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「いやー、酷い目に遭っちまったもんだぜ…」

 周りで多種多様な魚が泳いでいる光景をモニター越しに見ながら、少年は楽しげにボ
ヤいていた。少年は暑っ苦しいパイロットスーツを脱ぎ捨てて、腰程まである三つ編み
を尻尾のように振った。

 ボヤきは続く。

「…お陰で軌道がだいぶズレちまったじゃねぇか。手間掛けさせてくれるぜ」

 ボヤいてる間にも、何やらコンソールを操作している手は止まらない。
 ようやく目当ての情報が出てきたようだ。少年の手が止まった。画面へ食い入る様に
して、情報を確認する。

「えー、なになに……ふぃらでるふぃあ沖37km!?
 おいおい、勘弁してくれよ……オーガスタまで何kmあると思ってんだぁ。
 苦労させてくれるぜ」

 彼はキャップを被りながら、呟いた。

「しっかし、【ティターンズ】ってヤツは聞きしにまさる強引さだな。普通、戦域境界
 上で確認もせず、戦闘始めるかね……全くよ。あながちDC討伐に名を借りたコロニー
 市民弾圧部隊ってのも、ウソじゃねぇかもな。
 さーて、座標も確認できたことだし……いくぜ、相棒」

 そういって、彼はコックピット脇パネルを親しげに小突く。
 彼の童顔と言って良い顔にある二つのつぶらな瞳には、強い意志の光があった。








スーパー鉄人大戦F    
第七話〔彷徨:It wanders〕
Bパート


<第三新東京市・某所>      


 一見しただけではビジネス街にも見えない事はない。それが第三新東京市だった。

 だが、街にはサラリーマンなど居なかった。居るのはこの要塞都市を建設・修理する
土建関係者と軍関係者ばかりだった。一般の人間など、彼らの数に比べれば、居ないに
等しい。

 そんな街を少年は、あてどもなく彷徨っていた。

 繁華街も殆どが店を閉めている。閑散としたその風景は見るモノの心を寒からしめる
であろうが、少年は違った。心を砕く必要のある人間が居ないだけ、寧ろ心地よかった。

 ふと、ひと気の無いショーウィンドウへ目を遣る。

 そこには自分の姿が映っていた。

 疲れた表情をしている。

 追い詰められた表情をしている。

「こんな顔をするために、僕はこの街へ来たのか...」

 自嘲気味に少年は呟いた。

 また視線が下へと移動する。

 だが、その途中で自分の手を見たとき、少年は激しく動揺した。

 だらしなく垂れ下がっている自分の手に赤い影を見たような気がしたのだ。

 おそるおそる、手を持ち上げ確認する。

 その手には、赤い看板から透過した光が当たっていただけだった。

 だが、少年にその赤は溢れる血にしか、見えなかった。

 少年は再び絶叫した。
 自らの犯した罪を責め立てる自分の心へ免罪を乞うように。



<ジオフロント・ネルフ本部司令室>      


「…碇」

 将棋の譜面を見ながら、冬月は忙しげに書類を決裁しているゲンドウを呼ぶ。

 ゲンドウは面倒臭げに応えた。

「なんだ、冬月……用ならば、早く云え。
 私は忙しい」

「何が忙しいだ……普段から処理しておかないから、そうなるのだ」

「…冬月」

 ゲンドウの声に苛立ちが感じられた。

《からかうのはコレぐらいにしておくか》

「…お前の方にも連絡がいっている筈だ。
 どうするのだ」

「…何のことだ」

「とぼけるのは、よせ。
 サードチルドレン、シンジ君の事だ
 彼がここを出たことは、先刻承知だろう」

「…そのことか」

「余裕だな。彼が居ないといかんのだろう。初号機はどうする?」

「問題ない、元々アレは予備だ」

「つまり、メインのレイが使えるようになったから、用済みという訳か」

「そういう事だ。
 元々零号機も初号機予備の参号機の代わりでしかない。
 初号機と弐号機があれば、十分だ。
 士気のこともある、やる気のない者が居なくなっても誰も困りはせん。
 手間が省けるというものだ」

「ほぅ...珍しく饒舌だな。
 オマケにどうした? 優しくなったじゃないか。
 エヴァの秘密を知る者を野放しにするなど」

「アレは秘密など、知らんよ...教えても居ない
 精々が操縦システムに液体緩衝システムを使って、サイコミュ(脳波コントロールシ
 ステムの一種)の亜流を組み込んでいる事が推測できる程度の情報しか取れん。
 許容範囲内だ」

 そこまで言い切るとゲンドウは再び書類に目を向けた。
 その姿は一切の関わりを拒否していた。

 冬月は嘆息する。

《やれやれ。もう少し素直になれば良いものを...》

「…そうか、ならば私の方の話はもう無い。
 では、私は【ロンド・ベル】の方にでも顔を出してみるとしよう。
 何か、伝えることはあるか?」

 ゲンドウの応えは無い。
 冬月は肩を竦めて、そこを立ち去った。



<某所>      


「やれやれ、ようやく帰ってこれたな」

 Dr.ヘルのその言葉は、彼の重ねてきた年月に一瞬だけ実在感を持たせた。だが、
それも一瞬だ。その言葉に傍らのあしゅら男爵が答えるまでだった。

「「ですが、【ロンド・ベル】のヤツらめに一泡吹かせる事が出来ました」」

 アシュラ男爵の追従も今は気にならない。Dr.ヘルは鷹揚に頷いた。

「尤もだ。だが、この程度で喜びはせんぞ。その儂がこの程度で満足するものか」

「「流石はDr.ヘル様。ソレでこそ、世界の王になろうとせん御方で御座います」」

「世辞はよい。早速始めるぞ。シーマより渡されたユニットだ、データ抽出を急げ。
 グズグズしていると連邦やこの国のマヌケ共に勘付かれるぞ」

「その通りっ!」

 その彼らの足下に影が差し、威厳ある渋みの効いた声が掛けられた。

「「「誰だ」」」

 二人の誰何が、影へと向けられる。

「どうやら、首尾良くいったようですな。Dr.ヘル大人?」

 影からの声を聞いて、Dr.ヘルは表情を緩めた。自分を『大人』と呼ぶ、白銀の弁
髪が見事な老人はこの計画を実行するきっかけを作った人物だったからだ。

 取り敢えず、敵ではない。

 Dr.ヘルがあしゅら男爵を制して、"先生"に応じた。

「おお、先生。そうですとも、これでモノは揃いましたとも。後は全てを組み込み、ア
 レの復活を待つだけ……待ち遠しゅう御座いましょうな」

「如何にも……これで連邦の馬鹿共を一掃できる事でしょう。その日が来るのが、今か
 ら楽しみでなりませんな……」

 そして、Dr.ヘルと"先生"と呼ばれた人物は視線を交わせた。どちらともなく、笑
いがこみ上げてきたらしい。

「「クックックック」」

 最初は小さかったソレは、やがては辺り一面にてらいも無く響きわたった。

「「ぶわぁはっはっはっはぁっ!」」

 ひとしきり笑った後、"先生"はきびすを返した。

「おや先生、どちらへ」

「いや往々にしてこういうめでたい時に、落とし穴があるものです。
 気を引き締める為にも、少し辺りを見回って来るとしましょう」

「流石は先生。その心掛け、このDr.ヘル感服いたしました」

「うむ、納得戴けて幸いですな。
 では…」

 "先生"は再び影へと消えた。

                   :

 何処へとも無い通路を進みつつ、Dr.ヘルはあしゅら男爵に呼ぶ。

「あしゅら」

「「はっ!」」

「あやつに、気を許すな」

「「はっ! ですが何故です? たかがジジイ一人...
  たとえ何を企んでいようとも、どうにでもなりましょう」」

「あしゅら」

「「はっ!」」

「お前は儂が大した事無いと思うか?」

「「めっ、滅相も御座いません」」

「そうであろう。あやつは儂程度には危険やもしれん。
 …或いは儂以上にな。
 判ったな?」

「「承知いたしましてございます」」

「うむ」

 あしゅら男爵の返答へ、鷹揚にDr.ヘルは頷いた。

                   :

 "先生"は夜空を見上げている。

 かつては色とりどりの街光に遮られ、闇でしかなかった空には、満天の星が瞬いていた。

「さて、これで下地は整った。
 後は待つばかりだが...しかし、星辰はまだ事の成就を示していない...」

 暫し"先生"は、無言で夜空を見上げる。

「何!? これは...そうか儂に立ち憚るは、やはりお前か。
 これも宿命と云えよう...だが、他の星もソレに続く。大きい星、小さい星、まだ
 星にもなれない屑星まで...いや、この屑星が鍵のようだな。
 しかしドモン、お前は良い仲間を得たようだ。
 ワシは嬉しいぞ。それでこそこのワシ自ら鍛えた甲斐があったというものよ……」

 そこまで口にして、"先生"は高らかに笑い始めた。

「はっはっはっは。うわぁはっはっはっは……………・・・
 そうだ、早く来い。この儂を止められるモノならばな。待っておるぞ。
 わはっはっはっはっはぁーっ!」

 笑いを止めると、一転して顔を引き締める"先生"。

「だが、差し当たり、色の見えない荒ぶる星がこの地に降り立っておる。
 手始めに、出向いて確かめるとしよう...」

 "先生"は悠然と歩み始めた。



<第三新東京市・某所>      


 見覚えのある場所に着いた。思わず少年は辺りを見回す。

 少年はあの忌まわしい記憶と共にここが何処であるかを思い出した。

《ここは……ここは【第三使徒】と戦った場所だ》

 そう、ここは彼が罪人としての洗礼を受けた場所だった。

 少年の脳裏にあの光景が繰り返される。

 …地下の鬼、父の声
 …強烈な加速、突如として現れる夜景
 …そして、【使徒】

 少年は歩かせることすら満足に出来なかった。
 一方的だった。腕をへし折られ、頭に風穴を開けられた。

 少年が憶えているのは、そこまでだ。

 後は気が付いてみると、不自然なほど清潔で広い病室で寝かされていた。

 杭打ち機の音がこだまする。

 その規則正しい重低音は、少年にあの時の恐怖を呼び起こす。

 少年はそれを堪えようとする。だが、右目で感じた微かな違和感がが契機となって、
あの時の痛みと恐怖がフラッシュバックした。

 少年は三度絶叫した。痛みと恐怖に怯えて。

 少年は逃げ出した。何処へ向かっているのか、少年自身にすら判っては居なかった。

 ここには彼を止める人間は居なかった。



<【ネルフ】本部パイロット待機所>      


 ここでアスカとレイは二人で待機していた。

 美少女二人が肩を並べて座っている。絵になる光景だ。惜しむらくは、その状態を表
すに『仲良く』と云う修飾詞が、一片たりとも存在する余地が無かったことだろう。

 つまりは友好的とは云えない、実に非友好的な空気がその場所には漂っていたのだ。

 無論、レイがその様な事をしてはいない。いつもの様に全てを無視していただけだ。

 そう、原因はアスカだった。

 やっと陸へ辿り着いては見たものの、シンジは捕まらない、ミサトには引っ張られる、
そして、こんな所へ押し込められては第三種待機任務を言い渡される。

 挙げ句の果てには、得体の知れない同僚との、静かな、静かな一時だ。

 全く、嬉しくって涙が出てくるとはこの事だろう。この上、更に楽しいことがあった
なら、余りの嬉しさに瘴気すら噴き出してきそうだ。

 そんな感慨をアスカが持ち始めた頃、彼女はやってきた。

「よっ、みんな元気してるぅ〜っ!?」

 この脳天気な声は間違いない。ミサトだ。

 苛ついているアスカの神経を見事に逆撫でしている。それはミサトへの返事へ実によ
く顕れていた。

「なにが、『よっ、みんな元気してるぅ〜っ!?』よっ!
 見て判らない、頭腐ってんじゃないの!?」

「あっらぁー、アスカったらご機嫌斜めね」

「おかげさまでね…」

「それはそうと、アスカ?」

「何よ」

「シンジ君は?」

「シンジぃ!? 知る訳無いでしょう、朝アンタに捕まってからズッと本部の中なんだ
 からっ!」

「あらそう...じゃ、レイは?
 シンジ君、何処いるか知っている?」

 レイは見る者を凍らせるような、実に涼やかな無表情で答えた。

「…知りません」

「おっかしいわねぇー、シンジ君どこ云ったのかしら...」

「見つからないの?」

「ええ」

「何してんのよ、さっさと探してきなさいよ。アイツも一応パイロットなんだから、待
 機任務なんでしょう?
 私たちだけ、ってのは、不公平よ。フェアじゃないわ」

「そ、そうね」

 ビシッッと力強く突きつけられたアスカの指に気圧されるようにミサトは後ろずさる。

「じゃ、早くっ!
 どうせ、保安部ガードが付いているんでしょう。
 そいつらにでも、聞きなさいよ。一発でしょう!?」

「ちょ、チョッチタンマ」

「タイム無し、早くする!!」

《アスカったら、シンジ君絡むと怖いのね...》

 ミサトの内心を知ってか知らずか、アスカがミサトを睨み付ける。
 ミサトは冷や汗をかきつつ、携帯通話機で保安部を呼び出した。

「...作戦部葛城三佐です。サードの監視班責任者を。
 ...いいから、早く出しなさい。
 ......................................
 ......................................
 ......................................
 ......................................
 遅いっ! いつまで待たしているのよっ!
 ...なんですってぇ!?
 何やってたのよ、アンタ達はっ!!
 ...現在総力を挙げて、捜索中?
 寝惚けた事云ってんじゃないわよ、当然でしょう! そんなこと!
 言い訳はいいから、さっさと見つけなさいっ!」

 ミサトが怒鳴って通話を切ると同時に、アスカがミサトを問い質す。

「ミサトっ!」

《あっちゃー…》

 余りのタイミングの悪さにミサトは天を仰いだ。

「呑気に上見てんじゃないわよっ!
 どういう事になっているの!? 説明しなさいよ、説明っ!」

「たははっ...なんて云ったらいいのかなぁー...
 実はね、シンちゃん今どこにいるのか分かんなくなってるのよ」

「!! 何やってるのよ、私たちチルドレンの所在は常時把握している筈でしょ!?」

「チョッチ、手違いがあったみたいで...」

「手違いがあったじゃないでしょっ!!」

「そっ、そうかも知んないわね...」

 ミサトはアスカの剣幕にタジタジだ。冷や汗が噴き出す。不意にミサトが何かを思い
ついた顔をする。

「じゃっ、ワタシもシンちゃん探しに行ってくるから...アスカ達はここで待機して
 てね。そんじゃー、そう言うことで...」

「ちょ、待ちなさいよミサトっ!」

「じゃーねー」

 ミサトはアスカの追求の間隙を縫ってスルリと逃げ出した。実戦派指揮官と云うより
人生28年と2Xヶ月の年の功と云うべきか、実に見事なモノである。

 ちなみに命が惜しかったら、2Xヶ月のことを追求してはいけない。女性には知って
も良い秘密と知ってはいけない秘密がある。この場合は当然後者であること云うまでも
ない。

 その様なミサトの様子にチラリと目を向けたレイが一言ポツリと漏らす。

「…逃げたようね」

「…そのようね....えっ」

 思わず返事したアスカであったが、その発言があの無表情人形女のモノでしかあり得
ないことを思い出す。視線を彼女に向けるが、既にいつもの様に超然とした様子で本に
目を向けていた。

「何よ...フンっ、だ!」

 アスカは不機嫌を隠そうともしないで鼻を鳴らした。



<新宿 廃ビル屋上>      


 少年は街を見下ろしていた。

 廃墟となった街だ。明かりも少ない。
 少年が何を考えているかは判らない。ただ鋭い眼差しが印象的だった。切れ長の細い
目に黒い。黒い髪に黄色い肌。察するに東洋系人種であるらしい。

 強いビル風に煽られて、少年の白い道着がはためく。だが、撫でつけるようにして、
後ろへ流した髪は、はためいては居なかった。

「これが地球か...腐っているな」

 少年がそう呟いた時だった。

「…この地がお主にはそう見えるのか、少年よ」

「!! 誰だっ!」

 いきなり後ろから声が掛かった。少年は瞬時に飛び退く。
 そこには筋骨逞しい、老人とは言い難い老人が居た。見事な白銀の弁髪がよく似合っ
ている。

「誰だっ!…とは、また剣呑な物言いだな」

「誰だと聞いているっ!」

「その様なデカイ声を出さずとも、聞こえておる。
 …そう怖い顔をするな。云うなればワシはこの地に隠遁しておる、ただのジジィよ」

「ただのジジィがここで何をしている」

「散歩だ...おかしいか?」

「...」

 老人の言葉に多少は納得したようだが、依然として硬い態度は変わらない。何かを警
戒しているようだ。

「そちらの知りたいことは判ったようだな。
 で、そういうお主は誰なのかな、名は?」

「俺の名は...ウーフェイ。張 五飛。
 通りすがりのただの旅人だ」

「ただの旅人が此処で何をしているのかな」

「……散歩だ。おかしいか?」

 その答えを聞いて、老人は豪快に笑い出した。

「わっはっはっはっは。
 なるほど、これは一本取られたわ」

 笑っている老人をウーフェイは胡散臭げにみている。
 いい加減、笑い声にも聞き飽きたので少年は問うた。

「もう話は終わりか?」

「いや、まだだ。
 まだもう少し付き合って貰おう」

 ウーフェイは嘆息しつつ、応じた。

「……早くしてくれ」

 それを聞いて、居ずまいを正す老人。視線を街に向けたまま、威厳ある声でウェーフェ
イに問う。

「お主、この街を見てどう思う」

「…何も出来ない連中が、やるべき時に何もしなかった。
 そんなところだろう」

「ほぅ...ならば、更に問う。
 お主は、そのやるべき時とやらに何を為すのだ」

「俺は事の善悪を見定め、悪には正義を示すだけだ。
 正義の力をもってな」

 老人は満足そうに頷いた。

「…そうか、結構結構。その時が楽しみだ。
 では、また会おう」

 老人はそう一声掛けるときびすを返して、立ち去った。
 老人の姿が消えるまで、ウーフェイはその姿を見つめていた。

「…面妖なジジィだ」

 その言葉は苦笑に満ちていた。



<第三新東京環状線>      


 シンジは通勤用車輌ロングシートの端へ座って、揺られていた。

 いつ乗り込んだのかも、憶えていない。

 レールの継ぎ目を乗り越える音が、やけに耳につく。そんなことを微かに感じながら
シンジは今まで遭ったことを思い出していた。

                   :

 今はもう、陰影程度にぼんやりとしか憶えていない優しい声。

 生きていた。ソレ以上の意味が存在していなかった、武蔵野での味気ない暮らし。

 突然寄越された、忘れかけてすらいた唯一の肉親よりの短い手紙。

 化け物と地下都市と鬼のようなロボット...そして紅い目の少女。
 胸の奥に小さな痛みを感じる。

 そして、化け物との戦い。

 病院の天井を思い出したかと思うと、それは紺碧のインド洋となる。

 そして、その海に負けない蒼さの瞳を持つ少女。彼女の白い肌を思い出す。思えばそ
れがあったからこそ、一緒に化け物と戦えた。そんな気もする。その代償はあまりに大
きい気がしないでもなかったが。

 実際、あのインド洋からの帰りはソレまでの人生全てよりよっぽど充実していた。

 船旅。少女の強襲と強要。異星人青年との交流。

 そして、同居。

 それは非常に短い時間であったが、限りなく白紙に近い人生を送っていたシンジには
宝石よりも貴重な出来事である。

 一生分の出来事を味わった気がしたが、それは間違いだった。

 更なる化け物との戦い、異世界からの放逐者との出会い。そして、ウラルへと舞台は
移る。

 幾つかの戦いの後に自分に残ったのは、血塗れの手だ。

 暫く自分の手を見つめ、そしてシンジは身を固くして、意識を奥底へと沈めた。



<旧合衆国ジョージア州オーガスタ・繁華街>      


 その食堂カウンターで腰まである三つ編み栗毛が印象的な少年は、小柄な身体に似合
わない健啖さで目の前の食事を片付けていた。

 店内を見ると、軍服姿の者もちらほらと見掛ける。少年はそちらにちらりと目を遣る
とカウンター内で興味深げに少年を見つめるウェイトレスを呼んだ。

「俺の目の前にいる、とても綺麗なウェイトレスのお姉さん。
 ちょっと、いいかな?」

 他の者が云ったならば、気障ったらしくて嫌みにしか聞こえなかったかも知れない。
あるいは、下心丸出しのバカ男の誘い言葉にしか聞こえなかったかも知れない。

 だが、その少年が発する健全な雰囲気は、その言葉を実に素直に受け取らせる。

「あら、お上手。なぁに」

 ウェイトレスは、上機嫌で少年に応じた。

「ん...大したことじゃないんだが。この店の中に軍人さんが結構居ると思ってね。
 この近くに基地か何かが、あるってぇーの?」

「あら、そんなこと?
 この近くに軍関係らしい研究所があるのよ。あの人達は、そこの関係者。
 払いが良くって、この町を潤してくれてるわ。
 良いお客さんよ、ここではね」

 そういって年の頃20代半ばのウェイトレスは、音の聞こえるようなウィンクを彼に
送る。

 それを満更でもない様子で少年は応じた。

「へぇー、そうなんだ。
 その研究所って、何研究してるのかな。
 お姉さん、知ってるかい?」

「ん〜...言っていいのかな」

 形の良い唇をすぼめて、「ん〜」と良いながら人差し指を軽く唇下に添える様子は、
彼女を確実に数歳年下に見せる。

 そんな彼女を煽る少年。

「よっ、お姉さん、美人!」

「どーしよーかなぁ」

「お姉さん、とってもキレイ!」

 気に入った男の子の賞賛が、快かったようだ。上機嫌で彼女はダメ押しを要求する。

「…もう一声ぇ♪」

「お姉さん、愛しているーーっ!」

「まぁ♪……照れるじゃない」

 キャアキャア言いながら、少年をはたくウェイトレス。全くコレではどちらが年上か
判らなくなってしまう。

「(イテテ)...で、お姉さん、教えてくれるんだろう?」

「あら、ムード無いのね...そぉね、いいわ。教えてあげる。
 といっても詳しいことは、私も知らないけどね」

 少年の性急さに少し気分を害したようだったが、基本的に上機嫌だったウェイトレス
は少年の嘆願を聞き入れた。

「いいぜぇ、俺も詳しいことまで知りたい訳じゃない」

 そこでウェイトレスは声を潜める。

「なんでも、モビルスーツや"N"関係の研究しているらしいわ」

「"N"?」

「ニュータイプよ、ニュータイプ」

「へぇー、地球ではそんな言い方するんだ。
 でも、なんか、面白そうだな……」

 茶化す少年を、ウェイトレスがたしなめる。

「…茶化さないの。
 あの研究所、ろくな噂無いんだから。
 夜な夜な叫び声やすすり泣く声が聞こえるとか、連日年端もいかない子供達が運び込
 まれては出てこないとか、最近目つきの悪い連中が出入りしているとか...
 ホント、何やってんだか...商売じゃなきゃ、そんな連中と関わりたくないわ」

「そりゃ、もっともだ…」

 その時、一般の連邦軍服とはかなり違う、濃紺に赤のアクセントが印象的な軍服を着
込んだ少女が、会計を済ませて店を出ようとしていた。

 それを見たデュオも動きを見せる。

「と...ごちそうさま。おあいそ」

「あら、もう行っちゃうの?」

「人気者でね、あっちこっちで引っ張りだこなんだ」

「ふふ...そうかもね。
 何かあったら、ここに連絡入れて。
 えーと...」

 電話番号らしいメモを書いた紙を差し出しつつ、ウェイトレスが言い淀む。

「…デュオ。デュオ・マックスウェル」

「そう、デュオ。
 私はアリシアよ、待ってるわ」

 そういうウェイトレスの目が少し潤んでいる。

 デュオは無言でメモを受け取り、背を向けた。

「じゃあ、アリシアお姉さん。また逢えるといいな」

「…きっとね」

 デュオはどこか楽しげな様子で店を出ていった。

                   :

 店を出たデュオはさりげなく、辺りを探る。

 軍服少女は向こうの角を曲がろうとしている。

 急がなければ見失ってしまう。

 デュオは足早に彼女の後を追った。

 気付かれないよう、ある程度距離を保って彼女の後をつける。

 ふと彼女の顔が横を向く。デュオは内心冷や冷やしながらも、特に動きは見せない。
かえって悪目立ちをしてしまうからだ。

 あちらこちらに顔を向けていた彼女だが、カフェスタンドに視線が固定した。
 どうやら、そこに入るつもりらしい。

「しめたっ!」

 デュオは駆け足で、彼女へ近付く。
 彼女がカフェスタンドへ入ると同時に、デュオは彼女の後を追う。

 店に入ってみると彼女は品定めをしていた。その視線の先を読み取りつつ、素早く彼
女に気取られないよう近付いた。

 ようやく決まったらしい。彼女はカウンター内の主人らしき人物を呼ぼうとする。

「……あの、」
    「オヤジ、エスプレッソ2つ。とびっきり濃いヤツ頼むぜ」

 店のオヤジは軽く手を上げてデュオ、応じる。
 彼女は驚いたようにして、顔をデュオに向けた。怒っている様に見えないでもない。

 デュオは肩を竦めながら、声を掛けた。

「おごるぜ、お嬢さん」

 少女が疑わしそうにデュオを睨み付ける。

「…どうして?」

「そうだな...君のように綺麗な人とお友達になりたい、ってのはどうかな?」

「陳腐な言い訳ね」

「しょうが無いさ、本当なんだし」

 しばらくデュオを見つめる少女。
 だが、納得したのか、しないのか、表情を緩めた。

「…いいわ。私はヒルデ・シュバイカ。
 見ての通り、軍人よ。なり立てだけどね」

「そいつはいいや。君みたいな美人が地球を守ってくれりゃあ、安心だ。
 今やってる戦争もじきに終わってもんだ」

「調子良いわね」

 そういって彼女は小さく笑った。

「それはそうと...」

「ヒルデでいいわ」

「そう、ヒルデか。俺はデュオだ。
 君、サイド2の出身だろう?」

「わかる?」

「モロわかりさ。イントネーションに癖がある」

「あら、やだ」

「でも、どうしてコロニー出身の君が地球へ?
 それにその軍服、一般部隊のモノじゃないよな。
 カッコイイし」

「ありがとう。
 そう、あなたの云う通り、この制服は一般用のモノじゃないわ。
 【ティターンズ】のモノなの」

「…【ティターンズ】?」

「知らないのね。地球連邦軍が地球を守るために、ジャミトフ・ハイマン中将閣下が組
 織した精鋭部隊よ」

「ああ、あの部隊の事ね。
 そういえば、聞いたことあるな史上最強の対テロ部隊が創られたって。
 凄いじゃないか、エリートなのかよ。
 待てよ...でも、隊員の殆どは地球出身者だって、俺は聞いてるぜ」

「それは誤解よ。
 現にワタシが配属されているじゃない。確かに今はまだスペースノイドは少ないかも
 知れないけど、それは【ティターンズ】の受け入れ態勢が整っていないからよ」

「じゃあ、どうして君は?」

「今さっきの君みたいな偏見を解消する為よ。と、言っても、志願者全員って言うわけ
 には行かなかったから、志願者のごく一部が入れただけだけどね」

「へぇ、じゃあ君みたいな人が他にも居るんだ」

「そうよ、ワタシと一緒に入隊した人があと20名ほど、居るわ。取り敢えず全員この
 近くにある研究所に配属されたけどね。あっ、でも何しているかは内緒よ。軍規だから」

「あらそう、そりゃ残念だ。
 でも、同期の連中と仲悪いのかい?
 君一人だけだけど...」

「そうじゃない。戦争始まって、ドタバタしているでしょう。
 その所為で連絡取れないだけだわ」

「誰一人として?」

 その言葉はヒルデの顔を渋面にした。

「…そうよ」

「まぁまぁ、そう不景気な顔しなさんな...コーヒー冷めるぜ」

 そういってデュオはコーヒーを啜った。



<地球衛星軌道>      


 彼らの針路で煌めきが起こる。それは幾つ現れては消え、消えては現れる。宇宙では
星は瞬かないから星ではない。

 先発した【デ・モイン】MS隊と侵攻して来ているポセイダル艦隊ヘビーメタル隊と
の苛烈な戦闘の爆光だった。

 彼らはその戦闘を横目に、敵艦隊への攻撃コースを取っている。取り敢えずは予定通
りだ。

『おー、やってるやってる。景気良くやってるぞ…
 いいか、ストラスバーグ…えぇい、面倒臭い!
 ムサシっ! 返事をしろ』

「はい、こちらムサシ准尉」

 何時もと変わりない、やや不愛想な返事が返ってきた。

 それがマッハには面白くない。少し意地悪をしたくなると言うものだ。

『よーし、力は抜けているようだな。上等だ。
 もうすぐ俺達は敵艦隊と接触する。それを見逃してくれる程、敵もマヌケじゃあない。
 そろそろ歓迎会を始めてくれるはずだ。今の内に全兵装を再チェックしろ』

「…終わってます。オールグリーン。全力戦闘に問題無し」

『いい感じだ。しかし、つまらんヤツだなぁー。ちったぁ緊張でもしろよ、可愛げないぞ』

「…その必要は無いと考えます」

『ホントに可愛げの無いヤツだな……。
 おやぁ……そろそろ、お出ましか?』

「敵影確認できませ……」

 ムサシがマッハの言葉を否定しきらないうちに、光条が彼らを襲った。

「!!」

 回避運動する2機の【Zetaプラス】。但し後方に着いているムサシ機の反応は少し遅
かった。

『甘いぞ、ムサシ。MSのセンサー情報を鵜呑みにするな。自分の目を過信するな。装
 甲越しに敵を感じろっ!
 そんな事ちゃあ、命が幾つあっても足りんぞ』

 ワラワラと暗色ガスから抜けだし、敵ヘビーメタル隊が姿を現す。少なくとも十機以
上居る。

 そんな敵を楽しげに見て、マッハは叫んだ。

『まずは敵編隊を切り崩すっ!
 行くぞ、俺に続けぇーーっ!』

 マッハはウェーブライダー形態(航空機形態)の【Zetaプラス】をバレルロールさせ
ながら、敵編隊に突っ込んでいった。

        :

 マッハ大尉達の取るコース方向で火線が閃いた。大尉やムサシ達は上手くやっている
らしい。瞬き消える光を見つつ、そんな事を考えながら、マナは呟いた。

「ケイタ、行くわよ。
 敵艦隊攻撃まで、通信切るわ」

『了解、マナ。』

 古典的な手法だが、太陽光の中に紛れている今の彼らは敵艦隊に見つかってはいない
筈だった。遠く離れている太陽であったが、その力は強力である。少なくとも殆どのセ
ンサーの目を酔っぱらわせる程度には十分だった。

 メインカメラを最大望遠しても、まだ短めの針の集団にしか見えない敵艦隊が、時間
を追うごとにその姿を大きくする。

《見つかっていない、見つかっていない、見つかっていない……》

 マナは一応平静を装ってはいるが、その心の中では次々と湧き上がる恐怖と戦っている。

 未だ敵艦隊に動きがないから、たぶん相手は自分たちペアを見つけていない。だが、
もしかしたら……

《次の瞬間、こっちにレーザー撃ってきて、私を蒸発させるかも知れない……》

 相手のフネが一瞬光ったような気がした。

「!!」

 操縦桿を握る手が反応して、機体を操ろうとする。だが、それは彼女が渾身の自制心
を発揮する事によって、押し止められた。

 敵艦隊にも動きはない。
 先程の光も単に何らかの光が敵船体に反射しただけらしい。マナ達に向かってレーザー
は飛んでこなかった。

「後20……」

 マナは祈るようにして、残りを数えていた。

        :

 ムサシはマッハの突撃によって蹴散らされた敵の内、一番鈍いヤツを選ぶ。
 照準を合わせ、十分引き付けてトリガーを絞る。

 それは、彼の【Zetaプラス】に装備されたビームスマートガン・チャンバー内部へエ
ネルギーの奔流を流し込む。銃口が歓喜の声を挙げ、火を噴いた。

 通常のMSのソレよりも力強く輝くソレは、次々と面白いように敵機へと吸い込まれ
た。敵機は激しい光を撒き散らした。

「1機」

 直ちに次の目標へ照準を移す。この段階になって敵機からの反撃がチラホラと始まる。
が、その狙いは定まらない。更にムサシ機へと狙いを付けようとして動きが鈍くなった
敵機には後方からマッハ大尉機の攻撃が見舞われ、先程の敵と同じように檄光への変容
を強要する。

『オラ、オラ、オラ、オラァァッ。
 キリキリ、逃げんかぁー!』

 二方向からの攻撃に敵機が戸惑っている。その間にもムサシは次の獲物を仕留めた。

「2機!」

 ここで敵はウェーブライダーのままであったマッハに狙いを絞った。これは航空機形
状の機動兵器一般に云えることだが、この機体形状では重心が集中している。そのため
機体の安定性が偏重してしまい、機動性が損なわれる。言い換えると非常に軌道が予測
しやすいと云うことになる。弾が当たりやすいのだ。

 敵ヘビーメタル隊が共同して、マッハ大尉機にレーザーの雨を降らせた。

『あぁまいぃぃっ!』

 マッハは一喝と共に数条の火線を避けると、機体を人型に変形させた。即座に反撃す
る。これが普通のパイロットであれば、敵を牽制するための射撃にしかならなかったで
あろうが、生憎この機体を操るのは超ベテランパイロットのマッハだった。

 運の悪い2、3機が光に包まれた。
 敵は浮き足立つ。

 その隙を逃すムサシでは無かった。ビームスマートガンでの強力な攻撃を敵機に加え
る。不用意に背を向けていた敵機へビームが突き刺さる。

「3機撃墜!」

 残りの敵は算を乱して、遁走しようとする。即座に追撃を掛けるマッハ。

「何やってる、ムサシっ!
 場の空気を素早く読んで、それに即した行動をとれ。
 そんなこっちゃぁ、自分の好きな女をモノに出来んぞぉ」

 ムサシは一瞬苛立ちげな顔をして、マッハ大尉機の後を追い掛けた。

        :

「『当たれぇぇぇぇ』」

 マナとケイタは敵軌道爆撃艦に向け、絶叫しながら、ビームスマートガンを連射して
【Zetaプラス】を突撃させる。

 【デ・モイン】MS隊の多重陽動は成功した。本命のマナ達【Zetaプラス】2機は、
敵に気付かれず、敵の内懐に飛び込むことに成功していた。

 射撃レーティクル内で加速度的に拡がる敵艦影へ次々とビームが伸びる。当初、敵シー
ルドに阻まれていた攻撃だったが、度重なる被弾で飽和、崩壊した。

「これでっ!」

 次のビームは確かに敵艦体に命中した。続けてビームを叩き込もうとしたときだった。

 三角錐の様な艦型をした軽巡クラスの敵高速戦闘艦が軌道爆撃艦とマナ達の間に入り
込んだ。

 その敵艦に軌道爆撃艦へ見舞われるはずであったビームが次々と命中。通常のMSの
ソレを遙かに上回る出力のビームを、立て続けに叩き付けられた敵艦シールドが崩壊。
【Zetaプラス】2機から放たれたビームが、艦本体を次々と貫いた。

 その時点でマナ達は射点を逃していた。敵軌道爆撃艦横をフライパスする。

 後方で激しい光が巻き起こった。後ろを確認すると、先程の敵高速戦闘艦が爆沈して
いた。だが、肝心の敵軌道爆撃艦は多少損傷した程度だ。身びいきしたとしても小破と
いったレヴェルだろう。任務遂行を諦める程ではない。

 マナは直ちに再攻撃を決断した。

「私が沈めたいのは、1隻だけなのにっ!
 ケイタ、再攻撃するわ」
『了解ぃ!』

 だが、ようやく立て直した敵艦隊から熾烈な弾幕を展開してきた。それは初陣である
彼らには、いい知れない恐怖を与える。だが、先制攻撃出来た。その高揚感が恐怖に優
る。勇敢にも彼らは機体を反転させて、敵軌道爆撃艦への再攻撃を行おうとした。

 だが、先程の戦闘艦と同型艦らしい十隻近くの護衛艦艇が、ようやく行動を開始して
いた。二手に分かれて軌道爆撃艦両サイドを護って、マナ達の針路へ立ちはだかる。

 マナ達は迂回して敵軌道爆撃艦への攻撃コースを取ろうとするが、悉く邪魔をされる。

『くそうっ、邪魔っ!』

 ケイタの【Zetaプラス】が腹立ち紛れに針路を塞ぐ敵艦へビームスマートガンよりの
光条を浴びせた。だが、幾ら【Zetaプラス】の攻撃とは云え、その程度では敵シールド
を撃ち抜き、撃沈することまでは出来ない。

 もたもたしていると敵ヘビーメタル隊が帰ってくる。マナは焦り始めた。

 ここで彼女は無謀とも云える決断をした。

「ケイタ、敵艦に取り付いて直接攻撃よ」

『無茶だ、マナっ!』

「時間がないのっ!
 このままじゃあ、地球に爆弾落とされちゃう」

『…判った、付き合う。
 行くぞぉぉぉぉーっ!』

        :

「どした、どした、どぉした!!
 コレで終わりか!?
 そんなヒョロヒョロ弾が当たるかぁ、このヘボ助がぁ!!」

 狂乱とも云うべき様子で、マッハは5、6機を相手にして奮戦していた。また一機火
を噴いた。手練れの業だ。

 マッハに掻き回されて、敵ヘビーメタル隊は統率を失っている。この調子で敵を全滅
できるかも知れない。

 ムサシがそう思った。

 だが、それは次の瞬間、幻想だと思い知らされる。

 先発隊方向から十機機のヘビーメタルが向かって来ている。新型か? 赤系統の塗装
でまとめられた見たことのない機体が敵集団を率いている。彼らが向かう先、自分達の
後ろには敵艦隊と...そして、マナ達が居るはずだ。

 ムサシの口は殆ど反射的に言葉を吐く。

「大尉、敵ですっ」

『見えてる、逃がすなムサシ。
 キリシマ達へ向かわせるなっ!
 アイツらが敵爆撃艦を沈めるまで持ちこたえろっ!』

「…了解」

 ムサシは静かに力強く答えた。

        :

「そこのフネ、ジャマっ!!」

 機動性では比べるべくもない筈の敵護衛艦がマナの針路を塞ごうとする。

 艦底にマウントされている大口径連装レーザーターレット他、艦体各所に据えられた
ありとあらゆる対空火器をマナとケイタの【Zetaプラス】へ降り注がせる。だが、人型
形態をとる【Zetaプラス】は、その熾烈な対空弾幕を余裕持ってかいくぐる。

 流石に数条の細い檄光が【Zetaプラス】の装甲を舐めたが、アドレナリン全開のマナ
は気が付いていなかった。

 二人は息のあった連携でフライパスするついでに、大口径連装レーザーターレットへ
一撃加える。至近距離より大出力ビームで叩かれたターレットは台座ごと吹っ飛んだ。

 もう敵軌道爆撃艦への進路を阻む者は居ない。マナとケイタは一直線に敵軌道爆撃艦
へと迫撃する。ビームスマートガンで掃射しつつ、上甲板を向ける軌道爆撃艦の甲板表
面を舐めるよう機動する。

 艦底へと回り込もうとする二人。

 そこに軌道爆弾コンテナが在る筈だ。少なくともコンテナを破壊すれば、軌道爆撃は
阻止できる。

 取り付いている軌道爆撃艦自身は殆どの砲口の死角に入っているため攻撃できない。
周りの護衛艦も攻撃は出来ない。味方に当たる公算が大きいからだ。

 この段階に至ってはもうマナ達を止めるモノは居ない...筈であった

「!!」

 艦腹を廻ったマナ機へ大きな人影が踊り掛かる。
 濃茶色一つ目ヘビーメタル【グライア】が斬り掛かってきていた。今まで何処にいた
のか。そんなことは後で考えるべきだ。敵機はマナ機のビームスマートガンを片手で押
さえ、空いた手に持つ光剣を振りかざそうとする。

『マナっ!』

 ケイタの叫びにも反応できない。そんな余裕は無い。マナの遺伝子に刻まれるように
して叩き込まれた操縦テクニックが、マナへ反射的に自機左マニュピレータにビームサ
ーベルを持たせる。そして、【グライア】と激しく斬り結ばせた。

 一部の隙も許さない、そんな鍔迫り合いとなる。

「ケイタっ! ワタシの方は良いから、コンテナをっ!」

『…でもっ』

 ケイタが逡巡する。

「早くっ!」

 マナの逼迫した声が響く。

『…えぇいっ! 判った、やってやる。
 待ってろ、マナっ!』

 ケイタ機が艦底へと廻った。マナの全意識は目の前の敵機動兵器のみに集中する。ケ
イタ機へ攻撃を加えようと片腕を伸ばす敵機。

「やらせないっ!」

 マナはそう叫んで、【Zetaプラス】両腰に装備されたビームガンのトリガーを引く。

 独立懸架式のビームガンが素早く敵機へ向き、光条がこれでもかと云わんばかりに敵
機装甲を灼いた。

 思いも掛けない所からの攻撃に【グライア】がマナ機より離れる。牽制にレーザーを
放ってくるが見当違いの方向だ。

 マナは冷静にビームスマートガンを【グライア】に向けた。
 射撃レーティクルが【グライア】との邂逅を果たすと同時に、トリガーを引き絞る。

 頭、肩、腹部等々を撃ち抜かれ、【グライア】は爆発こそしなかったが四肢は千切れ
飛び、胴体もかなり破損している。完全に無力化している事は疑いようもなかった。

 敵機撃破を確認したマナは激しく呼吸を繰り返す。動悸が止まらない。生死を懸けた
戦いをしたのだ。その緊張は余人には計り知れない。

 直後、艦底で爆光が巻き起こる。軌道爆弾コンテナの破壊に成功したようだ。

 次いで攻撃成功の信号弾が上がる。

『マナ、やったぞ! 逃げろぉーっ!』

 『離脱する』ではなく、『逃げろ』と云うところがケイタらしい。そんな事を思いな
がらホンの少し重石の取れた気持ちを抑えつつ、マナは自分の【Zetaプラス】を航空機
型高速巡航形態に変形させた。最大加速でケイタの後を追う。

 マナ機の通った後を、護衛艦が放った光条が虚しく突き抜けた。

        :

 マッハの【Zetaプラス】は激しい格闘戦を繰り広げていた。

「でぇぇぇいっ!
 しつっこいぞ、テメェ」

 無論、信号弾を確認したマッハは素早く後退しようとした。だが、赤いカスタム機ら
しい敵ヘビーメタルが猛追撃してくる。

『俺の居ない間に好き勝手やってたんだ。チャイがどうなろうと知った事じゃないが、
 このまま取り逃がしては俺のメンツ丸つぶれだろう? 首の一つも貰おうか』

「テメェ、首狩り族かぁ!?」

『チッチッチ...ヘッドハンターって、呼んでくれよ。
 お前は幸せなんだぜ。この十三人衆、テッド・デビラスの手に掛かるのだからな』

「寝ぼけたこと云ってんじゃあねぇっ!!」

 そういうマッハであるが苦戦している。

 原因は敵機動兵器だ。

 その機体は22m級の人型だが、よく見るとその大柄な機体の両肩には不自然なパー
ツがある。恐らく不意打ち用の特殊兵装だろう。通常の人型機動兵器だと思って戦って
いたら、間違いなくそのパーツに装備されているであろう何かで殺られるだろう。

 事実、マッハとマッハの機体【Zetaプラス】D型が揃っていなければ、間違いなく殺
られていたはずである。

 だが、マッハの腕とアムロ・レイに廻される筈であった高性能MSは、地球製のソレ
よりかなり優秀な筈であるペンタゴナ製機動兵器高級機と互することを可能としていた。

『大尉、今行きますっ!!』

 一瞬誰だか、判らなかった。僚機のムサシ機はまだ敵機の追撃から逃れられていない
筈だ。だが、戦闘技能については微塵モノ疑いを持ちようもないマッハはソレに脊髄反
射していた。敵機を蹴り飛ばし、離れるマッハ機。

 マッハと張り合う敵もただ者で無かった。

 光条が蹴り飛ばされた敵カスタム機へと伸びるが、素早く飛び退くその敵には掠りも
しない。

 光条の飛んできた方には二機の【Zetaプラス】が居た。特に先を行く機体が敵機に急
迫している。

《アサリか!? マズイっ!》

「いかんっ!
 コイツに近付くな、アサリっ!」

『大丈夫です、敵は大尉で手一杯ですっ!』

「バカ野郎っ!」

 マッハの怒号は遅かった。

『そうだな。この【アシュラ・テンプル】を舐めてちゃあ、イカンよ。
 こいつにはサーカスバインダーがあるんだからな』

 テッドがそう云うと今まで機体に密着してた【アシュラ・テンプル】の肩パーツから
サブアームが伸びた。サブアームへ据え付けられていたパワーランチャーからの光条が
ケイタ機を次々に襲う。

『うぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 瞬く間に十条以上のレーザーがケイタ機へと命中した。破片をバラ撒き、火を吐いな
がら、重力に引かれケイタ機が地球へと墜ちていく。

『ケイタ、ケイタっ!』

 マナが叫ぶ。
 このままでは、幾ら大気圏突入能力を持っている【Zeta】シリーズと云えど、燃え尽
きてしまう。

 その様子を見たマッハがキれた。

「どけぇ、このダボがぁっ!」

 感情の侭に、怒濤の勢いで【アシュラ・テンプル】へ肉迫するマッハ。

『見え見えなんだよ』

 テッドの嘲りと共に【アシュラ・テンプル】の胸部装甲が開く。灼熱の鋼球がマッハ
を襲う。

「どっちがだぁっ!!」

 気合い一閃で避けるマッハ。

『何っ!?』

 次の瞬間マッハの【Zetaプラス】のビームサーベルが、【アシュラ・テンプル】の右
腕をサブアームごと斬り飛ばした。

 そのまま、【アシュラ・テンプル】を無視してマッハは段々と高度を下げていくケイ
タ機を追った。

『逃すかっ!』

 乱射されるレーザーを後ろが見えるかの如く避けるマッハが茫然とした様子のマナに
指示を出す。

「キリシマ、ヤツを押さえておけっ!
 ムサシもだっ!」

『はいっ!!
 えっ、ムサシ!?』

 マナはそう云われて【アシュラ・テンプル】を攻撃し始めた。

『…了解』

 敵の追撃を振り払ってきたらしいムサシ機もそれに加わる。腕を斬り飛ばされて隙の
多い右側へ回り込もうとする。

『ちぃ、出過ぎた……退くか』

 【アシュラ・テンプル】を2人に任せたマッハは、機体を変形させて急追しながらケ
イタの名を呼び叫ぶ。このままでは間に合わない。大気圏に墜ちて燃え尽きてしまう。

「アサリ、脱出しろーーーーっ!」

 ノイズに混じって、何やら声が聞こえる。

『かぁ……はぁっ……』

「駄目か!?
 アサリ、機首を上げろっ! 機首だぁっ!」

 だが、依然として機首の上がる様子はない。

『ケイタァっ!』

 だが、マナの叫びが響いたとき、ソレは起きた。

『マ……ナ……?』

『機首を上げてぇーーーー』

 その叫びに引き上げられるように火を吐きながら墜ちていくケイタ機の機首が上がっ
た。その行動はケイタ機にウェーブライダーの名に持つに足る効果を発揮させ、地球大
気との衝撃波へ彼の機体を乗せて、高度を押し上げた。

「うまいっ!」

 マッハ機が素早く変形したかと思うと、ビームサーベルを手にケイタ機へ踊り掛かった。

『大尉ぃぃ!?』

 マナの驚く声を無視して、マッハはケイタ機の機首コックピット周辺を掴むと、その
すぐ後ろをビームサーベルで斬り飛ばす。
 ケイタ機コックピットユニットを抱えたまま、マッハは叫ぶ。

「何をグズグズしているっ! アサリは救出したっ!
 ケツ、まくれっ!」

 彼らの後方には、復讐の念に駆られるポセイダル軍ヘビーメタル隊の発する光がかな
りの数、近付いてきていた。

 マッハ達3機の【Zetaプラス】は、最大加速で戦場から離脱した。



<ジオフロント外殻地下ドック>      


「あら...ドモン?」

 ドック入りした【アーガマ】へ忘れ物を取りに行こうとして、レインはパートナーが
外へ出ようとしている姿を見掛けた。

《...約束したのにっ!!》

 内心、ドモンの裏切りに煮えくり返る思いが吹き荒れる。

「ドモーン! 待ちなさいっっっっっっっっっっっっっっっっ!!」

 レインの怒号を聞きつけたドモンが身を竦めるが早いか、レインはドモンの胸倉を締
め上げた。

 荒々しく息をつくレインを見て、冷や汗を流すドモン。

「レ...レイン、落ち着け。
 何があったかしらんが、落ち着いて話せ」

「落ち着いて話せ、ですって!?
 ついチョット前に約束したこと忘れる様な人にそんな事云われる筋合いは無いわっ!!」

 そこまで聞いて不思議そうな顔をするドモン。

「...? 誰のことだ?」

「...『誰のことだ』...ですって?」

 その口調はとても静かだった。とてもとても静かだった。
 静かすぎて、その裏に隠れている奈落の底の如き、怒りの深さは計り知り得ようもな
かった。

 幾ら、こと女性の機微に鈍感なドモンと云えど、自分に襲い掛かってきている災難の
強大さを覚えるに十分だ。

 今のレインの様子はドモン幼少の頃のトラウマを掘り返すに十分だった。ドモンは完
全に萎縮していた。

「わ・た・し・のっ!!
 目の前にいるアナタ以外に居るって云うの、そんな恥知らずっ!」

 目の前に突きつけられたレインのたおやかな指を見ているため、目がよわってるドモ
ンは恐る恐る聞き返す。

「もしかして...俺のことか?」

「そうよっ!」

 それを聞いたドモンは、そごうを崩し苦笑し始めた。

 その笑いは徐々に大きくなり、やがては紛れもない大笑いとなる。

「な、何がおかしいのよ!?」

「い、いや...チョット待て...」

 一向に収まらない笑いに顔を紅くして、レインは仁王立ちのままで笑いが収まるのを
待っていた。

「何よ、全く」

        :

「で、何がおかしかったの?」

 ジト目でドモンを見るレイン。
 その視線をおかしげに見ながら、ドモンは彼女の問いに答えた。

「いや...レインが"また"早とちりして怒っていると、思ったら昔思い出してしまっ
 てな...(くくく)」

 そして、思い出し笑いをするドモン。

 そんな彼を見て、レインは一層顔を紅くして激しく抗議した。

「わっ、私がいつ早とちりなんかしたっていうのよ!?」

 その答えは実にキッパリと即座に返された。

「5才の時、ジョンさん家のパン屋で」

「あう...」

「他にもあるぞ...同じく、5才の時にボニーさんとこの親父さん捕まえて、泥棒と
 勘違いして大騒ぎしてたし、6才の時には...」

「あうあう...」

「他にも聞きたいか、レイン?」

 自らの幼き日の赤裸々な過ちにサメザメと涙を流して、レインはドモンの申し出を断っ
た。

「...遠慮させて貰います...」

「そうか。
 では、俺は行くぞ」

「そう...いってらっしゃい...
 って、何処にいくつもりよドモンっ!!」

「...見て判らんか?」

「...私はエスパーやニュータイプじゃ無いのよ」

 再び射竦めるような視線を放つレインへ、ドモンは面倒臭そうに答えた。

「ここのところの船旅で、せせこましい場所に飽きたからな。
 2、3日、外の風を吸って来る」

「何ですって!?
 もしも、の時はどうするのよ!!」

「少なくとも、ここが見えない所には行くつもりは無い。
 ...約束を違えるようなマネはしない」

 色々云いたいことはあるが多過ぎて言葉に出来ない。レインはここで彼の非を攻める
のを諦めることにした。

「...そう。なら良いわ。
 精々、外の空気の美味しさでも堪能してきなさいっ!」

 そういってレインはその場所を足音響かせつつ立ち去った。

 その様子を理解できないといった顔で見送るドモン。

 ポツリと漏れる呟き。

「...なんだ、レインのヤツ。
 もしかして...アノ日か?」

 因みにドモンは、”アノ日”について詳細を知っては居ない。彼の武術と人生の師匠
に「女性には月に数日そういう日があるのだ」と聞き及んでいただけである。

 妙な納得しつつ、ドモンは外へと足を向けた。



<ジオフロント【ネルフ】本部・パイロット待機所>      


 アスカは依然として、苛ついていた。

『あのバカが居ない』

 たったそれだけとは思うのだが、何故か苛ついてしょうがなかった。

 これが何か任務でも与えられてのモノであるならば、多少の納得もしようがあったが
任務ではない。、ましてや主人たる自分に断りも無く居なくなった、という事実が一層
アスカを苛立たせる。

 この場合、断ったところで自分の手の届かない場所へ行くことを許す筈が無い、と云
う事実は伏せておく。

 全く面白くない、何十度目になるか判らない思いを意識の奥底へ沈めようとしたその
時だった。

「…碇君、どうするの?」

 思いも掛けない声を聞いて、驚きと共に声の主を見るアスカ。

 本から顔を上げてレイがアスカを見ていた。

 レイは再び口を開いた。

「…碇君、どうするの?」

 妙に抑揚のないレイの声が癇に障る。アスカは思わず檄昂していた。

「シンジがどうしたですって!?
 ハン! 知る訳無いわっ、あんなヤツ!!
 今、どこで何しているかなんて...私の知った事じゃ、無いわよ!!!」

 アスカとは対照的にレイは淡々としたモノだ。

 だが、その心中は判らない。もしかしたら怒濤の如き流れが潜んでいるやも知れない
のだ。

「…本気なの」

「当然! どうせ、ボケボケっとして道にでも迷いでもしたんでしょっ!!
 面倒見切れないわよっ!!」

「…そう」

 短くそう云って、レイは椅子を立った。

 多くは無い持ち物を点検する。

 その様子を訝しげにみながら、傍観するアスカ。

 点検が終わったのだろう、レイは鞄を抱えて出口に向かおうとする。

 アスカはレイを咎めた。

「ファースト、アンタ何処行くつもりよ!?」

「...」

 レイは答えない。何を考えているのかよく判らない視線を自分に向けるだけだ。

《!? 嗤われた...》

 レイはそんな意図など持っては居なかったが、アスカはそう思った瞬間、レイへ詰め
寄っていた。

「何か言いなさいよっ!!」

 レイはそんなアスカを無視して、ドアへと近付く。

 思わず、アスカはレイの手を掴んで自分の方へ振り向かさせていた。

「ナメんじゃないわよ!!」

「…ナメてなんかいないわ」

「その態度がナメてるって、云ってんのよ!!
 大体、アンタもワタシも待機任務中でしょう!?
 ここから出られるって思ってんの!?」

「…第三種待機」

「えっ...?」

「…私たちに与えられた命令は第三種待機。葛城三佐も待機としか云わなかった。特に
 任務変更はされては居ないわ。
 だから、問題は無い…」

「えっ、えっ?」

 アスカは意表を衝かれた形になり、対応が出来てない。

「…マニュアル、目ぐらいは通した方がいいわ」

 そう言い残して、レイはドアの向こうへと消えた。

 暫し、茫然としていたアスカだったが、ふと我に戻ると自分の鞄へ飛びつく。そして
ネルフ任務マニュアルを取り出して、手荒く頁をめくり始めた。

 待つこと数分。

 アスカは目的の文章を見つけた。

 確かに第三種待機では、本部内での待機は義務付けていなかった。それどころか第三
新東京市内であるならば連絡可能である限り、特に行動に制限が付けられても居なかっ
た。

 全くレイの言い分に問題は無かったのだ。

 だが、どうしてここから出たのかは判らない。いや、本当は薄々判っては居たが、頭
がそれを理解することを拒否していた。

 まさかあの人形女が、その様な意図を持って行動するなど...オマケに自分よりも
早くだ。

 考えたくもなかった、というより無意識にアスカの心はその答えを拒否する。

 先程より一層苛付きながら、待機所にて待機するアスカ。

 視線がドアとマニュアルの間を往復する。

 アスカにとっては永遠の時が過ぎたかの様に思えた頃、彼女はとうとう爆発した。

「あっっっっっ!
 もぉー、イライラするっ!
 やってらんないわ!
 シンジの分際でワタシを苛付かせるなんて良い度胸してるじゃない!!
 さっさと、見つけてお仕置きしてやる!!」

 一気にまくし立てたかと思うと、アスカは乱暴に自分の鞄へマニュアル他の私物を押
し込めた。

 誰かに言い訳するようにして、独白しながら立ち上がる。

「いいわね、ワタシはあのバカをお仕置きしに行くだけなんだからね。決して心配だか
 ら、探しに行く訳じゃないんだからね!!
 そうよ、そうに決まっているわよ!!」

 そして、彼女は足早に待機所を後にした。

 アスカは先程とは打って変わって、やや赤身を増してはいたもののいつも通り自信
溢れた笑顔を取り戻していた。


<Bパート・了>



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ver.-1.02 2001/11/25 公開
ver.-1.01 1999_02/02 公開
ver.-1.00 1999_01/13 公開
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<作者のお知らせ>


いよいよ、アイツがやってくる...
あの娘の幸せ、呼び込むために!!

満を持して、熱き想いを果たさんがため、次元の壁越え只今参上!

Just a wait Next part.
Coming soon !








なお、予告は告知無く変更される場合があります。


...殆ど嫌がらせだな、これって (^^;




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