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その部屋で男は激しく憤っていた。
「何故、私に全てを任さない!
難癖を付けることしか出来ない、何一つ分かろうとしない無能が!
軍にいた……ただそれだけで無為に時を過ごし、星を増やした(階級を上げた)連中
に、この私が従わなければならない!」
男は細身ではあるが鍛え上げられた鋼の肉体に、連邦軍士官服を纏っていた。
その細面の顔には、バランス良く目鼻が配置されている。
意外なのはその瞼にアイシャドウがかかっていたことだが、どうやらこれは天然の様
である。まあそんなことは彼に更なる彩りを加えている、その事実だけで十分赦せるこ
とだろう。
その様な美丈夫と表現するより無い彼が憤っている光景は、ある意味超新星の爆発の
ように美麗で……そして危険だった。
彼の名は、シャピロ・キーツ。
地球連邦軍環太平洋軍管区に所属する中佐だ。
その外見と比較しても全く遜色のない頭脳を持つ彼は、通常の連邦軍序列を嘲笑うか
のような速度で昇進して、今の地位を手に入れた。
だが、その昇進にも一定の限度というモノがある。
当然そこには上官という切っても切れない存在がいた。
並外れた知性の持ち主である彼にとって、能力的に劣っている上官に仕えることなど
屈辱でしかない。
そして、その上官の尻拭いをさせられるとなれば、尚更だ。
彼の有り余る理性をも弾き飛ばさんばかりの激情に、身を委ねてしまいたくなる。
その激流と理性とがせめぎ合った余波が先程の叫びだったのだ。
その時、彼以外にただ一人いた人物が話し掛けた。
それは同じく地球連邦軍環太平洋軍管区所属する結城沙羅少尉だった。
彼女は、シャピロと情を交わす関係にある。
その彼女には彼が憤る気持ちがよく判っているつもりでいた。
無能な指揮官が自分たちを含む数多くの兵を無用な危険に晒し、家族の元に返すべき
兵達を死なせたのだ。
前線に出ている自分たちにとっては、殺しても殺し足りない様な連中である。
実際の所シャピロが憤っていたのは、それだけではないのだが……
「シャピロ……」
「判っている!
だが、今に見ていろ!
必ずやあの無能共を一掃して、俺がトップに立ってやる!
必ずだっ!」
「そうだよ、シャピロ!
アンタなら出来るよ!」
「そうだとも沙羅。
……俺に付いてきてくれるな?」
垣間見えた彼の本音に気付かないまま、彼女はそれに頷いた。
スーパー鉄人大戦F 第六話〔突破:Escape from the crisis〕
Aパート
<ジオフロント・【ネルフ】本部司令官室>
相も変わらずだだっ広いだけの何処か退廃した空気漂う一室。
そこで男達は黙々と作業をこなしていた。
どこか張り詰めた静寂の漂う中、それを感じていないかの様に唐突に……だが、幾
分控えめに声があがった。
丁寧ではあるが果てしなく呑気な口調だ。
「ほぅ……接触に成功したか……」
各種データが添えられているがそれを為し得るまでに発生した犠牲など、彼には只の
数値上モノ以外では無かった。ネルフ関連人員に被害がないことを確認すると幾つかの
項目を流し読みして、そのファイルをあっさりと廃棄した。
そして彼は、彼の属する組織の中で唯一報告の義務を持つ傍らの男に呼び掛けた。
「碇……」
呼び掛けられた男は、いつものように気怠そうにして答えた。
「……なんだ、冬月」
「【ロンド・ベル】が、あの【グラン・ガラン】とか云う城の出来損ないを主軸とする
艦隊との接触に成功した。
【カラバ】も中南米にいた艦隊と渡りをつけたようだ」
「そうか……それならばいい」
ゲンドウは、いつものように不愛想に応じた。
だが、冬月から見るとそうで無かったらしい。
「……ん?
どうした、ご機嫌斜めだな」
「……あぁ、どこでも老人が元気らしい……サイド7が襲撃された」
「サイド7?……ティターンズ本拠地が!?」
「そうだ。
連中ひた隠しにしているらしいが、潜入した身元不明の工作員にMSハンガー1つ吹
き飛ばされて、逃したそうだ」
身内だからと云って、諜報活動の対象から外れるわけではない。
寧ろ身内だからこそ、一層厳しい調査対象になる。
が、堕落し半ばジャミトフの私兵と化したティターンズであるが、彼らもまた軍の精
鋭をかき集めたカウンターテロ組織だ。
当然それなりのカウンターインテリジェンス(対諜報戦能力)を備えているはずだ。
その極秘情報をこうも迅速に手に入れる【ネルフ】とは……
《……流石は特務機関と云うべきだな?》
そのような事を考えつつも冬月は、ゲンドウの話に極穏やかな口調で疑問を投げ掛け
た。
「そうか……だが、ティターンズ本拠地と云うことを除けば別に珍しい事ではあるま
い?
連邦基地がテロに遭うなど、珍しいことではなかろう?」
「まだ続きがある。
その工作員が乗り込んで逃げたらしい正体不明のTMS一機を追い掛けて、ティター
ンズMS一個中隊が返り討ちに遭ったようだ。
全滅したらしい」
「何?……ティターンズのMS部隊がか?
連中、中身はともかく戦闘能力にだけは不足してなかった筈だ。
待ち伏せでも喰らったのか?」
「いいや、そのTMS一機にだ。
撃墜された内の7割以上は、ビームランチャー類の一撃で纏めて墜とされたようだ」
「……まさか……」
「そう、そのまさかだ。
間違いない、D2(ダウンデッド)ドライブ搭載MS……あの五人の老人達だ」
「!!……【ロームフェラー(財団)】のウィズ5か!?」
「あぁ、【OZ】を飛び出した後聞かないと思ったら、こんな事の準備していたらしい。
元気なことだ……」
「そうか……
元気な老人と云えば、ジャミトフの周囲もきな臭いぞ」
「……らしいな」
「あの勿体ぶりがクソ忙しい中、アメリカはボストンの片田舎の警察署に出向いたそう
だ」
「付け加えるなら行方不明だったパイロット候補生が保護された警察署にな……」
「なんだ、知っていたのか」
「あぁ……ついでにその候補生がショウ・ザマのそれと酷似した格好をして昆虫のよ
うなマシンに乗っていた事もな」
「と云うことはティターンズもあの連中の取り込みを始めた……そう云うことだな」
「そうだ……」
「どこも商売繁盛……か、ご苦労なことだ。
だが、足下をすくわれん様に気を付けねばな……あの男を送り込んできたと云うこ
とは内務省も本気になったのだろう」
「内務省などはどうでもいい、気を付けるべきは大蔵省だ。
実際にこの国を動かしているのは彼らだ。
その他のモノは、事実を糊塗するためのダミーに過ぎない」
「そうだな、特査秘蔵のゾンビーユニットに出てこられては少し厄介だからな。
……忙しくなるぞ、碇」
「フッ、当然だ。
我々に安息などあり得ない、来るべき約束の日まではな」
そして、ゲンドウは世の中の全てを嘲笑うかのように、ニヤリと嗤った。
<機動巡航艦【アーガマ】ブリッジ>
「キャプテン、機動兵器の収容を完了いたしました」
艶やかな黒髪を振るわしてファ・ユイリィ曹長は、【ロンド・ベル】司令ブライトへ
出動していたマシンが全て帰還したことを伝えた。
「ご苦労。
では、報告始め!」
長年の習慣からアドミラルシートではなく、キャプテンシートでブライトはブリッジ
要員に報告を要求した。
それに要領よく最初に答えたのは、ミサトに指名された日向二尉だった。
「日向くん」
「敵艦隊、北方に撤退したことは確認されています。
連邦軍が追跡機を出したようですが見失いました。
取り敢えず周囲300km圏内に、居ないことは間違いないようです。
以上」
「青葉くん」
それを受けて青葉二尉が報告する。
「負傷者救助活動は、多少混乱があったようですが付近の連邦軍からも増援が来て現在
のところ順調に進んでいます」
「混乱?
何かあったのか?」
ブライトがよく判らないと言った顔で聞き返す。
青葉は少し言い難そうにして答えた。
「その……バイストンウェルの艦隊の方でも救助活動をしているそうなんですが..
.助かる傷でもトドメをさす、との事です。
それでこちらの救助隊と揉めたらしいです」
「……テクノロジーギャップと言う訳か……他に報告はあるか?」
「いいえ、ありません」
「そうか……次!」
今度はサエグサが報告を始めた。
「【ロンド・ベル】戦闘団の損失は、ショウ・ザマの【ビルバイン】だけです。
パイロットは無事。
あちらの大型戦艦で、話を通してからこちらに戻ってくるそうです。
その他の機体は、全機帰還。
ゲッターが集中的に攻撃を受けたので、少し損傷していますが大したことありません。
他の機体も50時間/人内の整備で再出撃可能です」
「判った……トーレス何かあるか?」
そうすると、トーレスが待ってましたとばかりに報告する。
「【アーガマ】の方ですが、こっちは良くありません。
直接的な損害は軽微ですが、例によって一番反応炉の調子が悪いです。
日本から急行させるのに無理させて、ハイメガ粒子砲撃ちましたから……
二番も怪しくなり始めてます」
元々【アーガマ】はかなり酷使されている艦だ。特に最近はあちらこちらでガタが出
始めてきている。(だからこそ冷遇されている【ロンド・ベル】で未だに使用できてい
るのであるが……)
その調子の悪い艦をして、一刻も早く到着するため反応炉の出力一杯で戦場へ急行し
て、極端にジェネレータへ負担を掛けるハイメガ粒子砲をぶっ放したのだから問題が起
こらない筈はなかった。
「日本まで持ちそうか?」
「無理だと思います。
応急するにしても、設備の整ったドックに入る必要があります」
「そうか……もうアテはつけてあるのだろう?」
ブライトがそういうと、トーレスは少し照れたようにして答えた。
「勿論です。
セバストポリにある第117工廠に話を付けておきました」
「流石だな、トーレス。
報告、他には無いか!?
……そうか、では本艦は第二種警戒態勢に移行する」
ブライトがそう宣言したことでブリッジの中の緊張がようやく弛んだ。
<機動巡航艦【アーガマ】増設ブロック・エヴァ整備収容区画>
初号機を降りたシンジは、弐号機や零号機を方を向いて待っていた。
何故かというと、例によってアスカに自分が出るまで待っておくように云われていた
からだ。
口調は極普通だったが、云うことを聞かなかったらどうなるかは考えるまでも無いだ
ろう。ホンの少し気の進まない返事をしただけで物凄い視線で睨まれたのだ。
シンジは乾き掛けてきたLCLが気持ち悪くて、早くシャワーを浴びたいが、どうし
ようもない。
彼は待つことしか出来なかった。
そうしていると先に収容されていたレイがドリンク片手に近付いてきた。
「やぁ、綾波……」
いつものように少し腰が引け気味のシンジ。
レイを見るとあの格納庫の騒動であったあの感触と視界一杯に広がるレイの顔がちら
つき恥ずかしくなって、どうも上手く対応できなかった。
そんなシンジに、レイは手に持っていたドリンクボトルを差し出した。
「え……くれるの?
僕に?」
リツコ辺りが見ていれば違っていたかも知れないが、レイはいつもの様に無表情で首
を縦に振った。
再び差し出されるボトルを受け取って、シンジは自然に顔を綻ばせつつ笑みを礼を言
う。
「有り難う」
その笑みをみたレイは、少し俯く。
上げかけた視界に、ようやく収容された弐号機エントリープラグから降りてくる人物
を捉えた。
彼女は一言残して立ち去った。
「……先行くから」
シンジは自分が何か悪いことをしたのだろうかと、不安に駆られた。
<機動巡航艦【アーガマ】上層格納庫>
ショウはいつもにも増して、慌ただしく駆け回っている整備員達の誘導に従いながら
【ボテューン】を操縦している。
ただその作業はいつもなら簡単であったろうが、狭っ苦しいオーラバトラーコックピッ
トがいつもより更に窮屈になっていることから、少し困難さを伴っていた。
原因は彼の膝の上にあった。
「ショウ、これが【ろんど・べる】とか言う方々のフネなのか?
やはり我らのフネとはだいぶ違うな」
ショウが操縦に困難を感じている原因、シーラ・ラパーナがショウの膝上で興味深そ
うに辺りを見回していた。
「そうだよ、これが【ロンド・ベル】さん達のフネなんだから!
凄いでしょう!?」
チャムはいつも通り五月蠅い。
自分のモノのように自慢する。
当初、ショウだけで【アーガマ】へ行くつもりであったがシーラの『信義を示さねば
ならない。その為にはこちらから出向くのが筋であろう?』と言う強硬な意見に従って
この様な事になった。
それならば他の戦闘艦を使用してはと云う意見もあったが、救助活動を優先させたシ
ーラの決定によって、結局ショウの機体に同乗して【アーガマ】へ行くことになったの
だ。
そのシーラが、不意にショウへ語りかけた。
「2度目であったな……」
「2度目?
何が……でしょうか?」
怪訝な顔をして尋ね返すショウ。
その彼にシーラは、ショウを見据えてにこやかに答えた。
「我を助けてくれたことも……この様にそなたの膝の上に乗るのも……」
「女王……」
「シーラでよい。
これからも……期待しています」
そうこうしていると駐機位置まで来たようだ。
整備員が合図してきた。
「シーラさま、着いたようです。
降ります」
「頼みます」
ショウは【ボテューン】に降機姿勢をとらせた。
:
ショウが【ボテューン】を降りて、振り返るとそれを待っていたかのようにシーラが
微笑みながらあの日のようにショウに頼んだ。
「手を……貸していただけますか?」
ショウは苦笑しながら、コックピットにいるシーラへ手を差し出した。
シーラはショウの手を取って、ショウの胸に飛び込むようにして【ボテューン】を降
りた。
その様子はどこか童話めいた儚い美しさがあり、その様子を見ていたモノを一瞬憧憬
を与えた。
ショウ達が機体を離れようと辺りを見回すと、ブライトがショウ達に近付いてきてい
た。客人達を出迎えるために出張ってきたらしい。
ブライは敬礼して、彼女達を歓迎する。
「【アーガマ】へようこそ!
私が【ロンド・ベル】司令のブライト・ノアです」
シーラはそれに応じて、一礼して挨拶を返した。
「私はシーラ・ラパーナと申します。
この度のご助力、我ら一同を代表して感謝します」
「とんでもありません。
ショウ君の話を聞いて、助けるべきを助けただけです。
シーラさん」
そうして、ブライトは手を差し出した。
シーラは当初、よく判っていなかったようだがショウの耳打ちでようやくわかったの
か、ブライトと握手を交わす。
《気持ちのいい手だな……》
そうするブライトに、傍らに居たジュドーが少し得意げな様子で注意した。
「ダメだよ、ブライトさん。
そんな失礼な呼び方しちゃあ。
その人、女王様だぜ」
「何?
本当か?」
思わず呻いてから、傍らのアムロに尋ねるブライト。
「あぁ、本当だ」
アムロは静かに答えた。
それを見て、シーラは微笑みながら語りかける。
「どうぞお気遣い無く。
ここでは私は只の異邦人なのですから」
「そ……そうですか。
では、こちらへ」
ブライトはややギクシャクしながら、シーラを案内していた。
:
その時三人は少し離れた場所でシーラ達の一部始終を見ていた。
収容された後、シャワーを浴びたシンジ達三人はミサトに連れられ格納庫へ来ていた
のだ。
「ふーん、正真正銘の女王様……ってわけね」
ブライト達の様子を見ながら、ややウットリした表情でアスカは呟く。
「ボク始めてみたよ、女王様なんて」
シンジも同様にして感動している。
「…………」
……レイはいつも通りだった。
その様なレイは無視して、いつもの様にと云えばいつもの様に唐突にアスカは宣言した。
「じゃあ、行くわよ」
「えっ、何処へ?」
「そんなの決まっているでしょう!
戦闘であれだけ世話になって苦労を掛けといて、それに報いようとか云う気は無いの!?
チョットはモノを考えなさい!
そんなんだからアンタは……」
話がややこしい方向に行きそうだったので、シンジにしては珍しく機転を利かせるそ
の言葉を遮った。
「ゴメン!
そうだね、みんな疲れているだろうからドリンクコーナーで休憩しようか」
「あらそう。
女の子誘ったんだから、当然アンタの奢りよね」
それを聞いて、シンジは情けない顔をする。
「何よ!
何か文句ある!?」
「なっ、無いよ!
そうだ……綾波も来るだろう?」
シンジは黙っていればいいのに最後に余計な一言を付け加える。
綾波に向いているシンジの後ろでは、アスカが盛大に膨れていた。
アスカの怒気に反応したのか、シンジが振り返るがその時にはどうにかアスカは平静
な表情(アスカの主観による)を作ることに成功していた。
そして、シンジを見据えて思いっきり目で訴えかけた。
シンジには、どう見ても思いっきり睨み付けられているようにしか見えていなかった
が。彼には、アスカの異様な迫力に惑わされて彼女の求めていることが何なのかよく判
らなかったのだ。
暫く端から見ると珍妙な、だが本人達にとっては真剣極まりない時が流れた。
痺れを切らせたのか、アスカは小さく呟く。
「……手……」
だが、アスカの何処か素直でない彼女にしては、賞賛すべき -いや、絶賛しても物足
りない- 素直な一言は、シンジに届いていなかった。
「えっ、何?」
シンジのその一言で、アスカは再沸騰した。
:
「もういいわよ、バカ!」
アスカに強烈なビンタを喰らって張り飛ばされるシンジ。
お冠のアスカが一人でどこかへ立ち去ろうとする。
それを追いかけるシンジ。
おなじみの光景が、そこでは繰り広げられていた。
「アスカも苦労するわね〜」
物陰からそれを見ていたミサトは言わずもがなのことを敢えて呟いていた。
《と、云うことは……まだまだ、これを肴に楽しめるってもんよねん♪》
ニヤけるミサトへ声を掛ける人物があった。
サイド1ジャンク屋店員で地球圏有数のエースパイロット、ジュドー・アーシタだっ
た。
「葛城少佐?
何やってんですか?」
「えっ、あらやだ!
ジュドー君見てたの?」
ミサトはバツの悪さから、ジュドーの方に向き直ってチョットしなを作りつつ心持ち
自慢の胸を強調して聞いた。
「……?
よく分かんないけど、見てないよ」
何故か冷や汗を掻きつつ、ジュドーはそれに応える。
彼は過去のいきさつから、胸の大きな女性がかなり苦手だった。
「やーねぇ、そんな堅っ苦しい呼び方は無し。
ミサトで良いわよ。
そうだ、丁度いいわ。
エース同士よく判っているだろうから……
一つ教えて欲しい事があるのよねん」
「……?
ミサトさん、俺に何聞きたいてんだい?」
「あのさ〜、アムロ少佐って決まった人居るの?」
ジュドーは彼の予想したそれとは、百万光年懸け離れたミサトの質問に思わず怪訝な
顔と反応をしてしまう。
余りに力の抜けてしまうその質問に、ネコ被っていた話し方が普段のソレになってし
まっていた。
「はぁ!?」
「だからぁ、恋人が居るのかどうか知りたいのよ」
「そんなこと聞いてどうするんだよ?」
「アムロ少佐ってさぁ〜、良い声してるじゃない。
何かこう、ピンチになったら颯爽と現れて助けてくれたり、車に乗っけたら痺れるよ
うな冷静さで車の特徴とか教えてくれたりしてくれそうでさぁ
あんな人が恋人だったらいいな〜、なんて思ったりするのよ」
「何云ってんだっか……」
もはやジュドーは、ミサトをキリリとした特務組織女性士官としては見ていなかった。
反応の鈍いジュドーに痺れを切らせたのか、ミサトは心持ち力のこもった視線を加え
て再度答えを求める。
「で、どうなの!
そこんとこ」
ニュータイプであるジュドーは思いっきり真剣なミサトの目を見て、いい加減なこと
を云っても解放してくれそうにないことを直感で理解して、溜息混じりに答えた。
この際、ニュータイプで無くともそれぐらい判るだろうと云う突っ込みは無しだ。
「……いるよ。婚約者が」
「えっ、嘘!
誰なのそれって、もしかしてこのフネに乗ってる!?」
「乗ってないよ。
戦争が始まっただろう?
【カラバ】に連絡付けるためにアメリカへ行ってるよ」
「ふ〜ん、そうなんだ……
じゃあ、その間にアタックしちゃおうかしらん……」
「おおっと、止めといた方がいいと思うぜ。
アムロさんって、そういうの好きじゃないんだ。
それにそういうのは、アナハイムのシステムエンジニア一人で手一杯だろうしね」
「やだ、他にも居るの?」
「当然だろ、知る人ぞ知る地球圏の英雄だぜ。
言い寄る人間なんて男女関係無しに山ほどいるよ。
でも、いいのかいミサトさん?」
「何がぁ?」
「あの加持って人、恋人なんだろう?
恋人ほっといて、浮気なんて止めた方が良いと思うけどな」
その発言を聞いて、ミサトは先程のアスカもかくやといった具合に沸騰した。
ジュドーの胸倉を掴んで締め上げ、思いっきり振り回した。
「なによそれ、何でアタシがあんなぶわぁかと恋人になんなきゃいけないのよ!!
いい加減なこと云ってんじゃないわよ!!!」
ジュドーは薄れゆく意識の中で巨乳女性にたいするトラウマを深めていた。
<機動巡航艦【アーガマ】ミーティングルーム>
「どうぞ」
ファは目の前の不思議な雰囲気を漂わす自分と同世代の女性に圧倒されつつ、オレン
ジジュースを彼女の前に置いた。
シーラは軽く微笑みながら、ファに礼を言った。
「お心遣い感謝します」
同性の自分から見ても、十分過ぎるほど魅力的な笑みに少し頬を赤らめながらファは
下がった。
そうするとシーラは向かい正面に座っているブライトを見据えて、話を切り出した。
「まずは、改めて礼を述べさせていただきます。
皆様方のお陰で助かりました、感謝いたします」
育ちがよいとか云うレベルを遙かに越えた丁寧な物腰に、どうにもいつもの調子が取
り戻せないブライトは、いつもの彼以上に紋切り調でそれに応じた。
「恐縮です。
しかし、その……ビショットとか云う人物は見境無いようですね。
訳も分からない土地で戦いを始めるとは」
「彼らも話でしか聞いたことのない地上界へ突如投げ出されたのです。
ビショットの器量では、混乱を押さえられなかったのでしょう。
ところでラウの国の者やドレイクはどうしているか判りますか?」
「ラウの国の戦艦……【ゴラオン】とか云いましたか?
こちらの方にも、仲間が向かいました。
話は付いたようです。
そのドレイクですか……彼の【ウィル・ウィプス】は現在の所動いていません。
配下の軍勢も秩序を保っています」
「では、こちらの情勢を教えていただけますか?」
シーラの質問にブライトは予め用意していた資料を提示しつつ現在の状況を説明した。
一通り聞き終わるとシーラは嘆息して独白した。
「やはり、地上にも戦いが広がっているのですね……」
その独白を聞き逃さなかったブライトは、彼の本題を切り出していた。
「そこでお願いがあります。
シーラ殿、我々に貴方達のお力を貸していただきたい」
「えぇ」
シーラはその申し出に毛ほどの躊躇いもなく答えた。
その歯切れの良さは、流石はバイストンウェルで有数の大国の女王であると言うこと
を改めて証明していた。
「バイストンウェルの争いを地上にまで持ち込んでしまいました。
この戦いを終わらせることは私たちの義務と考えます」
「では?」
「私どもで良ければ是非」
「感謝します。
では、本艦は修理を行うため工廠へ向かいますので、随行願います」
「承知いたしました。
では、私は一旦【グラン・ガラン】へ戻ります。
宜しいですね?」
シーラは、ブライトを試すようにして自らの行動を予告した。
ブライトは傍らのアムロと目配せしてそれに答える。
「構いません。
何か御入り用でしたら、言って下さい。
出来る限りします」
ブライトのその答えにシーラは大いに満足した。
誰が見てもハッとするほど鮮やかな笑みを浮かべて席を立ち、去り際に述べた。
「では、お言葉に甘えてショウを使わせていただきます。
後ほど皆様を【グラン・ガラン】で招待いたしたいのですが、受けて戴けますか?」
無論ブライトがソレを断る理由はどこにも無かった。
<クリミア半島・シンフェロポリ繁華街>
「やめて、止めて下さい!」
それは若い女性が街のチンピラに絡まれている所だった。
その後ろでは仲間らしい連中がニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべている。
男達は、どう見ても何処の町にでもいるチンピラだった。
鍛えているのか、一様に大きな身体は筋肉隆々と云う言葉の見本のようだった。
連れ合いらしい男は、既にボロボロになって後ろの方で転がっている。
このままでは女性は、強引に連れ去られ、或いはこの場で男達の慰みものになるのは
明白であった。
「そこまでだ」
その声を聞いて、そのチンピラは振り返るが早いか、くぐもった声を声を上げて崩れ
落ちた。
「ぐふぅ……」
チンピラとは云え、その屈強な男を一撃の下に平伏させたのは、東洋人系中肉中背の
若い男だった。
ただ、三白眼とその頬に十文字の傷跡が男の生き様を雄弁に物語っていた。
自分に自信があるのだろう。乱闘を始めようというのに男はベージュ色のジャケット
の上にトラベラーズマントを羽織ったままであった。
倒された男の仲間らしい先程まで威勢の良かった連中は、若い男の得体の知れない迫
力を感じて皆動きを止めている。
すると若い男は、懐に手を入れておもむろに切り出した。
「お前達に聞きたいことがある。
この男に見覚えはないか!?」
そういって懐から、一枚の写真を取り出した。
そこには、何処か若い男によく似た印象を持つやや目つきの悪い青年が移っていた。
銃でも取り出すのかと思ったら、只の写真を取り出したことにチンピラ達は一瞬呆気
にとられ、そして憤慨した。
「知るか、そんな野郎」
「おちょっくてんのか、この野郎!」
「知ってても教えるわきゃねぇだろ!」
「なめてんじゃねぇ!」
「やっちまえ!!」
口々に好き勝手な事をいいつつ、チンピラ達は若い男へ一声に襲い掛かった。
だが、若い男は出し抜けにマントを翻したかと思うと、ソレはまるで生き物のように
先頭切って飛び込んできた2m近くはあろうかと云うチンピラを覆った。
マントを被ったチンピラは蹈鞴を踏みつつ、若い男の居た場所を通り過ぎて行った。
男は既にその場所から動いて、次の瞬間にはその右後ろにいた怪鳥のような声をあげ
て突っ込んできていたチンピラの前に現れ、顔に一発叩き込んで黙らせた。
チンピラ達の足が止まる。
その隙を逃さず、男は残りのチンピラを叩き伏せる。
残るは、マントを被ったチンピラだけになった。
ようやくマントを取り去ったチンピラが見たものは、極自然体で立つ男と軒並み地面
に這い蹲っている仲間だった。
「もう一度聞く!
この男に見覚えはないか!」
男のそのふざけた問いにチンピラは一声あげて、応じた。
「知るか!
俺を倒してから聞きな!」
タックルでもしようと云うのか、その勢いのまま一直線に突っ込んでくるチンピラを
面白くも無さそうに見て男は呟いた。
「……そうすることにしよう」
チンピラが男を弾き飛ばすことを確信した。
だが、どう見てもその突進を止めることなど出来そうもない男は、片手一本でチンピ
ラの突進を止めてみせた。
チンピラが驚愕する間も与えず、男は素早くチンピラの懐に入りその胸元を掴んで締
め上げ、拳での連打をまんべんなく浴びせた後、胸倉を掴んだ手をそのまま振り上げチ
ンピラを地面へ叩き付ける。
男は、呻いているチンピラの様子が目に入らないかの様に三度尋ねた。
「では、答えて貰うぞ。
この男に見覚えはないか!?
よく見ろ!!」
最早抵抗する気力など、小指の先程も残っていないチンピラは弱々しく答えた。
「し……知らねぇ……本当だ!
嘘じゃねぇ……」
それを聞いて、男はチンピラを解放した。
チンピラは仲間達と一緒に逃げるようにして、そこを立ち去った。
男が静かに佇み、助けられた女性がどうすべきかを迷っていたとき、不意に辺りが明るくなった。
それは空からの明かりだった。
「……【アーガマ】……?
この方向だと、セバストポリ軍工廠か……何か判るかも知れんな……」
そう呟いて、男はボロボロになった女性の連れ合いを診るべく、歩を進めた。
<第六話Aパート・了>
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ver.-1.02 2001/11/25 公開
ver.-1.01 1998+12/25 公開
ver.-1.00 1998+07/31 公開
感想・質問・誤字情報などは
こちら まで!
<作者の言い訳>
今年の夏風邪は性質悪かったです。
未だに頭が回りません (**)
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