『 名残の夏の ― (2) ― 』
ザザザザ −−−−−−
大きな波がひとつ、ゆるゆると浜に上がると、またのんびりと白い泡の裳裾を引いていった。
真っ青な空には太陽が陽気な顔を見せていたが、吹きぬける風はさらりと肌を撫ぜてゆくだけだ。
つい 数日前までの肌に粘りつく暑熱は今の大気には残っていない。
穏やかな気候のこの地域、 海辺には確実に次の季節が顔を覗かせ始めていた。
岩場が多い海岸線に 遊ぶ人影はもう見えなかった。
サクサクサク ・・・
そんな中 二つの影が距離を置いてゆっくりと歩いてきた。
どうも崖沿いの急な坂道を降りてきたらしい。
「 ― 大丈夫ですか。 足元に気をつけてください。 あ・・・ わかりますか? 」
「 ええ、ありがとう。 はい、わかりますわ。 ・・・ ジョーさん。 」
青年は後からゆっくり降りてくる少女に手を差し伸べた。
「 そこ、段差がありますから。 捕まって・・・ あ。 わかりますか? 」
「 ふふふ・・・ 大丈夫よ。 いえ、道じゃなくて 言葉。 」
「 あ・・・ すいません・・・・ 」
悪戯っぽく微笑む少女に 青年は長い前髪の影で赤くなっていた。
「 ・・・ ぼく、フランス語は ・・・・ 苦手で。 きみ・・・い、いやアナタの言っている意味はわかるんだけど。
うまく話せないから。 すいません、英語で・・・あは、こっちも流暢とはとてもいえないけど。 」
「 わたしも英語は苦手。 でも ジョーさんの言っていることはちゃんとわかります。 」
「 そうですか。 ・・・ よかったです。 」
「 ・・・・ わあ ・・・ 綺麗な海岸ですね。 お家のすぐ下が海、なんてすごいわ。 」
「 ・・・ は はあ ・・・・ 」
「 わたし、海って小さい頃にバカンスで家族と行ったきりなんです。 ちょっと見てきますね。 」
「 あ・・・ 気をつけて・・・ 」
「 はぁ〜い〜・・・! 」
少女は ぱっと波打ち際へと駆け出していった。
亜麻色の髪が肩口でぴんぴん跳ね、お日様の欠片を弾き飛ばす。
プリズムにも似て、そこにはごく小さな虹が見えた。
彼女の軽やかな足どりに、砂浜は足跡すらも遠慮がちにしるしてゆく。
― joi de vivire ( 生きるよろこび )
そんな言葉がジョーの脳裏に浮かんだ。
彼は浜の岩場に立ち、波打ち際に遊ぶしなやかなその姿を見守っていた。
「 ・・・ フランソワーズ ・・・ 」
彼の口からは 無意識に愛しい人の名がこぼれおち、風に絡めとられていた。
「 フラン・・・! ああ、きみの姿かたちは全然、変わっていないのに・・・ 」
・・・ ジョー −−−−! ねえ、こっちにきて? 早く、はやく〜〜
なんだよ〜〜 海なんていつもきているだろう ・・・
それでも〜〜 ねえ、ねえ。 綺麗なお魚がいるわ 磯に置いてきぼりになってる・・・
へえ・・? なんだろう?
そんな会話を交わし笑いあい、この渚を腕を組んで歩いたのは。 この夏の初めだった。
この辺りはほとんどプライベート・ビーチ状態なので 固く抱き合ってお日様に熱いキスをご披露したこともあった。
「 ・・・ ここならいいわよね。 ふふふ・・・ねえ、見て♪ 」
「 なんだよ、もったいぶってさ。 ・・・う わ・・・! 」
はらり、と脱ぎ捨てたビーチ・ウェアの下からは原色のビキニが現れ、ジョーの方が顔を赤らめた。
「 おニューなの♪ ・・・ 似会う? 」
「 う・・・ う・・・ん ・・・ 」
「 ねえ ・・・ キライ? こういうの。 ちゃんと見てよ、ジョー・・・ 」
「 ううん、ううん! き、キライじゃない! すごく ・・・よく似合ってる! 」
「 そう? 嬉しいわ〜〜 ねえ、泳ぎましょうよ〜〜 」
「 え・・・ あ! 待ってくれよ・・・ 」
白い胸の狭間から立ち昇る芳香に ジョーは一人でくらくらしていた・・・・
そんな思い出がそちこちに顔を見せる渚で ―
ジョーはただ一人で立ち尽くし彼の 恋人の姿をした女性 を見つめていた。
外見は、おそらく髪の毛の先まで全く変わってはいないのに・・・
その中に宿る魂は ― ジョーの知らない ・ 009を知らない フランソワーズ・アルヌール なのだ。
「 ああ・・・・ いい気持ち♪ 身体中にお日様がいっぱいよ。 」
亜麻色の髪を風に遊ばせ、軽く笑い声すらたてて彼女は戻ってきた。
「 そんなに走って大丈夫ですか。 」
「 ええ。 もう全然。 ひどい怪我をした、なんて自分自身でも信じられません。 」
「 それはよかったですね。 しかし まだ無理は禁物です。 」
「 はい、ジョーさん。 」
「 あ・・・いえ・・・・ 」
― <ジョーさん> か。 きみにとって 今、ぼくは・・・・
博士の助手 でしかないんだな・・・
思わず漏れそうになった溜息を ジョーはあわてて呑み込んだ。
「 ずいぶん元気になりましたね。 昨日よりも顔色がいいです。 」
「 ありがとうございます。 気持ちのいいお部屋で休ませていただいたからですわ、きっと。 」
「 ・・・ あの部屋は お気に召しましたか? 」
「 はい、とても。 大きな窓から海がず〜〜っと見えて ・・・すごく綺麗♪ 」
「 あ・・・ぼくのと、友達も。 あの眺めが大好きですよ。 」
「 まあ、そう? 素敵な医療施設ですね。 景色や空気はいいし、御飯もすごく美味しいです。
看護士の方々とても優しいし・・・ ああ、こんなトコロにウチがあったらなあ・・・ 」
「 ・・ ・・・・・・ 」
桜色の頬は微笑み、唇は珊瑚色に艶やかさを増している。
彼女・・・こんなに こんなに 綺麗だったっけ??
ジョーは突っ立ったまま俯き、赤くなった頬を長めの前髪で隠していた。
彼女はそんな彼を少し不思議そうな眼差しで見つめている。
「 ほら・・・ 貝を少し拾いましたわ。 綺麗でしょう、これも・・・これも。
これなんか ちょっと欠けているけれど桜貝ですよね。 」
「 え・・・ どれですか。 ・・・ ああ・・・ 本当だ! 」
「 ね? これ、ここの記念に・・・大切にしますわ。 」
「 ・・・あ、 ああ ・・・そ、そうですね。 他はな〜んにもないから、せめて貝殻でもお持ちください。 」
「 ありがとうございます。 あ、 アリガトウゴザイマス というのでしょう? この国に言葉で・・ 」
フランソワーズは ぎこちない日本語を口にした。
つい先日までの 流暢な日本語の発音は まったく失われてしまっていた。
「 おや、 お上手ですね。 」
「 ありがとうございます。 ・・・あ、そうだわ! ジョーさん、ひとつ質問してもいいですか? 」
桜貝をそっと手の平に乗せつつ、少女はジョーの前にたち、まっすぐに彼を見つめた。
「 どうぞ? あんまり難しい・専門的なことは・・・まだまだ、ですけど。
あの、それにぼくの英語力ではうまく説明が出来ないかもしれません。 」
「 大丈夫ですわ、とっても簡単のことですから。 」
「 ・・・ はあ・・・? 」
「 ― ジョーさん。 」
彼女の頬から 唇から すっと・・・笑みが消えた。
「 わたし は。 誰 ですか。 」
「 え・・・・? 」
「 答えてください、ジョーさん。 こんなの・・・とても簡単な質問でしょう? 」
「 ・・・ フランソワーズ ・・・さん ・・・・ 」
ジョーは 彼にとってもっとも大切なヒトの名前を ぎくぎくと口から押し出した。
「 あなたは その ・・・ ジャン・アルヌール氏の妹で・・・ パリ生まれ・パリ育ちの・・・・ 」
「 ジョーさん。 」
決して大きくはないが 強い意志を篭めた声がジョーの曖昧な言葉を打ち砕く。
「 わたし。 昨日、靴を脱いだとき 服を着替えたとき ・・・ 見ましたわ。
足は綺麗な なにもない 足でした。 背中は つるりと、滑らかな皮膚でした。 」
「 ・・・ はい。 それが・・・なにか。 」
「 なにも なかったのです。 なにも。 わたしは ・・・ 叫びだしそうでしたわ。 」
「 さけぶ・・・? 」
大きな青い瞳が しっかりとジョーを捕え、離さない。
「 わたしの足は もっとでこぼこして・・・足指の関節も肥大していました。
子供のころから バレエを勉強していましたから。 膝の外側には軟骨が飛び出していて
決して綺麗なカタチの脚ではなかったのです。
背中には 大分薄くなってましたけれど、大きな傷跡がありました。
子供のころ、ブランコから落ちた傷跡です。 」
「 ・・・傷跡ですか。 背中に・・? 」
「 ええ。 両親も兄もとても心配していました。 女の子なのにこんな傷痕が・・・って。
本人のわたしよりも兄の方が気に病んでいたみたい。 ああ、 兄は元気でしたわね。 」
「 ええ、とても。 久し振りだったから ― あ。 」
ジョーは ぎくり、として口をつぐんだ。 足元に砂地にぐっと足がめり込んだ。
「 ・・・ フランソワーズ さん ・・・ カマかけたのですか。
昨日ぼくはお兄さんとはお話をしていませんよ。 」
「 ジョーさん。 ・・・わたし、聞いてしまったの。 昨夜 あなたが兄に電話をしているのを。
身体のことがショックで・・・眠れなくて。 お部屋のテラスに出ていたら・・・ 上から声が聞こえました。
立ち聞きをするつもりはなかったのですけど・・・ あなたの ジャンさん という言葉に
わたしの耳は ぴたり、と吸い寄せられてしまったの・・・ 」
「 ・・・ 参ったなあ・・・ すみません、隠していて。 あなたを騙すとかそんなつもりではなくて・・・
そのう・・・ ショックを受けるだろうな、と思って・・・ 」
「 なんのショックですか。 ずっとヘンだな、なにかオカシイな、と思っていましたわ。
昨日の声、電話の声 ・・・ 確かに兄でした。・・・・でも。 はじめ、お父さん?って思った・・・
兄は ・・・ かなり無理をして陽気な青年のフリをしていました・・・ 」
「 ・・・ フランソワーズ さん ・・・ 」
「 ムッシュウ・シマムラ。 どうぞ本当のことを教えてください。
わたしに ・・・ わたしの身体は一体どうしたのですか。 ただの怪我ではないですよね。 」
「 怪我をしたのは事実です。 あなたはそのために意識を失っていました。 」
「 でも それはほんの短い間でしょう? 」
「 はい。 あなたは怪我をし 治療を受け。 次の日には回復している ・・・ はずでした。 」
「 まあ・・・。 それでは・・・ わたし ・・・事故か病気かなにかで 長い間意識不明だったのですか? 」
青い瞳が真っ直ぐにジョーを見つめている。
― ・・・ 痛い。 きみの視線がぼくを突き刺すよ。
レーザーを受けたときよりも、 対サイボーグ用の弾丸が貫いていった時よりも ・・・
痛いよ ・・・ フラン。 きみの瞳がぼくを ぼくのウソを焼き尽くす・・・
ジョーは歯を喰いしばり、受け止めた。
「 答えてください。 わたし自身のことです、わたしには真実を知る権利がありますわ。 」
「 わかりました。 その前にひとつだけ。 これだけは信じてください。 」
「 なんでしょう。 ・・・ 内容によります。 」
「 ジャンさん ・・・ いえ、あなたのお兄さんは元気です。 昨日、あなたが電話で話したのは
間違いなくお兄さんで、パリに住んでいらっしゃいます。 」
「 そう・・・! ああ・・・ よかった・・・! お兄ちゃん ・・・ 、いえ兄が無事ならば
他に望むことはなにもありません。 どんなコトでもわたし ・・・ 受け入れることが出来ると思います。
どうぞ 真実を教えてください。 」
フランソワーズは くっきりと顔を上げ穏やかに微笑んだ。
・・・・ ! ああ ・・・・ この微笑 ・・・!
きみってヒトは。 どんな状況でも しっかりと顔を上げ真実を見つめていられるんだね。
きみは ― 本当の強さを持った人だ・・・
ジョーは 両脚を踏ん張った。
亜麻色の髪が縁取る白皙の頬に くちびるに そして 瞳に 映った穏やかな微笑みは
圧倒的な強さで ジョーを包み込む。
愛と信頼 そして 感謝のこころ ・・・
それはどんなものにも優る つよさ を秘めているのかもしれない。
彼女の微笑みが溢れどう・・・っと押し寄せてきて、ジョーをたじろがせた。
「 ・・・長い話になります。 ウチに帰りましょう。 よかったら <仲間たち> も呼びます。 」
「 <仲間たち> ?? あ、ああ あの看護士さんやコックさんたち・・・? 」
「 そうです。 あと ・・・ あなたを治療した、ドクター・ギルモアも。 」
「 ドクター? あの方は・・・ わたしの主治医なのでしょう? 」
「 ・・・ いや。 ああ、今は そうだけど。 ああ、博士から<話して>もらったほうがいいでしょう。 」
「 ?? よく・・・わからないけれど。 お任せします。 」
「 ありがとう・・・ 」
二人は 崖の上の洋館めざし石段を登りだしたが ほんの始めの数段で彼女の足がとまった。
「 ― あ。 」
「 どうかしましたか? 気分でも悪いのですか。 」
「 いえ。 あの。 アナタも <仲間> なのですか、ムッシュウ・シマムラ。 」
「 え? はい。 ぼく達は ・・・ あなたも含めてみんな、そうだな、同じチームの <仲間> なのです。
長い付き合いの仲間です。 」
「 ・・・ そうですか。 わたしはあなたのことをなんと呼んでいましたか。 」
「 ・・・ ジョー と。 」
「 まあ・・・ それで あなたはわたしのことをどう呼んでいたのですか、 < ジョー > 」
「 ・・・ フラン って ・・・ 」
「 そうですか。 ・・・ 帰りましょう ジョー。 」
「 ・・・! あ ・・・ ああ ・・・ 帰ろう ・・・・ ふ、フラン ・・・ 」
少女は淡い笑みを唇の浮かべると 先に立って石段を登っていった。
フラン・・・! ああ・・・ フラン・・・! 003のフランソワーズ!
頼む! 帰ってきて・・・くれ・・・! きみの身体が淋しがっているよ・・・
ジョーは一段一踏みしめる度に 先にたつしなやかな身体に脳波通信を飛ばしたが
家の玄関に着くまでとうとう 応答はなかった。
カチリ とソーサーにカップが音を忍ばせて落かれた。
中身の紅茶は冷え切っていたが、淹れ直そうと言い出す者は ― 居なかった。
耳の中まで静寂が入りこんだ後、 博士が重い口を開いた。
「 ・・・ これが 今までのあらましじゃ。 」
「 ・・・・ ! 」
「 ・・・ 大丈夫ですか? 」
ふらり、と前に突っ伏した彼女を ジョーはそっと抱き起こした。
「 大丈夫 ・・・ なわけ、ないわ・・・! 」
くぐもった声は 驚愕よりも怒りを含んでいた。
「 そんな ・・・ そんなこと。 いきなり言われて 信じられるわけ ・・・・! 」
きゅっと口をきつく閉じ、彼女は身体を強張らせたままだ。
「 無理もないじゃろうが・・・ 本当のことだ。 そして きみは数日前のミッションで負傷をした。
身体的には重度のダメージではなかったし、治療も完了していた。
翌朝 目覚めれば全て元通りに 修復しているはずじゃった・・・ 」
「 ・・・ 修復 ・・!? 機械なの、わたしは・・・ 」
彼女の身体を支えていたジョーだけが博士の言葉尻を捉えた小さな抗議の声を拾った。
「 ・・・ フランソワーズ・・・? 」
「 なぜ君が 今の状態になったか皆目見当がつかんのだ。 強いて言えば・・・ 落下して
頭を打った、ということくらいじゃ。 」
「 博士 ・・・ もうこのくらいにしたほうが・・・ 」
「 そうじゃな。 ショックが強すぎては回復がますます遠のくかもしれんし・・・ 」
ジョーは彼女の肩にそっと腕を回した。
「 フランソワーズ さん? 今夜はもう・・・休まれたほうがいいですよ。 」
「 ゆっくり休んで身体が完全に復調すれば なにか変化も現れるじゃろうしな。 」
「 そうですね。 それじゃあ今晩はこれで・・・ 」
― ガタン !!
ティー・テーブルが音を立ててゆれ、並んだ茶器がぶつかりあい、中身の液体が飛び散った。
「 おっとっと・・・ どうしたネ? ふきん ふきん・・・ ああ、これでよろし。 いったいどないしはってん・・・」
皆の驚きの視線の中、彼女は唐突に立ち上がった。
「 ・・・ フラン・・? 」
「 勝手に浚って・・・ヒトの人生を滅茶苦茶にしておいて・・! <機械>にゆっくり休め、と言うの?!
・・・ 人非人 ! わたしを・・・殺したのね! 」
彼女の声は怒りに震え、きつい視線を博士に向けると ― 彼女はリビングを飛び出していった。
「 あ・・! フランソワーズ・・・さん! 」
ジョーは慌てて立ち上がり、 彼女の後を追おうとした。
「 ジョー。 いいのじゃよ。 そっと・・・しておいてやってくれ。 」
「 でも ・・・ 」
「 いいのじゃ。 ・・・彼女の言うとおりなのだから。 」
「 ジョー。 俺に任せろ。 張々湖? このクッキー、もらっていいか。 」
のそり、とジェロニモJrが立ち上がった。
「 はいナ! ・・・これ、フランソワーズはんが好いてはるんや。 たんともってたげて。
そや! 後から美味しいオムレツ、作るさかい楽しみにしててや、言うといて。 」
「 ああ。 」
「 へえ〜〜 中華じゃないのかい。 大人。 」
「 グレートはん? ・・・しんどい時には慣れたモノ、食べたいもんでっしゃろ。 」
「 あ・・・ な〜る・・・ ジョー、ここはジェロニモに任せようぜ。 」
「 ・・・ う ・・ うん ・・・ 」
ジョーはグレートに声をかけられ やっとソファに腰を落とした。
・・・ あら? ここ・・・ このお部屋は・・・?
夢中で階段を駆け上り 廊下を走り ドアをあけて飛び込んだ部屋は ―
昨夜から寝泊りしている部屋ではなかった。
「 いけない! 慌てて走ってきてお部屋、間違えたんだわ。 」
フランソワーズは座り込んでいたベッドから慌てて立ち上がった。
ドアをあけ、当然のごとくベッドに突っ伏していたのだ。
「 ・・・ ここ ・・・ 誰か・・・ 女の子のお部屋じゃない? あら、綺麗なベッド・カバー・・・ 」
彼女はたった今立ち上がったベッドにもう一回そっと腰をおろした。
「 これ・・・パッチ・ワークね? ああ・・・ ママンが昔、こんなカバーを作ってくれたわ・・・
あら。 よく似ている・・・ 」
そっと撫でたベッドは なぜかとても心安らぐ触り心地だった。
ドンドン ・・・!
力強い音がドア越しに聞こえる。 多分 ・・・ ノックをしているつもりなのだろう。
「 ・・・ あ・・・ はい、どうぞ? 」
「 ・・・ 邪魔する、悪い・・・ 」
静かにドアが開き、 のそり、と巨躯の持ち主が姿を現した。
「 ・・・ あ。 え・・・っと ・・・ ジェロニモ、さん? 」
「 そうだ。 ジェロニモ Jr。 これ、持ってきた。 張々湖が焼いたクッキーだ。 」
「 まあ・・・ ありがとう! あなたも ・・・ < 仲間 > なの? 」
「 ああ、そうだ。 そして お前も俺達の大切な <仲間> だ、フランソワーズ。 」
彼は静かに言うと、手にしていたトレイをベッドサイド・テーブルに置いた。
朴訥とした発音だが 彼のフランス語は正確だ。
「 ・・・ 美味しそう ・・・ 」
「 旨いぞ。 フランソワーズ。 博士は過ちを犯したが ― それに気づいた。
そして行動を起こした。 彼は 知らぬフリをしなかった。 ・・・逃げなかった。 」
「 ・・・ ジェロニモ ・・・ 」
「 人間、攻めるよりも 逃げない ことの方が数段ムズカシイ。 」
「 ・・・ ええ ・・・ わかっているの。 あの・・・ヒトはちゃんと罪の償いをしている・・・って。
でも ・・・ 言葉が勝手に飛び出してしまったの。 」
「 オレたち。 博士も含めて皆 <仲間>だ。 信頼しあう仲だ。 」
「 ・・・ そう ・・・ なの。 ねえ、ここは? どなたかのお部屋でしょう?
わたし、夢中でかけてきて間違えてしまったの。 自分のお部屋にもどりますね。 」
「 その必要はない、フランソワーズ。 」
「 え。 どうして・・・ 」
「 ここは お前の部屋だ。 お前はずっとここで暮らしていた。 ジョーと過す夜もあった。 」
「 ・・・ ええ??? 」
「 フランソワーズ。 オレ達、皆、お前を大切に思っている。 お前はジョーのタカラモノだった。 」
「 ・・・ タカラモノ ・・・ 」
「 お休み。 眠りの精は元気とパワーを運んでくれるぞ。 」
大きな手がそっと彼女の細い肩に乗せられた。
「 ・・・ ええ ・・・ とても眠れそうもないけれど・・・ 」
「 これ、枕元の置くといい。 お前が好きな香木で彫った。 」
「 まあ・・・なあに? 」
ジェロニモはことり、とベッド・サイドの小机に 木彫りの細工物が置いた。
草木を束ねた風なカタチで中には花らしき細工も見える。
「 この香りはこころを鎮める。 穏やかな眠りを護ってくれるだろう。 」
「 そうなの? ・・・ああ、とても温かい香ね。 ありがとう! ジェロニモ。 」
「 お休み。 」
「 お休みなさい・・・ 」
静かに閉じるドアを見つめ フランソワーズはそのままベッドに突っ伏してしまった。
・・・ わたし ・・・ どうすればいいの・・・ このまま 生きる・・・??
だって もう フランソワーズ は死んだのに
どうして ・・・わたし、生きているの・・・ 生きているの、本当に??
カーテンの隙間から訪れた柔らかな月の光が くしゃくしゃの巻き毛に淡い煌きを散らばせていた。
「 − 問題は。 彼女をどうするか、だな。 」
「 グレート? どうするって・・・ どういうことかい。 」
リビングでは 博士を囲んでメンバー達は遅いティータイムを続けていた。
いや ・・・ 誰もお茶の味などわかっていなかった。
「 だから。 このまま・・・ここに、この研究所に留めておくつもりなのか。 」
「 留めておくって! ここは彼女の家じゃないか! 」
珍しくジョーが きつい語気で聞き返した。
「 ・・・ ジョー。 グレートの懸念はもっともじゃ。
たしかに彼女は ここに住んでいた― 003でもある フランソワーズ・アルヌールはな。
しかし 生身の ― パリの女子学生じゃったフランソワーズ・アルヌール嬢にとって
ここは見知らぬ異国の初めて訪れた研究所、にすぎん。 」
「 ・・・で でも。 フランは ・・・ 」
「 そやったら・・・ このまんま お兄はんの元に帰したげたらええんとちがいますか。 」
サンドイッチの皿を運んで来て、張大人が仲間入りをした。
「 それでどうする? 彼女は一人で周囲の人々が <先に行く>のを見つめているのか?
兄上だとて今のマドモアゼルの認識とは大分違うはずだぞ。 」
「 ・・・ そうなんだけど。 でも・・・彼女が帰りたいと望むなら・・・ もし ・・・ 」
「 ジョー。 お前はそれでいいのかね? 」
「 博士・・・! だってそれしか・・・ 彼女が幸せに生きてゆく方法がないと思えて・・・ 」
「 う〜ん・・・しかしなあ。 マドモアゼルの頭の中は 十数年後戻りしているしな。 」
「 ― フランソワーズ、 自分の部屋に戻っていた。 」
ジェロニモが静かにリビングに戻ってきた。
「 自分の部屋・・・? え、昨日案内した下のゲスト・ルームじゃなくて・・・二階の
あの・・・フランソワーズのもとの部屋に、かい。 」
「 ああ。 彼女自身も無意識に駆け込んだ、と言っていた。 」
「 少しは 思い出したのでしょか? 」
「 いや・・・どうかな。 今までの習慣を身体が覚えていたのだろうよ。 」
「 そう・・・か。 身体の記憶か。 意識の中の現実と実際が一致しなければなあ。
なにか有効な治療方法はないのですかね? 薬とか。 」
「 心の問題は そう簡単に<治療>できるものではないのじゃよ。
ジョーが言ったが・・・・ 彼女の望むようにしてやるのが一番かもしれん。 」
会話が途切れ、皆が深い溜息と共に沈みこんでいた。
rrrrr ・・・・ rrrrr ・・・・
リビングの隅にある固定電話が鳴った。
「 あ? ぼく、出ます。 ・・・ もしもし? ・・・・ あ! ジャンさん。 」
ジョーの声に 全員が顔を上げた。
「 はい・・・・ はい。 元気です・・・でも ・・・ 」
ジョーは大きく息を吸うと フランソワーズに<現実>を説明したことをジャンに伝えた。
「 ・・・ そうか。 それでファンションは? 」
「 ・・・ 混乱してます。 今は部屋で休んでいますけど。
ジャンさん。 これから彼女をどうしたらいいか・・・ 迷っているんです。
姿形はほんの数日前と全然変わらないのに ・・・ 彼女はいま、<違うひと>なんだ・・・ 」
「 俺もそう思った。 」
「 ・・・ え? 」
「 俺も同じ思いだった。 ― 妹が・・・浚われて改造されて・・・ひょっこり戻ってきた時に、な。
アイツが昔のままの姿で帰ってきた時に 俺もそう思った。 」
「 ・・・ あ ・・・! 」
「 見た目も 話す内容も 表情も 声も 仕草さえも 俺の妹だった。 俺の記憶の中の妹と
寸分の違いもなかった。 だけど、それはファンションじゃない。 彼女ではなかったんだ・・・ 」
「 ・・・ ジャンさん ・・・ 」
「 すべて人工物の寄せ集め・・・ ツクリモノだ、と彼女は自分から言ったよ。
もとの姿に似せた紛い物にすぎない、とね。 」
「 それは ・・・ そうです・・・ね。 」
「 だけどな。 俺はそれでも アイツは俺の妹だから。 それでも生きていてくれてよかった、と思った。
俺はアイツのツクリモノの身体を抱き締めて ・・・ 泣いたよ。 」
「 ジャンさん・・・ 」
「 俺は彼女が生きていてくれれば。 この世界のどこに居てなにをしていようが・・・それだけでいい。
彼女が 微笑んでいるのなら。 彼女が幸せだ、と感じているのなら。 それでいいんだ。 」
「 ・・・ ジャンさん! ぼくも ぼくもそう思います・・・! 」
「 ジョー。 ・・・ 妹の側にいてやってくれ。 アイツは ・・・ 本当にお前を愛しているよ。
・・・頼む。 妹を 頼む。 」
「 はい! はい ・・・ ジャン ・・・ お兄さん ・・・ 」
ジョーは静かに受話器を置いた。
「 ・・・ 兄上はなんと? 」
「 博士。 グレートも大人もジェロニモも。 聞いてください。
ぼくは彼女が全てを思い出すまで側にいます。 彼女が故郷に帰る、と行ったら一緒に行きます。 」
「 ジョー。 彼女がいつ回復するか ・・・わからんのだぞ。
もしかしたら ・・・ ずっとこのまま、ということも有り得る。 」
「 それでも。 ぼくはいいです。 ぼくはどんな状態であってもフランが・・・彼女を愛しています。」
「 ・・・ そうか。 それならお前に任せよう。 」
「 ジョーはん? あんたの気持ちはきっと通じまっせ。 愛情は最高のお薬や。 」
「 ジョー。 俺達の気持ち、お前と同じだ。 」
「 マドモアゼルの幸せはな、ジョー。 お前の側に居ること、なんだよ。 」
「 ありがとう、みんな。 」
リビングの空気が すこし軽くなった。
メンバー達は 遅いお茶と張大人の特製・サンドイッチに重苦しい気分を癒すのだった。
トン ・・・! ドタン ・・・
「 あ! ・・・ いたた・・・・ 」
フランソワーズは床にひっくりかえったまま、オシリを摩っていた。
「 なんで転ぶの? こんなこと・・・・ 子供の頃だって出来たのに。 」
彼女は訝しげに自分自身の脚をみつめている。
「 これ・・・ <わたし>のポアントよね? リボンを縫い付けた位置もカカトのゴムも・・・
この縫い方はわたしの縫い方だもの。 でも・・・どうして? 」
打ったオシリを摩りつつ、彼女は立ち上がった。
眠れぬままに彼女は自分の私室だ、といわれた部屋でポアント ( 注:トウ・シューズのこと ) や
稽古着を探し出した。
ずっと履いてきた靴とメーカーもサイズも同じだったのでそっと足を入れてみたのだ。
「 ・・・ ちょっと・・・違うみたいなカンジもするけど。 平気よね、だってお兄さんを迎えに行った
前の日までちゃんとレッスンしていたもの。 」
今の彼女にとって拉致されたことはつい昨日の出来事なのだ。
きゅ・・・っとリボンをきつめに結び、壁に手を突いてゆっくりとトウで立ち上がる。
「 平気平気 ・・・ そんな、この足がツクリモノだなんて・・・ そんなこと・・・ ウソよね? 」
そのまま新しい靴を慣らすつもりで 細かくパ・ド・ブレで部屋の真ん中まで進む。
思い切って床を蹴り ピルエット・・・! ( 回転のこと )
ドタ・・・ !
次に瞬間、 彼女は床に放り出されていた。
「 ・・・ちょ、ちょっと滑っただけ・・・そうよ、この床、つるつるなんだもの。 靴も新しいし・・・
もう一回・・・ 今度は本気。 そうね・・・ここをちょっと片付ければグラン・フェッテもできそう・・・ 」
したたか打ったオシリを摩りつつ、ツスールや置物を寄せて空間を作った。
「 うん・・・これでいいわ。 ふんふんふん・・・♪っと前奏があって・・・ 」
再び部屋の中央に立つと フランソワーズは勢いをつけて回転を始め・・・
「 ・・・?! え? あ・・・あら・・・ きゃあ〜〜 ! >
ドターーーン !!
軸脚をさらわれ部屋の隅まで吹っ飛んでしまった。
「 ・・・ いた・・・ うそ・・・どうして??? なぜ ・・・ 」
フランソワーズは悲鳴を抑えつつ、脚を目の前に投げ出してみる。
「 ・・・ 筋肉が ・・・違うわ。 足のカタチだけじゃない・・・ 関節の動き方も全然ちがう・・・ 」
室内とはいえ激しい転倒しあちこちぶつけたはずなのに、目の前に伸びる脚には
― ひとつのアザも擦り傷も ・・・ 見つけることはできなかった。
彼女の脚は まっすぐにすんなりと。 白く輝いているだけだ。
「 こんなの・・・ こんな脚、わたしの脚じゃない・・! こんな身体・・・わたしじゃないわ・・! 」
― それで 諸君ら 戦闘用のサイボーグの試験体を開発したのじゃ
唐突に あの老ドクターの声が甦った。
「 ・・・ 戦闘用? 戦闘用の兵器に き、機械にした、ってこと・・・?
それじゃ ・・・ この脚もこの腕も ・・・ そうよ、頭だって。 皮膚に下には機械が詰まっているの・・?」
そうっと触れた足は すべすべとしていて、ちゃんと弾力もあり <いつもの身体> と
寸分も変わりはなかった。
「 ・・・ 見えないからわからないわ。 ・・・ それじゃこの脚や腕を切り裂いてみれば・・・!
戦闘用、と言っていたわね。 それじゃ・・・なにか武器があるかもしてない。 」
フランソワーズはきょろきょろと部屋の中を見回し、クローゼットの扉を見つけた。
「 ・・・ なにか! ナイフでもいいわ。 機械なら ・・・ なにをやっても死なないはずよね。 」
彼女は憑かれたごとく、クローゼットの中をそしてチェストの引き出しを引っ掻きまわしだした。
「 ジョー? 彼女はもう眠っていると思うぞ。 」
「 うん ・・・ そうなんだけど。 なんか気になって・・・ 」
グレートは二階の廊下の隅に立っていたジョーに声をかけた。
メンバー達が夜食を済ませ、それぞれ私室に引き取った時、日付はとうにかわっていた。
常夜灯だけの廊下を グレートはそっと引き返してきた。
「 なんだ。 どうしたんだ? 」
「 うん・・・ さっき何回かモノがぶつかるみたいな音がしたんだ。 普通に転んだ音じゃない。 」
「 マドモアゼルが寝ぼけて サイド・テーブルにでも突っかかったんじゃないか。 」
「 ・・・ あんな状況で <寝ぼける> ことなんかできるかい? 」
「 そりゃま、そうだが。 」
「 その後は静かになったけど。 なんだかとっても嫌な予感がするんだ・・・
でも ぼく達・・・いや。 ぼくの顔なんか見たくないかもしれない。 」
ジョーはじっとフランソワーズの私室のドアを見つめたままだ。
「 よし、わかった。 このオジサンと一緒にお邪魔しよう。 それならいいだろ。
これは医療的処方の一部さ。 」
「 ・・・ うん。 ありがとう、グレート・・・ 」
ぱちん!とウィンクすると グレートは咳払いを一つ、そして 軽やかにノックをした。
「 マドモアゼル? お休み中、失礼いたします・・・ ? 」
流暢なフランス語で声をかけると、グレートは静かにドアを押した。
「 ・・・ お。 鍵がかかってないな・・・ ジョー? 」
「 ・・・・・ !? 」
振り向いたグレートの目に ジョーの驚愕した顔が写った。
「 なんだ、どうしたんだ、ジョー? ・・・ え!? ま、マドモアゼル!! 」
絶句したグレートの脇をジョーはすり抜け、彼女の部屋に飛び込んだ。
「 やめろ・・・! やめてくれ、フラン !! 」
ジョーは叫びつつ彼女の前に突進したが ― 次の瞬間、ぎくり・・と足をとめた。
部屋いっぱいに 取り散らかされた衣類の中に 彼女はぺたりと座り込んでいた ・・・
そして
その白い手に スーパーガンを握り、もう一方のわが腕に銃口を当てていた。
「 なにしてるんだ!? それは・・・ オモチャじゃないんだ! 」
「 ・・・確かめるの。 」
「 なんだって? 」
「 だから、確かめるのよ。 ・・・機械なんでしょう? この皮膚の下は冷たくて固い機械が
ぎっしり詰まっている 半機械人間 ( サイボーグ ) なのでしょう?! わたし・・・ 」
ゆっくりと顔をあげ、フランソワーズはじっとジョーを見つめた。
「 ・・・ そ、そうだ。 きみは ・・・ いや、ぼく達はサイボーグさ。 」
「 そんなの・・・わからない。 見えないから わからない。
皮膚を切り裂いてみようとおもったけど ナイフが見つからなかったわ。
代わりに ・・・この赤い服とコレがあった・・・ これ、銃でしょう? これで撃てば。
このツクリモノの身体の中が見られる・・・ 」
「 フラン! 馬鹿なことはやめるんだ! そんな至近距離で撃ったら・・・ きみの腕は・・・ 」
ジョーはじりじりと彼女に近づいてゆく。
「 あら・・・ 機械なんでしょう? 壊れたらまた <修復> すれがいいのでしょう?
・・・ もう <わたし> は死んでいるんだもの。 踊れないなら生きていたくない・・・ 」
「 ぼく達だって! 不死身じゃないよ。
それに きみは。 この家で暮らしていた フランソワーズは ― バレエをやめなかった。 」
「 ・・・ え・・・? 」
「 少しでも踊れれば それだけで幸せだって。 嬉しそうにレッスンに通っていたよ。 」
「 ・・・ ウソ ・・・ この脚じゃ・・・ 何にもできないのに・・・ 」
「 それでも。 きみは踊ってた。 楽しそうに笑ってたよ。 笑顔で生きていた。 」
「 ウソ・・・・! そんなこと、ウソだわ! もうウソは沢山よ・・・ 真実 ( ほんとう )が知りたい。 」
「 だったら。 ぼくを撃て。 ぼくもサイボーグさ。 この身体の中身は機械だらけだ。
そして 撃たれれば ― 死ぬことだってある。 ぼくを撃って確かめろよ。 」
「 わたしに ・・・ ヒトを撃て、というの? そんなこと・・・! 」
フランソワーズは彼女自身に向けたスーパーガンのトリガーに掛けた指に力をこめた。
「 やめろ −−− ! 」
ビ −−−−− !
ジョーが 彼女を腕ごと抱え込んだ瞬間 ― スーパーガンが作動してしまった。
「 ・・・ ウ ッ ・・・・!!! 」
ドタ・・・ と彼の身体が彼女に倒れかかる。
「 ?? ジョー・・・? どうしたの。 ・・・ ジョー・・・? ジョー ? ジョーーーー!? 」
あわてて抱き起こした彼の身体には。
穴が穿たれていた。 そして その中から ― 鈍く光る精密機器が見えた。
「 ジョー?? ・・・わ、わたし・・・なんというコトを・・・! ジョー! しっかりして!! 」
「 ・・・ あ ・・・ ふ、フランソワーズ ・・・ 」
「 わたし・・・ あなたを 撃った・・・の? ・・・ああ、どうしよう・・・ 」
「 フラン・・・大丈夫・・・ グレートが ・・・博士を呼びに・・・ 行ったから・・・
それより。 ・・・ 見てごらん。 これが・・・ぼく達の <身体> ・・・ 」
「 ジョー・・・ ああ ああ わたし ・・・なんて馬鹿なの・・・ 」
「 フラン・・・ 寄らないで。 危ないから・・・ この傷口にさわっては駄目だ・・・よ ・・・
そこからでも よく・・・見えるだろう・・・ 」
「 ・・・ ジョー ・・・ わたしが馬鹿なことを言ったから・・・ 」
「 馬鹿なこと、じゃない。 ぼく達の身体は こんな風に機械が詰まっているんだ。
だけど ・・・ こころは機械じゃ・・・ない。 こころは人間だ・・・ こんな身体でも。
そのことをわかって ・・・ ほしい 」
「 ジョー。 あなたは ― どうしてそんなに優しいの。 どうして・・・ 」
「 きみに ・・・ きみに、いつも微笑んでいてほしいから・・・・
きみが しあわせで いて・・・ほしい ・・・んだ ・・・きみを愛している・・・から。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ ! 」
フランソワーズは ジョーの損傷部分にそっと唇を寄せそのまま彼に抱きついた。
「 ・・・ 危ないって ・・・いったろ 」
「 ・・・ Je t’aime、 Joe ・・・ ! 」
「 フランソワーズ! Moi , aussi ・・・ ぼく も ・・・ 」
「 ジョー・・・! ジョー −−−−! ・・・わたしの ・・ ジョー ・・・ 」
青い瞳がしっかりとジョーの顔をとらえた ― 次の瞬間、彼女の身体はがくり、とジョーの腕の中に崩れ落ちた。
「 ・・・フラン ・・? いてて・・・ 痛覚があるって・・・ すごいコトだよなあ・・・
なあ、 フラン・・・? ・・・ 」
ジョーは目の端に ドアを蹴破る勢いで飛び込んできた博士の姿を捉えつつ ― ゆっくりと目を閉じた。
「 すいません 博士 ・・・ また 説教です ・・・か ・・・ 」
すとん、と彼の意識は闇の底へ落ちた。 ・・・腕の中の愛しい存在を しっかりと抱き締めたまま・・・
「 ねえねえ、見て! あの雲 ・・・ 綺麗ねえ・・・ 」
「 ・・・ うん? ああ・・・そうだね。 」
「 空がね、 毎日高くなるの。 ここの空はいつだってすごく広いのに。 もっともっと・・・
わたし、毎朝 見とれてしまうの。 」
「 うん・・・? ああ、 そうだね・・・ 」
「 ジョー? わたしの話、ちゃんと聞いているの? 」
「 ああ、聞いている。 きみの目がどんどん大きくなってまん丸になってゆくのも、ちゃんと見ているよ。 」
ジョーはくすくす笑って 立ち止まる。 手にしていた杖を砂地に差した。
「 あ・・・疲れちゃった? ごめんなさい、話に夢中で・・・ 大丈夫、ジョー? 」
「 ああ、大丈夫だよ。 きみのお喋りで元気になったもの。 」
「 そう? ・・・ もうすぐ杖も要らなくなるわね。 ジョー・・・ よかった・・・ 」
「 フラン。 きみがいてくれるから・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
フランソワーズはするり、とジョーの腕に手を絡めた。
波間に煌く日の光にも 吹きぬける浜風にも 華やいだ雰囲気は含まれていない。
寄せる波に 引く波に 夏の熱気はもうなかった。
― 秋が 来ていた
ジョーはあの傷から順調に回復し、ほぼ以前と同じ日常生活を送り始めている。
そして
フランソワーズは。 あの衝撃で失神し、目覚めた時に以前の日々を取り戻していた。
「 ・・・でもね。 ちょっと残念だわ・・・ 」
「 残念?? なにが。 ・・・ 記憶を取り戻したことが、かい? 」
驚くジョーに 彼女はほろ苦い笑みを見せた。
「 その間のこと、覚えていないんですもの。 ほんの少しの間でも、わたし・・・
本当のわたし、にもどっていたのでしょう? つまり・・・こころは。 」
「 うん。 」
「 どんな気持ちだったのかしら。 ちょっとだけでも あの頃のわたし でいられたんだし。 」
「 ・・・ もし、さ。 もしも ・・・ 元に戻れるなら。 きみは 戻りたい? 」
「 ジョー。 夏は終ってゆくけど。 夏は大好きだったけど。
わたし。 次の季節を迎えたい ・・・ ジョーと一緒に・・・ 」
「 ・・・ うん。 一緒にね。 秋も ・・・ 冬も。 」
「 そうよ、ずっと ― ね。 名残の夏は 懐かしいけど。 思い出にしましょう。 」
「 そうだね。 」
ジョーは彼女の肩を引き寄せ 頬に手を当てた。
「 ・・・ 愛してるよ ・・・ 」
「 わたしも。 ん ― ・・・ 」
ジョーが珊瑚色の唇に顔を寄せた ・・・時。
「 ・・・ ! お兄さん・・・!? 」
フランソワーズは ぱっと身体を離し、駆け出した。
「 ・・・ えええ?? 」
「 ジョー! あのね、お兄さんがね、休暇が取れたからって。
ふふふ・・・ びっくりさせようって思って ジョーにはナイショにしてたの〜〜
お兄さ〜ん! ここ、ここよォ〜〜 」
亜麻色の髪を翻し、彼女は砂浜を駆け戻っていった。
「 ・・・ なんだよォ・・・・ 」
名残の夏の風が ジョーの呟きをかっさらっていった。
************************ Fin.
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Last
updated : 09,01.,2009.
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*********** ひと言 ***********
やっと終わりました・・・・ひへ〜〜〜・・・・
な、なんだかあんまし カッコイイ・ジョー にはならなかった・・・かも(^_^;)
すみません〜〜 力不足でございました <(_ _)>
お兄さん、声だけじゃなくてもっと登場させたかったです〜〜( 泣 )
ジョー君! しっかりフランちゃんを護っていっておくれよね!!って
エールを飛ばす気持ちをこめて♪
・・・・ しかし、いくら 009 でも至近距離でスーパーガンで撃たれれば
( あ、新ゼロの あの場面 をイメージしてくらさいませ )
ヤバいですよねえ???
こんなこともあったかも??って妄想して頂ければ嬉しいです〜〜
一言なりともご感想を頂戴できれば ・・・ 天国・極楽〜〜♪♪