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《ホント、レイカのヤツ……嫌味ったらしいたら、ありゃしない》

 ビューティは自分のことを棚に上げ、心の中で恋敵に毒づいた。

 自分がもう少し口が立てば、やりこめるのであろうが、不本意ではあるが……、ホン
トーに不本意ではあるのだが、今は向こうの方が一枚上手だ。

 口惜しいけれど、今日も負け。

 それよりも彼女へ更なる屈辱感を刺激しているのは、その後レイカだけが応接に呼ば
れたことだろう。

《そりゃーまあ、レイカは礼儀正しいわよ……それなりに見栄えはするし、ヤル事に
 ソツが無いわ。それに元々キャリアとして活躍していたのだから、ああ云う(官僚)
 世界のことに詳しいでしょうし……》

 そんな事を考えいて、彼女らしからぬ落ち込みを感じ始めてきてしまう。が、これで
沈み倒してしまうほど、彼女はヤワではなかった。

《い……、いけないわ。このままじゃ、いけない!》

 彼女の名はビューティー……、タフネス・ビューティーだ。クール・ビューティー如
きに負けを認めるような諦観など、欠片ほども持ち合わせてない。

《私の方が先に万丈と一緒だったんだからっ!》

 やおら拳を握りしめ、怒濤の迫力をみなぎらせるビューティー。

《とは云え、少し旗色が悪いのは間違いないわね?》

 少し上がり過ぎたテンションを下げて、ビューティーは現状を素直に分析した。

「何か、いー手は無いかしらねぇ……」

 考えが口に出ていることに気付かぬまま、彼女は辺りを見回した。

 ……………………あった。

 起死回生、戦局挽回、一発必中(?)間違いなし。

 この状況を打破せしめる一手が、その為の"手段"がそこに佇んでいた。

 妙な圧迫感を感じたのか、"手段"は今まで伏せていた顔を上げた。

「…あの……、…何かご用ですか?」

 ビューティは目の前の慎みが過ぎて陰さえ見せる少女へ、アメリカ人らしい不必要な
ぐらいオーヴァーゼスチャーを伴う、無闇にフレンドリーさを濫用した口調でむせ返る
ような好意を押しつけた。

「マユミちゃん?
 ちょっと、おねーさんといーとこ行ってみない?」






スーパー鉄人大戦F    
第八話〔陸離:Her heart〕
Bパート


<ジオフロント【ネルフ】本部>      

「…悪いけど、もう一度言って欲しいわ」

 アスカは握り拳をこめかみに当て、難しい顔をしながら彼女にそうのたまわった。い
つもであれば、彼女に対してその様な口の聞き方は、即座に人としての尊厳の危機へと
直結するのであるが、幸運にも激務に重なる激務でスーパー"ハイ"状態に彼女は陥って
いた。

 故にアスカに与えられたのは、あらゆる意味の『危機』では無く、ごく一般的な、あ
きれかえる程極々普通な返答だった。

「セカンドチルドレンともあろう者が、聞き落とし?
 知恵熱よ、知恵熱」

 アスカも少し動転しているのか、自らの幸運を自覚せぬまま地雷原を疾走するような
事をいっそ見事なぐらいに継続していた。

「あのねぇっ、知恵熱って赤ちゃんが生まれてから半年ぐらいで出す熱の俗称でしょ!
 中身はどうか知らないけど、身体は立派にティーンエイジャー真っ直中のシンジがど
 うして、そんなモノに掛かるのよっ!」

「よく知っているわ。大学卒は伊達じゃないわね、アスカ」

「誤魔化さないでっ!」

「……そうね、確かにそんな病名は存在しないわ」

 アスカの剣幕もそよ風程度にしか感じないのか、受けるリツコの口調はかえって気味
が悪いぐらい優しい。普段もそうであるなら、さぞかし職場の尊敬と慕情を一身に受け
ていたであろうが、まぁそんな事は本人にしてみれば、どうでも良いことである。

 ともあれ、猛るアスカは止まらない。

「だったらっ!」

「でも、他に言い様が無いのですもの。
 カルテ、読めるわね?」

「当然っ!」

 鼻息荒くリツコの手から差し出されたカルテを奪い取る。

「……」
「……」

 無言でカルテに目を通すアスカ。暫し静かな時が流れる。

「何よ、これ。
 熱がある以外、全然おかしい所が無いじゃない」

「そうね、熱があって、軽い疲労が見られる以外は花丸上げても良いぐらいの健康体ね。
 あちこちに軽い打撲傷があるのは、どうしてか聞きたいところだけど……、アスカ、
 どうしてかシンジ君こんなに傷だらけなの。知っているかしら?」

「しっ、知らないわよ。どうせ、ボケボケっとしてて転けでもしたんでしょうっ!
 私は知らないわよっ!
 そんなことより今はシンジの熱よ」

 焦るアスカは彼女一流の強引さで、脱線した話を力任せに引き戻した。
 能力があっても人生経験がないアスカの強引なやり口、リツコはただ苦笑するだけで
ある。

《あらあら。ミサトがこの子達からかうのも判るわね》

 思わず和むリツコである。

「はいはい。
 だから、さっきから言っているわ、ただ熱がある。それだけだって」

「ホントでしょうねぇ?」

「あら、私の診断を疑うの?」

 口調は軽いが、和んで多少いつもの調子に戻ってきたのかリツコの瞳には危険な光が
宿っていた。

 瞳の輝きを確認したアスカは、自分の相手をしていた人物の正体を思い出す。

 ―― マッド オブ ザ・マッド オブ ザ・マッド オブ ザ・マッド オブ ザ・マッド
 ―― 稀代のキ印。
 ―― 科学という名の悪魔に魂を差し出させた魔性の女。

 けなすを通り越して、賞賛にすら昇華した文句を頭の中で巡らしながら、アスカは今
自分が何処にいるかを明確に認識していた。

「と、とんでもないわっ! 天下に名だたるテンサイ、赤木博士の言う事を他の誰かな
 らともかく、このワタシが疑う訳無いじゃない!?
 悪い冗談よっ」

「まぁ…それは残念ね。其処まで言ってくれるなら、今度気が向いたら、私の所へいらっ
 しゃいな。悪いようにはしないわよ」

 気軽に言い放って、リツコは微笑んだ。ただ、その笑みは偉大なるファウスト博士を
たぶらかそうとした悪魔メフィスト・フェレスの笑みと同質のソレを多分に含んでいたが。

 その威力たるや、勇壮無比、見敵必戦、天上天下唯我独尊で知られる惣流・アスカ・
ラングレーをして冷や汗を垂らさせているのだから、どれほどのモノか云うまでもない
だろう。

「あ、あ、あ、ありがとう。取り敢えず遠慮しておくわ。
 じゃ、私シンジの面倒見るのに必要なモノ思い出しちゃったからっ!」

 そこまで言って、アスカは脱兎の如くその場を逃げ出した。

「……全く、ミサトの世話になっている所為かしら。ガサツな所はそっくりね。
 苦労するわよ、シンジ君」

 当人達が聞いたら全力で(特に一者は全身全霊を以て)否定するであろう言葉を呟き、
リツコはその場を後にした。



<ジオフロント【ネルフ】本部 第二発令所>      

 隠静な空気漂うそこを、けたたましい警報が掻き乱す。

「何事だぁ!?」

 当直として、発令所詰めしていた日向マコト二尉は半ば夢幻の原を彷徨わせていた意
識を強制的に現世へ引き戻され、声を荒げた。

 【ネルフ】オペレータの報告がざわつき始めた発令所に響く。

「犬吠崎沖 300km第二警戒ライン上に大小多数の未確認飛行物体を確認。総数不明」

「MAGIの判断は!?」

「賛成2、条件付き賛成1で、師団クラス空挺部隊によるエアレイドの可能性を示唆し
 ています。目的地は 79.2%の確率で関東エリアっ! 第一警戒ライン上まで約30」

「何ぃ、パラトルーパーだぁ!? 通常兵力……、【使徒】じゃないのか。
 まだ距離は有るな、第二種警戒体勢発令っ!
 召集掛けろっ、葛城三佐にも連絡をっ!
 ハイスピードRPV(無人偵察機)射出。今、この辺りを覗いている手すきのスカウ
 トサテライト(偵察衛星)の制御、廻せっ!
 【使徒】対策当直班を除く部署は、敵性勢力の情報収集に全力を投入っ!
 戦自からの通報はっ!?」

「ありません」

「チクショウ、肝心なときに役に立たない連中だなっ!
 三沢や新百里の連中は何をしている、スクランブラー(緊急迎撃機)を上げさせろっ!
 新厚木、浜松もだっ!
 急げっ!」

「「「了解!」」」


        :

 いつもの様に指揮所床が迫り上がり、ミサトが指揮所に到着する。開口一番、彼女は
現状の報告を要求した。

「状況は!?」

「不明です。師団クラスの通常機動戦力が出現した以外、未だ詳しい情報は入っていま
 せん。現在、太平洋側から関東平野へ西進中です。それから……」

 ミサトは日向の報告を受けながら、統合モニター上のシンボルを読み取る。新百里と
三沢からのスクランブラーもようやく上がり始めた様だがその動きは遅い。

《…妙ね。あのセクト主義ガッチガチの SDF(自衛隊)連中が自分達の縄張りでロクな
 動きしてないってのも》

「…絶対、変だわ」

「はっ!?」

 ミサトの独り言に思わず反応してしまう日向。

「気にしないで、こっちの事だから」

 よりにもよって、指揮官として諫められるべき無用な一言をしてしまった事に気付い
たミサトだったが、動揺は心の裡にのみに留めて至極冷静を装った。指揮官はタフでな
ければいけない。殴っても、叩いても、撃たれても。この世のありとあらゆる災厄が自
らに降り掛かろうとも、それを微風のように平然と無視しつつ、最後の一人が敵に討ち
倒されるまで、部下へ死地での過酷な義務の行使を強要する事を、彼らは求められてい
るのだ。この程度の演技も出来ないようでは、指揮官稼業は務まらない。

 無論、我らが【ネルフ】の獄率長・作戦部長たる葛城ミサト三佐は、その手の才能に
関して生来のモノがある。彼女は平然として次なる要求を下した。

「それよりも戦自からの報告は?」

「そっちもまだです」

「たっるんでるわねぇ……、いいわ、方面軍司令への回線廻して。
 直接ネジ込んでやるっ!」

「そこまでヤリますか……」

 敬愛する上官のやり口に、性格的には極めて温厚な日向は少しヒいた。あまつさえ、
相手方の戦自に一瞬とは言え同情すらしてしまう。

「矢面に立ってないからって、戦自の連中はたるんでのよ。ここは一発、ビシッとヤラ
 なきゃ。ビシッと」

 彼女の十年来の友人や被保護者達が居れば、少なからず何か指摘されたかも知れない
が、今ここに居るのは彼らでは無い。

 別のオペレータが声を上げた。

「葛城三佐っ!」

「判っているわ。ワタシの端末に廻して」

「いえ、あの……」

「何? 早く廻しなさい」

「そっ、そうでは無くて……、その戦自からの報告が来ました」

「今頃? 良い度胸しているわねぇー。
 で、何て言ってきたの?」

「はい、読み上げます。
 『現在西進中ノ部隊ハ、我ガ方ノDC討伐隊也。
  御心配無キヨウ。
  我ラガ戦イ、照覧アレ』
 以上で……、すぅ

 報告していたの語尾が小さくなったのは、怒気に当てられたからだ。ここで誰のと言
う無粋な事は言うまでもないだろう。

「……『御心配無キヨウ』、ですってぇ」

 まるで仇敵を見つけたかの様に、凶悪に微笑むその姿は実に魅力的だった。惜しむら
くその魅力が男女の間に存在するソレでは無く、今は無き核兵器が政治的・物理的に発
散するソレと同系列であった事だ。実に残念なことと言える。

 ごく僅かな例外を除きオペレータ達はミサトから少しでも離れようとする中、その例
外たる愛の使徒は、炉心融解した反応炉へ徒手空拳で飛び込む消防署員の如き蛮勇を奮
って、彼女へと呼び掛けた。

「葛城さん……」

「判っているわよ、日向君。
 単なる戦自の嫌がらせだわ。
 私達の鼻先でやる戦いを黙って見てろ、ってね」

 最後の方では罵りを口にて幾分気が落ち着いたらしく、口調も幾分柔らかいモノとな
っていた。無論、程度問題で未だ近代の暴竜・鋼鉄のリヴァイアサンたる超弩級戦艦主
砲斉射程度の魅力は見事に発散されていた。

「いやー、連中も相当えげつないですねぇ」

 もっともその性質など無視して魅力の絶対値しか感じられない愛の使徒相手では、大
した違いは無い。柔らかくなった彼女口調に引き釣られたのか、さり気なく本音が混じ
る日向。まだまだ人生経験が足りない。『連中"も"』と言ったところで、一瞬彼女の目
に鋭いモノが疾った事にも気付いていなかった。

《これは書類処理一週間の刑ね。はい、決定》

 本人のあずかり知らぬ所で、罪を贖わされることを決定されてしまう日向。ただ、贖
罪を強制される本人が全くそれを苦痛に感じないであろう事は、ミサトの想像の範疇外
である。

 ソレはさておき、ミサトは話を続けた。

「いいじゃない……、見てやるわよ。
 そこまで大見得切って失敗したら、孫々七代まで笑い飛ばしてやるわ」

「取り敢えずは、高みの見物と洒落こみますか」

「ふふん……、なかなか、判ってきたじゃない」

「ええ、葛城三佐ですから」

 ミサトは日向のその言葉に少しだけくすぐったいモノを感じていた。



<旧東京上空・戦自ガルダ級超大型飛行母艦【竜鳳】>      

『ベビィカートリーダーよりベビィカート各機へ。降下ポイントまで10。
 降下各機の最終点検報告を行われたし』

ベビィカート2、全機異常無し
ベビィカート4、全機異常無し

『ベビィカート3、報告どうした?』

「時田技師、準備は宜しいですか?」

「後もう少しです。待って下さい」

「了解。
 ベビィカート3より、ベビィカートリーダーへ。現在最終点検中。オーヴァー

『……』

《全く、なんで私が……》

 時田シロウは、ヤシマ重工機動兵器システム設計開発部門の責任者である。だが、現
在は10年ほど前の創立者一族の混乱がそのまま業績に響き、会社そのものがロームフ
ェラー財団によってM&A(企業買収)を受け、【OZ】傘下となっていた。

 その為、今回のモビルドールシステム・実戦プレゼンを行うにあたり、遠く離れた欧
州に本体がある【OZ】からの派遣技師不足を補う目的で、今回の作戦に時田達ヤシマ
重工技師が半ば強制的に引っぱり出されていた。当然本人達の意向など、関知するに及
んでいないことは、彼の労働意欲を見るに明らかであろう。彼ら自身は(独善の気が強
いとは言え)未だ独立独歩の気風に溢れていたからだ。

 その時田のモニターに格納庫で勤労に勤しむ彼の部下達の報告が耳を揃えて、映し出
される。指でさすように確認する時田。その姿からは几帳面さと神経質さが同時に読み
とれる。

「と、……確認終了です。全機異常無し、準備出来ました」

「了解。ご苦労様です。
 ベビィカート3、全機異常無し

『了解。
 ベビィカートリーダーよりベビィカート全機へ。最終ブリーフィングを行う。
 このままコース3−2−0をとり、ポイントαへ向かう。
 ポイントα到達後、降下ハッチ開放。降下各機を放出。
 全機放出後、本隊は上空17000にてトラッキング、空中待機を行う。
 まもなく、ポイントα。
 オーヴァー』

 人類史上最大の航空機が細やかに、だが重量感溢れる振動に包まれた。搭載したMS
を放出するために後部ハッチが開かれたのだろう。

『ベビィカートリーダーよりベビィカート各機。放出開始。放出開始』

 ブリッジクルーの怒声が響いた。

「MSデッキ、人形共を蹴り出せっ!」
『出しますっ!』

 【竜鳳】と同型の僚艦達もMSの放出を始めた。綿毛の如くガルダ級から放出・降
下していくMS部隊の様子は、これから行われる作戦でもたらされるであろう破壊を
想起し得ない、実に現実感に欠けたモノだった。



<月面都市・アンマン>

 ここは月都市アンマン。ここはムーンストーンと呼ばれるレアメタルを始め各種鉱物
資源を産出する鉱山都市として、それ以上に【アナハイム・エレクトロニクス(AE)】社
造船部門施設を持っている月面都市有数の重要都市として知られていた。

 重要さに比例して、そこに駐留する部隊も当然それなりに居る。そして、その部隊が
居としている軍施設では誰に憚ることなく気持ち良さ気な声が響いていた。

「あー、サッパリしたー」

 肩で切り揃えられた赤毛を肩に掛けたタオルで拭きつつ、その胸にこれ以上はないと
言うぐらい存在を主張する巨大な双丘をたわわに実らし揺らしながら、彼女は更衣室へ
と足を踏み入れた。

 その彼女へドア付近に潜んでいたらしい背後から人影が躍りかかる。

「ユング・フロイト、覚悟ぉ〜っ!」

「あら、やだ……、形が崩れるから、止めてくれない?」

「……って、アンタまた胸大きくなってない?」

 背後から機動兵器パイロットらしからぬ量感あり過ぎる双丘を揉みしだきながら、彼
女の同僚リンダ・ヤマモトは呆れたように所感を口にした。

「ま、ねぇ。
 でも、やっぱり月は良いわよねぇ。重力が弱いから、全然肩がこらないモノ。
 お陰でまたバスト大きくなっちゃったわ。
 リンダ、アンタも遠慮しないで胸大きくしたら?」

「どうせ、私は人並みですよ」

 本人はこういっているが、日系アメリカ人あるリンダのソレは日本人の血が混じって
いるせいか平均よりホンの少し(本人談)小振りだった。普通はきめ細かく滑らかな肌
と差し引いて、ブロンドヘアーを鑑みるにまぁプラスかな、と思うが、流石に爆乳魔人
ユング相手では、引け目を感じてしまうのは、しょうがないだろう。

「あら、そうなの? それはいけないわ、私が大きくして上げる」

 相手がいじけた隙を衝いて逆襲に転じるユング。その動きには、パイロットとしての
適正をなかなか感じさせるモノがある。嫌々するリンダに、ユングは自らの性的魅力に
溢れた肢体を絡ませて、人並み(リンダ談)の双丘に手を掛けた。

「きゃ〜☆ やめて〜〜〜〜(はぁと)」

「冗談よ。私、ストレートだもの」

「ちっ!」

「………」

 何故か、舌打ちするリンダにユングのジト目が向けられていた。その様子から察する
にユングは本当にストレートらしい。少したじろぎつつ、リンダは弁解しようとする。

「何よ、その沈黙は。私だって、ストレートなんだから」

「えぇ、えぇ。アンタの名誉のためにそう言うことにしてて上げるわ」

 ユングの語る内容は相手を信じているかのようだが、その口調と態度はソレの対極に
位置していた。

「…ありがとう」

 リンダはイヂけ顔してそう言うしか無いであろう、この場合。

 そんなリンダを放っておいて、ユングは溜め息と共に天を仰いだ。

「でも、ヒマねぇ。【ゲスト】の連中も地球周りでチマチマ戦っているだけで月には適
 当にしか手を出してこないし……
 こうヒマじゃ、腕が錆び付いちゃうわ。いっそDCでも良いから攻撃仕掛けてこない
 かしら」

「あら、戦いがないのは良い事じゃない。『月面の魔女』なんてアダ名奉られているア
 ンタはどうか知らないけど、ごく普通の私のようなMSパイロットは何時殺られるか
 ってビクビクしながら出撃しているんだから」

「この基地のNo.2パイロットがよく言うわ」

「ふふ」

 リンダは屈託無く微笑んだ。だが、次の瞬間表情を少し翳らせて、呟いていた。

「でもホント、早く戦争終わればいいのにね」

 地球には彼女の両親が居ることを知っているユングもまた静かに応じた。

「そうね。ホントにそう思うわ」



<火星軌道 【ゲスト】根拠地>      

「何ですとっ!」

 ポセイダル軍十三人衆長官ギワザ・ロワウは、その作戦案に目を通した瞬間声を荒げ
た。

「現状でこの様な全面攻勢を行うですと!?」

 ギワザの相手の常識を疑うような口調に、ニコリともせず地球文化矯正プログラム先
遣隊・総責任者ティニクェット・ゼゼーナンは相手の剣幕をモノともせず、静かに答え
た。

「その通りだ」

 ゼゼーナンの答えを半ば予想していたかのように、ギワザは再度声を荒げる。

「無謀だっ! そもそも、どうやって敵母星軌道まで戦力を投入なされるのか。
 今まで敢えて戦力を小出しにしていたのは、何も敵戦力を枯渇させる目的だけでは、
 なかったはず。元は、と言えば、そちらの転送施設能力からそうせざるを得なかった
 為だっ!
 それとも何か?
 そちらは、敵母星まで通常航行にて進軍して戦えと言われるのか?
 疲弊しきった所を待ち伏せされて、叩かれるのがオチだと思うが……、如何?」

 ギワザがゼゼーナンの答えを知っていたように、ゼゼーナンもまたギワザの答えを十
分予想していた。間髪入れず、ギワザの懸念を笑い飛ばさんかの様にバリトンの効いた
声で、答えを返す。

「その問題については、そこの…」

 ゼゼーナンはシャピロに視線を向ける。オブザーバとして会議に参加していたシャピ
ロは静かに首肯して見せた。

「…シャピロ君の提案によって解決されている」

「…どういう事ですかな?」

「発想の転換、とだけ行っておこう。
 貴公達には通常通り、【チキュウ】連邦母星軌道には転送にて戦力展開してもらうこ
 とを約束する」

 しかし、なおもギワザは食い下がる。

「だが、それでもなお現戦力比では作戦目標の達成すら危ういっ!」

「それもシャピロ君が提供してくれた情報で解決できる話では無いかな?
 それに懸案だった【チキュウ】惑星上中継点の問題も、あの大きさだけはそれなりに
 あるボートが手に入って、解決されようとしている。
 どうかな?」

 同席していた他の出席者達- セティ達第一級任務主任、星間傭兵団副指揮官、そして、
シャピロ -は沈黙を守る。

《…他の連中は様子見か。判っているのか? このままでは破滅するのだぞっ!
 多少戦術的・作戦的有利を得たからと云って、戦争には勝てんっ!》

 喉元まで出掛かった言葉を飲み込み、目の前の戦略バカを教育すべく、ギワザは息を
整えた。

「…ならば、宜しい。
 決定されたなら、我ら矢面に立つモノは一命を賭して作戦を成功させましょう。
 だが、よしんば作戦目標を達成したとして、占領維持はどうされるお積もりか!?
 この作戦を成功させたとしても、依然として敵戦力は多大なモノがあります。十中八
 九行われるであろう、敵反攻を如何にして防ぐおつもりか、お聞かせ願いたい」

 ギワザの質問に多少辟易した顔をしながらも、ゼゼーナンは答えを返す。

「確かに【チキュウ連邦】の戦力は大きい。だが、シャピロ君の情報によると、決して
 一枚岩ではなく、またその身に反乱勢力を抱えて、戦線へ投入できる戦力はそう多く
 は無い筈だ。十分、作戦終了後の友軍戦力で押さえる事が可能だと考えられる」

《論外…か》

 少なくとも古今東西、結束を図るには明確な共通の敵を作る事が一番手っ取り早い(こ
の手法を採った半宗教的政治形態を採用した国では、自国民を4千万人以上虐殺しつつも
強固な結束を得ることに成功している)。ならば、現段階の状況を甘味料で飽和させた清
涼飲料水を遙かに上回る甘さで行った予測を、相手へ明確な敵(自分達のことだ)を出現
させる未来にまで適用しようとしている事は愚かしいと云うしかない。余りに希望的観測
である。少なくとも軍をあずかる者のするべき考えでは絶対あり得なかった。

 舌打ちしたい気分を振り払い、ギワザはなおも問題をあげつらう。彼自身の目論見か
らも、そうせざるを得なかった。

「机上の空論とは思われないか。万が一、こちらの予想を上回る敵戦力がこちらに向け
 られた場合はどうなされる?
 必敗を期すのは間違い様も無いでしょう…」

「果たして、そうかな?」

「…このままでは陛下より軍を預かる身としては、本作戦案は承服し難いですな」

 ギワザはそこまで言い切って、眼力込めてゼゼーナンを睨み付けた。
 論戦を行っても埒があかないと見たゼゼーナンは少し考えるようなポーズを取る。そ
して、一拍間をおいて口を開いた。

「そうか……、そこまで言われるなら、こちらとしても無理強いは出来ませんな。
 では、持ち帰り再度検討すると言う事で如何かな」

「宜しいでしょう、十二分にご検討戴きたい。
 …十二分に、、、ですぞ」

 クドい程念押しするギワザに、機嫌を損ねた顔をしつつゼゼーナンは本日最後の発言
をした。

「承知した。では、以上を持って会を終わりとする。質問は?
 ……、宜しい、解散とする」

 こうして、【ゲスト】−【ポセイダル】作戦会議は完全な失敗に終わっていた。



<ジオフロント【ネルフ】本部 第二発令所>      

「派手な見せ物ね」

 記録映像を見ながら、珍しく遅れて発令所入りしたリツコはそう呟いた。

「今まで人を矢面に立てて、出し惜しみしてただけよ」

 ミサトは投げ遣りにそう答えていた。

「見た事の無い機体が全体の7割を超えているわ」

「【OZ】とか云うトコの出来損ないMSよ。精々買い叩いたんでしょうよ。もしかし
 て、メーカでも倉庫費掛かるからってんで、特別無料大放出したヤツかも」

 ミサトは実に投げ遣りにそう答えていた。

「旧東京一円を包み込むように降下してるわね」

「ネズミ退治ついでに、地ならしでもするつもりなんでしょー」

 ミサトは至極投げ遣りにそう答えていた。

「随分と、ご機嫌なナナメね」

「ご丁寧な挨拶してくれたからね。
 全く連中、イヤミだけは一人前だわ」

 ようやくマトモに応じる気になったのか、ミサトは投げ遣りな態度を投げ遣った。が、
元々スチャラカな彼女である。ある程度彼女を知る人間以外にはさして変わったように
見えなかった。

「で、どうするの」

「どぉーもしないわ。そもそも、使えるエヴァが一機じゃ話になんないわー」

「あら、使えるのはエヴァだけじゃ無い筈よ」

 リツコはそこで一旦言葉を切って、発令所上部のブライトにチラリと目をやり、ミサ
トを見た。

「…【ロンド・ベル】の機体も使えるのよ。今のアナタには」

「一緒よ、一緒。わざわざ、あそこまで顔出す理由なんかありゃしないんだから、手持
 ちが何機あろうと変わりゃしないってぇーの。
 あそこに【使徒】が出現するなら、話は別ですけどねぇー」

「まあ、そうね」

「で、どうなの?」

「何が?」

「シンジ君よ、シ・ン・ジ、くんっ!」

「問題無いわ。単なる疲れよ。ソレももう一晩休んで解消済み。
 心配なら、技術部印の花丸つけて渡してあげても良いわよ」

「止めてよ、そんな恐ろしい事。人体実験なら、別のでしないさいよ、別ので」

「…どういう意味なの」

 些か危険な気配漂うリツコから目を逸らして、ミサトはスクリーンを見つめた。

「……それはそうとして、エヴァの方は?
 今また【使徒】が来たら、アスカの弐号機だけで戦わせなきゃなんないのよ。パイロ
 ットだけ元気でもしょうが無いわ」

「そっちの方は、良くないわ」

「へぇ、初号機そんなに壊れてたの?」

「いいえ」

「なら…」

「零号機よ」

「……? どしてよ?」

「初号機の損傷なんて知れてるわ。一部の装甲交換と再調整程度でおしまい。2、3日
 中にも戦線復帰するわ。でもね、零号機が…」

「そんなに悪いの?
 確かに敵の攻撃が装甲内に飛び込んでいたけど、あんまり壊れた様には見えなかった
 わよ」

「…えぇ。確かに初号機よりは酷いけれど、敵攻撃の損傷は大した事無かったわ。
 でも、素体が…ね」

「素体が?」

「零号機素体が、初号機より能力が劣るのは知っていたけど、ここまで酷いとは思わな
 かったわ。フルシンクロしていないにも関わらず、零号機四肢の筋組織はズタボロよ。
 オマケに腰椎にも問題が出ているわ……
 未調整で出撃させたから、最悪中破ぐらいは覚悟していたけど、これは大破と言って
 も言い過ぎじゃないわ」

「要するに、あれ?
 運動不足の零号機をシンちゃんが無理矢理動かしたからアッチコッチで肉離れ起こし
 た挙げ句にギックリ腰やっちゃった、って事?」

「…端的に言うとそうなるわね。
 全く、パーソナルデータ書き換え……、大誤算ね」

「へぇ〜。シンちゃん、やるわねぇ。
 でも、あんなに都合良く零号機が出せたのはそう言うわけだった訳ねぇ」

「碇司令の指示でね」

「全く、素直じゃないわねぇ。ウチのヒゲも」

 スクリーンを見ながら言ったミサトの言葉にリツコは小さく独白していた。

「さぁ…どうなのかしら」



<旧東京・DC/Dr.ヘル軍団臨時指揮所>      

「むぅぅ、ここを嗅ぎ付けられていたとは、な……、少し、連邦を甘く見すぎていたか」

 血色の悪い顔を歪ませた老人は、MS部隊の降下・進撃を確認して忌々しげに呟いた。
と同時に、あしゅら男爵が慌てふためき、指揮所へ飛び込んできた。

「ヘル様、Dr.ヘル様っ!」

「騒々しいっ! 言われずとも、判っておる。
 差し当たり、ここにある機械獣を全部出せっ!」

「しかしっ!」

 Dr.ヘルの指示にあしゅら男爵が意見しようとする。
 それはそうだ。今手元にある戦力は精々が数十機程度の機械獣でしかない。基本的に
機械獣は耐久性が高い事で多少の戦闘では能力を失わず、人型であるため人々に実際の
ソレより大きい心理的圧迫を与える事から、大規模破壊テロを行うには都合の良い戦力
ではある。

 が、正規編成の機動戦力へぶつけるには明らかに能力不足だ。集団戦闘では個々の能
力そのものより、むしろ集団としての連携能力の方が重視される。ましてや少なくとも
百機以上、下手をすると二百機以上に達する敵戦力である。手短にある全戦力をぶつけ
ても、退路を確保することすら危うかった。

 そんなあしゅら男爵の危惧を見透かしたように、Dr.ヘルは不敵な笑みを浮かべる。

「判っておると言っておろう……、機械獣共は時間稼ぎよ。
 東方先生っ!!」

「うむ」

 返事がしたかと思うと、白銀の弁髪眩い筋骨隆々たる男が現れた。その重々しい口調
故、Dr.ヘル以上に重ねた年月を感じさせるが、それ以外は実に若々しかった。

「任して戴きましょう。完全に復活していないとは言え、あの程度の有象無象など【デ
 ビルガンダム】の敵ではない。起動までの時間さえ持ちこたえて戴けたなら、見事蹴
 散らして見せましょうぞ」

「先生の力強いお言葉、このDr.ヘル感服いたしました。
 では、【デビルガンダム】の起動をお願いいたします」

「承知した」

 拳法道着に身を包んだ烈士は、一言そう言い残すと素早く何処かに向かった。その姿
を見送りながら、Dr.ヘルは口を開く。

「あしゅら男爵よ」

「はっ!」

「ここにある物資、ランクB以上は【グール】十一号艦、十二号艦へ積み込め」

「はっ……、よろしいので?」

「万が一と言う事もある。用心せねばな……、この儂が志半ばで死ぬるなど、許されよ
 う筈も無かろう……、よいなっ?」

「「ははぁーっ!!」」


        :

 弛んだ頬を持つ男の見るモニター上では、【OZ】製無人MSと機械獣が激しい戦い
を繰り広げていた。だが、戦いは【OZ】製無人MSが機械獣を圧倒していた。

 古来よりテロやゲリラ等の不正規部隊を殲滅する最良の手段は、敵集団を一ところに
追い込んで、退路を断った上での包囲殲滅である。

 多くても精々大隊規模の機動戦力であろうDCの旧東京潜伏部隊を確実に殲滅するに
足る戦力を用意した戦自降下部隊は、部隊を4つに分け、旧東京都一円を包み込むよう
にして、降下していた。

 攻撃主軸となっているのは、旧練馬区近辺に降下した【OZ】製無人MSシステム・
モビルドールシステム搭載機2コ増強大隊100機である。

 その彼らは、与えられた戦闘能力にモノを云わせて、目的地である旧新宿区へ大手を
振って高らかに行進していた。

 無論、DC(Dr.ヘル軍団)側も座して死を待つほど諦めの良くない、と言うよりか
諦めの悪さに関しては天下一品である。手持ちの機械獣などを主軸とした出来得る限り
の戦力を出撃させ、遅滞防御戦を行っていた。

 例えば、予想される侵攻ルートに、いくつかのポイントを選出。大型施設跡に潜む機
械獣が【OZ】MS達の通り過ぎるのを待ち背後から襲う。MSが機械獣に気を取られ
て、誘き出された所を、ビル内部に潜んだ鉄兜兵複数が同時多発・一機当たり数十発を
超えるような対MSミサイルで飽和攻撃を仕掛けた。

 それでも攻撃された自律制御MS達は、感情の起伏が感じられない実に的確な動作で
回避運動を行い、被弾数を局限する。彼(?)らの努力の甲斐あり、致命的な被弾を受
けず一時的な行動不能に陥る程度だった。

 だが、それもモビルドール達の反撃が行われるまでだ。後退しようとする鉄兜兵を上
空から飛行型MS【エアリーズ】が掃射する。その【エアリーズ】へ鉄兜兵に随伴して
いた機械獣が攻撃を加えるが、その攻撃は全く効果を得ず、あべこべに居場所を晒すだ
けに終わる。それにより、数瞬後には一時的行動不能に陥ったMSを含む射程範囲内の
MS全機から圧倒的な数の集中攻撃を受け、DC(Dr.ヘル軍団)部隊は確実に沈黙させ
られていた。

 そんな報告を受けながら、ツバロフ技師長は機嫌良くガルダ級超大型飛行母艦【白鳳】
ブリッジのシートへ身を沈めていた。

「圧倒的ですな。我々のモビルドール前には機械獣など、デクに等しい。
 そうは思いませんかな」

「全くです、ツバロフ技師長殿」

 同じ自律兵器とは言え、その程度には圧倒的な差があった。例え単体としての破壊能
力で【OZ】製MSが機械獣に劣っているとしても、高反応性を持ち、機体間での連係
機能を持つモビルドールシステムは、単独行動しか行えない機械獣人工知能を問題とし
ていなかった。

 状況に多少の差があるとは云え、【OZ】製モビルドールシステム機で構成された各
増強一コ大隊の2部隊もほぼ同様に敵抵抗を排除しつつ、包囲網を狭めていた。

「この分だと、思ったよりも早くここに潜むDCを駆逐できそうですな」

「だと良いのですが」

 軍人ではないツバロフの余りに楽観的すぎる予測に、空挺隊の指揮を執っている酒井
隊長は半ば危惧を抱く。この手の楽観論は容易に組織を堕落させるからだ。気付いた時
には敵の軍門に降っていると云うことも珍しくない。如何にしてたしなめるべきか酒井
隊長が迷っていると、またもやツバロフ技師長の口が開いた。

「ですが、【ガンヘッド】隊の動きが見えませんな。まさかとは思いますが既に全滅し
 たのではありますまいな?
 全く、如何に旧式兵器とは云え、もう少し頑張って欲しいモノですな。
 ハッハッハ……………・・・」

《実戦で鍛え上げられたアイツらが、アナタのデク人形の様にお祭り騒ぎをしながら進
 むと思っているのか……》

 酒井隊長は内心そう思いながら、一人で悦に入るツバロフを礼儀正しく無視する事に
した。


        :

 その頃、東京湾へ降下したM−5【ガンヘッド】増強一コ大隊50機は、竹芝桟橋付
近から上陸、【ユニット 506】【 507】を指揮機として、酒井空挺隊々長の予見通り隠
蔽行動にて自律兵器らしからぬ、実に粘り強いのジワリジワリとした進軍を行っていた。

「-----------」

 指揮下の【ユニット 203】から、DCバイオロイド兵・鉄兜兵仕様の発見の報が人間
には理解出来ない軍用バイナリ言語にて近距離通信用微弱レーザーと言う形で伝えてき
た。

 指揮機である【ユニット 507】は、それこそナノセカンド以下と言う人間には、逆立
ちしようが生まれ変わろうがマネの出来ない瞬きすら許さぬ時間で、数万通りのシミュ
レーションを実行し、判断を下した。

「了解。支援に【ユニット 208】を廻します。手順 3-3-4でお客様に気付かれぬよう、
 スタジアムよりお引き取り願ってください」

 何故か、自然言語(注:人間の使用する言葉のこと)にて【ユニット 507】は指示を
下す。【ガンヘッド】シリーズは万が一の事態に備えて自然言語による命令受付能力を
持っている為、特に支障は来さなかった。

 しばし、該当機以外は無音待機にて報告を待つ。

「-----------」

 任務完了を【ユニット 203】が伝えてきた。特に有線を含めた敵通信の増大は関知さ
れない。敵歩哨は警報も出せずに排除されたと見て良いだろう。

 この様な細心の注意を図った侵攻を行うことにより、【ガンヘッド】隊は練馬方面よ
り新宿へ侵攻・交戦をしている【OZ】モビルドール隊が繰り広げている様な無用の戦
闘を回避することに成功していた。

「まだ、二回の裏と言うところですからね。
 お客様に不安を与えないよう、静かに、礼儀をわきまえつつ、インフィールドまで前
 進。
 相手プレーヤがベンチから出てきても、インフィールドまでプレーは禁止します。
 スタジアムに入られているお客様には、細心の注意を払って見落としの無い様に」

「「「「「「「「「「「-----------」」」」」」」」」」」

 一斉に返答が返ってくる。無論、味気ない軍用バイナリ言語にて、だ。

「では、皆さん締まって行きましょう」

 だが、それでも【ユニット 507】は楽しげに号を発していた。


        :

「圧倒的だな…」

 眼下で繰り広げられる戦いを見下ろしながら、張五飛は呟いた。

 そこでは【OZ】製モビルドールシステム機が機械獣を文字通り駆逐と云わんばかり
の勢いで圧倒していた。

 今しも強靱な耐久力を誇り、近接戦闘に大いなる能力を示す機械獣【スパルタンK5】
が手短に居たな汎用MS【リーオー】に近接戦闘を仕掛けた。その様子は、まさに木偶
人形に、熟練した古代ギリシャ熟練戦士が襲いかかっているようにしか見えない。木偶
人形の撃破は必然に思われた。

 だが、それはあっさり躱される。そして【スパルタンK5】は反撃に転じた【リーオ
ー】によって、その腕に構える 105mmマシンガンから火線をしたたか浴びる。

 一瞬体勢を崩す【スパルタンK5】であるが、流石にその程度で、タフさがウリの
【スパルタンK5】が行動不能に至るような損傷はない。持ち直す。が、その時には、
他の【リーオー】や火力支援MS【トラゴス】からも射撃を浴びせられる。

「だが、この力はいずれコロニーに向く…だと、すれば」

 ついに【スパルタンK5】が爆炎に包まれた。爆光が辺りを鮮やかに照り映す。

 これは今ここだけの出来事では無い。要するに頑丈なだけが取り柄のDC側機動兵器
主力・機械獣を以てしても、まともな足止めにすらなっていないと云う事だ。無論コロ
ニー側にも、自警団は存在し、旧式とは言えMS隊を保有している。だが、これらモビ
ルドールがコロニー武力鎮圧へ投入された場合は?

 容易に想像できる。コロニー自警団の旧式MS隊の一方的な敗北だ。

 加えて状況も極めて危うい。今【OZ】はスペースノイドを敵視する【ティターンズ】
と結びついている。後はきっかけさえ、あればよい。

「やはり、これは悪か……、悪の芽は摘み取らなければならない。
 【ナタク】、喜べ。
 俺達の敵が見つかったぞ。
 …【OZ】だ」

 彼は彼の愛機の名を呼び、己が斃すべき敵の見つかったことに傲岸不遜な笑みを浮か
べていた。



<ジオフロント・【ネルフ】本部>      

「アンタねぇ……、全く、初めてよ。こんなのっ!
 開いた口が塞がらないって、言うの?
 なっさけ無いったらありゃしないっ!」

 ベッドサイドで器用にナイフを使ってリンゴを剥きながら、アスカは延々と続けられ
ているシンジへの弾劾を飽きることなく続けていた。

「そ……、そんな風に言うなよ。
 僕なりに考え事してたら、ちょっと熱が出たってだけじゃないか……」

 シンジも夕べの出来事と症状を聞かされて情けないのを自覚しているのか、抗議する
口調も弱々だった。

「えーえーえーえー、そうでしょうとも、そうでしょうとも。
 で、三歳児以下・乳児並に知恵熱出されたティーンエイジャーの碇シンジ君?
 ご気分はいかが?」

 たとえ演技であろうとも、普段のアスカらしからぬ優しげな気遣いがまた一層シンジ
の情けなさを冗長させる。ポロリと弱気な発言が出るのも致し方ないだろう

「うぅ、イヂめる?」

 シンジの質問に、実に作りましたと言わんばかりの笑顔でアスカは答えた。

「全〜然、イヂめないわ。アンタなんかイヂめても、ちっとも楽しくないもの。
 ハイ、剥けたわよ。
 それ食べ終わったら、ここ…出るわよ」

 そういってアスカは剥いていたリンゴを根本的に生真面目な性格そのままに正確に八
等分してシンジへ差し出した。

 シンジはアスカの言っていることとやっていることに差があり過ぎて、シンジは頭が
痛くなってきた。彼女のどれが真意だか判らない。また熱がぶり返してくるような感覚
さえを覚える。

 考えていても判らない。判るかも知れないと言う糸口さえ見つけられないシンジは、
アスカの剥いてくれたリンゴをシャリシャリと大人しく頬張るしかなかった。

「でもねぇ……、アンタ、バカの癖してくっだらない事悩んでるから知恵熱なんて恥ず
 かしいモノ出してんのよ」

「そんな言い方無いだろう。僕だって、僕なりに考えてただけなんだから。
 それともアスカは僕に考えるな、とでも言いたいの?」

「違うわよ、確かに考えることも大事だけど、アンタのは考え過ぎなのよ。いくら考え
 てもそれが行動に結びつかないと、タダのバカなのよ。特にアンタは、ねっ!」

「何でだよっ!」

「決まってんじゃな〜い、バカシンジだからよ」

「何だよ、それは!?」

「うっるさいわねぇ……、知恵熱出した分際で偉そうに口答えするな!」

「アデデデデデッッ…………」

 ひとしきりシンジの頬を引っ張り倒して、満足するアスカ。そんなアスカをシンジは
涙目で恨めしそうに見ていた。

「何よ、まだヤラレ足りないわけ?」

 シンジはアスカの質問に答えず、目を逸らした。流石に少し機嫌を損ねたらしい。

 シンジのその態度に少しこめかみに青筋が浮かびかけた彼女だったが、珍しく自制に
成功する。少し考えて、何か思いついたようで顔を輝かせた。

「でもねぇ、アンタ少し考えた程度で熱出しているのは、生っチョロい証拠よ……、せ
 めて、体だけでも鍛えたらぁ?。
 誰かに教えて貰うとかしてさー……………」

「誰か、って誰だよ」

「例えば……」

 アスカはここで少し言い淀んだ。まぁ、多分自分が教えるしかないのだろうが、すぐ
に自分の名を出すのも、(彼女にしては珍しいことだが)余りに直截的でもう一つ気が
引ける。

 かと言って、アスカも【ネルフ】や【ロンド・ベル】でフィジカルトレーニングコー
チに適した人物は、と言うと、すぐ思い浮かばない。

「で、誰なんだよ」

 シンジの急かしが彼女の癇に障る。

「煩いっ! 少しは静かにしなさいよ」

「自分が言い出したくせに……」

「う・る・さ・い! アンタも男なら、あの不愛想なハチマキ男の……」

 そこでハタと気が付いた。

《なぁーんだ、そういえばそういうヤツも居たわね。アタシとしたことが……、アタシ
 ほど適任じゃないけど、引きあいに出すには丁度ね。
 あはははー、だ》

 心中、実に楽観的な笑いをする彼女。だが、彼女はこれから彼女の人生の中でも指折
りの失敗を犯すことになるとは気付いていない。

「そうね……、例えば、あのドモン・カッシュとか言うヤツにでも、鍛えて貰ったらぁ?」

「ドモンさんに?」

「そうそう。
 不愛想だけど、何とかって云う格闘技大会のチャンピオンらしいから、腕は立つみた
 いだし。まぁ、難を言えば、私ほど……」

 そんなアスカの言葉など、もうシンジの耳には入っていなかった。いきなりアスカの
手を取ると、力一杯握りしめて感謝した。

「ありがとう、アスカっ!」

「はひぃっ!?」

「そうだねっ! ドモンさんならきっと僕は勁くなれるよっ!」

「えっ、あ、あの……」

「流石、アスカだ。そうだ、そうだったんだよっ! 何で気付かなかったんだろう、こ
 んなに身近に答えがあったのにっ!」

「シ、シンジ?」

「うん、そうだね。判っているよ、アスカ。僕の決心が変わらない内にドモンさんの所
 へ行けって、言うんだろう!?
 そんなの決まっているよっ、今すぐ行くよ。
 じゃ、僕ドモンさんの所に行って来るね!
 うわっ!?」

「きゃぁ…」

 シンジは病室を飛び出したところで何故か戸口近くにいたレイにぶつかる。

「わぁ、ごめん。綾波っ!
 ちょっと今急いでいるからっ!
 後で謝るよ」

 気が急いているシンジには、レイの彼女らしからぬ年相応の悲鳴などと云う重大事件
にすら、気を留めようとしていないかった。

「…………」

 そんな喜び勇んで駆け出していくシンジの後ろ姿を、アスカは呆然と見送ることしか
できなかった。

 シンジの背を追うアスカの視線が、入り口で尻餅を付いているレイと合う。思わず見
つめ合ってしまう。

「「…………………」」

 いつも通り感情が感じられない紅い瞳に何となく非難めいた色が浮かんでいる様に見
え、心理的圧迫を感じるアスカ。プレッシャーを押し退けようとするが、これまたらし
からぬ事に精彩を欠いていた。

「……何よ。何か云いたいことでもあるのっ!?」
「……別に。私には関係ないもの…………」

 この失敗によりアスカはシンジに対して、廻りくどい手法を控えるように成り始める。
そして、この先で起こるある事件からは、あからさま過ぎる程ストレートな手法を常用
するようになり、その災厄がシンジへ降り注ぐようになるのだが、それはまた別のお話
である。



<旧東京ウォータフロント、シン・ザ・シティ>      

 立ち上る黒煙を見ながら、問答無用のナイスガイ・破嵐万丈は呟いた。無論その煙の
の元では、戦自空挺部隊【OZ】モビルドール大隊が激しい戦闘を行っている。

「いけないな、こんな街中であの様な戦いを始めるとは」

 脇に控えるギャリソン時田は彼らしいスタイルを堅持したまま、謝辞を口にした。

「申し訳ありません。彼らの情報隠蔽工作が珍しく巧妙でしたので、報告するに充分な
 信頼性を得るに手間取ってしまいました」

「いや、戦自の皆様方がそれだけ意欲的に仕事をしている証拠だ。良いとしよう」

 一応は納得してみせる万丈。しかし、その顔には静かな憤怒に彩られていた。

「だが、この有様は許せないな。…【ダイターン3】は出せないんだね?」

「はい。連邦軍や戦自との摩擦を避けるため、こちらには持ち込んでいないのが裏目に
 出ました。呼び出そうにも只今全面改装中でございます」

 彼らの口にした【ダイターン3】とは、彼の所有する(公式には所有していた)可変
機動兵器である。自走砲台に似たタンク形態で 80m、航空機に似た高速飛翔形態で100m、
人型形態で全高120mに達するこのマシンを果たして機動兵器というカテゴリに含めるか
(超大型モビルアーマーですら 60m程度でしかない)どうかは、未だ専門家の間で論争
が続いている。これは、ある映像記録が存在したことが非常大きい。それは、第二次地
球圏大戦で、このマシンが巡航艦クラス戦闘艦艇をダイターンザンバーと呼ばれるエネ
ルギーソードで一撃の下に輪切りにすると云う、非常識な光景を記録したモノだ。

 極端な意見の中には人型機動戦闘艇(居住設備を持っていないので艦では無い)と言
うカテゴリを新設して、含めるべきだと言うモノもあった(尤もこの時点では、軍がこ
のカテゴリに該当するマシンを所有していなかったので、意見が出ただけだったが)

 それはさておき、前大戦終了後、例によって至る所に難癖付けて軍所属以外の機動兵
器を極力放棄させようとしていた戦自の目は、【ダイターン3】を所有する万丈にも向
けられた。事が彼の財閥で所有する企業群社会活動へも悪影響を与えかねなかった事か
ら、彼はマシンを大戦直後の整備中にテロに遭い爆破されてしまったモノとして、隠匿
してしまう。

 そのため、この危機に直面するに及んで彼は【ダイターン】を使えない。そう言うわ
けである。

「だな……、情けのないモノだな。【ダイターン】が無ければ、この僕もこの状況で
 出来ることもたかが知れている、と言う訳だ。
 愚痴を言ってもしょうがない。取り敢えず、お客様を安全な場所へ。
 全てはそれからだ」

「それですが実はもう一つ、悪い知らせがございます」

「何かな?」

「ビューティ様と山岸様のお嬢様が屋敷から出られております」

「―――!
 何処に行った!?」

「誠に申し上げにくいのですが……、あちらでございます」

 そう言って申し訳なさそうにギャリソンの腕がさし示した方向には、戦雲沸き立ち、
赤々とした戦火を照り映す修羅場がその存在を声高に主張していた。



<旧東京・某区地下>      

 ほのかな明かりがそこを照らし出していた。大きな金属塊があった。

「明かりを付けいっ!」

 銀の弁髪で判るように号を発したのは、怪老人・東方不敗だった。その指示に従って
付け増された明かりに照らし出された何かの顔の様な金属塊上部には、蛇腹の茎が伸び、
その先にはMSらしき上半身が繋がっている。しかし、上半身サイズは下の金属塊と比
較して、いっそ慎ましいと言え程でしか無い。とても通常のMSサイズには見えなかっ
た。

 騙し絵的な光景で正確な大きさは判らないが、上部のMS胴体部が通常のMSサイズ
であったとしたら、とてつもない巨体で有ることだけは間違いない。それほどの大きさ
を金属塊は持っていた。

 その姿を確認して、東方不敗は一瞬忌々しげな顔をしたが、すぐにその表情を消し去
り、貸し与えられた鉄兜兵達に指示を下した。

「プログラムM3起動。予備エネルギーライン、開け。
 【デビルガンダム】起動するぞっ!」

 常時開かれていたソレに加えて、新たなエネルギーラインが開くと、ソレは身をビク
リと震わせた。金属塊からは鼓動を刻むようにプレッシャーが辺りに振りまかれる。

「ほぅ…伊達にライゾウ・カッシュが手を掛けていたわけではない。と言うことか。
 連邦の莫迦者が善からぬ企てをするのも無理はなかろうな。
 …来たか」

 金属塊の一部分が開いた。中の粘液質が蠢いたかと思うとその中からは鎧を着たサイ
クロプス- ギリシャ神話で登場する一つ目の巨人 -の様な人型機動兵器が姿を現してい
た。


            :

「ここは…何処だ…?」

 思い出せない。母が撃たれ、父は『逃げろ』と叫んだ。サイド7を…ダメだ、靄が掛
かっているようで何かが思い出せない。

「私は…誰だ…?」

 思い出せない。自分にはやるべき事があった筈だ。だから、父は…ライゾウ・カッシュ
は自らの伴侶が撃たれたにも構わらず、『逃げろ』と言ったのだ。

「そうだ…私にはやるべき事がある…」

 渾身の力を振り絞って、身体を動かそうとする。が、四肢は蔦のようなモノに絡み取
られて動けない。ならば、他の手を打つまでだ。

「むぅぅぅっ………」

 彼は体中の力を自分の身体ではない、自分の身体へ込めた。彼は気付いていないが、
彼の意識を向けられているそんな器官は、人には存在しない。

「おぉぉぉっ………っ!」

 魂消るような叫びを上げた彼は、何かをなしえた満足感に包まれた。

 そして、彼は再び意識を混濁の海へと沈めた。


            :

「もう、何よ。何処の連中よ!
 こんな街中で戦争始めようだなんてっ!」

 旧原宿浅草付近の露天市に山岸マユミを連れ出していたビューティは、降下してくる
モビルドールを見て、思わず叫んでいた。

 この時代、戦争の様式は旧世紀末期の傾向を一層顕著にして、民間人の居住エリアで
の戦闘は極力回避される様になっていた。(旧世紀にしても、軍が軍(民兵やゲリラ、
兵站に直接関わる工場、船舶を含む)以外への攻撃を積極的に行う作戦は、日中戦争で
の日本軍三光作戦や、第二次世界大戦やベトナム戦争での米軍が行った戦略爆撃を始め
とする一連の虐殺作戦ぐらいしか無いのだが)

 これは、全人口の数割に及ぶと言う人的被害を出した、二回の地球圏大戦があっての
事だ。人々は自らの力と狂気に恐怖していた。

 故に今では多少の問題があっても、軍関係者は居住区画での戦闘は避けようとする。
筈なのだが……、現実はそれを裏切っていた。

 先の戦争が引き起こした災厄を忘れていない市に集まっていた人々は口々に慮外者へ
の怨嗟を口にしながら、荷物ある者は荷物を纏め、荷物無い者は直ちに逃げ始め、辺り
は騒乱につつまれる。

「きゃ……、もうっ!
 マユミちゃん、大丈夫?」

 逃げ惑う人の波に押し合いへし合いされつつも、ビューティは傍らの同行者を掛け値
無しの純粋な心配で気遣う。幾ら連れ出した動機が不純だとしても、こんな場面で打算
して行動する程、彼女は計算高くなかった。

「は、はい……」

「ごめんなさい、こんな事になっちゃって…必ず無事に帰して上げるから、私から離れ
 ちゃ、ダメよ」

 ビューティの真摯な表情に、マユミは小さく、しかし確かに彼女の目を見て肯いていた。


            :

「………?」

 【デビルガンダム】周辺でエネルギーライン監督をしていた鉄兜兵は、首筋に違和感
を感じた。彼は違和感に手を当てる。

「? ネンエキ?」

 それは何やら半透明のジェルだった。だが、次の瞬間手に着いたジェルが彼の身体に
染み込むようにして消える。そして、染み込んだ部分に金属質な輝きを持つ六角形が浮
かび上がった。
 それに驚くヒマもなく、違和感が全身に拡がる。

「―――っ!……っ!…‥‥っ!‥‥っ!・・っ!・・・」

 声無き悶絶を繰り返す鉄兜兵だったが、それも徐々に小さくなってきた。ついには完
全に動きを止める。動きを無くした彼の身体からは薄い膜の様なモノが張り出され、そ
れは繭となる。

 そして、繭から腕が突き出された。


            :

「どうした!? 何事だっ!」

 機動兵器生産プラントとして順調に稼働していると思われていた【デビルガンダム】
だったが、突如として身を震わせ異常活動を始める。【デビルガンダム】より湧き出る
機動兵器数が爆発的に増加し始める。

「まずい……このままでは自己崩壊してしまうぞ」

 本来、【デビルガンダム】は自己再生、自己増殖、自己進化の三大機能を持つ。故に
戦いで傷つこうとも弱点を分析改善しつつ修復、復活を行う事を単独で可能としている。
だが、それも完成した場合の事である。未完成のまま、サイド7を脱出、大気圏降下し
たツケは思いの外大きかった。それは必要なプログラムを揃えられた今現在も変わらず
その存在は非常に微妙なところで維持されていた。

 無論現段階でも、通常の構造物等と比較すれば十分過ぎるほどの強度を持ってるが、
それもエネルギーが十分に在ればこそだ。このまま無秩序な生産活動を続けていてはい
ずれ構造維持に必要なエネルギーすら使い果たし、自重で崩壊してしまうだろう。

「早く、原因を突き止めろっ!」

「原因不明」
「対処不能」
「自己崩壊リミットまで280」

 鉄兜兵達の報告は一様にして、彼の望まぬ未来を予感させるモノだった。その時彼、
東方不敗は【デビルガンダム】直下に人影を見つけた。鉄兜達の古代ギリシャ兵風容姿
とは明らかに違う見慣れぬ人影だ。

「ムッ、、、何ヤツ!」

 一声そう発すると彼は跳躍した。飛翔とも言わんばかりに宙を舞い彼は怪しい人影の
前へ降り立つ。その人影は男だ。やたらに古風なトレンチコートに身を包んだ男の顔は
両眼と眉間を残して黒・燈・赤の三色覆面に覆われていた。

 常識的に考えても"バカ"そのものの格好だが、その男の鋭い眼差しが道化めいた全て
を払拭して、礼装以上に見せていた。

「貴様ぁーっ! 名を名乗れぃっ!!」

 覆面男は東方不敗の帯巾自在術- 腰帯を得物に自在に扱い、敵をうち倒す -をかいく
ぐりあまつさえ、その懐から幾条かの手裏剣すら放って見せる。

「甘いわっ!」

 僅かに身を捻ってクナイを避けるが、それは東方不敗を狙ったモノでは無い。それは
一直線に【デビルガンダム】上部胴体胸部コアへと飛び、その紅玉を割り穿つ。

「何ぃ!?」

 よもや、手裏剣程度がコアを傷付けるとは。
 この怪人・東方不敗をして、驚かす一撃を放った覆面男は東方不敗に構わず割れ欠け
落ちたコアを手にし、逃走を図る。

 が、東方不敗もそこまでマヌケではない。彼の腰帯が覆面男を襲った。それは半ば予
測されていたように当たる事あたわず、その直前地面を打つに留まるが覆面男の動きを
止めた。彼にはそれで十分だった。

 ジリと間合いを詰めながら、プレッシャーをかける東方不敗。

「逃げられるなどと思うなよ」

「良いのか? このままではコレは自己崩壊するぞ」

 覆面男の言葉は真実を衝いている。東方不敗は舌打ちを漏らす。

「ちぃ…」

「では、さらばだ」

 東方不敗の気が一瞬【デビルガンダム】に向けられた隙を衝いて、その男は煙幕弾を
放ち、雲の如く湧きいでた煙に紛れ姿を消す。

「ふはははは…私の名はシュバルツ。シュバルツ・ブルーダー。
 いずれ、【デビルガンダム】の息の根は止めて見せよう。覚悟しておけ」

 煙幕に消える不審者を忌々しげにしながら、東方不敗はいっそ感嘆するかのように呟
いた。道を究めた自分を口先一つで良いようにして逃げおおせてしまう。なかなかに出
来るモノではない

「やりよるわ………」

 完全に気配まで消している。これでは追えない。だが、そう遠くへは行けないはずだ。
人海戦術で炙り出すべきだろう。

 決断した彼は、声を轟かせた。

「者共、出会え、出会えっ!
 曲者ぞ!」

「「「「はーっ!」」」」

 声を揃えて、鉄兜兵が外へと雪崩うつ。それを見送りつつ、東方不敗は未だ狂ったよ
うに一つ目MSを生み続ける【デビルガンダム】へと目を向けた。秒刻みでソレから活
力が失われていくのが感じられる。

「ようやく、ここまで復活したと言うに…致し方在るまい……、ハァッ!!」

 刮目して、気合い一閃。彼は見事な跳躍を見せ、【デビルガンダム】胸部目前へと跳
んだ。

「流派東方不敗が拳っ!
 災禍化鳳飛天っ! 界乱不和っ!
 白天光輝、我拳越界っ!
 禍鳳落天っ!
 白天落鳳拳ー―――――っ!
 ハァァァァァ、イィッ!!」

 正拳と共に発勁がコアへと叩き込まれる。【デビルガンダム】は数度身を震わし、そ
して異常なまでに活性化していた活動を幾分鎮めていた。

 人間の限界を鼻先で嘲笑うかのような技、見事過ぎる手並みを見せた東方不敗は音も
なく地面へと降り立った。

「これで今暫くは問題あるまい。後始末は容易では無かろうがな…」

 不敵な笑みを浮かべながら、言い放つ。 だが、次の瞬間何かを思いだしたように表
情を曇らせる

「ライゾウ、お前の後始末もな……」

 その言葉は、人生に疲れた老人そのものだった。



<旧東京ウォータフロント、シン・ザ・シティ>      

 ここは旧東京臨海副都心部、通称【シン・ザ・シティ】の管理・監督を一手に引き受
けている連邦政府文化庁旧東京臨海副都心局。

 その庁舎ビル局長室では、少し特殊な魅力を携えた女性が憤っていた。

 彼女の名は海入深月(みはいり しづき)、連邦政府文化庁旧東京臨海副都心局々長。

 艶やな黒髪を腰まで伸ばし、麗しい細面を無粋なフレームレスグラスで彩り、スレン
ダーかつ女性的魅力に溢れた肢体をシンプルなデザインのスーツで包み込んだその姿は、
何というか実に素朴で飾らない、森羅万象・大自然の荘厳さを醸し出す。

 要するに彼女は、少し前の機能美を見せるこの部屋で、それを遙かに上回る中世以前の
神官職に見られるかなりレトロな人間的魅力を主に激情面で沸き立たせていたのだ。

 焚き付けた相手もさぞかし肝を冷やしているであろう事は、紛れもない事実であろう。

「一体、これはどういう事ですかっ!?
 ここが戦場になる何て聞いていませんよっ!」

 電話の向こうにいる相手を喰い破らんばかりの口調で、彼女は怒鳴りつけた。

『そ、それはだねぇ……、…、・・・・』

 怒鳴られた相手はかなり萎縮しているらしく、受け答えが実に歯切れの悪いモノであ
ることは漏れ聞こえる声を聞くまでもない。

「そんな事は聞いていませんっ!」

『しかし、そうは言われても…………………、…………、………………………』

 苦し紛れの官僚的答弁は、完全に彼女の逆鱗を蹴倒していた。その澄んだ美貌に似つ
かわしくない青筋を顔中に張り付けて、彼女は最終解決してしまう。

「もう良いですっ!。それでは、こちらにも考えがありますっ!
 現時点を以て、文化庁旧東京臨海副都心局々長権限を行使いたしますので宜しくっ!」

 それはこの街における行政・警察・司法等の社会的資源一切を自分に管理下に置くと
言う事だ。【ネルフ】における【使徒】対策権限よりは範囲が小さいが、範囲内に於い
ては優るとも劣らぬ強い権限である。

 とは云っても、余りに強すぎるが故に今の今まで発動させずに居たのだが、相手は余
りにお粗末だ。これ以上のお付き合いは海入自身の存在意義すら疑わしくさせてしまう。

『何を言う……っ! ……っ! ……っ!」

 流石に強権発動で頬を張られた恰好になる相手も逆ギレして、罵倒している様だが……

「ふんっ!」

 海入女史は鼻息一つで片付け、回線を叩っ切っていた。

 海入深月・連邦政府文化庁旧東京臨海副都心局々長29歳

 猛々しいと云う言葉そのままのこのやり取りは、彼女の武勇伝の新たなる1ページと
なり、本人の意向に反してまたもや婚期が遠のいていた。



<ジオフロント・【ロンド・ベル】機動戦闘団割り当て整備区画>      

「お願いします、弟子にして下さいっ!」

 勢い込むシンジであったが、相手の反応は実に不愛想だった。

「くどい。俺は今、弟子をとるつもりはない」

 おざなりな受け答えをしつつドモンは黙々と愛機【シャイニングガンダム】の整備を
している。説得に懸命なシンジは気付いていないが、この時ドモンはレンチ、スパナ等
と云った工具を一切使用していなかった。何気なく、実に自然に指を伸ばしてはネジ廻
す。ささやかに人外の所行を行っていた。

「お願いしますっ!」

「おーい、レイン。コレをどうすれば良いんだ?」
「ちょっと待ってて、今行くわ」

「ドモンさんっ!」
「いい加減、懲りんヤツだな。何度云われようと出来んモノは出来ん。
 諦めろ」

 言い争い(と言うより一方的な嘆願)を見ていたアスカだったが、一生懸命なシンジ
を見て居るばかりだった。

「頼みます、ドモンさんっ!」
「知らんな」

 アスカのこめかみに薄く青筋が立った。

「一生懸命、頑張りますからっ!」
「そうか、一人で苦しいだろうが頑張れよ」

 アスカのこめかみに浮き出た青筋がその姿を鮮明にする。

「弟子にして下さいっ!」
「弟子を取る予定はない」

 アスカの青筋が一気に増殖した。

 シンジの頑張りも暖簾に腕押しだ。まるで相手にされていない。だが、シンジは飽き
ることなく、彼の説得に出来る限りの努力を継続していた。

 そんなシンジの必死な様子を見ていた、アスカは何かを決断したらしい。彼らの近く
へと近づいていった。

「チョット、アンタ」

「何だ? お前まで弟子入りさせてくれなんて言い始めるんじゃないだろうな」

「誰がよ!
 それはそうとして、いつまでそんなバカ問答してるのよっ!
 確かにシンジはバカだけど、そこまで頼み込んでいるのよ!?
 いい加減、承知して遣ってもいいじゃない!!」

「知らんな‥‥なんで俺が承知する必要がある?」

 その物言いに歯軋りするアスカだったが、何かを思いついたようで顔に意地悪い笑み
を浮かべた。

「ははん……、もしかして、アンタ実は素人一人教えられない程度の腕前しか持ってい
 ないのね?」

「バカにするな。時間が無いだけだ」

 適当に言い返すドモンだった。が、彼に衝撃を与えたのは、アスカでは無い。いつの
間にか、ついてきていたレイの一言だった。

「…そう、出来ないのね」

 感情らしきモノは感じられない。事実をありのまま、恣意を一切交えないその評価は
百万の罵倒よりドモンのプライドを痛く刺激した。

「くっ……そんな事はない」

 相手が動揺している。その隙を逃すアスカでは無い。畳みかけた。

「どうだか‥‥口では何とでも言えるわよねぇ」

「言ったなぁっ!」

「言ったわよ、だからどうだってのよっ!」

「「………」」

 しばし、無言でにらみ返すドモン。暫くしてその思い口を開いていた。

「いいだろう、そうまで言うのならやってやろう…」

 シンジの顔に喜びの色が浮かぶ。

「だがなっ!」

 シンジを指差し、ドモンは吼えた。

「はいぃっ!?」

「俺にも成すべき事がある。時間さえ有れば多少モノに成らんヤツでも何とかしよう。
 だが、今の俺にはその時間がない。見込みのないヤツを鍛え直す暇が、だっ!
 そこでだ」

「はい」

「貴様に一週間時間をやる。その間にいつ、何処で、どんな方法、どんな形でも構わん。
 この俺に拳を当てて見ろ。そうすれば、弟子にしてやるっ!」

「ドモンさんに…ですか」

「そうだ」

 アスカが口出そうした。

「やるに…‥‥」

「お前には聞いていないっ!
 俺は今、ここに居るコイツっ!
 碇シンジに聞いているっ!」

 ドモンに気圧されるようにアスカは数歩後ずさる。シンジはそんな様子も目に入らぬ
ほど、無言で苦悶していた。

「……」

「どうする、諦めるか?」

「―――っ!
 いいえ、やりますっ!
 やらして下さいっ!!」

「そうか、では精々頑張るんだな。期待はしていないがな……
 レイン!」

「は、はい」

「一休みするぞ。お前はどうする」

「一緒にいくわ」

「あぁ」

 そう言って、ドモンは足を休憩所へと向けた。

 後には、三人の少年少女達と彼らの様子を見守るギャラリー達が残るばかりだった。


<第八話Bパート・了>



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ver.-1.01 2001/11/25 公開
ver.-1.00 1999_07/17 公開
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<作者の……ごめんなさい2>

作者  「今回は例によって膨らむわ、遅くなるわで申し訳無いっす。
     次はもすこし早く出せるように頑張ります」
今回のオマケ。アラッとな


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