『 名残の夏の  ―(1)― 』

 

 

 

 

 

 

    ・・・ マズいな。

 

ジョーは口の中で呟いた。 踏みしめた足が ぐにゃりと泥土に沈み込む。

先ほどからジリジリと相手を追い詰めているのだが、なかなか距離が縮まらない。

鬱蒼とした林の中を移動しているが、向こうはヤケに軽々と進んでゆく。

障害物が多すぎて加速装置はかえって不便なのだ。

ジョーは五感を研ぎ澄ませ 追跡を続けた。

 

    くそ・・・! この程度のジャングルで ・・・ だらしないぞ、009。

    ・・・ それにしても  暑い・・・  え??

 

ふと、自分自身の言葉に ジョーは呆れてしまった。

サイボーグの身で、それもミッション中に暑さを気にするとは・・・

そんな経験は もしかしたら初めてかもしれない。

 

    ふん。 気が緩んでいる証拠じゃないのか?!

    防護服を着ていて なにを言うんだ?  だらしないぞ! 009!

 

再び自分自身を一喝すると、ジョーはぐっと唇を引き結び、スーパーガンを握りなおした。

ザザザ ・・・・

はるか前方を ヤツが悠々と横切ってゆく。

 

    ! ・・・ そうはさせるか! 加速装置が使えなくても遅れはとらないぞ!

 

ジョーは身を低くし、葉擦れの音すらさせずに密林の中を移動し始めた。

 

 

ミッション ・・・とはいえない程度の小事件だった。

東南アジアの密集林の奥で 覚醒剤の原材料となる植物が大規模に栽培されているらしい ― 

そんな情報がピュンマ経由で流れてきた。 収穫期が近い、ということで取り合えず日本在住組が現地に向かった。

たまたまメンテナンス終了後だったジェロニモJr.も参加し、009は003,006,007そして博士と共に

亜熱帯降雨林地帯へとドルフィン号を飛ばしたのだった。

案の定 裏ではNBGが一枚も二枚も噛んでいた。

 

「 それじゃ、こっちは幹部の追跡と栽培畑の始末をするから・・・

 003、 007と協力して住民たちを避難・誘導してくれ。 」

「 アイヤ〜〜 了解アル! ほっほ〜〜 あんな生っちょろけの畑、ワテの一吹きで充分ネ。

 009? 005と一緒に親玉連中を頼んまっさ。 」

「 むう。 まかせておけ、006。 」

「 了解。  007、わたしが最終撤退を確認して行きますから・・・ 誘導をお願いします。 」

「 マドモアゼル、 承って候。 」

サイボーグたちは余裕の笑顔を交わし、それぞれの持ち場に散っていった。

 

  ― ほんの半日もあれば終るはず・・・

 

メンバーの誰もがそう思っていた。  しかし。

とんでもない 伏兵 があちこちに潜んでいたのだ。

 

「 ・・・ あちゃ〜〜 ナニあるネ?? こんな生木ぼうぼう・・・ワテの火ィで燃えるやろか? 」

「 009。 すまない、追跡不可能だ。 密集林を掻き分けるのに時間が掛かりすぎる。 

「 いや。 ぼくもこれでは加速できないな。 しかし 急がなければ ・・・ 」

時は盛夏 ― ただでさえ密集しているジャングルは 獰猛なまでに縦横に枝葉をのばし

ツルを絡め旺盛に根を張り、 サイボーグ達の追跡の手を阻んだ。

土地カンがある分、敵が有利だった。

 

ジョーですら 敵のボス格を追い詰めるのに苦戦していた。

足元の泥土はずぶずぶと沈み、ねっとり湿気を含んだ大気が身体中に纏わりつく。

 

    ・・・ 暑い ・・・な。  くそう〜〜〜 !

 

ジョーがいらいらを噛み潰す勢いで加速装置を稼働させようとしていた時 ・・・

 

 

   ―  ・・・・ ジョー −−−−−−−− !!!

 

 

悲痛な叫びがジョーの頭の中に飛び込んで来、 ・・・ ぷつり、と切れた。

≪ ?! 003? どうした?! どこにいる?? ・・・ 応答しろ! おい!

  フランソワーズ  −−− !!! ≫

009は最大レンジで呼びかけたが 応えの通信は傍受できなかった。

 

    くそ! 加速装置  −−−− !

 

ザザ ・・・! 

亜熱帯植物の葉が巻き上がり 一瞬の旋風がおきて・・・ やんだ。

 

 

 

「 ― フランソワーズッ !!! 」

ドアを蹴破る勢いで旋風が ― 加速を解いたばかりのジョーが現れた。 

「 ジョーか。  大丈夫じゃ。 急所ははずれとる。 」

「 ・・・ くそ・・・ッ! 誰が こんな!? 」

最後の脳波通信を頼りに ジョーは闇雲に加速し続け ― 結局ドルフィン号に飛び込んできた。

ジョーは医療スペースの狭いベッドに横たわるフランソワーズの側で歯噛みをし悪態をつく。

逸るジョーを 博士は安心しろ、と目顔で抑えた。

「 いったい! どうしたのですか!  フラン・・・! こんなことって! 」

「 こらこら・・・怪我人の側で騒ぐでないよ。  いくら重症ではないといっても怪我は怪我じゃ。 」

「 ボーイ? 落ち着け。本当に大丈夫だぞ。 彼女は運よく途中の木にぶつかってから落ちたからな。 」

「 グレート! 途中の ・・・ なんだって?? ― 落ちた・・・? 」

ジョーは安心するどころかますますいきり立つ。

まあまあ・・・とグレートも彼の腕を引き、ベッドサイドに椅子に腰掛けさせた。

「 ああ、<落ちた>。  避難中の住民の中にヤツラの麻薬栽培に従事させられていた者がいたんだ。

 ヤツら、例によって口封じをしようとした。  それで ・・・ 彼女はその住民を庇い

 撃たれた衝撃で崖から転落したのだ。 」

「 撃たれて落ちた!? グレート・・・! 」

「 申し訳ない。 避難にばかり気を取られていた我輩の責任だ。 」

「 そんなことはないよ、グレート。 彼女は彼女自身の持ち場を護ったわけだし・・・

 博士! 本当に命に別状は・・・ 」

謝るグレートに笑顔を見せつつも ジョーはすぐにフランソワーズに視線を戻す。

彼女は穏やかな表情で昏々と眠っているが、その頬に血の気はなく青白さが際立つ。

ジョーは座ったばかりの椅子からすぐにたちあがり、上掛けを直したりモニターを睨んだり

ベッドの回りをうろうろと歩きまわっている。

「 何回言わせるか、ジョー? 大丈夫じゃ。 救急手当てのために一時システム・ダウンしたが

 明日の朝には普通に目覚める。 」

「 そうですか! ・・・ よかった・・・ 」

 

「 ほえ〜〜 や〜っと追い着いたアルよ・・・ ジョーはん、先にぶっ飛んでいきよってからに〜 

 ナニね!? フランソワーズはん、どないしてん!? 」

「 むう? どうした、003? 」

医療スペースにどたばたと 005と006がやってきた。

「 うん・・・ 住民を庇ったんだ。 でも ・・・ 心配はない。 そうですよね、博士。 」

「 ああ。 さあ あとは彼女の眠りを邪魔しないことだ。

 睡眠はの、心身の回復には最高の治療法なのだぞ。 安静が一番、ということだ。

 じゃから さあ、出て行ってくれ〜〜 ここはウチのリビングとはちがうぞ! 」

博士はみんな集まってしまったメンバーたちを医療スペースから追い出した。

「 おっと、それで首尾はどうだな? <畑の掃除> は終ったのかの。 」

「 アイアイサー。 ワテがしっかり燃やしてきましたさかい。 ご安心しやはって。 

 ジェロニモはんが よう燃える木ィを見つけてくれてな。 」

「 うむ。 あの種類は油分を含んでいる。 あの地は木灰が溜まって・・・やがて肥沃な畑になるだろう。 」

「 ありがとう、張大人! ジェロニモ! ― それでは 帰還しよう。 」

「 了解。 」

サイボーグ達はほっと笑みを浮かべ コクピットへと移っていった。

 

「 ― ジョー。 」

「 ・・・ あ ああ・・・ ジェロニモ ・・・ 」

ジョーは最後までベッド・サイドにへばりつき、フランソワーズの纏わる髪をかきやっていた。

汗ばんだ額を そっとタオルで拭ってやっている。

「 心配ない。 彼女は 眠っている。 とても深く・・・ 」

「 そうか・・・ うん ・・・それじゃ・・・ 」

ようやっとジョーは医療コーナーから 脚を踏み出した。

「 邪魔する・・・ よくない。 眠りの精は 癒しの精でもある。 」

「 ウン ・・・ごめん。 本当に、どうしてぼくは全体に眼を配らなかったのかな。

 一人でイラついて・・・ 結局 ぼく自身の仕事は失敗だ。 あのボスは・・・ 」

「 最後の一発は ヤツの心臓を打ち抜いていた。 ジョー、相変わらず凄いな。 」

「 え・・・ あ、そうか。 よかった・・・! フランからの通信のあと、ほとんど無意識に撃ってた・・・・

 しかし これじゃ失格だな。  彼女 ・・・いや、仲間のことに気をとられて確認もしなかった。 」

「 ジョー。 我々は機械ではない。  」

「 ・・・ あ、ああ・・・ うん・・・そうだよね。 

「 そうだ。 

ぼそり、と同じ言葉を返すと チーム一の巨漢はぼん!とジョーの肩をたたきすたすたとコクピットに戻って行った。

「 ・・・いて・・・!  でも ありがとう・・・ みんな! 」

ジョーはぱん!と自分自身の頬を両手で叩くと 足早にコクピットに向かった。

 

 

 

   ゴ −−−−−   ゴ −−−−−

 

低いエンジン音が快調に唸り ごく微かな振動がかえって身体に心地よい。

ドルフィン号は順調に航行していた。 

ジョーは自動操縦を再度点検すると パイロット席から離れた。

この時間は彼が当直で、他のメンバーたちはそれぞれのキャビンで仮眠をとっていた。

 

カツン ・・ カツンカツン ・・・・

 

静まりかえったドルフィン号の廊下にブーツが意外にも大きな音をたてる。

「 シ・・・! 静かにしてくれ、ブーツ君? 彼女を起こしちゃマズいだろ・・・ 

 睡眠は最大の治療、だそうだから・・・ね。 」

ジョーは足音をひそめ医療スペースへと急ぐ。

 

   ちょっとだけ。  きみの穏やかな寝顔を見たい・・・!

   きみの花びらみたいな唇が艶やかなら   白い胸が規則正しく上下しているなら

   それだけで ぼくは安眠できる・・・

 

「 ・・・フランソワーズ ・・・ 」

そっとスペースに滑り込み、小声で呼びかけたがもちろん長い睫毛が頬から離れるわけはなく。

亜麻色の髪を枕に散らばせ、彼女は昏々と眠り続けるだけなのだが、寝息は穏やかだ。

「 ・・・ よかった・・・ ごめん・・・ 本当にごめん・・・

 きみを護れなかったぼくを 許してなんかくれなくていいから。 早く目覚めてくれよな・・・

今にも起き上がりそうな彼女の手をそっとさする。

「 ・・・ 可愛 ・・・・ぼくの ・・・フラン ・・・ 」

ジョーは堪らなくなり 身を乗り出すと彼女の唇にそっとキスをひとつ、落とした。

「 ごめん ・・・ お休み。   ああ・・・明日がこんなに待ち遠しいなんてなあ。  」

ジョーはもう一度だけ彼女の寝顔にしっかり眼を留めると静かに部屋を出ていった。

 

廊下にある舷側の窓から月明かりが差し込んでいた。

その青白い光を拾いつつ ジョーはゆっくりとコクピットへと戻った。

 

   ― 夜が明ければ。 朝がくれば。  なにもかも元通りになる、と固く信じ願いつつ・・・

 

 

 

「 ― 助けてッ !! ここを ・・・開けて!! 誰か〜〜!! 」

ドンドンドン ・・・!!

 

ようやっと朝日が登ったころ、サイボーグ達は浅い眠りから飛び起きてしまった。

ドアを激しく叩く音と 必死の叫び声がドルフィン号の中に響いていた。

「 な、なんだ!? どこだ?? 」

「 ・・・ う・・・朝っぱらから 何やねん・・・ 」

「 おい! もうすぐ手動操縦に切り替えるぞ。 どうしたんだ、一体?」 

「 ?! 医療スペースだ! フランソワーズ ?! 」

当直のグレートを先頭に全員が団子になって医療スペースに駆けつけた。

 

「 ・・・ このドアは? ジョー、昨夜特殊ロックでも掛けたのかい。 」

「 いや。 通常通りさ。 生体センサーに眼を当てればすぐに開く。 なにも変更していないよ。 」

「 アイヤ〜〜 ほいでも、中のお人は <開け方> を知らへんようやな。 」

「 ・・・ 声が 変だ。 怯え切っている。 我々のドルフィンの中なのに。 

「 博士! 開けますよ! 」

「 ああ。 頼む。 」

ジョーは まさかとは思ったがスーパーガンを手にし、ぴたりと壁に身を寄せた。

「 皆 ・・・ 下がっていてくれ。 」

「 了解。 」

誰もが息まで潜め、我が家同然のドルフィン号の、医療スペースのドアを見つめていた。

「 ― 開けるぞ。 」

ジョーが入り口の生体センサーに ちら、と顔を映す。

 

  ― シュ ・・・!

 

ごく微かな音とともに ドアはいつもの通り軽やかに開き ― 同時に医療着姿の女性が転がり出てきた。

「 開けて・・・! うわ! きゃーーーー!  」

「 フランソワーズ!!! 大丈夫かい?! 」

「 ・・・ いたた・・・  誰?? わたしの名前、知ってるのは 誰? 」

「 ・・・ え・・・? 」

「 ああ・・・やっとドアが開いたわ。 ・・・ここはどこ??  あなた達、あの黒服の男達の一味なの!」

床から身を起こすと 亜麻色の髪の女性は怯えた瞳で周囲を見回した。

「 黒服?? 何を言っているんだい? それよりも身体は? もう胸の傷が痛むことはないかい。 」

「 ・・・ なにを言っているの? ここ・・・パリじゃないのね?・・・ あなた、誰?!

 ダレカ ふらんす語カ英語ヲ喋レルヒト、イマセンカ? 」

「 フランソワーズ! 」

「 まあまあ・・・ ボーイ、ちょっと代わってくれ。 Bonjour Mademoiselle? 」

グレートがずい、とジョーの前に進み出た。 慇懃に彼はお辞儀をし、手を差し伸べている。

「 ・・・ ああ・・・ Monsieur !! あなたはフランス語がわかるのね? 」

彼女はぱっと顔を輝かせると ガウンをひっかけただけのグレートの側ににじり寄った。

「 ・・・ あ・・・ そうか! 」

「 そや。 フランソワーズはんは言葉が ・・・ 」

「 うむ。 彼女は <そのまま> で喋っている。 」

「 ・・・・ふうむ ・・・ 」

グレートの挨拶を聞き、一同はやっと気がついたのだ。

 

   ―  彼女が フランス語 − 母国語で − で喋っている、ということに。

 

「 そうやデ。 ずっとや。 ほれ、ワテらの目ェ覚ませた叫び声も、そうやった。 」

「 ・・・あ ・・・ ああ。 全然意識しなかったけど。 ぼくの言っていること、判らないみたいだ・・・ 」

「 ジョーはん? あんさん、今、日本語でっしゃろ。 」

「 うん。 いつもと同じだよ。 張大人は ・・ 大人も日本語だよね。 」

「 はいナ。 ワテは 郷に入っては郷に従え、ちゅうコトですねん。 」

 

「 どれ・・・ワシも仲間に入れておくれ。 お嬢さん、ワシはドクター・ギルモアというものです。 」

黙って様子を眺めていた博士が、突然流暢なフランス語を話しつつ彼女に歩みよった。

「 ・・・ まあ、ドクター? ねえ、ここはどこですか? わたしを家に帰してください。 」

「 ここは・・・ 医療機関の飛行艇じゃ。 キミはちょいと怪我をしたので・・・その治療の最中です。 」

「 ・・・ 怪我?? どうして?いつ? ・・・あ! あの男達がなにかやったのですか?? 

 助けて! ウチに、兄のところへ帰して・・・! 」

「 お嬢さん、落ちつきなさい。 今、君に危害を加えるものは誰もおらん。

 君はまだ完全に怪我から回復しておらん、 さあ・・・ ベッドに戻りなさい。 」

「 ・・・ あなたは お医者様ですか。 」

「 あ、ああ・・・ そんなもんじゃ。 この男達はワシの助手です。 ご安心なさい。 」

「 助手・・・? 」

「 マドモアゼル? 立てますか。 ベッドまでお連れしますよ。 」

グレートが そっと彼女の背に腕を回した。

「 あ ・・・ ムッシュウ? ありがとうございます・・・ 大丈夫、一人で歩けます。 

「 いや、無理をなさってはいけません。 ・・・ 君? この方をベッドへ。 」

グレートはジョーに向かってパチン、と指を鳴らし ― 一瞬、ニヤっと笑った。

「 ・・・! あ・・・は、はい! 」

びくっと身を震わせると、 ジョーはそっと彼女の側に近づいた。

「 ・・・ あの どうぞ? 」

「 ありがとうございます。 ・・・ それじゃお願いします。 」

彼女は素直にジョーの腕に身を任せた。

しなやかな身体がジョーの胸に寄りかかっていきた。

 

   ―  ああ・・・ ! この温もりは・・・ この優しい感触は ちっとも変わっていないのに・・・!

 

ジョーは無防備に自分の腕に委ねられた細い身体を 抱き締めたい衝動と必死に戦っていた。

そう ・・・ 二人で熱い夜を過したのは ほんの数日前、ミッション出発前夜だったのだ。

 

 

明朝の出発を控え、ギルモア邸はしずかな緊張感が流れていた。

全員そろっての大規模なものではないが、ミッション前ということに変わりはない。

皆、自然と口数も少なくなり夜は早々に自室に引き取っていた。

「 ― フラン? 入ってもいいかな。 」

「 ジョー? どうぞ・・・ 」

カタチだけノックの仕草をし、ジョーが半開きのドアの前に立っていた。

「 なあに? またなにか新しい情報が入ったの? 」

フランソワーズは最低限の私物を纏めていた手を休め 顔をあげた。

「 ・・・どうかしたの。 なにか作戦に変更があるの? 」

「 いや。 変更も進展もない。 予定どおり明日の 〇〇:〇〇 出発だ。 」

「 そう・・・? それならいいのだけれど。 」

「 なにか気になるのかい。 」

「 いいえ? わたしじゃなくて 気になっているのはジョーの方じゃないの? 」

「 ・・・ うん? 別になにも・・・ ただ ・・・ 」

「 ただ ― ? 

「 うん ・・・ 暑いな、って思ってさ。 

「 ?? 今夜はそんなに暑くないでしょう? あら・・・それともジョーの部屋、エアコンが壊れた? 」

「 いや・・・ そういう訳じゃなくて。 なんか・・・さ。 目的地も暑いだろうなあって思って。 」

「 可笑しなジョーねえ。  そりゃ・・・南に下がるから当然よね。

 今までだってもっと暑い ― そうよ、砂漠だのピラミッドがある地域まで行ったじゃない。 」

「 ・・・ うん ・・・ なんか、さ。 イヤな予感がするんだ ― 笑ってもいいよ。 」

ジョーはふらり、と彼女の部屋に入ると いいかな? と尋ね ベッドの端に腰を下ろした。

「 笑わないけど・・・ ねえ、なにか気掛かりなことがあるの? 隠さないで教えて。 」

「 ごめん。 そうじゃないんだ、本当に。 ただ・・・ 暑くて。 あんまり熱くて ・・・

 ごめん・・・ほんのちょっとでいいんだ。 ちょっとだけ・・・ フラン・・・! 」

「 ・・・え? ・・・あ ・・・ ジョー・・・? 」

ジョーは腕を伸ばすと彼女をくい、と引き寄せそのまま抱き竦めてしまった。

「 このままでいいんだ ・・・ ちょっとだけ こうしていてくれる? 」

「 ジョー・・・ いいわ。 それで貴方の <熱さ> が消えるなら。 」

「 ごめん・・・本当にどうかしているよね。  」

「 ・・・ ジョー? いいのよ。 ・・・ね? 」

白い手が彼の熱い手を取り、そっと胸に当てた。  その柔らかく温かい感触に彼はぴくり、と身を震わす。

「 わたしも ・・・<熱い>の。 二人で 燃やしてしまいましょうか。 」

「 ・・・ フラン・・・! ああ ・・・ そうだね。 ああ・・・きみってヒトは・・・本当に ! 」

ジョーは倒れこんできた撓やかな身体をしっかりと抱き留め、共にベッドへ重なった。

  ― すぐに 言葉はなくなり、二人は互いに< 熱さ >を燃えつくす夜をすごした。

夏はやっと峠を越えたのか・・・ 夜風が暑熱をやんわりと宥めてくれるのだった。

 

 

「 あの ・・・ わたし、重いですか? 」

ジョーは はっと気を取り直し、腕の中の身体をかかえ直した。

「 ・・・え? い、いいえ。 」

「 そう、よかった・・・ふふふ・・・ダイエット中だったのですけど。 そんなにゆっくりでなくて大丈夫ですわ。」

「 はい、失礼しました。 」

ジョーは繊細なガラス細工を扱うヒトの如く、慎重に彼女を医療スペースのベッドに運んだ。

自動翻訳機のおかげで彼女の言っていることは理解できた。

しかし 彼女の母国語をほとんど話せないので返事は最低限のことしか言えない。

 

   ― ちぇ。 ・・・ 博士やグレートが羨ましいや。

     ああ ・・・ 彼女自身は全然変わっていないのに ・・・ こころは ・・・

 

「 ありがとうございました。  あ! あの、ドクター? 

「 何かな、お嬢さん。 ― いや、マドモアゼル・フランソワーズ? 

「 どうして わたしの名前をご存知なのですか。 」

「 ・・・ いや ・・・ あの、きみを拉致しようとしたヤツらのデータを見ましてな。 」

「 まあ! それじゃやはり・・・計画的な犯行だったのですね?

 あの! 兄に・・・ わたしの兄に連絡をしてください。 すごく心配していると思いますから。 」

「 ・・・ 兄上、とな。 」

「 はい、 ジャン・アルヌール といいます。 住所は ・・・ えっと・・・・ 」

「 どうぞ、マドモアゼル? 

「 まあ、ありがとうございます、ムッシュウ。 」

グレートが差し出したメモに 彼女はさらさらと書き込んでゆく。

「 ここに 連絡してください。 お願いします。 

「 ・・・ わかりました。 さあ、ちょっと最終の診察をしましょうかな。

 それが終ったら朝食じゃ。 お嬢さん、ここのコックは名人ですからお楽しみに。 

博士はメモを受け取ると、そっと彼女の肩に手を置いた。

「 まあ それは楽しみですわ。  よかった・・・! あの黒服の男達は捕まったのですね。 」

「 ・・・ ああ。 もうヤツらは居りませんよ。 安心なさい。 

「 ありがとうございます。 本当に助けて頂いて・・・ 

「 ・・・い、いや・・・その。 さ・・・ お前たち、席を外してくれないか。 」

バツが悪そうな表情のを隠そうと、博士は顔を逸らせジョー達に退室を命じた。

「 はい、ドクター 」

全員が博士の心中を察し 足早に医療スペースを出た。

 

 

「 ・・・ う〜ん・・・ 博士としても複雑な心境だろうなあ。

 今はともかく、当時は確かに <黒服の男たち>サイドだったわけだし。 」

「 ウム。 だが 博士、真実を知った。 そして自分の過ちを正す行動をした。 」

「 そうアル。 そやけどフランソワーズはんはほんまにどうしたんやろ。 頭の中の時計が壊れたんやろか。 」

「 時計は 逆戻りしたのかもしれない。 」

「 なにやて、ジェロニモはん? 時間が後戻りした、ゆうことかいな。 」

「 そうだ。   ジョー。 どうした。 」

ジョーは先ほどから彼女が住所を書いたメモをじっと眺めている。

「 なにか 伝言でも書いてあるのかい? 」

「 ・・・ いや。 これは ・・・ 旧いんだ。 」

「 ハイ? ふるい? 

「 うん。 この住所・・・ 前に、ぼくが初めてパリを尋ねた頃、彼女がお兄さんと住んでいた所だ。 」

「 ほえ? 間違いはったんとちがうか。 

「 間違えるって! だって ・・・ 今の住所と10年以上昔の住所を間違えるかい。

 普通 昔の住所なんて忘れてしまうことだってあるじゃないか。 」

「 ・・・ そうか! 彼女の記憶は BGに拉致される前、あるいはその時に戻ってしまったのではないか?

 うん、以前 彼女の兄上に聞いたよ。 妹は黒服の男達に拉致された・・・ってな。 」

「 ほんなら ・・・ よく聞くアレかいな。 記憶喪失たらいうヤツ・・・? 」

「 かもしれないな。 」

 う〜ん ・・・と全員が唸り声をあげ頭を抱え込んでしまった。

「 そうだ! 兄上だ、彼女の兄上に来てもらうのはどうだ? 

 彼女自身も 帰りたい、と言っていたじゃないか。  帰還したら早速連絡して頼んでみよう。 」

「 グレートはん、ほいでもなあ・・・ 」

「 なんだよ、大人。 なにか不都合なことでもあるのかい。

 あの兄上はなかなか気さくは人物だぞ? 我輩がジョーと訪ねた時も気持ちよく迎えてくれたし。

 なかなか捌けたお人だった。 なあ、ジョー? 」

「 ・・・ それは そうだけど。 でも ・・・ 

ジョーが言い淀んでいるとコクピットのドアが開いた。

 

「 ― それは あまり感心せんなあ。 」

博士が首を振りつつ 入ってきた。

「 ? 博士! 彼女の様子はどうですか。 怪我はもう大丈夫ですか!? 」

「 ああ・・・ いや。 まだ 完治はせんことになっている。 」

「 なっている・・・ってどういうことなんですか。

 昨夜は ・・・ 今朝目覚めればもう大丈夫だと仰いましたよね。 それがどうして?!」

ジョーは操縦席から腰を浮かせ、博士に詰め寄らんばかりの勢いだ。 

「 ジョーはん? あんさん、ちょいと落ち着きいや。 博士? ほんならワテは<美味しい朝御飯>の

 準備をしますよって。 御飯、食べたらフランソワーズはんもほっとするやろうし。 」

「 おお ・・・すまんな、張大人・・・宜しく頼む・・・ 

「 はいナ。 任せておくんなはれ。 皆はんも期待しとってや〜〜 」

バチン!とちっこいウィンクを残し 006は悠々と厨房に消えていった。

「 博士! 彼女の怪我はいったい・・・? 」

「 ああ。 実際はもうほぼ完治しておる。 あとは研究所に帰ってチェックするだけだが・・・

 しかし、それでは変ではないか。 」

「 変? 」

「 彼女は ・・・ フランソワーズ・アルヌール だ、と言っているしそう信じておる。

 ・・・ 003 としての記憶は全くないようだ。 」

「 ! そ、そんな ・・・ あの怪我となにか関連があるのですか。 」

「 わからん。 被弾して崖から落ちた ― 途中、潅木に引っかかったからあの程度の怪我ですんだ。

 勿論彼女がサイボーグだから、ということもあるが。  」

「 それじゃ・・・ マドモアゼルは<能力> は使えないのですかな。 目も耳も? 脳波通信も・・・ 」

「 目と耳の強化機能そのものに異常はない。 しかし ・・・ 本人がその存在を知らないのに

 どうやって使うのだね? 今の彼女は普通の、100%生身の女性、としての感覚しかない。 」

「 あ! だから怪我も <完治していないこと> になっている、ってわけですか。 

「 そうじゃ。 今は 安静を命じてある。 ともかく研究所に帰るまでは、な。 」

「 ・・・ そんな・・・ そんなことって・・・! 

 博士! それで彼女はいつ、元に戻るのですか。 

 つまりその・・・003としての記憶を取り戻す為には どのくらい掛かるのです? 」

「 わからん。 」

「 わからん・・・? 」

「 明日かもしれない。 一時間後かもしれん。 ・・・ しかし10年後かもしれない。  」

「 それなら、やはり彼女の兄上を呼びましょう。 なあ、ジョー。 」

「 グレート。 それはだめじゃよ。 」

「 どうしてです? 彼女も連絡を取ってくれって。 先ほど住所を書いていたじゃないですか。 

 兄上だって心配でしょうし。 」

「 そうだったな。  しかしやはり それは、駄目じゃよ。 」

 ふうう −−−−

博士は大きく溜息を吐くと、コクピットのシートに深く身を沈めた。

「 ・・・だめじゃ。 フランソワーズは つい数日前にパリで拉致された、と思っているのじゃぞ。

 お兄さんに会わせて ・・・ どうする? いや、兄とは思わないのじゃないか。 」

「 どうしてです? あの兄上ならすっとんできてくれますよ。 」

「 今のお兄さんの姿は 彼女の頭にある 兄のイメージ とはかなり違ってきているはずだ。 

 ・・・ ヒトは年をとるのじゃよ。 」

「 ・・・ あ ・・・ そ、そうか・・・ 」

彼らがBGに拉致され改造されてから すでに十数年が経っていた。

 

   −  ふうう −−−−−

 

ドルフィン号のコクピットは重苦しい空気で一杯になった。

「 でも これから彼女をどうするのですか。 何も説明せずにずっと研究所に閉じ込めていたら。

 今の彼女には やはり拉致・監禁されている、と思いますよ。 」

「 う〜む ・・・ そこなんじゃが・・・ 」

「 ハイハイハイ〜〜 みなはん、朝御飯あるネ〜〜 今朝はコンチネンタル・スタイルあるよ〜 」

張大人の陽気な声が響いてきた。

「 お。 ナイス・タイミング! それじゃ空飛ぶイルカ君には少々減速してもらって我々は朝食としましょうや。 

あ・・・ 誰が彼女にもってゆく? 」

「 ぼくが持ってゆく。 」

「 アイヤ〜〜 ちょと待つアルね。 ジョーはん? そないな辛気臭い顔してはったら

 フランソワーズはんが妙に思うで。 ともかく今は元気に笑うてもらわなならん。 」

「 そうじゃな。 ジョー、お前が心配なのは重々わかるがな、しばらく抑えておくれ。 」

「 ・・・ でも! ぼくは彼女の側に居たいです! ぼくは ・・・ ぼくが彼女を護れなかったばかりに・・・」

「 ジョー。 ミッション中の負傷は 誰に責任があるのではないぞ。

 今は なんとかしてフランソワーズが 元の状態に戻れるよう考えなければ。 

「 ほい、それでは我輩が給仕を務めよう。 なに、ちょいとお喋りしてあのコのほっぺを桜色に

 しておくさ。 」

「 ― グレート。 お願いするよ。 なるべく早く帰還しよう。 手動操縦に切り替えるから。 」

ジョーはすたすたとパイロット・シートに歩み寄り、計器類の調節を始めた。

「 アイヤ〜〜 ジョーはん? 御飯はどないするねん。 」

「 大人 ・・・ すまない。 後から頂くよ。 」

「 そやかて ・・・ あ! そやそや・・・ こないに小そうにしておくさかい、片手で摘まんでや。」

コック長は指で小さい丸をつくってみせ、そのまま厨房に駆けていった。

「 皆 ・・・ ありがとう! 」

「 ジョー。 俺たちは仲間だ。 仲間のため、考えるのは当たり前だ。 」

「 ・・・ うん ・・・ うん、 そうなんだけど・・・ 」

「 今は安全に帰還することだ。 」

「 そうだね。  ― では ドルフィン号、手動操縦に切り替えます! 」

ジョーはしっかりと前をみつめ、操縦桿を握った。

 ・・・ 一瞬、ほんの僅か、ドルフィン号は身を震わせたがそれを確認したのはパイロットだけだった。

 

  

 

「 ・・・ まあ! 明るくて・・・ なんて素敵なお家なの? 」

フランソワーズは ギルモア邸のリビングに足を踏み入れるなり、感嘆の叫びを上げた。

とりあえず、もう少し静養して・・・と博士は彼女を説得しなんとかギルモア邸へと帰還した。

住み慣れた我が家を、彼女が一番好んでいるリビングを ・・・ フランソワーズは物珍し気に

見渡し、 ほう・・・と溜息をついている。

「 ・・・ 綺麗なお宅ですのね。 あ、ここは個人の御家ではなくてやはり医療機関ですか。 」

「 え・・・そ、そうです。 どうぞ寛いでください。 」

ジョーは決まり文句しか話せない自分に歯噛みをしつつ、彼女を丁重に案内した。

「 あなたのお部屋は・・・ 」

「 ああ、ジョー。 その前にな。 お嬢さん、お家に電話なさい。 兄上も直接あなたのお声を聞けば、

 安心なさるじゃろうて・・・ 」

「 ・・・ え、いいのですか!? 」

フランソワーズの頬がぱっと紅潮した。 

「 勿論。 さあ、そうぞ。 今なら時差でも突拍子もない時間ではないから・・・ 」

「 博士は彼女の肩をそっと押して、 リビングのソファの方向けた。

ジョー達は皆、携帯は持っていたが、博士は昔風な固定電話を好んだ。

それでリビングの隅には この家の<代表電話> がちんまりと設置されているだ。

ジョーは すぐにコードを伸ばし電話機をテーブルに運んだ。

「 はい、どうぞ。 お嬢さん 」

「 まあ、ここのお電話を使ってよいのですか? ・・・ 凄い! こんな電話、見るの初めてだわ。 」

フランソワーズはリビングの固定電話を繁々と眺めている。

「 そ・・・そうかな。 これはあまり使わないのだけど。 」

「 そうなんですか? ・・・あ、さっき使ってた小さな機械は無線かなにかですの? 」

「 え・・・?  あ・・・ああ、そ、そうです。 ちょっと ・・・仕事で使うんだ。 」

「 へえ・・・ あ、それじゃ・・・使わせ頂きますね。 」

「 ・・・ どうぞ。 」

ジョーは電話と彼女の方に押しやり、博士と共に席を外した。 

 

≪ フランソワーズ!! ぼくだ、ジョーだよ! 答えてくれ・・・!! 

 

ジョーは最大レンジで脳波通信を飛ばしたが 今回も反応はなかった。

 

   きみは 本当になにもかも忘れてしまったのかい・・・

   

帰還完了前にドルフィン号から ジョーは彼女の兄・ジャンに先に連絡を入れていた。

怒鳴りつけられる覚悟で、事の経緯を打ち明けたのだがジャンは至極冷静に対応した。

「 ・・・ あの。 本当にすみません。 妹さんを護れなくて・・・全てぼくの責任です。 」

「 君の責任ではないだろう。 戦闘時の負傷だ、本人の不注意ということもある。 」

「 ・・・ しかし・・・! 」

「 ともかく俺にできることを言ってくれ。 なんでもするから。 」

「 はい、ありがとうございます・・・ 実は博士がですね・・・ 」

ジョーはあまり得意ではない英語に苦心しつつ、これから研究所に帰還すること、

そしてフランソワーズへ兄に電話を入れるよう勧めるつもりだ、と説明した。

「 ・・・ 了解した。  ふふん、せいぜい若作りの声でも練習しておく。 あとでまた連絡をくれ。 」

「 はい、判りました。 お願いします・・・ジャンさん・・・ 」

「 こちらも妹を頼む。 」

ジャンはぼそり、と言って通話を切ったのだった。

 

 

 

「 ええ、ええ・・・ そうなの! でももう大丈夫。 ちゃんと治療してもらって・・・

 うん・・・ お兄さんこそ、怪我しなかった? そう・・・・? ああ、よかった・・・ 」

「 うん ・・・ うん ・・・ お医者様のオッケーが出たらすぐに帰るわね! 

 あら、お迎えなんかいらないわよ。 うふふ・・・この前と反対ね。

 うん・・・ うん、うん ・・・ じゃあ ・・・うん。 また、ね お兄ちゃん・・・ ベーゼ♪ 」

チュ・・・っと受話器の側でキスの音をたて、彼女はそっと受話器を置いた。

大きな溜息が気のつかぬうちに口から零れていた。

 

兄は ・・・ 先日の演習にゆく前とほとんど変わらない声音で彼女の無事を喜んでくれた。

叱られるかな、と覚悟していたのだが・・・ 兄は終始機嫌がよかった。

 

   お兄さん ・・・ もうすぐ会えるわね・・・! ああ・・・ よかった!

 

彼女はそのまま両手で顔を覆いしずかに涙を流していた。

 

「 ・・・ お嬢さん? 終わりましたかな。 兄上はご在宅でしたか。 」

「 ええ。 ええ・・・ すぐに出てくれました。 あ、兄が皆さんに宜しく、って・・・ 」

「 あ、ああ・・・・ いい兄上ですなあ。 さ、さあともかく一息入れてください。 

 ジョー、ご案内を頼む。 うん、下の景色のよい部屋がいいじゃろう。 」

「  え・・・? 下・・・? 」

「 マドモアゼル? 我輩がご案内いたしますぞ。 なに、海が一番よく見える部屋です、どうぞ? 」

グレートが さっと進み出て彼女を 誘ってくれた。

「 ありがとうございます。 それじゃ・・・ 」

やっと取り戻した笑顔で フランソワーズはきょろきょろしつつも落ち着いた様子だった。

 

「 博士! どうしてわざわざ客用の部屋を使うのですか? 彼女自身の部屋がちゃんとあるのに。 」

「 ジョー。 一応ここは医療施設、ということにしておこうと思ってな。 」

「 そう・・・ですか。 あ、いけね。 ジャンさんともう一度話さないと・・・ 」

ジョーは釈然としない面持ちのまま、先ほどまでフランソワーズが握っていた電話を取り上げた。

 

 

どうぞ、と明るい部屋に彼女を案内するとスキン・ヘッドの男は恭しくお辞儀をし出て行った。

「 ・・・わあ・・・ このお部屋もきれい・・・ 

南側に大きく開いた窓からは空を海が目路はるか悠々と広がっていた。

「 なんて・・・素敵! あら・・・このお洋服・・・着てもいいのかしら? 」 

ふと気がつけばベッドの上に夏物らしいカット・ソーとコットン・パンツが置いてある。

どれも新品のようだった。

「 そうよねえ・・・わたしってず〜っと医療着にガウンを着ているだけですもの。

 洗面所は・・・ ああ、この奥についているのね。 それじゃ ・・・ シャワーでも浴びて着替えようかな。 」

医師だ、といった老人は あとはゆっくり休みなさい、と言っただけだった。

フランソワーズは入り口の鍵をもう一度確認すると、奥のバス・ルームに入った。

 

「 ふうん・・・? あら、Dior の石鹸・・・ いい香りねえ・・・ 」

さして広くはないが清潔なバス・ルームに満足し、 彼女はするりと医療着を脱いだ。

足元の落ちたそれを拾おうと身を屈めた時 ― 彼女の動きが 固まった。

目の前にはすんなりとした白い脚。   ・・・ しかし。

「 ・・・ え? ・・・ この・・・足 ・・? わ・・・たしの足 じゃ ・・・ ない・・・・! 

 わたしの足・・・指の関節が大きくなっていてタコやら肉刺( まめ )があって。

彼女はそうっと触れてみる。 なにもない・足は たいそう頼りなく柔らかかった。

「 違うわ・・・! そうよ、この前、左の親指、半分爪が黒くなっていたはず・・・ 」

ごくり・・・と咽喉がなった。

ぱらぱらと全てを脱ぎ捨て、部屋にもどり鏡に背を向けてみる。

 

   ないわ・・・! 背中の傷跡が・・・ ちっちゃい頃、 ブランコから落ちて酷い怪我して・・・

   ママンがすごく心配していた あの傷 ・・・が ない・・・

 

   わたし ・・・ だれ・・・?? 

 

明るい夏の光が 燦々と差し込む部屋で。

亜麻色の髪の乙女は自らの輝く裸身をさらしたまま ・・・ 蒼ざめ、震え 立ち尽くしていた。

 

 

 

Last updated :  08,25,2009.                     index         /         next

 

 

 

*********  途中ですが・・・

すみませ〜〜ん  またしても終わりませんでした (;O;)

えっと・・・一応原作バージョン ( 第一世代設定はナシ ) なのですが

原作・あのオハナシの 亜バージョン?とでも思ってくださいませ。

内容はあのオハナシとは違っていますが・・・ シチュエーションを拝借です(^_^;)

ですから ジャン兄様〜〜 ご登場です (声だけだけど・・・ )

なんとか ヘタレでない・ジョー君 になって欲しいなあ〜〜と願っているのですが。

お宜しければあと一回、お付き合いくださいませ <(_ _)>

なにか一言でもご感想を頂戴できましたら 最高〜〜〜〜♪です <(_ _)>