「奥州安達原」 勘太郎の二役 2010.1.29 W263

浅草公会堂で新春浅草歌舞伎を、7日の第一部、21日の第二部を見てきました。

主な配役
袖萩
安倍貞任
勘太郎
八幡太郎義家 七之助
安倍宗任 愛之助
平傔仗直方 男女蔵
妻・浜夕 歌女之丞

「奥州安達原」―「環宮明御殿の場」のあらすじはこちらです。

今回一番強烈な印象を残したのは、第二部の勘太郎が二役を演じた「奥州安達原」でした。まず盲目の袖萩が幼い娘のお君に手をひかれて出てくるところに、美しくも哀れな風情がありました。

台詞を言うその声が今月道成寺を演じている勘三郎にかすれ具合といい、あまりにもそっくりだったのには驚きました。今回の袖萩祭文は、娘お君が雪の降る中自分の着物を脱いで母親に着せかけてやるくだりよりも、武士の家の建前に引き裂かれる両親と娘の悲しさが強く感じられました。

浜夕を演じた歌女之丞の母・祖母としての愛情がはっきりと伝わってきたということもあります。父直方の男女蔵も見た目が若いのはしかたないことですが、武士としてきちんと筋を通す頑固さと、娘が可愛いという情の両方を過不足なく表現していたと思います。

袖萩と貞任の二役を勘太郎が替わったために、袖萩自害の場は替役が出てそのまま貞任に会うことがなかったので、夫婦の絆というてんではあっさりしすぎているように感じました。貞任も桂中納言に化けているところで、妻が自害しても面に表すことができないでしょうが、もう少し思い入れがあっても良かったように思いました。総じてこの中納言に化けているところは、充分にこなれていないように感じました。

桂中納言に化けた貞任が花道七三で、戦の物音を聞いてギクッとするところも、殴られたようでちょっとおおげさ。しかしここで本性を現し貞任になってからは目も覚めるような活躍ぶりでした。

なんといっても貞任は吉右衛門が演じたのとほぼ同じやり方で、ケレンを駆使した華やかなものでした。長い赤旗を客席にむかって放り投げ下につかないうちにすばやく手元に引き寄せるやり方は見ていても胸がおどるようです。亀治郎がやった時は舞台に平行になげたりしましたが、多少上手くいかなくても絶対にこのやり方でやるべきだと思いました。

刀を引き抜いてそのまま宙に放りあげ、落ちてきた柄をつかむという荒技も違和感がなく、それまでのやりきれない悲しみを払拭するように小気味よく演じました。閉まっているはずの門が開いてしまったり、ぶっかえった衣装を元に戻す時に違うところに手を入れてしまったり、お君が父貞任の後の垂れをひっぱるところではひっぱりすぎてしまったり?ちょこちょこアクシデントはありましたが、勘太郎は落ち着いて処理。そのスピード感と力強さで、この長いお芝居を退屈に感じさせず、面白く見させてくれたというのは、たいした手腕だと思いました。

宗任を演じた愛之助は、顔は大変立派で荒事の所作も良かったものの、やはり横を向いた時に声が妙にこもっているのがとても気になり惜しいと思いました。義家の七之助は、声は高いと思いましたが大変堂々としていて、第二部のお年玉のご挨拶でも声が充実かつ安定していて、役者としての成長を印象づけました。

第二部の後半は亀治郎の「悪太郎」。猿翁十種に入っているこの踊りは、酒癖が悪く困り者の悪太郎が、酔って寝ている間に叔父からこらしめとして、大きな髭と頭を剃られて丸坊主にされてしまうというお話。

花道を亀治郎が飛び跳ねるような愉快な足どりで出てくるところから、すぐにこのお芝居の世界が楽しめました。酔いっぷりにはもうちょっと研究の余地があるのではと思いましたが、亀治郎の軽妙な持ち味や、踊りの技術の高さがいかんなく発揮された一幕でした。

叔父の計略にはまってすっかり改心し、これから仏の道の修行をしようとする悪太郎がなんだか可愛らしく見えました。このリズミカルな踊りを一人長袴で踊っていた愛之助のさりげない裾さばきの上手さに感心し、亀鶴の智念坊が悪太郎に脅されてひとさし舞うところで聞こえてきた、長唄の美しい声にも心をひかれました。

第一部はまずお正月らしく「草摺引」から開幕。勘太郎と亀治郎、これから先たびたび共演して楽しませてくれるだろう二人の生きのよい踊りでした。五郎の亀治郎は足の親指をこれでもかというほど、ぴんと上げていて高く張る声もバンと踏む足音も力強く、この人は荒事を演じても良いなぁと思いました。

二幕目は愛之助の「御浜御殿」。愛之助の綱豊卿は見た目は華もあり、じわのくるような美しさもあるのですが、時々台詞廻しに品がないのが、玉にきず。新井白石にむかって「しぇんしぇい」とか、「ござりましぇぬ」とか言うのを聞くと、本当にがっかりします。最初の笑い声も甲高く、もっと大名としての鷹揚な感じがあっても良いと思いました。しかし以前よりは口跡は改善されてきているようですし、監修した仁左衛門の台詞廻しをよく写しているとなぁ感じた場面もありました。

富森助右衛門の亀治郎はもっさりした感じをだしており、意外に骨が太いと感じました。熱い気持ちがひしひしと伝わってくる助右衛門でした。江島の亀鶴はせっかくのきめの台詞が今一つきっぱりとしなかったのが残念でした。

第一部の最後は七之助の「将門」。浅草公会堂はすっぽんがないので、場内をいったん暗くして七三に行かなくてはならないのが、ちょっと気の毒でしたが、差し出しの明かりに照らされた七之助の顔はちょっとふっくらとしてほのかな色気があり、凄みはあまりないけれどなかなか魅力的な滝夜叉でした。

この日の大向こう

どちらの日も会の大向うさんはおられず、今月のように都内4か所であるとさぞ大変だろうとつくづく思いました。

しかし7日は下手より、21日は上手にお一人ずつコンスタントに掛ける方がいらっしゃり、「奥州安達原」などで「ここではぜひ掛かって欲しい!」と思われるところではちゃんと数人の方が威勢よく声を掛けられ、歌舞伎ファンの心意気を感じました。(^^ゞ

7日は女性の声も3人ほど聞こえていましたが、贔屓の役者さんを応援したいという勢いと熱意が感じられました。御浜御殿では最初の綱豊卿と助右衛門の対決ではもっぱら亀治郎さんに、次の能舞台の背面の場では愛之助さんに声が集中して掛かっていたのは、面白く思いました。

1月浅草歌舞伎演目メモ
第一部
「正札付根元草摺」―亀治郎、勘太郎
「御浜御殿」―愛之助、七之助、亀治郎、男女蔵、亀鶴
「将門」―七之助、勘太郎
第二部
「奥州安達原」―勘太郎、愛之助、男女蔵、歌女之丞、七之助
「悪太郎」―亀治郎、愛之助、男女蔵、亀鶴

目次 トップページ 掲示板

壁紙:「まさん房」 ライン:「和風素材&歌舞伎It's just so so」