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そこには禍々しさをあからさまに匂わす星海の戦船(ほしうみのいくさぶね)が、視界
一杯にひしめいていた。
それを見て一人佇む赤毛の知性溢れる女性が居た。
「…結局、あの男の口車に乗せられているわね、私達」
セティことジュスティヌ・シャフラワース【ゲスト】第一級任務主任である。だが、
彼女を覆う空気は物憂げで、片目を隠すように張り付いているデータグラスが彼女の心
を映し出すように揺れる。美人がこうしていると絵になる。だが、それは文字通り絵画
の世界だ。人の世と乖離したその様子は、見るモノに極めて危うさを感じさせている。
そんな不健全な世界に浸る彼女に声が掛けられた。世界の闇が霞んでしまう底抜けの
陽気さで、世の全てを味わい尽くしてなお世界は楽しきと謳歌するその口調は、間違い
なくもう一人の第一級任務主任、ゼブだった。
彼は漂う空気を微塵とも感じていないかのように、独特の口調で彼女に語りかける。
「なーに、やることやる前から黄昏てるか〜なぁ、セティちゃぁ〜ん」
その口調に彼女は安心した。そこには日常があった。
「ゼブ…」
「はいはいは〜い。みんなのお供、面倒任せるならなんでもこ〜いのゼブくんですよ〜」
…訂正。日常が馬ヅラして肩で風切り、闊歩していた。
「…絶好調ね」
先程とはうってかわって、ゲンナリしたセティを見て満足そうにするゼブ。
「いやいや、ここんとこ相方のノリが悪いんで、も一つ調子が出ないのよ」
軽口が九枚舌のベルトコンベアに載って見事に積み上げられていく。そんな錯覚すら
セティは覚える。
「一体誰よ? 貴方と一緒に莫迦やれるような奇特なお人は」
「お〜れっちの目の前にいるんだなぁ〜、これが」
「やっぱり、私なのね」
「そゆこ〜と♪」
薄々は感じていても明確な自覚はある種の苦痛だった。自分が喜劇のアクトレスであ
ることを自覚した(させられた?)セティは諦めにも似た吐息をこぼすしかない。無論、
この苦痛が快感とならぬ事を願いながら、である。
まぁ、先程の物憂げな空気を日常とするよりはマシだとは思う。
「……そうかもね。あの裏切り者が立てた作戦なんかに、揃いも揃って乗せられている
のですもの、貴方と莫迦やってる方が余程有意義かもね」
「そーは言っても遣らなきゃなーらない。宮仕えは悲しいねぇ……」
極めて事務的なアナウンスが流れる。
『警報、警報! 転送開始まで、180カウント。転送対象艦艇以外は再度位置と係留
の確認を行え。
繰り返す……』
「作戦第一段階第一陣がでるってかぁ〜」
「そうね…私は【ゼラニオ04】と一緒に出撃だから、まだまだ先よ。貴方は?」
「俺っちはもう少ししたらす〜ぐ行かなきゃいけないんだな〜、これが。おとぎの国の
方々と一緒に莫迦騒ぎしてこいって言われてんで〜ねぇ」
「おとぎの国? ………ゼブ、貴方何言っているの」
「騎士と姫と大王様。ま、緑麗しい【チキュウ】の風景でも興じながら、あれこれ口を
はさんで恨まれてこいって言う事らし〜いのよ。全く虚しくなっちゃうなー」
『転送開始!』
転送チャンバー内のポセイダル軍艦艇が一斉にその姿を霞ませた。
スーパー鉄人大戦F
第八話〔陸離:Her heart〕
Eパート
<亜空間・ポセイダル軍高速戦闘艦【スマッシュ】>
「何故、私はこんなフネに乗っている!?」
不満を隠そうともしない長身長髪の青年士官が、誰とも無く不満をブチ撒けていた。
ペンタゴナ星系惑星コアム出身の立身出世の志高き青年ギャブレット・ギャブレーだっ
た。
荒れる彼を、オペレータのパメラ・ビロレッジがオペレータ席を立って、やや蠱惑的
な姿勢をとりつつ宥める。
「隊長、落ち着いて下さい。クルーが不安がります」
上官に向かって勇気ある進言を行う彼女を見て、ギャブレーの頭の片隅にある考えが
よぎる。
《この女、やはり…》
必要以上に(一応)上官である自分に対して勇気ありすぎる行動を行う彼女。実は身
分不相応なコネで入った自分に対して、チャイもしくはギワザが送り込んだスパイであ
る、とギャブレーは睨んでいる。が、この時は心の赴くままやってしまった。
「これが落ち着けるか! 私は何故【スレンダースカラ】では無く、このフネに乗って
いる!? 答えろっ!」
「任務だからでしょー」
これは盗賊団上がりの部下、ハッシャ・モッシャの言葉だ。同じ経歴のバラとドモも
肩を振るわしていた。そんな彼らの態度がギャブレーの気に障る。気配を察して、艦長
のイレーネ・イルスが、いつも以上に堅い口調で端的に事実の要約を述べた。
「【スレンダースカラ】と我が隊のヘビーメタル全機が第三段階に向けて、艤装中だか
らです。付け加えるなら、この艦の正規クルーが、運用に支障を来すほど欠員を出し
ていた事もありますが」
地球連邦では間違っても見られない豪快なファイヤーヘアーをしているイレーネだが、
云っていることは至極マトモだ。だからギャブレーは余計に憤った。
「だから、それが気に入らんと言っているっ! そもそも、こんな用兵をやっていては
勝てる戦も勝てなくなるぞ」
内心イレーネもそれを感じていたのだろう。彼女の返事はポセイダル軍士官としては
十分以上に配慮に満ちた諫言であった。
「それぐらいにして下さい。私は前途有望な隊長殿を上官侮辱罪で告訴したくはありま
せん」
「(ぐっ…)」
一瞬収まり掛けた場であったが、ハッシャの一言でまたもや混ぜっ返すことになる。
「そうですよ、落ち着きましょうや、お頭ぁ。先はまだまだ長いんです」
「いい加減、盗賊気分を抜かんか! 私は隊長と呼べと言っている!」
「通常空間復帰まであと300」
「ちっ、この件は後だ! 戦闘準備! ヘビーメタル隊、搭乗開始! オモチャ共も起
動しておけ! 『置き土産』を忘れるなよ、再度チェックしろ。診断結果は私の所に
直接持ってこい!
かかれっ!」
気に入らないまでも実際に遣ることがあれば、多少は気が紛れる。ギャブレーはいつ
も通り精力的に指示を行う。
彼が敢えて、『置き土産』の診断結果を持ってこさせるのは、ポセイダル軍一般の傾
向として下士官・兵のモラルが極めて低いためである。彼らには自らに利のない場合、
可能な限り限度無く手を抜こうとする悪癖がある。
ならば、手を抜けないようにすればよい。兵達も莫迦ではないから、手の抜きどころ
を知っている。ある意味、軍というモノを誰よりも知っている彼らは抜けない手を抜い
て処罰されるようなマヌケは居ない。実に分かりやすい話ではあった。
そしてギャブレーもまた、望めば最初からポセイダル軍高級幹部として仕官すること
も可能であるところを、敢えて一般将校として入隊した才能と熱意に溢れている若者で
ある。こちらも実に分かりやすい話ではあった。
要するに彼らは現在のポセイダル軍有数の高い士気に恵まれている部隊なのである。
「作戦目的をたがえるな! 僚艦を確認後、直ちに作戦行動を開始する!
艦長、準備はいいか!?」
「オズグッド!」
イレーネが先任士官の名を呼んだ。打てば響くを体現させて先任士官が返答する。
「問題ありません」
「準備良し!」
パメラが男好きする声で告げた。
「【スマッシュ】、ドライブアウト!」
モニターに光が溢れた。
:
いきなりの戦闘警報に急かされ、マナ達は愛機【Zetaプラス】に飛び乗り、マッハ隊
長やムサシと共に乗艦より緊急発進をしていた。
彼女達【Zetaプラス】隊は、発艦後事前の指示に従い、マッハ機を頂点とするやや先
鋭的なトライアングルを形成する。
極めて迅速に行動した彼らだったが、一番乗りと言う訳ではない。
先にCAP(Combat Area Patrol =戦闘空域哨戒)機や機上待機していたスクランブ
ル機が既に向かっているからだ。
もどかしげに敵が出現した空域へと急行する中、マッハより通信が入る。
『アイオーンリーダーよりアイオーン各機へ。久しぶりの客だっ! 何を企んでいるか
知らんが気を引き締めて行くぞ!
これよりアイオーン各機は針路修正後、敵集団へ反航戦にて一撃を加える。発砲は長
機の指示を待て! 航過後は直ちに反転を行い、反復攻撃!
雑魚には目をくれるな!』
モニタの向こうで一瞬霞れるような光が線を描いた。
それが合図だった。
瞬く間にその辺りの空間は光条に満たされていた。
《始まった……》
おそらく先行していた【デ・モイン】MS隊CAP機が敵と接触し、交戦を始めたのだ。
『フン、もう始めていやがる……ムサシ、キリシマぁ!』
「『はい』」
『行くぞぉ、フルパワーっ!!
続けぇぇぇっ!!』
「『了解』」
【デ・モイン】隊先鋒の熱烈な歓迎を受けているはずの敵であったが、その攻撃を潜
り抜け【デ・モイン】の居る空域に向け突進している。
ここでマナ達の【Zetaプラス】は真価を発揮した。彼らの機体は、RGZ-86C (アナハ
イム社内コード:MSZ-006C)【Zetaプラス】だ。この機体は可変MSで状況に応じて機
体形態を選択できる。加速能力が必要なときはウェープライダーと呼ばれる航空機形態
で、機動能力が必要なときは人型形態で、と言う事だ。そして、彼らの選択している形
態はウェーブライダー。推進器を機体後部に集中させて、高加速能力を得ている。これ
に高性能センサを備えた高出力ビームスマートガンを装備した彼らは、連邦軍機動兵器
でも屈指の長射程高速戦闘能力を誇る存在だった。
リニアシート軋ませるような高加速を続ける彼ら【Zetaプラス】隊は、急速に目標と
の距離を詰める。
ようやく恐るべき彼らに気付たらしい敵はありったけの砲火を、彼らに向けた。
鮮やかすぎる火箭が彼らを包み込むようにして通り過ぎてゆく。ある意味幻想的なま
でに美しい光景だが、それは彼らの命を担保として上演される危険なものだった。
『ビビるなぁっ! 回避機動とったら狙い撃ちにされるぞ』
マッハの指示が飛ぶ。一瞬恐怖に囚われかけたマナ達はそれによって冷静さを取り戻
した。やはり、悪意が敵弾となって自分に向かってくるという体験に慣れるには余程の
経験が必要だ。マナ達の経験はここ最近猛烈な勢いで積み立てつつあるそれを含めても
豊富と表現するには語弊がある。
文字通り一瞬が永遠にも感じられる様な時間が続き、墜とすというよりは追い払う目
的で、有効射程範囲外から放たれている敵対空弾幕を潜り抜け、【Zetaプラス】隊は迫
撃した。
『まだまだ………』
敵艦隊は三隻だ。雁行にて突進してくる。
メインターゲットは敵先頭艦。厄介なシールドもこの距離では問題はない。【Zetaプ
ラス】であれば、撃ち抜ける。
『撃ち方用意…………撃てぇっ!!』
「………発射」
「撃ちまぁすっ!!」
激しい連射は殆ど切れ目無く、三本の光条が敵戦闘艦へと向かう。間抜けだか、勇敢
だかは知らないが、射線に飛び込んできた敵B級ヘビーメタル【グライア】があっさり
と撃墜される。しかし、必殺の一撃はマナ達の望みを果たさなかった。
命中直前、絶妙のタイミングで敵艦が艦体をローリングさせたからだ。これが地球連
邦軍艦艇であれば、それでも撃沈は必至であったろう。だが、敵艦シールド突破にかな
りのエネルギーを奪われていたマナ達の一撃は敵艦そのものに充分な打撃を与えられな
かった。敵艦ボディに三条の焦げを作ったに過ぎない。(とはいえ、それは見かけ上の
話で実際には内部にかなりの損害が発生していた)
『ちぃっ、やるっ!!
急速反転っ!! ヤツを沈めるぞっ!!』
しかし、仕留め損なった敵戦闘艦を含む一団は全く加速を緩めることなく、【デ・モ
イン】への突進を止めない。これでは今から急速反転・最大加速で追撃しても間に合わ
ない。
『………艦隊特攻だと!? ヤツら正気か!?』
そして敵集団は急速に距離を縮めて、通常よりも距離があるにも関わらず【デ・モイ
ン】に向け発砲を開始した。当然、【デ・モイン】も応戦する。
幾条もの光条が互いの間を行き交った。
「帰るところが無くなる!?」
だが、それはマナの杞憂だった。
間合いの甘すぎる敵集団の攻撃はその殆どが外れて、【デ・モイン】に対する僅かな
命中弾も致命傷ではなかった。ただ運悪く射線上にあったらしい、少し離れた軌道をゆ
く地球情報網中継衛星が流れ弾を喰らって破壊されただけだった。
そして、敵集団は一航過したのち、そのまま加速を維持して艦載機を回収後、直ちに
転送を行い、戦場から離脱した。
マナ達の苦行の始まりはこうして唐突に始まり、唐突に終わりを告げた。
:
同刻:月軌道 サラミス改級軽巡航艦【ヴォルカ】
ルーチンワ−クとして7時間前、母港【アンマン】を出港の後、環月軌道哨戒点に向
かっていたサラミス改級軽巡航艦【ヴォルカ】は喧噪につつまれていた。
『全艦戦闘準備っ!
MS隊、発艦急げっ!!』
だが、ここにほくそ笑む人ありき。
「ふっふっふ、来たわ、来たわよ〜」
地球連邦軍環月方面艦隊屈指のエースパイロット、ユング・フロイト中尉である。や
る気満々と言った具合がモニタ越しでも解り過ぎたらしい。僚機に乗るリンダ・ヤマモ
トが彼女を窘める。
『ユング、気張りすぎないでよ』
「何言ってんのよっ! 私はこれがスタンダードよ!!」
《ま、そりゃそうだけどね》と、殆ど納得しつつも、一応忠告はしておく。
『はいはい。撃墜(おと)されない程度にしなさいよね』
『ユング機、発艦準備!』
そんな彼女を解っているユングも慣れたモノだった。気易く応じつつ、愛機をカタパ
ルトシャトルに乗せていた。
「了〜解。じゃ、先行くわ。
ユング・フロイト、【ネロ・バーニアン】(MSA-007B/T【ネロ・トレーナー】の実戦
仕様機名)出るっ!」
:
同刻:再び、ポセイダル軍高速戦闘艦【スマッシュ】ブリッジ。
そこでは人造の嵐が吹き荒れていた。
「気にいらん、全く気にいらんぞっ!」
「か、頭ぁ」
憤るギャブレーをハッシャ・モッシャが情けのない声を出して宥めようとしていた。
が、言葉の選択を誤っている。完全に逆効果だった。
「何度言ったら判る!
隊長っ、だ!」
いっそう猛るギャブレーを見かねたのか、イレーネ艦長が端的に事実を述べた。
「隊長殿、目的は達成されました」
「だが、戦士としての戦いではない。
さっきの敵の戦い振りを見て、君は何も感じなかったのか、イレーネ艦長!」
「感じません。私には果たすべき任務があるだけです」
その眼差しは、その任務の中にはアナタの子守りも含まれていると雄弁に語っていた。
分不相応のツテでポセイダル軍へ仕官しているため、ギャブレーは正規士官 -例えば目
の前のイレーネ・イルス艦長- 達に信用されていない。
「もういい! 損傷箇所の応急は?」
「終わっています。損傷が防御区画に留まりましたので、大したことはありません。修
理部門は何というかは知りませんが」
「戦いをすれば、モノは壊れ、戦力は消耗する! そちらにはそちらの仕事をして貰う
だけだ。
艦長、当直を除き休んでよろしい。直ぐに次の任務も控えている。備えさせろ」
「了解………お優しいことですね」
「優れた指揮官は無闇に兵を疲れさせない。私はそれに倣っているだけだ」
「ご立派」
「見え透いた世辞などいい!」
そういってキャプテンシートから離れるギャブレー。そんな彼に視線を向けつつ、イ
レーネは心中で独白していた。
《ま、見込みがないわけじゃないんだよ。ギャブレット・ギャブレー隊長殿》
ふんぞり返って、ブリッジを後にするギャブレー。
《これで…》
何故か通路に転がっているピンクの象貯金箱。
「のぁ!?」
ふんぞり返っているため足下が見えず、見事に躓くギャブレー。
《これさえなければねぇ……》
イレーネは壁になにか肉を叩き付けるような音に肩をすくめながら、そんなことを考
えていた。
:
「3機目っ!!」
最近データが登録されたハリネズミの様な敵無人機をビームジャベリンで仕留めて、
ユング・フロイトは猛った。
『ユング、右2時上方30っ!』
一息つく暇もなく、新手の“ハリネズミ”達が編隊を組んで彼女に襲いかかってきて
いた。だが、ユングは不敵に口元に笑みを浮かべる。
「あまいっ!!」
ユングは機能停止したままでビームジャベリンに突き刺さっている“ハリネズミ”を
機体前方へと放り投げた。
『―――っ! ダメっ、ユング! それは…』
「喰らぇーっ! ジャコビニ流星アタァァァァックっっっっっ!!!」
【ネロ・バーニアン】の名に恥じない盛大な炎を機体各所から噴き上げさせて、ユン
グは放り投げた“ハリネズミ”に豪快すぎる蹴りを見舞った。“ハリネズミ”に蹴り出
した右脚を突き入れたところで右脚部バーニアがオーバーロードするも構わず全開噴射。
当然、蹴られた方の“ハリネズミ”は凄まじい事になる。元々“死んで”いたソレは
ユングの慈悲無き一撃で瞬時に金属ミンチと化し、友軍機前方へと激しい勢いでその身
をバラ撒いたのだ。
思いも掛けない攻撃に新たな“ハリネズミ”達も、見事にまとめて再生利用鉱物資源
と化す。
「やったぁっ!!」
『あちゃー………』
撃墜マークの大量生産に喜ぶユングとは、対照的にリンダ・ヤマモトは渋い顔をする。
ユングの【ネロ・バーニアン】のサブウィンドウに脚部の機能不全アラームが盛大に上
がっているであろうことを知っているからだ。
『…ユング』
「何?」
『アンタ、これで何本目よ』
「うーんと…(ヒノ、フノ、ミノ)…今年に入って、多分三本目かな。脚壊したの」
『アンタね、壊すたんびにアッチコッチに頭下げている私の身にもなってよ。大体どう
するのよ、片足無くしたままで!!』
「大丈夫、大丈夫。ここは宇宙空間よ、手足なんて飾りよ、か・ざ・り。お偉い人には
それが分かってないみたいだけどねぇー」
『…何処かで聞いたセリフね』
「気のせいよ、気のせい。あら………来たわ」
新たな敵を見つけたユングとリンダは、彼らを討ち倒すべく足を向ける。
この後、敵艦隊は一航過・搭載機回収後、戦場を離脱した。
かなり戦力差があったにも関わらず彼女たちの奮戦もあってか、損害は敵戦隊の艦兵
一体攻撃による、ユング達の母艦・サラミス改級軽巡航艦【ヴォルカ】の中破と、流れ
弾を喰らって破壊された環月情報網中継衛星二基だけだった。
:
これらが地球及び月低/中軌道各所で見られた同様の一情景に過ぎないことは、地球
連邦ではまだ誰も把握していなかった。
<アフリカ・ダカール 連邦議員会館>
続々と入る情報を前にして、ジョン・バウアー連邦大議員は精力的に目を通していた。
彼の役職は連邦議会防衛委員会議長だ。自ずと最近仕事には事欠いていない。
そんな彼のデスクに柔らかい秘書の声が響いた。
「バウアー議員。パラヤ次官がお見えです」
「そうか…」
外が騒がしい。
「……客様、お待ち下さい!」
「急いでいる、通らせて貰うぞ!」
そう声がしたかと思うとドアが開け広がれた。そこには長身痩躯の男がいた。連邦政
府防衛省統合幕僚部次官アウデナアー・パラヤだった。彼は出し抜けに聞き訊ねてきた。
「バウアー、聞いているか?」
秘書に下がるよう指示しながら、バウアーはパラヤに応じていた。
「ああ、多分聞いているよ、敵の攻勢だろう? アウデナアー」
「何だ知っているのか」
「当然だ。私はこう見えてもそれなりの情報網は持っている。友人にも事欠いていない。
例えば、君のような」
「それは光栄の至りだね」
そう言うアウデナアーの反応は少し芝居じみていた。バウアーの言葉に照れているよ
うであった。
「ところでお嬢さんの方はご息災かな」
「ああ、ラサの屋敷で元気にやっているはずだ」
「それは誠に喜ばしい。我らの跡を継ぐは彼らだからな」
「未来の話はまた今度ゆっくりするとして、今は現在の話をしよう」
「あまり聞きたくない類の話ではあるが仕方あるまい。それが有権者より私に科せられ
た義務だからな」
「そういう事だ。私の場合は職務だが」
「まぁ、嗜むというわけにはいかないと言う事は変わらんよ」
「そうだな…では、話を元に戻そう。敵の攻勢が始まっている」
「それは聞いた」
「現在の所、戦場になっているはお馴染みの地球低/中軌道と月の低/中軌道だ。取り
敢えず地球大気圏内にはまだだ」
「その様だな」
「おかしいとは思わんか?」
「確かにおかしい。連中、地球軌道と地球上の軍事拠点を執拗に攻撃していたからな。
月やコロニーなど見えないかのように」
「そこだ、そこがおかしい。オマケに一撃離脱したら、さっさと高飛びだ。今までとは
違いすぎる」
「ようやく、本格攻勢という訳か。だが、これで保管艦を現役復帰させる理由が出来る
と言うものだ。おめでたい事に『今の状態はペンタゴナ流の抗議行動に過ぎない。戦
争状態であるは思っていない』などと言っている大議員の方々も多いのでな」
「真実を知らぬと言うのは幸せなことだ」
「いや、彼らは知っている。知らない振りをしているだけだ。そう、いつの世も真実と
いうのは辛く厳しいものだ。それをどう社会に摺り合わせるかが我々の役目の筈だが、
何故か真実の一切を隠すことが役目と思い違いをしている連中が多い。
それ故、申し訳ないがコーウェンには苦労して貰うことになる」
ここでバウアーの口から出てきたコーウェンとは現地球軌道艦隊司令ジョン・コーウェ
ン中将の事だ。『軍人たる者政治に関与せず』と云う事をよく言われるが、その言葉を十
二分に理解している実直で有能な提督だ。
それを知っているアウデナアーだったが、云わずには居られなかった。
「だが、頑張って貰わねばならん。ここで負けるようなことになれば【ティターンズ】
のジャミトフがまたぞろ勢力を伸ばしてくるだろう。あの男は危険だ」
「だが、有能ではある。…本体(連邦軍)を蝕むほどな」
「問題はそこだ。少なくとも“キレイ”な戦争をしたがっている敵よりも、そちらの方
が余程恐ろしいよ」
「…かもしれんな。だが、(連邦はその程度の人物に)蝕まれる程度でしかないとは言
ないかな?」
「だからこそだ、今は異星人相手の戦争などさっさと停戦するなり休戦するなりして、
ケリをつけて、内部の問題を片付けるべきなのだ。ジャミトフがあの調子で地球優先
主義など続けて見ろ。戦争より恐ろしいことに成るぞ」
「尤もだ」
「考えても見ろ。高々コロニーサイド一つを味方に付けただけで、ゾルダークとザビの
DCはここまでやったのだぞ。間接的にはこの地球連邦すらも彼らが創ったと云って
もいい」
「異論は数々あれど、基本的には同意するしかないな」
「そうだ、何しろ大気圏の外には重力の底にいる一.五倍の人口と最低一〇倍以上の潜
在的工業能力が存在しているのだ。オマケに資源はそこいら中に存在している。前は
母国の統制が効いたから何とか収まったが、今度があったらどうなるか判らん。彼ら
を敵にするなど、考えるだけでそら恐ろしいよ」
「だからこそ、ブレックスを好きにさせているのだ。わざわざ、FSA(連邦安全保障
局)のアンダーカヴァー(非公式工作員)まで付けてな」
「ブレックス? 行方不明になっているブレックス・フォーラ准将か?」
「そうだ」
「彼は一体、今、何をしているのだ?」
「取り敢えず、汎地球圏主義者達を纏めているようだ」
ここで云う汎地球圏主義とは、一見極めてエゴイズムに満ちたモノのように感じられ
るが、実際は大きく違う。この時の『地球圏』とは地球人類領域そのものを指す。要す
るに彼らは、極々当たり前の法の下での平等を主張しているに過ぎない。その彼らが敢
えて取り立たされるのは、地球優先主義という悪夢が顕在化してきたためだ。
バウアーは続けた。
「組織名も最近付いた。【エゥーゴ】というらしい」
「エゥーゴ?」
「A・U・G・O … All Unbiasedly-Governmentalismer's Organization だ、そうだ」
「全無偏見政府主義者組織だと? …汎地球主義者らしく、えらく大仰だな、大丈夫か?
おおよそ未だかつて人類組織が偏見と無縁でいられたと言う話は聞いたことが無いぞ」
「私もそう思う。が、まぁ組織としての心構えだ。文字通りにやるような愚か者でも無
かろう。証拠に最近、アナハイムの協力を取り付けた」
アナハイムは超実際主義で知られている企業だ。巨大組織だけに各方面への援助も凄
いが、その審査は筆舌を絶するほど強烈であることもまた知られていた。不正援助をか
すめ取り彼らの逆鱗に触れて、叩き潰された悪徳組織は枚挙にいとまがなかった。
「なるほど、見込みはあるということか…
しかし、あのメラニー・ヒュー・カーバイン(A.E.社CEO )がよく許したな」
「彼は先を見ることの出来る人物だ。このままでは君の言う『戦争より恐ろしいこと』
になるのが判っているのだろう。私はそう思っている」
「だから、アナハイムへ手を回したのか? ブレックス君の事をよろしくと」
「ふっ―――」
アウデナアーの言葉にバウアーは少しだけ口端を歪めただけだった。
「なら、気を付けることだ。現在把握しているだけでも片手に余る組織が“次”に備え
ているようだ」
「その様だな。こうなると【ロンド・ベル】を失ったのは手痛いかな。彼らに適当な戦
力を渡しておけば、抑止力としても実戦力としても有用だ」
「組織としては生き残っている」
「そうだな…ではアウデナアー、一つ頼みがある」
「何だ? 聞ける話と聞けない話があるぞ」
「それほどの事ではない。質は問わない、彼らに戦力を廻してやってくれ」
「うん?
…………大した戦力は廻せんぞ。折り紙付き、いわく付きでどこも引取たがらない連
中になるだろう」
「だが、戦力は戦力だ。彼らなら上手く活かすだろう。生き残ってさえいれば、いつか
は役立つときが来ると私は考える」
「貴方の【ロンド・ベル】贔屓は相変わらずだな… それが何故、どうして、彼らを手
放す事になった? 後学のために教えて欲しい貰いたいな」
「…仕方が無い。圧力が掛かった」
「圧力? 君に圧力を掛ける連中が居るとはこりゃ相当だな。誰だ?」
「好奇心は猫を殺すと言う言葉を知っているかね?」
「なるほど………失礼した、まだまだ命は惜しいのでね。用事も済んだことだし帰ると
しよう」
「臆病なことだな」
「命のやり取りをしてて、平然と出来るほど人間味を無くしたくはない。だから私は軍
には入らず、役人になった」
「人それぞれだ。それも生き方だろう」
「そう言ってくれると助かるよ。世間一般では卑怯者呼ばわりされるからな」
「それは仕方あるまい…では、【ロンド・ベル】の件と統合幕僚部の方は頼んだぞ。私
はまぁ……それなりにやることにしよう」
「ドーリアンも頑張っている。ま、こっちも臆病者なりにやるさ」
そう言ってパラヤは退室した。静けさを取り戻した執務室でバウアーは呟く。
「【ゼーレ】か……中世の遺物、亡霊共が…」
その呟きは己の無力さ痛感する響きに満ちていた。
<ルナ2・地球連邦軍地球軌道艦隊司令部>
ここはルナ2。半径八〇kmを超える小天体で、元はといえば資源採掘用に遙かアステ
ロイドベルトから運び込まれた代物である。現在は資源採掘衛星としての生を終え、地
球連邦軍にとっての楽園となっていた。要するにここから先は戦場という地獄である。
その奥底一番深いところに地球衛星軌道を任務空域とする地球連邦軍・地球軌道艦隊
司令部中枢がある。ここは今まさに喧噪の嵐に包まれていた。
「NW55哨戒区、敵出現しました」
「UE28哨戒区の敵は撤退した模様。損害、 CLX(MS搭載軽巡)【ナッシュビル】小
破。MS一機Cレヴェル損傷、戦闘不能」
「【ナッシュビル】の戦力ポイント評価!
七割以下で後退を許可する。【ペンタ】に戻せ!」
「通信中継衛星R32−7破壊されました」
「くそう、またか! 代替機を放出、穴を埋めさせろ!」
「了解。展開終了は二二〇七を予定」
「MC33哨戒区、 BBX(MS搭載戦艦)【ハーレムノクターン】第三艦橋の床が抜けた
そうです!」
「パンツ野郎マドロックのことなんぞは放っておけぇ!」
管制官とオペレータの怒号が飛び交う中、太り肉の色黒な男が呟いた。
「これは敵の本格攻勢と見て間違いないな」
彼の名はジョン・コーウェン。地球連邦軍地球軌道艦隊司令の職にある人物である。
その彼に応じたのはジャック・エドワード少将。前大戦では独立戦隊を率いて活躍し
た、若手No.1の実戦派提督として知られていた。その彼は、手元の資料眺めつつ、
淡々と評した。
「間違いないでしょう、現在地球中/低軌道でオンステージ(任務活動中)我が方の戦
闘哨戒艦隊約六〇隻のほぼ半数が襲撃に遭っています。確認した敵艦、こちらの担当
空域だけで約六〇隻。月の方にも約二〇隻程度来襲しているようですから、合計する
と敵推定戦力の一五%程度に達します」
参謀長が首肯する。
「敵戦力は推定で五〇〇隻〜五五〇隻程度。記録を見るに、修理補給は流石に早いよう
ですが、一作戦中に再投入できる程ではないようです」
コーウェン中将、エドワード少将もそれに同意した。基本的なことだがまずは認識を
一致させなければいけないからだ。
コーウェンが呟いた。
「となると、残りの敵投入可能戦力は多めに見積もって四七〇隻か…」
「内八〇隻程度は現行動に投入されるでしょう。軌道上の制空権が欲しいようですからな」
参謀長の言葉を聞いて、エドワードは淡々とカウントした。
「残り三九〇隻」
「ヤツらは現在の所、拠点維持を考えなくていい。が、制空権を確保し続けるのに我々
の戦闘哨戒任務予備と同程度の一八〇隻程度は必要だ」
コーウェンの分析を聞いて、エドワードは淡々とカウントする。
「残り二一〇隻」
「敵が現在の作戦行動を継続するとしておそらく月に五〇隻、地球軌道上へ一六〇隻」
「そんなところだろう」
コーウェンは少し目を瞑り、纏める。
「……で、我々はこの艦艇一六〇隻、機動兵器約一〇〇〇機を叩く必要がある。残念だ
が、月の方までは手が回らん。環月方面艦隊で頑張って貰うしかない」
参謀長が補足する。
「我々地球軌道艦隊の戦力は戦闘艦艇三八〇隻程度。内、哨戒制空任務に六〇隻が投入
され、整備補給予備その他で一八〇隻が拘束されている。実際問題これらの艦艇を引
き抜くわけにはいかん」
参謀長の言葉に肯くエドワード。
「道理ですな。それらの艦艇を引き抜いては、今回の攻勢に対処できても以降に大きな
空白が生じます」
「手持ち全てを掻き集めて、こちらの予備戦力は一二〇隻か」
コーウェンは半ば悲壮さすら漂わせていた。
「その半分は再出撃して来るであろう敵艦隊の迎撃に使用せねばならないでしょう」
「使えるのは六〇隻か………我が軍の平均から云って搭載機は六〇〇機程度になるかな」
コーウェンの言葉を訂正するエドワード。
「いえ、フネを選んであります。艦隊行動能力を重視して四七隻。ですが、搭載機動兵
器は七二〇です」
参謀長が半ば呆れたように呟いた。
「手回しの良いことだ」
「………」
押し黙るコーウェン。彼は連邦軍のことを十二分に把握している。彼我の機動兵器戦
力比は、MSを実体弾装備させて一:一.一〜一.二程度だ。言うまでもなく連邦側の
不利である。が、有利な点もないわけではない。どうも単機戦闘ならともかく、集団戦
闘では連邦側に分があるようなのだ。機体性能で優越しているから戦力比には顕れてい
ない。が、敵は一部を除いて、統率が今ひとつどころではないらしく、戦術もここ近年
血塗れの代償を払って各種能力を向上させている連邦側に比べて、稚拙と呼べるレヴェ
ルであった。
それ故コーウェンは悩まざるを得ない。
「取り敢えず、頭数は敵の七割ほど揃えられます。それに敵の三割は今出ている連中に
拘束されるでしょう。そう悲観したものでもないかもしれません」
エドワードの楽観論を容れても、戦力的には敵が優越している。しかし、コーウェン
は決心するかのように告げた。
「分が悪いぞ」
「当然ですな。我々はいつも受け身ですから」
「…君には悪いがこの任務部隊の指揮を頼む」
「私が編成しているのです。特権を甘受するのにやぶさかではありませんな」
「すまん。だが、DC各セクションの動きも活発化している。勝てんまでも負けるわけ
にはいかんのだ」
「了解です。ではジャック・エドワード少将、地球軌道艦隊司令の命によりTF22
(第二二任務部隊)の出撃準備に掛かります」
踵を打ち鳴らし、しごく色気のある敬礼をして、エドワードは作戦室を後にした。コ
ーウェンはその後ろ姿を見送りつつ、呟いた。
「頼んだぞ…」
<欧州ルクセンブルグ近郊 トレーズ・クシュリナーダ邸>
「失礼します」
「入り給え」
館の主にそう云われて入ってきたのは、栗毛を結い上げた軍服じみたユニフォームを
纏った妙齢の女性だった。容貌は整っているが、余裕が感じられず、女性的な柔らかさ
が全く見受けられない硬質感漂う印象を受ける。
彼女の名はレディ・アン。トレーズの優秀な参謀長と云ったところの地位にある女性
である。彼女は良くも悪くも緊張感溢れる口調で告げた。
「報告に伺いました」
その彼女に対して、あくまで柔らかく余裕を持って主は応じた。
「定期報告…では、なさそうだね」
「はい、戦いで動きが見られたのでまずは一報をと思い参上した次第です」
「キミのその律儀なところが好ましいよ、レディ・アン」
「お誉めいただき、有り難うございます」
「では、聞こう」
「敵が攻勢に出たようです」
「ほう…それで?」
「現在、地球と月の中/低軌道を哨戒中の艦隊が各所で襲撃を受けています。」
「損害は?」
「極めて軽微です。艦艇が数隻中小破、機動兵器が十数機行動不能になったに過ぎません」
「それだけかね?」
「後は戦闘の余波を受けてかなりの数の通信中継衛星が破壊された模様です。これは即
座に各軌道拠点より代替機が投入されています」
「………なるほど、それは興味深い」
「は?」
「いや、構わない。他に何かあるかね」
「敵攻勢に関しては以上です」
「情報室はどう分析している?」
「これは攻勢の前哨戦に過ぎないと言うことで各セクションが一致しています。取り敢
えず、展開中の現戦力を消耗させることが目的で、消極的な戦闘に終始しているのは
そのためだと」
「なるほど。そう云えば、SSDF(戦自)へ供与した機体があったかと思うが…」
「デルマイユ公のきも入りで出した機体ですね」
「そうだ」
「新宿に潜伏しているDC討伐作戦に投入されましたが…」
「敗れたのだね?」
「知っておられましたか?」
「いや、常識的な判断を下しただけだ。あのシステムは新宿に潜んでいるアレには極端
に弱い。で無ければ【ネルフ】にあれ程の予算がつぎ込まれることもなかっただろう」
「(アレ? 【ネルフ】?)」
「………いや、すまない。独り言だ。聞きたいかね、レディ・アン?」
「いえ。トレーズ様が話して下さるなら、話は別ですが」
「すまないね、取り敢えず話せるのはもう少し先になる。待っていてくれるね?」
「勿体ないお言葉です、トレーズ様」
「うん。だが、これでデルマイユ公が大人しくなれば言うこともないのだが…」
「デルマイユ公とクロスボーン・ヴァンガードのカロッゾ・ロナの手の者の接触が報告
されています」
「…クロスボーン・ヴァンガードだね?」
「はい、DCラストバタリオンを母体とする組織です。ご存じだとは思いますがバック
にブッホ・コンツェルンがいるらしいとの事です」
「らしいね。組織が先か、コンツェルンが先か今ひとつ怪しいところがあるらしいとは
聞いている」
「その点については現在調査中です。で、デルマイユ公とカロッゾですが、現在共に幹
部クラスが接触中で、近く本人達が直接接触するのではないと思われています」
「彼らも動き出すか…」
「はい、サイド4襲撃も近いかも知れません」
「サイド4にはブッホがかなり出資しているからね。時が来たから、蒔いた種の収穫を
するつもりなのだろう。
まぁ、彼らには彼らのやりたいようにさせておこう…他の組織は?」
「DC地球降下兵団残存部隊の活動が見られます」
「どの部隊かね?」
「各部隊動いていますが、中近東〜東南アジアの部隊が。ランバ・ラル大佐が取り仕切っ
ているようです」
「ほう、あの戦さ上手が動き始めたか。流石は機を見るに敏だ。それに引き換え【ティ
ターンズ】の動きが鈍いようだが…」
「地球軌道艦隊へ一任務群程度の戦力を差しだしている以外はサイド7と大気圏内各拠
点周辺で練成を急いでいるようです」
「それは納得できる。だが、あの老人がこのまま座視するとも思えんな。どう動くか…
注意しておく必要があるかも知れない。そうは思わないかい、レディ・アン?」
「全てはトレーズ様の思われるままに…
では、失礼します」
「ああ」
レディ・アンが退室して、トレーズは戸棚に向かいブランデーボトルとグラスを取り
出した。彼はグラスに琥珀色の液体を満たし、窓辺による。
「勝つことまではおおよその人がなし得ることも出来る……だが、その先はどうかな?
遙かな星より参られしお客人。足下をすくわれぬようご注意を」
ふと何かに気付くトレーズ。顔に苦笑が浮かんだ。自らも【ロームフェラー財団】総
帥と云う、砂上の楼閣に祭り上げられた偶像に過ぎないのだ。
「私も人のことは言えぬか……」
そう呟いて、トレーズはグラスをあおった。
<ジオフロント【ネルフ】本部・第六道場>
話は変わるが、特訓と云う言葉がある。読んで字の如く特別訓練(別に特急能力開発
訓練、特殊強化訓練、特級促成訓練、特種挺身訓練、etc., etc.でも構わない)の略で
あるが、一般の人からは大きな勘違いと共に語られる言葉である。
そもそも、人というモノは短期間で無茶苦茶な訓練をしたところで端的に能力など向
上しない。では、世間一般で実際にやっている特訓というモノはどうかと云うと、大概
基礎体力増強の為に長期的な育成計画の中で行われる短期的な高負荷訓練期間か、もし
くは充分に訓練を受けた人間がある状況に対して適応するための訓練を指して『特訓』
と呼んでいることが殆どである。
前者はそもそも長期的且つ計画的に実施しなければ意味がない。後者はそれまでの経
験で能力的には充分完成されていることが殆どで、状況や相手に会わせた調整訓練であ
るから、基本的に総合能力は変化しない。と云う訳で世間一般でイメージされている特
訓などしても、実際的には能力は高まらないのである。
が、世の中には例外が付き物である。上記の論にも当然例外が存在する。
それは『特訓』の内容が適切でかつ、受ける本人がズブのド素人である場合である。
この場合、『特訓』を受ける本人はズブのド素人と云うぐらいであるから、受ける訓練
の能力に関して全く低い。一例を挙げるなら、ソレが打突系の格闘技であった場合、殴
られた方ではなく殴った方が怪我をしてしまうレヴェルである。
このレヴェルの対象にはありとあらゆるテクニックが劇的な効果を持つ。それはそう
であろう。あらゆる技能にはチョットしたコツというモノが存在する。それを知ってい
る、もしくは体得している/いないでは全く効果が異なってくる。(故にコツと呼ばれ
るのだが)そして、それの極々簡単な事を習得するだけで、掛け値無しで能力が向上す
る。まあその際、死にそうな程疲労困憊するであろうが、それはそれ、ご愛敬というモ
ノであろう。
と云う訳で連邦政府非公開組織【ネルフ】認定サードチルドレン・碇シンジ君はヘバ
り倒していた。
「ほら、あと少しで乗り込みよ! 気合い入れて頑張りなさい!」
そんな彼に彼女は愛(無論、下僕に対するモノである。本人は云うには、だが)の鞭
をくれる。
「…す……少し、休……まし………て………」
切れ切れな声にて休憩を懇願するシンジに対して、彼の主人、惣流・アスカ・ラング
レー嬢は、米海兵隊式に活を入れてみようかとも思った。しかしながら、ギムナジウム
を経てドイツ最高学府を卒業した才媛が、糞便に起因するなじり言葉や性的偏見に満ち
た罵倒を口にするには、余りにはしたないのでやめた。決して彼女は認めないであろう
が、その判断に横の無表情不愛想女に動く気配があったと言う事も大きく関係している
であろう事は想像に難しくなかった。
それはさておき、確かにシンジは限界に達しているようだ。休憩が必要だろう。アス
カは海よりも広い寛大な心で慈悲に満ちた決定を下した。
「いいわ。じゃあ5分休憩をあげる」
「あり…がとう(はぁはぁ)」
礼を言うシンジ。床に仰向けで寝ころび、犬のように短く呼吸を繰り返す。
「こら! 休憩の間も深呼吸して呼吸を整えるのよ。じゃないと余計に苦しくなるわよ」
「無理…だよ……(はぁはぁ)」
「口答えしてるんじゃないわよ!」
「はぐぅっ!」
そう叫ぶとアスカはシンジの腹へ遠慮無しに腰を下ろした。
「ほらぁっ、吸って〜ぇ、吐いて〜ぇ、吸って〜ぇ、吸って〜ぇ、吐く。吸って………」
「ひゅぅ……はぅっ……うぇぇっ!?……ほげぇっ!」
そんなことを機械的に繰り返しながらアスカが考えていた。
《確かに少しは見れるようにはなったのよね。促成訓練は土台無しで技だけ教えるから
変なクセ付いて後が大変なんだけど、それはあの不愛想鉢巻男とバカシンジが苦労す
るだけだから良いとして………》
そんな事を秀麗な顔に皺を寄せながら考えている彼女に声が掛けられた。
「やっ、元気よくやってるね…」
それは彼と彼女の良き助言者となっているダバ・マイロードだった。今日は赤毛の佳
人ガウ・ハ・レッシィも一緒だ。
「あら、ダバさん」
アスカの返答ににこやかに応じた後、ダバはほんの少しだけ困ったような表情をした。
「やぁ、ソウリュウさん。でも、今日はなかなか刺激的な方法で訓練しているんだね。
シンジ君がほら、少し困っているよ?」
「…随分控えめな表現だな、ダバ?」
「えっ?」
今まで彼女は認識していなかったが、今の体勢はかなり刺激的な状態となっていた。
大まかには前述しているので、詳細は彼女の名誉のために伏せておくことにする。
無論、正常な男子たる碇シンジは早くからその余りに危険すぎる状態に顔を真っ赤に
して腹の上の物体から目を逸らそうとしていた。が、それは成功していると表現するに
は、かなりの無理があった。なお、詳細は彼の名誉のために伏せておくことにする。
「は…はは。その…アスカのお尻って、結構大きいんだね」
毎度の事ながら、フォローにも失敗している事は言うまでもない。
「えっ?………いやっ…………このっ……………バカシンジぃ〜っ!!」
今日も元気な炸裂音がそこを満たしていた。
<シン・ザ・シティ 戦闘災害臨時対策本部>
機械の喧噪が全く聞かれない、ひっそりと静まり返った場所に男と女の影が立つ。影
からして至極魅力的な彼らであったが、別段逢い引きをしているわけではない。
海入深月・連邦政府文化庁旧東京臨海副都心局々長と破嵐万丈・破嵐財閥総帥である。
彼らはおおよそ一般的な意味での動力の一切が停止したこの街で、迅速かつ的確に指
示を行うため、路上の傍らに設置された天蓋の下で此処に陣取っている。
そこで彼らは、付近の地図を最大印刷して張り合わせた応急の作戦図を覗き込んで、
指示を矢継ぎ早にだしていた。
それも一段落したのか、万丈は海入に声を掛けた。
「とりあえず一息吐けるというところですか」
「えぇ…」
「例によって、日本の行政府は持病を患い対応できていない。それはいつものこととし
て…」
「この国は歴史上一貫して棄民政策ですから」
「おやおや、そこまでおっしゃられる」
おおよそ愛想という虚飾を剥ぎ取った態度で、死産を告げる医師のように海入は告げた。
「単なる事実です」
それに対して、万丈は肩をすくめて受け流す。
「これは手厳しい。それはさておき皆良くやっています。こんな敵のド真ん前で、理性
を保って秩序を維持している」
「戦慣れをしすぎているのです。或いは無気力過ぎているから、状況の変化にも反応し
ていないのかも。
でも…」
「でも?」
「でも、せめて前者であって欲しいとは思います」
「大丈夫でしょう。それこそ西暦21世紀では無いのですから。あの時は掛け値無しに
活力を失っていて酷かったらしいですが。ほら、彼らからはその様な不健全さは感じ
られない」
万丈の視線の先では、工事現場で使用する一輪車やらリアカー(リニアカーではな
い!)、果ては大八車まで動員して物資を運ぶ人々の姿があった。更にここからは見え
てはいないが、対岸よりは非動力のカッター(内火艇)やヨット等が使用されて、この
人工造成島へと物資は運び込まれていた。無論、復路は希望者を脱出させている。
「そうですわね」
「と、いう訳で必要物資は何とか確保できています。避難民はまだまだ増えそうですが
ボランティア志願者も同様に増加しているので対応は可能だと思っています」
「はい。後は有線網の敷設拡充と救援の要請ですね」
「その通り」
「しかし、あるモノを使えないとは」
「まぁ、規格が古いこともありますし、なにより何処でどう漏れるか、分かるものじゃ
ありません。かと言って、無線を使うのは遠慮しておきたいものです。相手がDr.ヘ
ルの無人機だけにどう反応するか予測しようが無い」
「この街は無人機とは相性悪いですから」
「それは初耳だ」
「…初めの戦争(第一次地球圏大戦)の時のことですが、あのクライシスをほぼ無傷で
生き残ったこの街で無人機が暴れたんです」
「それは大変でしたね」
「ええ、何しろその無人機って、味方だったのですから。
で、色々手を尽くしたのですが、結局事態にケリをつけたのは…」
「誰なんです?」
「我々が迎え撃とうとしたDC地球降下兵団の人達だったんです」
「なんとも感動的と云おうか、エスプリが効いていると云うべきか。そして今再びこの
街に脅威を与えているのもDC。
ま、正確にはDr.ヘル軍団であるのだけれども」
「純粋に敵であるだけ、対応しやすいかも知れません。いえ、彼らの場合天災扱いして
しまっても良いかも知れませんが」
「天災との唯一の違いは有効な対策が得られない限り、通り過ぎないと言う辺りかな」
「天災でも、場合に則した対策を講じなければ、再発します」
「ごもっとも。では、対策を講じるとしますか」
「どうするのです?」
「ツテを頼ります。委して下さい、若気の至りか、過ちか……色々と知り合いも多いも
のでね。その人達を頼ります」
万丈は自信ありげに海入へウィンクしていた。
<第三新東京市郊外・臨時艤装場>
そこは、何とも言えない構造物に取り囲まれた場所だった。
基本的にはやたらに緻密な石造りの西洋風城塞内部、と云った感じである。が、そこ
かしこに随分とサイバーパンクな代物が見え隠れしている。
この一発キめた連中に作り出されたかのような情景は、バイストンウェルで建造され、
【ネルフ】の技術力で改装された【グラン・ガラン】内部であると知れば、諸人こぞっ
て納得するであろう。今の【グラン・ガラン】はそんなフネになっていた。
先の修理補修ついでに、作戦行動に支障の無い様数々の改装を行った【グラン・ガラ
ン】である。しかし、【アーガマ】ドック入りで母艦戦力の消滅している【ロンド・ベ
ル】機動戦闘団を搭載するにあたって、不都合がなかったわけではない。
前述の改装は半解体してまで改装している【アーガマ】とは違い、主に通信関連機器
の搭載と防空艤装、及び応急設備の充実が主であった。故に【グラン・ガラン】は【ロ
ンド・ベル】が運用しているような中型以上の機動兵器搭載能力は依然として保持して
いなかったのである。
これは幾ら【グラン・ガラン】が超々大型艦であると云っても仕様がない。元々この
艦で運用を想定していた機動兵器は全高が一〇m以下の小型機動兵器・オーラバトラー
であったためだ。
そのため、急遽【ロンド・ベル】機動戦闘団母艦戦力とするのにやや直裁的な手法を
採用した。スペースに余裕のあった中央塔格納庫をブチ抜いて搭載場所を確保して対処
したのである。幸い西洋城郭塔と同じ手法で設計されていたその場所は、ほぼ問題なく
その手法を受け入れることが可能であり、実際行われた。極めて短時間で。
その為、決定から数時間程度で既に機動兵器搬入が開始されていた。
「ですが、感心しました」
その様子を見ながら、聖戦士ショウ・ザマは傍らに並び立つこの艦の主シーラ・ラパー
ナへと語りかけた。
「なにがです?」
「このフネを彼らの為に使わせることです。いずれこんな事もあるかと思っていました
が、もう少し家臣の方々が反対されると思っていましたので。何しろ、今やこのフネ
はナの国そのものですから」
「かもしれません。ですが、女王たる私が許可しているのです。問題など起こり得よう
もありません」
「羨ましい限りです。地上では何と言うか…こうも素直に物事が進むことは稀なのです」
「それはバイストンウェルでも同じです。ただ、ラパーナ家ではそうならない為に、普
段から皆に信頼をされるよう、振る舞っているだけです」
「はぁ……やはり、感心してしまいます」
「私は女王、彼らは臣。それだけのことです」
「なるほど」
「関心ばかりされても困ります。貴方は聖戦士なのです。ですから、【ビルバイン】
を…そして、【ボテューン】をも渡しました。云っている意味、分かって貰えます
か?」
途中でシーラは少し言い澱んだ。常日頃流暢に澱みなく理路整然と話す彼女にしては
非常に珍しい。心なしか顔も紅潮している気がする。ショウはソレに気付いてはいたが
尋ねるのはかえって失礼だろうと勝手に納得して、質問に答えた。
「朧気ながらですが」
「結構です、頑張って下さい」
彼女がそういうが早いか、そこにお馴染みの声が響く。
「ほら、早くする! バカシンジっ!!」
「ま、待ってよ〜、アスカ」
「ほら、地上の騎士と姫も随分と頑張っているようですよ」
シーラも彼らのこっ恥ずかしい“いわくつき”の誓いを何処かで知ったらしい。彼女
はホンの一瞬羨ましそうな視線を彼らに向けた後、ショウの見つめて可憐な笑みを浮か
べた。
<群馬県鬼石付近>
「少しは引き離せたか……?」
黒・燈・赤の三色覆面を被った男が物陰にてそう呟いた。言うまでもなく正体不明の
手練れシュバルツ・ブルーダーである。
マユミと一緒に旧東京にいた彼が今何故ここにいるか。それは彼女下腕部に融合した
DGコアが原因だった。
:
「済まないが落ち着いて聞いて欲しい」
シュバルツは先程一つ目の人型機動兵器【デビルアーミー】から助けた少女山岸マユ
ミにそう語った。
あからさまに怪しい恰好をした男がこんな事をいっても、普通は効果など有り様もな
い。事実、彼女は覆面から露出している唯一の顔面パーツである漢の目を見るまでは今
にも気を失いそうなほど蒼白となっていた。
しかし、漢の目を見て全ては解消した。彼の眼差しは全てを払拭するほどに漢の全て
を語っていた。
「いいかね?」
「…はい」
「君の腕の事だが…」
マユミは一瞬身体を硬直させてその言葉に反応した。自分の中に勝手に入ってきた何
か…恐怖以外の何者でもなかったからだ。
「済まないがそれについては多くは言えない」
「…」
「対処も今は無理だ…」
ここで初めてマユミはまともな反応をした。殆ど反射的ではあったけれども。
「どうしてですっ!?」
マユミの言葉にシュバルツは漢らしからぬ歯切れの悪い返答しか出来なかった。
「…場所が悪すぎる。アイツの近くでは駄目なのだ」
マユミには『アイツ』の意味はよく判らなかったが、漢が口先だけの誤魔化しをしよ
うとしていないことだけは解った。だから、消極的ではあるにしろ納得しようと思った。
「…そう、なんですか」
だが、声色が彼女を裏切っていた。納得したいが納得できない。そんな相反した想い
を嗅ぎ取り、漢は静かに言葉を告げた。その言葉の端々に、渾身の謝罪が滲み出ている。
「…済まん」
漢それ以上何も云わなかった。暫しの空白。マユミはかなり逡巡した後、口を開いた。
「……どうすればいいんですか」
「うん?」
漢にはマユミの言った言葉の意味を掴みかねたらしい。だからマユミはもう一度同じ
事を聞いた。
「では、私はどうすればいいんですか?」
「ああ…済まない」
「ふふっ…」
「何か?」
「おじさん、さっきから謝ってばかりいますね」
「おじさん…」
その言葉に漢は幾分か衝撃を感じたようだった。
「ご、ごめんなさい。お兄さん………ですよね?」
「いや、どちらでも構わない…」
そこまで言って漢は押し黙った。何か物凄く落ち込んでいるようだったのでマユミも
声の掛けようがない。彼女がどうしようか散々迷ってパニックを起こしかけたとき、やっ
と漢は復活した。
「…ところでこれからどうするかだったな。取り敢えずこの地を離れなければいけない」
「…はい」
「その前にだ…」
そういって漢は内懐から包帯を取り出し、マユミの腕を、融合したソレを覆い隠すよ
うに巻いた。
「いいか? 今巻いたこの包帯は決して外してはいけない。どうしてかとは聞かないで
欲しい」
「…はい」
「君はこれから南へ、東南の方向へ逃げろ。多分救助の手が伸びている。彼らの手を借
りて、箱根へ行け………いや、今は第三新東京だったな」
「えっ…でも…」
「済まないが、でもは無しだ。そこでなら、ソレを何とか出来るだろう」
「本当ですか?」
「本当だ、信じて欲しい。あの地には特異点が存在する。アレの影響を断ち切ることが
出来るだろう」
「おじ…お兄さんはどうするのですか」
「私は…さっきのデク人形と少し付き合う必要があると思っている。心配ない。必ず、
追いついて、ソレを始末する。信じて貰えないか?」
幾ばくかの戸惑いと躊躇いの後、彼女は小さく答えた。
「………………………はい」
:
「おじ…おじさん? このぽえみぃな私が…何故だ。私は―――で、―――だから…
……待てよ、私は―――」
あまりの精神的衝撃を思い出し、埒もない事に考えを巡らせていたシュバルツだった
が、振動を感じて、我に返った。
一つ目の人型、【デビルアーミー】だ。
「ふん、やっと追いついてきたか」
そう独白した時だった。一斉に周りに何かが降り立った。【デビルアーミー】の集団
に取り囲まれた。
ずらりと取り囲む【デビルアーミー】。だが、シュバルツは不敵に嗤っただけだった。
「ほぅ…」
周りの【デビルアーミー】がぎこちない動きで一斉にライフルを構えだす。そしてシュ
バルツへ銃口を向けた。一斉砲火。
「あまいっ!」
一瞬の隙を衝いてシュバルツは虎口を脱していた。森林・山岳地帯であることが非常
識に身の軽い彼に大きなアドヴァンテージを与えている。
「そらそら、着いてこい」
彼の行うべきことはまだまだ始まったばかりだった。
:
同刻:神奈川県旧横浜市付近
彼女はシュバルツの指示に従い、必死で旧東京から離れようとしていた。運良く途中で
うち捨てられていた自転車があったので今はソレに乗って逃げている。多少良心が痛まな
いでもなかったが、お陰で徒歩とは比べモノにならない速さで此処まで来ることが出来た。
その為彼女は順調に逃げ延びたかのように思っていた。
が、それは実に楽観的すぎる希望が満ち溢れすぎた願望だった。
「ひっ…」
咽を潤そうと少し休憩した彼女はあの足音を聞いてしまった。
おそるおそる顔を上げる。
ソレと目があった。何となく見つめ合ってしまう。マユミは動けなかった。しかし、
ソレも動こうとはしなかった。
端的に評価して、これを微笑ましいと表現するか、間抜けと表現するかなり難しい。
この状態は実に一〇分以上続く。
先に動いたのはマユミだった。
最初は小指の一本から始まり、指一本が腕一本、腕一本が脚一本と云った具合に徐々
に動きを拡げて、ついに彼女はソレから逃げ始めることに成功していた。
ソレ、一つ目の全自動鋼巨人【デビルアーミー】は逃げ去るマユミを見て、小首を傾
げるような動作をした。その動作は何故か何かを思い出そうとするように見えた。
そして【デビルアーミー】は何かを思い出したように手を打ち、マユミの後を追いか
け始めた。
:
その様子を無骨な軍用双眼鏡にて確認している人物があった。その男は白い桜のステ
ンシルの入れられた迷彩服姿であったが、部隊章に刻まれた文字は JGSDF。戦自では無
い。陸自隊員だった。
「ちぃ…マズいな。通信っ!」
最近では殆ど連邦軍や戦自への派遣人員供出源と化し、陸海空三自衛隊まとめて口さ
がない連中からは、供出人員教育隊と呼ばれている組織に属している一曹がそう叫ぶと、
傍らにいた二士は通信機を渡した。
一曹は口を開いて、がなり立てた。
「ロト7より、キング。ロト7より、キング。
ポイント27−30にて、スライム発見。スライムは仔猫を虐待中。繰り返す、スラ
イムは仔猫を虐待中。至急、判断を要請する。
送レ」
反応は極めて迅速だった。
『キングより全ロトへ。これより親猫に代わって仔猫の救出を実施する。
全ロトはスライムへ塩まきを行え。繰り返す、全ロトはスライムへ塩まきを行え。各
ロトはスライム確認後、塩入れを開け。塩まき開始はロト7の指示を待て。
送レ』
よし、臨時本部からは許可された。中隊規模での一斉攻撃だ。施設科…歩兵の攻撃と
は云え、一五m級MS単機ならばなんとでもなる。一曹は前両大戦を、戦闘工兵として
戦った本物の兵隊だった。彼は一八m級以上と比較した場合、一五m級の実弾防御能力
が大きく劣る事を肌で知っている。実弾防御は防御システムの重量がモノを云う世界だ
からだ。一五m級は、機体重量以上に比例して防御システム重量が軽い。
「少しデケぇからって、人間様の目の前大きなツラして歩いたら、どうなるか教えてや
る。
おい、垣内があの娘を確保したら、殺るぞっ!」
「「「おう」」」
部下達の意気込みに満足しながら、一曹は口を歪めた。
:
無我夢中で少女は逃げていた。
これが某赤毛のテンサイ少女などであれば悪態つきつつ、華麗な逃走劇を繰り広げた
かも知れない。だが、今この時その役柄を演じていたのは山岸マユミだった。そのよう
な芸を求めるのは酷というものであろう。彼女はひたすらに逃げていた。
「きゃぁっ!?」
その彼女が物陰から飛び出てきた影に捕まった。唐突に圧倒的な膂力で抱きかかえら
れ彼女は抵抗すら出来なかった。硬直していると、野太い声が聞こえた。
「こちら垣内!
一曹、仔猫を確保っ!!
やってください!!」
反応は間髪入れず返ってきた。相手は返事すら省略して、叫んでいた。
『全ロトへ!
てぇっっっっっ!!』
一斉に周り中から無数の汎用携帯ロケットだの、対装甲ミサイルだの、挙げ句の果て
には二〇〜三〇mm口径と思われるアンチマテリアルライフル弾が、先程までマユミを追
いかけていたMSを釣瓶打ちにする。多少なりとも効果があるかも知れないと思われた
モノが手当たり次第ぶつけられた。
爆炎が無数に煌めき、煙が晴れた後には見事に撃破されたMSが崩れ落ちていた。
マユミにはよく判らなかったが、取り敢えず危機を脱したことだけは肌で感じた。そ
して、なぜだか彼女の目から涙が零れて止まらなかった。
:
だが、撃破された筈のMSが何かを呼んでいた事は、誰も気付いていなかった。
<火星軌道 【ゲスト】根拠地>
《作戦は第二段階に移行したようだな……》
転送チャンバー内でダグボートに曳航されているポセイダル軍戦闘艦を眺めて、元連
邦軍中佐シャピロ・キーツはひとりごちた。
先程、月方面での作戦艦艇は転送されたから、このフネ達は地球へと向かうフネだ。
その数30隻。地球へ向けては同規模の集団があと4つ程投入される。まごう事無く昨
日までの戦友を叩きに征く彼らを見ても、彼は瞬き一つほどの情動すら感じていなかっ
た。
《連邦はこの戦いで敗北する》
これは既に決定された未来だ。彼がゼゼーナンに与えた情報と作戦原案はソレを連邦
へもたらすために与えられたのだ。その点については全く疑問を持っていない。
《だが…》
少し面白いことになってきた。作戦原案から原案に二文字が抜けた時、そこには新た
な色が加えられていた。
月だ。
自分ともあろう男が一瞬呆気にとられてしまった。原案では欠片ほども構うはずの無
かった月方面への展開が書き加えられていたのだ。
確かに不可能では無い。だが、作戦の必然などでは絶対あり得ない。占拠し続ける必
要がある場所を抱える事になる作戦実施後を考えた場合、殆ど狂気の沙汰といって良かっ
た。(もっとも月を作戦対象から外した場合であっても正気の沙汰とは言い難い作戦で
はあったが)
《此処の連中も所詮はヒトと言う事か……》
無論、シャピロの云う“ヒト”とは地球人類をさす狭義ではない。コミュニケーショ
ン可能な知的生命体と云う意味である。
《案外、ここの連中は地球人と仲良く出来るかも知れないな……同じ莫迦同士》
内で何があったかは知らないが、これが打算と妥協がもたらしたモノであることは容
易に想像がつく。連邦や各行政府内部で散々嗅がされたあのすえた匂いがする。
《まぁ、今回の作戦そのものにはさして影響しない》
だから、敢えて口を挟まなかった。厄介なゴタゴタに巻き込まれて要らぬ怨みを買う
のは現時点では慎むべきだと判断したからだ。
莫迦者に共に付き合うのは必要最低限にした方がよい。利用する時と片付ける時だ。
下手な関わり合いは可能行動の阻害要因とすらなりえる。
《さて、予備兵力まで使い切り、この先どうなるか…》
まあ、今のトップは慌てふためくだろう。そして、通常であれば使わないであろう人
材・手段などが使われる。例えば、自分のような。
《楽しみだと言う事か…私が地球へ凱旋できる日も案外そう遠くは無いかも知れないな》
底辺を潰れた三角錐たちは既に彼の視界から消え失せていた。
<第八話Eパート・了>
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ver.-1.01 2000/01/20 公開
ver.-1.00 1999_12/19 公開
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<作者の懺悔>
>目標:3週間!(.....なんて、後ろ向きな (^^;;;; )
前回このような事を言っていて、見事にブッチしてしまいました。
ごめんなさい m(O)m
以後、努力します。
# いや、今回も努力しなかったわけじゃないんですけどね (^^;
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