『 自由研究 ― (2) ― 』
「 お母さん、 それでね、 それでね〜〜 へんしゅうぶ ではね ・・・ わぷ・・・! 」
「 ほ〜ら〜 お口、閉じて。 すぐに髪を拭いてしまうから・・・ね? 」
「 う ・・・ うん ・・・ わ・・・いて! 」
「 あ ごめんごめん。 すぴか、髪長くなったわね〜 そうだわ、今度、カチューシャ、買ってあげるわね。
赤いのがいい? ピンクの方が似会うかな〜 」
「 え〜〜 いいよ〜う。 かちゅ〜しゃ ってすぐ外れちゃうもん。 すぴか、お下げがすき! 」
「 そ・・・う? こんなにキレイな髪なのに・・・ 」
お風呂からあがり、すぴかはお母さんに髪を拭いてもらっている。
・・・ ぴちょん ・・・!
シャワーのノズルから最後の一滴がバスルームの床に落ちた。
すぴかとお母さんはゆっくり湯船に浸かって 良い気持ちになり、
二人でざざ〜っと <あがり> になったところだ。 夏でもお湯に浸かると肌がさらさら・・・気持ちがいい。
ギルモア邸のバス・ルームはジョーの希望もあって 湯船がある日本風だ。
始めは戸惑っていた仲間達も博士も そして フランソワーズも。
今では誰もが この <おふろ> が大のお気に入りになっている。
勿論 子供達も物心つく前から 慣れ親しんでいる空間なのだ。
母と娘は 同じ色の濡れ髪をタオルで拭った。
お洋服を脱ぐトコロで、すぴかはお母さんのお背中を拭いてあげた。
「 まあ ありがとう、すぴか。 え〜と・・・ あなたのぱんつは・・・ 」
「 お母さんのお背中 キレイ〜〜 お母さん、みんなまっしろだね〜〜 えへへへ・・・ 」
すぴかは裸ン坊のまんま、お母さんの白いお胸にぴた・・・っとくっついた。
お母さんの肌は どこもかしこもすべすべのつるつるでお茶碗みたいだ・・・!
― でも お乳のトコに赤いアザみたくなのがいっぱいついてるけど。
なんだろうな〜 お母さん、虫に刺されたのかなあ〜・・・と すぴかはちょこっとだけ
自分のぺったんこなお乳を掻いてみたけど。 あんな風には赤くならなかった。
「 お母さ〜ん ・・・ あのさ ・・・ 」
「 なあに、甘えん坊のすぴかさん♪ ほらほら・・・早くパジャマ、着ましょう? 」
「 ・・・ うん。 あ! それでね、へんしゅぶ って おりょうり といっしょなんだって!
それでね〜〜 すぴかは お父さんのいけんにさんせいなんだ。 」
「 ??? まあ、そうなの? それじゃ じゆうけんきゅう 出来そうかしら? 」
「 う〜ん・・・そうだなァ〜〜 すぴかね、お父さんみたく ご本にしたいの。 」
「 え・・・なにを? ほら・・・こっちの腕、通して・・・ 」
「 うん ・・・ あ、じゆうけんきゅう! えんぴつで字を書いて〜 こういう〜ご本にしたいの。
お母さん、できる? 」
すぴかはぺらぺらページを捲る仕草をしてみせた。
「 ・・・ ああ! わかったわ、綴じてこう・・・一枚一枚めくるご本みたくしたいのね? 」
「 うん! おしゃしんとかもはるんだ。 へんしゅうぶ でうつしてくれたの。 」
「 それじゃ・・・ 学校に持ってゆく前にお母さんが糸を使って綴じてあげる。 それでいい? 」
「 うわ〜〜い♪ うん、それでいい。 ・・・ お母さん、 あしたもおけいこ? 」
「 そうよ。 リハーサルもあるし・・・ すぴかは 夏休み・特別クラス でしょ。
えり先生のおっしゃること、よ〜く聞いて よ〜く見てるのよ? いいわね。 」
「 うん。 ・・・ おかあさん、うしろのぼたんがはずれてる。 」
「 あら・・・すぴかさん、はめてくださいな。 ・・・明日はおじいちゃまがお家にいらっしゃるから・・・
お稽古から帰ってきても一人じゃないから平気でしょ。 」
「 ・・・ はい、とめました。 ・・・うん へいき。 あ、すばるは? 」
「 ありがとう、すぴか。 すばるはソロバン塾よ。 お父さんは・・・ え〜と・・・ ? 」
「 しゅざいにちょっこう だって言ってたよ〜 お父さん。 ちょっこうってなに? 」
「 あらそうだったかしら? ・・・また 帰りは遅いのかしらねえ・・・
ああ 直行ってね お家から会社に寄らないでまっすぐ取材に行くことよ。 」
お母さんはすぴかの髪を 緩く梳きつつちっちゃい溜息をこっそりと吐いた。
・・・ でも。 すぴかにはちゃんと聞こえてしまった。
お母さんってば ・・・ お父さんが遅いと つまんないのかな・・・
「 お父さんたちさ・・・ ご本の もと をつくるんだって。 いそがしいんだ〜って。 」
「 そうね。 ・・・ お父さんのお仕事ですものね・・・ 」
すぴかはタオルでお顔を拭くとき、ちら・・・っとお母さんの方を見た。
お母さんはほっぺがほんのりピンク色になり ものすご〜〜〜くキレイだったけど。
すぴかと同じ色の瞳のはしっこに・・・きらっと光ったのは シャワーの雫、じゃない。
・・・ あ。 お母さん ・・・ なみだ・・??
もしかして お母さん ・・・ 淋しいのかな・・・
・・・ アタシがいるよ! すばるも いるよ! お母さん ・・・!
「 さあ〜〜 これで おしま〜い。 お父さんにお休みなさい、をして寝ましょ。 」
「 うん♪ おかあさ〜ん ・・・ いい匂い〜〜♪ 」
すぴかはもう一回 お母さんに ぴた・・・っとくっついた。
「 あらら・・・石鹸かシャンプーの匂いでしょ。 すぴかもいい匂いよ♪ 」
「 うふふふ・・・ そうかなあ。 」
「 そうよ。 一緒ね、お母さんと。 す〜ぴかさん♪ 」
「 はぁ〜い お母さん♪ 」
くすくす・けたけた笑い合って お母さんはくしゅっとだっこしてくれたり
すぴかのほっぺにいっぱいキスをしてくれたり した。
にこにこ笑っているお母さんは と〜ってもキレイだった。
アタシも。 お母さんみたくキレイに ・・・ なれる ・・・ かなあ??
すぴかはその夜ベッドに入ってから、いつもより30秒間くらい長く頑張って起きていた。
<じゆうけんきゅう> の <うちあわせ> をしよう!と思っていたのだけれど・・・
とっくに隣のベッドで ぐ〜ぐ〜眠っていたすばるの寝息を聞いているうちにすぴかの大きな眼も
直に閉じてしまった。
「 ・・・ ふ〜ん・・・と♪ きみ、ブランディでもどう? 」
「 あら。 どうしたの、ジョー。 ご機嫌じゃないの。 」
子供達が寝静まった後、 やっぱりごたごたしたリビングでジョーとフランソワーズは
やっとのんびりと夜のお茶を飲んでいた。
ジョーはリビングの隅にあるキャビネを物色していたが、年代モノのボトルを取り出してきた。
「 たまにはいいだろう? あ・・・ グラスと氷、取ってくる。 」
「 まあまあ・・・ どういう風の吹きまわしなの。 そうね、わたしもちょっとだけなら・・・ 」
「 ふふふ・・・きみだって結構好きだよね。 ちょっと待ってろ。 」
ジョーはふんふん・・・鼻歌を歌いつつキッチンへ行った。
フランソワーズはフロア・ライトだけに切り替えた。
途端に ごたくたなリビング は ちょっとだけムードのある恋人たちの空間 になった。
あ 今夜は随分波の音が高いのね・・・?
ふわり・・・とカーテンを揺らせる夜風には いつもの熱気は感じられなかった。
そろそろ今年の夏も 出発 ( たびだち ) の準備をしているのかもしれない。
「 ・・・ほら。 このくらいかな? 」
ジョーは琥珀色の液体を少しだけ湛えたブランディ・グラスを細君に渡した。
「 あ ありがとう ジョー ・・・ ああ ・・・ 良い香り ・・・ 」
「 夏にはちょっと・・・だけど。 少しなら、な。 ・・・ふう〜〜ん ・・・いいねェ・・・ 」
夫婦は掌でグラスを転がし 立ち昇る芳香を楽しむ。
酒精は今宵、甘いヴェールを二人の上にふんわりと広げてゆく。
フランソワーズは ことん・・・と夫の肩に頭を預けた。
手元のグラスからのものとは、またちがった香が ジョーの鼻腔から忍び込む。
あ・・・ いい匂いだ・・・
ふふふ・・・ ぼくが好きなシャンプー、使ってくれたんだ・・・
「 ねえ・・・ 今日、 ご苦労様。 ありがとう、すぴかの相手、してくれて・・・ 」
「 うん? いやァ〜〜 ぼくはすごく楽しかったぜ。 アイツ・・・面白いなあ。 ユニークなんだよね、
モノの観方とかがさ。 それにな、編集部でも可愛い・可愛いって もう〜〜大評判で・・・
ぼくは父親としてハナが高かった♪ 」
「 まあ・・・ あの子、 お行儀よくしていた? 皆さんの邪魔をしなかった? 」
「 すごいイイコだったよ! 編集長がさ、すぴかちゃんは面白い感性をもっているなってさ。
アイツ・・・ なんていうかなァ・・・回りのオトナのこと、よ〜〜く見て聞いているなって思ったよ。 」
「 そうなの? ・・・わたしとしては もっと女の子らしくお淑やかになって欲しいのだけど・・・ 」
「 う〜〜ん・・・ それは アイツには・・無理かもなあ。 いいじゃないか。 短パンで跳ね回っている方が
アイツらしくて。 お転婆は ・・・ ははは・・・ありゃあ眼や髪と一緒できみ譲りだろ。 」
「 あら! わたし! あんなお転婆じゃありませんでした。 きちんとスカート履いてお行儀にも気を配って
・・・ ちゃんとレディでした。 」
「 ・・・ふふふ・・・ そういうコトにしておくか?
でも ぼくはあのお転婆姫のお母さんに もう夢中で ・・・ んんん ・・・ 」
「 え・・・ あ きゃ・・・! 」
ジョーはグラスを持ったまま、空いている手で彼の細君の頬を引き寄せ、火照る唇を唇で塞いだ。
チリリン ・・・ 二つのグラスが テーブルの上で微かに触れ合う。
暑熱の退いた夜 ― ほの暗い室内では二人の熱い夜が始まった ・・・
「 ただいまァ〜〜 」
「 おう、お帰り、すぴか。 <特別・くらす> は無事に終ったかの。 」
「 わあ、 おじいちゃま〜〜 ただいま♪ うん、一日め、クリア〜〜♪ 」
翌日、 すぴかがすきっぷ・すきっぷでお家に帰ってくると 博士が玄関を開けてくれた。
大きな手でくりくり・・・とすぴかのアタマを撫でてくださった。
< おじいちゃま > はいつも書斎にいたり、お庭やベランダで植木の手入れをしていることが多い。
珍しくおじいちゃまの <お帰り、すぴか> に、なんだかすぴかは嬉しくなってしまった。
「 お父さんは? 」
「 うん、これから取材だそうだ。 ああ・・・すばるは図書館に行ったよ。 あの・・・なんたらいう
<しんゆう>の ・・・クセッ毛の坊主と一緒にな。 」
「 わたなべ君 だよ、おじいちゃま。 あのふたり、いっつもつるんでるんだよ〜〜 」
「 これこれ・・・レディがそんな言葉、使わんでよろしい。
ああ・・・手を洗って嗽しておいで。 お母さんのサンドイッチが待ってるぞ。 」
「 わあい♪ すぴかさ〜 お腹 ぺっこぺこ〜〜 」
「 ははは・・・元気でよいよい。 」
rrrrrrr ・・・・! rrrrr ・・・・!
「 あれ、お電話だよ、おじいちゃま。 」
「 うん? ・・・ おお。 リビングのじゃな。 ほいほい・・・今 行くぞ・・・ 」
「 あ、おじいちゃま。 すぴかが出る! は〜〜い ただいま〜〜 ぱぴゅ! 」
「 お・・・ あれまあ ・・・ なんと身の軽い子じゃなあ 」
すぴかはおじいちゃまの脇をすり抜けると たたた・・・っとリビングに駆け込んでいった。
「 ・・・ はい! シマムラでございます。 」
は〜〜っと深呼吸をひとつしてから すぴかはゆっくり受話器を持ち上げてお話をした。
「 Allo ? Ici,
Francoise ・・・ ( もしもし ? フランソワーズですけど・・・ ) 」
受話器の向こうから不思議な言葉が聞こえてきたけれど、キレイなお声なのですぴかはすぐにわかった。
「 ・・・・? あ! お母さん!! アタシ。 す ぴ か。 」
「 あ・・・あら。 すぴか? ・・・ もしかして 特別くらす って明日からだったの?? 」
「 え? ちがうよ〜〜 アタシ、いま、ただいま〜したトコ。 」
「 ああ、そうなの・・・よかった・・・ お帰りなさい、すぴか。 ねえ、お父さん、まだお家にいるのね? 」
「 うん。 もうすぐ しゅざい だって。 よぶ? 」
「 そうね、お願い。 」
「 うん! ・・・ おと〜〜さ〜〜〜ん!! お母さんから で ん わァ〜〜 」
― おお〜〜〜 今 行く ・・・ ってお父さんの声が二階から響いてきた。
「 ・・・ すぴか。 すぴかさん?? 」
「 ・・・ あ、なに、 お母さん。 お父さん、 今 行く〜〜って。 」
「 お母さんにも聞こえました。
ねえ、すぴかさん。 あのね、お母さん、あなたにお願いがあるの。 」
「 え。 なに。 」
「 ええ、あのね。 お母さんにポアント、持ってきて欲しいの。
リビングの出窓に沢山乾してあるでしょ、その中で かかとのゴムがちゃんと付いているのをお願い。
多分、二組、あると思うの。 ・・・ すぴかならわかるわね? 」
すぴかは 思わず出窓の方を振り向いた。
日当たりがいいその場所には植木鉢がいくつか置いてあり・・・その奥にお母さんの ポアント が
何足か並んでいる。
・・・ かかとのゴム が付いたの。
すぴかはじ〜〜〜っと眼を凝らした。 ・・・うん、わかった!
「 はい! お母さん! 」
「 お〜い すぴか〜〜 替わってくれ〜〜 」
「 あ・・・・ うん ・・・ お母さん? お父さん、来たよ。 」
「 はいはい。 ね、それでお父さんにここまで送ってもらって? ポ゚アント、お願いします。
これはすぴかさんにしかお願いできないわ。 お父さんにはわからないもの。
・・・ ああ、お父さんと替わってくれる? 」
「 うん。 おとうさ〜ん、 お母さんだよ〜 」
すぴかは後ろでウロウロしていたお父さんに受話器を渡した。
「 お、サンキュ。 ・・・ もしもし。 ぼく。 あは、どうした? ・・・うん?
・・・ え。 忘れ物・・・予備のポアント? うん ・・・うん、いいよ。 きみんトコに寄ってから・・・うん♪ 」
お父さんが なんだかにこにこ・・・オハナシをしている最中にすぴかは出窓に駆け寄った。
かかとのゴム ・・・ かかとのごむ ・・・
これ! ・・・はちがうよ。 まだリボンだけしか付いてないもん。
・・・ え〜と・・・?
― すぴかなら わかるわね・・・・
さっきのお母さんの言葉が すぴかの耳の奥で応援してくれた。
え〜と・・・ あ! これだ! ふたくみ ってことは・・・? えっと・・・
・・・ あ ! これもだ!
すぴかは背伸びをして 出窓の奥からお母さんのポアントをひっぱり降ろした。
うん ・・・! これをお母さんに届けるんだ!
すぴかのお胸は なんだか徒競走の前みたく どきどきしてきた。
「 お父さ〜〜ん! 早く はやく〜〜〜う ! お母さん、 待ってるよ! 」
「 ああ、今 行く ・・・ すぴか、お母さんの靴、持ったかい。 」
「 靴じゃないよ! ポアントだよ、お父さん。 」
「 あ そっか。 失敗しっぱい・・・ それで お母さんの注文のヤツ、わかったんだ? 」
「 うん! えっへっへ〜〜 すぴかじゃなくっちゃ わからないからって お母さん・・・ 」
「 そうだよ〜〜 すごいなぁ〜 お父さんにはあそこに乾してあった靴、ぜ〜んぶ同じに見えたぞ。 」
「 ぜんぶ ちがうんだよ、お父さん。 ね〜〜 行こうよ! 」
「 ああ ・・・ それじゃ出すよ。 」
「 うん。 ・・・ あ、おじいちゃまだよ! お父さん すとっぷ・すとっぷ〜〜 」
「 な、なんだい? あ、博士・・・ 」
ジョーが車を出そうとした時に 玄関から博士が駆け出してきた。
「 おお〜い・・・ちょっと待って。 すぴか・・・ お前、昼ごはん、食べてないじゃろう? 」
「 あ・・・ 忘れちゃった・・・ 」
「 ・・・ ほら。 お母さんのサンドイッチと ・・・ 冷たい麦茶じゃ、水筒にいれたぞ。
途中で食べるといい。 そのバスケットに入れておゆき。 」
博士は車に駆け寄ると 包みを窓から差し入れてくれた。
「 わあ・・・ おじいちゃま〜〜 ありがとう!! うん・・・バスケットに はいったよ〜 」
「 博士・・・ すみません〜〜 ぼく、全然気がつかなかった・・・ 」
「 子供はちゃんと食べんとな。 ・・・さあ、行っておいで。 ジョー、頼んだぞ。 」
「 はい。 それじゃ・・・改めて・・・行って来ます。 」
「 いってきま〜〜す おじいちゃま〜〜 」
ひらひら手を振るすぴかを助手席に乗せて ジョーの車は滑らかにギルモア邸前の坂を下りていった。
そして ―
「 すぴか。 シート・ベルト、しっかり締めたかい。 」
「 うん。 しっかり・・・ ぱん! 」
「 ようし・・・。 それじゃな、 ここと ここに掴まって。 いいかい。 」
「 う、うん ・・・ アタシ、お母さんのサンドイッチ食べたい〜〜 」
「 う〜ん ・・・着いてからにしよう。 お母さん、待ってると思うから。 ちょっとさ、飛ばすぞ。
しっかり掴まっていろ。 」
「 ・・・ うん、わかった〜〜 お父さん。 ・・・うわぁ〜〜〜 ! 」
キュ・・・!とジョーの車のタイヤが鳴り ― 全速力で走り出した。
すぴかはず〜〜っと 大きなお目々を もっとかっきり見開いて助手席にへばりついていた。
−−−−− きゅ!
大きな通りから一本 奥に入った道の角でジョーの車はきっちり止まった。
目の前には瀟洒なアイアン・レースの門が 半分開いている。
その先は下り坂になっていて階段に続いていた。
Ballet
Studio
レリーフになった表札は飴色になり艶がでている。
「 あとは・・・一人で行けるな? 」
「 ・・・う ・・・うん! 」
「 よし。 頑張れ、すぴか。 あとは ― 」
「 ん! ― ゆうき だけ ! 」
「 よし、行ってこい。 」
「 ・・・ イッテキマス! 」
ばん・・・! とドアを閉め。 片手に布袋、反対の手にバスケットをしっかり持って。
ジョーの小さな娘は車を降りていった。
・・・ 頑張れ! すぴか、これはお前の初めての冒険 かもしれないな。
お父さんは すぴかの勇気を信じているぞ。
亜麻色のお下げを揺らして、小さな後姿が建物の中に消えるのを見送ると ジョーは車を出した。
本当は 着いていってやりたい。 母のところまで連れてゆき、護ってやりたい。
だけど。 これは フランソワーズが すぴかに お願いしたお使いなのだ。
ジョーは 遠くから見守ることに決めたのだった。
すぴかは きゅう〜っと両手の荷物を持ち直すとすこしひんやりする階段を降りていった。
とんとんとん ・・・ 小さな足音が響く。
周りの壁に蔦が緑の葉を広げていて なかなか趣きがある建物なのだが、今日のすぴかには
そんなモノは全然目に入らない。
下に降りて、ガラスのドアを開けると ― 広いホールになっていた。
お家よりもずっと広いや・・・ すぴかはきょろきょろしたが正面に図書館みたいなカウンターがあるのに
気がついた。 お姉さんが一人座って ・・・ パソコンを使っていた。
・・・ すぴかは 勇気をだして近づいていった。
「 こんにちは! ・・・ しまむら すぴかです。 お母さん、よんでください。 」
「 おはようございます〜・・・ あら?こんにちは、お嬢ちゃん。
島村さん?? ・・・え・・・そういう方はここにはいらっしゃらないのだけど・・・ 」
「 え あの アタシ、お母さんからたのまれて・・・ぽあんと もってきてって・・・ 」
「 あら・・・困ったわねえ? 場所を間違えたのじゃなくて? 」
「 ううん ・・・ アタシ、お父さんにおくってもらって・・・ あの、お母さんに・・・ 」
すぴかは一生懸命お話しているのだけれど お咽喉がきゅ・・・っとしてきてうまく声が出ない。
どうしよう・・・! お母さん、ココにいないんだ・・・?
お父さん は しゅざい にいっちゃったし ・・・ どうしよう・・・・
そのうち お鼻の奥がつん・・・として 涙がじわ〜っと目の内側に溜まってきてしまった。
「 う〜ん、困ったわねえ・・・ ん? あ! あらぁ〜〜
な〜〜んだ・・・ あなた フランソワーズさんのお嬢さんね? うふふふ・・・そっくりね〜 」
「 あの・・・ お母さんに ・・・ 」
「 ああ、ごめんなさい。 ちょっと待っててね〜 今 お母さん、呼んでくるからね。 」
事務所にいたお姉さんはくすくす笑って 奥の廊下を曲がっていった。
・・・ ああ ・・・! よかった〜〜〜
すぴかは ぺたん・・・と座り込みそうになった。
― お稽古中に座ってはいけません!
えり先生の声が聞こえた・・・気がして、 すぴかはあわててお背中をぴん・・・!と伸ばした。
どこからかちいさくピアノの音が聞こえてきた。
「 ・・・・あ。 この曲。 すぴかのおけいこ場できいたよ〜〜 ふん ふんふん〜♪ 」
・・・ すぴかは自然に身体を揺らしていた。
「 お嬢ちゃん? こっちにいらっしゃい。 お母さんね〜 今 リハーサル中だから・・・
スタジオの外で待っていてくれる? 」
さっきのお姉さんがにこにこ・・・手招きをしている。
「 あ・・・ はい ・・・ あの、これ。 お母さんが・・・持ってきてって。 アタシに ・・・ 」
「 え? ・・・ ああ! ポアントを持ってきたのね?お使いさんなのね、えら〜い・・・! 」
「 え ・・・ えへへへ・・・・ 」
「 うん、あのね、多分もうすぐちょっと休憩が入るから。 お嬢ちゃん、自分で渡してあげて? 」
「 ・・・ すぴか よ。 」
「 え? なあに。 」
「 す ぴ か。 お嬢ちゃん じゃなくて。 しまむら すぴか 」
「 あは・・・ そうだったわね。 じゃ・・・ すぴかちゃん。 ちょっとここで待っていようか。
・・・いや〜〜 しまむらさん かあ。 そうだったわよねえ・・・。 もうず〜〜っとフランソワーズさんは
フランソワーズさん だから・・・ 」
お姉さんはすぴかにはなんだか訳のわからないコトをいって一人でクスクス笑っている。
すぴかは 持ってきてもらった椅子によじ登り、ガラス越しにスタジオの中を覗きこんだ。
わあ・・・・! ひろ〜い・・・!
すぴか達のおけいこばの ばい くらい・・・ ううん、学校のプールくらいある・・・!
すぴかの目の前には がら〜んとしたスタジオが広がっていた。
すみっこにピアノがあって壁はず〜〜っと鏡で。 バーがぐるりを取り巻いているのは
すぴかが 通っているお稽古場と同じだけど ― 広さが全然ちがっていた。
すご・・・ アタシ、ぐらん・じゅって〜〜 ってやってもはじっこまで行くの、たいへんだ・・・
・・・ あ! お母さんだ!!
すぴかはすぐにお母さんを見つけた。
中にいるヒトは少なかった。 水色のお稽古着のお母さんとお姉さん達がふたり。 あと鏡の前の椅子に
座っているヒトがいて、 機械の脇にもう一人、お姉さんが立っていた。
ドアが閉まっているので 中の音はほとんど聞こえない。
すぴかが じ〜〜〜〜っと見つめる中で お母さん達は3人で踊り始めた。
わあ・・・!! ・・・ お母さん ・・・ すご・・・
・・・ あ あれ・・?
突然 3人は動くのを止め ― 椅子に座っていたヒトが立ち上がった。
そのヒトはお母さん達よりも ず〜〜っと年上みたいだった。
3人の前で そのヒトはなにか言って、動きだした。 ぽあんと も履いていない。
でも ― そのヒトは踊っていた。 すぴかにはそう見えた。
あ! あの ・・・ ヒトって。 せんせい だよ! きっと。
・・・・ わあ〜〜 ・・・ おてほん だ。 あ? お母さん ・・・!
そのヒトは動くのを止め、お母さんを指差した。
こっくり 頷いて今度はお母さんが一人で踊り始めた。
パンパンパン ・・・!
すぐに手を打って せんせい は だめだめ・・・っていうカンジに首をふった。
お母さんは お稽古場の真ん中で 立ちん坊だ。
お母さん ・・・ ! が・・・がんばれ・・・!
すぴかは きゅう・・・・っとお母さんのぽあんとを入れた布の袋を抱き締めた。
お母さんは何回も何回も 一人だけ同じ動きを繰り返す。
遠くにいるすぴかにもお母さんの汗が飛び散るのがようくみえる。
でも せんせい はじ〜っと腕組みをして眺めているだけだ。
今度は 三人、一緒に踊り出した。 お母さんは左の端っこだ。
よく聞こえないけど、多分音楽もかかっているだろう。 すぴかはじ〜っとガラスに張り付いている。
お母さん ・・・!
― たん。 3人が同時にポーズをして動きをとめた。
さっきの せんせい は椅子から立ち上がるとまたお母さんに向かってなにか 言っている。
お母さんは うんうん ・・・!と頷いて 顔を伏せそっと唇を噛んでいた。
ほっぺから 汗が ― だけじゃなくて 涙 も ― 流れ落ちてきたのがすぴかにはわかった。
・・・・ お母さん ・・・!
「 あ・・・ 休憩みたいよ、お嬢・・・じゃなくて すぴかちゃん? 」
「 あ・・・・ はい! 」
さっきのお姉さんがドアのところで手招きしている。
すぴかは椅子からすべり降りると たたたた・・・! とドアまで駆けていった。
ドアが開いて ― まず、あの せんせい がずんずん出てきた。
入り口で振り返って ・・・
「 今日は終わりにしましょう。 ― フランソワーズ? よく考えてみて。 音を聴いて、もっと!
テクニックだけじゃないのよ。 それは ゆりえもひさこも同じこと!
この次、期待してるわ。 じゃ・・・お疲れさま。 」
「 あ・・・先生。 これから休憩ですか? 」
「 あら。 エミちゃん。 今日はね もう上がるわ。 どうもね・・・うん、もうちょっと自習してほしいの。 」
「 そうですか・・・ フランソワーズさぁ〜ん ・・・ あの、お届けものよ?」
さっきのお姉さんが スタジオの入り口からお母さんを呼んでくれた。
「 はい・・・? あ・・・ すぴか・・・! 」
「 お母さん! はい、ぽあんと。 」
「 まあ! ありがとうね〜〜 すぴか!!! 」
入り口までお母さんは飛んできてポアントの袋ごと すぴかをきゅう〜っと抱き締めてくれた。
ひゃ・・・・ うわ・・・ お母さん ・・・ 汗 びっちょり・・・
「 あら・・・ あなたのお嬢さん? まあ 〜 そっくりねえ。 」
頭の上から さっきのおっかないせんせい の声が聞こえた。
「 あ・・・ はい。 娘です。 忘れ物、届けてくれて・・・ 」
「 へえ、偉い、偉い。 ちゃんとお手伝い、できるのね。 あなたも踊るのかな。 」
「 はい! せんせい。 」
「 そう? 学校を卒業したらいらっしゃい。 待ってますよ。 」
ちゅ・・・!
せんせい はすぴかのほっぺにキスをしてくれ、 そのままスタジオを出ていった。
「 ・・・ うひゃあ ・・・ 」
すぴかはびっくり仰天して せんせいを見送った。
「 ねえ、すぴか。 もうちょっとだけ・・・ 待っていてくれる? 」
リハーサルが終ったあと、 お母さんはすぴかの顔を見て言った。
汗びちょびちょで タオルを肩からかけていたけど、まだ汗は流れていた。
一緒に踊っていた他のお姉さんたちは お先にね〜 といってお着換えに行ってしまった。
「 え ・・・ うん、いいよ お母さん。 」
「 ありがとう! お母さんね、ちょびっと自習がしたいの。
へへへ ・・・ 先生にいっぱい叱られちゃったから・・・ すぴかも見ていたでしょう? 」
「 ・・・ ウン。 」
「 次のリハーサルまでにちゃんと出来るようにしておかなくちゃ・・・
空いているスタジオ あるかなあ。 」
「 お母さん ・・・ アタシ。 お母さんのサンドイッチ・・・ 食べたい。 」
「 え? あら・・・ すぴかさん、あなた、お昼御飯食べてないの?! 」
「 ・・・ ウン。 ここにいれたの。 」
すぴかはバスケットを持ち上げてみせた。
「 まあ・・・! ごめんね〜〜 お母さんがお使い、頼んじゃったから・・・
う〜ん・・・それじゃ。 あそこで食べなさい。 お母さん、自習してるから。 」
お母さんはすぴかの手を引いて 廊下の一番奥まで行った。
それで。
すぴかは廊下のすみっこにお母さんのニットを敷いてもらい座ってサンドイッチを食べ始めた。
目の前で お母さんが練習している。
そこは廊下の曲がった奥なので 通るヒトはいなかった。
カツン ・・・ カツン カツン ・・・
お母さんのポアントが 廊下の床に当たって音を立てている。
すぴかは サンドイッチをお口に運ぶのも忘れて じ〜っと見つめていた。
カツン ・・・ カン カン ・・・ カン ・・・
お母さんはさっきから 同じ動きを何回も何回も繰り返していた。
「 ・・・ふんふん ・・・♪ ふん・・・っと次の音で・・・でしょ? ・・・ あ・・・!
う〜ん ・・・ これじゃ ・・・違うって言われたし・・・。 」
ぶつぶつ独り言が聞こえる。
お母さん ・・・ すごい・・・ !
お家で エプロンしてごはん、作ったりおそうじしてるお母さんとは ちがうヒトみたい・・・!
すぴかの目はますますまん丸になってゆく。
「 ・・・ ああ・・・ わからない・・・! どうしたらいいのかしら・・・ 」
「 ・・・ お母さん 」
「 え? ・・・ ああ、すぴか。 もう食べてしまった? あら・・・まだ途中なの。 」
「 お母さん。 あのさ。 」
「 ああ、ごめんね。 もうちょっと・・・! ちょっとだけ 自習させて? 」
「 うん ・・・ あの、さ。 すぴかも せんせいのまねっこ、するね! 」
すぴかは食べかけのサンドイッチをお口に押し込むと お母さんと一緒に <踊り> はじめた。
・・・・ え? ・・・ あ・・・!
その夜、 ジョーが取材から帰ると子供達はベッドに入る寸前だった。
すばるは大喜びで 父親に完成間近な <でんしゃのもけい> を見せ、すぴかは ・・・
ぽわぽわアクビばかりして、あまりおしゃべりをしなかった。
「 それじゃ・・・ お父さんにお休みなさい、して。 もう寝る時間よ。 」
「 うん。 あのね、お父さん〜〜 それでね、わたなべ君と 色をぬってたんだ〜
そしたら おじいちゃまがね、こうやって・・・ぬるといいんだよって教えてくれたの〜〜 」
「 そうかァ〜 それはよかったなあ。 おじいちゃまはお上手だからな。 」
「 うん! それでね それでね〜〜 」
「 はい、ストップ。 すばる、続きは明日ね。 さあさあ・・・ もうお休みなさいの時間、でしょ。 」
「 ・・・ う〜ん ・・・ 」
「 すばる、明日教えてくれ。 あ〜あ・・・お父さんもねむいなあ〜〜 」
ジョーの大欠伸の真似に すばるはしぶしぶ <お休みなさい> をした。
母と一緒に子供部屋に行ったが ものの5分としないうちに寝入ってしまった。
「 ・・・ふふふ・・・あっと言う間に夢の国 よ。 」
「 あはは・・・・どうやら博士まで 自由研究 に巻き込んでしまったようだね。 」
「 ええ。 でもね、 博士もなんとなく楽しそうだったわよ。 お好きでしょ、ああいうこと。 」
「 ああ そうだねえ・・・ あれ。 すぴかは? 」
「 ・・・ あそこ。 」
「 ?? あは・・・ 。 」
ジョーは細君が指差す場所を見て ― 思わず笑みがこぼれてしまった。
「 ・・・ 討ち死にしてる。 」
「 え・・?? なんですって?? 」
「 ああ・・・そんな風に言うのさ。 あ〜あ・・・ よっぽど緊張したんだろうなあ。 」
ジョーはそうっと彼の娘の亜麻色の髪をなでた。
すぴかは ―
リビングのテーブルに コピー用紙をひろげ鉛筆をしっかり握りしめたまま・・・その上に突っ伏していた。
書きかけの紙には 彼女のかっきり・しっかりした字が並んでいる。
「 そうなのよ〜 もう ・・・ 本当に頑張ったの。 ね・・・ すぴかさん♪ 」
フランソワーズも側に来ると すぴかの頬にキスをした。
「 これか・・・ ああ〜〜 読みたいなあ。 どんなこと、書いてるんだろ? コイツ・・・ 」
「 さあねえ・・・ でもね、ジョーの言う通りね。 」
「 え・・・なにが。 」
「 すぴかのこと。 本当に物凄くよ〜く周りのことを 見て 聞いて いるの。 あとで話すけど。
ああ あの集中がお勉強にも向いたらどんなにか・・・ 」
「 あははは・・・ それは言いっこナシ、だろうさ。 ちょっと寝かせてくるな。 」
よいしょ・・・っとジョーはすぴかを抱き上げた。
「 お願いね。 その間に夜食、準備しておくわ。 あのね、 鰈 ( かれい ) があったの。
新鮮だよ!って魚辰さんが言うから・・・ あの・・・ムニエルじゃなくて煮魚にしてみたの。 いかが? 」
「 へえ〜〜〜すごい! 鰈の煮付けか♪ うわォ〜〜楽しみだァ♪ 」
「 本当? 初めてだから・・・美味しいかしら。 一応本を見て煮てみたのだけど・・・ 」
「 うんうん♪ わくわくしてきた! きみも冒険に挑戦ってわけかい。 」
「 ・・・ ええ。 今日のね、すぴかを見ていたら。 なんだか パワーが湧いてきたのよ。
ううん、違うわね〜 すぴかから貰ったのかしら。 」
「 そうか〜・・・ じゃあちょいと・・・ このパワフルなお嬢さんを寝かせてくるな。
よいしょ・・・っと。 」
ジョーはすっかり寝入っている娘を抱き上げ 子供部屋に運んでいった。
「 ・・・ ちゃんと仕舞っておくから。 安心してね、すぴか・・・ 」
母は独り言をいいつつ、娘の <じゆうけんきゅう> を集めてホルダーの間に挟んだ。
「 お父さんがね、コピーさせてくれって言ってますよ、どうしますか? 作家のお嬢さん♪
将来は ・・・ エッセイスト とか 童話作家 かしら。 いいわねえ〜〜 素敵・・・ 」
フランソワーズも立派に親ばかぶりを発揮していた。
「 さあて。 初挑戦作品 をご披露しなくっちゃね・・・ 」
鰈の煮付けの出来栄えに ちょっぴり心配しつつ フランソワーズはキッチンに入っていった。
そして
大好評 ― 多分に素材の新鮮さに助けられてはいたが ― のうちに ジョーは夜食を平らげ
鼻歌まじりにバス・ルームに消えた。
「 よ〜かった♪ ふふふ・・・大成功、ね。
すぴかさん・・・ パワーをありがとう・・・ うん、あの踊りも頑張るわ・・・! 」
ぱん! 洗い上げた布巾を フランソワーズはぴんぴんに引っ張り乾した。
「 もうね! わたし・・・その時ね 目から花火 だったの!! 」
ぼすん・・・! フランソワーズの枕が彼女の腕の中で 悲鳴をあげた。
美味しい夜食でご機嫌なジョーに フランソワーズは夢中になって話している
あは・・・ こんなトコ、すぴかにそっくりだよなあ・・・
いや、すばるもそうだけど・・・ きみは確かにあのコ達の お母さん だよ・・・
「 へえ・・・ ああ、ほら。 枕が潰れるよ・・・ 」
「 え? あ ああ そうね。 でもね! ほっんとうに目から ぼろぼろぼろ〜〜ってね〜 」
「 ・・・ それを言うなら うろこ、だよ。 目から鱗。 」
「 え??そうなの?? 花火の方がいいんじゃない? ぱあ〜〜っと視界が開けた気分ですもの。
ともかくね〜 頭の中で鐘が鳴り響いたわ〜〜 本当よ! 」
「 そうなんだ? ふうん ・・・ すぴか がねえ・・・ 」
「 そうなのよ! あのコがマダムのそっくり真似したの。 すぴかの方がず〜〜っとず〜〜〜っと。
わたしの何百倍もかっきり、正確に見て聞いていたのよ !! 」
・・・ ぼすん! 再び枕が標的になった。
「 そりゃ・・・ 天下の003にそんなセリフを言わせるとは。 ウチのお嬢さんはたいしたもんだね。 」
「 ええ そうなの、そうなのよ〜〜 」
「 さっすが ぼくの娘・・・って言いたいけど、やっぱりきみの血なんだね。 」
「 う〜ん・・・わからないけど。 でもね・・・わたし、あのコのどこを見ていたのかしら・・・って思って。
ただのお転婆の跳ねっ返り、じゃないのね。 」
「 そうだよ〜〜 アイツはさ ― リアリストなんだ。 しっかりはっきり、現実を見つめられるんだろうな。
これは ・・・ やっぱりきみの血筋だと思う。 」
「 そう・・・かしらねえ・・・? わたし、もっとしっかり子供達のこと、見なくちゃだめね。
踊りと同じだわ・・・ 反省してます。 」
「 頼むな。 ぼくも出来るだけアイツらと付き合うから・・・ うんと沢山思い出を作ってやるんだ。」
「 そう・・・ そうね。 抱えきれないほど・・・ そうすれば・・・いつでも淋しくないわ・・・ね・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョーは黙って彼の最愛のヒトを抱き締めた。
「 ぼくはさ。 きみに愛をもらって、きみと子供達を愛して。 だから頑張れるんだ。 」
「 わたしもよ、ジョー。 ジョーがいるから。 あの子達が生まれてきてくれたから・・・ 」
「 ・・・ 精一杯 ・・・ 愛してやろう ・・・ な。 」
「 ん ・・・ 」
二人の宝モノ、 二人の愛の結晶 二人の微笑みの、涙の、時には頭痛の そして幸せのモト ・・・
そんな愛しい存在達の前を去るその日まで。
・・・ いや、たとえこの世を去っても 想いは消えない、消えるわけがない。
ジョーは 彼女の頬に流れる涙をそっと吸い取り ・・・ フランソワーズは彼をその胸に抱き寄せるのだった。
ふわり ― レースのカーテンを揺らす夜風は 爽やかだ。
そろそろギルモア邸の夜空には 秋の星座が姿をあらわすに違いない。
「 さあさあ・・・ あなた達。 そろそろお休みなさいの時間でしょ。 」
「 ・・・ うん う〜ん ・・・ 」
「 すぴか〜〜 僕、さきに歯をみがくね〜 」
「 う、う〜ん・・・ 」
「 ほらほら・・・すぴかさん、すばるが先に歯磨きするよって。 あら・・・ ご本を読んでいるの? 」
二学期も始まり、ようやっと通常の生活リズムが戻ってきたある日・・・
ギルモア邸の 例のごたくた・リビング は <お休みなさい・タイム> を迎えていた。
珍しくジョーも帰宅していたので なんとなく皆 リビングに溜まっていたのだが。
「 へえ・・・? 珍しいなあ・・・ 静かだからゲームでもやっているのかな〜って思っていたよ。
なに読んでるのかい。 漫画? 」
ジョーも 雑誌を置いて娘の手元を覗き込んだ。
「 ちがうよォ! これ、ハヤテ君に借りたんだ〜 すっごい・・・おもしろいの〜〜 」
「 え・・・ ハヤテ君って 例のあの坊主か?! 」
「 うん! らいねんこそはきっと きょうどう・けんきゅう しようね〜〜って。
それで これ、貸してくれたんだ〜 」
ほら・・・とすぴかは なぜか仏頂面になった父親に手元の本を見せた。
「 ほ〜う・・? 今度はその手か。 ふん! 本の貸し借りは <お付き合い> の第一歩だぞ! 」
「 おつきあい? ハヤテ君とは しんゆう だよ、すぴか。 ねえ、この本〜〜 」
「 ふん・・・どうせロクでもない本に決まってる・・・・ ん? ・・・ ああ〜 これは面白いよな。 」
「 ね! ハヤテ君も大ふぁん なんだって! 」
「 なあに? お母さんにも見せて・・・ かいていにまんまいる ・・・ ? 」
「 この作家はフランスの人じゃないかな。 少年冒険モノの古典みたいな本さ。 」
「 僕も おもしろいな〜って思った♪ ね〜 すぴか。 」
「 うん! 今ね、 大イカとたたかうトコだったんだ〜 どきどきしちゃった。
でもさ、 こんなおっきなイカなんて本当にいるのかな。 ねえ すばる。 」
「 いないよお〜 いたら・・・ いかりんぐ がた〜〜くさん食べれるね〜 」
「 あははは・・・そうだよね〜 おハナシだもんね。 」
「 うん、大イカ なんていないよ、すぴか。 」
「「 ・・・ いるよ ( わよ )! 大タコだけど・・・ 」 」
父と母が 同時に答えたので 双子はびっくりしてしまった。
「 え・・・たこ?? こ〜いう・・くねくね〜〜の たこ? 」
「 お父さん ・・・ 見たの?? 」
色違いの瞳が 真剣に両親に注がれている。
「 ・・・ あ・・・あ〜〜 うん、その。 え〜・・・ そう! 水族館で! 」
「 え! どこのすいぞくかん?? 僕もみたい〜〜 大タコ 見たい〜〜 」
「 アタシも! 大タコも せんすいかん にまきついたりするのかなあ〜 」
「 え・・・ え〜とォ・・・・ 」
「 ・・・あ、あのね。 お父さんは その・・・外国の、そうよ、外国の水族館で その・・・お写真を
見たのですって。 ・・・・ね、そうよね、ジョー? 」
「 ・・・ そそそ そう! むか〜し こんなのが取れましたって写真を見たんだ。
( ・・・ありがとう〜〜 フラン〜〜 ) 」
「「 そうなんだ〜〜 すご〜〜い♪ 」」
お休みなさい、をして、双子たちは 大冒険の夢 を見に賑やかに子供部屋に駆けていった。
「 ・・・ 本当に大タコと闘った なんて言えないよなあ・・・・ 」
「 ふふふ・・・そうねえ。 アレは でもホンモノだったわよね。 」
「 ああ・・・ だから 大イカだっているだろうさ。 この海のどこかにね。 」
「 ええ ・・・ この本 ・・・ 兄のね、本棚にもあったわ。
『 Vingt mille lieues sous les mers 』 ・・・てね。 古い本だったから父のかもしれない。 」
「 へえ・・・ 皆代々読むんだな。 」
「 そうね ・・・ でも すぴかが本を、ねえ? 」
「 うん ・・・ あ! そうだよ、編集長だ。 うん、この前電話をもらったろ? 」
「 ええ・・・ あなたの会社の・・・スズキ・イチローさん、でしょ。 」
「 うん。 すぴかの じゆうけんきゅう を見せてもらったお礼だって・・・その時にな。 」
「 はい! 島村 すぴか です! 」
「 すぴかちゃんかい? 編集長の スズキ・イチローです。
すぴかちゃん、自由研究、 よく書けてたよ! オジサン、感心した! 」
「 え〜 そうかな〜・・・えへへへ・・・ 」
「 お父さんの記事よりも 上手だったぞ。 」
「 え〜〜 ほんと?? 」
「 ああ、本当だよ。 もっともっと上手になるにはね・・・ 」
「 ・・・・ はい! 」
ジョーはフランソワーズに編集長からの電話を説明した。
「 ・・・ それでね、もっと本を読めって言われたらしいよ。 」
「 まあ・・・そうなの。 あのお転婆さんがどういう風の吹き回しかな〜って思ったけど。 」
「 うん、 いつまで続くかわからないけど、な。 」
「 ふふふ・・・ そうねえ。 本のムシ、はやっぱりすばるかもね。 」
「 そうだな。 なあ ― すぴかもすばるも どんな道に進むのかな・・・ 」
「 ・・・ そうねぇ ・・・ いつも まっすぐ前を向いて いて欲しいわ。 どんな道でも。 」
「 ああ。 きみらしいね・・・ 」
「 あら、そう? でも、あの子達は大丈夫よ。 なにしろ あなたの息子と娘ですから 009。」
「 あは・・・・ そうでしたね、きみの子供たちだもの 003。 」
相変わらずのごたくたなリビングで ― ジョーとフランソワーズは静かに微笑みを交わした。
さて ・・・ その年の夏休みの宿題の ―
島村 すぴかさんの じゆうけんきゅう は。
コピー用紙に 鉛筆でしっかりした字で書いて。 お写真を貼りキレイなブルーの刺繍糸で綴じてあった。
島村 すばるくんの ( わたなべ だいちくん と協同 ) じゆうけんきゅうは。
お菓子やお薬の空き箱を使って色を塗った でんしゃのもけい で本当に動いた。
市販の出来合いの材料をつかったスマートで見栄えはいい <作品> 群の中で
二つの <じゆうけんきゅう> は目立たなかったけれど、 双子とわたなべ君はすごく満足だった。
お父さんもお母さんも ― 満足だった。
夏休みの じゆうけんきゅう に、皆満足して ― 花丸をもらった作品はお母さんが丁寧にお納戸に
仕舞い・・・ いつしか皆忘れてしまった。
笑ったり・怒ったり。 時には泣いたり 叱ったり。
家族の賑やかな日々をめぐる季節は ゆっくりと実りの秋へと移っていった。
****** ちょっと オマケ ******
すぴかのその年の <自由研究> は職員室での 密かなベスト・セラー?になっていた・・・!
「 ・・・ ぷぷぷぷ・・・・ 」
「 あれ ・・・ どうしたんですか 小町先生 ? 」
「 え・・・ あ。ごめんなさい これがあんまり 面白いから・・・う ぷくくくく・・・ 」
「 なになに? ああ・・・! 島村すぴか の自由研究ね!
いや〜〜 僕も笑った 笑った〜〜 しかしね、あの子・・・面白い観点してますよね。 」
「 ええ。 ちょっといい感性だわ。 なんとか 伸ばしてやりたいです。 」
「 そうですねえ。 やはり芸術的センスがあるのかな。 お母さん譲りでね。 」
「 そうみたい・・・ しっかし・・・ もう〜〜可笑しすぎ! あのイケメンお父さんがねえ・・・
ぷっくくくくく・・・ 美人のお母さんも叱られて泣くんですねえ・・・ 」
「 いやァ・・・ 子供はよ〜〜く見てます、ってコトですか ・・・ 」
「 え? あ ああ そうですねえ。 うん ・・・ 本当にねえ・・・ 」
「 ふふふ・・・ 皆 どんなオトナになるのでしょうね。 」
「 そうだなあ・・・ どのコも楽しみですよ。 」
すぴかとすばるの担任の先生方は ほっこり・・・笑い合った。
************************* Fin.
******************************
Last
updated: 09,29,2009.
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************* ひと言 **************
・・・や〜〜っと終わりました〜〜〜 (^_^;)
今回は ― いえ、今回も♪ 完全に めぼうき様 との合作です。
も〜〜あれこれ・あれこれ ・・・ 二人でおしゃべりしつつ ・・・
こんな時、すぴかちゃんなら・・・・? って妄想しあったのでした♪
えっと、フランちゃんは 予備のポアント ( トウ・シューズのことです ) を
届けてもらったのでした。
ポアントってね! 新品をいきなり!なんて履けないのですよ〜〜
ちゃんとリボンやらカカトのゴムを自分で縫い付けるのです。
お転婆・すぴかちゃんの <じゆうけんきゅう> ・・・ ちょっと
読んでみたいですよね (^_^;)
むか〜し懐かしい日々を思い出し ほっこりして頂ければ幸いです<(_
_)>
そして お宜しければ ご感想の一言でも頂戴できれば狂喜乱舞〜〜〜♪