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「よくもおめおめと戻ってこれたモノだな」

 浅黒い細面に酷薄な表情を貼り付けて、彼は目の前の赤毛の美女をこうなじった。

 一旦は何かを堪えるようにして押し黙った彼女であるが、言うべき事を言わずそれで
終わるをよしとせず、抗弁を試みた。

「あれは……」

 だが十三人衆でも有数の実力者である、その男チャイ・チャーはピシャリと切って捨
てる。

「言い訳は、聞きたくない!」

 そこへチャイと一緒にいた長身の青年が口を挟んだ。

「そうだとも!
 末席とは云え十三人衆であるならば、言ったことはやり遂げて貰いたい」

 だが、その言葉に反応したのはチャイだった。

「いらん口を挟むな〜〜〜っ!」

 怒号と共に、拳をその青年へ叩き込む。

「でっ、ですが……」

 口答えに鉄拳を持って答えるチャイ。

「まだ云うか、ギャブレット!
 成り上がり者が、十三人衆に意見しようなど百年早い!!」

 チャイは更に拳を見舞って、なおも云おうとするギャブレットと呼ばれた青年を黙ら
せた。

「バカの所為で話が横にそれてしまったな。
 しかし、あのガウ家の人間が配属されてくるからと期待してみたが……全く左遷さ
 れるのもよく判る。
 まあいい……次は結果で示して欲しいモノだな、ガウ・ハ・レッシィ?」

 その屈辱に赤毛の美女レッシィは、唇を噛み締めて堪えた。






スーパー鉄人大戦F    第六話〔突破:Escape from the crisis〕
Aパート


<クリミア半島・セバストポリ連邦軍第117工廠>      


「ガイデッドレーザー同調問題なし!
 コースよし!
 【アーガマ】着床します!」

 トーレスの威勢のいい声が、艦橋に響く。
 まあ言うなれば操艦は、彼の一人舞台だ。
 中でも入港/出港作業は、ギャラリーに事欠かない如実に操艦技量が他人に評価され
る船乗りの花道である。
 彼が元気の良くなることもよく判る。

 ここは、黒海沿岸にあるクリミア半島に在るセバストポリである。
 クリミア半島は気候が温暖で、古くはギリシャ植民地として栄え、旧世紀以前から観
光・保養地として栄えている。
 だが、ここセバストポリはそれ以前より黒海を望む重要拠点として存在し、今もなお
世界有数の規模を持つ一大拠点であった。

 主動力の調子を悪くした【アーガマ】は取り敢えずその応急を行うため、此処へ立ち
寄っていた。(本修理が出来るのは地球上には日本/呉・新横須賀・第三新東京・アメ
リカ/ノーフォーク・カリフォルニア・南米/ジャブロー・アフリカ/キリマンジャロ
・オーストラリア/トリントン等他、数ヶ所しかない)

 ブライトは入港作業が終わったことを見て取り、艦内に宣言した。

「よーし、みんなご苦労だった。
 2200まで、A班は艦内待機!
 他の者は上陸を許可する。
 以上だ!
 余りハメを外して、世話を掛けるなよ!
 私はこれからアムロと【グラン・ガラン】へ出向いてくる。」

 その放送を聞いて艦内では歓声にわいた。

        :

「いや〜、良いトコだな。
 セバストポリって」

 甲児がマリアと腕を組みつつゲートへ向かう。
 並んで、ゲッターチームの神隼人、車弁慶も続く。
 少し後には、さやかも一緒だった。
 彼らを見て、甲児は尋ねた。

「ありゃ、リョウのヤツ出ないのか?
 アイツ、A班じゃなかったろう?」

 それを聞いて、隼人は口の端を歪め、弁慶は笑いながら肩をすくめた。
 それを見て、甲児は理解した。

「……まだ惚け足りないのかよ、リョウは」

 隼人がそれに答える。

「イヤ……酷くなる一方だ。
 取り敢えず戦闘時はまともにやっているが……見てて飽きんよ、人生の終着駅に着
 いたヤツの末路はな」

「ほぉー、到着10分前のヤツの言う事じゃないな。
 早乙女さんとこのミチルさんは、お前からの言葉を待っているようだったぞ」

「何の事かな……判らんな。
 そういうお前はどうなんだ?
 なぁ、マリア」

「いいのよ、私たちは……ねぇ、甲児!?」

 その言葉に甲児は冷や汗を隠しつつ、笑って誤魔化している。
 後ろでさやかが、クスクスと笑っていた。

        :

 彼らから少し離れたところで、弁慶は男泣きして明後日の方向を向いて吼えていた。

「うぉぉぉぉ!
 どーせ、俺なんか〜!
 俺の春はまだか〜〜〜ぁ!」

 独り身の寂しさが染みる今日この頃だった。

        :

 その様な彼らの後に続いて、アスカは施設のゲートを抜けた。
 目を細めて周りを眺める。

 後ろにはシンジが続いた。
 レイはリツコに呼ばれて、今回は同行していない。

「流石は、クリミアよね〜〜」

 アスカはノンビリと歩きつつ、独白した。
 何故か、今日は気分がとても爽快だ。
 シンジが近くにいると、それが一層強く感じられた。

 先程も述べたように此処クリミア半島は、保養地として名高い。
 旧暦(西暦のこと)20世紀には、今は滅びた半宗教的支配政党の長がここで保養し
ている間に政権を失い、それはそのまま社会体制の変革にまで繋がったことで有名であ
る。

 汚染が進んでいたが、旧世紀末に制定された地球浄化プログラムでもここはかなり上
位の優先的対象となった。おかげでクリミア半島周辺の環境は往時の悲惨さなど、欠片
も存在し得ないかの様に完璧な回復を見せていた。

「…………」

 その時シンジは、アスカの独白にも反応せず惚けていた。

《綺麗だとは思っていたけど……アスカってこんなに綺麗だったけ?》

「何ボーとしてんのよ!
 こーんな美少女が一緒に歩いてあげているってのに何か文句でもあるの!?」

 アスカの問い詰めでやっと意識を浮上させたシンジは、誤魔化しに掛かった。
 機嫌を損ねた彼女が、如何に危険であるかはインド洋からの短い付き合いで身に染み
ている。

「イ、イヤ、何でもないよ。
 そうだ、ここってホントに、この世の天国みたいだね」

 その様な稚拙な誤魔化しに掛かったわけではないが、気分の良いアスカは敢えて事を
荒立てなかった。

「天国ねぇ……アンタほんとに何にも知らないのね」

 それを聞いてシンジは怪訝な顔をする。

「どうしてさ」

「まぁ、(下僕を教育するのは主人たる)私の務めだから教えて上げるわ。
 ここはね、戦争の舞台になってたくさん人が死んでいるの。
 有名なところでは、クリミア戦争・第二次世界大戦なんかね。
 小さい戦いを上げるとキリがないわ。
 お判り、バカシンジ?」

 それを聞いて、シンジは忌まわしいモノが見えそうな感じがして辺りを見回した。
 そんなシンジを見て、アスカはクスリと小さく笑って言葉を続けた。

「でも、それだけじゃないのよ」

「ここにはね、天使が舞い降りたの」

「天使……?
 【使徒】じゃ無くって?」

「あんなのと、一緒にしない!
 シンジ、赤十字は知っているわね?」

「う……うん」

「それを作ったの、その天使はね」

「???」

「はぁ〜、判ってないようね……もう良いわ。
 その天使の名前はね、フローレンス……フローレンス・ナイチンゲールって云うの
 よ」

「なんだ、ナイチンゲールの事だったの……ここで生まれたの?」

「違うわよ、ナイチンゲールが生まれたのはフィレンツェよ」

「じゃあ、どうして?」

「ここで戦争があったのは、さっき言ったわね?
 その時はまだ赤十字が無くて戦場には軍医と衛生兵しか居なかった。
 そこへナイチンゲールは看護団を率いて敵味方関係なく助けたのよ……」

 そこからアスカの話が始まった。

        :

 当時、野戦病院に送られた傷病兵は「運が良ければ助かる」というレベルで、そこに
送られるのは死んだこととほぼ同意義だった。

 それを「ランプを持った淑女」「クリミアの天使」ナイチンゲールは、その優れた知
性と行動力で、頭の固い軍人を説き伏せ(当時欧州の戦争はまだ王族のゲーム、貴族の
スポーツと言った色彩が強く、彼らにとって下級階層出身で占められる兵など塵芥と変
わらなかった)、環境を整え(極めて劣悪な衛生状態だった)、手法を改善し(それま
では軍らしい乱暴な治療法しか存在しなかった)状況を一変させた。

 それは驚異的効果を上げ、地獄の様な戦場の片隅で血と泥にまみれ、その身を腐らせ
つつ神に召される筈であった男達を実に21分の1にまで減少させ、傷ついた男達を故
郷で待っている家族の元へ返していた。

        :

 語り終えたアスカは、輝いていた。
 何事かを為し終えた慈母のように。

 それを見ているシンジは、どこか熱病に冒されたような顔をしていた。

 普段とは違う、外見の美醜など別次元の内側からのこぼれだすその輝きに極めつけの
鈍さを誇るシンジですらも、完全に魅了されている。

「……?……シンジ?」

 アスカは、いつもとは違うシンジをいぶかしむ。

 アスカのその声に触発された様に、シンジはアスカに近付いた。
 アスカもまたその状況の雰囲気に呑まれて動けない。

 そして、シンジはアスカの頬に手を添えた。

「……シン……ジ……」

 そして、彼らの距離が近付く……

 だが、彼らは肝心なことを2つ忘れていた。
 ここが路上ということと、同行人があるということだ。
 その彼らが忘れ去っていた人の声が、響く。

「へっえぇ〜〜〜。そぉんな言い伝えがあんのか。」
「何処にでも、いい人って居るモンね」
「そうだ、高貴な人は何処にでも居る。
 僕はこの星がもっと好きになれそうだよ」

 キャオはいつもの調子で、アムは夢見るような表情で、ダバは腕組みをして頷きつつ。
 三者三様のスタイルで心底感心したように、ダバ達三人の呟く声が響いた。

 お互いの状態を認識をしていなかったシンジとアスカは、ようやく現在のそれに気付
く。






「「…………」」









 無音









 静寂








 ……そして、破局。

「いやぁぁぁぁぁあああ」

 実に年相応の叫び声と、見事な……爽快感すら伴った小気味よい音が、辺り一帯に
響いていた。


<セバストポリ工廠一番岸壁・超大型浮揚戦艦【グラン・ガラン】>      


「ブライトさん、こっちです」

 着艦したドダイ改・タラップの下で、ショウはブライト・アムロを迎えた。

「ああ、どうも有り難う」

 彼らの挨拶が終わると、ショウの後ろに控えていた実直そうな逞しい壮年の男性が話
し掛けてきた。

「ブライト・ノア【ロンド・ベル】司令ですね。
 私はこのフネの艦長を務めております、カワッセ・グーと申します」

「出迎え、感謝します
 私はブライト・ノア。こちらは戦闘団々長アムロ・レイです」

 紹介を受けてアムロは、会釈した。

「よろしく」

「よろしく。
 では、シーラ様がお待ちになっています、こちらへ」

 そういってカワッセは彼らを先導した。
 不思議であったのは、途中会う人々全てがブライト達へ敬意を払われているところだっ
た。だが、それはブライトとアムロに対してではなく、ショウへのそれであるようだ。
 あくまでブライト達はそのオマケといった様子である。

 不思議に思ったアムロは、ショウに尋ねる。

「君はいつもこういう敬意の払われ方をしてるのかい?」

「いいえ、こんな事は初めてです。
 僕にも訳が分からなくて、ちょっと困ってるんです」

「ふーん、そうなのか……」

 そうしている内に彼らは目的の部屋へとたどり着いた。

        :

 そこでシーラと会見し、今後の方針等をうち合わせてブライト達は【アーガマ】へ帰
艦した。


<旧合衆国・シアトル近郊>      


 そこでは、シアトル・ベースを巡って連邦軍MS隊とポセイダル軍が激しい戦いを繰
り広げていた。

 レーザーの雨を降らせるポセイダル軍に果敢に応射するシアトル基地MS隊であるが
かなり旗色が悪い。折しも一機のGM2が、遮蔽物より乗り出していた機体肩口に被弾
する。

『た、隊長!
 もう持ちません!』

「馬鹿野郎!
 貴様には、ガッツってもんはねえのか!
 あのマザー****ー共を、これ以上前に出させるな!
 なんとしても、喰い止めろ」

 実際彼は、退くに退けなかった。
 度重なる後退で作戦的縦深を使い果たし、これ以上退くと作戦目的である基地防衛が
果たせないところまで来ていたのだ
 そこに別の部下からの報告が入る。

『上空より新たなヴァンパイア(航空機動兵器)、1!
 所属不明!』

「クソッタレが、ダメを押して来やがったか!
 野郎共ここが正念場だ、気合い入れて行け!」

 だが、その返事は彼らの隊長が予想したモノではなかった。

『でも、隊長……アレ味方みたいなんですけど……』

 それを聞いて、所属不明機の方に目を向けてみると、ポセイダル軍から多数のパワー
ランチャーによる盛大な歓迎を受けていた。

 だが、悉く外れている。

 いや、外されているといった方が正しい。
 所属不明機が行う既存航空機動兵器の限界を越えた常識外れの機動で、ポセイダル側
の攻撃は全く効果を上げていなかった。

 そうしていると、シアトル基地MS隊の使っているそれとはまた違う広域通信回線か
ら若い男の発したらしい声が響いてきた。

『バァーカ、どこ狙ってんだ』

「なんだと、この野郎!」
『た、隊長、違います。
 こっちの事、言った訳じゃありません……』
「っ……わかっとる!」

 漫才を繰り広げるシアトル基地MS隊を尻目に、再び声が響く!

『行くぜ!
 サァァァイ、フラッシュッ!』

 するとその機体を中心としてチェフレンコ光の様な青白い透き通った光が巻き起こった。
 その光は、敵味方無関係に呑み込んでいく。

 彼らには光の向こう側で、爆発する敵機動兵器が見えていた。

「ガッデム!
 やっぱりアイツは、敵だ〜〜〜!?
 ……なんだ?」

 光がおさまってから、シアトル基地MS隊々長ジム・スミス大尉は自機の状態を確認
するが別段損傷した様子はない。

 辺りを確認してみると破壊されているのは、ポセイダル軍機動兵器ばかりでシアトル
基地MS隊に損害は無い様であった。

 いきなり大損害を受けたポセイダル軍は一気に後退に移ったようだ。
 破壊された機体からパイロットを拾って、次々と転移していった。

 くだんの所属不明機は、その様なポセイダル軍を向いて状況を静観している。

 スミス大尉は、中隊系の回線を開いて状況の再確認を行うことにした。

「こちら、ボウマンリーダー。
 ボウマン各機と各小隊長機は、状況報告しろ!」

『ボウマン02、問題なし』
『ボウマン04、問題なし』
『ボウマン03、問題なし』

『ランサー小隊、全機稼働』
『フェンサー小隊、健在』
『ブレード小隊、損害無し』
『クックリ小隊、全力戦闘可能』

 どうやら、あの光は味方に損害を与えていないようだ。

《何処かで聞いたな、こんなアホらしい話。
 確か……》

 スミス大尉がその様な事を考えていると、あの若い男の声が伝わってきた。

『おい!
 おい!
 聞こえてんのか!?
 ……おっかしいなぁ……ちゃんと直したんだよな……』
『当然ニャ!
 マサキみたいなヘマは、やらニャいニャ』

 あの機体は、何やら複座機のようだ。
 若い男の声の他に、舌足らずの子供のような声が聞こえてくる。

《ウェーブ(女性隊員)でも乗せているのか?》

 その様なことを考えつつ、スミス大尉は回線を開いた。

「そこの所属不明機!
 聞こえているか!?
 こちらはシアトル基地MS隊のスミス大尉だ。
 貴方の所属を明らかにされたい!」

 スミス大尉の詰問を聞いて、MS隊に緊張が走る。
 武器こそ向けなかったが、全機FCS(火器管制システム)を動作させて所属不明機
へ即座に攻撃できるようにしていた。

 ようやく回線のネゴシエーションが十分に行われたようで、全天スクリーンの一部に
ウィンドウが開き、相手の映像が映った。
 そこには、やはりキリリとしたなかなか男前の青年がいた。

『<なんだ、通じているじゃないか>
 え〜、こちら【ロンド・ベル】所属のマサキ・アンドーだ。
 苦戦してるようだったから、助太刀してやったぜ!』

《!……そうだ、【ロンド・ベル】に居たって言う話だったけな……》

 先程の疑問が解けて、スッキリした気分になったスミス大尉は、何で<あの>【ロン
ド・ベル】所属機がこんなところへ居るのか理解できなかったのが、取り敢えず礼を言っ
ておくことにする。

「ああ、助かった……で、何で【ロンド・ベル】所属機がこんな所で識別信号も無し
で彷徨いているんだ?」

『<ありゃ、IFF(敵味方識別装置)もイカれたか?>
 あぁ、機体が故障して、はぐれちまったんだ……合流したいから道聞きに来たら、
 ドンチャン騒ぎやってるみたいだったからな、思わず飛び入りしちっまったい。
 で、出来れば日本はどっちか教えてくれねぇか?』

 スミス大尉は、マサキののぞんざいな口振りにどこか親しみを感じつつ苦笑いを押さ
えながら答えた。

「あぁ、それならあっちだ」

 スミス大尉は、自分の手で日本の方角を示しつつ答えた。

『そうか、ありがとよ。
 じゃな!』

 スクリーンの中でスミス大尉の差した方向を見たマサキは、礼を言ってスミス大尉が
指した方向とはまる違った方向へ飛んでいった。

 ……どうやら、(彼らの位置関係からスミス大尉の意図した方向と違う)スクリー
ンに映った方向そのままで進路をとったらしい。

「お、おい!」

「情報提供感謝する!
 じゃあ、縁があったらまた会おうぜ!」

 そう一言言い残してマサキ・アンドーは、更に勢いを増して飛び去っていった。

        :

 同刻、地底世界ラ・ギアス・ソラティス神殿

「じゃからな、地上界とのゲートをそう容易く開くわけにはいかんのじゃ……」

 その老女は、彼女らしからぬ困惑に満ちた声でそういった。
 彼女はイブン・ゼオラ・クラスール。
 老境といわれる年齢にとっくに達しながらも、その鋭い眼差しは年齢を感じさせない。
 その肌も、幾筋かの深い皺が刻まれてはいたが、とても年齢相応とは言い難い艶とハ
リを未だ保っていた。彼女はここソラティス神殿大神官で地底世界ラ・ギアスでも数少
ない地上界とのゲートを開くことの出来る術者であった。


 古くから在ると言われた地底世界であるが、生涯を探索に捧げた学徒の士、或いは一
攫千金を目指す冒険者、はたまた食うに困ってそこを目指した者などなど、名だたる有
象無象が寄って集って探し探したが、結局は地底世界は見つから無かった。

 無論コレには訳がある。

 地底世界は確かにあった。
 だが、地底世界への恒常的な入り口等という便利なモノが存在しなかったのだ。

 それなのに地底世界の存在が噂されたのは、決して理由が無かった訳ではない。
 実は地底世界側からは、地上界へ連絡する方法が存在し、頻繁ではなかったが2つの
世界を行き来していた者が居たのだ。その行き来する方法とは、地底世界ラ・ギアスで
発達していた法術にて、彼の地を結ぶゲートを開くことだった。

 無論、かなり”力”と熟達を要する技術であったため、そう使用されることの無かっ
た術であるが、地上へ出た者の干渉によって得られた結果は、殆ど禁忌とも言えるほど
この術の行使を戒めるモノであった。


 ソラティス神殿へ訪れた彼女がそれを知らないはずは無かったが、彼女の意志は強か
った。長い付き合いである筈のイブン大神官が見たこともない、旅姿で年齢不詳の美し
さを湛えた笑顔煌めかせながら、もう一度同じ事を口にした。

「ゲートを開いて貰いたいのです」

 再び繰り返された願いに、イブン大神官もまた同じ答えを返す。

「じゃから、さっきもゆうた様に」

 ニコニコ

「地上界との……」

 ニコニコ

「ゲートを……」

 ニコニコ

「容易く……」

 ニコニコ

「開くわけには……」

 ニコニコ

「いかんのじゃ……(ゼエゼエ)……成長したな、ウェンディ」

 ようやく答えを言い切ったイブン大神官であったが、言い終えたその時には胸を締め
付けられるような痛みを感じつつ、冷や汗を滝のようにかいていた。

 呼吸を整えたイブン大神官は、自らがウェンディと呼んだ年齢不詳の美女へ問う。

「……何故、お前さんはそうまでして地上へ行こうとするのじゃ。
 このオババに少し訳を聞かせてもらえんか」

 それを聞いて、ウェンディはイブン大神官を見据えつつもこの世の全てを見ているよう
な眼差しでそれに答えた。

「あそこには……私と……マサキと……そして、世界の運命が待っていますから」




 …………そして、数刻のち彼女は地上へと旅立っていた。


        :

 同刻、王都ラングラン市街。

 その時少女は、腸詰めに肉を詰め込むようにして、乱暴に荷物をトランクへ詰めてい
た。タンクトップにカッティングジーンズを身に纏い、可憐と言って全く問題を感じさ
せないブロンドとブルーアイが印象的なその少女は、何かを呟いている。

「マサキのヤツ……どうして私を誘ってくれなかったのよ……一緒に戦い抜けた戦
 友じゃないの、私たち……あの時、カワイイって言ってくれたのは何だったのよ.
 ..」

 自分の呟きを反芻してヒートアップしてきたらしく、少女らしいかわいげのあること
を言っていた口調と内容が、次の瞬間一変する。

「見てないさい、マサキ!
 この落とし前は、キッチリつけさして貰うわよ!
 ホント、捕まえたら……」

 少女が少年に課す過酷な制裁の内容を口にしようとしたとき、息を切らせて少女の部屋
へ飛び込んできた人物があった。

 それはテュッティ・ノールバック。
 魔装機神【ガッデス】パイロットであった。

 北欧系の血が濃く出ている彼女は、元々地上界の人間でブロンドにマリンブルーの瞳、
白い肌を備えて何より成人女性としての魅力に溢れている。
 そのせいもあって、彼女は実の姉のようにマサキや少女達の面倒をみていた。

 ともあれ、普段行儀についてうるさい彼女が、このような行動に出るとはなにか重大
な用件なのであろう。少女はコップに水を汲み彼女へと渡して用件を聞くことにした。

「はい」

 渡されたコップに口をつけ、半分ほど飲み干したところでテュッティはようやく口を
開いた。

「……あ……ありがとう…………良かったわ、リューネあなたが居てくれて.
 ..マサキが何処居るか知らない?……心当たり回ってみたのだけど、見つからな
 いのよ……プレシアも見つからないし……」

 切れ切れにそういうテュッティに、リューネは行動で答えた。
 マサキの部屋にあった手紙を、心持ち手荒く彼女に差し出した。

「なに、これ……何ですって!
 地上へ行って来る!?
 どういう事よ、リューネ!?」

「こっちが聞きたいわよ!
 ここんとこ、遊びに行っても生返事ばっかりで相手してくんないからおかしいと思っ
 て部屋入ってみたら、それ置いてあったんだから!
 もう、あの唐変木!
 私に断り無く地上へ出たなんて、赦せない!
 さっさと取っ捕まえて、目にモノ見せてやるんだから!」

 だが、それはテュッティによって否定された。

「ダメよ、リューネ」

「どうしてよ!」

「丁度いいから、アナタにも教えるわ。
 ラングラン議会から出てきたことなんだけど、マサキが近衛騎士団々長に推薦されたの」

「ふーん、ここの連中も気の利いたコトするんだ。
 まぁ、前の戦い(ラ・ギアス事件のこと)で一番苦労したのはマサキなんだから当然
 よね。
 近衛の制服ビシッと着たマサキって、チョット想像しにくいけど……」

「いいの?
 そんな呑気なこと言って?」

「どうしてよ?」

「半名誉職とはいえ、立派な貴族になるのよ。
 今までのように気軽に逢う事なんて、出来なくなるわ。
 あなた、それでもいいの?」

 テュッティの話を聞き、リューネは慌てる。

「よっ、良くないわよ!
 あの鈍感で調子者な風来坊を国の要職に付けるなんて、知り合いである私達だけでな
 く、この国の恥を晒すようなモンでしょ!
 そんなの断固阻止すべきよ!
 テュッティ、何ノンビリしているのよ!
 早く止めさせないと……」

「はいはいはい……だから、取り下げさせようとしてマサキ探してたんじゃない。
 本人が拒否するのが一番早くて後腐れ無いんだから。
 でも、本人が居ないんだから……手伝って貰うわよ、リューネ」

「えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
 私も〜〜〜〜!」

「当然でしょ!
 急がなくちゃ、ホントに近衛にされちゃうわよ。
 マサキに逢えなくなってもいいの?」

 少女は、それで押し黙ってしまった。

「じゃ、お願いするわね。
 取り敢えず私は、他のみんなに越えかけてくるわ。
 後で私の家にまで来て頂戴ね」


「うぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜ぅ…………‥‥‥」

 そしてひとしきり唸った後、目の端に涙を浮かべつつ少女は天を向いて叫んでいた。

「赤い夕日のバカァー!!」

 ここは地底世界【ラ・ギアス】。
 沈むような太陽は無い。



<旧合衆国アリゾナ州・超大型浮揚戦艦【ウィル・ウィプス】>      


 ボストン警察より解放されたトッドは回収されていた【ビアレス】に乗って【ウィル・
ウィプス】へと実に素早く行動を起こした。そして今、通された謁見室でトッドは臣下
の礼を取りながら、ドレイクと対峙していた。

「……では、ここは間違いなく地上だというのだな」

「そうであります」

「で、貴君は何故再び我らの元へ帰参いたしたのか。
 それを尋ねたい」

「わたくしとても、閣下の禄をはんでいた者です。
 帰参いたしますのも当然でありましょう。
 それに頼まれていることもあります」

「なんだ、儂の首級か?」

 かなり際どい切り替えするするドレイクに、内心焦るトッドであったがどうにか平静
を保って返事を返した。

「お戯れを……地上の軍、連邦軍と言いますがそちらの将軍より預かっているモノが
 御座います」

「見せて見よ」

「はっ」

 そういってトッドは懐よりジャミトフの親書を取り出し、ドレイクへ手渡した。

 ドレイクは親書の封を切り、文面へ目を通す。
 文面はショットより教えられた共通語であったため、彼は問題なく読める。

 まんじり共出来ず、トッドは居心地の悪さを感じながらも待ち続けた。

 暫くその状態が続いた後、ドレイクは親書より目を離した。

「……読んで見せい」

 ドレイクは親書をトッドの方へ差しだし、命じた。
 トッドはそういう展開になろうとは思いもしなかったため、少し面食らいながらもそ
の親書を受け取った。

「それでは……」

「挨拶の部分は省略せよ」

「承知いたしました、では。
 『今度の件、こちらでも重要な事件として認識しております。さすればお互い協力し
 てこの件に当たるのが筋と考えます。当方ではそちらの方向で現在前向きに検討して
 おりますので、そちらの意志を確認いたしたい……』
 閣下、これは?」

「貴君の申す連邦軍とか言う者達が、手を結びたいと言うことであろう?」

「その通りです。
 閣下は、どうするおつもりでしょうか?」

 この時トッドは返答次第では隠し持っている拳銃で、差し違えでもドレイクを討つつ
もりだった。
 心持ち、眼差しに力が入る。

「それは、交渉次第だ。
 安心せい、貴君の世界に手出しをするつもりは無い。
 貴君にはご苦労だが、返事を出す。
 連邦軍とか云う者達へ、届けて貰おう。
 それまで休むがよい。
 下がれ」

《取り敢えずは、な……》

 心中でトッドに話さなかった一言を呟くドレイク。

 そのドレイクの心中を思ん計ることの出来なかったトッドは、どこか釈然としないモ
ノを感じつつ退室した。


<セバストポリ・繁華街>      


 洋風石造りの重厚な町並みに、肩を怒らせて闊歩する赤み掛かった金髪の少女が居た。
 云うまでも無い、惣流・アスカ・ラングレーだった。

 当然ではあるが、その後をシンジが付いて歩く。

 だが、先程の出来事からこっちその流麗な肢体全体で怒りを表す彼女は、全く取り付
くシマも無い。

 実際シンジは幾度か逃げようとしたが、タイミング悪くダバ達に別れる格好となり逃
げるに逃げられ無くなっていたと言う方が正しい。

 数度、人混みに紛れて逃げようとしたが、何故かその様な場面になるとしっかりアス
カに手を握られて全て失敗していた。この時アスカは力一杯握るので、シンジはいつ本
格的な報復を受けるか、気が気ではなかった。

 だが、もう夕暮れで、後少ししたら日も完全に落ちる。
 シンジはなけなしの気力を振り絞って、アスカに提案しようとした。

「あの……アスカ?」

「何よ!」

 帰ってきた返事は、シンジを萎縮させるには十分であった。
 だが、ここで怯んでは永遠にシンジの胃壁を削るようなこの悪夢のような状態が続い
てしまう。

 そこでシンジは蛮勇とも云うべき勇気を奮って立ち向かった。

「もう日も暮れるし……」
「そうね」

「食事もまだだろう……」
「そうね」

「僕たちもそろそろ(【アーガマ】へ帰ろう)……ね」
「……判ったわ」

 シンジはこの時呆気ないほど淡々としたアスカの承諾が信じられなかった。
 暫し、呆然としてしまう。

 だが、次の瞬間それは大きな間違いであったことが判明する。

「じゃあ、ここでいいわね」

 アスカは、食堂兼酒場といった感じの店を指してこう言った。

「えっ?」

「えっ、じゃないでしょう!
 アンタがお腹空いたって言うから、入ろうっていうんじゃない!
 それとも何?私の選んだ店にケチ付けようって言うじゃないでしょうね!?」

「そ、そんなこと無いよ。
 良いんじゃないかな、ここで」

 アスカの噴火三分前といった激しい口調に、反射的に返答するシンジ。

「そう、ならさっさと入るわよ」

 シンジに嫌も応もなかった。
 アスカに続いて、吸い込まれるようにしてその店に入った。

        :

 まだ、時間が早いのか店には、カウンターに東洋人らしい男一人しか居なかった。
 その男は他の誰もを寄せ付けない様子で、静かにグラスを傾けていた。

 そんな男になど全く興味のないアスカは、素早くテーブルへ陣取るとメニューに目を
通し始めた。

「シンジ、何にするの?」

「ゴメン、今決めるよ」

 シンジもメニューを見るが、その店のメニューは何故か共通語ではなかったため、
読めなかったので恐々とではあったがアスカに頼んだ。

「あの……メニュー読めないんだ……アスカ、頼めるかな……?」

「よめないの〜ぉ?
 まぁ、いいわ。
 私が選んであげる。
 好き嫌いはないわね?」

「うん」

 暫くしてようやく決まったのか、アスカは暇そうにしていたウェイトレスを呼び、注
文した。そしてウェイトレスは、帰り際シンジへ向かって愛想良くウィンク一つを残し
てカウンターの方へ戻っていった。

 暫くして、ウェイトレスが運んできた料理の数々は、素朴ではあったが素晴らしいモ
ノだった。
 加えて、チョット恐いが飛びっ切りの美少女が一緒なのだ。
 誰かと一緒に食事する機会が殆ど無かった少年が、楽しくないはずはなかった。

「どお、私の選んだ店に間違いはなかったでしょ?」
「うん、そうだね」

 ジュースらしき飲み物を傾けて、何処か赤らんでいるアスカの様子を見てシンジは微
笑んでいた。

 シンジの普段の食事からは考えられないほど、ゆったりとした時が流れた。

 ゆっくりと食事を摂っていたため、徐々に店の客も増えてくる。

 二人とも食べ終えた時には、結構な数が店に入っていた。

        :

「じゃあ、これとこれ頼むわ」

 アスカは、ウェイトレスを呼んで追加注文するときそれは起こった。

「嬢ちゃん、お前さんもこっちへ来て呑まねえかい」

 ゴッツイ身体をしているが、そのだらしない格好と魚の腐ったような目は一目で人生
の裏街道をコソコソとドブネズミのように生きていることを声高に主張していた。

 当然、アスカの答えはにべもない。

「鏡見て、出直してきなさいよ」

「何だとーーー!」
「「「ひっひっひ、振られてやがるぜ」」」

 囃し立てるツレらしいチンピラ達。

 火に油を注ぐようなアスカの発言に、シンジは蒼くなっていた。

「ア、アスカ!」

「何よ!?」
「だまってろ、小僧!」

 アスカと大男の二人は合わせたように、シンジを睨んで沈黙させる。
 そして、再び剣呑なやり取りが繰り返される。

 大男は仲間に囃し立てられて、半ば意地になっているようだ

「さっきのは、聞かなかったことにしてやる。
 さっさとこっち来きな!」

「勝手なこと云ってんじゃないわよ。
 私とアンタみたいな屑が、釣り合うとでも思っているの!?
 とっとと出直してらっしゃい!」

 流石にその発言に危機を感じたのか、シンジはアスカに近付いて諫めた。

「アスカ、アスカ!
 そんなこと云ったりしたらマズいよ」

「何よ、何か文句ある」

「!?……この匂いはお酒!?
 アスカ、酔っているの!?」

「アタシが一杯や二杯のお酒で酔うわけ無いでしょう…………」

「しっかり、酔ってるじゃないかぁ」

 その間、無視されていた大男がついに切れる。

「無視してんじゃねぇ!!」

 そういって振りかぶった拳は、アスカを狙ったが、ヒョイっと避けられその軌跡上に
いたシンジへ見舞われることになる。

 盛大に吹っ飛んでのびたシンジを見て、タガが外れたようにケタケタと笑うアスカ。

 そのアスカへ大男の手が伸びた。
 アスカを抱えるようにして捕まえようとしてその手は、見事に空振りすることになる。

 大男が空振りしたと思うと同時に、臑に激痛が疾った。

 無論アスカが自分を捕まえようとする不埒な馬鹿者に制裁を加えたのだ。
 痛みを堪える大男の方を向いて、見得を切るアスカ。

「アンタらみたいな、ゲスがアタシの相手をしようなんて百億年早いのよ!
 もう一度云ったげる……後ろの屑たちと一緒に出直してらっしゃい!
 ……ヒック...ゥ

 それは、これよりここで繰り広げられる乱闘開始のゴングだった。

        :

 シンジが気が付いたときには、アスカvsチンピラsの戦いが最も激しくなろうとし
ていたときだった。

 そもそも、アルコールを口にしているアスカである。
 激しい運動をして、活発になった血流は如実に酔いを深めて、既に足下が危うくなっ
ていた。相手もそれが判っているのか青タン赤タンを所々に張り付けたチンピラ達がジ
リジリ周りを包囲しようとしている。

「ア、アスカ!」

 シンジはそれを伝えようとアスカを呼ぶが、それは彼女に一瞬の隙を作らせることに
なる。その隙を逃さずシンジとは反対側の横に回り込んでいたチンピラがアスカの足を
すくった。

 流石にアスカと言うべきか。
 不意を衝かれたアスカであるが、それは避ける。
 だが、酔いが回って怪しくなっているため、バランスを崩して転倒してしまった。

 酔いがかなり回っている彼女は、上手く動けない。
 追い打ちを掛けようとするチンピラを見て、思わずアスカは叫んでいた。

「シ、シンジ!」

 肉を叩く鈍い音が、聞こえた。
 だが、アスカは痛みを感じていなかった。

 自分を包む感触に恐々と目を開けてみると、そこには盾となってアスカを抱え込むシ
ンジの顔があった。

「はっ、離しなさいよ!」

 酔いが更に増しているのか、顔を一層赤らめながらアスカが抗議する。
 だが、背中を蹴られているのか時々顔を歪めるシンジであったが、一向にその手は離
そうとはしなかった。

「離しな……さいっ……てば……」

 段々と弱々しくなるアスカの抗議。
 チンピラ達は埒があかないと見たか、渾身の力を込めた一撃を与えようとしている。
 シンジは、アスカを強くかき抱いてその一撃に備えた。


 ……だが、その瞬間はいつまで経っても訪れない。


 疑問に思ったシンジが頭上を見ると、そこには大男の一撃を片手で受け止めている東
洋人青年がいた。

 おもむろに口を開く東洋人青年。

「……もう、それぐらいで気は済んだろう」

 新たな邪魔者の出現に色めき立つチンピラ達。

「テメェ!」「邪魔」「すんじゃ」「ねぇ」

 没個性な台詞を口に飛び掛かるチンピラ達。

「ふん……」

 青年は面倒臭そうに鼻を鳴らした。

        :

 東洋人青年は、見事な手際でそれらを瞬く間に店内より駆逐した。

        :

 青年が店に戻ってくると、シンジの胸に顔を埋めて静かになっているアスカが居た。
 シンジが青年の姿を認めると、礼を述べる。

「あの……すいません……」

 それに不愛想に答える青年。

「何のことだ」

「え?……えっと……その……あの……アスカと僕を……あの……」

 一向に話の進まないシンジに、苛立ったのか青年は遮るようにして言い切った。

「助けてなどいない。
 やかましいゴミを片付けただけだ」

「そ……そうなんですか」

「そうだ。
 じゃあな」

 そういって、青年が翻ろうとしたときだった。
 その店に入っている一団があった。

 甲児達である。
 ボロボロになったシンジの様子を見て、甲児はシンジに問い尋ねる。

「何かあったのか?」

 甲児の問いに、答えに困るシンジ。

「えーと、なんて云ったらよいのか……」

 そのシンジの説明は、途中で遮られることになる。

「済まないが、そのエンブレム。貴様ら【ロンド・ベル】か?」

 唐突に話しに割って入る青年。
 青年の視線の先には、甲児の羽織ったジャケットに付けられたワッペンがあった。
 青年のその問いに、甲児は答える。

「そうだが……お前さんは誰だ?」

「そんなことはどうでもいい。
 聞きたいことがある、答えて貰おう」

「なんでテメェにそんなこと云わなきゃならねぇんだ!」

 喧嘩腰になる甲児をシンジが止める。

「甲児さん、この人僕たちを助けてくれたんです。
 止めて下さい」

 続いてマリアも甲児を窘める。

「そうよ、甲児。
 いきなり喧嘩腰になるのは良くないわ。
 話だけでも聞いてあげましょうよ」

 二人に注意されて甲児はブツブツと文句をたれるが誰も気にしなかった。

「相談は終わったか。
 では、俺の聞いたことに答えて貰おう」

 その時、ぞんざいな聞き方をする青年へ呼び掛ける人物があった。
 声の方を向いてみると、そこには20才半ば前後のかなりの美人が居た。

「ドモン!
 そんな聞き方で、答えてくれる訳無いじゃない!
 どうして、そうぶっきらぼうな聞き方しかできないの!
 あの……すいません、ドモンに悪気は無いんですけど、こういう聞き方しかできな
 い人なもので……」

 店の入り口に現れたその女性は、青年の分まで謝って余りあるほどに謝り始める。
 だが、その女性が顔を上げたとき隼人は声を上げていた。

「レイン……レイン・ミカムラじゃないか」

「あら!?
 早乙女研究所の神さん?
 お久しぶりです」

「ああ、久しぶり……じゃあ彼は知り合いか?」

「ええ、彼はドモン・カッシュって言います。
 ……幼なじみなんです」

「カッシュ?
 もしかして、彼はカッシュ博士の息子さんか?」

 話が変な方向へ行こうとするのに苛立ち始めたドモンと呼ばれた青年が口を挟む。

「そんなことはどうでも良いだろう……」

「どうでもいい訳無いでしょう!
 どうして、いつもいつもアナタはそうして話をややこしくするの!」

「判った、判った。
 申し訳ありませんが、この男について知っていたら教えて下さい。
 コレでいいだろう!?」

 懐より写真を取り出して、台詞を棒読みするようにして尋ねたドモンから隼人が写真
を受け取った。

「見たことがないな……」
「こんな奴、知らんぞい」
「見たこと無いわねぇ」
「知らないわ」

 その写真の人物を見て、隼人達は答える。

「みんな知らないようだな……甲児、この人知っているか?」

 膝を抱えていじけていた甲児であるが、隼人の呼び掛けで我に返り写真を見て答える。

「……知らねぇな、誰だコレ?」

「さぁな……悪いな、みんな知らないようだ」

 写真を差し出して答える隼人から、力無く写真を受け取るドモン。

「……そうか、邪魔したな……」

 そういって、ドモンはきびすを返してマントを掴みその店を出た。

「ドモン、ちょっと待ってよ!
 申し訳ありません、ご挨拶はまた」

 レインは、そういって慌ただしくドモンを追いかけていった。

        :

「で、お前さんはなにしているんだ?」

 疲れたのかすっかり寝入ったアスカを支えるシンジを見て、甲児は問う。

「えっと、これは……」

「判った、判った。
 言い訳はいいから、さっさとこの嬢ーちゃんを【アーガマ】へ連れて帰れ。
 寝ているからって、変なことすんなよ」

 そういって手をヒラヒラとさせながら、言う甲児。

「は、はい、そうします。
 ……もしかして、僕が連れて帰るんですか」

 甲児の答えは簡潔且つ明瞭だった。

「当然だろ」

 その目はどこかこの様子を楽しんでいる様子だった気がするのは、シンジの気のせい
では無いであろう。

        :

 シンジは甲児やマリア達に励まされながら(からかわれながら?)、アスカを背負っ
て【アーガマ】へ帰った。

 背負ったアスカは、とても柔らかく、暖かくて、そして……

「……お、重い……」

 と、云うことだそうであった。

 命知らずな無謀なことを、口にする少年である。


<地球軌道付近・機動巡航艦【リリー・マルレーン】ブリッジ>      


「いいね!
 連邦制圧下へ強襲かけるんだ!
 余計な色気出すんじゃないよ!
 色気出す様な奴ぁ、後ろから撃つよ」

 DCが建造した【ザンジバル】級改装型機動巡航艦【リリー・マルレーン】艦橋で些
かトウの立った美女が言い放つ。
 彼女の名は、シーマ・ガラハウ。
 やはりDC残党で、大戦中DCの中でも最も過酷と言われた軌道海兵隊で活躍した女
傑である。年の頃30半ば。DCの将校服に身を包み、指揮棒代わりなのだろうか?手
にした大振りな鉄扇を弄びながら、険のある鋭い眼光を一癖も二癖もありそうな男達へ
向けていた。

「物覚えの悪い奴のためにもう一度言っとくよ!
 あたし達は、掻き廻しさえすりゃあいいんだ。
 こんな事で死んでも、何も出してやんないよ!
 ……まぁ、あたしゃ、それでも構わないんだけどね」

 そういって彼女は周り見渡した。
 癖のある男達は、一様に人の悪い笑みを浮かべていた。
 彼女は完璧に部下を把握していることを再認識して、満足そうに妖艶な笑みを浮かべ
た。

「隠蔽航行、問題なし。
 大気圏降下までフタマル!」

 野太い男の声が響く。

 ニヤけていた顔を引き締め、シーマは極簡潔に命じた。

「いきな!」


<地球軌道上・機動巡航艦【デ・モイン】ブリーフィングルーム>      


 部屋の壁一面を占領して大きな顔をしているスクリーン前で、マッハ大尉はいかにも
《不承不承やっている》と云った表情で立っていた。

 マナは最近ようやく把握し始めた上官の人柄に、本来なら敬愛しつつ畏怖しなければ
ならないところを、チョット粋な近所の兄貴分を見るような親しみを込めた視線で見つ
めていた。

 別にその視線に照れた訳では無かろうが、マッハ大尉はやや顔を引き締めてようやく
口を開き始めた。

「よぉ〜し、チェリー(実戦**。実戦未経験者の意)共始めるぞ!」

「はいぃっ!」
「はい」
「了ぉ解ぃぃぃ」

 マッハ大尉の宣言に対して、マナ達三人は返事をしつつ弾ける様に立ち上がり敬礼し
た。

 マナは彼女らしい元気いっぱいの返事で。
 ムサシは、可愛らし気が全く感じられない不愛想さで。
 ケイタはどこか娑婆っ気の抜けない軽薄な返事で。

 流石に軽薄さが鼻についたのか、マッハ大尉はケイタに向かって注意する。

「アサリ准尉!
 返事はもっと力強く且つ歯切れ良くだ!」

「申し訳ありません、大尉殿!」

「うむ」

 如何にも上官と云った具合の鷹揚な返答をするマッハ大尉。
 だが二、三度肯くと、マッハ大尉はケイタに顔を近付け、小声で何かを云った。

「すまんが、このブリーフィングは記録されてクソうるせー副長トコに回るんだ。
 悪いが遊びは無しだ」

「了解です、大尉」

 そして二人は向かい合ったまま、小さく口の端を歪めた。

 その様子は、どう見ても悪代官と悪徳商人の組み合わせにしか見えない。
 少なくとも軍の上官と部下という関係は、絶対に想像出来なかった。

 一番問題を起こしそうな部下にクギを刺して、耳掻きの先程のヤル気が出たらしく、
マッハ大尉は本題に入り始めた。

「さぁて、今日諸君達に集まって貰ったのは任務に対する理解深めて貰い一層の働きを
 期待するからだ。
 まずは准尉達の乗る機体の説明から始める」

 その言葉に合わせるように画面が切り替わり、彼らに与えられた可変モビルスーツ・
【ゼータプラス】が映し出された。

「これが准尉達に与えられたモビルスーツ【ゼータプラス】だ。
 この機体はあの【ゼータガンダム】をベースにアナハイムエレクトロニクスで開発さ
 れた。今更云うまでもないことだが、この機体の特徴はなんと云っても……..」

        :

 一々画面を指し示しながらマッハ大尉は、説明を始めた。
 意外にもマッハ大尉の説明は実に要点を押さえた分かり易い説明だった。

 使用する機体の説明が終わると、今度は任務についての説明を始める。

「それでは、今度は任務内容に付いて説明する。
 自分を含む地球圏軌道艦隊の任務に付いては簡単だ……地球衛星軌道制空権を維持
 する。ただそれだけだ
 だが、それが簡単に遂行できないことは連邦全軍でも数少ない貴重なTMS、それも
 【ゼータ】タイプを配備されている事からも容易に推測して貰えると思う。
 小官は諸君達の努力を期待する。
 以上!」

 その言葉を云うが早いか、マッハ大尉は手元で何か操作したようだ。
 その操作が終わると、とたんにマッハ大尉周辺の空気が弛んだ。

「よーし、副長向けの堅っ苦しいのは終わった!
 お前達も、気楽にして良いぞ。
 聞きたいことがあるんなら、聞いてくれ。
 知らねぇことは云えねぇが、知ってることなら答えてやるぞ」

 その言葉に素早くケイタが反応した。

「大尉殿、質問であります!」

「ようし何だ、アサリ!?」

「我々の敵って、どんな連中なんですか?」

 それを聞いて、マッハ大尉は少しつまらなそうな顔をした。

「何だ……真面目な質問だな。
 俺がお前らの立場だった時は、MPの誤魔化し方や女の抱き方、果ては酒の持ち込み
 方(軍ではかなり重罪です)何かを聞いたもんだが,,,
 まぁ、いいか……
 前は小は個人営業の密輸屋に始まって、大はDC残党だったがな……
 最近の常連は、ポセイダルとか云う連中だ。
 まぁ連中と戦争中だから当然だな。
 性質の悪いことに連中、軌道爆撃艦なんて無粋なモン持ってきて、軌道爆撃掛けよう
 って腹づもりだ。幸いウチの戦隊で討ち漏らした事はないが、第六戦隊のダボが、取
 り逃がして、地上ベースが一つ周辺都市を巻き込んで壊滅してる。
 ……民間人を巻き込みやがって、クソ野郎共が!」

 敵か、味方か。
 誰に怒っているのか判らない大尉へ、マナは勇敢にも呼び掛けた。

「マッハ大尉、大尉!」

 それを聞いてマッハ大尉は我に返り、ちょっとバツが悪そうに苦笑いした。

「あぁ、すまん。
 他に聞きたいことはあるか?」

「はい、はい、はぁいぃ!」

「いつも元気だな、キリシマ准尉」

「はい、大尉!」

 だが、マナの言葉を聞いて、マッハ大尉は余所を向いてしまう。

「……大尉?」

 マナがどうしたのかと、更に呼び掛けるがマッハ大尉は更に首を動かしてわざとらし
くそっぽを向いたままだった。

 その様子を見て、マナはようやく判ったようだ。
 ちょっと困った顔をしつつも、改めてマッハ大尉に呼び掛けた。

「……マッハのおじさま(はぁと)?」

 その呼び掛けを聞いて、マッハ大尉は真摯としか言い様のない口調で反応していた。

「どうした、キリシマ!!
 いやさ、マナ!!
 おはようからお休みまで、この頼りになる歴戦の勇士、【地球軌道の荒鷲】ことマッ
 ハ三世に何でも相談してくれ!
 お前さんなら、恋の悩みからベッドマナーの手ほどきまで何でも面倒見てやってやる!
 遠慮することはないぞ!!」

 マッハ大尉は恥ずかしげも無く一気にまくし立てると、一転して人の悪い笑みを浮か
べて真っ赤になるマナへ押し迫っていた

 すると、側方に苛烈な怒気が発生する。

 マッハ大尉がそちらを向くと怒気の発生源は、予想通り今まで寡黙一辺倒だったムサ
シ・リー・ストラスバーグ准尉だった。
 さながら静かなる激濤とでも云おうか、常人であれば心底寒からしめるであろう、そ
れは実に苛烈なモノだった。となりのケイタはその余波で硬直している。

 だがマッハ大尉はそれに動じた様子もなく、チェシャ猫のような笑いを浮かべて、ム
サシに問う。

「どーした、ストラスバーグ准尉?
 もしかして、羨ましいのか?
 ダメだぞ、お前やアサリの様な野郎の面倒は見てやらん。
 先着一名、美女もしくは美少女限定だからな」

 そう云い、マナにベタベタとするマッハ大尉。
 ムサシの眉が微かに反応した。

 更にマナの肩に手を回そうとして、マッハ大尉はマナに手を抓られていた。
 ムサシの眉が更に反応して、立ち昇る気配も一層迫力を増していた。

 そこへけたたましい警報が鳴り響く。

「大尉、これは第一級……」

 マナがそう言いつつ振り向いた時には、マッハ大尉は通話機へ向かって怒鳴っていた。

 同時にドアを指差し、マナ達へ出動準備するよう無言で指示する。

「マッハだ!
 どうした!?
 ……なにい!?
 DC降下部隊が大気圏降下したぁ!?
 索敵班、何やってたぁ!?
 ダミーを?……そうか判った。
 戦域モニターチャネルナンバーは?
 42番だな?」

 慌ただしく出撃準備に向かうマナ達の後ろ姿を見ながら、そう云って手元のリモコン
を操作してブリーフィングルームメインパネルに情報を映し出した。

 赤い敵マーカを中心にして、味方部隊のマーカー・付近一帯の哨戒網・マナ達の戦隊
を含む出動中部隊の制圧圏等々が幾層にもわたり、グラフィカルに展開された。

 だが、その彩りは肝心の赤いマーカーにかすりすらしていなかった。
 その見事な予想コースは、丹念な情報収集を行い、細心の注意を払って、且つ大胆に
決断、選択せねば出来様も無い。
 マッハ大尉の脳裏に、狡猾なやり方に大戦中にさんざん苦しめられた敵の名が浮かぶ。

「この手際の良さは……シーマ・ガラハウか。
 ……ちぃ、間にあわんな」

 そしてマッハ大尉は一息つき、通話機を取ってマナ達へ機上待機を命令した。


<第六話Bパート・了>



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ver.-1.01 2001/11/25 公開
ver.-1.00 1998+08/11 公開
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<作者の呟き>

作者  「むぅ、いかんな。
     出目が偏る……レイに恨みが在るんか、このラミエル君は……
     ……双子山の仇を、クリミアで取っとるな……
     アスカは暴走してるし……(T^T)」


PS.なおR嬢が足止め喰らっているのは、某S羽氏の所為です
   LMRな人は彼に励ましのメールを送って上げましょう(木亥火暴)
   # 何の?(^^;







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