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「うわぁぁぁっ」

 彼は自分の手に付いた血糊を見て恐怖した。それは彼に長くは無い人生最悪の経験で
ある。

 後ずさる。が、ホンの一、二歩も行かない内に後ろから肩を掴まれた。

 振り返りみるとそこには血まみれになっているあのポセイダル兵がいた。
 ポセイダル兵はどこか恍惚とした口調で彼に語りかける。

「へっへっへ、小僧。逃げなくてもいいじゃねぇか。その血糊は俺を殺った時の勲章だ
 ろう?
 もう少し誇らしげにして貰いたいぜ。何せ俺を殺しちまったんだからなぁ」

「違う!
 僕は殺してない!」

「いいや、殺したさ……他でもない、この俺をな。
 見てみろ……」

 そういってポセイダル兵はヘルメットを取る。
 
 すると頬は落ち、鼻がもげた。
 血が飛沫き、肉がはぜた。
 目玉が眼窩から抜け落ち、恨めしげにぶらついた。

 最早腐乱死体と化したポセイダル兵は呻き声のような人為らざる声を上げ、彼を責め
立てる。

「おぉまぁえぇはぁ……ひとぉを……こぉろしたん‥‥だぁぁぁ」

 彼は目を閉じ、耳を塞いでそこから逃げ出した。

        :

 彼は走った。
 力の限り走った。

 逃げ出してからどれほど走っただろう。
 やがて、平原へと彼は辿り着く。

 だが、そこも地獄だった。

「よう、やっと来たか。遅いっ、もう始めちまってるぜ」

 そういって兜甲児は血にまみれた拳を突き出し、自慢げに云った。

「そうだ、早くしないか。君の担当は向こうだ」

 そういってアムロ・レイは抱えた銃を乱射した。

「遅いぞ、シンジ君。さあ君も剣を持って、奴らを殺すんだ」

 そういって全身に返り血を浴びているダバ・マイロードが新たな贄を斬り捨てた。

「違う……違う!
 僕はそんなことをしたくない」

 彼は激白する。
 反駁する彼に男達は口を揃えて聞く。

「「「なら、その手に着いた血は何だい?」」」

 云われて見てみると手に付いた血が今では腕の中ほどまで拡がっていた。
 周りを見てみると辺り一面に累々と殴り殺された男達が倒れていた。

 彼は絶叫した。

「違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う!
 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う!
 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う!

                   :
                   :
                   :
                   :

「シンジ君!?
 シンジ君!?」

 ようやく休息を取ることが出来たミサトは、様子見がてらシンジの部屋へ訪れた。そ
こで見たのは激しく叫びながらのたうち回るシンジであった。

 シンジは叫び続ける。

「うぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!
 違うんだぁぁぁぁぁっ!!」

 【アーガマ】右舷居住区にシンジの絶叫が響き渡った。





スーパー鉄人大戦F    
第七話〔彷徨:It wanders〕
Aパート


<機動巡航艦【アーガマ】>      


 Dr.ヘルの奸計に陥り、危機を迎えた【ロンド・ベル】。

 だが、その危機はアムロ・ダバ・ドモンの奮戦によって辛くも逃れ得た。

 しかし端的に言って、酷い結果だった。

 【アーガマ】は奇跡的に反応炉や主推進機に重大な損傷を受けていなかった。そのた
め、ある程度の航行に支障のないぐらいには航行能力を保持していた。

 が、メガコンデンサ損壊によってハイメガ砲使用不可、主砲塔一基脱落、他中小損傷
多数等で戦闘能力は激減。主戦力たる機動兵器隊も、殆どの機体が大なり小なり損傷し
て、全力戦闘可能な機体はエヴァ各機とオーラバトラー隊を除くと予備機のみと云う有
様だった。救いがあったのは、人的損失が無かったことぐらいである。


 有り体に述べると、【ロンド・ベル】は戦闘単位としての能力を全く喪失していた。


「駄目だね、こりゃあ……」

 手酷く損傷したアムロ少佐の乗機【ガンダム・アレックス】を見て、【ロンド・ベル】
整備隊々長モーラ・バシット中尉が漏らした言葉だ。

 無論、彼女を始めとする【ロンド・ベル】整備班も最大限の努力はしている。だが、
余りに多くの機体が被害を受けていた。

 モーラの傍らにいた厳ついガタイをした部下、整備隊C班々長 榊は身体に見合った
顔で、モーラの独白に続けた。

「そうですな。
 MS隊でAランクの整備で即時出撃可能な機体は、クリス中尉の【GM III】とバー
 ニィの【ザク】2機です。後は要B整備機が7機、C整備以上が必要な機体はこいつ
 を含めて3機。P小隊やスペシャルメイドマシンの連中も殆どB整備以上だって云っ
 てますし。
 まぁ、工数を楽観的に見るとして、B整備機ですら一機あたり120人h程度。C整
 備なんざぁ、考えたくもないですな。
 全く大仕事です……で、どうします?」

「さぁーて、どうしようかね……予備部品の状況は?」

「それは大丈夫です。第三新東京でたっぷり積み込みましたから」

「そうかい……」

 モーラは手元のPDAにリストを出し、一瞬考え込む。

「第一小隊の連中は殆ど大破か……
 じゃあ第二小隊の連中から掛かるよ、いいね」

「了解」

「そう云うことだから、手すきの連中かき集めて取り掛かりな。アタシはブライト大佐に報告し
 てくるよ。多分【ネルフ】の連中も使えると思うから……そうだ、MSベッドを一つ、ダバ
 達に廻してやんな。大切な仲間だからね」

「了解。
 では、掛かります」

「あぁ、頼んだよ」

        :

 被害はこれだけでは無い。

 細かく挙げるときりが無いが、最も深刻であったのは右舷居住区一部が手酷く損壊し
ていたことである。

 これにより、一部船室が喪われたことのみ為らず、配管廻りも重大な損傷を受け居住
区接合部付近の一部区画を除いて、右舷居住区で全く水が使えなくなった。

 唯一の救いは、右舷居住区が男性乗組員に割り当てられていたことであろう。

 やはり、野郎が臭いのは百歩譲って我慢するとしても、妙齢の女性が臭気を漂わせて
いるのは女性自身も耐え難いだろうし、一部の特殊な趣味を持つ者を除いて男性諸子も
望まないであろう。

 因みにこの状態は整備隊有志による、水が使える居住区接合部付近への共同大風呂・
通称【アーガマ湯】が設置されるまで続いた。

        :

「葛城少佐、どうだね?」

「はい、【ネルフ】本部と連絡取れました。第三新東京のドックが使えます」

 その報告を聞いて、やや疲れの見える顔をしたブライトは安堵した。

「そうか……これで一安心だな。
 ご苦労だった、少佐も休みたまえ」

「お気遣い感謝します。ですが……」

「休める時に休まんと、イザという時どうする?」

「それを云うなら、ブライト大佐の方こそ…」

 ミサトの言葉を聞いて、渋面となるブライト。
 ブリッジへ久しぶりに笑いが満ちていた。

 ブライトは咳払いをして、話題を変える。

「で、彼女はどうかね」

「彼女…ですか?
 ああ、ガウ・ハ・レッシィですね……思い切った事をしましたね」

「…そうだな」

 ブライトは戦闘後にあった一騒動を思い返した。

        :

「ダバぁ、こんなヤツを信じるのか!?
 ポセイダルの手先だったヤツだぞ」

 大きすぎるリーゼントを振り乱し、黒ツナギ姿の青年ミラウー・キャオは激しく意見
していた。彼はダバが連れ帰ったポセイダル将校を全く信用していなかった。これは致
し方ないかも知れない。ポセイダル正規兵は被征服者にとっては悪鬼と同列の存在なの
だ。ダバの様に先入観を排して、その人物の本質を見れるというのは、非常に希な資質
である。

「彼女は信じていい。
 あそこから逃がれられたのも、彼女のお陰だ」

 キャオの剣幕にも冷静さを失わずに慎重に答えるダバ・マイロード。

 だが、その答えにキャオは納得しない。

「でもよっ!
 コイツはついこないだ、此処に忍び込んで来たんだぜっ!
 止めとけよ、ダバ。絶対何か企んでるに決まってんだからっ」

 ダバとキャオの言い争いを少し離れて見ている【ロンド・ベル】隊員達もキャオの言
葉に同調して首を振る。

 キャオの言葉に何を思うか、くだんの反乱兵レッシィはダバの少し後ろで俯いていた。
表情は赤毛のベールの向こうに隠れて全く見えないので判らない。

「キャオっ!」

 そんなダバをアムは窘めるようにして、名を呼んだ。

「ダーバァー、何アツくなってるのよ」

「アム、今僕は僕を信じて来てくれた人のために話をしている。
 茶化して欲しくないな」

「おー、怖。でもね、私はキャオの意見に賛成だな。
 大体ガウ・ハ・レッシィって云うんでしょう、アンタ」

 それを聞いて、レッシィは顔を上げ答えた。

「そうだよ」

「そうなの、じゃあ間違いないね。コイツ、十三人衆だよ。ポセイダル正規軍エリート
 …それもとびっきりのね。」

 アムの言葉を聞いて、取り囲んでいた一同がざわめいた。

「だから、どうだって云うの」

「信じられないって、云ってるのっ!」

 その言葉にレッシィは絶望した。

「どう云ったら、信じてくれるの!?
 私はね、ポセイダル軍の腐りきったの連中に一泡吹かせたかったんだよ」

「「だから、それが信じられないって云ってるんでしょうが!
  ポセイダルの狗(いぬ)がっ!!」」

 キャオとアムがユニゾンして、レッシィをなじった。

「……判ったわ。」

 云うが速いか、彼女はジャケットをはだいて内懐に忍ばせていた懐剣を抜く。

 余り唐突さに廻りは対応できなかった。一体何をしようと云うのかと緊張が奔る。ダ
バは身じろぎもせず静観している。

「何しようってのよ!?」「介錯はしてやんねぇぞっ」

 外野のざわめきを全く無視して、レッシィは静かに呟いた。

「…女の命を切る」

 レッシィはそう云って空いた手を後ろに廻し、首の後ろ辺りで彼女の伸ばされた豊か
な紅髪を一掴みにした。

 そして、彼女はその髪を懐剣で断った。

 昔から『髪は女の命』と云う。それはペンタゴナでも地球でも変わらないらしい。そ
の行為は、男性陣にはいまいちよく判っていないようだが、女性陣には極めて衝撃的な
影響を与えた。彼女の覚悟はその場にいた女性全員にアムですら納得できる方法で示さ
れた。

 レッシィは断ち切った髪をアムに差し出す。

「…ほら、これを持っていけ。
 これが今のアタシに出来る証だ」

「要らんわいっ」

 アムはそういってそっぽを向く。その様子からは、『納得できるが、納得したくない』
そんな彼女の心情がよく表れていた。

 レッシィはダバに向き直り、同じく断ち切った髪を差し出した。

「ダバ...受け取ってくれて?
 私を信じてくれて?」

 ダバはレッシィの手から髪を受け取り、レッシィの目を正視して答えた。

「ああ、僕は信じるとも。
 ガウ・ハ・レッシィ……」

「…ありがとう」

 そこに人の輪の後ろから声が掛かった。

「…話は聞かせて貰った」

 ブライトだ。流石に投降兵がいると聞いて、格納庫へ降りてきたのだろう。この辺、
ブライトは未だに現場指揮官と云う意識である事がよく判る。通常、部隊内最高指揮官
の自覚があるならば、不用意にこの様な武装解除も何も行っていないような危険な場所
へは出てこない。

 それはさておきブライトの発言は続く。レッシィに緊張の色が増す。実際ブライトの
裁量如何が、今後の自分の運命に決定的な影響を与えるのだから、当然であろう。

「アム君の云うことにも一理ある」

 それを聞いてレッシィは小さく身震いした。

「「「ブライト大佐」」」

 大部分の女性陣が非難するように声を挙げた。

「話は最後まで聞くように。
 ガウ・ハ・レッシィ、ポセイダル軍の幹部であったという君を今すぐ全面的に信用す
 るわけには行かない」

 レッシィは口惜しそうに視線を下に向け答えた。

「…理解できます」

「だが、君を信じてみる価値はあると思う」

 その言葉を聞いて、レッシィの顔が跳ね上がった。
 震える声でレッシィは、確かめるようにして言葉を紡ぎ出す。

「では...では...」

「ああ、【ロンド・ベル】は君を歓迎しよう。
 ダバ君」

「はい!」

「本日現時刻を持って、ガウ・ハ・レッシィを【ロンド・ベル】監督下に置く。
 連れてきたのは君だ。責任は取って貰うぞ。
 彼女の監督責任者は君だ」

「はい! ありがとうございます」

「では、部屋割りなどは、さやか君達と話し合ってくれ」

 それを合図にして立ち去ろうとするブライトへ少し控えめな声が掛けられた。

「ブライト大佐……」

「クリス中尉か。
 まだ、何か?」

「彼女を取り敢えず、整髪へ連れていっても宜しいでしょうか」

 女性陣の無言の圧力を感じるブライト。
 流石にブライトはその様な視線を束にして受けるとは思っていなかったようでやや腰
が引ける。

「…ああ、許可する」

「そうですか、では。
 レッシィさん、案内するわ。
 ついてきて。
 もちろん、ダバ君もよ」

 レッシィは嬉々とするクリスを中心とする女性陣に半ば引きずられるようにして連れ
て行かれた。

        :
        :
        :

「ブライト大佐は彼女を信じているのですか?」

 回想に浸っていたブライトをミサトの言葉が現実に引き戻す。

「ん? あぁ、何だね?」

「…ブライト大佐は彼女を信じているのですか?と聞いたのです」

「そうだな......判らん」

 その答えを聞いて、ミサトや【ネルフ】のオペレータ達は耳を疑った。
 対照的に元々【ロンド・ベル】隊員であったトーレス達などは悪戯が成功したような
子供達の様に含み笑いをしている。

「大佐ぁ!?」

「これまでも今回のようなことはあったさ。もちろん裏切られた事もあった。
 だが、彼女は信じても良いと思わせる何かがある。それに万が一の時のためにダバ君
 が監督しているじゃないか。彼は信頼できるタイプの人間だ。少なくとも最悪の結果
 は防いでくれるだろう」

「それはそうですが」

「じゃあ、良いじゃないか。
 我々は生き残り、強力な仲間と機動兵器を手に入れた。ガウ・ハ・レッシィ、彼女は
 自分の信じた道へ踏み出せた。ダバ・マイロード、彼は彼の願いへ一歩近付いた。
 全ては丸く収まった。そういう事さ」

「…お気楽なんですねぇ」

 ミサトの【ネルフ】内での評価を知る日向や青葉の顔に苦笑が浮かぶ。

「長年こんな役目を負わされていれば、こうもなるさ。
 どうした、呆れたか?」

 ブライトの質問に、ミサトは目を輝かして正規士官の鏡として額に飾っても恥ずかし
くない、見るモノを惹き付ける『色気』のある敬礼をして即答した。

「…いいえ、気に入りました。
 私は、ここが好きになれそうです」

 ミサトの答えにブライトは満足そうに微笑んで一言呟いた。

「そうか……」

 話は終わり、【ロンド・ベル】の針路は決定した。
 ブライトは命令を下す。

「針路1−2−0!
 目的地、第三新東京!」

 トーレスがブライトの命令を復唱した。

「了解!
 針路1−2−0、第三新東京に向かいます」

 ミサトはブリッジを出る。そして暫し後、彼女はシンジの絶叫を聞くことになる。



<地球軌道・【ティターンズ】特別任務部隊【タンゴ】作戦空域>      


「ジェリド、そっちへ一機行ったぞ」

『見えてる、任せろっ!
 チョロチョロしてるんじゃない、さっさと墜ちろぉ!』

 その言葉通り、ジェリドの乗るモビルスーツがカクリコンに追い込まれたダークブラ
ウンに塗られたペンタゴナ製人型機動兵器をビームライフルで乱打した後、格闘戦に持
ち込んで撃墜した。

 カクリコンはニヤケつつ、ジェリド機側方に位置した。

 彼らは地球軌道艦隊の増援として派遣された【アレキサンドレア】級重巡 2、【サ
ラミス改】級軽巡 4、MS 108を基幹とする機動部隊の一員として、地球軌道制
空権を保持すべく作戦に参加している。流石に【ティターンズ】として初の作戦行動で
あったから、完璧を期したのだろう。担当空域制圧には十分過ぎるほどの陣容だった。

 そんな担当空域到着間もない彼らだったが、到着後僅か数十分後に時空震を観測。転
移してくる敵艦隊と遭遇していた。

「これで4機目か…で、どうだ、俺の持ってきたモビルスーツは?
 なかなかのモンだろう」

『何がだ!?』

 答えるジェリド。ご機嫌斜めのようである。

「おいおい、チョットは感謝しろよ。
 苦労したんだぜ」

『それは嫌味かぁ?
 こんなモン持ってきやがって』

「こんなモンとは云ってくれるな。
 お前知らんだろう、俺がどれだけ手を尽くしたか。
 曲がりなりにも【ガンダム】だぞ、【ガンダム】。
 しかも連邦軍工廠製の【ガンダムMk.3】だ、大したモンだぞ」

『……俺は【ガンダム】は嫌いだ』

「知っているよ。
 でも考えても見ろよ。確かにコイツはクセは強いし、マイナーな機体だ。
 だけどな、腐っても【ガンダム】なんだ、連邦の象徴なんだ。それを忘れるな。
 それに性能そのものは問題無いだろう?」

『ああ、それは認める。
 だがな…』

 その時少し離れた空間で幾つか光が瞬いた。

「!?
 お喋りは此処までだ」

「…の様だな」

「ちぃ、攻撃隊の連中、しくじりやがったな。
 行くぞ、ジェリド」

『りょーかい。
 さーて、エリートさん達のケツでも拭きに行きますか』

「…いってやるなよ」

        :

 ジェリドがそこに行って見たのは、情けなく逃げ惑う味方対艦攻撃隊とそれを追い掛
ける敵だった。十機程度のエスコート隊が必至に防戦しているようだが、勢いが違う。
状況は刻々と悪化している。

「何やってるんだ。
 【スターク・ジェガン】一個中隊に【バーザムB】一個中隊だぞ!?
 ロクな戦いしてないじゃないか」

 ジェリドが呆れたように呟く。

 まぁ、追い掛けられている味方機の半数が対艦兵装をして目一杯動きの鈍くなってい
たのが原因なので、一概に味方を不甲斐ないと攻めることは出来ない。寧ろ撃墜機が出
ていないことを賞賛すべきであろう。

『ジェリド、やるぞ』

「もうやってるよ……それ、一機目! 後ろがお留守だぜ」

 ジェリドは既に逃げる味方MSを追い掛けて、背を向けていた一つ目の人型機動兵器
へ、弾を撃ち込んでいる。ビームライフルのEパック1パック分全てを叩き込むつもり
で連射していた。

 思いも掛けない方向からの攻撃を受けたその敵は、光条が数度命中したところで光に
包まれる。

 周囲を警戒するジェリド。向こうではカクリコン機の参入によって体勢を立て直した
味方エスコート隊が逆襲を開始していた。そこに助けられた【スターク・ジェガン】の
パイロットから感謝の通信が入る。

『済まん、助かった』

「礼はいい、敵艦隊は」

『軌道爆撃艦に多少打撃を与えた程度だ』

「要するにまともな攻撃できてないんだろう?
 散った連中を纏めろ! 軌道爆撃艦は絶対沈めるんだ!」

『云われなくとも、沈める。
 チョット待て…』

「!
 逃げろっ」

 だが、その警告は遅かった。光条が幾つか目の前の機体に突き刺さったかと思うとト
ドメとばかりにビームジャベリンらしき光剣が数本突き刺さった。

 【スターク・ジェガン】コックピットユニットが機体より分離した直後、機体は爆光
に包まれる。

 回避運動を取りながら攻撃方向を見回すと、そこには蒼い骸骨武者【バッシュ】がいた。

「俺の目の前で、味方を墜としただと!?
 ナメやがって!!」

 ジェリドの【ガンダムMk.3】の乱射するビームライフルを器用に避ける【バッシュ】。
 その【バッシュ】へ別方向からのビームが降り注ぐ。

『ジェリド、アツくなるなっ!
 敵の思うつぼだぞ』

 カクリコンの【ガンダムMk.3】だ。

『いいか!? アレをやるぞ』

「アレ? あの二機を一機に見せるって云うヤツか」

『そうだ、つべこべ云ってる暇は無い。やるぞ』

「了解」

 意識を合わせると、ビームライフルの射撃で牽制しつつ一旦距離を取る。

 敵は一瞬戸惑った。だが、それは一瞬だった。直ぐに追い掛けてくる。

『今だっ!』

 合図と共に発光弾を撃ち出す。

 反転する二機の【ガンダムMk.3】
 ジェリドはそのまま、カクリコン機の影へと位置する。

 最大加速で二機は一丸となって、【バッシュ】へ肉迫する。

『当たるものかよ』

 【バッシュ】から火線が伸びるが、カクリコンの攻撃を避けながらのロクに狙いも定
めていない攻撃など、当たる筈もない。

 空いていた距離が見る間に無くなっていく、カクリコン機が左手にビームサーベルを
持った。ジェリドもビームサーベルを用意する。

 そのままカクリコン機が斬り掛かった。敵機の動きが止まる。
 ジェリドはカクリコン機の影から飛び出した。

「貰ったぁーっ!」

 必殺を期したジェリド機の斬撃は、モビルスーツであったなら確実に撃墜したであろ
う。だが、その異星系の機動兵器とパイロットは必殺の間合いですら反応し、致命傷を
避けた。ジェリド機の一撃は、敵機の腕を一本斬り飛ばすに留まる。

 その時、敵艦隊方向で光が瞬いた。体勢を立て直した味方攻撃隊が敵艦隊への攻撃に
成功したらしい。

 敵【バッシュ】はそれを見て、呆気にとられるほど素早く遁走を開始した。

「待てっ!」

 ジェリドは追い掛けようとしたが、カクリコンが押し止める。

『止めろ、ジェリド。無駄だ。
 ああ云う見切りの良いヤツはしぶとい。
 攻撃隊を迎えに行くぞ』

「...了解。
 !?...カクリコン、四時方向!」

 ジェリドは機体を反転させた途中で敵艦隊とはほぼ反対方向に動きを見つけた。
 歪な卵のような人工物が見えたような気がした。

『...?
 HLVか? 今さっきの艦隊のモンじゃ無いな』

「どうする?
 ここからじゃ、届かんぞ」

『こうするさ』

 カクリコン機は信号弾をあげた。その数、4。それは支援攻撃要請と方向の概略を示
していた。

『ガディならこれで何とかする筈だ』

「...なら、いいがな」

 そういってジェリドは彼らの母艦が居る方向を見やった。

         :

 【ティターンズ】特別任務部隊旗艦・機動巡航艦【アレキサンドリア】ブリッジは攻撃隊
の敵艦隊攻撃成功を喜び沸き立っていた。

 喜びにゴタついているブリッジへ戦術オペレータの声が響く。

「攻撃隊方向より、信号弾確認」

 戦術オペレータの叫ぶような報告に任務部隊指揮官兼任の【アレキサンドリア】艦長
ガディ・キンゼー中佐は落ち着いた口調で応じていた。

「見えている。
 内容、知らせ!」

「支援攻撃要請。方位五時方向下方」

 その報告の意味を知って、ガディ中佐は色めき立つ。

「何、反対方向だとっ!
 索敵っ!」

「待って下さい……見つけました、小型HLVらしき物体2つ。
 一つは既に攻撃不能。もう一つは担当戦域境界上です」

「くだらん事を気にするな。
 …MS隊は間に合わん、【アル・ギザ】との統制攻撃も無理か……個別雷撃戦用意!
 後部発射管! 9番、10番、11番、12番、諸元入力後、緊急発射っ!」

「諸元入力...終了っ!
 発射準備よしっ!」

 間髪入れず、ガディ中佐は命令する。

「っテェッ!」

「目標到達まで、30!」

「取り逃がしたヤツは?」

「待って下さい...キリマンジャロへ向かって降下しています」

「キリマンジャロか…なら、問題無い。下の連中に任せておけ。仮にも連中だってティ
 ターンズなんだからな。
 ……‥‥目標どうなった?」

「着弾まで20!
 目標、コースに変動無し……‥後10。
 ……‥5……3…2…1。
 命中!」

 ガディ中佐は手元パネルを操作して、メインスクリーンで目標映像を確認する。が、
目標周辺がミサイル爆発のガス等で霞んでしまい、攻撃の正否が確認できない。結局
確認できないまま、地球の影に入ってしまった。

「……目標は」

「効果不明。軌道に影響を与えたことは間違いありません……落下予想地点は大西洋。
 北米大陸東岸ニューファンドランド沖合50km」

「軌道艦隊司令部に一応通達しておけ。
 攻撃隊はどうした」

「現在帰投中。
 到着まで20分」

 ガティは指示を飛ばす。

「MSデッキ収容準備。
 第二種戦闘配置に移行。
 各部点検急げ。
 気を抜き過ぎるなよ、敵はいつ現れるか判らんのだからな」

 そこまで言って、ガディ中佐はキャプテンシートに身を沈め、小さく呟いた。

「…今回は勝てたようだな」

 彼らの戦いは、ようやく一段落しようとしていた。



<アフリカ大陸 【ティターンズ】キリマンジャロ・ベース>      


「軌道上より、此処を目指して降下してくる人工物有り!」

 薄暗い部屋の中で若い男の声が響いた。

「何だと、敵か!?
 数は?」

 上官らしい壮年の男が更なる報告を求める。

「一つです」

「どういうことだ?
 1つや2つ程度じゃあ、核だろうがここは陥せんぞ?」

 壮年の男が訝しがる。が、これは無理もない。

 ここキリマンジャロは岩塊を掘って刳り抜いた空間を使用して基地としている。その
ため、天然の装甲板が基地を覆っている。わざわざ特殊装甲板を敷き詰めた第三新東京
に比べると貧乏くさい気がしないでもないが、その効果に変わりはない。寧ろ、分厚さ
に置いては比較にならないぐらい厚いのだから、ここの方が堅牢なぐらいだ。たとえ今
は無い筈の熱核弾頭を使用したとしても数発程度でどうこうならないし、なる様な構造
もしていない。

「そうですね...目標、識別信号出てません。
 ミサイルや爆弾の類じゃないようです...おそらくは小型HLVです」

「ちっ、テロ...DCか?
 良い度胸だ、ここをこの間のセヴァストポリにしようってんだな?
 俺達(ティターンズ)を連邦軍のザコ連中と一緒にするなよ...【トマト缶】抱え
 てるの連中は」

「217thTFW(第217戦術飛行中隊)の4機。
 機上待機中」

「スクランブルだ。全部出せ。
 待機所に詰めている連中もだ。
 第一級戦闘配置!」

「了解。待機中の各機発進させます。
 緊急射出用リニアカタパルトレール出します...」

 モニター上では次々と旧式戦闘機が打ち出されていく。

 メインモニターでは既に迎撃機見えなくなり、統合戦域モニターへシンボルへと変化
する。迎撃機を表すシンボルが目標へと向かう。彼らの戦闘可能範囲と目標が接触する
が早いか、ティターンズ士官服に身を包んだ防空担当官が声を張り上げた。

「迎撃機、セイバーフィッシュ隊、目標とエンクローズ(接敵)します。
 迎撃全機、【トマト缶】切り離し...目標へ到達まで40」

 ここで云う【トマト缶】は、間違っても野菜とよく間違えられる赤い果物のジュース
を詰めた缶のことではない。正確に云うと対超高空軌道物体迎撃ミサイル、分かり易く
云うとミサイルの親玉である。

 そもそもは旧世紀に開発された代物で、そのおおよそミサイルらしからぬ不格好な形
から正式名称はいつの間にか忘れ去られ、誰が云うとも無く【トマト缶】と呼ばれた。
 それを改良発展させて現在使用されているソレも、その血統であることを形と大きさ
で、大いに主張している。そのため、新旧ひっくるめて、区別無く【トマト缶】と呼ば
れている。

 通常弾頭(要するに核で無い火薬の類を使った炸裂部を持つ事)を搭載したミサイル
としては最大の大きさを持ち、時代が時代なら【グランドスラム】だの、【ギガント】
だのと云った仰々しいアダ名を奉られていたであろう代物だ。その大きさ(最初期のモ
ノですら5t以上あった)から途方も無い破壊力を持ち、直撃すれば大概の目標を破壊
するに足る。

 第一次・第二次、両地球圏大戦でも使われ、M粒子の影響で誘導できないにも関わら
ず、その常識外れの爆発力からそれなりに戦果を上げていた。

 そんなバケモノが迎撃機一機あたり2発、4機合計で8発打ち出されていた。大気圏
突入軌道を取り回避出来ない目標を破壊するには十分だ。例え直撃しなくてもその衝撃
波で十分圧壊するだろう。指揮所の人間は全員そう考えていた。

「3..2..1。
 着弾、今っ!」

 指揮所の人間が安堵する。が、それは瞬間、裏切られた。

「「「「何ぃ!?」」」」

 常識外れの火力に晒された筈の目標は軌道がズレてはいたが、なおも健在で構成体の
大半を保持しつつ地表目指して降下を続けている。

『全弾命中ナレド、効果不明。二次攻撃ノ要有リ』

 迎撃隊の報告が味気なく響いた。

 どうやら、巨大ミサイルはそのアダ名の通り、中身をブチ撒けて周囲を赤に染めただ
けの様だった。

《あれだけ喰らっても破壊されないだと?
 そうまでして守られている...一体何処の誰だか知らんが...》

「……何が出て来るか...見物だな」



<機動巡航艦【アーガマ】右舷居住区>      


「シンジっ、シンジィッ!
 何部屋籠もってんのよっ、ちょっとかるーく、モんだげるから出てきなさい!」

 シンジに割り当てられた部屋のドアを、アスカは彼女らしい物言いで乱打した。

 だが、反応が無い。

 シンジがこの部屋にいるのは判っている。

 自分を無視した。

 その事実は彼女を血流を増速させ、血圧値を上げた。

バカシンジ!

 これで反応しなかったら、問答無用で踏み込んでやろう。そう考えたときだった。

 ドアが開く。

 現れた人物を見てアスカは衝撃を受けた。別段、予想外の人物が居た訳ではない。そ
こには間違いなくシンジが居た。

 だが、幽鬼のようなシンジの様子にアスカは一瞬驚き、一歩下がる。

 そのシンジの様子にアスカが気圧されている間に、視線が一瞬アスカに向いて、彼女
を確認するとまたうな垂れた。

 シンジは、うなされているような口調で呟く。

「ゴメン……今は、一人になりたいんだ……」

 短くそう言うとシンジはドアを閉め、また部屋に籠もった。

 茫然としていたアスカだったが、ドアの閉まった音で我を取り戻した。

「何云ってのよ、さっさと出てきなさいっ!
 シンジのクセして、生意気よ……………・・・」

 ドアを開けようとするが、ロックされているらしい。開かない。

 その後、暫しシンジの部屋前で騒いでいたアスカだったが、ついにシンジを引っ張り
出すことは出来なかった。

「もー!! あんなバカ、構ってやるもんかっ!!」



<ティターンズ・キリマンジャロ南南西80km付近>      


 衛星軌道よりキリマンジャロベース目指して降下してきた正体不明のHLVであった
が、大火力ミサイルによる迎撃を受けたことにより、キリマンジャロベースから80km程
離れた地点に落ちていた。

 【ティターンズ】キリマンジャロベース司令部は直ちにMS隊を中心とした捜索隊を
派遣、地球緑化計画に沿って創られた鬱蒼としたジャングルの中で彼らはソレを発見した。

「…開いているな」

 【ティターンズ】キリマンジャロベース所属、第83MS中隊 C小隊指揮官 レイ
モンド・ウェーバー中尉は目標を確認してそう呟いた。

 確かにモニターに映っている形式不明の小型HLV搬入出ベイは開いている。ただ、
開き方が中途半端なため、内までは見えなかった。

 僚機パイロット・サンド少尉がやや茶化すように云う。

『もう逃げ出しているんじゃないですか?
 辺りに反応無いですし』

 小隊最後のメンバー・イクス少尉がサンドの発言に次いだ。

『そうでしょうね。今更自分が喧嘩を売った相手が誰だか判って、怖じ気づいたじゃな
 いか?』

『そうそう』

 イクス少尉の言い分に同調するサンド。

 彼はそのまま無造作にHLVへ近付いた。

「何をしているサンドっ! 不用意に近付くなっ!」

『大丈夫ですよ、中尉。何もいやしませんってば。
 ほら……』

 サンド少尉機がHLVの搬入出ベイドアを跳ね上げた。

『何もい……』

 暗がりの奥でツイン・アイが輝いた。

『いたぁぁぁぁっ!!』

 その直後、サンド少尉機は常識外れの濃密な火線に撃ち抜かれ、ボロ屑のように吹き
飛び、爆発炎上した。

        :

「早かったな……流石は連邦エリート部隊と云うだけのことはある……行動が迅速だ」

 狭苦しいコックピットの中で彼は呟いた。彼の口調は落ち着いていた。戦闘に入ろう
というのに、散歩に出かけて季節の移り変わりを感じた程度の感慨も与えていないよう
だった。

 彼は事務的に独白した。

「…戦闘記録001。
 記録者名……トロワとでもしておこうか。
 これより戦闘を開始する」

 目の前でビームライフルを乱射する2機のモビルスーツ。彼は爆炎越しに無感動な視
線を向けた。

        :

「何モンだぁっ!
 イクス、撃って撃って撃ちまくれぇーっ」

 サンド機の爆炎の向こうに隠れて見えない敵に向かって、C小隊の残り2機がビーム
ライフルを乱射する。撃ち返してこないのだから、多分もう撃破したのだろうとは思う。
だが、手応えが感じられない。

 彼は念には念を入れた。

「イクス、グレネードだ。
 ありったけ、ブチ込んでやれ」

「イエッサー!」

 云うが早いか、イクス少尉機はビームライフル下に装着されたグレネードランチャー
からありったけの弾を撃ち込んだ。レイモンドもだ。

 余りの爆発に炎上していたサンド機が鎮火する。それほどの火力だった。

 暫くすると、グレネードの爆炎も晴れてきた。レイモンド中尉が呟く。

「……殺ったか?」

 だが、煙が晴れ切る直前人影のようなモノが見えた。

 人影から火が噴く出す。

「!!」
『ウワァァァッ!!』

 レイモンドが声にならない悲鳴を上げ、イクス少尉機が彼の絶叫と共に爆発した。

 瞬く間に機能を喪っていく愛機のコックピットで、彼は絶叫した。

「何故だぁーっ!
 何故...ガンダムがぁっ!?」

 第83MS中隊C小隊指揮官 レイモンド・ウェーバー中尉は全周囲モニターが死ぬ
直前、自分を殺った敵が明瞭に認識した。ソレは連邦MS乗りであるならば絶対に忘れ
様の無いモビルスーツ、ガンダムだった。



<欧州・ルクセンブルグ近郊トレーズ・クシュリナーダ邸>      


 内と外の老人達を楽しそうに揶揄する。

「…そうか、判った。
 …ご苦労だった、また頼む」

 その館の主はそういって、些かアンティーク趣味が過ぎる受話器を置いた。電話機の
置かれた重厚な執務机の脇から声が掛かる。

「どうなされましたか?」

 館主トレーズ・クシュリナーダは髪を掻き上げつつ、その甘いマスクに軽い微笑みを
浮かべながら、その声に応じた。

「なんだと思う?」

 彼が向いた先には、顔の半ばまで隠れるマスクを被った人物がいた。そのバランスの
取れた身体と声から、男だと言うことは判る。

「判りません。ですが、私には閣下がとても楽しそうに見えます。まるで期待していた
 何かが叶えられたような…」

 その答えを聞いて一層楽しそうにするトレーズ。

「判るかね? 君には隠し事を出来そうも無いな」

「で、どうされたのです?」

「ああ、やっと動き始めたのだよ。全てがね」

「全て……ですか?」

「そう、全てだ。であるならば、だ。そろそろ私たちも動き始めなければいけない。
 …判るかね、ゼクス?」

「多少は判ります」

「よろしい。では、私たちは次にどうすればいいと思う?
 そうだな、例えば我々ロームフェラー財閥にとっては目の上の瘤のような破嵐財閥へ
 の対処などは?」

「…武骨もの故、よく判りません」

「では、質問を変えよう。
 今の戦争をどう見る? そして、何を行うべきだと思う?」

「一介のテストパイロットの意見で良ければ…」

「構わない。云ってくれたまえ」

「まず、敵の本拠地を突き止めます」

「ほう……そして」

「そして、叩きます。それで取り敢えず、この戦争は終わるでしょう」

「…もっともだ」

 口調は変わらない。だが、トレーズの顔には些か失望の色があった。

「ですが…」

「何だね?」

「ですが、またすぐに次の戦いが始まるでしょう」

「何故かな?」

「作為を感じます。私には近年の地球圏の状態が何処か誰かの手によって創り出された
 気がしてなりません。上手くは云えませんが、何かこう……望みうる何かを得るた
 めに無理矢理、場を整えているような…
 そんな印象を受けます」

 それを聞いてトレーズは会心の笑顔を浮かべていた。

「流石はゼクス・マーキス。君のそう言うところ、私は好ましいと思うよ」

「恐縮です」

 そこでトレーズは口調を変え、ゼクス・マーキスと呼ばれたマスク姿の男に云った。

「…ところで君には、【ティターンズ】へ出向いて貰いたい」

「…急な話ですね」

「済まない…とは、思っている。
 だが、飾りとはいえこれでも私はロームフェラー・グループの総帥でもあるのでね。
 グループ二千万人の事も考えてあげなくてはいけない」

「…【OZ】ですか?」

「そうだ。あの軍需企業だ。
 君の推察通り、【OZ】から【ティターンズ】へ渡したモビルスーツが不評でね。こ
 のままでは大切な顧客を失ってしまいそうなのだよ。【OZ】は君も知っての通りロ
 ームフェラーの屋台骨の一つでもある。捨ててはおけない。
 取り敢えず、向こうに話は通してある。これでも一応連邦軍准将なのでね、それなり
 の無理は利くのだよ。
 君には教導パイロットとして、我がロームフェラーのモビルスーツの優秀性と扱い方
 を【ティターンズ】の皆様方に教えてあげて来て欲しい。
 心配ない、【リーオー】や【エアリーズ】でやれとは云わない。アレは確かに酷い。
 取り敢えずは、既に向こうに送ってある【トールギス】を使ってやって貰いたい。じ
 きに新型の開発も終わる。それまでの辛抱だと思う。」

「…それだけですか?」

「やれやれ、君には本当に隠し事が出来ないな。
 …そうだ、そんな事はどうでもいい。
 君には実際にその目で見てきて貰いたい。この怠惰で悪徳と暴力蔓延るこの世界で、
 人々が何を求め、何をしているかをね。
 …いいね、ゼクス・マーキス ティターンズ大尉?」

 物腰柔らかく話すトレーズ。しかし、その瞳は拒否を許してはいなかった。

 ゼクスと呼ばれた男は、無言で敬礼を返して答えていた。



<機動巡航艦【アーガマ】左舷居住区>      


 彼女は自室に居た。

 数少ない戦闘可能な機動兵器パイロットとして、待機命令が出ていたからだ。さもな
ければこんな所でノンビリできるわけがない。今頃、格納庫で整備マニュアル片手に修
理を手伝わされていた事だろう。

 それはそうとして、彼女は苛ついていた。

 別段、待機命令が出たことではない。聡明な彼女は自分達の状況を十分把握していた
し、パイロットにとっての待機命令がどういうものかも十分理解していたから、全く不
満はない。

 彼女が苛ついていたのは、本人に指摘してもまず認めないであろうが、シンジが原因
だった。

「何よっ!……」

 彼女は自分を無視したシンジに苛ついた。

「何よっ!何よっ!……」

 彼女の耳にウラル突破戦でのシンジの絶叫が甦る。

「何よっ!何よっ!何よっ!……」

 彼女の脳裏に戦いから帰還したときのシンジの憔悴した顔が浮かぶ。

「あーっ、もうっ! むしゃくしゃするー!」

 ベッドの上で暴れるアスカ。

 だが、ジタバタしていた手が止まる。
 不意に先程のシンジの様子を鮮明に思い出したからだ。

《……あんな顔しなくてもいいじゃない》

 アスカは身体をひっくり返して、枕に顔を埋めた。

「バカ……」

 アスカの小さな呟きが漏れ聞こえた。


<機動巡航艦【アーガマ】ブリッジ>      


「ブライト大佐、これを見て下さい」

 リツコはブリッジに入るなり、ブライトにそう言って持ちかけた。

「……?
 なんだね?」

「【アーガマ】の修理及び改装案です」

「ほう、そんなモノまで用意しているのかね」

「ええ。
 お忘れかも知れませんが、【ロンド・ベル】は【ネルフ】の指揮下にあります。
 そして【ネルフ】の技術関連な問題に対する決定権は私にあります。ならば、このフ
 ネの問題も私の所へ来るのは自然でしょう?」

「…そうだな」

 ブライトは面白く無さそうにリツコの話しに同意した。

「そんな顔をなさらないで下さい。現場の意見を軽んじるつもりはありません。そのつ
 もりなら、こんな資料を持ってきません」

「そうか、では後で見ておこう」

「すいませんが、緊急の用件が無いのであれば、今すぐお願いします」

「…急ぐのか」

「ええ。一刻も早く戦線へ復帰なされたいでしょう?」

「判った……」

 そう言ってブライトは資料を開いた。当初、全く期待していなかったブライトであっ
たが、資料を読み進むにつれその姿勢に熱が籠もる。

 リツコはその間、先程まで看ていたレイの様子を思い出す。多分シンジの事が気に掛
かるだろう。落ち着かない様子だった事がとても印象的だった。

 そんなリツコだったが、ブライトが資料を音立てて閉じた事によって意識を彼に戻す。

「…如何です?」

「…素晴らしい。本当にコレがこの工数で可能なのか?」

「勿論です。主反応炉ならびに主推進機の換装、主要兵装の修復、居住ブロック両端へ
 の対空機銃座設置……前回の戦訓を十分盛り込んであります。」

「しかし、これでは居住スペースがかなり潰れるな。
 問題では無いか? 疲れていては戦えんぞ」

「問題有りません、居住区画を増設ブロック内へ設置して対処します」

「なるほど。
 自分で言うのも嫌だが、此処までするなら艦を新造した方が良いのではないか?」

「無理ですわ。【ネルフ】には保有艦艇の修理は認められていますけど、新造は認めら
 れていませんから。
 それに船乗りは、自分の船に余人には判らない愛着を持っていると聞きましたが?」

「……埒もないことを言ったようだな、忘れてくれ。
 で、私はどうすればいい?」

 リツコは資料の最後の方を開き、ブライトへ差し出した。

「ここにサインをお願いし……ハイ、ありがとうございました」

 ブライトはペンを内懐へしまいながら、訊ねた。

「その……碇...シンジ君だったか。
 大丈夫か?」

 リツコの表情が曇る。

「…芳しくないようです」

「そうか。
 彼が連れてきたポセイダル兵だが、先程知らせがあった。
 峠は越えたそうだ」

 それを聞いて、リツコは一安心する。少なくともこれでシンジの心理的負担が計算で
きない程大きくなるのは避けられる。

「そうですか……」

 リツコはそう返事をして、ブリッジ出口へ向かった。
 彼女の背にブライトの独白とも呼び掛けともつかない声が届いていた。

「では、艦のこともシンジ君のこともよろしく頼む。どちらも我々には必要だ」

 リツコは小さく振り返って、答えた。

「…勿論ですわ」



<アフリカ大陸 【ティターンズ】キリマンジャロ・ベース>      


「この、このっ!」

 【ティターンズ】キリマンジャロ基地所属のアジバ・ザーグ中尉は叫びながらトリガー
を引いていた。

 彼の愛機は主人の命に従い、レーザー発振によって加速されたG型恒星中心温度ぐら
いに程良く温められた重金属スープを、見舞った。

 スープは相手に掛け損ねた。決して速くはないが、慎重な操縦によって外されている。
それでも、数機からの射撃を受けている目標には間違いなく累計で数発は命中している
はずだ。だが、目標には依然として機能に影響を受けるような損傷している様子はない。

「何でだ、何故効かん!?
 量産機とは云え、【GM】とは違うんだぞ」

 そう云う彼の機体は、RGM-87B【バーザムB】だ。

 この機体は【ガンダムMk.2】を量産向けに多少の設計変更をした機体で、アナハイム
製の【ジェガン】と比較して、拡張性で劣るモノのかなり優秀な機体だ。それは今の【
ティターンズ】MS部隊の標準機となっていることからも判る。

 少なくとも、火力及び防御力に置いては、オリジナルの【ガンダムMk.2】に多少なり
とも優っているのだから、その攻撃を受けて平気でいられる筈がない。

 そして目の前の敵は、レギュラーサイズの自分達の機体より小さい50フィート級の
機体のようだ。ならば運動性はともかく、攻撃力・防御力は自分達よりかなり劣るはず
だ。そうでなければならない。

 だが、目の前の敵は、自分たちが加える猛攻の向こうから、悠然と打ち返してくる。
やたらに濃密な火線だ。その先に展開していた僚機の辺りで爆炎が上がった。

「誰が殺られたぁ!?」

 一瞬気が逸れたのが、アジバ中尉の敗因だった。
 次の瞬間、彼の機体は僚機と同じ運命を辿った。

        :

 急に抵抗が止んだことを受けて、トロワと名乗った彼は目的地へ順調に進んでいた。

「…戦力を集中させたようだな」

 【ティターンズ】側の意図を正確に推測する。彼の表情に変化はない。

「…ならば、先を急ぐとするか」

 彼は虎口へ何の躊躇いも無く突き進んでいた。

        :

 乱戦気味に推移する戦闘であるが、圧倒的にと云うか一方的に【ティターンズ】が叩
かれている。捜索に投入していたMS中隊等は、当然。目標殲滅に向かわせた増援の2
個MS中隊も既に壊滅していた。何れの中隊も、【バーザムB】を装備したMS中隊で
あったから、決して【ティターンズ】側が手を抜いていた訳ではない。敵が強力過ぎた
だけだ。

 未確認機の侵攻は全く止まらない。

 ここに来て【ティターンズ】側は、3個MS中隊を喪い、戦力の逐次投入の愚を悟る。
展開していた部隊を一旦後退させ、基地手前15kmで敵機を包囲殲滅すべく、陣形を整え
ていた。それは機動兵器一機に対するソレでは無く、MS大隊相当でも退けるに十分だった。

 敵ガンダムが見えた。指揮機の中でMS隊々長が我鳴り立てる。

「…来たぞ。各機、抜かるなっ!
 ありったけ、タマをくれてやれ。遠慮は無しだっ!!
 ファイヤー!」

 残存しているMS隊は勿論、旧式戦車・自走砲・装甲車・etc、etc。
 稼働可能で火を噴くモノを手当たり次第かき集めた即席混成部隊は、現場指揮官の発
砲許可を受け、敵ガンダムへ全力斉射を開始していた。

        :

 彼は敵弾の嵐の中、全く冷静だった

「戦術的に見て、少数を倒すには退路を断ち、集中砲火を浴びせた方が確実な戦火を挙
 げられる。この場合、包囲殲滅という作戦を採った敵の司令官の判断は正しい。
 だが……」

 彼は正面に展開した機甲部隊。そして左右に展開して退路を断とうとするMS部隊を
確認した。火線が自分に向かってくる。その数は大当たりしたスロットマシーンと良い
勝負だった。

「こちらの戦力を把握する前に、行動を起こすべきでは無かった」

 彼は内蔵ウェポンベイへ接続されているトリガーに手を掛けた。

 そして、一発のミサイルが発射された。

        :

「何だ?」

 敵ガンダムを撃破すべく旧式戦車を駆っていた兵は、その機体が撃ちだしたミサイル
を見て、訝しんだ。

 そのミサイルは山なりの軌道をとり、その正面に位置していた【ティターンズ】部隊
へ振り掛かった。そして、搭載していた爆燃性エアゾールをコンマ1秒で噴霧。一瞬の
後……着火した。

 それは【貧者の核】と呼ばれたF.A.E.(燃料気化爆弾)の末裔だった。エアゾールも
MSバーニア等に使われるやたらに保持エネルギーが高いモノを使用している為、旧世
紀のソレを遙かに上回る威力を持っていた。

 激しい爆風が爆心から外へと拡がった後、数瞬の後に先に優るとも劣らない勢いで吹
き戻す。

 沈黙する機甲部隊。

 たとえ破壊されていなくとも【ガンタンク】や【トラゴス】と言う全機種気密される
MS崩れの長距離支援機、そして一部の戦車の様に気密がしっかりしている幸運な例外
を除いて、乗員は同じ運命を辿っただろう。

 F.A.E.は大変特徴的な性質を持っているからだ。

 かの爆弾は、爆発時に周辺大気の酸素分子から酸素原子を一つ強引に引き剥がす。そ
して、地球生物は泣き別れた酸素分子では呼吸出来ない。

 敵ガンダムは辛うじて残存してた【ガンタンク】等機甲部隊を蹴散らした後、両脇に
展開するMS隊をその圧倒的な火力で始末した。

        :

「ダメだ……こんなモビルスーツじゃ、あのガンダムには勝てない」

 戦闘能力を喪い、後退した【GMクウェル】パイロット シドレ・サハノフ曹長は打
ちのめされていた。

 機体を格納庫に入れると彼女はコックピットから飛び出した。向かう先は第9MSハ
ンガーだ。そこには彼女が求める機体が在る筈だった。

「おいっ、何処行くつもりだっ!
 そっちは立入禁止だぞっ!」

「敵を斃しに行きます!
 【ティターンズ】がテロリストに負ける訳にはいかないでしょう!!」

 途中呼び掛けられたが、基地内も混乱しているため、彼女は止められる事無く目的の
場所へと向かえた。

《見えた。》

 流石にこの機体を出そうとした人間は居ないらしい。その機体はやはりガンダムだっ
た。その大きさが通常のガンダムから懸け離れた巨大さを持っていても、だ。

「私にも扱えるはずだ・・・私だって、ニュータイプだ」

 そのガンダム、【サイコガンダム】コックピットに乗る間際、シドレ曹長はそう呟いた。

        :

「司令、第9ハンガーからアレが出ます」

「何ぃ、誰が動かしているっ!
 回線開けっ!」

「はいっ、回線開きます」

「何処の者だ!?
 その機体は誰にでも扱える代物じゃないぞ」

『第82MS中隊所属、シドレ・サハノフ曹長です。
 これより、敵ガンダムの撃破に向かいます』

 無断で乗り込んでいるパイロットが、苦しそうに返答する。

「何を言っている!
 さっさと降りろっ!」

『以上、…通信終わり』

 ただそう言って、【サイコガンダム】との回線が切れた。
 オペレータは戸惑いの表情と共に指揮官へ尋ねた。

「…どうします?」

「"N"のやることなど、知るかっ!!
 好きにさせろっ!
 敵を倒すならば其れもよし。共倒れになるなら儲けモノ。たとえ殺られたとしても、
 手間が省けて丁度いい。
 所詮"N"だ。DCの連中が片づいたら、次はヤツらなんだからな。」

 まだ人間的良心が尽きていないオペレータは、自分の上官の云いように多少反感を憶
えながらも平静に応じた。

「…了解。装甲ハッチ開きます」

        :

「…敵か。」

 自分の行く手を遮ろうとする気配を彼は感じた。視線を気配の先に向け、敵を探す。

 …見つけた。かなり離れているのに身近に感じてしまう。ソレは大きいだけでは無く
異様な存在感を持っていた。

「…コードネーム MRX-009【サイコガンダム】か。
 興味深い。この【ガンダム・ヘビーアームズ】と、どちらが上か………試してみるか」

 彼は残兵装をチェックした。

        :

「くぅ……長くは持たない……早く……早く、片を付けなくては……何処だ、
 ガンダム……」

 少しでも気を抜くと、薄れ途切れようとする意識を何とか繋ぎ止めながらシドレ曹長
は求めるべき敵を探した。

 だが、それに苦労する必要はなかった。相手の方が見つけて近寄ってくる。

 彼女は無言でトリガーを引いた。腹部の拡散メガ粒子砲3門と指に備え付けられたビ
ームキャノン10門の過重攻撃だ。どれを一つとっても並のモビルスーツのソレを遙か
に上回る出力だ。流石にこの攻撃で無傷では居られないだろう。

 だが、光条の束は敵ガンダムの直前で流水の様に弾けた。

 …迂闊だった。巧妙な機動に惑わされていた。あの機体サイズに惑わされていた。

「Iフィールドをあのサイズで持っている!?」

 確かにMS隊の攻撃が効かなかった訳だ。対ビーム防御技術としては殆ど完璧に近い
Iフィールド相手に通常のモビルスーツの攻撃が効くわけがない。

「…なら、Iフィールドジェネレータが灼けるまで、ビームを叩き込んでやる!!
 【サイコガンダム】にも、Iフィールドジェネレータはある!!」

 シドレ曹長はトリガーを引き続けた。

        :

「流石は【サイコガンダム】……か。
 だが、その程度では【ヘビーアームズ】には勝てない」

 彼は光条の束が自分に向いている事実を前にして、淡々と呟いた。

 そして足を止めてトリガーを引き絞り、アームガトリングガンだけで無く、頭部ヴァ
ルカン、胸部内蔵ビームガトリングガン2門・肩口に装備されたエレクトロサーマルキャ
ノン2門を加えて、猛然と撃ち返した。

「さて、何秒持つかな?」

 彼の瞳の色は、全く変わる様子はなかった。

        :

「そんな………」

 右薬指のビームキャノンが死んだ。
 誘爆によって、更に両隣のビームキャノンが破壊された。

「そんな………」

 左インテークへ被弾した。
 唯でさえ負荷の掛かっていた放熱システムが飽和し始めた。

「そんな………」

 メインセンサーが機能を喪った。
 サブセンサーに切り替わる。

「そんなぁぁぁぁぁぁっ!!」

 右腹部装甲が弾けた跳んだ。メインバランサーが機能を喪失した。

 トドメとばかりに、敵ガンダムは機体各所からミサイルを乱射していた。

        :

 シドレ曹長が最後に見たのは爆炎越しに見えた、生き残った最後の【ガンタンク】に
敵ガンダムがトドメを刺している姿だった。



<第三新東京市・【ジオフロント】外殻地下ドック>      


「こりゃ、また派手にやったもんだぁ……」

 【ネルフ】技術部四課所属、平賀トシミツはそういってドックに入ろうとする【アー
ガマ】を見上げた。

 下から見ると飛行戦闘艦【グール】と接触した部分が強調され、特に酷く見える。

 平賀のぼやきに、同課所属の藤本カズヤが同調した。

「この損傷の修理と改装を一ヶ月で済ませ、ってさ」

 藤本は、平賀へゲンナリとした表情で手にしたPDAに工程管理表を出したままの表
示面を向けた。

「無茶云うなぁ……【スチャラカ弁天】のお達しか?」
「いや、我らが敬愛する女帝、【マッド"R"】の指示だそうだ」

「Mクラフト艦をイジれるのは、嬉しいけどなぁ」
「…また当分、家には帰れんなぁ」

 そうして彼らは顔を見合わせ...盛大に溜息を吐いた。

「「はぁぁぁぁぁぁ……………・・・」」

        :

「あら、ドモン。
 こんなところに居たの?」

 レイン・ミカムラはそういって久方ぶりに見る気がするパートナーへ声を掛けた。律
儀な彼女は今の今まで【ロンド・ベル】整備隊に協力して機動兵器の修理・整備に励ん
でいた。少し疲れが見えた。

「だいぶん、疲れているようだな」

「えぇ、そうね。少し疲れたわ」

「そうか、第三新東京に着いたら少し休むと良い」

「ドモンはどうするの?」

「…そうだな。取り敢えず、少し辺りを廻ってキョウジの手掛かりを探す」

「【ロンド・ベル】を抜けるつもり?」

 レインの問いに対するドモンの答えは、彼にしては実に婉曲な表現だった。

「…入ってもいないのに、抜けることなど出来ん」

「まだ、そんなことをいっているの?
 アムロさんだって情報収集に協力してくれる、って云ってるじゃないのっ!
 ……ねぇ、せめてアムロさんの情報を待つ間だけでも、彼らに協力してあげて」

「……イヤにここの連中の連中の肩を持つんだな」

「何云っているの!
 今の地球がどうなっているか判ってないの? 異星人が攻めてきて戦争しているよ!
 アナタも武闘家の端くれなら、少しは世の中の役に立とうとは思わないの!
 今のアナタをライゾウさんが見たら……」

「父さんのことはいうなっ!」

 ドモンにそう言われて、レインは身体をビクつかせた後、目を伏せた。

「ゴメンナサイ……アナタの気持ちも考えないで……」

「…いや、俺も悪かった。
 ……そうだな、アムロ・レイが何らかの情報を持ってくるまではレインの言う通り、
 ここの連中の手助けをする事にしよう。
 それでいいな?」

「ドモン……ありがとう」

        :

 彼らの会話を戸口外で聞いていた兜甲児がそこを離れた。

「へん……ドモンとか言うヤツの方はわかんねぇけど、レインさんの方はよく判って
 るじゃねぇか」

 彼はドモンに【ロンド・ベル】の協力を取り付けようとドモンに直談判するつもりで
ここに来ていたのだ。だが、必要なかったようだ。甲児は少しニヤけつつ、まだまだ仕
事が待ち構えている格納庫へ向かった。



<モスクワ上空500km・機動巡航艦【デ・モイン】>      


 マナは彼女に与えられた高性能可変型モビルスーツ MSZ-006C1(連邦形式名 RGZ-86C1)
通称【Zetaプラス】のコックピットに居た。ようやく着慣れた始めたまだ真新しいパイ
ロットスーツをせわしげにイジっているが、決してそのために【Zetaプラス】のコック
ピットに居るわけではない。彼女は今まさに初めての実戦へと足を踏み出そうとしてい
た。

「……はぁー」

 彼女は目を閉じ深く息を吐いて気を落ち着けようとする。

《大丈夫、私には今まで訓練で鍛えられたテクニックがある。
 大丈夫、私にはこの【ゼータ】がある。
 大丈夫、大尉とムサシとケイタが一緒だ。
 大丈夫……》

 そんな彼女を、インカムにてガ鳴り立てるマッハ大尉の声が現世へと彼女を引き戻す。

『アイオーン・リーダーより、アイオーン各機へ!
 アイオーン・リーダーより、アイオーン各機へ!
 聞いているか、ヒヨッコども!
 ようやく、俺達の出番だ。
 頭冷やして、気合い入れろ!
 いいか、もう一度確認するぞ!
 カタパルトより射出後、二手に分かれる。
 俺とストラスバーグ、キリシマとアサリだ。
 俺の組はコース117を侵攻中の敵に対して攻撃を仕掛け、敵艦隊直衛の注意を引き
 つける。
 キリシマ・アサリ組は、コース82より太陽光に紛れ衛星軌道下方より敵艦隊へ接近、
 軌道爆撃艦を叩け! 雑魚には目をくれるなぁっ、いいなっ!
 …各機、返事はどうしたぁっ!?』

『アイオーン・サーティーン、了解…』
『アイオーン・トゥウェルブ、了解ぃぃっ』

 ムサシとケイタの返答が即座に返る。

《…これで私も実戦に出るんだ…》

 マナの脳裏にそんな考えが一瞬だけよぎる。
 だが、それは本当に一瞬だった。
 彼女の口は、求められた最初の答えを無意識に紡ぎだしていた。

「アイオーン・イレブン、了解」

 全員の返事を聞いたマッハは満足そうに口元を歪めた。

『アイオーン・リーダーより、ブリッジへ!
 アイオーン全機、発進準備よしっ!』

『ブリッジよりアイオーン各機へ
 各機発進を許可する!
 グッドラック!』

『サンクス!
 アイオーン各機、出るぞぉっ!』

 それを聞いて、マナは気合いと共にスロットルを一杯にした。

「アイオーン・イレブン!
 霧島マナ、【Zetaプラス】行きますっ!」

 その瞬間、全ての星が尾を引いた。


<【ネルフ】本部出口>      


 バックを抱えて少年は出口へ向かっていた。誰かに急き立てられている。そんな様子だ。

 そんな少年が男を見つけた。少年が身体を強張らせた。

「よう、シンジ君」

 男はいつもの様に軽薄な口調で少年に呼び掛ける。
 少年は男の名を呟いた。

「…加持さん」

 よれよれのシャツにくたびれスラックス、そして何より無精髭に後ろで一つに括られ
た髪。間違いなく加持リョウジだ。何故此処にいるかは判らない男がそこに居た。

 男は何が楽しいのか笑顔を作って、少年へ語り掛けた。

「どうした、こんな時間に。
 散歩か?」

 少年は答えない。

「シンジ君……これから聞こえるのは30男の独り言だ。少し耳障りかも知れないが
 気にしないでくれ」

 依然として、少年は答えない。
 加持は勝手に納得して、話を続けた。

「……人生には、な。山もあれば谷もある。かく言う俺も経験したもんさ。
 ……人生の壁ってヤツだな。そこでどうするかで人生が面白くなったり面白くなく
 なったり、するんだ」

 少年の様子は変わらない。加持はそのまま話を続けた。

「……でもな、あんまり賢くない俺にも判ったことが、幾つかある。
 その一つに、自分で選ばずに流された時は、必ず後悔するって事がある。
 何で、あの時、あの場所で、ヤルべき事をやらなかったんだろう、ってな。
 俺は今でも後悔しているよ、どうしだっ、てな。
 シンジ君はそう言うことの無い様にしろよ」

 加持はそう云って少年の名を呼んだ。

「…何を言っているんですか」

 シンジは小さく呟いた。

「自分で考え、自分で決めて、自分で行動しないと、一生人生を楽しく出来ないって事
 だよ。
 アスカは見た通りだが、レイちゃんもああ見えてなかなか強情そうだからな、気を付
 けろよ。人生の先輩からの忠告だ。
 まっ、アスカやレイちゃんっていう得難い仲間を持てる少年に、ひがむおじさん…も
 とい、お兄さんの独り言だ。気にしないでくれ」

 シンジはまた黙り込んでしまった。

「そうだ、仲間だ。
 そう云えば、ここの連中も仲間になるのか……本当にシンジ君は運がいいぞ。
 羨ましいもんだ」

「・・・・・・」

「じゃ、な。
 アスカや葛城達が待ってるから、早く帰って来いよ」

 そう言って加持は本部内へ消えた。

 暫く加持が消えた方を見ていたシンジだったが、何かを振り切るように、逃げるよう
にして、【ネルフ】本部から飛び出していった。

<Aパート・了>



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ver.-1.01 2001/11/25 公開
ver.-1.00 1998+12/26 公開
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<作者の言い訳>      


作者  「シンジが飛び出すだけで、50Kをオーヴァーしてしまった...
     一体彼が戻るまで何K書かなければいけないのでせう。
     考えたくなひ……‥(T-T)
     クリスマス記念は書けないわ、戦闘が多いわ……‥しくしく (T-T)」











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