平成14年(ヨ)第181号 廃棄物最終処分場等建設差止仮処分事件 
         意見陳述書(第1回審尋へもどる)
(本件処分場の建設による環境権等の侵害について) 
     債権者ら代理人弁護士     井  口               
               同    越  智  敏             
                    2003年1月29日 
水戸地方裁判所民事第1部 御中 
1 はじめに
  人格権の身体権、平穏生活権及び浄水享受権としての側面は、既に意見陳述されたとおりであるので、本意見陳述では、本件処分場の建設、使用及び操業は、債権者らの人格権、環境権、景観権及び自然享有権を侵害するという、環境破壊の観点からの人権侵害について述べる。
なお、本意見は、本件処分場の建設によって、その生存が危機にさらされているにもかかわらず、法廷に立つことのできないシラン、ハッチョウトンボ、オゼイトトンボやオオタカたち動植物の代理人の立場からのものでもあることを認識していただきたい。
 
2「ふじみ湖」の自然的価値
「ふじみ湖」は自然が偶然作り出した宝物であり、自然からの贈り物である。
本件処分場用地は、もともと「お富士さん」と呼ばれる里山であった。しかし、里山として保全しようとする人々の努力も空しく、砂利採取場となり、その「土」を失って、無残な姿を曝すこととなった。しかし、汲めども尽きぬ豊富な「水」の湧出のために砂利の採取という破壊行為が利益を生まなくなって中止された後、清冽な地下水の湧出によって、わずか1年余りで美しい湖が生まれた。昭和62年ころのことである。
自然の営みは、ふじみ湖の周辺に貴重な湿地を作り出した。この湿地には、シダ植物以上の高等植物に限っても、122科648種もの豊富な種類の植物が生育している。その中には、「茨城における絶滅のおそれのある野生生物〈植物編〉」に記載されたもののうち4科7種が含まれている。その中には絶滅危惧種に指定されているシランもある。
また「ふじみ湖」が育んでいる湿地には、ハッチョウトンボやオゼイトトンボという、「茨城における絶滅のおそれのある野生生物〈動物編〉」において希少種に指定されている、貴重な昆虫も見られる。
また「ふじみ湖」周辺では、頻繁にオオタカの飛行が見られ、すぐ近くにはオオタカが営巣と育雛をしていることが確認されている。したがって、本件処分場は、オオタカの日常的な狩り場となっていると同時に、幼鳥の狩の練習場ともなっている場所に建設されることになる。
この湖のこのような価値に鑑みるとき、河野昭一京都大学名誉教授の言を借りれば、『茨城県が産業廃棄物の処理施設建設の場として、“ふじみ湖”というこの生物多様性に富んだ湖(たとえ人工湖であっても)を埋め立ててまで建設するという計画は、誠にもって時代錯誤の発想』と言うほかないのである。
 
3 人格権
  人格権には、生命・身体・精神の安全や自由を享受する権利はもちろん、豊かな自然環境の享受によって、精神の開放感など人間としての豊かさを受ける権利も含まれる。このような意味での人格権は、憲法13条(幸福追求権)や25条(生存権)に基礎をおく具体的権利として法的保護を受ける。
  本件処分場計画が世に明らかにされたとき、この美しい自然からの贈り物が失われてしまうという危機感から、その価値を守るために広汎な活動が開始された。インターネットは日本全国に「ふじみ湖」の存在と価値と美しさを伝え、「ふじみ湖」を守ろうとする人々による手作りの見晴し台は、「ふじみ湖」を訪れる者すべてに感動を与え、この摩周湖にも対比されるこの美しい湖を失わせてはならないとの思いを強くさせている。
債権者らはこの「ふじみ湖」を守ろうとする人々である。債権者らは、本件処分場の建設予定地の自然を享受し、その美しさから感動を受けてきた者である。本件処分場が出来れば、ふじみ湖とその自然は永遠に失われ、代わりに人々に様々な被害と不安がもたらされることになる。すなわち、本件処分場の建設等により、井戸水・農業用水・水道水の汚染、大気汚染、交通渋滞に伴う騒音・振動といった人格権が侵害されるのみならず、豊かな自然を享受するという権利が侵害されることは確実である。したがって、債権者らはこのような意味での人格権をも被保全権利として、本件建設等の差止を求めているのである。
 
 
4 環境権
  人間には、自らを取り巻く環境を支配し、良好な環境を享受する権利があり、みだりに環境を汚染し、快適な生活を妨げ、あるいは妨げようとしている者に対しては、この権利に基づいて妨害の排除または妨害予防を請求することができる。
「環境の恵沢の享受と継承等」について定めた環境基本法第3条は、「環境の保全は、環境を健全で恵み豊かなものとして維持することが人間の健康で文化的な生活に欠くことができないものである」とする。これは、憲法第25条に基づき、環境保全を健康で文化的な生活をする権利と位置づけ、環境権という言葉は使わないものの環境権の内容を規定したものとしてとらえることができる。これまで環境権はその権利性があいまいなものとされてきたが、もはや立法においても明確性を確立しつつある。
債権者らは、これまで「ふじみ湖」に接し、その豊かな自然環境を享受し、この環境を守りたいと強く望んでいる者である。 本件処分場の建設等によって債権者らのふじみ湖及びその周辺の良好な環境を享受する権利が侵害されることは明らかである。したがって、本件差止め申立において、環境権は被保全権利となりうるのである。
 
5 景観権
  景観権とはその生活空間における良好な景観的利益を享受する権利である。ここに「景観」とは、あるひとまとまりの地域の自然的・文化的環境を人間の五感でとらえた全体像を意味する。ここには、眺望的景観のほか、位置、地形、生態系、鳥の声や虫の音、水や風の流れ、歴史・文化・信仰・教育・レクリエーションなどが構成要素として含まれる。したがって、地上のあらゆるものが景観の対象となるが、本件で、債権者らが保護を訴えているのは、「ふじみ湖」とその生態系によって生み出されている自然的景観である。前述のとおり、「ふじみ湖」をひとたび見た者はその美しさに感動する。この感動は、「ふじみ湖」の景観、生態系によって生じる利益として保護されるべき対象である。
  自然公園法や古都保存法、風致地区条例などの立法例から見出せるとおり、「景観」は人間が健康で文化的な生活を送る上での不可欠の要素として、その保全のための施策を国、自治体それぞれのレベルで行ってきている。景観権は、憲法13条、25条に由来する具体的な権利である。したがって本件差止めの申立において景観権は被保全権利となりうるのである。
 
6 自然享有権
  自然享有権は、良好な自然環境を享受する権利であり、日本弁護士連合会が1986年の人権擁護大会で提唱した権利概念である。環境基本法第3条は、「(環境の保全は)現在及び将来の世代の人間が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受するとともに人類の存続の基盤である環境が将来にわたって維持されるように適切に行われなければならない」と定めている。これは、まさに将来世代との関わりにおいて、自然環境を良好な状態で保全することが全ての国民の権利であり義務であること、すなわち、自然の恵沢を享有する権利としての自然享有権の存在をも明らかにしたものである。
  債権者らはふじみ湖の豊かな自然環境を享受し、将来世代のためにもその自然の保護を求めてきた。まさに「ふじみ湖」は現在の世代だけでなく、将来の世代にまで守り続けるべき貴重な自然である。本件差止めの申立において、自然享有権も被保全権利となりうるものである。
 
7 債務者による「保全」の不当性
  債務者は、本件処分場の自然的価値を認めざるをえなかったため、その保全策として、処分場のすぐそばに湿地を残そうと考えているようである。しかし、湿地は清浄な環境でのみ存続し得るものであり、無数の化学物質や汚染物に曝されれば永遠に失われてしまう繊細な存在である。ふじみ湖を「水たまり」と考えている債務者唱える湿地保護は、口先だけのものに過ぎない。
 
8 最後に
現在、約140万立方メートルもの水量を有したエメラルドグリーンの湖は、債務者らの強行な工事着工によって、既にその魂ともいえる湖水のほとんど抜き取られてしまった。湖底は土を見せ、さらに無残にも重機で削られ、今にも埋められようとしている。
しかし、皮肉にも、ふじみ湖の湖水を抜き取ったことによって、豊かな地下水こそが、この美しい湖水を生み出した母親たることをはっきり見せた。本件の証拠保全において、「ふじみ湖」は湖水を抜くというおろかな人間の営みをあざわらうかのように、岩盤から清冽な地下水を湧き出している姿をはっきり見せ、今もこんこんとその水を湧き出しているのである。
債務者はこれまで「ふじみ湖」を、雨水のたまったものと強弁してきた。しかし自然はいとも簡単にそのような小手先の虚言をあばいてしまった。自然に対して嘘はつけない。専門家によれば、ふじみ湖はその豊富な地下水の湧き出るままにしておけば、再び甦ることが可能である。まさに「不死身湖」なのである。
この「ふじみ湖」に感動した中学生の作文が、読売新聞社の第12回地球にやさしい全国作文コンクールにおいて、優秀賞をとった(本意見書末尾に添付)。その中から一部を読んでこの意見書を終わらせたい。 
ふじみ湖という存在は、私の中に新鮮な風を送ってきてくれました。きっと「自然」という存在は常に私たちに何かを伝えてくれているのではないでしょうか。そして、それを感じ取ることが、地球環境を救う第一歩なのではないかと思います。
 現在、二万二千人以上の方が「ふじみ湖を守ろう」という呼びかけに賛成して、署名しています。しかし、笠間市の市議会ではこのみんなの気持ちを聞き入れてくれませんでした。とても悲しい事です。けど、ふじみ湖をもっともっとたくさんの人に見てほしい、未来のみんなに残したい、という気持ちは変わりません。ふじみ湖は守れるのです。そして地球だって守れるはずです。私たち一人一人の小さな協力が大きな力になるのですから。
 私もそう信じて小さな協力からがんばりたいです。ふじみ湖を未来に残せるように。未来の子供達がためらいなく「青い地球」を描けるように。
 
裁判所におかれては、今まさに失われようとしている「ふじみ湖」の声なき声を聞いていただきたい。自然が作り出したこの貴重な遺産を現在そして将来世代のために残していただきたい。
                      以  上