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スーパー鉄人大戦F    第参話〔暴走:Lunatic Party〕






<ネルフ本部・技術部々長執務室>      


「全くドイツの連中、何やってたのかしら……」

 人前ではあまり感情を表さない赤木リツコが、誰もいない執務室であるからだろうか、
憤懣やるせないといった様子で感情を露わにしていた。言っている間にも、手は信じら
れないような速度でキーボート叩いて、傍目には理解不能な速度で流れ切り替わってい
く画面を凝視している。

「……反射速度も大して向上していない。
 ……他の身体能力も取るべき成果は上がっていない……
 何よ、これ!
 精神崩壊の兆候すら出始めているじゃない!
 ……手加減ってモノを知らないのっ、ホントに!
 いくら、戦場神経症対策だからって一般生活に支障の出るような量の精神薬投与して
 役に立つと思っているの!
 おまけに、攻撃性ばかり先鋭化させるような暗示プログラム!!
 逆効果よっ!
 向こうには、サンプル4のデータがあった筈なのに……
 貴重な適格者、なんだと思っているのかしら!!!」

 赤木リツコは、狂っているかもしれないが無情ではない。冷徹ではあるが、残酷では
なかった。彼女はこのように”対象”を使い捨てにするようなマネは、決してしない。
”対象”は、自らの業を受け入れた愛すべき”作品”たちなのだから。

 そして、リツコは画面に一瞬流れたデータを見咎める。

「フッ……
 そう、アナタも適格者である前に女だった、と言う訳ね……」

 画面には、先ほど開戦当初の激戦の中で破壊を免れた貴重なレーザー回線を通じて送
られてきたインド洋使徒迎撃戦でのモニターデータが映っていた。
 リツコは傍らに置いていたカップをとり、冷え切ったコーヒーを一口啜る。

「……いいわ、アナタの望み叶えてあげましょう……」

 そして、彼女は新しく自分の管理下に加えられる事となった”対象”の望みを叶える
べくシナリオを練り始めた。



<インド洋上空・機動巡航艦【アーガマ】機動兵器格納庫・庫内>      


 その時、シンジは自分の耳へ侵入してきた振動を確かに知覚していた。だが、彼には
その内容を理解できなかった。だから、呆然とした表情で、その振動の発生源を凝視す
ることしか出来なかった。

「だからっ!!
 わ・た・し・の・し・も・べ・に・な・り・な・さ・いっ!」

 再び、震動源は先ほどの振動を今度は幾分か迫力を増して再現した。
 鈍いシンジであるが、「わ」」と「た」と「し」と「の」と「し」と「も」と「べ」
と「に」と「な」と「り」と「な」と「さ」と「い」の間に込められた、『言うこと聞
かないと、耳から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわすわよ』という明確なメッセージを
感じ取っていた。

 更に振動は続く。

「無論、あるとは思わないけど、私の危機には盾になって防ぐのは当然!
 46時中、私の側にいて言うことを聞くのよ!!」

 だが、事実上の死刑判決を無抵抗で受け入れるほど、シンジは人生に達観もしていな
ければ、絶望もしていなかった。

「なんでだよっ!」

「どうしてもよっ!」

「それじゃ、わかんないよ!!」

 シンジは、震動源の人権を全く考慮していない災厄予告に無謀とも言えるの反応をし
ていた。

 そうすると案の定、震動源の活動が活発化したようだ。露出表面に観測される色に赤
がその割合をましていた。だが、振動発生組織は既に崩壊温度に近付いているのだろう
か? 先程ほど明確に振動を発しない。が、それまでの振動とは桁違いの破壊力を持っ
てシンジを襲った。
「……年頃の、嫁入り前の女の裸覗くだけでは飽きたらず、押し倒したのよ!
 ただで済むなんて、思ってないでしょうね!?」

 何やら聞こえてくる、小さいがよく通る『振動』が持つセンセーショナルな内容に、
格納庫中の注目を集め始めたことにも、彼らは気付いていない。

 シンジは、情けないほど慌てふためいた後に、なにやら左手を動かして思い出してい
るようだ。徐々に幸せそうなだらしない表情へと変化しようとしていた。

 無論、その自らの出自たる、即ち”女”の性の一つである勘の鋭さを十全に備えた
-震動源- 惣流・アスカ・ラングレーが、それを見過ごす筈も無かった。

 抜く手も見せずに、シンジへビンタを見舞う。

 格納庫中に思わず肩をすくめてしまうような、心地よい乾いた破裂音がこだました。

 そこへゆったりとした服を着て肩辺りまでのやや長髪な青年と、腰辺りまで伸ばした
黒髪にターバンのような布を頭に巻き、やけにリアルな妖精の人形を肩へ乗せた年頃の
少女が現れた。

 そして、少し離れて見てシンジ達を見て楽しそうにしている青年に長髪の青年は話し
かけていた。話し掛けられた青年はどう見ても大きすぎるリーゼントをして黒いツナギ
を着ていたがこの際どうでもいいことだ。

「キャオ、一体何があったんだ?」
「よぉ、ダバか。
 惜しいな、いいモノ観れたトコなのに。
 どうもよく判んねぇけど、『騎士の誓い』やってるらしいぜぇ〜」
「ほぅ、そいつは」

 2人はなにやら、本心から感心しているようだ。
 その声には、揶揄だとか呆れだとかといった感心以外の成分が全く感じられない。

 が、アスカはそうでなかったようだ。やはり、人間後ろ暗いところがあると受け取り
方も違って来るらしい。

「そこの2人ぃ〜。
 何、好き勝手なこと言ってんのよ!」

 その凄い剣幕でダバとキャオに詰め寄る。

「おっ、おお」

 キャオのその反応は、印象に違わぬお調子者であることを十二分に主張していた。怒
りの矛先が、自分に向いてきて混乱している。

 だが、ダバはそうでなかった。
 傍らの少女が口を出そうとするのを制して、

「大切な儀式の邪魔をしてすまない。
 僕は、ダバ・マイロードという。
 僕たちは、これで失礼するから遠慮無く『騎士の誓い』を済まして欲しい。
 申し訳なかった」

 アスカを直視して、礼儀正しく謝罪する。
 その潔さにかえって自らの行いに気恥ずかしさを感じながら、アスカは訊ねた。

「あっ、あの……もういいです。
 ……ところで『騎士の誓い』ってなんですか?」

 急にしおらしく態度を変えるアスカ。
 それに対して、ダバは全く誠意以外の何ものをも含まない姿勢で質問に答える。

「『騎士の誓い』というのは、僕たちの地方に伝わる最も高貴な契約の一つだ。
 男性が女性に一切を捧げて守り通すという事を誓う。
 中でも女性が男性にそれを願うの時の誓いは、最も尊いとされている。
 ……こちらでもそのような事をするとは知らなかったけど、やっぱり尊いことは、
 どこでも変わらないんだな。
 ところで君、いくつなんだい?」

 言葉に少し違和感を感じたアスカであるが、この際無視した。予期していない質問に
疑問を感じつつ、質問に答える。

「あの、その……惣流・アスカ・ラングレーです。
 ……14です」

 何やらポケットマネーを今日の為替レートで現地通貨に両替しようとするように、少
し考えてダバは言う。

「ソウリュウさん……でいいかな?
 うーん、こちらではどうだか判らないが、少し早いんじゃないかな?
 そう言うことは、もう少し後にした方がいいと思う」

 それを聞いてアスカはよく判らないと言った具合に聞き返す。

「どうしてですか?」

「どうして?
 それは、決まっているじゃないか。
 キミは、結婚するにはまだ早いだろう?
 『騎士の誓い』は、男性が女性に一切を捧げると同時に女性が男性へ全てを委ねると
 いうことも意味する。
 昔はそうじゃなかったらしいけど、今は特に女性から男性に頼む時は結婚する時ぐら
 いにしかしない。
 もしかして、違ったのかい……?」

 そこまで、聞いてシンジとアスカは思わずお互いに顔を見て、そして二人して真っ赤
になって俯いてしまった。

 いつの間にか、ダバ達は立ち去り、格納庫内にはどこか春の陽気に満たされたような
雰囲気が満ちる。アスカは、流石にこの状況下でゴリ押しする事を諦め、小さな成果を
得るに留めようとしていた。

「……サード」
「……なんだよ、惣流さん」

 アスカはそのぶっきらぼうな物言いに少しこめかみが引きつるのを感じたが、それは
(最大限の自制を行って)取りあえず無視する。

「いい、アンタはいまから私のこと”アスカ”って呼ぶの!
 わかったぁ!?
 アンタに”惣流さん”って呼ばれると虫酸が走んのよ!!」

「……なんだよ、それ」

「なんでも、いいの!
 私もアンタのこと”シンジ”って呼ぶから!
 今日はこれぐらいにしといたげるわ……
 わかったぁ、バカシンジ!!」

 シンジは、とりあえず死刑判決を免れたようだ。
 最後の言葉は敢えて意識の外へ投げ捨てて、それを承諾する。

「わかったよ、惣……っと、アスカ」

 ファミリーネームを呼ばれかけた時は鋭い一瞥をくれたアスカであるが、ファースト
ネームを呼ばれ満足したようだ。その美麗な顔に笑みを浮かべ、シンジを見つめた。シ
ンジは、そのとき胸の鼓動がいつもより大きく感じられた。

 整備長のモーラ・バシット中尉は、傍らの部下と共にそのような彼らを好ましく感じ
ていた。軽く微笑むと、格納庫を見渡しその大柄な身体に相応した声で呼び掛ける。

「いい!?
 ヘマすんじゃないわよぉ!
 全員作業再開!!」

 彼女のその一言で、再び格納庫は喧噪に満ちた巨人達憩いの場となった。



<ジオフロント・ネルフ本部司令室>      


 通常の感性を持った人間ならば『広い』。
 それ以外に評価すべき所がないシンプルすぎる部屋で男達は、顔をあわせていた。

「いやはや、波乱に満ちた船旅でしたよ」

 全く波乱という言葉とは無縁な口調で話を切り出す男。伸ばした髪を後ろで無造作に
括り、無精髭を生やした優男。加持リョウジだった。

 相手の反応を全く期待していないか、そのまま加持は続けて話す。

「まさか海の上で【使徒】に出くわすときますか……
 やはり、これのせいですか?」

 そして、その広いだけの部屋の唯一の調度である重厚な机の上に、やたら丈夫そうな
おそらく対人レベルの火器では傷一つ付きそうにないアタッシュケースを置いた。そし
て、その外観に違わない防犯措置を解除して、ケースを開き、言った。

「どうぞ、間違いなくお望みのモノです。
 スケジュールの要ですね……」

 そこのまで加持が言ったところで、初めて相手は反応した。

「そうだ……」

 そして、その男は赤い眼鏡の奥に何か危険な煌めきを灯していた。



<東シナ海上空・機動巡航艦【アーガマ】機動兵器格納庫>      


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜」

 シンジは、格納庫壁面キャットウォーク(通路)で深い溜息をついた。
 一般に溜息一回につき5秒寿命が縮むという話だが、そうだとすればこの数日で一体
どれくらいシンジの寿命は消費されたことだろうか。

 そのような取り留めの無いことをシンジは考えて、ここ数日を振り返った。

 インド洋より第三新東京市への帰路、シンジはミサト達の手厚い指導とアスカの激しい
追撃に曝されて消耗していた。

 無論、ミサト達が行ったシンジへ対しての訓練・講義・宿題等々も十分シンジを疲労
させた。だが、それはシンジを少しでも戦場で長く生き残らせるために行っていること
で、これは(不承不承であるにしろ)納得できた。
 しかし、アスカの粘り強い追撃には、シンジはほとほと疲れ困り果てていた。
 流石は、第二次『世界』大戦では海上通商路を巡って、陰鬱で過酷な戦いを粘り強く
行った欧米人の血と薫陶を受けただけはある。淡泊な日本人では、これほどの粘りは無
理であろう。

「こらっ、バカシンジ!
 アンタ、いい加減にして私のシモベになりなさい」

 シンジの行動するところ全てに同行して、或いはいつの間にか現れ、事あるごとに
シモベになることを強要してくる。

《だれだよ、美人は三日で見慣れるなんて言ったヤツのは……
 それに向こうは三日たっても諦めてくれないよぉ》

 聞く人によっては、多大なる誤解を招きそうなことを考えたシンジは、これまで何度
も下僕になることを承知して楽になろうと考えたか判らなかった。時折アスカの見せる
仕草や表情に、強く惹かれているのも事実である。が、承知したその先に待っているの
は地獄であることを確信していたシンジは、生涯始まって以来の忍耐を発揮して、最悪
の事態を免れていた。

《せめて、あれだけ可愛いんだから”愛の奴隷になって”なんて迫ってくれたらいいの
 に、”シモベになりなさい”だもんなぁ……》

 事実上大した違いは無いのだが、シンジの心中では全く位置付けが違うようだ。

《ミサトさんや甲児さんに相談しても、意味無かったし……》

 シンジは、ミサトや甲児達にこの事を相談して見たが、全く埒があかない。
 特に甲児などは、『男がそんなことでどうする!お前がアイツをコマせ!』等と無責
任な事を言って取り合って貰えなかった。

《そんなこと出来るなら、苦労しないよ……》

 シンジは、心の平穏を乱す侵入者を、諸手を挙げて歓迎することは出来なかった。
 いままで同性でも表層的な付き合いしかしてこなかったシンジに、異性の、しかも飛
びっ切りの美少女が相手では無理もない。

 シンジは、どこかで自分がもう幾らも持たないことを理解していた。

 シンジがそのような事を考えて格納庫を眺めていた時、その背後へ光り輝く活気を振
りまいて(シンジにとって、憂鬱と災厄の)女神が降臨した。

「なに、ボーとしてんのバカシンジ!」

「やぁ、そ……アスカ……」

 シンジは力無く、背後へ現れた女神の呼びかけに応えた。
 アスカは、未だにシンジが自分の名以外で呼ぼうとしていたが、鋭い一瞥でそれを制
した。

「なに考えていたの?」

 先程の視線から一転して、アスカは努めて穏やかに話し始める。
 ここ数日の攻防で、積極的な交渉(というより一方的な押しつけ)ばかりでは埒があ
かないと戦術を変えてきたのだろう。

「べつに……なんでもないよ」

 だが、シンジは、アスカとの会話を成立させるつもりがないようだ。
 返事に気がない。
 こめかみが引きつるのを感じながらアスカは続ける。

「何でもない、って顔して無いじゃない。
 そーゆー顔してちゃ、『かまって下さい』って言ってるようなもんじゃない!」

 シンジは、笑っているが額の片隅に#印をうっすらと浮かべ、痺れを切らせはじめた
アスカの気を逸らすべく話し始める。

「……なんでここには(第一次/第二次地球圏)大戦で活躍したロボットの偽物ばか
 りあるのかなぁ、と見てたんだよ……
 甲児さんは、角の取れた【ライジンガーX】みたいなロボット乗ってるし、流さん達
 が乗っているのは、角が一本足りない【セッターアイン】じゃないか。……【ツヴ
 ァイ】と【ドライ】はどこにいるんだろう……他にもRX−01【カンタム】の親
 戚みたいなモビルスーツが何機も。
 おかしいよね、いい大人がこんなおかしなマネしちゃってさ……」

 それを聞いて、我慢できないと言った具合にアスカはクスクス笑い始めた。

「やだ、アンタひょっとして知らないの?
 2度に渡って大戦を終わらせた部隊のこと」

「大戦を終わらせた部隊……?
 【第7機兵隊】のことだろう、知っているよ!」

「プッ……アハハハハ〜、アンタな〜〜〜〜〜んにも知らないのねぇ。
 サード・チルドレンのくせに……」

 シンジは謂われのないそしりを受け、機嫌を悪化させる。
 それを見て、アスカは目の端に浮かべた涙を人差し指で拭っていたが、本来の目的を
思い出したようでシンジの機嫌を直すべく解説を始めた。

「まぁ、やさしーワタシに感謝してよね、教えて上げるわ。
 アンタの言っていた【第7機兵隊】は存在しないわ」

「えっ、でもニュースなんかじゃ……」

「それは、連邦政府の流したウソよ。
 本当に戦争を2度終わらせたのは【第13独立部隊】よ!
 この【ロンド・ベル】の連中なんだから」

「えっ!?」

「だから、戦争を終わらせたのはここの人たちなのよ、連邦軍幹部のメンツを潰さない
 ために、その功績はおおっぴらにされてないけどね。
 第一次地球圏大戦後【第13独立部隊】が再編成されて出来たのが【ロンド・ベル】
 【ライジンガーX】【セッターアイン】【カンタム】は、その時捏造された偽物!
 そこにあるのが、本物よ!」

「……」

「わかった、バカシンジ!?
 ……ハァ〜、頼りないシモベを持つと主人が苦労するわねぇ〜。
 チョットは感謝しなさい」

「なんだよそれ。
 いつ、僕がアスカのシモベになったんだよ」

「あら、判ってきたじゃない。
 ようやく自覚が出てきたみたいね。
 アタシもうれしいわ!」

 そういって、アスカはやや前屈みになりながら嬉しそうにシンジの頬に手を伸ばし、
その手のひらで軽く叩きながら撫でる。
 シンジは、その幸せな光景に真っ赤になりながら、先日来考え続けていた妥協案をア
スカに提案する。

「……あっ……アスカ、一つ提案があるんだけど……」

 珍しくシンジが積極的な会話を望んでいることが、嬉しいのかアスカは嬉々として応
えた。

「あら、なぁにシンジ?」

「……シモベってのは、いい加減勘弁してよ。
 僕じゃ、アスカなんかの立派な家来なんてなれないと思うから……」

「なによそれ!
 何もしないで決めつけるなんて!
 ワタシの目を節穴じゃないわ、見込みもないヤツに声かけたりしないわよ!」

「そっ、そんなこと言われても……
 でも、46時中は無理でも一日一回ぐらいは僕でも役に立てると思うんだ……
 だから、一日一回惣流さんの言うこと聞くから、それで勘弁してよぉ……」

 最後には懇願するようにして、シンジは情けない提案をする。
 それを聞いて、アスカはその明晰な頭脳で素早くシンジの提案について是非を検討す
る。

《そーねぇ、これ以上追い込んでもいい返事貰えそうにないし、一旦承知させれば後は
 徐々に仕込んでいけばいいか……
 取りあえずは、足掛かりを確保するって事で妥協するか……》

 なにやら、シンジがそのアスカの頭の中を覗けたならば、まず間違いなく己の失策を
悔恨の念と共に万難を排して葬り去るであろう事を考えている。

 シンジは、自分の出した妥協案が受け入れられる事を願って、何から考え込んでいる
アスカを凝視していた。
 アスカが今後の算段を終え我に戻ってみるとシンジがこれ以上は無い!っと言った風
情で自分を見つめている。その視線に気恥ずかしさを感じたのか、真っ赤になって後ろ
を向いてしまった。

 それを見て不安を感じたのか、シンジが話し掛けた。

「アスカ……?」
「わっ……判ってるわよ!
 もう、しょうが無いわね!
 これぐらいで勘弁しといたげるわ!
 感謝しなさい、バカシンジ!」

 盗人猛々しいとはこのようなことを言うのであろう。
 古代欧州商人が胸の肉1ポンドを要求するのように、自分の人生の切り売りを強要さ
れ、何に感謝しろと言うのか。

 だが、シンジはこのとき人生の一部を代償に静かな時間が取り戻せると小さな幸せに
打ち震えていた。

「うん、ありがとう!!」

 ……訂正。
 全く正常な判断力を事象の彼方へ放り投げていたようだ。

 アスカはホントーに判ってるのかしらと、不安になったがそれは心の片隅に追いやっ
て向き直り、今は居ない母がアスカの幼き日に教えてくれた唯一信じられる儀式を行う
ことにした。

 これを行った場合、必ず母は約束を守ってくれた。

 アスカに取って絶対の契約だ。

「……はい」

 アスカは、右手の小指だけ立てて胸の辺りまで腕を突き出す。

「……はいぃ?」

 間抜けな返事をしてシンジは、その手を見つめていた。意味が判らなかったわけでは
無い。ただ、そこから連想される事と目の前の金髪美少女との組み合わせがどうしても
結びつかないだけだ。

「……指切り」

「……うっ、うん」

 判ったか、判らないかよく判らない返事をするシンジ。しかし、珍しくアスカは怒り
もしなかったし、怒鳴りもしなかった。

「……これは、ワタシとアナタの誓いの儀式。
 約束してくれるんでしょう……シンジ」

 シンジは、アスカに潤んだ眼で見つめられながらそう言われて、おずおずと自分の右
手を挙げ、……そしてお互いの小指を絡めた。そして、アスカのその小振りで柔らかそ
うなピンク色の唇より紡ぎ出される魔法の呪文。

「ゆび切りげん……」

        :
        :
        :

 整備を手伝っていたが、なにやら始めた二人を見ていたチャック・キース少尉はその
光景をみて、下の方で整備作業をしているモーラ・バシット中尉を一瞬視界に入れた後
、眼鏡を光らせながら虚空を見つめて誰に話すともなく独白した。

「平和だねぇ〜」

 ……視界の隅に、無粋なマネをしようとして耳を引っ張られて連れ去られていく男
とそれを引っ張る女の4組――甲児とマリア、コウとニナ、ジュドーとルー、ビーチャ
とエル――の姿が無ければの話だったが。



<ジオフロント・ネルフ本部ホログラフ会議室>      


 その薄暗い一室に少し軽めの甲高い声が響く

「碇君。
 ネルフとEVA、もう少しうまく使えんかね……」

 また、別の声が響く

「左様。
 零号機にひき続き、君らが初陣で壊した初号機及び第三新東京設備、加えてインド洋
 で壊した弐号機の修理代……
 行政府が1つ、2つ傾くよ」

「オモチャに金をつぎ込むのもいいが肝心なことを忘れちゃ困るよ……」

「君の仕事はそれだけではないだろう」

 そして、上座に位置する取り纏め役らしい、銀髪をオールバックにして奇妙なバイザ
ーらしきモノで目を覆った体格の良さそうな壮年の男が口を開く。

「左様。
 我々にとって『計画』こそがこの絶望的状況下における唯一の希望なのだ」

 ゲンドウがその発言に短く応えた。

「承知しております」

「いずれにせよ、【使徒】によるスケジュールの遅延は認められない。
 予算については一考しよう。
 ……これにて解散する」

 そして、消えゆく男達の映像。
 その部屋は、そこで繰り広げられた内容に相応しい闇に包まれた。



<日本近海・機動巡航艦【アーガマ】ブリーフィングルーム>      


「ミサトさん、今度は何なんですか?」

 シンジは、疲れ果てた表情で座ったイスに取り付けられている小型の台に突っ伏して
いたが、今し方入ってきたミサトに顔を上げて質問した。その様子から察するに捨て身
の提案もあまり疲労回復には役に立たなかったようだ。
 その横には『当然、ここは私の場所!』といった表情で、アスカが座っている。
 そして、後ろには、青葉・日向・マヤの三人が座っている。

「次は、今連邦軍が戦っている宇宙人の事についてよ。
 丁度【ロンド・ベル】にうってつけの人がいたからね。
 ダバくん、入って!」

 ミサトは、入り口ドアの方に向かって呼びかける。
 ドアが開き現れたのは、あの長髪の青年ダバ・マイロードであった。
 その後には、キャオと少女が続く。
 ダバは、礼儀正しくシンジを見て挨拶を始めた。

「やあ、またあったね小さな騎士君。
 僕はダバ・マイロードだ、改めてよろしく。
 こっちは、キャオとアムだ。
 よろしく頼む」

 後ろに引き連れた二人を指して、それぞれ紹介する。

「よろしく頼むぜぇ!!」
「よろしくね!」


 それを見て、アスカはミサトに尋ねる。

「……ミサト、どうしてこの三人がうってつけなの?」

「ああ、それは……」

 ミサトがそこまで言ったのをダバが遮って言う。

「それは、僕たちがポセイダル達と同じ星系の人間だからだ」

 それを聞いてシンジとアスカは、慌てる。

「えっ、何!?
 それじゃ、アンタ達は敵!?」

 イスから跳ねるように立ち上がり、アスカはダバ達との関係を実に単純化された表現
で訊く。その瞳に、尋常ではない狂気の色が見え隠れする。

 ダバは何事もなかったかのように、平静を保ってそれに答えた。

「いいや、違う。
 僕たちは、ペンタゴナ星系でポセイダルの独裁と戦う解放軍の一員で彼らとは敵対す
 る関係にある。
 僕たちは、ポセイダルの野望を打ち砕くため、ここへ来た」

「じゃあ、そのポセイダルの野望って何よ」

「それは、判らない。
 本来、僕たちの技術では恒星間航行能力は持っていなかったが、どこかの星間文明と
 何らかの取引があったらしい。
 そのため、ポセイダルはこの太陽系まで遠征してきたという訳だ。
 僕たちは、それが何の目的で行われているのかを確かめている」

 そこまで聞いて一応納得したのか、アスカは席に着いた。
 先程見られた、異常な輝きは収まっていた。

 それを見て、ミサトは《昔っから確かに気分屋だったけど、ここまで酷かったかしら
?》と、訝しんだが、長旅で疲れているだけで大した事は無いだろうと、取り敢えずそ
の件は意識の外へと置くことにした。

 そしてアスカは、アムと呼ばれた少女の肩に乗った人形を見つけた。

「あっ……そう。
 ところで、何。
 あなた達って、いい歳して人形持ち歩いているの」

「……あぁ、紹介していなかったね。
 彼女はミラリーという種族の一人で、リリス・ファウという」

 その紹介を受けて、少女の肩に乗った人形はその背に生やした翅を震わせ、シンジや
アスカの周りを飛び回る。その様をみて、マヤなどは胸の前へ手を揃えて瞳を少女の様
に輝かせていたが、アスカは切り捨てたはずの子供じみた迷信の結晶が目の前を翔んで
いるのをみて、呆然としていた。リリスはひとしきり翔んだ後、ダバの肩に止まりシン
ジ達に向かっておじぎした。

 シンジも驚いたようだが、彼は日本人らしいアバウトな現実主義者であったため、さ
ほど衝撃を受けずダバに新たな質問をした。

「あっ、あの……、でも、こんな遠くまで大変ですね。
 その……、どうやってきたんですか?」

「緊張しなくていいよ、騎士君。
 こっちに輸送されてくる部隊に混じってね、紛れ込んできたんだ。
 太陽系に入って、抜け出そうとしたら見つかってね。
 逃げるのに手間が掛かって、地球に着いたときには手遅れだった。
 大使は謀殺され、ポセイダルはまんまと大義名分を掲げて宣戦布告さ。
 全く、汚いマネをする!」

 何か、ダバにはダバなりの確執があるようだ。
 最後の辺りでは、かなり熱くなっていた。

「ダぁバぁ〜。
 それはいいから、はやく始めようぜぇ。
 エルガイムの整備も、まだ終わっちゃいないんだぜ」

「悪い。
 では、始めようか」

 そして、ダバはヘビーメタル(彼らの使用する人型機動兵器の総称)の基本戦術をシ
ンジ達にレクチャーする。

「僕たちの使っている機動兵器は【ヘビーメタル】と呼んでいる。
 そして、大別して主に使用する材料の違いからA級とB級に区別される。
 B級HMの戦術は基本的に君たちのそれと大差ない。
 射撃戦を基本として、行動する。
 けどA級HMは違う。
 乗っているパイロットは【騎士】という称号を持つ先天的に身体能力に優れる優秀な
 者ばかりだ。生半可な間合いの攻撃じゃまず当たらない。
 だから、基本的に間合いを詰めて白兵戦を行うことになる。
 装備もそれに対応した特殊なモノが装備されていることが多い。
 判明している特殊装備は渡した資料に載せてある、接近戦になったら気をつけて貰い
 たい。
 遠距離装備は他の装備に比べて比較的弱いけど、安心しない方がいい。
 少なくても、B級HMのそれより遙かに強力だから」


 続いてキャオが、機種と構造を講義する。

「基本的に光学兵器は効かないと思ってくれ。
 一部の高出力型は別だが、通常の出力ではA級は勿論B級の表面処理でも防がれっち
 まう」

        :

「エンジンは、踵の部分にある。
 コックピットは首の付け根だ、エンジンに当てても、まずパイロットは助かるから安心
 してくれ」

        :

「コックピット周りは特に強力な防護措置がしてある。
 まあ、バスターランチャーみたいな化け物の直撃喰らわなきゃまず大丈夫だ。
 安心して、ぶっ放してくれ」

        :
        :
        :

 講義を終え、帰り際ダバはシンジへ長さ2,30cm程度の棒のようなモノを渡した。
シンジが不思議そうな表情をしてソレを見ていると、ダバが謝罪して言った。

「昨日はすまなかった。
 これは、そのお詫びだ。
 僕の予備のスパッドだけど、受け取って貰えるかい?」

 どうも、昨日の格納庫の一件で口出ししたことを詫びているようだ。

「スパッド?
 何ですか、これ」

「【騎士】の剣といえば分かり易いかな。
 これでそこの彼女を護ればいい」

 シンジの目の前で、スパッドの操作をゆっくりしながら光の刃を出して見せるダバ。

「あの……その……いいです。
 人を傷つけるものは欲しくありません」

「なら、スタンモードだけ使えばいい。
 きっと役に立つときがくる、持っていた方がいいと思う」

 そこまで言われ、シンジはそのスパッドを受け取ることにした。

「あの……あっ、ありがとうございます」

「大切にしてくれ、騎士君?」

「シンジ、碇シンジです」

「判った、シンジ君。
 僕はダバと呼んでくれ」

「はい!」

 シンジは、自分のような年端の行かないものも一人前として扱ってくれるダバに好感
を持った。

《第三新東京市まで、後少し。
 この旅が終わるとこの人達とも、お別れか……》
 シンジは、感じたことのない少し寂しい気分を味わっていた。



<ジオフロント・ネルフ本部ケイジ内>      


「ハデに壊してくれたわね」

 特務機関【ネルフ】技術部々長・赤木リツコは溜息付きながら、インド洋からの長旅
から帰った傍らの作戦部長へ話しかける。

「たはっはっはっは、まぁあの装備で【使徒】を殲滅したんだから……」

 特務機関【ネルフ】作戦部々長たる葛城ミサトはこれに誤魔化し笑いをしつつ、言い
訳じみた返答をした。

「たははっ、じゃないわよ。
 腹部装甲全壊、腹部貫通。
 中枢をそれたのはツイていたけれど、当然素体にも多大な損傷がみられるわ。
 オマケにロクな調整無しで出撃したもんだから、制御系もガッタガタ。
 これで【使徒】殲滅に失敗してたら、いい面の皮よ。
 まったく!」

 リツコ女史は、余分な仕事を増やされてかなり御立腹のようだ。
 ミサトは、この十年来の親友の怒りをどうして鎮めようか苦慮していた。
 だが、そのリツコから突然口調を変え、別の話を切り出してきた。

「……でも、流石ね」

 一瞬、その言葉を理解できないミサト。

「ぇえ、流石アスカよね。
 初戦で【使徒】を殲滅するなんて、天才の名に恥じないわね」

 ミサトの予想とは違う返答を、リツコはしていた

「違うわ、シンジくんよ」

「えっ!?
 シンジくん!?」

「そう、シンジくん。
 初号機続いて、弐号機もロクなパーソナルデータ無しでシンクロしている。
 弐号機へは正規パイロットと同乗したにも関わらず、所々でコントロールを取ってい
 るわ。
 そして、最後には弐号機パイロットとユニゾンしてシンクロ・レコードを更新。
 まさしく、EVAの為に生まれてきたような子ね」

「ええ。
 ……でも、シンジ君喜ばないでしょうね」

「そうね、あの子EVAに乗ること好きじゃないみたいね」

「無理も無いわ。
 10年ぶりに父親に呼び出されてみれば、いきなり戦闘マシンに『乗れ!』ですもの。
 これで、喜んでいたら相当おめでたいわ」

「かもしれないわね。
 そういえばアスカとシンジ君、貴女が引き取ったんですって?」

 実は司令へ働きかけ、そうなるようにしたのはリツコであるが、その素振りは微塵も
感じさせていなかった

「えぇ、最初はアスカだけを引き取る予定だったけど、ちょっとね。
 結局、シンジ君も一緒に面倒見ることになったわ。
 大丈夫よ、中学生に手ぇ出したりしないから」

「あたりまえでしょ!
 何考えているの、アナタって人は」

 リツコのこの辺のモラルは、何故か一般のそれと大差ないようだ。
 ミサトの品のない冗談に声を荒げる。

「じょ、冗談よ。
 ところで弐号機修理にどれくらいで終わるの?」

 再び怪しい気配になってきた話の筋を逸らすため、話を本筋に振り直すミサト。

「一週間ってところからしら。
 制御系の修復に手間取らなければ、の話ですけどね」

「頼んだわよ」

 そういって、これ以上の藪をつついて小言を受けないよう、逃げるようにしてミサト
をケイジを後にした。



<第三新東京市>      


 一方無事EVA弐号機をネルフへと届け終えた【ロンド・ベル】は、依然としてネル
フより解放されず、その指揮下にあった。

 当然、【ロンド・ベル】は第三新東京市より離れることが出来ない。

 取りあえず、ブライト達正規の軍人は軍隊の最も頻繁に行われる任務の一つを果たす
ことにした。

 『急いで待つ』事である。

 軍人は慣れ親しんだ任務を遂行すればよかったが、兜甲児を筆頭とする民間協力者は
そうはいかない。

 当初は、同様に待機していたが、やることが無くなったのか暇を持て余し、第三東京
へ繰り出すこととなった。だが、先日の【使徒】迎撃戦で恐れをなした住民が続々と疎
開する様な状況では、繁華街が賑わう筈も無い。
 結局、一店だけ開いていたレストランで食事することになった。

 そこには、ようやく飽くなき書類との戦いに勝利したミサトと訓練を終えたシンジ達
が少し遅めの昼食を取っていた。

「よぉ、ネルフの皆さん方。
 奇遇だねぇ〜。
 御一緒させて貰っていいかい!?」

「ええ、いいわよ」

 甲児の社交辞令的な挨拶に、これまた見事な外行きの笑顔を張り付けてミサトは挨拶
を返した。ちなみにシンジは食事と格闘戦を繰り広げており、初対面での悪印象を引き
ずっているのだろうかアスカは甲児を全く無視してそっぽを向いていた。

「どお、そっちは?」

「だめだ、やること無いからヒマでヒマで……
 しょうが無いから、第三新東京市に繰り出してみても、店なんか開いちゃいねぇ」

「そおねぇ。
 【使徒】や宇宙人が攻め込んで来てんだから、しょうが無いわね。
 こんな時は、パァーとドライブでもしたら?
 この辺、峠だらけだからなかなか楽しめるわよ」

「いいねぇ〜。
 久しぶりにバイクだして、峠走ってみるってぇのも」

「ふ〜ん、バイクなんか乗ってんだ。
 そういえば、私もここんとこドライブしてないはねぇ。
 そろそろ、思いっきり走らせてやんないとスネちゃうかしら……」

「もしかして表のルノー、ミサトさんかい?」

 以外だなといった表情をして甲児は、それに応えた。

「えぇ、そうよ。
 そんじょそこらのクルマには負けないわよ」

 ミサトはその反応が気に入らなかったようだ。
 余計な一言を付けている。

「へぇ〜、そりゃ奇遇だ。
 オレのバイクも、その辺の連中には負けないぜ」

 生来負けず嫌いな甲児が、挑戦的なミサトに対抗するような発言をする。何やら、怪
しい雲行きになってきている事は確かだ。

 傍らにいるマリア・グレース・フリード -元フリード星王朝王女。前大戦以来何故か
(笑)地球に居着いた- は、この展開にたじろいでいない。むしろ胸躍らせているよう
だ。曇り一つなく、甲児の隣でにこやかに微笑んでいる。

「まぁ、バイクに負けるようなクルマ乗りはいないけどね」

「峠でクルマにみたいな亀に負ける訳無いぜ」

 その瞬間軋む様な音をたてて、レストラン内空間の空気が固質化する。事態は、確実
に悪化し始めた様だ。

「これは、私に対する挑戦?」

「それは、オレの台詞だ。
 2本ばかり、タイヤが多いからって大きなツラしてんじゃねぇ」

「あ〜ら、オネーさんがいつ大きなツラしたのかしら?
 大きな顔してんのはそっちでしょう!?
 まあ、タイヤが2本しかないんじゃ大きな顔しないと見えないかもね」

「なんだとぉ!」
「なによ!」

 ミサトも甲児も最早引くに引けないところまでヒートアップしていた。
 ミサトと甲児の視線がぶつかり、火花が散っている。

 だが、これだけ悪し様に言い合っていても甲児は、ミサトの年と体重については全く
言及していなかった。

 至極賢明な判断である。

 さすがは星系を越えるスケベ、女性が年と体重の事になると問答無用掛け値無しで鬼
になれること -特にある境界上に差し掛かって微妙であればあるほど- を十二分に心得
ているようだ。

 視線で火花が散ると言った漫画のような光景を実際に目にして慌てたシンジはミサト
を止めようとしたが、アスカが二人を面白がって、そうはさせじとシンジを制していた。

 甲児の後ろでは車弁慶 -ゲッター3パイロット・暑っ苦しい万年青春球児- は、『う
んうん』と感涙していたし、その横のボス -甲児のツレ。但しそれを甲児自身は否定す
る- は無闇に騒ぎ立てていた。ほかのメンバーも似たようなものだ。
 言うまでも無く皆観戦気分で囃し立てていたのだ。

 ミサトと甲児は、睨み合ったまま素早く懐に手を伸ばすと、二人して素早く背を向け
あっていた。

「日向君、ミサトよ。
 これからちょっち、箱根・芦ノ湖スカイラインを封鎖するよう申請してくれない?
 ……理由?
 理由は、非常時における経路再確認と所要時間の実地計測とでもしておきなさい!!
 いいわね!」

「さやかさん、おれのバイク用意してくれないか!?
 ……そーだ、アレだ!
 ……何でもいいだろう!
 15分で戻る。
 頼んだぜ!」

 ミサトと甲児の熱い一日はたった今、幕を開いた。



<第三新東京市・ネルフ付属病院301号室>      


 シンジは、交通法規の精神へ廃棄処理場への片道切符を叩き付けたミサトの誘いをど
うにか断り、入院しているレイの病室へ訪れていた。

 当然、何やかやと理由を付けてアスカも一緒だ。

 病院へ着き、長い廊下と黒服達のチェックを抜け病室の扉を開けると、そこには、未
だ頭部へ左目が隠れるようにして包帯が巻かれ、右手はギブスで固められている少女が
青銀色の髪を開け放たれた窓より入る風に髪を時折なびかせていた。かなり傷も癒えた
のであろうか、ベットの上で身体を起こし何やら文庫サイズの本を読んでいる。

 その水彩画のような現実感を伴わない光景に、暫しシンジは惚けていた。動かなくなっ
たシンジを不振に思ったアスカは、惚けたシンジを見て一気に不機嫌さのメータを上げ
た。

 そのアスカに強烈な肘鉄を貰い、シンジはようやく我を取り戻す。

「イタタ……やあ、綾波。
 良くなったんだ」

「……えぇ」

「もう動けるの?」

「……えぇ」

「どこか不自由な所無い?」

「……問題無いわ……」

 シンジの問い掛けに、いつもの如く言葉少なに返事を返すレイ。
 埒のあかない会話に痺れを切らしたのかアスカが口を挟む。

「こら、バカシンジ!
 その子がファーストなの?」

「ファースト?」

「ファースト・チルドレンよ!」

「うん?……あぁ、そうだよ。
 この子が綾波さん、綾波レイ。
 ファースト・チルドレンだよ」

 今度は、綾波の方を向いてアスカを紹介する。

「綾波、紹介するよ。
 惣流・アスカ・ラングレーさん、僕たちと同じチルドレン」

「よろしく!
 仲良くしましょう」

 少なくとも表面上は不機嫌さを微塵も感じさせず元気に挨拶するアスカへのレイの返
答は、おおよそ社交的とは言い難い不愛想な問いかけであった。

「……どうして?」

「その方が都合がいいからよ。
 何かとね」

 全く悪びれることなく、本音をのたまうアスカ。
 だが、答える方も尋常ではなかった。

「……命令があれば、そうするわ……」

「……かっ、変わった子ねぇ」

 そのやり取りをみてシンジは、どっちもどっちだなどと極々普通の感性を持つ日本人
らしい事を思っていた。



<第三新東京市近郊・箱根スカイライン入り口>      


 箱根スカイライン、料金所前に立つ二人。
 アーガマの暇な連中が総出してギャラリとなっているが、とばっちりを警戒して少し
離れていた。

「あら、逃げずに来たことだけはオネーさん誉めて上げるわ」

「そっちこそ、負けて吠え面かくなよ!」

 これだけ間が空けば、溶岩ですら表面上は冷え固まると言うのに二人とも上っ面すら
全然熱が冷めやらないようだ。
 大人げない話である。

 ここで二人の操るマシンを見てみよう。

 ミサトの車は、言うまでもなくルノーA310レプリカだ。
 レプリカだが、クラシックといって全く問題ない。
 扱いの難しいエンジンカーであるが、その馬力は経済性優先のエレカより数段上であ
る。ただし、エンジンはオリジナルのガソリンエンジンでは無く、水素レプシロエンジ
ンである。

 対して甲児は、なんと大昔の名車Kawasaki Z1を持ち出してきた。
 ミサトの見立てに間違いなければ、既に絶滅したはずのガソリンエンジンを積んでい
る!

「それ本物?」

 ミサトは、信じられないと言った具合に尋ねる。

 よく見てみると、剥き出しのキャブレター、どう見てもノーマルとは思えないフロン
ト周り、追加装備された大容量オイルクーラー。

 なにやら既製品に与えられたシンプルさに欠けるような気がする。しかし、ソレは醜
悪さを感じさせるわけではなく、むしろ威圧感を伴った崇高さすら漂
わせていた。

「勿論だ、ジーさんの形見だぜ!
 加えて俺がイジってんだ、そこのレプリカなんかと一緒にすんなよ!」

「大時代な骨董品持ち出してきて……
 コーナーでフレーム折れるんじゃないでしょうね?」

「言っとけ!
 そこまで言うんなら、覚悟は出来てんだろうな!」

「あなたをブッちぎる覚悟?
 やーね、オネーさんにそんな残酷な事聞くなんて……」

「言いたい放題いいやがって!
 ……いいぜ、なら賭けないか?」

「賭け?」

「そうだ、賭けだ」

「いいわよ」

「じゃあ、俺が勝ったらアンタの手料理ってのはどうだい?」

 誰が見ても”肉体限定”の求愛衝動丸出しといった表情で、甲児は望みを言った。
 食事の後、どういう魂胆だか判り過ぎるぐらいでここまで判ると気持ちいいかもしれ
ない。
 少し離れていたマリアは相変わらず微笑んでいたが、何やらその額には#印がうっす
らと浮かんでいた。

「そんなもんでいいの?
 じゃあ、ワタシは指輪の一つでも貰おうかしら」

 ミサトは、そのような男に慣れているのであろう、だらしない甲児の表情が見えてい
ないかのように平然と受け流す。

「交渉成立だな……」
「ええ」

 口端を上げて意地悪い笑みを浮かべ顔を見合わせていた二人であったが、急に真面目
な顔をして声を揃えた。

「「勝負は、芦ノ湖スカイライン出口まで!
  フラグスタート、待ったなし!」」

 二人は何故か寸分違いのないユニゾンを見せて、それが合図であったかのように出発
準備を進めるべくそれぞれの愛車へと向かっていった。

        :
        :
        :

 横一線に並ぶ両人のマシン

 履いている車輪の数は違えど、猛々しさを隠そうともしない獰猛な咆吼は大差がない。
 辺り一帯に轟音が響きわたる。
 日頃、静粛なエレカに慣れているギャラリが五臓六腑に響く爆音にしかめっ面して耳
を押えている。

 そのまともに聞き続けていたら聴覚を破壊されそうな音を従えている彼らの先には、
片手で耳を押えながら反対の手で白いハンカチを捧げ持つマリアがいた、
 あのハンカチが振り降ろされたら、スタートだ。

 全神経をその指先に集中させる二人。

 ……そして、振り下ろされた!

 揃って白煙を上げ、猛然と加速し始める2台併せて6輪の足を持つ鋼鉄の悍馬達。
 文字通り、弾け飛ぶようにしてマリアの両脇を抜けてコーナーへ向かって突き進む。

 最初にコーナーへ入ったのは甲児だ。
 やはり、スタートダッシュではパワーウエイトレシオに優る二輪に分があるらしい。

 甲児はコーナー手前でフロントブレーキをホンの一瞬かけてフロントフォークを沈み
込ませる。そして、無粋な引き留め役から解き放たれたフロントフォークが跳ね戻るが
遅いかリアに体重を移動させ一瞬のうちに旋回を終え、同時にアクセルを開け先程より
更に速度を上乗せする。そうして甲児の二輪は豪快にコーナーを脱出していた。

「やるじゃない……」

 ミサトはいささか甲児の事を見直しつつも、自身の愛車の手綱は緩めない。
 こちらは、豪快な爆音にスキール音を家来のように従えてRR特有のクセの強いステ
アリングをねじ伏せ、ドリフトさせながらこれまた尋常でない速度でコーナーを抜けて
いく。

 だが、箱根スカイラインの前半部は比較的小さいコーナーが多い。
 このような場所では旋回半径の小さい甲児が有利だ。
 順番は甲児・ミサトで変わらない。
 むしろ、両者の間は開いていた。

「この先で抜く!」

 ミサトは内心そう思うことで焦りつつある自分を制御しようとする。

 そして、待望の芦ノ湖スカイライン後半部へ舞台は移った。

 だが、甲児の二輪へ近付くことは出来ても、抜けない。
 コーナー毎にリアを滑らせながらも、最大限の速度を維持しているのだ。
 ミサトの腕を持ってしても近付くだけで精一杯だった。
 そして、芦ノ湖スカイラインへ入りその長い上りストレートを抜けた。
 この先にはこのような絶好の直線部は無い。

《ちぃぃ、ぶつけてでも抜こうかしら……》

 ミサトがそのような物騒な事を運転に酷使されている頭脳の1%を割いて考えていた。

 そうしている間にも次々と甲児はゴールへ向かって突き進んでいる。

 最後の上り区間・レストハウス手前で焦りの余りミサトは中央車線に設置されたポー
ルを薙ぎ倒していた。

《こりゃー、勝ったな。
 手料理を頂いた後は、あのおいしそうな身体も頂くぜ!
 ウヒヒヒヒヒ〜》

 そのようなことを考え油断していたのだろう、レストハウス前を通り過ぎた下りの最
初のコーナーでそれは起こった。
 下りの路面が観光バス等の車圧で波打っていたのだ。
 普段であれば、そのようなことなど問題にしなかった甲児であるか頭のネジと一緒に
股の蝶番も弛んでいたようだ。
 路面の凸凹を拾って、車体が跳ねたのを押さえきれずオーバーランしかけた。

 ミサトがそのような好機を見逃すはずもない。
 果敢にイン側へ車を滑り込ませ甲児を抜いた。

 オーバーランしかけたとは言え、甲児も並のバイク乗りではない。
 即座に体勢を立て直して、ミサトの後ろへ着く。

 だが、もうすぐゴールだ。

 甲児は素早く決断した。
 右グリップ基部にあるボタンに親指を伸ばす。
 ボタンの周りの鮮やかなキラービーストライプ(黒と黄色のストライプ)が物々しい。
 甲児は躊躇せずボタンを押し込む。
 そして燃料タンク下に備え付けられたなにやら髑髏マークが描かれた小型タンクのバ
ルブが開いた。

「うっひょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 甲児の悲鳴だか、雄叫びだか判らない叫びと共に文字通りロケットの様な加速でミサ
トを抜き返す。

「なっ、なによ!
 あれぇ〜!!!!」

 手に入れ掛けた勝負を土壇場でひっくり返されたミサトが騒ぐが後の祭りである。
 甲児はそのままゴールした。

        :
        :
        :
        :

「いや〜、葛城さんの手料理楽しみだな〜」

 甲児は、到着後にエンジンブローした愛車を見ながら(骨董品にニトロをぶち込んだ
のだから当然だ)明らかにミサトに当てつけるように甲児は言った。

「なによ、あんなのインチキよ!」

 ミサトが欠片の納得もしていないようで甲児に喰ってかかった。

「勝負は、勝負だ。
 ニトロ使っちゃいけないなんて聞ーいてないぜ。
 さぁ、葛城さん家へ参りましょうか」

 甲児がそこまで言ったときだった。
 辺り一帯に響きわたる警報。

「第一級避難警報!?」

 この辺り一帯で第一級避難警報が発令されるのは【使徒】絡みか異星人の侵攻があっ
たということだ。
 奇しくも、ミサトのだした名目だけの申請が今まさに役に立とうとしていた。



<ジオフロント・ネルフ本部第一発令所>      


 その時、そこに詰めていた者に緊張が走った。

 常時聞いていたら怒り以外の感情は摩滅してしまうような神経を逆撫でするような連
続したブザー音を聞いたからだ。

 それまで、同僚とのたわいの無いお喋りや上司より言いつかった書類の作成を行って
いた彼らが一斉に、定位置に着き自らの職務をその与えられた権限を最大限使用して遂
行する

 そこにブザー音とは違う、やや堅苦しいがハッキリとした口調で響きわたる外部回線
からの報告。


『……S2反応ヲ持ツ正体不明機発見。
 第三新東京市ヘ南南東ヨリ接近中。
 第三新東京市マデオヨソ16分』

「索敵班何をしていた!
 第一種警戒配置発令!」
「日本管区行政府に通達」

「D級以下の職員は直ちに避難所へ」
「サード・チルドレンを非常召集!」

「各迎撃システム、状況知らせ!」
「第三新東京市、戦闘形態移行準備」
「市内インフォメーションボードを非常警戒モードへ」
「T3ICS(The Third Tokyo Intercept Control System)サーバー起動します」
「映像、マスタースクリーンへ廻します」

 そこには、毒々しい赤紫一色で塗り染められた出来損ないのキノコのような物体が海
面上空50m付近を浮遊していた。

「パターン青!
 【使徒】です!!」

 日向二尉はその報告を受け、課せられた責任を果たす。

「これより作戦部最先任権限において第一種戦闘配置を宣言する。
 総員第一種戦闘配置!
 繰り返す、総員第一種戦闘配置!
 【ロンド・ベル】へ出動命令を!」

「第三新東京市、戦闘形態へ移行」
「C級以下の職員は、シェルターへ待避!」
「中央ブロック、収納率二五%」
「兵装ビル迎撃システム稼働率四九%」
「外郭迎撃システム稼働率二八%」
「保安部弐課出動準備完了」
「回収班・救急班の配置完了」
「サード・チルドレン捕捉、到着まで二七〇秒」
「EVA初号機の発進準備完了」

《早く、早く帰ってきて下さいミサトさん……》

 日向マコトは、責任をヒシヒシと感じつつあの凛々しい上司の帰還を切望していた。
そこへ新たな報告が入った。

『ワレ南東方向三〇kmニ、時空前哨波観測
 機動兵器くらすノ転送ト思ワルル
 ソノ数、オヨソ三〇
 出現予想時刻マデオヨソ一八〇秒』

「なにぃ!」



<第三新東京市・市内>      


 そのころミサトは、エンジンを壊して動けない甲児を置き去りにして自らの職場へ向
かい爆走していた。



<ジオフロント外周地下ドック内・機動巡航艦【アーガマ】格納庫>      


「まわせー!」

 【アーガマ】で機上待機していたコウ・ウラキ少尉は、自機の周りに取り付いた整備
クルーへ主推進機の火入れを命じる。アイドリング状態であった反応炉も、稼働状態へ
と着実に出力を上げている。それに満足して眺めつつ、出撃前チェックリストを消化し
ていく。

「反応炉出力正常。
 推進機自己診断オールグリーン。
 機体制御システム自己診断……クリア。
 FCS(火器管制システム)……#1・#2・#3オールグリーン。
 内蔵火器残弾確認……クリア
 ブリッジ!
 ガンダム・ゼフィランサス発進準備よろし」

 RX-83GP01Fb【ガンダム・ゼフィランサス】
 第一次地球圏大戦後に開発された機体でRX-78【ガンダム】の素直な強化発展型 である。18m級の機体とコア・ファイター方式に拘ったため未だにリニアシートでは なく旧式の部分モニターコックピットで、白兵戦能力を重視したため、ペイロード(兵装 搭載量)が減少し、精々ライフルとその予備弾倉しか持てない。また格闘プログラムが システム容量を食い尽くし運用可能な兵装も少ない。  だが、その思いっきり偏った性能は汎用性は兎も角、機動性・格闘能力は未だに第一 級の性能を維持しており対機動兵器戦闘で引けを取ることはない。
 コウはその様な多分に我が儘な機体がとても性に合っていた。
 第二次地球圏大戦からのつき合いで、共に戦った歴戦の機体だ。

 元は連邦軍の次期MS選定コンペティションに向けて試作された高性能機3機種の1
つであったが不採用となり、現在では製造元の【アナハイム・エレクトロニクス】社の
社内研究機と言った扱いで【ロンド・ベル】に貸与されている、かなりややこしい立場
の機体である。

 【ロンド・ベル】には、優秀なパイロットと豊富な実戦投入機会を持つため、このよ
うな形で貸与されている機体も多く、人員や物資もかなりA.E.社から援助されてい
る。【ロンド・ベル】にいる【ガンダム・ゼフィランサス】の主任技師ニナ・パープル
トンもその一人である。

『こちらブリッジ・ファより、コウへ
 【ネルフ】より緊急連絡が入りました。
 正体不明の機動兵器の転移が観測されたそうです。
 おそらく、ポセイダル軍と思われます。』

「了解!
 ……ニナ、こないだ倉庫ひっくり返したときに見つけた90mmSMG(サブマシ
 ンガン)用意してくれないか。
 ポセイダルの連中とやり合うことになりそうなんだ、頼んだよ!」

「わかったわ」

 鈴を転がすような声でニナは返事を返す。

 しばし後に庫内リフトの乗ってきたSMGと予備弾倉を機体に装備させて、コウは出
撃準備を終えた。

「コウより、ブリッジへ。
 出撃準備完了、以後の指示を待つ」

『ブリッジよりコウへ。
 エマ中尉のガンダムMk.2の後に続いてください。』

「了解!」

 コウは地上へ出るため、搬出パレットへ機体を進めた。



<第三新東京市外郭防衛線・後方>      


 チャック・キース少尉は、指示されたポイントで待機していながら漠然と思いに耽っ
ていた。

「なーんで、こんなトコにまた首都を移そうなんて日本行政府の連中考えたんだ……
 DCの連中に旧東京潰されてもまだ何にも判ってないのかなぁ……」

 キースのいっているこんなトコとは、この『第三新東京』のことだ
 守りにくい場所へ首都を移そうという馬鹿げた考えを理解できなかったのだろう。

 第一次地球圏大戦初頭、世界有数の重要都市であった旧東京は蜂起したDCによって
壊滅した。そのため急遽地政学・政治上の理由から長野県松代へ臨時首都を設置したが
現在では【臨時】の二文字がとれ、結局そこを中心にして今では名実共に日本行政府の
首都となり『第二新東京』と呼ばれるようになっていた。
 そこは、攻めるに難く守るに易い好所であり、そのような場所からこのような海岸線
沿いの守り難い地形へ重要な戦略拠点の一つである首都を移そうとするのは戦乱続きの
今、正気の沙汰ではない。

『潜眼3班より【ロンド・ベル】火力支援チームへ。
 阻止砲撃を要請する。
 座標357−981
 方位角・秘匿符丁229
 迅速試射で頼む。』

「【ロンド・ベル】火力支援チーム2番機より、潜眼3班へ
 観測値確認、着弾まで6秒」

 キース少尉は、隊内通信で割り振られた指示に従い砲撃試射を行っていた。
 そのキース少尉の乗機は、RGC−83【GMキャノン2】だ。
 決して高性能機ではないが、MSに随伴できる火力支援機として、また通常の機体に
劣るとはいえそれなりの白兵戦能力を持つことから現場では重宝されている。

 少し離れた辺りでは、サイド1のジャンク屋リーダー格であるビーチャとその子分モ
ンドが乗り込んだRX−75【ガンタンク】が同様に砲撃試射を行っている。
 こちらは、折り紙付きの超旧式機で、連邦がMS実戦配備まで使用していた出来の悪
い戦車のような機体である。老朽化のあまり【ロンド・ベル】駐屯所で放って置かれて
いた機体をジャンク屋達の琴線に触れるモノがあったのか無理矢理に引っぱり出した機
体だ。

「..3.2.1。弾着、今!」

 第三新東京市一帯にめぐらされたレーザー通信網を通じて、相手先で起こっているで
あろう爆音を微かに伝える。

『オン・ターゲット!
 いいぞ、そのまま効力射開始。
 修正無しだ。』

 そう通信が入ってきたかと思うと【ガンタンク】とは反対側で盛大な白煙が上がる。
 火力支援グループリーダーのクリスティーン・マッケンジー中尉が操縦するGM3が
機体中に張り付けた搭載ミサイルの一斉発射を行ったためだ。

 その後ろでは、予備弾薬を満載したバーニィことバーナード・ワイズマンの乗り込む
MS−06Fz【ザク改】が既に移動を開始していた。
 そうしないと射撃地点を割り出され、手痛いしっぺ返しを喰らうことになるからだ。

「戦況は常に変化するってね……こぉの〜」

 キースは、自分の割り当てられた規定弾数を早く撃ち尽くせとばかりにコックピットで
苛ついていた。



<ジオフロント・ネルフ本部内第6ケイジ>      


「こらー、バカシンジ!
 負けたりしたら、承知しないからね〜!」

《惣流さん、恥ずかしいから大声で呼ぶのやめてよ……》

 ボックスより声援(?)を送るアスカに見送られ紫の鬼神の躯へ挿入されるエントリ
ープラグ。
 今、EVA初号機はその主を得て、瞳に光を灯した。



<第三新東京市外郭防衛線・後方>      


「でぇ〜りゃぁ!」

 コウは、そう勇ましく雄叫びをあげるとSMGのマガジン内残弾を残らず青緑色の機
動兵器【アローン】へ叩き込む。
 全弾撃ち尽くしたところで、SMGはマガジンを跳ね飛ばすようにして自動的に排出
する。

 だが、目標となった【アローン】は明らかに損害を受けているようだが行動不能にな
るほどでは無かったようだ。火を噴くパワーランチャー -彼らの使用する光学砲の名称-
に見切りをつけ、その手にセイバー -彼らの使う光剣の名称だ- を持ち、こちらに逆襲
をかけてきた。

 それを見て、コウは素早く自機にもビームサーベルを装備させ迎え撃つ。

 動きの鈍くなっていた【アローン】の突撃をかわして、横薙ぎの一撃を与えようやく
その【アローン】を行動不能へ追い込む。

「ひとつ!」

 激しく呼吸を繰り返しながら、コウは次の敵を探す。
 シールド裏の弾薬ラックから予備マガジンを取り出し、SMGへ装填しながら、内心
でコウは90mmSMGでは火力不足であることを痛感していた。

 90mmSMGは第一次地球圏大戦でビームライフルの信頼性が心許なかった時に使
用されたMS用火器で、いいところザク程度を相手にすることを考えて開発された。
 そのため今回のようなヘビーメタル相手では、最低で105mmアサルトライフル、
出来れば新型の155mmスマートガンが好ましかったが、前者は運用プログラム未対
応であり、後者は運用プログラム未対応は勿論、この機体では過重量であったし何より
【ロンド・ベル】には配備されていなかった。

 激しい戦いの中、次の敵を探すコウのその向こうでは、アムロ少佐の【ガンダム・ア
レックス】が単眼が特徴的なダークブラウン色の機体【グライア】へハイパーバズーカ
を直撃させ、仕留めていた。

『コウ、気を付けろ!
 後ろが留守になっているぞ!』

「すっ、すいません!
 少佐!」

 コウは、アムロにそう応えつつもっともな感心をしていた。

《さっすが、アムロ少佐。
 エースパイロットは違うなあ……》

 まあ、そうであろう。
 ビーム等は、亜光速レベルで目標へ到達するが、バズーカの弾などは弾種にもよるが、
下手をすると亜音速以下、出てもせいぜい音速の2,3倍程度だ。
 余程目標の未来位置予測に長けていないと、動きの激しい機動兵器同士の戦いでは僥
倖に恵まずには命中させるのは至難の業だろう。

 コウが頭の片隅でそのような事を考えている間にも戦闘は続いていた。

 ここまででポセイダル軍は、投入した機体の3割弱の9機が損害を受け、内6機が行
動不能・もしくは完全破壊されていた。通常であれば撤退を考え始めるべき損失である
が、撤退時にも出現時と同じように転送されることから撤退戦での損失を考えなくても
良いためだろう。未だ退く気配が無い。

 一方数に劣る【ロンド・ベル】も只では済んでいない。
 調子に乗って砲撃を繰り返していたビーチャとモンドの【ガンタンク】が手痛いしっ
ぺ返しを貰って後退し、コウもパワーランチャーの一撃を受け少なからぬ損害を受けて
いた。


 そこへ、稜線の向こうから【使徒】が現れた。


『【ロンド・ベル】各機、第二防衛ラインまで後退!
 遅れるな!!』

 かねてよりの指示通り、後退指示をだすアムロ。
 損傷の比較的少ない機体や後方よりの火力支援チームの援護射撃を受け、コウ達【ロ
ンド・ベル】機動戦闘団はその練度に相応しい迅速さで後退していった。


 一方ポセイダル軍は未知の存在である【使徒】へ対して、軍隊の論理 -戦場で疑わし
きは敵!- に従い、後方に備えていた数機の機動兵器が迎え撃つ。

 だが、全く歯が立たない。
 遠距離より放たれる光条は全てA.T.フィールドによって防がれる。
 接近戦を挑むべく近寄る機体は、そのキノコの出来損ないの様な身体から生えた一対
の触手の攻撃を受け、切り刻まれて行く。

 増える損害に業を煮やしたのか、それまで控えていたこれまたガンダムとは違った戦
場ではあり得ない筈のカラーリングを持つ黄金の煌めきを放つヘビーメタルが動いた。
 ダバよりもたらされた情報にあった【オージェ】と呼ばれるA級HMであろう。
 
 その後方に従う2機の青い骸骨武者【バッシュ】の内、1機は【オージェ】に従うが
もう一機は、その手にしたあからさまに凶悪さを漂わす物干し竿を構えた。
 ダバ達が持ってきたそれとは形状が違うが、恐らくバスターランチャーという高出力
砲であろうと思われた。


 果敢にも白兵戦を挑んだ2機が、【使徒】を足止めし、後方でバスターランチャーを
構える【バッシュ】が慎重に狙いを定める。

 そして、2機が軸線上から飛び退いた時、それは暴力的な激光を伴って放たれた。
 軸線上に存在する全てを薙ぎ払いながら、【使徒】へ疾走する光条。
 そして、【使徒】のいたところが濛々たる爆炎と土煙に包まれた。

        :
        :
        :

 ダバからもたらされた情報にあったようにバスターランチャーの使用は、彼らの機体
にも多大な負担が懸かるらしい、攻撃を行った【バッシュ】がどうやら行動不能に陥っ
たようだ。
 機体の各所からうっすらと煙を吐いている。

 その向こう側、【使徒】付近では、攻撃の確認すべく、白兵戦を行っていた【バッシ
ュ】が【使徒】の居た辺りへ近付いた。
 確かにその惨状を見ては、【使徒】を仕留めたことを確信したのも無理はない。

 だが、煙中より飛び出してきた突如現れた触手に、近づいた【バッシュ】が左腕を切
り飛ばされる。

 予想せぬ反撃に驚いたのか、ポセイダル軍は一様に【使徒】のいた辺りから距離を取
り様子をうかがう。

 そして、煙が収まったあとに、【使徒】はその姿を現した。

 所々焼け溶けたような箇所が見られ、触手も一本消し飛んでいる。
 そして、全体的に皮が一枚剥がれた地獄を彷徨う亡者のような姿になっていたがそれ
でも致命傷は負っていなかった。

 A.T.フィールドが辛うじて、バスターランチャーの一撃を喰い止めていたのだ。

 遠巻きにいたポセイダル軍が慌てたように散発的な攻撃を加えるが、全く効果は得ら
れないようだ。むしろ、かえって【使徒】の攻撃本能を刺激しているだけのようだ。

 結局怒り狂う【使徒】によって【オージェ】が損傷したところで、彼らは撤退してい
った。



<ジオフロント・第一発令所>      


「遅いわよ」

 赤木リツコは、後方へ現れた作戦部長をそう言って迎えた。

「言い訳はしないわ。
 状況報告!」

 作戦部長・葛城ミサト一尉は発令所上方のメインオーダーステージへ現れざま、日向
へ現状を確認する。あらかじめある程度の情報は聞いているが秒単位で状況が移り変わ
る戦闘で最新のソレを手に入れることを怠る軍人は居ない。

 日向二尉は、ミサトへ報告を行った。

「進行してきたポセイダル軍と【ロンド・ベル】機動戦闘団が交戦。
 途中【使徒】が交戦域に侵入してきたところで【ロンド・ベル】はかねてよりの指示
 通り後退を開始。
 その後、ポセイダル軍が【使徒】へ対して戦闘を仕掛けたようですが多大な損害を受
 け撤退しました。
 【使徒】もポセイダル軍の大出力砲を受け、体組織の9%を喪失した模様です。
 チャンスです」

「わかったわ。
 シンジ君、発進準備いいわね!?」

『……ええ、ミサトさん。
 問題無いと思います……』

 モニター上のシンジが緊張した面持ちで応える。
 その答えを受けて、ミサトは声を張り上げ命令を下した。

「EVA初号機発進!」



<第三新東京市外郭防衛線>      


 山の中腹が盛り上がったかと思うと左右にスライドして開く。

 表面は擬装されているが、内部に見え隠れする鈍色の輝きは人工構造物であることを
隠そうともしない。

 その開口部へ猛烈な風切り音を発してEVA初号機が現れた。

 一瞬の間を置いて、リフトオフ。

 【使徒】を探して首を振っているシンジへ
 ミサトは彼の白兵戦能力を考慮してパレットガンでの近接射撃を指示する。

『シンジ君、目標は右前方2時方向7000にて停止中。
 目標500まで接近の後、敵A.T.フィールドを中和しつつパレットガンで一斉射
 いいわね。』

「はい!」

 シンジは緊張した面持ちでミサトに応えた。

 そして、EVA初号機を疾走させ【使徒】へ接近する。

『目標まで550!』

 日向二尉が状況を報告する。

《目標をセンターへ入れてクリック。目標を……》

 インド洋から第三新東京までみっちり仕込まれた文句を心の中で呪文の様に唱えつつ
攻撃に移るシンジ。

 パレットガンの射撃レーティクルが【使徒】を捉えて、歓喜の煌めきを発したときシ
ンジはイントロダクションレバーの引き金を引き絞った。

 とても【使徒】を傷つけられるとは思えない軽快な音を立てて、音速の15倍以上の
速度でパレットガンから弾丸が次々と弾け飛んでいった。

 【使徒】は初弾を喰らってようやくEVA初号機に気付いたようだ。
 その絶対の盾も、EVA初号機が中和しているのが効果を上げているのか先程まで肉
眼で確認できていた位相空間が見えない。
 だが、完全には中和できていない様だ。
 次々と打ち込まれる弾の内何発かが、明らかに【使徒】体表面で弾かれていたからだ。

 それでも防ぎきれなかった弾のいくつかが【使徒】の身体にメリ込み、【使徒】はカ
ン高いケモノじみた音と共に身体を震わせて、加害者に抗議をする。

『いい調子よ、シンジ君。
 もう一連射を加えた後、150まで接近。
 トドメを刺しなさい!』

「はいぃ!!」

《目標をセンターへ入れてクリック。目標を……》

 指示通りパレットガンの一連射を与えた後、シンジは再び呪文を唱えつつ、【使徒】
へ接近した。
 そして、指定された距離に達した時シンジはパレットガンをフルオートで【使徒】へ
向け叩き込んだ。

 が、【使徒】も死力を振り絞りそれに対抗する。
 さんざん痛めつけられて余力も無いはずなのに位相空間が肉眼で確認できるほど強力
に展開されたのだ。

 パレットガンより打ち出された弾丸は、悉く折れ飛び、弾かれ、そして粉砕された。
 その破片が巻き上げた土煙だか、粉砕した弾丸そのものだかがもうもうと舞い上がり
【使徒】を覆い隠す。

 ミサトがポセイダル軍の二の舞に鳴ることを避けるべく指示を出そうとしたときだ。
 この唯一無二の逆襲のチャンスを【使徒】は逃さなかった。
 土煙が盛り上がったかと思うと、【使徒】がEVA初号機へ向かって突進してきたの
だ。
 パレットガンを叩き込むことに集中していたシンジは、それに対応できずまともに体
当たりを貰っていた。

 EVA初号機は、教科書に載せても良いような綺麗な放物線を描いて後方丘陵へ投げ
出された。

 地面へ叩き付けられたEVA初号機へゆるゆると近付く【使徒】。
 なにやら、消し飛んだ触手痕が泡立ち新たな触手が生えようとしていた。

『シンジ君、シンジ君!」

 【使徒】によって完全に裏をかかれたミサトは、シンジを呼び続ける。
 LCLによって、それまでの機動兵器とは比べモノにならない対衝撃能力を持つEV
Aといえども無視できない衝撃がシンジを襲ったようだ。
 呻くだけでミサトの呼びかけに反応していない。

 【使徒】がようやく間近まで近付いたとき、シンジはようやく身体の自由を取り戻し
たが既に遅かった。

 シンジは未だ抱えていたパレットガンを向けようとするが、それは【使徒】の触手の
一撃を受け斬り飛ばされた。

『シンジ君、ニードルガンで敵を牽制。
 後退しなさい!!』

 ミサトの指示を受けたシンジが右肩ウェポンベイに仕掛けられたニードルガンを打ち
込むよりも早く【使徒】はEVA初号機の右足甲を貫き、地面へ縫いつけた。

「ぐぅぅ……!」

 シンジが突如はしった足の痛みの悲鳴を上げるが早いか、【使徒】はEVA初号機を
縫いつけた触手はそのままに、新たに生えた2本の触手で次々と今までの恨みを晴らし
ていた。



<ジオフロント・ネルフ本部内第一発令所>      


「アンビリカルケーブル切断!
 内蔵電源に切り替わります!」

 伊吹二尉の報告もミサトには何の慰めにもならない。
 【使徒】とEVA初号機が近過ぎるため、援護攻撃もままならない。

『ミサトさん、ミサトさぁん!』

 シンジの慌てふためく叫びを聞きつつ、ミサトは焦燥にかられていた。

 その上方では、最高指揮官とその次席指揮官がノンビリと目の前の情景が子供向けア
ニメの1シーンであるかのように、緊張感のない会話をしていた。

「予想通り、自己修復したか……」

 まず、冬月が呟いた。

「そうでなければ、単独兵器として役に立たんよ……」

 当然のことのようにこれまた呟くゲンドウ。

「大したモノだ……機能増幅もしたようだな……」

「そうだ。オマケに知恵も付けたようだ……」

「この分だと、この間取り逃がした【第三使徒】も厄介なことになりそうだな……
 碇……」

「あぁ……」

 男達には既にこの戦いの行方など眼中になく、次の死闘へと考えが巡らされていた。



<ジオフロント・ネルフ本部内第7ケイジ>      


「早く、起動準備なさい!!」

「無理です、まだ制御系の調整が終わってないんですよ!
 そんな状態で弐号機出そうなんて無茶です!」

 アスカの無理な要求に、ベテラン技術部員が言い返す!

「あのブァカよりは、マシよ!
 サッサと私の弐号機を出して……」

 アスカがそこまで言ったときだった。
 ケイジに接続された回線からオペレータの報告とシンジの絶叫が響きわたる。

『EVA初号機、プログナイフ装備!!』
『うっ、うわぁぁぁぁぁあーーーーーー』



<第三新東京市外郭防衛線>      


「うっ、うわぁぁぁぁぁあーーーーーー」

 シンジは、残り内蔵電源が1分を切ったとき彼らしからぬ決断をした。
 プログナイフを装備し、【使徒】へ逆襲を企てた。そして、自身を傷つける触手を掴
み、EVA初号機の手が焼け爛れるのも構わず【使徒】を強引に手繰り寄せてそのコア
へプログナイフを突き入れたのだ。

 激しい火花を飛ばして、【使徒】のコアへ滑り込もうとするプログナイフ。
 その間にも内部電源タイマーは、着実にその値を減らしていく。



<ジオフロント・ネルフ本部内第一発令所>      


『うっ、うわぁぁぁぁぁあーーーーーー』

 シンジの叫びが響きわたる中、伊吹二尉の報告が無情にもこだまする。

「EVA初号機、活動停止まで15秒」

 それを聞きつつリツコは呟いた。

「暴走してるわね」

「初号機が!?」

 ミサトはまさかといった風情で聞き返す。
 リツコは再び呟く。

「……いえ、パイロットが」



<第三新東京市外郭防衛線>      


『EVA初号機、活動停止まであと5秒!』

 伊吹二尉の報告がエントリープラグ内に響く。
 未だ、【使徒】の活動は停止していない。

『3!』

 【使徒】のコアへ更に突き入れられるプログナイフ。

『2!』

 ひび割れ始めるコア。

『1!』

 まだ【使徒】の命の炎は止まらない。

『0!』

 一気に割れが広がるコア。
 一瞬光を増したかと思うと、コアから光が失われた。

『EVA初号機、活動を停止しました!!』



<ジオフロント・ネルフ本部内第一発令所>      


「……【使徒】はどうなったの!?」

 ミサトは日向二尉に詰め寄る。

「既に【使徒】の活動は観測されません。
 目標は完全に沈黙しました」

 それを受けてミサトは気が抜けたようにその場へヘタり込んだ。

「……初号機パイロットの状況を報告……」

 弱々しく、指示を下すミサト。

「初号機パイロットは意識不明。
 ですが、命に別状はありません。
 現在、重機回収班・救護班を向かわせています」

「そう、ありがとう……」

 そんなミサトへリツコは声を掛ける。

「ご苦労様。
 でも、部下の管理はもう少しした方がいいみたいね。
 セカンドチルドレンが第7ケイジで騒いでいるわよ」

 それを聞いて、ケイジへの回線を開かせるミサト。

「第七ケイジのアスカへ回線開いて頂戴……
 ……アスカ、もういいの。
 ……終わったわ。
 ……え?……シンジ君?
 ……大丈夫よ、いま救護班が向かっているわ、命に別状はないわよン」

 そこへ、また別の連絡が入る。
 それを受けて、ミサトは『ゲッ』とした表情になったことは言うまでもない。



<第三新東京市・コンフォート17 803号室>      


 コンフォート17 803号室。
 言うまでもなく特務機関【ネルフ】作戦部々長・葛城ミサト一尉の自宅である。

 そのキッチンでミサトは憮然とした表情のまま、寸胴鍋の中身をおたまで掻き回して
いた。

「いや〜、嬉しいねぇ。
 美人の手料理いただけるなんて!
 これで無粋なオマケがいなけりゃ言うことねぇのに」

 ミサトは振り返って声の主に愛想笑いをしたが、再び鍋に向かうと相手に見えないよ
う歯を剥き出して悪態をついた。

 無粋なオマケこと、日向マコト二尉は憧れの上官を乱入者より守るという使命感に燃
えていた。

 それに冷たい視線をくれながら、苦労してマリアを振り切ってミサト宅へ来訪した乱
入者・兜甲児は、この後どうオマケを叩き出して美人との有意義な一時を過ごすか算段
を練っていた。

 ここに三者三様のスタイルで集まって、晩餐までのひとときを過ごすには訳があった。

 実は、ミサトはあの甲児の連絡を受けた後、甲児との一時が食事以上へ及ばないよう
手当たり次第に誰彼構わず声を掛けていたのだ。

 だが、結局来たのは日向二尉一人。

 ミサトに「今夜、食事付き合わない?」までは一様に皆の反応は良好だった。

 しかし、次の「私の手料理ごちそうするわ」といったとたん、誘われた大抵の人間
-日向二尉以外- は何故か急用が出来てしまうのだ。


<リツコの場合>
「御免なさい、アナタのカワイイ部下が壊した初号機・弐号機を早急に修復しなければ
 いけないの。
 今度にして」
《ロジックじゃないもの、ミサトの手料理は……》


<加持の場合>
「光栄だなぁ、葛城の招待を受けるなんて。
 ……わりぃ。
 ドイツ支部からの移籍での雑務が溜まってるんだ……
 また、今度にしてくれ……」
《すまん、今はまだ動けなくなるわけにはいかないんだ……》

<青葉二尉の場合>
「すっ、すいません。
 今日はどうしても外せない用があります。
 申し訳ありません!!」
《マコト、すまん。
 お前を見捨てる俺を許してくれ……》

<伊吹二尉の場合>
「え、はい!?
 私なんかでいいんですか?」

 ミサトがそれに嬉々として承諾しようとした時、リツコの横槍が入る。

「マヤ、弐号機の制御系第7機能ブロックの修復。
 明日の朝までに仕上げて。
 最優先よ」

《リィ〜ツゥ〜コォ〜》
《この忙しいのにマヤまで倒れられたらかなわないわ。
 悪いわね、ミサト。》
《え〜ん、先輩のいじわるぅ〜》


<アスカの場合>
「えっ!?。
 ……あぁ、ごめんなさい。
 バカシンジの付き添いがあるの……
 えっ、遠慮するわ……」

 何やら、あのアスカが怯えきっている。
 それを不審に思いつつ、ミサトは

「大丈夫よ。
 専門のスタッフがいるんだから」

「でっ……でもEVAパイロットにしか判らないこともあるかもしれないじゃない!?
 戦友として、見過ごせないわ。
 ワタシは、ヤッパリ病院の方へ行かなくちゃいけないと思うの!」

 必死の形相で弁明するアスカ。
 慣れない事をいっているのか、最後の方は殆ど棒読みである。

「戦友ねぇ……」

 そう言ってミサトがアスカを睨め付けるが、アスカはそれに視線を合わせようとしない。
 暫くして、ミサトは言った

「まぁ、いいわ。
 シンジ君によろしくね」

「うん!」
《シンジ、今回だけはアンタに感謝するわ!》

 アスカは何やらスキップしつつ、病院へと向かっていった。

《アスカって、シンジ君のことそんなにまで気に入ったんだ……
 もぉ〜、ラブラブなんだからぁ!》

 去りゆくアスカを見つつ、ミサトは全く見当違いの考えで盛り上がっていた。

        :
        :
        :
        :

 そんなこんながありつつもやがて、ミサトの料理も出来上がる。

「なんでぇ、カレーかよ」

 あまりに外でのミサトのイメージから懸け離れた晩餐の内容に、甲児は抗議の声を上
げる。

「あーら、気に入らないんなら食べなくてもいいわよ」

「いらねぇなんて言ってねぇだろう!
 食うよ!
 食わしていただきます!」

 その横では、日向二尉が嬉そーに皿に盛られたカレーを受け取っていた。

 そうこうして、全員の分がテーブルに揃った。

「「「いただきまーす!!」」」

 三人の声が綺麗にハモる。
 そして、それぞれの口にブツが侵入した。

    :

「う〜ん、いい出来!」

 ミサトは美味しそうにカレーを頬張る。

    :

「ウッ!」

 日向二尉は満面の笑みをたたえつつ、顔が青ざめ斜線が入る。
 そのまま、暫く固まっていたが小刻みに震えたかと思うと顔に微笑みを貼り付けたま
まテーブル上のカレー皿へ突っ伏した。

    :

「グッ!」

 天は陰り、地は震えた。
 風は怨嗟の音をかき鳴らし、水は一切の安らぎを放棄した。
 神は死に、魔は伏せた。
 御使いが悔恨の涙にくれ、妖かしは自らの行いをかえりみた。

 そして人の子、甲児の喉からは異様な呻きが上がる。

 スプーンをくわえたまま、両手で虚空の何かを掴むようにして悶えた後、大きく仰け
反り、そして白目を剥き泡を吹きながら豪快にイスごと後ろへ倒れ込んでいた。


「どっ、どうしたのみんな!」

 ミサトは慌てふためき、二者二様で悶絶した二人を揺さぶる。
 が、二人とも全く反応しない。

「ねぇ!、ねぇ!……」

        :
        :
        :

 それから、2人がネルフ付属病院へ担ぎ込まれたのは9分37秒後の事である。

        :
        :
        :

 甲児が胃洗浄を受け、ICU(集中治療室)でうなされながら呟いた。

「勝負に勝って、戦に負けた」

 けだし名言であろう。

<第参話・了>


NEXT
ver.-1.01 1998+07/19 公開
ver.-1.00 1998+04/27 公開
感想・質問・誤字情報などは こちら まで!



作者  「桜舞う〜、これは風流ぅ、転倒(コケ)ていこう〜」

 やっと、第3話を書き終えた作者がご機嫌な声で馬鹿なことを詠っている。
 そして、いつものようにその背後へ近付く人影。

?   「なに、馬鹿なこと言っての!」

作者  「ん?
     ああ、これはこれは特務機関のドンパチ屋元締めさんじゃありませんか」

 さほど、緊張の無い声で作者は来訪者に挨拶していた。

元締女 「えぇ、そうよ。
     ワタシはずぼらでNASA帰りの元ヤンキーに遅れを取るような情けない女
     よ!
     どーせ、殺人料理しか作れない30前の嫁き遅れだわ!」

作者  「……そこまでいっていませんが」

元締女 「言ってないって事は、心の中でそう思ってたんでしょ!
     そーなんでしょ、ハッキリ言いなさい!!」

 そう言いながら、作者の首を両手でくびりながら振り回す。

作者  《もしかして、俺って天中殺なんだろうか?
     こないだから、こんなんばっか……》

 そう取り留めの無いことを考えながら、元締女のなすがままにされる作者。
 ひとしきり、作者をブン廻して気が済んだのか肩で息をしながら手を離す元締女。
 そして、再び問いかける。

元締女 「(ゼェゼェ)……で、どうしてロボット大戦エヴァSSのクセして爆走モ
     ノになったの!?
     そこんとこ、ハッキリしとかないとね!」

 それを受けて即座に何事も無かったかの様に復活する作者。

 ここで言っておくが、作者はバイク乗りだ。
 そして、本当のバイク乗りは基本的にとても丈夫だ。
 アスファルトの上で夏の暑さに焙られ、冬の吹きすさぶ風に凍てつき、風雨降雪をも
のともせず、走っては押し寄せる超大型台風以上の走行風・横風等に耐え、それを押し
のけながら突き進んでいるのだから当たり前かもしれない。
 知り合いなど、クルマに跳ね飛ばされ(目撃者曰く「伊藤ミドリのようにバイクごと
綺麗に3回転半していた」)、小指に擦過傷を負っただけで済んでいる。
 かく言う上記ほどではないが作者も、非番の警官に巻き込みを喰らって40m(バイ
クで17m、本人はその25m先まで)跳んで、半袖であったにもかかわらず肘に擦過
傷を負っただけあった。バイクは大破したが……

 ……閑話休題。

 何事も無かったかの様に復活する作者を見て、ちょっと後ずさる元締女

作者  「いや〜、それは僕が半年に一度のお楽しみに行って来たばかりだからですよ。
     ハッハッハ」

元締女 「ハッハッハじゃない!
     訳の分かんない説明、笑いで誤魔化してないでもっと具体的に言いなさい!」

作者  「具体的にいいますと、」

元締女 「具体的に言うと?」

作者  「4/3〜5にかけて明石->千葉・柏->奥伊豆->明石と突き進む総行程2000k
     mのツーリングに行って来たからです」

元締女 「……で、どこが爆走なわけ?」

作者  「千葉・柏〜御殿場〜長尾峠〜箱根・芦ノ湖・伊豆・西伊豆各スカイライン〜
     奥伊豆・石廊崎〜西伊豆・伊豆・芦ノ湖・箱根各スカイライン〜長尾峠〜御
     殿場の辺りが」

元締女 「どーせ大したこと無いんでしょ」

作者  「えぇ、爆走王の呼び名も高い貴女ほどじゃないと思います。
     僕の乗っているバイクなんか税引後の年収ぐらいかけて改造してあるのに最
     高でも””Xぐらいしか出ませんからね。
     高速を””Xでスリ抜けして、一般道を”XXで、峠のコーナーでは最高で
     も!%X程度しか出してません、比べモノになりませんよ」

元締女 「まあ、あんなボロバイクでよくやるわね。
     で、頭の方で変なこと言ってたって訳ね」

作者  「そうです。
     通るところ通るところ桜だらけで、下の方は大分葉桜になりかけてましたけ
     ど、伊豆の上の方の桜並木はキレイに満開でしたよ。
     あれなら、転倒(コケ)ても本望ですね。
     野生の狸がコーナー出口でホントに狸寝入りしてるのはご愛敬でしたけど」
     (注:轢いていません!)

元締女 「で、転倒(コケ)たと」

作者  「まさか。
     転倒(コケ)てもいいって思っただけで転倒(コケ)ませんよ。
     限界を知らないお子さまじゃあるまいし、そこまでマヌケじゃありません。
     伊達に外装に一切金を掛けず、走行性能のみに絞ってイジッてませんよ。
     で、質問の件に戻りますけど、その感動を忘れない内に爆走モノもチロッと
     描きたくなったので加えました」

元締女 「いうわね〜。
     それはそれとして、今後の展開を教えて貰えるかしら」

作者  「はいはい。
     え〜と、この直後にとうとうアレが登場します」

元締女 「アレって何よ」

作者  「アレってのは、エヴァの親戚のようなマシンの事です。
     ただし、かなりスケールに違いがありますけど。
     単数形じゃマズいですね、アレらと言うべきですかね。
     とにかく、マッドR女史が狂喜しそうな面白いモンです」

元締女 「へぇ〜、それは楽しみねぇ。
     で、ソレらはどう私たちに関わってくるわけ?」

作者  「味方にもなりますし、敵にもなります。
     要するにそいつらも敵味方に分かれてドンパチしてんですね。
     ……で、味方になるヤツはなかなかいい男ですぜ、姉御」

元締女 「だぁ〜れが、アネゴよ!
     ……で、そんなにいい男なの!?」

作者  「それはもう。
     XXXなんて称号を、誰が言うともなく奉られるほどですんで」

元締女 「いい男の条件に肩書きなんて関係ないわ!
     ……そう、早いトコ唾つけちゃおうかしら……」

作者  「そうですか、じゃあ頑張って下さい。
     ちなみにそいつを狙ってるのは少なくとも至高のお方・戦友・お伽話の申し
     子とそれなりに険しいですから。
     それじゃ!」

元締女 「こっ、こら。
     去り際に意味深なこと言い残すんじゃない!」

 そして、作者いなくなり元締女だけが残される。

元締女 「……あっ、あら〜。
     ……チョッチ、久しぶりで恥ずかしいわね。
     じゃあ、行くわよ
            :
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     この次もサービス・サービスゥ!」

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