「鬼平犯科帳」 見事な世話物の味 2007.5.24 W186

演舞場歌舞伎公演昼の部を18日、夜の部を21日に見てきました。

主な配役
長谷川平蔵 吉右衛門
妻・久栄 福助
小房の粂八 歌昇
佐嶋忠介 段四郎
酒井祐助 錦之助
木村忠吾 松江
岸井左馬之助 富十郎
女中およね 歌江
船頭・友五郎 歌六

「鬼平犯科帳―大川の隠居」のあらすじ
ここは大川端の船着場。芸者を乗せてきた屋形舟から一人の老いた船頭が降り立ち、上手そうに煙管を吸い、舟歌を歌う。そこへ一艘の釣り舟がやってくる。乗っているのは「鬼の平蔵」と盗人たちに恐れられている長谷川平蔵とこぎ手は密偵の小房の粂八。最近風邪で寝込んでいた平蔵は久しぶりで釣りにきたのだ。

平蔵は船頭の声の良さをほめ、煙草の火を貸してくれないかと頼む。快く応じた船頭は自分も煙管を取り出して吸い始め、「大川の隠居」と呼ばれる巨大な鯉の話を始める。その煙管をじっと見つめていた、平蔵はふと岸に上って立ち去る。

それを見送る友五郎に「浜崎のとっつあん」と粂八が声を掛ける。実は友五郎は元浜崎の友蔵という盗人で、今は堅気になっている粂八に盗みのいろはを教えた師匠だったのだ。

友五郎は今は足を洗っているが、先日火盗改め方の屋敷に忍び込んで煙管を頂戴してきたこと、その屋敷というのは火盗改め方長谷川平蔵のうちで、鬼平とかいわれているがたいしたことはないと自慢げに語る。

やがて友蔵が去っていくと、平蔵が物陰から姿を現す。友蔵に盗まれた煙管は平蔵の父の形見で、風邪で寝込んでいる間に不覚にも盗まれてしまった物。それを聞いた粂八は、「殺さず、犯さず、難儀をかけず」という主義を守っている友蔵をなんとか許してくれと頼む。粂八の頼みを聞いて、平蔵はひとつ友蔵の鼻を明かしてやろうと思う。

こちらは平蔵の屋敷。平蔵の友人・岸井左馬之助が訪ねてきてともに軍鶏鍋をつつきながら、平蔵が父の形見の煙管を吸う姿が亡き父親に似てきたと、煙管が盗まれたのを知って心配している様子。

左馬之助が帰ったあとに、粂八が姿を見せる。粂八は平蔵の言いつけで、友五郎に「自分も平蔵の印籠を盗んだが、警戒が厳しい中これを元の場所に返すつもりだ。その後でとっつぁんもその煙管を返し、改めてこの印籠を盗みだせたら、三十両出そうじゃないか。」と持ちかけたのだ。

深夜、同心たちが平蔵の屋敷のまわりを駆け回っている。同心に呼び止められた粂八は、印籠が盗まれたことを知る。首尾よく印籠を盗み出した友五郎は担ぎ蕎麦屋の親父に化けて逃げていく。

しばらくたったころ、平蔵が友五郎の舟で大川の船宿へとやってくる。平蔵の頼みで二人は酒をくみかわし、心を許して互いの過去を打ち明けあう。息子を失って人生の希望をなくした友五郎と育ての母に「妾の子」と蔑まれ荒んだ青春を送った平蔵。

盗んだ奴が許せないという平蔵にだが「そちらにも落ち度はあったのではないか。許してやりなさい」という友五郎の言い分に、平蔵は胸のつかえがとれ、おもむろに釘抜紋の銀ギセルをとりだして、吸い始める。それを見てこの人こそ長谷川平蔵と知った友五郎は愕然とし、恐れ入って床に頭をすりつける。

平蔵は一両小判を出して友五郎に「これで印籠もかえしておくれ」と頼む。そこへめったに見られない「大川の隠居」が悠然と姿を現し去っていくのを見送る二人だった。

吉右衛門がテレビで長いこと演じて好評の池波正太郎作「鬼平犯科帳」を歌舞伎で上演するということを聞いた時は、正直言ってあまり期待はしていませんでした。しかし実際に見てみると、吉右衛門は長谷川平蔵その人のように洒脱にこのお芝居の中で生きているようで、もう一人の主役、又五郎の歌六もとても良い味をだしていました。この二人の掛け合いが絶妙で、江戸の風情が充分に醸し出されていて、優れた人情噺になっていました。捕り物のないこの話が鬼平シリーズの中でも一番人気が高いということです。

歌六はいつも声を響かせすぎるのが気になっていましたが、この芝居では緩急強弱自在にコントロールできていて、特に「ククククク・・・」と小鬼のように笑う声が傑作。今までにない新鮮な人物像を描き出していました。歌昇の平蔵の密偵・粂八にも一癖ありそうな人物という雰囲気が漂っていました。

最初の「鳴神」は染五郎初役の鳴神。いつも見ている成田屋のやり方とはかなり違うところがあって興味深かったです。筋書きによると、明治以来上演が途絶えていた鳴神を昭和二十一年にのちの十一代目團十郎が復活した直後、染五郎の祖父・白鸚が左團次版で上演したものを基本にして今回演じたそうです。

鳴神が酔って普通なら絶間姫と一緒に庵の中に入って御簾が降りるのですが、これが舞台の真ん中でゴロンと寝てしまったのにはびっくり。すると上手から赤の消し幕が舞台の真ん中に出てきて鳴神をおおいかくし、その幕の後で荒れになる準備をします。そして再登場する時は後ろ向きに座っていて、うつむいたまま正面へ向き直り、おもむろに隈取した顔を上げるというわけです。

絶間の姫のやり方も変わっていて、まず花道をでてきたところ、髪かざりが前だけでなく、後ろ両側にもついていて、八ッ橋のようにポニーテール状に髪をたらしているのに目をうばわれてしまいました。帯も梅に源氏香、それに芝雀の替え紋の向い雀ともりだくさんで、ひとことでいって、デコラティブ。^^;

口実につかわれる夫の袈裟も、黄色くて透ける素材の細い形のもので、それが後で苦労して上る坂道の途中にずっとひっかけてあり、最後にはそれを広げて、雨よけにかぶって退場したのも、初めてみた型でした。

最初から絶間の姫は鳴神をだまそうとしてきていることがみえみえの演出で、川を渡る仕方噺でも鳴神がみていることをたしかめて裾をあげるといった感じ。鳴神も和歌の下の句をつけるあたりに、すでに好色な雰囲気を色濃くにじませていましたが、私自身は、鳴神はもっと純情で絶間の姫は綱を切る直前までタネをばらさないほうがこの話は面白いように思いました。

「釣女」の吉右衛門は終始ニコニコしていてとても可愛らしくちっとも醜女に思えませんでした。信二郎と芝雀、お似合いの大名と美女が踊りはじめると吉右衛門が「錦ちゃ〜ん」「すてき〜!」と声を掛けていたのは襲名したばかりの錦之助へのエールでしょう。太郎冠者の歌昇も好演。

夜の部の最初は「妹背山」の「御殿の場」から。福助のお三輪は娘ということを意識しすぎて、悲鳴に近い高い声を多用するのが、聞いていて辛く、昼の部の平蔵の妻・久栄の落ち着いた演技の方が良かったと思います。いじめの官女たちに嬲者にされるところは哀れで、ついに嫉妬に狂った顔には、大変迫力がありました。

勘違いして開演時刻を30分間違えたため15分遅刻してしまい、吉右衛門の鱶七の出の部分が見られなかったのは本当に残念です。(ーー;)「あっぱれ高家の北の方」とお三輪に瀕死の重傷を負わせてから言うところは、時代物の大きさが出ていて、さすがに立派な鱶七でした。

歌六の豆腐買いのおむらは、知らなければ歌六だとわからなかっただろうと思うほどしとやかで驚きました。けれども花道の七三で言う「そなこ、そなこ、成駒屋」は勢いが弱すぎて、どうしてこう言うのかが、わかりませんでした。

その次が吉右衛門がひさしぶりに演じる「法界坊」。ユーモアたっぷりに乞食坊主を演じる吉右衛門に、昨年の「松竹梅湯島掛額」の時に感じたような違和感がなかったのは、法界坊が暗い面を内包している役だからではないかと思いました。

大七座敷の場で吉右衛門は、「ちょっとちょっと」とか「欧米化」とか流行のギャグを連発。飄々とした法界坊で、とても芝居運びのテンポがよくあっという間に時間がたってしまいました。

大詰めの「双面水照月」は双面の霊を前の場で野分姫を演じた染五郎が踊りました。染五郎は顔は優しげで綺麗でしたが、肩の線が上から見ているとごつく、花道で差し出しのほのかな灯りに照らされて赤姫の衣装で踊るところに今一魅力がなかったです。

法界坊を演じた役者がこの合体霊をやる時は、野分姫の時には声だけ野分姫役者が黒衣を着て後見でつきますが、やはりそのやり方の方がずっと面白いと思いました。錦之助の要助はぴったり役にはまっていました。

この日の大向こう

「鳴神」にはほとんど声を掛ける方はいらっしゃらなくて、お一人遠慮がちに小さなお声で掛けていらっしゃいましたが、おかけになるのなら思い切って大きな声で掛けられたほうが良いと思いました。「鬼平犯科帳」になると会の方がお二人、弥生会の山本会長もみえ、良いところで渋い声がきちんと掛かりほっとしました。

夜の部は序幕の妹背山「御殿の場」では、一般の方だけが掛けていらっしゃいましたが、どなるような声が聞こえたのにはびっくり。そのお声の方がどの役者さんにも「〜代目」を頻発なさるのが大変気になりました。

「法界坊」になると寿会の田中さんの溌剌としたお声が後ろから聞こえ、一般のかたたちも盛んに掛けていらっしゃいました。法界坊がおくみの手紙をお客さんに見せ、「三階の方も見えますか?」と問いかけると、田中さんが「見えました!」と応えられたのは、笑えました。(^^♪

野分姫を殺そうという場面でツケいりの見得になったとき、どうなさるかと思って注目していましたが、声は掛かりませんでした。大向こうさんはお一人だけでしたが、満遍なく掛かるということではなく、重要な人物の出と長台詞の前に必ず掛けていらしたように思います。「双面」ではおかえりになられ、一般の方の声も全く聞こえなくなりました。

5月演舞場演目メモ
昼の部
「鳴神」 染五郎、芝雀、由次郎、亀蔵
「鬼平犯科帳」 吉右衛門、歌六、歌昇、福助、歌江
「釣女」 吉右衛門、歌昇、信二郎、芝雀

夜の部
「妹背山婦女庭訓」―「御殿の場」 福助、吉右衛門、信二郎、高麗蔵、歌六
「隅田川続俤」 吉右衛門、染五郎、信二郎、芝雀、歌六、富十郎

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