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 作業効率と人間心理に与える影響を完璧に計算して機能的にデザインされた第三新東
京市庁舎の一角。だが、何故か流刑地と云った観のある、ここは第三新東京市庁特別企
画室長室……通称"挑戦の殿堂"

 今ここに使徒が斃された方向を向きながら、吠えている男が居た。

「くぬぬぬぬぬ……この肝心なときに戦えんとは
 Rっ! あ〜るはおらぬかっ!!」

 男の怒声を壁越しに聞きながら、同市庁員・大戸島さんごは少し困ったような顔をし
て傍らの彼?(員数外備品の扱いであるから、適切では無いかも知れない)へと呟いて
いた。

「今日も室長荒れてるわねぇ…あ〜るくん、今出ていかない方がいいわよ。
 きっと、イジメられるわ…って、いない!?」

 だが、顔をそちらに向けると既に彼は居なかった。部屋を覗き込むと案の定、彼はい
つものように死地へ、実にのどかな雰囲気のまま踏み込んでいた。

「はい、なんでせう」

 この暑さにも関わらず、彼は時代錯誤な黒の詰め襟学生服を着込んでいる。刈り上げ
た後頭部を青々とさせながら、垂らした前髪で隠されていない側のつぶらな半眼は本当
にのどかだった。それはもう、思わず殴りたくなるぐらいに。

 だから、男は大振りのハリセンを彼に見舞った。

「このぉ、大馬鹿者っ!」

「あぁっ、ご無体な…」

 彼の悲鳴はいつものようにいつもの如く、効いているのかいないのか?まるで判りか
ねる様子である。その姿にさんごは、可笑しささえ感じていた。

 男の怒号は更に続いている。

「キサマがさっさと天体観測用超大型カメラを完成させんから、あんなふざけた恰好し
 たヤツを私の街でのさばらせ、あまつさえあんな人形風情や下の連中に大きな顔され
 るのではないか!」

「あうあう」

 男の弾劾に、彼は情けない声を上げながら反論した。

「でもですね…私の天体観測用超大型カメラは撮影用で、他には何もできませんが」

「やっかましい! キサマのカメラは魂を吸い取る悪っ魔!のカメラだ。
 全然、問題な〜〜〜〜し!!」

「あぁ、なるほど…」

 男の無茶苦茶な言い分に納得する彼。
 さんごは思わず、ズッコケて室長室へとダイブしていた。

「…あ〜るくん」

「あい?」

「褒めてないってば」

 『おや?』と意外な事実を聞いたかのように、彼は背後の男へ身体を動かさずに首だ
けを回して向けていた。ちなみに比喩でも何でもなく、回したのは『首』だけだ。

「さうなのですか」

「そのたうりであるっ!」

 どこか現状を無視したやり取りを元気良くする連中に頭痛を痛くしながら、さんごは
第三新東京市庁特別企画室長室に残された最後の良心として意見した。

「先輩…じゃなかった、室長。ここは危ないですから、今度からシェルターへ避難しま
 しょうよ。さっきも危なかったじゃないですか!」

「やっかましいっ!
 私がここにいる限り、この街は私が守る。
 却下!!で、あ〜る

 そういって、男は中指を押っ立てる悪い手付きをした。

「室長。いえ、とさ…」
    「むう、私をその名で呼ぶなっ!」

 男は声を大にして、さんごの言葉を遮った。

「その名は、あの東京が廃墟となった時! あの街を守れなかった刻!
 あの刻、あの場所で捨てたのだ!!
 どうしても私の名を呼びたいと言うのであれば、T.T。もしくは定冠詞を付けてThe T.T
 、いやT3(ティーキューブド)と呼ぶように!」

 男は窓に向かって偉そうに胸を張った。風もないのに羽織ったジャケットがはためい
た。堂に入ったその姿から察するに先天的に偉そうな性格をしているのは疑いようもな
かった。

 さんごは、男のいつもの姿にいつものように呆れる。

「…ハイハイ、判りました。
 でも、東京って……アレはどうしようもなかったじゃないですか?」

「なにを言うか!!
 私は33年間、勝って勝って勝ち続けた男だぞ。
 私が休暇旅行に出掛けてさえ居なければ、あの街をDCとか云う連中の好きにやらせ
 る訳など、あろう筈も無い!
 フンッ! 臆病者共めがっ!」

 そして、男は特撮ヒーローの様に華麗な『ぽぅぢぃんぐ』を決めていた。

 影のように男の背後に現れる彼。

「T室長、T室長。だいぶ、ご熱血のようですね。
こう云うときはわたしの新作を見て…
       「不許可だっ!!」

「はぁ…疲れる」

 理解不能な技を極められているあ〜るを背にしながら、さんごは大きなため息をつい
ていた。






スーパー鉄人大戦F    
第七話〔彷徨:It wanders〕
Gパート


<【ネルフ】付属病院・診察室>      

 シンジは戦闘後のルーチンワークとして、人の良さそうな青年医師の診察を受けてい
た。

「……どこかおかしい感じはしないかな?」

 青年医師の質問にシンジは少し考え込むようにして答える。

「はい。少しかゆいような感じがしますけど、大丈夫だと思います」

「そうだね、僕も大丈夫だと思うよ」

「これで診察は終わりですか?」

「おや? 早く誰か会いたい人でもいるのかな」

「そんな、からかわないで下さい!」

「うんうん、判ったよ‥‥おや?」

 青年医師はそういって、視線をシンジの後ろへ向けた。

 シンジもそちらを向くと、そこにはリツコが居た。青年医師が呆けたように呟く。

「赤木部長…」

「シンジ君のカルテを見せて貰えるかしら?」

「あっ、はい! どうぞ」

「ありがとう。では、少し席を外して貰えるかしら?」

「わかりました」

 そして、リツコはカルテに目を通し始める。

 リツコを見て、シンジは【第四使徒】戦で(なぜ、【第三使徒】の2つ後で【第四使
徒】と呼ぶのかは判らなかった。が記録ではそう呼称されているので、なし崩し的にそ
うなっている)初号機を壊して、怒られたことを思い出す。

 だから、シンジはリツコに対して零号機を壊したことを謝ろうとしたが優柔不断な彼
だ。なかなか言い出せない。

 そうしてシンジがリツコに言いあぐねていると、リツコがカルテに視線を向けたまま
口を開いた。

「…何か用かしら、シンジ君」

「えっ、はい……その……零号機壊してすいませんでした!!」

 シンジの謝罪に、リツコはさも意外そうにしてのたまった。

「ああ、その事。いいわ、調整もしていない機体で出撃させたのは私たちですもの。今
 回は大目に見て上げるわ……けどね」

「はい!」

「そんなに固くならなくてもいいわ。私の言いたいのはアナタのこと。
 今回みたいな事は初号機ではやらないで頂戴」

「はい、初号機は壊さないように……ですね」

 シンジの言葉にリツコは艶然と微笑んだ。余りの妖艶さにシンジは背筋がゾクリとす
る感触を味わう。そんなシンジを知ってか知らずか、リツコは微笑んだまま話を続けた。

「違うわよ。
 勿論、初号機を壊して欲しくはないけど、戦闘に使っている以上ある程度壊れるのは
 仕方がないわ。
 でもね、今回はシンクロ率が低い零号機だから大したことになっていないけど、ちゃ
 んと調整した状態の初号機であんなコトしたら、万が一という場合も考えられるわ。
 アナタも、その年でショック死したくは無いでしょう?」

「はい」

「そう言う事よ……はい、これで話は終わりよ。もう行っていいわ」

 シンジの気持ちの良い返事に、リツコは先程とは打って変わって無垢の少女のような
純粋な笑みを浮かべていた。

「ありがとうございました」

 シンジは腰を上げ心持ち顔を紅くしながら、リツコに礼を述べた。

「それじゃ、お大事に」

 その言葉を待ちかねたように威勢の良い声が響く。

「行くわよ、シンジ!」

 シンジが振り向くと、そこにはいつの間にやらアスカがいた。ケガをしたのかどうか
は判らないが、左腕を吊っっていた。

「あれ、アスカ? いつ?」

「何、ボケてんのよ!
 さっきから居たじゃない! 全く本当にボケボケしてんだから!
 ほらぁ、行くって言ってんでしょう!」

「わかったよ、そんなに引っ張らないでよ」

「煩い! きゃっ!」

 前も見ず、シンジを引っ張っていたアスカは誰かとぶつかった。

「もう、一体だれよ!」

 威勢良く振り返った先には、いつものように人の良い笑顔を浮かべているダバが居た。

「やっ! いつも元気がいいね。二人とも少しつきあって貰えるかな?」



<太平洋上ハワイ南方1000km・ハワード所有クルーザー>      

「ここは…"河"?」

 快い揺らぎと優しい日差しを感じてヒルデ・シュバイカーは目覚めた。

 確か自分はあのどこまでも気味の悪いぐらい続く地平線を見せるオーガスタ研究所に
居たはずだ。だが、日差しさす窓の向こうには一面の水面があった。

 コロニー育ちの彼女は思わず円筒形開放型コロニー内面の採光窓部分を指す"河"(そ
の部分は水で満たされていることから、こう呼ばれる)を連想する。ただ、"河"にして
は何だか変な匂いがする。まぁ我慢できないモノではなかったが。

 彼女は微睡みの中でそう感じていると、人影を感じた。

「よう、ようやくお目覚めか、お姫様?」

 一瞬、王子様に起こされる姫君の気分に浸ったヒルデであるが、その事実が頭に浸み
込んでくると思わず身体をベッドを跳ね起こした。

「デュオ・マックスウェルっ!
 どうして!!
      !」

 ヒルデのその様子を可笑しそうにして、デュオは含み笑いする。ただ、生来の気性が
影響しているのか嫌みは感じない。むしろ好ましいモノすら感じさせる。

「おいおい、少しは大人しくしてろ。
 コックピットカプセルのお陰で助かったとはいえ、機体の誘爆に巻き込まれたんだ。
 それなりにケガしてんだからよ」

「…(くっ)…どういう事よ」

「こういう事だ」

 新聞を差し出すデュオ。

「!!」

 其処には大々的に『テロにより、連邦研究所にてコロニー選抜研究生全員死亡!!』
と大書されていた。ヒルデは震える眼差しをデュオに向ける。

「もう、お前さんは仲間と一緒に死んでいるのさ。
 どうやら、血も涙もない極悪テロリストに殺されたらしいぜ。
 惨いもんだよなぁ」

「じゃあ、今ここにいるワタシは何なの!?」

 切羽詰まるような声のヒルデとは対照的に、デュオの口調は飄々としたモノだった。
まるで「今日の天気は…」と言わんばかりの言い振りでヒルデの問いに答える。

「亡霊さ……連邦の連中にとっては、な」

「……」

「ま、そう気を落としなさんなって。
 ここの連中には話を通してある。ケガが治るまでゆっくりするといいぜ」

「……あなたは?」

「こう見えても売れっ子でね。次の仕事がある。
 じゃ、そういう事で」

「あ…」

 ヒルデは立ち去るデュオの背中に手を伸ばしかけた。
 デュオが見えなくなって、暫くしても彼女はそのままであった。



<【ネルフ】付属病院>      

 先導するダバに付いて、レッシィが行く。その後をシンジとアスカは付いて行ってい
る。言葉はない。普段気さくなダバが口を開かないため、皆その雰囲気に呑まれている
からだ。

 そして、ダバはある病室に辿り着いた。

「さあ、シンジ君。
 こっちだ。」

 ダバの後に続き、おそるおそる部屋に入るシンジ。そこには無精髭を伸ばした男が居
た。漂う雰囲気は退廃的で、世の中の全てに疲れ切って感情が摩滅してしまった。そん
な感じの男だ。

 彼は無気力な視線をシンジ達に向けた。

「よう、なんだ…ボウズ」

「え…あの…」

 シンジが言い淀んでいるとダバが口を開いた。

「この前話しただろう?
 君を倒したのは、この子だ」

「「!」」

 一瞬息を詰まらせるシンジとアスカ。

 そうだ、この男はシンジが傷付けたあのポセイダル兵だ。シンジは叩き付けられるで
あろう憎悪に身を固くした。

 だが、ポセイダル兵は淡々としたモノだった。

「…そうかい。こんなガキにやられるとは俺もヤキがまわったな」

 シンジは恐る恐る声をかけた。

「あの…その…お怪我は大丈夫ですか?」

「…あぁ、お陰さんでな…死に損なっちまったい」

「!!
 …どうして、そんなこと言うんですか! せっかく助かったのに、せっかく殺さなく
 て良かったと思っているのに」

「シンジ、やめなさいよ。
 そいつの言う通りよ。死にたがりはさっさと殺してしまえば良かったのよ」

「アスカ!」

 シンジがアスカを咎めた時、乾いた途切れ途切れの笑い声が弱々しく病室を満たした。

「はっ、はは…くはっはっは……そのお嬢さんの言う通りだ」

「そんなっ」

「ボウズ…
 一つ、いい話をしてやろう」

「シンジ、聞く必要ないわよ。こんな捕虜の戯言なんか」

「うん。
 でも……でも、アスカ」

「何よ!」

「僕は聞いてみたいんだ…この人の話を」

「…なら、勝手にすればいいじゃない」

「ごめん..アスカ」

 そして、シンジはポセイダル兵へと向き直る。

「…話して貰えますか?」

「いいだろう…聞かせてやるさ、何処にでも転がっているくだらん話をな…」

 男は天井を向いて、話し始めた。

「俺はな、ついこないだまで盗賊団の一人だったのさ。星間戦争に負けた所為で俺の星
 はポセイダルの食い物にされてな…酷かったさ、いつも腹を空かせていた。
 で、気が付いてみたら盗賊団の一員だ。そりゃもう獲物を見つけちゃ、好き勝手やっ
 た…」

「獲物?」

「そうさ…獲物だ。俺達の縄張りにノコノコ入ってきた連中の事さ。ヨボヨボのじじぃ
 だろうが、お前らみたいなガキだろうが関係はなかったな…」

 シンジは聞いた。

「その人達はどうしたんですか」

「…へっ、身ぐるみ剥いで男は殺して、女はおいしく頂いた後、売り飛ばしてやったさ」

「「なっ!?」」

「そこの嬢ちゃんぐらいの娘も両手じゃ数え切れないぐらい、そんな風にしてやったよ」

「こ、この…、人でなしっ!!」
「キサマのような奴が居るから!!」
「…」

 男の話はアスカのみならず同行していたレッシィをも怒らせる。シンジは話の壮絶さ
に言葉を失っっていた。

「まって!」

 だがダバは、激昂する女性陣に手をかざして、彼女たちの追求を遮った。話はまだ終
わっていないからだ。

「…続けて貰えますね」

「…ああ。
 そんな俺が何をどう間違ったのか、いつの間にやらポセイダル兵だ。
 判るか!?
 俺は尻尾を振らされたんだ!
 俺の人生をメチャクチャにしやがった、俺の家族の仇に手先になれって、言われたん
 だよ!
 こんな聞いたこともない星で、今度はお前がやれってな!!」

 思わず、シンジは問うた。

「…どうして、戦わなかったんですか」

「…そんな気力、とっくの昔に無くしたさ」

「…どうして、仇に従っているんですか!!」

「…もう何もないからさ。何もな」

「でも、まだ生きているじゃないか!!」

「…息をしているだけだ。大した意味はない。いつ死んでもよかったさ」

「じゃあ、さっきの言葉はどうしてですか!!
 あんなに怒っていたじゃないですか!!」

「…今更……所詮は戯言だ」

 アスカがポセイダル兵の言い振りに耐えかねた。純粋すぎる彼女の感性では、このよ
うな者が戦場にいることすら許し難い事であるのだろう。赤みがかった金髪を奮わせて
怒りの声を発していた。

「シンジ、もういい!!
 これ以上こんなヤツの話、聞く必要ないわ!」

 そういってアスカはシンジの腕を取り、連れ出そうとした。
 シンジはアスカに腕を引っ張られながら、聞いた。

「どうして、僕にそんな話をしたんですか!!」

「…さぁな…そこの若いヤツに言われた所為もあるが…似てたからかも知れんな」

 その呟きを聞いて、動きが止まる。

「えっ?」

「…どうでもいい話だがな…似てたのさ、ボウズの目が…
 くたばった俺のガキにな」

「そう…ですか」

 アスカに牽かれ、部屋を出ようとするシンジに男の声が届く。

「ボウズ、覚えておけよ…今は戦争だ。戦争ってのは引き算しかない。相手から奪わねぇ
 と、自分の大切な何かを無くしっちまう、そういう風に出来てんだ!
 それを忘れるな、俺みたいに無くしてからじゃ遅いんだからな…
 決心しろよ、全てを無くす前にな…かはっ!
 ゴホッ、ゴホ……………・・・」

 シンジに聞こえたのはそこまでだった。


                :

 ロビーでシンジとアスカは気を静めようとしていた。やがてダバ達も現れる。少し間
を置いてダバは淡々と話し始めた。

「シンジ君」

「…はい」

「恥を晒すようで言いたくはないけど、アレが僕たちの星々の実状だ。
 多くの人々はポセイダルの圧政の下で何とか耐えて生きている。
 ポセイダルの手下以外は、自分の生き方を自分で決められない、そんな世の中なんだ」

「…はい」

「これは正しい事じゃない。だから、心ある人は人々を率いて全ての元凶を倒そうとし
 ている。少しでもよい世界を創ろうとしてね。
 それが僕やキャオ、それに送り出してくれた反乱軍のみんなの戦っている理由だ。
 それだけは知っておいてくれ」

 実際はそればかりの人間だけで無いだろうが、ここで話をややこしくする必要は無い。
ダバは彼自身が戦う表向きの理由と彼の仲間の最大公約数的理由をシンジに言い聞かせ
た。

「それはいいことなんですか?」

 その質問にダバは何故か安堵する。いや、喜んでいると言った方が良いかも知れない。
大義名分をかざすのは誰でも出来る。だが、それに惑わされず、なおも疑問を持つこと
は早々出来るモノではない。少なくとも愚か者には絶対に出来ないことだ。

 だから、ダバは正直に自分の思うところをシンジに告げた。

「……判らない、多分後の世の人が決める事になるだろう。
 今はただ信じたことをやり遂げるだけさ…ポセイダル軍に居ても判ってくれる人もい
 たことだしね、レッシィ?」

 急に話を振られたレッシィは慌てた。

「えぇ、あぁっ!?
 何!?
 いや、そうだな……多分ダバの言う通りなのだろう」

 彼女は真っ赤になったと思ったら、少し寂しそうにそう答えた。そんな彼女を見てシ
ンジは初めてレッシィのことを可愛い人だなと感じていた。

 そんな彼らを見回して、ダバは口調を一転させ提案した。

「じゃあ、みんなでアヤナミさんのお見舞いにでも行こうか?」

 シンジ達はその言葉に静かにうなずいた。



<【ネルフ】付属病院・3階通路>      

 ダバやシンジ達がレイの病室へと移動する途中

「あれ?」

 シンジの視線の先には、不愛想な男がいつもの様に不愛想な顔をして歩いていた。

「ドモンさん…」

「何だ、お前か」

 応じる声も当然不愛想だ。

「はい。」

 シンジの返事を聞いて、ドモンが問うた。実に珍しいことだ。

「ふん、今キサマがここに居ると言う事は……選んだのか、自分の道は」

「まだ…判りません」

「…トロくさいヤツだ。損をするぞ」

 ドモンは顔色一つ変えず、そう言った。シンジはそんなドモンを見て何だかくすぐっ
たいモノを感じる。

 だが、二人を様子を見ていたアスカには何が何だか判らなかったらしい。不可解なや
り取りをして妙な雰囲気を漂わす彼らに腹を立てて、シンジに詰め寄った。

「一体、何の話をしているのかしら?
 教えて貰えますぅ?
 碇シンジ君。ん?」

 顔を覗き込むようにして迫るアスカに、しどろもどろになるシンジ。

「えっ? いや…その…色々あって……‥」
「だから、色々って何よ!」

 紅い淑女の苛烈な追求が始まった。


                :

「……‥‥!」
    !?」

「……!!」
   !」

 ジャレ合いを始めた二人を微笑ましそうに見ていたダバは、ドモンに顔を向けた。

「こんにちは、ドモン・カッシュさん」

 ダバの問い掛けに、ドモンはいつものように不愛想に応じる。それは誰に対しても変
わらないらしい。

「お前は確か、ダバ・マイロードとか云ったな?」

 ドモンのぶしつけな対応にも気を悪くした様子もなく、ダバは朗らかに話を続けた。

「覚えてくれましたか。そうです、僕の名前はダバ・マイロード。
 ペンタゴナから来ました。
 宜しく、えーと……」

「…ドモンでいい」

「そうですか、では僕のことはダバと呼んで下さい。
 では、ドモンさん?」

「…なんだ」

「今日はどうしてここへ?
 ケガをされているようには見えませんが」

「…道に迷った」

 ダバは予想をも、し得ないドモンの返答に笑顔のまま硬直した。

「はい?」

 それ以外に出来たのは間抜けな返事だけだ。沈着冷静なダバにしては非常に珍しい。

「道に迷ったと云っている…悪いか」

「いいえ、別に。
 でも、先ほどの戦いでも共に戦った仲間です。彼らの様に、とは言いませんが、もう
 少し仲良くしても悪くないでしょう、ドモンさん?」

 ダバはそう言ってジャレるシンジ達に目を向けた

 ダバの視線を追いかけるようにして、シンジ達に目を向けるドモン。不愛想なドモン
の口元がほんの少しだけ弛んだ。

「…ふっ
 だが、さっきの戦いに出ていただと?……もしかして、あの白いヤツか?」

「ご名答。よく判りましたね」

「すぐに判った。足運びにクセがある。では、隣のヤツがあの黄色いバケツ頭に乗って
 いたのか」

 『黄色いバケツ頭』という言葉を聞いて、少し眉をひそめるレッシィ。

「そうだ。でも、バケツ頭は止めて欲しい。あのマシンには【クロス】と云う銘がある」

「……謝ろう、悪かった」

 珍しく素直に謝罪するドモン。この辺に何故か調教されたモノを感じるが、今話題に
することでもないだろう。レッシィは素直に謝罪を受け入れた。

「いや、判ってくれればそれでいい、ドモン・カッシュ。
 私の名はガウ・ハ・レッシィだ」

「そうか、よろしくな」

「でも、ドモンさん。アナタはシンジ君とお知り合いのようだ。
 一体どの様なご関係で?」

 そういってダバは再び一方的にオモチャになっている少年に目を向けた。

「キサマこそ、どういう関係だ?」

 そう言ってドモンも少年に目を向けた。彼をして同情を誘ったか、その目には微かな
憐れみが漂っている。

 そして何かを探るように、ダバとドモンは視線を交わせた。

「「………」」

 そして、小さく笑い始めた。

「ふふふ…」
「ははは…」

 笑いは段々と大きさを増していく。

「「ふははは………」」

「成る程、そういうことですか」
「…そういうことだ」

「今日は有意義な出会いが出来て嬉しいです、ドモンさん」

「ああ、俺もそう思う。では、まただ」

「では」

 それを合図にドモンはダバ達と別れた。その後ろ姿を見送るダバにレッシィは怪訝な
顔をして聞いた。

「さっきのはどういう意味だ?
 何を云っているのか、ワタシにはさっぱり判らなかったぞ」

「ん?
 ああ、さっきの事だね。
 要するに彼もシンジ君を心配していた。
 それだけの事さ」

「あれでか?」

「そうだよ。
 まぁ、もう少し分かり易くてもいいとは思うけどね。
 でも感動だ、地球にも本物の武人が居るんだね。
 見てよ、手の震えが止まらない。」

「そうだな、ワタシの手も汗ばんでいる……横で見ていただけなのに。
 敵でなくて良かったな」

「だね……でも、少し寄り道が過ぎたようだね。そろそろ、見舞いに行かないと……
 シンジ君、ソウリュウさん、もうそろそろいいかな?」

 ダバは、ジャレ合っている二人に声を掛ける。
 いきなり向けられたダバの言葉に、自分たちの状態を自覚した。途端に揃って、肌を
赤く染める。特にアスカは日頃の抜けるような白い肌との差もあって、異常に紅さが目
立っていた。

「「はっ、はい!」」

 年相応の初々しさを見せる二人に、ダバとレッシィは顔を見合わせてクスリと微笑んだ。



<【ネルフ】付属病院・綾波病室>      

 薬が効いて、眠っているレイの髪を触りながら、シンジはボツリと呟いた。

「何故エヴァに乗るのか……か……」

 妙に真面目な顔をしてレイに構うシンジを面白くなく思ったのか、またもやアスカが
チョッカイを出してくる。

「なにボーッとしてんのよ、バカシンジ。アンタただでさえ間の抜けた顔してるんだか
 ら、バカが余計にバカに見えるわよ」

 流石にバカバカ言われて面白くないのか、不機嫌な顔をするシンジ。

「なんだよ、もう…あ、そうだ。アスカはなんでエヴァに乗っているの?」

 唐突な問いに怪訝な顔をしてしまうアスカ。だが、シンジは知っているのだろうか。
ドイツでアスカがこの様な表情を見せたことが無いことを。

 アスカは殆どオウム返しに聞き返す。

「何よ、いきなり? 何でエヴァに乗っているかですって?」

「うん」

 シンジの媚びも誤魔化しも何も無い真面目な顔を見て、アスカは珍しく素直に答えた。

「決まってんじゃない。自分の才能を世の中に示すためよ」

「才能…ねぇ…」

 面白くなさそうにそういうシンジに怒気を帯びるアスカ。

「何よ、文句ある!?」

「あ、いや、そういうわけじゃなくって…」

 偶然であろうか。言い淀むシンジを手助けするかのように静かに凛とした声が響く。

「…静かにして」

 声のした方に目をやると、そこには赤い瞳が少し眩しそうにしてシンジ達に向いていた。

「あ、綾波?」

「…そうよ、私は綾波レイ。
 碇君、何か用?」

「…うん、大丈夫?」

「…えぇ、大丈夫…何を話していたの?」

 抑揚のない口調で問うレイに、何故かアスカが触発され反発する。

「何でもいいでしょう!」

「アスカ、そう言わないで……
 アスカには何でエヴァに乗るのか、理由を聞いていたんだ。
 そうだ、綾波はどうしてエヴァに乗っているの?」

 シンジの言葉に、珍しくレイが即答してきた。ただ口調は変わらない。いつものままだ。

「絆だから」

「絆ぁ?」
「絆って…?」

 レイの答えに二人して、問い返す形となる。だが、その答えもまた二人の想像を超越
していた。

「私には他に何もないもの」

「何も…ないって…どういう…」

 シンジがそう呟いたとき、乱暴に病室のドアが開けひらかれ、二人の男女が入ってき
た。

「おーっす!
 テメェら、感謝しろ!
 甲児様が見舞いに来てやったぞ!
 …なんだ、ダバも居たかのかよ」

「甲児、病院よ。静かにして」

 脳天気さすら漂わせる甲児とそれを注意するマリア・グレース・フリード。そして、
それに続いてゲッターチームの流竜馬も居た。

 甲児が、またもや場所に頓着しなさすぎる口を開いた。

「おっ、お前らも来てたのか。
 エヴァの三人組がなにこんな陰気クセー病院の片隅でシケた面して話し込こんでんだ
 よ?」

「誰がシケた面よ!! それはシンジだけでしょう!! 寝ボケけてんじゃないわよっ、
 顔洗って出直してきなさい!!」

「何だとぉーっ!?」
「何よ!?」

 仲良く角突き合わす甲児とアスカに、甲児の後に付いてきていた竜馬は苦笑して仲裁
する。

「おいおい甲児、ソレぐらいにしておこう。
 見舞いに来たんだろう、俺達は。」

「…あぁ、そうだな。今日はこれぐらいにしておいてやる!
 感謝しろ!」

「アンタこそね!」

 無言でため息をつくシンジ。そんなシンジと竜馬の目があった。二人とも苦笑するし
かない。そこでシンジは何かを思いだしたようだ。竜馬達へ向いた。

「あ、甲児さんに竜馬さん。丁度良かった、お二人に質問があるんです」

「質問?」

「ええ。竜馬さんはどうしてゲッターに乗っているんですか?」

 突然の質問に戸惑いつつも竜馬は答えを返した。

「どうしてって……正義のためさ」

「正義…正義ってなんなんでしょう」

 シンジのその問いに苦笑する竜馬。何となくシンジの様子が、世の中にはただ一つの
真実しか存在しないと信じていた -竜馬の場合は"力"の優劣- 頃の自分と重なって見え
たからだ。

「おいおい、いきなり哲学的だな。まぁ、簡単に言えば、俺の心の中にある良心…だな。
 正義なんて、人によって違うものだから」

「そんなものなんですか? でも、自分が間違っていたら…」

「その時は、考え方を改めるだけさ。自分が間違っているかも知れないからと言って、
 何もしないわけにはいかないだろう?
 確かに、世の中の全てを知り尽くせば、何が正義なのかは判るかも知れない。けど、
 全てを知り尽くすなんて、神でもなければ不可能だよ。だから、人はやれる事をやる
 だけなのさ」

「やれることを…やるだけ…」

「あははは、柄にも無いことを言ってしまったかな」

 そう言って竜馬は照れた。筋肉隆々、鍛え上げられた鋼のような肉体を持つ男が照れ
る姿は何とも言い難い。対応に困ったシンジは話を甲児に振って誤魔化した。

「甲児さんはどうしてマジンガーに乗っているんですか?」

 甲児は既に心の準備が出来ていたのか、答えはすぐに返ってきた。

「俺か? 俺はな…格好いいからだ!」

「はい?」

 余りに破天荒な答えにシンジは目を白黒させる。だが、甲児はこの『恰好いい』と言
う言葉を決して額面通りの単純な意味で云った訳ではない。あらゆる側面からの見た、
あらゆる意味を含む言葉として最も近似していたモノを選んだだけだ。

 だが、余りに包括的すぎた。

 言葉の裏を読みとる日本人同士ならともかく、一から十まで言葉にして、必要ならば
もう2、3加えて話をする環境で育ったアスカに通用するはずがない。

 だから、それは額面通り受け取られ、端的な一言で片付けられた。

「なにそれ、バッカみたい」

「何だと? もう一度言ってみやがれ!」

「何度でも言ってやるわよ。
 バ・カ・み・た・い!
 どう、アナタの足りないおむつに届いたかしら?」

 矜持を傷つけられた甲児は荒れ狂う。

「やい、こら、テメエ、アスカ!! いい…」

 『いい加減にしねえと、女だからって容赦しねえぞ!!』そう言いたかったらしい甲
児はその言葉を言えなかった。アスカの強烈なビンタが彼に見舞われたからだ。

 甲児にビンタをくれて黙らせたアスカは、威勢良く啖呵を切る。

「誰が私のファーストネームを呼んでいいって、言った!
 大体何よ、男だから、女だからって、時代錯誤もいいとこね!
 だから日本人は封建的だって言われるのよ!」

「こ、この………言わせておけば!!」

 渦巻く怒りがボキャブラリーを蒸発させたのか、言葉にならない甲児。売られた喧嘩
は倍返し。今でこそ大人しくはなったが基本的に甲児はそういう男である。同じ舞台に
上がれば、性差別撤廃を確実に実践する男だ。たとえアスカであろうと、容赦はしない
だろう。

「甲児君、よせ!」
「まあ、コウジさん」

 憤る甲児をダバと竜馬が宥める。流石にアスカの態度を見咎めたのか、シンジはアス
カを注意した。

「アスカもやめなよ。そういうの、良くないよ」

「何よ、元はと言えば、アンタが変な質問するからでしょう!」

「そ、そんなこと言ったって…」

 そこに呑気な声が響いた。

「おいおい、どうしたんだ一体。騒がしい様だが」

 見ると病室の入り口にアムロが居た。彼もまたレイの見舞いに来たらしい。

「ア、アムロ。こいつに何とか言ってやれよ! 可愛くねえったら、ありゃあしねぇ!!」

「コイツって…惣流君か? 一体何があったんだ?」

「実は……」


     :

 話を聞き終えたアムロは、静かに判定を下した。

「なるほどね。それは確かに惣流君の態度がよくないな」

「だろ?」

 だが、それをかさに一方的に押しつけるようなことはしない。甲児にも年長者として
の心得を説く。

「けど、甲児君も大人げないじゃないか。その位大目に見てやってくれよ」

「バカ言え、俺のプライドの問題だ。あれだけバカにされて黙ってられるか!」

 その答えに嘆息するアムロ。

「やれやれ…成長してないな、甲児君は」

「何を言ってやがる。お前が老け過ぎなんだよ、アムロ。ちょっとの間におっさん臭く
 なっちまってよ」

「それだけ苦労しているんでね。惣流君、君もだ」

「何がよ!」

「君がプライドを守りたいからと言って、そう他人を見下してばかりいちゃあダメだ。
 それじゃ疲れるばかりだぞ」

 図星のド真ん中を衝かれて裏に突き抜けてしまったアスカは顔を紅く染めて、アムロ
に反発する。そうせずには居られなかった。

「な…何よ!? い、いくらニュータイプだからって、人の心を読むなんて、卑怯よ!!」

「…誤解があるようだな。ニュータイプだからって、人の心を読めるわけじゃない。そ
 れじゃエスパーだ。今のは人生の先輩としての助言だよ。他人の価値を認めたって、
 自分の価値が下がるわけじゃないんだ。少しでいい、考えてみてくれ」

 人間的な格の違いにアスカはその舌鋒を封じられた。出来たのは悪態をつく位だ。

「…ふっ、ふんだ!」

 機嫌を損ねたアスカが病室を飛び出した。シンジの視線はレイとドアの間を数度行き
来させ、結局アスカを追いかけた。

「ご、ゴメン、綾波!
 ア、アスカ!」

 そんなシンジの後ろ姿を、レイはいつものように静かに無言で見送った。だが、その
視線が冷たさと熱さを秘めた複雑なものであった事は誰も気付かなかった。

 同様にして見送るアムロもまた、嘆息する。

「ふう…時間が掛かりそうだな」

 この調子なら、失業しても子守で食っていける腕前になるのもそう遠い日では無いな
さそうだ。アムロはシンジの騒ぐ声を聞きながら不謹慎ではあるがそんな事を思ってい
た。


                :

 暫くアスカを探したシンジだったが、比較的早くに彼女を見つける事が出来た。彼女
は病院中庭にいた。

 シンジは言いようの無い緊張感に包まれていた。無論、信管の壊れた爆発物状態であ
るアスカ自身を畏れていたと言う事もある。だが、ソレ以上に今ここの遣りようがこれ
からの全てを左右する、そんな考えが少年へ情け容赦のない精神的重圧を加えていた。

 今までの彼であれば確実に逃げ出していただろう。

 しかし、今日の少年は違っていた。緊張のために右手を開閉させながらも、慎重に、
そして祈るように、喉を震わせた。

「…アスカ」

「何よ」

 シンジの差しだした手を突っぱねるような反応をするアスカに、シンジは『逃げちゃ
ダメだ』と自分の心を叱咤して、努めて平静に話を続けた。

 ただ、何故そうするのはまだ明確には自覚していない。そうしなければと思っただけ
だ。今の彼にはそう思える余裕があった。

「僕はどうして、アスカがそう意固地になるのか判らない」

「ハン、当然よ! アンタになんかに私のことが判る訳無いでしょう!」

 アスカのその言葉はシンジを刺激した。

 『判る訳が無い』?

 そうだ確かに判るはずが無い。タダの少年である自分に、話しも教えてくれもしない
のに判るはずがない。

 その思いは、シンジを刺激し暴発させた。

「そうだよ、判らないよ!
 僕はアムロさんのようにニュータイプでもないし、人生経験なんていうモノがあるわ
 けでも無いんだ。
 アスカが言わないのに判る訳無いだろう!!
 そんなの…当たり前じゃないか!」

 そこまで一気に言い切ったシンジに目を丸くするアスカ。

 そうだ、確かに自分もシンジも相手のことを知らない。それは今回の件で痛いほど感
じていた。ならば……

《これから知ればいい………?》

 だが、それをシンジに指摘されるのは癪だった。

「何バカシンジの分際で、ナマ言ってんのよ!
 イタッ…」

 シンジにビンタをくれようとして、まだ痛めた左腕に痛みが走ったらしい。アスカが
左腕を押さえて、眉をしかめた。

「ア、アスカ! 大丈夫」

 心配するシンジに強がってしまうアスカ。

「ウルサイ、逃げ出したくせに! 何でまた戻ってきたのよ!
 言える!?
 言えるなら聞いてやるから、言ってみなさいよ!」

 拒絶の中にも、受け入れる気配があるアスカに戸惑うシンジ。

「言わなきゃ、ダメだね…」

「あったりまえでしょ!
 アタシに話せって言うんなら、アンタも話しなさいよ、自分のこと」

「…」

「話せないっての!? じゃあ、さようなら。さっさとあたしの前から消えて」

「…判った、話すよ」

「あらそう。じゃあ、聞かせて貰うわ」

 アスカの言葉にシンジは自分の心を拙い言葉であるが懸命に表そうとした。

「……決めたんだ。逃げないって。
 後悔したくないから…泣きたくないから…無くしたくないから、自分で決めたんだ。
 もう絶対、逃げ出さないって。
 違う……僕はエヴァに乗る。そう決めたんだ。
 それから……それから……」

 まだ自分の中ですら整理し切れていない未消化な想いを一生懸命に言うシンジが、ア
スカには何故が腹立たしい。ただソレ以上に誇らしさも感じていた。そんな複雑な心境
の彼女の内面を表すかのように、アスカが応じる言葉もやや支離滅裂だった。

「フン! アンタらしいわね。
 ……まあ、いいわ。今日のトコは無理だけど、その内、私のことも教えて上げるわ
 よ。感謝なさい!」

「え〜ズルいよ、アスカ」

「やかましい! 約束してやってるだけでも有り難く思いなさい!
 シンジのクセに生意気なのよ!
 この、この!」

「いひゃひ、いひゃひよ! あひゅくわぁ」

 彼らのそんな姿は何かを知り合うことの出来た親しさに満ちていた。


                :

「心配なかったかな?」

 通路の陰からその様子を聞いているアムロ。流石に心配で陰から見ていたらしい。

「だけど、僕だけじゃなかったようだな」

 そういって向けた視線の先にはダバに加えて、どこから湧いたのかミサトがやはり通
路の陰からシンジ達を見ていた。目が合うとお互い苦笑してしまう。

 気のせいか、遙か遠くではドモンが見えたような気もする。

 アムロは少年達に振り回される自分たちが、何故かおかしかった。思わず笑いがこみ
上げてきそうだ。アムロは少年が聞いてないことを判っては居ても口にせずには居られ
なかった。

「シンジ君、そのうち君の答えをキチンと聞かせてくれるかな?
 多分、ベルへ話してしまうだろうけど、苦労したんだ。
 ソレぐらいはいいだろう?
 待ってるよ」

 そう呟いてアムロは少年達の上げる歓声を聞いていた。



<火星衛星軌道上・【ゲスト】根拠地>      

 地球連邦軍中佐シャピロ・キーツ中佐は、機能的な通路を【ゲスト】将兵に護送さ
れていた。

 結論から述べると彼の企みは上手くいった。
 彼は元同僚・部下達の追撃を振り切り、【ゲスト】侵攻隊と接触。彼らへ投降するこ
とに成功していた。

 ただ、全てが上手くいったわけではない。

 彼と共にゆかんとした結城沙羅少尉は、彼女と同じ所属の仲間・藤原忍中尉の妨害を
受け、ついて来ることが出来なかったのだ。

 彼にとっては痛恨の出来事といって良い。

 それを振り払うかのように、シャピロはこれからの事を考えようとしていた。

《こうも簡単に受け入れるとは思わなかったが、まずは成功だな》

 投降後、肉体的・精神的に各種検査を受けたがそれは驚くほどの短時間で終了した。
連邦の技術であるならば、未だ準備に追われていた筈である。それに検査を終えたとし
て、協力者として扱われるとしても観察期間というモノがある。少なくともハイリスク
パーソンである自分が重要人物には会えないはずだ。

《だが、最高責任者が逢うだと》

 それは【ゲスト】の自信であろうか? それとも驕り?
 判断する材料に乏しいと考えた彼は、即断を避けた。

《まあ、それはこれから見極めるとしよう
 しかし、火星軌道に本拠地が置かれているとはな。この規模の構造体をこうも容易く
 設営するとは……そうで無くては全てを捨てて来た甲斐が無いというモノだ》

 そこでシャピロの心中に闇が拡がる。

《だが……何故……何故、ついてこなかった……沙羅》

 結局はそこへと行き着いてしまう。
 再度、基地を脱走してからの出来事を思い返した。

《藤原忍如きの攻撃程度でやられるようなお前では無かっただろう!
 何故、ついてこなかった!!》

 ひとしきり憤った後、彼は醒めた精神で小さく思った。

《…女々しいな。ワタシも所詮は人の子だと言う事か
 だが、それもこのドアをくぐるまでとしよう》

 彼はそうやって精神を賦活させた。沙羅と出会う前に戻っただけだ。今までのように
一人になっただけだと自らに言い聞かせて。

「じゃーま、そーいうことで。
 入ってもーらえるかなぁ」

 付き添っていたタレ目・馬面・アバタ顔、冴えない上に何処か惚けた感じの部隊指揮
官が入室を促した。

 彼は決心した。

《これは私が宇宙の帝王となる第一歩だ》

 内心の決意など微塵も滲ませず、シャピロは静かに足を踏み出した。

 そこにはそれなりの威厳を漂わせた壮年風の男が彼を出迎えた。

「ようこそ。
 私が地球文化矯正プログラム先遣隊総責任者、テイニクェット・ゼゼーナンだ。
 我らが計画への協力を歓迎する」

 それはある悲劇が奏でる序曲であった。


<第七話・了>



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ver.-1.01 2001/11/25 公開
ver.-1.00 1999_04/21 公開
感想・質問・誤字情報などは こちら まで!


<作者の後書き>

作者  「あ゛ー、やっと7話が終わったか……」

 暴走する妄想に振り回されて痛む頭を軽く降って作者は虚脱していた。

????「あら、ようやく終わりましたの」

作者  「の゛ぁ゛っ!!」

 横合いから掛けられた予想をし得ない声に作者は慌てふためいた。
 

作者  「どっ、どっ、ど!」

????「どこから現れたかとおっしゃりたいのですか?
     そのような恥ずかしいこと……言えません」

 そう言って彼女は、クセのない艶やかな黒髪をふわりと舞わせて、恥じらいを浮かべ
た。

作者  「なっ、なっ、な!」

????「何故、此処にいるかですね?
     そうですね。本来私はアナタに出演予定が全くないと言い切られてしまった
     居たのですもの。そう思われるのも無理はありませんですわ。
     私が今ここにいるのは読者さん達の暖かい声援の声を受けたからです。私の
     ようなふつつか者に……お礼の述べようもありません。
     あら? これは……私製本?」

 そういって彼女は無地の表紙を付けられた本を手に取る。そしてパラパラと中に目を
通しはじめた。その姿には「図書室の天使」と言われるに相応しい美しさが確かに存在
した。

図書天使「あら、これは次のお話のプロットだったのですね。
     ……嬉しい。私もあの人に逢えるのですね。……嬉しい」

 そういって頬を赤らめる彼女は本当に嬉しそうだった。

作者  「みっ、みっ、み!」

図書天使「見てはダメ?
     あら……見てはいけませんでした?
     ですが自分の役どころを知る必要があるとは思いませんか」

作者  「いっ、いっ、い!」

図書天使「要らない?
     ……知る必要は無い?
     そうですか……その様な事をおっしゃられるのですね
     この様なことは、したくは無かったのですが……」

 彼女の雰囲気が一変した。何処か恥じらいを浮かべる姿に変わりはないが漂う風が凄
惨なモノを含み始める。

 それを感じ取った作者の口は何かを言おうとした。
 が。

図書天使「…えいっ」

 彼女の可憐な掛け声とその手にしたモノによって閉ざされた。

 それはもう……実に強制的に。

 彼女は作者が沈黙したことに満足すると背表紙に鮮血がこびり付いた重量 100kgを超
えていそうな辞典らしき物体をしまう。何処にしまったのかは活動停止に追い込まれた
作者に分かり得ようもない。

 そして、彼女は再びプロットに目を通し始めた。

図書天使「次は……旧東京と第三東京……そして地球圏全体で動きが……いえこ
     れはその様な生易しいレベルではありません。転機点と言ってもよいかしら。
     ……でも、少し私とあの人との絡み……(ぽっ)……やだ、絡みなん
     て。
     私としたことが……イヤですわ。
     (コホン)……少し私とあの人との親交が少ないように思えます。
     修正の必要を認めます……」

 彼女は朱筆を取り出し、プロットになにやら書き加え始めた。
 そして、暫くして筆をしまった。

図書天使「これでいいかしら……少し控え気味ですけど我慢しましょう」

 彼女はプロットを閉じる。そして、ソレを赤黒いシミを作っている作者の脇に置いた。

図書天使「キチンとお手直ししておきました……よろしくお願いしますね」

 立ち去る彼女。
 だが、数歩歩んだところで足を止めて振り返る。

図書天使「あ……忘れていました。そこでお休みしている作者さんより、2つのこと
     づけがあります。
     一つは少し仕掛けがしてあるのでjavaスクリプトをONにして見て下さいとの事。
     もう一つはこの次も…ぽっ…サービス、サービス!……だそうです。
     それでは失礼いたします」

今回のオマケ。チミッとな


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