メモリーズオフLostMemory
present by ゲバチエル
第三章〜真実の傷と忘却の罪と〜

9/29(土)『それはあの雨の日に』

朝起きて時計を見る。時刻は午前六時半ごろだった。 休日だって言うのに関わらず、酷く早い時間だ。 俺はもう一度その場所を見てみる。やっぱり白い傘はそこにあった。 昨日のはやはり気のせいじゃない。突然昨日になって存在を確認したその傘。 何故今までまるで無いかのように思っていたのだろうか・・・。 それはこの、不安と焦りが知っているのかもしれないなっと思った。 いつもなら気持ちのよい二度寝といくところだが、どうもそんな気分にならなかった。 今日は休みだからな・・・白い傘を見て膨れ上がったこの判らない事への想い・・・確かめてみるか。 そうと決まれば私服に着替え、朝食を取り・・・想いでを辿りに行こう。 俺の過去にこそ何かがある、絶対そのはずだ。この不安は・・・それを意味してるんだと思うから。 だが知る事は無論怖い。今ですら逃げ出したくもある・・・。そんな事を思っていたときだった。 トゥルルルルル・・・トゥルルルルル・・・トゥルルルルル・・・ 『ミナヅキ ショウ』ディスプレイにはそう記されていた。 出たい気持ちと逃げたい気持ちが重なっていたが・・・俺は受話器を手にしていた。 「智也、おはよう。いきなり悪いが今日暇か?テスト勉強とかするなら無理にとは言わないのだが・・・  ほら。昨日俺ほたるの奴に相談頼んだろ?お前の事も話したんだけどな、かなり心配してたんだよ。  だから智也もどうかなと思ってな。・・・午後一時藍ヶ丘にどうだ?」 白河か・・・。何か判るかもしれないな。今は少しでもこの変な気持ちを取り除けたらなと思った 「ああ、判った。それじゃまたそん時にな」 OKだけ出すと俺は電話を切った。だが午前中は空いている事になる。 この空いた時間・・・そうだな、中学校でも行ってみるか。 藍ヶ丘第二中学校。俺たちの想い出のつまった・・・なんて言ってみるも、学校としての思いいれはあんまない。 ここで馬鹿なことやったりした事そのものが懐かしいけど、特に普通の中学校だったし。 俺は職員室に入るとかつての担任の姿をみつけた。担任も俺の事が懐かしいらしくなんだか嬉しそうだった。 昔を思い出して・・・俺がそう説明すると何故か担任の表情が曇った。俺の過去にやはりなにかあるのだろうか? ここで考えても仕方ない。俺はかつての教室へ入る許可をもらった。一年からの教室をすべて回るつもりだ。 あまり、過去にとらわれるなよ?無理だけはやめろ。そう最後に言われた。過去、過去ねえ。それが判らないんだって。 俺はまずは一年の教室へ向かう事にした。 休日の校舎内は静まり返っていて何もない。時折机のきしむ音が怖くすら感じるほどだ。 ここで翔、とと、白河に出会ったんだよな・・・。なんだかかなり昔の事のように思えてきた。 教卓にはかつて俺がふざけて彫ったものが未だに残っている。なんだか俺がいたって証拠があるってことが変な気分になる。 言わば始まりの場所だな・・・ここは。こみあげる懐かしさと共に俺は二年の教室へと足を運んだ。 ここも相変わらずだ。そういえば卒業生の机は一年が使うから、丁度俺たちの机は今の二年が使ってるんだな。 俺たちの机は無いか、なんだか確かめてしまう。・・・この猫・・・唯笑の机だな。他には・・・ 結局見つかったのは唯笑の机だけだった。全部のクラスを回って俺たちの机全てをみようなんてことはさすがにしないが。 「これは・・・?」 思わず声に出してしまった。後ろの黒板に今こそ消えているが、 筆圧が強かったのか三年たっても残っていると思われる文字。 『さよなら、彩ちゃん』 確かにそう書いてあった。転校する時にお別れ会でもやったのだろうか・・・? けれどこれだけは事実だ。彩花が中二の時に俺たちと離れ離れになった事は・・・。 おかしいな・・・お別れ会なんてやった覚えまったく無い。彩花の事ならかなり覚えている自身はあるんだが・・・。 彩花との思い出が無い三年の教室にはどうしても行く気分にはならなかった。 結局は、彩花が引っ越した学年を確認できただけだった。 と、中学校で想い出にひたってたらもう十二時か。翔の待ち合わせもある・・・ 俺は藍ヶ丘駅へ向かった。真実なんて俺が気が付かないだけですぐそこにあったりして。 「はおっ、智也」 「はお。時間で言うとちょっと早いくらいか」 「まあそうだな。五十二分・・・とまぁたまにはお互いはやくてもいいんじゃないか?」 俺たちは二人ともが約束の時間に五分遅れるようなタイプだが・・・こんな事もあるもんだな。 「さっそく行くか。静流さんも話聞いてくれるらしいから」 静流さん・・・白河のお姉さんだ。面倒見が良くて俺たちも結構お世話になってたっけ。 もしかしたら・・・そんな想いを胸に俺たちは白河家へと向かった。 ピーンポーン インターホンの音が鳴り響く。そしてややあって・・・足音が聞こえてくると白河が顔を出した。 「あ、二人とも来てくれたんだね〜。久しぶりだね。あ、あがってあがって」 なんだか美味そうな匂いがするけど・・・その正体もすぐ判った。 「二人ともいらっしゃい。随分久しぶりよね?」 エプロン姿の静流さんが嬉しそうに俺たちを見ている。どうもお菓子を作っていたようだ。 「なんていうか、相変わらずって感じで」 「それにしてもどうしたの?二人ともどもお悩みなんて、ほたるびっくりだよ?」 確かに誰かに相談する事とかが少ない俺たちなだけに二人同時に来ると驚きも二倍以上かも。 ってか翔の奴・・・俺にそこまで気を遣わなくていいのだが・・・ 「ちょーっと待っててね?お菓子食べながらゆっくり話しましょう」 そういって静流さんはまたお菓子のほうへと専念しだした。料理ならともかくお菓子は手伝えないので、 仕方なく待つことにした。白河も同じらしく、俺たち三人は喋りながら待つことになった。 「ほたる、浜咲のほうどんな感じだ?」 「すっごーいいいピアノがあってね、もうほたる感激だよ〜。それにね、翔君と名前が似てる友達がいるの。  中森翔太って言うんだけど、翔たんって呼んでるの。だって翔くんじゃ一緒だもーん」 翔が白河に問いかけてから、すでに彼女のマシンガントークが始まっていた。 自分の事になると見境のつかなくなるやつだからな・・・。しかもどんどん押していくから俺らが入る隙があまりない。 悪く言っちゃうと自分勝手に喋りすぎなんだけど、別に悪い気は特に起こらない。 「ほたるー?その辺にしといたら?ほら、出来たわ。ちょっと手伝ってくれる?」 静流さんの一言で白河のマシンガントークは一時休戦となり、俺たちはお菓子をテーブルにならべ席についた。 「それにしても久しぶりよね。夏休み会ってなかったし・・・二ヶ月は経つのよね」 「そんな経つっけ・・・。でもほんと久しぶりです」 やっぱりしょっちゅう会ってないと、どうしても近況報告とかそんな会話になってしまう。それさえ量が多くて大変なくらいだ。 「なぁ・・・ほたる」 と、クッキーをつまみながら雑談をしている時だった。翔の表情と声色が少し変わったのが判った。 「ん?どうしたの?」 「いやさ、巴の事なんだけど・・・」 「え?ととちゃん?」 「白河じゃなきゃ、巴の判らないところがあるかもしれないって・・・思ってな。」 どうやら翔は巴とうまくいく方法(?)とかを聞きに来たみたいだった。予想通りっていうかなんていうか。 二人は真剣に相談に入ってしまい、なんだかこっちは取り残された気分だ・・・って静流さんに悪いな。 「智也君は、翔君とはまた別の相談なのね?」 静流さんがなにやら理解したかのように俺のほうを見た。なんだか『翔は白河に任せて、私は智也君の相談に』って目だ。 ここまで来たんだし悩む事もないし、何よりもしかしたら・・・って想いがさっきからある。 「ええ、でもなんというか翔と違ってそんな明るい相談じゃないかもしれないんです・・・」 という前置きをちゃんと入れておいてから俺は自分の『判らない過去・想い出』の話を理解できている範囲で話した。 最近妙に彩花の事を思い出したり、事あるごとに何かひっかかり変な気持ちになったり・・・。 一通り話し終えたのはどれくらいかかっただろう。どんなに短くとも三十分はかかったと思う。 俺の話を聞いた静流さんは、悲しみと不安が混じったような・・・どこか寂しい目をしながら何かを考えていた。 静流さんも何か知ってるんだ。俺はそう思わずにはいられなかった。 俺の話を聞いてどこか沈んでいるのが何よりの証拠だと思う。 そんなに俺の過去は・・・悲しい物なのだろうか・・・? そりゃ何度も嫌な記憶を封印するってのは聞いたことはあるけど・・・。 だとしたら中途半端に思い出せそうなのは何故なんだろうって話になる。 120%封印してしまえば知ろうともしないで日常は過ぎるはずだ。 悲しい過去・・・ふと昨日の白い傘を思い出した。持ち主を無くして悲しんでいるようにすら思えたあの傘を。 今だって何故そんな事を考えたのだろうか。まったくもって、判らない。薄いもやがかかったような・・・。 「智也君?大丈夫・・・?なんだか酷い顔よ」 静流さんの声・・・俺はやっと現実に引き戻された。過去について考え出すとどうも止まらない。 答えを求めてここにきたっていうのに・・・。けれど俺が言うのもなんだが、静流さんも酷い顔してる・・・ 「ちょっと、考え事してたみたいで。すいません」 「別にいいわよ。それより・・・今の智也君なら、もう少しで思い出すんじゃないかなって思うの」 「え?」 あまりにも唐突だった。もう少しで思い出せるって・・・まだ手がかりもなにもわからないのに。 「本当は思い出してるけど、それが表に出てこないだけかもしれないわ。表に出ようとすると閉じ込めようとして・・・  思い出せそうで出せない、そんな事を繰り返しているんじゃないかしら」 「言われてみれば・・・。そう考えると今までの事にあてはまります」 「でしょう?私は・・・その白い傘が鍵を握っていると思う」 白い傘・・・彩花の白い傘・・・。傘・・・雨・・・。この傘には俺も不思議と何かがあると感じていた。 「けれど白い傘が何なのか・・・俺には思いだせないです・・・。彩花の物だってくらいしか」 「そう・・・。でも私は教える事は出来てもそれは智也君のためにならないの・・・自分自身で知らなきゃ・・・前に進めない」 「前・・・に?」 「ほたるや翔君、巴ちゃん、信君、唯笑ちゃん・・・智也君の判らない事をどこかしら知ってるはずよ。  でも、教えてはくれなかったでしょう? 本当の事を自分自身で受け入れて乗り越えないと・・・智也君は『止まって』しまうから。  だから私たちは判っていながらほんのちょっと背中を押してあげることしか出来ないの・・・ごめんなさい・・・」 「静流さん・・・」 恐らく、俺以外の人物から真実を知ったところでそれは俺自身に対する刃にしかならないんだろう。 忘れてしまった俺の問題。無理に思い出させたならば俺はもう、過去の人間になってしまう・・・のだろう。 そんな事しか出来ない、本当は教えてやりたいのに・・・。だからせめてみんな俺に相談くらいのってくれるわけか・・・。 でもそんな気持ちも知らないで、俺はみんなを頼りすぎて答えすらみんなに任せようとしてた。それじゃあ見つかるはずは無かった、。 「智也君・・・?」 「俺判りましたよ・・・。やっぱり自分のことは自分自身でどうにかしないといけないんだなって。  だから・・・静流さんの言うとおり自分で乗り越えたいって思います。」 「ふふ・・・智也君は強いのね・・・。いい子いい子」 静流さんは子供をあやすように俺の頭を・・・え!?そ、そ、それはまずい! いや嬉しいってのもあるけど、そりゃまずい。その方向は・・・。 「や、やめてくださいよ。恥ずかしいだろ・・・」 なんとか回避成功。あーびっくりした。 まったく白河にいつもこんな甘やかしてるからって男にまでやらないでくれよな。 でもまぁ、しんみりした感じが無くなってよかったかな。俺もなんだかすっきりしたものがあるし。 「智也君・・・翔君は何の相談をしてるのかしら?」 「あ、えーっと、ととの事ですよ。」 一応、翔がととに好意を寄せているのは本人以外・・・本人も知ってる可能性高いけど・・・知っている。 「なるほどね。それで親友のほたるに相談ね・・・」 白河は押して押して押しまくれなんていいそうなタイプだけど・・・大丈夫かな。 「でも・・・巴ちゃん・・・男の子に対してどうしてもね・・・」 「どうしても・・・なんです?」 「巴ちゃん・・・智也君の事を・・・いや、なんでもないわ」 俺の事を・・・?でも口調からするに好きだったとかの類じゃない事も判る・・・。 まさかとと、俺の過去に深い繋がりがあるんじゃ・・・? 「智也君なら知ってると思うけど・・・巴ちゃん弟がいたのよ」 ととの弟・・・敦だったかな。サッカー好きで仲が良くて・・・ 「でも・・・交通事故で弟を失ってから、男っていう存在をまた失うのではないかって。関係ないのに・・・」 気持ちは判る。親しい人がいなくなる悲しみを二度も覚えたくないから。 だったらいなくなる存在がいなければいいって・・・? だけど俺たちは・・・もう親友の間柄だ。例え恋人じゃなくともすでに親しい人の関係のはずだ。 それともととは、逆に男を弟と重ねているんじゃ・・・。 だからそんな自分に好きとかそんな事思う資格は無いとか・・・それでいて弟にだぶらせた 言わば大事な存在を失う事も怖い・・・。交通事故という悪魔が・・・ととをそんな風にしてしまった・・・・と。 「え・・・交通事故・・・?」 「!智也君!!?」 不意に声を出してしまった。しかし・・・何故ととの事にこんなに細かく理由を考えられるのだろう。 普通ならせいぜい『もう誰も傷つけたくない』程度の考えで終わりなもんだが・・・。 交通事故・・・失う事が怖い・・・。大切な人・・・事故・・・雨・・・白い傘!! 「まさか・・・まさか・・・交通事故って・・・」 「智也君!!大丈夫?」 静流さんの声すらろくに耳に入っていない。体全身に寒気が走っている。 「雨の日・・・交通事故・・・彩花・・・白い・・・傘」 断片的な記憶が今更になってチラチラと見えては消え・・・まだ明確には思い出せない。 具体的にどんなことなのか・・・それすら判らないが。封印の紐はゆっくりと解かれ始めていった・・・。 『俺はお前を守れなかった・・・?そして・・・お前の事を本当は忘れていた・・・』 「智也!おい!大丈夫かっ!しっかりしろ!!」 あれ・・・ここは・・・俺の家?何でこんな所に・・・いるんだ? 「智也君・・・大丈夫・・・?」 静流さんがいて・・・翔がいて・・・白河もいる。けどここは俺は自分の部屋にいた。 「ん・・・あ・・・俺なんでここに・・・」 「もー心配したんだよぉ?いきなり叫んだと思ったら、 どこか遠くを見てるような感じで。ほたるたちがいくら呼んでも答えなかったんだから」 そういえば長い夢を見ていたような感覚がある。呼ばれてたなんて、今の今まで気づかなかったけどな。 「俺・・・どうしたんだ?」 ここまでの経緯を聞きたかった。何故ここにいて、何があったのか。それを確かめるべく・・・ 「静流さんと話をしてた時だ。急にお前が声にもならん声をあげてな・・・何事かと思ったよ」 「それで呼びかけたんだけど、ずっと単語を確かめるように繰り返し言うだけで私たちの事見えてなかったのよ」 そうだ・・・確か・・・。ナニカを思い出して・・・静流さんと一緒にととの話をしてて・・・。 「よっと。お、智也。ようやく正気に戻ったか」 「信?何故ここに」 「何故ここに、じゃねえっての。翔から電話が来てな。心配になって駆けつけたんだ。たるたるや静流さんの家じゃあれだと思ってな、  お前のうちに運んだってわけだ。感謝しろよ」 何が感謝しろよ、だ。まったく・・・だが気遣い等が嬉しかったので別に文句をつけるつもりもない。 体全体を動かすのが何故だか重い。なんとか立ち上がると、俺の部屋もなんなのでみんなをリビングまで案内した。 「本当に大丈夫なの?」 静流さんは心配性だな・・・。今こうしている以上大丈夫なんだが・・・。無理もないけど。 「ええ、なんとか・・・」 「それで・・・智也。何を見た・・・?覚えてる範囲でいいんだ。教えてくれ」 翔が不安げにこちらを見ている。どちらかというと俺にではなく自分自身の不安といった感じだ。 空白の時間に俺が何を言っていたのか。その事についてはここにいる誰もが触れなかった。 だからこそ俺も、考える事は特にしなかったのだが・・・その機会はこうも早く訪れた。 ゆっくり整理していこう。断片化されすぎて何が何だか判らない。これじゃ以前と同じままだから。 「静流さんと、ととの話をしてたんだ。それでその時『交通事故』って単語を聞いてだな。  何かがひっかかって・・・それで糸がツナガッテ・・・。と思ったらここにいた」 「俺たちはその繋がった部分が知りたいんだっての。なぁ、翔」 「信君、無理させちゃ駄目だよぉ。色々大変なんだから・・・」 でも信の言うとおりだな・・・。繋がった部分・・・言わばオモイダシタと思われる部分が鍵なんだ。 く・・・なんだ?頭の奥底から殻を突き破るような・・・痛み・・・なのか?なんだか・・・変だ・・・。 「交通事故か。他に何か思い当たる単語でもいい。何かないか?」 「確か・・・雨。それと白い傘がちらついた気がするな。それと何かをなくした不安感を・・・」 何故・・・雨が降ってたような気がする夢・・・で沈んだ気分になったのか。 白い傘が酷く悲しく見えたのか。今更になって・・・その一つ一つが判ってくる。 みんなが俺を心配そうに見ている。ただ沈黙があたりに広がっていた。俺の言葉を待っているんだろう。 俺の過去を知っているからこそ、見届けようとしているのだろう・・・。 馬鹿だった・・・そもそもこんな事忘れちゃいけないはずだったのに。俺は忘れてしまっていた。 そして、みんなに辛い想いをさせていたんだ・・・。その忘れるという封印が解けた今、少しづつ記憶の欠片を拾い始めた。 ・・・それは悲しみに溢れた雨の日の記憶・・・ あの日は、俺がさぼって古本屋巡りをしたりゲーセンで遊んでたのが見つかった日だった。 あろうことか教師に見つかってしまい、プリントだかなんだか今となってはよく覚えてないが、 ホッチキスでパチンパチンと閉じる単純作業。なんでこんなことしなきゃならんとは思ったが、 学校をさぼっていた俺に拒否権が無い事もしっかりと理解していた。 教師の小言に付き合いながらも作業はなんとか終了した。ニ時間くらいつき合わされたような気がする。 やっと帰れるな、っと思った矢先。なんか雲行きが怪しくて・・・強い雨が降り出した。 俺の家が学校から十五分程度はかかる。だから突っ走っていく事は無謀にしか過ぎない。 傘も持ってなかった俺は、とりあえず学校で雨宿りする事にした。 ニ、三分経過したころだろうか。俺はふと雨を見て思い当たったんだ。 彩花に迎えに来てもらおうって。あいつといつも一緒の傘で帰ってたし、今はあいつと付き合ってる。 電話入れれば迎えに来てくれるだろう。と俺はほんの軽い気持ちで彩花に電話することにした。 この時、嫌でも雨の中突っ走っていけば良かったのに・・・。 職員室で電話を借り、慣れた手つきで彩花の自宅へ電話をかける。 「はい、桧月ですけど・・・あ智也?」 「ああ。まったくプリントの山が大変だった」 「それは智也が学校さぼってるからいけないんでしょ?」 「だからってあの量は無いだろう」 ほんと、プリントの山には困った。 まるで誰かさぼったり馬鹿なことやったりして罰ゲームとばかりに用意されてたんじゃないかって感じだ。 「もうーだったらちゃんと授業でるっ!」 「なんだ、痴話喧嘩か?」 なんか担任は後ろで冷やかしてくるし。どうやら今の彩花の声がもろにきこえてたらしい。 彩花と喋ってるの楽しいけど冷やかしは勘弁だ。俺は本題に入ることにした。 「それでだな・・・俺今傘無くてな。ほら、外雨降ってるだろ」 「うん・・・すごい降ってるよね。昼間全然降ってなかったのに」 「なんか止む気配ないし、悪いけど迎えに来てくれないか?」 「うん。判った!今から智也迎えにいくね。ちょっと待っててね。  えーっと・・・十五分もすればつくと思うから。今日は雨強いから智也の分の傘も持ってくから」 嫌な声一つせずにオッケーをしてくれる彩花が、俺は本当に好きだった。 「おう。それじゃ昇降口で待ってるわ」 そう言って俺は電話を切った。後ろで以前担任がニヤニヤしているのはちょっと気分が悪いけど・・・。 一応担任に礼を言って、俺は昇降口で彩花を待つことにした。 しっかし、いきなり振り出したな・・・。 生徒の何人かも俺と同じように待ってるのか雨宿りかは判らないが、昇降口でなにやら雑談していた。 特にその中に親しい奴もいなかったので、俺は外を眺めていた。 雨に濡れる紫陽花がなんだか・・・儚く見えた。紫陽花を歩くカタツムリの姿がなんとも面白い。 時期が梅雨のせいで、紫陽花とカタツムリと雨の組み合わせは正直見飽きるほどだが、何故か何度見てもいい感じだった。 「ん、智也。何やってんだ?一人で」 気づくとそこには翔の姿があった。てっきり先に帰ってたと思ったんだが。 「見りゃ判るだろ。雨宿りだ。彩花に迎えに来てもらう事になってる」 「ったく、お前らはラブラブだよな。って俺も傘無いし」 ラブラブ・・・って別にのろけてるわけでもないし今までと変わってるつもりないんだけどな。 「ん、じゃあ三人で帰るか。あいつ今日は俺の分も傘持ってくるからさ。彩花濡らしちゃ悪いしな、俺らで一本で」 「あはは。彩花の事になると必死だな。濡らしちゃ悪いし・・・って。どれだけ彩花が大切か判るよ」 からかうように言いながら、根は良い奴だって改めて思った。 「あれ、翔。飛世さんとは帰らないのか?」 「ん、巴?なんか唯笑と彩花の三人で帰ったみたいだ。俺だけ取り残されたってわけ」 「え?四人で帰ればいいのに」 「ちょっと先生に頼まれごとされたからな。多分先行ったんじゃないか?別に毎日自然と帰ってるだけだしさ」 まぁそうだなぁ。中二になっても何故か俺らクラス一緒だし、自然の成り行きだからなぁ。いないなら置いてくわ。 「ついてないなぁ、お前も」 「お前が言うな。遊んでるの見つかったくせに」 なかなか痛いところをついてくるなぁ。翔のやつ自分自身も突っ込みどころ満載のくせにつっこみの的確だ。 「まあいいけどな。彩花と電話してふっとんだ」 「お前ってほんと単純な奴だな」 いいですよ、単純で。俺は翔と雑談をしながら昇降口で彩花を待っていた。 電話して十分くらいたったころだろうか。雨足はさらに強くなり始めていた。 ピーポーピーポー・・・ 「どっかで救急車の音がするな。最近雨でスリップ事故とか多いからなぁ」 遠くで聞こえたサイレン。何故かこの時嫌な胸騒ぎを覚えた事を覚えている。 「・・・?智也、大丈夫か?」 不安を隠しきれない俺を見てか翔がぽんと肩に手を置いてきた。 「ん、ああ大丈夫だよ」 だが・・・十五分経っても彩花は現れなかった。 「彩花遅いな、智也」 確かに遅い。十五分くらいで来るって言って十五分で来ないのが珍しかった。 というのも、彩花は約束の時間より早く来て『遅い』って勝手に待ち合わせ時間のばして怒るような奴だったからだ。 今回みたいなのも、ぜえぜえ息を切らしながら十五分予定が十分とかで着いちゃうような奴なのだ。 「珍しいな。もう少し待ってみるか」 しかし、二十分、三十分と経過しても・・・彩花は現れなかった。 翔と他愛もない雑談を繰り広げていれば現れるはずなものが・・・何故か彩花は姿を見せない。 最初はドッキリでも仕掛けるつもりかと思ったが、彩花はそんな事しない・・・。 いつしか俺たちの間に会話が無くなっていた。ただ、彩花の事が不安で・・・。 「彩花・・・どうしたんだろうな」 「俺が聞きたいくらいだ・・・」 待てよ・・・?待ってることなんざいくらでも出来る。けれどそれじゃ何も判らないんじゃないか? さっきの妙な胸騒ぎが再発してくる。さらに四十分が経過したが何も変化は無かった。 おかしい!絶対に何かがおかしい!!俺は・・・焦る気持ちを抱えたまま雨にも構わず走り出した。 「な、おい!待てよ智也!」 後ろから追って来る翔などお構いなしに俺は走り続けた。いつもの登下校の道を。 彩花と笑ったり怒ったり他愛も無い事をしたこの道を、走った・・・。 走って、走って、走って。いくつもの道を抜け、景色が通り過ぎて・・・。 「な・・・!?」 その時俺は足が、手が、まばたきさえも出来ずに凍り付いていた。 「コレハ・・・彩花ノ・・・コノ白い傘は彩花の・・・!」 「智也!!はぁはぁ、急に飛び出しちまってどうした・・・・」 俺を追いかけてきた翔もがその傘に凍り付いていた。 あれは俺が買ってやった傘だ。彩花は嬉しそうにいつもあの傘を使っていたんだ。まぶしすぎる真っ白な傘を。 「智也・・・?」 俺は何をやっていたって言うんだろう。ただ期待の抱いて彩花を待っていただけで。 守らなきゃいけない人の事・・・待ってるだけで・・・挙句の果てに・・・。 「彩花ああぁぁあああぁぁぁぁぁ!!!」 「智也っ・・・!」 翔が叫ぶ俺を抑えようとする。がそんな翔の腕も震えて力がまるでこもっていない・・・ 俺は翔の腕をはらいのけて、白い傘へ向き直り、地面を叩きつけた。 「彩花ぁぁ・・・あやかぁぁぁぁあ!俺は・・・何もしなかった! 守れなかったんだぁぁ!お前を守ってやれなかっ・・・電話なんかしたからっ!」 「智也・・・・・。」 俺は地面を殴りつけた。ひたすらに。何も考えずに。拳が痛む。 少し血が滲む。しかし俺は叩き続けた。どうすることも出来ず、ただひたすら・・・。 「彩花が・・・泣くぜ・・・」 そう言って翔は、その白い傘を静かにたたみ俺に差し出した。 「それにだ。もう終わったって決まったわけじゃないだろ?ここにいない以上、多分病院だ。彩花の傘は、お前が持ってろ」 「俺は・・・俺は・・・受け取らない!」 「ふざけんなよ智也!お前のせいじゃない・・・少しでも彩花の無事を信じてやれ。彩花はお前の事を誰よりも大切に思ってるんだから!  それはお前も同じはずだ。・・・だから信じてやれ・・・。悲しいのはお前だけじゃねえ!俺だって、巴だって唯笑だって  ・・・彩花がこんなことになったって知ったらどれだけ悲しいと思ってんだよ!・・・だからその日までお前がその傘を預かってろ!」 大雨に打たれて。涙か雨が判らないものが翔からこぼれおちる。その両手は震えて、足も立っているのがやっとと言う感じだった。 俺は・・・悲しすぎて涙なんてものすら出なかった。ほとんど思考が停止していた。この時翔の必死な言葉すら聞こえていたか判らない。 ただ、何故か今更になってこの日の出来事や言葉が鮮やかに蘇って来ていた。再現VTRなんて比べ物にはならない・・・。 「判った・・・」 俺は翔から傘を受け取った。ふと目の前に一人の少年がこっちを見ていた。彼は俺に何かを伝えようとしていたが・・・。 そのまま意識を現実から遠ざけていた。いや、本当言うと白い傘を見た瞬間俺は意識は現実に無かった。 今となって思い返してみれば・・・真実は・・・こうだったんだ。そうして俺は現実から逃げて。 失ったという事実から遠ざけて。あの傘を見た瞬間全てを拒絶したんだ。 現実ではすでに意識をほとんど無くなっていながら、俺の心は翔の優しさ・・・白い傘・・・全てを拒絶してこんな事を言っていたんだ。 これだけなら、まだ・・・まだ良かったかもしれないんだ・・・。 「俺は・・・・彩花を守れなかったんだ・・・何もしてやることができなかった」 今更になって俺はそのことを思い出した。あろうことか大切な人の事を忘れてしまっていたんだ。 「そうか・・・あの日の事思い出したんだな」 「俺は・・・何も出来ずにただ・・・」 翔と俺の言葉がむなしくあたりをつつんだ。誰も言葉を開かない。 「・・・すまん、翔。二人で話があるんだ・・・ちょっといいか?」 信は翔を呼び出して別の部屋へと移って行った。まだ俺に言えない事でもあるのだろうか・・・。 「智也君が想い出したのはどこまで・・・?」 どこ・・・?どこまで・・・? 「交通事故にあったあとの白い傘を見たってところまでですけど・・・」 胃が痛むような・・・言葉にするだけで心が酷く痛んだ。 「お姉ちゃん!駄目だよ・・・」 「そう・・・ね。ごめんなさい」 「いえ・・・大丈夫です」 大丈夫じゃなんかないけど。俺は都合のいいように引越ししただなんて考えていたんだから。 本当は、もう会えないのに・・・彩花とはもう会えないのに・・・。 待てよ・・・?ここまで思い出してみたものの・・・これじゃ彩花がどうなったか判らない。 結局どうなったんだ・・・?これすらも忘れているのか・・・大切な人の行方すら・・・覚えてないんだ。 「お姉ちゃん・・・そっとしておいてあげようよ・・・辛い事思い出しちゃったんだから」 「それじゃ私たちは帰るわね・・・。ごめんなさい、力になってあげられなくて」 「頑張って・・・ね?あと無理しちゃ駄目だよ?」 俺を気遣ってか、白河姉妹は自宅へと帰っていった。・・・ありがとう。 ややあって、信と翔が帰ってきた。二人ともなにやらフクザツな表情だ。 「あれ?静流さんたちは?」 信がそういったので、俺は簡潔に説明をしておいた。二人は静かに納得した。 「・・・けど・・・お前を見たせいでみなもちゃんは余計辛いだろうな」 翔がぽつりとこう言った。・・・そうだ!みなもちゃんだ。 みなもちゃんが俺に病院名を教えなかった理由。そして何故か判った病院名。 「みなもちゃんが・・・俺にお見舞いをさせなかった理由も、判った気がする」 俺は静かにそう言った。けれど二人は何も言わずに、そしてゆっくりと立ち上がった。 「・・・俺たち今日は帰る。お前も一人で考えたいだろうしなっ!だが、深く思いつめる事はやめろよ」 「信の言うとおりだ。これ以上俺たちがいても邪魔だろうし、お前は自分の中のものゆっくり整理しな」 俺の返事も待たずに、二人とも帰ってしまった。どいつもこいつも・・・気遣いすぎなんだよ。 けど今はみんなの言うとおり、ゆっくり記憶を整理しようと思った。ゆっくりと見えてきた記憶を・・・ 俺はかつての彩花の部屋を窓越しに見ながら、ゆっくりと・・・けれど確実に思い出していった。 みなもちゃんが、俺を呼ばなかった理由・・・。その場所『藍ヶ丘総合病院』を俺は知っていたんだ・・・。 同時にみなもちゃんも、知っていたんだ。真実を・・・ 白い傘を目の当たりにしてからどれだけ時間はたっただろうか。 さっきの出来事なんてみんなみんな嘘だと思い込んでしまっていた俺。 もう現実という世界に対して目を向けようともせずに、俺はただ暗闇を見ていた。 この時翔が必死に俺を呼びかけていたのと、激しい雨の音だけが記憶にある。ただそれすらも拒絶し暗闇を見ていた。 定まらない意識の中、俺は翔に連れられてか何処かに歩いていた。 覚えているのは・・・『藍ヶ丘総合病院』の文字。もうどこまで現実なのかさっぱり判らない状態だ。 自分自身記憶をあいまいにして封印したせいで、どうしても思い出せない部分があった。 病院に来るまでの間の記憶は、暗闇と音と声。これだけだった。 「翔!!その傘・・・。三上君・・・」 病院では飛世さんが待っていた。翔に連絡をつけたのだろうか・・・。 どうやら彼女も彩花の事は知ってるみたいだった。 「飛世さん・・・俺は・・・駄目な人間だ・・・」 「何馬鹿な事言ってるの!?」 この時の俺は酷く自暴自棄で。自分と言う存在そのものを憎んでいた・・・ 「それより・・・唯笑は?」 「唯笑ちゃんはまだ来てないよ。翔は見なかったの?」 「いや。彩花は・・・?」 「・・・・・説明するより見たほうが早いと思う」 そう言って俺たちは病室へ案内された。この時のショックで俺は全ての記憶を封印したんだと思う。 そこには、静かに眠る彩花の姿があったんだ。目をつぶったまま・・・何も言わずに眠る、彩花が。 「・・・翔。出ましょう?三上君を一人にしてあげようよ・・・」 「そうだな・・・判った。」 俺を残したまま翔とととは出て行った。静かに、扉の音が閉まったのを覚えてる。 しばらくそのままだった。目の前の彩花が信じられなくて・・・。 震える自分を必死に抑えながら、やっとの想いで声を絞り出した。 「彩花・・・?俺だよ、俺。智也だ。どうせお前の事だ。驚かそうとしてんだろ・・・?なぁ?彩花」 俺はそっと彩花の手を握った。けれど・・・そこのはいつものような温もりは感じられなかった。 とても・・・冷たかった感触を手に覚えたんだ。俺はゆっくり彩花の手を離し・・・ 深呼吸して、もう一度握った。けれど・・・その冷たさは気のせいなんかじゃなく、俺の手にいつまでも残るかのようだった。 力なく手を離し、ただそこに立ち尽くした。何か熱いのか冷たいのか判らないものが体の中で逆流しているような気分だった。 「なぁ・・・いつものように、笑ってくれよ・・・!」 逆流するものは言葉に変わり、抑えることも出来ずに俺は病室で一人叫んだ。 「ほら、エルボーとか・・・飛んでくるだろ?こんな事言ってるから・・・」 けれど・・・彼女はピクリとも動かなかった。俺はこの瞬間改めて『失った』と認識したんだった。 「彩花!」 もう一度、大切な人の名前を叫んだ。けれど病室には俺の声だけが静かに響いた・・・。 俺はふと湧き上がる想いを感じた。そして全身の震えが止まらなくなって・・・立っていることすら出来なくなった。 静かに地面に崩れる音が妙に残酷だった。そして想いはやがて、悲しみのあまり忘れていた涙を・・・ 今更になって呼び起こした。止まる事なんて知らずに、ただただひたすらに俺は涙をこぼした。 もう一度彩花のほうを見上げている。彩花が滲んで見えた。俺の大好きな・・・大好きな彩花が。 そして俺は・・・耐え切れなくなって。何も言わない彩花を抱きしめてただひたすら涙を流した。 涙が俺を伝って、彩花に触れていく・・・。音も無くしずかにそれさえも消えていった。 「彩花あぁぁぁぁぁぁぁあぁ!あやかぁぁぁぁ!う・・・う・・・彩花ぁぁぁ!あや・・・か・・・あやか・・・。  ごめん、ごめん・・・ごめんよぉぉぉぉ!俺が呼んだから・・・俺のせいで・・・あやかぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」 俺はただ大切な人の名前を叫んで。大切な人を抱きしめて。大切な人のために涙をこぼして。大切な人を守れなくて。 だけどその大切な人な何も言わなくて・・・。溢れる涙が、全てを流してくれれば・・・よかったのに。 カナシミの中、再び俺は暗闇へと逃げ出したんだ・・・。 だからそれからの事は何も覚えていない。俺がどうなったのか。彩花の行方も何も判らない。 ただ、俺は大切な人をどうする事も出来なかった。 彩花が再び笑ってくれる事は無かったのだから。俺は・・・彩花の全てを奪ったんだ。 その気持ちだけ強く覚えて・・・俺は・・・ある日俺の家で目を覚ましたんだ。 唯笑の奴が必死に俺を暗闇から救おうって・・・ずっと呼びかけてくれて。 翔が俺の事・・・励まして。ととが勇気づけて。白河がまた俺から笑顔を取り戻そうって頑張ってくれて。 そうしてやっと目覚めたときは。彩花がいなくなったことという都合の悪い事を記憶から消し去っていて。 目覚めた俺は都合のいい記憶ばかり自分で作りだし、真実を偽っていたんだ。 ずっと現実を拒絶して、暗闇と偽りばかり見てた俺だったんだ・・・。けれど三年もたってから思い出せたんだ・・・。 白い傘を目の当たりにして現実から目を遠ざけて暗闇へ逃げて・・・俺が暗闇から目を開ければ彩花は何も言わなくて・・・。 彩花がいない世界が嫌になって、俺は逃げ続けた。そして都合のいい世界が俺の中に築かれたんだ。 それでもあいつらは、俺の事ずっと親友だと思っていつづけてくれて・・・。だけど俺だけ彩花の事を忘れてて。 「彩花・・・ごめん・・・な。ずっと・・・ずっと忘れてたんだ・・・」 今も彩花はあそこで眠り続けているのだろうか?みなもちゃんはその彩花を見せたくないために俺を呼ばなかった。 何も知らない俺が見たら傷ついて壊れてしまうから。みなもちゃんなりの、俺に対する優しさだったんだ。 再び彩花への色々な気持ちが駆け巡る。俺の中は彩花に対する想いでいっぱいだった。決して、いいものなんかじゃなく・・・。 まだ、判らない事はたくさんある。けれど・・・忘れてた俺は全てを確かめていこうと思う。絶対に二度と忘れないために・・・。 「彩花・・・」 俺は大切なその名前を月夜に向かって静かにつぶやいた・・・。 どんなに傷つこうと。悲しく残酷な雨の日の事があっても。記憶を封印してしまっていても。 それでも・・・彩花を想い出したから。大切な人の事は忘れちゃならないんだ。これからもずっと・・・。 9/30(日) 『やるべき事は』 眠れた気がしない。そもそも寝たのかどうかすらよく判らない。 昨日にも増して心が痛む気分だ。それほどまでに俺は・・・真実に対する衝撃が大きすぎたんだと思う。 けれど。今の俺に出来る事は、全てを知る事。理解する事・・・それだけしかないと思った。 過去と同時に、本当の今も見つめていかなきゃならない・・・そんな気がしたから。 テストが近い。もう一週間と無いのが事実だ。けれどここでそんな事してたら・・・俺はいつまでも真実を見ることは敵わない。 勉強することで真実から逃げてる・・・そうとしか思えない。だから俺は、全てを確かめに行く。あの場所に・・・ ピーンポーン 「ったく、こんな時に誰だよ・・・」 「智ちゃーん。おきてるー?」 鳴らしているのは唯笑だった。人の家の前でそう大声で叫ぶのはほんとやめてほしい。 いつもなら、うるさいなあと考えつつ唯笑に付き合ってやるところなのだが・・・。 今は唯笑にだけは会いたく無い。唯笑だけに・・・彩花の事を思い出したこの俺は・・・見せたくない。 「もー智ちゃん、ほんと大丈夫なのー?」 大丈夫・・・つまり俺を心配して来たってことか・・・?昨日の俺の事を多少は聞いたという事か?一体誰に。 いや誰だっていい。それを判っているのならなおさら唯笑には会いたく無い。 俺たち三人はずーっと幼馴染だったのに、俺だけ忘れていた。俺の中では本当の彩花がいなかった。 そんな俺を・・・唯笑に悟られたら。唯笑・・いやあいつらと友達でいる資格なんてないんじゃないか・・・? 「智ちゃーん・・・?本当にいないのー?」 違う・・・そうやってまた逃げてるだけだ・・・結局傷つくことから逃げてるだけだ・・・。すまん唯笑・・・。 俺は・・・締め付けられるような気持ちになりながらも、唯笑に付き合う事にした。 「あぁ、悪いな。トイレいってたもんで出られなかった」 「もー智ちゃん。そういうことならトイレから言ってよね〜今でるーとか」 「あはは・・・それよりなんだ?」 何故だか唯笑の冗談に付き合ってられない。俺の心が何かを求めているのだ。同時に、避けてもいる。 「ほえ?昨日信君から電話があったの。智ちゃんが大変だって。それでね、お見舞いに来たんだよ?」 「信の奴・・・なんて言ってた?」 「それは・・・」 唯笑は答えに困っている。という事は俺が思い出したくらいの事は耳に入っているようだ。 俺も・・・なんて言ったらいいのか判らない。頭に浮かぶあの雨の日の事を考えながら・・・言葉が見つからない。 「・・・彩花」 結局俺は、その名前を一言だけ口にした。単純で恐らく一番伝わると思ったからだ。 「智・・・ちゃん?」 唯笑が泣き出しそうな顔をしていた・・・やめてくれ、お前までそんな顔されたらかなわない。 「ちょっと、待ってろ」 俺は、自分が思い出したという事実を伝える一番の物を持ってくることにした。言葉というものが怖くて。 唯笑の元へ戻ると、そっとビニールで封印されたかのような白い傘を見せる。 普通なら傘なんか出して何考えてるんだ、と思うところだろうが・・・俺たちにとってはこの傘はあまりにも特別だった。 だが、唯笑は何も言わない。もしかしたらまだ俺が思い出したって伝わらないのか・・・? 「俺、守れなかったんだよ。」 静かにそう付け足した。 俺の言葉に唯笑は、静かに涙を流していた・・・ 「智ちゃん・・・智ちゃん・・・彩ちゃん・・・の事、思い出したんだ・・・。」 悲しい、のではない。どこか寂しさを感じる声だった・・・。 俺には彩花がいないということに寂しさを感じていたのだと思っていた。 「ずっと、思い出さなきゃ良かったのにね・・・。 思い出の中の彩ちゃんと一緒だったら傷つかないですんだのにね・・・。  ごめんね・・・唯笑達がずっと、ずっと黙ってたから・・・こんな事に・・・。 今更気付いても・・・どうにもならないんだよね」 お前のせいなんかじゃない!そう言おうと思った。けど・・・口が開かなかった。 まるで言葉そのものに自分が拒絶したみたいだ。 「やっぱり・・・智ちゃんの中には・・・彩ちゃん・・・なんだよね・・・。だから思い出しちゃったんだよね」 「唯笑・・・?」 「ううん。判ってたよ。智ちゃんの中には彩ちゃんしかいないって・・・。 だから唯笑がどんなに智ちゃんを元気にしてあげようって  思った時だってやっぱり彩ちゃんの事ばっかり考えてたもんね・・・。 彩ちゃんの事しか・・・彩ちゃんしかいないんだよね?  だから・・・それに智ちゃんも気付いて・・・本当の彩ちゃんを受け入れたんだよね・・・」 「俺は・・・」 「唯笑・・・智ちゃんの事ならなんでも判るもん。 やっぱり智ちゃんは彩ちゃんしかいないんだよね・・・。彩ちゃんには勝てないんだよぉ」 「だから・・・俺は・・・」 違うって言いたかった。けど・・・反論する事が・・・まったくもって出来なかった。 「いいよ・・・。ごめんね、唯笑邪魔しちゃったね。ばいばい智ちゃん」 そう言い残して静かに去っていってしまった。追いかけなきゃ・・・追いかけなくちゃ・・・ けれど俺の足は凍りつき動くことなくその背中を見ることしか出来なかった。 『智ちゃんの中には彩ちゃんしかいない』 この言葉が俺の頭の中で、繰り返し再生されていた。 部屋に戻る。持っていた白い傘を机に置き、しきっぱなしの布団に座る。 さっきの会話を思い出さずにはいられない。俺には彩花しかいない・・・か。 いくら俺でも、唯笑が俺の事をどう思ってきていたか。そんなのは判っているつもりだ。 気がついたのは中学校の時だろうか。同時に彩花に対する自分の気持ちにも気付いて・・・。 彩花の奴はバカ正直だから、すぐ顔に出るから鈍い俺でも判って・・・。 それでも俺たちはなかなか幼馴染って関係にとらわれたままで・・・。 結局俺は勇気なんかなくて、彩花のほうから告白されたんだったっけな。 俺たち二人が付き合い出してから、唯笑は俺たちを祝福してるかのように見えた。 事あるごとに俺たち二人を無理やり二人きりにしようとしたりして。 けど、その裏ではずっと泣きそうな顔をしてた。彩花と俺が楽しそうにしてるのを見てるだけで、 唯笑はどこか悲しそうだった。自分の想いが俺に届いてないって・・・判ったから・・・。 結局あいつが事故に遭って、俺はあいつの事を忘れていたも当然になった。 いや、都合の良いことだけは全部覚えていたんだ。笑いあった事とか・・・そういうのは覚えてた。 だけど何故だか・・・今となっては何処か恐怖を覚えたんだろうな。 唯笑の前では決めたわけじゃないけど彩花の事は禁句になった。 お互い彩花の名前を出す事は無かった。 傷つくことが怖いのか。思い出させることが怖いのか。今となって理由が判る。 ずっと、唯笑がいる場所では彩花の事を『まるで忘れているよう』なまでに話さなかった。 だけど唯笑は判っていたんだ。俺の中に都合のいい彩花がいたって事を・・・。 それでも今彩花がいないから、いつか振り向いてくれるかもしれない。そう思ってずっと今まで・・・。 唯笑の奴はそれでも俺に本当の彩花の事を話さなかった。そうする事で俺が深く傷つくと思って。 そして・・・知る事で彩花の事だけを見てしまうことを恐れてしまって。 いや、ただ俺が彩花の事だけを見ないでって思っていただけかもしれない。 しかし今俺が忘れてた事も思い出して、 彩花に出来る事を・・・俺が出来る事・・・って決意してたのが・・・唯笑には判ってしまっていたんだ。 判ってて・・・俺の家に来たのか?あんな事を言うために、唯笑は来たのか? 判ったと思えばまた判らなくなって来る。俺自身なんで気がついてなかったんだろう・・・。 彩花が引っ越したと思ってずっと過ごしているうちに、俺は唯笑の事が幼馴染以上の存在になっていた。 何かひっかかる想い・・・そう、彩花の事があったからその気持ちを踏み出すことも出来ず・・・。 俺はただ、傷つく事が怖くて深く入り込まなかっただけだった。 『智ちゃんの中には彩ちゃんしかいないって・・・』 考えれば考えるほどに、唯笑と彩花への想いが交差してくる。そして心が引き裂かれそうになってくる・・・。 行こう! このままここにいても・・・止まっていても仕方が無い。 行かなきゃならない。 俺自身の想いと、彩花の事を確かめるために。『藍ヶ丘総合病院』へ。 何故だろう。さっきの唯笑の言葉が『彩花のところへ行ってあげて』に思えてくるのは。 まさか・・・ああまで言って俺を突き放して、彩花の事を・・・見てやれって・・・言ってたのか? 唯笑は誰よりも彩花を慕っていたし、憧れていた。そして・・・大切に思っていた。 一度そう考えると、もうそうとしか思えなくなってくる。たとえ思い込みでも良い。 「ありがとう・・・唯笑」 俺はそう声に出して言うと、決意を胸に目的の場所へ向かうことにした。 悪いな・・・唯笑。今は彩花の事だけを考えさせてもらうぞ。 心の中で唯笑に謝ると、扉を開けてただひたすらに走った・・・。 無我夢中で目的地まで走る・・・が、何かが足りないような気がする。 何かを忘れたような気がする・・・。何か、大切な物を。 そうだ・・・白い傘だ。彩花の大切な白い傘であり俺の大切な想い出の一部のあの傘だ。 けれど目の前には目的地が見えていた。さて・・・どうしたものか・・・。 今ここから遠ざかればまた逃げてしまうんじゃないかという気もするのだが。 白い傘が・・・俺を呼んでるような気もする。 『ふざけんなよ智也!お前のせいじゃない・・・少しでも彩花の無事を信じてやれ。 彩花はお前の事を誰よりも大切に思ってるんだから!  それはお前も同じはずだ。・・・だから信じてやれ・・・。悲しいのはお前だけじゃねえ!俺だって、巴だって唯笑だって  ・・・彩花がこんなことになったって知ったらどれだけ悲しいと思ってんだよ!・・・だからその日までお前がその傘を預かってろ!』 その日まで。俺は彩花に傘を返してやらなくちゃならない。 だが忘れていた俺にそんな事する資格なんてあるのだろうか・・・。 「馬鹿野郎。お前なにうじうじ考えてんだよ」 え・・・?気のせいかと辺りを見回すと・・・そこには自転車にまたがる信の姿があった。 「なんでこんな所に」 「いや・・・ちょっとな。それより大丈夫かよ。考え事してたみたいだけどな」 「あ、ああまあな」 「うじうじ考えんな!お前がここに来たって事は・・・桧月さんに会いに来たって事だろう?」 な・・・なんで信が・・・彩花の事を知ってるんだ・・・翔から聞いたのか?いや、あいつはそんな口の軽い奴じゃない。 「なんでお前が彩花の事を・・・!」 待てよ?信は雨の話になるとどこか遠い目をしたりするし、俺にはどうしても言えないことがあった。 まさか・・・信も彩花とあの雨の日と何か繋がりが・・・!? 「・・・見てたんだよ。」 「見てたって・・・何を?」 「俺は何にもすることが出来なかった。いや、出来たはずだったんだ。」 一体何の事を言ってるんだ・・・信 「あの雨の日・・・。俺はあの交差点にさしかかった時だ。青信号をわたる桧月さんがいたんだ。  そんな中、今になって判った事だが酔っ払い運転で前もロクに見えてないトラックが・・・突っ込んできたんだ。  俺は思わず目を閉じたよ・・・。とっさに走り出せば絶対に間に合う距離だったんだ。  俺が気がついたときは真っ白い傘が開かれたまま落ちてて。桧月さんが倒れてたんだ・・・。」 信が・・・事故を見てた・・・?彩花の・・・?俺は信のその告白に言葉が出なかった。 「それでな、俺は動けなかった・・・!桧月さんが倒れてるのを見ても。  今何が起きたかを頭の中でゆっくり理解して、やっと全身の震えと戦いながらな・・・俺は駆け寄った。  俺は必死に出来る事をしたよ。それに必死に呼びかけた。桧月さんはなんて言ったと思う?」 彩花が・・・信に?見当もつかない。俺は静かに信の言葉の続きを待った。 「お願い・・・智也に・・・伝えて。って言われたんだよ。智也って誰だって聞いたらな、  私の一番大切な人に・・・伝えて・・・って言ってたんだよ・・・。」 「それで・・・彩花はなんて・・・?」 「ごめん・・・傘届けられなくて・・・迎えにいってあげられなくて・・・ごめんね・・・って!  静かに俺はうなずいた。けど桧月さんは意識を失ってたよ。俺は必死で助けを呼んだ。  無我夢中で救急車を呼んだ。この日は雨が強かったせいでこの通りに人がいなかったんだ・・・。  そう、俺だけが・・・桧月さんを見てたんだ。トラックは・・・逃げるように走り去っていったのを覚えているよ。  俺は桧月さんを見届けたいとは思った。けれどな・・・それよりも大事な事があるって思った」 「俺に・・・伝える事・・・?」 「ああ。俺はその場でずっと待っていたんだ・・・お前がここに来る事を。 もしかしたら来ないかもしれないとも思ったよ。  だけど・・・何故だろうな。ここにいれば絶対に智也が来るって思ってた。」 そうだ。どこか見覚えがあるような気がしたんだ、信とはじめてあった時。 だけど何処で見たかまったく思い出せず今日まで来た。 けれど。俺があの雨の日に、暗闇へと逃げ出す寸前に。 一人の少年の姿を見た・・・そうだ。それが信だったんだ・・・。 「そうか・・・信とは一度会っていたんだな・・・」 「あぁ・・・だがお前に伝えようとしたが、お前は聞いちゃいなかったな? 現実から意識を遠ざけてたのは俺も判った。  翔の奴に桧月さんの事を話して・・・俺はそこから逃げたんだ。 目の前で事故があって、守れなくて、それでいてその大切な人二人に出会って。  俺は気が気じゃいられなかったよ。 結局俺は・・・桧月さんに頼まれた事・・・お前に言ってやれなかったんだ。  それからずっとその事を抱えて生きてきたよ。高校に入って。 お前と翔に会った時・・・あれほど運命的なものを感じたことはない。」 信は・・・彩花を守れないのを自分のせいだって背負って・・・ずっと自分の罪としてきたんだ・・・。 俺が電話なんかしなきゃ・・・信を傷つけることだってしなかったのに・・・。 「智也。お前のせいじゃない・・・顔に出てるぜ?翔は俺の事覚えてたな・・・俺はてっきり殴られるかと思った。  だが翔は『ありがとな』って俺に言ってくれたんだよ。そして・・・桧月さんがどうなったかも・・・聞いたんだ。  それでしばらくお前と付き合っていくうちに・・・お前があの日の事をすっかり忘れている事が判ってな・・・。  全て・・・俺のせいなんだ。あの時俺を助けてくれたお姉さんのように、桧月さんを助けてやれば良かったんだ」 「違う・・・!お前のせいじゃねえ。そもそも俺が彩花を呼ばなきゃお前だってそんな事考えないですんだ・・・!」 それに・・・忘れてたのは俺自身の問題だ。お前が罪なんか背負う必要は・・・無いはずなんだ。 「・・・だったら。俺が助けてればお前が記憶を閉じ込めることも無かった。違うか?」 確かにそうだ・・・信の言うとおり、彩花が無事だったならば俺は何も傷つかなかっただろう。 けど・・・お前は・・・彩花と何の関係も無かったって言うのに・・・お前がそんな事背負うのはおかしいだろう・・・? 「・・・俺はみんなにも言ってない。俺が事故を見てたって言うのはな・・・。昨日お前の家に翔に個別に話したのはその事だ。  どこまで見てたか・・・あいつにはキチンと話しておきたかったからな。決まって翔は『ありがとな』って言ったよ。  あいつ・・・優しすぎんだよ・・・。お前があの日の事思い出したら・・・全部話そうってずっと思ってたよ」 何も・・・何も言葉が出ない・・・悲しいとか怒りとか。そういうのじゃない・・・。表現が・・・見つからない。 「そっか・・・」 「桧月さんの伝言を頼まれてから・・・いったい何年かかってんだろうな・・・俺」 三年・・・か。逆に言えば・・・俺が逃げていた時間が・・・三年ということになるのか。 「昨日お前が記憶を取り戻して・・・正直嬉しいとは思えなかった。お前が傷つくんだからな。  ただ・・・お前が桧月さんの事ちゃんと思い出せたなら・・・良かったかなって思ってな・・・  それで俺はここに来たんだ。俺自身・・・あの日から桧月さんから、 そしてお前や翔・・・唯笑ちゃん・・・みんなから逃げてたんだ。  馬鹿やってさ。俺の気持ち覆い隠して・・・親友ヅラしてたんだぜ?お前が桧月さんの大切な人って知ってたから。  最初から俺はお前を知っていた。そして、お前の過去も。ずるいよな? 俺だけ知っててお前は何も判らないまま親友ヅラされたんだ。」 俺といい、信といい・・・ほんっと不器用だよな・・・。 「信。お前は正真正銘馬鹿だな。親友ヅラじゃねえよ。俺たちは親友だろ?大体な、俺の過去をしってようとなんだろうど、  俺がこの俺だから、信がその時そう思っていたから今の関係があるわけで、親友ヅラも何も親友なんだっての」 「智也・・・」 「確かにお前のいう事が正しいのかもしれないがな、それは俺たちのためを思って。そして自分が傷つかないようにしてたんだろ?  んな事俺が責められっかよ。俺なんか都合の悪い事忘れてたんだからな。それはお前の良い所じゃねえのか?  まーお前が親友ヅラしてようがなんだろうが、俺はお前を親友だって思ってるけどな」 「そうだな・・・サンキューな。智也。励ますつもりが励まされちまったじゃねえか」 俺は・・・お前に何度励まされてきたか・・・今更になって思うよ。 「それに・・・やめようぜ」 「やめる・・・?」 「お互い、俺のせいとか思うの・・・。今信の話聞いてて思ったんだよな・・・俺は。  誰が悪いとか良いとか。そういうのじゃなくて。 あの時ああすればよかったなんて、言っても何も変わらないんだよ。」 お前がしっかり本当の事・・・言ってくれたおかげで・・・俺は判った。だからそれを・・・伝えるんだ。 「だったらさ。俺が悪くてもお前が悪くても何でもいい。ただ自分の出来る事をしようぜ?  結局あの時ああすればよかったって悔やみ続けるくらいなら・・・前に進もうってするほうが大事だろ?」 「そうだな・・・。あの時結局伝言を聞くくらいしか出来なかったけど・・・。可能性はまだあるよな・・・」 「俺たちは馬鹿なことやってきたよな、ほんっと。でもよ、それも考えがあってこそだろう?だからやめようぜ  大体なぁ、お前たちの心遣いが今更になってどれだけありがたいって思ってるか判らないのかよ」 もう、こんな罪とか償いとかみたいな事はやめよう。俺たちはもう充分すぎるほど戦ったから。 「そうだな。ほんと俺たちは正真正銘の馬鹿だよなぁ、智也」 「そうやって言われるとあったまくるぜ!ったくやっぱりかわんねえなぁ、お前は!」 俺たちは久しぶりに心から笑い合った。いや、本当の笑顔を見せたのはお互い初めてだったのかもしれない・・・。 改めて俺たちの中で決意が生まれた。やっと俺の中の時が動き始めている・・・。 さぁ・・・前へ進まないと。行こう! 「信、ここで待ってろ。俺は忘れ物を取ってくる。大切な物だからな」 「バーカ。今更何言ってんだ。後ろ乗ってけって」 信は自転車の後ろを指差した。恐らく・・・信も何を取って来るか判ったのだろう。 「助かるぜ、信」 「お礼は終わってからにしろ」 それもそうか。まだ始まってすらいないもんな・・・。 「着いたぜ。ほら、取って来い!あの日の忘れ物を!」 ああ。俺は静かにうなずくと、自室へ急いだ。 ビニールにつつまれた白い傘。彩花のお気に入りの傘。想い出のつまった傘。 今・・・俺は、このビニールを外す・・・。白い傘を、過去を、ありのままに見られるように。 バリッ 三年という永きにわたって封印したものを、今自分の手で・・・解き放った。 あの日の事を封印していた日々は、もう無いのだから。 気のせいだろうか・・・白い傘から一瞬だけ、柑橘系の・・・あの懐かしい香りを感じた。 俺は白い傘をこの手にしっかり持つと、急いで信のところへ戻った。 「早かったな。それじゃあ、飛ばすぜっ!」 気持ちよいほどに風を切っていく。その風を心いっぱいにうけながら・・・。 けれど心に受けたものが・・・どういうわけか不安の風のような、そんな気がした。 これが・・・ただの全てのはじまりだったんだ。自分自身何処かでそう気がつきながら。 『藍ヶ丘総合病院』 ここを見るのはあの日以来の事だ。妙な気分にかられながら病院内へと入る。 「信」 俺は・・・どうしても一人だけで彩花と話がしたかった。信には悪いが・・・俺の問題を自分で解決したい。 「言わなくてもわかってら。それはお前の問題だ。きちんと、ケリつけてこいよ」 「ああ、判ってる」 「俺はみなもちゃんのお見舞いしてくっからさ。終わったらこっち来てくれよ」 みなもちゃん・・・いや、もう彼女をちゃん付けするのはやめようと思う。 しっかりと強い意思を持った・・・俺を傷つけまいと必死になってくれた・・・一人の親友と呼べる存在として。 みなもって・・・呼んであげたいと俺は思うから。 「ああ。みなもにも言わなくちゃならない事がたくさんあるからな」 「お前が来るまで黙っとくぜ?んじゃ頑張れよ、智也」 俺は信と別れると、ロビーで彩花の病室を聞いた。 「桧月彩花の友達ですが・・・病室はどこですか?」 「あら・・・?桧月さんのお友達・・・?えっと貴方は?」 「三上・・・です。三上智也」 「智也君ね・・・そっか・・・あの時の」 どうやらこの看護婦は俺の事・・・あの日の事を知っているようだった。 「ごめんなさい・・・あ、私彩花ちゃんを担当している、神坂栞よ」 急に彩花に対する呼び方が変化した。恐らく先ほどまでのは形式的なものだろう。 それにしても・・・神坂?聞き覚えのある苗字なのは気のせいだろうか・・・。 「なんで俺の事・・・?」 「彩花ちゃんとうちの娘が中学時代からの友達だったのよ。 あの日・・・智也君が彩花ちゃんの病室で酷く叫んでいてね・・・  覚えてる・・・?辛い事思い出させちゃったなら・・・謝るけど」 「いえ、大丈夫ですけど。それより娘って」 「あ、神坂舞よ。知らない?舞は男の子に対する付き合いが苦手だからあんまり面識が無いのかもしれないわ」 神坂舞・・・そういやそんな友達がいたような気がするけど・・・。 高校も一緒だったと思うが、二年になってクラス別れたと思った。 「娘の友達をこうして受け持つなんて・・・皮肉なものよ・・・。ここよ」 『207号室 桧月 彩花』 部屋の前にはそう書かれていた。ここに・・・彩花がいる・・・! 「頑張ってね。彩花ちゃんの事でうちに来たら私に声かけてくれればいいから」 そういって神坂さんは持ち場に戻って行ったようだった。 俺は一人で部屋の前に立ち尽くしていた。気がつけば鼓動が激しく波打っている。 ゆっくり深呼吸して・・・白い傘を確かめるように握ると・・・俺はドアを静かに開いた。 やわらかく差し込む光。それに包まれるように・・・大切な存在が・・・そこにはあった。 「彩花・・・」 返事は無い。まるであの日の事が再現されたかのような気分だ。 静かに彩花の近くまで歩み寄る。そっと彩花の目の前で立ち止まり、近くにあった椅子に座る。 「ごめんな、彩花。俺お前がこうなっちゃったって忘れてたんだよ・・・。酷い奴だよなぁ俺って」 やはり彩花は言葉を返してはくれない。泣きそうになってくる・・・けれど、諦めちゃならない。 「だけどな、俺もうお前の事・・・何から何まで全部忘れないぜ。絶対彩花の事忘れねえからな」 返事が無いって判っているけど・・・。だけど・・・やっぱり辛い。逃げ出したい・・・。こんな彩花見たくない。 でもそれじゃああの日と変わらない。俺は・・・前に進むために、ここに来たのだから。 「判るか・・・?俺だ」 そっと彩花の手を握る。あの時感じたほどの冷たさは感じないが、やはり・・・どこか寂しいような冷たさを感じた。 彩花の手を両手で包む。まるで、あの日と同じように・・・そっと。 「彩花、悪いなぁ。花とか何も持ってきてやれなくて。けどお前の忘れ物持って来たぜ!」 忘れ物? 何故だか彩花が俺にそう聞いているような気がした。 「ああそうだ。この傘をなっ。覚えてるだろ?この白い傘を」 忘れるはずなんかない・・・ 「そうだよな、お前の大事な傘だもんな。信からの伝言聞いたぜ。傘届けられなくてゴメン・・・だろ?  確かにお前から手渡ししてもらえなかったけど。今こうして預かってる。お前の気持ちと一緒にな。  傘は確かに届いた。俺の心に、な。彩花の事・・・都合の悪い事忘れてた。だけどな、結局お前が目を覚ましてくれた。  この白い傘見たらなんか思い出してだな。気付けばちゃんとお前の事・・・受け入れられてたよ。  三年もかかったけど・・・傘は確かに、届いたんだよ。」 何一人でこんな事言ってるんだ。彩花が何も返さないからちょっと寂しいじゃないか。 とちょっと寂しい気分にもなりかけていたが、それをあわてて振り払う。そして・・・白い傘をしっかりと握った。 「ほらよ。忘れ物・・・返すからな。ありがとな、彩花!」 俺は白い傘を彩花の両手にそっと握らせた。そして・・・傘を抱きしめるように寝かせてやった。 「ありがとう・・・彩花・・・。 俺はお前を誰よりも大切だと思ってるからな!今度は俺がお前を起こしてやる番だ」 とりあえず・・・やるべきことはやった。この傘を彩花に返すこと。そして俺の言葉を彩花に伝える事。 まだ激しい鼓動を感じながら・・・全身の震えを抑えながら・・・俺はゆっくり立ち上がった。 部屋を出る前に、彩花をそっと一度抱きしめた・・・。 抱きしめながら俺は・・・あの日以来止まっていた涙が・・・こぼれていた。 涙をぬぐおうともせずに、そっと彩花を放す。静かに・・・病室を出る。去り際にもう一度彩花を見ると、 「またくる」 バタン・・・ 静かに病室のドアが閉まる音がした。 これでいいんだ・・・これで。やっぱり俺の中で一番大切な人は・・・彩花だから。 だから・・・これでいいんだ。キリキリと痛む心と戦いながらも俺はみなもの病室に向かうことにした。 ガチャッ 「元気かっ?みなも」 「と、智也さん・・・?どうしてここに・・・稲穂さんが・・・?」 「いや、俺自身の意思だ。彩花に会って来たよ」 みなもはどこか寂しい表情をしていた。俺が思い出したって知ったからだろうか? 「智也・・・傘は渡してきたんだな・・・?」 「ああ・・・あの日の事はケリをつけた。あとは前に進むだけだ」 「そうか・・・。なら良かった。・・・みなもちゃんと話しあるだろ?俺はここで・・・退散させてもらうぜ」 そう言って信は出て行ってしまった。俺たちに二人で喋る時間をくれた・・・まったく信には助かってばかりだな。 「智也さん・・・彩花ちゃんの事は私ずっと知ってたんです」 唯笑から聞いて・・・じゃないのか?それで同じ病院になるから単純に隠してたって思ってたんだけど・・・ 「私、彩花ちゃんと従姉妹の関係なんです。それでちっちゃいころから姉妹のように一緒で・・・」 そう言えば・・・中学の時。彩花が従姉妹にお見舞いに寄せ書きとかボイスカードやらを持ってくとか話してたな。 俺は部活の助っ人でいっつも忙しくてそれに協力してやることくらいしか出来なくて・・・。 「これ・・・智也さんは覚えてますか?」 そう言ってみなもは青いボイスカードなるものを取り出し、スイッチを入れた。 『あ、えーとはじめまして・・・だと思うけど。三上智也です。彩花静かにしてくれ!  えーと入院生活は大変だよね・・・?んーと・・・退院したら・・・デートしよう。  いてっぶつなよ!元気づけてやるためだろー。あんま外出れねえだろうし外連れてってやりたいなって。  いてぇなぁ!お前妬いてんのかっ?いつもいってんだ・・いって・・・彩花・・・!  と、とにかく、頑張れよ!いてて』 彩花に遊ばれながらも俺がみなもに送ったメッセージだった・・・。 「智也さんの事も・・・知ってたんです。ずっとどんな人なのかなって思ってました。  でも・・・彩花ちゃんが・・・あんな目にあっちゃって・・・それで・・・。  初めて会った時・・・三上智也って名前を聞いて・・これが彩花ちゃんの大切な人だったんだって・・・」 彩花と従姉妹・・・いや親友の付き合いをしていたのか・・・。 「でも智也さんがあの日の事を忘れてるって判ったから・・・お見舞いに来たら彩花ちゃんの事判っちゃうから・・・  言ったら・・・智也さんが・・・」 みなもはその後の言葉が続かずに目を両手でおおった。俺は無言でポケットからハンカチを取り出すとそれを渡した。 「あ、ありがとうございます」 「これぐらいしかできねえからな。みなもは・・・大丈夫・・・なのか?」 「彩花ちゃんが言ったんです・・・。『精一杯今を生きようね?』って。  だから・・・乗り越えていかないと・・・駄目なんです。しっかり前に向かって生きていかなきゃ・・・」 彩花がそんな事を。そうか、だからみなもちゃんは・・・入院したってこう強い意思を持っているのか。 「みなも。ありがとな。おかげで変に傷つかないですんだよ。自分自身でこうやって彩花に会いにいけたし」 「智也さん・・・その・・・名前で呼ぶの恥ずかしいですよ・・・」 「ん?あぁ、もうちゃんづけしないでいいかなって思ってな。みなもも大切な友達だからな。だから敬語じゃなくていいぜ?」 「あ、えっと・・・判りました!」 結局敬語だけど・・・まぁみなもらしくていいかな。 「智也さん・・・彩花ちゃんの事あんまり自分を責めたりしないでくださいね」 「え・・・?」 「稲穂さんも・・・ですけど。終わってしまったことは誰にも責める事は出来ないんです。  だから・・・彩花ちゃんの変わりにいいます。『過去にとらわれないで精一杯今を生きて』くださいって」 「みなも・・・」 みなもの言葉で改めて今を生きるという事を認識し、強く心に念じた。 「なんだか生意気な事いっちゃいましたね・・・」 「いやいいんだ。その通りだから。それより・・・みなも?」 「なんです・・・か?」 俺に力になれたら。みなもの病気も救ってあげられたら。 もう彩花みたいな悲しい目にあう人はいて欲しくなかったから。 「みなもの病気・・・の事。教えてくれないか?いや、嫌ならいいんだけどな」 みなもはややあって落ち着かせるように呼吸をすると、静かに俺に話してくれた。 小学校中学年くらいのころから今の病気にかかり、入退院を繰り返していること。 いわゆる移植が必要な状態である事・・・。という事が判った。 「それじゃぁ、俺がみなもに力になれるか検査しなくちゃな」 「あの・・・待ってください」 俺は自分の体がみなもに役に立てるかどうかさっそく調べてもらえるように病院に頼もうとした時だ。 「その・・・もういるんです・・・」 「もういるってことはもうすぐ治るってことか?」 「それが・・・彩花ちゃんが・・・私の・・・その・・・」 よりによって彩花がみなものドナーだったなんて・・・。けれど彩花は今は・・・。 「ごめん・・・みなも。俺が・・・」 「やめてくださいっ!」 いつに無く強い声でみなもに制止された。 あまりにも意思が強く伝わってきた声だ。俺は何も返せずにただみなもをみていた。 「自分を責めないで。智也さんは悪くないんです。だから・・・お願いです・・・。  そうやって智也さんや稲穂さんが苦しんでいるの見たくないんです。だから・・・今を・・・」 信も・・・同じような事考えてたのかな・・・。 自分のせいで彩花を失わせ挙句の果てにみなもの体にまで迷惑がかかっていると。 けれど、みなもはそんな俺たちを憎もうとなんかこれっぽちも思わなかった。それどころか助けられて・・・。 「ごめんな。それじゃもう一個約束しよう」 「え?」 「彩花が絶対に目を覚ますって事。また俺たちと遊んだり笑ったり出来る事。それを信じる事だ」 彩花が元気にさえなればみなもが元気になる事も意味する。そう思った俺はこの約束を提案した。 けれど・・・本当に彩花に目覚めて欲しいと思っているのは・・・他でもなく俺だけど。 「そうですね。えへへ。智也さんが前向きになってよかったです。」 「それじゃぁ今日はこの辺で帰るよ。あんま長居しちゃ、悪いだろ?」 みなもは元気な顔をしてるものの、入院生活をしてる身だ。あんまり無茶させちゃ悪いだろう。 「うん・・・ちょっと疲れちゃったかな。ごめんなさい。でもまたお見舞い来てくださいね!」 今度はお見舞いに来てって・・・みなもが言ってくれた。やっぱり本当は寂しかったんだ。 彩花の事、自分で背負って・・・自分だって辛いのに・・・。 俺いつかみなもだけじゃない、みんなにお礼しっかりいわないとな。 「俺なんかでよかったらいくらでも飛んでくるよ。それじゃぁまたなっ」 俺はみなもに明るく別れを済ませると、病室を出た。 それにしても信の奴何処行ったんだろうか?信を探したのだが、ロビーを見てもいなかったし・・・。 「あっ」 信が病院の外へと向かっているのが見えた。その表情は・・・どこか寂しそうだ。 あまりにも・・・寂しさが漂いすぎて、信に声をかける気は起こらなかった。 あいつもあいつで、何かと戦っているのだろうから・・・ 「智也。いたいた」 俺がロビーでぼーっとしてると、翔の奴に声をかけられた。 「翔・・・お前どうしてここに?」 「日曜日はな・・・彩花のお見舞いに絶対に行く事にしてるんだ。だから今日もお見舞いだ」 あの日以来ずっと・・・通ってたのか。本当にお前は良い奴だな。 「信にさっき会ってな。お前が来てるって聞いたから探してたんだ。まだ帰ってないってなんとなく思ったからな。」 なんというか・・・まだ帰ってないと思う、とかこういうときの俺たちの勘ってよく当たる。 「ホント、予感ってよく当たる。A10神経が鍛えられてるんじゃないのかと思うくらいだ」 「A10神経?またわけのわからんことを」 「別にふざけてるわけじゃねえよ。大切な人を想ったり感じたりする部分がA10神経なんだ。  だから妙な胸騒ぎとかそういうのって・・・全部それなんだよ。」 いわゆる第六感ってやつだろうか。つまりは・・・そういう予感とか感じられる人は大切な存在だって言いたいのかな。 「それより。あの白い傘・・・渡してきたんだな。ちゃんと預かってたんだな・・・やっぱり」 「お前が言ったんだろ?その日まで預かっていろって。でもあれで・・・あの日の事はケリつけた」 「・・・彩花から伝言があるんだ」 え!? 「今・・・なんて?」 「彩花からの伝言。ちゃんと聞いてたか?」 彩花からの伝言・・・って。どういう意味だ・・・? 「あの日な・・・あの雨の日だ。一度だけ・・・彩花が言ったんだ。お前に対しての言葉を」 俺に・・・? 「智也・・・私のためにありがとう・・・そして・・・またね。って言ったんだ。 今思えばあれ以来彩花の声を聞いてないんだけどな・・・」 彩花が俺に、ありがとう・・・か。 「そっか。彩花がそんな事言ってたのか・・・。」 「お前を責めたりなんかしてなかったって事・・・伝えておきたくてな。」 「よいしょっと。それじゃ帰りますか!」 俺はさっと立ち上がると、一度大きく伸びをした。そして脱力すると、外へと向かった。 「そうだな。帰るか」 翔も後に続いてくる。それにしても・・・俺の過去の事について一切触れないな。昨日の事があったのに・・・。 「翔、聞かなくていいのか・・・?その・・・俺が思い出したって事」 「んなもん聞くだけお前を辛い想いにするだけだろ?そもそもここに来た以上何も聞く必要はねえ。」 翔らしい答えだった。みんな・・・俺を責めようとはしなかった。 それどころか・・・仲はさらに深まっている気さえ感じた。 そうでもなければ・・・ 忘れてしまっていた俺の事を今でもこうして親友として付き合ってはくれないだろうから・・・。 「無茶だけはするなよ?いくら思い出したからって・・・辛い過去には変わりないんだからな」 「そりゃ・・・お前もだろ?自分で言ったよな。悲しいのはお前だけじゃないんだって。」 「はは、そうだな。確かに・・・俺も無理してきたかもしれない」 翔・・・。 「まっ、お前も思い出したんだ。したくない隠し事しなくて済むぜ。 今度信とか巴とか唯笑とか・・・みんな連れて騒ぎに行こうな。  その時はもちろん、彩花も一緒だ。みんなで本音トークというか暴露大会でもやってやろうじゃないか」 「ああ!」 俺たちは本当で本音で語り合える日を楽しみにしながら、それぞれの帰路へとついていた。 まだ時間で言うと午後四時くらいだった。俺は上着を脱いでそのへんに投げる。 ふと、留守電が点滅している事に気がついた。 『メッセージは二件です・・・。  もしもし智也?体調とか大丈夫かしら?父さんの仕事が落ち着きそうだから十月六日に一回戻るわ。  その時は父さんも一緒ね。あまり一人暮らし当然なんだから無理しないでね。』 母さんからか。そういえば・・・母さんと父さんは俺の記憶の事・・・どう思っていたんだろうか・・・。 彩花の両親も・・・。今は隣にいないけど、表札桧月のままだしなぁ。俺のため・・・か? まぁ近いうちに確認とか話とかしなくちゃならないな・・・迷惑かけてたのは事実だし。 「智也!今日はお疲れさんだ。さっき忘れ物取りに教室行ったら・・・唯笑ちゃんが泣いてたんだ・・・。  俺声かけらんなかったけどな。教室で・・・お前と桧月さんの名前を連呼して泣いてたぜ?  あ、そういうの見るの嫌だから俺は帰って来ちまったけどな。智也、何か唯笑ちゃんとあったんだな?  唯笑ちゃんがあそこまで本気で泣くのは、お前か桧月さんの事しか考えられないからな。  っとまぁ唯笑ちゃんの事なら俺も気になるし・・・明日あたりまた屋上ででも話そうぜ。  今日は桧月さんとみなもちゃんの事で結構疲れただろうからな。けどどうしてもこの事は伝えておきたくて。  その・・・いきなりすまんな。あ、智也。 あんまり唯笑ちゃん泣かせんなよ?・・・午後三時四十六分日曜日です・・」 俺が帰ってくるちょっと前・・・か。唯笑が泣いてた、とすれば朝の事しか考えられない。 俺は解決した気になってたけど・・・。過去を受け入れて、それにケリをつけたのはほんの始まりにしかすぎなかったんだ。 過去から・・・今、今から未来へ・・・。やっと前へ歩き出したんだから・・・。 全てはまだ、はじまったばかりだったと今になって理解できた。

あとがき

三章は、ここで終わり・・・なのですが。かおるや詩音、小夜美さんと今回は出番がありません。 まぁ、智也の過去に完全に焦点を当てたかったので仕方ありませんけど・・・。 白い傘を渡したところらへん。あそこがポイントかなと、自分では思っております。 REVERSEとは違ったテイストにしたかったので、こういう表現(?)をとらせていただきました。 しかし翔が自分を投影しただけあって、智也と共に目の当たりにした設定にした自分もなかなか悲しい気分に・・・。 智也の明かされたあの日、智也の悲痛な叫びや切ない呼びかけを書いてて泣きそうに・・・(笑) そしてまたやっちゃいましたよ『神坂舞』REVERSEの時のほんの一回出てくるのですが・・・使っちゃいました。 自分は登場するキャラのほとんどに名をつけずにはいられない困った性格なので、全部つけちゃうのです・・・。 それでは四章を・・・と言いたいところなのですが、なんと今回は三章外伝という形でサイドストーリーを付け加えています。 翔と信の同じ時間軸での物語となっています。ですのでそちらもよろしくお願いしますね。 章ごとにあとがきを書くのは、自分自身節目にしていきたいと思っているからです・・・。 それではまた続きと外伝でお会いしましょう!それではごきげんよう。

第三章外伝〜今、出来る事は何か?〜 の扉を開く       第四章〜想い出は力に、記憶は鎖に〜 の扉を開く

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