エルミナージュ2・ショートシナリオ
娯楽の殿堂へようこそ
1
ビステールの城下町にあるベルテの酒場。
時刻は深夜になろうかという頃だったが、店の中は眠りを知らない多くの冒険者たちでにぎわっていた。
その店の奥の片隅で、五人の男たちがテーブルを囲んでいた。
「みんな、よく集まってくれたな」
話を切り出したのは赤毛の少年、彼もまた冒険者の中のひとりであった。
チーム・JМを名乗るパーティに所属している盗賊のシンである。
「シンよ、一体何ごとだ?」
同じくチーム・JМに属する戦士ベアが、いぶかしげな視線をシンに向けた。
「話は他でもない。神具のことさ」
「神具、だと?」
その言葉にピクリと反応したのは、同じくチーム・JМ所属の魔法使いジェイクであった。
「詳しく話してもらえるかな?」
「うむ」
真・魔導隊の僧侶ラウドが、興味深そうにシンに話の続きを促す。
もう一人、同じパーティに属する君主ホムラは黙ってうなずくのみであった。
「ああ、神具の在処を示すコンパスだよ。そのコンパスの光が、どうやらヘールダールを差しているらしいんだ」
「ヘールダール、とな?」
「ベアのオッサンも知ってるだろ?
ヘールダールと言えば娯楽の殿堂。しかもその主宰者はとびきりの美人だって噂だぜ」
テーブルをタンっと叩いて、必要以上に熱く語るシンである。
「そういうことならオレは・・・」
シンのその様子に、ジェイクは話が見えたとばかりに席を立とうとする。
シンの女好きはパーティのメンバーならずとも誰もが知っている。
しかしジェイク自身は、女絡みの話にはまったく興味が無かったのだ。
冒頭の「五人の男たちがテーブルを囲んでいた」という記述は、実は正確ではなかった。
何故なら、ジェイクは女なのだから。
女でありながら普段は男として振舞っているのである。
この席にいる者でジェイクの正体について知っているのは、古くからの付き合いのベアだけであった。
なのでシンは当然、ジェイクも男だと思っている。
「まっ、待てよジェイク。お前も男なら少しは興味あるだろ?」
「興味って、なあ・・・」
あくまでジェイクを引き止めようとするシンの言葉に、頭を掻きながら応じるジェイク。
そんなジェイクの身を引き寄せたベアが、耳元で囁く。
「ここでごねると後が面倒だ。今は適当に話を合わせておけ」
「分かったよ」
ベアの提案を受け入れたジェイク、しぶしぶではあったが椅子に座り直した。
「話を続けてもらえるかな」
「おおよ」
ジェイクの様子が落ち着いたのを見計らって、ラウドが話の先を促す。
それを受けて、シンは更に熱く語るのだった。
「どうだ? ここはひとつ俺たち五人、男だけでヘールダールへ行って、神具を探してこようじゃないか」
「なるほど男だけでか。シンよ、神具探しもあるが実は主宰者の美人とやらが目当てなんだろう?」
「もちろんだぜオッサン。何でも、だ。他の次元の冒険者たちは、ヘールダールで美味しい思いをしてきたっていうじゃねえか。
なのに俺たちはどうだ? 作者のヘマのおかげでその美味しいものにあり付けていない。これは男として悲しすぎるだろう」
「「「「・・・?」」」」
意味不明な話をするシンに対して、他の四人はただ首を傾げるばかりであった。
しかしシンは懲りない諦めないくじけない。
もう一押しとばかりに話の鉾先を真・魔導隊の二人に転じた。
「そちらの二人もどうよ? 女所帯のパーティで肩身の狭い思いをしているんじゃないのか?」
その言葉にピクンと反応したのは、他ならぬホムラだった。
ホムラの脳裏にアイスドールと呼ばれる銀髪碧眼の女の顔が浮かぶ。
「確かに、そうかもな・・・」
「だろう。ここはひとつ男だけで、羽を伸ばすのも悪くないって」
「そうだな。男だけというのもたまには良いかもしれないな」
シンに懐柔されたホムラ、すっかりその気になっていた。
「良いのかいホムラ?」
「たまには、な」
「仕方ない、それじゃあ僕も付き合うよ」
「おお、さすが話が分かるじゃねえか」
神具探しに同意したラウドの手を、感動したとばかりにガシっと掴むシンだった。
「やれやれ、やむを得んな。ワシも同行しよう。こうなったらジェイク、お前さんも覚悟を決めろ」
「分かったよ。ったく、何でオレが・・・」
ベアとジェイクもヘールダール行きを了承した。
「よおし、ヘールダールへ行くぜ。美女が俺たちを待っている!」
美女の出迎えを思い浮かべながら、意気揚々と叫ぶシンであった。
2
ヘールダールは大人のための娯楽の殿堂である。
地下には闘技場、2階部分には広大な敷地を余すところなく使ったゴルフ場。
そして3階には足湯やサウナ、それにマッサージ部屋なども設えてある。
ヘールダールへとやって来た一行はコンパスの光を辿って、3階の一番奥の部屋へと迫っていた。
「どうやらここに間違いないな。行こうぜ」
コンパスを持つシンが光の差す部屋の扉を開けて、勢いよくその中へ踏み込んだ。
「邪魔するぜ!」
「あらダメじゃない、こんなところに入り込んできたら」
「・・・」
そこにいたのは正に美女と呼ぶにふさわしい女だった。
いや、単に美しいというより妖艶と言うべきか。
大きな胸を強調した面積の少ない衣装を身に纏い、頭部には魔族の象徴である角が生えていた。
女のあまりに刺激的な格好に、思春期真っ只中の少年は思わず呆けてしまったのだった。
「突然スマンな。ワシらは見ての通り冒険者だ。ここに神具があるらしいのだが・・・」
シンに代わってベアが女に用件を告げる。
「あら、遊んでほしいの? しょうがないわね」
「いや、ワシらは遊びに来たのではなく・・・」
女はウフフと笑うと身体をしならせる。
ただでさえ面積の少ない布に覆われた豊かな胸があらわになりそうで、ベアも言葉をつぐんでしまった。
「しっかりしろよ、ベア」
「す、すまんな」
ジェイクにギロリと睨まれて恐縮するベアだった。
「えーと、まずは貴女の名前を聞かせてもらえますか?」
「あら素敵な殿方ね。良いわ教えてあ・げ・る。私はミストレスよ」
話を引き継いだラウドの質問を受け、女が名乗る。
「それじゃあミストレスさん、僕たちは神具を探しています。どうやらここにひとつあるらしいのですが」
「ええあるわ。でもタダでは渡せないわ。そうね、私と知恵比べをしましょう。
私に勝ったら知性の胸当てを差し上げるわ」
「本当ですか。それで、知恵比べの方法は?」
「この水の入ったグラスとコインを使いましょう」
ミストレスはテーブルの上に、水の入ったグラスを置いた。
「ルールは簡単。お互いに1〜3枚のコインをこのグラスに沈めていくの。
先にグラスを溢れさせたほうが負け。簡単でしょう? それじゃあ始めましょうか」
テーブルに豊かな胸を乗せた刺激的なポーズで、ミストレスがゲームの開始を宣言する。
「よしっ、俺が行くぜ」
ゲームの挑戦者に名乗りを上げたのは、ミストレスの色香に釣られたシンだった。
シンはテーブルの上からコインを3枚摘まむと、グラスの中へ落とし込む。
「どうだ、まだまだ余裕だろ?」
「やだ、そんなにいっぱい入れちゃうの? 溢れちゃうじゃない、もう・・・せっかちなんだから」
ウフフと笑いながらシンを見つめるミストレス、そおっとコインをグラスに沈めた。
その後もシンとミストレスは交互にコインをグラスに落としていった。
シンがコインを入れる度にミストレスは、妖しげな言葉を口にしたり身体をくねらせたりする。
それは、思春期真っ只中の少年にはあまりにも刺激的だった。
シンの視線はグラスとミストレスの胸の間を行ったり来たり。
後ろで見ていたホムラやラウドもやはり男である、どうしてもミストレスの胸元から視線が外せない状態だった。
そんな中、ひとり冷静なのはジェイクである。
「シン、もっとゲームに集中しろ」
「分かってるよ」
ジェイクに言い返しながらもシンがグラスにコインを入れた、その時だった。
「あっ・・・」
グラスの水が溢れだしてしまったのだ。
「あら残念、貴方の負けね」
クスリと笑うミストレス。
「くそう・・・もう一回だ」
シンが再びゲームに挑戦しようとしたのだが・・・
「お前さんはもう止めておけ。ジェイク、行けるな?」
「オレか? まあしょうがねえな」
ベアに促されて、ジェイクがゲームのテーブルに着いた。
3
「あら、カワイイ坊やね」
「坊やで悪かったな。それより、水の量は一緒なんだろうな?」
「ええ。もちろんよ」
質問に答えたミストレスの表情が一瞬歪んだのをジェイクは見逃さなかった。
「分かった。始めようぜ」
ジェイクはコインを1枚摘まんでグラスの中に滑り込ませた。
「あら、それだけなの? それとも、もっとゆっくり楽しみたいのかしら?」
ミストレスは挑発的な台詞とともに、コインを3枚グラスへ入れた。
「うるせえよ。ホラ、次はお前だぜ」
「これくらいでどうかしら? 平気? じゃあもっと苛めてあ・げ・る♪」
「けっ、これでどうだ?」
「ほら、優しく入れてくれないと。もしかして緊張してるの? 私がリードしてあげましょうか、ふふっ」
「俺・・・もうたまらん」
ミストレスの言葉は単にゲームのことだけでなく、もっと刺激的な別のことをも連想させる。
それを聞いていたシンは、ますます興奮するばかりだった。
しかしジェイクはミストレスの挑発などお構いなしに、淡々とコインを入れていく。
やがて、ミストレスの表情が険しく転じた。
「なかなか、やるわね・・・私も本気でやらせてもらおうかしら?」
「ついに化けの皮がはがれたな? ほらよ」
ジェイクが更にコインを入れると、ミストレスはいよいよ追い込まれていった。
「ちょっと待ちなさいよ・・・? まずいじゃないこの流れは・・・何とかしないと・・・チィッ!」
焦るミストレス、それに対してジェイクは冷静に次のコインを投じた。
「この私が冒険者なんかにやられるの? 認めない、認めないわよこんなのっ!」
なりふり構ってなどいられなくなったミストレス、自慢の胸を更に強調するポーズで必死にジェイクを惑わそうとする。
しかし「おおっ!」と動揺するのは、ジェイクの後ろにいるシンとホムラ。
そしてベアやラウドまでもが、ミストレスの魅惑の胸元に視線を釘付けにされていたのだった。
それでもジェイクはあくまで冷静にコインを入れていった。
ミストレスは気付いていなかった。
大きさこそ違うものの、ジェイク自身の胸部にも同じようなふくらみがあるということを。
ただしそのふくらみは、サラシを巻かれて押さえこまれているのだが。
正体を隠し、男として振舞ってはいても、ジェイクは女なのだ。
女であるジェイクが同じ女の胸で挑発されても、動揺などするはずがなかったのである。
そして。
「ああっ・・・ダメよ、我慢して。いやあ・・・!」
ミストレスがコインから手を離した瞬間、グラスの水はついに溢れだしてしまったのだった。
「ふう、どうやらオレの勝ちだな」
「くっ・・・この私が遊びで負ける日が来るとはね。
受け入れましょう。このゲームは私の負け。貴方たち、なかなか良かったわよ」
「で、神具は?」
「ええ。約束通り、知性の胸当てをあげるわ」
ミストレスが神具のひとつ、知性の胸当てを差し出した。
「やったぜー!」
「本当に勝っちゃったねえ」
「よくやった、ジェイク」
ワイワイと盛り上がる男たち。
そんな中ジェイクは「ったく・・・」と顔をしかめるのだった。
4
その後一行は、せっかく来たのだからと、ヘールダールで遊びと憩いの時を過ごした。
闘技場を観戦し、ゴルフをプレーして、足湯で疲れを癒す。
シンやホムラはもちろん、初めは渋っていたジェイクもまんざらでもない様子だった。
五人は正に娯楽の殿堂を満喫したのだった。
心行くまで楽しんだ一行は、夜明けと共にビステールの街に帰還した。
ヘールダールでの余韻を残したままベルテの酒場へ辿り着く。
しかし、男たちにとっての天国はここまでだった。
「シン君、どこに行ってたの!?」
「朝帰りとは、良い御身分だなホムラ」
「ま・・・マナ! どうしてここに?」
「アイーシャ・・・いったいどうした?」
ベルテの酒場に戻って来た男たちを待ち受けていたのは、同じパーティのメンバーの女性陣であった。
チーム・JМのマナ、エイティ、パロ。
そして真・魔導隊のアイーシャ、エアリー、静流、凛。
全員が怒りの表情と共に腕組みをして、男たちの帰りを今や遅しと待ち構えていたのだった。
「まったく! ベアとジェイクも何やってたの?」
「これは、だなあエイティ・・・」
「オレは無理やり巻き込まれただけだ」
エイティの詰問に思わずたじろぐベアとジェイク。
「ラウド、不潔だよ」
「いや、エアリー、これはね・・・」
エアリーの軽蔑交じりの冷たい視線がラウドに注がれた。
「まったく・・・どうせシンが言いだしっぺなんでしょうが」
「イタタ、パロ、離してくれ」
パロがシンの頬をギリギリと抓る。
侍の静流が愛刀の甕星をスラリと抜くと、男たちの鼻先へ突き付けた。
「言い訳があるなら聞くが?」
その後ろでは闘士の凛が、わなわなと拳を握り締めていた。
「別に俺たちは、なあ」
「そ、そうだ。神具を取りに行っただけだ」
必死に弁解するシンとホムラ。
その証拠にと、ホムラが手に入れてきた知性の胸当てを差し出した。
「なっ? 嘘じゃないだろ」
と、そこへ。
「どうやらホンモノらしいね。これはこちらであずかろう」
ホムラの背後から知性の胸当てを取り上げたのは、ネオ☆チーム・ウィッチのリーダーの十六夜であった。
「おい、それは俺たちが・・・」
「ヘールダールまで取りに行ったんだろ? ご苦労さん。
でもそちらは忙しいようだからね。これは私たちから女王陛下へ届けておくよ」
「頼むぞ十六夜」
「任せといてアイーシャ。
そう言えば・・・ヘールダールの女主宰者は、かなりの胸だって噂だな」
「胸、ですか!?」
十六夜の言葉にもっとも敏感に反応したのは、胸にコンプレックスを持つマナだった。
あまり膨らみのない自分の胸部を手で隠すようなしぐさをしながら、ジロリとシンを睨みつける。
マナに睨まれたシン、一瞬マナの胸元へ視線を向けたかと思うと残念な表情を浮かべて顔をそむけてしまった。
「もう! シーンーくーん?」
そんなシンの態度が、ますますマナの怒りを爆発させる。
「あくまで噂だよ。じゃあね」
火に油を注ぐだけ注いでおいて、後のことは知らないよとばかりに、さっと踵を返す十六夜。
他のネオ☆チーム・ウィッチのメンバーたちも「これだから男のいるパーティは大変よねえ」などと話しながら、酒場を後にする。
そしてこの場には、マナやアイーシャらに取り囲まれた男たちが取り残されることになった。
「さてホムラよ、どうお仕置きしてくれようか?」
アイーシャの氷のような冷たい視線がホムラを射抜く。
「お仕置きと言ったら、やっぱりティアちゃんに吸ってもらわないとね!」
怒りの収まらないマナがそう提案する。
「あたいも一発蹴っ飛ばしたいっ!」
ハイハイと手を上げるのはエアリー。
マナと同様にエアリーもまた、胸に自信のない少女であった。
「その後は氷漬けだ。覚悟は良いか?」
アイーシャがズンと一歩を踏み出す。
アイスドールの冷酷な言葉が、男たちに有罪の判決を下したのである。
「ひ、ひえー」
女たちのあまりの迫力に、すっかり気圧される男たち。
その後。
ベルテの酒場に男たち、特にシンやホムラの悲鳴が上がったのだった。
おしまい。