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 日も昇りきらぬ、払暁未明。【ロンド・ベル】臨時旗艦【グラン・ガラン】は、第三
新東京への帰路途上にあった。

 前日の騒動さめやらぬ空気が艦内を漂う中、少年碇シンジは、いささか心に揺れを感
じていた。少年は(経過や遣り口はともかく)勝ち得た褒賞を受け取るために、【グラ
ン・ガラン】中央格納庫へと向かっていた。

 目的地へと辿り着いた少年は、期待に躍る胸をどうにか抑えつつ、辺りを見回した。
誰も居ない。少年は微かな失望とそれを圧倒する安堵を感じた。

「よかった……、まだ来ていないや」

「……誰がだ?」

「うわぁぁあ、あぁぁ!!」

 実に情けなく騒ぎ立てる少年へ、いつものようにいつものごとく不機嫌そうな眼差し
を向けながら、漂泊の武人ドモン・カッシュは告げた。

「失礼なヤツだ。それがこれより師と仰ごうかという者へ対する態度か?」

「すっ、すいません。ドモンさん」

「それだ」

「は、はい!?」

「師たる者へは、それなりの呼び方というものがある。まずはそこから始めるべきだろ
 うが」

「あ、はい」

「なら?」

「えぇ………と。その………」

 言い淀んでいるシンジは、緊張によるストレスで頭が上手く動かない。

「どうした?」

「あの……、その……、おっ………」

「『おっ』……? それだけか?」

「お師さま!!」

 シンジにそう呼ばれた瞬間、ドモンは眉間にシワを寄せた。

 それはもう、しっっぶぅぅぅぅい顔で、だ。ことさら理由を述べるまでもないだろう、
もう一つ気に入らないらしい。暫しの空白。シンジは今までにないストレスに圧迫され
つつ、漢の返事を待った。

「……まぁ、良しとするか」

 こめかみをほぐしながら、漢は言った。なんとく気疲れが見えるの気のせいであろう
か? ともあれ、ストレスから開放されたことにシンジは殊更元気良く、もう一度、こ
れから自分が漢に対して呼び続けるであろう呼称を口にした。

「はい、お師さま!」

 立ち直ったのか、そうでないのかは不明だが、再び不機嫌顔に戻ったドモン。漢は彼
らしい切り出し方で話を再開させる。

「ところでだ」

「はい!」

「お前は自分のことをどう思っている?」

「あの……?」

 戸惑う少年にも、漢の口調は全く変わらなかった。

「どう思っている?」

「あの…、言っている意味がよく判らないんですが、お師さま」

「……聞き方が悪かったようだな」

「ご、ごめんなさい」

「何を謝っている」

「え……、あの……」

「武の道を歩もうとする者が、自分にも他人にも分からんような謝り方をするな!
 謝るというものは、明確に! 心の底から! 自分の全てを掛けてするものだ!!
 憶えておけ!」

「は、はい!」

 身を小さくするシンジに、ホンの少しの罪悪感と多大なる不完全燃焼するモノを(幾
ばくかの時間を必要としつつ)どうにか折り合いを着けて、ドモンは再び問いかけた。

「…で、さっきの話に戻るとしよう。お前は自分が優れていると思うか?」

「えーと……」

「それとも、人より劣っていると思うか?」

「あのー……」

「俺はお前のことを聞いている。答えはどうした?」

「ふ、普通だと思います」

「そうか……、では俺はこれよりお前に教えを始めるが、まずは三つ教えるところから
 始めるとしよう」

「………」

「どうした?」

「あの……、どうして三つなんですか? お…、お師さま」

「お前は自分が普通だと言ったな?」

「はい」

「だからだ。お前が人より劣っているなら、一つ。お前が人より優れているなら。十を
 教えるつもりだった」

「え……?」

「だが、お前は自分が普通だと言った。だから、三つだ」

「そんな」

「シンジ…」

 シンジは瞬間、身体を震わした。

「シンジ、お前も俺の弟子になるというなら、それ以前に一人の人間として、肝に銘じ
 て於け」

「(ひっ……)」

 突如として、増す精神的圧迫。シンジは言葉に重みという概念が存在することをはじ
めて実感する。少年は喉元まで出掛かった悲鳴を押し殺した。

「自分の口から吐いた言葉には責任を持て。
 責任を持てん言葉を口に出すな。
 力を持つ者、持とうとする者には、自分のためにも、他人のためにも、絶対必要なこ
 とだ。
 …分かったか?」

 最後の一言にはウムを言わせぬ力強さがあった。

「は、はい!」

「よし。これが最初の教えだ。次に行くぞ」

「はい!」

 漢は、少年の返事にそれなりの満足したらしい。最初の教えをこんな処のこんな形で
行うとは思わなかったが。まあ、次の教えはクンフーを積めるような教えにしよう。漢
は、始める前に少年の身体を解すことにした。


            :

 その頃、【グラン・ガラン】通信室にて通信将校の真似事をしていた RGC-83A【GM
キャノンII】パイロット、チャック・キース少尉がアムロ・レイ隊長の元へ息を切らせ
て飛び込んでいた。

「た、大変です、少佐!!」







スーパー鉄人大戦F    
第九話〔潰乱:A thing to come after spring〕
Aパート



EYES ONLY         


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「地球圏文化強制プログラムに関する条件整理に関する、
              強制執行・案件番号一一三七に対する執行結果の報告」


1.概要

 以下のレポートは地球文化矯正プログラム先遣隊執行結果評価小委員会(PEGCCT/SER)
による、強制執行・案件番号一一三七に対する全般的報告の概要である。本格的な報告
は、本レポートに対する各担当部門の意見・提案が明らかとなった後、提出されるであ
ろう。



2.執行状況に対する認識

 我々は、強制執行・案件番号一一三七の実施により、プログラムの大きな前進を見た。
その過程に置いて、教化対象の最重要グループたる地球連邦政府内組織暴力関係者へ少
なからぬ人的被害が発生したことは、誠に遺憾である。彼らは、彼らなりの特殊な道徳
観念へ忠実で、それに身を殉じた。この事実へ対しては全く慚愧の念に絶えない。
 しかし、これは地球圏へ新たなる文化的秩序を建設するために絶対的に必要とされた
コストである。我々は畏れつつも、前進せねばならない。我々はより好ましい将来をも
たらすために(彼らの言うところの)不毛なる戦いを敢えて行っているのである。現在
行われている執行の継続なくして、地球圏への正しき秩序の建設はあり得ない。



3.執行内容骨子

 本強制執行は概要は以下の通り。

 a.対象本星上へ対する、執行力の提示。

  我々、地球文化矯正プログラム先遣隊は、地球圏文明に対して行われるプログラム
 の重大な阻害要因となる組織暴力の停止を目的として、地球圏に派遣された。勿論、
 これは歪な文化形成に起因して将来的に好ましくない事態を引き起こすであろう将来
 に対しての正当な行為である。
  しかしながら地球連邦軍を筆頭とする地球圏組織暴力集団は、事前の予想をも上回
 る悪辣さで、非建設的な抵抗を止めようとはしなかった。その妨害行動は、明らかに
 彼らの文化的本質を顕わすもので、自らの生存空間を含む周囲に膨大な破壊を振り撒
 きつつ、無意味な抵抗に終始した。
  この抵抗は、遺憾ながら当初予想を明らかに上回り、本件執行以前まで我々は、予
 定進捗の二割にすら達していない成果を得るのみであった。

  ここに至って、我々は決断を強いられた。プログラムそのものの停止か、もしくは、
 より大規模かつ、効率的な強制執行の実施、かをである。

  プログラム遂行の重要性を知っている我々の選択は、後者である。如何なる事後対
 策が行われようと、無為に消費された時間は将来に好ましい影響を与えない。我々は
 その様な過ちは許容することが出来ない。

  よって、我々は与えられた条件の下で、リソースを最大限活用し、大規模強制執行
 案(本件のことである)の策定に邁進し、案件一一三七として成立させるに至った。

  本案件の目的は、最大の組織暴力集団である地球連邦軍行動能力および、地球圏市
 民の暴力活動意欲の抜本的な削減にある。

  具体的には対象政治的本拠地ダカール、及びジャブローを初めとする主要根拠地の
 確保によって実現する。

  また、爾後の強制執行に対して不確定要素となりうる対象空域に存在する空間組織
 暴力集団群に対する効果的な牽制を行うため、対象第一衛星上に存在する根拠地アン
 マンも確保の対象となる。


 b. aの実現に対する阻害要因となる該当空域へ存在する組織暴力実働隊の作戦行動能
  力排除

  a項の実現に対する最も懸念される阻害要因たる地球連邦軍、特に執行空域に存在
 する実働隊を排除する。

  もっとも完全な排除は全く現実的ではなく、過程で発生するであろう損失(特に対
 象組織構成員の人命)を鑑みても倫理的に許されない。

  よって、これは行われない。

  下記に記す執行空域に存在する実働隊に対して、以下の三段階を踏まえて、最低限
 の損失で影響力停止を実施する。

 《対象実働隊》
  A .対象本星軌道で活動中の集団   武装船舶 約六〇隻・機動兵器 六〇〇機前後
  A’.対象本星軌道増援        武装船舶 約六〇隻・機動兵器 七二〇機前後
  B .対象第一衛星軌道で活動中の集団 武装船舶 約一〇隻・機動兵器 一〇〇機前後
  B’.対象第一衛星軌道増援      武装船舶 約二〇隻・機動兵器 二〇〇機前後


  第一段階
   対象本星及び第一衛星上に展開される通信網の制圧。
   作戦目的欺瞞行動及び二次的目的として哨戒任務集団との消極的戦闘を行い、消
   耗を図る。
   ・この時点で対象集団Aへ 5%程度、対象集団Bへは 20% 程度の能力消耗を目標と
    する。
   ・なお、対象によって運用されている武装船舶の撃沈は許可されない。極力避ける
    こと。

  第二段階
   操作情報にて、対象集団を別紙 1.3.1.1項によって示された地点へ誘導し、集結
   させる。また、第二挺団よる誘引も積極的に展開する。
   ・この時点で対象集団A及びBを 50% 程度の能力消耗を目標とする。
   ・なお、重ねて述べるが、対象によって運用されている武装船舶の撃沈は許可さ
    れない。極力避けること。

  第三段階
   対象戦力に対して、第二及び、別紙 1.3.3項に記された方法に従い、戦闘参加さ
   れる第三挺団にて対象集団による妨害行動を差し止める。



4.執行後の現状に対する認識

 本執行により、目的の大部分は大綱的な観点で達成された。
 副次的な効果としても、本件執行以前にて度重なる妨害行為を行っていた本星軌道に
存在する対象集団の実働能力を大幅に低下せしむ事に成功している(なお、繰り返して
述べるが、過程において双方へ発生した人命損失に対しては、深く哀悼の意を表する)。

 現段階の調査によると、第三段階までに彼らへ与えた結果そのものは極めて好ましい。
具体的に述べると、地球連邦軍本星集団(約三八〇隻)へ撃沈二五隻・行動不能八二隻。
同第一衛星集団(約八〇隻)へ撃沈二五隻・行動不能四隻が、それぞれ計上されている
(これは本件終了時点で、撃沈六二隻・行動不能一〇八隻・撃墜機数約二〇〇〇にまで
達したことが確認されている)。

 これは、彼らの実際的な実働能力の四割以上に達し、以後の彼らによる妨害行動を、
著しく制限せしめる事を意味する。

 対して我々が第三段階までに被った損失は、参加星系内艇五四二隻中、撃沈九隻・行
動不能一七隻。参加機動兵器を取ってみても参加数三七四四機中、二二六機が行動不能
以上の損傷を被ったに過ぎない。これは我々の執行計画が正しいことの証左と言える。

 我々はこの結果に全く満足している。

 上記の結果により、『力』を信奉する間違った文化を持つ地球圏市民へ我々の望む影
響を与える事に大枠で満足させる、と我々は確信する。

 これの意味するところは、

A)彼らの信奉する『力』の具現たる存在が敗れたことにより、戦いに対する忌避が発
  生する。

B)要求を満足出来ない為政者に対して、極めて近い未来に市民の不満は爆発、政治体
  制が破綻・崩壊を始める。

 であると、我々は考えている。これは(無論、それまでに更なる行動を必要とするで
あろうが)我々先遣隊のプログラムが早期に達成されることを示しているのである。


 しかし、本件における以後のプログラム実施への影響は、未だ未確定の予測要因が絡
むため、報告するに足る資料の提出にいま暫くの時間を必要とする。

 なお、本件に対する爾後の予備調査資料ならびに……‥‥・・



<サイド1・4バンチコロニー【ロンデニオン】/LHQ>      

 金属製のパイプで何かを突くような音がこだまする。それはサイド1に存在する開放
型コロニー【ロンデニオン】に存在するLHQ――【ロンドベル・ヘッド・クォーター】
総本部棟通路へ遠慮なく音響的蹂躙を行った後、とある一室へと隠れ消えた。

 部屋と音の主の名は、スレッガー・ロウ。当時、第一三独立部隊であった第一次地球
圏大戦から、中核パイロットとして【ロンド・ベル】に在籍。

 但し、過去形。

 第二次地球圏大戦で、アムロ・レイ大尉(当時)と共に、DCの六〇m級大型機動兵
器【ビグザム】へ自殺的攻撃を行い、撃墜の憂き目に遭ったからだ。奇跡的に息をして
いる状態で収容されたが、男はその代償を払わねばならなかった。それはパイロット資
格で贖うことになる。彼は二度と機動兵器へ乗れない身体になっていた。

 幸いなことに勤務態度を別にして、パイロットや砲術士官としてのみならず、作戦立
案や情報処理、はたまた雑務に至るまでデスクワーク方面においても有能であったこの
男は、都合一年以上にも及ぶ入院生活の後、(物好きなことに)連邦軍からの誘いを蹴っ
て【ロンド・ベル】へ復帰。現在ではブライトに次ぐ【ロンド・ベル】に欠くべかざる
次席将校として、新たなる任務に(彼なりのスタイルで)励んでいる。

 とはいえ、傷が完全に癒えきっていない彼に対しては未だ艦隊勤務許可が下りていな
い。そのため、【ロンド・ベル】艦隊戦力――といっても【アーガマ】一艦のみである
――が、ここ【ロンデニオン】出撃していようとも、彼は残らざる得なかった。勿論、
基地における最上級将校として、資料と書類と署名とのダンスを約束させられてだ。彼
は不幸を嘆く材料に事欠いてはいなかった。

「おーおーお! こりゃまた、ハデにやってくれちゃって……」

 そんな彼が、つい今し方受け取った資料を手にデスクへ着き、発した第一声は誠に彼
らしいものであった。一年以上に渡る陰気な入院生活(ただし自分とは異なる、人類の
もう一方に属する病院関係者と、なかなか得難い武勇伝を創作することも忘れていない)
も、不幸な現実も、この男本来の気質を失わせることはなかったのである。

 そんなファーストインプレッションを与えた資料へ彼が本格的に目を通し始めるのに、
幾ばくの時間も必要なかった。そこには地球と月で繰り広げられた戦いの顛末が記され
ていた。


            :

 【ゲスト】側の、地球と月の防衛艦隊排除を意図した作戦の第三段階で手酷い損害を
被った地球連邦軍。この件が地球圏各勢力に知れ渡るや誰が云うともなく、端的にこの
戦いを要約した名を付けた。

 “双軌道包囲殲滅戦ダブルポケット

 この戦いの損害は控え目に述べても、歴史的レヴェルで甚大だった。

 総計八五〇余隻にのぼる戦闘艦艇を保有する地球連邦艦隊。
 内、地球と月の軌道に配備されていた艦艇は、双方併せて約四六〇隻であった。そし
て、実際に今回の戦い(【ゲスト】側作戦第三段階まで)に投入された(巻き込まれた
者も含む)地球連邦艦艇は、双方に配備された戦力の三割を超える一四三隻。この掛け
替えのない一大戦力は、【ゲスト】側の周到な作戦計画の元で(それぞれの軌道上にて)
戦力の集結と行動権の喪失を強要され、戦術的な奇襲を筆頭とする圧倒的な衝撃力をま
ともに受けることとなる。


「これじゃあ、誰だろうとどうにも成らんって……」

 これは、常に楽観的な傾向のあるスレッガーですら、情けのない独白をするのが精一
杯だった程である。


 この攻撃により、月軌道側では全参加艦艇三一隻中二七隻が撃沈、四隻が長期のドッ
ク入りを余儀なくされるほどの損傷を受けた。軍事上では二割の損失で戦闘能力半減、
四割の損失で全滅と判定される。だが、彼らの受けた被害は全滅などという生易しいレ
ヴェルではない。文字通り、あらゆる意味で彼らは“殲滅”されていた。

 一方、月側の同僚よりはいささか幸運であった地球軌道側でも手酷いものだった。
 全一一二隻中、撃沈こそ二五隻と云う軍事的全滅レヴェルで済んでいたが、その他の
艦艇も沈みこそしなかったものの中破以上の損傷艦艇だけで八二隻にも達していた。勿
論、これらは当面戦力として数えることは不可能。特に新鋭艦を集めた TG22.1 などは、
撃沈された旗艦【ラー・レゾルソ】を始めとして、全艦が――生き残った艦も戦闘損傷
や大気圏降下時の損傷拡大などで原隊への復帰は当面無理――作戦行動不能となってい
た。こちらも実質的に“殲滅”されたといえる。

 そして、このような極限状態のため、戦争において宝石よりも貴重な、経験を積んだ
パイロットへも多数の戦死者が発生する事になる。2つの戦場にて計上された撃墜機数
約六五〇に対して、戦死が確認された者だけで二〇〇名を超えた。行方不明や戦傷者に
至っては集計途上である現在でも三〇〇名を数え、未だその数を増していた。分母の大
きい艦艇乗員に至っては戦死(戦死確実を含む)だけで三〇〇〇名を超える。未曾有の
大虐殺と呼べる惨憺たる有様だった(因みにその後の地上戦で被害は倍加している)。

 撃墜に対する搭乗員喪失率だけ取ってみても現段階で三割を超える(最終的には四割
を超えた)結果。これは第二次地球圏大戦以降のソレが数%程度で在ることを考えると、
どれほどの衝撃を地球連邦軍、特に地球軌道艦隊へ与えたか想像に難くない。常識的に
考えるならば、以後しばらくの作戦行動から積極性と云う言葉が消え去るであろう、そ
う思わせるに十分だった。今回の戦闘はそれほど凄惨なものだった。

 勿論、優秀な索敵網を持つ【ゲスト】も同様の判断を下し、嬉々として作戦最終段階
へと踏み込んだ。最重要作戦目的である地球上拠点に対しての直接占領作戦である。彼
らは作戦目的の完遂を全く疑っていなかった。





 しかしながら………


 【ゲスト】は、こと地球軌道艦隊に限っては完全に彼らを見誤っていた。

 第一次地球圏大戦で二度に渡るコロニー落としと、それに付随する惨劇。地球連邦軍
は、先達が第一次地球圏大戦の損害に惑わされて阻止できなかったこの人類史に残る悲
劇を、決して忘れていなかった。地球連邦軍にとって、地球軌道制空圏を失うことは、
二度と繰り返してはならない悪夢であり、己の存在と引き換えてでも阻止すべき絶対的
な存在理由だった。

 そして、地球連邦軍には惨劇の記憶と存在理由を二重螺旋に刻み込まれた者共がたむ
ろする場所がある。

 その場所の名が、地球軌道艦隊であった。

『そうか………、惜しいな』

 地球軌道艦隊―― OF 司令長官ジョン・コーウェン中将。

 エドワード少将の悲報を知って只一言漏らした彼を、頭に頂く OF 司令部は、(通信
網の蚕食により、幾ばくかの時間を必要としたが)戦闘の結果を知るや、敵の手を見切
り、手持ちの投入可能戦力の投入を即座に決定した。彼らは洗いざらいを問答無用で、
地球軌道へと叩き込んだ。


            :

「おやおや、【ビッグアイ】クラスを一隻残らず全て投入したとは……、さすがはコー
 ウェンのオヤジってところか?
 伊達に年齢を取ってないねぇ…」

 それは、大概のことには驚かないスレッガーをして、感嘆させるほどだった。


            :

 まず、 OF 司令部はルナツーと出撃艦との通信記録を付き合わせて、通信網の蚕食を
(ようやく)察知した。これに対して OF 司令部は、現状では死活的に重要な――これ
がなければ個別戦闘能力に劣る彼らは、有効な戦力足ることが出来ない――通信網を再
構成するために、下手をすると戦艦以上の高価値存在(HVU) である CI ―――【ビッ
グアイ】【雷眼】【スズキドゲザエモン】をはじめとする【ビッグアイ】級情報巡航艦
を、惜しげもなく一斉投入した。勿論、護衛に就いた任務隊へは、真偽に関わらず展開
中の通信衛星一掃を命じてある。

 泥縄もいいところだが、全く妥当な現実的対応だった。瞬く間に地球軌道通信網は正
常性を回復した。各部隊を有機的に連携させることが可能となった地球軌道艦隊は、本
来の作戦能力を取り戻し、 CI 投入以前に編成を始めていた臨時任務群複数を躊躇無く
片っ端から地球軌道上各戦域へ投入し始めた。

 繰り返して述べるが、彼らは全く躊躇しなかった。

 予備戦力として温存されていた艦艇群のみならず、哨戒任務へ割り当てられていた即
時出撃可能な艦も駆り出し、挙げ句にはルナツー内ドックにて最終艤装中であったラー
級戦艦すらも工員を乗せつつ出撃させるなど、強引極まりない作戦指導を敢行した。無
論、この無茶で稼働艦艇が(短期的にだが)激減する事によって、以後の軌道上制空権
確保に多大な困難が降り掛かるであろうことは覚悟の上だ。

 だが、だからと言って、今ここで出撃を差し控えたとしたらどうなるだろうか? 最
悪の場合、第一次地球圏大戦劈頭の再現だ。守るべき者達を無くした軍人が存在する理
由など何もない。

 実際、第一次地球圏大戦劈頭、億単位の黄泉路集団ツアー等という最悪を通り越した
光景を DNA上に刻印されていただけに OF の対応は、上は司令部から、下は唯の一兵卒
に至るまで、真摯にして迅速だった(中には艦長とクルーが結託して工員を脅しつけ、
ドック入りにて出撃差し止めになっていた艦を強引に出撃させた事例なども存在した)。

 こうして出撃した艦艇の総計は、一五七隻に達していた。

 これは壊滅した TF22 を含んでいない数字である。戦時の艦艇稼働率が平均七五%程
度を確保していると言っても、先の TF22 と併せると OF の稼働戦力ほぼ全力になる。
OF の覚悟(仮に迎撃が上手く行ったとしても、戦闘後に稼働可能な艦艇ではかなり限
定された制空権しか確保できない)の程が見てとれる。

 効果は劇的だった。

 【ゲスト】側第四挺団の主力は――と、言うよりその殆どは、地表拠点占拠のために
陸戦(もしくは大気圏内戦)装備の機動兵器を搭載した【ディップス】級、もしくはよ
り小型の【クォート】級の商船規格艦だったからだ。商船規格で建造された彼女達は、
フネとして能力は全く文句の付けようがない満足出来るものであったが、投げつけられ
る悪意に対しては脆弱の一言だった。

 故に(地球圏人類の野蛮性を完全に見誤っていた)【ゲスト】連合軍から E.F.O.F.
――地球連邦軍地球軌道艦隊は、驚異的な戦果を挙げることに成功した。最終的に第四
挺団・侵攻艦隊二四〇隻中、九一隻を撃沈、一六隻へ廃艦以外は考える必要のないほど
深刻な打撃を与える事が出来たのである。勿論、沈む運命を与えられた彼女達は、船倉
へ目一杯、地上侵攻用機動兵器を抱え込んでいた。

 だが、そんな数が並んだだけの戦果など、どうでも良いことだった。何より彼らが素
晴らしかったのは、これにより北米・極東、また中南部を除く欧州を筆頭とする北半球
エリア大部分への攻撃を、実質的に喰い止めたことである。混乱を強制された OF の状
況を考慮すると、創造主とその眷属、更に彼らの造反者一党が徒党を組んでもたらした
としか思えない、史上稀に見る大戦果だった。

 これは【ゲスト】側が、手酷い損害に対して地球連邦軍は暫時積極的作戦行動を停止
する、と全く理性的な判断を下していたが為の誤断に他ならない(言うまでもなく、協
力した元連邦軍人シャピロは独自の見解からこの点を自分の失点とならないよう巧妙に
立ち回って、誤断を維持させた)。加えて、【ゲスト】連合軍の正規戦闘艦艇が、ほぼ
第三挺団までで消耗しきっていた為の結果でもある。実際、第四挺団に参加していた正
規戦闘艦艇は挺団全体の一割にも達していなかった(参考までの述べると、更にその半
分は降下戦支援任務を割り振られた【レイ】級惑星爆撃艦だった)。

 後年、もしこの局面へ月面都市アンマン攻略前哨戦・環月方面艦隊 TF47 包囲殲滅戦
に注ぎ込んだ【ゲスト】連合軍の正規戦闘艦艇六〇有余隻があったなら、と戦史研究家
は口を揃えて主張することになる。が、その主張は【ゲスト】側の政治的背景を無視し
た空論であり、なにより現実に相違している。

 【ゲスト】連合軍は、作戦最終局面で後々まで影響を被る大打撃を、地球連邦軍地球
軌道艦隊により強要されていた。


 誠に残念であったのは、彼ら OF の努力が達成した結果はここまでであったことだ。


 南部欧州と北部から中部アフリカ一帯への降下占領部隊が OF の迎撃を排除、任務を
達成した件(これは【ゼラニオ】級強襲戦闘舟艇一隻を含む小規模だが強力な戦闘艦隊
により護衛されていたためだった)を筆頭として、迎撃が間に合わなかった南半球各地
への降下占領部隊は作戦目標を達成していた。

 具体的な結果として、地球連邦は地球連邦首都ダカールを始め、地上最大の軍事拠点
ジャブロー(これは超大型浮揚戦艦【ゲア・ガリング】を主力とする部隊が任務を担当
していた)・ツールーズ・ジブラルタル・キリマンジャロ・アデレード、そして建設中
であったニューギニアの各主要拠点を失う事になり、月ではアンマンを失陥する事となっ
た(この時、【ゲスト】は各拠点の防御シフトを知り尽くしていたかのように、降下に
成功した拠点は例外なく効率的に制圧していた)。



 以上を要約しよう。


 要するに最終段階で OF は戦術的大勝利と作戦的惜敗を得、地球連邦としては『地球
圏の防衛』という戦略に対して、首都並びに最大級の本星惑星上軍事拠点複数を失する
という大敗北を喫していたのである。

 もっとも、『戦争への勝利』と云う大戦略に対してはどうなのか? それは現時点で
誰も判っていない。


            :

 スレッガーは、右手で両こめかみを揉みこみ、呟いた。

「こりゃあ………、(この先)大変だろうよ。なあ、ブライトさんよ」

 彼――スレッガー中佐の一言が、以降数年の未来を宇宙規模で要約したものであると
は、言った彼をして思いつきすらしていなかった。



<旧東京シン・ザ・シティ>      

「ぶえくしっ!」

 一方、かつての恋敵にして、信頼出来る人物の最上級グループへ属する部下に呼び掛
けられた人物は、原因不明のくしゃみをさせられていた。

 その人物ブライト・ノア大佐は、【ロンド・ベル】主力が出撃している中、事前打ち
合わせのため、厳戒体制下にある、ここ【シン・ザ・シティ】へと訪れていた。

「――、失礼」

「おや、お風邪ですか?」

 無礼を詫びるブライトに、会談していた彼――破嵐万丈は気遣う。この辺、心遣いの
細やかさが見て取れる。その巨大な資産とは無関係に、女二人をはべらすだけはある。
タダの道楽資産家では絶対ありえなかった。

 【ロンド・ベル】へ対しても、かつては戦友として、現在では【ロンド・ベル保険】
の大口顧客と言う形で貢献する万丈に、ブライトは全く恐縮する思いだ。もっとも、実
際は間にロイズ保険機構が入るため、それほどかしこまる必要はない。単にブライトの
個人的資質だ。

(余談だが【ロンド・ベル】予算は当然連邦政府より支出されている。だが、それは総
 予算の半分程度に過ぎない。もう半分は篤志家よりの寄付、そしてこのロイズ保険機
 構が主催する【ロンド・ベル保険】基金からの予算割り当てという形で賄われている。
 【ロンド・ベル】が提供するサーヴィスは加入者へ対しての直接・間接的な『安全』
 だ。もっとも戦時である現在は免責されており、努力目標程度でしかない)

 ブライトは彼に詫びた。

「いえ、その様なことはないはずです」

「お体にはお気を付けを。多分、この先【ロンド・ベル】は例によって忙しくなります」

「では、噂は?」

「ええ、本当です。系列ネットワークから報告が……、ダカールとジャブローは陥ちま
 した。確認情報です。他にも、南半球の主要拠点は、かなりやられたとの報告をギャ
 リソンより受け取っています。幸いなことに、この辺りへの攻撃は地球軌道艦隊が撃
 退したようですが……」

 ブライトは万丈が言い淀んだ言葉を察して、呟いた。

「この先、大変なことになると思います」

「控え目に言って、ですがね」

 万丈は肩をすくめて、そういった。万丈にはそんなキザったらしいがよく似合う。

『俺もそんな風に生まれついてみたかったものだが…』

 ブライトは少しだけ、羨望を覚えた。まあ、自分よりも恵まれたモノを持っている他
人を見た場合に、誰しもが思うことである。しかしながら彼に感じた羨望以上に、現在
の自分にも満足しているブライトは、余計な感傷を意識の外へ押しだした。

「では、話を続けましょう」

「それがいいと思います。【ロンド・ベル】がいつものように厄介ごとに巻き込まれて、
 ここへ関われなくなる前に事をおさめたいと、僕は考えています」

「いつものように……、ですか?」

「ええ。
 いつものように……。です。
 そうでしょう?」

「ええ、全くその通りです」

 云いながらもブライトは渋面をした。以後、万丈との会談で彼の表情からそれが消え
ることはなかった。ここの状況も十分以上に厄介ごとだったからだ。



<サイド7第2バンチ【グリーンノア2】・ドッキングポート>      

 そこには矢折れ傷付き、満身創痍に成りつつも、斃れず帰ってきたフネが横たわって
いた。

「おー、おー。ハデにやられちゃって、まあ。
 ジャマイカン中佐殿もえらくご活躍したらしいな」

 おおよそ、控え目に表現して中破している大型巡航艦【アレキサンドリア】を見て、
ジェリド・メサは当てつけるように言った。その裏には指揮を執っていた人間がどうせ
なら名誉の戦死でもしてくれたなら良かったのに、と言いたげな響きすらある。勿論、
敬愛する上官殿であるから、それは口にしなかったが。

 横にいたカクリコン・カクーラーは彼らしい口調で応じる。

「らしいな……、帰還したのはあれと【アル・ギザ】で全部だ。サラミス級の方は全滅、
 MS隊も帰還率が凄いことになっていると聞いた」

 事実のみを全くいつも通りに告げる様子は、先のジェリドより余程辛辣だった。聞く
べき人物がここに居たなら、憤死すらしかねない。そんな毒があった。

「ふん、どうせ自分が逃げるので精一杯で、見捨てたんだろうよ」

「ああ、ヤツのやりそうな事だ」

 その時、彼らの後ろに彼が居た。彼は困ったように断りを述べた。

「申し訳ない……、」

 ジェリドとカクリコンは揃って怪訝な声をあげた。

「「ああん?」」

 注目を集めることに成功した彼は、意見を述べた。

「部外者の前で言うべき言葉とも思えないのですが……」

 それに対して二人がした行動は実に………、直裁的だった。

「……差し支え無ければ、一体何をしておられるのか、お教え願いたい」

 視線を方々へ向けて、何かを探しているフリをする彼らへ向かって、ゼクス・マーキ
ス【ティターンズ】大尉は“丁寧”に質問した。因みに【ティターンズ】も軍隊だ。軍
隊での丁寧な言葉は、実質的な命令に等しい。それを行った者の階級が上であれば、尚
更である。

 二人は姿勢を正した。

「「申し訳ありませんでした、マーキス大尉殿」」

 二人は、【ティターンズ】に派遣されたゼクスの守り役を仰せつかっていた。【OZ】
の名代と云って良いゼクスが【ティターンズ】にどの程度の扱いになるっているか、分か
ると云うものである。実際に使わされる実戦部隊がたむろする根拠地であると言う点が大
きく影響しているのは否めないが、この二人がホストに向いているとは思えない。

 その点を余すところ無く理解した彼は苦笑した。確かに【リーオー】や【トラゴス】
程度のMSの供給元から派遣では、この扱いも仕方がない。

「それは新手の嫌がらせですか?
 メサ中尉、カクーラー中尉」

「とんでもない」
「嫌がらせをしているのは大尉殿の方でしょう」

「私が?」

「ええ」
「いくら私とメサ中尉がDC出身者だからといって、部外者は酷くはありませんか?
 マーキス大尉殿」

 ジェリドも首肯した。

「全くです」

「いや、その様な意味で言ったのでは……」

 所詮、私は自社機動兵器の指導ついでに出向した余所者だから、と言おうとしたゼク
スだったが、言えなかった。

「なら、自分達は身内だと思います」

「私もジェリド……、いえメサ中尉の言う通りだと思いますが。まあ、仲良くとは言い
 ませんが、せめて同じ隊に人間である程度の認識は持っていきたいものです、大尉殿」

「了解した。それから、“大尉殿”は勘弁して貰いたい。ゼクスで結構だ」

「了解」

 ジェリドは実に“色気”のある敬礼と共に言った。その様子は悪童が新しい仲間に向
かって笑い掛けているようであり、楽しげですら、あった。

「承知しました、ゼクス大尉」

 カクリコンの口調はいつも通りだった。



<第二新東京市 新霞ヶ関要塞内 防衛省区・戦自長官室>      

「…で、なんだと?」

 戦自長官・南条は不機嫌な声で問い質した。元々粘着質のそれだけに聞く者にとり、
極めて不快だった。問い質された戦自幕僚・大辻は、上官の頭の巡りの悪さに半ば呆れ
つつも、今までの話を要約した。

「はい、 OF が大敗して、ダカールが陥ちました。ジャブローもです」

「要するに儂の見識は正しかった、と言う訳だな。余計な損失を防いだのだろう、儂は?」

 実に卑小な世界観に、流石の大辻も眩暈がした。世界の滅亡も、人類の末も、目の前
の人物に掛かれば、さしたる事ではないらしい。あくまで自分の手中のみが世界なので
ある。一瞬くらんだ意識を外見上からは一切悟らせないと言う官僚的離れ業を演じて、
大辻は南条の言葉を肯定した。

「そういうことになります」

 暫く無言が続いた。それは、南条が頭蓋の中にあると思われるピンク色の肉豆腐に、
報告内容を染み込ませ、それなりの答えが弾き出されるまで続いた。

 大辻は、無為な時間に何度か一服したい衝動に駆られたが、どうにか意識下へ抑え込
んでいた。まあ、政府関係以外の報告ではこの御仁、日常茶飯事であるから、慣れもす
るが。

「行政府の莫迦者共の戯言を取り合わなくて、正解だったな。連中、儂がどれほどこの
 国のために、心を砕いておるか判っとらんからな」

 しかし、単に自分の“モノ”を惜しみ倒しているだけなのに、ここまで居直れるのは
全く才能としか言いようがない。大辻は追従の笑みを浮かべつつ、口を開いた。

「全くです。ですが……」

「なんだ?」

「 OF が大敗しました」

「だから? それはさっきも聞いたぞ」

 南条の言葉を無視して、大辻は続けた。

「戦力もかなり消耗しています」

「それがどうしたというのだ。儂のは丸々残っておる」

「それです。今が、恩の売り時だと考えます」

「誰に対してだ? 連邦軍の連中は我々が手を貸して当たり前だと思っておるから、話
 しにならん」

 大辻は明確な発音で答えた。勿論、軍人として求められる上官への敬愛を込めること
も忘れずにだ。もっとも、そこには官僚的儀礼以外は存在していない。

「間接戦略です」

「ん?」

「確かに連邦軍については閣下の言われる通りです。が、連中が戦力要求するのは我々
 に、ではありません」

「なるほど、行政府へだな」

「はい」

「貴様の言う通りだな。確かに恩の売り時だ」

 南条が半練り脂質のような粘着質な笑みを浮かべた。行政府からの見返りを目算して
喜びを隠そうともしていない。

 『小さな事からコツコツとぉ〜』という声すら聞こえる。まるで世界征服のために日
本から、更に万全を期してその日本征服のために地方都市から征服せんとする弱小秘密
結社のような話だ。

 本人に言わせると『だからこそ儂はここまで成り上がった』と述べるであろうが、実
際のところ彼に現在の地位をもたらした原因は本人の認識とは全然相違しており、彼よ
り有能な高級将校は連邦軍へ行って(もしくは行かせて)しまっているだけの話である。
本来、非常設組織である(筈の)戦略自衛隊へ未練たらしくしがみつく有能な人間はそ
う多くなかったし、彼ほど浅ましく権力を求める者は皆無だった。

 ここで戦自について、少し述べることにしよう。

 誤解されがちだが戦自――戦略自衛隊は、常設組織ではない。あくまで第一次地球圏
大戦劈頭の混乱に対応するための非常措置として設置された非常設組織である。基本的
に専属の人員は、幕僚及び一部の直轄隊人員のみ。他は三自衛隊からの供出戦力を基幹
とする(勿論これは創立当初の話であり、現在ではかなり変化している)。

 亜州官僚組織に共通する偏狭なセクショナリズムによって、有機的な作戦行動を行え
ない在来の組織に業を煮やした一部政府実力派と防衛関係者が、地球圏大戦勃発と言う
超異常事態に乗じて徒党を組み、デッチ上げたシロモノだ。

 かようにして設立されたこの組織はそもそも法的根拠が怪しい。成果を得た後は、直
ちに解隊するつもりであったのか、真っ当な組織として必要である各種規定すら、実に
いい加減なモノだった。破滅的状況下で、成果さえ得られれば、他の全ては付録に過ぎ
ない。そんな非日本的な割り切りが透けて見える、面妖な組織だった。

 であるのに、必要なモノを欠いたままで現在、半常設組織化してしまっているのは、
単に戦自内部の愛国者と政府部内に居る南条のような悪性機会主義者が、近年の混乱す
る状況を過剰利用しているために過ぎない。戦自解散も事ある毎に議論されている(尤
も、その度に『先人達の犠牲を……』云々。要するに現在の為すべき事を過去で圧し潰
すと云う、如何にも日本的な形で決着が着けられている)。

 質の悪いことに近年の危機的状況では、このような有力な戦闘組織が発言力を大きく
する事は歴史が証明している。特にアジアではその傾向が強く、その東の端にある小国
では、更に問題が矮小化する。昔よりはマシになったとはいえ、物事をまともに議論せ
ずに“ムラ”の論理で決定されてしまうためである。

 以上のような戦自にとって実に都合の良い状況が重なり、最近では南条は殆ど何を為
すでもなく、実を得ていた。適当に意味ありげな言葉を口にするだけで良かった。

 鶏口となるも牛後となるなかれ。

 南条は座右の銘を噛み締める。その味は甘美だった。

《フン。儂を見下した者達に目に物見せてやるわ!》

 齧歯類の歯と同程度に偉大な自尊心を満足させ、南条はほくそ笑んだ。


            :

 その様子を見ていた大辻は外見上完璧に平静を装ったまま、上官を侮蔑していた。さ
りとて、彼には彼の役目がある。その為に目の前に鎮座するような愚物に従っている。
それを忘れてはならない。

 大辻は癇癪持ちの南条に対して細心の注意を払って呼び掛けた。

「閣下」

「うん? 何だ?」

 よし、成功だ。最も注意すべき切り出しさえ間違えなければ、コレの扱いはさほど難
しくない。間違えた場合、全く必要のない宴席の一つも設け、一日潰してご機嫌取りし
なければならないのだから、実に幸先良い。

「差し当たり、為すべき事があるかと思いますが」

「そうだな、状況が逼迫している。よりいっそうの努力が必要だ。戦力の無駄遣いをし
 てくれる連邦軍へ、儂の大事な小僧どもを出しておく訳にはいかん」

「呼び戻しますか?」

「勿論だ。万難を排して、外に出ている連中を呼び戻せ。唯の一兵たりとも外へ残すな」

「はい」

 返答の明確さに反して、内心の評価は最悪だった。今更その程度の事をして、各方面
との関係をこじらせてどうする、などと思っている。

「ふむ…………」

「まだ、何か?」

「そういえば、アレはどうした」

「アレ?」

「ほら、その……、マギ………じゃないな。
 オブだか、クズだか、とか言った……」

「ああ、【OZ】ですか?」

「そうだ。あそこのオモチャ(新宿DC掃討戦に投入された無償提供のモビルドールシ
 ステム機4コ大隊のこと)で我々の隊と我が国はえらい損害を被った。補償を求める
 必要がある」

『元より、周囲を気にしていない我々が喪ったモノは、廃棄寸前の旧式無人機がたかだ
 か一個大隊程度なんですがねぇ………。
 精々【OZ】C.E.O.名義の謝罪文と、カタチ程度の補償が関の山とは思いませんか、
 閣下』

 大辻は今持って、内心を外へ微塵も滲ませない。ある意味、感嘆すべき人物であるか
も知れない。勿論、彼の裡を知っているのは彼だけであるから、感嘆すべき人物も極め
て限られる。彼は限られた人物だけに許された行動を密やかに行った後、南条へ答えた。

「確かにそうですな。交渉してみることにいたしましょう」

「そうしろ。最低でも、あのトレーズとか言う若造を儂の目の前に連れてきて、頭を下
 げさせろ」

 これを聞いて、大辻は南条の理不尽が理解できたような気がした。

『なるほど………。まぁ、アナタと生物学的属性以外あらゆる意味で正反対のトレーズ・
 クシュリナーダ卿に頭を下げさせて、悦に入りたいのは理解できますがね…』

 勿論、道理など必要としない、欲求と衝動のみで生きるデキの悪い人状造形物へ与え
るモノは一つだ。彼は、仮想的甘味料を添加し倒した玉虫色の言葉を、愚物へ与えた。

「では、その方向で調整します」



<欧州プリュッセル郊外・トレーズ邸>      

 その頃ロームフェラー財団の中枢、更にその中核の中の中核が報告を受けていた。

「…軌道上の戦闘報告は以上です」

 あらゆる意味で信頼できる女性レディ・アンから報告を受けた【ロームフェラー】財
閥総帥トレーズ・クシュリナーダは、報告を要約して彼女に確認した。

「コーウェン提督の剣は折れたのだね」

「はい」

「残念だ。提督は今までよくやったいた。でなければ、距離を無視して襲来してくる敵
 を撃退することなど不可能だ。距離を無視できるだけでその効果は計り知れない。
 途中が無い。ただそれだけで敵は本来の作戦目的に集中できるのだ。こちらのチャン
 スは軌道上で敵が最後の一手を行うまでの一瞬のみ。提督は、そのデタラメな条件下
 で、敵と互角に渡り合っていたのだよ」

「ですが、提督は失敗をしてしまいました。とても大きな失敗を、です」

「首都と拠点を幾つか喪ったに過ぎないのだろう?
 その程度は、前回までの大戦でもあった事だ。深刻な状況ではあるが、致命的ではな
 い。だが…、」

「何でしょうか、トレーズ様」

「前回までに比べて、【ゲスト】側の手際が良すぎる。それまでの独善的なやり方と比
 較して、今回の作戦行動は余りに地球連邦軍へ対しての最適化がなされすぎている」

 レディ・アンの瞳がきらめいた。

「内通者ですか?」

「もしくは、投降者だな。連邦軍の佐官以上で最近不審な消え方をしている人物をピッ
 クアップしておくように。何かの役に立つかも知れない」

「はい。後、各地での敵降下上陸部隊との戦闘についてですが…」

「いや、それはいい。どの道、まだ暫定報告のみだろう?」

「はい」

「ならば、陥とされた拠点だけでいい」

「はい。では…」

 レディ・アンは、トレーズ・クシュリナーダの求めに従って、的確かつ明瞭に答えた。
彼女の常として実に見事に要約されており、口運びにも澱みがなかった。

「……拠点に関しての報告は以上です。次に政府機能ですが、知っての通り、連邦政府
 機能は分散している上、占領区に滞在していたCランク以上の政府関係者重要人物は
 全て脱出に成功しております。よって現在の処、支障は認められません。また脱出者
 も、順次ラサもしくはヨハネスバーグへ到着する予定です」

「よろしい。どうやら、ダカールの【ティターンズ】は議員達の期待を裏切らなかった
 ようだね」

「はい」

「ふむ…」

「憂慮すべきでしょう。これでジャミトフ・ハイマンに対しての政治的信頼性が高まり
 ます。今までのように地球優先主義を表明している議員だけではなく、中立もしくは
 汎地球圏主義派にも。【ティターンズ】はこの機会で、全く分け隔てなく、対象者全
 員を連れ出し、護りきることに成功しました」

「上手い手だ。単なる策士ならば、策に溺れて邪魔者を減らしておこうとするものだが、
 それをしていない。私が彼の立場なら、抗いがたい誘惑だ」

「同意します」

「君ですら、誘惑に抗い難し…、か。全く底の知れない御仁だ。コーウェン提督とは別
 の意味で有能と評価できる。いや、過ぎるのかも知れない。 ゼクスを彼の元へ出し
 たのは失敗だったかな?」

「ゼクス・マーキスですか……。あの男も、トレーズ様より与えられた恩を忘れる程、
 愚かではないと考えます」

「君がそういうのなら、そうなのだろう。私としても、友と呼ぶに足る人物に成り得る
 者を喪いたくはない」

「………」

 レディ・アンに変化は無い。ただ何よりも雄弁な無言の間があっただけだ。トレーズ
は全く変わりない様子で促した。

「では、次を聞こう」

「はい。長らくロストしていた大統領補佐官ヤマギシ・サトルの所在が確認されました」

「ほぅ…、何処だね」

「オールドトーキョーです」

「相変わらず、神出鬼没だ。今オールドトーキョーには、ハラン・バンジョーが居たね?」

「はい。財団渉外部四課とスペシャルズ・ハウンドのレポートで確認されています」

「何かの縁かな。それならば、ヤマギシ氏は先日の作戦で少しばかりの体験をしている
 のだろう。我々【OZ】の製品で」

「ほぼ確実だと思われます。より正確には、伴っていた令嬢が体験したようですが」

「無事なのだね?」

「はい。非公式にですが【ロンド・ベル】に保護され、Mr.ヤマギシの元に送られた事
 が確認されています。」

「結構だ。あの人の何たるかを冒涜するモビルドールが、許されざる間違いを犯してい
 なかったことに私は安堵する。この件に関しては後で詳細な報告を持ってくるように」

「はい。それからこの件に関して、マシンのユーザである JSSDFから何らかの政治的ア
 クションがあると情報室は予測しておりますが」

「任せる」

「承知いたしました。ところで、モビルドールだけでなく、独断でDCと接触している
 件もあります、デルマイユ公を如何致しましょう」

「何がだね?」

「そろそろ、バラのエッセンスを得ても良いのではないかと思われます」

「レディ・アン」

「はい」

「君も学んで欲しい。今はその様な刻ではないのだ」

「どういう事でしょうか?」

「確かに今はチャンスだ。この地球圏だけで、事が決するなら、如何様にもやることで
 出来るだろう」

「トレーズ様なら、可能です」

 彼女の口調には、一点の疑いも存在しなかった。あるのは信仰にも似た、絶対的な確
信。彼女は自らの血と肉と魂を捧げるに足る何かを見つけていた。

「レディ、私を買いかぶるのは止めて欲しい。私とて、出来ることなど知れている、先
 の条件の下でも、その為の代償は少なからず必要だ」

「そのような事は……」

「まあ、その話は置いておこう。
 現在の問題はその少なからぬ代償ですら、おぼつかない。事が大きすぎる」

「【ゲスト】は、それほどの者でしょうか?」

 彼女がこういうには訳がある。何度か、彼らとの交渉に立ち会ったあるのだ。彼女の
彼らに対する評価は、技術的な面はともかく、基本的には自分達と大差ないと判断して
いた。

「ああ……、彼らとの問題だけなら、大した事にはならないだろう。最悪でも、彼らの
 文化的従属国になる程度で済む」

 それは十分破滅的な事柄であるが、トレーズが認識している未来の範疇からすれば、
さしたる問題でも無いらしい。レディ・アンは訝しげな顔をしつつ、先を求めた。

「ならば、何を心配されているのですか?」

「君にも知らしていない事がある」

「はい」

「今の戦いは通過儀礼に過ぎない」

「は?」

「今我々は、全人類の命運をベッドにして、賭けに興じている。ことによると、ビアン
 博士ですら、顔色無さしめる程の代償で贖わねばならない可能性も否定できない。い
 や、むしろ、贖いをたてた後には誰一人、地球圏そのものが残っていない事すら、大
 いにあり得る」

「まさか…」

 彼女は、トレーズの言葉を疑うという、彼女にあるまじき言葉を漏らした。

「そのまさかだ。であるならば、人類の可能性自体を摘み取るような贅沢は控えなけれ
 ばならない。斃れる時は、公明正大に自らの行いの結果を受けて、でなければならな
 いのだよ。
 残るモノを奮わせる為にも」

「………」

「とは云え、全く狂っている。酷い話だ」

「…今の私では何とお答えするべきか、分かりません」

「今はそれでいい」

「はい」

「だが……」

「………」

 レディ・アンは身を固くした。トレーズはそんな彼女へ柔らかい微笑みを向け、言った。

「だが、いつかは聞かせて欲しい。君が何を学んだのかを」

「……ええ、きっと。必ず」

「よろしい」

 無言の空間が拡がる。だが、彼と彼女にとっては、千の行為と万の言葉を費やすより
深い情交の時であった。暫く後、トレーズはおもむろにいった。

「ところで、サイド3の報告がまだだったね?」



<サイド3・コア3 大議事堂内第3会議室>      

 そこには、老人がいた。見かけは見事に前頭部が禿げ上がり、妙に精力的な壮年男性。
その正体はサイド3自治政府首相、ダルシム・モハバその人である。

 その彼も今は兎も角、大戦勃発以前はさして有名でも有力でも無かった。

 だが、ビアン総帥死後の第一次地球圏大戦末期。DCに『乗っ取られ』つつも彼らの
主力となっていたサイド3国防軍を説得に尽力し、原隊へ復帰させた『グラナダ演説』。
これを皮切りに、彼は以後の地球史において度々登場するようになり、数々の離れ業を
実現させた。

 常にその政治行動が、人類史と云う流血のプールへ流れ込む血量を抑えている事から、
聖人君主の類かと誤解されやすい。しかし、実際は後ろ暗いことの多い政治家の中でも
特に怪しい部分の多い人物で、政治的敵対勢力からの企てに乗った市民団体やNGOか
ら釈明要求がつきつけられる事など日常茶飯事となっている。勿論、モハバはそれら全
てをあらゆる手管を用いて退け、権力を握り続けていた。現在では『政治的妖怪』とま
で呼ばれるようになっている。

 平時ならば、確実に失脚している人物だが、時代がそれを許さなかった好事例である
と云って良いだろう。

 折しも地球連邦軍大敗の報を受け、サイド3政局も混乱の兆しが見え始めている。そ
れゆえ、彼は忙しかった。

『老人が消え去るには、今の世界は少しばかり騒がしすぎるか……』

 そんな埒もない事を脳裏に浮かべつつ、モハバは目の前の男達に確認した。

「では、III種以上の連邦政府重要人物は、全員所在が確認されているのだな?」

 配下に対連邦政府諜報部員を多数抱えているゲーレン・ヤコブ防相は明確な発音で、
問いに答えた。

「間違いありません。そうだな、マッケンゼン君」

 ヤコブは傍らに控えている国防軍の制服に身を包んだ四十半ばのミドルエイジへ声を
掛けた。ちなみに彼の襟章は、彼が中将である事を示している。れっきとした将官だ。

「はい、ヤコブ閣下。【ティターンズ】とか云うドンキホーテの裔(すえ)はそれなり
 に義務を果たしたようです」

「なるほど。ところでゲーレン君」

「何でしょうか」

「この老人めに彼を紹介して貰いたい。歳を取ると、新しい知己を得るという行動すら、
 冒険譚と呼ぶに値してしまうのだ」

「おお、申し訳ありません。閣下が彼と会うのは初めてでした」

「いかにも」

 大嘘も良いところである。議会の承認が必要な将官への任官時に、老人は彼に会って
いるはずだからだ。

「紹介いたします。彼こそ、我らが期待の将帥クラウス・マッケンゼン君です。階級は
 中将です」

「よろしく、モハバ閣下」

「うむ、よろしく頼む。色々と、な」

「状況が状況です。私の職責を尽くして、義務を果たすつもりです」

「つもりか。言い切らないのだな」

「言い切るのは簡単ですが、私の都合に、私の仕事相手は合わしてくれません。ホンの
 少しばかり前にもアーフィが、その点について教育されています」

 老人は眉を寄せた。

「アーフィ?」

 アーフィ――DCでの地球連邦軍に対する蔑称だ。
 その語源は E.F.Y. ―― federation,Earth Force Yacht club 。 機動兵器の優位性
が確立された後も、戦艦や巡航艦が大好きな地球連邦軍を、略称であるEFをもじって
揶揄している言葉だ。勿論、将官が吐く言葉であるからこれはかなり上品な部類に入る。
同種の略称をもじったやや程度の落ちる揶揄に、Earthian Flashers ―地球の一発屋ど
も。忘れた頃にしか活躍しないことから ― などがある。

 ちなみにサイド3国防軍も艦艇は所有している。しかし、これは主戦兵器である機動
兵器の長期行動や効率的な戦力使用にどうしても必要な整備・補給プラットホームに必
要な自衛手段や支援兵装を取り付けたら、既存の艦艇に類似してしまっただけの事で、
艦艇としてと云うより存在の在り方からして根本に異なる(勿論、通例に漏れず例外は
ある。機動兵器がまともな戦力として認識される以前に設計された純砲雷撃戦用航宙戦
闘艦艇(通称:第一世代艦艇) ― 具体的にはグワジン級戦艦やチベ級重巡航艦 ― を
除いた話だ)。

 老人の言葉に含まれる咎め立てるような響きに、マッケンゼンは全く悪びれる様子も
なく、発言を訂正した。

「失礼しました。地球連邦軍です」

「よろしい。君のような立場なら、個人的感情を抜きにして、相手へ敬意を払うように。
 特に公式の場では絶対だ。場合によっては一言が破滅を産む。また、敬意を払って、
 見えてくるモノもある」

「はい」

 マッケンゼンの答えに満足したのか、モハバは大仰に首肯した。そして、老人は葉巻
を存分にふかす。

 余談だが、現在のタバコ類は健康被害を抑えたモノが開発されたため、一時のような
諸悪の根元扱いは無くなっている。もっともスペースノイドにとって文字通り生命線で
ある生命維持機構に余分な負担を掛けるから、非道徳的な贅沢とは思われているが。

 モハバの燻らす紫煙にふと、マッケンゼンはハイスクールの時の事を思い出す。悪が
りたい盛りの連中がこれ見よがしに、目の前の老人と同じく紫煙を燻らせていた。

《人は歳を取ると幼児に退行するというがなぁ………》

 マッケンゼンがそんなことを考えていると、老人は人の悪い笑みを浮かべた。

「ところで、アーフィがどうしたと?」

 この時、マッケンゼンは度々発生した政治生命の危機を目の前の老人が乗り切った理
由を判ったような気がした。老人は、一歩間違えると相手へ負の感情を抱かせるこのよ
うな行動を、実に魅力的に行う才能があったようだ。

 勿論、それだけではないだろうが。

 少なくともこの老人を見る限り、「機を見て、行動を起こし、望む結果を得る」とい
う自らの仕事にも通じた鉄則が骨髄にまで染み込んでいるようだ。少なくとも、旧世界
(連邦成立以前の国家群のこと)に多くいた前進と突撃と死守しか知らないらしい官僚
化した将軍連中とは、一線を画している。

 少なくともこの老人が居れば、無駄死にだけはしなくてよさそうだ。いっそう気分を
良くしたマッケンゼンは、快活にモハバの質問へ答えた。

「連邦軍は確かに敗北しました。前回以前の大戦で、我々に教育され、それなりの努力
 を積んでいた連邦軍が、です」

「うむ」

「ですが、これで連邦そのものが本気になります。連中には、これまでの大戦で整備さ
 れた膨大な生産設備と実戦経験を持つ大量の予備役があります。加えて、旧式ですが
 大量に保管されている艦艇と機動兵器も」

「後生大事に抱えていたガラクタをか…」

「我々もそれなりに抱えていますから、人のことは言えません」

「もっともだ。しかし、将来に対する保険を掛けておくべきか」

 ヤコブ防相は眉をピクリとさせ、マッケンゼン提督は思わずオウム返しに呟いた。

「将来?」

「そうだ、将来だ。アーフィ共が戦争を失ったなら、話は簡単だ。まごう事なき地球圏
 市民共通の敵が出来る。DCが本来の目的のため、活動することになるだろう」

「勿論です」

 マッケンゼンは力強く肯定した。彼はDCに『乗っ取られた』サイド3国防軍で、壮
絶な物量差が生じていた連邦軍相手に戦果を挙げ、将官となった男だ(因みに議会の承
認が必要な将官への任官理由は『サイド3資産を最低限の損失で保全したため』である)。
再びサイド3国防軍がDCに『乗っ取られた』としても、再び彼がDCの旗の元で辣腕
を揮うことは疑いようもなかった。

 勿論、同様のことがサイド3国防軍全将兵に言え、それは地球圏市民の間では公然の
秘密であった。

「これっ…」

 しかし、公然の秘密であろうとも、それを将官が口にすると云うのは問題である。今
持ってDCの一員であることを隠そうともしない若き提督を、眩しそうに見ながらモハ
バは窘める。と、いってもそれは祖父が孫に対して行うソレに近い。マッケンゼンが姿
勢を正した事を確認して、モハバは話を続けた。

「まぁ、それはそれとしてだ。問題はアーフィ共が戦争を得た場合だ」

 高級軍幹部である二人は顔を見合わせた。

「血に酔った連中が暴走せんとも限るまい。敵の敵は味方と云うが、その敵がいなくなっ
 たら、敵の敵もただの敵だ。それは西暦二〇世紀の大戦後を紐解くまでも無く、単な
 る事実だ」

「では、どうすると?」

「今の内に楔を打つ。連邦軍に援軍を送るとしよう。少なくとも凶行に奔った場合の連
 邦政府を切り崩す場合の有力な材料も手に入る」

「ついでに後ろ指を指されない戦争準備も出来ます」

「その通りだ。さて、政府経由で本格的な交渉をせねばな。交渉相手は道理の通じる者
 が良い。ふむ………、ドーリアン氏辺りに渡りをつける必要があるだろう。
 ゲーレン君、援軍の準備はどのくらいで完了する?」

「1個MS戦隊程度なら、今直ぐにでも」

「小出しはイカン。軍事的にも政治的にも、だ」

「勿論です。援軍といえども、最低独力で作戦行動を行える程度の戦力は必要でしょう」

「うむ」

「一週間程度は必要です」

「よろしい。我々が本気で援軍を出したと見えるようにしたまえ」

「では、編成にXek(ゼク)シリーズを加えましょう」

「ゼクシリーズ? ペズン(小天体を改造した、サイド3の秘匿実験開発拠点)で開発
 していたMSだな」

「はい。今となっては漏れては困るような機密もありません。ですが、連邦はかなり高
 い評価とソレ以上の関心を持っているようです。先週も、連邦のエージェントが嗅ぎ
 廻っていました」

 なかなかに際どい話題をサラリと言ってのける防相も防相だが、老人はさらに……、
何というか悪行慣れしていた。

「なるほど、よろしい。ソレに合わせて『後方要員確保』の名目で予備役の動員を開始
 する。これならば、多少の人間を集めても不自然にはならんだろう。本格的な出師準
 備も始めたまえ」

「はい。ところで、例の件はどうしましょう?」

「うん?」

「帚星(ほうきぼし)、と云えば判りますでしょうか?
 通常の三倍で動くヤツです」

「なるほど、彼のことか。最優先だ、他に支障を来しても予定通り引き渡せ。事態の切
 迫度から云えば、彼の方が高い」

「では予定通り、残りのMSとMボートの最新型をヤツに渡します。
 連邦には、いつも通り言い訳をしておきましょう」

「ロシア方式か……」

「その通りです。やはり、人は歴史に学ぶべきですな。
 事故の度に、『機雷に接触した』『他国の潜水艦にぶつけられた』『帝国主義者の陰
 謀だ』、……感心しますよ、おかげで我々も助かっています。
 彼への引き渡しも、いつものように『DC残党による強奪』と云ってしまえばいいの
 ですから」

「君たちが口で言うほど簡単なわけではないのだがな」

「まぁ、訓練用を含めて新鋭MS三〇〇機。新鋭装甲巡一隻と、新鋭Mボート一二隻に
 耐用期限イッパイとはいえコロニー一つです。多少の苦労は………」

「しかたがない、か……」

「しかし、独立国家一つでも創れそうな量ですな」

「その程度で、彼が主体的に動くなら安いものだ。いつまでも軌道を描いて、事態の周
 辺でグルグルしているだけでは困る。そろそろ、政治の表舞台でスターに成って貰わ
 んとな。ヤツの親父殿に対しても申し訳が立たん」

 不肖の息子に頭を痛めるようにして、葉巻をふかしていたモハバだった。が、ふと思
い出したように訊いた。

「ところで、今回地球連邦軍は星系外文明と喜ばざるべき共同作業を行ったな?
 大々的に」

「その通りです」

「その成果物はどうなったかね?」

 どうなったもこうなったもなかった。いま、地球では現在進行形でその対処に大騒ぎ
しているからだった。



<地球軌道上>      

 その頃地球対流圏以上低軌道以下では、至る所で、花火師が鼻先で嗤うような、大き
いだけのブサイクな華が休む間もなく咲き乱れていた。華が咲く度にそこへ在った様々
な『何か』は、引き裂かれる・圧し潰される・弾かれる等、百者百様のありさまで華の
在りように付き従っていた。

 無機物が華の在りように付き従うのは勿論として、今回の場合、有機物もその多くは
右に倣っていた。単なる肉片に意志など宿りようがない。そういうことである。

 幸運にして、『何か』に意志の宿った有機物を含有していた、もしくは直前まで含有
していた場合、多少の抵抗が試みられ、道連れを拒否することもあったがそう多くはな
い。

 そういった意味では、この『何か』もその他多数と大差はなかった。

 あるとすれば、個体識別名の所有を絶対的に主張できるほど、構成体を堅持していた
ことだろう。数パーセント程度の構造欠落など、周囲の御同輩大多数を考えれば、欠落
の内に入らない。

 だが、赫赫たる個体識別名の主張も今は無意味だった。この『何か』は、現状を維持
した場合、外宇宙への旅が約束されていた。この『何か』は、地球のみならず太陽系に
属する惑星達から、重力カタパルトという名を付けた、不必要に幸運な助力を約束され
ていた。

 勿論、世の中には幸運をやっかむという特権を行使することに躊躇いを持たない者が
多い。強いて云うならば、この場合、戦自対軌道防空システムがそうだった。

 この『何か』はシステムに介入した者の思惑に合致する存在だったからだ。

 『何か』の質量はあらゆる言い訳が出来なくなるほどの被害をもたらすほど大きすぎ
ず、また介入者の思惑を満足させることが出来ないほど小さくは無かった。そして、そ
のコースは彼らの持ち得る手段のホンの一部を使用するだけで、介入者の思惑を満たす
ことが可能だった。

 些細な障害は、戦自対軌道防空システムが『何か』の個体識別名を明確に認識してい
たことだが、介入者は、戦自対軌道防空システムへ条件に合致する対象の個体識別に関
する条件設定は省いていた。軍用システムであるから、条件を設定していない場合、世
の中の常識などというファジーな倫理など気にする感性を持ち合わせていない。

 故に、歴史的理由から『オートスペシャル』と呼ばれる完全自動モードに入っていた
システムは迷うことなく、手段を行使した。

 勿論、システムは『何か』を特別扱いしたことは、誰にも報告していない。愛すべき
システムオペレータへも、である。介入者は介入を明言するほど恥知らずではなかった
し、システムもオペレータに不必要な負担を掛けることは望んでいなかった。よって、
システム外部から見た場合、『何か』は他の大多数と区別されなかった。

 システムが行使した手段の大半は、軌道落下物針路誘導用のプログラムドミサイルで
ある。余計な被害を招かないために大した破壊力はない。もっとも『何か』の方も物理
的衝撃を伴う明確な悪意に耐えるよう構成されているから、軌道修正ミサイル程度でど
うこうなるようなヤワな存在ではない。


 ごく少数投入された大破壊力を持ったプログラムドミサイルも表面処理を灼いた程度
で『何か』を破壊することはなく、問題も生じなかった。たった一つ、『何か』の速度
が、爆圧などで些かその歩みを遅くし、秒速7kmを割り込んだ以外は。


 当事者には誰も悪意を持ち込まなかった。システムは条件に合致した存在を見つけ、
適用手段を調整しただけ。その管理者はその責務を十全に果たしていた。そして、『何
か』だが、『何か』はやんごとない状況のため、状況を受け入れていただけだ。

 それだけだ。たったそれだけである。後は『何か』が厳然たる物理法則に従ったと云
う結果が残った。勿論、周知の通り秒速7km――第三宇宙速度を割り込んだモノは星海
へ在ることを許されない。手短な大質量体 ―例えば、地球のような― へ引き寄せられ
てしまう事は言うまでもない。

 仮に『何か』が惑星表面と接触する降着点に、人が棲み、街を築いていたとしても、
全く仕方のないことだろう。



― Mayday! Mayday!
 (非常事態)

― As for this Machine, it is descending to the earth at present.
 (当機は、地球降下中)

― It becomes fatal action with the current condition.
 (致命的行動である)

― Input a command(s)!
 (コマンドを!)

― Input a command(s)!
 (コマンドを!)
    :
    :
    :


 何かのカウンタを刻みつつ、メッセージモニタとスピーカは務めを果たそうと努力す
る。

 しかし、『何か』の努力は報われなかった。


― There is no indication from the user.
 (無入力)



 狂ったようにコマンド入力要求を吐いていたメッセージモニタが、最後に一行力尽き
たかのようなメッセージを出し、表示を止める。僅かな沈黙の後、自らの選択を提示し
た。


― My navigation logical circuit is malfunction.
 (本機の航法論理回路は機能不全を起こしている)

― Rehabilitation is unacceptable.
 (回復は不可能)

― Therefore, I submit myself to the current conditions.
 (よって、本機は現状を甘受する)


 そして、最後のメッセージを提示した。固体識別名:RGZ-86D【Zetaプラス】 が、裡
に在る有機体――霧島マナを、遂に呼び覚ませなかった事を詫びるように。

 そして、自らの裡に在る者への手向けのように。



― God is in his heaven. All right with the world.
 (世は全て事も無し)



 『何か』の中にいた有機体がそれを確認する事はない。幼き戦乙女は、些か不本意な
形で故郷に還ろうとしていた。


<第九話Aパート了>



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ver.-1.01 2001/11/25 公開
ver.-1.00 2000/11/30 公開
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<作者のXXX>    

作者  「忘れた頃に書くSS。ご無沙汰いたしております、作者です。
     前回掲載直後、強制的に神託中毒されてしまいした。現在では、視界に入る
     ものを認識しては、あーんなTABLEやこーんなTABLEを作って、それをxxxな
     VIEWで見せるようにして、更新はうっふんな TRIGGER を仕掛けてからしか
     るにあっはんな PRAGMA で云々……、などと云う腐れた日々を送っています。
     こんなどうしようもない私ですが、ご容赦のほどを


     次はなるべる速く出せるように努力します」

今回のオマケ。あひょろっとな


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