『  白いスカーフ  ― (2) ―  』

 

 

 

 

 

 

     ゴ −−−−   ぽんぽ〜〜ん    き〜んこ〜〜ん 

  

   コツコツ  がやがやがや  ごろごろごろ〜〜〜

 

どこの国でも 国際空港は独特の雰囲気を持っている。

さまざまな音で賑わっているのは共通だけれど  なにか ―

空気の色 というか 雰囲気 が それぞれ違う。

 

だから その地に降りたった時、 ジョーは必ず深呼吸をするのだ。

 

        ふう〜〜〜  

 

   ・・・ ああ やっと着いたよ ・・・

   やっぱ ドルフィン号のが 楽だよぉ〜〜〜

 

   へへへ 食事は美味しかった♪

 

ジョーは 布製のバッグを肩に掛けると送迎デッキに足を踏み入れた。

空港のセキュリティ・チェックは イワン発明の謎の装置?で

なんとか セーフ で潜り抜けた。

 

  やれやれ ・・・ な〜〜んのヤマシイとこはないんだけどさ・・・

  この身体は 金属のカタマリ だもんなあ 

 

巧妙にコーテイングされてはいるが 中身は 機械 なのだから。

 

  こうやって普通に過ごせるって スゴイことなんだよなあ

 

少しばかり感傷的になったけれど すぐに気持ちを切り替えた。

ぐだぐだ落ち込んでいても仕方無いことなのだから・・・

 

「 え〜〜と・・・ グレート〜〜〜  どこかなあ 」

 

出迎えの人々を見回し あの特徴あるハゲ頭を探した。

二人の計画では ヒースローで落ち合い、レンタカーで

北上する予定だ。

 

「 うわあ〜 混んでる・・・ いろんな色のアタマがごっちゃり・・・

 なんか 目がまわってきた・・・ ぐれ〜と〜 ・・・

 ・・・ 脳波通信で呼んじゃおうかな ・・ 

 あ! いっけね〜 荷物、うけとらなくちゃ 

 

ジョーは ばたばた荷物のコーナーに駆けていった。

しばらく待って やっと見覚えのあるスーツケースが出てきた。

「 あ〜〜〜 あったぁ〜〜 よかった・・・ えい よっと 」

 

   ごろごろごろ。  ごろごろごろ

 

スーツケースを引っ張りまた送迎デッキの方に戻ってきた。

「 う〜〜ん  ぐれ〜とぉ〜〜  どこにいるんだ〜〜い  」

ちらり、と時計をみれば ―

「 ?? なんだ??  ・・・ あ 時差調整忘れてた ・・・ 」

ごそごそ もぞもぞ〜〜 やっていると・・

 

    ぽん。  背中を軽く叩かれた。

 

「 ほい Boy〜〜 ウェルカム 」

「 あ ぐれ〜と!!  よかったぁ〜〜 」

「 ようこそ、我らが大英帝国へ。 さ、この足でまた海を越えるぞ              ! 」

「 え?  湖沼地方へ行く・・・予定だよね? 」

「 あ〜 そりゃ 後回しさ。  我らの、 いや Boy,お前さんの

 目的地は 花の巴里 だ 

「 え・・・ ぱ ぱり・・・? 」

「 そうさ。 急げ! シャルル・ドゴール行きの便がでるぞ 

「 え  ・・・ な なんで 」

「 なんで じゃない。  かの乙女の元に 進め! 

 おらおらあ〜〜 ここはぐれーとオジサンに任せておけ  

「 は はい ・・・ 」

「 ゆくぞ〜〜〜 目指すは ××ゲートだあ〜 」

「 わぁ・・・ 」

 

   ダダダダ 〜〜  ごろごろごろ〜〜〜  

 

一見 叔父・甥にも見える二人は 空港のロビーを駆け抜けていった。

 

 

   バタバタ ・・・  ドン  ボスンッ 

 

「 だひゃあ 〜〜  間に合ったぁ〜〜  

「 ・・・ は ははは  ははは 」

二人は シャルル・ドゴール行きの便の最終搭乗者になっていた。

「 お客さま? 御着席ください、そしてシートベルト着用を 

 お願いします 

CAのオバサンが ずい、と迫ってきた。

「 うほ?  お〜〜 申し訳ない〜〜 マダム 」

「 ・・・ あ あ す すみません〜〜〜 」

オトコ共は あたふた・・・席に着いた。

「 シート・ベルト ぷり〜ず! 」

CAさんは 二人の側に張り付きがっちり見張っている。

「 アイアイ・サ〜〜 いや マム。 ( こわ・・・ ) 」

「 あ えっと〜〜?  どこだっけ?? 」

中年氏は難なくベルト着用したが 茶髪青年はまごまごしている。

「 ・・・ 」

「 う ひゃ ・・・? 」

オバサンは むんず!と青年を押さえつけると シート・ベルトを引っぱりだし

ぎゅ がちゃり、と装着させた。

「 よろしいですか お客さま? 

「 は は  はい ・・・ 」

「 めるし〜〜〜 」

CAさんは に〜〜っこり微笑を賜ると のっしのっしと

通路を歩いていった。

 

   ・・・ ひえ〜〜〜 ・・・ こわ ・・・

 

青年、いや ジョーは冷や汗を流し、座席に固まっていた。

「 おい ・・・ boy? しっかりしろ〜〜 

「 ・・・・ え あ はい ・・・ 」

「 お〜〜 ランに入ったな〜〜  テイク・オフ だな 」

「 え  あ  うん・・・ 」

「 な〜にうろたえてるんだ?  ドルフィンのパイロットが 」

「 ・・・ 自分で操縦するのと、のっかってるのとは違うよぉ 」

「 ま な。 それに旅客機は 急発進も急上昇もないからな 」

「 ・・・ だってしょうがないじゃないか。

 敵を振り切るためには 〜〜 」

「 はいはい  あ〜〜 快適な旅、といっても一時間もないが

 楽しもうぞ 」

「 あ う  うん ・・・ 

 

  tea or coffee ?  やがて若いCAさんが軽食を配り始めた。

 

「 お〜〜 お美しいマドモアゼル〜〜 tea please ? 」

「 え?? なに ?  あ ・・・ お茶かあ ・・・

 え ぼく?  あ〜〜〜 て てぃ〜 ぷり〜〜ず ・・・ 」

「 ふん ・・・ やはりフランス機のは 香水の匂いがするな 

「 は??? 」

「 ・・・ お茶はわが祖国に限る、ということさ。 

「 よくわかんないけど  えへへ〜〜 このクッキー 美味しいな 」

「  はあ ・・・ お主はシアワセだなあ 」

「 うん、こんなオイシイくっき〜〜 幸せ♪

 お腹 ぺこぺこなんだ〜〜〜  」

「 は・・・ 健全なる青少年よ〜〜  しばしの幸福に

 浸ってくれたまえ 」

「 うん♪  うっわ〜〜 こっちはチョコチップだあ〜〜 」

「 ふ ・・・ 」

グレートは 紅茶を置くと Times紙を広げた。

「 あ ・・・ グレートぉ・・・ それ 全部食べないの? 

 もらってもいい? 」

「 ・・・・ 」

英国紳士は 新聞紙越しに 眉を上げ微かに頷いた。

「 わ サンキュ♪ ・・・ 〜〜〜んま〜〜〜 

 

    ゴ −−−−−   機は水平飛行に安定した。

 

「 ん〜〜  ああ おいしかった♪

 ふぁ〜〜〜〜 ・・・ なんか眠くなってきたぁ・・

 時差調整・・・ サイボーグでも辛いんだよなあ  

ジョーはもぞもぞし 頭上のダッシュ・ボードからブランケットを取りだす。

「 ぼく 昼寝するから〜〜 ヨロシク 」

「 ・・・ あまり眠れんぞ  」

「 ・・・ ふぁ ・・・ ぁ  う  ん ・・・ 」

グレートは新聞紙から顔を上げたが 茶髪アタマはこっくり毛布の中に

埋まっていた。

「 ほ・・・ なんとま〜〜 無防備な ・・・

 しかし カノジョに逢う心づもりはできておるのかね?? 

 ん? これじゃ な〜〜んも考えておらんな  ふ ・・・ 」

 

  バサ ・・・  スキン・ヘッドは新聞を繰った。

 

    ゴ −−−−−−−   機は ドーバーを越えてゆく。

 

 

「 ・・・?  ここ ・・・? 」

「 ほら 行くぞ! とっととしろ お前さんは パスポート必要だぞ 」

「 え・・・ だって 湖沼地帯へゆくって 」

「 はあ?  最初に言ったぞ ! ここは仏蘭西、花の都・巴里だ 」

グレートは席を立つと さ・・・っと上着を羽織ると颯爽と通路を

歩いてゆく。  手にしているのは読み終えたTimes紙のみ。

「 あ あ〜〜〜 待って 待ってくれ〜〜  

 えっとえっと・・・ ぼくのバッグ?  あ〜〜 ここだ・・・

 雑誌と貴重品・・・ スマホ スマホ〜〜 どこだ?

 あと・・・ パスポート パスポート? どこに入れたっけ?? 」

がさごそ おたおたしている間に ほとんどの搭乗客は出ていってしまった。

 

「 ムッシュウ? お手伝いしましょうか 

 

見かねたのか、または あまりのドン臭さに呆れ果てたのか・・・

あの! オバサン・CAさん がのっしのっし とやってきた。

「 あ! あ〜〜 だ 大丈夫 いや あの おっけ〜〜ですぅ 」

ガサガサ ガサ〜〜  彼はモロモロを手荷物用のバッグに詰め込むと

あたふた ・・・ 搭乗口に向かった。 乗るのも 降りるのも 最後・・・

 

「 ぐれ〜と??  どこだあ〜〜 

 

なぜかぐっと華やかな雰囲気のロビー、ジョーは きょろきょろ〜〜

辺りを見回す。

EUのパスポートを持つグレートとは 別のゲートから出てきたばかりだ。

手荷物を探しだし やっと周りを見る余裕が出てきた。

 

    ふう〜〜〜 ・・・  え パリ ??

 

空港の雰囲気が なんとなく華やかだ。 

女性が多いのか? とも思ったが 特にそんなことはない。

多くの男性も行き交っている ・・・ が。

皆 なんとな〜〜く華やかなのだ。  

服装とか髪の色云々 ではもちろん、なく 雰囲気が 違う。

 

   あ っは ・・・ やっぱ < 花の都 > なんだ〜〜

   うわ・・・ 美人〜〜〜  すっげ〜〜〜

 

   ・・・あ!  グレート〜〜〜

 

ジョーは ぼ〜〜っと 金髪美女を眺めていたが 慌てて探し始めた。

 

「 おい 挙動不審青年! 」

「 ひえ?  あ あ〜〜 グレート・・・ よかった 」

彼の真ん前に 見なれたスキン・ヘッドが立っていた。

「 は! 何回、同じことを繰り返すのだね。 」

「 あ す すいません ・・・ 慣れないもんで 」

「 ふん お前さんもなあ どんどん世界にでにゃ いかん!

 マドモアゼルに相応しいオトコになれ。 」

「 う うん・・・って な なんのことかなあ〜 

「 ふんっ ! 」

ジョーのみえみえ〜〜な誤魔化しは グレートオジサンに一蹴された。

「 無駄なこと、言ってる暇はないぞ。

「 え  え??  あ あの〜 なんでパリなの 

 湖沼地帯へ ネッシーの写真、撮りにゆこう〜 って言ってたじゃん 」

「 そりゃ いつだってできるだろ。

 おぬしなあ〜  兄上に会ってきちんと申し込みをしろ 

「 ?? な なんの申し込み ?? 」

「 なんの・・・って。  マドモアゼルとの交際 さ。

 おぬしらの言う < 付き合わせて > ください ってことだ。 」

「 ・・・ そ そ それを あの お兄さんに? 」

「 左様。 本来なら先方の父上に申し込むのだぞ?

 その際 一発や二発、覚悟の上だ。 」

「 ・・・ い いっぱつ や にはつ・・? 」

ジョーは 無意識に自分の顎を擦っている。

「 当たり前だ。 天塩にかけて育てて愛しい娘を 横から

 掻っ浚ってゆくわけだからな。  そりゃ 父親としては

 一発 二発 お見舞いせにゃやり切れんよ 」

「 ・・・ そ そっか な ・・・ 」

「 ああ そうだ。  父親とは そういうものだ。

 あの兄上は父親代わり なのだから 当然だ。 

「 ・・・ ぼく も 殴られる かな 」

「 一発で済めば ありがたいと思わんとな 」

「 ・・・ ひ  え 〜〜 」

「 マドモアゼルの兄上は 厳しいが解らん御人ではないぞ。

 誠心誠意 申し込め 

「 ・・・ う  うん ・・・

 あ グレートはジャンさんを知ってるの? 」

「 おう。 年齢に似合わずしっかりした考えの持ち主だな。

 さすが空軍軍人、 と思ったぞ 

「 そ そうなだ ・・・ ぼくなんか ― 気にいらないよね 」

「 ジョー? お前さん マドモアゼルを本当に好きなのか? 」

「 ・・・ す す 好きデス・・・! 」

「 よし。 それならオトコらしく腹を括れ。 

「 え・・・ お腹をなにでしばるの? 」

「 おお・・・ これはお前の国での言い回しだぞ?

 う〜〜 要するに 決心しろってことだ 」

「 ・・・ う〜〜 」

「 さ 行くぞ。 一言でも気の利いた言葉を考えておけよ 」

「 ・・・ ウン 」

颯爽と行くグレートの後を ジョーはぼそぼそ・・・付いて行った。

 

 

 

  

 ― さて 少しばかり日にちは遡る。

 

「 嬉しいわ フランソワ―ズ! 私たちのスタジオへようこそ〜〜 

「 うふ・・・ ボンジュール? 

フランソワーズは 古いビルの前に立っていた。

オープン・クラスで知りあった ミストレスの女性が出迎えてくれた。

「 そんなに広くないし古いけど ・・・ 私たちのお城なのよ

 どうぞ〜〜〜 」

「 は はい ・・・ 」

大きなバッグを抱え、フランソワーズは彼女についていった。

 

   カタン。   半地下のスタジオは 少しひんやりしていた。

 

「 皆〜〜 友達を連れてきたわ〜  フランソワーズさん ! 」

「 初めまして・・・ フランソワーズ・アルヌール といいます 」

 

   よろしく〜〜  わお 新人サン?  やあ ようこそ〜〜

 

数人の男女が フロアでそれぞれストレッチしたり 軽く動いていたりしている。

皆が 笑顔で迎えてくれた。

 

「 あ よ よろしく・・・ 」

「 ふふ・・・ 彼女、上手よ〜〜 日本で踊ってるんですって 」

「 ジャポン? わ〜〜 ヨーコ・モリシタ の国ね? 」

「 は はい ・・・ 素晴らしい方です。 

「 俺たちと一緒に作品、創ろうぜ 」

「 ふふふ ・・・ あ〜〜〜 そうだわ 

 ねえ フランソワーズ? レッスンは受けてきたんだから

 ちょっと踊ってみて?  自己紹介代わり に 」

「 え え〜〜?? 今 ・・? 」

「 そうよ ・・・ あ ねえ フィリップ〜〜  お相手、頼める 」

「 なに ルル〜〜 

金髪の青年、細っこい青年が 寄ってきた。

 

    あら ・・・ ステキ ・・・

    ・・・ なんとなくジョーに 似てる かも

 

「 フィルもね、クラシック得意だから・・・ そうねえ 

 なにがいい? 

「 あ〜〜 僕、できれば 『 海賊 』 か 『 ドンキ 』 

 がいいなあ  君は? えっと ・・・ フランソワーズ 」

「 え え???  ・・・ あの それじゃ ・・・

 『 海賊 』 ・・・ 」

「 わお〜〜 オペラ座版、知ってる? 」

「 は はい。 それで習いましたから 」

「 じゃ ・・・ ルル〜〜 音 ある? 」

「 あるある・・・ スマホに落としてあるから。 ちょっと待ってね 」

「 おっけ〜 その間に 君 あ〜 フランソワーズと

 ちょいと合わせてるね 」

「 任せるわ  フランソワーズ いい? 」

「 え え?? 今から ですか? 」

「 お願い〜〜  あ 更衣室は そこ。 トイレは右。 」

「 はい! 」

フランソワーズは 覚悟を決めて更衣室に向かった。

 

「 アダージオ で パンシェ〜 から ひっくり返って 」

「 え ・・・えっと ・・・・ このタイミングで ? 

「 ん!  いい感じ 

フィリップは上手に フランソワーズをサポートした。

「 ヴァリエーションは 好きな振りでどうぞ。 」

「 はい。 」

「 コーダ ・・・ グラン・フェッテするよね? 」

「 え ええ 」

「 うん じゃ 最後は・・・ どうする、リフトしよっか? 」

「 ・・・ あの コンラッドは ポーズ ですよね? 

「 あは はいはい 寝っ転がるよ〜 」

「 きゃ ふふふ〜〜 」

「 あ いい笑顔だね〜〜  じゃ ざっと流してみる? 」

「 はい お願いします 」

「 ん。 ルル〜〜 音 流してくれる〜 」

「 おっけ 」

 

   ♪〜〜〜♪♪   ドリゴの優雅な音楽が流れだした。

 

フランソワーズは フィリップと共に 要所要所の振りを

確認し合う。

 

「 〜〜〜 で ラスト!  ・・・ いいかな 」

「 ん ・・・ はい お願いシマス 」

「 よ〜〜し   皆 〜〜〜 見てくださ〜〜い 

フィルは陽気に仲間たちに声をかけた。

 

 おう〜   わ♪ GP ( グラン・パ・ド・ドゥ ) なのね〜

 お 姫君登場〜〜  し〜〜静かにして

 

稽古着のまま、男子も女子もスタジオの隅に並んで座ってくれた。

 

「 ウチのスタジオに って誘ってるフランソワーズさんと

 フィル の 『 海賊 』 で〜す。 ご覧ください 」

ルルが短く紹介してくれ 二人のコンサートが始まった。

 

  ザ。  フィリップは 情感たっぷりに中央でポーズを作る。

 

  そして ― 優雅な音ともに フランソワーズがパ・ド・ブレで登場する。

 

メドゥーラ姫 と 海賊コンラッドの 魅惑の舞が始まった。

フランソワーズは アダージオを踊り始め すぐに気がついた。

 

   こ  このヒトは ・・・ すごいわ ・・・!

   初めて組んだのに 完全にわたしのタイミング、わかってる

 

   うそ ・・・ なんて自由に踊れるの 〜〜〜

   軽いわ ・・・ 羽根が生えてるみたい!

 

   ・・・ ああ 最高 〜〜 ああ 素敵 !

 

   わたし メドゥーラ姫よ!

   さあ わたくしに跪くのよ 海賊・コンラッド!

 

 

フランソワーズは 完全に踊りの世界に浸り パートナーに

身を任せ 時に リードしていた。

 

ヴァリエーションは 思いっきり踊った。

腕も脚も軽く 自分でも驚くほど高く上がる。

イタリアン・フェッテも 余裕を持って32回、続けた。

フィリップは 稽古場中、所狭しと跳びまくり〜〜

元気いっぱいヴァリエーションを踊った。

 

   さ あ  コーダ ね!

 

   ・・・ こんなに軽く踊れるなんて・・・ !

   ああ  最高 〜〜〜  !!!

 

フィリップ、 いや コンラッドと華やかにテクニック合戦?を繰り広げ

稽古場でありながら そこは輝ける舞台になっていた。

 

   〜〜〜 ♪♪  姫君と海賊は華麗にラストのポーズを決めた。

 

 うお〜〜〜 すげ〜〜  ステキ〜〜   ブラヴォ〜〜〜

稽古場は 拍手と歓声でいっぱいになった。

 

   あっは やったネ!  うふふ メルシ〜〜〜

 

フランンソワーズとフィリップは エールの微笑を交わしてから

< 観客 > に向かい 優雅にレヴェランスをした。

 

「 〜〜〜 君、 すご〜〜い よ〜〜〜〜 

「 ・・・ え  そ そう です か? 」

「 さいこ〜〜  だ 」

フィリップは 改めてフランソワーズを高くたか〜〜く リフトした。

「 きゃ・・・ リフト、上手ですね 」

「 君のタイミング、最高だよ 」

「 ね! 一緒に作品、創ってゆかない? 」

ルルも 興奮した面持ちだ。

「 是非〜〜〜〜 参加してほしいなあ 

「 日本のバレエ・カンパニー は 許可してくれるかしら 」

「 俺 振り付けしたい!  君を自由に踊らせるよ 」

スタジオのメンバー達が わ・・・っと押し寄せる。

 

    ・・・ すごい ・・・ 

    こんな世界を ずっと探していたの かも ・・・

 

    この世界に 加わりたい !

 

「 フランソワーズさん。 私たちのカンパニーに加わってください。 」

ルルが 満面の笑顔で手を握ってきた、しかし真剣な声音だ。

「 あ あの・・・ わたし クラシックしか踊ったこと、なくて・・・

 創作の作品は できるかどうか 」

「 な〜に言ってんだい〜 君のそのテクニックとセンスがあれば

 なんだってできるよ!  」

「 そうだよ さあ僕たちと一緒に 新しい踊り の世界を作ろう! 」

「 あ  ・・・ あの ・・・ 」

なんだか若いメンバー達の熱意に押し切られそうだ。

 

「 あ〜〜 皆〜〜 ちょっとストップ。 彼女、困っているわよ 」

さすが、というか 代表を務めるルルが 割って入ってくれた。

「 フランソワーズ。 本気で考えてみてくださる?

 日本のカンパニーのことや 家族のこともあると思うから

 今 すぐに返事を、とは言わないわ。 本当は 言いたいけど 」

 

   わは〜〜ん  パチン、 と フィリップがウィンクをする。

 

「 あ はい・・・ 少し考えさせてください。

 すごくすごく魅惑的なお誘い、ありがとうございます。 

「 ま ね〜  貴女にとっては 異世界に飛び込むようなものでしょ。

 戸惑いは わかるわ。 

「 でも! 新しい世界って  やってみる価値 おおあり! 」

フィリップは 彼女の周りを ぴょんぴょん跳ね周る。

もうすっかり興奮しているのだ。

「 ・・・ できるだけ 早くお返事します。 

 

  待ってるよ〜〜〜   来てね〜〜〜  また ね!

 

若いメンバー達は 名残惜しそうに手を振ってくれた。

 

     ・・・ !  新しい世界 ・・・ !

     そう こんな世界を こんな活動を

     ず〜〜っと探していた のかもしれないわ

 

     ・・・・ !

 

     で も。 わたし は ・・・ 

 

     それでも 踊りたい!!!

 

頬に手を当てれば 熱く高揚している。

 

     ここで 踊って ― 生きてゆく

     ・・・ それは 許される こと?

 

す・・・っと 背中に冷えたものが転げ落ちた。

 

     わたし  ・・・ は。

     本当の姿は ―

     

     フランソワーズ・アルヌール  じゃ ないのよ 

 

     機械仕掛けの人形 ― コッペリア

     そうよ ニンゲンじゃないの

 

     ・・・ サイボーグ 003 ・・・ 

 

たった今まで 燃え盛っていた生命の炎が すう〜〜っと萎んでいった。

 

 

 

 ― さて その数日後

 

「 いやあ 御宅にまで押し掛けまして 申し訳ない。 」

「 いや ようこそ ミスタ・ブリテン! お久しぶりです。

ジャンは 訪ねてきた英国紳士を固く握手をしていた。

「 先日のパリ公演、 拝見しました。 

 俺、貴方の 『 リア王 』 最高だと思います。 」

「 おう これは素晴らしい評価を忝いです。 」

グレートは 人気役者としてにこやかに会釈をした。

「 次は できたら 『 オセロ 』 を拝見したいです。 」

「 ・・・ 」

役者は 意味有り気な笑みと共に 会釈を返した。

 

「 あ そうです、 これが。  おい ジョー ? 」

「 ・・・ あ ・・・ あの 」

ジョーは グレートの後ろから現れると 黙ってぺこり、とアタマを下げた。

ぐっと下腹に力を入れ ジョーはジャンの前に立つ。

「 こんにちは。  あの ・・・ 御久しぶりです ジャンさん。 

ジャンは しげしげと茶髪の青年を見つめる。

「 ジョー・シマムラ だな 

「 は はい。  あ の。 お願いがあります 」

「 ふん ? 」

「 フランソワーズ さん と お付き合い させてください。 」

「 付き合い?  遊びでってことか 」

「 ち 違います!  ぼくが 彼女を 彼女の幸せを護ります。

 ぼくが この身に代えて護ります! 」

ジョーは 背筋を伸ばし、かっきりと顔を上げている。

ふうん・・・? と ジャンは少し柔らかい表情を見せた。

「 ですから お願いします! 」

「 ・・・ 俺は認めてやる。 でも 決める のはアイツだ。

 アイツの ファンの意志を一番に尊重する 」

「 はい。 フランソワーズが ノーと言えば ぼくは ・・・

 それを尊重して ・・・ 身を引きます。 

「 諦めるのか 」

「 彼女の幸せが 一番の望みです。 」

「 ファンは今 新しいカンパニーに誘われているんだと。 」

「 あ バレエの・・・? 」

「 ああ。 だから直接 はっきりアイツに言ってくれ。 その なんだ・・・ 」

「 はい。  ジャンさん。 お兄さんにお願いします。

 妹さんとお付き合いさせてください。

 将来のこと、前提に です。 」

「 それは ファンと結婚する、ということか 」

「 は はいっ ! 」

「 ― 決めるのは アイツ自身だ。 俺は それがどんな決断であれ

 ファンの決意を受け入れ尊重する。 

「 わかりました。  ありがとうございます。 」

ジョーは 再びぺこり、とアタマを下げた。

訪問者たちは 静かに辞去していった。

 

 

フランソワーズが帰宅した頃 辺りはそろそろ暮れだし、家々の窓には

灯が点り始めていた。

「 ただいまあ・・・ ああ 疲れた 

 ねえ 聞いて!  今日ね〜 フィルと踊って〜 」

勢い込んで話す妹を 兄はずい、と遮った。

「 ― おい。 アイツが来たぞ 」

「 ?? 誰? 」

「 お前には連絡 してないのか 」

「 誰? ・・・ 前の稽古場のヒト? 」

「 ちがう〜  アイツさ。 日本から 」

「 え!  ジョー 来てるのっ?? 」

「 ああ。 ミスタ・ブリテンと一緒に来た。 」

「 うそ〜〜〜 全然教えてくれないで〜〜〜 

 ね! 今 どこにいるの? ホテル どこ?? 」

「 ・・・ 携帯の番号とか 知らんのか 」

「 !! 」

フランソワーズは 荷物を放りだしスマホを取りだした が。

「 あ もう ・・・ やだ〜〜〜 ジョーってば電源 切ってるぅ〜〜 

「 お前らの間で直接連絡 できるんだろ? 」

「 ― そういうモノは 普段は使わないの! 

 ねえ〜〜〜 どこに滞在してるの? 」

「 ・・・ 」

ジャンは メモを一枚、差し出した。

「 ! メルシ〜〜〜〜 お兄ちゃん ! 」

「 会って ― きっちり話をしてこい。 」

「 え? ええ  とにかく会ってくる〜〜〜

 ありがとう〜〜〜 お兄ちゃん! 」

抱き付いてきた妹を 兄はちょいと切ない想いで抱きかかえた。

 

「 行ってこい 

「 うん!  メルシ〜〜〜 」

 

バッグだけを持ち、白いマフラーを撒き直すと

フランソワーズは再びドアから出ていった。

 

   カンカン カン  カン ・・・・

 

階段をおりる妹の足音が 次第に小さくなってゆく。

それは ジャンの元から去ってゆく音でもあるのだ。

 

   ・・・ ファン ・・・

 

   ファンション!

   こんどこそ 幸せに向かって走れ ・・・

 

   ・・・ 白いスカ―フ  か ・・・・

 

ジャンは 静かに妹が出ていったドアをじっと見つめていた。

 

   

 

  カサ コソ  カサコソ ・・・

 

公園で 鈍色の空の下、マロニエはすっかり葉を落としてしまっている。

晩秋の午後、太陽はとっくに姿を見せてはいない。

足元で微かに鳴るは 朽ちた枯葉 ・・・

 

ジョーとフランソワーズは ゆっくりと歩いている。

 

「 なんか いつかもこんなことが あったね 

「 ・・・ え ・・・? 」

「 あれは ― 夜だったけど。 地下帝国に行く前 ・・・

 きみをとても怒らせ ・・・ ううん 悲しませてしまった 

「 ああ ・・・ あの時。  セーヌ河畔を歩いたわね 」

「 そう だったっけ 」

「 そうよ。 周囲は恋人たちだらけだった ・・・ 」

「 ごめん ・・・ 」

「 なんで謝るの?  あの時 ― ジョーに付いてゆくって

 決めたのは わたし自身なのよ? 」

「 それは  そうだけど でも 」

「 昔話は いいわ。  あの、なにか・・・あったの? 」

「 いや。 平和そのもの さ。 」

「 じゃあ どうして ? 」

「 フランソワーズ。  一緒に生きて欲しい。 ずっと。  」

「 ・・・ ジョー それって ? 」

「 きみの幸せだけが ぼくの望みなんだ  ・・・

 きみは きみの望む道をゆくべきだ。

 踊りたいだけ 踊ったらいい。 いや 踊ってほしい。

 舞台で踊るきみが好きなんだ。 

「 ジョー ・・・ あなた、前にもそう言ってくれたわね 」

「 ・・・ うん。 だから ぼくは ―

 踊るきみの側にいて 君の幸せを護りたい その・・・ 一生! 」

「 ジョー ・・・ ! 」

「 どうか 幸せに 幸せに生きて フランソワーズ ! 」

 

     ふわり ・・・。   肩に白いスカーフが揺れた。

 

「 ・・・ あ  ・・・ これ ・・・ 」

「 さっき落としただろ? 気が付かなかったみたいだけど 

 

        とん ・・・ ! 

 

フランソワーズは スカーフと一緒にジョーの腕の中へ飛び込んだ。

「 フラン ・・・! 」

「 ジョー ・・・ あなたの側であなたと一緒に生きたい  ずっと 」

「 ぼくも  ぼくもだよ、フラン  」

 

     ・・・ このスカーフが呼んだのよ

     ジョー ・・・ ずるいヒト・・・

 

 

   ひらり  ひら ・・  冷たい欠片が舞い降りてきた。

 

「 あ  雪 ・・・ ! 」

「 わあお ・・・  もう? 」

「 初雪よ!  きれい 〜〜 」

「 ・・・ おいで 

「 ん・・・ 」

 

   白いスカーフに包まり 恋人たちはゆっくりと歩いて行った。

 

 

***********************    Fin.   ***********************

Last updated : 10,15,2019.                back     /     index

 

*****************   ひと言  *************

ジョー君 がんばった〜〜〜〜 ね?

フランちゃん この後も踊ってゆくと思います。

・・・ フィリップとはどうなるのかな〜〜〜 (^_-)-

ステキなお題をくださった もふもふ様〜〜

ありがとうございました♪