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美貌の少女にして陽明の策士――惣流アスカ・ラングレーの助力を得て、願いかなっ
た少年、碇シンジであった。
――――が、
まことに残念な事ながら、ヤマトタケルの熊襲征伐以来、神世の御代より伝わる由緒
正しき艶やかな益荒男振り(?)は、必ずしも胸を張れるものではなく、(当然の事な
がら)人にその対極にある評価をもたらすであろうモノだった。そして、最もそれを強
く意識しているのが、やられた方では無く、やった方の少年である。実に少年らしい話
ではあった。
それはさておき、事が成就した今、改めて自分の姿とやり口を認識して、少年は悔恨
と羞恥に悶えていた(後者が主因であることは云うまでない)。志はともかく、目の前
の現実は、彼の『そうありたい』と思う願いに全く反していたからだ。全く少年らしい
話ではある。
だが、人ではない何者かは少年を見放していなかった。少年が煩悶する姿にやや気後
れしつつも、雅なる黒髪持つ少女は彼女らしい気遣いで声を掛けようとしている。
シンジは気付いていなかったが、今彼女の全ては慈しみに満ちていた。少女は己の存
在を肯定する存在の出現により、単に他者からの何かを受けるのみならず、身の裡より
沸きいづる何かを与えられるようになっていた。無論、少女をそうさせた少年へ、最初
の奔流が向けられるのは当然の公理であろう事は論を待たない(余談であるが、己が策
の成功に驕って勝ち誇るに忙しく、コレを見過ごしたアスカは、後々までこの不覚を悔
やむことになる。とは言っても、これも彼女の多過ぎる不覚の一つに過ぎないのではあ
るが)。
「あの…碇君?」
「み、見ないでよ!」
「あの…」
「どうせこんな僕をみて、山岸さんも笑っているんだろう?
山岸さんにあんな偉そうなこと言って……こんな事やっている僕を。
見ないでよ………、お願いだから………」
最後には涙声になるまで恥じいるシンジを見て、マユミは微かに微笑み、頷いた。
「はい……、見ません」
「え………?」
「碇君がそう言うなら、私は目を閉じています」
「山岸さん………?」
「嫌なことをされるのも、嫌だと思う自分を嫌だと思うのも私には判ります。だから、
私は目を閉じていますから……」
「山岸さん…………」
「はい?」
「ありがとう」
「…はい」
この時、世界は平和であった。
―――少なくとも、彼らの周りに関しては。
スーパー鉄人大戦F
第八話〔陸離:Her heart〕
Iパート
<地球軌道上
【ゲスト】地球攻略部隊第三梯団主隊 旗機
A級ヘビーメタル【アトールV】>
破滅は、第二二任務部隊の努力が絶頂に達しようかと言うとき、その一言から始まった。
「ファイア」
ソレはマフ・マクトミンの朱に彩られた唇から、発せされた。
言葉は瞬く間に指揮下の者へと伝えられ、具体的な行動を要求する。最もソレに対し
て早く反応したのは、マクトミン自身が操るA級ヘビーメタル【アトールV】であった。
彼の【アトールV】は、最も被弾確率の高い艦腹見せている敵艦隊の先頭集団へ向け、
狙い定めていた禍々しき物干し竿――バスターランチャーのくびきを解き放った。獰猛
にして激烈な光の奔流が敵艦へと向かう。
少し遅れて、先の光条にやや劣るモノが十本程度と、大幅に劣る無数の光条とが、後
を追いかけた。
<地球軌道上・第二五二哨戒隊【アイリッシュ】級巡航戦艦【ラーディッシュ】>
「何事だっ!」
前方集団やや後方に位置していた【ラーディッシュ】ブリッジより、ソレを目撃した
同艦長ヘンケン・ベッケナー大佐は反射的に叫んでいた。
仕方が無いことと云えるだろう。敵艦隊が五〇隻程度の集団3つに分かれて接近して
いることは観測されていた。時空震も観測されていない。だが、彼らは員数外の哨戒隊
群を加えて行った艦隊再編成が終わろうとした時、突如として TF22 艦隊側面に出現した。
「詳細不明! 敵です」
彼らは地球連邦地球軌道艦隊が予測していた戦力算定を、更には TF22 が敷いていた
索敵観測をも潜り抜け、あらゆる意味で文字通り唐突に忽然と、自らの存在を地球連邦
軍へと主張した。
「そんなことは分かっている!
砲門、開け!」
「何処へです!?」
「弾の飛んでくる方に決まっとるだろうが!!」
同様の判断を下したらしい僚艦達と先を争うようにして、【ラーディッシュ】は攻撃
策源地方向へ集束率最低にして拡散させた粒子ビームで薙ぎ払う。敵機動兵器や敵艦防
御を撃ち抜くには全く役に立たない低集束率粒子ビームであったが、彼らを覆っていた
光学迷彩を灼くには、十分だった。
敵は化けの皮を剥がれ、ようやくその姿を TF22 将兵へと現した。
残念なことに出てきたモノは、 TF22 将兵の想像を裏切っていた。それも悪い方向
で。明らかに自艦隊を超える規模の艦隊と敵機の大編隊がそこに存在していた。
【ラーディッシュ】戦術情報士官の一人は、悲鳴のような報告を挙げた。
「てっ、敵艦隊ぃ!」
「バカモン! 分かり切っていることで騒ぐな!
全TIO、索敵情報どうしたぁ!?
FTIO(先任戦術情報士官)、さっさと状況を報告せんか!」
来襲した敵のもたらした被害は、只の一撃としては極めて甚大だった。
全艦艇数一一二隻中、撃沈一隻、大破三隻、中破以上一二隻。小破以下の艦艇や数十
機単位で撃墜されているであろう機動兵器の損害など検討もつかない。事実上、第二二
任務部隊( TF22 )は何も出来ず戦力の一割以上を喪っていた。
「【アロマンシュ】完黙! 轟沈です!!」
中でもアイリッシュ級巡航戦艦【アロマンシュ】などは、敵機動兵器から超大出力砲
の直撃を喰らって、真っ二つになり、爆裂四散している。彼女は防御という概念の存在
自体を疑わせるほど、豪快に沈められていた。
これは【ロンド・ベル】よりの情報にあったバスター砲のバスターランチャー・モー
ドによる攻撃と思われた。威力は大きいが発射可能な機体が限られ上、発射可能な機体
でさえも行動不能覚悟で扱う必要がある代物で、地球連邦軍の観点から見た場合、全く
の欠陥兵器といえる。当然、こちら以上に知悉している敵も、今までの軌道上の戦いで
は出してはいなかった。艦隊規模の光学迷彩云々は除いても、この一点だけでヘンケン
は目の前の敵が本命であることを確信出来た。
報告は続く。
「【クィンシー】【シュバリエ・ポール】【スウィフト】、大破沈黙!」
この三隻もバスター砲による攻撃だろう。先の【アロマンシュ】程悲惨な打撃ではな
いから、おそらくバスターファウスト・モードかブラスター・モードによる攻撃だ。こ
れらのモードはバスターランチャー・モードに劣るものの、発射時オーバーロード確率
が大幅に抑え込まれているとのことだ(それでも、過剰なほど手間を掛けて完全整備状
態へと機体コンディションを整えていなければ、かなりの確率で行動不能になるらしい
のだが)。
そして――、
「【デ・モイン】、応答ありません! 中破以上確実、損害不明!」
その攻撃は、マナ達の乗艦する【デ・モイン】をも襲っていた。
<地球軌道上・第二〇八哨戒隊【アレキサンドリア】級機動巡航艦【デ・モイン】>
時間は少し遡る。
マナ達は、艦隊外周直衛任務(ついでの敵先行部隊・威力偵察隊との小競り合いも含
む)を無事終え、【デ・モイン】へと帰艦していた。
そして、半ば習慣的に整備員へ引継、パイロット控え室へと転がり込んだ。途中、
マッハが整備員と怒鳴り合いをしていたが、関わる気力は既になかった。さすがのマナ
も、延々と続けられる戦闘による緊張状態から疲労が鬱積しており、余裕が失われてい
たからだ。日頃の闊達さは控えめに表現して、消え失せていた。
「マナ…」
見上げると、ムサシが居た。余りに疲労していたので気付かなかったらしい。彼も疲
労している筈であるが、それは表に出ていない。やや顔に脂が浮いている以外はいつも
のように無表情だ。
彼はマナへドリンクパックを差し出した。
「ん……、ありがと」
少し舌っ足らずなしゃべり方で、礼を言うマナ。ムサシはそんなマナを見て、彼女に
だけ分かる程度に目元を緩めた。
「たいちょーは?」
「テック(技術/整備兵)と揉めている。ビームランチャーのE-CAPが死にかけている
と言っていた」
「たいちょーのは特別製だもんねぇ…アレが最後のヤツだって言ってたし……」
「…そうだな」
マナの言うことは正しい。マナ達が乗る【Zetaプラス】C型とは違い、マッハ大尉が
駆る【Zetaプラス】D型は正規制式番号を持ってはいるものの、半ば個人専用機として
開発された経緯がある。そのため、高級量産機と言うよりは、限りなく洗練された試作
機と呼んだ方が適切である機体だ。当然の帰結として(一般の機体以上に)整備性より
も戦闘能力を優先しているため、上記のような場合運が悪いと交換部品にすら事欠くこ
ととなる。
無論、彼らの運は悪くない。証拠に出港前、充分な予備物資が積み込まれもしていた。
しかしながら、度重なる戦闘状況の強要という、全く正統かつ妥当な経緯によって、彼
らには物資欠乏の兆候が降り掛からんとしている。手始めが【Zetaプラス】D型マッハ
機のE-CAPという訳だ。
マナは更に疑問を解消しようと訊いた。
「で、どうするの? C用の(ビーム)スマートガンでも積むとか?」
「いや、死に掛けのE-CAPを、動力直結してメガ粒子充填するらしい」
「無茶してるね………たいちょーらしいや」
「……そうだな
―――っ、マナ!!」
突如、ムサシは叫んだかと思うと、マナに抱きついた。彼女は抵抗する事さえ出来な
かった。いや、する必要など、どこにも無かった。その時、彼らを含む【デ・モイン】
クルーへ、暴力的な衝撃と破壊が何の躊躇いもなくその軛(くびき)の下へ伏すること
を強制したからである。
<地球軌道上・第二二任務部隊 旗艦【ラー・レゾルソ】戦闘司令室>
文字通り、突如として出現した敵集団の襲撃に第二二任務部隊将兵は混乱を来してい
た。そして、それは第二二任務部隊司令部も例外とはしていなかった。
「なんだぁ!?」
「何が起こった!?」
「報告どうしたぁっ!!」
「【アロマンシュ】、【アロマンシュ】! 応答せよ! 【アロマンシュ】!」
「索敵急げぇっ!!」
「なんであんな所へ敵が湧く!!」
「出せるMS隊は!?」
「戦闘警報出せ!」
「回線妨害されています!」
司令部参謀は揃って無力であった。彼らには自らが望んで作り出す騒乱の渦中で、
状況に流されることしかできなかった。
その中で比較的冷静を保っていた参謀長は頃合いを見計らって、エドワード少将を見
やった。
「提督?」
参謀長の呼び掛けにも答えず、エドワード少将は静かに独白する。
「――さて、この敵はどこから現れたのかな?」
残念な事にここへエドワードの問いに答える事の出来る者は、誰も居なかった。
<火星軌道・【ゲスト】根拠地>
エドワード少将が求めた答えは火星軌道に存在した。
「【ゼラニオ018】、縮退炉臨界。
爆沈します」
彼らの目の前のモニターでは、かつての海洋に潜んでいた弾道弾搭載型原潜のような
シルエットを持つ戦闘艦艇が、周囲の光を全て呑み込む昏い閃光を発した。
『シュバルツシルト半径はほぼ予測値、問題ありません。
衝撃波到達まで三〇』
ようやく揃いつつあった【ゲスト】固有艦艇戦力のなれの果て、その一欠けが、事象
の地平線の果てへ潰えるさまを面白くもなく見つめながら、【ゲスト】地球文化矯正プ
ログラム先遣隊最高指揮官テイニクェット・ゼゼーナン執行官は声を出さずに呟いた。
《ふむ……、望みの代償か》
確かに必要な代償ではあった。
今回の作戦で必要とされた艦艇八一〇隻、機動兵器六二〇〇機を作戦に参加させるた
めには、根拠地内施設パワープラントでは絶対に生産不可能なエネルギーが絶対に必要
とされた。もちろん、ちょっとや、そっとでどうこう出来る量でもない。そのため、さ
すがのゼゼーナンも、当初これを理由に作戦の実施を諦めかけすらした。
だが、それは亡命者・元地球連邦軍中佐シャピロ・キーツのただ一言によって、覆さ
れた。
『ならば、あるものから補えば宜しい』
確かに理屈ではある。実行可能なプランが存在しているならば。勿論、そう言い切っ
た彼には明快なプランが存在した。
それはこの根拠地に持ち込んでいた浮きドックで艤装中の【ゼラニオ】級強襲舟艇を
パワープラント代わりに使用し、【ゲスト】−ポセイダル連合軍のほぼ全力・四挺団、
八一〇隻の投入に必要なエネルギーを用意する、である。
これには当然、ゼゼーナンも良い顔をせず、彼女達を受け取る予定であった【ゲスト】
地球文化矯正プログラム執行団執行部は猛反発した。
それはそうであろう。幾ら質実剛健を地で行く戦闘艦艇といえど、その様な無茶な使
われ方をしてはもたない。事実、事前のオペレーションズ・リサーチでは、この任務に
投入する【ゼラニオ】級の九割以上は、臨界を超えて事象の地平線に呑み込まれる結果
となることを示唆していた。
遠隔操作する手筈であるから人的損失は発生しない。が、完成の暁には、同盟軍であ
り実質的な先遣隊空間戦力主力であるポセイダル軍に、優るとも劣らない事が約束され
ている【ゲスト】独自の艦艇戦力過半数以上が、実戦参加せぬ内に失われてしまう事を
意味する。
(バランス・オブ・パワーの観点で評価した場合)更なる政治的術策を弄する必要の
生じてしまうゼゼーナンの立場からも、独自の空間作戦能力の欠如に悩む PEGCCT 執行
部の立場からも、許容しかねる話であった。
しかしながら、シャピロの提案に対して、作戦目的を達成出来るまともな代案を提示
することの出来なかった彼らは、その案を呑まざるを得ない。
『そもそも、戦力とは使えば消耗するものだ。敵地で戦い沈ませることと、ここで動力
炉暴走で沈むのと、どれほどの違いがある?
確実に戦局を有利に出来るだけ、暴走させた方がマシとはいえんか?』
このシャピロ発言もしごく正当な話で、決断要因の一つではあった。だが、これ以上
に彼らに決断を強制する要因がある。
それは鮮度問題だった。
といっても食糧問題を抱えていたわけでない。【ゲスト】はその様な戦争戦略以前の
問題の存在を許していない。彼らは地球連邦など足元にも及ばぬほど、高度な文明を発
展・維持している社会組織なのである。
では、何の鮮度問題であったかというと、情報だった。シャピロのもたらした情報に
よる、作戦の実施可能期間はそれほど長くはないからだ。時間の浪費は貴重な資源を文
字通り腐らせてしまうことを意味する。シャピロがわざわざ苦労して持ち込んだ、管轄
違い(彼は環太平洋方面軍の所属)の地球軌道艦隊の暗号解除キーデヴァイスの有効期
間が終わってしまうからだ。
それを証明するようにキーデヴァイスを入手したシャピロが、【ゲスト】の優秀且つ
莫大な計算資源ならびに人的資源を消費してすら、その操作は困難を極めた。同胞すら
信じられない人類の性悪説に対抗するため、あらん限りの理論と実践手段を経験で煮詰
め、実現化させた地球連邦軍暗号システムは、【ゲスト】が彼らに劣る数少ない分野の
一つだ。その暗号強度は、ごく控え目に表現して偏執狂と言うレヴェルを遙かに超えて
いる。であるから、何もなくとも定期的に更新されるデヴァイスが更新されてしまって
は、もう暗号の解読その他は事実上不可能となる。
この事実を【ゲスト】は高度文明民で在るが故、重視した。彼らは情報を死活的に重
要であると考えていたからである。そして、それは全く正しかった。決断は為された。
かくして【ゲスト】は、艤装を終えて就役・実戦投入訓練中であった三隻と艤装進捗
が低い二四隻を除く、縮退炉全力運転が可能な【ゼラニオ】級第一期及び第二期建造分
のほぼ全数、計四五隻の臨時増力炉転用が決定され、作戦は実施となった。
「作戦担当、状況を報告せよ」
「はい。先程の【ゼラニオ018】の喪失を含めて、で喪失数は計六隻になります。
臨時炉損耗率は予定を七%程下回っており、順調と言えます」
「宜しい。第四挺団のための最終確認を怠らないように」
さて、現在彼の星海に出ている第二、第三挺団諸君はそれぞれ役目を果たしてくれて
いるかな?
<地球軌道上
ポセイダル軍【スレンダースカラ】隊 旗機
A級ヘビーメタル【バッシュ】>
「全くどうかしているぞ、この作戦は!!」
第二次聖戦争で鹵獲したモノしか残っていないはずの遺失兵器、広域通信妨害装置/
スターライトシャワーがもたらすノイズの荒海にギャブレーは毒づいていた。
勿論、彼自身愛機を駆って戦闘中である。しかしながら、通信を阻害されてまともに
連携の取れない【チキュウ】軍機動兵器隊など、個別戦闘能力に置いて遙かに優るポセ
イダル軍ヘビーメタル、そのなかでも最上級付近にランクされるA級のソレを駆ってい
る彼へ脅威を与えるには、甚だ力不足であった。殆ど据えもの斬りの様相すら呈してい
る。
それゆえ、戦いの渦中で戦いに疑問を抱くなどと言う破滅的な贅沢を、彼は味わうこ
とが出来ていた。
ギャブレーは今作戦、一連の行動を反芻した。
作戦の第一弾は、第一梯団一八〇隻(【チキュウ】軌道へ一五〇隻、第一衛星軌道へ
三〇隻)が行った敵艦隊の消耗と通信網の破壊および、偽装通信衛星の展開による敵通
信網の蚕食を目的とした作戦行動だった。
一般的な常識を持つ普遍的ポセイダル士官としてギャブレーの目から見れば、一般兵
のみならずヘッドライナー(A級ヘビーメタルパイロット尊称)に対してまでも行動を
束縛するという暴挙まで行った作戦だ。それだけに、気に入らないなどと言うものでは
なかった。が、彼の何者にも代え難い己に律したルールでは、命令は果たされねばなら
なかったし、非凡な作戦家としての彼も作戦目的を合致するこの命令に同意の声を上げ
ていた(彼は辺境土豪出身であるが故、ポセイダル正規軍直参将校に流布していた悪性
疾患に全く罹患していない希有な存在なのである)。
第二弾は第二梯団、同じく一八〇隻(同)の陽動作戦だ。第一段階と同程度の戦力で
陽動を行い、敵主力を誘引する目算だった。勿論、第一段階で蚕食した敵通信網を利用
して、第一段階での戦闘で傷付いた上に命令系統が異なる艦艇群を合流させ、敵主力艦
隊行動権を阻害する事も意図している。
そして、第三弾が今である。
望外の経緯から入手されたエネルギーを使用して静粛跳躍させた第三挺団(とは言い
つつも、出撃自体は第二挺団より先だった)をさらに慣性航行させて、艦隊行動を隠蔽
させた。これには徹底に徹底を期して、光学迷彩塗布材まで使用された。この素材は余
りに消耗が激しいため使い捨てざるを得ない上、製造するに躊躇するほど工程複雑、加
えて高価であるため、滅多な事では使われない。実際、使用されたのは第二次聖戦争以
来であったし、これほど大規模に使用されたのは史上初めてであった。
これでも不安を感じる上層部はダメ押しの一手すら加える。第二次聖戦争で鹵獲した
広域光学電子妨害装置 S.L.S. の使用である。これにより、敵【チキュウ】軍が友軍に
対抗できている主因である堅密な連絡による相互援護を全く許さない。【チキュウ】軍
の絶対的打倒を是が非でも実現しようとしている事は明らかだ。
「姑息が過ぎるのではないか!」
これは戦士たる矜持に溢れる“騎士”への、侮蔑と感じられる。実際、これは殆どの
ヘッドライナー達に共通する話であった。
さりとて、軍は彼に戦果を挙げることを要求している。口とは別に冷徹な一面を持つ
彼は、状況を最大限利用して着実に戦果を挙げていた。
<地球軌道上・第二〇八哨戒隊【アレキサンドリア】級機動巡航艦【デ・モイン】>
マナは何も知覚できなかった。別段、彼女に問題があったわけではない。状況が彼女
を超えた。ただ、それだけである。
徐々に意識を取り戻し始めたマナは、遺伝子に刻み込まれるようにして叩き込まれた
訓練の成果を発揮させ、半ば無意識に属する領域で現状を認識し始めた。ソレは最も身
近な現状である自分の身体状況の確認から行われた。
《ナニガアッタノ? ………ケガは? ………ナし。イシキは、カくセイちゅう………
もんダイ、無シ。
………状キョウ。意識レう゛ぇルの上昇待チ。
味覚……ダめ、、、クチの中を切っテいる。血のアジしかしない。
聴覚……同じ、、、ダメ。耳鳴りガ酷い。
嗅覚……ナニ、、、コの匂いは……チとアブラとモノの燃えるニヲイ、、、
触覚……暖かい、、これはムさしの暖カさ、、、ムさシ? ………ムサシ!!》
マナはその名をキーワードとして、急速に意識を現実世界へと還した。
「ムサシ……?」
そこには確かに彼が居た。確かに自分の躯へと抱きついていた。よく見ると彼女の顔
を覗き込んでいる。だが、彼女の予想とは異なり、彼が彼女へと向ける視線は極めて穏
やかなモノだった。
「マナ……」
「ムサシ?」
「大丈夫か?」
「え……? う、、、うん」
ムサシは気遣いの言葉を肯定するマナに満足して呟いた。
「そうか……」
そして、言葉を続け……
「よか……」
そこまで言って、ムサシの身体は突如として力を喪い、崩れ落ちた。
「ちょ……っ、ムサシ!」
いきなり寄りかかってくるムサシに驚き、小さな悲鳴と共に咎め立てるように彼の名
を呼ぶマナ。だが、それはムサシの背を確認するまでだった。
ムサシの背中には、敵弾の命中によって引き裂かれ跳ね飛んだ【デ・モイン】構造材
が突き立てられていた。艦内壁面に施されているスプリンター(破砕小片)防止用強化
アラミド繊維装甲の戒めなど、気休めにすらなっていなかった。
<地球軌道上・第二二任務部隊 旗艦【ラー・レゾルソ】戦闘司令室>
相変わらず、敵の通信妨害が続き、混乱している第二二任務部隊司令部。懸命の努力
が続けられる中で、幾人かの例外がいた。
その筆頭は第二二任務部隊・司令長官ジャック・エドワード少将と、その参謀長リカ
ルド・シルヴェスタ大佐である。
エドワードが知性の欠落を欠片も感じさせない声にて、問うた。
「――どうして今まで、我々は彼らと対等に戦えた?」
「何のことです?」
「落ち着いて考えてみたまえ。これほどの密度で常時戦力投入が出来るなら…」
「まずは軌道哨戒隊をキレイに片付けますな、余計な手間など掛けず。こちらは防衛の
ために戦力の逐次投入をせざるを得ませんから、直に排除されるでしょう」
「その通りだ。だが、彼らはわざわざこちらの戦力を集結させ、そこを襲った」
参謀長はエドワードの言わんとしていることに気付く。
「…敵にしてもこの規模の作戦行動は続けることが出来ない?」
「そう見るのが妥当と思えるな。続けられるなら、こまめに潰していけばよいのだ。そ
ちらの方が手間は掛かるが、効率的なのだから」
「それが出来ないから、我々を…」
「そうだよ、延々と続けられた襲撃も、見せつけるように行動していた敵艦隊も、そし
て……あの理解不能な命令も、全てはこの時のためだったのだよ」
「敵ながら、想像を絶する話ですな」
「その点については私も同意する。だが彼らも無理をしているのだよ、この戦いのために。
ありとあらゆる努力をして」
「そして、その努力は続けられない」
「その通りだ」
「…負けられませんな。いや、生きて還らねばなりません」
「その通りだ。この戦い、生き残れば我々の勝ちだ」
そうは言ったものの、その中に自分が入っているとは露ほども思わなかったが。そん
なエドワード少将の打算も目論見も、何もかも全てを了解したかのように、参謀長は頷
いた。
そこへ悲鳴のような報告が告げられる。
「提督! 【アオスタ】が」
<地球軌道上
第二二.三.六任務隊(TU22.3.6) 旗艦
【サラミス改】級フライトIIIA型 軽巡航艦【デュカ・ダオスタ】>
アルベルト中佐。この艦で副長たる自分の唯一人の上官であり、必然的に艦長である。
あまつさえ、この艦の所属する第二二.三.六任務隊の隊司令でもあったりもする。
この若き中佐は、歴史の荒波だか、うねりだかに呑み込まれてひっくり返った、何と
かツァーノとか云う欧州長靴半島原産大金持ちの係累と耳にしている。なかでも目の前
の御仁は、中興の礎を築いた大人物の生まれ変わりと評判であるらしい。だが、それ程
の気鋭の人物が、(没落して過去の栄光に縋るしかないとはいえ)一族皆から過去の再
来と呼ばれて続けて、面白いはずがない。
『生まれ変わり』と言われ続けて二十ン年、本人はいたくヘソを曲げ、今では名字を
人に呼ばれるのを極端に嫌うようになっていた。家族想いの彼は深い親愛の情を抱いて
いる曾祖母を泣かせたくないので改名こそしなかったが、今では曾祖母の前以外ではと
にかく人に名字を他人に呼ばせようとしない。もちろん、自分への一番最初の命令はそ
ういう内容のシロモノであった(だから、記憶から該当部を消している。軍隊では上官
の命令は絶対だからだ)。まぁ、それはおいといても奇特な御仁ではある。
勿論、若くして軽巡艦長である上に今回の出撃では隊司令を兼任しているし、長くは
ない公私に渡るつき合いからも、噂通り有能な人物らしいことが証明されているのは、
(双方にとって)良いことだったが。それが艦のみならず、任務隊にも知られているの
か、(構成人員の関係からも導かれる)事前の予想に反して、この混乱の中でも、この
TU22.3.6 は奇妙な落ち着きを見せている。
だが、頻発する夫婦喧嘩(何を血迷ったかラテンな男道まっしぐらのイタリアーノが
清教徒の貞淑な妻を迎えたモノだから当然といえば当然であるが)の仲裁と、時々心臓
が止まりそうになるような事を思いつくのだけは、願い下げだった。
副長の願いも虚しく、まことに残念なことに、後者の兆候がアルベルト中佐の口端に
見えているは決して錯覚ではないのだろう、確実に。おおよそ、懸かる災難を想像して、
【デュカ・ダオスタ】副長はシクシクと痛み出した腹を抱えた。
副長の胃壁にガリガリと音の出るような損害を与えている事を知ってか、知らずか、
アルベルトは動き始めた。その挙動は外の状況に関わらず実に不謹慎な態度で、秘境の
噂を耳にした自称冒険家な少年そのものだった。
「情報士! 状況知らせ!」
「左舷は敵だらけ、後、数時間もすれば、元から居た敵集団とも触敵します。今言える
のはそんなところです」
「頼りになる情報だな、有り難くて仕方がないぞ。
戦機(戦術機動兵器統制)、準備は?」
「命令あり次第、いつでも出せます。早くして下さい、連中血の気が余っています」
「ガッつくなと言ってきかしておけ。
砲術!」
「取り敢えず、適当に応射中。景気良くライトアップしています」
「少しは当てろ!
推雷!」
『発射管には勿論、次弾装填も怠りなし。好みのコースでイチモツブチ込めます』
「チェリーじゃないだろう? 焦って漏らすなよ。
通信、どうだ?」
「ダメです、隊内の通信がやっとです」
必要な事柄を揃えたことに満足したアルベルトは、自分に向けて、人の悪い笑みを浮
かべていた。
「…と言うことだ。ナンバーワン、君の好みは?」
嫌な予感が更に強まった副長は、うろんな視線を向けた。
「何のことです」
「言える時は言って置いた方が、精神衛生上いいだろうと言うことだ」
「…身体衛生には触れないんですね」
「おいおい、ここは戦場だぞ? その様な贅沢は望んでは罰が当たると思わんか?」
すんでで《罰があたるのは艦長でしょう!》と怒鳴りたくなるのを堪えた副長は、不
屈の努力を持って聞き尋ねた。
「…それはそうとして、何をやるつもりです」
「簡単なことだよ。地球連邦軍人としての誓約を、自分なりに果たすことかな」
「……まさか」
「上級司令部の命令は届かない。おまけに敵は選り取り見取り。そして、我が手には剣
と意志がある……、まあ、少し陽気すぎる連中だがな」
アルベルトはニヤリと笑った。
彼が示唆しているのはこうだ。彼が率いる TU22.3.6 は、主としてイタリア宇宙軍か
らの供出された艦艇・人員で構成されている。昔から『戦争と女をイタリア人に…云々』
と言われるように、事実に近い偏見を根拠として、彼らはその能力、特に集団としての
彼らは戦力として非常に疑問視されていた。その彼らが一任務隊にまとめて放り込まれ
たのも、実はその辺が危惧されていたからだ。少なくとも、出自が同じならそれなりに
統制も取れるか、はたまた全艦揃って競い合いように(これだけは廃れていない)個人
的武勇を発揮するであろう。そう任務部隊司令部では判断されていたし、任務隊内各員
も自分達でそう思っている。
そういった意味では一部でガンボートと揶揄される、シリーズ屈指の砲雷撃能力およ
び高機動能力を持つ【サラミス改】級フライトIIIA型たるこの艦【デュカ・ダオスタ】
は、実に彼ら向きな艦であった。
《であるならば、各艦各員で個人的武勇を以て、個人的戦争を愉しもう。》
実にラテン気質なアルベルトの文句が不可視の看板となって副長に示され、より具体
的な言葉となった。
「これだけお膳立てが揃っていて、何もせんのは犯罪だぞ。
靴を脱いだ女に手を出さないようなものだ」
厭な予感は的中した。精神の平衡を失う感覚に翻弄された副長は、辛うじて後半の軽
口を掴まえて、自らを保とうとする。
「手を出して、この間ミンチになりかけたのを忘れたのですか」
「うん、この間のアレはチョット危なかったな。誤解だと言っているのに、最後には理
屈も道理もありはしない。アイツ、あれでホントに連邦軍本部きっての知性派辣腕家
か?」
彼は、まるで挽肉になりかけた責任は全て細君に非があるように言い放つ。副長の反
応は液体窒素が温かく感じられるほど、道徳家らしいモノだった。
「艦長が不道徳なかつ不面目な行いをしなければ、そうはなりません」
副長の咎め立てるような正当すぎる主張に少し言葉を詰まらせながら、アルベルトは
主張する。
「…普段アイスドールとか二足歩行型戦略機械とか言われているインテリ然としたヤツ
が、実はただの女だった事を証明したんだぞ? 俺の勝ちだ」
無論、副長の反応にニベはない。
「そうですか。では、今度は止めません。地獄の底まで楽しんできて下さい」
それを聞いて、アルベルトは(辛うじて)少しだけ顔をしかめ、暫く何かを考えた後
に呟いた。不自然なほど、重々しく真摯な口調で。
「………………兄弟は助け合うべきだと私は信じる」
だが、副長の同意を得るには全く説得力を欠いていた。
「艦長と兄弟になった憶えはありません」
「人類皆兄弟と言うぞ。なんなら、今度本当に兄弟になるか?」
「何のです!! たとえ、艦長に姉や妹が居ても、ワタシは既婚です!」
「心配するな、世の中には兄弟になる方法など幾らでもある」
「訳の分からないこと、いわんで下さい。一体どうするつもりですか!?」
「ふむ……、取り敢えず今度、何人か見目麗しき女性を紹介してやろ……」
「断固としてお断りいたします!!」
副長は危険な状況で危険な事を上官が言い切る前に、黙らせた。彼は愛妻家にして恐
妻家かつ一夫一妻主義を旨とする基督教世界的な道徳家だった。
「(コホンっ!)」
頃合いを見計らい、咳払いする主計長(因みに女性士官である。同僚が同僚であるか
ら彼女は非常に寛大な精神の持ち主へと不本意ながら変貌している)も何か言いたそう
である。ともかく、少なくとも隊行動に関する明確な反対がなかった事で気を取り直し、
アルベルトは命令を下した。
「……それでは艦内及び TU22.3.6 全艦へ通知! 左舷砲雷撃戦開始、全艦突撃せよ!」
「アイ」
「砲術・推雷! M粒子・ビーム攪乱幕・デコイ・ダミー、何でもいい、放出しろ!
敵戦列突入後はスモークを焚いて、連中の目を潰してやれ!」
「『アイ』」
「戦機! MS隊は敵戦列に突撃するまで出撃禁止。パイロット連中には、真打ちは出
番は後だ、と言っておけ」
「アイ」
「突入爾後の戦闘、自由。適時適当と思われる判断にて行動しろ! 好きなようにやっ
てこい! 掻き回せ!
時間を稼げば、本隊の坊ちゃん嬢ちゃん連中がフォローしてくれる!
突撃開始!」
「「「「アイアイサー」」」」
これにより TU22.3.6 全艦は、自ら軛を解き放ち、ラテンなリズムに乗って戦争を愉
しみ始めようとしていた。
戦闘は佳境に突入しようとしている。
<地球軌道上・第二二任務部隊 旗艦【ラー・レゾルソ】戦闘司令室>
奇襲による混乱で、殆ど効果のない回避運動を行い、無用の推進剤消費しかしていな
い他艦を余所に、 TU22.3.6 は猛然と敵戦列に突撃した。
この、隊列を離れ気儘に機動するサラミス級軽巡数隻に、敵艦隊は予想外の混乱を見
せる。別段、恐怖に駆られたわけではない。むしろその反対で、圧倒的優勢下で血に酔
うポセイダル軍各人が手柄に焦ったためだった。
元々、彼らは大規模な艦隊行動について得意としていない。むしろ反対で TU22.3.6
構成艦のように、各個が独自の判断で行動することを基本とする。彼らの基準に照らし
合わせた場合、今回の作戦行動そのものが異常な状態なのである。少なくとも参加して
いたポセイダル軍の大部分はそう思っていたし、同時に、折りあらば……と胸算用を働
かせてもいた。
そして実際に機会が訪れると、彼らは躊躇無く我先にと勇んだが、余りに多くの艦が
同様の行動を取ったために、各々が誰かの阻害要因となり、各々が誰かの妨害を受けて
いた。
この混乱によって、 TF22 への圧迫は見る間に弛んでいくことになる。
そして、 TU22.3.6 各艦がポセイダル艦隊と TF22 の中間地点で不可視煙幕を展張し
始めた事により、事態は加速し、戦局が徐々に TF22 側へと傾き始めていた。
それを最も良く理解していたのが第二二任務部隊司令長官ジャック・エドワード少将
である。彼は、小気味の良い操艦と出鼻を挫く砲撃で、圧倒的に優勢な敵を翻弄してい
る TU22.3.6 各艦各機を見やっていた。
「【アオスタ】(の艦長)は確か…」
彼は奮闘する任務隊旗艦の略称を口にした(デュカ・ダオスタは Duca D'Aosta と綴
られるが、長ったらしいので普段はアオスタと呼ばれている。ちなみに正式艦名は更に
数倍ほど長い)。
「はい、『無名』のアルベルト中佐です」
ここで、若き提督は始めて感情を露わにして罵るように声を荒げた。
「なるほどな。全く以て許し難い…あのようなバカ者共の行動はしかと記録し、艦隊司
令部へ報告せねばならん。
戦闘記録!」
「はっ!」
「この行いをしかと記録したまえ。
彼らの行為には相応しい罰を! 勲章授与式にでも引き出してやらねばならん」
「提督……」
「何をしている。君たちは、あのイタリアーノ諸君に手柄を総取りされたいのかね?
我々もまた勇敢であり、有能たる事を示さねばならない。
その事に留意したまえ」
彼はそう言い放ち、混乱の宴を繰り広げる部下達に鋭い視線を向けた。これにより、
第二二任務部隊幕僚は一気に冷静さを取り戻した。
混乱の終焉を見取ったエドワードは、明確な発音で命令した。
「では、報告を行いたまえ!
艦長」
「本艦に重大な損害はありません。本艦の能力発揮に全く支障はありません」
「作戦情報参謀」
「えー、我々と交戦している敵ですが」
「要点のみにしたまえ」
「はい、それでは。
現在我々を攻撃している敵総数は艦艇一五二隻、機動兵器はおそらく約一一〇〇機程
度です。
これは元々我々が交戦しようとしていた敵とほぼ同数になります」
「それから?」
「勿論、元々居た連中も健在、接近中です。交戦圏まで数十分と言うところでしょう」
「敵ながら、手際がいいな。
航法参謀」
「現在艦隊の状態は不明。
分かっているのは、【ラーディッシュ】が伝えてきた撃沈一、大破五です。
機動兵器の方は全く見当も付きません。艦隊戦力は二割減と思って間違いないでしょ
う。
唯一の救いは哨戒隊群へ損害が集中しており、本来の TF22 所属艦はほぼ無傷であ
ることです」
「戦務参謀」
手短に話すことで知られる戦術参謀は、言われるまでもなく極めて簡潔に答えた。
「条件付きで問題なし」
やや極端なきらいがあったが。エドワード少将はこの状態で未だ己のスタイルを堅持
している参謀に、微かな怒りと大いなる好感を持って、問い質した。
「条件?」
「敵が好き放題暴れ回っています」
なるほど、今の状況では確度の低い報告よりはよほどアテになる的確な報告だ。エド
ワードは彼への評価を最大限の賛辞と最小限の叱責へ昇華させ、のたまった。
「ふむ……、なるほど。含蓄深い話だな。
参謀長」
戦術情報参謀から報告を受けていた参謀長は、したり顔で首肯した。
「今し方、通信も回復したようです。励み時ですな」
「宜しい、諸君。己の職務に励みたまえ。
では、始めよう。第二二任務部隊はこれより戦闘を開始する」
<地球軌道上・第二〇八哨戒隊・【アレキサンドリア】級機動巡航艦【デ・モイン】>
「ひっく、ひっく………ムサシ、ムサシぃ」
そこからは、巨大な棺桶と化した巡航艦の中へ存在するには、かなり場違いな嗚咽が
聞こえていた。彼女は年相応の声色で彼女のために傷付いた彼のために嘆いていた。嘆
きながらも、彼を害した鉄片を引き抜き、的確な応急措置を施している事は称賛に値す
る。辛辣な事実も本質的に聡明な彼女の行動を阻むことは無かったのである。
だが、彼女が対応できたのはそこまでだった。何をするべきか、ありとあらゆる思考
が錯綜し混乱する彼女を救ったのは、やはり彼らの上官だったのである。
「キリシマー、ムサシーっ!!」
マッハ大尉の叫びがこだました。豪侠無比の勇士は、ここでも懸かる災難を何とか切
り抜けていたのである。
「――っ!」
これにより、マナは混乱を振り払うことが出来た。明確な目標が存在すれば、彼女は
優秀足り得る。そう訓練されていた。
「たいちょーっ!!」
力の限り、マナは叫んだ。何度も、何度も叫び、マッハを自分の眼で確認するまで彼
女は叫び続けた。
マッハはまず彼女の状態を確認した。さほど重大な問題が生じていないことを確認す
ると、ムサシを看取り問い訊ねる。
「ムサシは大丈夫か?」
彼女は首を横に振り、そして、首肯もする。彼女は未だ混乱から完全に抜けきってい
るわけではなかった。
「しっかりしろっ! キリシマぁ!!」
「はっ、はいぃ」
マナはマッハの一喝に眼を白黒させたが、それは同時にマッハの狙い通り、限定的な
がら必要とされる最低限の論理性を取り戻す効果を彼女に与えていた。
「格納庫に向かうぞ。いいな」
マナはマッハの言葉に間違いなく首肯する。マッハはムサシを自分の身体に縛り付け
彼女を伴い、惨劇の間を離れた。
格納庫までさほど在ったわけではないが、そこまでの道のりは先程のスペースなど問
題にしていなかった。
有り体に述べて、地獄そのものだった。
無機物と有機物が分け隔てなく、細分化され漂っている光景が拡がっているのである。
天真爛漫と評して妥当であった少女に与える影響は計り知れない。今の彼女は余りの衝
撃に反応するべき感性を摩滅させてしまっていた。
「あれっ?」
そうであるが故であったのかも知れない。誘爆により再度艦内を襲った衝撃により弾
かれたコンテナへの対応が遅れてしまったのは。彼女は小型車輛に匹敵する質量の突進
を避けきれず、意識を再び混濁の海へと沈めてしまっていた。
<地球軌道上・第二五二哨戒隊【アイリッシュ】級巡航戦艦【ラーディッシュ】>
TF22 は左側面からの奇襲により、艦隊先鋒で大きな被害を出していた。 TF22 が出
した損害そのものも問題だったが、彼らに取り、それ以上に深刻な問題が敵攻撃により
発生していた。問題とは艦隊先鋒で損害多発したことから、(コントロールを失った艦
や弾け飛んだ構造との衝突を避けるために)艦隊先鋒そのものが障害物と化してしまい、
隊列を大きく乱してしまったことだった。
通常でならば、 TF22 司令部が即座に艦隊運動を指揮し、隊列と統制を立て直す筈で
あるのだが、レーザー通信すら阻害する正体不明の敵広域妨害策により、それすらまま
ならなかった。無論、それでも何とかしようと TF22 も努力はしていたが、結果は伴わ
なかった。手旗だの、モールスだの、信号弾だのでは、一〇〇隻を超える艦隊を統制し
て空間航行させることなど、所詮不可能であるからである。ましてや、複雑な三次元連
携を必要とする艦隊戦に於いては、何をいわんやであろう。
実際、これまで TF22 は、貴重な例外である TU22.3.6 を除き、殆ど個艦レヴェルで
事態に対処していたに過ぎない。
「 TF22 司令部との指揮回線回復!」
だが、それもここまでだった。今からは個々の判断では無く、暴力機械として活動す
ることができる。
ヘンケンは獰猛な笑みを見せた。フランクな指揮で定評のある彼は、ご機嫌な調子で
敵味方双方に血生臭い結果をもたらすであろう仕事へ掛かり始めた。
「通信、司令部からの命令は!?」
「我々には、艦隊運動命令と敵攻撃隊の迎撃命令が来ています」
「よーし、いいぞぉ……これで少しはまともな戦さが出来るな。おい、カミーユ聞こえ
たな!」
『了解。やらなきゃならないんでしょう?
でも敵をしばらく引きつけることぐらいしかできませんよ』
「判った、充分だ。動ける連中引き連れて、出ろ!
後はこっちで何とかする」
『何とかって、何をするんです?』
「何とか、だ!」
『答えになってませんよ、それ』
「いいんだよ! ないところから、答えを創るのがオレの役目なんだからな!」
『了解。【ゼータガンダム】、カミーユ・ビダンいきます!』
「よーし、行け!
防空、弾幕を張ってカミーユ隊の出撃を支援しろ。推雷、2−2−0方向の敵へ全門
発射ぁ! 当てんでもいい、牽制しろ!
チンタラするな、いくぞーっ!!」
戦闘はようやく一方的な虐殺から、双方向的な鏖殺へと変化しようとしていた。
<地球軌道上・T任務部隊/【アレキサンドリア】級機動巡航艦【アレキサンドリア】>
「えぇい、何をしておる!」
彼は全く無能者達のために、困窮の極みへと追いやられていた。
ケチの付き始めは定かではなかったが、聡明な彼は顕在化した理由は理解できていた。
地球軌道艦隊司令部如きの命令に従ったことが原因なのだ。疑いの余地すらない。
《無能者共め! せめて、こちらの邪魔しない程度のことぐらいやらぬかぁ!?》
内心でルナ2の莫迦連中を罵りつつ、T任務部隊最上級指揮官ジャマイカン・ダニン
ガン中佐は、現状をありのまま受け入れていた。敵機が攻撃を加えてくるまでは。
「ハサノフ大尉、回避はどうした!」
「…アイ、サー。これ以上の回避は危険でした。友軍艦艇と衝突してしまいます」
「かまうな! 向こうは向こうで莫迦なりに避ける。よしんばそれが無理でも、序列は
こちらが上だ。向こうの強制回避装置が動作する!」
「………」
常識の範疇の話しに、ハサノフ大尉も自分の非を恥じ入ったのか、返事はなかった。
まあ、指揮官たる者、要所以外では度量の寛い処を見せしかるべきだ。よって、ジャマ
イカンはそれ以上の追及を行わなかった。この場では。
《グリプスへ還ったら、絶対やってやる。無能者には無能者に相応しい場所があるとい
うことを知らしめてやる!》
上級将校たる者、今に必要以上の拘泥をせず、未来への道を模索しなければいけない。
敵襲の最中でも、上級将校としての矜持を堅持する。そんな彼の決意を阻害する者が、
またもや現れた。
「MS隊を出すべきです、中佐!」
MS隊司令テネス・A・ユング少佐だった。
「何だとう!?」
上級将校としては少し問題があるが、彼に彼の行動を自分がどう評価しているか知ら
せるため、敢えて威圧的にジャマイカンは応じた。
「MS隊を出すべきだと言ったのです、ジャマイカン中佐殿!」
「貴様、何を云っている!?
ここで出しても意味はない」
「意味はあります! 我々は戦わねばならんのです、地球圏を守るために! 【ティタ
ーンズ】とは。その為の組織ではないのですか!?」
一応の正論だ。だが、状況をわきまえていない。だから、ジャマイカンはそれを認識
させてやることにした。
「…フン、ご高尚な話だな。とても”フェイク”と呼ばれた男の言ったこととは信じら
れんよ! えっ、テネス・”フェイク”・ユング少佐ぁ!」
「…アナタは…」
「まだ、何か言いたいのかね、“ザ・フェイク”!」
「…アナタは、アナタは……アナタはこの状況で言う言葉がソレかぁぁっっっっっ!?」
そう叫ぶと、度し難い莫迦者は勝手にブリッジを抜け出した。ジャマイカンは偽エー
スが振りまいた空気をどうするか、手をこまねいていたが、そう長くは悩む必要もなかっ
た。
莫迦者が莫迦者らしい莫迦騒ぎを始めようとしたからである。
「中佐…」
「なんだ!」
「ユング少佐がカタパルトの使用許可を求めています」
「好きにさせろ! あ、後は任せたぞ! もう、あんな莫迦に関わっていられるか!」
「…了解。カタパルトデッキ開きます」
「好きにしろと言った!」
そして、少しの間を置いて、あの莫迦者は【ガンダムMk.III】に乗り、同じ莫迦パイ
ロット連中を引き連れて、莫迦騒ぎを起こすために飛び出していった。
勿論、英明溢るるジャマイカンは心中で毒突いただけだった。
《フン、精々騒ぐがいい。莫迦者共が》
<地球軌道上・第二〇八哨戒隊所属 RGZ-86C【Zetaプラス】アイオーン13>
「チィィ、こんな時に使えなくなるとは、な!!」
【Zetaプラス】マナ機のコックピットシートに身を沈め、マッハは忌々しげに人では
ない誰かを罵った。
彼が駆るべき本来の機体は【デ・モイン】を襲った災厄を経た後も全く問題がなかっ
た。彼らが遭うと考えられている災厄は、ことさら直接的なものであったから、間接的
に加えられたこの程度の災厄など、問題としていなかった。
であるならば、彼が部下の機体へ搭乗する理由は無いはずであった。確かに機体に問
題はなかった。しかしながら、戦闘マシーンとして不完全であった。彼本来の機体は、
予備を含めて武装が尽きていた。
それでも【デ・モイン】が煉獄へと変貌していなければ、専用ではない武装を施して
何とかしていたであろう。しかし、今ここは全く変貌していた。少なくとも戦闘母艦と
呼ぶ存在からは遠く離れた何かになっている。
迷う時間は無い。マッハは決断した。
出撃準備の整っていたアイオーン13――【Zetaプラス】マナ機へ彼は乗ることに決
めた。同時に、揃って戦闘不能である部下達はルナ2への航路をオートパイロットへ設
定した残りの機体に乗せて、脱出させることにする。
乗せる機体の割り振りは比較的簡単に決まった。残る機体は、アイオーン1――【Ze
taプラス】D型マッハ機とアイオーン11――【Zetaプラス】C型ムサシ機だ。そして
乗るべき彼らの内、マナは気絶しているだけだが、ムサシはネオスキンにて一応傷が塞
がっているものの、いつ傷口が開くか判らないから衝撃はかけられない。
で、あるならば、【Zetaプラス】D型マッハ機へ乗せるのは、言うまでもなくマナだ。
少なくともムサシ機よりは防御力のあるマッハ機を一種の囮とする事によって、機動さ
せることすら出来ない彼を乗せる機体の安全を図る。部下達の命をチップにした、殆ど
最低の博打勝負だ。
唾棄して投げ出したくなる衝動を抑え込んで、マッハは作業を迅速に行った。幸い、
カタパルトは生きていた。脱出させる二機をカタパルトへ廻した。
MS形態を取らせた【Zetaプラス】マナ機のコックピットで、マッハは彼らに向いた。
「さぁて………、ここまで来たら後は運だ。死んでも恨むなよ」
そして、彼はカタパルトが動作するまでの時間を確認し、【Zetaプラス】マナ機を自
力出撃させた。発進後間もなく、彼の機体を確認した敵機が雲霞のように群がってくる。
「チィィィ、こっちだ!」
勿論、まともな戦闘など、しない。マッハは自機の安全と、脱出する為に確保すべき
部下達のそれを天秤に掛けつつ、敵戦力を見事に拘束していた。これには、マッハが血
生臭い実戦で会得した巧みな機動と、厭らしいまでに狡猾な先読みがあって初めて可能
な業だった。
「よーし、よーし、よーし……後少しだ。もう少し、オレに付き合って貰おうか、マイ
ハニーズ」
マッハ機に幻惑された敵機集団は、ますますその数を増やして、【デ・モイン】から
離れていく。尤も構造的に半壊した重巡になど構うものもいなかったが。
「3……」
カウントダウンを始めたマッハは、正面から掛かってくるノッベリとした間抜け面の
【アローン】タイプを軽くいなした。
「2……」
後ろに廻り込もうとしていた【グライア】の鼻っ柱へ、スマートガンを叩き込み慌て
ふためかした。
「1……」
最大加速を掛けて、一気に距離を稼いだ。
「0! よし、いけぇ!!」
殆ど廃艦の様相をていしていた【デ・モイン】のカタパルトから、ムサシ機が飛び出
した。十数秒の間隔を置いてマナ機が射出されるだろう。
突然の新たな獲物の出現に、一瞬混乱する敵機群。そこへマッハは過熱など全く無視
して、スマートガンを最大出力にて連射した。せめて、僅かでもマナ機の安全を得るた
めに。
そして、マナ機が射出される。
大部分は、マッハの狙い通り彼の攻撃に拘束されていた。だが、それでも圧倒的な数
である敵は、フリーハンドを得ている者もある。
「当たるなぁーっ!!」
彼の願いは絶叫と化して、コックピットを震わした。残念ながら、彼の叫びも虚しく、
射出後十秒と立たずにマナ機は被弾してしまったが。
「キリシマーーーっ!!」
機体はコントロールを喪って、錐揉みを起こして虚空へと消え去っていく。それ以上
は辺りに立ちこめる多種多様なガスによって、見えなかった。敵機群は追撃を諦め、身
近な獲物を探した。例えば、小癪な業の限りを尽くして、彼らを翻弄する邪魔者などを。
「――――さて、次はオレの番か」
彼の言葉は全く正しかった。
<地球軌道上・T任務部隊/【アレキサンドリア】級機動巡航艦【アレキサンドリア】>
先程、馬鹿共を一掃したジャマイカンは再び思いに耽る時間を得ていた。
しかし、それをやれる贅沢も長くは続かなかった。状況は刻々と悪化している。彼は
苦悩させられている。今や、座乗するこのフネすら、危うくなっていた。
「ひぃ!?」
座乗する【アレキサンドリア】を襲った新たな一弾が彼に決心させる。もう、我慢の
限界だった。
「もう付き合っていられるか!
ハサノフ大尉、針路0−8−0,アップトリム60!
【アレキサンドリア】、離脱せよ」
この時、彼は【アレキサンドリア】の離脱を命じた事に、他意があるわけではなかっ
た。彼はT任務部隊そのものだったし、【アレキサンドリア】は最も近しい彼のフネで
あった。であるから、【アレキサンドリア】への命令はT任務部隊への命令である事は
自明の理であることは言うまでもない。だが、残念なことにそれを理解している部下は
非常に少なかった。
「中佐、それは!」
「味方を見捨てるのですか!?」
「我々は TF22 艦隊運動リンクに組み込まれています!
無茶です!」
莫迦者共が一斉に喚き始めた。だが、彼は問答無用で黙らせた。
「五月蠅い、煩い、うるさい、ウルサイ、うっルサァァぁぁヰ!!」
そして、一気にまくし立てた。
「これ以上、莫迦に付き合って大事な戦力を消耗できるか!
我々【ティターンズ】は地球を護らねばならんのだぞ!?
早くせんかぁっ!!」
そして、彼は明日を護るため、今日を堪え忍んだ。リンクを切る間も惜しんでT任務
部隊を離脱させた。それによって、 TF22 は再び大きな混乱に見舞われたがそれも致し
方ないことだった。莫迦者共は潰える道をひた走っていたし、最低限の命令は遵守した。
ならば、多少の損害など構う理由はない。
彼と【ティターンズ】は、地球の明日を護らねばならないのである。
<地球軌道上・第二二任務部隊 旗艦【ラー・レゾルソ】戦闘司令室>
苦心惨憺の後にどうにかして構築しつつあった艦隊序列とでも呼ぶべきモノが、表現
することすらはばかれる慮外者の醜行によって崩れ去っていくさまを、エドワードは無
表情で受け止めていた。
実際、彼らが離脱した事による戦力低下そのものはさして問題ではなかった。彼らT
任務部隊は指揮官や指揮系統の問題から、全く戦力として計算できる存在ではなかった
からである。
問題は彼らの離脱により、艦隊陣形及び防空網に穴が空いたことだった。そこから雪
崩れ込んできた敵攻撃隊による攻撃で TG22.2 が痛撃を受けたのである。付近で編成中
だったMS隊も個別戦闘に巻き込まれ、攻撃隊としては消滅してしまっていた。
これは敵への圧迫手段としてのMS隊が消滅した事を意味しており、 TF22 が受け止
めるべき敵攻撃は危険なほど増大する事が容易に予測できた。そして実際、敵攻撃は増
大し、元から損傷艦多数であった哨戒隊艦艇群は耐えられず、櫛の歯が欠けるように撃
沈艦が発生していくことになる。
「【ティターンズ】の諸君は我々と異なる習慣をお持ちのようだな」
口調は静かだ。しかし、そこからは魂の底まで寒からしめるナニカが含まれていた。
参謀長は憤然としている。
「いつまでも重力井戸の底に居着いて、何も見ようとせずに全てを見たつもりになって
いる連中の走狗です。しかし、今の段階であのような行動をとるとは思いませんでし
たな」
「哨戒艦艇群の方はもう手が着けられません」
航法参謀は残念そうに報告した。撃沈はせぬまでも深刻な損傷を受けた艦は幾らでも
いた。彼らは今や艦隊陣形を維持することすら困難だった。これにはエドワードも全く
同意するしかない。だが、対応はせねばならなかった。
「道理だな………通信、全任務群に通達。
『本隊ハ現行動ヲ継続スル。各員、統制ニ留意セヨ』だ。
急ぎたまえ」
<地球軌道上・第二〇八哨戒隊所属 RGZ-86C【Zetaプラス】アイオーン13>
今や、全く自分自身のために彼は闘っていた。半ば自棄になった彼は、あらゆる手を
全く躊躇することなく実践し、近付くポセイダル軍ヘビーメタル隊をキリキリ舞いさせ
ていた。無論、勝ち戦であるから敵の戦意そのものは高いが、組み難しと見ると必要以
上に近寄らない。
戦場の妙とも言うべき時間を得た彼は、そこで思いがけない声を聞くことになる。
『こちら……、【デ・モイン】。各機応答せよ。
こちら【デ・モイン】。各機……、応答せよ』
副長だ。【デ・モイン】副長アレクサンドル・カリオストログラード少佐は、風評通
りしぶとく生き残っていたのだ。マッハは、反射的に毒突いた。
「今ぁ忙しいんです!!
敵艦ならそのまま、右七度。
大物が居ます」
『マッハだと。そうか……、感謝する』
「何!? 副長、あんた何って云ったぁ!?」
返事はなかった。ただ、朗々とした声が響いてきただけだった。
『…おお、なべてこの世は美しき場所なればこそ―――』
マッハは思った。今こんな場所でワーズワースを持ち出すことは無いじゃないか。幼
き日の思い出が、この凄惨な場所のケガレに汚されていく。そんなことを彼は思ってい
た。
「お、おい……ウソだろう……」
【デ・モイン】は副長の執念か、敵大型艦へと吸い込まれるように接近していた。
「やめろ………アンタは俺達より先には死なないんじゃあ、なかったのか?」
【デ・モイン】は、そのまま敵大型艦とシルエットを重ねる。彼女達は、出来の悪い
玩具のように各部分を崩壊させつつ、シルエットを小さくさせていった。彼女達は彼女
達自身の裡から溢れた光にて炙られ、引き裂かれるまで、そう時間は必要なかった。
<月軌道
環月方面艦隊/第四七任務艦隊 哨戒隊混成群
MSA-007B【ネロ・バーニアン】ユング機>
その頃、月上空軌道上でも地球軌道上とほぼ同様に大規模な戦闘が繰り広げられてい
た。
ただ状況は少し違う。こちらでは戦術的奇襲は発生せず、偽電により集結させられた
環月方面艦隊により組織された第四七任務部隊と哨戒艦艇混成群計三一隻/機動兵器約
三四〇機が、敵月方面攻撃集団・第二及び第三挺団主力六〇隻/機動兵器約四〇〇機と
真っ正面から殴り合っていた。
隻数で敵が優越していたものの、搭載機数の違いにより主戦兵器たる機動兵器数では、
迎撃側の地球連邦軍が侵攻側の八割強程度を保持していた。であるため、それなりの戦
いが可能であった。
要するに両者は拮抗してのである。
これは良いことばかりではない。意外に感じられるかも知れないが、戦闘で最も被害
を極大化させるのが、(一般的には)隔絶した差が存在する場合と戦力の拮抗している
場合である。
前者は特に言うまでもないが、後者の場合は『後少し頑張れば』と両者が努力を重ね
て、疲労困憊し、更に努力する。
結果は考えるまでもない。努力する度に加速度的に損害は増大していく。努力の範囲
には攻撃能力の増大は当然含まれるし、『努力』により疲弊した戦力は、通常では考え
られないほど容易に損耗するからである。これに有人/無人と言った属性はさほど関係
しない。無人機といえど設計条件(大概は一会戦程度は能力を保持する+α程度に設定
される)が存在するからだ。
これがどちらかが戦いを諦める程度に優勢ならば、劣勢側は戦意を喪い(或いは優勢
局面を作り出すために)後退して、戦いは終わるのであるから、なんとも皮肉的な話で
ある。
それはともかく、このような状況の中で、『月面の魔女』と呼ばれているユング・フ
ロイト連邦軍中尉は獅子奮迅の働きを見せ、パイロットスーツの下からでも強く存在を
主張する胸部双房を誇示しながら、撃墜王道を驀進していた。
「二七!」
チョコマカと煩い【ハリネズミ】に、ビームジャベリンを突き込んでユングは叫んだ。
彼女の言から極めて容易に連想されるのは撃墜数だ。今回の戦闘で墜したにしては多
すぎるから、おそらくは累積撃墜数であろう。であろうとも、素晴らしい戦績である。
古くは第一次世界大戦から受け継がれた通り相場で、五機以上の撃墜でエース、一〇
機以上でダブルエース、一五機以上でグレートエースを名乗れる。勿論コレの数倍以上
の撃墜数を稼ぐ化け物じみた猛者もいるが、彼らの場合は自称するのではなく、崇拝と
畏怖を以て『トップエース』と他称されることになる。
勿論、彼女は他称される方の存在へ現在進行形で変化していた。
そんな彼女でも、過去に挙げた戦績を一気に倍加させるような激烈かつ長時間に渡る
戦闘で疲労が蓄積している。これは他の将兵も同様であった。
その時である。
『警報! 時空震前哨波、確認!
未確認体2つ、ドライブアウト!!
感、巨きい!』
悲鳴のような警告が終わるが早いか、OD色した巨大な物体2つが出現した。明らか
に超大型戦艦級のフネである。
もどかしげに陽炎を立てて基準界面下の残滓を振り払い通常空間へ復帰した直後、彼
女達は猛々しく鋼鉄と激光の咆吼を上げた。地球連邦軍のあらゆる現役戦闘艦艇より巨
大な彼女達の横撃を受けた TF47 は、大混乱に陥った。
次いで、彼女達からは文字通り雲霞の如く【ハリネズミ】が射出された。その数は、
二〇〇機を超えている。
『ユング、上!』
「チィィっ!!」
ユングをカヴァーする僚機リンダからの警告。余りに唐突すぎる強大な敵戦力の出現
に地球連邦軍・各艦・各機・各員は、殆ど例外なく有効な対処を出来なかった。
それでも、ユング・リンダペアは何とか対応できていたが、それも長くは続かない。
『きゃぁぁぁぁ(ズ…ッ)……』
度重なる疲労に負けた一瞬。それが生死を分けた。
「リンダーぁっ!!」
リンダの絶叫に振り返ったユングが見たのは、【ハリネズミ】を抱きかかえるように
して吹き飛ぶリンダ機だった。
第一次地球圏大戦の戦訓から、パイロットを保護するため機動兵器設計者はあらゆる
努力を惜しまなかった。中でも特筆すべきはコックピットユニットだった。設計者は、
パイロットをあらゆる悪意から護ろうとした。そのため、今ではMSのコックピットユ
ニットは機体構造より分離独立して、それ自体が装甲化されている。ユニットの装甲だ
けでもジェネレータ誘爆に巻き込まれる程度は耐えうる代物であったが、設計者は満足
しなかった。最悪の一撃――コックピットへの直撃にすら耐えるよう、小容量メガコン
デンサを利用した非常に強力な電磁装甲システムをユニットへ備え付けさせた。これは
機体一次装甲の損壊(もしくは蒸発)によって、(コンデンサ容量からコンマ数秒程度
だけだが)核融合炉心強度すら凌駕せしめる電磁装甲を展開する。これにより、最悪で
も、一撃はコックピットへ攻撃が直撃しようとも、内部への損害侵入を防ぐ事が可能と
なっていた。
これだけの防御システムに護られたパイロットは余程運が悪くない限り、生存が保証
されていた。設定条件を超えるような余程の悪条件が重なる運の悪いことにならない限
りは。
だが、リンダのように双方の過誤から激突するように接触、至近距離から連続した攻
撃を受けてまで、パイロットを護りきることは不可能だった。彼女の機体は今まさに、
『余程運の悪いこと』に襲われていた。
リンダ機は抱えた【ハリネズミ】と共に爆光に包まれた。
「リンダぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
彼女――リンダ・ヤマモトの生存は不可能だった。
この悲劇は、後に今次大戦中盤以降、強大な火力と一〇〇機を超える搭載機で地球連
邦軍将兵の恐怖の的となる全長七〇〇m超の強襲戦闘舟艇【ゼラニオ】級がその凶暴さ
を揮わす、その始まりに過ぎなかった。
<南太平洋・ソロモン諸島ガダルカナル島沖 サヴォ新島地下>
「お目覚めなさい、ガルーダよ。目覚めの刻が来たのです。」
青銅めいた光沢を放つ彫像――キャンベラ星系産人格移植AI【オレアナ】が、囁いた。
「この辺境の愚かなる者共は、争い諍い、我らの降臨を待ち侘びているのです。滅ぼさ
れるために!」
囁きは、徐々に昂進をえ、演説へと成り代わる。
「今度こそ愚かなる地球人を排除し、キャンベル星人がための楽園を築くために!
刻は来ました!
目覚めるのです、さぁ! ガルーダ29号よ!!」
そこには、第二次地球圏大戦にてコンバトラーチームとの交戦により、母艦グレイト
ンと共に戦死したはずのキャンベル軍指揮官ガルーダが横たえられていた。
<火星軌道・【ゲスト】根拠地>
キャンベル軍の再活動は意外なところへ影響を出していた。その場所は火星軌道に存
在した。そこの一角に存在する【ゲスト】作戦室では、原因不明の警報に作戦担当達が
混乱を強要させられていた。
「このアラームは何事だ」
当初無視していたゼゼーナンであったが、余りに長時間鳴り止まない警報に、彼は当
直作戦担当長を掴まえ、柔らかに叱責した。
「判りません! 警戒システムを調査中です」
「ほう……」
ゼゼーナンがまさかと眉を曇らせたところに第二報が入る。
「判りました、早期警戒システムの基礎構造に埋め込まれたモジュールが動作しています」
「どのモジュールかね?」
「えー、第一級文明虐殺体監視及び取り締まり法関連モジュールからです! これは……
特例条項一?」
その報告に作戦室入りしていたスタッフに顔色が変わった。
「【キャンベライズド・マシーンズ】警報です! 間違いありません!」
「…ふむ」
表面上は穏やかに応じるゼゼーナンであったが内心気が気ではなかった。
今を遡ること五〇〇〇年。キャンベル星系に興った超強硬覇権政府は生活圏を星系外
へ大々的に求め、その害毒を奮わした。彼らは比較的近傍の星系は直接侵略を行ったが、
それが不可能な星系には、彼らの勢力範囲が拡大するであろう時期を見計らって起動す
るよう設計された一種の完全自律侵略機構系を送り込んだ。
これは至る所の星系で猛威を振るい、製造当事者が滅亡した後もその活動は止むこと
はなかった。彼らが狡猾だったのは起動時期のみならず、その起動条件だった。彼らの
下僕は一定規模以上の武力衝突を感知して、起動するように設定されていた。
極めて悪辣なやり口と言える。古来より、国家を始めとする組織が崩壊・滅亡する主
因は、突き詰めるとその殆どが内部対立を利用される事に帰納される。
実際の処、これにより【ゲスト】達の祖先も、彼らによりあわや滅亡の瀬戸際まで追
い詰められもしていた。この経験は【ゲスト】に大きな影響を与えることになり、以後
数世紀【ゲスト】は、このキャンベル星系産完全自律侵略機構系の撲滅へ狂的な情熱を
傾けることとなる。
そして彼らは、昔話における鬼・悪魔・魔王と同類の序せられ、【ゲスト】市民の民族
的記憶として語り継がれていた。無論、追及の手も弛めずに。人が半ば忘れようとしよう
とも、彼らの生み出した鈍色した人工知性体は、根幹機構へと仇の印を刻み込んでいた。
いつ何処であろうとも、必ず復仇を為さんがため。
実に一三〇〇周期振りに仇を見つけた人工知性体は、歓喜に震えていた。彼らを従える
ゼゼーナンはどうしようもないほど舌打ちしたい気分に駆られていたが。
「派遣戦力は如何致しましょうか?」
「何のだ?」
「え? ………いえ………あの」
「しっかりしたまえ、我々の任務は何かね?
カビの生えたような大昔の悪党に子供じみた仕返しをすることかね!?」
「いえ……その………」
「いいや、違う! 我々は我々と共に【チキュウ】市民皆をよりよい明日を迎えるため
に此処へいるのだ! これは今回の執行法特別条項にも明記されている!
キミも理解しているのだろう!?
キミも! キミもだ!」
ことさらに考えるまでもなく詭弁である。彼は、微に入り、細に渡り、記述されてい
る執行法を、暗記した上に法解釈出来ている者などいない、という事実に近い確信を利
用している。
「…………」
「どうなのだね、諸君!?」
困惑するスタッフを恫喝するように、その言葉で圧した。勿論、彼らに上司の命を是
とする以外の選択肢は存在しなかった。
<地球軌道上・第二二.三任務群 旗艦【マッキンレー】級 旧式戦艦【マッキンレー】>
誰も彼もが努力していた。それはあるところでは実を結び、あるところでは不本意な
結果をもたらした。お互いが過誤と錯綜を繰り返す中、混乱が収集不可能なレヴェルに
拡大していく。
そんな中、就役当初から旧式となることを決定付けられていた戦艦【マッキンレー】
に座乗する TG22.3 群司令フョードル・クルムキン准将が動き始めようとしていた。彼
は今まで慎重に慎重を重ねて、最低限の部隊秩序を維持していた姿勢を一変させ、一気
に行動を起こそうとしていた。
「麾下の各艦に通達。針路2−4−0へ突撃を開始せよ」
その方向は敵艦隊艦列ど真ん中である。参謀はクルムキンの正気を疑った。
「何をするつもりですか、提督!」
「わからんか?」
「………」
「今この時を逃してはもう我々に為すべき道はない。先程の【アレキサンドリア】クラ
スの自殺的英雄行動による影響であの付近の敵は混乱している。撤退するチャンスは
今しかない」
「ですが……」
「確かに愚かしい行動かも知れない。だが、時に軍人とはそれすらも行わねばならんのだ」
《本当の愚か者に堕ちるを避けるためにはな……【ティターンズ】の連中のように!》
「我々はネルソンの教えを忘れてはならない。
第二二.二任務群と全ゼータタイプのMSパイロットに援護を要請せよ。
我々、第二二.三任務群は敵艦列に突撃を敢行する」
この判断は、彼と彼らの未来に大きな影響を与えることになる。だが、それはまだ誰
にも知られていないことだった。
<地球軌道上・第二二任務部隊 旗艦【ラー・レゾルソ】戦闘司令室>
「敵艦隊、隊列乱れます!」
「さすがはクルムキン准将だな。機を見るに敏だ。次は我々が役目を果たす事としよう」
「 TG22.3 は TG22.2 と全ゼータタイプのMSに援護を求めています」
「なるほどな……、ゼータタイプを更なる衝撃力として使おうというのだな……」
それは TG22.1 への要請と見てよい。哨戒隊以外のゼータタイプ――― RGZ-91A/B
【ReGZ】二四機・ RGZ-86C 【Zetaプラス】一六機・ RGZ-89C(MSZ-013C) 【MEZZ】
(Mass-production model Enhanced ZZ /量産・強化型ZZ)八機 ――計四八機
は、全て TG22.1 に所属していたからである。エドワードは、この珠玉の存在といって
よい戦力を含めて、彼らに迷うことなく命令を下した。
「全ゼータタイプと TG22.1 以外の全艦全機に通達。
『 TG22.3 ヲ援護セヨ』だ」
「なぜ、我々以外なのですか?」
「我々にはやることがある。通信、 TG22.3 司令クルムキン准将に通達。
『 TF22 指揮権ヲ委譲スル』とな」
「提督!?」
「我々、 TG22.1 は本隊の撤退を援護する!
急ぎたまえ、この先、我々のするべき事は少しばかりホネなのだ」
「「「ハッ!」」」
それから八十数分に渡って繰り広げられた精鋭 TG22.1 の戦闘は、後に、第一次地球
圏大戦 3i (第三次コロニー落とし)阻止戦時に於ける高野提督の八八艦隊突撃と同様に、
伝説的色彩すら帯びて語られることになる。
<地球軌道上
【ゲスト】地球攻略部隊第三梯団主隊 旗機
A級ヘビーメタル【アトールV】>
彼がソレを見つけたのは全く偶然だった。敵味方のフネが相果て、共に四散する異常
な空域で、ソレは魂が抜けたように佇んでいた。確か【ゼータ】とか言う、敵高性能機
だ。見れば、味方ヘビーメタルモドキ(B級のこと。彼はB級をヘビーメタル扱いして
いない)も十機以上屍を晒していた。唯一、原形を留めているソレが動きを止めている
理由は判らなかったが、まぁ彼にしてみれば、どうでもよいことだった。
「フム………、目障りだ。狩るか」
そう呟き、第三挺団司令マフ・マクトミンは実に力みを抜いた自然な動作で【アトー
ルV】のパワーランサーでソレを突いた。まるで道端に落ちていた果実を突くかの如き
気安さだった。実際、粗大ゴミを資源ゴミへと小分けする程度の事であるから、その通
りだったが。
「何!?」
だがその一撃は、いつ抜いたのか誰にも判らなかった光剣にて、受け止められていた。
「ウヌヌっ! 小癪な!」
一瞬激昂しかけるマクトミンだったが、怪訝な顔をしてその動きを止めた。開きっぱ
なしの通信傍受装置から、何やら聞こえてきたからだ。
『………ふふ』
「うん?」
笑い声だ。そこは、彼には幾分馴染みのある成分が含まれている。
『ふははははは………』
「ふむ、ふむ、ふむ」
言葉など、不要だった。その笑いだけで、マクトミンには相手を十分理解できた。
『あはっ、はっはっはっは………』
「よし、よし、よし。キミも愉しんでいるか。佳い心掛けだ、非常に佳い」
狂気の淵で戯れる相手の様子は、マフトミンに感動を与える。戦いだ、何もかもを無
くした男の戦いだ。マフトミンは正確に彼を理解していた。
『テメェも死ぬかぁぁぁあ!!』
「死合うとするかぁっ、キミィィィィッ!!」
マフトミンはこれからの為すであろう出来事に、胸の高鳴りが止まらなかった。
<地球軌道上・第二二任務部隊 旗艦【ラー・レゾルソ】戦闘司令室>
TG22.1 ラークラス戦艦及び軽巡航艦各型計一三隻は、十倍以上の敵を向こうに廻し
て、一歩も引かなかった。むしろ、優れた統率の元で、まともな統制の取れない敵を終
始圧倒していたといってよい。
とはいえ、全く代償を払わなかったわけではなかった。
「上部甲板被弾! 戦闘司令室、能力喪失しました」
【ラー・レゾルソ】戦闘司令室から光が喪われた。度重なる損傷は高い冗長性を備え
ているはずのこの戦艦にも深刻な影響を与えるようになっていた。
「まだだ! 使える指揮設備は!?」
殆ど詰問に近いエドワードの問いに、【ラー・レゾルソ】副長は言いにくそうに答え
た。因みに艦長は通常艦橋にて操艦・指揮を執っている。
「うえ(通常艦橋)が使えますが……」
「よろしい。では、上がるとしよう。本艦はまだやるべきことがある」
「しかし、あそこでは大した防御はありません」
「それは果たすべき義務の前で、理由にはならないのではないかな?」
そういって、エドワードを始めとする TF22 司令部要員は通常艦橋へと上がった。
その後、彼らは満身創痍になりつつも、見事に本隊が撤退するための時間を稼ぎきっ
ていた。その為に敵第二挺団を含めて多重包囲を受けたとしても、それは全く許容範囲
の出来事といえるだろう。
TG22.1 を除く TF22 が安全圏へ抜けたことを確認して、エドワードは参謀長へ視線
を向けた。
「そろそろ……、かな?」
「はい、頃合いでしょう。そうだな? 艦長」
「はい、良い仕事をしたと思います」
「ウム、宜しい。通信、 TG22.1 全艦に通達。
『大気圏降下セヨ』だ」
誰もが呆気にとられた。そうだった。ラー計画艦はその全てが大気圏往還能力を持っ
ている。ここで全滅を覚悟していた任務部隊幕僚の顔に笑みが浮かぶ。
「不可能な艦は総員退避後、海洋へ自動降下させろ。後は母なる地球が全て片付けてく
れる。【ティターンズ】の方々を生み出すような我が儘な母だがな」
艦橋にいた皆から失笑が漏れた。共に笑いあった後、エドワードはもう一度告げた。
「通信、急ぎたまえ?」
「了解!」
ふと表情を緩める。
「――ああ、艦長」
そこでエドワードは何かに気付いたような表情をした。
「ところで本艦は旗艦の任務を果たさねばならない」
「了解です。私も彼らが安全圏へ入るためには、少し問題があると思っていたところで
す。殿軍を務めるといたしましょう」
違和感を感じる。見ると手すきのクルー、スタッフが一斉にエドワードに向けて敬礼
向けていた。エドワードも苦笑しつつ、答礼する。彼らの顔には一様に少年のような澄
んだ笑みが浮かんでいた。
<沖縄・地球連邦軍付属沖縄女子宇宙高等学校>
竹箒を抱えたボブカットの少女がのどかに空を見上げた。
「あっ、流れ星だーぁ」
マジメに清掃当番をこなしている友人・高野ノリコの独り言に、そばかすメガネな少
女・樋口キミコはど〜しようもないといった表情で表情通りの反応を返した。
「はいはい。でもノリコ、こんな明るい昼間なのによく見えるわね」
「何言ってんのよ。昼間の星を見つける位じゃないと、いいパイロットになれないんだ
から」
「一体いつの時代のパイロットよ、その基準わぁ?
しっかし、ホント、ノリコって、自分の身体使うことに関しては優等生よね。マシン
に乗るとワケワカメちゃんだけどー」
「もー、気にしているんだから言わないでよ、キミコ……あっ、まただ。」
「はいはい。そんなにあるんだったら、願い事でもしたら?
『マシンに上手く乗れますように』とか」
「そうだね。うん、そうする。
えーとぉ、えーとぉ……」
「……早くしないと、消えて無くなっちゃうよ」
「えっー、そんなのやだー!
えーとぉ、えーとぉ、マシンを上手く動かせるようになりますように〜ぃ」
「はい、はい…少しはヒネリなよ」
「少しでも、おネエさまに近づけますように〜ぃ!」
「はい、はい、なれると良いね…」
「そして、そして……みんなが幸せになりますように〜ぃ」
「はい、はい、アンタはエライ…」
キミコには、この幸せすぎる友人の言葉をいつも通り、ぞんざいに受け流していた。
<地球軌道上
【ゲスト】地球攻略部隊第三梯団主隊 旗機
A級ヘビーメタル【アトールV】>
「ほう……見事だよ、君たち」
その使い方はともかく、ペンタゴナ有数の『騎士』でなおかつトップクラスの戦略作
戦家であるマフ・マクトミンは、死闘のただ中にも関わらず、敵艦隊の見事な引き際に
思わず感嘆の呟きを漏らした。
―――繰り返すが、マッハとの死闘の最中であるにも関わらずだ。
『貰ったぁ!!』
「のぉぉぉぉっ!?」
驚愕一色の叫びであるが、実際には口だけだ。『騎士』天性の能力と(やり方はとも
かく)鍛え上げられた経験は、素早く反応していた。マッハの一撃は右下腕部を斬り飛
ばし、返す刀で左上腕部を撫で斬りにした。だが、そこまでだった。トドメの一撃は、
【アトールV】に装備されているサブアーム、そこに握られている小盾にて(半ば融解
させつつも)防がれている。
「まだだよ、キミ」
『クソっ!! しつこいぞ、てめぇ!!』
「賛辞の言葉と思っておこう……そーぉれっ!」
マッハ機に強い衝撃が奔った。【アトールV】の膝部衝角によるニーアタックをマト
モ喰らって、後退を強要された。
『しまったぁ!!』
「終リにするとしようか、君ぃ!?」
囁きと共にマクトミンは、右肩ラウンドバインダーや他の使用可能な全兵装をマッハ
の【Zetaプラス】へ叩き込んだ。衝撃によって、行動の自由を殆ど失った状態でもマッ
ハは何割かを躱してみせる。だが、残りの何割かでも十分致命的だった。一発喰らう毎
に先程まで機体を構成していた装甲と構造材とその他が無惨にも削り取られていく。何
度も何度もそれを繰り返した後、マッハの【Zetaプラス】は脚部から閃光が漏れ出し、
瞬時に大量の金属片と高圧高熱ガスをバラ撒いて、機体ごと弾け飛んだ。
「殺ったか―――?」
だが、その光景の壮烈さにも惑わされず、マクトミンは呟いた。
「……いや、逃がしたか?
だが、良い死合いだったよ、キミ。またの機会を愉しみにしよう」
その時、彼は久方振りの満足感に包まれていた。自らを自ら足りえさせる場所を……、
在るべき時代を間違えた男が、求めを満たされた至福を彼は感じていた。しかし―――
『マフ・マクトミン司令、マフ・マクトミン司令』
その通信に少し気分を害されたか、いつも以上に不機嫌な口調でマクトミンは応じる。
相手が目の前にいたら、斬り捨てていたかも知れない。
「何用か?」
『挺団に指示を! このままでは逃げられます』
「よい…」
『は?』
「よいと言ったのだ」
『しかし…』
「我々の任務に敵の殲滅は含まれておらんし、ましてやその為の敵惑星降下などは言う
に及ばんよ。それで充分であろう?」
『はぁ……』
「よろしい。では、麾下の部隊に集結を命じたまえ。我々は任務を果たしたのだ」
『…了解しました』
回線が切れた後、マクトミンは何処か納得のいかない様子の部下に語りかけるように
呟いた。
「ここまで楽しめるやつばらを、こんな局面で全滅させてしまっては面白くないではな
いか。所詮、我々は戦さ人なのだよ。戦場以外では活きられぬ存在なのだ、うん?」
この時、マクトミンは確かに戦いを嗜んでいた。
「それに……逃がした処で困るのはギワザめよ。くだらぬ遊びに戯れる阿呆など、知っ
たことでない。まあ、、、きゃつめなりに愉しむが良かろう。
我々には……」
そこで満足な表情が浮かぶ。
「…今の我々には特上の贄が残っている事でもある。それで十分ではないか」
彼の眼差しは最後まで残って追撃を喰い止めている敵戦艦―――【ラー・レゾルソ】
に向けられていた。
<地球軌道上
ポセイダル軍【スレンダースカラ】隊 旗機
A級ヘビーメタル【バッシュ】>
「くっ……、やるではないか!」
敵本隊、更には見事な撤退戦を演じた支隊の追撃を行おうとしたポセイダル軍は、敵
の殿軍ただ一隻の抵抗に足止めを喰らっていた。いや、その周囲にやたらに戦意が高い
敵機動兵器複数もいた。雑多な機種が入り交じっているから、同一部隊とは思えなかっ
たが、その不利をものともしないほど、彼らは手練れていた。
『か、かしらぁー』
その上、メチャクチャだった。今しも、ハッシャが腰の据わらない射撃戦の後、無理
矢理斬撃戦に引きずり込まれて敵機を仕留めたが、敵は味方の屍を超えて――、文字通
り斃れた僚友ごと苛烈な攻撃を仕掛けてくる。
それにより、ハッシャは手酷い損傷すら受けていた。一応機体構造に重大な欠損はな
いが、戦闘に参加する事はもう不可能だった。
息を付く暇もない。新たな一団がギャブレー達を迎い撃ってきた。特に先頭を切って、
突撃してきた敵・旗機級マシン――【ガンダム】タイプはギャブレーをして、心胆寒か
らしめる。
『オレハ、てねすダァッ! てねす・えいぶらはむ・ゆんぐダァ!』
「何を云っている、貴様!」
負けを認めない男であるはずのギャブレーが気迫負けするほど、鬼気迫る悪意が彼へ
叩き付けられた。辛うじて受け流し、敵を斬り捨てられたのは、機体性能の優位と多分
なる僥倖によるモノだった。
「こいつら………死兵か?」
ギャブレーの背に冷たいモノが流れ、止まらない。そこで自分まで狂気に引きずられ
恐慌に陥らなかったのは、流石だったが。
そんな彼の脇を、別隊が突入した。
「よせ、落ち着け!」
手柄を焦っていることが如実に取って判る彼らを押し留めようとしたが無駄だった。
『フネってのは、ブリッジかエンジン潰せばどうにでもなる!』
そう吐き捨てると、かなり先程より数を減らした敵機の薄い網を抜け、敵戦艦へ接近
した。通常であるならば、確実に沈めていただろう。だが、敵戦艦は巧妙な対空弾幕を
形成して、彼らを迎え撃った。彼らは有効弾を数発、特にブリッジ付近へ与えることに
成功していたが揃って返り討ちに遭う。最後の一機など、あろう事か敵艦首による衝角
攻撃を喰らい、墜とされていた。
ギャブレーは、先程の地球製機動兵器たちといい、ヘビーメタルの群れをまるでシャ
チの追い散らされる小魚のように屠った敵戦艦といい、彼らの戦働きに目をみはった。
「見事だ……」
彼らはこのひねくれた男をして、素直な賞賛すら漏らさせていた。ギャブレーは瘧
(おこり)に懸かったかのように身震いさせ、号を轟かせる。
「ハッシャ!!」
『ヘイ、かしら!』
「物干し竿だ!」
『は?』
「バスターランチャーだ、早く持ってこい!」
『いや……、けど、かしら……』
「莫迦者! 勇者には勇者に相応しい死に方というモノがある!
ツベコベ言わずに、持ってこい!!」
『へ、ヘイっ!!』
その時の彼の気迫は、テネスの気迫が乗り移ったかのようであった。
<第二二任務部隊 旗艦【ラー・レゾルソ】通常艦橋>
艦長は操舵卓に寄りかかるようにして、逝っていた。既にもうかなり気密は、危うく
なっている。必要とする者はもう誰もいないが。かつては艦隊幕僚やクルーであった大
小様々な赤茶けた物体を見つつ、エドワードは独白した。
「確かに我々は敗れた。
しかしながら、諸君らの献身は決して無駄にはならないと、私は確信する。
今回の敗北は連邦に知らしめるだろう……、戦争の夏が来たことを」
過去の戦いが脳裏に去来する。
「で、あるならば、何の心配があるだろうか?
我々は幾多の困難を乗り越え、勝利してきたのだ」
そして彼は苦笑した。自分が幕間に独演する道化師であることに気付いたのだ。であ
るならば、締めなければならない。春が終わりを告げ、夏が始まるこの刻を!
《…華も添えてくれるようだしな》
敵機がバスターランチャーを構えて、こちらへ向けているのが見える。フィナーレは
すぐそこだった。
彼は彼らしからぬ事に躊躇し、狼狽する。博識にして聡明かつ社交的紳士であると、
自他共に認める彼にしては、呆れるほど実直にして愚直かつ率直な行動しか思い浮かば
なかった。
思いもかけず、このような場面で自らの愚かさを再発見したことに諧謔を感じながら、
苦笑を抑えつつエドワードは、腰ポーチよりスキットルボトルを取り出す。
彼は器用に片手で蓋を開け、スキットルを一口あおり、眼前に掲げた。
<地球軌道上
ポセイダル軍【スレンダースカラ】隊 旗機
A級ヘビーメタル【バッシュ】>
確実に目の前の戦艦を撃沈するため、限界以上に引き絞られた弓のように爆発寸前一
杯いっぱいまでチャージされたバスターランチャーは、主の許しを今や遅しと待ち侘び
ていた。
「………」
しかしながらギャブレーはそれを無視している。彼は無意味な抵抗を続ける敵戦艦を
瞳に映して、そうしていれば何かが起こると、確信しているかのように無表情に見つめ
続けていた。
その時、彼は確かに半壊したブリッジで杯を掲げる男を見た。ほんの一瞬、瞼を閉じ
男を焼き付けた彼は、眼を見開き叫ぶ。
「勇者よ、美しく散りたまえ!!」
鮮烈にして、壮絶なマズルフラッシュが、モニターを灼いた。
<月軌道
環月方面艦隊/第四七任務艦隊 哨戒隊混成群
MSA-007B【ネロ・バーニアン】ユング機>
先刻までの狂騒は過ぎ去っていた。
「リンダ…
きっと、きっと、アナタの仇は討つわ。だから、だから……」
レッドアラートが支配するそこには、静かに嗚咽する女の声が響くだけだった。
<第二二任務部隊 旗艦【ラー・レゾルソ】通常艦橋>
「連邦、万歳」
掲げたスキットルから飛び出した琥珀色の飛沫が光の奔流に呑み込まれ、一瞬にして
蒸発した。
<地球軌道上・第二〇八哨戒隊所属 RGZ-86C【Zetaプラス】アイオーン13>
大小様々な濁紅の珠の向こうに、神韻すらまとわせて豪壮な閃光が瞬く。
「莫迦ヤロ…ぅ…… どいつもこいつも…… 俺に断り無く、死んでんじゃねぇ………」
<地球軌道上
ポセイダル軍【スレンダースカラ】隊 旗機
A級ヘビーメタル【バッシュ】>
バスターランチャーの打撃は敵戦艦艦橋を砕き、主反応炉を直撃した。叩き割られた
反応炉から漏れだした業火で、彼女は自らを灼く。
凄絶に死に逝く彼女――敵戦艦と、その裡に居たであろう勇者達が弊ゆる様を見つめ
ながら、ギャブレーは静かに呟いた。
「明日は我が身か…」
彼は先逝く者達へ敬礼を手向けた。
<旧東京 シン・ザ・シティ>
少女は父の元へと無事戻ることが出来、少年は自分の道を歩み始めようとしていた。
「…お別れだね」
「そうですね」
「でも、寂しくないんだ。解り合えたから」
「…はい、私もそう思います」
「そうだね」
「…手紙を書きます。次はいつ逢えるか判りませんけど……、けど、碇君だから……、
きっと……、きっと、心は通じ合えると思います」
「…うん。
ほら、向こうでお父さんが待っているよ」
「じゃあ、碇君また逢える刻まで」
「うん。それじゃあ、また……山岸さん」
<第三新東京>
「………」
レイは、何かを聞いたかのように空を見上げる。そこには大小様々の豪雨のような流
星が群れをなして降っていた。
「レイ、どうした?」
彼女を連れ歩いていたゲンドウが訊いた。勿論彼女はいつものように答えただけだ。
「…何でもありません」
「…そうか」
今一度、空を見上げた彼女の眼には、微かな悲しみのような色が滲み出していた。
<旧東京・新宿>
「フム、将星墜ちる………か。士が相逝くとはこれも定めか。
急がねばならんようだな」
道服に身を包んだ銀髪の烈士――東方不敗は、流れる光を見て喪われた勇士を悼んだ。
<旧東京 シン・ザ・シティ>
「何、デレデレしてんのよ!
バカシンジ!」
「うぁっ!!」
<地球衛星軌道・地球連邦軍地球軌道艦隊根拠地・軌道ステーション【ペンタ】>
「我々は今起きる、何事かの証人となるために、ここに居る。だが、それなのに世界の末を
見ず、散って行く生命がある。悲しいことだとは思わないかね、スティンガー君」
褐色の肌をした大男は野太い声で心の底から悼みいるように独白し、傍らの男を呼んだ。
「う…、ウン。
そうだね、コーウェン君」
呼ばれた青白い肌の小男はせわしげに答えた。
「キール君も言っていたよ。時は来た、とね。
遙かなりし刻を経て、今ようやく為されようとしている」
「約束の刻を迎えるため!」
「ヒトの補完を果たさんがため!」
「そこにあるのは、全き破壊の果てに出ずる希望なのか―――」
「はたまた、明日という名の絶望か―――」
「「それは神のみぞ知る!」」
彼らは人ではない何者かの笑みを浮かべて、人の死を見送った。
<地球軌道上・第二〇八哨戒隊所属 RGZ-86D【Zetaプラス】アイオーン1>
何もかもが夢のようだった。連邦軍への出向、初出撃、ケイタの後送、そして、度重
なる戦闘……。そうだ、彼らはどうしたのだろう? 出撃から帰還して、それから……。
そこで意識を低レヴェルながら活性化させた彼女は、呟いた。
「たいちょー……、ムサシ………」
霞む視線を辺りに彷徨わせたが何も見つけられない。ただ、モニターが状況を映し出
しているだけだ。
《MALFUNCTION! : Auto-pirot lost setup ship-course. 》
自動航行装置機能不全を伝えるその表示を見て、マナは理解した。ムサシの負傷、
【デ・モイン】からの脱出……、そして現状を。
「あ…、そうなんだ。……ワタシ、還れないんだ……」
朦朧とした意識でそれだけを呟いて、彼女は再び意識を手放した。
<第八話了>
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ver.-1.00 2000/07/01 公開
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<作者のXXX>
作者 「公開が遅れてすいません。
色々言いたいような気もしますが、へばり倒しているので一言だけ。
この次もサービス、サービスぅ!!」
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