ジェイク外伝・ボビー

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 地下10階まであるこの迷宮には、二つのエレベーターが設置されています。
 一つ目は地下1階から地下4階までをつないでいます。
 そしてもう一つ、今ボクが乗っているのが地下4階から地下9階までをつないでいるのです。
 ガクンと音がしてエレベーターが止まりました。ここはもう地下4階です。
 ゆっくりと扉が開くとボクは再び走り出しました。
 ここから真っ直ぐ北へ数ブロック行けばもう一つのエレベーターがあるのです。
 早くそこまで行かなくてはなりません。
 しかしボクの足がピタリと止まってしまいました。
 目の前に大きな動物がいるのです。
 ボクの気配に気付いた動物がゆっくりとこちらを振り返りました。
 クマです。
 ワーベアと呼ばれる獣人が二本の足で立ち上がってボクの行く手を阻んでいます。
 お腹をすかせているに違いないワーベアは、ボクを捕まえて食べようと考えているはずです。
 ここは一本道、逃げ場はありません。
 ボクは金縛りにあったようにその場にじっとなってしまいました。
「ガオッ!」
 今夜はご馳走だ、とばかりに一声吼えたワーベアがゆっくりとボクに近付いてきます。
 丸太のような太い前足を大きく振り上げてボクを威嚇しています。
 でもボクは逃げません。
 あと三歩、二歩、一歩。今です!
 それまで溜めていた力を一気に解放して飛び跳ねます。
 壁を蹴って三角跳びの要領でそのままワーベアの首筋へと飛び掛りました。
 野生の本能で正確にワーベアの急所を食い千切ると、クマは苦しむ間も無くその場に沈んでしまいました。
 ふう、やりました。
 自慢じゃないですけど、ボクはこの手の相手を倒すのは得意なんです。
 小さなボクの姿に油断して近付いてくるクマやオオカミの首筋をガブリとやるんです。
 長く伸びた牙を突き立ててやれば、どんなに大きな動物でも一発で仕留めてしまいますよ。
 さあグズグスしていられません。先を急ぎましょう。

 上へ続くエレベータまでもう少しというところで、またも敵と遭遇してしまいました。
 この近くには「モンスターコントロールセンター」という物騒な名前の場所があるだけに、どうやらここら一帯はモンスターの巣窟になっているようです。
 今度の相手は巨大な毒グモ、ジャイアントスパイダーです。
 これはマズイです・・・
 クモはさっきのワーベアのように油断してこちらに近付いてくるような事はしないのです。
 まず糸を吐いて、それで獲物をグルグル巻きにしようとするでしょう。
 クモの糸に絡め取られたら一巻の終わりです。
 それよりもなによりも!
 ボクはあのクモの姿形が生理的に苦手なんです。
 何であんなに足が生えてなきゃならないんですか?
 ジャイアントスパイダーがガサガサと、気持ちの悪いたくさんの足を鳴らします。
 すると、どこにいたのか仲間が次々と集まってくるではないですか!
 これは大変です。
 目の前があっという間にクモだらけになってしまいました。
 こんな時はやっぱり魔法使いの呪文が役に立つのですが、あいにくボクには使えません。
 ジェイクさんがいてくれたら・・・
 クモたちは、ボクという獲物を確認すると次々と糸を吐き出してきました。
 その動きは予想よりずっと速く、そして変幻自在です。
 壁や天井を伝ってボクを取り囲みます。
 前から、後ろから、そして天井から。
 ありとあらゆる方向から伸びてくるクモの糸を避けきれません。
 だ、だめです〜
 足、手、身体、そして顔と、クモの糸が次第にボクの全身に巻きついて身動きが取れなくなっていきます。
 ボクはなんとか脱出しようとジタバタと暴れてみましたが、弾力のある糸はとても切れそうもありません。
 糸に口や鼻を塞がれて息が出来なくなってきました。
 意識が朦朧としています・・・
 エイティさん、ゴメンなさい。ボクはここで力尽きてしまいそうです。
 ベアさん、とてもお世話になりました。今までありがとう。
 ジェイクさん、時にはケンカもしましたね。でも大好きでした。
 心の中で3人にそう話しかけました。
 と、その時です。
 突然ボクの目の前が真っ赤に染まりました。
 何かが焦げる臭いがしてして、急にクモの糸の束縛が解けて動けるようになったのです。
 ボクの周囲は炎に包まれていました。
 炎はジャイアントスパイダーを次々と焼き尽くし、そしてボクの身体に纏わりついていた糸を溶かしてくれたのでした。
 誰だか分からないけど助かりました。
 やがて炎が鎮まります。
 そこにはやっぱり冒険者らしい一団がいました。
 ボクはお礼を言いたくて、後ろ足でピョコンと立ち上がりました。
 でも・・・
「なんだぁ? まだウサ公が残っていたのか」
「どうやらコイツ、クモの餌になるところだったみてえだな」
「クモの餌になるくらいなら、オレの修行の相手になってもらおうか」
 なんだか様子が変です。
 皆さんの顔がニヤリと歪んでいます。
 いくらボクが戦う意思が無いと言っても見逃してくれそうもない雰囲気です。
 あぁ〜、どうやら性格が悪い人たちだったみたいです。
「オレは今日忍者に転職したばかりなんだ。少しでも経験値が欲しい」
 一番前に立った、今日忍者に転職したばかり、の人はもうやる気まんまんです。
 ど、どうしましょう?
 たとえボクが今日忍者に転職したばかりの人を倒したところで、その後ろにはまだ5人の仲間がいるのです。
 一人を相手にしている間に他の人の攻撃を受けてしまうのは間違いありません。
 しかしここは一本道、上へ行くエレベータへ乗り込むにはここを突破するしか無いのです。
 ボクは覚悟を決めました。
 幸いにも今日忍者に転職したばかりの人は、まだ身体がなじんでいないようで、なんとなく動きがぎこちないようです。
 ボクは勢いを付けて走り出し、渾身の力で飛び跳ねました。
「うおっ!」
 今日忍者に転職したばかりの人はボクの動きに反応出来ませんでした。
 ボクはそのまま今日忍者に転職したばかりの人の頭を蹴って、更に壁を伝って一気に残りの人たちを抜き去ると、後ろを振り返る事無く目の前のエレベーターに飛び込みました。
 扉が閉まる時間ももどかしいくらいです。
 エレベーターの一番上のボタンをジャンプして押すと、ガクンと音がしてエレベーターが動き出しました。
 う、うまくいきました。
 どうやら地下4階の突破に成功したようです。

 ついに地下1階まで戻ってきました。
 エレベータを出ると目の前は何も見えない真っ暗闇ですが、臆している訳には行きません。
 来た時の記憶と勘を頼りに一気に出口を目指します。
 嗅覚と聴覚を最大限に発揮して前方に敵がいない事を確認しながら、ボクは走り続けました。
 やがて視界が開けます。ダークゾーンを抜けました。
 地上への階段はもうすぐそこです。
 そこに続く扉を抜けるとオークの集団がいてボクに迫ってきました。
「どいてくださーい!!!」
 もう構っているヒマはありません。
 ボクがオークにも分かる言葉でそう叫ぶと、オークの皆さんは快く道を譲ってくれました。
 いえ、ひょっとしたらボクの気迫に押されて思わず避けてしまっただけなのかも知れませんが、そんな事はもうどっちでもいいんです。
 最後の角を南へ折れたその突き当りが地上への階段です。
 途中バブリースライムを踏んでしまって足を滑らせそうになってしまいましたが、構わず駆け抜けました。
 やっとの事で辿り着いた階段に前足を掛け一気に駆け上がりました。
 目の前が明るくなって風が吹き抜けていきます。
 やりました!
 ボクは地下迷宮からの脱出に成功したのです。
 しかしこれで終わりではありません。
 誰かにお願いして迷宮の奥深くで待っているエイティさんたちを救出に行ってもらわないといけないのですから。

 誰かいないかとキョロキョロしていたら、迷宮の出口の見張りの兵士さんがボクの姿を見つけてくれました。
「す、すいませ・・・」
 ボクは早速エイティさんたちの救出をお願いしようと声を掛けたのですが・・・
「ナンダ? 迷宮からモンスターが抜け出て来たぞ!」
「何だと、それは大変だ!」
 兵士さんたちはボクの事を迷宮から抜け出てきたモンスターと思ってしまったようです。
「えっ、えー!?」
 まさかの出来事でした。
 兵士さんたちは皆武器を構えてボクに襲い掛かってきたのです。
 ここまで来て捕まる訳にはいきません。
 ボクは必死になって兵士さんたちを掻い潜って逃げ回りました。
「クソー、逃がした・・・」
 後ろで兵士さんたちの怒号が響いています。
 追ってくるような気配もしますが振り向いて確かめる余裕はありません。
 走って走って何とか兵士さんたちを振り切って街へと飛び込みました。
 しかし、それでもまだ終わりませんでした。
「あっ、ウサギだー」
「捕まえろー」
 今度は子供たちです。
 ボクの姿を見つけた子供が追いかけてきます。
 そしてその騒ぎを聞きつけた子供が一人、また一人。
 子供たちはどんどん増えていくじゃないですか。
「た、助けてー」
 ボクは街の中を必死に走り回りました。
 どこに行けばいいのでしょう? そして誰に助けてもらえばいいのでしょう?
 次々に増える子供たちから逃げ切れずにとにかく走り回るしかありませんでした。
 しかし、そんなボクに正に救いの女神様が現れたのです。
「ク、クレアさーん!」
「ボビーじゃない! 一体どうしたの?」
 ボクは走ってきた勢いそのままにクレアさんの胸へと飛び込みました。
 あっという間にクレアさんの周りは子供たちで囲まれてしまいました。
「えーと・・・うん、そうですわ。みんなゴメンなさいね。この子は私のウサギなんです。はぐれてしまって探していましたの。ここまで連れて来て下さって感謝いたしますわ」
 素早く事情を察したクレアさんは、ボクを抱きかかえながら子供たちにニッコリと笑いかけてくれました。
「そのウサギ、お姉ちゃんのだったの?」
「なーんだ」
 あれだけ追いかけていたのに急に興味を失ったのか、子供たちは潮が引くようにクレアさんの周りから去っていってくれました。
 今度こそ助かりましたー。
「で、ボビー、一体どうしたのです? ジェイクやエイティは一緒じゃないの?」
「はい、それなんですけど・・・」
 ボクはここまでのいきさつをクレアさんに説明しました。
「たいへーん! 早く助けに行かないとですわね。でも冒険者でもない私にはとても無理ですわ。どなたかにお願いいたしませんと・・・」
 クレアさんは少し興奮した様子で、それでも真剣に打開策を考えてくれています。
「そうですね、ええそうですわ。ここはやっぱり冒険者の方にお願いするのが一番ですわね。冒険者の方たちが集まる場所と言えば酒場ですわ。あそこならきっと救出に行ってくれる人が見つかるはずです」
「ハイ!」
 ボクとクレアさんは大きく頷いてから酒場へと向かいました。

「お願いします。そこを何とか」
「お嬢ちゃん、人にものを頼む時はそれなりの見返りを用意するものだぜ」
「それともお嬢ちゃんがオレたちの相手をしてくれるのかな? ガッハッハ!」
「もう知りません! あなたたちのような人を当てにした私がバカでしたわ」
 酒場には何人もの冒険者さんがいたのですが、誰もクレアさんの話をまともに聞いてはくれませんでした。
 クレアさんのお家はとてもお金持ちなのですが、クレアさん自身は今は手持ちのお金があまり無かったのです。
 クレアさんと二人(?)、とぼとぼと酒場を後にします。
「ゴメンねボビー。助けに行ってくれる人、見つからなくって」
「いえ、クレアさんのせいじゃないです・・・」
「でも」
 クレアさんの顔は暗く沈んでしまっています。
 それを見たらボクが何とかしないとと思いました。
「よし、ボクも男です。もう一回ボクが行きます!」
「ボビー!」
「大丈夫です。ボクは地下迷宮の奥から一人で脱出して来たんですよ。もう一度一人で戻るぐらい簡単ですよ」
 実際はかなり危なかったのですが、エイティさんたちの為ならもう一度行ける、ボクはそう確信していました。
 商店街でクレアさんから毒消しを買ってもらい、それを持って迷宮の入り口へ向かいます。
「ボビー、本当は私も一緒に行ってあげたいけど・・・」
「大丈夫です。ボクに任せて下さい」
「気を付けて」
 クレアさんはボクをギュッと抱きしめてから頭をそっと撫でてくれて、そして地面に下ろしてくれました。
「行ってきます」
 クレアさんに挨拶をしてから、ボクはあらためて迷宮へ向かいました。
 
 その時です。
 迷宮の入り口のところに人の姿が現れました。
 また性格の良くない冒険者さんかと一瞬身をすくめたのですが・・・
「ボビー!」
「えっ?」
「良かった、ボビー。無事だったのね」
「え、エイティ、さん・・・?」
 まさかまさかの出来事でした。
 迷宮から出て来たのは、今ボクが救出に向かおうとしていたエイティさんだったのです。
「何とか帰ってこれたな」
「あー、死ぬところだったぜ」
 エイティさんの後ろにはベアさんとジェイクさんの姿もちゃんとありました。
 嘘みたいです。
 地下迷宮の奥で待っているはずの3人がそろってボクの前にいるのですから。
 クレアさんも訳が分からないとばかりにキョトンとなっています。
「一体どうしてですの? ボビーの話だとみんな迷宮の奥で動けなくなっているっていいましたのに」
「うん、実はね・・・」
 エイティさんは、ボクが皆さんと離れてからの出来事を話してくれました。
 それによると、地下9階のエレベーターのすぐ隣にある部屋には地下10階へ落ちるシュートがあるのだそうです。
 ああそうか、そうだったんですね。あの時消えてしまった冒険者のみなさんは、シュートを使って下の階へ降りていたんですよ、きっと。
 そしてそのシュートで落ちたすぐそばには、地上へと戻れる転移地帯が設置されているのだそうです。
「それじゃあその転移地帯を使って地上へ戻ってらしたのね?」
「ああ。でもそこへ移動するまでも毒でドンドン体力を削られるからな。危うく死に掛けたぜ。
 エイティの呪文とオッサンの持ってた傷薬と・・・とにかくギリギリだったからな」
 クレアさんが聞くと、ジェイクさんが溜息を吐きつつ答えてくれました。
「もう、どうしてもっと早くその転移地帯の事を思い出さなかったのです?」
「それを知っていたのはベアだけだったのよ。ベアがもっと早く思い出してくれていればボビーに危険な事をさせなくて良かったのにね」
 エイティさんがボクの頭を撫でながら答えてくれました。
「イヤ、すまなかったなボビー」
 ベアさんが頭をかきながらボクに謝ってくれました。
「そんな事はどうでもいいです。こうしてエイティさんたちが無事に戻ってきてくれたんですから」
「ボビー、なんていい子なの! 本当にありがとうー」
 エイティさんはボクの額にチュッとキスをしてくれました。
「!」
 それだけでボクの頭の中はもう真っ白になってしまいました。

 その後、駆け付けた兵士さんたちから毒の治療や傷の手当てをしてもらって皆さん元気を取り戻しました。
 兵士さんたちがボクの顔を見て驚いていたのがおかしくて、みんなで声を上げて笑ってしまいました。
「さあボビー、今日は何でも好きなもの食べさせてあげるからね」
「もちろんお肉です! それも特上のヤツをお願いします」
「ハイハイ」
 エイティさんがにっこりと笑ってみせてくれました。
 この笑顔をもう一度見れたんです、それを思うと今日の苦労なんてどこかへ消えてしまいました。
 ボクは今、最高に幸せな気分なのでした。

ジェイク外伝・ボビー・・・END