ジェイク外伝・ボビー

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☆♪おおっとガス爆弾!★
 突然宝箱から吹き出したガスが辺りに充満していきました。
 あー、やってしまいました。大失敗です。
 ゴホゴホとみんなが咳き込んでいます。
「ボビー・・・ケホっ、お前なあ」
「だからダメだって言ったじゃないですかぁ」
「ちょっとジェイク! ゴホっ、ボビーを責めちゃかわいそうでしょ」
 目に涙を浮かべながらボクを小突いてくるジェイクさんを、やっぱり涙目のエイティさんが止めてくれました。
 そうなんです。
 ボクはボーパルバニーのボビー。
 宝箱に仕掛けられた罠を外そうとして見事に失敗しちゃいました。
 でも少し言い訳しちゃいますと、もともとボクは宝箱の罠なんてうまく外せないんです。
 それなのにそれなのに、ジェイクのヤツ・・・
 あー、いえ、ジェイクさんが無理やりボクにやってみろって。
 そりゃあ、ボクはこの自慢の長い前歯を使って扉に掛けられた鍵を外したりなんて出来ちゃいますけどね。
 でも宝箱となると話は別ですよね。
 そもそも罠の種類を調べる事だって難しいのに。
 今回はエイティさんが呪文で調べてくれて、それが石つぶてだっていうから、それなら失敗しても大した事は無いだろうって。
 それなのにイザやってみたらガス爆弾。
 これできちんと罠を外せって言うほうが無理ですよ。
「ここでもめてもしょうがなかろう。全員異常は無いか?」
 ベアさんがこの場を収めてくれます。一番の年長者だけあって、こういう時にはうまくパーティをまとめてくれるのです。
「あー、ダメだ。オレ毒にやられちまってる」
「私も・・・」
「うむ、ワシもだな」
 ジェイクさん、エイティさん、そしてベアさん。
 みんな毒に侵されたみたいです。
「ボビーは平気?」
「ハイ。ボクは大丈夫ですよ」
「そう、良かったわね。それじゃあ急いで毒の治療に取り掛かりましょう」
 宝箱の罠で受ける毒はすぐには症状を表しません。
 でも治療を怠ってそのままでいると、やがてその毒素が全身に回ってしまい確実に命を落としてしまう、とても恐ろしいものなのです。
 もしも毒を受けてしまったら呪文や薬で素早く治療しないといけないのです。
 メンバーの中で治療の呪文が使えるのはバルキリーのエイティさんだけです。
 エイティさんはまず自分に対して呪文を唱え始めました。
 でも様子が変ですね・・・
「あっ・・・」
「どうしたエイティ?」
 不審そうにジェイクさんがエイティさんの顔を覗きこんでいます。
「えっと、一回、二回・・・」
 エイティさんは真剣な顔で何かを指折り数えているようです。
 そして。
「ゴメーン。さっきので呪文を使い切っちゃってたみたい。アハハー」
 乾いた笑い声がむなしく響いています。
 どうやらエイティさんは、今しがたワイバーンと戦った時に受けた毒を治療するのに呪文を全て使い切っていたみたいです。
「仕方ない。ワシの毒消しを・・・」
 今度はベアさんがリュックの中をゴソゴソと漁り始めました。
 ベアさんはいつもそのリュックの中に毒消しや傷薬などを持ち歩いているのです。
 常に万が一に備える、冒険者の鏡です。
「む・・・?」
「どうしたオッサン?」
「切らしたか」
「はっ?」
「先日毒消しを使った時に代わりを補充しておくのをうっかり忘れていたらしい」
「つまり毒消しは?」
「無い」
 きっぱりと言い切られてしまいました。まあ、冒険者の鏡でも時にはこんな失敗はあるものです。
 ジェイクさんは呆れたように頭をボリボリとかいています。
「はー、仕方ないわね。今日はもう切り上げましょう。ジェイク、マロールで一気に地上まで戻りましょう」
 毒の治療が出来ない以上はもう迷宮内を歩き回る事は出来ません。
「そうだな」
 エイティさんに言われ、ジェイクさんはヤレヤレとばかりに呪文を唱え始めました。
 しかししかし、悪い事は重なるものです。
「すまねえ。マロール切らしてた」
「はぁ?」
「まさかレッサーデーモンにあれだけ粘られるとは思わなかったぜ」
 ジェイクさんの目が泳いでいます。
 そう言えば、先程レッサーデーモン相手に戦った時に妙にムキになっていましたねえ。
「レッサーがあまりにも呪文を無効化するもんだからこっちも頭に来てつい・・・」
「ティルトウェイトを連発しちゃったのね?」
「まあな」
 ティルトウェイトは魔法使いの呪文の中でも最大の攻撃力を誇るのですが、マロールと同じレベルに属しています。
 使い過ぎるとこんな事が起こってしまうのです。
「悪い。マロールを切らすなんて素人でもやらねえようなミスを」
「いや、ワシだって毒消しを買い忘れたしな」
「ううん、私がラツモフィスの使い方にもっと気を付けていれば・・・」
 3人ともがっくりとうなだれています。
 でもでも、元の原因を作ったのは・・・
「ゴメンなさい。ボクが宝箱の罠をうまく外せなかったから」
 そうです。ボクがちゃんとやっていればこんな事にはならなかったんです。
「ううん。ボビー一人のせいじゃないわ。そんな事より今はどうやって生還するかを考える方が先よ」
 エイティさんが優しくボクの頭を撫でてくれました。
「治療は出来ない、マロールでも帰れない。もちろんこのまま歩いて地上まで戻れる体力は残っていない」
「何とか地上の連中と連絡を取って救出に来てもらえればいいのだが」
「でもどうやって連絡するんだ?」
「他のパーティが偶然通りかかるのを待つ?」
「そんな悠長な事言ってられるか」
 皆さん何とか脱出する為の方法を考えています。
 その時、ボクの頭にピン! と閃くものがありました。
 そうです、その方法がありました。
「ボクが行きます」
「えっ?」
 皆さんの視線がボクに集まりました。
「ボクが地上まで戻って助けを呼んで来ます。毒に侵されていないのはボクだけです。それまで皆さんはここでじっと待っていて下さい」
「そんな。危険よボビー」
「まかせて下さい。ボクはボーパルバニーです。迷宮の中くらい一人で歩き回れますから」
 エイティさんにドンと胸を張ってみせました。
 これはエイティさんにボクの男らしさをアピールする絶好のチャンスなのです。
「やれるか、ボビー?」
「ハイ!」
「よし、頼んだ」
 ジェイクさんに背中を押され、ボクは一目散に地上へと走り出しました。

 この迷宮はその昔、偉大な魔法使いが立て籠もった由緒ある迷宮なのです。
 今でこそその魔法使いもいなくなってしまいましたが、モンスターやお宝などは昔のまま存在し続けているのです。
 だから今でもこの迷宮に降りる冒険者は後を絶ちません。
 ボクたちは今日、迷宮の地下9階まで降りていました。
 この一つ下の階が最下層です。
 ボクはまだ行った事は無いですが、そこまで降りればとても恐ろしいモンスターが次々と現れるそうです。
 でもこの9階ならまだ比較的安全なのです。
 周囲に気を配りながら、ボクは迷宮の通路を走りました。
 道は覚えていましたが、それでも慎重に。分かれ道に辿り着いたらクンクンと鼻を鳴らして臭いを嗅ぎ分けます。
 扉の前まで来たら大きな耳をピンと伸ばしてわずかな音も聞き漏らさないように集中するのです。
 無駄な戦いは出来るだけ避けなければいけません。
 ボクが倒れてしまったら、毒に侵されてしまったエイティさんたちは迷宮の奥深くで身動きも出来ずに取り残されてしまうのですから。
 
 ズザリ。
 不意に通路の向こう側から、何かを引きずるような鈍い音がしてきました。
 通路の影に身を潜め、音のした方へ注意を向けます。
 ズザっ、ズザリ。
 どうやら足音のようです。
 ゆっくりとしたペースで。でも確実に。
 足音の主はこちらへと近づいて来ています。
 ボクは息をじっと潜め、相手の動きを伺いました。
 やがておぼろげながらも相手の姿が見えてきました。
 背丈はベアさんくらいですが、やせ細った身体つきです。
 体毛がほとんどなくて全身が黒く、注意していないとすぐに闇の中にその姿を見失ってしまいそうです。
 ギョロリとした目。むき出しになった牙。指先には鋭い爪が伸びています。
 ナイトストーカーに間違いありません。
 これは最初から面倒なヤツに遭ってしまいました。
 何故って、もしもアイツの爪で引っ掛かれでもしたら、たちまち精気を吸い取られてしまうからです。
 それ以上に厄介なのが、ナイトストーカーはアンデッドモンスターだって事なんです。
 アンデッドモンスターは動く死体です。
 死体なのでボクが自慢の牙で噛み付こうとも痛みなんて感じないのです。
 首筋の急所を切り裂いてもその動きが止まる事はありません。
 身体を粉々に砕いてしまうか呪文で焼き払ってしまうのが一番簡単なのですが、ボクにはそんな事は出来ません。
 ボクはこのまま通路の影に身を潜め、ヤツが通り過ぎるのをじっと待つ事にしました。
 もしも見つかったら・・・
 その時は戦おうなんて考えずに逃げるが勝ちです。
 幸い、足の速さならボクのほうが勝っているはずですから。
 ナイトストーカーはゆっくりとした足取りで、一歩一歩こちらに近付いて来ます。
 まだボクの存在には気付いていないはずです。
 お願いです、どうかこのまま通り過ぎて下さい。
 とても長い時間が経過したように感じました。
 やがて、ナイトストーカーがボクのすぐ目の前に差し掛かりました。
 そこでピタリと足を止め、ゆっくりと首を回して辺りの様子を伺っています。
 見つかったのでしょうか?
 ボクの胸がドキドキと高鳴りました。
 呼吸をする事さえ出来ません。
 しかし幸運だったのは、ボクの身体が小さいという事でした。
 ナイトストーカーには、すぐ足元にいるボクの姿が目に入らなかったようなのです。
 ナイトストーカーは視線を前に戻し、ゆっくりとした足取りでボクの前から離れて行きました。
 ふう・・・助かりました。
 さあ、アイツが戻ってくる前にここを離れてしまいましょう。

 走って走って。
 もうすぐ上に昇れるエレベーターという所まで来てまた何かと遭遇してしまいました。
 しかし今度の相手はモンスターではないようです。
 それに大人数で連れ立っています。
 どうやらエレベーターでこの階まで降りて来たばかりの冒険者の皆さんのようです。
 とっさの事で隠れる暇もありませんでした。バッチリと目と目が合ってしまいました。
 えーと・・・どうしたものでしょう?
「ムッ、モンスターか?」
 冒険者さんの一人が剣を抜いて迫ってきます。
「待ちなさいよ、相手は戦う気は無いみたいよ」
 後ろの方にいるローブを着たお姉さんが剣士さんを止めてくれています。
 そうそう、そうです!
 ここは友好的なモンスターとして振舞って何とか見逃してもらいましょう。
 ボクは何度もペコペコと頭を下げてついでに手まで振ってみて。
 精一杯「戦う意思は無いですよー」ってアピールしてみました。
「よく見るとボーパルバニーじゃないか。こんな下の階にも出て来るんだな」
「今さらウサギ一匹倒したところで稼ぎにもならんだろ。オイ、見逃してやるからさっさと逃げろよ」
「ウサちゃん、バイバ〜イ♪」
 どうやらかなりレベルの高い冒険者さんたちだったようです。おかげで助かりました。
 冒険者さんたちはすぐ隣の扉を開けて行ってしまいました。
 ボクも先を急ぎましょう。
 エレベーターに飛び込んで・・・あっ!
 そうです、何でこんな事に気が付かなかったのでしょう。
 さっきの冒険者さんたちにエイティさんたちを助けてもらえば良いじゃないですか。
 皆さん性格は良さそうな人たちばかりのようでしたし、ここはお願いしてみましょう。
 ボクは一度エレベーターから出ると冒険者さんたちが入って行った扉に耳を当て、向うの気配を伺いました。
 扉の向うからはモンスターの呻き声、剣を振るう音、呪文が炸裂する音などが響いてきます。
 どうやら戦闘中のようです。
 今下手に飛び込んだらボクまで巻き込まれてしまいます。
 静かになるまで待つとしましょう。
 しばらく待つと、扉の向こう側が急に静かになりました。
 もう大丈夫と思ってそおっと扉を開けてみました。
 でも・・・
 そこにはもう冒険者さんたちの姿はありませんでした。あるのはモンスターの死骸ばかりです。
 おかしいです。つい今さっきまでここでモンスターと戦っていたと思ったんですけど・・・
 まるでこの場から消えてしまったみたいです。
 それとももう反対側の扉を抜けて通路の先へ進んでしまったのでしょうか。
 どうやら見失ってしまったみたいです。
 仕方ありません。
 ここは最初の予定通り地上を目指す事にしましょう。

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