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 ここは、再び【サイド7】空域。
 その空域にコロニーの残骸らしきスペースデブリ(宇宙塵)が流れてきた。

 それを見つける【グリーンノア2】監視員。

「おい、前方2時方向天頂側!
 でっかいお客さんのお参りだぜ!」

 それを聞いて、相棒らしき別の監視員もそちらへ向く。

「久々の大物だな。
 どうする?」

「そうだな、丁重にお帰り願うか。
 三番ランチャー発射用意!」

 監視員は、障害物排除用ミサイルランチャーへ、発射指示を出す。

 そうするとコロニー沿いの壁面に備えられた八連装ランチャー・ターレットが旋回し、
白煙を吐いてミサイルを発射した。

 発射されたのは単なる障害物排除用で弾頭のトリモチで目標に張り付き、目標のベク
トルを変えるだけのミサイルだ。

 目標に張り付いた後は、いつも通りベクトルを変更させよう。
 そう、監視員が思ったその時だった。

 障害物排除ミサイルが目標に接触したとたん、残骸は爆炎と閃光を伴って爆発した。

「なんだ!?
 いったいどうした!?」

「お前っ!
 一体、何撃ったんだ!?」

「し、知らんっ!
 いつも通り、軌道修正弾撃っただけだ!」

「じゃあ、あれはなんだっ!」

「だから、知らんと云っているだろう!」

 互いに言い争う監視員達。

 だが、彼らは大事なことに気が付いていなかった。
 デブリが爆発する際の閃光に紛れて、一機の機動兵器が飛び出したことを。

 それは、瞬く間にコロニーのメンテナンスハッチへ取り付き、コロニー内へと侵入し
た。

 そのパイロットが淡々と呟く。

「目標空域への潜入成功。
 任務続行」






スーパー鉄人大戦F    第伍話〔救出:A hero's duty〕
Cパート


<第三新東京市郊外・コンフォート17>      


 今日も良い一日になりそうだ。

 戦争をやっているのでなければ、誰しもがそう思う朝だった。
 その中を歩き抜け、コンフォート17へたどり着く少女が居た。

 綾波レイだった。

 彼女はコンフォート17の正面玄関を抜け、803号室前まで来た。

 そして、その白磁器を思わすたおやかな指を伸ばして、呼び出しフォンを鳴らす。

 が、一向に出てくる様子が無い。

 そうすると彼女は、自分の携帯通話機を取り出しある番号を呼び出した。

 数回の呼び出し音の後、相手がでる。

「こんな朝早くに何の用、レイ?」

 相手は呼び出したのが誰か判っていたようだ。
 その相手の問いに答えるレイ。

「……おはようございます、赤木博士」

「……おはよう。
 で、何の用なの?」

 電話の向こう側の声は多少いらだちの色が滲んできている。
 だが、レイの口調に変化はない。

「……指示通り、初号機パイロット・弐号機パイロットへの合流を図りましたが失敗し
 ました。
 彼らの住居前で再三の呼び出しを実施。
 実施前後の沈黙を確認。
 以後の指示をお願いいたします」

「……レイ、あのねぇ……
 まぁいいわ。
 PDAとマルチカードは持っているわね」

「……はい」

「では、カードにインターフェースケーブルを使ってPDAと繋いで頂戴。
 そして、カードをドアロック・カードリーダーへ」

「……終わりました」

「じゃあ、今ドア開けるから……開いたわ。
 それじゃ、二人を【ネルフ】本部まで連れてきて頂戴」

「……了解しました」

 そう言って、レイは携帯通話機を仕舞い803号室ドアを開けた。

        :

 レイがまず行こうとしたのは、最も入り口から近いミサトの部屋だ。
 そこに人の気配は無かった。

 しょうがないので次へ移ることにする。
 そこはアスカの部屋だった。

 だが、その襖には【無断入室を禁じる】との張り紙がある。
 レイはその部屋への侵入をあっさり諦めた。

 最後についたのが、シンジに割り当てられた部屋だった。
 ここへ入るのは、問題ないようだ。
 入室に関しての条件や禁止事項は、特に見当たらない。

 レイは引き戸を開き、部屋へと入った。

 そして、部屋におかれたベッドで寝ている人物を確認する。
 碇シンジだった。
 だが、熟睡しており目を覚ます様子はない。

 レイは体を揺すって、シンジを起こし始めた。

「……碇君、起きて」

 だが、一向に起きる様子はない。
 レイはどうやって起こそうかと、ベッド脇に膝を立てて座り込み考えあぐねる。

 手持ちぶさたにしていた手が、そのうち何かの拍子でシンジの頬がレイの手に当たっ
た。
 レイはその感触に何か感じるものがあったようだ。

 何処か柔らかい雰囲気を漂わせて、レイはシンジのほっぺたを突っつき始めた。
 その行動は次第にエスカレートし、最後には2本の指でシンジの頬を摘み捻りあげる
ようになっていた。

 そこまでレイに弄ばれて、その頬の所有者はようやく所有権を主張する気になったよ
うだ。
 うっすらと目を開けた。

 そして目に飛び込んだ光景に一瞬の戸惑った後、素っ頓狂な声を上げて跳ね起きた。

「あっ、綾波!?
 どうして、ここに!?
 ミサトさんは!?」

 その問いにレイは彼女にしては些か慌てた様子で答えた。

「……迎えにきたの。
 葛城三佐は居なかったわ」

 よく見ると頬がうっすらと紅潮していることがわかったであろう。
 しかし、レイの異変も今起きたばかりのシンジが気付くはずもなかった。

「えっ?
 出かけた!?
 もう、そんな時間なの!
 ……わぁっ、もうこんな時間だぁ!!」

 シンジがそう騒いだ時だった。
 襖の開く音が聞こえて、部屋の入り口から少女のぼやく声が聞こえてきた。

「もう〜〜〜〜〜、なに騒いでいるのよ。
 昨日遅くって眠いってのに、五月蠅いじゃない……って、何であんたがいるのよ!?
 ファースト!!」

 起き抜けでもテンションの高いアスカを前にして、レイも普段の調子を取り戻したよ
うだ。
 いつもの無表情を取り戻していた。

「……アナタも昨日聞いていたはずよ。
 出迎えよ。あなた達の」

 それを聞いたアスカはようやく納得したようだ。

「……そう言えば、そんなこと言っていたわね。
 だ、そうよシンジ!
 さっさと起きなさい!!」

 納得したアスカは、自分の方が目が覚めるのが遅かったことも忘れて、ベッドに近付
きシンジのタオルケットを剥ぎ取って命令した。
 だが、その行動は二者二様の反応を引き起こした。

「えっ!?」
「……」

 シンジがその自分の下腹部へ集中する視線に気づくと、慌ててアスカの手からタオル
ケットを奪還した。

 だが、その行動は少し遅かったようだ。

 例によって抜く手も見せずアスカの平手打ちが炸裂した。
 擬音が部屋の一室で跳ね回って、シンジは朝も早くから轟沈する。

 そのシンジへ、首から上を真っ赤に染め上げてアスカは怒鳴った。

「エッチ!チカン!ヘンタイ!
 レディに何てモノ見せるのよ、この……バカシンジ!!」

「……男性の朝の生理現象……」

「そ……そんなこと言われなくても判ってるわよっ!
 もうっ、変なモン見せてないでさっさと着替えなさい、バカシンジ!!
 ワタシより遅かったら承知しないからねっ!!」

 そういってアスカは自分の部屋に戻っていった。

 後には無様に撃沈されているシンジといつもの無表情を崩さないレイが残された。
 無様な格好のままでシンジの呟きが漂う。

「……しょうが無いじゃないか、朝なんだから……」

 それに答えるレイの呟きもどこか間抜けだった。

「……そうね」



<ジオフロント外殻地下ドック・機動巡航艦【アーガマ】>      


 さて、時間は進んでここは【アーガマ】ランディングデッキ。
 そこでミサトを先頭にして【ネルフ】出向人員が勢揃いして、統率のとれた隊列を組
んでいた。

 その前方にはブライトを筆頭にして【ロンド・ベル】人員が勢揃いしていた。
 こちらはブライトとアムロ、そして後ろに控える幾人かの隊員は隊列を組んでいたが
、その後ろはてんでバラバラで好き勝手に集まっている。

 ミサトが敬礼しつつ、ブライトへ鋭い声で申請する。

「葛城ミサト三佐以下、パイロット3名、作戦部19名、技術部83名、保安部9名。
 以上の人員の参加及び乗船許可願います!」

 流石は一組織の幹部だというべき態度である。
 その申請に同様にして司令官らしい態度でブライトが重々しく返答した。

「許可する。
 ようこそ、【ロンド・ベル】へ!!」

 そうして、ミサトはブライトへ近づき書類の挟まったバインダーを手渡した。
 同時に緊張を解く一同。
 【ロンド・ベル】の一部のノリのいい連中からは、歓声や口笛なども聞こえてきた。

 そして、予めブライトに指定されていた【ロンド・ベル】各員が【ネルフ】一同を艦
内へ案内する。
 
 この光景を横目で眺めつつブライトはバインダーに目を通して、ミサトに話を切り出
す。

「取り敢えず三佐には、ワタシの元で戦術指揮を執って貰うことになる。
 で、パイロットは……やはりあの子供たちか……」

 ブライトのその発言に顔を曇らせるミサト。

「……えぇ。
 我々大人では、EVAを動かすことが出来ないですから」

「そうなのか……?
 ……イヤな時代だな……」

「……」

 ミサトは、ブライトのその言葉に含まれたモノの重みに思わず何を言って良いのか判
らず、押し黙ってしまった。

 だが、そこは腐ってもミサトだ。
 即座に回復し、陽気にブライトへ再び話を切り出した。

「そう言えば、まだちゃんと紹介していませんでしたね。
 リツコー、シンジくーん、アスカ、レイ!
 こっち来てー!」

 ミサトに呼ばれて、こちらへ駆け寄ってくる4人。
 その後ろへ着いてくる人影が見えたがソレについては、敢えてその映像を無視した。

「ミサト、用なら手短にして。
 忙しいの」
「何ですミサトさん」
「ミサト、何の用!?」
「……お呼びでしょうか、葛城三佐」

 4人が自分の側まで来て、口々に好き勝手な事言うのを無視して、ブライトと隣のア
ムロへ紹介するミサト。

「こちらが右から、EVA初号機パイロット、碇シンジ君。
 同弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレー。
 同零号機パイロット、綾波レイ。
 そして、一番端が【ネルフ】技術部々長でもあるEVA主任技師の赤木リツコです」

 ミサトの紹介を受け、ブライト達に挨拶する4人。
 しかし、その後ろにいた人影が不満の声を漏らした。

「おいおい、俺の紹介は無しか?」

 だが、その声をミサトは何事もなかったかの様に無視する。

「私共々、よろしくお願いいたします」

 なおもしつこくアピールを繰り返す人影。

「おーい、俺の……」

 そこまで、言ったところでついに切れるミサト。

「うるさいわね!
 そんなに紹介して欲しいんだったら、自分ですれば!?」

「そんな、つれないな葛城……
 まぁいいかぁ……
 初めましてブライト司令。
 【ネルフ】保安部第四課主任の加持リョウジ一尉です。
 こんど【ロンド・ベル】へ配属された保安部員の元締めやってますんで、よろしく〜」

 加持のそのお気楽な自己紹介と膨れるミサト。
 ブライトとアムロは何処か子供っぽい【ネルフ】幹部二人の様子に苦笑をしながら、
 新しい仲間を歓迎した。



<ジオフロント外殻地下ドック・機動巡航艦【アーガマ】>      


 シンジは、ミサトにブライトへの紹介を受けた後、一通り艦内の案内を受け、割り当
てられた部屋へ荷物を放り込んだ。
 そして、シンジは真っ直ぐある部屋を目指した。

 そのシンジが目指したのは、医務室であった。

 まず、部屋のドアをノックする。

 そうすると渋みの入った男の声が応えた。

「どうぞ、開いてるよ」

 その返事を聞いて、シンジは部屋の開放パネルを触る。
 ドアが音も無く滑らかに開いた。

「なんだ、君か……」

 そう言って、ハサン医師はシンジを出迎えた。

「どうしたのかな?」

「あの……その……いぇ、そこまで来た……んで……」

 ハサンの問いに恥ずかしげにして、なかなか本題を言わないシンジ。
 少年のその様子で訪問の真意を察するハサン。

「なんだぁ、もしかしてあの綺麗な人が心配になって来たのか?
 君も隅におけんなっ、このっ!
 ……まだ、眠っているよ。
 見て行くかい?」

 ハサンの竹を割ったような決めつけに多少抵抗を覚えるシンジ。

「そうじゃ、無くって……」

 シンジのその様子に、意地の悪い笑みを浮かべてハサンが言う。

「じゃあ、何か?
 もしかして、俺に愛の告白でもしようってのか?
 すまんな、俺はノーマルなんだ。
 君の愛には、応えられないな」

「じゃなくってぇ!」

「じゃあなんなんだ。
 やっぱり、見舞いに来たんだろう?」

 シンジは一連のやり取りで疲れたのか、元気なくそれを認めた。

「……はい……」

 それを聞いて、シンジの肩を叩いて話し掛けるハサン。

「そうだろう、そうだろう。
 そら、そこのベッドで寝ているよ」

 そう言ってカーテンで仕切られた一角を差すハサン。

 シンジはその一角へ近付く。

 シンジの後ろへ着いて歩くハサンは、一角の前まで来たときカーテンを開いた。

 そこには赤毛の美女が規則正しい呼吸音を立てて、横たわっていた。
 シンジはその顔を眺めつつ、傍らのハサンへ尋ねる。

「この人、誰か判ったんですか?」

「いいや、まだだ。
 調べようにも身元を確認できるようなモノ、何も持っていなかったからな。
 ……どうした、気になるのか?」

「……はい。
 もう少し僕がちゃんと戦っていたら、この人も傷つかなくて済んだのにって……」

 シンジのその言葉に眉をひそめるハサン。

「……傲慢だな、君は……」

 その言葉に驚くシンジ。

「傲慢……ですか、僕は」

「あぁ、傲慢だ。
 戦場で一人のパイロットが出来ることなど知れている」

「でも、僕が戦わなかったから、この人が傷ついて……」

「だから、傲慢だと言っている。
 この人が傷ついて、君が近くにいた。
 それだけだろう!
 ……何も君をせめているわけじゃない。
 君はこの人を救ったじゃないか。
 ホントに人間一人が出来る事なんて知れているんだ。
 だから、皆力を合わせて頑張っているんだ。
 何でも一人で背負い込むんじゃない。
 君にも居るんだろう?
 仲間が。
 なら君は君の出来ることをやって、生き延びるんだ。
 こんな戦争早く終わらせるようにな」

 シンジはハサンのその言葉に幾分かの違和感を覚えつつも、何処かでその話しに納得
していた。

 シンジは、ハサンに別れの挨拶をする。

「そうですね。
 じゃあ、僕は僕の出来る事を探しに戻ります」

「おうっ、頑張れよ!
 心配するな、この人は俺が責任もって看ててやる!」

 シンジはそのハサンの励ましに笑顔で応えた。

 そして、医務室をでた。

        :

 シンジが考え事をしながら歩いていると、誰かにぶつかる。
 謝ろうと顔を上げるとソレはアスカだった。
 その後ろには、レイもいる。

「何処見て歩いてんのよっ!
 ぶつかったのが私だったから良いようなもんでしょうけど、他の人だったらどうする
 のよ!」

「ご、ごめん!」

 いつものように謝るシンジをみて、アスカは口の端を歪めた。

「まぁいいわ。
 じゃあ、ワタシに付き合いなさい」

「……何処行くの?」

「付いてくれば判るわ」

 そう言って、アスカは先に進む。

 シンジは《どういうつもりなんだろう》と、レイに視線で尋ねながらアスカの後を付
いていった。

 無論、レイは何も答えてくれなかった事はここに記しておく。

        :

 だが、シンジの出た後誰にも気付かせずに、赤毛の美女はうっすらと目を開けた。
 そして、辺りの様子を探る。

《まだ、人の気配がある……か》

 彼女は焦らず、気配が消えるのを待った。



<サイド7第2バンチ【グリーンノア2】>      


 コロニーへの回線へ端末を繋いで、機械的に作業を行う人影がある。
 その人影は長めの前髪も目を引くが、それよりも印象的なのはまだ少年と言ってい
い面立ちの顔に世の中の全てを見過ぎて感情が摩滅したとしか思えない冷徹な瞳だった。

 暫し端末を操作していたその少年はようやく目的のモノを見つけた様だ。

 機械のように抑揚のない口調で自分に言い聞かせるように呟く。

「目標の所在判明。
 これより任務A−1号を開始する」



<ジオフロント外殻地下ドック・機動巡航艦【アーガマ】トレーニングルーム>      


 此処は機動巡洋艦【アーガマ】居住ブロック内のトレーニングルーム。

 元々宇宙巡航艦である【アーガマ】には、人間のための装備が充実している。
 これは過酷な宇宙活動で溜まるストレスを和らげる目的と無重力活動で衰える身体能
力を維持する目的のためである。

 その中でも此処トレーニングルームは後者の最たる物だろう。

 無運動で無重力に慣れ過ぎると、人間は重力下での活動(特に戦闘はあらゆる方向か
らのGに晒される)に大きな支障を来す。
 無重力下では、1Gという重力の枷を無くした筋組織が不要な力の保持を放棄してし
まう事と骨格内に蓄えられているカルシウムが流出するという事が主たる原因だ。

 これは不要なモノを、切り捨てられるだけ切り捨てている軍艦では、切実な問題だ。
 最も重要且つお荷物でもある乗員が役立たずになるなど、何としても防がなければい
けない。

 カルシウム流出についてはは食料や飲料に混入されている定着剤である程度軽減され
ているが、運動することで一層効果を発揮する。
 また運動をより適切に行うことで、もう一つの問題もあっさり解決する。

 そうこうした訳でトレーニング施設が充実するわけであるが、そんなことはシンジに
とってはどうでも良いことに違いない。

 何せ、同世代でも飛びっ切りの美少女が放つ、(シンジにとっては)必殺の一撃を避
けることの方が重要だったからだ。
 シンジの目の前で、14才とは思えないメリハリの利いた身体が滑らかに動き、揺れ
ていようが、気にする余裕など一切無かった。

「チョット!
 避けてばかりいないで、ヤリ返してきなさいよ!」

 そう言いつつも攻め手は緩めない。
 無論、必要最小限の手加減はしている。
 だが、手を抜いているわけではない。
 それをシンジはどうにかこうにかといった様子で、逃げ防いでいた。

「わぁ……どっ……ひゃぁ!
 そん……な……こと……いっ……たって……」

 シンジは切れ切れではあるが、ある意味器用な返答の仕方をしている。

 アスカは必殺の踵落としが不発に終わったところで、動きを止めた。
 一息、息を抜くとシンジに詰め寄った。

「……(ハァ)……コラッ、バカシンジ!
 逃げてばっかりじゃ、訓練にならないじゃない!!」

 自分の目前で秀麗な顔のドアップを披露する少女を見つめながら、シンジは思ってい
た。

《だから、何で僕がアスカにしごかれなきゃいけないの?》

        :

 医務室を出たあの後シンジは食堂で軽食を摂って、アスカに有無をいう間も与えられ
ず、此処へ連れてこられた。

 限られた艦内容量を、設計者が断腸の思いでギリギリまで譲歩し大きく取られたその
一室には、ゲッターチームの神隼人と車弁慶が柔道着姿で組み合っていた。他にもダバ
が上半身裸で腕立て伏せらしきことをしているのが見える。

 アスカは、後ろ手にしていた真新しいトレーニングウェアを手に、こうのたまわれた。

「シンジ、訓練始めるわよ!
 早くこれに着替えて」

 当然、シンジにとっては寝耳に水だ。
 怪訝な顔をしているとアスカの先程からは幾分温度を下げた声がシンジを直撃する。

「アンタが訓練まとも受けてないってんだからワタシが見てあげようってんでしょう!
 判ったぁ!?」

 アスカのその剣幕に無謀にも抵抗を試みるシンジ。

「だから、なんでそうなるんだよ!」

「どうしてもよ!
 文句言わずにさっさと着替えてくる!」

「いやだよ……どうしてそれを今やらなきゃいけないんだよ!?」

「そんなこと言うまでもないじゃない、こういうことは『思い立ったが吉日』よ!
 ……そうね、シンジにも理由が欲しいだろうから、ワタシがあげる。
 優し〜ワタシに感謝してよね!
 ……『お願い』よ、『お願い』。
 約束したわね、一日一つワタシの言うこときくって」

 そう言ってアスカは、シンジを睨み付ける。

 忘れよう筈も無い。
 約束してからと云うもの、こと有る事にそれを適用するのだ。
 シンジは正直云って、あの捨て身の約束をしたのを後悔していた。
 かといって、下僕になるのも願い下げだったが。

 なかなか、返事のないシンジにアスカが心配そうな顔をする。

「……シンジ……?」

 シンジはアスカのその様子も気付かず、強引なアスカへの反発と信義が猛烈な葛藤が
心中で巻き起こしていた。

《……いい加減このような『お願い』ばかりをされていては身体が持たない。》

 弾き出されたその答えからシンジの口からは、心ならずも、だが力強い口調で何かを
云わんとした。

「そんなの……」

 シンジがその言葉を途中まで口にしたときだ。

「いやっ!」

 アスカは信じられないと言った表情でシンジ以上に力強く鋭い声を発し首を振り乱し
て、シンジにそれ以上言わせなかった。
 そして、先程まで光輝かせた顔を信じられないぐらい曇らせながらアスカは、シンジ
を責める。

「……約束した……シンジ、ワタシと約束したんだから。
 あの時、ワタシと”ユビキリ”して……約束したんだから……
 破っちゃ……いやぁ……」

 親に見捨てられた幼子のようなその姿にシンジは強烈な罪悪感を感じた。
 一層それを強力にしたのが、あの気丈なアスカの目に浮かんだ涙だった。

 シンジはその胸中で沸き起こる罪悪感に屈し、アスカへ手を差し出した。

「アスカ、ウェア貸して……」

 それを聞いてアスカは俯いたまま、シンジへトレーニングウェアを押しつけた。

        :
        :
        :

《……女の子が涙浮かべるなんて、反則だよな。》

「何ボーとしてんのよ、バカシンジ!」

 シンジは例によって自己の思考ループへはまっていたが、アスカの一喝で抜け出す。
 そこには、あの時の弱々しさなど欠片も見あたらないアスカがいる。

 そのアスカにシンジは反論した。

「だから、急にそんなことされても……」

「こう言うのは、頭で覚えるより身体で覚えた方が早いのよ!
 さぁ、もう一回始めるわよ!」

 シンジの反論をバッサリ切って捨てるアスカ。

 だが、シンジはヘタり込む。

「もう勘弁してよ……あっちこっち痛くて動かないんだ……」

「甘えたこと云ってんじゃないの!
 ……?
 ファーストどうしたのよ?」

 アスカがシンジの言い訳を一蹴した時、それまで静観していたレイがシンジへ近付い
た。
 シンジの肩や腕、それに脚を揉む。
 そして、呟いた。

「……止めた方がいいわ。
 急な運動で筋肉が悲鳴上げてる……」

 アスカが、レイのその言葉に反論しようとしたその時だ。
 アスカの後ろから誰から近付いてきた。

「うん?
 どうかしたのかな」

 落ち着いた声でシンジ達を気遣ったのは、ダバだった。

 ダバはヘタり込んでいるシンジへ近付き、レイと同じようにシンジの身体を調べる。

 そして、少し考え込んでアスカの方へ向かって話し始めた。

「ソウリュウさん、済まないがシンジ君を少し貸して貰って良いかな?」

 アスカは予期しないダバの頼みに目を白黒させる。

「えっ……」

「実はこっちへ来てから、剣術の練習してないんだ。
 それで練習する相手が欲しくってね。
 シンジ君にはこの間”剣”を渡して置いたから丁度良いと思ってたんだ。
 助けると思って、承知してくれないか?」

 ダバのその丁寧なもの言いに何故か抵抗できないアスカ。
 戸惑いつつも、それを承知していた。

 レイは何か云いたそうにしていたが、それを鋭く察したダバはにこやかな顔でのウィ
ンク一つで納得させた。

 そして、シンジに言う。

「シンジ君、この間渡したスパッド持っているね?」

「はっ、はい!
 大事にして、いつも持っています!」

「そうか、ありがとう。
 では、取って来て貰えるかな?」

 シンジはその言葉に素直な承諾をしていた。

「はい、じゃあ取って来ます」

 シンジは更衣室へと飛んでいった。

        : 

 予想より早くシンジは戻ってきた。

 だが、その様子が疲れが滲んでいたのは、しょうがないことだろう。
 何せ豪語するだけの実力は持っているアスカに、それなりにしごかれていたのだ。

 今こうして動いているだけでも賞賛モノだろう。

 それはさておき、シンジはダバの前まで来てスパッドを構えようとする。

 だが、ダバはそれを止める。

「シンジ君、チョット待った!
 ……身体に力が入り過ぎだ。
 そんなんじゃ、怪我するよ」

 そう言って、ダバはシンジの手を取って床に俯せさせた。
 そして、身体の至る所をほぐしていく。
 或いは筋肉を直接揉んで、或いは腕を取って伸ばして、或いは脚を取って廻して……

 そう言うことには詳しくないアスカやレイが見てもそれは見事なほぐし方だった。

 ダバは一通りほぐした後、シンジの手を取って立たす。
 そして、尋ねた。

「どうだい、シンジ君?」

 シンジは腕を廻したり、飛び跳ねたりして、答える。

「……はい、とっても楽になりました。
 ありがとうございます」

「そうか。
 それじゃ、始めようか?」

「……で、僕はどうすればいいんですか?」

「そうだね、僕の言う通り動いてくれるかな」

「はい!」

 二人はスパッドをスタンモードで立ち上げる。

「では、構えて……右肩目掛けて打ち込むから、そのまま”剣”を横へ」

 ダバは子供の遊びの様にゆっくりと打ち込む。
 それをシンジは横にずらしたスパッドで受けた。

「そうだ、いいぞ。
 今度は左だ」

 そう言って今度は左に打ち込む。
 シンジは先程とは逆の動きをして、それを受ける。

「そうだ、その調子。
 今度は正面!
 僕の目線と腕の動きをよく見て!」

 シンジは言われた通り、ダバの腕の動きと視線を見る。
 そして、スパッドを頭上に捧げ持ってダバの一撃を防ぐ。

        :

 そうして、ダバが打ち込み、シンジが受けると言う光景が延々と続く。

 アスカとレイがその様子をまんじりともせずに見守っていると、横から声が聞こえた。

「ねぇ、キャオ。
 ダバ、素人相手にして一体何してるの?」

「あぁ、新手の遊びかな?
 ここんとこダバのヤツ、”剣”を振るう機会無かったからな……」

 そういって、いつの間にかトレーニングルームへ現れたキャオは傍らの瑞々しく真っ
直ぐに伸ばした長い黒髪と頭に巻き付けた二色の飾り布が印象的な少女アムの問いに答
えた。
 アスカの視線にキャオが気付くとキャオはアスカに向かって話し掛けてきた。

「よう、嬢ちゃん元気してたかい?」

「誰が嬢ちゃんよ!
 アタシには惣流・アスカ・ラングレーって名前があるんですからね!」

「悪りい、悪りい。
 で、ソウリュウちゃん、そっちの子は何てんだい?」

 アスカは、その呼び方も気に入らなかったが取り敢えず無視して質問に答えた。

「……?
 あぁ、ファーストのこと」

「ふーん、ファーストってんだ。
 おもしれぇ名前だな」

「ホントね」

 キャオとアムが勘違いして納得する。

「違う……」

 アスカがそう言って否定し掛けたところ、意外な声が割り込み聞こえてきた。

「違うわ……私は綾波レイ……」

 レイが視線をシンジ達に向けたまま、呟く。
 それを聞いた二人は顔を見合わせる。

「あれって、俺達に言ったんだよな……」

「アヤナミレイって、言うんだって……」

 流石にレイの不愛想な応対(?)に首を傾げる二人。

 その間にもダバとシンジの奇妙なダンスは続く。
 ただ、先程よりかなり打ち込みの速度が上がっている。

 アスカが再びそれに魅入っているとキャオが話し掛けてきた。

「よお、ソウリュウちゃんの”騎士”なんだろう、アイツって」

「なっ……」

 キャオのその言葉に顔を真っ赤にして焦るアスカ。

「なかなか、アイツもやるじゃないか」

 キャオのその話しにアムが絡んでくる。

「え〜、何処が?
 一方的にヤラれてんじゃない!」

「あぁ、そうだけどな……見たトコ、ド素人みたいだがどうして。
 ケッコ−、やるじゃないの」

「そうは見えないけどな〜〜」

 アスカはアムと云う少女の意見に内心賛成する。
 が、キャオはなおもシンジを誉める。

「よく見て見ろよ。
 さっきからダバの打ち込む速度、上がってるだろう!?
 普通の奴ぁ、もうそろそろ受け切れなくなってるぜ」

「……そういえば、そうねぇ」

「それにどんどん動きが良くなってる。
 筋がいいぜ、あいつ」

《……本当だ》

 アスカは、キャオのその言葉で何処か誇らしげな感覚を味わう。

 だから、その次のキャオの言葉も素直に受け取れた。

「でも、ダバも大したもんだ。
 見ろよ、ワザと打ち込むときの動き大きくして、相手しているアイツに分かり易くし
 てるぜ。
 それでいて、相手の受けられるギリギリの速度で打ち込んでいる。
 やっぱり村で一番剣の扱いが巧いってのは、伊達じゃねえぜ」

 そう言った、キャオの頭上にこちらも誇らしげな顔をして、小妖精リリス・ファウが
止まる。
 それを見て、アスカはキャオに言った。

「そう言えば、そのコのそっくりさんが居るそうじゃない」

「あぁ、チャム・ファウのことか?
 そうだな、びっくりしたぜ。
 こっちにもミラリー居るとは知らなかったぜ」

 そのキャオの言葉に嬉しそうに首を振るリリス。
 つい先日まで存在を否定していたモノの存在に、若干の違和感を覚えながらアスカは
その様子を眺めていた。

「……そろそろ、終わりかな?」

 キャオがそう言った時だった。

 ダバがスパッドを大きく振りかぶった。
 それに釣られるようにして、シンジが初めて剣を突き出しダバに攻撃を繰り出してい
た。

 その一撃を首を僅かに捻って避けるダバ。

 自分のした攻撃に呆気にとられたように固まるシンジ。
 その様子に苦笑しながら、ダバはシンジへ言った。

「そうだ、その調子だ。
 ……じゃあ、今日はこれぐらいにしておこうか。
 付き合わせて済まなかったね、シンジ君?」

「い、いえ、とんでもありません」

「また今度、付き合って貰えるかい?」

「はい!」

 シンジが恐らく生涯始まって以来の快諾をした時、リリスがこちらへ向かってきた。

 その小さな身体でよたつきながらも、大きめのタオルを持っている。

 そのリリスに笑顔を向け、タオルを受け取るダバ。

「……?
 タオルが二つ?
 もしかして、シンジ君の分かい?」

 ダバのその問いに笑顔で答えるリリス。
 そして、リリスはシンジへタオルを差し出した。

 シンジはそれを笑顔で受け取る。
 リリスもそれに合わせるように微笑んでいた。

「ほぅ、こりゃアイツ大物になるぜ」

 キャオのその言葉に疑問を持つアスカ。

「どうしてよ」

「だってよ、見たろ今の。
 リリスと一緒に笑ってたの」

「だから、それがどうしてよ!」

 つい口調が強くなってしまうアスカ。
 だが、キャオがそれを気にする様子は無かった。

「……そうか、知らない筈だよな。
 俺達の村の言い伝えでよ。
 『天下を取るには妖精と笑え』ってね。
 まんま、信じてるわけじゃないが、少なくともダバ以外には笑ってくれないしな。
 見込みが有るんだろう、アンタの”騎士”は」

 そう言ってキャオは愛嬌溢れた見事な笑みをアスカにしていた。

 その時、アスカは自分がどんな顔をすべきか判らなかった。

        :

 ダバはシンジを連れてシャワー室へ向かいがてら、シンジとやり取りしていた。
 そうしている内にシンジはダバのマシンに興味を持つ。

「……あのダバさんの乗ってるマシン見せて貰えませんか」

「いいよ、丁度これから整備だ。
 着替えたら、ここの下層格納庫へ来るといい。
 僕の【エルガイム】見せて上げるよ」

「お願いします」

「では、汗を流して着替えるとしようか。
 行くぞ、シンジ君!」

「はいっ」

 シンジのその答えはいつもより明瞭な響きを持っていた。



<サイド7第2バンチ【グリーンノア2】>      


 大音響。

 そうとしか形容しようの無い音が【グリーンノア2】兵舎区画で凄まじい土煙と共
に巻き起こる。

 皆が何事かと、顔を出すが視界が土煙に遮られて見えない。
 時間が経ち、土煙が次第に収まして、その問題の原因がようやく見えてきた。

 ソレは、人型をしていた。
 大きさは全高16m前後。
 俯せに倒れ、まばゆいまでの銀色の鎧を纏い、背中には大きなブースターを2つ背
負っている。
 左腕には、同じく銀色の円形楯を持ち、右腕には鈍色に光る大型銃を持っていたが
これは銃身付け根で真っ二つに裂けていた。

 暫くしてその人型が全身を軋ませ、上体を多少浮かせた。
 そうすると胸部に設けられたコックピットハッチが開き、ブラッディレッドをアクセ
ントに濃紺を基調としたパイロットスーツを着込んだパイロットがヘルメットを脱ぎ
ながら出てきた。

 その人物は、ティターンズのジェリド・メサ中尉だった。
 ジェリドは忌々し気に呟く。

「何だってんだ、この機体は……」

 そう言って、ジェリドは目の前の銀色の機体を睨み付けた。
 そうしていると、その視線の向こう側に降りてくるネービーブルー一色で塗装され
た機体がある。

 カクリコンの操るモビルスーツ【リーオー】空間戦仕様だった。

 機体を着陸、降着姿勢をとらせながら外部スピーカで話し掛けてくる。

「ジェリド、大丈夫か!」

 ジェリドはそれに手を振って答えた。

 カクリコンは墜落した機体と同じく胸部に設けられたコックピットのハッチを開き、
ハッチ脇にあるウインチに掴まって降りてきた。

 墜落した機体を蹴り飛ばすジェリドを見て、苦笑しながらカクリコンは話し掛けた。

「おい、ジェリドどうした」

「どうしたも、こうしたもねぇぜ。
 このポンコツ、パワーだけは腐るほどありやがる癖に云うこと全然きかねぇ。
 どうなってるんだ、この機体はよ!」

「まぁ、そんなに腐るな。
 なんせ、あの【OZ】の作ったモビルスーツだ、そんなに期待してた訳じゃないん
 だろう?」

 ここで言う【OZ】とは、ロームフェラー財団所有の連邦内でも有数の軍需企業の
ことである。
 しかし、『有数の』という修飾詞は現在ではやや不適切なモノとなっていた。
 【アナハイム・エレクトロニクス】等にMS供給という最も旨味のある部分を押さ
えられて、前大戦時には在来兵器の供給程度にまで勢力を弱めていたからだ。

 その様な情勢を挽回すべく、前大戦終結後【OZ】は自社製MSの市場投入を宣言。

 同時に、勢力を拡大してとにかくMSを必要としていたティターンズへ多数の自社
製MSを無償供与する事を発表した。

 それを足掛かりにしてティターンズ総帥ジャミトフ・ハイマンとのパイプを作り、
同組織での自社製MSの採用を掴み取り、徐々に市場を確保していた。

「そりゃまぁそうだが……
 それでも、コイツは酷すぎるぜ。
 そこの【リーオー】も酷かったが、コイツは次元が違う。
 そこいらのパイロットじゃあ、死ぬぞ」

「そんなに酷いのか。
 まぁ、【トールギス】なんて名がついちゃいるが、【プロトタイプ・リーオー】な
 んてメーカの人間は言ってたしな。
 そこの派遣員の話じゃ【リーオー】の苦情に耐えきれなくなった上の方の命令で、
 工場から出したらしいが……
 恥の上塗りだな」

「全くだ。
 【OZ】の連中も、『汚名』を『挽回』してるぜ。
 ……【ハイザック】や【マラサイ】が懐かしいな」

 ここで出てきた【ハイザック】【マラサイ】は共に、DCで使用されていたMSだ。
 素直な操縦性と高い汎用性で知られている。

「おい、ジェリド……」

 カクリコンはジェリドをたしなめる。
 元DCであった過去の事をあからさまに口にするのは、今の立場ではマズい。

「判っている!
 言ってみただけだ」

 そういって、ジェリドはカクリコンの【リーオー】に向かう。

「おい、ジェリド!」

「口直しだ。
 どうせ、基地に帰ったら2,3日乗れなくなるんだ。
 いいだろう?」

 ジェリドの言葉にカクリコンは片手でこめかみを押さえながら、もう一方の手で犬
を追い払うようにして振った。

 ジェリドはそのカクリコンの様子に苦笑しながら、こう言って【リーオー】に乗り
込んだ。

「悪いな、カクリコン。
 今度、この借りは返させて貰うからな」

 カクリコンの答えは、その手の言葉に対する実績を踏まえた至極真っ当なモノだった。

「期待せずに待ってるよ……」



<サイド7第2バンチ【グリーンノア2】第一擬装ドック>      


 傍目には只の動力ブロックにしか見えない一角。

 ここには、巧妙に擬装された造船ドックとそこに収まった艤装中の半完成したどう見
ても大型戦艦としか見えない物体があった。

 無論、戦艦そばにいる彼に見えている範囲など、たかが知れている。

 だが、その視界範囲内だけでも並の戦艦(この場合連邦戦艦マゼラン級)一ダースは
相手に出来そうな兵装を施されていた。

 だが、その並の人間ならば高揚感で向こうの世界に行ってしまうか絶望感で遠い世界
の住人になってしまうかするような状況でも全く影響を受けた様子はない。

 ただ淡々と自分に言い聞かせるように呟いただけだ。

「第一に続き、第二目標へ侵入。
 任務続行」



<ジオフロント外殻地下ドック・機動巡航艦【アーガマ】ランディングデッキ>      


 ここ、【アーガマ】ランディングデッキではそこに居た皆が慌ただしく動いていた。

 理由は【ネルフ】出向と一緒に、新たに配備された機体と補給物資の受け入れをして
いたからだ。

 物資や機体はただ受け入れれば、いいというわけではない。

 常にスペースに制限を受けてしまう軍艦では、より多くの物資を運べるよう、そして
必要なモノが必要なときに必要なだけ、出せるようにしておく必要があるのだ。

 ここではそのフネの甲板要員の技量が、如実に現れるところだ。

 と言うわけで、最も物資を利用する頻度の高い【アーガマ】整備部門の責任者モーラ
・バシット中尉は部下へ忙しく指示を出しながら、その頭脳をスーパーコンピュータ顔
負けの的確さで物資の収容方法・位置を弾き出していた。


 一方、こちらでも忙しそうにする人物がいる。

 【ロンド・ベル】機動戦闘団火力支援チームチーフのクリスこと、クリスティーナ・
マッケンジー中尉だ。

 元々クリスの操縦技術は、機体に無理をさせなず機体性能を素直に引き出すといった
特性を持っている。
 だから、【ロンド・ベル】が多機種に渡って運用している様々な機体の初期設定を行
う【シューフィッター】の役目を担っていた。

 以上のことを踏まえると、このような新規受け入れ機体がある時は、大忙しになる。

 昨日の戦闘レポートをほぼ徹夜で書き上げ、寝不足に悩まされるクリスは、搬入され
る機体を見つつぼやいた。

「あぁ〜、直したGM3の再調整もしなきゃ行けないのに!
 新しい機体の初期設定までしなきゃいけないなんて……
 折角GMの再調整終わったら、バーニィにちゃんとお礼しようと思ったのに、もう!」

 彼女は、寝不足とままならない予定、そして新たに振って湧いたお仕事で、かなりお
かんむりだった。

 新しい機体の仕様書に目を通すご機嫌斜めのクリスのその横で、はしゃぐ人物がいる。

 RX−83GP01fb【ガンダム・ゼフィランサス】パイロット、コウ・ウラキ少
尉だった。この青年はニンジン嫌いで且つ、ガンダムマニアであることがよく知られて
いる。

 周りのメカニックからは、『またか……』と言った視線が向けられるがコウが気に
した様子はない。

「うわぁ、今度の機体は【ReGZ(リガズィ)】じゃないか。
 あれ、バックウェポンシステムがチョット違うな……大きくなってる。
 コックピットも有ることだし、独立して行動できるタイプなのかな?
 それから、ジェガンも!
 あぁ、コイツも新型だ。
 メインスラスターやバーニアが全然違う。
 こりゃ、噂の高機動型か!?
 どうしたんだ、気前いいじゃないか」

 【ネルフ】出向に関して詳しい話を聞いていないコウがはしゃぐのも無理はない。

 ここ最近【ロンド・ベル】は冷遇されており、廻ってくる機体はどれも中古のお下が
りばかりだ。
 それでいて、その故障しがちな機体の補給物資がなかなか補給されない。
 正直、かなりの隊員が不満を持ち始めていた。

 だが、それを考慮してもコウのはしゃぐ様子は、今のクリスには癪の種だった。
 話し掛ける口調にも、棘が入ろうというモノだ。

「あーら、コウ君。
 ご機嫌ね〜〜〜〜」

 だが、新たなガンダムタイプの登場で喜び一杯の彼には、彼女の嫌みが通じない。

「もう最高ですよ!」

 コウのその言葉に一層機嫌を悪化させるクリス。

「それはよかったわね。
 でも、そんなに喜んでニナさん妬かないかしら?」

 クリスのその問いの答えは、彼女の想像の範囲外だった。

「大丈夫ですよ、ニナも喜んでいますから」

 そう言ってコウの指差した先には、いつもはキャリアウーマンといった具合でクール
なイメージのニナ・パーブルトンが、搬入されてきた【ReGZ】に頬摺りして恍惚と
している姿だった。

 一気に虚しさを漂わせるクリス。
 その時注意深く彼女を観察していたなら、その背後にはもしかしたら伝説の〔極楽ト
ンボ〕が飛んでいたかも知れない。

「……悪かったわ……後で調整手伝って頂戴……」

 脱力感に打ちひしがれながらクリスは、コウに機体調整の手伝いを頼む。

 それというのもコウは、未知の機体にそれはもう天性の才能というべきか、すぐ馴染む。
 これがまた、対象の機体に癖が有れば有るほどその傾向が強い。

 そのため、クリスは性能以上に難癖があることで有名なガンダム系列の機体の調整に
コウの手伝いをお願いするときが少なからずあった。

 だから、この時コウも二つ返事で承諾した。

「判りました!
 コウ・ウラキ少尉、只今より受領機の調整に参ります〜!」

 そう言って駆け出したコウをクリスは疲れた様子で片手で目を押さえながら、手を振
って見送った。



<サイド7第2バンチ【グリーンノア2】第17MSハンガー>      


 そこでカクリコンはその光景に何か引っかかりを感じた。

 それは幾多の戦場を駆け抜けた彼に危機に直面していることを教えている重要な戦士
としての勘だった。

 注意深く辺りを見回す。
 そして、違和感の原因を見つけた。

 カクリコンの右正面でティターンズ採用のパイロットスーツを来ているヤツから違和
感を感じていたのだ。

 一般的にMSパイロットはコックピットという閉塞空間に追い込まれ、そこでかなり
のストレスを与えられる。だからMSパイロットは呼吸可能な空間へ出ると、無意識に
その空気を吸おうとするのだ。

 この時、一部のパイロットは無謀にもヘルメットごと脱ごうとする。
 まぁそれは特殊としても、殆どのパイロットは最低でもバイザーを解放して、パイロ
ットスーツの生命維持装置が吐き出すすえた空気を吸うのを止め、新鮮な大気を呼吸し
ようとするのだ。

 だが、カクリコンの視線の先にはパイロットスーツのバイザーはおろか、サンバイザー
まで降ろしていた。

《絶対にアイツはおかしい!》

 豊富な経験からそう判断したカクリコンは、周りにいたMPを呼んで準備を整えた後、
その目の前の要警戒人物に声を掛ける。

「おい、そこのお前!
 ……そうだ、そこのお前だ!
 妙な動きをするな!
 バイザー開けて、ゆっくり手を上げろ」

 意外にも、その要警戒人物は素直に指示に従うかに見えた。

 バイザーの開閉スイッチへ手を伸ばし掛けたと思ったその時だった。

 その要警戒人物の手からなにか小さなモノがポロリと落ちた。

 カクリコンがソレを見咎め、叫ぶよりも早くそれが地面へ落ちた。
 そして、巻き起こる光の奔流。

「しまった!」

 その光で誰かが発砲したようだ。
 それを怒鳴って止めさせる。

「馬鹿野郎!
 発砲をやめんか!
 同士討ちするつもりか!」

 無論光が収まった後、要警戒人物がそこに居よう筈もなかった。
 カクリコンは、閃光で眩む頭を宥め賺しして、惚けている連中に喝を入れる。

「何をしている!
 直ちにこのブロックを閉鎖!
 破壊工作警報発令!
 侵入者を逃すな!」

 その指示を受け、ようやくティターンズの面々は指揮を回復した。



<サイド7第2バンチ【グリーンノア2】迎賓館近く>      


 父に付いてこのコロニーへやってきたリリーナではあるが、特にやることが有るわけ
ではない。

 しょうがないので裏の花畑で花を眺めて、暇を潰していたその時だった。

 コロニー中のスピーカーから耳障りな音が発する。

 その時リリーナは、言いようも無い恐怖を感じた。

 そして、今度は視界の向こうで爆炎が上がる。
 一瞬の間をおいて、それは盛大な音を伝えてきた。

「何、一体どうしたの!?」

 そう言って彼女は状況を掴めないもどかしさに脳神経がショートを起こしそうになる。
 その時だった、花壇の脇にある小屋の向こうに人影を見たのは。

 彼女は心細さから一目散にその人影に近寄った。

 そして小屋の陰でヘルメットのバイザーを上げ、休んでいるパイロットスーツ姿の人
物が確認できた。

「あの……大丈夫ですか?」

 リリーナがそう言って、声を掛けるとそのパイロットらしき人物が驚いたようにこち
らを振り返った。
 その人物は、リリーナと同世代の顔つきをした男の子であった。

「あっ……御免なさい……驚かしたみたいで……」

 リリーナがそう言って、謝ろうとしたが中断した。

「みっ、見たなっ……」

 そのパイロットが一声呟いて、手で顔を隠して逃げようとしたからだ。

「あの……?」

 そこまで言ったとき、向こうの方から声が聞こえてきた。
 そのパイロットが舌打ちして、手で顔を隠したままリリーナの脇を抜けようとする。
 そして抜け駆けにこう言い放った。

「おれはヒイロ・ユイ。
 お前を……殺す!」

        :

 リリーナは生まれて以来初めての強烈な殺意に当てられ、ティターンズの警備兵が目
前で自分を揺さぶっていても指一本動かせなかった。



<ジオフロント外殻地下ドック・機動巡航艦【アーガマ】下層格納庫>      


「ふ〜〜〜ん、綺麗な機体ね」

 アスカのその第一声は、恐らく他の二人 -シンジとレイ- も同感だったろう。
 アスカと一緒になってその機体を見上げていた。

 芸術的なまでに流麗なラインをとる純白の装甲に、美しくも逞しい面構え。
 不要な装甲を極力廃し、必要なところには十全の護り。
 そしてメインジェネレータを踵に配す事によって得られた、一目で判る高い安定性。

 それは、異論を挟めないほど綺麗な機体 -エルガイム- であった。

 無論、実戦をくぐり抜けている機体であるから、至る所細かい傷等がある。
 しかし、それはアクセントになりこそすれ、決して醜さを増すようなモノではなかった。

「ありがとう」

 ダバは、アスカのその答えに対して透き通った笑顔で答えた。

 そこへキャオが割って入る。

「けどよ〜、古い機体で満足に取り替え部品も無いもんだから整備大変なんだぜぇ。
 あっち直せば、こっち。
 こっち直せば、そっちてな具合でよ」

「感謝してる、キャオ」

「おう、いいってことよ」

 シンジはその会話で感じた疑問点を聞いてみる。

「古いって……一体どれぐらい古いんですか?」

 シンジのその問いにダバが答える。

「さぁ?
 僕も父からこれを受け継いだんだけど、詳しいことは聞いていないんだ。
 キャオ、何か知ってるかい?」

「う〜〜ん、2987ってフレームに打刻してあっから、1000年ちょい前の機体だと
 思うんだけどな……」

「「えっ!?」」

 綺麗にハモるシンジとアスカの驚きの声。
 レイすら、目を瞠って驚いたようだった。
 それを不思議がるダバ達。
 キャオが逆に聞き返してきた。

「何驚いてんだ?」

 それに応じたのは、アスカだった。

「何って、これって1000年も前の機体なの!?」

「そうだぜ。
 別に珍しかねぇだろ。
 A級ヘビーメタルでそれぐらいの機体ならゴロゴロしてるぜ。
 まぁ、個人所有でここまで古いってのは珍しいけどな」

 キャオのその言葉を聞いて、千年という現在の地球製工業製品にとっては永遠に等し
い年月を経た今でも、稼働し続けるその純白の機体を、改めて見つめるアスカとシンジ。

 そのアスカが短く驚きの声を上げた。

「えっ、なっ、何よっ!?」

 アスカは、後ずさりシンジにぶつかる。

「わわっ。
 アスカどうしたの!?」

 急にアスカが【エルガイム】から距離を取ろうとする奇妙な行動に、シンジは少し混
乱する。
 だが、シンジの発した問いにアスカの答えは一層奇妙だった。

「こ、これ、ワタシを睨んだ……」

「ま、まさか……脅かさないでよ」

 アスカに本気でビビリが入っているのを見て、ちょっと弱腰になるシンジ。
 それでも、その様なこと世迷い事だと笑い飛ばそうとして、シンジは凍り付いた。

「こ、こっち……見てる」

 アスカの言う通り、遙か遠くの異星系で造られた純白のマシンは、シンジ達を見てい
た。
 機体頭部の、人間で言う目に当たる部分はサングラスのようなセンサーカバーが施さ
れているが、そのカバー奥から一対の眼が確かにシンジ達へ視線を向けていたのだ。

 緊張して注意がそちらの方に向いている二人には、ダバ達がシンジとアスカの様子に
楽しそうに微笑んでいたのは見えなかった。

 その緊張を解いたのはレイだった。

「……大丈夫、敵意は感じないわ」

 続いて、キャオが言った。

「そうそう、大丈夫だって。
 噛み付きぁしないからよ」

 キャオのそのお気楽な発言が、アスカの癇に障ったようだ。
 アスカがキャオに噛み付く。

「それって、どういうことよ!」

「どうって……こっちのマシンでこういうこと無いのか?」

「機械が目玉ギョロつかせて、人を脅かすなんて、する訳無いでしょ!!」

「そうなのか……
 シャイなんだな、こっちのマシンは」

 キャオのトボけた話に、只でさえ容量が小さいアスカの堪忍袋が爆発し掛ける。
 その様子をみて、マズイと思ったのかダバが代わりに謝った。

「ゴメン、ちゃんと説明してなかったね。
 僕たちのヘビーメタルでは、時々こういう事があるんだ。
 まぁ、害が無いから誰も気にしていない。
 それにね、ヘビーメタルが気に入った相手じゃないとこういうことは無いんだ。
 君たち、【エルガイム】に気に入られたみたいだね」

 ダバの丁寧な物言いに一気にクールダウンするアスカ。
 ただ、若干弱気なのが側にいたシンジには少し可笑しかった。

「そ……そうなんですか?」

 当然、自分とダバのアスカの対応の差がキャオには面白くない。

「何でぇそりゃ!
 俺と態度が全然違うじゃないか!」

 それにアムがからかうように口をはさんだ。

「そりゃぁ、仕方が無いわよ。
 キャオは、ダバみたいないい男じゃないもの」

「ふんっ!
 どうせ、おりゃいい男じゃねぇよ!」

 そう言ってキャオは子供の様に拗ねてしまった。
 その様なことは日常茶飯事なのだろう、ダバは笑ってキャオを宥めていた。

        :
        :
        :

 その後、ダバ達はシンジ達に一々説明しながら【エルガイム】の整備を行っていた。

 途中、腕廻りの整備をして下腕部で破損シリンダーを見つけたため、ダバ達は部品を
探しに格納庫奥に行ってしまった。

 その時である。

「スパイだー!」

 その声が格納庫中に響いた。
 シンジ達が、その方向を向くと、何やら騒がしくなり始めていた。

 アスカは、その叫びが含んでいた内容に目を輝かせてシンジ達に

「シンジ、ファースト、行くわよ!」

 そう言って駆け出すアスカ。

 シンジはその唐突な行動に一瞬逡巡し、そして後を追いかけた。

「ちょ、ちょっと待ってよっ」

 シンジ達は騒ぎが起こっていると思われる付近まで近付いた。

 そして、コンテナを曲がった辺りから無様な悲鳴があがったのが聞こえた。

「がっ!」
「ぐふっ!」
「かはっ……」

 アスカとシンジがコンテナの陰から覗き込んでみると、そこには倒れたメカニックと
辺りを見回すあの赤毛の女性が居た。

「!!
 なんで……あの人が!?」

 アスカはその言葉は聞こえていないようだった。
 もうそこに見えている敵しか、アスカの意識の中には存在していなかった。

 辺りを見回すことで一瞬足を止めた女スパイに、コンテナ上やクレーンアームの陰か
ら長柄のスパナやレンチを手にメカニックが一斉に躍りかかった。

「そいや〜〜〜!」
「だぁ〜〜〜!」
「でぇ〜〜〜!」
「てりゃぁ〜〜〜!」

 その時、飛び掛かったメカニック達はスパイを打ち据えたことを確信した。

「ちぃっ!」

 連続する硬質な打撃音。

《取り押さえた》

 その時、飛び掛かったメカニック達は確かにそう思った。

 だが、女スパイはそれを舌打ち一つと手に持っていたスパッド一本を引き替えにして、
そのメカニック達の猛襲を受け止めていた。

「やぁー!」

 そして、女スパイは掛け声一つで発して壊れたスパッドごとメカニック達を跳ね飛ば
し、神速の技で彼女を打ち据えんとした不逞の輩に手を、肘を、足を、膝を、見舞って
いた。
 声も無く倒れるメカニック。

 そこで気が弛んだのか、先程痛めたらしい手に一瞬目をやる女スパイ。

 その一瞬の隙をアスカは見逃さなかった。

「でぇぇぇーーーい!」

 シンジが止める間もなくコンテナの陰から飛び出して、女スパイへ襲い掛かる。
 アスカの第一撃は、無謀にもモーションの大きい回し蹴りだった。

 ここで女スパイは、一つ間違いを犯した。
 その場で腰のベルトに挟んだもう一本のスパッドを取ろうとしたのだ。

 アスカの蹴りは、女スパイが持ち構えようとしたスパッドを持つ腕を蹴り上げ、スパ
ッドを弾き飛ばしていた。

 続いて、アスカは容赦のない連撃を繰り出す。

「ほらほらほらほらっ!
 観念して、お縄につきなさい!
 このっ、女スパイ!」

 アスカの連撃を受けながらも、言い返す女スパイ。

「女スパイって、何だ!
 アタシは、ガウ・ハ・レッシィだ!
 変な名で呼ぶんじゃないよ!」

 激しい格闘戦を繰り広げる二人の美女。

 シンジはそれを見て、呟いた。

「凄いや。
 これでもう取り押さえられるね」

 だが、それを聞いていたらしいレイは携帯通話機を手にしながら意外な答えを返して
きた。

「いいえ……今は攻めているように見えるけど……それは相手が反撃の機会を狙っ
 ているだけ。
 まだ、一つも入ってないわ」

 レイに云われて、シンジは慌ててもう一度アスカの戦いを見てみた。
 レイの云う通り、一見アスカが一方的に叩いてるようだが、有効な打撃は全くなさそ
うだ。

 何より、レッシィと名乗った女性の目は、窮地に陥った人間のソレでは無い。

 自分の繰り出す攻撃が全く入らないことに苛立ったアスカは、牽制の裏拳から後ろ回
し蹴りを放つ。

 それはレッシィの脇へ綺麗に入ったかに思えた。
 レッシィと名乗る女は、その一撃で吹っ飛ぶ。
 だが、その飛んだ先には先程アスカに跳ね飛ばされたスパッドがあった。

 レッシィの意図を察したアスカが、それを拾うのを阻止しようとした。
 シンジとアスカがそれぞれのいたところから飛び出したのは、殆ど同時だった。

 レッシィは獰猛な笑みを浮かべて、飛び掛かってきたアスカの脇腹へ光刃を展開して
いないスパッドの先を押しつけた。

「しまったっ!」

 アスカが呻いた。

「遅いよ」

 その言葉と同時にレッシィは、スパッドに光刃を展開させた。

………………」

 シンジはアスカが痙攣し崩れ落ちるのを見て、絶叫しながらスパッドを構えレッシィ
へ向かった。

「アスカァァっ!」

 その技巧もタイミングも何も考えていない無防備且つ無謀な一撃に、混乱するレッシィ。

「何だ!?
 コイツ!!」

 そう言いつつもシンジの攻撃を避けるレッシィ。

「アスカをやったな!
 このっ、このぉ!!」

 シンジは続いて、二度、三度とスパッドを振り回すがそんな攻撃が当たるわけはない。
 初撃こそ、混乱して本来の対応が出来なかったレッシィだが、その次の攻撃を受けた
辺りでは既に混乱から回復していた。

 シンジの大振りな一撃をかわした後、反撃に転じた。

 レッシィはスパッドで容赦の無い攻撃を繰り出した。
 その一撃はレッシィの見込みでは、アッサリ剣術の『け』の字も判ってないらしいド
素人を沈める筈だった。

 が、シンジはそれを受け止めた。
 果てしなく無様ではあるが、確かに手練れであるらしいレッシィの一撃を受け止めた
のだ。

 しかし、レッシィの斬撃の凄まじさに硬直するシンジ。

「やるな、だがこの次で終わりだ!!」

 レッシィが振りかぶったその時だった。
 間延びした声が後ろから掛かる。

「そいつぁ、勘弁して貰いたいな」

 今まさにシンジへ一撃を与えんとしていたレッシィは、素早くその声のした反対方向
へと飛びずさる。

 レッシィが見たのは、だらしのない着こなしで無精髭を生やしニヤけ面した男だった。

 【ネルフ】特殊査察部(こんな怪しい部署名を外で言いふらすバカは居ない。対外的
には保安部第四課としている)所属、加持リョウジだ。

「なんだ、貴様!
 貴様もヤられたいのか!?」

「おいおい、勘弁してくれよ。
 俺は、こう見えても気が小さいことで有名なんだ」

「なら、さっさと尻尾まいて逃げな!」

「俺もそうしたいのは山々なんだが、給料分ぐらいは働いとかないと怒られるんでね。
 そうも行かないのさ」

 加持の人を喰った返答に冷静さを失うレッシィ。

「ふざけるな!」

「ふざけちゃいないさ」

 そう言って、レッシィの打ち込みをかわす加持。

 続けざまに繰り出される斬撃も器用にステップバックだけで避ける。

 そして、足が何かに当たったのを感じ取ると器用にソレを跳ね上げて手に取り、レッ
シィの光刃と切り結んだ。

「何っ!?」

 加持は、からかうようしてに告げた。

「地球連邦はアナハイム御用達の核融合炉整備用の強磁界封入ロングレンチだ。
 その程度のビームで焼き切れるなんて、思わないでくれ」

 その言葉に一層冷静さを無くすレッシィ。
 後先を考えない怒濤の攻撃を繰り出す。

 流石に連続した凄まじい剣撃は、加持を守勢に立たせる。

「おいおい、チョットは勘弁してくれよ」

「聞く耳、持たん!」

 ついにレッシィの一撃は、加持の持つ得物を絡め取った。

 勝ち誇った様に言い放つレッシィ。

「これで終わりだな」

 だが、この期に及んでも余裕を見せる加持。

「そいつはどうかな?」

 そう言って、加持はレッシィの後ろを指した。
 そちらからは、ダバがスパッドを手にこちらへ向かってきていた。

「ガウ・ハ・レッシィ!
 何故こんな所にいる!」

 いままで、多数の人間を相手にして慌てなかったレッシィに焦りの色が出た。

「ダバ・マイロード!
 どうして!」

 そう言ってレッシィは、逃げにかかった。
 内懐から薄いマントのようなモノを取り出し、身体を覆った。
 すると、次の瞬間その身体が周囲に溶け込むようにして消えた。

「光学迷彩!?
 そんな手で逃げられると思うか!
 待てっ!」

 そう言ってダバは五感をフルに使用してレッシィを追い掛けていった。

「さぁてと、追いかけるとしますか」

 加持もそのダバの後を追うようにして、彼女を追い掛けていった。

        :

 赤い嵐が過ぎ去った後に残ったのは、撃ち倒されたアスカにメカニック達、そして硬
直したままヘタり込んだシンジだった。

 そこへ現れるレイ。

 レイはまずアスカのスパッドの押しつけられた辺りを見ながら、倒れているアスカの
喉に手を当てた。

 アスカが気絶しただけだと判ると、今度はシンジへ近付き傍らに跪いた。

「……碇君、もういいわ……」

 だが、シンジはその言葉に反応しないスパッドを構えたまま、動かない。

 スパッドだけでも降ろさせようとしたが、シンジはスパッドをがっちり握り締めてい
て、その手からスパッドを離さすことが出来なかった。

 レイは、その様子にその細い顎に人差し指を当て、何やら考え込んだ。

        :

 シンジは、驚愕していた。

 ダバとのトレーニングルームでのそれとは次元の違う、自分が助けた赤毛の女性の一
撃に。

 次は殺られるという確信を感じたとき、それはシンジを呪縛した。

 動こうにも全く動けない。

 ただ、シンジは来るべき破局の一撃に恐怖していた。

 そうしていると、何かが呼び掛けたような気がした。
 それは呼び掛けをした後、何かをしていたが、少しして諦めたようだ。

 そのまま、少し時が過ぎる。

 そして、シンジは新たな驚愕を覚えた。
 生暖かい感触を間近に感じた。

 そのショックで取り戻した五感は、視界一面に広がるレイの顔をシンジに知覚させた。
 その小さな柔らかい唇が自らのソレに接触していることと一緒に。

 シンジは、スパッドを取り落としていた。


<第伍話Cパート・了>



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ver.-1.02 2001/11/25 公開
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