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「っふっふっふっふっふ………」

 第三新東京市庁舎屋上。立入禁止のその場所では、今時珍しい銀フレームの眼鏡を掛
けた男が見事な歯並びを披露しつつ、勝ち誇っていた。

「ふ〜ん、ふ〜ん、ふん………」
「室長?」

 強烈な風にネクタイがたなびく。

「ぶ、わっはっはっは」
「室長!!」

 足に立てかけられた金属バットが妙に似合っていた。

「ぬぅっ……」
「室長!!!」

 その瞬間、彼の優雅な一時は終わりを告げた。

「のわっ!? 誰だ」

「あたしです」

 第三新東京市特別企画室々長T3ことThe T.Tは、同室員大戸島さんごの叱責に近
い呼び掛けを受けて、(この男らしく)のどかに応じた。

「なんだ、さんごか」

 もちろん、慣れているとはいえ頭にくるものがある。前にも増して語気を強めたさん
ごは、上司を咎め立てた。

「『なんだ』じゃあ、ありません。何しているんですか。ここは立入禁止ですよ!!」

「問題なぁ〜し!! ワタシはT3だぞ!?」

 とはいえ、この男にはのれんに腕押しだ。まったく答えた様子はない。

「一体、何いっているんですか!!」

 この上司を、度量が寛いと評するべきか、単に無神経であると評するべきかは意見の
分かれるところだが、T3は憤る永遠の○学生・さんごへ言い聞かせるように宣言した。

「勝負が私を待っている。そうだな、あ〜る!!」

「あい」

「ホントなの、あ〜る君?」

 こと“勝負”が絡むと、もうお手上げだ。もう人生の半分ほどの時間を、この男と
つき合っているのだから、それだけは断言できる。

「誤解されるような、言い方しないで!!
 あたしにはれっきとした夫と子供がいます!!」

「…いったい、どなたと話をされているのでせうか?」

 この世界の住人としてあるまじき反応をしてしまった事にさんごは恥じる。誤魔化す
ようにさんごは促した。

「あっ、いいから。続けて、続けて」

「あい、Tさんの言われる通りで。空からまた降ってくるかと思うと、心配で、心配で。
 ご飯も、のどを通りません」

 この多能にして肝心なときに役立たずな第三新東京市特別企画室員数外備品・R田中
一郎は、以前にもコロニーが墜ちてくることを誰よりも早く察知している(もちろん、
察知しただけでほとんど役に立っていない)。その時のことを思い出したさんごは、絶
叫した。

「また? ……って、またコロニーでも墜ちてくるのぉ!?」

「違いますよ」

「ああよかった」

 彼女がほっ、と出来たのもつかの間だった。

「やぁ、ここが無くなってしまう程度のロボットですよ。よかったですね、大したこと
 無くって」

「良くないわよ! 何いってるのよ、あ〜る君! ここが無くなるってことは、私たち
 も死んじゃうでしょう!!」

「おや?」

 R田中一郎はさんごの剣幕に新たな発見を予感したらしい。T3へ顔を向け、聞き尋ねた。

「さうなのですか?」

「そのたうりである!!」

「あぁっ!」

「しつちょーぉぉぉぉ」

「心配ないぞ、さんご」

「室長?」

「そのためにワタシは、この伝説の高野連非公認金属バットを用意して待っている!!
 心おきなく、崇め奉ればよかろう!!」

「………」

「ふっふっふ、だいしゃうり間違いなし!
 飛ぶぞ〜、こいつは」

 その時、恍惚として手にした金属バットを見やる上司の姿に、彼女は真剣に職場放棄
を考えたという。









スーパー鉄人大戦F    
第九話〔潰乱:A thing to come after spring〕
Bパート


<第三新東京市>      

 そこには少年と少女がいた。少女に敬意を表して、ここでは彼女と呼ぶことにするが、
彼女は少しばかりご機嫌が斜めだった。背後におどろ線すら引いていた。

 具体的に述べるならば、もう少しばかりご機嫌が斜角を増そうものなら、恐怖の余り
少年と妖精と翅付き少数民族が揃ってダンスしそうですらある。

 ちなみに聡明なだけでなく、世界に名だたる現実主義的偏執狂国家ドイツの、更にそ
のエッセンスを煮詰めた大学を出たての彼女である。妖精のような迷信的生物の存在な
ど、信じていない。

「アスカ、止めなよぉ〜。感じ、悪いよ〜ぉ?」
「…(コクコク)…」

 下僕の両肩へ並び立つ翅を生やした人影が在ろうともだ。

「あ〜、アスカ、アタシ達のこと無視している!」
「…(プンプン)…」

 信じていないったら、信じていないのだ!

 そんな、ミ・フェラリオな小妖精であるチャム・ファウや、ミラリーな翅付き少数民
族のリリス・ファウら心情はともかく、プレッシャーの受領担当である少年は全く生き
た心地がしなかった。

 繰り返すが、全く生きた心地がしなかった。

 プレッシャーに畏れを為して、ジリジリに逃げようとするのだが、ソレ以上に策源地
が接近するのであるからどうしようもなく―――

 はたまた、恐怖に身体を強張らせていると、圧迫強度が増す―――

 、と言った具合に。

「…どうしろって云うんだよぉ…」

 あらゆる意味で少年の世界は泥沼だった。

 その時、少年の“しっしょー”はどうしていたかというと―――

「………」

 少年の後ろにいた。師は弟子の悩む姿に憮然とした表情で達観していたのである。何
を思っているかよく判らないが、師は彼女に関しては全く係わろうとしなかった。

 ちなみに彼女も“いまのところ”特に勝負を挑む気配はない。

 多分、双方ともにそれするのは雌雄を決する時だ、と二人だけの了解が成り立ってい
るからだろう。ここで、師は男で、彼女は女なのであるから、既に雌雄は決しているの
では?と考えてはいけない。ここで言う“雌雄”とは、人生の属性であるからだ。間違
えても先天的遺伝子の属性ではない。類似の誤解を招きやすい表現に魂の属性を顕わす
“漢”という言葉がある。

 そんな彼女が不機嫌な理由は、物事の多くがそうであるように至極単純だった。

 『下僕が主人に断り無く動いた』と言う事実が、彼女の癇に障った。

 たった、それだけである。

 それを語るには、まずここでの彼らの生活を述べねばならない。彼女と少年は第三新
東京市・葛城ミサト宅は兎も角として、ここ【グラン・ガラン】では、当然の事ながら
別室である。念のため付け加えるなら区画も別だ。この点については全く妥当な措置で
疑問の入り込む余地はない。大戦の混乱時にこの措置を行わなかったために、戦闘以外
で屠られる男性将兵が多発した(ちなみに法は弱者の味方であるから、常に正当防衛が
成立した)という事実がこれを補完する。

 そんな過酷な環境にもめげず、夜な夜な頬被りして、由緒正しい日本の古典的男女交
際を実践している兜甲児辺りならともかく、青春リッシンベンな『今』を持て余してい
るシンジが、色々な意味で危険な区画へ近付くわけがない。全く賢明な心がけである。

 だが、彼女がどう評価するか?は、別の話である。

 If――もし、という言葉がゆるされるのであれば、最低でも少年はルームコールにて
伝言の一つも入れるべきではあった。だが、基本的に人との連絡という概念が欠如して
いる少年が、ましてや早朝にそんな事をするわけがない。更に連絡すると思いついたと
ころで彼女の性癖を体で覚えつつあった少年が、睡眠を妨げられた彼女がどのような行
動を取る(「シンジの分際でアタシを寝不足にさせるつもり!?」と詰め寄られる等)
かを予見して、回避してしまうことだろう。

 もちろん、少年の彼女に対する行動予測は殆ど約束された未来だ。ついでに、云うま
でもないが彼女の部屋へ入りなどしたら死刑確定である。少年のあまりに幸薄い因果律
を見るに、将来的にはせめて終身刑程度でおさまることを祈らずにはいられない。そう
は思わないだろうか、諸君。

 まぁ少年個人の愉快な人生模様は、この際おいておく事にしよう。

 今ここはくぐもった音と共に、第三新東京市特設泊地へ最終アプローチを終えた【グ
ラン・ガラン】は、その門扉を開け放ち、彼らに世界を与えた事の方が重要だった。

 それにより引き起こされる事態は、更に重要だった。

「あれ?」

 少年はなんとなく目を向けた先に、見つけた。

 かしらに遠くからでもよく目立つ蒼銀の輝き。均整は取れているが、どことなく投げ
出している印象が全てを台無しにしている際立ったボディライン。そして、迷いのない
紅い眼差し。全てがいつも通りであるかのように思えた。

 でも―――どうしてだろう? 今日はどことなく力が入っているように見える。更に
よく見てみようとするが、それはさすがにかなわなかった。

「どうした?」「なに、ぼーっ、としてんのよ!」

 二人の………、もとい、『』――マスターが傍らにいたからだ。

 これに対して、純朴というべきか……、はたまた墓穴掘りのニュータイプというべき
か……、少年は見たままを素直に口にした。

「綾波だ」

 もちろん少年の一言で、一方のMは物理的現象を伴うほど機嫌を悪化させた。



 幸運なことに、少年の意識の復帰にたったの三〇分と四七秒しか必要としなかった。





<ジオフロント・【ネルフ】本部司令長官室>      

 ただ広いだけの陰気な部屋。主の精神的正常性を疑いたくなるような部屋へ微かに震
えが伝わったような気がした。

「……着いたらしいな」

 渋みが滲み出す声で天井を見上げながら、銀髪の老人は呟いた。それに対する、指名
手配犯が可憐に見えてしまう上司ののたまった言葉は、ひどく優しかった。

「そのようだな」

 あくまで、外見と比較しての話である。その程度の定説には、既に何も感じないほど
麻痺してしまっている銀髪の老人――冬月コウゾウは、おざなりに応じた。

「まぁ、それなりに苦労したようだが、無事で重畳だ。
 全く、今回の件で、彼らまで巻き込まれずに助かったよ」

「せねばならん苦労が一つ増える程度だ。それに、ここもEVAも連中の作戦対象とは
 なっていない」

「だが、何度か来ている」

「連邦へ対しての揺さぶりのためだ。それ以上の意味はない」

「そうかな? まぁそれはいい。
 しかし、今回のこんな作戦をよく“向こう”の連中が承認したな、やり方が連中らし
 くない。荒すぎる」

 冬月が端的に述べた。いつもの事ながら他人事だ。いや、学者らしく常に客観的視点
に立っているだけなのかも知れない。

「現場の独断だろう。“向こう”の作戦指揮官は、アイツだ」

 対するゲンドウは、先までと変わらずだ。朴訥に(と表現するには陰がありすぎたが)
主観的観点で断定した。

「アイツ……?」

 冬月のまとう気配が一変した。彼を彼らしかめている(と思われている)木枯らしの
中の日差しのような安堵感。それが一掃されている。光に紛れる闇とでもいうべき、人
の精神に押さえつけられて隠れているモノが顔を覗かせていた。

「テイニクェット・ゼゼーナン」

 この一言で、冬月の根元的存在は完全に変化した。それは、彼の者、人を殺し在ると
いうより、彼の者、在るがために人は死ぬ、と言ったような。生まれついての破戒者。
人倫の敵。虚無の使者。絶対の絶望をもたらす、永遠の安寧。

 その恐るべき存在が命令した。

「その名を俺の前で出すな」

 対する者も尋常な存在ではなかった。恐怖以外の何者でもない者を相手にぬけぬけと
言い放つ。

「日本人の悪い癖だ。敵であるほど、知らねばならない」

「だが、ヤツは……、ヤツの所為で!
 ヤツさえ居なければ、成功していたやもしれんのだぞ!!
 お前が言うべき言葉だろう、これは!!」

「判っている。だが、今言ったところで、それは負け犬の遠吠えだ。
 今のところは、な」

「………」

「だいたい、この騒ぎも所詮はあちらこちらの老人方による狂言に過ぎない。好きなだ
 け、やらせておけ」

「そうだろう、そうなのだろう……、判っている。これは必要な戦いだ。これが立ち往
 かん事には、仮に俺達のシナリオが成功したとしても、先がない」

「ああ、だから好きなだけやらせてやろう。邪魔はせんよ。但し、退場する時には……」

「俺にやらせろ。その程度の報酬を貰える仕事はやっている筈だ」

「……いいだろう」

 少し疲れたような顔をして退出する冬月。

「そうだ」

 出際にふと思い出したように振り返った。

「今回の件でもう一つハッキリした事がある。【ティターンズ】は危険だ。というより、
 ジャミトフ・ハイマンがだ。今の内に手を打っておいた方が懸命だな」

「ああ、そうしよう」

「相変わらず、気のない返事だな。【ゼーレ】の存在も知らんような小者だが、あまり
 相手を軽く見過ぎん方が良いぞ。
 【ゼーレ】といえども、所詮は裏の存在だ。表の世界に寄生する臆病者の群れに過ぎ
 ない。その走狗である我々に至っては言うまでもあるまい」

「ああ、判っている」

「本当に判っているならいいのだがな…」

 その言葉を最後に、冬月は部屋を後にした。今度は振り返らなかった。



<ヒマラヤ山脈・ラサ>      

 インド亜大陸の付け根にそれは存在した。プレート運動の結果として誕生した世界最
大の山脈の片隅だった。その場所の名はラサ。古くからある素朴な宗教の聖都としてそ
れなりに栄え、そして半宗教的政治思想国家に圧し潰され、多くの悲劇が生まれた都だ。

 それも既に過去でしかない。多くの行為が、歴史の一頁となったようにそれも既に苦
い思いと共に思い出される教訓めいた昔話でしかなかった。今ではE7――地球圏に幾
つもある地球連邦政府政府機能設置都市の一つ、第七地球連邦政都でしかない。

 もっとも施設の殆どは、DCが建設した地下基地跡を利用しているため、地上の歴史
的景観は損なわれていない。在来建設機械の優に数倍の能力を持つ人型機動兵器を使用
して、驚くほど短期間の内にここの施設は構築された。機動兵器が既存の兵科体系を一
変させた理由は、単に戦闘能力だけに因ったものでは無かったと言う訳である。

 その地下に存在する施設の一室に、【ティターンズ】総帥ジャミトフ・ハイマンが陣
取っていた。彼はことのほか上機嫌で、配下からの口頭報告を聞いていた。

 これには訳がある。軌道上では醜態を晒していた【ティターンズ】だったが、地上で
は全く話が違っていた事が原因となっていた。

 特に首都ダカールからの脱出戦では、戦力を集結させていた【ティターンズ】精鋭部
隊が、奮戦。(故意に)補給の優先度を下げられ、満足な組織的抵抗もできなかったダ
カール駐留の連邦軍正規部隊を尻目に、彼らは政府要人脱出・護衛作戦を完全成功とい
う形で成し遂げていた。

 百聞は一見にしかずと故人は曰った。それは、彼ら政府要人であろうとも例外ではな
かった。脱出した政府要人は、【ティターンズ】より特に選抜された判で押したような
理想的隊員の洗練された対応と勇戦する姿を目に焼き付けていた。この光景は政府要人
をして、感動を呼び起こし、彼らに対して今まで以上に好意を持つ者が大きく数を増す
結果となっている。

「これがダカール脱出作戦の報告になります」

 ジャミトフからの命令で、今回裏方に徹していた【ティターンズ】実戦部隊トップ、
バスク・オム大佐(何しろ、彼は言動が不必要に凶暴な所があり、今回の作戦には全く
不適な人材なので表だって顔を出していない)はゴーグルの下に表情を隠して、ジャミ
トフへ報告書を手渡した。

 報告書に目を通したジャミトフは、満足げに肯いた。

「うむ、こちらは役目を十分に果たしたようだな……」

「はっ! これが我々の実力であります」

「これが、か………、もしや、そうではない報告でもあるのかな?」

 内容的にはキツイ事を言っているが、実際の口調はその対照であった。どういう答え
が返ってくるか判りきっている。そんな気配すら、漂わせていた。

「はい、閣下。残念ながら、軌道上での防衛戦では、軌道艦隊は当然として、我々に関
 しても残念な結果となっております」

「“フェイク”は帰還(かえ)ってこなかったか」

 会戦前までの、現役・非現役を問わない、『王の中の王』/連邦軍“公式認定”撃墜
王へ冠せられた蔑称を、何の躊躇いもなくジャミトフは口にした。勿論、将軍(或いは
提督)クラスの人物ともなると色々な裏事情を知っている。なぜ、テネス・A・ユング
が自らの意志を無視されて、エース・ザ・エースに奉り上げられたのかを。本当の撃墜
王が誰かと言うことも。

「はい、所詮は“フェイク”だったと言うことでしょう」

「そういうな。地球を守らんとして果てた英雄だぞ。精々、丁重に弔ってやろうではな
 いか。地球圏の未来のために」

 その為に贄だ。全ては早過ぎた“N”の活躍が原因なのではあるが。RX−78か、
ガンダム神話か。下らぬ、その為にいったい何人の贄を喰らい、またこの先何人の贄を
もて、その魔力を揮おうというのか。

「取り敢えずは我々【ティターンズ】のために、と言う訳ですな?」

 主の内心を知らずに、狂犬は卑下た言葉を口にした。ジャミトフは、愉快そうに口端
を歪めただけだ。【ティターンズ】もまた魔か。そんな思いに囚われつつも、次に彼の
口から出たのは、別の話だ。

「して、あやつはどうした?」

 唐突に出た代名詞であったが、バスクには瞬時に対象を思い浮かべることが出来た。
太鼓持ち将校(アス・キッサー)、ジャマイカン・ダニンガンの事を。

「はっ、グリプスへ帰還しております。ただ……」

「どうした、何かあったのか」

「あやつジャマイカンめは帰還後、情報室に籠もり何やら……」

 通常のデータであるならば、そこらの端末でも問題はない。が、流石に機密性の高い
データを操作できる端末は数・設置場所などが限られており、おいそれとは使えるもの
ではない。特に情報室にある端末ならば、大抵の情報が操作可能だ。これより導かれる
結論は―――、

「…記録の改竄を行っていると言いたいのか」

「はっ!」

「しかし………、存外使えぬヤツよな」

 無論、T任務部隊指揮官であったジャマイカン・ダニンガンに対しての評価だろう。
やや、失望の色を滲ませている。それに敏感に反応したバスクは、脊髄反射で即答した。

「はっ、早速にでも、先の件と併せて厳重に処罰するよういたします」

 ジャミトフの答えは意外だった。

「よい」

「はっ?」

「よい、と言ったのだ。結果を得られぬのは、奴の力量を見誤ったこちらの責任だ」

 バスクはジャミトフの答えが信じられない様子だった。少なくとも、ジャミトフは、
(バイアスの掛かっているキライはあるものの)信賞必罰を遵守する人物であったから
だ。そうでなければ、今時の監査機構・非政府組織の追及のみならず、隊の人間すら纏
め上げる事は出来ない。恫喝と馴れ合いで事を済ますには世界は拡がりすぎ、人は無用
(さか)しくなっている。

 そんな世界で人を効率よくまとめあげるのに必要なのは、スタンダード・ロウ。一律
な法の適正運用である(もちろん、人のすることあるから、何を持って適正とするかは
時と場合と人によって、異なる)

 上に立つ者の常識としてそれを知っているだけに、バスクにしては珍しいことに、狐
狸に化かされたような表情をしてもう一度確認した。

「記録の改竄もでしょうや?」

「何のことだ、バスク? あの情報室は先日のテロ襲撃(ヒイロ・ユイの襲撃)により、
 現在は一般端末室となっている。そこで任務部隊の最高指揮官が、提出すべき記録に
 間違いないよう、確認を行っているのであろう?
 何処にもおかしいところはないではないか」

「申し訳ありませんでした!」

「おかしな奴よな。お前がそういう必要など何処にもないのだぞ、バスク」

「はっ!」

「しかし、この状況ではこの先ワシも忙しくなる。当然、(【ティターンズ】を)今ま
 で以上に増勢するであろうが、間違いのないようにな。今回の軌道上のような結果が
 許されぬ場合もある。隊の練度を保て。訓練を欠かすな」

「了解であります」

 勢い良く敬礼したバスクは、部屋を退出した。

 閉じられた扉を横目に眺めつつ、ジャミトフは楽しげに独白した。

「しかし、バスクよ。お前は少し誤解しているようだぞ? ジャマイカンは、アヤツめ
 は、あの時に無能振りを最大限に奮って、“フェイク”やコーウェンの部下連中と共
 に死ぬべきだった、と私は言っていたのだよ………、地球防衛の英雄となり、ひいて
 は地球圏皆の未来へ貢献するためにな」

 声なき哄笑が響く。そこには神がいた。まだ、誰にも崇められない小さき忌み神だっ
た。

 しかし、確かに存在していた。



<伊豆半島・天城山中>      

 光の撚糸を具現させたかのようなどこまでも麗しい金色の連なりがそこに存在した。
初めてソレを目にする者は、連なりの美しさに心を奪われるが、これを過ぎるとようや
く、そのしたに目を向ける。そして、また心を奪われる。幻想観漂うその姿は全く現実
感が伴わない。そこには美のみが結晶した幻のようであった。

 しかし、それは幻ではなかった。幻では持ち得ようもない、力を内包した瞳がそこに
はあったからだ。そして人影は、何かに気を惹かれたらしく、視線は北へ向いた。

「妙な気配がしたが……」

 発せられた声は、雅だった。だが、声の主は女のものではなかった。言葉の裏に宿っ
ている力強さは確かに男のものであった。もっとも雅である事に何の変わりもない。彼
の声は異性ならずとも人を堕ちさせかねない匂いを持ち、同時にそこへ含まれている何
かは、聞く者へ『己は何者か』と常に問いかけている。常人ならば、両者の間で、愚者
へ堕ちる事も出来ず、悟者にも昇華する事も叶わず、永遠の煩悶を与えかねない。

 彼は暫く北に視線を向けたまま、動きを止めた。まるで何事をも見逃さぬかのように。
その一々が美しかったが、嫌味にならないのは贋物でない為だろう。不純物が含まれな
い本物は嫌味など残さない。

 一瞬とも永遠とも思える時間の後、彼は一息吐いた。

「………気のせいか?
 まあ良い。今は、これが泡沫の如き美しさを魅せている間に食すことにしよう」

 彼は、見事に着流しを着こなし、涼しげな観を漂わす食膳を傍らに、縁側で風雅を嗜
んでいた。

 彼は食膳へ箸をのばした。

 ここは伊豆・天城山。

 ここには過去、人によって観光資源の開発という名の暴力が猛威を振るわせていた。
が、今は昔。それもさたやみとなっていた。

 原因は、第三新東京建設に伴う……、と言う訳ではない。

 環境に対する暴力がやんだのは第三新東京建設以前からであった。おおよそ利権の絡
まない話は日の目を見ない施政後進国・日本にしては奇妙な話であるが、これにはある
人物が関係していた。

 その人物は突如として現れ、巧緻な情報戦と華麗な経済戦を同時展開した。また恐る
べき事にそのただ中ですら、自らの存在を一切隠蔽し通す。あまりに巧妙なやり口は、
なみいる日本の政治業者をして、恐慌一歩手前の状態にまで追い詰め、彼らを狂奔させ
た。幸いにして、聡明であったその人物はそれ以上を行わなかったが、以後その人物の
存在は裏政治史で恐怖と共に語られる事となる。

 勿論、存在の一切は隠蔽されていたから、誰もその名を知らない。ただ、当時裏工作
に奔走し過労死した男が遺した唯一の言葉『ぶん』と言う言葉と、数々のやり取りから
推測された人物像(年齢不詳であるが老いてはいない男性らしいという程度は判明して
いた)から、その人物は『文の若』もしくは『文の若様』と呼ばれていた。

 そんな彼は、手塩にかけて回復させた自然の中で風雅に浸りながら、今ここでいまま
での行いを反芻していた。

 この世界に着くまでも色々とあった。その多くはビックソウルとイビルソウルの狭間
で揺れ動く世界だった。あらゆる意味で、各世界の騒動屋達と乱痴気騒ぎを敢行して、
各世界に活力を与えてきた。

 だが、この世界で今関わり合いになっている者ほどの執着心を見せる存在は各世界の
それらをして抜きん出ている。無論、悪い意味で。

 彼らは伊豆半島を中心とした一帯から、あらゆる陰の勢力を一掃しようとしていた。

 彼はどちらかというと積極的平和論者であったから、必要以上に手荒なことは極力避
けた。手出しをしてくる莫迦者共は、残らず生涯忘れられない経験を与えて帰し、世間
一般で言うところの黒幕へは、社会的・経済的破滅を伴う教育的指導を与える。その程
度だ。さして、騒ぐような事ではない。

 だが、そんなことを数え切れないほど繰り返していれば、話も変わってくる。

 彼は裏に狂信的何かを読み取って調べてみたが、案の定見つけた。人類の暗部を凝縮
したような存在を。その名は【ゼーレ】と言うらしい。彼をしてそれを調べるのが精一
杯だった。もちろん、『今のところ』という但し書きがつく。

 その数少ない情報を総合すると、どうやら彼ら【ゼーレ】は連邦政府機関の皮を被っ
た傀儡組織を使って、この半島付け根に新設された要塞都市で何かをやるつもりらしい。

 その裏へ感じられる人類史的腐臭に、彼は唾棄したい気分に駆られた。

 もっとも、この世界は自分の世界では無いから、主権を主張するには少しばかりの問
題を感じないではない。まぁ、無断で無理矢理、無期限の借用をするのは、いつものこ
とであるから気にはしない。

 気を取り直そうとして、ふと………、

「おーい………」

 何やらやたらに聞き覚えのありすぎるダミ声に、彼はホンの少し眉をひそめた。それ
に対する、彼の取った行動は実にシンプルなモノだった。

「……………、気のせいだ」

 彼は努めて気のせいだと、思いこもうとしたのである。誠に残念なことであったのは、
悲壮感すら漂うその決意も、徐々に拡大傾向を激しくする主張の前では、全く意味を為
していないという事だった。

「おーい……」

 いっそう大きくなる主張の前に文の若は腹をくくった。彼は自身をわだかませる一切
を無視して、食を再開したのである。もはや、その程度で、膨張肥大化する主張が退く
わけはないが。

 主張がとうとう実在の存在となった。そして、相互交渉可能圏内へと滑り込んだ存在
の主張元の第一声は、実に能くその基本的属性を顕わしていた。

「またそうめんか……、お前も好きだな」

 医療関係者らしく、相手の栄養状態を端的に評価したのである。

「………」

 勿論、彼はその発言を聞こえないかのようにしようとしていた。もっともヒクつく右
眉が全てを裏切っている。

「うん? どうした、調子が悪いのか。だから、いつも栄養には気を使えと云っておる
 だろう。そうめんのような……」

 相手の無神経さに我慢しきれなくなった彼はとうとう能動的反応をしてしまった。

「違う! 私の体調に問題はない!
 それに、これは冷や麦だ。質素な純粋さの中へ、そうめんにはない力強い美しさがあ
 るのがわからないか、カットナル」

「………」

 カットナルと呼ばれた四、五〇程に見える男は、左肩に鎮座する相方のカラスと顔を
見合わせ、目の前に存在する美の探求者をもうひとつ理解しかねる顔をする。

「あ〜……、なんだ……」

 男が立ち直るには少しばかりの時間を必要とした。

「美しいのは結構だが、もう少し栄養と云うモノに気を配れ。そうめんだろうが、冷や
 麦だろうがどっちでも構わんが、炭水化物だけじゃぞ」

「(ふっ)」

 若さまはカットナルの意見を鼻先で嗤った。

「なんじゃ?」

「美しさの前に、栄養学などはひれ伏す存在でしかない。なにようにもなる」

 『宇宙美学論』などと云う激烈に怪しい本を執筆・自費出版するだけはある。文の若
が漂わす激烈な非論理性にカットナルは頭を抱えた。

「……お前、本当にワシらの情報局長なんぞをやっとったのか?」

「無論だ」

 キッパリと言ってのけた文の若に、カットナルは世界の深淵に存在する何かを理解し
たような気がした。秘密組織の幹部や、この世界ではないアメリカで大統領をやってい
た頃に、散々世の中の裏表を覗いたつもりになっていたカットナルだが、『新しい何か』
は尽きないことを不必要なぐらい再認識させられてしまった。

 さてとて、カットナルが、今日ここへ訪れたには目的があった。そのために無い時間
を割いて、御自らが出向いてきたのだ。もっとも、相手がこの調子では『本当にいいの
か?』と真剣に悩んでしまいそうだ。頭痛が痛くなってきてしまったカットナルは、懐
から特大薬瓶を取り出し、手に精神安定剤を小山ごとく盛る。しかるにカットナルはそ
れを口へと運び、スナック菓子を食べるかのような調子でバリボリと噛み砕いた。

 勿論、この錠剤はその様な服用をする類のシロモノでは無い。

 若は少しばかり歯ごたえのありすぎる咀嚼音に顔をしかめた。

「……美しくない。
 栄養云々より、そちらの方が余程健康に良くないだろう」

「精神的に不健康なよりはマシじゃ」

 結局の処、要するに二人とも同じ穴のムジナなのであった。


            :

 彼――『文の若』は招かれざる客に対する旧き都人のノリで、男に茶を差し出した。

 もっとも彼は、既に都でないのに未だに都である、と言い張る厚顔さは持ち合わせて
いなかったから、差し出したものを「茶漬け」だとは主張しなかった。もちろん、主張
の有無に関わらず、目の前の男にそれがわかるとは思っていない。しかし、礼を欠くこ
とは彼の美意識にそぐわないし、やらないよりは気分が晴れる。

 そんな彼の胸中を知ってか知らずか、カットナルは朴訥に話を始めた。

「で、最近はどうじゃ」

「変わりない。未だ美学の真髄を求めて、研鑽する毎日だ」

「…本当に変わりないの」

 男の声へ大量に含まれていた、呆れというより無軌道な孫に対する祖父が抱く感情の
響きに、彼は少し気分を害した。

「私のことはよい。そちらはどうなのだ?」

「こちらも変わらんよ。製薬会社なんぞで小金を稼いでおる。もっとも、あちらこちら
 の医療関係機構の会長なんぞをやっておるから、何が本業か判らなくなっておるがの」

「…カットナルはカットナルか。飽きもせず良くやる」

「まあな。で、だ」

「何かな?」

「レミーさんはどうしているか、聞いているか?」

 その名を聞き、彼は目を細めた。レミー・島田。日系フランス人。春風のように爽や
かで、夏の太陽のように麗しく、そして秋の豊穣を喪い続けている人。間違いなく、一
つの美のカタチである。好ましい記憶が呼び起こされたことに、彼は少しだけ機嫌を良
くして、彼女の事を口にした。

「風の噂には聞いている。自分の信念に基づいた行動を取ることに躊躇いはないようだ」

「…変わらんの」

 文の若は断言した。

「それが彼女の美なればこそ」

「そうかも知れんがな。だがな、それではトラブルが絶えんだろう?」

「それも彼女の美。彼女の本質を彩る華だ」

「判っておる。レミーさんも少々のトラブル程度など問題とせん事もな。それにレミー
 さんには、北条真吾やキリーなどというオマケもおる」

 だが、何かを言いたそうなカットナルの口調に、彼は尋ね返した。

「なら、何を心配している」

「あの二人ではどうせ大した社会的な何かを持つことは出来まい。精々が個人経営の農
 園や飲食店が関の山だ」

「それが彼らを彼らたらしめている。美徳と呼ぶべきかも知れない」

「だがアヤツらでは、個人的能力でどうにもならん時、レミーさんを助ける事が出来ん」

「なら、私が助けるまでだ」

「そうだ、その通りだ。それへ儂やケルナグールが手助けするにも、やぶさかではない」

「……非常に不本意だが、今までの経緯を考えると、そういう場合もあるだろう」

 文の若の言葉に、カットナルは永すぎる冬を振り返るロシア人のように嘆息した。

「今までの経緯………か。過去とは云わんのか?」

「我々六人にとっては過去でも、世界にとっては未来かも知れない。或いは虚無。時空
 の狭間で、いつ終わり、何処へ向かうかも判らぬ旅をする私達に、時間という概念は
 無意味だ」

「相変わらずだな……、しゃちほこばっとるの……、堅すぎるわ」

「そういう美もある」

「そうか」

 実につまらなさそうに応じた後、カットナルは契約書とペンを取り出した。その冒頭
には『雇用誓約書』とある。どうやら、カットナルが経営する会社への入社願いらしい。
おそらくは、彼の特殊な人脈と能力を狙っての人材登用だろう。

 カットナルは厳かな雰囲気を作りつつ、それらを縁側の際へ揃え、文の若へと差し出
した。

「で、だ。レミーさんを助ける。その時のために我々は力を持たねばならん」

 一瞬で紙に書かれた内容とカットナルの意図を理解した文の若の反応は、迅速にして
果断だった。

「多少は理のある話だ。だが、断る」

 もっとも、あらかじめそれを予想していたカットナルも引き下がらない。

「まぁ、そういうな」

 文の若は、再度願いを退けた。

「断る」

「そこを何とか」

「断る」

「いやまぁ、そういわず」

「断る」

 延々と埒のあかないやり取りに、カットナルが切れる。癇癪持ちにしては良く持った
と評して良いだろう。

「レミーさんのためじゃぞ。今は儂に協力しろ!」

「断ると云ったら、断る!」

 絶対的な辞退表明にも、男はひるまなかった。それどころか、目を血走らせながら、
若へとにじり寄る始末だ。控え目に表現して、美に不自由しているシルバーエイジが、
年齢不詳の美男子に迫っている姿はシュールである。

「ほら、しろ! さあ、しろ、何が何でも、しろ〜〜〜っ!!」

「しっつこーーーーーい!!」

 それは、滔々(とうとう)たる押し問答の始まりに過ぎなかった。

            :
            :
            :

 彼らはしばらく、そのシュールな有様を継続していたが、カットナルの内懐から鳴り
響いた呼び出し音がソレに終止符を打った。

「ええい、後一押しと云うところで!」

 不本意な押し問答に渋面した文の若は知らんぷりである。

「なんだ!
 ……ん? ………んん、…………成る程。………なに!? なんだとぉ!?
 上から鉄屑が降ってくるだとぉ!!
 判った、いつも通り情報は収集させておけ。では、後でかけ直す」

「やっかい事か」

「ああ、軌道上の戦闘で発生した粗大ゴミの燃え残りが幾つか墜ちてくる。数十トン単
 位のやつがな。他の地区はどうかは知らんが……」

「この地区の防衛隊トップは、南条とか云ったな」

「ああ、筋金入りの機会主義者でガメついヤツだ。余計な画策をして、肝心の対処時期
 を逃しかねん。いや、確実に逃すと見て間違いない」

 文の若はしたり顔で肯いた。

「美しくない」

「……そういう問題じゃあ無いと思うぞ」



<第二新東京市 新霞ヶ関要塞内 防衛省区・戦自長官室>      

 話は、少女が故郷へと墜ちる少し前に遡る。

「報告します!」

 不必要なほどハッキリとした発音で断りを入れ、戦自長官室へと押し入ってくる者が
あった。

「何ごとだっー!」

 その事態に反応したのは、大辻だった。戦自長官・南条は、大辻が怒鳴ってから暫く
して、全く面白く無さそうにそちらへ顔を向けただけだ。

 侵入者は幕僚肩章を吊った若手将校だった。彼は大辻に挑みかかるような視線を向け、
南条の前で居直った。

「報告します! 本日未明、衛星軌道上にて行われた会戦により、多数の宇宙塵が発生。
 比較的低軌道にて行われたこともあり、大半が大気圏内への侵入が予測されておりま
 す。また、かなり大型のモノが多く、大気圏上層で燃え尽きないモノも少なくありま
 せん」

「うん? ああ…、なるほど……」

 判ったか判らないか、漠然とした反応を返す南条。その南条へ何かを感じたのか、若
手将校はよりいっそう力込んだ。

「もちろん、我々の主権管区への降着体も多数観測され、手をこまねいていては大惨事
 となります!」

 額に入れて床の間へ飾っておきたくなるような見事な報告だった。勿論、見事さに感
心する人物ばかりではないのは、いつの世でも変わらない。

「貴様、誰に向かってモノを言っている!」

 案の定、無視された形になった大辻が噛み付いた。

「決まっている! 長官にだ!!」

 若手将校は、バカ殿相手に戦自を私する(と思われている)大辻に対して、日頃の鬱
積もあるのか全く怯まない。二人は睨み合いあった。

 その様子を前にして、南条はどうしていたかと言うと。面白くも無さそうに椅子へ座っ
ていただけだ。

 実の処、自身が(あらゆる意味で)如何に小汚く醜いかを過剰なほど知悉している南
条は、この若手のような政治的白痴とすら呼べるほど純真な彼らを羨み、憧れ、そして
……、嫌っていた。それを何の躊躇いもなく表現するほど、愚かではなかったが。ただ、
彼はポーズを取り、待つだけだ。為すべき刻を。そして、また汚れる。今では息をする
ように行っている常態に過ぎない。

 その喧噪と静寂が入り混じる部屋のただ中へ無機質な金属音が響く。

 官僚的というか、世の大部分の軍事組織に通ずる、必要ならば悪魔にすら魂を売り贖
う先進性の裏に重々しく鎮座する、無神経なまでに武骨な感性で構成されたクラシック
な電話機からの音だ。行政府とのホットラインである。

「……今日は何かと煩い日だな」

 大辻は若手将校に舌打ちして議論を強制的に中断すると、電話に出た。二言三言、応
じると大辻は、南条へ向く。

「…閣下、政府からです」

「うむ、了解した」

 そして南条にしては珍しいことに、まともに相手を見据え、丁寧な口調で若手将校へ
言った。

「これより、私は高度に政治的な判断を下す。
 貴様は、下がってよろしい」

 ただ大辻には、それが死刑執行が決定した罪人を前にした官吏のように見えていた。
誰でも屠殺されんとする子羊には優しくなる。そんなところだ。

「了解しました!」

 若手将校はそれなりに納得をしたのか、入ったときと同じくハッキリとした口調で応
じ、長官室を退出した。どことなくくたびれた様子の南条に、大辻は気遣わしげに呼び
掛けた。

「……閣下?」

「後でかけ直すと伝えろ」

 いまの南条は何かに疲れ果てた老人そのものだった。大辻は憐憫すら憶えてた。だが、
その本性を知っている大辻は、それを一切滲ませず、返答した。

「はい」

「……しかし、ヤツは英雄になりたいようだな」

「はい」

「では、希望を叶えてやれ」

「はっ」

 英雄になるには試練が必要だ。それも飛び切りのモノが。決してソレは無いわけでは
ないが、多くの人は自分で思っているほど勁くはない。そのような試練など、果たせな
い場合が殆どである。そしてその種の試練の失敗は、命を代償として要求する。

 南条は、一人の若者の運命へ少しばかりの方向性を与えたことで、補完を果たした。
この唾棄すべき男は自分の世界へと戻りつつあった。

「さて……英雄指向の莫迦は片づいた。次は軍事莫迦の政府連中か」

 『政府連中』を口にしたときは、先程までのどこか病んだ犬のようなみすぼらしさは
霧散していた。そこへいたのは欲望の野獣。あるいは背徳の豚。世の害毒そのものだっ
た。

 咎人(とがびと)は、粘着質の光をぬめつかせながら、言った。

「政府の連中へ隊を動かすには、どれほど苦労せねばならんかを、教えてやらねばなら
 んだろうな」

 南条は昨年の予算折衝で、要求全額が通らなかった屈辱を全く忘れていなかった。特
に彼へ利益をもたらす項目の悉くが削られていた件に関しては。南条は役人共にその償
いを約束させるまで、指一本動かすつもりもなかった。

 だが………、

「それはそれとして、だ。もし、迎撃したとして、ソレが第三へ墜ちるような事故は起
 こらんだろうな?」

 南条は予算折衝で理不尽した政府の連中以上に、あの新都市の地下で君臨する男が嫌
いだった。男を思い返すだに、はらわたが煮えくり返る。あの男を害することが出来る
なら、何事かを為すのもやぶさかではない。

 南条の意をくみ取った大辻は思わせぶりに語尾を濁した。

「………確かに我々の隊は優秀です。やれと言われれば、狙って任意の場所へ降着体を
 墜とす事も出来ないことはないでしょう。例えば、第三へ適当な降着体を落とすなど
 です」

「優秀だな」

「その通りです。ですから、降着体の無害化など、わけも無いでしょう。ですが…」

 南条はその言葉に満足した。自分の求める匂いがしたからだ。

「あってはならんことも起こり得る……、か?」

「その通りです。一〇〇%ないかというと、そうではありません。閣下言われるとおり、
 遺憾ながら物事には事故が付き物です」

「そうだな。儂もそう思う。事故など、起こってはならん。例えば、海上へと軌道修正
 させた降着体などが第三へ墜ちてしまった、とかだ」

「全くその通りだと思います」

 大辻の答えに更なる満足を得たのか、南条は口調を一変させた。厳めしいというより
は発育不良の野豚が威嚇しているといった様子で、南条は指示を下した。

「命令する」

「ハッ!」

「管区内資産へ被害を与える危険性のある降着体を、直ちに撃破もしくは海上への軌道
 修正を行え」

「了解であります」

「くれぐれも事故などの起こらんようにな」

「閣下の意は、間違いなく伝えておきます」

「うむ」



<第三新東京市>      

 第三新東京についた【ロンド・ベル】の面々であるが、(当直の者を除き)彼らには
上陸入湯許可――要は休息が与えられていた。

 勿論、これは【ロンド・ベル】としての措置であり、その休息時間内に何をやろうが
組織として関知するわけではない。

 関知して欲しいと思う人間が居ても、だ。

 毎度毎度の事ながら、関知して欲しかった人間の一人である少年・碇シンジは疲れ果
てていた。

 本日は早朝より師ドモンの指導を受けたシンジだったが、実のところそれ自体には極
端な疲労を感じてはいなかった。それを、全くどうしようもないほど疲れさせたのは、
その後のことだった。


            :

 師ドモンは稽古後、雑貨を満載した背負い袋を無言でシンジに突き出していた。

「あの……、もしかして……、僕が持つんですか? お師さま」

 無言で頷いた師から背負い袋を受け取ったシンジは、その重さに目を白黒させる。師
が片手で軽々と持っていたから、大した重さは無いと思っていたためだ。

「大切に扱え。落とすな。落としたら、破門だ」

 実に端的に淡々と述べる師であったが、シンジは師の指し示した道の険しさに愕然と
する。今ですら、抱えるだけでヨタついているのである。これを持って歩き通すにはど
れほどの労力が必要だろう。

 基本的に受動的悲観主義者である少年は、内心涙を流しつつも師に従う他はなかった。

 それは【グラン・ガラン】から下船しても変わらなかった。

 否、苦労はよりいっそう増していた。


【     :
      :
  〇七三一  2番、3番他と合流。
  〇九一五  T3/着。
        3番、一時的意識障害を起こす。
        介入規定に抵触せず。状況を続行。 かわいそうに…
  〇九四六  GG下船。1番、2番・3番と合流
      :
      :


 上記は、【ネルフ】保安部職員日報からの抜粋であるが、あらゆる意味で客観的観点
が要求されている彼らがたったの一言とはいえ主観的要素を紛れ込ませている。これが
記録から抹消されていないことからもこれは担当者個人のみならず、少なくとも担当部
署全体の共通認識であることが読みとれる。これだけでシンジの苦労が忍ばれるという
ものである。

 端的に言うならば、通電し起爆状態となったリキッド・プライマー(信管剤)と、リ
キッド・プロペラント(液体炸薬)が、共にタンクの虫喰いでチョチョ漏れる様な状況
――要するに、何で爆発しないか不思議な火薬庫の相手を、道具無し・応援無し・何に
も無しで、押しつけられるようなものだ。

 壮絶の一言に尽きた。

 お陰で、昼食を取る頃にはシンジが精根尽き果てた状態となっていたのは、決して少
年の鍛錬不足だけが原因ではないだろう。

「アンタねェ、なにヘタばってんのよ!」

 口を開くことすら億劫なのか、シンジは力無く笑っただけだった。笑っていると言う
より、泣いているように見える辺りが少年らしいといえば、少年らしいのであるが、こ
の状況では万人に通ずる普遍的光景であった。

「シンジ」

 そんな彼に更なる追い討ちだ。師ドモンは、武闘家らしい一見荒々しいが、実際は全
く丁寧な運びで手にしたトレイを、シンジの目の前に置いた。

 もっともシンジにとって、問題なのはトレイの中身であって、トレイの扱いではない。
トレイに置かれていたのは、なんの変哲もないランチだ。この表現に差し障りがあると
すれば、二点ほど。しごく食欲をそそる匂いを発していたことと、栄養面で完璧であっ
たことだ。ただ、シンジにとって問題だったのは、量で、健常時ですら吐き気のするほ
どの分量がそこにあった事だった。

 食欲という存在が少年の内宇宙奥深くに潰走している今、これは殆ど拷問だった。

「食わん奴は大きくなれん」

「…お師さま」

 応じるシンジは殆ど涙声だった。勿論、感激したわけではない。

「師の心遣いを無にするような弟子はいない。そうだな?」

「…はい」

 コマンド一覧には[はい]だけが並んでいた。要するにシンジに選択できる言葉は肯
定のみだった。

 やけくそ気味にまずはコップを取ったシンジだったが、仕事慣れない筋肉は酷使に抗
議する。至る所で肉が笑って、コップ一つ満足に持てなかったのである。中身が机に拡
がる。投げ遣りに一枚の紙ナプキンをとり、拭こうとするが拭ききれるわけもなく、ア
スカの叱咤を貰うことになる。

「アンタねぇ、前にも言ったでしょう。一枚でダメなら、ありったけ使ってやればいい
 のよ!」

「まったくだ。何事も妙な出し惜しみはロクなことにならん」

 ウンウン肯くアスカ。師匠とご主人様が徒党を組んでいる光景は、なかなかシュール
だった。なにせ、どちらも“マスター”だ(片方は“クィーン”かも知れないが。実質
的な差は存在しないのでこの場は左記としておく)。苦労が二乗倍に増したようで……、
シンジは目眩がした。

 どうにかこうにか、食事を再開した彼らであったが、師ドモンと師のパートナー・レ
インは、自分達の食事を終えると席を立とうとする。

 シンジは慌てたように師ドモンを呼んだ。

「あ、あの、お師さま……何処へ」

「着いてこなくて良いぞ。ゆっくりと食って、昼寝でもしていろ」

 弟子に向かって言いたいこと言った師は、弟子の所有権を主張する少女に呼び掛けた。

「惣流」

「何よ!」

「すまんが、コイツが最後まで食べ切るよう見ててくれ」

 幾ばくかの間と、不穏当な気配を伴って、出た言葉は、意外なものであった。

「…いいわよ」

 いや、その響きの中にはむしろ共犯者といったノリすら感じられた。シンジの苦行・
本日割り当ては、未だ終わりが見えていなかった。


            :

「随分と回りくどい教え方をするのね」

 食堂を出たドモンへレインが開口一番あびせた言葉だ。

「何のことだ」

 物憂げに応じるドモン。もっともこの程度で腹を立てていては、この漢相手の意志疎
通は不可能だ。慣れと諦めと爪の先程度の嫉妬で、レインは話を続ける。

「碇シンジ君の事よ」

「アイツがどうした。ただ単に疲れさせているだけだ」

「そうね。だからよ」

「?」

「単に約束を守るだけなら、見栄えのする技の一つも教えて、煙に巻けばいいじゃない。
 あのくらいの子なら、そちらの方が手っ取り早く満足するでしょう?
 けど、アナタはそれをしていない」

「よく見ている……そう言えば、お前も研究者の端くれだったな」

「端くれって、どういう意味よ?」

 レインの言葉は、酷く明瞭で………、ドモンをして心底寒からしめる冷え冷えとした
風を伴っていた。表情はいわゆる“殺ス”笑みというヤツだ。こめかみに流れる汗一筋
だけ状況に反応させて、漢は平静のままである。さすがだ。

「ああ、言い方が悪かったようだ。単に、一から言わんとならんかと思っただけだ」

「あら、そうなの? それはごめんなさい」

 一息つき、彼女はにこやかに脅迫した。

「で、一から話してくれるのよね?」

「では、そうするか……」

「ええ、そうして頂戴」

 そういう二人の姿が、不貞をはたらいた良人を咎める細君のようであったどうかは、
ともかくとして、ドモンは一息つき、口を開いた。

「レイン、思い浮かべてくれ。そこに老人がいたとする」

「それで?」

「老人は戦っている。鍛え抜いた身体を使ってだ」

「…老人虐待はダメよ?」

「…それはいいとして、老人はどうやって戦っている?」

「どおって?」

 レインはその細い頤に指を一本あて、小首を傾げる。漢は促した。

「なんでもいい。言ってみてくれ」

「そうね、パンチをするわ」

「どんな体勢から?」

「どんな体勢? もちろん、構えからよ」

「どんな構えだ」

「身体を半身にして、手は開いて自然に構えて……、そう、そして、ゆーっくりと流れ
 るように動くわ」

「要は拳法使いと言う訳だ」

 漢に言われて、レインは納得する。たしかにそのとおりである。

「そういわれてみれば、そうね?」

「では、なんでボクシングや他の格闘技ではない?」

「どうしてって……、判らないわ」

「教えてやろう」

「………」

 漢にモノを教えられるとは………、幼少の頃から憶えの悪い漢の個人的教師であった
レインとしては、嬉しいやら悲しいやら、非常に複雑な気分だった。口を開こうとして
いるドモンが勝ち誇っているように見えるのは、自分の見間違いなのだろうか?

 ドモンはそんなレインに構わず、話を続けた。

「それは根本的な目的の違いからだ」

「目的?」

「拳法が、他の格闘技と違うのは、技や鍛錬などじゃない」

「???」

「その目的が違う。ボクシングやカラテ、サンボ等はあくまで格闘能力を得ることを目
 的にしている。だから、その能力の劣る老人がこれらを使う情景が思い浮かばない」

「当たり前じゃない」

「だが、拳法は違う。拳法ではそれは修行の経過で得られる一つの側面に過ぎない」

「一つの側面? 目的ではないの?」

「違う」

「では何を目的にしているの?」

「まぁ、その辺は色々と言われてはいるが……」

「分かり易くいってちょうだい」

「まぁ、生き方を知る事を目的としている。朝起き、昼働き、夜学ぶ。息を吸い、腕を
 奮い、脚で進む。そんなところだ」

 漢の示した意外な部分に、レインは意表を衝かれた。思わず、そのプライドを守るた
めに茶化してしまう。彼女は不本意なことに漢に対して、あろうことか知的側面で劣等
感を感じていた。

「…そして、天を知り、地を読み、人を動かす?」

「それが出来るならば、後は天に昇るだけだな」

 自分のことを棚に上げ、レインはなかば咎めるような言葉を口にする。

「茶化さないで」

「茶化してなどいない。それらを踏まえた上で自分を知ることが目的だ。俺はそういう
 教えしか受けていない」

「ふ〜ん……」

「なんだ?」

「不器用だ、不器用だとは思っていたけど、これほどとは、ね」

「…好きなようにいえ」

「だから、あの子にも基礎から始めると。
 じゃあ、あの荷物は?」

「…ついでだ。生っちょろい事、この上ない。今の程度では話に成らん」

「じゃあ、どうしてトレーニングを続けないの?」

「疲れた時には寝るのが一番だ」

 眉間に皺を寄せてクソ真面目な顔で、そんな事を言うドモンがおかしくて、レインは
吹き出してしまった。漢は漢なりに考えてはいるらしい。

 残念ながら、その気遣いは無駄だったのだが。

 第三新東京市に、第二種戦闘配備発令の警報がけたたましく響いた。



<ジオフロント・【ネルフ】本部>      

 久方ぶりの我が家にも、どうにかこうにか迷わずに特務機関【ネルフ】作戦部々長・
葛城ミサトは、携帯通話機片手に作戦室へ飛び込んだ。

「日向君、状況は!?」

 室内に設置されているMAGIの端末相手に格闘しつつ、同部員・日向マコトはもう
一度手短に報告した。

「戦自に対してのモニターに引っ掛かりました。上から、少しばかり大きなゴミが多数
 落下中、迎撃を実施したようです」

「まあ、当たり前よね」

 臨月の妊婦が出産するぐらい当然のことにミサトは納得した。後日、金銀水引き花丸
電報で報告しても差し支えない程の内容だ。もっとも、日向の次の言葉は、日本人同士
の親から生まれた子供の目が蒼いぐらい衝撃的だった。

「ええ、それはいいんですが、うち数個の迎撃に失敗して、こっちに墜ちてきます」

「こっち……って、ここへー!?」

「その通りです」

 産まれた子供が誰の子供であるか述べる医師のように、日向は柔らかな発音で断固と
した事実を告げた。ミサトは望ましからぬ内容を更に確かめた。彼女の職責は、それを
求められている。

「連中も何やってんだか……。戦自からの連絡はまだね?」

「ウチは、連中との仲悪いですから」

「仲の良い悪いでこんなモノ墜とされちゃあ、かなわないわよ。
 迎撃は間に合う?」

「半分は確実に」

「もう、半分は?」

「迎撃実行手段の都合がつきません。ウチ固有のモノでEVA以外の長距離兵器となる
 と兵装ビルぐらいですが、これらの砲填装備は、殆どが中近距離向けで、長距離用は
 僅かです。残念ながら、数が足りません」

「と言うことはー、後は遠距離向けの装備を持った………」

「機動兵器による遠大射撃が必要です」

 臭いモノに蓋をするように彼女は果断だった。コンマ以下の世界で、目的の発見・必
要とされる手段・実行に際しての立案をやっつけた彼女は命令した。

「いいわ。迎撃に投入可能な機体のリストアップと出撃準備。
 急いで!」

 もちろん、先程の妊婦が彼女であるとするならば、その伴侶が自分であれば、産まれ
る子供が何者であろうとも頓着しないであろう、日向である。彼女の発する命令に関し
ては、全能となる彼に抜かりはない。

「リストはここに。パイロットには召集を掛けて、第八ブリーフィングルームへ集めて
 います。資料のマトメにはもう少しかかります、葛城さんは先に部屋へ言って下さい。
 追って、届けます」

「判ったわ……。しっかし、さっすが、日向君。愛してるわよん☆」

 そういって、ミサトは踵を返した。足早に発令所を出る。その姿を見送りつつ、日向
は右手を胸に当て、呟いた。

「お褒めいただき、光栄の至極です」

 そして、少しだけ照れたような表情をした。



<第三新東京市・郊外>      

 戦自の迎撃を潜り抜け、第三新東京市への激突コースを辿っていた降着体は、7つ程
だった。

 内、3つは連邦軍環太平洋軍管区航空隊による“トマト缶”攻撃や兵装ビルからの超
長距離攻撃によって、破壊もしくは(相対的に評価して)無害化されていた。残る降着
体は4つ。

 これに対して、採れる方策は全くシンプルだった。

 地表に展開した機動兵器よりの迎撃砲火。全く面白みも何もない。

 実際の処、ゲッターロボ等の【ロンド・ベル】所属航空機動兵器による迎撃は不可能
だった。幾ら大気摩擦によって速度が落ちているとはいえ、秒速でkmクラス、時速にす
るならば、数万kmに達する様なモノ相手では諦めるより仕方がない。

 そこで、ミサトは【ロンド・ベル】所属機を含む機体の中から、エフェクティブ・セ
ンシング・レンジの大きいものから順に選抜して、遠距離砲戦兵装を施し、任務への投
入を決定した。勿論、その中にはエヴァ両機も含まれている。

 意外な事に最も索敵レンジの大きい機体は、ダバ・マイロードとガウ・ハ・レッシィ
が所有するA級ヘビーメタルだった。デリケートな側面を持つものの、有機系素材が使
用されたセンサーアイの性能は、ミサト達の想像を超えていた。その性能は、同様に有
機系素材を使用して、なおかつ大重量のモノ(アナログ機器は重量が性能に直結する傾
向が極めて強い)を搭載しているEVAをも上回っていた。ペンタゴナ四〇〇〇年の歴
史は伊達ではない。

 尤も、パイロットの方も尋常ではなかった。“騎士”の血に連なる者は、肉眼ですら
昼間の人工衛星を容易に視認できるのである。その彼らが駆るマシンであるならば、当
然かも知れない。

 ここで更に喜劇だったのは、ダバ達がその性能に全く留意していない事だった。

 そもそもペンタゴナでのヘビーメタルの運用理由は、『環境に優しい領土争奪遊戯』
を行うためである。ならば、遠大射撃は、敬遠されて当然だった。それは無駄弾を問答
無用で量産し、意図しない破壊を行う。これは当事者の望むところではない。誰だって、
苦労して手に入れるモノは綺麗な方が良いからである。取られる方もいずれ取り返すつ
もりなのだから、尚更だった。その為、ペンタゴナでは一定距離以上の索敵性能を保持
しているなら、特にソレ以上を求めようとはしない。

 それでも、地球産のソレより高性能であった理由は、単にペンタゴナの技術力で金に
糸目を付けないで造ったら、ついでに超長距離の索敵能力も大きかった。ただそれだけ
であるに過ぎない。

 この事実を知って、某女史が述べた言葉。

『……笑えるわ』

 とはいえ、彼らに運用可能なバスターランチャーがあったなら(経年劣化で故障中の
モノは持っていた)話は違ったかも知れないが、流石のA級ヘビーメタルも超長距離の
攻撃能力までは無い。

 となると、現有の機体で最も射程の大きい攻撃兵装を保有していたのはEVAだった。
汎用の銘をカシラに頂くだけのことはあり、実に優れた状況対応能力だった。ここで何
故、A.T.フィールド中和戦のため、近接戦闘重視の傾向が強いEVAの装備計画へ超長
距離射撃戦等という事前想定が入り込んだかは、真剣に疑問を抱いてしまうのは気のせ
いではない。しかし、口に出してはいけない。多分何処かの誰かさんの所為であろうと
判ってはいても。

『…わ、私じゃないわよ』

 何を云っているのか良く判らないが、以上を加味して、ミサトはダストスイープシフ
トを組み上げた。


            :

 幸いにして、抜けるような青空だった。事前にビームの拡散掃射して蹴散らすような
雲もなかった。特に後者は良い知らせだった。MAGIでリアルタイムでシュミレート
している大気パラメータへ、ややこしい数式をダース単位で書き加えないで済むのであ
るから、実に彼らはツイていた。

 常人なら小躍りして喜ぶべき話である。しかし、ダバ・マイロードはいつも変わらな
い、何処までも朗らかな口調だった。

「ソウリュウ君、シンジ君。撃ち漏らしても後ろが控えている。
 落ち着いていこう」

 勿論、頭に『ド』の付く正直者であるダバである。彼の言ったことに嘘はなかった。
が、全てを話したわけでもない。後はあっても、アテには出来なかった。撃ち漏らした
後に残された時間と距離が短すぎる。たとえ、迎撃できたとしても、四散した構成体が
不本意な場所へと降り注ぐことになり、被害の発生をまねいてしまう。実質的な被害を
防ぐといった観点から述べると、彼らが最後の一線そのものだった。

『はい』『判ってるわ』

 勿論、それを担当者に教えても事実に何の変わりもないので、殊更ダバの発言に訂正
を加えようとは、誰もしない。

「見えたっ!。
 カツラギさん、的測データ送信中。問題は無いか?」

 廻りに確認する声が微かに聞こえた後、ミサトから返答があった。

『……問題なし。いい感じでキテるわ、ジャンジャン、ヤってちゃって』

「了解!」

 そう答えると、ダバは敢えて送信機を切った。

「……さて、と」

 発令所からの指揮を受けて、EVA両機が射撃体勢に入るのがダバにも見える。その
後ろに控えている【ロンド・ベル】のMS群も見えた。だが、その他の機体は遠く離れ
ていた。勿論、近くにいても遠くにいても、役に立たないからだ。少し離れて、万が一
の場合に、『無いよりはマシ』程度の射撃を行う予定だ。

 一方、【ゲッター】と【ゲシュペンスト】は空中迎撃するにしても相対速度が大きい
過ぎ、精密射撃に必要な安定に欠く。地上迎撃しようにも近接戦兵装主体の彼らに出番
無し。飛ぶ事すら出来ない【マジンガーZ】や【シャイニング・ガンダム】等と一緒く
たにされて、地上待機。

 オーラバトラー隊は言うに及ばない。彼らの運用が後々の政治的問題を引き起こしか
ねないという点を差し引いても、出番はない。中距離以遠は『まぐれでも当たればOK、
問題無しっ!』な、ゴリゴリの近接戦用途の機体など、この局面に参加できるはずもな
かった。それでも、一応出撃しているのは、万が一撃ち漏らしたときに、手早く何かに
使えるだろうと判断された為である。

 勿論、ダバにもその程度は分かっている。彼らが使われる局面にならないようにとも
思っていたが。

「お手並み拝見、で終わるといいんだけどね。
 いけないな、焦っているのか? 僕は?」

 願望が口に出てしまったのはダバにしてみるとは意外だった。これはポセイダル王朝
軍と戦った彼の父祖の経験が影響している。ポセイダル王朝軍の殲滅作戦は、今地球で
行われているように軌道爆撃を端緒とする。ポセイダルは人口密集地へ、好んでそれを
行った。言うまでもなく、文字通りの『煉獄』がペンタゴナ各星系へ現出した。忌むべ
き経験だった。

 ダバは怖気をふるって気を取り直し、目標を再確認する。既にEVA両機は順調に3
つの降着体を撃ち落としていた。

「ん!?」

 ダバは自分の目を疑った。一瞬、躊躇するが送信機のスイッチを入れ、発令所を呼び
出した。

「発令所!」

『こちら、発令所。どうぞ』

 出たのは、日向だった。

「目標四を確認」

『ああ、こちらも確認している。大丈夫だ、今度も上手くやれるさ』

「そうじゃない」

『何? どういうことだ。詳細、知らせ』

「目標四を確認。間違いないっ、アレにはまだ人が乗っている」

 ミサトが割り込んできた。

『判断の根拠を教えなさい!』

「目標はゼータタイプとか言うマシンに見える。マシンのコックピットを確認。コック
 ピットとその周囲に損傷は見えない。しっかりと閉じている」

『……パイロットがいないなら、閉じているはずはない。
 て、事ね』

『ミサト、どうすんのよ!』

『………』

『ミサトさん!』

『…計画に変更無し。予定通り、迎撃してちょうだい』

『……命令よね?』

『そうよ』

『命令なら、どうしようもないわね。命令に従うのがパイロットの義務だもの』

 ミサトの言葉をアスカは肯定した。というより、彼女は幼少からの訓練と教育によっ
て、心身両面でそういう風に条件付けられている。

『全ての功罪は命令した上官に帰属する』

 命令である限りは、たとえ彼女がどのように悲惨な死を振り撒こうとも、その責は上
官にある。その結果が上官の希望に添うものでなくても、それは上官が兵の能力を把握
せず、目的と制限を明確にして命令を下さなかったからである。指揮官たる者その程度
をわきまえず、命令を下さぬはずは無い。ゆえに兵は何においても義務を果たすべし。
戦争論理観としてはごく普遍的で自然な話であった。この点に、地球もペンタゴナもさ
ほど違いはない。

『ミサトさん! アスカ!
 ………』

 だが、異なる世界を無かったことにしてしまう日本的倫理感と相容れる話ではない。
案の定、少女の言葉を聞いて、少年が何やら騒いでいる。いやむしろ汚れを知らないが
故に、汚れることを畏れ逃げ惑っているだけかも知れないが。

 それを聞き流しながら、ダバは呟いた。

「いい覚悟だと言いたいんだけど……」

 内心、ダバは臍を噛んだ。彼の予想した対応はもう少しマシなものであったからだ。
実際に任務を遂行しているメンツを考えると、ミサトの対応は最悪に近い。

「でもね、カツラギさん。それで人がついてくるんですか?」

 ただ強行に命令するならば、莫迦にでも出来る。訓練された兵にするならば、彼女の
対応は悪くない。当然の態度だった。しかし、そんな汚れきった彼らの対岸に居る存在
へ行うべきものではなかった。

 ダバは、この後の展開を予想して、舌打ちした。

『シンジくん!?
 何をするつもり!?』

 遅かった。少年は思ったより早くに行動を起こしていた。

「言わない事じゃない!」

 叫んだからと言って、どうなるものでもなかったが。


            :

 正面スクリーンには、兵装を外そうとしている初号機が大写しにされていた。その姿
に苛立ちを憶えながら、ミサトは口を開いた。ハッキリと、明確に、一言一言を区切る
ように。感情が廃されたその声は、まるで自動機械だった。

「シンジくん、早く迎撃準備なさい」

『で、でも!』

「アレが落ちてきたら、大惨事よ。もし、アレに人が乗っていたとしても、私達に助け
 る方法はないの」

『リツコさん!』

 わらにも縋るような思いで、シンジはリツコの名を呼んだ。だが、その答えは少年の
望むものではなかった。

「ミサトの言ったことは正しいわね。そもそも、対象は下手な大砲の弾より速い上に何
 十倍では利かないぐらい重量があるわ。そんなモノを止めるには足りないわ、何もかも」

『なら、A.T.フィールドで受け止めれば!』

「無理ね。A.T.フィールドでは、相手の機体が持たないわ。衝撃で潰れるのがオチよ、
 普通はね」

『………』

「諦めるしかない…、これが私達の限界なの」

 やけに優しいリツコの言葉に納得しそうになるシンジだった。だが、いまこの場所は、
その程度ではあきらめを知る事の出来ない不自由な人間に不足を感じる場所ではなかった。

『やい、シンぼー!!!』

 唐突に兜甲児の我鳴り声が、音として認識できなくなる一歩手前の大音響を巻き起こ
した。シンジは半強制反射的に返答する。

『は、はい!』

 突然の出来事に混乱しているシンジや【ネルフ】サイドをよそに、甲児はハッキリと
言いきった。

『普通のでダメなら、普通じゃねぇのでやりゃあいいだろうが!』

 甲児の言は、ほとんど詭弁の類でまともな意見ではない。だが、実績に裏打ちされた
説得力がシンジの心を揺さぶった。さらにたたみかける者もいた。少年の師である。

『その通りだ』

『ド、ドモンさん!?』

『ン?』

 咎めるドモン。昨日今日の関係であろうとも、彼らは師弟だ。礼は守られなければな
らない。それに気が付いたかどうかはわからないが、シンジは慌てて言い直した。

『お、お師さま』

『よし。
 …シンジ、力押しがダメなら、頭を使え!』

『は、はい!』

『そうだぜ、受け止めるモンが丈夫すぎるってぇなら、薄くすりゃあいいだろうが!』

『それでは、止めることが出来ないわ』

 好き勝手なことを言いだした漢達に冷水を浴びせるようにリツコが彼らの意見を否定
した。

 だが、彼らの言葉はシンジにあるひらめきを与えた。

『じゃあ、弱いフィールドをたくさん出します!』

『出来るの、そんなことが!?』

 リツコは突如として積極発言を行ったシンジにも驚いたが、その内容にはさらに驚い
た。そして、彼女は軍人ではなく、科学者だった。目の前に命題を提示されて、何も考
えないほど愚劣ではない。リツコはA.T.フィールドの可能性について、黙考による分析
を始めてしまい、それに没入した。


 他方、【ロンド・ベル】の面々は――、

『やるんだろう、シンジ君?』

『少し無茶が過ぎるような気もするがな』

『えらいぞ、シンジぃー』

 ゲッターチームの反応はなかなかに肯定的だった。さらに、兜甲児は、というと――

『やい、シンぼー! 絶対に助けろ!
 もし、助けることが出来たら、チビッとだけお前のことを見直してやる!』

 極めて肯定的だった。肯定という言葉を通り越して、強制ですらある。実に彼らしかっ
た。一方、MS組連中の反応も、(小隊長クラス以上を別として)おおむね似たような
ものであった。

 これに過剰反応してしまったのが、ミサトだ。

『全員、好き勝手なこと言ってんじゃあないわよ!』

 部下の命令違反、指揮権の侵害、etc、etc…。まあ、体裁を整えた言い方は幾らでも
出来るが、要はキレてしまったのだ。

『でも、仕方がないな』

 そんな彼女に冷水を浴びせるような、アムロの冷静な声。ここで彼女がヒステリーに
陥らなかったのは、単に『染みついた軍人としての何か』のためだ。階級は同じでも、
アムロの方が先任である。平たく言うとアムロの方が偉い。

 それに与えられた役割も異なる。ややこしいところを省き、簡略に述べると、アムロ
は実戦部隊指揮官、ミサトは作戦支援指揮官となる。戦闘展開が一昔前よりも桁違いに
速くなっていることもあり、一旦戦場に出てしまえば実戦部隊指揮官の方が、高い優先
権を持つ。よって、アムロが『黒』と言えば、何色をしていても、この場では『黒』な
のである。

 だが、それでもミサトは抗議はした。

『了解、アムロ少佐。ですが、どうしてですか!』

 軍隊であるから、絶対に優先権を持つ者の言葉を肯定する必要がある。ミサトは儀礼
的にそれをした後に激しく噛み付いた。

『さっき、目標が阻止限界ラインを割り込んだ。シンジ君の好きにさせても、させなく
 ても、出る被害に大差はない』

『………』

『よくも悪くも、これがウチのやり方だ。今はやらしてやろう』

『………』

 押し黙るミサトの態度を肯定と受け取ったアムロは、シンジを呼び出した。

『シンジ君、聞こえているか? 君の所為でこうなった。理解しているな?』

『すいません……』

 シンジの反射的で無意味な言葉に、多少のあきれと大いなる期待を含ませた声で、ア
ムロは応じた。

『そう思うなら、やってみせろ』

『え? …はい!』

『【ロンド・ベル】全機、各個の判断で備えろ!』

『『『了解!!』』』


            :

 シンジは今まで経験したことがないほど、緊張しきっていた。

 無理もない。少なくとも、自分の行動が他人の生死を決定してしまう事を明確に認識
した状況では、当たり前のことだ。これがアメリカ人であるならば、成功した後で受け
る称賛を想像して奮起するであろう。ドイツ人辺りならば、律儀に出来る限りの状況想
定を行い、事に備えて、自分を制御するであろう。

 だが、少年の精神構造は全く日本的だった。フランス人辺りなら、『ケ・セラ・ビ
(しかたがない)』の一言で済ませてしまうところを、必要以上に考えてしまい、状況
認識力・判断力・行動力諸々を低下させてしまう。低下した状態で、更に失敗を考えて
しまうのだから、ネガティヴ・スパイラルもいいところである。

 そんな民族的社会欠陥からもたらされる泥沼にハマり込んでいたシンジだったが、彼
には2人の姫と2人の師、そして数多くの先達がいた。

『…碇君』

「綾波?」

 彼女は、シンジに前回の本部直上会戦で乗機を病院送りにされて、未だ修復・整備が
終わらず、未出撃となっている。一体、何を言われるのかと思ったが、今はどこまでも
落ち着いた彼女の声が心地よい。

『A.T.フィールドは心の壁。
 …それだけ』

 彼女からの通信は既に切れていた。

「もしかして、励ましてくれたの………?」

 悩む暇無しで、次だった。アスカからだ。

『…………』

 彼女の表情は実に複雑だった。二言三言程度では済まないほど言いたいことがありそ
うだ。しかし、伝えられた言葉は酷く簡潔だった。

「…せいぜい、ガンバんなさい」

 彼女からの通信も既に切れていた。

 二人の様子に多少混乱していると、またもや通信が入る。それはダバからだった。

『カワイイね、ソウリュウ君は』

 出し抜けに、弐号機の方へ視線を向けた後、ダバがいった。余りに自然な切り出しに
シンジは思わず同意する。

「はい
 ………(はっ)―――――!!」

 思わず、肯いてしまったシンジだったが、肯いた後に慌てる。彼女に知れたら、さっ
きの様子では少しばかり痛い思いをする可能性が高い。もちろん、“少し”という言葉
の対比基準は彼女の全力だ。つまり、とっても痛い。痛みという感覚すら役に立たなく
なるであろう未来に、シンジは戦慄した。

 少年の様子が面白かったのか、ダバは忍び笑いをしつつ、少年に教えた。

『大丈夫だよ。これは秘話通信だ。ソウリュウ君はハズしてある。男同士の内緒話だか
 らね』

「………」

 どういった顔をして良いのか判らないシンジは、曖昧に笑うことしかできない。そん
な少年に、ニッコリと邪気一つない笑顔の見本を見せて、ダバはシンジに言い聞かせた。

『じゃあ、そろそろ準備しようか?』

「あ、はい!」

『いいかいシンジ君? 失敗を畏れてはダメだ。
 今はイメージだけをするんだ。
 あのマシンに乗るパイロットを助けるだけのイメージを。それだけをイメージするんだ』

『その通りだ』

「お師さま……」

 ダバの言葉を肯定する言葉が響いた。師だ。その言葉にいつものように武骨だが、い
つもの強圧さは無かった。むしろ助言者として相応しい、注意力を喚起する気遣いが見
られる。

『お前は何をしようとしている』

「えっ、えっと………」

『慌てなくていい。俺はお前がやろうとしていることを聞いているだけだ。お前はアレ
 に乗っているヤツを助けようとしているのだろう?』

「えっ、はい。そうです!」

『そうだ、お前はアレに乗っているヤツを助けようとしている。
 どうやってだ?』

「その……、う、薄い……」

『慌てなくて良いといっている。落ち着いて、もう一度言ってみろ』

「…薄いA.T.フィールドをたくさん張って、です」

『もう一度だ』

「薄いA.T.フィールドをたくさん張って、アレを受け止めようとしています!」

『アレとは何だ?
 もう一度だ』

「薄いA.T.フィールドをたくさん張って、あのモビルスーツを受け止めようとしていま
 す!」

『よし、それでいい』

「はい! やります!」

『いけぇっ!』

 ダバが叫んだ。シンジは米粒以下ほどにしか見えない相手に向けて、A.T.フィールド
を展開する。

 発令所からの声が響く。

『初号機A.T.フィールド展開!
 ターゲット4、初号機接触まであと一五秒!』
『フィールドとの接触は!?』
『今です!!』

 歪な菱形をした機体――ウェーブライダー形態の【Zetaプラス】が初号機の展開した
A.T.フィールドに接触した。まだ、機体そのものは針の先程度でしかなかったが、A.T.
フィールド特有の燈色した空間干渉紋が一瞬見えたかと思うと、かき消えた。

『ダメか!?』

「まだです!!」

 意外なほど力強いシンジの返答と同時に、先程の光景が連続する。その光景に殆どの
人間は、相手が急速に近付いてくる事を理性ではなく、本能の領域で理解する。

 瞬時に初号機へ接近する【Zetaプラス】に誰かが叫んだ。

『『シンジ君!!』』

「止めます!!」

 初号機が両腕を拡げるのと、【Zetaプラス】がそこへ飛び込むのとはほぼ同時だった。

「わぁぁぁぁあぁぁああああっっっ!!!」

 最後の干渉紋を煌めかせて、初号機はそのまま猛烈な土煙を上げ、後方に噴き飛ぶ。
どうなったか、粉塵の向こうにあるため誰にも判らない。

『ヒュー……。コイツはハデだぜ』

 さすがの兜甲児も戦慄したように呟くのが精一杯だった。

『碇君?』『コラッ、バカシンジ! 返事しなさい、バカシンジ!!』『シンジ君、大丈夫か?』『さっさと起きろ、シンジ』『シンジ…』『シンジ…』『シンジ…』『シンジ…』

 【ロンド・ベル】の面々が思い思いにシンジの名を呼ぶ。それらをかき分けるように
して、ミサトの声が響いた。

『初号機は?』

 その言葉に幾分冷徹な響きがあることに、マヤはその柳眉を少しだけ歪めていたが、
その口は任務遂行にのみ動いていた。

『データリンクが切れています、3秒待って下さい。
 ……リンク確立!
 初号機、健在です!』

 割れるような歓声で、回線が圧し潰されたことは言うまでもなかった。


            :

 そこには輝きが満ちていた。輝きは決して、光に満ちたものでも無ければ、華やかで
も無かった。

 ただ――、人の暖かみがある以外は。

 モニタが全滅した【Zetaプラス】コックピットで、優しい橙色の輝きに照らされなが
ら、霧島マナは呟いた。

「暖かい………」

 そして、彼女はまたもや意識を手放した。




<第九話Bパート了>



NEXT
ver.-1.01 2001!06/28 公開
ver.-1.00 2001!02/15 公開
感想・質問・誤字情報などは こちら まで!


<作者のあいさつ>    

作者  「気が付けば、いつのまにやら、新世紀。
     ども、作者です。
     今年も相変わらず、低調な更新となりそうですが、どうぞよろしくお願いい
     たします。



今回のオマケ。うっちゃぁーっとな





 Gir.さんの『スーパー鉄人大戦F』第九話Bパート、公開です。





 シンちゃん良くやった〜
 マナちゃん助かった〜


 偶然が運がツキが
 全てがいい方に重なって・・・


 シンちゃん良くやった〜
 マナちゃん助かった〜

 です (^^)



 自分の意志をしっかりと出し
 精一杯の力を使って結果を得る。

 シンちゃん強くなってきたね・・・

 みんなも支えがいがあるぞ〜


 力を合わせて進んでいってくださいなのです☆




 さあ、訪問者のみなさん。
 新世紀GIR.さんに感想メールを送りましょう!
 





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