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 眼前に広がる一面の味方艦艇を前にして、彼女――戦略自衛隊准尉・霧島マナは感動
していた。

「うわーぁ………、隊長、ムサシ、見える?
 大艦隊だよ!」

「…………」

 彼女の十年来(あくまで比喩で実際にはもう少し短いが)の同僚たる同准尉ムサシ・
リー・ストラスバーグはあくまで寡黙だった。黙って首肯しただけだ。

「おう、こいつは豪勢だな」

 そして、彼女の上官地球連邦軍大尉マッハ・ザ・サードもまた彼らしい態度で彼女に
同意した。

「そうですよね。これなら、ヤツらに勝てますよね」

 大艦隊を見て感動が止まらないらしいマナは無邪気だった。

「そうだな……、お前らがよっぽどのヘマでもしかねない限りは、な」

「あっ、隊長ひどいです!」

「ふはははははは」

 マナの頭をかいぐりしながら合わせるマッハ大尉だが、内心ではどうしようもない疑
念と侮蔑が渦巻いていた。

《司令部のベタ金共は、何を考えている!!》

 それは第二二任務部隊に合流した哨戒艦群の古参将兵全てに共通した憤りであった。




スーパー鉄人大戦F    
第八話〔陸離:Her heart〕
Hパート


<浅間山麓・超大型浮揚戦艦【グラン・ガラン】>      

 珍しく何かに没頭している様子で彼女はそこに佇んでいた。知性を漂わす美人がそう
していると余りに似合いすぎる。ハマり過ぎていて、少年が声を掛けるのを躊躇ってし
まったのもある意味必然といえよう。

 少年とは言うまでもなく、EVA初号機パイロット・碇シンジである。

 彼は早乙女研究所警備部兼任福利厚生部担当・車弁慶に放り込まれた風呂で命の洗濯
を行い、身も心もリフレッシュされていた。不幸だったのはその風呂がゲッター線含有
泉であったことぐらいだろう。どんな効能があるか知れたものではないが、まぁ些細な
ことである。

 その彼がようやく果敢と無謀を掛け合わせて、蛮勇を奮おうとしたその時、彼女――
赤木リツコはようやく傍らで懊悩する少年に気付いた。

「あら、シンジ君?
 どうしたの?」

 あからさまに聞いて下さいと、態度で語る少年へ、リツコは問い訊ねる。

「あの……その……」

 だが、少年は決断力に不足していた。
 無論、それなりに経験を積んでいるリツコは瞬時にソレを理解する。こういう時必要
なのは叱咤や強要ではない。年上(この単語が脳裏をかすめたとき、彼女がチョッピリ
不機嫌になってしまったのは内緒だ)の人間としての余裕だ。後はホンの少しのキッカ
ケされあればよい。

 リツコが求められた態度をごく自然に演技(言うまでもなく女性は生来の演技家であ
るから、これはしごく容易だった)していると、シンジはポツリポツリと話し始めた。

「あの………誰にも言わないでくれますか?」

 シンジの言葉にリツコは少し考えるような態度をとる。その際にも余裕のあるところ
を演技することも忘れない。あくまで自然に見えるようにだが。

 シンジが待ちきれなくなる直前に、リツコは静かに彼の望む言葉を口にした。

「ええ、約束するわ」

 シンジがホッとした表情を見せた時、リツコは続きを口にする。

「でもどうしたの、口止めするなんて?
 シンジ君らしくないわ」

「…見たんです」

「何をかしら?」

「山岸さんの……」

「山岸……ああ、旧横浜で保護した娘ね?
 彼女がどうかした?」

「山岸さんの腕に……」

 シンジは、ライブラリーでの件を話した。リツコは表面上、理解を示す微笑みのみを
顕わしていたが、内心驚きに絶えなかった。

《新種の【使徒】!? いえ……、或いはE計画以外の補完計画――多分、D計画辺り
 の成果物もしくは、副産物が?》

 リツコは、シンジに幾つかのアドヴァイスを与え、逆にシンジに対して口外せぬよう
戒めた。無論、年上(ピクッ)の余裕と誠実さを演技することを忘れずにだ。

 そして、シンジは堅くリツコに口外しないことを約束し、何度も礼を述べて、そこを
立ち去ろうとしたときだ。

 第一種戦闘警報があたり中から鳴り響いてきた。

「シンジ君! ブリーフィングルームへ。
 急ぎなさい」

「は、はい!」

 シンジはこの時リツコがそれまで何をしていたかを聞かないで幸運だった。見ていた
らきっと、話をする気など消し飛んでいたであろうから。リツコのPDA表示面には、
『対蛮人懲罰計画 ゼロゼロプロジェクト(仮称)』と言う計画名とその概要が表示さ
れていた。



<浅間山麓東方>      

 【ロンド・ベル】&早乙女研の迎撃作戦は、敵集団の侵攻速度が突如として上昇した
ことに伴い、数時間繰り上げで始まった。

 戦いそのものは【ロンド・ベル】の圧倒的優位で進んでいる。

 陸戦部隊は、通常通り第一小隊・K小隊・P小隊・火力支援チームが有機的に連動し
て、敵を迎え撃っていた。

 個々の戦闘そのものは前述のように圧倒的優位に立って敵を蹴散らしていた。そのた
め、一応、被害は最小限――最悪でも短時間の修理によって戦線復帰出来る――程度し
か、発生しなかった。

 だが、作戦全体としては極めて危ない綱渡りを繰り返していた。


 では、個別に見てみよう。


            :

 ―P小隊

 ペンタゴナチームは、基本的に性能差がありすぎるため、クラス別の二手に分かれて
戦闘に参加していた。

 ダバ・マイロードとガウ・ハ・レッシィのA級ヘビーメタル組と、ミラウー・キャオ
ア〜ンド、ファンネリア・アムのB級ヘビーメタル組である。

 どちらも優秀な戦闘能力を遺憾なく発揮しており、侵攻してくる敵戦力を次々と撃退
していた。

 特にお調子者であるキャオなどは、高笑いが止まらないほどであった。

「だぁははははははは。
 おもしれえように当たるぜ」

 パワーランチャーにて加えられる一撃は、彼の言うとおり面白いように当たり、次々
と不必要に鈍重で不格好な敵を撃破していく。

 敵からも反撃があるが、その攻撃は“騎士”でないキャオですら容易く回避できるも
のであった。

「B級はB級でも、この【ディザート】をナメるなよ。多少のビームなんざぁ効きゃあ
 しねえよ」

 だが、肝心なことを勘違いしている。

『キャオ! こいつらはリアルアモ(実体弾)よ!』
「へ? おわわわぁぁぁぁっ」

 アムの指摘にキャオは一瞬だが動きを止めた。それはいい。だが、放たれた砲弾は無
慈悲だった。躱せる筈であった砲弾が彼の機体へ立て続けに殺到した。

 彼らの右前方二〇〇〇m程で戦闘していたダバが、キャオの悲鳴を聞きつけ叫ぶ。

『キャオ!』

『云わんこっちゃない……あの、莫迦』

 より近くで見ていたアムは小さく毒づいただけだった。彼女の視線の先では、バイン
ダーを代償にして辛くも撃破を逃れたキャオの【ディザート】が傷だらけの機体を晒し
ていた。




―第二小隊・AB隊

 他方、航空機動部隊は敵部隊に同種の戦力が居ないため極めて活発な動きを行ってい
た。文字通り自転車操業状態で、であったが。

『エマ中尉、ポイントG19へ!』

 ミサトの命令が簡易設置型レーザー回線を伝わってきた。ようやく、中隊規模の敵戦
力を叩き潰して第二小隊の損害を確認していた、エマ中尉は内心で毒づいた。

《いくら、便利に使えるからって!》

 エマの戦況判断は以下のようなものであった。

 敵戦力は直接戦闘戦力ばかりで攻撃に厚みが無く、機数あたりの戦闘力としては、意
外に低い。この点につけ込んで、自分達は機動性をフルに発揮し、数に対抗している。
それはそれでありがたい話ではあるのだが、エマとしては面白くない。

 本来自分達のような航空機動戦力は、敵戦力のシステム崩壊を目的として、阻止攻撃
行うのが本道である。少なくとも士官学校では、そう教えられている。が、今回はその
肝心の敵に後方と呼べるような高尚なモノが無いため、そんな任務は存在し得ようもな
かった。

 故に彼女達は戦場の便利屋として穴だらけの戦線を防ぐべく、火消しに奔走させられ
ていた。

 これは正規の軍人である彼女としては面白かろう筈がなかった。

 そんな彼女――エマ中尉へ、ミサトの無慈悲な叱咤が飛んだ。

『エマ中尉!』

 彼女の内心は別として、軍人である以上命令ならば従わなければいけない。彼女は一
番手近の部下から確認を始めた。

「…了解! カツ、行けるわね?」

『弾薬残存率七三%、大丈夫いけます!』

「了解。
 ショウ・ザマ、そちらは宜しいか?」

『大丈夫だ、現戦力は二〇騎程だ。
 もちろん、損傷機は帰還させている』

 エマはショウの言葉に感心した。

 不必要に士気の高い戦力というものは非常に使いづらい。能力云々はともかく損害を
出しやすいし、ともすれば破滅的な戦闘すら平然と行おうとしかねないからだ。実際、
シーラ軍(と言うか、バイストンウェル勢)はその傾向が高かった。それを抑え込んで
くれているのがショウだ。彼は実力で彼らを統率し、暴走を防いでいた。『聖戦士』と
いう称号はそれほどまでに影響力を持っている事実に、士官将校たるエマは微かな羨望
と共に、素直な感動を覚えた。

「上出来です。では、行きます!」

 エマの命令に第二小隊所属各機とAB隊々長は、一声に応答を返してきた。

『承知した。オーラバトラー隊続けぇー!』
『『『【ゲッター】チーム、了解!』』』
『【ReGZ】了解! ジュドーも答えなさい!』『…りょ〜かい』
『【ゲシュペンスト】了解!』




―甲児・K小隊

 他方、兜甲児を筆頭とするシンジとアスカのEVA2機を含むK小隊は、なかなか苦
労していた。

 この小隊構成機は(大概の地球連邦製機動兵器がそうであるように)基本的に陸戦で
の一対一の戦闘を主眼に開発されている。特に【マジンガーZ】等はFCS(火器管制
装置)と呼べる物は、レプシロ戦闘機と同程度の照準器とMk.Iアイボール――操縦者
自前の目玉以外なかった。

「うざってえんだよ! このモブシーン野郎共が」

 そんな彼らが相手をしているのは、無尽蔵とも思える敵・敵・敵であった。

「さっさとやられなさいってぇの!」

 アスカの声にも苛立ちが見て取れる。
 正直大した脅威ではない。殆どの場合、命中=撃破と言う図式が成立するからだ。

 だが、妙に手間を取らせるようになってきているため、それなりに拘束される。こち
らが足を止めている間に別働隊が迂回すら行おうとしている(もしかするとそんな意図
など無く、ただ単に甲児達の存在さえ気付いていないだけ、と可能性もある)ことも、
度々だ。

 そのため折角追い詰めた敵をうち捨てて、迎え撃たざるを得ない。

 手っ取り早く且つ確実に敵を撃破するため、突っ込もうとも思うこともしばしばだが、
包囲されるのは目に見えている。そのため血の気も多いが、それなりの知性も持ち合わ
せている甲児とアスカは(極めて努力しつつ)自制していた。

「この、この!」

 無論、シンジの場合、そんな怖ろしいこと思いつくことすらない。

 約二名の苛つきを増やしつつも、早乙女研目指す敵戦力を彼らは着実に撃滅して、(
頭に最終だの、絶対だのが付くような)防衛線を維持していた。


―第二小隊・ゲッターチーム・竜馬

 他方、甲児達の努力を嘲笑う行いをしている者がここにいた。

『そこだーぁ!!』

 豪放な雄叫びと共にその機体――流竜馬操る【ゲッター1】は地面へ垂直に突進して、
地盤をも踏み割る勢いで降り立った。

『喰らえぇぇぇぇっ!!』

 そう叫んだかと思うと、二丁拳銃ならぬ二丁の敷島博士印ガトリングガンを抱えた両
腕を振り回し、破壊を問答無用にバラ撒いた。

『オラオラオラオラオラオラオラ………………………………………………』

 瞬く間に周囲にいた【デビルアーミー】達が凄絶に原型を失いつつ、薙ぎ倒されてい
く。

 その様子をガブリつきの鑑賞で強要され、隼人は呆れたように呟いた。

『おい、竜馬。気張りすぎだ、少しは加減しろ』

 対して、(戦闘開始以前より妙にスッキリとしている)竜馬の返答は、いっそ爽やか
だった。

『何云ってんだ、隼人。こんなの、全然じゃないか。
 この程度、胡蝶を相手にするときの十分の一も………』

『あー、判った、判った……言った俺が莫迦だった。次に行ってくれ……』

 何とかならんモノかと思いつつも、隼人の声は既に諦めの色が濃い。少なくとも近い
将来、彼の家族が全くもって謎な事象結果によって増えない限り、事態は変化しないで
あろうと苦難の末に学習させられている(残念ながら、それは殆ど正しかった)。

 他方、交戦中の軍用広域回線上で公明正大に告白された家庭事情を聞いて、些かの経
験を持つミサトは『胡蝶さん、よくこわれないわねー』と妙な関心をしていた。

《もう、なんでこんな時にヘンケン艦長の顔が出てくるのよ…》

 が一方で、エマは困惑していた。

 彼女は謎な事象関係を、伝聞と噂のみと言う人類発祥以来の由緒正しい情報源よりの
知識でしか、知り得ていない。彼女は脳髄ではない何処かで、疼くような原初的恐怖に
も似た、何かを感じていた。


            :

『行くぞ、シド!』

 怒濤と呼んで控えめすぎる勢いに圧倒されていたシドは、無用に精力的な竜馬にドヤ
され、ようやく反応した。

了解!
 しかし、竜馬さんには恐れ入るな。よく続く…」

 その先の言葉をシドは辛うじて呑み込んでいた。

《俺は、と言うと……この機体で連戦はキツいな》

 シドは顔をしかめた。
 彼の父が主導し製作されたこの【ゲシュペンスト】は、どうにも無用の疲労をパイロッ
トへ要求する傾向が強い。それなりの理由は聞いては居たが、シドには含みがあるよう
にしか思えない。

 何しろ、彼の父はあの年代の人間らしく幼少の頃からの条件付けで二足歩行型ロボッ
ト、特に血と汗と涙と根性が結晶化して生み出される(と信じられている)スーパーロ
ボットと云う架空の存在(今を遡ること半世紀以上前のことなので当たり前の話ではあ
る)に全く疑問を持たない世代だった。無論、そのパイロットに理不尽なまでの気力と
体力と努力があって当たり前だ。

 どんな趣味を持とうと知ったことではない。だが、その災厄が息子たる自分にまで及
ぶとなれば話は別である。

 父の父、要するにシドの祖父はごく普通の在宅プログラマーだった。故にシドの父は
親権保有者作成のマシンに乗れなかった。まぁ、至極当然のことであるし、この程度で
あれば、微笑ましい青春時代の挫折と云うことで片付けられる。

 普通ならそこで挫折するモノを、シドの父は(紆余曲折の末に)自分でマシンを作っ
てしまった。妄想というか、はた迷惑な夢というべきか……何と呼ぶかは各人に任せる
として、実現させるあたりが…、シドの父が父たる所以であろう。

 作ってしまったからには、誰かを乗せなければいけない。無論、これほど才覚と実行
力を持てるシドの父が、特権を行使することに躊躇するはずがなかった。

 先人に倣い、シドの父は息子たる彼に対して英才教育を施した。云うまでもなく、本
人の意思を無視して。素直に従うシドではないから、親子間で激烈な“スキンシップ”
が繰り広げられた事は言うまでもないだろう。

 本人にとっては災厄としか言い様がない。全く気に入らない話である。

 何より気に入らないのは、経緯を別にすれば、自分がこの事実を好ましく思っている
らしいことだった。結局、自分も父と同じ穴の狢だったと云うことだ。実に腹立たしい。
疲れ切っているはずの身体に力の漲りすら感じるほどに。

 腹奥底から湧き出る抑えがたい何かをたまたま発見した“一つ目”に叩き付け、シド
は再び【ゲシュペンスト】を敵中へと躍り込ませた。

 彼もまた、実にはた迷惑な人間であることの証明といえよう。


                :

『ナバロン砲第七七射、準備良し!!』

「目標に変化は?」
「ありません!」
「よろしい。では、撃ちなさい!」

『了解、テェー!』

「着弾確認!」

『諸元良し。敵機動兵器群へ着弾。敵散開しつつあり。迅速本射を要請する』

「日向君、聞こえたわね? じゃあ、チャッチャと撃たせなさい!」
「は、はいっ」

 日向が精勤している姿を目に入れながら、ミサトは客観的に戦況を分析していた。

 全体を評すると敵は圧倒的である。平野部侵攻部隊だけでも兵力差を算出することさ
え、莫迦らしいほどに敵は数を揃えていた。

 これに対して、味方は機動兵器を前にだし、一種の機動防御を展開。小部隊には火力
支援チームを、ある程度以上の規模には早乙女研中央棟に据え付けられていたゲッター
ナバロン砲で砲撃を加え、対処していた。

 当初は的の豊富すぎる射的大会と言った観があったが、戦闘開始数時間を経た現在、
様相がかなり変化していた。どう変化したかというと、依然として、敵は無闇矢鱈に前
へ進むことしか考えていない集団が多い事に違いは無い。変わったのはそれ以外の行動
をとる集団が徐々に増えつつあることだった。

 それらは3パターンに大別出来た。

 前述以外で最も多かったのは、当然と言うか、反動的と言うか、実に身も蓋もない話
であるが、ひたすら追えば追うだけ逃げる連中であった。西暦成立以前の古代中国戦略
家が「三十六計逃げるにしかず」と述べたように、それなりに合理性を持った行動であ
るため、単純に突き進むだけの連中より手間が掛かっている。更に悪いことには、曲が
りなりにも機種統一されていただけに、集団としての機動力がそこそこ存在し、それな
りに手間を必要とするため、それなりに厄介な連中となりえていた。

 その次に多く順序としても次に現れたのが、もう少し高尚な連中である。接触すると
一旦は後退するが、緊密な集団を組んで再突撃してくる、といった手合いだ。逃げると
考えて追撃してみれば、突如として反転逆襲を受け、ミサト達を些か面食らわせること
となる。これが他の部隊であれば、逆襲をまとも受けそれなりの代償を必要とするとこ
ろであろう。とはいえ今交戦しているのは、百戦錬磨を地で行く【ロンド・ベル】であ
る。精神的なモノを除けば、さしたる被害は受けていない。現在はその兆候を読みとり、
集団を組んでいるド真ん中へ、ナバロン砲を叩き込んでやっていた。

 そして、つい先程から現れ始めたのが、第三のパターンである。接触すると一部の機
体はそのまま戦闘を始め、その間に後退した連中が集団を作り戦闘へ加入するパターン
だった。残念なことに集団としての衝撃力が足りないため、前者と結果は変わらない。

 まあ、どれも肝心の個体戦闘能力や戦術行動が稚拙であるため、大した事にはなって
いないが【ロンド・ベル】の戦闘能力資源を着実に奪い取っている事はたがい違えよう
もなかった。

《え〜と、確かあったわよねぇ……隔絶した戦術能力を持った集団が行った戦いが…》

 ミサトは対策を講じるため、歴史上で同様のケースを思い浮かべた。

《そうそう、WWII……東部欧州。そうだ、独ソ戦よ》

 ミサトはその戦いの推移を端的に思い出した。当初圧倒的に優秀な戦術能力を持って
いた独軍は、戦争後半にはソ連軍圧倒的物量と血の代償によって得た戦術能力の前に、
叩き潰されている。

《チョット冗談じゃないわ、》

 圧倒的物量と高まる戦術能力。それは今此処で現出している状況にほかならない。ミ
サトは恐怖した。

《WWII東部戦線に居た将軍の気分をダイジェストで味わえるなんて……トホホー》

 ……甚だ彼女らしい不真面目なものであったが。


            :


 葛城“戦術型くびれビア樽”ミサト少佐が得た結論は、残念な事に全く真実だった。

 【ロンド・ベル】各人は、全く感嘆する他無いほどの努力をしていた。

 だが、敵には、戦術的巧緻さも、作戦的技巧も、あるいは優秀な個体戦闘能力さえも、必
要なかった。ただ圧倒的な数のみで彼らの努力を嘲笑っていた。

 そんな中【ロンド・ベル】必死の防衛線も、数で圧倒する敵を完全に喰い止められる
はずもなく、突破する敵集団もある。

 対して、【ロンド・ベル】にもまだ幾枚かの切り札があった。

 ソレは近付きつつある一つ目鎧人形を見据えつつ、不敵に呟いた。

「ふん、前に出ている連中の目をかすめて、ここまで来たことは誉めてやる……」

 声に力が漲る。

「だが、ここに俺がいるということを忘れないで貰おうか。行くぞ!!」

 そう叫ぶが早いか、機動武闘士ドモン・カッシュは愛機【シャイニング・ガンダム】
を禍風の如く、機械人形の群へと割り込ませた。

「はぁぁぁぁ、どりゃぁぁぁぁぁ!!」

 一瞬にして、一つ目鎧人形達は破片と部品と部分をブチ撒けて、戦闘機械集団から、
ガラクタの山へと垂直移行する。

「フン、歯ごたえの無い連中だ」

 だが、とてもその表情は満ち足りていた。

 彼のような漢に取って、自らに挑む身の程知らずの小僧が居るのも気に入らない。し
かしながら、戦いの緊張感に欠ける生活と云うモノは、尚のこと気に入らない。彼もま
た、御しがたいほどに人間だった。

 その彼を、敵味方以外の立場から見ている目があった事に、誰も気付いてはいなかった。


                :

「【シャイニング・ガンダム】!?
 ミカムラ博士の機体が何故!?
 それにあの動きは流派東方不敗……足運びのクセに見覚えがある。よもや、ドモンだ
 と言うのか」

 秩父の山中を踏破して、浅間山麓付近まで辿り着いた三色覆面の男――シュバルツ・
ブルーダーは、一瞬全てを忘れ、目の前の事実に驚愕していた。

「…これが運命だとでも言いたいのか!!」

 その声色は運命を紡ぎだした者を呪詛しているようでもあった。


                :

 漢が憤りを感じているその頃、早乙女研究所では深刻な問題が発生していた。元々、
それほどの連続使用など考えていなかったゲッターナバロン砲が第八九射を行った直後
にとうとう齟齬を来したのである。

「ナバロン砲、ゲッター線増幅部加熱しています!」

 戦いの帰趨を左右しかねないその報告に、早乙女博士は怖気を振って、素早く指示を
下した。

「むっ、いかん! 急速冷却!」

「やっています! 加熱、止まりません!」

 だが、その程度ではどうにもならないから、博士にまで報告が上がったのである。そ
の事に今更気付いた早乙女博士は更なる決断を即座に下した。ここでの逡巡は時間の浪
費以外の何者でもなく、それは確実に好ましくない状況を現出させてしまう。

 それだけは避ける必要があった。

「やむをえん、緊急非常冷却シーケンス発動!
 動力ケーブル、切り離し!
 冷却剤を直接流し込め」

「それではっ!!」

「研究所ごと、吹っ飛んでしまっては元も子もない。やれ!」

「はい、動力ケーブル切り離し。冷却剤を流し込みます」

 ナバロン砲情報盤へ博士の命じた指示が実行されていく状況が映し出される。それを
見て、早乙女博士はホンの少し安堵した。ナバロン砲全壊などと言う最悪の状況は回避
できたからだ。

 安堵を外に出すこともせず博士は、次なる指示を下す。

「冷えたら、すぐに修理に掛かれ。一秒でも早く復旧させろ!」

「了解!」

 そこにミサトから通信が入る。

『早乙女博士、ナバロン砲はどうして撃たないのです』

「葛城少佐、申し訳ない。異常加熱のため、緊急停止させました」

『復旧にはどのぐらい掛かりますか!?』

「急がしてはいるが、わかりません…」

『了解しました、一刻も早く修理を』

「分かっています。早乙女研の全力を持って、修理しましょう」


            :

『分かっています。早乙女研の全力を持って、修理しましょう』

 回線を閉じた後、ミサトは実に彼女らしい感想を述べた。

「ちょーち、苦しいわ。最悪、ウチだけで連中を叩き出さなきゃ、いけないってわけね」

 だが、凶報はそれだけに留まらなかった。

「申し訳有りません、葛城少佐」

「やだ、日向君。……もしかして」

「悪い知らせです。敵の後続を確認しました。同時に秩父山方面からの敵も観測。数時
 間内には確実に戦域へ到着します!」

 日向からの報告に、伊吹マヤの報告が続く。

「EVA初号機、L.C.L.循環装置に機能不全発生!
 現状のままでは、三〇分でパイロットが戦闘不能になります」

「チィ、悪いときには悪いことが重なるわね。初号機を【グラン・ガラン】まで下げな
 さい。
 リツコ!」

『(準備を)やっているわよ。到着後、一六二〇秒で戦線復帰の予定』

「よっしゃあっ!!」

 …続出する困難を蹴散らかすかのように、景気良すぎるミサトを止める者はもう誰も
存在しない。


            :

 【グラン・ガラン】格納庫に放送が響いた。

『秩父山方面から敵集団接近中!』

「どれだけ、居るってんだ。ここの敵は、よ!」
「クソ!」

 放送を聞き、【ロンド・ベル】テック達が毒づく。少なくとも彼らには悪気はない。
単にフラストレーションの発散を多少非生産的な方法で図っているだけである。人間と
しては極めて健全な精神作用であった。

「一体、何で、何を、どうして欲しいってんだよ!
 連中は!」
「何かを追い掛けているんだろうよ」

 だが、テック達のおおよそ現実的には無意味な言葉に過剰反応する少女が居た。山岸
マユミである。マユミは彼らの言葉に一々反応していた。だが、格納庫端の通路付近で
邪魔にならぬようにしているそんな彼女に気付かず、【ロンド・ベル】テック達の話は
続く。

「何かって、何だよ!」

「知るか!
 何処かの誰かが、大層なモンでも隠しているんだろうよ」

「何処のどいつだ、見つけたら只じゃおかねぇぞ」

「当たり前だ!」

 適度なフラストレーションの解消は絶対に必要である。だが、それが過ぎてはいけな
い。何事も過ぎては及ばざるが如しだ。だから、【ロンド・ベル】整備隊々長モーラ・
バシット中尉は彼らの行為を咎めた。

「そこ、無駄口叩いてるヒマがあったら、腕動かしな!
 仕事は幾らでもあるんだ」

 いつの間にか、少女の姿はそこから消えていた。


            :

 それは何のことはない、ホンの少しのきっかけが原因だった。 初号機の緊急修理の
ため、後退していたシンジは【グラン・ガラン】中央構造物上部で何かが煌めいたよう
な気がした。

「ん………何かな? ………人?」

 シンジが見つけたのは人影だ。その人影には何処か見覚えがあった。この距離からで
も判る烏羽玉色(ぬばたまいろ)の髪。それは間違いなくあの彼女だった。

「……山岸さん?」

 モニターに見える彼女からは妙に張り詰めた空気が漂っている。シンジは息を呑んだ。

《どうしたんだよ……危ないよ、山岸さん……そんな所に居ちゃあ……》

 続けて、そう言おうとした。だが、出来なかった。

 彼女の躯が空を踊ったからだ。


            :

 あの三色覆面の男らしい眼差しが甦る。シンジの心配する顔が甦る。

 心の中に甘痒い疼くような何かが拡がる。

 ソレは先程の言葉が再びリフレインすると、暗黒の深淵へ変貌する。

「私が……私が……私さえ、居なくなれば……」

 自衛隊員の言葉が響いた。

 【ロンド・ベル】テックの言葉が響いた。

「嫌なの…人の心を覗くのも、覗かれるのも。勝手に心の中に入り込まれて…私の中に
 入ってこられて。
 嫌なの………、嫌だと思う自分も嫌なの」

 彼女の考えていることは極めて後ろ向きな考えかも知れない。その一方で初めて彼女
が自発的に行う積極行動でもあった。これにより、腕と紅結晶との癒着が弛んでいるこ
とに彼女は気付いていない。

 人々の顔が走馬燈のようによぎり、消えた。

「…ごめんなさい」

 その呟きは誰に対してのものか、マユミ本人すら判っていなかった。


            :

 少女の意図を突如としてシンジは理解した。原因は判らない。だが、やろうとしてい
る事は判った。彼女は彼女の人生を投げ出そうとしているのだ。

「間に合えっ! 間に合えぇ〜っ!」

 シンジは懸命に初号機を駆けさせた。これにより、更に彼女に嫌われるかも知れない。
多分間違いなくそうだろう。しかし、彼にとって、そんなことはどうでも良かった。

 シンジは彼女を助けたかった。必要なのはそれだけだった。


            :

 ―喪失感

 始めに感じたのは、彼女にすら常に立つべき場所を無条件に提供していた場所を失っ
たと云う事実だった。この時彼女は微かに後悔する。同時に感じていた安堵に比べれば
稀少とも云える量でしかなかったが。

 ―浮揚感

 次に感じたのは、いっそ爽快ですらあるほどの風だった。彼女はこの次の訪れるもの
を予感して、多少の恐怖を感じないでもなかったが刹那のものである。その後に約束さ
れている一切の開放からに比べれば、些末とも言える事柄だ。彼女は訪れるべき刻を浮
揚感に包まれつつ、静かに熱望していた。

 ―圧迫感

 だが、訪れたものは彼女の予想と大きく違っていた。

 影が射したかと思うと、物理的な何かに包まれた。それは予想よりも遙かに小さな衝
撃しか彼女に与えず、別世界への旅立ちが物理的苦痛に満ちていないことに彼女は誰と
もなく感謝を捧げていた。

 圧迫は彼女の主観で驚くほど長く感じられ、その後に開放された。圧迫を感じている
間中、天使の羽音にしては喧しすぎる(有り体に述べるとロケットモーターのような)
音が聞こえていた事は不思議だったが、存在を放棄しようとしている彼女には、どうで
も良い話だった。それよりも今後の彼女が住むべき別世界を確認するため、恐る恐る目
を開いてみると、そこには獄卒がいた。紫鬼の巨体を見た。

 彼女は瞬時に悟った。

 彼女が堕ちたのは現世という名の地獄だったのだ。

 彼女へ湧き起こったのは、理不尽な結果をもたらした彼への怒りと、死ぬことすら満
足に出来ぬ自分への悔恨、……そして、世界へ存在できる事への安堵だった。

 涙腺が緩むことにそう時間は掛からなかった。


            :

「どうしてだよ、どうして、そんなことをするんだよ!」

 シンジは彼らしからぬ衝動に身を任せて、彼女を責め立てた。

「………」

 彼女は無言である。俯いて表情を伺えない。

「僕は戦いたくて戦い始めたわけじゃない」

「………」

「けど、僕が戦うことで少しでもみんなの役に立つと思って…」

「いいんです、私なんか死んでも!
 私なんかが死んでも、どうせ……」

「私なんかって、何だよ!」

「……死んじゃったら、好きも嫌いもないじゃないか」

「……世の中には逃げたくても一生懸命頑張って逃げないでいる人間もいるのに。明日
 は今日よりも良い日かも知れない、厭な日かも知れない。けどさ、生きてさえいれば
 明日はずっと続くんだから……だから、逃げないで」

「……でも、私が敵を呼んでいるんですよ」

「どうしてだよ」

 シンジの疑問に答えたのは彼女ではなかった。

「その娘の腕に張り付いていたコアが呼ぶからよ、彼らをね」

 頃合いを見計らっていたのであろうか、リツコが何やら顔に縦線入った部下約一名と
ごく普通の部下大勢を引き連れ、現れた。

 リツコは有無を言わさず、マユミの腕を調べる。その手際は医師が患者に対してとい
うよりは、人間の身体をモノとして扱うことに慣れている何かのものである。

 それはともかく、彼女の腕には既に紅玉の姿はなかった。シンジは気色を惨ませて、
リツコの名を呼んだ。

「リツコさん!」

「よくやったわね、シンジ君、それに山岸さん。
 山岸さん、貴女はもう大丈夫よ。貴女にくっついていたアレはあの通り、取れたわ。
 もう何も心配しなくていいの」

 リツコの指し示した方向に、透けるような赤い反射光が見えた。

「本当ですか!?」

「本当よ。さっ、此処にいてはまたシンジ君達に迷惑を掛けるかも知れないわ。フネに
 戻っていなさい」

 マユミは、半分放心して、半分嬉しそうにシンジへ振り返った。

「うん、リツコさんの云う通りだよ。もう大丈夫。だから、フネに戻っていて」

「ハイッ!!」

 そういってマユミは初めて笑顔を見せた。


            :

 【グラン・ガラン】へ急いで戻るマユミの後ろ姿を見送る、シンジとリツコ。リツコ
はポツリと漏らした。

「あの子のお陰でレアモノをゲット出来たわ」

 そして彼女は背後に来た顔面縦線入り部下を見やった。リツコと一緒に彼を見て、何
とも形容しがたい表情をするシンジ。

「………」

 何かを言いたそうなシンジの視線にリツコは気付く。彼女は実に何でもないことのよ
うに言った。

「あぁ、コレは気にしないで。チョットやりたいことがあったの。それ用のオモチャよ」

 『オモチャ』と呼ばれた後ろの正体不明等身大人型は、サメザメと涙を流している。
明らかに体の大部分は無機物で構成されている事は容易に分かるのだが、その行動は実
に人間くさい。

「やりたいことですか?」

「そう………何処とは言わないけれど、何処かに非科学的な蛮人が居ることが分かった
 の。人として、科学してあげなければいけないでしょう? その為の対蛮人人型懲罰
 部員よ。まだ未完成なのが、玉に瑕だけれどね」

 後半になるほど、やたらに凄惨さを帯びてくるリツコの声色に、少年のみならず部下
一同も恐怖する。

 それを知ってか、知らずか、思うところを一気に言い立てたリツコは、改めて号を発
した。

「ゼロゼロヤス!」

「Yes, Mrs.…」

 こめかみが引き攣った。彼女は抜く手も見せずにモンキレンチを不埒な愚か者へ見舞う。

「調整が足りなかったかしら……少し喋り過ぎだから改造したのに、ミストークをする
 なんて。人体の神秘って、云う処かしら……
 もう一度よ、ゼロゼロヤス」

 レンチをもてあそびながら語るリツコは笑顔だった、表情だけは。それ以上のモノが
欠けているので、本来の効果と正反対の物を幾倍にもして発散していることは言うまで
もない。

「Yes……Yes……Yes,Miss Dr.」

 小刻みに震えるその姿は、それまでにも増して妙に生々しい人間臭さが漂っている。
それ以上はみな精神衛生上気付かないようにしていた。勿論、無意識の為せる業だ。人
が耐えきれない事実を忘却する、という創造主よりの与えられた最高の贈答品を未だに
享受している事の証明であるのだろう。

「まあ、今はいいわ(後で徹底的に調整しましょう)
 コアをP6レヴェルでシーリング」

「Yes,Miss Dr.」

「かかりなさい。初号機の方も急いで」

 それはもう全員懸命になったそうである。


            :

 結論から言うと、彼らの努力は無駄だった。

 リツコが対蛮人人型懲罰部員・改造人間ゼロゼロヤスに命じてコアをシーリングした
直後から【デスアーミー】軍団は目標を見失ったかのように混乱状態に陥った。彼らは
半径一〇mの円をなぞる木偶人形と化していた。装備の使用はその兆候すら見受けられ
ない。

 この状態で有れば、いくら数が多かろうとさしたる問題ではないし、見逃すくびれビ
ア樽
ミサトでもなかった。

 ところで彼女が下した判断を述べる前に常識の話をしよう。通常、戦力は常に余力を
残しておく必要がある。余力を無くした戦力は、通常では考えられないほど容易に損耗
するからだ。

 そうでなくとも、戦力は慢性的に不足するものであるし、そんな状態に慣れた指揮官
が疲労と恐怖と脅威の下で、冷静な判断を無くしてしまうことなど珍しくもない。

 よって、軍隊は人間の理性など信用していない。信じているのは、ごく単純に数と、
装備と、鉄血の訓練で染み込ませた“何か”だけである。故に軍隊では指揮官へ冒険的、
或いは投機的戦力の使用は、遺伝子に刻みつけるようにして、強く戒めていた。

 だが、何故か系譜的にその反対側かそれ以下の存在が多い日本軍事関係者の例に漏れ
ず、ミサトも多分にその要素を備えていた(これには基本的に彼女の本質が戦術級指揮
官である事も大きく影響している。戦術級指揮官が考えることはあくまで戦力の効果的
使用だ。補給や補充などは必要なときに要求をすれば良い程度の認識で十分なのである)。

 彼女は(傍目から見ると)即座に手持ちの全戦力の投入を決定。戦闘可能全機は勿論、
果てには現在の【ロンド・ベル】唯一の母艦戦力である【グラン・ガラン】そのものも
超低空近接航空支援に投入して、文字通り敵へ全火力を叩き付けた。

 後先を考えない全力攻撃は、(この時に限っては)極めて効果的に事態へ作用した。

 優秀な人員によって運用される戦力からもたらされる破壊の前に、単なる動標的が長
生きできるわけがない。彼らが全く、文字通り、情け容赦なく殲滅されるまで、そう時
間は掛からなかった。

 初号機は同僚の後を追い駆けただけに留まった。


            :

 続々と帰艦する【ロンド・ベル】機動戦闘団を見ながら、マユミは待っていた。気弱
な小さい勇者を。少なくとも彼女は彼に借りがあった。差し伸べる手を振り払う彼女を
彼は根気強く救おうとし、それは確かに彼女へ救済をもたらした。

 とてもではないが、多少何かをしたところで借りの全額返済をできるとは思わなかっ
たが、彼女は待っていた。少しでも感謝を伝えようとして。自分で動かなければ、何も
出来ないことを、彼女は気弱で小さな勇者から学んでいたのだった。

 しかしながら、現実はそんなに甘くなかった。

 彼女は思わぬところで、思わぬ人物から呼び止められたのである。それは赤黄金色の
煌めきを持つ人物からだった。

「ヤマギシマユミ…だったわね、ちょっといいかしら?」


            :

 この時、彼はそれなりの満足を得ていたため、多少気分が高揚していた。それについ
ては全く彼も同意するであろう。

「ドモンっ、カァァッッシュ!!」

 現時点でもそれなりにそれなりであるものの、未だ(彼女にとって望ましいことに)
成熟しきっていない彼女が、(いつものことながら)勇ましい呼び声で辺りを震わせた。
この年齢でこれができるのは一人しかいない、アスカだ。

 対して、最近彼なりの独自解釈の元で彼女の行動に慣れ始めている、呼び掛けられ主
ドモン・カッシュは特に感慨を持たなかった。彼は(彼の主観で)お気楽に応じた。

「なんだ、お前か……」

 そう言った後、彼はアスカの後ろの人物を訝しげに見、誰かを捜すように見渡した。
アスカの後ろにいたのは、切り揃えた黒髪の、少し煤けた女性服を着た少女だった。お
そらく、横浜で拾い上げた山岸マユミとかと云う少女だろう。俯いているので、顔は判
らないが自分へ挑んだあの少年には見えなかった。

「いつもの小僧はどうした?」

 その物言いに(自分のことは棚に上げて)かなり腹を立てつつも、アスカはグッと堪
えた。もっとも成功し切れていたかというと……、ヒクつく口元が持ち主を裏切ってい
た。取り敢えず、どうでも良いことだったが。

「どうだっていいでしょ!」

 元気なものである。

 実のところ、ドモンはアスカを気に入っていた。別に女性として、どうこうではない。
この漢にその様な感性を求めても無駄である。彼が感じているのは、彼女の弾けるよう
な物言いが(内容に目くじらを立てなければ)小気味が良い、と云うことである。内容
に関しても正直ではあるので、少なくとも場所と立場であからさまに発言を変えてくる
手合い連中よりは余程マシ、と思えた。

 ……ちなみに最もドモンが彼女を気に入っている理由が、何となく(修行地であった)
ギニア高地に居た霊長類系生物を思い起こさせるからと知ったら、彼女がどう反応する
か、見物ではある。云うまでもなく、どうでも良いことだったが。

「……確かに、別にどうでも構わんか。なら、お前は何の用だ?」

「なによ、アタシが同僚であり戦友でもあるアンタの名前呼んじゃあいけないってぇの!?」

 確かに筋は通っている。内容的にも問題は無い。しかしながら、その空虚さはどうし
てだろう? ドモンは疑問を感じて、眉を寄せた。彼のような人間が命題を抱えて悩み
込む情景、哲学的といえなくもない。本当にどうでも良いことだったが

「………」

「何か言いなさいよ!」

「確かに…」

 ドモンの視線がアスカを射抜いた。一瞬躯を硬直させたアスカにドモンは笑みを見せ
た。何もかもお見通しだと云わんばかりに。

「な、何よ!」

「確かにお前が俺を呼ぶことに疑問はない。
 ――だがっ!」

 そう叫んで、ドモンは右斜め後方へ振り返った。そちらから彼に近寄る気配を感じた
からだ。そして、確かにそこには居た。

 ただし――

「きゃっ!」

「なに!?」

 そこにいたのは切り揃えた黒髪の少女――マユミだった。ドモンは刹那の間もおかず
に気付くが遅い! 罠だ! しかし、思わぬ人物の存在に身体の動きが一瞬とはいえ止
まっている。彼に出来たのは一声叫ぶことだけだった。

「しまったぁっ!!」

「やぁっ!!」

 アスカの後ろから影が飛び出してきて、ドモンとの間合いを一気に詰めた。

 ――或いは必殺の一撃で有れば、それでも避けられたかも知れない。
 ――或いは殺気漲る気迫の一撃で有れば、それでも勝手に身体が反応したかも知れない。

 しかしながら、その一撃は余りに健気すぎた。必殺の気負いもなければ、漲る気迫に
も欠けていた。あるのはただ彼の身体に拳を当てること。それだけだった。それ以外は
何もなかった。

 これだけの悪条件の中を、それでも咄嗟に手を出した辺りは流石ドモンと云えたが、
彼が得たのは黒筋の奔流――ウィッグ、カツラだけだった。



 影――碇シンジの拳はドモンの脇腹を捉えていた。


            :

 場がしんと静まり返っている。当事者達は、当事者達自らの為した結果に驚いていた。
 それを打ち破ったのは、当事者ともそうでないとも云える微妙な立場へ置かれていた
マユミだった。

「あの……タオルです……」

「「「はっ?」」」

「あの……だから……タオルです。私、アスカさんに云われて……戦闘から引き上げて
 来ると汗が凄いから……だから、タオルを……ドモンさんへ……その……」

 マユミはどうにかそこまで絞り出した。意訳すると、どうも彼女はアスカに言われて
ドモンへタオルを渡すことを依頼されていたらしい。無論彼女はそれ以上聞かされてい
ない。

 知っているのはアスカだけと言うことだろう。当のアスカは、と言うと……

「ヘヘン♪」

 てな感じで勝ち誇っていた。

 不思議な間が空く。

「あの……」

 耐えかねたマユミが再度差し出したタオルを、ドモンは何処か油の切れたような動き
で受け取り、汗を拭った。肌から汗が拭われる度合いに比例して不穏な空気が漂う。不
穏は、凶兆となり、災厄の風を呼んだ。

「いぃ〜くわぁ〜りぃぃ〜、しんんっっじぃぃぃぃっ!!」

 そこには人の姿をした『御仁(おに)』がいた。

「は、はいっ!!」

「どんな手を使ってでも、目的を果たそうとする気概は誉めてやる」

「あ、ありが…」

「だが!!! 恥も見栄も捨てた性根が気にいらんっ!! その根性、叩き直してやる!!
 覚悟しろ!!」

 放心しているシンジ。

「返事はどうしたぁ!!!」

「「は、はいっ!!」」

 何故か、一緒にマユミまで返事をする。

「明日朝5時に、ここに来い!!」

「はいぃ」

「…では、今日は精々身体を休めてろっ!! 明日からはグゥの音も出んようにしてや
 る!!」

 漢は背を向け、その場を立ち去った。少年は弟子入りを果たしたのであった。



<???・【サージェ・オーパス】級戦艦【ラマッサー】>      

 司令席にて、その男は楽しげに身体を揺らせていた。しかしながら、人を苛立たせる
律動を持つその動きは、彼が精神の平衡を欠いている事が明らかに見て取れる。

 身なりもなかなか興味深い。長身であるが均整の取れた体つきに仕立ての良いといっ
たレヴェルを超えるスーツ姿。だがその身体に据え付けられた首から上は………有り体
に言って悪趣味だった。

 肌にはファンデーションが塗りたくられ、頭髪は整髪剤によって見事に逆立ており、
尖塔の如き様相を呈している。さらには生来の酷薄さを醸し出している薄い唇には紅が
ひかれていた。

 そして、その口から出た声は、病的なまでに甲高く、不必要に抑揚が聞き受けられる。
彼が精神に極めて好ましからぬ病を抱えていることを克明に顕わすモノであった。

「さて……、作戦か」

 彼は頭を振りながら、悩ましげに溜め息を吐いた。

「この度の作戦、何を考えている? 考え無しの全戦力投入、無理を通り越えて無謀の
 息へ踏み込んだ戦力の反復使用、勢い以外の何者でもない占領計画、霞の如き儚さ漂
 う防御計画………戦さは、投機では無いのだぞ」

 そういった彼からは狂気の色が引いている。それすらも狂気の為せる業かも知れないが。

「さりとて、ギワザ程度の小物のする事とは言え………」

 火星の方向を向き、彼の眼窩から鋭い意志の光が放たれた。

「拙速が過ぎるな」

 彼――ポセイダル軍十三人衆が一人、マフ・マクトミンはモニターに映し出されてい
る美しい蒼の天球――地球を何とはなしに見つつ、呟いた。

「まぁ、よい。
 私は楽しめさえすればよいのだから………
 宴を。血湧き肉踊る、残酷な饗宴を。
 【チキュウ】の諸君、私の期待を裏切らんでくれたまえ」

 ぶり返す狂気。

「フハハハハハ………フハハハハハハハハ………」

 始まりの終わりはすぐそこまで迫っていた。


<第八話Hパート・了>



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ver.-1.00 2000/05/02 公開
感想・質問・誤字情報などは こちら まで!


<作者の呟き>
 長々と続けられた第八話も後1パートです。  お付き合いのほど、宜しくお願いいたします。
今回のオマケ。へにゃっとな


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