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 シンジの身体は緊張した。

 シンジの目の前には、兜甲児を始めとして、流竜馬・神隼人・車弁慶、ジュドー・ア
ーシタ、ルー・ルカ、エル・ビアンノ、ビーチャ・オレグ、モンド・アカゲ、イーノ・
アッバーブ、エマ・シーン、クリスティーナ・マッケンジー、バーナード・ワイズマン、
ショウ・ザマ、コウ・ウラキ、チャック・キース、カツ・コバヤシ、シドルー・リグ・
マイア、ガウ・ハ・レッシィ、ファンネリア・アム、ミラウー・キャオ…、エトセトラ、
etc.

 そして、ドモン・カッシュ

 詰まるところ、殆どの【ロンド・ベル】機動兵器パイロットが勢揃いしていたのである。

 暑っ苦しさと見目麗しさの入り混じった肉の波をバックに、兜甲児が一歩前へ出て、
ニヤリと笑った。

「よー、ヒーローくんのおでましだぜぇ」

 かーなーり、人の悪い笑みだった。

「(ひぃ……)」

「かかれ〜ぇ!!」

 主に暑っ苦しいそれで占められた肉の波は「そいや、そいや」と怒濤を響かせながら、
碇シンジを呑み込んだ。

「――……っ!!」

 全く、ついでに、かけらも意図しないことだったが、少年の悲鳴も呑み込んだ。

「なによ、一体何!?」

 何が何だか分からずに、惣流アスカ・ラングレーは混乱した。欧米人の悪いクセだ。
理解不能に陥るとアッサリと混乱する。

「……………」

 もう一方、綾波レイは例によって何を考えているのか分からない。

「そいや」
    「そいや!」
「「そーれ、そーれーっ!」」

 そんな彼女達を置いてきぼりに、怒濤はそのままある地点へと突き進む。そのある地
点――格納庫甲板の一角にはいつぞやシンジが耐久反省会をお披露目することになった
お立ち台がいぶし銀の鈍い光を放ちながら、誇らしげに待っていた。

「そいや」
    「そいや!」
「「ソーレ、ソーレーっ!」」

 シンジはお立ち台に座らされた。

「そいや」
    「そいや!」
「「ソーレ、ソーレーっ!」」

 シンジは円錐帽を被せられた。

「そいや」
    「そいや!」
「「ソーレ、ソーレーっ!」」

 シンジはよだれかけを首に巻かれた。

「そいや」
    「そいや!」
「「ソーレ、ソーレーっ!」」

 シンジはおしゃぶりを口に突っ込まれた。

「――――――!?☆■??!!〆〇+÷♂♂♀!!!」

 泡喰っているシンジをよそに―――――――、

「「「「バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ」」」」

 全員が声を揃えて、万歳三唱などしていた。その熱に煽られた、かどうかは知らない
が、シンジはおしゃぶりを口から引き抜いて怒鳴る。

「なっ……何なんですかっ、甲児さん!?」

 甲児はシンジに対して、シミジミと答えた。

「今回は、みんなにメーワク掛けたよな」

「……ぅ」

「ミサトさんのゆーこと聞かなかったよなぁ?」

「……ぅっ」

「マシンを壊したよなぁ!? しかも私用で」

「……ぅぅっ」

「挙げ句に女、ひっかけるたぁ、いい度胸だぁっ!!」

「ぅぅぅっ……―――ぅ?
 違いますっ!!」

「やかましいっ!!」

 シンジの反駁など、怒号一発と中指立てたイケナイ手つきで黙らせて、彼は判決を宣
告した。

「今回は格納庫(ハンガー)晒しもの2時間の上、お説教・反省文コースだ」

 シクシクと哭くシンジ。

 やることやった【ロンド・ベル】一同は既にバラバラと散り始めていた。もっとも、
ただ散っている訳ではない。

「シンジ君、上の人の言うこと聞かなきゃ、ダメだろう? けど、良い判断だったよ」

 楽しそうな表情しながら【ザク改】パイロット、バーニィことバーナード・ワイズマ
ンが言った。バーニィの横に居た火力支援チームチーフであり【GM III】パイロット
でもあるクリスティーナ・マッケンジー中尉は、完璧な【キレーなお姉さん】的笑みを
見せながら、後をついだ。

「でも、反省しないさい。これが本当の軍隊なら、銃殺刑にされても文句は言えないのよ。
 だけどね、格好良かったわよ。シンジ君?」

 その後ろから、シャングリラの少年・少女が現れる。

「よっ、シンジ。今度何かやるときはオレもまぜろよ」
「そうだぜ、シンジ。一人だけ女の子といい仲になろうだなんて」
「そうそう、シンジ。楽しいことはみんなでやらなきゃあね」
「でも、イケないことはしちゃいけないと思うんだ」
「何言ってんのよ、イーノ。カッタいこと、言わない、言わない」

 ノーテンキな仲間達にシャングリラ組の嫁姑コンビ、ルー・ルカとリィナ・アーシタ
が声を荒げる。

「「ナニ莫迦なこと言ってんの! アンタ達っ!!」」

 そして、例によってドタバタの始まりだ。その後にもエマ・シーン中尉の小言臭い言
葉やコウ・ウラキの優等生じみた言葉、チャック・キースのトボけた言葉など、褒めら
れているのか、怒られているのか判りかねる言葉が次々とシンジに向けられていく。

 そして、最後に甲児は(彼にしては珍しく)そっけなく口を開いた。

「まっ、よくやったよ。シンぼーの分際にしては、な」

「…はい」

 そう答えた頭の両脇にいるチャムとリリスにいい子いい子されながら、シンジの表情
は情けなさの中にも、少しだけ誇らしいさが混じっていた。






スーパー鉄人大戦F    
第九話〔潰乱:A thing to come after spring〕
Cパート


<ジオフロント・【ロンド・ベル】機動戦闘団割り当て整備区画>      

 シンジが少々特殊な形で賞賛を受け取り、罪を贖わされ始めていた頃、気持ち離れた
場所では、珍しい組み合わせによって衝突が発生していた。

 端緒は機動兵器格納庫入り口近くの通路だった。
 遠慮無くというか、むしろ内宇宙から溢れんばかりのナニカを存分に濫費しつつ、そ
こをあらゆる意味で蹂躙しつつ進撃していた彼女へ声を掛けたのは、もう一方の衝突当
事者ダバ・マイロードだった。

 彼の切り出しは、いつもそうであるように絶妙だった。

「どうもカツラギさん。お急ぎのようですね」

 絶妙であるがゆえに無視することを許さない。靴音が一瞬止んだ。

「ええ、その通りよ。だから、邪魔しないで」

 触発信管のように危なげな雰囲気を纏いつつ、葛城ミサトは吐き捨てるように言った。
苛立たしげな間の後、音響的蹂躙は再開された。ただし今度は、体術に通じた達人らし
い柔らかな足音もつきまとっている。

「邪魔はしません。少し独り言を言うだけです」

 ミサトの横に着きながら、歩調を合わせるダバ。ミサトはかなり速い歩調であるのに、
彼はその追従にさほど苦労していないようだ。全く器用なものである。

 当然不愉快に思ったらしいミサトは、途中何度かフェイントを行い、ダバから離れよ
うとしたのであるが、その行動は徒労以外の何者でもなかった。何をしようがダバは、
ミサトの横の空間へボルト止めしたように存在し続けていた。

 苛立ち紛れもあったのだろうが、ミサトはダバを突き放した。

「へぇー、じゃあ私は聞き流すわ」

 平静を装うとしているミサトだったが、それは声色に現れており、全く失敗していた。

「結構です」

 勿論ダバは軽く受け流し、ミサトは諦めたように吐息をついて、再び足を止めた。

「そう……」

 ミサトの様子にダバはいっそう笑みを深くした。ダバは本題へ入ることにした。

「まあ、大したことじゃありません。どこにでもある話だとは思います。
 ある子供が言われたんです、『どこかのだれかを殺せ』って」

「…そうよ、どこにでもある話よ。まして、手ずからやらせようってわけじゃなかった
 わ。鉄の塊に向けて、銃爪をひくだけ。たった、それだけよ。簡単な話よ」

「ええ、簡単な話です」

「なら……」

 自分の意見に同意する発言をテコに、一気にダバを畳み込もうとしたミサトだったが、
相手はさらに上手だった。

「本物の軍人に取っては、です」

 痛いところを突かれてミサトは一瞬沈黙した。ミサトとて、わかっている。チルドレ
ン――特にシンジなどは、ついこの間まで単なる中学生だったのだ。それを手紙一つで
呼び寄せて、戦争させているのは自分達。義務を果たすべき自分達、軍人なのだ。

「それは…」

 なおも、反論しようとするミサトだったが、もはやそれは理性ではなく、感情の領域
で反応しているに過ぎない。ダバはミサトの反駁を軽くいなして、続けた。

「言いたいことは判ります。一応、彼らがどんな立場に居るかということも。
 ですが、彼らはまだ子供です。大人でもなければ、軍人でも、ありません。それなり
 の扱いというものがあると思いますよ」

「…………」

「その為のカツラギさんでしょう? 取り敢えず、今は褒めてやりましょうよ。人を助
 けたことは事実なんですから。怒るのはそれからでも、遅くはないと思います」

「…………」

「仇ならまだしも、いきなり知らない人を殺せと言われて、安直にしてしまうなんて悲
 しいと思いませんか?」

「…………」

「カツラギさん?」

「……そうね、ダバくんの言う通りだわ。取り敢えず、いま怒るのはやめるわ」

「感謝します!」

 ミサトには、ダバのその笑顔が痛かった。



<重慶・【OZ】系列軍需生産集積施設>      

 コロニーでは見ることの出来ない、どこまでも続く地平線。その限りない地平線を渡
る風を嗅ぎながら、呟いた。

「匂うぞ、匂うぞ。悪の匂いだ」

 タンクトップにクンフーパンツというラフな姿をしている彼の名は、張五飛(チャン・
ウーフェイ)。コロニーより地球へと降り立った革命的行動主義者――世間一般で言う
ところのテロリストである。

 ウーフェイは新宿での無人型機動兵器モビルドール(MD)を見て、【OZ】に対し
て、改めてその危険性を強く認識する事になった。これは為政者の悪成す道具であると。
判断は終えた。判断を終えた後の彼の行動規範は、2つしかない。何もしないか、何も
残さないか。【OZ】に対して下した判断は今さら述べるまでもないだろう。実に行動
力溢れる彼は、如何なる手口を用いたか不明であるが【OZ】内部でも極秘となってい
るMD生産拠点をほぼ独力で突き止め、ここへ現れていた。

 目的は勿論、対象施設の破壊・研究/技術/運用要員の『処理』である。『処理』と
表現していても、究極的には単なる殺人なのであるが、残念なことに彼に殺人の禁忌は
ない。必要とあらば、躊躇うことなく実行する凄味を持ち合わせている極めて厄介な存
在だ。

 この恐るべき破戒者は、獲物を前に舌舐めずりする野獣というよりは、熟達した役人
が業務上発生した書類を眺めるような態度で、施設へ目を向けて続けている。

 そこへ遠雷のような微かな轟き。

 優秀な五感の持ち主であるウーフェイにしてみれば、大気全体を震えるように感じら
れる。狭苦しさを感じる晴れ渡った空を見渡し、騒音の元凶を見つけて、ウーフェイは
嬉しげに呟いた。

「ウン? シャトルか。貴様もまた悪なのか? この俺が確かめてやろう」


            :

「デルマイユ公、来ました。あれです」

「ようやく、来たか……」

 徐々に機影を鮮明にしてくる矢じり姿を確認して、見事な白髪とカイゼル髭を震わせ
ながら呟いた。ロームフェラー財団タカ派重鎮であるデルマイユ公は、ある目的で人を
待っていた。ある秘密盟約を交わすための会談だ。しかし、会談相手は宇宙植民人だった。

《フン、私自らが宇宙乞食に会わねばらならんとはな……》

 彼にとって、宇宙植民人に対する認識はその程度ものだった。いうなれば第二次世界
大戦後の欧州特権階級が、米国に対して抱いていたそれに近いと言えなくもない。ある
のは伝統という名の苔むした何か。それは大戦では何の役にも立たなかった。であるが
ゆえに屈折した感情を抱き、必要以上に悪し様な言わざるを得ないのだ。内心の何かを
満足させるためには。

 だが、今では誇りを忘れ、宇宙植民人に対して迎合しようとする輩も多い。その筆頭
が【ロームフェラー】財閥総帥トレーズ・クシュリナーダである。デルマイユ公をして、
能力的には文句を付ける必要を感じない優秀な人材であるが、惜しむらくは根元的なと
ころで世界に対する認識を誤っている。巧妙に隠蔽しているが、あろう事かヤツは衆愚
体制を否定していない。選ばれた特権階級であり、正当な指導者たる貴族(もちろん大
気圏以遠で恥ずかしげも無く詐称している類猿人は除く)が、復権を果たすことに疑問
などを感じているのだ。

《金髪の若造を傀儡にするための投資とはいえ》

「…忌まわしいことだ」

「はっ?」

 傍付きの秘書官が妙な反応をする姿を見て、デルマイユは考えを口にしていることに
気付いた。

「何かあったか」

 反論を許さぬ口調で、デルマイユは確認した。

「い、いえ。私の勘違いのようです」

「よろしい。職務に励め。して、客人はどうかな?」

「現在、機体の最終着陸過程です。あと機体の洗浄がありますから、客人が降りてこら
 れるまで、もう少々掛かります」

「そうか、少し早いが出迎えするとしよう」

 視線の先には未だ陽炎立ち昇る中、着陸に成功した軌道往還機が洗浄を受けるため、
洗機場へのタキシングに入ろうとしていた。



<ジオフロント・第一二機動兵器整備区画>      

 実戦部隊指揮官としては、色々な雑事を処理する義務があり、それは果たさなければ
ならない。これもまた、彼へ課せられた義務の一つだからだ。

「モーラ、お疲れだな」

 アムロは、忙しげに指示を出している【ロンド・ベル】整備隊々長モーラ・バシット
へ、声を掛けた。モーラの方もそろそろアムロが現れることを予想していたらしく、特
に慌てた様子はない。用件すら、予想して見せた。

「あ、少佐。ゼータの件ですか?」

「ああ、その通りだ」

「あれの事なんですが……」

「ん、どうした?」

「前の大戦で少佐用のゼータを造っているっていう話、ありましたね?」

「そういえば、そんな話もあったな……」

「どうも、アレがそうみたいです」

「今回の墜ちてきたヤツのことか? 奇遇だな」

「そうですね。装甲開けて、ナカ覗いてみたら、至るところに少佐へのメッセージがあ
 りました。見ますか?」

「やめておこう、ホメ殺しされそうだ……」

「その前に、機体はどんな具合なんだ?」

 アムロの言葉に、モーラは少し逡巡していた。彼女はさんざん悩んだ末に片手で頭を
掻いて、反対側の手の親指でかなり投げ遣り気味にそちらを指し示した。

 そちらには………、

「イィッ!!」

 声の主は、原始宗教での奉納舞踏のごとく、怪しげに躰をくねらせていた。傍目には、
整備の…と言うより機械イヂりの常識に挑戦しているようにしか見えない。これを整備
呼ぶならば、永遠に『前衛的な』という修飾詞をカシラにいただき続ける事だろう。そ
んな常識的な非常識を実演しつつ、作業は恐ろしい速度でこなされていた。

「形ある者の定めを冒涜しているのよ、壊れるはずなんです! おかしいんです! で
 も、そんな野蛮で武骨で逞しいコ………、あぁ、なんて、スバラシィィィ!!
 スリルとサスペンス、人生のダイゴ味テンコ盛りぃ!! イイィ、スッゴク、イィ!!」

 勿論、言動はあらゆる意味で究極的領域に達したアレだ。

 そのうちに機構部分の点検が終わったらしい。手にした携帯端末を露出している機体
制御部中枢へ継いで何やらやり始めたから、多分、機体制御部プログラム群の点検に入っ
たのだろう。

「あぁ、なのにオツムの中はグショグショのグジョグジョで再起不能。フフフ…、イケ
 ないこと考えちゃう、悪いコなんですぅ!!」

 だが、床に立てた身の丈ほどもあるロングレンチへ携帯端末片手に怪しく絡み付く姿
は、どう見ても特殊な酒場で鑑賞する類のモノだった。

「でぇ・も!
 安心なの。私が奇跡のような整備で、、、あぁ、もうっ、素敵にぃ、ステキにぃ〜っ!!」


 モーラは、冷蔵庫の奥で数年ほど放置したナニかを見つけたような口調で、補足した。

「…【ネルフ】から借りたテックで、腕の方は間違いないらしいのですが…」

 逝っちゃっている言動に暫く硬直しながらも、アムロは搾り出すようにモーラに伝えた。

「…なるほど、よくわかった」

「ありがとうございます、アムロ少佐」

「実際の問題として、あれはパイロットごと原隊に返却する」

「少佐は乗られないのですか?」

「あまり、ややこしい機構をしている機体は好きじゃないんだ」

「そういえば、そうでしたっけ」

「(RX−)78で苦労したからな」

 アムロはシミジミと言った。

 コアブロック。【ガンダム】と呼ばれるMSで採用されることの多い脱出機構だ。勿
論、アムロが初めて乗ったモビルスーツRX−78にも採用されている。脱出機構とは
言え、武装され戦闘機動も可能なソレは(それなりの)戦闘能力を持つ。なまじ使い勝
手が良いだけに、偵察などで危険空域へ、イの一番に投入される事もしばしばだった。

 だが、実際問題として、もし敵がいた場合、少々厄介なことになる。まず、何にしろ、
武装付き脱出機構で生き残る努力が要求される。努力が足りない場合、撃墜される。R
X−75/77/78の正規テストパイロットはそれで死んだ。

 生き残ればソレで問題ないかというと、そうではない。さらに機動戦を行う選択をし
た場合、更に生き残る努力を積んでおっとり刀で、上半身/下半身ユニット抱えたガン
ペリー輸送機などが出張る時間を稼ぎだし、合体などというアクロバットを成功させね
ばならないからである。勿論、敵弾が周囲を飛び交うことも珍しい事ではない。幸運に
して、そのような場面で撃破されたことはなかったが、アムロは未だに思い出しただけ
で身震いを禁じ得ない。

 だから、【ネルフ】経由で【ReGZ】が配備されても、アムロは乗機を変更しよう
とはしなかった。【ReGZ】もそれほど悪い機体ではなかった(むしろ原型機が高性
能機の代名詞とも言うべき【Zガンダム】だけにかなり良いと言うべきだ)が、RX−
78NT【ガンダム・アレックス】は必要にして最低限の性能と、【ガンダム】と名の
付くMSにしてはシンプルで信頼性の高い構造を持ち、変形・合体・分離機能を持たな
い。彼にしてみれば、捨てがたい魅力でだった。

 であるがゆえに、ある意味究極の現物主義者がたむろしている前線部隊(手元にある
モノは自分達のモノというトンデモナイ常識が存在している)であるにも関わらず、
【Zetaプラス】へ必要上の拘りを持つこともなかったのである。間違っても長年の日陰
者扱いで、正規部隊に遠慮がある訳ではない。ただ単に必要以上の軋轢を起こす気がな
かっただけだ。

「そういうことで…」

『素敵にィィ!! もっとぉぉっ、もっと素敵にィィ!!』

「……ほどほどにやっておいてくれ」

「はい、少佐。出来る限り、ほどほどにしておきます。……自信はありませんが」

「苦労をかけるな」

 そして、立ち去るアムロ。ただその表情は一仕事片付けた後だというのに、少しばか
り憂慮の色があった。次の為すべき事を憂いでいたのである。



<【ネルフ】付属病院・305号室>      

 『格納庫(ハンガー)晒しもの2時間の上、お説教・反省文コース』を宣告されたシ
ンジであったが、実際は少女の検診が終わったことを知らされるや、案外アッサリと開
放された。

 もちろん、次なる『お説教』待ちのシンジを言い渡されたわけであるが、甲児より意
外な言葉もいわれ、ここにいるハメになっている。

『自分で拾ってきたモノは、自分で面倒を見ろい!』

 つまるところ、救助した少女の付き添いを押しつけられたのである。勿論、言葉その
ものは何か違う対象に適用されるべき理屈であるような気がしたが、『元祖・ファイヤー』
な甲児に反論したところで無駄であろうから、シンジはいつものように流された。その
判断には、何か言おうとしたシンジに対して、甲児の背後からすごい目つきで睨んで
くる師ドモンの存在も大きかった。

 だが、師の表情はともかくそれをいった甲児が、どうして泣き出しそうになっていた
かは全く判らない。ただ、甲児の背中へ半身を隠すように佇んでいたマリアが、男とは
対照的な不必要に爽やかな笑みを浮かべていたのが印象的だっただけだ。

 もし、シンジが人間関係にもう少し熟達しているか、甲児達を背面から見る事が出来
たならば、それも少しは納得できたであろう。

 甲児がそんな表情をしていたのは、少しばかり女性全般に対して安易に親交を深めす
ぎるきらいのある彼の背中を、マリアが抓りあげていたのである。彼女もまた機動兵器
パイロットであるから、体力的に優れた女性である。操縦技能に対する大きな要因とな
る握力もまた言うに及ばない。そんな彼女の仕打ちに、少しばかり表情を変化させるだ
けで堪える甲児は、実に大した男っぷりだといえよう。

 まあ、それはシンジにはどうでも良い話ではある。目の前の少女の存在感に比べれば、
何のことはない。シンジには、診察の大まかな結果ではあるが、聞かされている。派手
な打撲が何箇所かあるものの、基本的に問題なし。疲労が強いようなので寝かしている
が、目を覚まし次第退院して良い程であるという。

「こんな娘(こ)がMSに乗ってたんだ……」

 整った目鼻立ちに、艶ある栗毛。シーツ越しでも判る引き締まった身体は、じっとし
ている横たわっているだけでも躍動感を感じさせる。口を開けば、際限なくこの世の謳
歌を謡い続けるだろう。アスカやレイとは違う種類ではあるが、彼女もまた美少女と呼
べる存在であろう。

 シンジは安堵した。あのとき、あの行動をやってよかったのか、とずっと迷っていた
からだ。もし、ああしなければ、いま目の前の彼女はこの世の存在ではなくなっていた
のである。

 本当に――――

「たいちょー!」

「うわっ!」

 驚いた。いきなり少女が叫んだからだ。シンジは、一瞬少女が目を覚ましたのかと思っ
たが、そうではなかったらしい。単に魘されているだけのようだ。シンジが細かいこと
を考える前に、少女の口から漏れ出た響きは、シンジへ対して理性ではなく、感性の領
域で強く揺さぶった。

「ムサシ………、ケイタ………」

 同僚の名であろうか。弱々しくそう呟いて少女は手を伸ばした。それは鈍感魔人こと
碇シンジですら、妙な感覚を憶えるほどだった。

 シンジはその感覚の命ずるまま、少女の手を取った。シンジは少女の表情が和らぐ様
子を見て、妙な幸福感を憶える。自分の行動は、少女によって無言の肯定を受けたからだ。

 シンジは少女の手を離して、シーツを被せなおそうとした――、が、それはかなわな
かった。シンジは手を離そうとするのであるが、少女が殊の外、力強くシンジの手を握
り締めている。強引に離そうかとも思ったが、怪我人の少女相手ではそれも躊躇われる。
もっともシンジより少女の方が、力が強いのでやったところで成功しなかったであろう。

 何とか手を離そうと四苦八苦している内に、少女はシンジの手を逃すまいとしたのか、
握り締めたシンジの手ごと腕をその将来有望だと(思われる)胸に抱え込んでしまった。

 悪いときには悪いことが重なるものである。最終的にはこれは決定打となった。

 シンジの耳は、地獄の釜の蓋が開く音というものを聞いた。聞いたことはなかったが、
それは間違いなく地獄の釜の蓋が開く音だと理解できた。

「シぃ〜ン〜ジぃっ!!」
「…………」

 この後シンジは、生きながらにして天国の6番通り辺りと地獄の7丁目界隈を垣間見
るという、なかなか貴重な体験をすることになる。



<重慶・【OZ】系列軍需生産集積施設>      

 聞いてはいたが、まともな人物とは言い難かった。それがデルマイユがカロッゾに抱
いた第一印象だった。

 仕立てのよい礼装に身を包んではいるが、その身の丈は2mを超え、それだけで充分
以上に圧迫感を感じさせる。だが、それも頭部の違和感に比べれば、些細なことだ。そ
こにはプラチナの光沢を放つ、ギリシャ・ローマン様式の鉄仮面が鎮座していた。ただ
大きく無機質なだけなら単なるロボットに過ぎない。しかし、確かに人の存在感を感じ
るから、余計に不気味さを感じていた。

 もっともそれを表情に出すほど、デルマイユは堕落していなかった。ごく自然な様子
で歓待の言葉を鉄仮面の男に伝えた。

「カロッゾ・ロナ殿か。待ち詫びていた」

「おお、デルマイユ公。公自らのお出迎え、このカロッゾ・ロナ、感謝の念に絶えません」

 握手する二人。デルマイユはカロッゾの手から伝わってくる金属質な感触に内心、嫌
悪感を感じる。当然だが、それはデルマイユの内心のみにしか吐露しない。

「我らが手を結ぶ祝福されるべき日である。このぐらいは当然ではないかな、ロナ公」

「そうなりますかな。うん? ……この身体がお気になりますか」

 勿論、気にならないわけがない。カロッゾの身体も気になるが、ここに居るカロッゾ
自体がとても気になる。何せ、DCラストバタリオンの指揮官であるカロッゾ・ロナは、
第二次地球圏大戦末期の【ロンド・ベル】との交戦で死亡が確認されているからだ。

 だとすれば、彼は誰か?

 デルマイユはそれを問いたいところだったが、それ自体は今回の盟約には何の関係も
ない。今は【OZ】と【クロスボ−ン・ヴァンガード】が手を結ぶという事が重要なの
である。それ以外は余録に過ぎない。だから、デルマイユは努めて差し障りのない返事
を返した。

「気にならないと言えば、貴公は信じるか」

「いいえ」

「はっはっは、よろしい。意見の一致を見たわけだ」

「ごもっともですな」

「聞かせていただこうか」

「なに、貴族たる者の義務を果たした結果とその報償。と、でも言えば良いでしょうか」

「なるほど」

 咳払い。

「新しき時代の尊き人たるを実践しておるわけか」

「そうですとも、我ら貴族が世の習いとなるべきでしょう。私の血脈に息づいている伝
 統もその力添えの一端となるでしょう」

「そのための今回の盟約であるか」

「然り」

「では、それに相応しい場所へうつるべきか。このような場所で新しく時代が開かれた
 などと、後の世の尊き者達に笑われたくはない」

「同感ですな」

「では…」

「うん?」

 不意にカロッゾが滑走路脇に目を向けた。デルマイユもそちらへ視線を向けたが、特
に何も見えなかった。

「どうされましたかな」

「いえ、気のせいのようです」

 一同は迎賓館内へと入っていった。


            :

 案内されたその部屋は決して豪奢とは言えなかった。部屋の造りは上等だが、装飾品
が幾つか置かれているだけ。しかし、貧相なわけではない。適度な間隔と配置を持って、
組み上げられたその空間は、確かにくつろぎとやすらぎを部屋にいる者へ与えるだろう。
本当の贅沢がそこには存在していた。

 それだけではないが、カロッゾは満足げに頷く。

「うむ、なかなかに趣のある部屋だな」

「はい、手入れが行き届いております。ただ、少しばかり我らの流儀に反するところも
 あるようなので、多少手直ししておきましたが」

 傍らの副官より、諜報装置の類を発見したこととそれに対する防諜措置を行ったこと
を、至極簡単に報告された鉄仮面は、一応確認する。

「ホストが気を悪くほど、あからさまな手直しはしていないだろうな」

「当然です。我々は招待客なのですから」

「よろしい」

 【ロームフェラー】側の公爵が述べていた言葉を思い出す。

『これもまた伝統か……』

 思わず、嗤いがこみ上げてくる。何が伝統か。ここまで地球圏を堕落させたは貴様ら
の怠慢と無能であろうが。貴族たるに相応しくないなら、せめて最後は貴族らしく退場
せぬか!

 丁度良いことに愚民共の頼りである連邦軍が大敗している。
 これにより、事起こす場合に目障りなサイド4駐留軍や地球圏外縁艦隊は戦力を引き
抜かれ始めるだろう。そして、鬱陶しい環月方面艦隊が異星人に叩かれて、事実上作戦
不能となっていることが何よりも素晴らしい。地球軌道艦隊は異星人対応に忙殺されて
動けんからな。

 やはり、準備はしておくものだな。

 だとすると、後の問題は紅い彗星……、いや、奴自身が問題なのではなく、奴の後ろ
にいるサイド3のDC穏健派の連中が問題なのだ。所詮は煽動政治家の鬼子ごときを矢
面に立てて、大儀の邪魔をしてくれる。かつて我らがDCのためにどれだけ血を流した
か忘れたのか、恩知らず共が。恩知らずといえば、ベラも何やら画策していたな。まあ、
小娘のすることなど、些事に過ぎないが。連中のことごとくが束になろうとも、十分対
処可能であろう。

 我々はラストバタリオン――『最後に戦場へ君臨せし者』だ。

 連邦軍のいない空域など据え膳そのもの。要するに我らを阻める者はいないと言うこ
とだ。ウム、素晴らしい。この世の全てが我らを祝福しているのだな。役目を果たす日
も遠くはないかも知れんな。地球圏がキレイになる日も近い。

 頃合いを見計らっていたらしい副官がカロッゾに告げた。

「閣下、会食の時間です」

「ウム、では母なる地球の味を堪能させていただくとしようか」

「おそらく、土埃の味ばかりでしょう」

「大地の滋味溢れる、ぐらいにしておけ」

「はっ」

 ―せいぜい、その日まで、泥にまみれ惰眠を貪ることを楽しむがいい。



<ヒマラヤ山脈・ラサ ペンタゴナ問題委員会>      

『ペンタゴナ問題委員会』

 今次大戦勃発の直接原因となったペンタゴナ地球大使事故死事件に対して、地球連邦
議会が設置した委員会である。この委員会はその後の事態変遷を受けて、その任務と性
格の変化を強制されて、現在ではシビリアン側の戦略大会議と化している。そして彼ら
委員の面々は、地球で最も偉大な山々の下で、地球の最も理不尽な決定を下すために、
集っていた。

「ではジャブローは陥ちたのだな? 自爆装置の起動は?」

 地球連邦防衛委員会議長をも兼任しているジョン・バウアーは再度、確認した。これ
に対して、連邦軍より派遣されていた幕僚――部内でアイスドールだの二足歩行型戦略
機械と綽名される女性将校――は簡潔に回答した。

「確認されていません」

 バウアーが応じるよりも早く、ウィリアム《グレイハント》マッカーシー連邦議員が
大仰に声を挙げ、発言する。

「何と言うことだ!!
 基地司令はなぜ自爆を行わなかった!?。
 軍法会議ものだ、逮捕連行してきたまえ!」

 意見と言うよりは扇動に近い発言を行うマッカーシー議員。女性幕僚は、バウアーに
一瞬視線で確認した後、マッカーシー議員の発言へ答えた。

「いえ、基地司令は正しい判断と行動をなされました。ジャブローは元々DCの根拠地
 で、自爆システムは旧来のモノがそのまま使用されています。もしジャブローが自爆
 をした場合、地下奥深くに設置されたギガトン級の縮退弾が炸裂することになります」

「それがどうしたっ、そのための自爆装置だろう!」

「議員、話はまだ途中です。…これは、先までの大戦でさんざん痛めつけられた地球循
 環系に対して、決定的な破綻をもたらしかねないということを意味しています。いう
 までもありませんが、基地一つと地球そのものを引換にするのでは、引き合いません。
 理解していただけますでしょうか、Mr.マッカーシー」

 マッカーシー議員は『グレイハント』と言う綽名が示すとおり、宇宙植民人や異星人
に対して極めて攻撃的な政治行動を行うことで支持を集めている。その発言は基本的に
難癖つけ・言い掛かりに近いものではあったが、彼が大衆へ訴えかけているのは、理性
ではなく感情であるため、(彼自身にとっては)さほど問題とはならない。むしろ、支
持者の意見を正しく政治へ反映していると、支持が高まるほどですらある。

 それだけにバウアーはマッカーシーを危険視している。この種の人物は自分の利益や
名声・保身のためならば、将来や周りの事を省みず、なんでもする。それが自分を含む
社会の破滅を呼ぶものであってもだ。

「む、無論だ、私は軍の士気と規律維持のため述べたに過ぎない。しかし…、」

 なおも成層圏以遠の空気密度よりも薄い言葉を並べ立てるマッカーシーに対して、女
性幕僚は明瞭な発音と絶対零度の響きで応じた。

「ご理解いただけてなによりです。他はございませんか?」

 勿論、あるはずがない。マッカーシーは数度口を無意味に開閉した後黙り込む。それ
を見て、同類に見られるのが厭で今まで発言を控えていた議員達が発言を始めた。

 まず、避戦派議員が声高に叫んだ。

「やはり、ペンタゴナ大使の件は謝罪して……」

 対してタカ派議員が応える。

「すでにそれは問題ではない。彼らは事件そのものではなく、我々の社会そのものを問
 題にしている。戦いは不可避だ」

「だからこそ、和平を結び…」

「今回の戦いを見て、まだ気付かないか!」

「ダメなものはダメ!」

 おおよそ、まともな大人の言うべきではない発言をしたのは避戦派の女性議員イド・
ノエビアだった。ちなみに自らが正しいと思う(ミクロ的視野で問題を捉えた場合、殆
どその通り道義的には正しかった)行動を行う者にありがちなことに、この議員も意見
を述べることで現実を変えることよりも、意見を述べることそのものを目的としてしま
う類の人間だった。

 さすがに見かねたバウアーが発言した。先のマッカーシーよりはマシだが、ここにも、
亡国の徒を見つけたからだ。多くの場合、この種の人間は無為な時間を浪費して、相手
ばかりではなく自分すら怒らせて、挙げ句に衝動で行動する。通常時ならばともかく、
非常時である今、彼女のような人種に割ける時間はない。今は必要なのは議論ではなく、
決断だった。彼女はそれを判っていない。

「Ms.イド、我々は地球圏市民の現在と未来を担っている」

「当然です」

「よって、我々の決定・意見にはあくまで正当な理由が存在しなければならない。そして、
 その理由は全て明らかとする必要がある。それは有権者に対する我々の義務だ。ならば、
 果たして先程の君の発言は、ソレに適ったものなのだろうか?」

「……」

「であるならば、今後の方針は? 誰が意見を」

 バウアーの促しに、先程の女性議員とは、あらゆる意味で一線を画している避戦派議
員アドルフ・スタッフェンが応じた。政界でも切れ者と評判の人物である。

「和平を結ぶべきです。本格的に戦いを行うならば、犠牲者はこれまで程度では済みま
 せん。先までの大戦のソレをも色褪せさせるような結果をもたらしかねないでしょう」

 それに対して、主戦派議員ポール・バーナードが反論する。

「では、彼らの要求を呑むというのかね? 彼らの言うところの正しい文明構築がされ
 たと認定されるまで、一切の主権を彼らに委譲するなどと! これでは政治的自殺で
 はないか!」

「よろしいでは無いですか。変化に痛みは付き物だ。旧き衣を脱ぎ捨て、宇宙に恥じる
 ことのない文明となるチャンスと受け止めれば良い」

 スタッフェンの意見は実に魅力的で甘美すぎた。これならば、選挙民へも強烈にアピ
ールできるだろう。全宇宙的な視野での尊敬を集めることの出来る文明の形成にまで及
ぶ話を持ち出されて、迷わない人間は居ない。もっとも、それ以前に大半の議員は想像
力の許容範囲を超えて、思考力が飽和していたが。だが、バウアーが放った一言はそれ
以上に衝撃的で、惚けていた者の目を覚ますには必要以上に強力だった。

「例えば、それが君の愛する細君との別離を意味していてもかね?」

「「「なんですと!」」」

 一部の者は即座に。やや遅れて、ようやくバウアーの発言の意味を理解した、委員達
が騒ぎ始めた。

 即座に反応した一団の中でも、とりわけ反応の早かったスタッフェンの伴侶は、男性
だった。もちろん、スタッフェン自身も男性だ。要するにバウアーは、スタッフェンの
描く未来から、彼自身の夫々生活を否定したのである。

 バウアーに注目が集まった。咳払いをした後、バウアーはおもむろに語り始めた。

「ポセイダル星系軍の後ろ盾となっている【ゲスト】の存在を忘れていないかね?
 彼らは生物学的に全く無意味な同性婚を認めていない」

「無意味とはどういう意味ですか、無意味とは」

「その議論は別の場所でしてもらうこととして…」

 バウアーは、意見とは呼べぬ単なる感情的反発をいなしつつ、続ける。

「実際彼らの要求を呑むことは、地球人類の緩慢な自滅を意味する。自らの意志と経験
 に根差さぬ文化ほど、脆弱なモノはない。それは旧世紀の日本などを見れば明らかだ。
 生き方を否定された大人、裏打ちのない道徳教育で量産されるバランス感覚を欠いた
 若者、その若者達に躾けられる子供。恐ろしいとは思わないかね」

 合いの手を中道派議員チャン・クーがいれた。

「では、本格的な戦争に突入するというのですな? 手始めに反攻などを行うとして」

「それ以外に我々が我々であるための選択肢は無いと考える。反攻については、地球軌
 道艦隊の責任者と現場指揮官からの報告を聞いてからだ。彼らには既に召喚命令を通
 達してある」

 憮然として発言を控えていたマッカーシー議員だったが、バウアー達の発言へ含まれ
ていた血生臭さに触発された。突如として、叫び始める。

「彼らの報告など必要ない! 我々には【ティターンズ】がいるではないか! 今すぐ
 に異星人を叩き出せ! 諸君らも見たはずだ、彼らの働きを。彼らが旗頭となり、作
 戦指揮を執るならば、異星人など物の数ではない!」

 マッカーシー議員の発言が契機となり、議論は紛糾を始めた。その殆どは【ティター
ンズ】に対する肯定的な言葉だ。議論の全般的な傾向として、(ダカールからの脱出戦
によって)【ティターンズ】に対する評価は過剰なほど高い。勢い、彼らを反攻の主軸
に、と言う現金極まりない発言がそこかしこで聞かれるようになっている。

 もっとも、ウィリアム《グレイハント》マッカーシー連邦議員の場合、少しばかり他
の委員と【ティターンズ】を見る方向が違っていた。彼はバウアーと対立する政治姿勢
(ただし、独り相撲に近い)から、創立当初より【ティターンズ】へ過剰な傾斜をみせ
ている。そして、【ティターンズ】への傾倒が余りに強すぎたゆえに【ティターンズ】
の失点は彼自身の政治的失脚へと直結する。であるがために、マッカーシーは、【ティ
ターンズ】と自分のために、あらゆる機会を利用して【ティターンズ】の政治的価値を
高める必要があった。かれにして見れば、今は好機以外の何者でもない。

 ただ、【ティターンズ】賞賛に組みしない少数派に属する者達も、居ないわけではな
かった。多数派(と、言うより風見鶏議員達)にとって不幸であったのは、組みしない
者達の筆頭がバウアーだった事であろう。

 バウアーは議論が静まる頃合いを見計らって、口を開いた。

「諸君、少し短絡過ぎはしないだろうか?
 【ティターンズ】そのものは、艦艇二〇隻程度に機動兵器が訓練機まで含めて数百機
 内外のギリギリ一個任務群を編成出来る程度の戦力だ。司令部もそれに見合った規模
 でしかない。
 この程度で、どうやって艦艇一千隻・機動兵器が一万近いと予想される敵に対する反
 攻正面に立つことが出来るのだろうか?」

 殆ど議員はそれで冷静さを取り戻した。だが、マッカーシー議員だけは違ったらしい。
バウアーに喰ってかかった。

「だが、バウアー議員! あなたも【ティターンズ】に助けられたはずだ!!」

 それに対するバウアーの答えは、実に簡素で義務的なものだった。

「その通りだ」

「なら……、」

「彼らは他の連邦軍人と同じく、文字通り義務を果たしただけだ。私は彼らに対してだ
 け、特別な恩義や期待を感じる必要を全く見いだせない」

《たかだか脱出戦の一つ程度で…… 大体、今回連中が幾つ拠点防衛に失敗していると
 思っているのだ》

 判っていたとはいえ、(人間的な評価はともかく)この程度の局面も読めぬ小人と、
(あらゆる意味で)目の前しか見ない政治的汚物の多さに、バウアーは目眩がしそうだっ
た。



<台南・台湾国軍基地発令所>      

「敵襲警報!」

 突然の戦闘警報。だが、緊張に顔を引き締める者はいても、必要以上に騒ぎ立てる者
はいない。彼らにとっては来るべき者が来ただけの話だ。既にあらゆる準備を終えてい
る。後は義務を果たすだけである。

「高雄市に敵戦力出現」

「連邦軍駐留部隊との連絡できています」

「迎撃隊第一派到着まで、三〇〇秒」

 彼らは一様に台湾軍人だけに可能なあどけなく野趣溢れた優雅な笑みをうかべていた。
しかし、一人だけ例外がいる。彼は端末画面に表示されたを見て、動転していた。

「せ……、先遣偵察隊、接触しました!
 司令!!」

「判っている騒ぐな。報告しろ」

「敵機動兵器は……」

「どうした、ハッキリ報告しろ!」

「敵機動兵器は、【コンバトラーV】!」

「なにぃ!?」

 報告を聞いた司令ですら、目を剥いた。彼は先祖代々由緒正しい台湾人、いわゆる内
省人であった。それだけに、国家レベルの人類集団間に真の友情が存在していないこと
を知っているとはいえ、(歴史的経緯ゆえ、知日家の多い彼らの常識からして)青天の
霹靂ともいうべき出来事だった。

 少なくとも地球連邦が存在するいま、武力侵攻を行うメリットなど何もないし、疑惑
の隣人には自分達を出し抜いて侵攻作戦を行えるような決断力も実行力もない。

「先遣偵察隊より情報来ます! モニター、出ます!」

 だがそこには、確かにあのディープブルーとヴァーミリオンのツートンカラーが施さ
れた、五七m級旧式人型機動兵器が大写しになっていた。



<第三新東京市郊外特設泊地・【グラン・ガラン】整備区画>      

「食ったぁっ、食った」
「いや全くだ、ここのメシはまた格別だぜ」

 兜甲児とミラウー・キャオは口を揃えて、のたまった。それを聞いたビーチャ・オレ
グとモンド・アカゲは、さもありなんという態度をとる。

 それには訳がある。

 基本的に古式ゆかしい世界であるバイストンウェルでは、食事量の多さが重要な人物
評価の一つになっている。必然的に精鋭集めた形になっている【グラン・ガラン】で出
される一食の量は極めて多い。シンジ辺りであれば、2,3回ブッ倒せる程である。

 その充実した食事を甲児とキャオが平然と数人前平らげているとすれば、ビーチャ達
の態度も納得の出来るというものでだろう。

 そんな、甲児ほか数名は【グラン・ガラン】食堂での充実しすぎた昼食を終え、午後
の作業へと向かっていた。その道すがらの話である。

「あー、クソ! なんでシンぼーの奴ばっかり、いい目見てんだかなぁ」

 甲児がボヤいた。今更ながらにマリアに抓られた背中が痛むのか、しきりに背中を気
にしている。そんな甲児の姿に、ビーチャとモンドは羨ましげな表情をした。彼らは、
ともに願望はあってもステディな関係を持っていない。

「甲児さん、そりゃ贅沢ってもんですよ。焼き餅焼いてくれる、彼女が居るだけいいっ
 すよ」
「そうそう、マリアさんみたいな美人を彼女にして何が不満なんだか」

 ビーチャ達の言葉に、キャオは大きく肯いた。

「あの姉ちゃん、見た目は言うこと無いもんな。取り敢えず見た目は」

「ばっきゃーろー。見た目だけじゃねぇ、アイツはあれでもカワイイとこ、あるんだぜ。
 よく気も付くし、世話好きだし、抱き心地なんか、サイッコーだぜ………って、あれ?」

「「ベタ惚れじゃん」」

「いやいやいや、貴重な告白感謝します」

「ほっほー、キャオのお兄さんいうねぇ。そういうお前さんはどうなんだ?
 女どもにコナかけている姿を何度も見たぜ」

「はっはっは、何をおっしゃる甲児さん。誤解して貰っちゃー困るな。異文明の間に横
 たわるふっかーい溝を少しでも埋めようと、努力しているのが判らないかな。それに
 俺っちはダバ一筋だぜ」

 キャオの言葉の最後のフレーズを聞いて、三人はオシリを押さえて後ずさった。性的
嗜好がストレートな彼らであるから、極めて妥当な反応といえよう。キャオは、冷や汗
垂らしながら、弁解した。

「違う、違う。そう言う意味じゃない。勘違いするな」

 勿論、三人の行動は半ば以上戯れである。甲児が一言言って、三人とも後ずさるのを
やめた。

「ま、そうだと思ったけどな」

「えー、甲児さん。ホントにそう思っていますぅ?」
「嘘はダメですよ、嘘は」

「実は俺も確信しかけてんだ」

「勘弁してくれぇ〜」

 キャオが身悶えする姿に、甲児は満足した。

「ま、いいや。そういえば、シンぼーのヤツだな。拾い癖ってぇか、受け止め癖てぇの
 か、妙なクセついちまったみたいだな」

「落ちゲーやりすぎ?」
「ぷよシン?」

「ぽよ?」

「違うよ、キャオさん。『ぷよ』だよ、ぷ・よ!」
「おいおい、モンド。続けるのはヤバいぜ、続けるのは」

「?」

「そだね、ビーチャの言う通りだったよ。アブない、あぶない」

 もちろん、発展度で評価すると下から数えた方が早いペンタゴナ星団はミズン星の、
さらに辺鄙な田舎育ちであるキャオには『ぷよ』の意味はよくわからない。だが、その
語感からなんとなく納得した。墜ちてくる女の子を受け止める半透明なジェルクッショ
ン。ジェルクッションのワンポイントになっている名札へは『碇シンジ』。紅毛碧眼の
女王様が乱入してきて、イヂめるのはお約束だ。違和感など欠片も存在し得ない。これ
も不幸、あるいは幸せのカタチなのかもしれない。

 そんな事を考えながら、キャオはしたり顔で応じた。

「何だかよくわからねぇが、何だかよくわかるハナシだな」

「そーか、判ってくれますか、キャオさん」
「うんうん」

 キャオは調子に乗って、言いたい放題言う。

「しっかし、シンぼーのやつ、拾いモノの大きくなり具合もすげえよな」

「そーそー、この前は女の子で、今回はMSだもんなー」

「じゃあさ、その内コロニーなんかでも受け止めたりなんかしちゃったりして」

「「「だぁはははははっ」」」

 爆笑する彼らであった。しかし、そばを荷物を満載した荷台を持って通り過ぎたカツ
やジュドーが、どう反応したかまでは気が付かなかった。

「キたぜ」「キたね」

 思わず、視線を合わせた二人は口を揃えてのたまった。

        な
「そのうち、やる 」
        ね


            :

 そんなこんなで、シンジを話のネタにしていたキャオ達だったが、他方面でもシンジ
は話の俎上にのぼっていた。ただし、キャオ達の話にあった陽性要素は壊滅しており、
ほとんど弾の飛ばない戦場と言った有様であった。

 その戦場で対峙していたのは、かなた大戦の申し子・白い悪魔『アムロ・レイ』。こ
なた【ネルフ】の双璧、必勝部長『葛城ミサト』&改造部長『赤木リツコ』。なかなか
に余人には測りがたい面子の激突は、音響的観点で述べると、ことのほか静かに行われ
ていた。

 静かなる戦場へミサトの戸惑うような声が響いた。

「アムロ少佐、何を言っているのですか!?」

「だから、碇シンジ中尉相当官の履歴を見せて貰いたいと言っている。勿論、これは彼
 を預かる現場指揮官として正式な要求だ」

「既に提出済みです」

「あんな名前程度しか判らない、コマーシャル用のヤツじゃない。全部書いてあるヤツ
 だ。それとも本当にあれで全部なのか」

「それは………」

 間違っても、記録だの審査だの、辛気くさい業務に向いているとは言えないミサトで
ある。紋切り調の質疑応答ならともかく、事実に基づく正確な答えを要求され困窮して
いた。その姿見かねたのか、他の意図があるのかはともかく、ミサトに代わるようにし
て、リツコが口を開いた。

「アムロ少佐、EVAに関するパイロット教育は葛城少佐の分掌範囲外です。」

 アムロはリツコへ向き直り、問い訊ねた。

「ほう、なら僕は誰に要求すればいい?」

「私です」

「では、要求する」

「拒否します」

 全く、欠片ほどの逡巡も見せず要求を突っぱねたリツコに対して、アムロは穏やかに
聞き返す。

「どうしてだ?」

「【ネルフ】の機密事項です。たとえ実戦部隊指揮官としての要求でもお答えすること
 が出来ません」

 元々、日本の組織は加減を知らない。任務と名が付けば、その期間内に消費された番
茶のトン数すら、機密に指定する自衛隊などが良い例である。しかし、リツコの返答は
あまりにそれが過ぎた。

 半ば予想していたのであろうが、リツコの答えにアムロは心底残念そうに嘆息する。
それは熟練した教師が、教え子の出来れば聞きたくなかった類の出来事を耳にしたよう
に見えた。

「…なるほど、よくわかった」

「結構です」

「違う」

 勝手に納得したらしいリツコの言葉を、アムロは強くはないが断固として否定した。

「「?」」

「要するに貴女たちが何もしていないだろうということだ」

「どうして、そういう理解になるのですか」

「何も出さないからだ。何かやっているなら、それなりに出せるモノもあるはずだ」

「事実を故意に誤解しないで下さい!」

「誤解? 誤解などしていない。資料と結果から経験を通して合理的な判断を下しただ
 けだ」

「どこがです!」

「僕の経歴は知っているな?」

「第一次地球圏大戦で大活躍したエースパイロット……」

「違う。僕は唯生き残りたいからモビルスーツに乗った。モビルスーツに乗ったから、
 軍への入隊を強要され、命令された。命令をこなして、必死に生き残ったら、危険視
 され軍へ縛り付けられた。
 それが僕だ。他は単なるオマケだ」

「それと先程の話がどう繋がるのですか」

「要するに僕もいきなり戦争をやらされたということだ。それだけに判ることもある。
 切羽詰まった軍がどうやって書類を誤魔化しつつ、素人を戦場へ送り出すかもだ」

「だからといって……」

「…それにだ」

 彼女達の言葉を無視して、アムロは朴訥に言った。

「伊達にニュータイプなどと呼ばれているわけじゃない」

「「…………」」

 今度こそ、彼女達は沈黙を強要された。それを見てつつアムロは、極めて事務的に、
決定事項を通達した。

「君たちのやり方では、死なずに済む人間が死んでしまう。だから、シンジ君の教育は
 【ロンド・ベル】に任せて貰う。それだけだ」

 その姿は誰に対して怒っているのか判らない。が、アムロは確かに怒っていた。

 戦場跡には敗者が骸を晒すだけだった。



<日本・連邦軍環太平洋方面軍第一三師団駐屯地・司令室>      

 その部屋には、年齢を感じさせない屈強な身体と、ある種の特殊な経験を持った男が
居た。間違いなく、軍人だ。それも将軍と呼ぶに相応しいレヴェルの職業軍人。それ以
外の何者でもない。

 ただ、その彼が身につけている階級章は、所有者ほど迷いのない存在ではなかったら
しい。多少の遠慮をしているようだった。

 准将位。

 将軍一歩手前、将来の将軍。あるいは軍が、将軍になれなかった将軍候補の退役予定
者に示す最後の温情、勇退配置。そのような微妙な階級を持つ男は、やはり微妙な判断
を必要とする立場にあった。

 ロス・イゴール。自身の肝いりで設立した実験特機部隊『獣戦機隊』から一名の脱走
者と一名の脱走未遂者を出し、管理責任を問われようとしている人物であった。

 だが、今の彼自身は、断腸の思いで出来の悪い息子を独り立ちさせざるをえなかった
父親のようにしか、見えない。彼にしてみれば、声を掛けられるまで気付かなかったの
は、そんな理由があったかもしれない。

「イゴール将軍、失礼します」

 そこにいたのは、『獣戦機隊』の目玉である三七m級機動兵器【ダンクーガ】の主開
発者である葉月孝太郎博士だった。イゴールは軽い驚きを感じたが、訓練された軍人ら
しく、それを一切読み取らせず、ごく平然と応じる。

「おや、葉月博士。貴方はまだ行かれないのですか? 藤原達は既にここを発っています」

 イゴールの言葉に、葉月は少しだけ困ったような顔をして、応じた。

「アイツらはズタ袋(マチルダ)一つあれば間に合いますが、こちらはそうも行きません。
 【ダンクーガ】の引き渡し整備でテンテコ舞いですよ」

 葉月の言葉を聞いて、イゴールは渋い顔をした。

「アイツらめ……、逃げたか」

 そう呟くイゴールの声にはすこしばかり怖いモノが混じっている。だが、その声すら
も父性を感じさせるのは人徳であろうか?

 彼は非常に律儀な性格をしている。そして、おのれの中に誰にも明かさぬ誓約があり、
それを犯すモノに容赦はない。いま少し説明を加えるならば、他人にもそれを要求する
タイプの人間だ。軍人であるから要求したことを実践させるに全く躊躇いがない。それ
だけの人間であれば、遠くから見るには構わないが、近くには居て欲しくないタイプの
人種だ。

 もちろん彼がどのような人間であるか、これまでの付き合いで知悉している葉月は、
少し補足することにした。

「いえ、連中は私の独断で項目だけ挙げさせて開放しました。私には、出撃前点検すら
 適当な連中に、引き渡し整備を手伝わせる勇気はありません。ほとんど、解体・再生
 産と呼んだ方がいい、高度な作業ですから」

「賢明ですな、葉月博士。耳の痛い話なのが、残念ですが」

「いやまったく……(ゴホン)、いえ将軍はよくやっていらっしゃいます。ただ、アイ
 ツらはその上を行っているだけで」

「無茶が無理と無謀の綱渡りをしているようなヤツらです。マシンの方も、痛みが激し
 いでしょう」

 イゴールの問いに、葉月は首肯した。実にシミジミと。見ていたイゴールの方が申し
訳なくなるほどに実感がこもった反応だった。

「アイツらの物遣いの荒さを再認識してしまいますよ。いっそ、外装と可動部全部取り
 換えしたい衝動に駆られます」

「ご希望に沿えなくて申し訳ない。予算に勝てる軍人はいません」

 イゴールはそう慰めの言葉を掛けられた事により、葉月は少しだけ嬉しそうな顔をした。

「いえ、そう言っていただけるだけで十分です。アイツらと来たら、それすらない。文
 句ばかりです」

 葉月の言葉を受け、イゴールは獣戦機隊メンバーを思い出す。思い出すのはロクでも
ないことばかりだったが、不思議と腹は立たなかった。

「ですな。しかし……、」

 むしろ大事な何かを喪失した気分すら感じており、イゴールは後の言葉を言い淀んだ。

「しかし?」

 葉月の言葉は結果として、イゴールに告白をさせる。

「あんな不良軍人共でも、怒り甲斐はありましたな」

 イゴールの婉曲極まりない言葉を、葉月は実に過不足無く翻訳した。

「出来の悪いヤツほど、居なくなると寂しいものです」

「寂しいですか………。いや、そうかも知れませんな、情けのない事ですが」

「それだけ苦労をしていたのでしょう」

「多分そうなのでしょう」

 意外だったが受け付けないモノでは無かった。イゴールはそんな気分を淡々と受け入
れ、味わう。

「将軍は今後どうなのですか?」

「ええ、シャピロの件もあります。いずれ、懲罰人事で激戦区へ征くことになるでしょう」

「………」

 余りに淡泊な口調と表情で苛烈な内容を口にしたイゴールに対して、葉月は戸惑った
様子だった。自分が振った話であるが、なんと反応すべきか迷っているらしい。そんな
葉月の一般人らしい反応に、イゴールは努めて朗らかに言った。

「なに戦場へ軍人が出るのは義務です。心配しないで下さい。それにあそこは馴染みの
 場所なのです、ワタシにとってはね」

「はい。では、私は戻ります。まだまだ、やる事が残っていますし、私自身の準備もあ
 ります」

「莫迦で向こう見ずでハタ迷惑な連中ですが、よろしく頼みます」

「はい」



<黒龍江・連邦軍戦略輸送軍基地>      

 世界は、数年ぶりに激動を始めようとしていた。全ての物事が動き始める。それが当
事者達の望んだものでなくとも。今ここ、黒龍江・連邦軍戦略輸送軍基地でも、その影
響を受け、事態はうねりを始めていた。

「だーめです〜ぅ」

 ただ、そのうねりの響かせる音は、傍目ながらもひどく間抜けに聞こえた。

「これはシドに持ってくんですぅっ!! 持ってっちゃーダメなんですぅっ!!」

 口調はどうみても成人女性とは、二〜三十万回間違えても言えないが、声量そのもの
は時代のうねりの出す音に相応しく、人類の規格外と思えるほど大きかった。お陰で彼
女が意図した作業の妨害は必要以上に成功していた。運悪く、間近にいた者などは、泡
を吹いて昏倒すらしている。気の毒な話ではある。

 それはともかく彼女の行為は哀れな犠牲者を昏倒させるのみに留まらず、人々の耳目
を強烈に集めた。これだけ、大騒ぎしていれば当たり前だ。当然、輸送隊責任者マチル
ダ・アジャンが出てくるのは、必然と言えるだろう。

「何事です!」

 彼女は、副官のサリィ・ポーを従え、ハッキリとした発音で事態の説明を当事者達に
要求した。とりあえず、手短なグレース・ウリジン少尉に………………、事態の説明を
求めることはアッサリと諦めて、見覚えの無い東洋系の兵士へ問い質した。

 いや、正確には問い質そうとした。

「あのっ、この人たち、イケないんですぅっ、ダメなんですぅ。シドへ持ってくの、取
 ろうとしたんですぅっ。レーちゃん、必死で……」

「いいから、アナタは取り敢えず黙りなさい!」

「きゃん!」

 マチルダは、グレースを一喝して黙らせた。

 残念なことに、マチルダはここのところの事態混乱により、上級職らしい神経すり減
らす仕事の連続で、堪え性がすっかり無くなっていた。日頃、優秀な知性に裏付けられ
た忍耐強さと温厚さで知られた彼女にしては珍しい話だ。マチルダの殺人的多忙さをよ
く知るサリィ・ポーですら、目を丸くしている。

 もっとも事態の元凶が、彼女達の近くまで来ていたからそれも一瞬ではあった。

「これは、これは、美しいお嬢さん方。騒がして申し訳ない」

 女性三人は声の方向へ顔を向けた。そこには連邦軍大佐の階級章を付けた四〇絡みの
男が立っていた。

 マチルダは軍人らしい紋切り調で自分の官姓名を名乗り、相手にも尋ねる。

「連邦軍戦略輸送隊のマチルダ・アジャン中佐です。大佐、所属・氏名を聞かせていた
 だけるでしょうか」

 こういう時、美人は得である。大概の場合は必要以上の情報を得られるからだ。だが、
今日の相手は少しばかり毛色が違っていた。

「ほう、貴女がマチルダ大姐ですか。噂は私達にも聞こえている。いや、素晴らしい」

 マチルダは努めて事務的に、連邦軍将校として求められる行動を行った。

「大佐、所属と氏名を」

「Ms.マチルダ、職務に厳格ね」

 マチルダは再度努めて事務的に、連邦軍将校として求められる行動を行った。

「申し訳ありません、大佐。所属と氏名を」

 しばらく睨み合った後、折れたのは大佐だった。

「…融通の利かない大姐あるな。私の名前はホァン。
 所属は、連邦軍亜州軍管区所属、第一七七独立旅団。よろしいか?」

「はい、大佐。ありがとうございます。で、ご用件はなんでしょう」

「こちらで資材が必要になった。だから、私は貴女から少しだけ資材を分け貰う。それ
 だけのこと」

「結構です、大佐。では、その命令書を」

「無いね」

「ではお渡しすることは出来ません。お引き取り願います」

「解らない人あるな。最前線で戦うために必要といっているよ」

「判ります、大佐。ですが、渡せません。ここの資材は必要とされている者達へ渡すた
 めにあるモノです。不必要な物資はありません」

「そこを曲げてのお願い」

 しつこい前線部隊将校の要求に、マチルダは覚悟を決めた。彼女は徹底的に物分かり
の悪い官僚へと、変貌する事を選んだのである。

「どうしても、と言うなら、亜州作戦本部を通して連邦軍戦略兵站軍に命令書を出させ
 て下さい。一介の中佐が判断して良い内容ではありません」

「…どうして、渡せないと言うね」

「はい、大佐。申し訳ありません、その通りです」

 大佐は憎々しげにマチルダを睨み付けると、指を鳴らした。途端に対人完全装備をし
た歩兵の一団が雪崩をうってはせ参じ、躊躇うことなく銃を構えた。

 対するマチルダ輸送隊の面々も、ただ指をくわえていたわけではない。マチルダを護
るように、銃列の前に立ちはだかったのである。

 ジリジリと灼けるような時間が過ぎていく。何か間違いがあれば、深刻な事態を招く
ことになるだろう。それは既に目の前いっぱいいっぱいまで迫っていた。

 この危険極まりない場面に終止符を打ったのは、意外中の意外な人物だった。

 それは始まりもそうであったように、終わりもグレース・ウリジン少尉が大きく関わ
ることになる。対峙する二人の将校脇で、期待に満ちた視線を送る彼女に気付いたホァ
ン大佐が、彼女を怒鳴りつけたのが、終わりの始まりであった。

「小娘、何をしている」

「ワクワクしてますぅ〜。シドにとってもよいお土産が出来るって、思うんですぅ。
 エヘっ」

 最後のフレーズは、ホァン大佐的にかなりクルものがあったが、それをどうにか隠し
て、更に怒鳴る。

「何を言うか、娘々。無事にここから出られると思ぉか!!」

「えぇ〜っ!! 出られないんですかぁ。困りましたぁ〜。私、シドに直接話したあげ
 ようかと思うですぅ〜」

「それは無理のこと」

「そうですねぇ〜。じゃあ、メッセージすることにしますぅ」

「どうやってするか、娘々」

「あのですねぇ〜、あそこにあるカメラへ伝言しておくことにしますぅ」

 大佐は驚いて、グレースの指した方向を見た。そこにはフライトレコーダに繋がって
いるミディア輸送機の機外監視カメラがレンズを覗かしている。戦訓回収のために取り
付けられているそれは、完璧に機体制御系などとは完全に独立系となっており、機体そ
のものが完全破壊されるような状況でも、内容を保全する事で知られている。ましてや、
このような駐機状態では回線を通じて、リアルタイムで記録を本部へと送っている事は
間違いない。

 ここで凶行に及んだ場合、それは連邦軍本部へと流れ、然るべき処置が下されると、
言う訳である。

「本部への転送は設定しておいたですぅ」

 ダメをおされた大佐は舌打ちして、命令した。

「全員、状況終了! 訓練はここまでで良いね。はい、さっさと撤収する。急ぐよろし」

「大佐?」

「マチルダ中佐。貴女は素晴らしい。あの状況で正しい判断をした。私、密命にてあな
 た達、試験するように言われた。やーやー、素晴らしい」

「そうでしたか、大佐。任務ご苦労様でした」

「はい。では、また逢えることを楽しみにしているね。再見」

 目以外は完璧な笑みを浮かべながらの言葉を最後にホァン大佐は、基地より立ち去っ
た。


            :

「ふぅ……」

「中佐、お見事でした。しかし、この様な試験の話は聞いたことがありません」

「当然です。そんな事あるわけがない」

「では……」

「えぇ、今回はあの娘に助けられましたね」

 輸送隊クルーにもみくちゃにされているグレースへ視線を向けて、マチルダは言った。

「ポー中尉」

「あ…、はい中佐」

「それはいいとして、どうして、この娘がここに居るのですか? 第一便でT3に送り
 届けた筈では?」

「それが帰りの便にいつの間にか入り込んでいたようです。彼女が言うには、シドとか
 言う人物が居なかったからどうの、といっていましたが……。申し訳ありません、私
 の独断で報告を止めていました」

「貴女の判断は誉めておきます。ですが今後、気を付けるように。私は隊の状態を正確
 に把握しておく必要があります」

「はっ!」


            :

「あの女狐がぁぁぁぁっ」

 連邦軍戦略兵站軍(E.F.S.L.)や最前線兵士達から女神扱いされる。
そんな人物に対して、ホァン大佐は大いに憤った。

 輜重(=補給)隊将校風情が、事もあろうに一線部隊将校の正当な要求を無下にした
のだ。それも部下の前で。それの及ぼす影響がどれほどのものか、あの女狐は判ってい
るのか?

 軍は兵士に命令を何の疑問も持たずに実行するよう教育している。これは絶対に必要
な措置だ。殆どの人間は理性を持って戦争などしたら、たちまちにして発狂してしまう
からだ。だが、その措置を持ってすら、本能は力強く息づく。特に生存欲は強固で、一
定以上の不安を認識した場合、訓練された兵士ですら命令の実行を躊躇ってしまう。そ
の最も大きな原因が、命令者の能力に疑問を感じるということなのである。

 要するにマチルダ中佐の行った行為は、最前線に居る味方の戦力低下行うと言う言語
道断な利敵行為に他ならない。

 過ちはたださねばならない。将来の禍根は摘み取るべきだ。

 ホァン大佐は、特殊な使命感に駆られつつ、受話器を手に取った。



<【ネルフ】本部・第三ケイジ>      


 その日、彼女は敬愛する先輩との仕事だと言うのに、ひどく気が進まなかった。それ
は普段感情を表情へと直結させない傾向にある先輩が不快さを隠そうともしない表情を
見て、いっそう強く感じた。

 だが、やらなければどうにもならない。彼女は悲鳴を上げる逃走本能を無理矢理押さ
えこんで、先輩に伝えた。

「先輩、始めます」

「いいわ、マヤ。始めてちょうだい」

 無駄に嫌な予感に胸中を焦がしながらも、彼女――伊吹マヤは職務を果たし始めるの
だった。

「胸部装甲、七八四枚損傷。要交換」

「次」

「腹部装甲、表面処理剥落。要A整備」

「次…」

  :
  :
  :
  :
  :

 と、三八項目を読み上げた。ここまではそれなりに平穏だった。

 だが、延々と続く初号機診断報告に、リツコはだんだんと無口になってくる。マヤは
リツコのペン先から聞こえる手荒い擦過音によって、辛うじてリツコがチェックを続け
ていることを読み取っていた。既に予感は実感と成りつつある。しかし、彼女は果敢に
職務に励んだ。たとえそれが恐怖で下半身が動かなくなった結果であったとしても、そ
れはそれなりに評価すべきであるだろう。

 だが、とうとう現象として、問題が影響を及ぼし始める及んでは、それすらままなら
なくなり始めていた。

「右・補助発電機能付きバッテリーパック、ケース破損。要C整備」

 裏のバインダーごと、チェックリストにチェックが入れられた。

「左・補助発電機能付きバッテリーパック破損。損傷は内部にまで及んで、補修限界を
 超えています、廃棄」

 リツコの手に握られたペンが、不幸な音と共に殉職した。

「右手首靱帯、破裂。要C整備」

 チェックリストを挟み込んでいたバインダーが、二階級特進を果たした。

「左脚、半月板損傷、及び足首靱帯破裂。要C整備」

 端末記憶媒体が1ビット誤動作を起こし、エラー訂正処理にて訂正された。

「頸部筋組織損傷の疑いあり。要B整備」

 【ネルフ】本部内の託児所で、突如として泣き声の大合唱が始まった。

「腹部筋繊維にアラート。断裂部の存在が予測されます。要B整備」

 三丁目の角でマーキングをしていた雑種犬が引きつけを起こした。

「右腕部マニュピレータ、兵装制御端子レッドコンディション。要交換」

 兵装ビルへ格納された機関砲弾が湿気った。

「左腕部マニュピレータ、関節七箇所動作不具合、要C整備」

 【ネルフ】本部内の平均体感温度が2度下がった。

「背部給電ソケットカバー脱落、基部にも損傷あります。要C整備」

 不精者で知られた一丁目のボス猫が顔を洗った。

「フフフ……」

 笑みが見えた。声のない笑いが聞こえた。

「クスクスクス……」

 そこにはある種の特殊な治療を必要とするあらゆる意味で危険な兆候が観察された。

「アハハハハ…」

 それは間違いなく、顕著となっていき、リツコに対して、絶対的な何かしか持たない
伊吹マヤをして、震撼させるほどだった。

「せ、先輩……?」

 一見爽やかなほど、透明な鬼気を振りまきなながら、白衣の淑女はのたまわった。

「少しばかりオシオキする必要がありそうね……」

 真・赤木リツコの出現である!


 ちなみにそれを間近の特等席でガブリついていた伊吹マヤは、と言うと。

《ああん、先輩。イヤイヤ。私、壊れてしまいますぅ》

 既にブッ壊れていた。



<重慶・【OZ】系列軍需生産集積施設>      

 ここ、重慶複合生産集積施設は扱っている物の所為もあり、軍需系施設としても例外
的なほど秘匿度が高く設定されている。そのため、ここで労働する人員の出入りは努め
て低くなるよう取り図られている。

 施設の一角にある居住区などはそのために用意された最たるモノで、定期的な人員交
代以外、施設外との人の出入りを局限するためにある。残念なことに財団といえど、財
力が余っているわけではない。そのため居住区ランクによって、幾つかのグレードが存
在していた。

 そんな施設の一つとして建築されたこの棟は、高等技術者を中心に割り当てられてい
る比較的高級な部類に入り、それなりに眺めがよい。

 そこの一室では、窓より迎賓館から漏れ出た光が見えてもいた。

「いーねぇ。お偉いさん達はこんな時でもパーティしてれば良いんだから」

「全くだ。こっちはここへ缶詰されて徹夜続きだ。やってられるか、バカヤロー」

 どうやら、ここで勤務を余儀なくされている技術者のようだった。出来合いのつまみ
を肴にEぃ〜感じに出来上がりつつある。普段は口にしない出資者に対しても、遠慮無
く意見を述べるのが、いい証拠だ。

「まぁ、MDが完成すれば、人が死ななくても済むようになる。俺達が苦労するぐらい、
 いいじゃないか」

 さすがに少し罪悪感があったのか、ホンの少しだけ建設的な言葉が出された。もう一
人は驚いたように目を丸くする。

「お前……」

「ん?」

「お前って、イイ奴だったんだなぁ……」

「当然だ」

「ただの女タラシだと思ってた」

「最後の一言は余計……!?」

 彼らが最後に知覚したのは、一瞬の浮揚感。それが幸せであったかどうかは、もはや
尋ねようもない。


            :

 必要以上に盛大な爆発だったが、偏執的なまでに対弾対爆対震対策を施されている迎
賓館の内部へあっては、さたる影響を与えていなかった。

 爆発にやや遅れて、デルマイユへ人が奔る。もっとも私設軍【クロスボーン・ヴァン
ガード】総帥カロッゾ・ロナにしてみれば、窓の外の出来事など手に取るように判るか
ら、傍耳を立てる必要もない。聞こえてくるのは、戦場交響曲。微かではあるが、猛る
声に魂切る声。確かに響いてくる。もちろん音響的効果を捉えているわけではない。

 やおら、カロッゾは高らかに笑い声を挙げた。

「はっはっは、公もお人が悪い。我らのためにこのようなもてなしまで用意して下さる
 とは」

 ここではそれほどのことが無くとも、外では凄まじいまでの暴力が噴き荒れたのだ、
とカロッゾの知性を疑問視する罵倒が咽まで出かかりながらも、ガンダリュウム合金の
如き意志でデルマイユは、鉄仮面の謝辞に応じた。もちろん自ら失態を失態と認めずに
よいのだから、これを利用しないほど、デルマイユは純粋でもなかったし、善良でもな
かった。

「なんの、なんの。いささか趣に欠けますが、存分にご覧いただこう」

 もっともカロッゾの返答は、デルマイユの想像を超えるもので、宇宙植民人に対する
新たな偏見をデルマイユの脳髄へ刻みこむことになる。

「いえ、狩りを興じるは貴族の嗜み。私めもひとつ興じてみてもよろしいですかな」

 だが、侮蔑を一欠片も表に漏らさず、デルマイユは賞賛を口にした。

「さすがは、ロナの名を継ぎしものですな。存分に堪能なされい」


            :

「どうした、どうした。それでも悪か! 悪ならば、力を見せろ! そうでないなら、
 戦場に立つな!」

 【シェンロンガンダム】―――この呼び名を好いていなかったので、彼自身は【ナタ
ク】と呼んでいる―――のコックピットでウーフェイは吼えた。背景に流れる警報が心
地良い。舞台を照らし出す探照灯が目に染みる。時と場所と役目を得た戦士だけが味わ
える快感に心を奮わせながら、軽警備員と自動防衛機構の迎撃を排除していく。

 じきに潰しきれてなかった【OZ】MS部隊生き残りが緊急出動して来るであろうが、
そんな者はものの数にも数えていない。ウーフェイの関心は、悪の根元を見つけ、この
手で叩き潰すことのみだった。コロニーへ悪成す輩の殲滅。それこそが彼の生き甲斐で
あり、存在意義だった。

 ふいに思わぬ方向から気配が飛んできた。思ったよりも早い、【OZ】のMSだ。

「俺を失望させるな」

 ウーフェイは心底そう願った。

―この時、重慶【OZ】施設を警護していたのは、正規の私設警備隊に加えて、財団直
属のセキュリティユニット【スペシャルズ】(但しデルマイユの息が掛かった隊で、ト
レーズの配下にある隊とは交流はない)をも投入、かなり強力に増強されていた。その
総数は人員だけで数百名に達し、戦闘車輌・機動兵器多数を装備している。よく訓練さ
れた彼らなら、並のMSテロなら数ダース束にして、別世界へ退場願うことすら容易な
はずだった。

 が、現実は著しく異なっていた。

 まず、最初の爆発で保有するMSの三割とパイロット一割が永遠にその価値を失った。
パイロットの被害が小さいように思えるが、これは仕掛けられた爆弾が主にMS格納庫
と技術者居住区画へ集中したためである。

 これに加え、この世からの退場を余儀なくされた者以外にも、負傷その他で一時的に
しろパイロットとしての能力を封じられた者も多い。この者まで数に含めると、短期的
な観点でのパイロット被害は数倍にまで増加した。

 更に不幸であったのは、この被害が各部隊まんべんなく無作為に発生したことだった。

 【スペシャルズ】は勿論、警備隊ですら十分以上に訓練された集団であり、臨時編成
を行った場合の戦力低下もさほどではない。ただ、相手はそのさほどではない戦力低下
ですら、決定的な差としてしまう、最新科学と秘奥絶技の不貞が産み出した化け物だった。

 戦闘の展開は圧倒的だった。

 簡単な分析で【ナタク】には、中距離以遠の兵装は見受けられなかった。そのため、
施設警護MS隊が選択した行動は『安全距離ギリギリにまで踏み込んだ集中砲火』だっ
た。これはそれなりに妥当な選択だった。このような兵装を施しているMSということ
は、高機動性能はもちろん、機体そのものの防禦性能も高いと考える方が理に適ってい
る。通常の攻撃では避けるなり受け取めるなりされて、ロクな効果を挙げることは出来
ないだろう。ならば、許容限度一杯まで接近して命中率と火力を向上させようとするの
は、【OZ】施設警備隊が練度のみならず、判断力もかなり高いレヴェルにあることの
証明だった。

 これは手痛い犠牲によって報われることになる。

 確かに【ナタク】の兵装は近接戦闘主体でパッケージングされている。だが、その戦
闘スタイルをより完成させるべく、その右腕には準サイコミュ制御装置で制御される大
型クローが装備されていた。これは極めて巧緻な伸縮機構を持っており、意外なほど広
い攻撃圏を持っている。

 これにより、まず【OZ】施設警備MS隊三機が瞬く間に葬り去られた。

『シャンハイヌーンより各機へ。テロの脅威評価をSランクへ変更する。各機、格闘戦
 を禁ずる。後退しつつ、全火力を叩き込め』

 これを見た施設警備隊は直ちに、経営資源の損耗を覚悟で長距離砲戦へと戦術を切り
替えた。それはどれほど彼らが【ナタク】に脅威を感じたのか、次の通信でもよく判る。

『なお、施設・人員の損耗は5%まで許容される』

 だが、戦術変更による間隙をウーフェイと【ナタク】が許すはずもなかった。そもそ
も、機動性自体雲泥の差が存在している上に、動きの早い方が進撃側なのである。一般
的に後退は前進の半分も出れば、迅速といって良い。【OZ】施設警備隊がその事実を
再発見したときには、乱戦に持ち込まれており、【OZ】施設警護隊は殆ど無力化して
いた。いや、文字通り鏖殺されていたといってよい。

「どうした、どうした。それでもコロニー市民を喰らわんとする悪か!!」

 【OZ】側も懸命な抗戦を行うが、やけくそ気味に格納庫付近で攻撃を仕掛けた戦闘
車輌と重警備員の一団などは、【ナタク】に装備されていた火炎放射器により、哀れな
ほどアッサリと『処理』された。

 【OZ】側は、ただいたずらに被害を大きくしていく一方だった。


            :

 ――同刻・連邦軍第六三旅団重慶駐屯地

 その頃、【OZ】施設へのMSテロ襲撃は、事態に対する対応が遅いという、事実に
近い偏見で知られている連邦軍側にも、察知されてはいた。

「ブント大佐、ナナキ少佐入ります!」

「どうした、少佐?」

「【OZ】に動きがありました。侵入者のようです!」

「異星人か!?」

「いえ、単独MSテロのようです」

「そうか」

「いかが致しましょう」

「勿論、出撃する。連邦市民の生命と財産を守るのは我々の義務だ」

「はい」

 と、ここまでは、それなりに真っ当なやり取りであったのだが、何を考えているのか、
次にブント大佐は厭らしい笑みを浮かべて、ナナキ少佐へ確認した。

「だが、敷地外への被害は報告されているか?」

「確認されておりません」

「【OZ】側よりの通報は」

「ありません」

「よし。残念ながら、現状で我々の出動は認められない。敷地内への不干渉を、上と
 【OZ】から言い渡されておるし、当事者からの要請もない。よって、我々の出動
 する名目は立たんというわけだ」

「決して、【OZ】が気に入らないわけではない、と言う訳ですな」

 ナナキ少佐の発言には当然背景がある。【OZ】はあまり企業イメージのよろしくな
い企業だ。死の商人そのものであるから当然なのだが、この企業はそれ以上に一々居丈
高な態度で物事を片付けようとする。さすがに後ろめたい事を特盛りやっている、ここ
重慶では少し違ったが、ブント達の立場では更に不満を抱くだけだった。【OZ】は軍
上層部には鼻薬を嗅がせていたが、単なる現場の下っ端と見なしていたブント達を等閑
にしたのだ。

 これは彼らの自尊心と個人的財政を大いに損ねた。

「当然だ。地球連邦軍人として、口が裂けてもそんなこと言うものか」

 もちろんそれを言葉にするほど、ブント大佐も愚かではなかった。

「個人的にはどうですか、ブント大佐?」

「莫迦なこと聞くな。とはいえ、何もせんのは問題あるな、今少し情勢を見極める。
 出撃準備、別命あるまで待機だ」

「はっ!」


            :

 【OZ】施設警備隊が、壊滅しかけていた頃、カロッゾはMSハンガーへ到着してい
た。彼に貸し出されたMSは、ようやく量産先行機がロールアウトし始めた五〇ft級可
変型MS【トーラス】だった。

「さて、地球製のMSがどれほどのモノか、見せて貰おうか」

 2メートル以上ある大柄な身体を苦労しつつコックピットへ押し込め、カロッゾは、
シートへ着座した。外で整備員だか技術者だかが、取り扱いについて騒いでいるが、カ
ロッゾは適当に聞き流した。その程度のことは、拡大されたエゴがある自分には、必要
ない。設計者に込められたエゴのささくれを読み取りさえすれば、判ることだ。

 カロッゾは滑らかな手付きで一通り起動手順を踏んだ後、機体を発進させた。航空機
形態であるから、直ぐに上昇へはいる。【OZ】最新鋭可変型MS【トーラス】の増加
試作機は、カロッゾの聞いていた風評に反して力強さを見せながら、素直な操縦性を示
した。

「ほぉ……、それなりに、と言うヤツだな」

 眼下に敵MSが見えた。なまじ良い動きをするだけによく目立つ。

「ガンダムタイプか……、実戦評価対象としては申し分ないか。
 さて、使い物になるかな。まずは空戦能力からだ」

 ようやくこちらに気付いたらしい敵【ガンダム】へ向け、ビームカノンの照準を合わ
せ、連射した。殆どは外れたが、一発だけ当たる。しかし、それはさしたる効果を与え
たようには見えなかった。

「ウヌッ、所詮は地球製の五〇ft級か。何がビームカノンか。額面出力はそれなりだが、
 拡散が早い。ロクに効いた様子がないではないか」

 敵もさるもので、一航過して離脱する【トーラス】へスラスター全開でジャンプして
追いかけ、一撃を加えてくる。辛うじて、回避したが、翼端を斬り飛ばされた。もう戦
闘飛行は不可能だ。だが、カロッゾの選択は戦場離脱などではない。

「やるな。では、次は陸戦能力試験ということだな」

 機体をMS形態へと変形操作を行い、着地した。敵【ガンダム】からは少し離れてい
る。カロッゾはビームカノンを牽制に放ちながら、優位な位置を占めようとした。

「伊達に大推力比スラスターを持ってはいないか。それなりに動く…来るか!?」

 だが、敵【ガンダム】はカロッゾの見込みを大幅に上回る速さで機動してきた。辛う
じて、躱したが完全にイニシアティヴを取られた。連続した薙刀の斬撃が【トーラス】
へと見舞われ、反撃できない。

「ちぃ、それなりなのは緩機動だけか。限界が低い」

 敵【ガンダム】の一撃ごとに、コックピット内のどこかで大なり小なりの警告が新た
に発生する。これはカロッゾであるから、辛うじて持っているだけだ。そこいらのベテ
ランパイロット程度あれば、最初の三撃持てば賞賛しても良い。勲章の二つ三つ程度価
値があるだろう。

 そんな斬撃を捌いていた【トーラス】も致命的な打撃を受けた。箇所はコックピット
左脇。それは二次装甲下まで抉りとり、飛散した金属片が【トーラス】内部一面にバラ
撒かれた。それはMSで最も強固な防禦が為されている筈のコックピットシェルをも貫
き、その内部へと突貫。当然、内部にいる鉄仮面へ破片が雨霰と殺到した。そこへいる
のが普通の人間であれば、肉の細切れを作成することになる筈だったが、この場合、単
に何かを弾く硬質な音と高級な布の端切れを、作るに留まる。

 コックピットへ、カロッゾの情動を欠けた声が響いた。

「オマケにパイロットへ対する防禦がなっていない。五〇ft級とはいえ、いささか酷過
 ぎる。バグのMSタイプを開発するわけだな」

 肩を揉むようにして、シートベルトを外しながら、カロッゾは結論した。

「フム、数合わせにしか使えんか。伝統か……、所詮はその程度のモノだということだ」


            :

 ようやく擱坐した【OZ】新型MSを眼下に納めながら、ウーフェイは満足げに呟いた。

「なかなかよくやったと誉めてやろう。貴様は悪と呼ぶに相応しい者だった……」

 だが、ウーフェイは次の光景を見て、彼らしからぬ反応をした。

「なにぃ!?」

 歪んだコックピットハッチが内側から弾け飛んだ。爆発ボルトなどで強制排除したの
ではない。内より蹴り上げられた一本の脚がそれを声高に否定していた。化け物じみて
いるどころではない、本物の化け物、怪物だ。

 ウーフェイは殆ど本能の領域で火炎放射を敵機に向けたが、怪物はそれよりも速く、
【ナタク】へ取り付いた。装甲へ何か叩き付ける音がする。ウーフェイの理性が理解を
拒否するが、本能が彼の脳髄へ事態の精細画をデッサンした。

『機体の性能に頼る貴様には判るまい。戦いを制すには、何よりも強いエゴが必要だ。
 他人を押し退け、勝利の座に座るには、な!』

 器用に避けるらしく、振り解こうとするが効果無い。

『光栄に思うがいい。貴様は私が手ずから粛正してやろう』

 【ナタク】の装甲が悲鳴を上げた。信じられないことに、インパネには、『胸部前方
一次装甲剥離』と表示されている。もちろん、【ナタク】にそんな欠陥などあり得ない。
怪物が素手で【ナタク】の装甲を引き剥がしたのだ。

『ふははははは、怖かろう、恐ろしかろう』

 あまりの莫迦莫迦しさにウーフェイは笑ってしまった。まさか、悪党退治に地球へ来
て、化け物退治するハメになるとは思わなかったからだ。コックピットシート脇へ置い
てある青龍刀を手にウーフェイは覚悟を完了した。

「フン、化け物が大口叩くな」


            :

 実に興味深い彼らの闘いを中断したのは、(幸運にも)出遅れた【OZ】施設警備隊
残余だった。同僚の仇討ちも燃える彼らは、何故か動きを止めているテロ機に対して、
遠慮無く砲弾その他を叩き込んだ。もっともその性急な攻撃は、もしかしたら単に恐怖
に駆られていただけかも知れない。

 静止目標へ対してのそれとしては信じられないほど悪い確率であったが、【OZ】施
設警備隊MSの攻撃は確かに【ナタク】へ命中していた。ただし、最も効果を発揮した
のは【ナタク】へ、ではなく、その機体に取り付いていたカロッゾへ、だった。

『うぬっ!』

 この時、【OZ】施設警備隊MSが使用していた機体は【OZ】汎用MS【リーオー】
だった。その兵装の大半は、この機体の標準的な陸戦装備である実体弾仕様の一〇五mm
マシンガンである。当然、【ナタク】の装甲を叩いた攻撃は、確率論から検証しても順
当なことに、これによって為されたものだった。

 しかし、残念なことに彼らの一〇五mm砲弾は【ナタク】の装甲を侵徹するには、全く
威力不足だった。殆ど砲弾は【ナタク】機体表面のコンマ数パーセントを掘削した時点
で、弾体が座屈・崩壊し四散した。この強化タングステン合金の礫が、カロッゾを襲っ
たのである。さすがにこれはカロッゾといえど、無視出来るものではなかった。さきほ
どのコックピット内部での破片などとは根本的に訳が違う。右手の指数本の欠損と身体
各所へ食い込んだ破片を知覚しつつ、カロッゾは忌々しげに呟いた。

『少し座興が過ぎたか。楽しかったぞ、小僧。
 私の名はカロッゾ・ロナだ。
 では、精々拾った命を大切にするのだな』

 【ナタク】へ接触しつつ、接触回線越しにそう言うと、カロッゾは負傷者とは思えぬ
動きで【ナタク】から離れ、戦場から消えた。

「まて、貴様っ!!」

 怪物に毒気を抜かれたのか【ナタク】もまたこの後戦場より消えた。ただし、こちら
は施設より姿を消す前に、施設警備隊残余と施設一割程度を産業廃棄物へ転向させたこ
とを付記しておかねばならないだろう。



<旅順 ホテルポートアーサー・最上階ロイヤルスイート>      

 支払う宿代に見合った豪奢な一室で、元DC少佐シーマ・ガラハウは血まみれるであ
ろう未来について、語り合っていた。

「で、このルートで間違いないんだね?」

 相手の名は知らない。以前この地へ降り立ったDC地球降下兵団が構築した地下組織
経由で、連絡が入ったからだ。相手は莫迦丁寧な口調で、シーマの質問に答えた。

『そう、その渡したルートを最新の艤装品を満載した航空輸送隊が通るね。護衛は通常
 型航空機が二機。間違いないのこと』

「指揮官は?」

『マチルダ・アジャン中佐ね』

 その名にシーマは懐かしさすら感じる。直接合ったことはないが、古馴染みだ。弾避
け代わりの同僚達が、彼女の輸送隊襲撃に失敗する話は、さほど珍しい話ではなかった。

「あの澄まし顔した女狐かい? おやまぁ、未だに現場へ出張っているのかい、あのア
 マは」

『怖じ気づきか、シーマ女傑?』

「いいや、あのアマが出張ってるなら、間違いないだろう。良い仕事になりそうだよ」

『それは大変、結構のこと』

「何処の誰だか知らないけど、礼をしなけりゃあいけないねぇ」

『ワタシはいいね』

「欲のない奴だね」

『いいえ、ワタシ人を助け、徳を積む。アナタ、大儀を果たして、人を助ける。万物流
 転。それだけのこと』

「よくわかんないけどねぇ、要するに持ちつ持たれつ、って事なんだろう? 判ったよ、
 これからも宜しく頼むよ」

『そうなると大変よろしのこと。では神聖十字軍の女英傑、再見』

 シーマの頭脳は、良い狩りのための算段を始めていた。もちろん副官コッセルに情報
の洗い直しを命じた後にだが。



<【ネルフ】本部>      

 彼らの到着第一声は、表面的にはすこしばかり不謹慎さ、内容的には、人倫に鑑みて
極めて重大な問題を抱えた個性的なものだった。

「ぱ・・・」

 当事者は、獣機戦隊 下っ端er(シタッパー)壱號・式部雅人だった。

「パラダイス!」

 手にした荷物を取り落としながら、本能に従って視線を向けた先――に居た
    赤木リツコ(30)
    葛城ミサト(永遠の28)
    クリスティーナ・マッケンジー(24)
    エマ・シーン(24)
    ガウ・ハ・レッシィ(20?)
    シーラ・ラパーナ(19)
    ルー・ルカ(18)
    ファンネリア・アム(17?)
    エル・ビアンノ(17)
    惣流アスカ・ラングレー(14)
    綾波レイ(14?)
    リィナ・アーシタ(14)
    チャム・ファウ(??)
    リリス・ファウ(??)
 と、いう面々を見て、呟いた言葉だ。

 式部雅人、彼の本能が叫ぶ。獲物だ!

 魂の雄叫びを聞くまでもなく、ナニをどうしたいのか、激しく握り締め震える拳がナ
ニより雄弁に物語っていた。それはまだ納得の出来る話であったが、後者になるほど激
しく反応しているのは、どう配慮しようと大問題だった。

 あらゆる意味で、獣機戦隊メンバーたるに相応しい野獣の本能が爆発していた。

 ――残念なことに『野獣』と書いて、『ケダモノ』と呼称すべき、不名誉な方面
   のシロモノだった。

<第九話Cパート了>



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ver.-1.00 2001!06/28 公開
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<作者の懲りない日々>    

作者  「はぁーるが来て、夏が来る〜♪
     あーこりゃ、こりゃ。
     ……毎度の事ながら、公開が遅れてしまい申し訳ないです。m(__)m
     次はもう少し早めにお届けできたらなぁ、と前向きに願望しております」




今回のオマケ。そいや、そいやっとな


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