持ってきたよ」
 沙羅は得意気な顔で懐から「生と死を示す書物」を取り出して見せた。
「おおやりましたな。王が首を長くしてお待ちです。ささ、早く」
 役人は一行に早く城へ向かうようにと促した。
「ちょっと待って。他の塔はどうなったの? 沖田達はまだ?」
「はい、幻術の塔からは早々に神器が回収されましたが、不動の塔の方はまだかと」
「何やってんだ、沖田は・・・」
 沙羅は舌打ちしながら不動の塔の方へと視線を向けた。
 そして。
「お父ちゃん、あたしちょっと様子を見てくる」
「オイ、沙羅!」
 大牙に神器を預けると、沙羅は不動の塔目掛けて走り出した。
「お父ちゃん、私達も」
「おう、行くぞ」
 十六夜と大牙が顔を見合わせて頷き合う。
「と、その前に・・・飛鳥、花梨、お前達はこれを持って城へ行け」
 大牙は沙羅から受け取った神器を飛鳥の手に預けた。
「えっ? それなら我々も一緒に・・・」
 飛鳥が大牙達との同行を申し出た。
「この任務が終わったら祝言を挙げるんだろ。今までよくやってくれたな」
「そうそう。幸せになりなよ」
 十六夜が花梨の手を取り二人の未来を祝福する。
「ありがとう」
 花梨は少し照れたように俯きながら、それでも飛鳥と目を合わせては嬉しそうにはにかんでいる。
「よし二人とも、最後の詰めだ。お前らは一刻も早く神器を城へ持ち込むんだ。塔から追っ手が掛からんとも限らねえからな。俺と十六夜は沙羅を追って不動の塔へ行く。良いな!」
「承知。行くぞ花梨」
「はい!」
 飛鳥と花梨は手を取り合って緋連の街へと走り出した。
「あっ、お待ちをー」
 役人も慌てて二人を追う。
「お父ちゃん、私達も急ぐよ」
「ああ」
 十六夜と大牙も沙羅の後を追うべく走り出した。

 一方不動の塔では。
「んー、おかげですっきりしました」
 綱の計らいで眠っていたまりがようやく目を覚ましたところであった。
「まさか塔の中でお昼寝をするなんて思ってもいませんでしたよ」
 朝からの不調振りは何処へやら、まりの状態はすっかり回復しているようである。
 陽はもうだいぶ西に傾いてしまっている。
 約束の刻限まであとわずかといったところだろう。
 これ以上はぐずぐずしていられない。
「まり、もう大丈夫ですね?」
「はい」
「それならば行きましょう」
 まりの明るい返事を受けて綱が出立を告げると一同その場から立ち上がった。
「あっ、ちょっと待って下さい。沖田さん、お話があるんですけど・・・」
「何か?」
 まりの呼びかけに沖田総司が応える。
「あー、えーと・・・」
「さあさあ、我々は席を外しましょう」
 まりが話し辛そうにしているのを見て取った静が綱らを部屋の外へと追いやった。
 そして自分も部屋を出る間際に
「まり、頑張るんだよ」
 と言い残す。
「静さん、ありがとう」
 まりはペコリと頭を垂れた。
 静が部屋を出て扉を閉めると、中に残されたのは沖田とまりの二人のみとなる。
 前日、突然のまりの告白を沖田が断ったばかりである。
 まりに対してどういう態度を取るべきか、沖田は困惑し、まりの顔すらまともに見る事は出来ないでいた。
 一方まりの方は、泣くだけ泣いてぐっすりと眠った為にむしろ吹っ切れたという感じでいた。
 まりは傍らに立つ沖田の顔をじっと見詰めると、腕組みをして「ハァ」と溜息を付く。
「まったく、なにが『星の廻り』ですか。危うくごまかされるところでしたよ」
「まり殿・・・」
「沖田さん、ううん、総司さん! わたし総司さんの事諦めませんから。覚悟しておいて下さいね。わたし、意外としつこいんですよ」
 沖田の顔を見上げながら、まりはにっこりと微笑んだ。
「結構打たれ強いのですね、まり殿は」
「あー、誰のせいで落ち込んだと思ってるんですか? ええそうですよ。こういう事になると女子は強いんです。男の人にだって負けません! あっ、総司さん呆れました?」
「いえ、素直に感心しているのです」
 まりの笑顔を受け、沖田の表情もフッと和らいだ。
「わたしの話はそれだけです。皆さん待ってますから、早く行きましょう」
「あっ、待って。私も聞きたい事が・・・」
「えっ?」
 部屋を出ようとするまりを今度は沖田が呼び止めた。
「果たして私はあなたから好かれる価値のある男でしょうか?」
「もちろんです」
 まりの答えは自信に満ち溢れていると言って良い。
 それだけまりの沖田に対する想いが強いという事なのであろう。
 真剣に沖田を見据えるまりの清んだ瞳。
 沖田の顔から惑いの色が薄らいでいく。
「行きましょう」
「はい」
 二人は互いに顔を見合わせ頷き合うとその部屋を後にした。

 沙羅は不動の塔の入り口周辺まで来ていた。
 いざ塔まで来てみたものの、沙羅は塔の中の構造を知らないでいた。
 道も分からずに闇雲に塔の中を進んで迷ってしまっては元も子もない。
「何やってんだ、沖田達は・・・」
 焦れる気持ちを押さえながら、沙羅は塔の中を覗き込んだり外へ出て天守閣を見上げてみたりしていた。
 そもそも。
(どうしてあたしはここへ来たのだろう・・・)
 沙羅にはその理由が自分でも分かっていなかった。
 神器の為? それは違う。
 沖田が気になるから? 気になると言えば気になるのかも知れない。
 父親の仇だから? それはどうだろう・・・
 沙羅にとっては父親の死からは既に十年が経過している。
 そしてその後の大牙や十六夜との暮らしは沙羅にとってはささやかながらも幸せなものだったと言って良い。
 今更父親の仇だといって沖田を討ったところで何になるだろう・・・
 そもそもあたしに沖田が討てるのだろうか?
 様々な想いが沙羅の脳裏に浮かんでは消え、消えてはまた浮かんでくる。
「結局沖田の事しか考えてないや」
 沙羅はフフっと笑ってしまった。
 そこへ。
「沙羅ー! ああ良かった。まだここにいたか」
「本当に足の速い娘だねえ」
 沙羅を追って来た大牙と十六夜が不動の塔へと駆け付けたのである。
 死霊の塔脱出からずっと走り通しだった事もあり、本来それほど体力には自信の無い十六夜は大きく肩で息をしていた。
 同じ距離を走っている沙羅は呼吸を乱す事も無く平然としているのだから、それだけでも二人の体力の差が伺えるだろう。
「お父ちゃん、それにお姉ちゃんも・・・二人ともどうしたの?」
 沙羅は不思議そうに二人の顔を見詰めていた。
「どうしたじゃ、ないよ。あんたが、一人で突っ走るもんだから、慌てて追ってきたの」
 十六夜はまだ息も切れ切れに話した。
「行くぞ沙羅」
「えっ、でも塔の中分かんないよ」
「それなら心配無い」
「見取り図ならちゃんとあるから」
 大牙の言葉を受けて十六夜が懐から何枚かの紙片を取り出した。
 それはこの不動の塔の見取り図で、地下一、二階部分はまだ不完全であったが、地上一〜三階までは完全に埋まっていた。
「何でこんな物が・・・?」
「あのなあ沙羅、何の為に俺が他の塔の隊長達と情報を交換しあっていたと思ってるんだ?」
 大牙が呆れ顔で言った。
 そうなのである。
 大牙達は、他の隊に何かあった場合に備えて、それぞれの塔の見取り図や仕掛けられた罠等の情報を交換しあっていた。
 何も無ければそれに越した事は無い。
 しかしもしも何かあった時にはお互いに救出しあおうという取り決めになっていたのだ。
 今はまだ不動の塔探索隊に何かがあったとは言えない段階ではあったが、既に死霊の塔の探索は終了している。
 ならば大牙達が様子を見に行くくらいは構わないだろう。
「連中は今日は最上層の天守閣に行くと言っていたからな。この見取り図でも十分だろう」
「よし、お父ちゃん行こう!」
 沙羅、大牙、そして十六夜の三人は不動の塔へと身を滑り込ませた。
「十六夜、転移の呪文は何回使える?」
「さっき無駄にしちゃったからあと一回きりだね」
「ならそれはいざという時の為の脱出用だ。それまで絶対に切らすんじゃねえぞ」
「了解。沙羅、そこ右」
「分かった、お姉ちゃん」
 三人は不動の塔の最上層を目指して進み始めた。

 扉の上の木製の看板には力強い筆使いで「将軍の間」と書かれてあった。
「竜」
「うむ」
 綱の呼びかけに竜乃介が応える。
 竜乃介は一呼吸置いてから扉に手を掛け、そして勢い良く開け放った。
 一同部屋の中に滑り込み、闘いに備える。
 かつては華やかに飾られたであろうこの部屋は今ではその面影も無く、すっかりすすけてしまっていた。
 ここが将軍の間かと思えるほど、他の部屋と何ら変わりもない。
 それだけでも、不動の塔での将軍の立場というものが見て取れる。
「な、何者だ? ここを将軍ガイラスの御所だと知っての狼藉か?」
 部屋の奥から甲高い声が響いてきた。
 自らを「将軍」と名乗った初老の男は、髪や肌の色艶も悪く古びた着物を纏っていた。
 腰には大小の太刀を差してあるものの、それを抜いて闘えるとはとても思えない、いわゆる及び腰で侵入者達に相対していた。
「将軍ガイラス殿ですね。我々は・・・」
 綱が丁重に挨拶するのをガイラスは遮って叫ぶ。
「まさかそちらはラマの手の者なのか?」
「ラマ御前の事ですかな?」
「やはりラマを存じておるのか! この曲者目が」
 ガイラスは探索隊の面々を睨みつけ、早口で捲くし立てる。
 しかし、見るからに口だけと思えるその態度は逆に哀れにしか映らない。
「綱様、いかが致します?」
 静が綱の耳元で囁いた。
 ラマ御前に依頼された通りにこの男を暗殺するのか否か、綱の判断を待つ。
「正直に話した方が良いでしょう。皆は武器を収めて、下がっていなさい」
 綱は一行にそう命じると、自らは空の両手をガイラスに見せつつゆっくりと歩み寄った。
「我々は神器を求めてここまで参りました」
「神器? 神器とな? すると世の命を奪いに来たのではないのだな」
「はい」
「それなら何故ラマの名を存じている?」
「ここに来るまでに色々ありましてね。おっと、勘違いなさいますな。危害を加えるつもりは有りませぬ故」
 綱はそう断ってから懐に手を忍ばせると例の小刀を取り出した。
「何をする?」
「慌てなさらないように。これはラマ御前から預かったものです。あっ、気安く触らぬように。毒針が仕掛けてありますから」
「何と!」
 ガイラスは綱が差し出し、床の上に置いた小刀にしげしげと見入っている。
「ラマ御前は我々に、『貴方を暗殺するように』と依頼してきました。そこでお聞きしたい。何故ラマ御前は貴方を暗殺しようとしていらっしゃるので?」
「ラマがそのような事を・・・あれも昔はあんなではなかったのだが」
 ガイラスはがっくりとうな垂れると、その場にへなへなとへたり込んでしまった。
「あれも昔は気立ての良い女房だった。しかしいつの頃からかまるで人が変わったように気性が激しくなったのだ」
 ガイラスはボソボソと語り始めた。
「わしも昔はこの塔の主に仕える一家臣でしかなかったのだが、ラマが『わらわが貴方をこの塔の主にしてみせましょう』と言うてな。ラマは金と話術で次々にこの塔のかつての重役達を手なずけていったのだ。そしてついに謀反を起こした・・・」
「この塔の前の主を捕らえ首を撥ねたのですな」
「ああそうだ。まさかわしもラマがそこまでするとは思わなんだ。前の主やその家族などもラマが命じて次々と処刑していった。
 わしは恐ろしくなった。『次はわしの番か』と毎日怯えて暮らしたものよ。いつしかわしはラマの操り人形、名前だけのお飾り将軍に成り下がっていたという訳じゃ」
「御前のお人変わりに何か心当りは?」
「分からぬ・・・しかしラマは昔から呪術などに長けておった。鬼か悪魔にでも魂を乗っ取られたのやも知れぬな」
「なるほど・・・」
 操り人形、お飾り将軍。
 これがこの男の正体なのだろう。
 こんな男を暗殺したところで何にもならない、綱はそう思った。
 それならば何故ラマ御前は将軍の暗殺話を持ち出したのか?
 塔を乗っ取った今となっては既に用済みという事なのだろうか・・・
 やり切れない。
 綱は重々しく頭を振り、話題を変える事にした。
「して、神器はどこに?」
「神器・・・ああ、あれか。あんな物はくれてやる。鍵はあそこだ」
 ガイラスはうな垂れたまま部屋の奥の床の間を指差した。
 床の間には一対の風神、雷神像が背中合わせに飾られてある。
「向かい合わせにせよ」
「なみ、お願いします」
「はい」
 綱に命じられた盗賊のなみが床の間に近付きそれらの像を手に取ると、ガイラスの言う通りに風神と雷神とを向かい合わせに置いてみる。
 すると床の間の一部が開き、その中に鍵が収められてあった。
「それでは神器は頂いて行きます」
「好きにするが良い」
 ガイラスはもはや「何にも興味が無い」といった虚ろな様子であった。
「なみ、そこの掛け軸をめくってみなさい」
「これですか? あっ!」
 なみが床の間の掛け軸をめくり上げると、そこには隠されていた鉄格子が現れた。
 鍵を使い鉄格子を開ける。
 依然呆けたままのガイラスを尻目に一行は祭壇の間へと進んだ。

 そこには強力な妖気のようなものが満ち溢れていた。
 目の前には神器を祀った祭壇が、確かにそこに存在していた。
「ついに着きましたね」
 なみが思わず言葉をもらした。
 なみだけでなく、この塔の探索に携わった全員が同じ気持ちであった。
 途中から探索に加わった沖田でさえそうなのだから、一から探索を開始した五人にとっては、この場に辿り着いたという事は言葉では言い表せない想いがあるはずである。
 一行はゆるりと祭壇へと近づいて行った。
 死霊の塔の物と同じように、宝石を散りばめた大理石で出来た台座。
 その上には青白く輝く球体が浮かんでいた。
 球体の中には一振りの長剣が、何にも支えられずに音も無く、ただただ浮かんでいたのである。
「綱様」
「うむ」
 なみと綱が顔を見合わせて頷いた。
 神器を取れ、というのである。
 なみは祭壇ににじり寄り、何か罠が無いかどうか、入念に調べてみた。
「何も無し」
 そう判断したなみが青白い球体に手を伸ばした・・・
 その時である。
「うわぁー!」
 後方の将軍の間から男の悲鳴が上がったのだ。
「な、何ですか?」
 なみも球体に伸ばした手を思わず引っ込めてしまった。
「将軍の身に何かあったか?」
「一度戻りましょう。この場にいては袋のねずみになるかも知れません」
 静の提案を受け、一同素早く将軍の間へと戻った。

 ガイラスはぐったりとその場に伏していた。
 目を大きく見開いて、口からは泡を吐いている。
 その傍らにはあの男が立っていた。
「やはり、外部の者に頼むべきではなかったか」
「シュゲン!」
 黒装束に身を包み手には例の暗殺用の剣を持ったシュゲンが、既に事切れたと思われるガイラスを足蹴にしていた。
「御前様も初めから私に命じて下さればこんな回りくどい事をせずとも良かったのだ」
 シュゲンはつまらなそうに吐き捨てると暗殺剣を放り投げた。
 剣に仕掛けられてあった毒針を用いてシュゲンがガイラスを暗殺した、どうやらそういう事のようである。
「やはり黒幕はお前達でしたか!」
 怒りの声を張り上げながら抜刀した沖田、シュゲンを鋭く斬り付けた。
 しかしシュゲンはそれをひらりと飛んでかわすと壁を蹴りながら移動し、着地した場所は祭壇の間への入り口であった。
「神器は私が頂く」
「させるか!」
 シュゲンは既に祭壇へと移動していた。
 沖田を筆頭にそれを追う探索隊の面々。
「神器を奪ったところでここからは逃げられませんよ」
 ここには、鉄格子がはまっていた入り口の他に脱出口は無い。
 祭壇の前に立つシュゲンを睨みながら綱が言った。
「さておかしな事を言う。何故私がここから出られぬと? もしも私が転移の呪文を使えたならなんとする? そんな事をせずともお前らを皆殺しにしても構わぬが」
 口元を歪め、シュゲンがニヤリと笑った。
「ならば神器を奪われる前に貴様を斬る」
 再度沖田がシュゲンに斬り掛かった。
 しかしシュゲンもそれに素早く応じる。
 忍者刀を抜き沖田の一刀を受け流すと逆に沖田に斬り付けた。
 今度は沖田がそれを受ける。
 両者互いに譲らぬまま二度、三度と刃を交え、そしてどちらからとも無く距離を取った。
「俺もいる事を忘れるなよ」
「私も行きます」
 竜乃介が大剣を振るい、静が槍を構えて二人同時にシュゲンに襲い掛かった。
「なめるな! 力任せの戦士と女の槍使いなど相手ではないわ」
 突き出された静の槍をかいくぐり、頭上から落ちてくる竜乃介の剣をわずかに身体を捻っただけでかわすと、シュゲンは忍者刀を振るった。
 その切っ先は正確に竜乃介の身体を掠める。
 それでひるんだ竜乃介に当身を食らわせ、二人同時に弾き飛ばしてしまったのだ。
 竜乃介と静の身体が大きな音を立てて板張りの床に叩き付けられる。
「次は誰だ?」
 シュゲンの眼(まなこ)がギラリと光った。
「やはり私が相手をします!」
 沖田が一歩踏み出した。
 そこへ・・・
「お待ち。わらわが相手をしてやろう」
「えっ?」
 一同ギョッとなり声のした将軍の間の方を振り返る。
 そこには大奥の間で会ったあの女がいたのであった。

「そなた達の相手はこのわらわが自らしてくれようではないか」
 いつの間に現れたのか、ラマ御前は将軍の間から祭壇の間へ、ゆるりとした足取りで入って来た。
「御前、私ではこやつらには勝てぬと?」
「慌てるでない。シュゲンよ、そちには別の仕事があったはずであろう」
「そうでしたな」
 ラマ御前とシュゲンの二人はフフと笑った。
「シュゲンよ、まずはこの塔の神器を手にするのだ」
「承知」
 シュゲンは神器が祀ってある祭壇へ、ゆっくりとした足取りで近付いて行った。
「待て!」
 シュゲンを阻止すべく動き出す一行。
 しかし。
「黒焦げになりたくなければ動くでない」
 ラマ御前が数発の小さな火球を放ってその動きを妨げる。
「うわっ!」
「きゃっ!」
 一行は辛うじてその火球の直撃を避けたものの、既にラマ御前は次の火球を作りだしている。
「下手に動けませんね」
 綱の表情に苦悶の色が滲んだ。
「さ、シュゲンよ。早う神器を」
「はっ」
 シュゲンは祭壇の前に立ち、青白い球体へと手を差し入れるとそこに浮かんでいる剣を握り締めた。
「ギャーーー!」
 突然シュゲンの絶叫が響いた。
 シュゲンはその手に剣を握り締めたまま、黒焦げになって吹き飛ばされてしまっていた。
 床に叩きつけられたシュゲンの手から神器がこぼれ落ちる。
 罠があったのだ。
 シュゲンが剣を手にした瞬間祭壇が稲妻のように光り、シュゲンの身体を一瞬にして焼き尽くしてしまったのだ。
「あ、危なかったぁー」
 それを見て一番驚いているのはなみだった。
 あのまま神器に手を伸ばしていたら、黒焦げになっていたのはなみだったはずである。
「おのれ・・・ガイラスの仕掛けたものか?」
 御前はそう思ったが実際はそうではない。
 この仕掛けは塔が建立され神器が祀られた時には既に仕掛けられてあったのだ。
 ラマ御前やシュゲンはもちろん、ガイラスですらこのような罠の存在は全く知らなかったのだ。
 ブスブスという音と共に肉が焦げる嫌な臭い。
 それでもシュゲンは立ち上がってきた。
 着ていた装束はズタズタに焦げ、剥き出しになった顔や身体は火傷で無残にただれてしまっている。
 極々短い詠唱で自らの身体に最低限の治療呪文を施すも、その効果は微々たるものでしかない。
 ラマ御前はシュゲンの足元に落ちていた剣を妖術で浮かび上がらせると自分の方へ引き寄せ、手に取った。
「これで神器は我がものとなった」
 満足気に笑う。 
 そしてシュゲンの状態を気にするふうでもなく次の指令を出した。
「シュゲンよ、よくぞ剣を取ったものよ。だがまだじゃ。各塔から持ち出された神器が今や緋連城に集まったようじゃ。そちはそれを奪ってまいれ」
「はは」
 息も絶え絶えながらもシュゲンは御前の命に応える。
 ラマ御前がシュゲンに手をかざすと、シュゲンの身体はその場から消えていった・・・
 対転移。
 自分ではなく相手を任意の場所へ飛ばしてしまう術である。
「間もなく神器は全てわらわのものになる。その前に・・・目障りなお前達をこの場で始末してくれましょう」
 ラマ御前の手に先程よりも巨大な火球が出来ていく。
「死ね」
 御前がゆっくりとした動作でその手を上に掲げた。
 しかし・・・
「うわぁー!」
 御前の悲鳴が挙がる。
 火球は放たれる事無く御前の手の中で沈静化していった。
 御前の手の甲には手裏剣が突き刺さり、鮮血が滴り落ちている。
「間にあった!」
 それは沙羅の放った手裏剣だった。

 ラマ御前と相対している不動の塔探索隊の元に大牙、十六夜、沙羅の親娘が駆け付けて来た。
「皆さん、どうして・・・」
「お前らがぐずぐずしてるから迎えに来てやったんだ」
 大牙がニヤリと笑って言った。
「で、そちらの首尾は?」
「ああ、もう終わった。今頃は緋連城の王の下へ神器が到着しているだろうよ」
「しまった・・・」
 綱が顔をしかめ舌打ちした。
「何かあったのか?」
「ええ。神器を奪う為に緋連城へ刺客が遣わされたのです」
「何だと?」
 大牙の顔色が変わった。
「あの女の呪法で一気に城へ飛ばされたようです」
 綱が御前を指差した。
「お姉ちゃん、こっちも転移の呪文で追っかければ・・・」
「沙羅、それは無理」
「どうしてよ?」
「私の呪文ではこの塔の出口までしか移動出来ないのよ。そこから城まではまた走らないと・・・」
「それじゃあ間に合わない! あんなに苦労して持ち帰ったのに横取りされちゃうよ」
「オーホッホッホ!」
 沙羅と十六夜のやり取りを尻目にラマ御前が高らかに笑った。
「これは好都合。死霊の塔から持ち出された神器の守りは手薄のようだの。
 あとはわらわがこの場にてお前らを始末すれば良いだけの事。先程は不意打ちを食らったが今度はそうは行かないぞえ」
 ラマ御前は不敵な笑みを浮かべながら呪文を唱え始めた。
「くそう、こうなったら向こうは飛鳥と花梨に任せるしかねえな。二人とも、頼むぞ」
 大牙は祈るようにぼやいた。

 その頃緋連城、王の間では。
 死霊の塔より「生と死を示す書物」を持ち帰った飛鳥と花梨の両名が王との謁見を果たしていた。
 緋連城の若き城主輝羅。
 父王が亡くなって後新王の座に就いたものの、政治も戦もまだまだ経験不足である事は否めない。
 それでも日々努力、精進し、王という職をまっとうすべく懸命に務めていた。
 まだ十五歳という若さではあるが、その顔には王としての凛々しさがありありと溢れ、全身からは若さゆえの生き生きとした活力を放っていた。
 羽織袴に裃(かみしも)姿、腰には大小を差したそのいでたちはこの若者を一人前の男に見せている。
 王の傍らには頭を丸めた男が二人、ぴたりと寄り添うように控えていた。
 王を護り、補佐する賢者らである。
(王に仕える賢者は三人と聞いていたが・・・)
 飛鳥は一瞬そう思ったものだが口には出さず、ただ片ひざをを着いて頭を垂れていた。
 王の目の前には、既に幻術の塔から運び出された「護りと精霊を司るマント」が献上されてあった。
 幻術の塔探索隊の姿はここには無い。
 既に謁見を済ませ城を辞したものと思われる。
「二人とも、面を上げよ」
 まだ声変わりもしていない高い声で王輝羅が命じた。
「はっ」
 飛鳥、花梨の両名が恭しくも王の顔を見上げた。
「神器をこれへ」
「はっ、こちらに御座います」
 飛鳥は大牙から受け取った書物を取り出すとそれを王へと差し出した。
 王の傍らにいた賢者の一人が飛鳥に近付き神器を受け取ると、もう一人の賢者と共にそれを検める。
「本物に間違い御座いません」
「うむ」
 賢者は王にそう告げると書物を既に置かれてあったマントの隣に陳列した。
「そちらの働き、誠にもって大儀であった。心から例を言うぞ」
「ありがとう御座います」
「後は不動の塔の神器が揃えば全てなのだが・・・」
「王様、只今私共の仲間が不動の塔へと加勢に向かいました。間もなくこちらに帰還するものと思います」
「そうか。それは楽しみだ」
 王輝羅は花梨の顔を見詰め、満足そうに微笑んだ。
「それでは褒美の件だが・・・」
 王がそこまで言い掛けた、その時だった。
「そのようないでたちでは困ります!」
「ええい、放せ!」
 王の間の外が急に騒がしくなったかと思うとバンと扉が開き、一人の男がその部屋へ飛び込んで来たのだった。

「王の御前ぞ、控えよ」
 賢者の一人が一喝する。
「待て。そちは・・・朱幻(しゅげん)か?」
 突然飛び込んで来た男は衣服か素肌かも区別が出来ない程全身が黒く焼け焦げ、顔なども判別が付かないほど火傷でただれてしまっていたのだが、王は一目見てその男の正体を見極めた。
「三賢者の一人がこのような大事な時にどこへ・・・」
「王よ・・・」
 朱幻と呼ばれた男は王の言葉を遮ると、
「神器は私が頂く!」
 叫ぶと同時に猛然と輝羅へと襲い掛かって行った。
 この朱幻こそが、先程不動の塔の祭壇に仕掛けられた稲妻の罠で全身に火傷を負ったシュゲンである事は言うまでもない。
 シュゲンはラマ御前の対転移の術で緋連城まで飛ばされた後、神器を奪うべくこの部屋へとやって来たのだ。
 それにしても・・・
 輝羅はこのシュゲンを「三賢者の一人」と言っていたのだが・・・
 緋連城の王に仕えるべき賢者が何故不動の塔でラマ御前と行動を共にしていたのであろうか?
「やはり朱幻、敵と内通していたのはお前だったか!」
「まさか我ら賢者の一人が間者だったとはな!」
 賢者二人が輝羅の前に進み出て迫り来るシュゲンを迎え撃つ。
「おおそうよ! 全ては神器を我が手にする為。その前に、まずは王のお命頂戴いたす!」
「させるか!」
 狂気に満ちたシュゲンと刃を交える賢者衆。
「王様、こちらへ」
 その隙に花梨が王をかくまい、安全な場所へと避難させる。
「待てー!」
 避難する王の姿を捉えたシュゲンが体を転じてそちらへと飛び出した。
「花梨、王と共に伏せろ!」
「ハイ! 王様、伏せて下さい」
 飛鳥の言葉通りに花梨は輝羅の身体を伏せさせると、自らは王の上に被さり輝羅を護る。
 襲い掛かるシュゲン、そこへ飛鳥が一瞬のうちに三本の矢を放つ。
 放たれた矢の一本はシュゲンの胴を、もう一本は首を、そして最後の一本はこめかみを、正確に射抜いていた。
「ぐわっ」という悲鳴を上げてシュゲンはその場に倒れ、事切れてしまった。
「王様、立てますか?」
「ああ、助かったぞ。礼を言う」
 花梨に手を取られながら、輝羅はしっかりとした足取りで立ち上がった。
 飛鳥と花梨の働きにより神器は奪われずに済み、また王の命にも異常は無かったのである。

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