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「【アイオーン13】、着艦します!」

 『艦載機の着艦は制御された墜落だ』と云われたのは、人類が大気圏内を殆ど唯一の
主活動領域としていた頃の話であるが、それは今も変わらない。変わったのは、艦へ
“墜ち”るのが航空機か機動兵器かと云うだけである(尤も航空機も広義の機動兵器に
あたるのだが)。

 戦闘航海中の艦艇らしく、安全と効率の天秤をやや効率側に傾けてカタパルトデッキ
最奥に着艦を行った【Zetaプラス】は、隔壁内に入ったところで即座にジャッキアップ
される。その後MSデッキへと搬入され、整備補給に移った。

 MSデッキでは待ち構えていたテック(整備兵)が一斉に取り付いて己が仕事に取り
かかる。コックピットにも担当のテックが、コックピットカバーの一次装甲、二次装甲
を外部操作にて開き、コックピットシェルの最終ハッチを開けた。

「准尉、お疲れさまです」

「整備、宜しくお願いします」

「ええ、任して下さい」

 ようやく自らの責務を一段落させた霧島マナは【Zetaプラス】コックピットを降り、
整備員の言葉に律儀に応じて、MSデッキ脇のパイロット待機所へと向かう。

「よぉ、キリシマ。大丈夫か?」

 入った途端、隊長の声が掛けられた。

《は、早い…》

 マッハの機体は【Zetaプラス】アイオーン隊で一番最後に着艦したはずなのに、もう
待機所で悠々とくつろいでいる。

 そして、目の前にはドリンクパックを差し出すムサシが居た。

「ありがとう、ムサシ」

「………」

 無言で肯くムサシと一緒にシートへと腰を掛ける。マナはドリンクパックに一口つけ
て、机へへたり込む。高加重が連続したので少し感覚がおかしい。いつもと同じなのに
違和感を感じる。

「どうした、へばったか? キリシマ」

「いえっ……ちょっと疲れただけです」

「そうか……だが、今のは序の口だ。また、すぐ次が来るぞ。デブリーフィングは後で
 いい。休めるときに休んでおけ」

 マッハがそういった時だった。

『敵艦隊転送前哨波、確認。
 MSパイロットは乗機への搭乗を開始せよ!
 繰り返す…』

 マナが跳ね起きた。ムサシの眉がピクリと反応した。マッハが吠えた。

「ちぃっ、こういう事だけバスバカ当たりやがる。行くぞ、ムサシ、キリシマ!」

「…了解」
「了解!」







スーパー鉄人大戦F    
第八話〔陸離:Her heart〕
Fパート


<神奈川県旧横浜市付近>      

 陸自の就役ン十年にもなるオンボロ高機動車。あまりにもボロいのため、戦自への供
出対象からイの一番で外(すように戦自より申し入れら)れ、現在は座間・陸自施設科
隊員のゲタと化している車輌である。そのオンボロの後部座席で山岸マユミはへたり込
んでいた。

 彼女が此処にいるわけは、云うまでもない。一つ目の鋼巨人、一五m級MS【デス・
アーミー】に追いかけられているところを、ラジオネーム・ロト7――陸自座間施設科
教育隊第七分隊の面々に救助されたためである。

 彼女を直接救助した陸自隊員・垣内は隣に座っている。先程まで、思わず涙を零して
いたマユミを困り顔して散々宥めていた彼だったが、ようやく彼女が落ち着いたところ
で何と声を掛けて良いか分からなくなってしまっていた。彼はこの年頃の娘を相手にす
ることに慣れていなかった。マユミの方は云わずがなもである。

 と言う訳で、その車内は現在静寂に満ちていた。無論エンジン音など聞こえない。こ
の車輌は燃料電池車だからだ。水素ガスタービンはパワーに事欠かないが、整備性に欠
けている。加えて、隠行性以外まともな自衛手段を持たないこの種の軽車輌にとって、
致命的に騒々しい。採用されるはずもなかった。

 だが、その静寂も長くは続かなかった。

『ロト3よりロト7!
 新手のスライム多数を発見! 集団でそちらへ急速に接近している!
 臨時本部には通告済み!
 こちらでの対処は不能!
 迅速待避を勧告する!
 送レ!』

『こちらロト7。
 了解っ! ケツまくるっ!
 送レ!
 山崎ぃ、聞いているな!? 早く逃げろっ!!』

 最後のフレーズはこの高機動車に向けたモノだったらしい。しかし、彼らの警告は遅
かった。既に高機動車フロントガラスに【デス・アーミー】が大映しになっていたから
だ。

 ドライバーズシートでステアリングを握る陸自隊員が罵る。

「ちっ、もう居やがるっ!!」

 ハンドルを切ったその時だった。マユミの手が滑り、腕の包帯が弛んだ。
 さっき程まで何処を見るでもなかった【デス・アーミー】が突如として、その巨大な
アイボールをマユミの乗る高機動車へと向ける。

 垣内がこちらに向かって追い駆けてくる【デス・アーミー】をバックミラー越しに盗
み見しながら我鳴った。

「何だ!?、まるで俺達を追いかけているみたいじゃないか!」

 その言葉がマユミの心に矢となって突き刺さる。

《私のせいなの?………》

 高機動車に熱中していたその【デス・アーミー】が何かに気付き、頭部を左右に振っ
たときだ。

 その頭部へ灼熱の対MS砲弾が叩き込まれた。

 砲弾を叩き込んだのは、形式判別が難しいほど改造された【GM】だった。その(原
型機のソレと著しくかけ離れた)胸部装甲には、JMSDF/LF――海上自衛隊陸戦隊と記さ
れていた。


            :

 同刻:神奈川県旧横浜市西方25km付近
    在日駐留連邦軍・陸自・海自 共同 【ネルフ】支援隊・臨時本部

「海自 横須賀陸戦隊 機装試(機動兵器装備開発指導団試験隊)が、戦闘を開始しまし
 た」

 通信兵の一士の報告を受け、一等陸佐が少し意外な顔をした。因みにその男の態度は
やたらにデカい上に実戦経験者だけに許される不貞不貞しさを隠そうともしていなかっ
た。要するに問答無用で偉そうなヤツであったのだ。歴史的経緯から(少なくとも表面
上は)穏和な、いわゆる紳士が大勢を占める陸自幹部にしては珍しいタイプだ。

 一等陸佐は思ったままを口にした。

「思ったより早いな?」

 一等陸佐のその言葉に、連邦軍中佐がどうにももう一つ緊張感に欠ける妙なナマリの
入った口調で応じる。

「ですが、早過ぎるというわけではありまセン」

「だな。あり合わせとは云え、それなりの戦力を集められたのは幸運な誤算だった。
 多分、全自衛隊に避戦命令を出した南の字にとってもな」

 何処かしら諧謔を含んだ一等陸佐の言葉へ、面白くもなさそうに一等海佐が応じた。

「全てはキサマの独断のお陰というわけだ、陸上自衛隊の結城一佐どの?」

「さぁ、俺には貴官達が何を云っているのか判らない。
 俺はただ【使徒】と疑わしき敵性体を発見した。そして、規則に従って【ネルフ】に
 通報した。それだけだ。その後【ネルフ】の支援命令に従って、出動するハメになっ
 たのは………まぁ、仕方がないだろう? 海上自衛隊の木曽一佐に連邦軍のミハエル
 中佐。
 連邦が要請し、日本行政府が承認した事だ。つまりは不可抗力で、俺達の俸給分の仕
 事だ」

「俸給分の仕事ね………【阿蘇の虎】は人まで騙すのか?
 その支援命令より早く、俺の所に連絡が来たのはなんでだ?」

「私の所にもデス」

 彼らの糾弾に結城一佐は飄々と答える。

「戦場で連絡が錯綜するのは良くあることだ。気にしてはいけない」

「目の前に敵もいることだしな」

「そうデスネ」

 人を喰った返答に彼らも特に反応しなかった。それは挨拶のようなものであったから
だ。結城一佐は、その反応に(少なくとも彼らは莫迦でないことを改めて確認できたの
で)満足しつつ、本題を切り出した。

「戯れはコレぐらいで良いだろう?
 それでは、確認するぞ」

 彼らは無言で肯いた。

「我々は今旧横浜西方へ陣取って、旧東京方面より西進してくる敵性体群を迎え撃とう
 としている。無論、付近の住人の避難は完了している。
 これは【ネルフ】の命令と規則に従…」

「そいつはもういい」

「…と言う訳で、我々は【ネルフ】と共にこの敵性体群を殲滅する。
 現在、南方側面からウチ(陸自)と海自さんの陸戦隊が共同して攻撃を開始している。
 連邦軍さんの方の空挺MS隊もそろそろ始める…だな?」

 ミハエル連邦軍中佐は首肯した。

「北から敵側面を衝きマス。と言っても、2個空挺MS小隊、サポートフライトユニッ
 トに乗ったMSが八機程デス。
 相手が大隊レヴェル戦力複数では、嫌がらせにしかなりまセン」

「それはウチ(陸自)も海自さんも同じだ。
 ウチは諸々の普通科連中と座間の施設科、そして富士に転がっていた員数外の鹵獲機
 引っぱり出しただけ、海自さんは…」

「退役扱いの好き勝手改造されている装備試験用MSが数機と、後は例の“アレ”だ」

「まあ、何とも締まらない状況だが仕方がない。全部、南条のアホが悪い。
 それはともかく、もうすぐ【ネルフ】が来て、ヤツらの頭を押さえる予定だ。それで
 ヤツらの侵攻も止まるだろう。
 そこを海自さんの“アレ”で――と言う訳なんだが……大丈夫なんだろうな? そっ
 ちの方は」

「大丈夫だ。“アレ”も伊達に四半世紀以上、あの時代でご奉公していたわけじゃない。
 本物の――を見せてやるよ。しかし、喧しいな」

 そういって近付いてくる戦闘音に顔をしかめた木曽一等海佐の言葉に、結城一等陸佐
は口端を歪めて答えた。

「戦場だからな、ここは」


            :

 同刻:神奈川県旧横浜市西方50km付近、超大型浮揚戦艦【グラン・ガラン】

 急ごしらえの作戦指揮所に何となく違和感を感じながら、葛城ミサト少佐は戦闘加入
を前にして、調整・指揮に忙殺されていた。

「えぇい、何でこんなにアタシが苦労しなきゃいけないのよ!!」

 ミサトのぼやきに日向はいつもの如く律儀に応じる。

「ま、結城一佐の頼みじゃ仕方がないですよね。前はあの人の部下だったんでしょう、
 葛城三佐?」

 日向の言葉に何とも言えない顔をしてミサトは答えた。

「えぇ、そうよ。前の前の時(第一次)、任官して直ぐあのオヤジの下に付けられて…
 苦労したわよ。あのオヤジ、鹵獲した【グフ】なんかに乗り込んじゃって、『指揮官
 先頭、我に続けっ!』ってな感じで。前の前、始めの大戦でやってた九州攻防戦は、
 実質的にあのオヤジの戦争だったわ……全く、戦自への本移籍を蹴って何をしている
 かと思ったら………いきなり、『【使徒】ラシキ敵性体見ユ』、と来たもんだわ、あ
 のオヤジ。たく……【ネルフ】を打ち出の小槌と間違えてるんじゃないの?」

「それこそ、結城一佐………でしょう?
 あの人の無茶は有名ですから」

「まっ、ね…それはいいとして…」

「【ロンド・ベル】機動戦闘団の展開はほぼ終えています。K小隊を先頭にして敵の頭
 を押さえに掛かる予定です。EVAも【マジンガー】も打たれ強いですからこの布陣
 は妥当でしょう」

「シンジ君達には申し訳ないけど、そうなるかしら。日向君は」

「僕の方もそろそろ行かないといけないんですが、いいですか?」

「いいわ。
 じゃ、戦闘加入よろし!
 いつでも良いわよ。日向君もね」

「了解。
 僕は上に上がって、アムロ少佐達に連絡します」


            :

「了解した、戦闘を開始する」

 戦闘加入許可は下りた。久しぶりに乗る【ガンダム・アレックス】の乗り心地を楽し
みながら、アムロは【ロンド・ベル】全機に聞こえていることを確認して、口を開いた。

「第一小隊、第二小隊は、K小隊の脇を固める。
 K小隊はそのまま前進、連中の頭を押さえてくれ。
 火力支援チームは指示を待て。
 以上だ」

『『『了解』』』

 各小隊長の返答が即座に返ってきた。その事に満足しつつ、アムロは前線を眺めた。
モニターに警報が上がる。敵だ。数機まとまって、こっちに向かってきている。

「…来たな」

『見えた、始めるぜぇっ!』

 K小隊を率いている甲児が彼らしい口調で手短に宣言した。【マジンガーZ】が光子
力ビームを敵に叩き込む。少し遅れて【EVA】初号機、弐号機の各機も射撃を開始す
る。彼らの攻撃は取り立てて高度な攻撃法が行われたわけではなかったが、面白いよう
に命中していた。

「…脆いな?」

 コンソールを操作して、敵の情報を表示させる。一五m級の新型らしいが、初めてみ
るという以外評価すべき点が存在しなかった。余りにもノロマで、動標的でももう少し
まともな動きをするであろうと云う、ていたらくだった。

 最初の数機はK小隊の初撃で殲滅された。損害はない。【EVA】各機は言うまでも
無く、【マジンガーZ】も同様だ。敵は実体弾射出型のライフルを装備しているようだ
が、精度は勿論、威力も低かった。偶然【マジンガーZ】に一発命中したがピンポン玉
のようにあっさりと弾かれていた。

 まぁ、そもそも一五m級で扱える実体弾兵器など、たかが知れている。極端な話エネ
ルギーと粒子加速器さえ都合が付けば何とでもなる荷電粒子砲とは違い、実体弾を扱う
にはそれなりの土台が必要である。

 もう少し具体的に述べよう。大昔の水上戦艦を思い浮かべて貰うと分かり易い。彼女
達は彼女達の主がその建造及び維持費に堪えかねるまで、ひたすら極端な大型化の道を
邁進した。全ては敵を打ち倒すべく少しでも大きな艦砲とそれに耐える装甲を積み込も
うとした結果である。重ねて言う。極めてアナログな存在である実体弾射出砲は、それ
に見合った安定したプラットホームを必要とするのだ。

 同じ事がMSで云えた。無論、MSが使用しているのは水上戦艦と同じ単純な火薬砲
では無い。この時代の実体弾射出型砲の主力は、初期加速を装薬で以後は大電力で生起
した高速ガスで加速させるエレクトサーマルキャノンや、純粋に大電力による高速ガス
と磁力による射出を行うリニアガンである。

 であるから無理をすれば、非効率な大電力投入による高速ガス生成と強力な電磁保護
砲身で威力を増すことも可能かも知れない。

 もっとも実際問題、Mマジックによってひどく小型軽量化出来る粒子加速器と違い、
電磁保護砲身形成用の超電磁コイルは重量がかさむ。これは任務上、利点を活かすため
に極端な軽量化が行われている一五m級には大きなマイナスだ。かといって力任せに磁
界形成するには、現行の一五m級用ジェネレータでは無理が多すぎた。

 要するに、一五m級にはデメリットばかりだ。

 以上を踏まえて、アムロは呟いた。

「本当にコイツらが討伐隊を殲滅したのか?」

 一応の顛末を聞いていたにしろ、実績と実際の余りの相違にアムロは戸惑う。形こそ
やたらに大きな目玉一つにちんちくりんの手足胴体とユーモラスだが、その奥に嫌悪感
を感じていた事が、彼の混乱に拍車をかけていた。

『おー、おー、おー、お。まだまだ出て来るみたいだぜぇ』

 後続も出てきたらしく、甲児が緊張感に欠けた様子で状況を伝えてくる。瞬時に先鋒
が殲滅された所為もあるのか、今度の敵は流石に少し慎重に行動しているらしい。新手
は(アムロの目から見れば稚拙すぎるきらいはあるものの)遮蔽物を利用している。

 そこへ他隊からの通信が入ってきた。

『ブルース3より、ダンサーリーダー』

 それぞれ、ブルースは海自 横須賀 陸戦隊に、ダンサーは【ロンド・ベル】に割り当
てられたコールサインだ。横須賀所属だから『ブルース』、【ロンド・ベル】(輪舞鐘)
だから『ダンサー』とは安直なかぎりだったが、なにせ寄せ集めもいいところだ。そこ
まで手が回らないのだから、仕方がない。

「こちら、ダンサーリーダー」

 アムロは手短に応答した。

『例の【OZ】製無人機の集団がそちらに向かっている。その数20前後。対応を要請
 する。連中、今までの出来損ない共とは違う。動きが速い。注意されたし。
 終リ』

「ダンサーリーダー、了解した。
 貴重な情報感謝する」

 ようやく本命が姿をあらわしたらしい。

「さて……多分、今度はマトモなんだろうな……」

 出来れば、先程の連中ぐらい簡単に片付いた方が良いに決まっている。アムロは戦い
を楽しむと言う趣味は、持ち合わせていないからだ。むしろ、彼は戦いを嫌っている。

 だが、状況は彼に更なる戦いを強要していた。

「側面から、か…やり合うことになりそうだな」

 アムロは独白するが早いか、敵機を捉える。先程の機体と同じ一五m級だが、全く意
匠は違う。先の機体は一つ目鎧人形と言った感じだったが、今度の機体はブリキ細工だ。
スクエア・モノアイが目に付くが基本的に戦闘兵器に共通したスマートさに欠ける。だ
が、武骨さでそれを補っていた。

 まだ、有効射程外だ。アムロは火力支援チームによる支援砲撃の要請を決めた。

「クリス、支援要請だ。
 座標10−12に迅速効力射。足止めになればいい。急いでくれ」

『了解。効力射開始』

 応答が返ってくるが早いか、火力支援チームは射撃を開始したらしい。アムロも、支
援砲撃で、機動兵器の、しかも無人機の足が止まるとは思っていない。多少でも侵攻速
度を低下出来るか、損傷でも負わせたら幸運だ、程度に思っている。

 待つこと数瞬、火力支援チームの攻撃が敵に降り注いだ。

 だが、火力支援チームの攻撃は海自陸戦隊の報告が裏付けけただけだった。加えられ
た攻撃に対して的確かつ迅速に対処している。余り性能の良くない【OZ】製MSが見
違えるようだ。以前、【ロンド・ベル】で行われた採用試験の時とは別物の様な印象す
ら受ける。

「手こずりそうだな……第一小隊各機。取り敢えず、僕の【アレックス】とコウの【ゼ
 フィランサス】で仕掛けてみる。突破しようとしている奴は牽制してくれ。
 いくぞ、コウ!」

「はいっ!」

「ふったりとも、がんばれー」「気を付けて下さいね…」

 第一小隊の各パイロット、コウ・ウラキ、エル・ビアンノ、イーノ・アッバーブがそ
れぞれのスタイルでアムロの命令に応じる。

 アムロは【ガンダム・アレックス】をやや前進させ、都合の良い場所に潜ませた。

 そして、やや緊張しながら【OZ】無人機を待ち構え、戦闘圏内に入ったところで、
アムロは取り敢えず、狙いを定めようとする。

「くそ、速いな」

 相手も戦闘圏内に居ることを認識しているのか、動きが完全に戦闘行動である。安直
な動きは全くない。牽制に数発撃ち込んでみたが全く効果はなかった。アムロをして本
気で当てるつもりで撃たないと牽制にもならない。

『アムロ隊長、当たりません! クソ、チョコマカ良く動くっ!!』

 アムロで当たらないのだから、コウでは当然といえよう。彼もそれなりの腕前だが、
どちらかと言うと格闘戦の方が得意なパイロットだ。射撃に関して腕前はあまり誉めら
れたモノではない。

「なら、当てるまでだ。
 コウ、白兵に持ち込むぞ。僕が出た後、三〇秒後に君も出ろ」

『了解っ!』

 ようやくこちらの位置を特定して応射してくる敵機の火線を受けて、飛び出したアム
ロに敵攻撃が集中した。無論、読み切っているアムロはそれらを軽々と舞うようにして
躱した。

「…? 妙だな?」

 確かに射撃は正確で、数機が連携して攻撃してくる。非常に厄介だが、妙な点に気付
いた。こちらの行動に一々過剰に反応する。特にフェイントは有効だった。やたらに反
応するがそれは余りに型にハマり過ぎたものであったためだ。

「そういうことか」

 何かに気付いたアムロは試すことにした。手短なところに位置していた【OZ】製M
S【リーオー】の一機に狙いを絞る。

 まず一発目。躱された。教本通りに回避する敵機に向けもう一撃。これも躱される。
その反応を予測して更にビームライフルから光弾を叩き込む。

 命中。

 流石に一五m級と云えど(だからこそ、とも云えるが。一五m級の主任務は対機動兵
器戦闘であることが多い)、対光学兵器防御はそれなりに行っている。一撃で沈黙する
ような兵器は主戦兵器たりえない。アムロも十分判っていたから、被弾で動きを止めた
敵機へ続けざまに更なる光弾を叩き込んだ。

 向こうでは、コウが【ガンダム・ゼフィランサス】の機動性にモノを云わせて、別の
【リーオー】モビルドール・システム機にビームサーベルを叩き込んでいた。


            :

 【ロンド・ベル】機動戦闘団の奮戦を前に、青葉シゲル二尉は第二艦橋付近を改装し
て新設された作戦指揮所にて、彼に期待された、彼の戦争を行っていた。

「臨時本部との回線固定。何か話されますか?」

 役職に相応しい激しい戦争を行っている麗しの上官 -但し、幾らかの情報と正常な洞
察力兼ね備えた彼の場合、彼女を彼の同僚が彼女に捧げているような感情を持ち合わせ
る対象からは問答無用で遠慮願っていた- は手短に答える。

 因みに彼女を敬愛してやまない(同時にある病に掛かって論理的盲目状態となってし
まっている哀れな)同僚は、先程から上のブリッジ入りして、ここにはいない。

「今はいいわ、後にして……でも……」

 そういって彼女は上を見上げた。視線は艦橋天板ではない遙かなる高みへと向けられ
ている。それを見て、青葉は納得した。

「上(軌道上)の騒ぎが気になりますか?」

「頭の上でゴチャゴチャされて、安穏としてられる軍人居ると思って?
 それに第三(新東京)の事もあるわ」

 彼女の返答は幾分か咎め立てる響きが込められていた。確かに高地にしろ、高空にし
ろ、階級にしろ、自分より上に存在する場所の支配権を気にするのは、軍人にとっては
本能に近い。愚かすぎる問いを発してしまい、青葉は内心でやや焦りを感じて話を逸ら
そうとした。それは指揮所入りしているレッシィに話を振ることだった。

「それはまぁ、レッシィさんも大丈夫だって言ってますし。
 そうですよね、レッシィさん?」

 彼女と言うか、ダバ達とナの国の面々は今回出撃を見送っている。連邦及び陸自・海
自との共同作戦で混乱を避けるため、共同作戦経験のない彼らや、更に加えてドモンは
予備戦力に指定され、艦内で待機していた。

 それはさておき、青葉の急な呼びかけにも関わらず、レッシィは傍らのダバに視線で
確認を取ると、ごく短く青葉の言葉を肯定する。

「あぁ、そうだ」

 その返事は、好意も悪意も何も感じない、実に軍人的な虚飾を廃したモノだった。

「ホントなの?」

 彼女が嘘を言っていないことは判っている。だが、ミサトはそれでも作戦指揮官とし
て、つい問い返してしまう。それにレッシィは特に気を悪くした様子もなく、答える。
軍人が情報の真偽を確かめることに努力する事は、人が息をするように極めて自然な事
だからだ。

「前に二度、攻撃を仕掛けた時のことは話したはずだ。
 あの時、我々は二度とも ヘビーメタル 一〇〇台を出撃させていた」

 レッシィの淡々とした口振りが、返って青葉に彼女の女性的魅力を認識させた。

「でも、攻め込んできたのは三〇機程だったわ」

「残りはデタラメな座標に放り出されていた…【ゲスト】の連中は特異点がどうのこう
 のと言ってはいたが、私に詳しいことは分からなかった。
 ただ判っていることは…」

「第三新東京一帯にはマトモに転送できない?」

「そうだ。だから、現在ではあそこは攻撃対象から外されている。特に重要な拠点でも
 ないらしい上に、A級ヘビーメタル三台相手に真っ向切って蹴散らすような訳の分か
 らない巨大原生動物もうろついているようだしな」

 レッシィの言葉に十分以上納得してしまい、ミサトは苦笑した。

「(タハハハ)成る程ねぇ…」

 確かに【使徒】は訳が分からない。非常識だ。星の海を渡ってくるような人々の戦闘
機械相手に、【使徒】は正面切って戦い退けている。連綿たる知的生命体の歴史的所業
とその成果を鼻先で嘲笑う存在だ。

《そんなの相手にしなきゃならない私たちはどうなのかしら……ねぇ?》

 そんな事を思っているとレッシィがミサトに聞いてきた。

「ところで一つ聞いても良いか?」

「いいわよ」

「あの赤線はなんだ?」

 レッシィがモニター上に指差した先には、なにやら赤で囲まれている場所があった。
その右手には敵味方両方のシンボルが蠢いている。

 現在、戦術モニター中央には敵MS集団が西進している。その周囲を取り巻くように
して、【ネルフ】麾下の【ロンド・ベル】・在日連邦軍・各自衛隊が共同戦線を張り、
南北東方向から包囲網を敷いている。当然敵侵攻速度は極端に落ちていた。が、停止は
していない。防御戦では死活的に重要な砲撃力が迎撃側に皆無であるという事実も関係
しているが、そういう手筈にもなっているからだ。

 ここで賢明な人物であれば、【グラン・ガラン】にも長距離射撃が可能な大口径砲が
あるのでは?と指摘するかも知れない。実際、あった。だが、今回の使用は断念されて
いる。

 これは【グラン・ガラン】の備砲が、極めて原始的な射撃管制装置しか持っていない
という事実に起因する。【グラン・ガラン】は(と云うかバイストンウェルの火砲の殆
どは)ミサト達の感覚からすると極めて短距離の直接照準しか考慮されていない。彼ら
が火砲と付き合いだしたのは、ついこの間のことである。

 そんな怪しい大砲など、実戦で使えたものではない。攻撃システム構築において、考
慮の遙か外にある間接射撃などしようものなら、何処に着弾するか判るものではなかっ
たからだ。(とはいえ何時までもそうは言って居れないであろうから、【ネルフ】技術
部では後日綿密な実地調査の上、遠大射程攻撃能力付与を検討されては居る)そのため、
【グラン・ガラン】搭載砲は個艦防御以外での使用を禁止されていた。

 実に分かりやすい話ではあった。

 敵MS隊が、その針路の先には直径数キロはあろうかと思われる、赤で囲まれた平原
部まで後少しという地点へ来たときだった。青葉は臨時本部よりの通達を告げた。

「臨時本部より入電っ!
 『退避、退避。敵の現位置を確認。報告後、全隊は事前指示に従いスペシャルホット
  ポイントより退避せよ。繰り返す……』」

 やたらに仰々しい警告通信にミサトは軍人の貌をして呟いた。

「さて、何を出してくるのやら…」


            :

 時間は少し戻る。その頃、シンジとアスカはK小隊構成機としてEVAにて敵集団正
面に立ちはだかり、侵攻を阻止していた。

 無論、彼らはリツコ謹製の増設ジェネレータを背負って、戦闘参加している。これ自
体は本来の予定通りだ。重い荷物を背負っているのであるから、中遠距離の射撃戦を展
開するのはなんら疑問や不満を挟む余地は無い。そのハズだった。

 しかし、アスカは至極不満だった。

「なんでDCのクセして、チビっこいのしか居ないのよ!」

 相手がDCと云うから、てっきり機械獣相手だと思っていた。が、フタを開けてみれ
ば、正面戦闘用の機動兵器としては最小クラスの一五m級MSしかいなかった。

「バカシンジの相手には丁度かと思ってたのに!」

 機械獣主力は二五m級だ。三〇m級であるEVAとそう大差はない。ハンデ代わりに
EVAは大荷物まで背負っているのだから、丁度良い。故にここ数日叩き込んだ下僕へ
の“特訓”の成果を、機械獣との格闘戦にて確認しようと思っていたのだが…

「小さすぎるじゃない!」

 流石に一五m級では体格差がありすぎる。こんな連中を相手にさせても対人戦闘の成
果確認など出来ようもない。

 しかるにアスカは自分の目論見が外れたことに対する怒りを、パレットライフル砲弾
に叩き込んで撃ち放っていた。

「こんちくしょーっ」

 荒ぶる戦乙女を鎮めるには、未だ少なからぬ贄を必要としていた。


        :

 そんな彼女に(今更と云う気がしないでもなかったが)やや引きつつもシンジもまた
彼なりの戦闘を行っていた。と、言ってもアムロ達第一小隊とは違い、シンジ達の方は
射的大会のようなモノであったから、取り立てて苦労はしていない。

 そこへ警告通信が入る。

『退避、退避。敵の現位置を確認。報告後、全隊は事前指示に従いスペシャルホット
 ポイントより退避せよ。繰り返す……』」

『シンジ、下がるわよ!』

 アスカの通信がシンジへと伝えられる。何だかやたらに気合いの入った様子でDC・
MS隊を攻撃していた彼女に意見するのは(かなりの)身の危険を感じた。が、言わな
いわけにもいかないと思い、シンジはもう一人の小隊メンバーについて言及した。

「甲児さんは?」

 シンジはあちらの方で一人楽しく【OZ】製無人MSを蹴散らしている甲児に目を向
けた。しかしながら、彼女の返答は何と云うか…実に彼女らしいモノであった。

『あの莫迦ヲトコの事は放っておきなさい。一応でも一人前なんだから、自分の面倒く
 らい見れるでしょ』

「う…うん、そうだなとは思うけど…あれ?」

 有効射程を少し離れた向こうから土煙を上げて何かが走ってくる。その後ろを“一つ
目”の集団約十機ほどが追いかけている。間違いない。

「敵……?」

『シンジ!』

 動かないシンジに苛付いたらしいアスカの叱咤が飛ぶ。

「待って、何かいる!」

『見えてるわよ。放っておきなさい、あんなザコ!
 下がるわよ』

「そうじゃなくって、その前!」

 やっと見えた。OD色した少しゴツめの車だ。かと思うと“一つ目”の攻撃を直前に
喰らい派手に横転した。

 それを見たシンジはEVA初号機を駆け出させて距離を詰め、構えていたパレットラ
イフルを“一つ目”に向け、叩き込んだ。無論、退避指定エリア内に侵入してだ。

「あっ、………こらぁっ!!」

 思わぬシンジの行動であったが、彼女の決断は流石に迅かった。舌打ちしつつシンジ
の後を追い駆け、アスカも攻撃を開始した。

『Xタイムまで、九〇秒!』

 敵の半数を撃破して、シンジは気付いた。横転した車から、少女らしき人影が力無く
抜け出して、あらぬ方向へ逃げようとした(ように見えた。実際は違っていたが)事に。

「ダメだ、そっちは…」

 少女の逃げ出した方向は退避指示エリアだ。

「アスカ、車の方の人は頼んだよ!」

『えっ、何? ちょ………こらぁ! ちゃんと説明しなさいよ!』

 アスカが例によって何か言っているようだったが、今のシンジには聞こえなかった。

『Xタイムまで、六〇秒!』

「ダメだ。キミ、そっちは……危ないんだ!」

 外部回線を開いて、シンジは少女を追いかける。だが、少女は止まらない。

『Xタイムまで、四〇秒!』

 時間がない。シンジは強引に少女の上へ初号機を覆い被さるようにさせて、少女の足
を止めさせた。少女の切り揃えた長い黒髪がやけに印象的だった。

「この手に乗って! 早く!」

 だが、少女はシンジの指示に従わない。

『Xタイムまで、二〇秒!』

 半ば強引に少女を摘むとシンジはプラグをイジェクトさせて、少女をプラグに引きず
り込む。

『Now-on-time』

 そう聞こえたかと思うとA.T.フィールドの向こうでは、激しい衝撃と共に九つの土柱
が出現した。正に爆発だ。

 凄まじい勢いで地面は空中へと舞い上げられていた。地球という惑星の表層を強引に
剥ぎ取り、力任せに土煙を巻き上げながら放り上げるその様子は、人類という種の暗黒
面を具象化させた姿だ。

 巻き上げられる土塊の中には、その身を四散させられる事を強要された“一つ目”達
の欠片が見え隠れしていた。


            :

「もしかして、56サンチ砲!? いえ、あれは……51サンチね。
 でも、どのフネが!?」

 ミサトは自分を軍人たらしめたあの九州攻防戦で経験した記憶を蘇らせていた。目の
前の光景を現出させることが可能な、凶悪な火力を持つ砲撃が可能なのは、もはや軍事
的化石と化した戦艦主砲による艦砲射撃以外にあり得ない。

 彼女には、それを断言できる経験を持っていた。

 第一次地球圏大戦で黄海沿岸一帯に奇襲降下してきたDC第三次地球降下兵団が、東
太平洋戦域作戦で必要な設備の整った港湾施設を確保するため、大神・呉・佐世保など
を占領すべく北九州へ侵攻した。これに対し、自衛隊側も陸上自衛隊西部方面隊第四師
団及び第一三旅団を中心として、西部方面防衛迎撃団を編成、対抗した。彼らは敢然と
して立ちはだかり、激烈な攻防戦が主に中部九州以北、兵庫以西の各地にて繰り広げら
れた。

 これら一連の戦いが、後に云う『九州攻防戦』である。

 その結末は、(欧米同業者を鼻先で嗤う世界有数の作戦完遂能力を持つ中国人民軍特
殊部隊や、精強さで知られた韓国海兵隊の後方攪乱によって弱体化し、乾坤一擲の決戦
を挑もうと)集結したDC侵攻部隊主力を、稼働戦艦全てを掻き集めて臨時編成された
海自水上打撃艦隊が一斉艦砲射撃にて粉砕した事によって、決した。自衛隊側が辛勝し
たのだ。

 その、いま目の前に現出しているモノと同様の情景を間近にて経験していたミサトは、
記憶の引き出しを洗いざらい引き出して、答えを探す。そういえば、横須賀には“アレ”
が在ったはずだ。殆ど記念艦と化していたが、戦争の余波で損傷、修復中のアレが。

「もしかして……【おわり】が!?」

 その他に可能性はない。そもそも二〇インチ超級の大口径砲を持つような化け物は、
地球史上でもそう多くはない。そして日本近辺にあるのは稼働状態にないモノを含めて、
横須賀の【おわり】、大神の【きい】、後は任務で海に出ている【やまと】級の二隻だ
けだ。

「でも、どうして【おわり】が?」

 ミサトの疑問は実に妥当なものであった。


            :

「ちくしょー、どうせなら【やまと】か【むさし】があればなぁ」

 臨時に砲術長を務めることとなった超ヴェテラン海曹長は、今巨弾を放つ彼女の妹た
ちの名を呟いた。彼女達は、充分すぎる口径の51サンチ砲を持つこの姉すら、大きく
上回る、史上最大の艦砲56サンチ砲を持つ正真正銘・最大最強最後のリヴァイアサン
だった。

 だが、彼女は違う。

 彼女はただの記念碑である……筈だった。数年前までは。

 正確なところ、任務には使えない。あまりに装備が古すぎるためだ。彼女は、妹たち
とは違う。妹たちは実質的に最後の戦艦と言う事もあり、皆に愛されていた。その為、
予算もふんだんに使用されて改装に改装を重ね、現役を維持した。中でも、主砲内径砲
身を交換可能としていたことから、彼女の妹たちは二〇年ほど前の第八次大改装時に主
砲砲身はサーマルエレクトリックバレルへと換装された(これにより飛躍的に射程が伸
びた)。

 これは彼女の妹たちの軍事的価値を大きく上積みさせ、下手な巡航ミサイル搭載艦よ
り有力な存在としていた。

 そもそも、砲弾がミサイルに大きく劣る原因の二大巨頭となった肝心の命中率は、か
なり以前から使われている誘導砲弾の使用によって解決されている。そして、もう一つ
の原因、射程については前述の主砲内径砲身の更新によって解決された。そして、3t
を超える巨大砲弾は巡航ミサイルより廉く、迎撃しづらい。故に彼女の妹たちは心情的
のみならず、純軍事的にも、いっそう皆に愛される事となった。(ただ、莫大な初期建
造コスト問題で新規建艦は流石に無理だったが)


 これとは対照的に彼女――【おわり】、旧【尾張】は早々と現役引退していた。流石
の日本(当時、ようやく“帝國”の二文字が抜けていた)も、戦時には役に立つが平時
にも予算を湯水のように消化するグラマラスな彼女達姉妹全てを囲う事は不可能だった
からだ。

 であるから、彼女は横須賀岸壁で一応保管艦として、実質的には海自広告塔として彼
女はここで余生を送っていた筈だった。

 その彼女が今また主砲弾を吐いているのには、ちょっとした訳があった。

 確かに彼女は数年前まで、在りし日のフネの在り方と栄光を知らしめすただの記念碑
だった。そうであったのだが地球圏大戦で、正確にはトウキョウクライシスの余波で傷
付いた。壊れたモノは直されなければならない。彼女は実質的にはどうであれ、未だ保
管艦として艦籍簿に登録されていた。

 『きたる日へと備えられなければいけない』と、『俺達は彼女が大好きなんだぁ!!』
とはやる感情を政治用語のオブラートに包んで、何処かの政党のタカ派が主張した。
彼らは幼少のみぎり犯した彼女との不純異性(異生?)交遊が忘れられなかった。

 国民もまぁ……それなりに賛成した。彼らもまた、幼少のみぎりに体験した不純異性
交遊が忘れられないでいた。

 国民の声に圧されて対立政党すら巻き込んで予算が成立した。その裏には、無論幼少
の体験があったことは言うまでもない。

 要するに(少なくても旧首都圏の)かなりの人々が極めつけの悪女である彼女の洗礼
を受けていたのだった。

 彼女は再び保管艦として任を全うするため、修復される事となった。

 流石に長らくそれは実行されなかったが、ホンの数ヶ月前より(細々とだが)修復に
関して実際の作業が開始された。

 その中には装備の動作試験も含まれていた。無論彼女を彼女たらしめている主砲につ
いては今更取り上げるまでもない。肝心の主砲弾も(倉庫への弾薬保管費用削減という
涙ぐましい努力の結果)弾薬庫ごと保管処理するために彼女の裡へと運び込まれていた。

 故に彼女を彼女たらしめている五〇口径五一サンチ砲三連装三基九門の主砲が今再び
全盛時そのままの凶悪さで吠えたてる事を為さしめている。

 彼女は、おそらく彼女最後の凶暴な艶姿になるであろうこの時を、十二分に満喫して
いた。


            :

「こっちはこれで片づいたわね…」

 文字通り何もかも噴き飛ばされた光景を眺めながらミサトは呟いた。青葉も呆れた様
子で応じる。

「えぇ、キレイサッパリ………ゲッターチームもやたらに張り切っていましたから、凄
 いもんっすよ。やっぱり、この後のスケジュールが気になっているですかね」

「次は早乙女研との共同作戦だったわね?」

「そうっす。
 しかし、こっちに自分達【ネルフ】が来るまでも無かったんじゃないでしょうか?」

「かも知れないわ………さぁ、みんなを回収して!
 次行くわよ、次!
 向こうも待っているでしょうからね!」

「北上した連中を、ですね。でも、臨時本部……結城一佐には宜しいので?」

「青葉君? 私たちは戦争をしているの。早くしないと早乙女研だけで戦わせることに
 なるわ」

「しかし…」

「いいのよ。それにあのオヤジ、人を見透かしているようで、もう一つ好きになれない
 のよね。昔っから」


            :

 【グラン・ガラン】に帰艦したアスカがイの一番にしたことは、勿論シンジを叱り飛
ばさんが為に、EVA初号機搭乗区画へと駆け出すことだった。

 飛び込んで一番最初に見つけたのは云うまでもない。彼女の下僕たる“ぶわぁか”シ
ンジだった。だが、違和感があった。その傍には、彼女のあずかり知らぬ長い髪をした
同じ年頃の人影があった。ちなみに俯いているので顔は見えない。

「アスカ………」

 シンジは何事も無かったかのように声を掛けてきた。それがまた気に入らずにアスカ
は表面上にこやかな表情を作って応じる。

「あら、どうしたの? お勇ましい、命知らずのシンジ様ぁ?」

 無論、彼女の目は全く笑っていない。不幸なことにシンジは全くソレに気付いていな
かった。彼はほんの少しの違和感を感じただけだった、例によって例の如く。

「うん、この娘をチョット見て上げて欲しいんだ」

 流石にシンジの無神経なこの一言はアスカの癇に障った。

「何でよっ!」

「何で………って……その………女の子だから………だから………その……ね?」

 シンジは何故か顔を赤くして、モヂモヂする。それが何をもたらすかは今更言及する
に及ばない。ただ彼が幸運だったのは、彼女が彼のもたらしたこの状況に反応して爆発
してしまう前に自己完結してしまったことである。

「じゃ、アスカ。頼んだね」

 無論、彼は年頃の少年であった。と、同時に対人関係、それも特に異性関係について
は(年頃特有の鬱屈としたモノも勿論あろうが)純情と表現して差し支えなかった。他
人への(特に目の前の同僚に対しての)心配りが出来なかったと云って、誰が彼を責め
られよう? 己が成すべき事を成したと、無邪気に思っている少年は引き続き顔を赤ら
めつつ機嫌良くそこを立ち去った事も、極めて自然だ。

 後には激情を処理する間もなく、不完全燃焼にさせられた事に拳を震わすアスカと、
所在無さ気に佇む少女が残るだけだ。だから、アスカが親の仇にでも向けるような視線
を、少女に向けたのも致し方の無いことと言えよう。

「(ひぃ………)」

 声無き声を出して、身を震わす少女。だが、アスカはその姿を見て何かを思いついた
らしい。ニヤリと己が考えに満足するその姿にまた一層隣の少女が怯えるのだが、それ
もまた運命の悪戯であるのは、これまた云うまでもない。此処まで来ると最早災厄に好
かれているとしか、慰めようの無い災難続きの彼女であった。


            :

 北へと飛び去る【グラン・ガラン】を眺めつつ、木曽一等海佐は朴訥に言い放った。

「挨拶もそこそこに、北へ……か。葛城ミサトだな? 流石は貴方の弟子だ。実に実際
 的だ」

「皮肉かな。だが、今回はアイツを褒めてやってもいいか」

 同じく斜に構えつつも見送る結城一等陸佐は目を細めて感慨深げに呟く。木曽は何か
含むところのあるらしい彼の様子に話を振ってみた。

「そういえば、あの組織に彼女を推薦したのはキサマだと聞いている」

「ああ、そうだ」

「何故だ? 取り敢えず、戦自に預けるなり、自分の影響下に置くなりするなら、とも
 かく、あんな胡散臭い組織に推薦するなど、キサマらしくない」

 結城は部下を大事にすることで知られていた。間違えても訳の分からない組織に部下
を差し出すような人物ではない。部下の方はどう思っていようが、彼は部下全てを愛し
ていた。少なくとも、木曽の知っている結城という男はそういう男だった。

 結城は少し考えるようにして、頭を掻き口を開いた。

「…アイツは確かに有能だ。部下は大切にするし、柔軟な発想で物事にあたる。アイツ
 の指揮する中隊が相手の意表を衝き、誇るべき戦果を上げる事すら珍しくはなかった。
 小部隊の戦術指揮官としては、文句の付けようがない……だがな、アイツは情に篤い」

「だから?」

「情に篤い。それ自体は一向に構わん。むしろ誉めてやっても良い。だが、アイツの情
 は女子供の情だ。ここ一番の危機と言うときに情と現実の間で、苦悩し、過ちを犯し
 て、全てを喪う……葛城ミサトと言う軍人はそんなヤツだ」

「情を持てる時間が出来てしまう戦略レヴェルの指揮官としては無能か……」

「そうだ、精々が中隊長どまりの有能さだ。だから、俺はアイツをあの組織に推薦した。
 機動兵器数機を中核とする特務部隊と聞いたからな。どんな強力な機動兵器であろう
 とも、高々数機では点しか確保できない。要するに戦術レヴェルの話だ。戦術レヴェ
 ルならば迷うような時間はないだろう? 何を相手にするか、正確なところは判らな
 かったが、その程度で有れば、アイツは有能で居られる。辛い思いをすることも少な
 いだろう、そう考えていたんだが……」

「現実にはさっきの部隊は正体不明の超大型艦に、機動兵器隊は大隊レヴェル、下手を
 すると連隊レヴェルの規模だった。そして、彼女はそこの司令部要人だった」

「世の中はまま成らん」

「そういう事だ。という訳で後始末だ。キサマの無茶のお陰で色々と面倒なことになっ
 ている。間違いなく、当分はキサマも俺も命令書・報告書・始末書の書類三昧だ」

 木曽の自虐めいた言葉に、結城は口端を歪めて、彼に求められた態度で答えた。

「仕方ないだろう? そいつも俺達の俸給分だ」


            :

 同刻:【ネルフ】本部司令室

「葛城君からの報告だ。
 『東海沿イ侵攻中ノ敵集団殲滅ニ成功。但シ、敵ノ正体ハ不明。詳細ナル調査ヲ要請
  スル』
 だ、そうだ」

「そうか」

「葛城君め、やってくれるな。これでは調査隊を出さざるを得ない。無論、危険地帯で
 あるから十分な護衛部隊を付けてな。もしかするとあるかも知れないDC連中の逆襲
 も蹴散らしてしまう程の…な?」

「そうだな。ソレぐらいは戦自の連中に都合を付けさそう。この時期に師団規模の空挺
 討伐隊を組む余裕のある連中だ。なんとでもなる。ならんと云うなら、然るべき所へ
 ねじ込んでやるだけだ」

「この時期に余り波風を立たせないで欲しいものだが………」

 そう言って冬月は視線をゲンドウに向けた。いつものスタイルで超然と構えるゲンド
ウを見て、冬月は嘆息した。

「云うだけ無駄か…」

 そう言って冬月は更に嘆息した。いつまでも嘆息していてもしょうがないので、彼は
残りを手早く片付けることにした。

「葛城君達のその後だが、浅間山方面に向かった。今度は早乙女研と合同で北上したD
 C無人機部隊を叩くらしい。何か言うことはあるか?」

「…無い」

「そうか……では、私は調査隊編成を連中と協議しよう」

「ああ」

「そうだ、一つ忘れていた」

「…なんだ?」

「委員会の方はお前の方で適当に言いくるめておいてくれ。一応レイを残したとは云え、
 度重なる市外へのEVA出動を委員会連中は実に興味深いと考えるだろう。いや、間
 違いなく、説明を求められるな……と言う訳で、任せたぞ」

 そう言い残して、冬月は今度は本当にそこを後にした。彼らしからぬ風のような鮮や
かなやり口だった。冬月の行動をどう思っているのか分からないが、何かを思い出すよ
うに間が空き、ゲンドウは呟いた。

「……人使いが荒いですな、先生」

 無論、“先生”が今の言葉を聞いたなら、断固とした態度で釈明と発言の撤回を求め
たであろう。


            :

 同刻:【ネルフ】本部パイロット待機所付近

 技術一課々員らしい二人の男性が通路を無駄話しながら歩いていた。

「…………でよう」
「ソイツは難儀だ」

 片方の男性が何か気付いた。身を震わせて、両腕を抱えた。

「さっ、寒い……」
「そういえば……?」

 彼らは冷気が吹きつけてくる方向へ目を向けた。

「………」

 そちらには本部待機となったファーストチルドレンがいつものように長椅子に腰を掛
け待機していた。いつものように額に入れ壁に掛けておきたいほどキレイに背筋をピン
と伸ばし、いつものように無表情に視線を前へ向けていた。いつものように張りつめて
はいたが、いつものように静かだった。

「うっ、動けない……」
「しっかりしろ、寝るな! 死ぬぞっ!!」

 だが、彼らはそれどころではなかった。ファーストチルドレンがそうしているのはい
つものことだったし、今の彼らは今ここで彼らに突如として降り掛かってきた原因不明
の災厄の方が重大事だったからだ。

「………………」

 彼女のいつものように周囲の雑事などには反応しない。彼女はいつものように無表情
のまま、壁へ視線を向けていた。

「だっ、ダメだ……逃げ…ろ……」
「お前を置いていけるかっ! 気を確かに持てっ!!」

「……………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………………………
 …………………………………………………………………………………………………」

 繰り返すが、彼女はいつものように無表情で無反応だった。

「………、………、……」
「――――っ!! ―――――っ!!!」

 その日、【ネルフ】本部パイロット待機所近くでは、いつものように何の変哲もない
まま、静寂森閑なブリザードが吹き荒れ、無数の遭難者を呑み込んでいた。


            :

 同刻:地球衛星軌道、地球軌道情報網中継衛星定位置

 ソレは、寿命を全うせず任務をリタイアせざるを得なかった同類先達の穴を埋めるた
めに放たれた人工軌道体だった。

 ソレは地球衛星軌道にて鎮座する軌道拠点【ペンタ】よりいでて、遙々と己が任務を
果たすべきポイントまで、流れ流れてきていた。

 ようやくの事でポイントに辿り着いたソレは、拙い動作で為すべき事の準備を行う。

 ソーラーパネルを展開し、搭載機器のプリチェックを終えたソレは地球軌道情報網中
継衛星としての任を務めるに足る事を示さんが為、己が存在を誇示した。

 試験発振を兼ねたレーザー発振は確かに行われ、ネットワークノードとしての機能に
おいて、不足無く十二分に満たしている事を近傍に存在するソレの同類とネットワーク
マスターへ知らしめた。

 だが、ソレが任務を務めることが出来たのは其処までだった。

 多少の攻撃では瞬時に機能喪失するハズのないソレが、周囲に漂流していた只のゴミ
であったハズの何かに、アッサリと沈黙を強要された。

 だが、ソレが気に病む必要はなかった。ソレの任務は、ソレに沈黙を強要した何かが
滞り無く、完璧に代行していたからだ。

 ソレはその事実に満足して、鉱物資源への回帰を受け入れた。


            :

 同刻:地球軌道上、タスクフォースT(タンゴ)
    旗艦・機動巡航艦【アレキサンドリア】

 彼はいわゆる無能ではなかった。

 彼は優秀だった。

 功は自らの努力で勝ち取る。極々たまに部下が功を立てるが、それは自分が努力して
状況を作り出したためである。その分け前を受け取らないほど彼は無粋ではなかった。

 彼は罪を犯さなかった。努力する彼が罪など犯すはずもなかった。ごく稀に部下が罪
を犯すことがあったが、その時は心を鬼にして状況を自ら勘案し、罪に相応しい罰を与
えた。

 彼は公正だった。

 上層部の意向は間違いなく理解し、実行した。その際、上官との個人的な親交が深ま
る場合もあったが人間関係は重要である。仕方のないことだった。

 部下の掌握にも余念が無かった。部下の生活・私生活までをも理解して、能力を十二
分に発揮させた。発揮させるべき能力が無いモノが殆どで中には致命的なことをしでか
す者も居なかった訳ではない。そんな部下達にも彼は惜しみのない指導を欠かさなかっ
た。そんな彼の部下に、犯した過ちの責任を取らないような愚か者は居なかった。そう
いう部下であるから、上げた勲功は上官である彼の功績であると、上申しない恥知らず
は居なかった。

 だからこそ、彼ジャマイカン・ダニンガン中佐はここで司令席へと座っていられるの
だ。彼は自分の優秀さと生き様に全く疑いを抱いていなかった。

「これはどういう事だね、少佐」

「ですから…」

「もういいっ! 全く私が作戦を助言していたからこの程度の損害で済んでいるから良
 いようなモノの…パイロットとしてはどうか知らないが、機動戦闘隊指揮官としては
 無能だな、君は!」

 助言の結果が些か不適切な形と取ったのも、部下であるテネス少佐が無能であるから
だ。的確な指示も無自覚な無能力の前には、かえって逆効果だ。少佐にはそれが判って
いないらしい。だから、少し現実を認識させてやった。

「いや、パイロットとしてもかな……テネス・“フェイク”・ユング少佐?」

 ようやく少佐にも現実が認識できたらしい。少佐は黙り込んだ。

 そうだ、所詮キサマなど“N”(ニュータイプの蔑称)如きの好きにさせないため、
ゲタを履かせて貰い、成り上がった贋物のトップエース、“フェイク”に過ぎない。だ
から、贋物のキサマは全て何かを間違えており、本物の私は全て正しい。そこのところ
を十分に理解したまえ、少佐。

 ジャマイカン中佐は彼に憐れみの視線を一瞬向けてやり、通信兵に確認した。

「通信、上の方からの指示はまだか!?」

「まだです」

「これだから、軌道艦隊の連中は………航法!」

「はい!」

「撤退の航路を算出しておけ! このまま連絡のない場合我々艦隊は当任務より離脱す
 るっ!」

「――っ! しかしっ!!」

「えぇい、煩いっ! 上官命令だっ!!」

「ジャマイカン中佐っ!」

「なんだっ!!」

「地球軌道艦隊本部より入電。
 『発:地球軌道艦隊司令部
  宛:Eフィールドニテ作戦中ノ各部隊
  展開中ノ各部隊ハRV・Cニ、集結セヨ』
 以上です」

 ジャマイカンは舌打ちした。明確な命令である以上は従わねばならない。いや、従う
のが当然だ。どれほど愚かしい命令であっても。ただ、それに幾ばくかの個人的感情を
持ってしまうのは仕方のないことだ。さすがの軍もそこまでは禁じていない。

「了解した。我が艦隊は各艦最大戦速にてRV・Cへ向かう」

 航法士官が素早く返答する。

「RV・Cへの到着は〇四三〇時を予定」

「【アレキサンドリア】の到着予定は?」

「………? 〇四三〇時です」

「【サワチヌ】は?」

「〇四三〇時です」

「おかしいではないか!」

「は?」

「本艦と【サラミス】クラスの航行性能は大きな隔たりがある筈だ。それが何故、同時
 に到着する!?」

「それは……」

「言い訳は良い。私の命令を聞いていなかったのか!?
 『我が艦隊は各艦最大戦速にてRV・Cへ向かう』、だ。
 ただちに行動しろ」

「しかし、命令では…」

「通信、司令部からの命令を見せてみろっ!」

 通信文を読む、ジャマイカン。

「なるほど…」

 その言葉を聞いて、航法士官は安堵した。が、それは甘かった。

「この電文は間違いである」

「「はっ?」」

「この電文は間違っていると言っている。
 現在、軌道哨戒に部隊で展開している者は我々以外ではいない。後は独航哨戒艦ばか
 りである。よって、この通信は『展開中ノ各部隊ハRV・Cニ、集結セヨ』ではない!
 『展開中ノ各艦ハRV・Cニ、集結セヨ』である!
 そうだな、通信?」

 上官に詰め寄られて、通信士官はやや曖昧に肯く。

「そうだろう、そうだろう」

 曖昧な態度を見せたのは気に入らないが、彼は間違いを認めた通信士官には許しを与
えた。彼は間違いは間違いとして認めたのだ。少なくともその点だけは褒めてやっても
良い。

《それに引き換え……》

 未だ航法は間違いを認めない。だから、彼は叱咤した。彼の部下であるのだから、愚
か者であり続けることなど許されない。

「聞いたな、航法?」

「……は、はぁ………」

「では、ただちに行動しろ!!」

 怒鳴りつけられた航法士官は、無言でコンソールに振り返り命令を果たすべく行動する。

 その後ろ姿を見ながら、ジャマイカンは嘆息した。

《まったく、世の中には莫迦と間抜けが多くて困る》

 この艦隊でおそらく唯一マトモである自分が、全てを片付けなければならないかと思
い、彼――ジャマイカン・ダニンガン中佐は再び嘆息した。



<中東・アデン連邦軍基地付近>      

 夜明け前の砂漠。

 ここはアラビア半島南西端に位置する都市にアデン。インド洋から地中海へと繋がる
スエズ運河を守る要である。故にここには宇宙世紀たる今現在を持って基地施設が維持
されていた。

 軍用双眼鏡にて、注意深くそこを覗き込む男が居た。

「なかなかの備えだ。連中も努力していると見える」

 しかし、続いて出た男の評価はその努力した者達の期待を大きく裏切るモノだった。

「…だが、腑抜けたな」

 男の言葉にクランプ少佐は、手短に答えた。

「そうですか? ならば、潜入隊の仕事も遣り易いというものです」

「ソレはもっともだが、気に入らん。常在戦場という言葉もある。連中、自分達が異星
 人と戦争中で、最前線に居るという認識すら持っていないというのが特に気に入らん。
 何のための備えか! 地球圏市民からの血税を浪費している穀潰し以外の何者でもな
 い」

 男はそう評したが、別段連邦軍アデン基地の面々がサボタージュしているわけではな
い。事実、一度は【ゲスト】軍の攻撃を問題なく退けている。だが、その彼らも百戦錬
磨の男に掛かれば、穀潰し扱いとなってしまう。

 DC第五次地球降下兵団・第五〇一独立機動大隊々長ランバ・ラル大佐はそういう所
感を持つことを許された男であった。

 無論、上官の評価に全く疑問を感じていない様子で、クランプは平然と答えた。

「まあ、多少の綻びには目を瞑ってやりましょう。これから連中を教育する事ですし」

「そうだな。我々はこれから教育してやるのだったな、ここの連中を」

 そういって双眼鏡で覗き込んでいた男は、見事なカイゼル髭に隠れた口元を歪めた。

 クランプはごく自然に告げた。

「時間です」

 MS格納棟と見られる建造物正面に爆発が起こる。爆発自体は派手だが大した被害は
無い。精々建造物内部から出られなくなる程度だ。

「フン、ウチの連中はこうしたコソコソした行動ばかり上手くなるな」

 その炎を見て口を出た言葉とは正反対に、ランバ・ラルは満足そうに肯いた。

「地球へ降りてからこっち、倹約ばかり強制されております。MSを使える事は滅多と
 ありません。しかし、敵はMSを遠慮無しに出してきます。
 と、なると我々がコソコソする事は自然では無いかと考えます」

「言うてくれるわ。では、その滅多とないMSが使える機会を楽しむとしよう。
 クランプ、後は頼んだ」

 ランバ・ラルは有線電話を受け取り、叫んだ。

「コズン!」
『はい!』

「アコーズ!」
『おう!』

「連邦の連中が逃げる口実に困らんよう、派手に行くぞ」
『『了解です、ラル大佐!』』

 後方で隠蔽待機している部下達に命令した。ランバ・ラルも少し後方で擬装隠蔽して
いるMS【ドーベンウルフ】に乗り込む。後方で指揮する今日の予定ではこのような高
性能機を使用する必要など無い。だが、部下達がどうしても、と譲らずこの機体に乗る
ハメになっていた。ランバ・ラルとしては適当な指揮能力を持った機体に乗れれば十分
と考えていただけに、不本意であるがしょうがない。

 それはともかく、こういう時、強面が通り名のジオニック系MSは都合がいい。

 浮かび上がるモノアイの輝きが哀れなる敵対者に恐怖を呼び覚ます。これは特に古参
兵であればあるほど効果が顕著だった。彼らは例外なく魂へモノアイ持つ人形への恐怖
が刻印されている。第一次地球圏大戦初頭の大敗北をもたらしたモノアイの群れは文字
通り恐怖の代名詞だった。

 そして、心理的効果を十二分に考慮して配下のMSを進めるランバ・ラルである。

 兵達の民族的気質もあったであろうが(この基地はこの地域の国軍から供出された兵
力を基幹としている。彼らは不利な状況での逃亡や降伏を恥としていなかった)、軍隊
の屋台骨たる下士官――特に古参兵がこのザマであったから、抵抗云々の問題ではなかっ
た。

 結局、連邦軍アデン基地は数時間と持たずに陥落した。


            :

 同刻:サウジアラビア・???

 アラビアンナイトの世界そのままの部屋で、少年は古式ゆかしく紙媒体の本を一ペー
ジ、一ページ丹念に目を通していた。丸でそうすることによって、本の世界へと押し込
められた何かが甦ると確信しているように。

「坊ちゃん!」

 野太い声と共に偉丈夫が部屋に現れた。トルコ式の略装に身を包んだ彼の名はラシー
ド。絶対の忠誠を少年――カトル・ラバーバ・ウィナーとウィナー家に捧げる歴戦の勇
者だった。

 その彼にカトルは柔らかなブロンドに光を淡く反射させながら、澄んだ碧眼を向け、
静かに問うた。

「何かあったのかい、ラシード?」

「アデンの連邦軍基地が襲撃を受け、占拠されました。」

「それだけかい?」

「いえ、未確認情報ですがマダガスカル、ソコトラ、ステーション・ガルシア、ゴアの
 連邦軍基地も同様のようです」

「DC残党だね? 多分、地球降下兵団の生き残り…」

「その通りです」

 そこまで答えて、今度は彼が主人に尋ねた。

「……どうなされます?」

 彼は主人がこの情報を聞いて何らかの決断を下すことを確信していた。その為に重力
の井戸の底へ主人は降りてきたのだから。

 その答えは多少婉曲な確認から行われた。

「ラシード…」

「はい」

「マグアナック隊の出撃準備にはどれぐらい掛かるか、判るでしょうか?」

「一日もあれば」

「では頼んでいいですね?」

「坊ちゃんのご命令とあれば」

「頼みます。僕は行政府に断りを入れてきます」

「征きますか」

「いえ、違います。僕は彼らが何を考え、何をやろうとしているのか確かめに行くだけ
 です」

 一瞬諫めようと思ったラシードだったが、次の瞬間その気が失せた。彼の護るべき主
人の目には、まごう事のない意志の光に満ちていたためだ。

 それを見たラシードは嘆息して、主人の求めているであろうモノの在り方を口にした。

「…戦場では真実が多く語られます」

 カトルは静かに肯いた。

「そう、言葉ではなく行動で。僕はその真実が知りたい」

 主人の決心は間違いなかった。ならば、自分はそれに従うだけだ。

「ご賢察です」

 だから、ラシードは主人の見識を端的に評して、随従の意を表した。それが彼が自ら
に科した誓いであったから。たとえそれが彼に死を与えたとしても、それが今は幼い主
人の糧となるのであれば、一向に構うものではなかった。



<欧州・ブリュッセル>      

 石畳の歩道を軽やかに舞うようにして行く、年頃の女性がいた。彼女は最近伸ばし始
めた淡い青に見える蒼銀の髪を揺らし、生を謳歌している。道交う人々はそんな彼女を
みて微笑ましげに好意的な眼差しを向けていた。

 彼女の名は、フォウ。現在は名前だけだ。姓は捨てた。それは彼女の過去の悪夢その
ものだったから。それにもうすぐ、自分が待ち望んでいる姓を与えてくれるであろう人
も居る。彼女は全く気にしていなかった。

 彼女はあるアパートメントに入り、自分の部屋の前に立つ。いや、自分の部屋という
のは正確ではない。あの人と自分の部屋だ。それは部屋の表札が声なき声で高らかに主
張している。

《そうだ、あの人は私を過去の悪夢から救い出してくれた…》

 思えば、愚かだった。過去の記憶がないからと言って、言われるがままに隷属してい
たあの頃は。しかし、何もなかったあの頃、唯一私がすがることが出来るモノは、有る
か無いかも判らない過去の記憶しかなかったのだ。

 でも、それは昔の話だ。

 今は無くてもこれから創っていけばいい。あの人はそれを教えてくれた。

《そう、だから私は創っていこうと思った。あの人と一緒に自分の未来を…》

「――っ!」

 誰かが自分に触れたような気がした。そこには怒りの成分が含まれていたような気が
したが、決して不快ではない。

「………?」

 彼女はその感触に憶えがある。彼女は空を見上げ、ひどく自分を満たしてくれるその
感触の持ち主、あの人の名を呟いた。

「………カミーユ?」


            :

 同刻:地球軌道上、RV・F(会合点フォックス)

「えぇい、どの艦が沈んだ!?
 【ヴィルヘルム】か、クソっ!!」

 コックピットメインモニターに映る、控えめに表現して大破していた【サラミス改】
級軽巡を見て、MSZ-006 【ゼータガンダム】を駆るパイロット、カミーユ・ビダン中尉
は罵った。

「これじゃ、フォウを……みんなを守れないだろう!!」

 敵攻勢が始まったのは、肌と彼にもよく分からない魂の奥底で感じていた。その彼に
もよく分からない何かが、世間一般で云うところのニュータイプの資質なのだろう。そ
れは、刻と共にカミーユへ拡大一辺倒の警告をしつこく喚き立てている。

 それに気を取られているカミーユ機が無防備に見えたのだろう。彼の右後方からポセ
イダル軍のB級HM【グライア】数機が砲口を彼に向け、急速に距離を詰める。だが、
カミーユはそれらから放たれる攻撃全てを見えているかの如く、回避した。

「無駄な抵抗をするなぁっ!!」

 気合いのこもった一声ととも、扱いが極端に難しいメガバズーカランチャーを楽々と
操って、敵へ向け凶暴な光の戒めを解き放った。膨大な光の奔流が放たれたかと思うと、
それは【ゼータガンダム】に向かってきた敵一群を呑み込み、文字通り吹き飛ばした。

 その光景に恐れをなしたのか、ここRV・Dに集結した艦隊へのポセイダル軍攻撃隊
は一斉に退却へと移る。敵ながら、その逃げ足は見事なモノだった。

「退いた?……でも、また直ぐに来るな。コイツら、始めの連中とは違う」

 そういう彼の機体へ母艦、アイリッシュ級 CCX(機動巡戦)【ラーディッシュ】から
の通信が入る。艦長のヘンケン大佐直々の通信だ。

『カミーユ、戻ってこい。今の内に補給を行う。』

「【ヴィルヘルム】の方は?」

『ダメだ、主機をヤラれたらしい。クルーを他艦へ移乗させて、処分する』

「了解。でも、いつまでこの空域にいるんです!?
 命令通り集結したままじゃ、ダメです。最低でもさっきの連中の艦隊へ攻撃隊出して
 黙らせないと、いずれ袋叩きにされて全滅しますよ」

『判っている。だが、自衛行動以外は禁止されているんだ、どうにもならん。こちらで
 も司令部に上申はしている! ……何、どうした? …やっとか』

「ヘンケン艦長?」

『その司令部からだ。今度はRV・Aへ集結せよ、だそうだ。一体、司令部は何を考え
 ている!?』

「知りませんよ、そんな事」

『そうだな、所詮俺達はゲームの駒さ。愚痴ってもしょうがないか……早く戻れ、厭な
 予感がする』

「奇遇ですね、僕もですよ」

 歴戦の艦長らしい、経験に裏付けられた言葉に、カミーユは静かに同意した。



<秩父山上空 超大型浮揚戦艦【グラン・ガラン】>      

 シンジは彼女を捜していた。何かを抱えたまま、一人で懊悩している。その姿はシン
ジに思い起こさせていた。今までの自分自身を。

 故にシンジは彼らしくない積極性を発揮して、彼女へ関わろうとするのだが、肝心の
彼女と話が出来ないのではしょうがない。彼はまず彼女を掴まえるという事から始める
必要があった。

「あっ………」

 シンジはようやく彼女を見つけた。が、それも一瞬で彼女は何処かへと消え去ってし
まう。

《まるで雲や霞を相手にしているようだ》

 それがシンジの彼女に対する正直な所感だった。

「………で、何やってんのよ、アンタは」

 いつも以上に何故かシンジへつきまとうアスカの言葉に、シンジは少し困ったような
顔をする。無論その態度が彼女を一層不機嫌にさせているなどとは、シンジは全く気付
いていない。

「うん………僕、何か悪いコトしたかな?」

「知らないわよ!」

 悩んでいるのに、突き放すようなアスカの態度に流石のシンジも少し態度を硬化させ
る。

「そんな怒らなくてもいいじゃないか!」

「なに? そーいうこと、アンタが私に言うわけ?
 言っても良いってわけ?」

 それを継続できたのは一瞬だった。やはり、シンジがアスカに敵うハズもない。

「え…………いや…………その…………ゴメンよ、アスカ」

 ヨワヨワである。

「で、もう一度聞くわ。
 アンタ、何やってんのよ。ア・ノ・コ・に」

 区切った言葉の谷間に、何か空恐ろしいモノを感じつつも、シンジは律儀にアスカの
問いに答えた。

「うん…ほら、さっき山岸さんを救助したよね」

 何故か、アスカの青筋が一つ増えた。

「ええ………そうね」

 「ええ」と「そうね」の間にあった深く冥い燃えさかるような何かを(薄々ながらも)
感じ、怯えつつもシンジは続けた。

「で、何か困っているみたいだったから……ほら、ミサトさんが山岸さんに『お父さん
 やお母さんは何処』って聞いたら、旧東京って言ってたのに、『何処に行きたい』っ
 て聞いたら『第三新東京』って言ったじゃないか。だから……少しおかしいなと思っ
 て……」

 無論シンジの言葉の歯切れが悪くなった原因はアスカだ。彼女はシンジが言葉を重ね
る度に視線をきつくしていった。

「………あの娘の事を良く知っているのね」

 口調はかえって、静かな位だったが。それがまた一層シンジに底冷えのする何かを感
じさせた。

「そりゃあ………同じぐらいの歳だし………その………助けたのは僕だったし………」

「もういいわよ! この………“ぶわぁか”シンジっ!!!」


 後には足を抱えて転げ回る少年が残るだけだった。


<第八話Fパート・了>



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ver.-1.01 2001/11/25 公開
ver.-1.00 2000/01/21 公開
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<作者の悲嘆>
 お早めにお届けしようと思っていた新パートですが、投稿直前に出張。その初日にノ
ートPCのHDDが物理的故障を起こしてしまうという不幸に見舞われ、皆様へのご披
露が遅れてしまいました。

 今年は、新年から妹の結婚式はあるわ、出張はあるわ、ノートPCは壊れるわ、で何
とも忙しい一年になりそうです。

それでは、遅くなりましたが新年も宜しくお願いいたします。
今回のオマケ。へにゃっとな


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