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 前回、一応の決着を着けた碇シンジであったが、それにて全てが終わったわけではな
い。

 世は全てがそうであるように、善きにつけ悪きにつけ何事にも報いというモノが存在
する。功には賞を、罪には罰を。これについては、先程の碇シンジも例外ではなかった。

        :
        :
        :
        :

「ようっ!」

 そういって甲児はシンジ達へ向かって嬉しそうに声を掛けてきた。生理的に反発する
のか、化学反応を起こすかのようにアスカが険しい声で応じる。

「ハンっ、何よ! 昨日の続きでもやろうっての!?
 相手になるわよ!!」

「やかましい、小娘っ!
 今日、用があるのはテメェじゃねぇっ。
 こっちだ」

 甲児が指さす方に顔を向けるアスカ。そこにはシンジが居た。

「シンジ?」
「僕?」

 意味深に首を振る甲児。彼は嬉しそうしてにシンジの肩へ手をおいた。

「よっ、碇のボーゥズ!
 昨日はご活躍だったじゃねぇか」

「はい!
 どうも、すいませんでした」

「ほっほぉ〜、謝るって事は一応自覚しているわけだ……そこん所だけは褒めてやる
 ぜ」

「…ありがとうございます」

「で、だ。
 どっちがいい?」

 甲児は意地の悪い笑みを浮かべながら、一緒にいたマリアが抱えていたモノを受け取
り、シンジの前へ差し出した。

「はい?」

 シンジは甲児が手にしているモノを見て、困惑した。

 その甲児の右手には毛玉付きコーンキャップが、左手にはおしゃぶりが添えられた赤
ちゃん用涎かけ(フード付き)がそれぞれ握られていた。

「…あのー?」

「で、どっちだ?」


                :

「うぅぅっ……」

 シンジは、壇上で晒し者になっていた。

 甲児が要求した選択でコーンキャップを選んだシンジを待っていたのは、【ロンド・
ベル】割り当て整備ブロック特設反省台上での耐久反省会であった。当然コーンキャッ
プを頭に頂き、正座だ。

 その背後には『僕は行き先も知らせないで出歩く困ったちゃんでぇ〜す』と大書され
た特大ホワイトボードが燦然と鎮座している。

 通り過ぎる【ロンド・ベル】のおにーさん、おねーさんは例外なくクスクスと漏れ笑
いをしている。中には大口開けて爆笑する剛の者も居たが、そーいう者には、当然のよ
うに朝から一緒にいる蒼の瞳と、検査を終えて退院してきいた赤の瞳から、容赦のない
一瞥貰って敢えなく退散させられていた。

 おにーさん達に笑われるのも堪えたが、ソレ以上に堪えたのは連邦軍関係者屈指の粒
選り(特にパイロット)が揃っていると噂されるキレーなおねーさま方に笑われること
だった。

 中でも、淡い思慕の様なモノを抱いていた、物静かな物腰が女性を感じさせるクリス
ティーナ・マッケンジー中尉や、少し口うるさいが年上の優しさを感じさせてくれるエ
マ・シーン中尉に、少し困ったように申し訳なさそうな顔をしながら苦笑された時の恥
ずかしさと言ったら‥‥‥シンジは羞恥で一層身を小さくする事しかできなかった。

「まっ、自業自得よね〜ぇ」

「うぅぅっ……」

 暇を作って、顔を出すミサト。因みに暇の作り方は、と言うと、何のことは無い。例
によって愛の使徒・メガネ一号に仕事を押しつけ、バックレていた。以上の事からも判
るように彼女は至極、薄情だった。

「そうそう」

「うぅぅっ……」

 途中何度か機嫌を悪くしかけたが、身を小さくして全身で恥じらいを表現するシンジ
を見て、嬉しそうにうりうりと弄くっているアスカ。彼女もまた、薄情だった。

「綾波、助けて。
 助けてよぅ…」

「‥‥‥命令は果たさなければいけないわ」

 レイもまた、(数瞬の戸惑いが感じられたにせよ)静かにシンジを見捨てる。監督役
の甲児がシンジへ叱咤を飛ばす。

「そーだぜ、シンジおぼっ‥‥いや、テメェは"シンボー"で十分だ。
 ズルしようたって、この甲児様の目の黒い内はそーは行かねぇ。
 きりきり反省しろい!」

「そうそう。常連だった甲児が監督しているのですもの。ちゃーんと反省しないといつ
 まで経っても終わらないわよ。シンジ君」

「マリアーっ!」

「あら、ごめんなさい」

 余計なことを言うなと言わんばかりの甲児の怒声も何のその。小さく舌を出して答え
るマリア・グレース・フリード。甲児のあしらいも手慣れたモノである。

「うぅぅっ……」

 それを横目で見つつ、るるるーとシンジは涙して罪の重さと不幸を噛み締めていた。







スーパー鉄人大戦F    
第八話〔陸離:Her heart〕
Aパート


<ジオフロント・【ロンド・ベル】機動戦闘団割り当て整備区画>      


 鋼鉄の巨人達が佇むそこで、甲児がなにやら朗々と数を数える声が響いている。

「ごーーぉ…」

「うぅぅっ……」

 シンジは未だに嘆いていた。

「ねぇ、チャム。シンジ君まだ泣いているよ」
「そんなの知らな〜い。それよりこの毛玉面白いよ、リリスも触りなよ」
「…う、うん…」

 そのシンジの頭上では妖精(と妖精もどき)のチャム・ファウとリリス・ファウがか
しましく、コーンキャップ上端に着けられた毛玉と戯れていた。

「よーーーーん…」

「うぅぅっ……」

 シンジは未だに嘆いていた。

「何時までも鬱陶しいわね…」

 そういいつつもアスカは片腕を吊って不自由な状態であるにも関わらず、空いた手で
シンジをイヂくっていた。とっても嬉しそうな貌をしている。

「「さぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん…」」

 カウント3になって、マリアも数えに加わった。

「うぅぅっ……」

 シンジは未だに嘆いていた。

「いい加減、泣くの止めたら〜ぁ?」

 そういいつつもアスカは、シンジをイヂくるのを止めようとしない。

「「にぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い…」」

「うぅぅっ……」

 シンジは未だに嘆いていた。

「鬱陶しいって言ってんのよ」

 そういいつつもアスカは、まだまだシンジをイヂくるのを止めようとしない。

「「い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ちぃ…」」

「うぅぅっ……」

 シンジは未だに嘆いていた。

「…アナタが(シンジをイヂくるのを)止めたら、泣かないと思うわ」

 レイの指摘が入る。

「何ですってぇ!?」

 因みにレイが指摘したのはこれが始めてではない。既に今日、何度目かになっている。
指摘される度にレイにアスカが猛烈な抗議を叩き返していたのだが、今回は鋭い一瞥を
くれるに留まる。

「「ゼロ〜ぉっ!」」

 甲児の残念そうな声とマリアの楽しげな声。凸凹だが妙な美しさを魅せて、試練の幕
引きをハーモニーで飾った。

「おめでとう、シンジ君。終わりよ」
「ちっ、思ったより短かったな…終わりだぜ。"シンボー"!」」

 ヤナ名前の呼ばれ方に内心ムッとしつつ、シンジは嘆きながらも苦行の終わりに安堵
した。

「うぅぅっ……やっと終わった」

「ちっ!」

 何が惜しいのかアスカが、舌打ちした。そんなアスカを見て、レイは侮蔑の眼差しと
も呼べそうな一瞥を彼女に向けた。

「…アナタ、イヤな人なのね?」

「何が言いたいの、ファースト?」

「…別に。言っても判らない人にこれ以上何か言っても無駄…」

「きぃぃぃっ!
 もうっ、一々癇に障るヤツわね、アンタわ!」

 二人が言い争っているのを横目にシンジは逃げようとジタバタ藻掻いていた。が、流
石に長々と慣れぬ正座をしていたのではそれも敵わない。理由は言うまでもあるまい。
足が彼の人生経験上、これ以上は無いと言うぐらい痺れてからだ。

 古来妖精が悪戯好きと言うのは、神話の御代から指摘されている歴然たる事実だ。当
然今此処でも、それは証明されようとしていた。

「何してるの〜ぉ?」

 チャムのあどけない、悪意と言うモノには金輪際縁のない様な声が掛けられた。

「ピッ!」

 但し、やっていることは凶悪の一言に尽きる。知ってか、知らずか。その人形のよう
な小さな手は、しっかり神経過敏となっているシンジの足をつんつく刺激していた。

「ん? 面白ーい。リリスもやんなよ」
「…やめた方が良くないかな?」

「ピッ! ピッ! ピッ!」

 そんな状態に情けない悲鳴に刺激されたのか、機を見るに敏な【ロンド・ベル】関係
者が何時の間にやら集まってきていた。筆頭の甲児がニヤケ笑いを合図に、手を代え、
品を変え、シンジはツンツク弄り倒される。

「ピッ! ピッ! ピッ! ピッ! ピッ! ピッ!」

「コイツはおもしれーぜ。なぁ、マリア?」
「経験者は語るって事? ホント、前の甲児を思い出すわねー」
「余計なこと、思い出すんじゃあねぇ!」

 哀れシンジは、ツンツンされる度に情けのない声を上げながら、身体全体を痙攣させ
ていた。

「えーいっ!
 なに、『人の』で遊んでんのよっ、アンタ達!」

「「「「逃げろー、保護者がキレたぞー!」」」」

 ワザとらしく、『わーっ』だの『きゃーぁ』だの言いながら蜘蛛の子を散らすように
逃げる【ロンド・ベル】クルー。シンジはようやく痺れ責めの苦行から、解放される。

「あ、ありがとう、アスカ」

「アンタもね、一体何してんのよ!
 まったくもぅ、少しは主人の私の身にも……」

 ぶつくさ一席ぶとうとするアスカを尻目に、レイがシンジへ手を差し伸べた。言う事
を聞かない下半身に苦慮していたシンジはその手を取り、立ち上がろうとした。が、神
経が麻痺しているため、力加減が全く判らない。

「うわっ!?」
「…」

 シンジは勢い余り、そのまま倒れ込んでしまった。レイを巻き込んで。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥えっ?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 シンジがレイを押し倒した恰好のまま、二人は身じろぎ一つせず固まっていた。いや、
正確には身じろぎ一つ出来なかったのは、約一名の少年だけで、もう一人の当事者は特
に何かをする必要性を感じていなかっただけである。

 彼ら二人だけであったら、青春の甘酸っぱい思い出の一つとなっていただろう。だが、
ここで不幸だった点が二つある。

「「「「「ヒューヒュー! 熱いぜ、お二人さん。もっと、ヤレヤレーッ!」」」」」

 一つは依然として、ここに多数の野次馬がいたこと。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥(怒)」

 もう一つは烈火の炎に身を焦がす赤の女神が顕現していたことだった。

「あたしの目を盗んで他の女押し倒そうなんて、百億年早いのよ!
 このぉっ、バカシンジっ!!」

 ‥‥‥‥‥‥‥‥合掌



<火星軌道・【ゲスト】根拠地>      


 物憂げに【ゲスト】実戦部隊指揮官、セティことジュスティヌ・シャフラワースは溜
息をついた。

 セティに付き合っているのは、【ゲスト】もう一人第一級任務主任のゼブリーズ・フ
ルシュワ。歴とした【ゲスト】実戦部隊トップであるにも関わらず、その容姿はタレ目・
馬面・アバタ顔、冴えない上に何処か惚けた感じの男である。

「た〜めいきは〜健康に悪〜いんだな、ジュスティヌちゃ〜ぁん」

 更に口調はその上を行っていた。

「ゼフ……アナタいつ聞いても、気の抜ける話し方ね」

「や〜だなぁ。い〜つもの〜ぉ事。気〜ぃにしない。気〜ぃにしない、ジュスティヌち
 ゃ〜ぁん」

「…ゼフ、この星系内でも2人しか居ない第一級任務主任同士だし、何より知らない仲
 じゃ無いでしょう……セティって、呼んで」

「でぇも〜、そ〜いつはア〜イツに悪ぃような気がす〜んだけどな」

「アイツって、誰よ」

 だが、そう云っているセティの視線は氷点下の冷たさを帯びていた。

「俺〜らがア〜イツってゆ〜の、ア〜イツしか居〜ないっしょ」

「…誰の事よ、判らないわ」

「婚〜約者の事忘れるなんて、そ〜いつはチョット薄情でな〜いの?」

 その一言はセティを激発した。やおら立ち上がり日頃の理知的な仮面は殴り捨て、彼
女は感情を爆発させた。

「薄情なのはどっちよ。婚約者である私に一言の相談もなく、ある日いきなり消えたの
 よ!!」

 一気にそう言いきった。息を荒げて、肩を上下させるほど激しく感情を高ぶらせてい
た。そして、数度息をつくと荒々しくイスへと腰掛けた。

「…バカにしてるわ」

 そう言って彼女は静かに吐き捨てた。

 静寂が辺りを満たす。そんな雰囲気にゼフは困った顔をするが、その掴み所のなさ故
に何処まで本気か判らない。

 そんな彼を無視して、セティは先ほどの会議を思い返していた。


          :

 扇形をかたどるすり鉢の底で、男は生来の不貞不貞しい態度を崩さず、尊大とも言う
べき口調で、先日まで自分の属していた組織の守秘事項を口にしていた。

 その男とは、先程【ゲスト】へと降った元地球連邦軍中佐、シャピロ・キーツだった。

「…私の持ってきた情報は以上だ。
 何か質問は?」

 壇上のシャピロは地球連邦に関する説明をそう締め括った。手元のディスプレイに映
し出される資料は確かに整合性に満ちていた。物理的条件、元々収集されていた情報、
過去の戦歴、全てを統合してすら全く問題が見当たらない。完璧な資料であった。

 だが、それ故セティは疑念を抱かずには居られなかった。

 ここで云うまでもないことだが【ゲスト】社会は成熟した社会を形成している。社会
システムの成熟度に比例して、そのモラルは相応に高い。特に【ゲスト】特権階級子女
であるセティに付いては言及するまでもあるまい。

 だから、信じられなかった。あの様な魂の煌めきすら魅せる戦い方(6話でのアムロ
との戦い)をする【チキュウ】人が、薄汚い同胞を裏切るマネをする事を。

 その真偽を確かめるため、セティは静かに挙手していた。

「質問をどうぞ、シャフラワース第一級任務主任」

 名指しで呼ばれ軽い驚きを感じるセティ。

「…よく覚えているわね」

 事務的に応じるシャピロ。

「私は一度見聞きした事を忘れるほど、記憶力に不自由してはいない。質問を」

 その事にやや苛立ちを感じながらもセティは話をきりだした。

「この情報は信頼できるモノなの?」

「その問題はある一点に尽きる」

「その一点とは?」

「この私を信用するか、しないかだ」

 この時、セティは確信した。この男は敵だ。今は従っている振りをしているが、安心
したところで自分たちのはらわたを噛み切るつもりだ、と。

「…大きく出たモノね。けど、問題はそれだけでは無い筈よ」

「ほぅ、それは?」

「アナタの記憶が間違っている可能性も考慮する必要が」

「無い!」

 セティの発言を遮り、力強くシャピロは言い切った。

「言った筈だ。私は一度見聞きした事を忘れるほど、記憶力に不自由してはいない、と。
 そもそも、情報に欠落や誤謬があったとしたら、そちらの情報と齟齬を来すはずだ。
 …違うかな?」

 シャピロの発言は全く正しかった。先ほどの述べたように確かに彼の情報には不審な
点は無い。だが、最後の一言には嘲りさえ混じっていたのは気のせいでは無いだろう。
セティは小さく身震いする程の怒りを覚えた。

 二人の間にきな臭い緊張が奔るが、それはゼゼーナン執行官によって解かれた。

「シャピロ君、私の部下を余り苛めないで欲しい」

 ゼゼーナンのやんわりとした要求にシャピロは少し居住まいを正して、謝罪した。だ
が、間違っても卑屈では無い。

「はっ、これは失礼を。慣れぬ環境に少し気が立っていたようです」

「いや、気を付けてくれればそれで良い。
 シャフラワース第一級任務主任もだ。彼は未開の星系の出身とは言え、我々の崇高な
 使命を理解し、自発的な協力をしてくれているのだ。親密に、とは言わないが、もう
 少し大きな友愛を持って、接して欲しい」

 上官の訓諭にセティもこれ以上事を荒立てる事も出来ない。胸の奥に燻る耐え難い何
かを耐えて、彼女は上官への意向に同意した。

「…はい」

「宜しい。では、他に質問は」

 ゼゼーナンの宣言によって、質疑は再び始まった。星間傭兵団指揮官代理やポセイダ
ル軍幹部の質問が繰り返され、やがては解散となった。


          :

 再び静寂を破ったのは彼女だった。

「ねぇ、ゼフ」

「ん〜? な〜になのかな〜ぁ」

「アナタ、あの【チキュウ】人の事どう思う?」

「あ〜の、シャピロとか言うヤツか〜なぁ。取り敢えず役に立つんじゃないの?」

「果たして、本当にそうかしら…」

 セティはゼフの真意を測りかねた。ここでゼフは『役に立つ』と答えた。

「後進星系の組織とは言え、仮にもかなりの地位にあったヤツでしょう。
 役に立たないとは思わないけれど、信じられないわ」

「そ〜りゃ、ま〜あ俺も信〜じてないけどね。一応、マインドスキャンでは問題な〜か
 ったんでしょ?」

「…えぇ」

「な〜ら、当〜面は大丈夫だと思〜うけどね。そ〜の先は知らな〜いけど」

「そうね。」

 気の悪い話は此処までだ。そう思ったセティはもう一つの気掛かりに話題を変えた。

「でも、今日も星間傭兵団の指揮官、出席してなかったわね」

「ん? ああ、そ〜ういえばそ〜うかもね。
 た〜ぶん…」

「多分?」

「上〜がり症で人前に出〜るの、恥〜ずかしいんじゃないの?」

「ゼフ、アナタねぇ…」

「お〜こんない、お〜こんない。ひ〜とってのは、それぞれ言〜たくない事、や〜りた
 くない事、し〜んじたくない事ってのがあ〜るんだよ〜ぉん。
 そ〜いうこともあるって、知〜って欲しいだなぁ、俺っちとしては」

「…そうね。憶えておくわ」

 そして、また静寂が其処へ漂った。



<ジオフロント・【ロンド・ベル】機動戦闘団割り当て整備区画>      


 鋼鉄の巨人達の佇むその場所で、最近影が薄いテスラ・ライヒ研・所員シドルー・リ
グ・マイアは……満ち足りていた。

 まさか実戦に参加するハメになるとは思わなかったが、それはむしろ彼の望む所だっ
た。日頃インテリ振り、斜に構える彼もまた英雄を憧憬する者の一人だったのだ。

 それに加えて、ここには"アレ"が居ない。日本へ研究員交換で派遣されると決まった
ことを苦労して秘匿し続けた甲斐があった。

 あれは……地獄の日々だった。

 そもそも口調がトロいので勘違いされるが、その頭脳は極めて明晰だから、まず始末
に負えない。

 事ある毎に、構ってきては泣き、喚いて、相手をしろと騒ぎ立てる。周りの目が痛い
から、しょうが無いので相手をすると、擦り寄り、頬摺り、纏い付き。今度は周囲の目
は咎めや嫉妬に満ちた視線でシドを責め立てるから堪らない。

 いい加減鬱陶しいので邪険にしたら、したで今度は実力行使だ。傍目にはじゃれあっ
ているようにしか見えないだろうが、そのよく訓練された手練れの一撃は実に効果的に
シドへ苦痛を与えていた。

 全く士官学校主席と云うのは伊達ではないらしい(連邦の将来に不安を覚えたのは致
し方のないことだろう)。

 あの茶番さえ‥‥‥あの茶番さえ‥‥‥あの時、あの場所で、あんな事をしなければ。

 悔やんでも、悔やみ切れぬ、悔恨事だ。

 だが、ここには彼女は居ない。

「よー、シド。精が出るな」

 心ゆくまで整備にかまけていても、賞賛すらされるのだ。これが満ち足りていなくて
何だというのだ。

 先程、少年が受けていた仕打ちを見て、同情をしないでもなかったがソレが何だとい
うのだ。自分の受けていた仕打ちに比べれば、そよ風のようなモノではないか。

 苦行は人を鍛えるという。あの程度では大したことはないであろうが、少年を育てる
いい刺激にはなるだろう。

「頑張れよ、少年。ってか…フフ、俺らしくないじゃないか」

 そんな軽口すら口にしていた。

 だが、しかし天網恢々疎にして漏らさず。世の中そんなに甘くない。

 彼は未だ、自らを襲うであろう驚異の接近に気付きすらしていなかった。


          :

 同刻、黒龍江・連邦軍戦略輸送軍基地

 今此処には、小はトイレの座金から大は交換予定の主砲砲身まで、第三新東京ドック
で修理・改装を受けている【アーガマ】の為の物資で溢れかえっていた。

「マチルダ中佐!」

 この輸送ミッションの責任者、濃いめの栗毛と意志の強い眼差しが魅力的なマチルダ・
アジャン中佐は副官のサリィ・ポー大尉に呼び止められ、その足を止めた。

「どうした。何か問題でもあったのか?」

「いえ、物資の割り振り・積み込み自体には今のところ問題は無いと思われます」

 日頃快活さで鳴らすサリィ・ポーらしからぬ、奥歯に何か挟まったような云い振りは
彼女の軍人としての哲学をひどく刺激した。

「報告はハッキリしなさい。何かあったのですか」

 マチルダの叱責を受けて、サリィ・ポーが渋々と云った様子で答えた。

「はぁ‥‥‥、実は荷の搬入に際して最近小さな事故が頻発しておりまして‥‥‥」

「聞いている。原因をまとめて、報告書を上げてくるように云ってあるのだが、まだ見
 ていない。事故など原因を突き止めれば、防止は容易いでしょう」

「はぁ、皆どう書いたら良いものか迷っておりまして‥‥‥」

「どうしてか。ありのままを書けばよい」

「はぁ、原因というのが‥‥‥」

「なんだ?」

「あの娘で‥‥‥」

 そう言ってサリィ・ポーは申し訳なさそうに、窓の外を指さした。

    :


「うふふふふ〜ぅ…」

 窓の外、駐機区画の一角で『あの娘』こと、グレース・ウリジン少尉は浮かれまくっ
ていた。

「はにゃん、ふにゃぁぁあ…」

 妖しくそう悶えたかと思うと、次の瞬間には

「えへへへへへぇ…」

 そう言って、怪しく身をくねらし……かと思うと、

「えいっ!」

 などと、可愛くのたまい通りすがりの作業員の腕をつねる。

 後方基地とは云え、れっきとした軍事拠点らしからぬ一種異様な世界がそこには形成
されていた。


        :

 暫く観察していただけで眩暈がしてきたマチルダは疲れ切った口調でサリィ・ポーに
尋ねた。

「…何故、誰もあの娘を止めない?」

「はぁ‥‥‥、あの娘を止めようとすると‥‥‥」

「どうなるのだ」

「‥‥‥泣くんです」

「では、何か‥‥‥我々は子供が泣く程度で事故を頻発させているというのか」

「いえ、それ自体は大した事無くて、5分程度時間を取られるだけなのですが‥‥‥」

「まだ、何かあるのか」

「実はその間、訳の分からない事が頻発するんです」

 そんなまさかと思い、再び窓の外へ目を向ける。

 ……………………………………………………何となく納得できてしまった。

「…好きなようにさせなさい。取り敢えず【トウキョー3】への第一便に乗せるように
 手筈を整えます。それまで、くれぐれもあの娘を泣かさないように、と皆に通達して
 おきなさい。
 報告書は私の方で作成しておきます」

「…はぁ、申し訳ありません」

 サリィ・ポーは実に申し訳なさそうにマチルダに礼を述べた。外ではグレースが浮か
れかえったままだった。



<旧東京ウォーターフロント、シン・ザ・シティ>      


「済まんな、マユミ。こんな所にまでつき合わせて…」

 腫れ物を触るような口調で連邦政府大統領特別補佐官・山岸サトルは、同じ車中の後
部座席へ腰掛けている愛娘へ声を掛けた。

「いいえ、お父さん。こうして外へ連れ出してくれて嬉しいって思ってるの」

 口ではそう言っているが、彼女の表情を見れば余り気乗りしていないのは容易に推察
できる。だが、俯く彼女の表情はクセ一つない艶やかな黒髪に隠れて見えない。

 そんな彼女を気遣うように、山岸サトルの話は続く。

「そうか、そう言って貰えると助かる。イヤな、お前は日頃家に籠もっているだろう?
 父さんはソレが心配でな。こうして一緒に来て貰ったと言うわけだ。
 どうだ、外の世界は?
 この街は"罪の街"等と呼ばれている。けどな、決してこれはそこに棲む人間までをも
 否定するモノではない。見てみろ、行き交う人々を。あの活気に満ちた人々を。
 見捨てられたこの土地で力強く生きていく彼らに教えられることは多いと思うよ。
 そうは思わないか、マユミ?」

 マユミ。地球連邦政府大統領特別補佐官山岸サトル令嬢・山岸マユミはゆっくりと顔
を上げ、自分の相づちを辛抱強く待つ父へ静かに応じていた。


          :

 その屋敷の書斎に相応しいマホガニー製の重厚な机に一人の青年が就いていた。その
格好は一つ間違えるとチンピラに間違えかねられない、机に相応しからざるモノだった。
が、挑み掛かるような野趣溢れつつ、知性的な眼差しの青年が身につけると不思議と調
和がとれていた。

 そこへ呼び出し音が響く。青年は机上のやや懐古的な趣のあるパネルを操作して、回
線を繋いだ。

「ギャリソン、何の用だ?」

『はい、万丈様。特別補佐官の山岸氏がご息女と共に参られております』

「そうか、お客様を応接間へ。
 僕もすぐ行く」

『はい、万丈様。
 そうおっしゃられると思い、お客様は既に応接間へ』

「では、お茶でもお出しして差し上げるように」

『本日はダージリンの良いモノが手に入りましたので、それを出すよう手配済みです』

「ならば、もう何も云うべきは無く、後は僕がそちらに行くだけ。
 そういうことだね?」

『失礼ながら、その通りでございます万丈様』

「パーフェクトだ、ギャリソン」

『有り難うございます』

 回線を切るが早いか、書斎でくつろいでいたパートナーが早速口を出してくる。

「万丈、お客様って誰?」

 もう一人のパートナーがそれを揶揄する。

「あら、ビューティ。
 胸に脳ミソの栄養まで詰め込んだ誰かみたいな事言ってはいけないわ。特別補佐官の
 山岸って言ったら、地球連邦大統領お付きのスーパーエリートでしょう?
 新聞ぐらい読んだほうがいいわ」

「あら、説明的なセリフ、ご苦労様。
 でも、その『胸に脳ミソの栄養まで詰め込んだ誰か』って、誰の事かしら」

「あら、私は一般的見解を述べただけよ。ビューティ、アナタ心当たりでもあるの?」

 思わぬ女の戦いに万丈は素知らぬ顔をする。

 モテると云うことは気分の良いことだが、それなりに気苦労も伴う。特に恋敵が肩を
並べて手の届く場所にいるのだ。その苦労たるや筆舌に著し難かった。人並み外れた肝
の持ち主である万丈や執事のギャリソン時田はともかく、この環境に疲れたのか屋敷に
て面倒を見ていたトッポこと戸田突太など、進学に際して全寮制の学校を選択してここ
を逃げ出していた。

「私は確かにレイカより胸が大きいけど、いずれアヤメかカキツバタ。全てを兼ね備え
 た、才色兼備の私じゃないことだけは確かだと思うわね」

 このビューティの発言をレイカは大人の余裕であっさり受け流した。

「…ご立派」

 話が一応の決着を見たと判断した万丈は、決を下した。

「二人ともレクリエーションはそこまでだ。山岸氏と会うことにしよう。
 レイカ、ビューティ付いて来てくれ」

「「わかったわ」」

「それから、さっきみたいなレクリエーションはお客様の前では勘弁してくれないかな。
 地球の‥いや、宇宙の明日をも決めかねない大事なお客様だからね」

「当然でしょ」
「判っているわよ」

「OK。では、行こうか」


          :

 万丈が応接室へ入ると、そこには執事のギャリソン時田と親子らしいミドルエイジ男
性とティーンエイジャーらしい2人の客人の姿があった。

 その部屋は書斎と同じく、この屋敷に相応しい広さと造りになっている。調度品の数
もそこそこ揃えられてはいたが、部屋の広さと比較してみると少ないぐらいであった。

 その部屋にて待たされていた実直そうな日系の紳士が万丈の姿を見て、立ち上がる。
その紳士へ万丈は歓迎の言葉を向けていた。

「遠路遙々ようこそ、我が館へ!
 山岸特別補佐官」

 差し出された手を、山岸サトルは官僚的なそれだけではない笑みを浮かべて取り、固
い握手を交わす。

「久しぶりだね、万丈君。
 元気にしていたかね?」

「ええ、お陰様で。でも、どうされたのですか? 今日はこんなに可愛らしいお客さん
 もご一緒だ。
 僕にご紹介いただけますか?」

「あぁ、失礼した。娘のマユミだ。
 いつも家に籠もっているのでね、良い機会だから社会見学がてら一緒に連れてきたの
 だよ。
 マユミ、ご挨拶なさい。こちらは破嵐財閥総帥・破嵐万丈さんだ。」

 一同の目が自分に向くのを感じて、マユミは一層身を小さくした。

「は、はい……山岸……マユミと言い……ます。
 よ、よろしく!」

「僕は破嵐万丈と言う。
 よろしく、お嬢さん…」

「あっ…」

 そう言って、万丈はマユミの手を取り、そっとくちづけた。
 映画の1シーンでしか見たこと無い出来事の当事者になるとは思っていなかったマユ
ミはその事実を知覚して、羞恥に顔のみならず、身体全体を赤く染めた。

 万丈はその様子を見て、《これは、少しやり過ぎたかな》と思いつつ、話を先に進め
ることにした。

「さて、挨拶も終わったことだ…レイカ、ビューティ。
 僕は山岸氏と大事な話がある。済まないがマユミお嬢さんの相手をして欲しい。頼め
 るかな?」

「万丈の頼みなら」
「任せてよ、女の子同士ですもの。いくらでも面倒見て上げるわよ」

「では、お嬢様方こちらへ。案内します」

 ギャリソンの案内を受けて、3人は部屋を後にした。


          :

 退出したマユミは、成熟した理想の女性二人の狭間で萎縮していた。

 あからさまに身を小さくして萎縮するマユミを見て、レイカは少し考え込んだ。

《随分とシャイな娘なのね……でも、手足が細くてイイわね。羨ましいわ》

 マユミのスラリとのびた手足を見てそんな感慨に囚われながら、取り敢えずは、シン
プルではあるが趣味の良い廊下を歩きつつ、レイカは自己紹介を始める事にした。

「マユミさん?」

「‥‥は、はい

 萎縮しっぱなしのマユミは、それこそ蚊の泣くような声で返事をする。

「私は三条レイカ。万丈の秘書みたいな事をしているわ。
 よろしくね、マユミさん」

「‥‥よろしく、三条さん

「レイカでいいわよ、マユミさん。
 で、こっちのヤンキー娘がビューティフル・タチバナ。こっちは居候みたいなものだ
 から、気にしないで」

「誰が居候よ。私は万丈のパートナーよ!」

「…時々妄想と現実の区別がつかなくなる事あるけど、基本的に無害だから気にしなく
 て良いわ」

「は…はぃ」

 背後で烈火の如く怒り狂う爆乳ヤンキー娘を涼やかに笑顔で無視するレイカに、マユ
ミは曖昧な返事をするしかなかった。


          :

「そうですか…今のところは上手く行っている、と考えてよろしいですね?
 Mr.山岸」

「ええ、C計画試作一号艦【ヱクセリヲン】の公試は現在順当に消化されております。
 今頃向こうの艦隊泊地で盛大に歓迎されているまっ最中でしょう」

「ということは今頃タシロ艦長のコブシが響いていますね」

「くくっ……間違いないでしょう。
 B計画も今回の【ヱクセリヲン】公試で積み込まれる縮退炉がこちらに届けば、じき
 にBM−1,2も完成する段階に来ています。
 F計画も、テスラ・ライヒ研で【ヒュッケバイン】【グルンガスト】が完成目前、B
 Mが完成すれば【BMフェイク】も5週間以内に試作機が完成するところまで進捗し
 ています」

「そいつは頼もしい。僕の絡んでいる計画はまあまあ順調という訳で、僕もようやく一
 息つけますか?」

「我々もです。計画はプラス3ポイント程予定を上回っています。これも万丈君と破嵐
 財閥の協力のお陰に他なりません」

「いやいや、計画に参加している連邦以外の星系をも含む、みんなの力の成せる業
 です。それに比べれば、僕の貸した力など取るに足りない。
 それはさておき、肝心要のE計画はどうなっているか聞きたいのですがね」

「‥‥‥A計画もですが、E計画についても大統領特別補佐官である私ですら、まとも
 な情報は入ってこないのです。
 それでも一応の情報は入ってきているのですが……それによると現在第一期量産型
 の弐号機が完成して、試作機の零号機・初号機と共に実戦に投入されております。あ
 の敵性体……【使徒】ですか?
 これらも既に3体殲滅に成功しているとのことです…これがその資料です。
 見ての通り、一件意味がありそうなデータの羅列ですが、これがくせ者でどこまで信
 用できるか判ったモノではありません」

「ご謙遜‥‥‥‥おや、【ロンド・ベル】?
 E計画機は【ネルフ】で運用する筈では?」

「その件ですか……そう云えば貴方も先の大戦では【ロンド・ベル】に参加されてお
 りましたな」

「その通りです。僕にとってかけがえのない思い出と云って構わないでしょう。
 ‥‥‥どうして、こうなったか教えていただけますね?」

「申し訳ない‥‥‥あまり詳しいことは言えないのですが、現在【ロンド・ベル】は
 【ネルフ】指揮下となっているのです」

「政治……と云うヤツですか」

「‥‥‥そういう事です。
 話を元に戻しましょう。実戦投入中により得られたデータは建造中の参号機・四号機、
 そして建造準備中の第二期量産機へ盛り込まれています。
 ‥‥‥これらが【アレ】を屠る我々の為の剣となる事を祈るしかないでしょう」

「そうでないと困ります。今更G計画の様に中止では堪りませんよ。
 ま、【ロンド・ベル】が絡んでいるなら、そう心配する必要もないと思いますけどね。
 ですが、G計画があの不可解なゲッター線に振り回されて中止になったのは理解でき
 るとして、D計画破綻の理由は判明したのですか?」

「未だ解明中です。計画主任のライゾウ・カッシュ博士が行方不明になっていることに
 加えて、場所が悪いとしか云いようがない…何と行っても【サイド7】です。
 元々戦略自衛隊の航宙艦隊が根拠地としている事に加えて、少し前には【ティターン
 ズ】もあの空域に密閉コロニーを持ち込んで基地化しています」

 山岸サトルが云わんとしているのはこう云うことだ。

 成立後、さして歴史を重ねていない地球連邦と各構成国との関係は微妙のモノがある。

 中でも国家にとっての最終的解決手段として存在している軍事関連に関しては、連邦
軍が組織されても、依然として極めて慎重な対応をする必要があった。誰しも圧倒的な
権力を握った単一組織がどうなるかは、歴史的経験として知りすぎていたからだ。

 自らもそれを知る連邦政府も、極力虎の尾を踏むようなことは避けていた。虎の尾を
踏んだのが人ならば、生態系の摂理を満たす程度済むが、踏んだのが龍では世界を滅ぼ
しかねない。オマケに異星系との戦争状態に陥っている現状では、比喩でも何でもなく
万難を排して、最低限"負けない"戦争を行える程度には地球圏の戦力を結集する努力を
する必要があった。

 それ故に発覚すれば間違いなく、連邦と戦自と【ティターンズ】、三者三様の関係が
拗れるであろう【サイド7】でのアンダーカヴァー(秘密捜査)など論外だった。そう
なると公然とした協力に頼った捜査を行うしかないが、その種の捜査が秘匿研究開発で
起こった何かを突き止めることなど、希望的観測を交えてすら不可能だった。

 山岸サトルは話を続けた。

「オマケに現地で対応の指揮を執っている戦自監査二部のウルベ・イシカワと云う情報
 将校がクセ者で…
 私見ですが彼は絶対に何かを隠しています。その辺に原因究明の鍵があると思うので
 すが……
 しかし、【サイド7】です。
 今の地球圏の状況では侭ならない!」

 そこまで一気に言い切って、山岸サトルは肩を落とした。そして、官僚らしからぬ態
度で万丈に非礼を詫びた。

「見苦しい所を見せてしまった。すまない、万丈君」

「いえ、ご苦労察します。ですが、ままならないのは何処でも同じですよ。
 この街もDCが相当数入り込んでいる。
 陸の方(旧東京非人工造成地域)では、戦闘部隊まで潜んでいると云う話も聞きます。
 物騒だとは思いますけどね」

「だが、貴方はこの街に居る」

「好きですからね、この街の持つ活気が。
 つい、この間まで戦っていたDCをも飲み込んでしまいような懐の深さが。
 ふ、情の深い悪女のような街なんですよ、この街は」

「なら我々は悪女に魅せられたチェリーボーイと言うわけですな」

「その通り。
 Mr.山岸、お嬢さんを早く連れ帰った方がいい。これ以上魅力的な悪女が増えては、
 僕のような男達の身が持たない」

 誰からともなく二人は笑った。

 ひとしきり笑いあうと山岸サトルは少し寂しげな顔をする。万丈は山岸サトルの心を
読んだかのように、一言漏らした。

「…マユミさんですか?」

「そうです、職務上仕方が無いとは云え、いつも一人にさせてしまい、あの娘には寂し
 い思いをさせています…….この街のようなとは云いませんが、今のような物憂げ
 な顔しか出来ない大人には、なって欲しくない。そう思うのですが‥‥‥」

 そこには、超エリート高級官僚では無く、親としての業苦に喘ぐ一人の父親がいた。
万丈は、一人の父のそんな姿を好ましそうに、精一杯の励ましを送る。

「父とは辛い生き物ですね、心中お察ししますよ」

 万丈の私人としてのこの言葉に、山岸サトルは静かに頭を下げていた。



<地球衛星軌道・機動巡航艦【デ・モイン】>      


「はぁ…」

 マナは両手で包み込むようにして手にした飲料チューブを手に溜め息をついた。
 彼女の経験では、まだまだ"悩ましげな"等という修飾詞は付きようもない実にストレ
ートなソレであったが、それなりに人目を惹く。特に特定一名に対しては下手な求愛行
動よりも強力に作用した。

「マナ…」

 気が付くといつも傍にいてくれる血どころか籍すら繋がらない、だけど間違いなくマ
ナにとっては兄である、ムサシ。頑固で不器用で一途で、そして力強い。

 一時は本当の家族と別れ別れになった事を気に病んだこともあるが、本当に思ってく
れる家族以上の仲間を得た事により、安らぎを得た。

《多分、私って…幸せなんだろうな》

 そんな事を思いつつ、マナは笑みを作って彼の呼びかけに応じた。

「ん……何、ムサシ」

「どうした?」

 何となく気配は感じていた。なら、溜め息付く姿も見られたはずだ。やっぱり、誤魔
化せないかと思う。

「やっぱり、判っちゃうかな」

「マナだからな、分かり易い」

 それを聞いて、マナは頬を膨らませて年相応の表情を見せた。

「何それ! 私が子供だって言いたいの!?
 もーっ!」

 そういって、ムサシの肩をポカポカと叩いた。ムサシは頭を抱えるフリをしながらも
表情に乏しかった。だが、何も思っていなかったわけではない。どう対処すべきか、彼
なりに(状況を楽しみつつも)考えていただけだ。表情に乏しいのは単に顔に出すのが
面倒臭いと、知っている人間は極少なかった。

 数少ない例外はどうしたかというと……

「もー、ムサシったら! メンド臭がらずに少しは感情と表情をリンクさせきゃ。
 いい加減顔面神経痛になっちゃうよ」

 言っていることだけを聞けば、何のことはないただの注意に過ぎない。だが、既にそ
の兆候のある顔の筋肉を親切にも揉みほぐしながらでは、ジャレあいのようにしか見え
なかった。

 ひとしきりムサシの顔をオモチャにして満足したのか、マナは先程よりは幾分マシの
笑顔をしていた。

「もういいのか?」

「ん…ありがとう」

「いい…で、何を考えていた?」

 ムサシの言葉に、少し身を固くしてマナは少し考え込む。

「あのね…」

「ああ」

「ケイタが病院送りになってから、私達上手くやってるよね?」

 これは事実だ。
 あれからも数度敵艦隊来襲があったが、今までのように無闇矢鱈な軌道爆撃を行おう
とはしなくなっていた事もあり、任務は完璧に果たしていた。そして、最近では徐々に
個々の敵艦隊戦力が小さくなってきていた。一番最近の敵艦隊は軌道爆撃艦すらおらず
数隻の高速戦闘艦がおざなりの戦闘を行っただけで撤退している。

「だけどね…」

 が、機動兵器同士の戦闘そのものは激しさを増している。コレに限っては損傷機や、
場合によっては結構な数の撃墜機すら出始めていた。

「このまま、戦争が終わってくれるの?」

 【デ・モイン】隊だけでなくオンステージしている地球軌道艦隊全体の傾向であるが、
順調に敵艦隊阻止している上に戦績も上がっている。反面投入される敵戦力に対しての
損害率が徐々に上昇しているが、現時点では誰も気にしていない。むしろ敵艦隊構成の
小型化を取り上げて、気の早い者は敵戦力枯渇を言いだしていた。

「…」

 マナの言いたいことはよく判る。戦争が終わって欲しいと言う願望とこのまま終わる
わけが無いという常識的な予測。それがケイタの後送と言う件もあり、マナを思考の迷
路へと迷い込ませている。ムサシはそう理解した。

「だけどね…」

「…本当はこれが『嵐の前の静けさ』の様に思う?、って言いたいのか?」

「あっ、はい!」

 マナの話を聞き慣れた男の声に遮られる。
 彼女が振り向くと男臭い笑みを浮かべてMS隊々長のマッハが居た。

「隊長!」

「違うぞキリシマ、『マッハのおじさま(はぁと)』だろ?
 で、お前ら、なに辛気臭い話してるんだ?
 この親愛にして偉大なるマッハ・ザ・サード様にも聞かせて貰えるかな…おい、ムサ
 シ准尉。そう睨まんでくれ。こう見えても俺は気が小さいんだ」

「…隊長の気が小さいと表現できるなら、気が大きい人間なんて存在しようが無いと思
 います。」

「ほう…言うじゃないか。だけどな、嫌みはもう少しそれらしい表情して言うもんだ」

 言い終わる間もなく、ムサシに襲いかかるマッハ。流石に襲いかかられるとは思って
いなかったらしく、あっさり捕まってオモチャにされるムサシ。

「あ゛ぁ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 何だか、よく判らない関節技をかけられてムサシは情けない悲鳴を上げていた。

「たいちょ…」

「『マッハのおじさま(はぁと)』、だっ!」

 いきなりドアップになるマッハに冷や汗を垂らしつつ、マナは躊躇いがちにその言葉
を口にした。

「えぇーと‥‥‥『マッハのおじさま(はぁと)』?」

「何だ、キリシマ?」

 にこやかに応じるマッハ。ちなみに依然としてムサシへの懲罰は続けられている。余
程効いているのか、ムサシは手足をバタつかせようとしているが、技が見事に極まって
いるため、それすらままならない。もうささやかなと表現できるほどに、抵抗は小さく
なり果てていた。

「もうそろそろ、勘弁して上げてくれませんか?」

 マナも一応心配そうにしている。

「ん? あぁ、こいつの事か…まぁこれぐらいにしといてやるやるか」

 言うが早いか、ムサシを投げ捨てるマッハ。
 まぁ、うち捨てられたムサシだが、動かないまでもヒクついているから、そのうち復
活してくるだろう。マッハはチラリとそう確認して、ムサイ野郎の事など、あっさりと
意識の中から削除した。

「で、何を話していたんだキリシマ?」

 マナはうち捨てられた物体Xをチラリと見たが、『まぁ、大丈夫だよね?』とこれま
た、これまた実にあっさり見捨ててマッハの質問に応じた。

「…このまま、敵が来なくなればいいなって。このまま、戦争が終わればいいな。
 そう言っていたんです」

 マナの願望にも似た言葉を、マッハは叩き上げの軍人らしい現実に則した一言で片付
けた。

「無理だな」

「やっぱり‥‥‥そうですよね」

「あぁ、このところ確かに敵の攻勢は弱まっている。
 だがな、戦争はシミュレーションゲームじゃないんだ。ノーテンキな本部の参謀連中
 は敵戦力は枯渇し始めているなんて言ってるが、そんな訳は無い。
 間違いなく、次の『何か』をやる為の前触れだろう。
 俺はそう思っている」

「どうしてですか?」

「似ているからさ」

「似ている?」

「あぁ、第一次や第二次の大戦の時にな。
 敵さんが何かやる前には、決まってこんな感じだったからな。全く‥‥‥イヤになる
 ぜ」

「そう…ですか」

「そういう事だ。でも、安心しろ、キリシマ。お前らヒヨッ子ぐらい、地球を守る片手
 間に面倒見てやる。大船に乗った気で居ろ」

「…はい」

 その時、彼らの足下で小さく声がした。

「ん?」

「…マナは俺が守る…」

 いつの間にか復活したムサシが言う事を聞かない手足を踏ん張らして、力強く宣言し
た。

「…だ、そうだ」

「えぇ、頼りになるお兄ちゃんですから」

 マナは何モノをも含まない笑顔ではっきりとそう答えた。この言葉が決定打になった
のか、力尽きるムサシ。もはやピクリとする事すら、しなかった。

《コイツも可哀想に…》

 屍を晒すムサシを見て、マッハは同じ男としてムサシに同情を禁じ得なかった。



<第三新東京市・コンフォート17 803号室>      


 戦闘のあった翌日である。各々が作成した戦闘レポートなり、被害報告なりが雪崩を
うって責任者を襲う。そういう頃合いである。

 と、言う訳で責任者たるミサトは本部へ缶詰めとなり、彼女の家たるコンフォート17
803号室では年頃の少年少女が二人っきりになると云う色々な意味でなかなかデンジャ
ラスな状況過ごす事になるわけだが……

「ほらぁ、何ボーッとしてんのっ!?
 アンタはバカシンジなんだから、せめて気を付けてやりなさいよね!」

 アスカが、包丁片手にキャベツと格闘しているシンジを叱り飛ばした。

「何だよ、そんな言い方無いだろう!?
 そんなに言うんなら、自分でしろよ!!」

 振り向いた少年のあちらこちらが痛々しい。誰かに何処かで思いっきり懲罰でも喰ら
った事が容易に判る。

 慣れぬ調理を強要され、挙げ句に叱り飛ばされては面白い筈が無い。精神的成長もあ
ったのかキッパリ(と言うにはやや弱気だったが)言い返すシンジ。だが、強気な発言
と言う点に置いては、アスカの方が一枚も二枚も上手だった。

「あーら、ごめんなさ〜い。
 誰かさんのお陰で、やりたくても出来ないのよね〜ぇ。
 だ・れ・か、さんのお陰でね!」

 ご丁寧にも「だ・れ・か」と一音づつ区切りながら、シンジの鼻に指を突きつける念
の入りようだ。そんなアスカにシンジはタジタジとなる。

 その機を逃さずアスカは一気に畳みかけた。

「わかったかしら、バカシンジ?
 わかったら、さっさと手を動かす!」

「わかったよ。やるよ、やればいいんだろう」

「そうよ。わかったなら、さっさとやる!」

 そして、再びシンジは食材との飽くなき戦いへと身を投じた。


        :

「ようやく、出来上がりね。シンジ、アンタ一応でも料理してたんでしょう。
 もう少し手際が良くってもいいんじゃない?」

「…別にお腹さえ膨れれば良かったんだ。適当に一品、二品作る程度だから、手際なん
 て、関係なかった」

「あらそう。でも明日からはもう少しチャチャとやってよね!
 イライラするのよ、トロくさい事してるの見ているとね」

「‥‥‥もしかして、明日もやるの?」

「そうよ、明日も明後日も明々後日も。少なくともこの腕の傷が癒えるまではアンタは
 ズーッとアタシ専属のコックよ。おわかり、バカシンジ?」

 シンジとしては昨日から目一杯経験をして、目一杯考えている。元々適当に生きてき
たから、思考能力的にはとっくの昔に飽和状態へと陥っていた。もう何が何やら、彼は
混乱して判らないが、『バカシンジ』と言いながら微笑む彼女を見ていたら、彼女の要
求など些末事の様に思えてくる。

 つまりは、おしなべて『まっ、いっかぁーっ』と云う極めて寛大な気分になっていた
のだ。

 そんな、自分でもよく判らない気分を味わいながら、シンジは先程より幾分気分を弾
ませて、食事の準備を進めていた。

「じゃあ、並べるから席に着いてよアスカ」

「早くしてよね」

 そう言って嬉しげにアスカはテーブルへと着いていた。

    :

「「いただきます」」

 そういってアスカは、味噌汁に口を付けた。

「…ダシの取り方が甘い」

 次はハンバーグを口にする。

「…火の通りが甘い」

 サラダのキャベツを摘む。ビロロ〜ン☆と見事に繋がったキャベツが情けのないアコ
ーデオンを形作っていた。ついでに添えられていたトマトも切ると云うよりも圧し潰し
たと表現した方が良いような状態だ。

「…切れてない」

 そこまで確認してアスカは爽やかに微笑んだ。

「い・か・り、シンジく〜ん」

「なっ、何だよ」

 依然としてアスカは爽やかに微笑んでいる。

「一体、これは何かなぁ?」

「夕ご飯だよ、見れば判るだろう」

「へ〜ぇ……そうだったのぉ」

 アスカの口調と表情が一変した。

「シンジ、アンタこれを見て何か云うことはないの!?」

「…うん。始めてにしてはまぁまぁだと思うよ」

「ナメんじゃないわよ!!
 『まぁまぁ』、ですって!?
 こんな適当な作り方して、アンタ恥ずかしくないの!?
 他はまだ許せるとしても、味噌汁は日本人の魂でしょう!」

 過去に何があったか知らないが、アスカの味噌汁へのこだわりは尋常でない。

「味噌汁一つマトモに作れないで、何がまぁまぁよ!!
 いい加減にしないさいっ!!」

 エスカレーションして、アスカは振り上げたその腕をテーブルに叩き付けた。

 テーブルに載っていた食器が見事に踊り、味噌汁の椀が転がり中身を卓上へ広げた。

「わぁ!」
「シンジ、ナプキン!」

 いきなり指示されたシンジは、卓上に置かれていた紙ナプキンを数枚取り、こぼれた
味噌汁を拭き取ろうとする。だが、椀八分程度を満たしていたのだ。一枚二枚程度で拭
き取れるわけがない。シンジは慌てた。

「あぁ、どうしよう! アスカぁ、ダメだよ。拭き取り切れない」

 そんなシンジを見て、アスカは心底呆れた。

「もー、全く何云っているのよ」

 そう云いながら、アスカは置いてあった紙ナプキン全てを取って、こぼれた味噌汁へ
被せる。程なく味噌汁は紙ナプキンの山に吸い取られていった。

「アンタももう少し考えなさいよね。量が足りなきゃ、数で補えばいいでしょう。
 全く‥‥‥‥取り敢えず、今日の所はこれで勘弁して上げるから、早くナプキン片し
 て、味噌汁を入れ直す!」

「う、うん。でも、気に入らないんじゃないの?」

「食べ物を粗末にしない! こんなのでも一応は食べられるんだから我慢して食べて上
 げるわよ」

「‥‥‥」

「でもねっ!
 明日もこんなの作ったら承知しないからねっ!
 判った!?」

「…う、うん。…判った」

 アスカは紙ナプキンを片付け、味噌汁を注ぎ直すシンジの様子が少しおかしいのが気
に掛かったが、『まぁ、コイツはいつもボケボケしているから』とあっさり納得して、
食事を再開した。

 その後シンジは、アスカに細々と文句を言われつつも一応平和に夕食は終わりを告げ
る事が出来ていた。


    :

 食器を重ねながらも、シンジは少し朦朧とした頭で考えていた。

 今日一日中、考えていたことを。

 アスカは云った。

決まってんじゃない。自分の才能を世の中に示すためよ
 レイは云った。

絆だから」 「私には他に何もないもの
 竜馬や甲児は云った。

どうしてって……正義のためさ」 「俺か? 俺はな…格好いいからだ!
 戦いを乗り越えて、みんな何かを見出していた。

 だが、あのポセイダル兵は云っていた。

ボウズ、覚えておけよ…今は戦争だ。戦争ってのは引き算しかない

 更にポセイダル兵の言葉がシンジの耳を打つ。

相手から奪わねぇと、自分の大切な何かを無くしっちまう
 それを忘れるな、俺みたいに無くしてからじゃ遅いんだからな…
 ダバも云っていた。

これは正しい事じゃない

 そしてポセイダル兵の最後の言葉が耳に響く。

決心しろよ、全てを無くす前にな…

《そうだ、僕は決めなきゃ……いけないんだ。
 今のままじゃ……いけないんだ》

 が、再び何故かそんな事どうでも良いような気がしてきた。ふわふわと漂うようなこ
の感じ‥‥‥

《あ‥‥‥‥あれ》

 世界が揺れる。何故かアスカが大きく見えてくる。

「‥‥‥‥‥‥‥のぉ、不埒‥‥‥‥‥っ!‥‥‥‥‥っ!‥‥‥‥‥‥‥っ!」

 その叫びがシンジの知覚した今日最後の記憶だった。


<第八話Aパート・了>



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ver.-1.01 2001/11/25 公開
ver.-1.00 1999_06/09 公開
感想・質問・誤字情報などは こちら まで!


<作者の‥‥‥‥ごめんなさい>

作者  「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!


     ‥‥‥余りにバツが悪いのでアメリカンスキーな笑いをして誤魔化してみま
     したが、『スーパー鉄人大戦第八話』公開が大変遅れてしまい申し訳ありま
     せん。

        m(_ _)m

     この後はいつも通り2パート/1月程度の更新ペースは守りたいのですが、
     未だお仕事が久方振りに楽しいことになっているもので、思うようになりま
     せん。
     どうぞ御寛容の程をお願いいたします」


<本日の日本語講座>
  陸離  @光がきらきらと断続的に輝くさま。「光彩陸離」
      A物が断続的に連なって美しいさま。
      B美しい玉。
      C複雑に入り乱れる様子。
今回のオマケ。とな


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