『  こ と だ ま ( 言霊 ) ― (2) ―  』

 

 

 

 

 

 

「 はい みなさん揃いましたね  授業を始めます 」

結局 『 フランス語講座初級 』 は 五分ほど遅れて始まった。

三人目の生徒 が遅刻してきたからなのだが ・・・

 

「 す すんません  ・・・ しごと おわんなくて 」

「 はい 待ってましたよ。  そこに座って ― ヒト息ついて 」

五分遅れで駆けこんできた < 生徒 > に

デュポン先生は どこまでもにこやかにごく普通に対応した。

 

「 は  はい ・・・ すんません ・・・ 」

三人目君 は どたん、とイスに座り はあ〜〜〜 っと息をついた。

  ― 彼 も 青年でジョーたちとたいして変わらない年代 らしかった。

 

    うひゃ ・・・ やろ〜 ばっか かあ

 

ジョーは教科書の陰で 密かにほっとしていた。

「 ここの講座に申し込んで よかった〜〜〜〜〜 主任さんに大感謝〜 」

フランス語講座 っていうと なぜか女性の参加者が多そうだった。

それも ・・・ なんというか おっきいおねえいさん とか 

金持ちっぽいオバサンが 講師の いけめん・ふらんす人さん を囲んで

華やかな笑い声を上げてる〜〜 ってモードは どうにもこうにも苦手なのだ。

「 なかさ ・・・ こう〜〜 地味なトコ ないかなあ 」

 

そんな ジョーに バイト先の主任さんが教えてくれた大学のや夜間語学講座は

ぴったりだった ・・・ らしい。

 

「 みなさん。 私は デュポン です。 一緒に半年、勉強しましょう 」

デュポン先生の朗かな挨拶に 三人の生徒たちはコクコク・・・と

頷くのみ。

「 では。 え〜〜 君は パスカル。  君は ルイ。

 そして 君は ジャック。  この教室での名前です、いいですね? 」

 

    ! ??   ???    ???

 

デュポン先生は ぱぱぱ〜〜っと三人を指名した。

ジャック は もちろんジョー。 そして 二番目に来た半分金髪は パスカル。

そして 最後に駆けこんできた短髪は ルイ。

 

「 ハイ〜〜 では 挨拶から。 大きな声で 一緒に! 

 

      ぼんじゅ〜〜〜〜る  むっしゅう?

 

こうして フランス語講座初級 は始まった。

 

 

机の上には 缶コーヒー に コンビニ・パン お握り。

「 俺さあ〜  ビストロ の 下働きしてんだ 

「 びす・・? あ〜 レストランかあ  」

「 そ。  まだ 床掃除とかゴミ出しなんかだけど 

「 ふ〜〜ん   あ メシ でる? 」

「 でる! めちゃうま〜〜〜 

「「 いいなあ〜〜 」」

三人は 10分の休憩時間にもぐもぐ・・・パンを頬張っていた。

「 俺 古着屋のバイト ・・・ 」

「 え LAとかに買い付けとかゆく? 」

「 そりゃ 店主の仕事〜〜 オレはただの店番 」

「 売り子とかするんだ? すっげ 

「 あんま できね〜な〜 」

全くの初対面なのだが 三人はなんとな〜〜く気が合う というか

ウマが合った。

「 授業 ・・・ 結構ムズいね〜〜

 ぼく ・・・ 高校中退で アタマわるいんだ 」

ジョーは アタマを掻き掻き情けなさそうに言った。

 

「「 俺も 高校中退  」」

 

   ? !    だっは〜〜〜はははは  

 

思わず三人は 声を揃えて大声で笑っていた。 

この時から夜の語学教室は彼らの < 学校 > になった!

 

デュポン先生は 見かけによらず? 授業は厳しかった。

初歩の初歩の生徒たちは まず 日常的な単語の習得から始まった。

七曜日  12か月の呼び名   季節  そして  数。

もちろんテキストにはちゃんと書いてあるが

デュポン先生は ノートも取らせない。 

 で どうするか といえば ―

 

「 日曜日 からゆきます。  でぃもんしゅ  らんでぃ ま〜るでぃ

 めるくるでぃ  じゅ〜でぃ  ヴぉんどこでぃ  さむでぃ。

 はい  皆 一緒に〜〜〜 ! 」

 

口頭で伝える、というか とにかく声にだし発音し覚えさせた。

「 ・・ でぃもんしゅ ・・・ 」

「 もっとおおきな声で!  はい 皆で〜〜〜 」

「「「  で で  でぃもんしゅ! 」」」

「 とれびや〜〜ん  おんこ ( 素晴らしい もう一度 ) 」

この encore ! ( もう一度 ) が 止まないかぎり

ジョー、いや ジャック達生徒は繰り返さなければならないのだ。

 

     ・・・ え ・・・ ちょ ちょっとぉ〜〜

 

なんとなく気恥ずかしい・年頃のオトコノコ達のはず なのだが。

幸いにも ここには  < 気になる女子の視線 > というものが

存在しない。

それに 少しでも上達すれば ・・・

「 とれびや〜〜〜ん ルイ!  とれびやん  おんこ〜〜 」

デュポン先生は 大袈裟なくらいにめちゃくちゃ褒めてくれるのだ。

 

    え ?? こ これで いいんだ?

    うっひゃあ〜〜  ぼくにも発音できるんだ〜〜

 

< 前歴 > を打ち明けあって少々親近感もできたこともあり、

パスカル も ルイ も ジャック も ― 大口を開けて発声した。

 

「 皆さん とれびや〜〜ん♪  いいですねえ〜〜〜

 では 動詞の活用もその調子で〜〜  avoir から。 はいっ ! 

 

  じぇ〜   とぅ あ   いる あ   える あ

  ぬ ざぼん   ぶ ざべ   いる そん  える そん 

 

「 はい こことここは覚えてきなさい。  しゅくだい です 」

 

     ひえ ・・・・

     一個の動詞の活用が なんで八種類もあるんだ?

 

     あ  六個か ・・・

 

     でも なんで〜〜〜〜〜

   

     フランス人のアタマの中って ど〜なってんだよ〜〜〜

 

平素なら  ふんっ しるか   やべ〜〜  できね〜〜  な 年頃のはずが

三人の生徒らは素直に こくこく頷き必死で課題に取り組む。

 

 

 

ぶつぶつぶつ・・・

翌日から ジョーは暇さえあれば小さな紙切れを持ち

なにやら ぶつぶつ 口の中で繰り返していた。

バイトに行き帰り だけじゃなく、家でガレージ掃除の時も 

バス・ルームの掃除の時も 玄関を掃除している時も ・・・ !

 

「 ジョー?  ちょいと出かけてくるよ。

 ?  なにを読んでいるのかね?  

博士がすぐに気がついた。

「 え   あ ・・・ なんでも ・・・・

 いえ あのう〜〜 不規則動詞の活用 ・・・ 」

「 不規則動詞???? 」

「 え  へ  あの ・・・ フランス語講座の ・・・ 」

「 ・・・ ああ〜 アレかあ  えらく熱心じゃな 」

「 ぼく ・・・ ちゃんと喋れるようになりたいな〜〜って

 その ・・・ ふ フランス語会話 ・・・ 」

「 フランス語 ?   ―  あ 。 」

万事敏いギルモア博士は ぴん と 来た。

 

    ほほう〜〜〜 なるほど〜〜〜

    彼女のことは なんでも知りたい か・・・

    こりゃ ホンキ だな

 

    ふっふっふ〜〜〜

    まあ 頑張れ 頑張れ〜

    ふふ ちょいと 高根の花 というのか・・・?

 

    まあ いいさ。

 

しかし 素知らぬ顔で聞いた。

「 ほう? 自動翻訳機の具合が悪いのかね? 」

「 え  あ  え〜〜〜 そおいうコトじゃなくて ・・・

 そのう ・・・ 」

「 今までちゃんと機能しておるのだろう? 」

「 はい。 あの・・・ ぼく 自分でしゃべりたくて。

 ・・・だってフランは ずっと日本語 ・・・ 」

ジョーの声は次第に ヴォリューム ダウン・・・ 古い言い方をすれば

蚊の鳴くよ〜な音量になっていった。

 

( ジョーくん!  オトコならしゃきってせい〜〜 )

 

「 そうか そうか。 それはいい心掛けじゃのう

 ま しっかりがんばりたまえ。 ― 高根の花 だがな 」

「 ? はい? なにが高いんですか 」

「 いや なに ・・・ 

 ああ、その57の不規則動詞はなあ どうしても丸暗記せんとな 」

「 うへえ〜  え 博士も覚えたんですか?? 」

「 ははは 若い頃に詰め込んださ。 」

頑張れよ 〜 と ぽん、と肩をたたき

博士は にこやかに出かけていった。

 

「 いってらっしゃい・・・  

 はあ〜〜〜 ・・・ とにかく覚えなくちゃ ! 」

ジョーは 再びぶつぶつ呟きつつ 玄関のフローリングに

ワックスをかけ始めた。

 

 

 ― 一方 < 高根の花 > は。

 

 ジュワ 〜〜〜〜   ジュ ジュ ・・・

 

教室中に なにかこう・・・懐かしい良い香がいっぱいになる。

「 そうそう・・・ そこで こう〜〜菜箸でくるり と

 はい お上手ですよ〜〜 」

「 は はい・・・ で 次の溶き卵を・・・ 」

「 ん〜〜 大丈夫 ゆっくり、ね  はい はい 」

「 ・・・ で くるり ・・・ 」

「 あ もうちょっと火が通るのまって  」

「 は はい  ( ふう〜〜 ) 」

フランソワーズは全神経を菜箸の先にあつめ 視力の全てを

鍋の中の卵液に集中していた。

 

 ― お料理教室 日本料理専科。

本日の < 課題 > は 出汁巻き卵 である。

どのテーブルでも 四角い卵焼き専用の鍋 で奮闘していた。

 

    ふうん ・・・ これが二ホンのオムレツ専用パンなのね

 

フランソワーズも 卵料理には拘りがある。

母は オムレツ専用のパンをとても大切にしていた。

 

    ママンはあのパンを ガリガリ洗うことはなかったわ

    子供の頃は 使わせてもらえなかったし・・・

 

    うふふ・・・ どこの国でも

    お母さんには拘り があるのねえ

 

フランソワーズは かなりの親近感をもって 出汁巻き卵の作り方 に

向き合っていた。

講師のデモンストレーションの後、各テーブルに別れて実践だ。

「 フランソワーズさん 最初にどうぞ〜 」

顔見知りになったメンバーの一人が とん、と背を押した。

「 え〜〜〜 自信 ないですぅ〜〜 」

「 うふふ 皆 そうなのよ〜う 」

「 ええ アタシ 菜箸の使い方、ヘタクソだから・・・

 最初にお願い〜〜 」

「 そうそう フランソワーズさん、お箸 上手だもの 」

「 え ・・・ 」

「 先頭 おねがい〜〜〜 」

「 ・・・ 失敗しますよ〜〜〜 」

「 いい いい おねがい〜〜 」

 

     うふふ ・・・ 皆 楽しいわあ〜

     ゆっくりしゃべってくれて嬉しい・・・

 

それで トップ・バッターで挑戦したのだが 〜〜

「 あちゃ・・・ 」

出来上がった < 出汁巻き > は ちょいとぐずぐず〜〜な

どこかに寄りかかりたい風であった。

「 うわ〜〜 出来たのねえ 」

「 なんかゆがんでます ・・・  」

「 問題は 味よ  味! 」

「 次 スズキさ〜ん 」

「 きゃ ・・・ 」

大騒ぎで 年齢もまちまちな仲間と出汁巻きと奮闘した。

 

「 きゃ〜〜 ひどい巻きかた〜〜 」

「 ん〜〜〜   あ いいお味ねえ 」

「 ・・・アタシは お醤油 かける〜 

試食たいむはいつでも 賑やか・和やかだ。

「 ん ・・ 美味しいですね  ・・・ 明日のオカズだわ 」

「 まあ さっそく作るの? 」

「 あ あのう〜〜 お弁当に入れたら ヘン ですか? 」

「 ぜ〜〜んぜん!  あ 彼氏の? 」

「 あ  あのう〜〜 」

「 あはは・・・ オトコなんてね 卵焼き ならなんでもいいのよ〜

 なんなら スクランブル・エッグ を固めても喜ぶわ 」

「 え そうなんですか?? 」

「 そ〜よ〜〜 ウチの息子なんてね 幼稚園の頃は毎日 毎日

 ゆで卵さえ入っていれば ご機嫌ちゃんだったのよ 」

「 へえ ・・・  あ そういえば 卵焼は毎日入れてって ・・・ 」

「 でしょう?  単純なのよ〜〜 オトコって 」

「 そ〜 そ〜  」

「 フランスでも そう? 

「 ええ ええ。 わたしの父はオムレツの柔らかさ に拘ってました。

 でもね そこさえクリアしておけば ・・・ 」

「 そ〜よね〜〜〜  どこもでも同じ!  」

  どっと笑い声が上がる。

 

    うふふ ・・・ この時間が楽しくて

    ここに通っているのかも ・・ わたし・・・

 

    明日のお弁当には 出汁巻き卵!

    うふふ ジョー、喜んでくれるかな♪

 

やはり女子トークは楽しい。

< オトコ所帯 > で暮らすフランソワーズにとって

料理教室や バレエ・スタジオでのおしゃべりは とてもとても

楽しい時間なのだ。

ウキウキした気分で 帰宅の足取りも軽い。

 

 

「 ただいま戻りました 」

ガサリ ・・・ 玄関に買い物袋を置く。

「 おお お帰り。  楽しかったかい 」

迎えにでてきた博士が すこし眩しそうな表情だ。

「 はい。 とても ・・・ あ わかります? 」

「 ああ。 いい顔をしているよ。 よかったなあ〜 」

「 うふふ ・・・ 今日ならってきたお料理、さっそく作りますね 

「 おお それは楽しみじゃな。 」

「 お楽しみに。  あ・・・ ジョーは ・・・?

 まだ戻りません? 

「 ああ 奴は今日、 < 学校 > の日じゃから・・・

 帰りは遅いよ。  先に寝ていていいじゃろ  」

「 あ そうでしたね。  夜食 用意しておきますわ。 

「 あ〜〜 そんなに気にせんでも・・・ ほれ カップ麺とかあるし

 好きに食べるじゃろ 」

「 ええ・・・ でも バイトの後に一生懸命勉強してくるんですから・・・

 簡単に お握り  でも用意しておきます。 

「 ・・・ ありがとうよ。  ふふふ ・・・ ジョー?

 すこしは 脈があるかもしれんぞ 」

「 はい?  ジョーになにか?  」

「 いやいや なんでもないよ。  フランソワーズ イイコトがあったかな 」

「 え??  イイコト って 」

「 いや 最近とてもいい顔をしておるのでな。 」

「 え そうですか?  うふ・・・ レッスンも お料理教室も

 楽しいです。  お友達とおしゃべりして・・・ 」

「 ああ ああ そうか ・・・ うんうん 

 うんと楽しんでおいで。 」

「 はい。  さあ〜〜 今晩は 和食 です!

 海岸通り商店街の魚屋さんで とっても新鮮な鯵があったんです。

 魚屋さんが さささ〜〜っと捌いてくれました。 

「 ほう〜〜  あの魚屋の大将は目利きだと評判じゃよ 」

「 めきき? 」

「 ああ。 商品を見る目がある、という意味さ。

 大将は自分の船ももっていて漁にでることもあるそうな  」

「 すご〜〜い ・・・ じゃ 大切にお料理しますね 」

「 楽しみじゃなあ〜〜  」

 

  ギルモア邸では そんな和やかな時間がゆるゆると流れる日々だ ・・・

 

 

さて その頃 『 フランス語講座初級 』 の教室では ―

 

 ぼんじゅ〜〜る  むっしゅう〜  

いつもの挨拶で デュポン先生のクラスは始まった。

 

「 今日は 君たちのことを少し話してください。

 あ もちろん日本語でいいです。 」

デュポン先生の誘いに 三人は顔を見合わせていたが

 ぽつぽつ・・・話し始めた。

「 ほう ルイは料理人ですか 」

「 あ いや ・・・ まだ ・・・ なりたいな〜って  」

「 いいことです。 パスカルはデザイナー ジャックはエディター 」

「「 あ その〜〜〜 まだ  」」

「 なりたいな〜 ですね?  感心 感心。 

 それじゃ役に立つ言葉を勉強しましょう。 」

「 ?? 」

 

デュポン先生の授業は教科書だけではなかった。

ある時は < 食 > に関する単語と言い回し特集。

次は ファッション関係、 そして 作家と雑誌関係の 時もある。

 

「 お〜〜〜 いいですねえ〜〜 ルイ! 全部覚えてきたね 」

「 あ えへ・・・ めるし〜〜〜 むっしゅう 」

食に関する記事の時 ルイは < 優等生 > に変身した。

「 とれびやん ルイ。 いい料理人になりますね〜 」

 

「 ジャック! そうです、 発音、とれびやん〜〜 」

「 え えへへ ・・・ れ 練習しました 」

フランスの雑誌の紹介の時、 ジャックは電車の中でも ぶつぶつ・・・

< 音読 > を続けた。

「 とれびやん ジャック。 フランス人と変わりません〜 」

 

「 ほう〜〜 パスカル その言葉は教えてませんが 」

「 あ あは  じ じしょ で ・・・ めっけて  」

「 とれびやん パスカル〜〜〜  うん うん そうやってどんどん語彙を

 広げてゆくといいですね 」

「 ご ごい?  ってなんっすか  フランス語っすか 」

「 ああ 言葉の種類のことですよ ・・・ 日本語です。 

パスカルはファッション関係の記事をもっと読みたくて辞書を引くようになった。

 

     あ。 そか・・・!

     仏和辞典 とか 使えばいいのか〜〜

 

ジョーは 早速小型の辞書を買った。

不規則動詞の活用表も頻繁に見る ― まだ全部覚えてないので・・・

 

「 ジャック?  よく訳しましたね 

「 え へ ・・・ 辞書の意味をちょっとちがうな〜〜って・・・

 バイト先の主任さんに聞いたんです 」

「 ほうほう 餅は餅屋に、ということです。 

「 も もち?? あ ・・・ ぼくは和菓子屋じゃなくて

 そのう〜〜 編集部のバイトで ・・・ 」

「 あっはっは・・・ そうじゃなくてね、 専門用語は専門家が一番

 よく知ってる、ということです。  日本語ですよ 「」

「 はへ〜〜 」

     

     デュポン先生って。  な〜んでも知ってるなあ〜〜〜

 

三人の生徒は心底感心し自分たちの < 先生 > に尊敬の眼差しを

向けるのだった。

 

 

ある日 ―

「 おれ!  ほめてもらった!  しぇ シェフに ! 」

教室に来るなり ルイ がホッペを赤くして報告した。

 

ルイは ビストロの厨房での一番新人 ― まだ 床掃除だの

ゴミだし、 シンク掃除なんかの担当なのだ。

 その日も ルイは熱心にシンクを磨いていた ・・・

 

  〜〜♪ ぶ なべ たんぷ てぃ なび〜げ

 

彼は デュポン先生に習ったフランス語の歌 ( 童謡らしい )

を大声で歌いつつ ( まだ厨房には誰もいない時間だから ) 

シンク掃除をしていたのだが

 

     じゃ じゃ じゃめ なびげ 〜〜〜

 

どこからか一緒に続きを歌う声がする。

「 へ? 」

びっくりして顔をあげれば ―

「 !!!  しぇ しぇふ〜〜〜〜〜 」

厨房の料理長が  に・・・っと笑っていた。

「 あ あ ・・・  ぼ  ぼんじゅ〜る  むっしゅう !! 」

咄嗟に ルイは声を張り上げ挨拶をしていた。

 

「 ぼんじゅ〜る  ぎゃるそん。 」

「 あ・・・ じぇとぅでぃ る ふらんせ! 

 ( ぼく は ふらんす語を 勉強しています ) 」

「 とれびや〜〜〜ん 」

 

 

「 ひえ〜〜〜 そのオッサン フランス人? 」

「 そ。 鬼のシェフでさ〜〜 笑った顔なんか見たことなかったんだ。 」

「「 へえ〜〜〜〜 」」

「 で 俺。 その日から ジャガイモ剥き になった! 」

「 え 料理するんだ〜 」

「 まだ 料理 じゃないけど。 でも 厨房の一員だぜ〜〜 」

「 やったな〜〜〜 」

「 すっげ〜〜〜 」

< クラス・メイト > にも喜んでもらい ルイは本当に嬉しそうだった。

 

 

「 聞いてくれ〜〜 オレ ガイジンさんと話したぜ〜〜〜 

 ふ フランス語で! 

パスカルは 息を弾ませクラス・メイトたちに報告した。

「 え 店に 来たの? 」

「 あ〜〜 お前んとこの店、 ハラジュクだもんな〜

 ガイジンさん 多いだろ 」

「 そ〜なんだけど ・・・ 今まではさ 手真似ってか 

 これ?  もっとでかいの? とか でなんとか・・・ 」

パスカルは 案外上手いジェスチュアをしてみせた。

「 うま・・・ 演劇部か? 」

「 必死だもん〜〜  でも さ この前な 〜 」

 

店に入ってきたのは 中年を過ぎたガイジンさんのカップルだった。

パスカルの店は しっかりした古着を揃えている。

「 あ ・・・  ふ フランス語 だ ・・・ 」

パスカルは二人の会話に耳をダンボにしていて ピン ときた。

 

   ・・ よ  よお〜〜し・・・

 

「 ぼ ぼんじゅ〜〜る  むっしゅう え まだむ? 」

彼の必死の挨拶に ―

「 お〜〜 ぼんじゅ〜る  ぎゃるそん ♪ 」

ガイジンさん夫婦は に〜〜っこり応えてくれた。

 

「 へえ〜〜 よかったじゃん〜〜 」

「 えへへ・・・ その後はもう 単語並べちゃったけど・・・

 でもさ 二人ともすげ〜〜 喜んでさ〜〜〜

 ジャケットやら シャツやら 結構買ってくれたんだ 」

「 やったね! 」

「 えへ 〜〜  後で店長にも褒められた!

 その調子でがんばれ〜〜 って !  店番は任せるぞって!  」

「 よかったね〜〜  パスカル〜〜 」

「 ウン。 俺 ・・・ やる! 」

パスカルは 俄然やる気を起こしたらしい。

 

   ぼくも 頑張る  頑張るぞ〜〜〜

   フランと ちゃんとフランス語で話すんだ!

 

ジョーは 固くかた〜〜く決心するのだった。

 

 

 ― さて 数日後・・・

 

「 うふふ・・・ 本日のお弁当は力作で〜〜す 」

フランソワーズはにっこり・・・手元のお弁当を眺めている。

大きなジョーの弁当箱には ―

 

  ぎっしりご飯に梅干し。 出汁巻き卵 に ブリの照り焼き。

  高野豆腐の煮物 と インゲンの胡麻和え。 煮豆をちょこっと。

 

「 お料理教室の献立 そのまんまだけど ・・・ 和食! です♪

 いっぱい食べてね〜〜〜  ジョー 」

彼女は 丁寧に彼の弁当箱を小風呂敷に包んだ。

 

   しかし。 その夜  ・・・

 

カラン。  ジョーは空の弁当箱をシンクに置いた。

そして とてもとてもとて〜〜〜も言いにくそう〜〜な顔で

 ぼそぼそ・・・話し始めた。

 

「 ・・・ あのう・・・ いつもの弁当 リクエストしていい・・・? 

「 !  あの ・・・味  気にいらなかった???

 ごめんなさい ・・・ 和食、好きだろうなって思ったんだけど・・・ 」

フランソワーズは おろおろしている。

「 あ  あ  ううん ううん〜 すごく 美味しい〜〜 って思ったんだけど 」

「 ・・・でも   好きじゃない味だったのね 」

「 ちがうよ〜〜  あの ・・・ 好きな味だけど

 けど ・・・ そのう〜〜   足りないんだ ・・・  」

「 たりない ?? 」

「 そ。  するん、と食べて ・・・ すぐお腹へっちまって・・・ 

 いつもの がっつり弁当 と違ってさ・・・ 」

「 ・・・ あ ・・・ 」

 

    そういえば ― あの献立は ご年配の方に だったわ!

    味付けも薄めにしてたし ・・・

 

そうなのだ。  彼は確かに 日本人 だけど ばりばりの平成っ子なのだ。

「 ごめんなさい ・・・ 」

「 そんな〜〜 謝らないでくれよ〜〜 すごく美味しかったもん。

 でも ・・・ ぼく ・・・ フランの甘いオムレツが好き♪

 明日も 入れてくれる? あと ソースとケチャップで煮たハンバーグ♪ 」

「 おっけ〜〜〜 張り切って作っちゃうわ〜〜

 明日も講座でしょう? 夜食分も作りましょうか? 」

「 あ いいよ 大丈夫。  学校で皆で食べるんだ 」

「 なんか楽しそうね?   ねえ 聞いていい? 

なぜフランス語講座なの?  自動翻訳機 使えば 」

「 ―   だって  フランは ちゃんと日本語 しゃべってるじゃん。

 ぼくだって ・・・ フランの国の言葉、話すんだ。 

 だけどさ フランって 日本語 上手だよね 」

「 あら そう?  でも書くのは苦手。 」

「 あ ぼくも〜〜  漢字は苦手さ ・・・

 でもさ フラン どこで日本語、ならったの? 

「 え?   あ  ああ わたし  友達がいるし〜  

 レッスンでも お料理教室でも皆 ゆっくりはっきりしゃべってくれるの。

 だから 自然に覚えたのよ。 」

「 ふうん・・・ それにしてもすごいや 」

「 うふふ・・・ それに ね。  ウチには最高のトモダチがいるわ。 」

「 ・・・え?  誰?? 」

「 やあだ  うふ・・・  ジョーのことよ。

 ジョーが いろいろ・・・ 話してくれたから ・・・ 

「 !  あ    じゃあ  ぼくと  フランス語 話してくれる? 

「 あべっく  ぷれじ〜る  ( 喜んで ) 」

 

   

     言葉 は やっぱり 魔法の杖 かも ・・・

 

     言霊の幸う国 のオトコノコ と

     世界一母語を大切にする国 の オンナノコ 

 

     きっと  ―   幸せがやってくる  ね?

 

 

   

  ******  ちょっとオマケ。

 

十年後   ジョーは編集部の主任になっている。

その日、彼は取材で 有名デザイナー氏の事務所を訪ねた。

彼は ワカモノ向けのファッションだけではなく 高齢者向けのデザインを

多くてがけ着心地もよくオシャレ と評判なのだ。

 

現れたデザイナー氏は じ〜〜〜〜っとジョーを見つめていた が。

 

「 ・・・ じゃっく  か? 」

「 ! ・・・ ぱすかる ・・・? 

「 わ〜〜〜 やっぱり! じゃっく〜〜〜 」

「 ぱすかる!! 」

オジサン二人は ばんばん〜〜肩をたたき合いしっかりと抱き合った。  

「 るい は? どうしてる? 」

「 有名シェフだよ〜〜 ルイ・次郎 って知ってるだろ? 」

「 !  彼が ・・・  るい かああ〜〜〜 」

「 あははは ・・・・ じゃっく お前は?

 あ 雑誌社かあ〜〜  」

「 あは ウチじゃ二児のと〜ちゃんしてるよ〜 」

「 俺もさ〜〜 チビが二人いるよ! 」

 

    わははは 〜〜〜 今度 ルイのとこ、行こうぜ!

 

かつての少年達は声を上げて笑っていた。 

 

 

************************     Fin.    ********************

Last updated : 06,25,2019.              back    /    index

 

 

*************   ひと言   ************

言葉って やっぱり素晴らしいと思うのです。

それにしても ギルモア博士って

万能の天才 だと思いません?