小説ウィザードリィ外伝4・「魔将の塔」

小説トップへ


一幕・池田屋異変

 その日。
 京の都には祇園の祭囃子が鳴り響いていた。
 時に元冶元年(一八六四年)六月五日の事である。
 都大路には何台もの山矛が往来し、人々の威勢の良い掛け声が飛び交っている。
 そんな周囲の浮かれ気分とは裏腹に、壬生の新撰組屯所には緊張が走っていた。
「今宵京の街で志士達の大規模な集会が開かれる」
 新撰組が放っている密偵からこのような情報がもたらされたのはその日の昼過ぎの事であった。
 京都守護職松平容保の庇護にあり京の治安を維持すべく活動している新撰組にとっては、この集会を見過ごす事は出来なかった。
 その後も情報は次々と入って来る。
 それによると・・・
 前年、京を追われた長州藩の志士らが中心になり来る六月二十日前後の風の強い日に京の街に一斉に火を放つという。
 その機に乗じて天皇を長州へと連れ去ろうというのである。
 長州にとっては正に起死回生の大クーデターである。
 しかし今宵行われるであろうそのクーデターの為の決起集会の場所がはっきりしない。
 今このご時世に長州藩の人間を受け入れそうな旅籠といえば木屋町三条の「四国屋」か河原町三条小橋の「池田屋」であろうという結論になった。
 夜になって。
 新撰組の面々は次々とそれらの旅籠に程近い祇園会所に集結していった。

 その中に一人の青年剣士の姿が見える。
 年は二十そこそこ、月代(さかやき)を綺麗に剃り上げまとめた髪を後ろへ垂らしている。
 新撰組揃いの袖に白いだんだらの入った薄青い陣羽織の下には鎖襦袢、額に巻かれた鉢巻には「誠」の文字が書かれていた。
 細身の身体は他の新撰組隊士らよりもすっと背が高く、顔は整った美形。
 腰には愛刀の「菊一文字」が差してあった。
 名を沖田総司という。
 白川藩士の子として産まれ、天然理心流の剣術を学び若くして天才剣士を名を欲しいままにしていた。
 すっかりと出立の支度を整えた沖田は局長近藤勇の出陣の号令を今や遅しと待ちわびていた。
 それにしても・・・
「蒸しますねえ」
 沖田は同僚の永倉新八へと声を掛けた。
「うむ」
 声を掛けられた永倉も渋面を浮かべるのみだった。
 まだこちらの動きを志士達に気取られる訳にはいかない。
 三十人程が詰め寄せている祇園会所の窓という窓は全てしっかりと閉じられてあった。
 季節はもうそろそろ夏に差しかかろうかという頃で締め切られた会所の中はなんとも蒸し暑い。
 志士達の集会場所を特定する為に放たれている密偵からの連絡はまだ無い。
 沖田は暑さに辟易しながらもじっとその時を待っていた。
「ゴホっ、ゴホ・・・」
「沖田君、風邪かい?」
「いえ、大丈夫です」
 心配そうに覗き込む永倉へ手を振って応える沖田であった。

 夜十時を過ぎて京の街からは祇園祭の歓声も引けつつあった。
 会津藩や所司代から入った連絡によると、そちらでは未だ兵の支度が整わぬと言う。
「もう待てぬ」
 局長近藤勇がしびれを切らして立ち上がった。
「土方君、我々だけで行こう。だが集会場所が未だに分からない。君は一隊を率いて四国屋へ行ってくれ。おれは池田屋へ行く」
 近藤が高らかに宣言した。
 すでに待ちくたびれた新撰組隊士からは威勢の良い時の声が上がる。
「天使様に害を為す暴徒どもを駆逐する為、新撰組はこれより出陣する。
 沖田、藤堂、永倉、周平の四名はおれと共に池田屋へ。その他の者は土方君と共に四国屋へ行く」
「待ってました」
 近藤勇から同行するよう使命された沖田の顔に笑みが浮かんでいた。

 近藤勇と共に河原町三条小橋の池田屋へ赴いたのは沖田総司、藤堂平助、永倉新八、そして近藤周平の四名であった。
 密偵からの連絡では、四国屋の方に多くの志士が集結しているらしいとの事だったからだ。
 池田屋に着いた近藤は表の障子戸をゆっくりと開け、ぬっと池田屋の中へ入り
「御用改めである」
 と亭主に告げた。
 池田屋の亭主の顔色がにわかに変わる。
「お二階の皆様、御用改めですよぉ!」
「こっちだったか!」
 近藤は亭主をぐいと押し退けると同行して来た隊士らに中へ踏み込むように合図した。
 永倉と沖田が階段を駆け上がり、近藤がそれに続いた。
 残った藤堂と周平は階下に残り、逃げ延びてきた者を待ち構える事になっていた。
 下の階の物音に気付いて部屋から出て来た志士を永倉が一刀両断に斬り捨てると、斬られた志士の身体はドドドと大きな音を立てて階段を転げ落ちていった。
 これでその場にいた志士達も異変に気付く。
 手に手に刀を構え踏み込んでくる新撰組を迎え撃つ。
 かくして壮絶な斬りあい合戦が幕を開けた。

 一方四国屋では。
 一通り中を覗いた結果志士達の集会は確認されず、土方歳三は全員を池田屋へと向かわせた。
 土方らが池田屋に駆け付けた時には既に近藤らが踏み込んだ後で怒号、怒声が表の通りまで響いていた。
「近藤さん、やってるな」
 土方は隊士らに池田屋への突撃を命じた。
 最初は多勢に無勢で苦戦していた近藤らであったが、土方隊の援軍を受け新撰組は一気に優勢になった。

 そんな中・・・
 池田屋の二階のとある一室に踏み込んだ沖田総司の耳が奇妙な物音を捉えていた。
「子供の泣き声?」
 まさか、こんな場所に・・・
 沖田は自分の耳を疑いつつも声のした方へ注意を向ける。
 そこは部屋の奥に当たり前のようにある押入れ。
 沖田は右手に刀を構えたまま、その襖に左手を掛け、一気に開いた。
「あっ・・・」
 そこには一人の娘がいた。
 暗くてよく分からなかったが年の頃は七つか八つだろうか、まだ十歳には届いていないだろう。
 赤い着物を着て髪を左右二つに結んだ娘は手に脇差を構えていた。
 否、構えるなどというものではない。ただ抜いた刀を襖を開けた相手に向けているだけだ。
「大丈夫かい娘さん? 怪我は?」
 沖田は娘を刺激しないように優しく声を掛けた。
「く・・・来るな」
 娘の声は今にも消え入りそうなほどで、その身体はガチガチと震えていた。
「大丈夫だから」
 沖田は娘にそっと手を伸ばした。
「イヤ!」
 娘が刀を振り回す。
「痛ー」
 娘の振るった刀は沖田の左手の甲に浅い傷を付けていた。沖田の手から赤い血が滲む。
 沖田は手の甲をぺろりと舐めて自らの血を拭った。
 その時だった。
「さらー!」
 背後から男の声がした。
 その声に殺気を感じた沖田が振り向いた時には既に男の繰り出した刀が沖田の肩口を捉えていた。
「くっ」
 苦痛に顔を歪めながらも沖田は返す刀でその男を斬り捨てた。
「お、お父ちゃん!」
 押入れの中の、『さら』と呼ばれた娘の絶叫で我に返る沖田。
「まさか、この人は・・・」
 沖田は一瞬で事態を呑み込んだ。自分が今斬ったこの男はこの娘の父親なのだ、と。
「お前ー!」
 娘は憤怒の形相を浮かべ両手に構えた脇差を沖田に向け押入れの中から飛び出して来た。
 沖田は軽く体をかわし半身になって娘の手を押さえた。
「待ちなさい、落ち着いて」
「うるさい!」
 なおも暴れる娘。
 右手は刀でふさがっている。沖田は左手一本で娘の手を捉まえていた。
「沖田さん、危ない! 後ろ」
 仲間の隊士の声が沖田の耳に飛び込んで来た。背後からの攻撃である。
 いけない。今自分が動けばその白刃はこの娘を朱に染めてしまう。
 動けない。
 一瞬の躊躇。
 その隙を逃す事なく、志士の放った一刀は沖田の背中を斬り裂いていた。
 
 その時だった・・・
 沖田の目の前の風景が大きく大きく歪み始めたのだ。
 陣羽織の下に着けている鎖襦袢のお陰で致命傷は免れている。
 決して傷のせいではない、沖田は自分に言い聞かせた。
「何これ? イヤー!」
 沖田が捕まえたままの娘にも同じような状況が起こっているらしい。
 戸惑い、怯えた表情のまま辺りを見回していた。
「くっ・・・一体何が・・・」
 目の前の風景は更に更にぐにゃりとゆがみ、もう元の様子が分からないほどになっていた。
 目の前が暗くなっていく。沖田の意識はそのまま深く深く沈んでいった・・・

 どれほどの刻が経っただろうか?
 池田屋の二階座敷で意識を失った沖田総司は、何者かが忍び寄る気配にふっと我に返っていた。
 肩にはまだ鈍い痛みが残っている。
 痛むのは鎖襦袢で守られていない部分、あの「さら」と叫んだ男に斬られた箇所だった。
 痛みの感じからまだそれ程時間が経っていないであろう事が推測される。
 あの娘の事も気になったが今は自分に忍び寄る者のほうが先だ。
 沖田は未だに意識の戻らない振りをして、うつ伏せの姿勢のままじっとその場に倒れたままになっていた。
 相手が油断して近づくのを待ち隙あらば反撃しようというのだ。
 
 沖田に近づくのは五人の黒い影だった。
 全身を黒装束に包み顔も黒い頭巾で覆っている。
 背中に刀を帯しているその姿は見るからにただ者ではない。
 その中の頭目と思しき男が配下の者に目で合図をする。
(行け)
 頭目の命を受けた一人がすっと刀を抜きそろりそろりと沖田に近づいて行く。
 しかし相手を殺してはいけない。あくまで生け捕りにせよとあらかじめ命じられていた。
 ただし相手がまだ生きていれば、である。
 慎重に、しかし素早く黒装束の男は倒れている沖田に近づいて行った。
 すっと伸ばした刀を沖田の頬に当てて、ちょいちょいと叩く。
 反応はない、大丈夫だ。
 黒装束は刀を引き沖田へ一歩踏み出した。
 しかし。
「うわー!」
 と悲鳴を上げその場に倒れてしまった。
 色めき立つ黒い集団。
 見ると今まで倒れていた男、沖田総司が刀を抜いて立ちはだかっていた。
 刀の切っ先には真っ赤な鮮血が滴り落ちている。
 沖田は見事な手腕で近づいて来た男の喉を一突き、瞬時に絶命させていたのだ。
「何者ですか?」
 低い声で問う沖田。
 黒装束の男達は明らかに狼狽していた。
 
 それにしても・・・
 これは一体どういう事だ?
 沖田は相手を睨みつけながらも必死に想いを巡らせていた。
 黒装束に黒頭巾、背には一振りの刀。
 これはどう見ても忍びの者ではないか。
 まさか。
 権現様(徳川家康)が天下を統一する以前の戦国時代ならまだしも、今の世に忍びの者など存在する筈が無い。
 それとも長州の志士達がこのような組織を編成して鍛錬を積んでいたとでも言うのか・・・
 それにこの場所は・・・?
 旅籠である池田屋の二階座敷とは明らかに違う。
 板張りの長い廊下に漆喰の壁、飾りなど一切無い実用的な造り。
 そう、まるでどこかの城か砦の内部のようではないか。
 忍びの者も砦の内部も直接見た事は無かったが、沖田はそう直感していた。

 仲間を斬られた黒装束達はいきり立っていた。
 命令はあくまでも『生け捕りにせよ』である。多少の怪我は構わない。
 黒装束の中の二人が抜刀して沖田に襲い掛かってきた。
 今は考えている時ではない。
 沖田は愛刀菊一文字を構えると迫り来る黒装束を迎え撃つ。
 まず襲い来る黒装束が放つ一太刀を弾き返し胴を抜き打つ。これで一人。
 そして沖田の早業に躊躇している二人目を続け様に斬って捨てた。
 正に一瞬の出来事である。

 形勢は不利と見た黒装束の頭目がそっと懐に手を伸ばす。
 取り出したのは手のひらに収まるくらいの棒状のもの。
 それが各指の間に一本ずつ、計四本あった。
 棒手裏剣と呼ばれる投擲用の武器である。
 殺傷能力はそれ程高くないものの、相手の動きを封じる分には充分な効果を発揮する。
 この武器で相手がひるんだ隙に一気に飛び掛り始末する。彼らの必殺戦法であった。
 沖田もそれは重々承知していた。
 黒装束は残り二人。そして飛び道具。
 四方八方から襲い掛かる敵の攻撃を全て受けるのは至難の技である。
 逃げるか? いやここで相手に背中を見せたらそれこそ一瞬にして倒されてしまうだろう。
 逃げる手はない。
 沖田は覚悟を決め黒装束に一歩にじり寄った。
 黒装束の二人はお互いに目で合図をすると沖田目掛けて一斉に躍り掛かってきた。
 沖田の右へ飛んだ頭目がビュンと棒手裏剣を放つ。
 頭目の手を離れた四本の棒手裏剣は放射状に広がり沖田の足元目掛けて飛んできた。
 これで沖田の足が止まる。
 そこへ左右からの同時攻撃。
(かわせない)
 沖田は菊一文字を左手に持ち、右手で腰に差してある脇差を抜いて二人の攻撃を同時に受けた。
 カッツーンと乾いた音が響く。
 攻撃を受け止めたとはいえ追い詰められている事に変わりは無い。
 黒装束の一人は懐から小刀を取り出すと逆手に持ち直しそれを振り上げた。
(もう駄目か・・・)
 沖田の脳裏に一瞬「死」という言葉が浮かんだ。
 このような何処とも知れぬ場所で、得体の知れぬ黒装束らに襲われて死ぬのか・・・
 沖田の背中を冷たいものが伝い落ちた。
 
 黒装束は振り上げた小刀を振り下ろさんとしていた。
 殺すつもりは無い。しかし仲間を三人も殺られたのだ、その腹いせはさせてもらおう。
 頭巾の下の冷たい瞳がにやりと歪んだ。
 その時だった。
 小刀を振りかざしていた黒装束の身体が突然ボッと炎に包まれたのだ。
「う、うわ・・・熱い!」
 黒装束は沖田から離れ板張りの廊下の上を転げ回る。
「おい、どうした?」
 突然の出来事に頭目の方も狼狽していた。そこに出来た一瞬の隙。
 沖田は頭目の身体を当身で弾き飛ばすと上段から菊一文字を浴びせた。
 舞散る赤いしぶき。
 沖田の鋭い太刀筋を受けた頭目は既に絶命している。
 最後に残った黒装束は全身黒焦げとなりこちらも事切れていた。
「はあ、はあ・・・」
 肩で息をする沖田。そこへ。
「間一髪、助かりましたね」
 穏やかな口調で話し掛けてくる者がいた。
 沖田はゆっくりと視線を巡らす。
 既に死体となっている黒装束達の向こう側には、新たに五人の姿があった。

「中忍一人と下忍四人、それをお一人で。よくぞご無事でした」
 しなやかな金の髪をなびかせた長身の男は周囲に転がっている死体を眺め回していた。
「申し遅れました。私はこの不動の塔探索隊の指揮を執っている『綱(つな)』といいます」
 綱と名乗った男は胸に右手を当てて軽く頭を下げた。
 彼の耳は普通の人間よりも長く先端が尖っていた。エルフと呼ばれる種族に見られる身体的特徴である。
 沖田は両の刀を鞘に収めてから
「私は沖田総司と申します。危ないところを助けていただいて」
 深々と頭を垂れた。
 頭を上げた沖田、改めてこの「不動の塔探索隊」の顔ぶれを見てぎょっとなった。
 中の三人は見慣れない恰好をしている者もいたが普通の人間である。
 しかしあとの二人は、否人間かどうかも分からないのだが、一人は直立した猫そのものだったし、残りはどう見ても角の生えたとかげ・・・
 怪訝な表情をする沖田に綱は苦笑を浮かべている。
「こちらの者達は私の隊の仲間です」
 と順に紹介していった。

「彼は『竜乃介(たつのすけ)』といいます。ドラコンを見るのは初めてですか?見た目は怖そうですが根は良いやつですよ」
 綱は自分の隣に立っていたとかげ、否ドラコンを差して言った。
 竜乃介は鋭い目つきを沖田に向けながら「どうも」と頭を下げた。
 竜乃介は戦士だという。沖田には馴染みのない西洋風の鎧に身を包み、腰には大剣を下げていた。

「そちらにいる猫のような者は『なみ』といいまして、フェルパーです。見た目の通り猫が進化した種族と言われていまして。決して化け猫ではないのですよ」
「化け猫だなんてひどいですぅ!」
 なみと呼ばれた猫娘は懸命に綱に抗議している。
「だから化け猫ではないと言っているではないか」
 綱は笑いながらなみの抗議を受け流している。
 普通の猫より身体が大きく二本足で立っているものの、それを除けば見た目はいわゆる三毛猫のそれであった。
 なめした皮で作られた鎧を着込み短剣を持っている。
 なみは盗賊で手先がとても器用だと綱は説明していた。

「奥にいる女性は『静(しずか)』といいます」
 静は黙って深々と頭を垂れた。
 長い黒髪を後ろで一つに束ねた美しい女性である。
 彼女も竜乃介のような鎧をまとい手には長槍を携えている。静はバルキリーだという。
 名前の通り静かな女性だ、というのが沖田の印象だった。

「一番奥にいるのが『まり』といいまして魔法使いです。先ほど下忍を仕留めた火炎の呪文は彼女の手によるものなのですよ」
 まりは沖田には一番馴染みのある恰好をしていた。いわゆる和服である。
 肩より少し長い程度に切りそろえた黒い髪。
 年はまだ十六、七だろうか。静よりも幼く見える。
 まりは沖田にペコリと頭を下げる。
「あなたが私を助けてくれたのですね」
 沖田が改めて礼を言うと
「いえ、たまたまでしたから」
 まりは明るい声で応えた。その顔にはどこかまだあどけなさが残っていた。

「改めまして。私は綱と申します。耳を見ていただければお分かりかと思いますがエルフでして。司教職に就いています」
 最後に綱は自分の事について沖田に説明した。
 一通り説明を聞いた沖田だったが、話の半分は理解出来ていなかった。
 ドラコン、フェルパー、バルキリー、エルフなど、耳馴染みの無い初めて聞く言葉が多過ぎた。
 しかし綱はさも当たり前といった様子で話している。
 沖田には、自分はどこか異国にでも迷い込んだのか、それとも異国の人達がこちらに来たのか、その判断が出来なかった。

 その頃、不動の塔のとある一室にて。
 鏡を用いた透視の術を使い沖田と綱一行らの様子を覗いている者がいた。
 一人は女、もう一人は男である。
「申し訳有りませぬ。配下の者がしくじったようで・・・」
 男は恭しく女に詫びている。
「仕方あるまい。元はと言えばわらわがしくじったせいよ。あの侍だけなら良かったのだが余計なものが付いて来た為に手元が狂ったのじゃ」
「・・・」
 男は応えず女の次の言葉を待った。
「まあ良い。いずれかの者らはわらわの前に姿を現すであろう。その時を待つのじゃ。駄目なら駄目で次を探せば良い」
「御意に・・・」
 ふうっと男の気配は室内から消えていた。
 女はそれに動じる様子も無く、尚も鏡に映る一行に見入っていた。
「さて、無事にここまでこれますかいな?」
 女の口元がにやりと歪んだ。

続きを読む