『 プリンセス in ブルー ― (1) ― 』
ようやく太陽が水平線から顔を覗かせ始めた。
東の空がぱあ・・・っと明るくなり 海面にも煌きが散らばりうねり広がってゆく。
「 う〜ん・・・・! いい気持ち・・・・ やっぱり夜明けは最高ね! 」
フランソワーズは デッキから身を乗り出して深呼吸をした。
かなり沖にでているせいもあるが、 ちょうど朝の凪の時間であり海面はさざ波ひとつ立っていない。
「 もうちょっと進みたかったけど。 ま・・・いいか・・・
朝凪の時間みたいだから今のうちに朝御飯 食べちゃおうかな〜 」
ずっと波間を掻き分け進んできた小さなクルーザーも 今は静かに漂っている。
「 バゲットにハムとチーズを挟んできたし。 熱々のカフェ・オ・レ、淹れましょう♪ 」
ふんふんふん・・・ 鼻唄まじりに彼女はブリッジに戻り備え付けの小型レンジでお湯を沸かしはじめた。
「 海ってステキね♪ それにこのクルーザー、とっても気に入ったわ♪
ふふふ・・・さすがにジョーね。 設備調整はばっちり♪ 絶好調だわ〜 」
フランソワーズは小型の船内をぐるっと見回して 満足の吐息をついている。
「 フランソワーズ号・・・って名前なんですものね、そもそも・・・わたしのための船なのよ。
あ・・・ お湯が沸いたわ・・・ 」
彼女はご機嫌でカフェ・オ・レを淹れはじめた。
「 ― う〜〜ん・・・ いい香り♪ ほうら、なんだって出来るんだから。
こんどの事件だって わたしがきっと解明してみせるわ!
この小型クルーザーは高速巡視艇にも超小型潜水艇にもなるんですからね・・・
< 中 > に潜ってばっちり調査します。 」
・・・ こっくん ・・・
熱いカフェ・オ・レできゅう〜〜ん・・・と全身に染み渡りますます元気が出てきた。
「 そうよ! 調査や索敵は本来わたしの専門ですもの。
ふ ふん・・・! わたしだってサイボーグ・・・ 003なんですからねっ!! 」
003は 宙をにらみ何回も大きく頷いた。
・・・ きらり。 左手の指輪が朝陽を受け硬質の光を放っていた。
そもそも コトの起こりは ― ジョーの発言だった。
その頃 世界各地で海難事故が多発していた。 初めはそれぞれ別個に荒天のせいとか
船そのものの故障、または操舵ミス ・・・とも思われていた。
しかし 船舶の種類・規模を問わない遭難に世間は次第に注目し始めた。
そう ・・・ 小さなレジャー・ボートから原子力潜水艦まで ・・・ 遭難が相次いだ。
どのケースも船の残骸ものこらない、全くの <行方不明> となるのだ。
各地で本格的な捜索が始められたが 手掛りは一向にみつかってはいない。
「 博士。 この一連の事故ですが。 どう思われますか。 001、君の意見は ? 」
夕食後、TVのニュースを見てジョーはギルモア博士に訊ねた。
海辺の崖っぷちに建つギルモア邸 ― 現在は当主である博士とイワン、そしてジョーとフランソワーズが
住んでいる。 この二人 ・・・ 永いなが〜〜い春にようやくピリオドを打とうとしていた。
来月には 簡素だけれど挙式の予定なのだ。
つまり今二人は挙式前の婚約時代 ― 甘ァ〜い日々を楽しんでいる・・・のであるが。
挙式、といっても共棲の時代は長く、すでに夫婦同然の二人なのだ。
花嫁はパリジェンヌ、恋愛・結婚についてはかなりリベラルな考え方をもっている。
勿論結婚するのはとても嬉しいけれど、形式にはそれほど拘ってはいない。
わたしとしては 教会で ・・・ 神様の前で誓えればそれでいいんだけど・・・
そうねえ・・・ ジョーの希望なら わたしはなんでも構わないわ。
ところが ―
「 きちんとしよう。 」 ・・・ ジョーが拘ったのだ。
「 式を挙げて。 簡単だけど披露宴をする。 籍も入れるよ、勿論。 」
「 ・・・ ええ いいわ。 ジョーがそうしたいのなら・・・ 」
フランソワーズは素直に頷いた。
真新しい婚約指輪が 彼女の幸せをその煌きで伝えている。
花嫁は花婿に下駄を預けた雰囲気になっていた。
実際、ジョーは仕事の合間に挙式や披露宴の手配に駆け回っていた。
「 う〜ん ・・・・ なんともコメントができんな。 データが少なすぎるしのう・・・
これが原潜だけとかタンカーや貨物船に限られているのなら目的は容易に想像はつくが。
いかんせん 今回は手当たり次第・・・という感があるからのう。 」
「 そうですよねえ。 それに一件も難破した残骸とか・・・乗組員の遺体もあがらないそうですし。 」
「 うむ ・・・・ しかしのう 海、 それも太平洋や大西洋の大海原はまだまだ神秘の世界、じゃからな。
人類が知っている部分は海のほんの一部にすぎんよ。 」
「 あ・・・ そうか・・・ 利用している部分だってほんの僅かですよね・・・
しかしこのままでは・・・いずれ影響は大きくなりますよ。 物流関係にも打撃はあるし。
001はどう思うかい。 なにか心当たりはあるかい ? 」
博士の足元から ふよふよとクーファンが浮き上がった。
≪ ワカラナイ。 僕ハ 解ラナイコトハ 言ワナイ主義サ。 ≫
「 まあ ・・・イワンったら・・・ ジョー? でも気掛かりよね。 なにか・・・裏があるのかしら。
不謹慎だけど・・・ ちょっとわくわくするわね! ねえ わたし達でも探ってみない? 」
フランソワーズは熱心に身を乗り出し話に加わった。
彼女もずっとTVやらネットで情報を収拾し、データを分析しようとしている。
「 今の段階では情報が少なすぎるのね。 そうだわ、来週ピュンマが来日するでしょ?
彼にも手伝ってもらって・・・探索してみましょうよ!
ドルフィン号・・・までは無理でも・・・ほら! あの新しい小型クルーザー、あれをつかって・・・ 」
「 ああ ・・・ フランソワーズ号 だろ。 」
「 そうよ! 試運転・・・いえ テスト航海も兼ねて・・・ どうかしら。 」
「 おお そうじゃったな。 ピュンマが来るといっておったなあ。
アイツ、生物資源保護についての会議かなにかで来日する予定・・・じゃったか・・・ 」
「 ええ そうです。 それじゃ・・・彼にヘルプを頼んで少し調査してみましょう。
なにせ海は彼の独壇場ですしね。 」
「 うむ ・・・ そうじゃな。 」
「 あ、わたしも行くわ! 調査なら得意なのよ、それにこの事件・・興味あるの。 」
フランソワーズも張り切っている。
そもそも探査は彼女のサイボーグとしての能力を最も活かせる分野なのだ。
そして今回は どうも好奇心に負けている・・・らしい。
「 だめだよ。 きみは留守番しておいで。 」
「 まあ! なぜ。 わたしだって ・・・ 」
「 はいはい・・・ わたしだって003なのよ・・・だろ? 」
「 そうよ! ジョーだってちゃんとわかっているじゃない。 」
「 判っていますって。 だけどな、今回は何が起こるか見当もつかないんだ。
危険だよ。 ぼく達の報告を待っていてくれ。 」
「 まああ・・・! なんでそんなこと、言うの ジョー。 」
「 なんで・・・ じゃないだろう? よく考えてみろよ、いいな。
今がどういう時期なのか。 きみにはやることが山ほどあるだろう? 」
「 ・・・ やること? 」
「 そうだよ。 式の準備とか・・・ 簡単だけど披露宴もやるんだよ?
親しい人々ばかりだけど、お客さんを招待するだろ。 こころを込めて準備したいんだ。
そりゃ ぼくだって手伝うけど、やっぱりこういうことはきみがしっかり仕切ってくれなくちゃ。 」
「 ・・・ え ええ・・・ でも ・・・ 事件 」
「 だから 事件のことはぼくたちに任せて。
博士、ぼくはピュンマの到着をまってフランソワーズ号で調査に向かいます。 」
「 うむ・・・ 彼が到着するまえに念のため 整備をたのむぞ。 」
「 了解です、 もちろん その予定でしたよ。 これからすぐに掛かります。
あ・・・ フランソワーズ? 」
「 はい、整備の助手ならまかせて! あのクルーザーのことはちゃんと勉強しておいたわ。 」
「 そうか? それは偉いぞ、さすが003だね。
でも 頼みたいのは別のことだ。 これはきみにしかできないな。 」
「 あら ・・・なにかしら。 」
「 うん、ピュンマが来てくれるんだからね、準備を頼むよ。
彼のことだから部屋はいつも整頓してあるだろうけれど・・・ ほら、季節もちがうから。
着替えとか毛布とか ・・・ そうだなあ、彼のお気に入りのメニュウも用意しておいてくれ。 」
「 ・・・ わかったわ。 ・・・・ わざわざ言われなくてもいつもやってるわ、わたし・・・ 」
「 え? なに。 」
「 いいえ 別に。 それじゃ フランソワーズ号の調整は しっかり お願いしますね。 」
「 ああ 任せておきたまえ。 博士、潜水機能についてなんですが・・・
もう少し潜航能力をアップしてみます。 あれはとても優秀な船ですね。 」
「 ふふん、イワンとワシのちょいと自信作じゃからな。 まあ・・・そうでなければお前の名など
もらったりはせんよ。 ・・・ なあ フランソワーズ? 」
「 え ・・・ まあ そうなんですか? 嬉しいわ ・・・ 」
「 まあ ピュンマがやってきたらもっといろいろ試してみるがいい。 3人でな。 」
博士は フランソワーズの手をぽんぽん・・・と叩き、苦笑している。
・・・ 博士。 わたしの気持ち ・・・ わかってくださいます・・・?
ああ ああ。 ま、ジョーのヤツ、ちょいと威張ってみたいのだろうよ・・・
結婚を前に 案外ナーバスになっておるのかもなあ。
まあ ・・・ ?
ま、しばらく好きにさせておおき。 それが賢夫人というものさ、フランソワーズ
・・・ はあ ・・・
<父> と <娘> は眼と眼でちゃんと会話を交わしていた。
「 博士〜 それじゃ・・・ お先に格納庫に降りてますから。 お願いします。
ああ フラン・・・ 悪いが軽く夜食の用意を頼むよ。 そうだな・・・遅くなりそうだから
きみは先に休んでいてくれ。 いいね。 」
ジョーは彼女の返事もまたず すたすたとリビングを出ていった。
まもなく、地下格納庫へとエレベーターが降下していった。
「 ・・・ もう〜〜 なぁによォ! 一人でどんどん決めちゃって。 イィ〜〜〜〜だ! 」
フランソワーズは足元にむかって思いっきり ・・・ 顔を顰めてみせた。
・・・・ パサ ・・・・
ジョーがゆっくりと身体の向きを変えた。
その拍子にリネン類が かさり、と引っ張れ ― 隣の白い身体もぴくり・・・と揺れた。
「 ・・・ んんん ・・・・ あ ごめん ・・・ 」
「 ・・・ ううん ・・・ 」
枕の上からくぐもった声が聞こえる。
彼女は羽枕に顔を埋めたまま、少しからだを動かした。
ジョーはゆっくりと手をのばすと お気に入りの亜麻色の髪を絡め 撫で 梳る。
細い絹糸みたいな髪が するすると指の間から流れおちまた絡まる。
ふんわり・・・ 彼女の甘い香りもただよってきて、ジョーはまた・・・熱くなってきてしまう。
すっきり果てた と思っていたのだが、たちまち彼自身に力が漲ってくる。
ジョーは そんな自分自身に苦笑しつつ それでも彼女の髪から手を離せないでいる。
「 ・・・ なあ ・・・ 」
「 ・・・え ・・・ 」
「 ・・・ そんなに怒るなよ・・・ 」
「 ?? 怒る ・・・? 」
「 さっきのことさ。 ・・・ ぼく達だけで整備して・・・って怒ってたろ。 」
「 ・・・ だって。 わたしだって・・・ 」
「 わかってるって。 きみの電子工学の知識もようく知ってるさ。 」
「 なら・・・わたしにも手伝わせて。 邪魔にはならないつもりよ。 」
「 だから、わかっているってば。
でもな きみは ・・・ 挙式の準備とかもあって忙しいんだろう? 」
「 挙式? ・・・ それって結婚式のこと? 」
「 ・・・そうさ。 あといくらもないじゃないか。 」
「 そうだけど・・・ でも教会で簡単な式でいいの、わたし。
さっきもジョーは言ってたけど・・・そんな大袈裟な準備なんて必要ないんじゃない?・・・ 」
「 だめだめ。 いくら簡単でもきちんと準備しなくちゃな。
イワンにも頼んで 入籍の手続きも進めているんだ。
フランソワーズ、きみには正式に マダム・シマムラ になって欲しい。 」
「 ・・・・・・・ 」
フランソワーズは ともかく教会で、神の御前で式を挙げられればそれで充分・・・と思っている。
当然 ジョーも同じ・・・と考えていたのだが・・・
ジョーは 意外なほど、<正式> に拘っていた。
「 どうして ・・・ そんなに・・・ 」
彼の横顔を見上げていて ふっと口を噤んでしまった。
・・・ ? どうしたの? そんな ・・・ 厳しい顔、して・・・
・・・ あ ・・・ もしかして。
ジョーは・・・・ ジョーの生い立ち ・・・が ・・・ ?
「 ・・・うん? どうした・・・ 」
「 ・・・ え う ううん ・・・ なんでもないわ。
そうね。 ちゃんと、きちんとしなくちゃね。 皆への御礼にもなるんですものね。 」
「 ・・・フラン ・・・ ありがとう ・・・! 」
「 ジョー ・・・ あ あ ぁ あ ・・・・ 」
ジョーの手が再びオトコの動作に変わってゆく。
・・・ く ・・・! ジョー ・・・ ああ もう ・・・・だ ・・・め ・・・
でもね ・・・ コレと 事件の調査とは ・・・別ですから・・・ね ・・・
急激に襲ってきた昂まりの中で それでも彼女はしっかり・・・決意していた。
「 やあ 元気かい。 」
「 ピュンマ! いらっしゃい。 待っていたのよ〜〜 」
次の週、 すっきり晴れた午後、ピュンマが研究所に姿を見せた。
フランソワーズは抱きついて頬にキスをした。
彼女は ここ数日、くるくる動き回り彼を迎える準備に余念がなかった。
「 なんだか 余計に忙しくさせてしまったね。 あんまり無理するなよ。 」
ジョーは自分で言い出したことなのだが ずっと心配顔をしている。
「 や〜だ、このくらいなんでもないわよ。 全員が集まる時に較べたらどうってことないもの。
それよりもジョー。 あの海難事故の調査はどうなの? なにか進展はあった? 」
「 うん ・・・ それが どうもね。
現在わかっているデータを全て検索して検討してみたんだけど・・・
本当にイワンじゃないけど <わからないコトは言わない主義> になりたいよ。 」
「 それじゃ・・・やっぱりわたし達で潜ってみないとわからないわね。 」
「 そうなんだ。 フランソワーズ号 なら普通の調査船より格段に性能は上だし
潜航能力も何倍もあるからね。 検索データは全てこちらに送るからきみも博士と分析を頼む。 」
「 ええ わかったわ。 」
フランソワーズは澄ました顔で 大人しく頷いた。
ふうん ・・・? 随分素直じゃないか・・・
この前が一緒に潜りたいとか言っていたのに・・・
・・・ うん やっとわかってくれたんだな。
きみにはしっかり ここを守っていて欲しいんだ
ジョーも彼女の従順な様子に ほっとし、安心していた。
「 博士。 お久し振りです。 」
「 おう〜〜 ピュンマ! よく来たな。 仕事の方はどうだ、上手くいっておるかの。
会議はいろいろ・・・大変だったようじゃな。 ご苦労さん・・・ 」
ギルモア邸の玄関で 博士とピュンマはがっちり握手を交わした。
「 ありがとうございます、お蔭様でなんとか・・・ 一息つきにきました。 」
「 おお そうか そうか。 ゆっくり休めよ、ここもお前の家なんじゃから。 」
「 そうよ〜 う〜んと寛いでね。 お気に入りのメニュウも用意したわ。
あのね・・・ クスクスって。 ピュンマの国でも食べるでしょう? 」
「 わあお・・・・ ここでクスクスが食べられるとは思わなかったよ!
ずっと出張続きでさ、郷土料理は随分ご無沙汰なんだ。
へえ ・・・ 嬉しいなあ。 あ・・・作り方、わかるかい。 」
「 ええ 一応袋の裏に書いてある説明を読んでみたんだけど・・・ 」
「 あ 僕にも見せてくれるかな。 炊飯器、使うんだろう? 手伝うよ。 」
ピュンマは荷物を解くよりも クスクスの方が気になるらしい。
二人は玄関からそのままキッチンに行ってしまった。
「 あは・・・ あれじゃ休養にならないですねえ。 とりあえず・・・部屋に運んでおこう。 」
ジョーは呆れ顔で ピュンマの荷物を持ち上げた。
「 あっはっは・・・ ま、久々に故郷 ( くに ) の味を楽しみたいのじゃろうよ。
いやあ・・・ さすがフランソワーズじゃ、よく気がつくのう。 」
「 ええ。 先日、ヨコハマに出て・・・ 調度アフリカ諸国の物産展をやっていたんです。
それで 彼女が気がついて ・・・ 」
「 ほう ほう・・・・ う〜む ・・・ ジョーよ? お前。 心しておけよ。 」
「 はい? なにを ですか。 」
「 なにを・・・って なあ・・・ 要するに 彼女はお前には過ぎた女房だってことさ。 」
「 ・・・ はあ ・・・・ 」
なんだ ジョーのヤツ・・・
お前 とんでもない幸運を手にいれたんだぞ?
・・・・ ったく・・・!
これじゃワシの大切な一人娘を安心して託せんぞ・・・?
いやいや・・・これは <花嫁の父> の感傷かの・・・
「 ・・・ まあ いい。 フランソワーズを大切にしろよ。 」
「 は?? はあ ・・・・ 」
「 ともかく、だな。 ピュンマの協力を得て、しっかり調査してきてくれたまえ。
しかし無理はするな。 なにしろまったく雲を掴むようなハナシなのだからな。 」
「 はい、博士。 了解です。 」
ジョーも かなりわくわくしているのだろう、頼もし気に頷いた。
キッチンではピュンマとフランソワーズが盛り上がっていた。
「 ・・・ ああ これなら大丈夫、本場モノだよ。 」
「 そうなの、よかったあ〜 それじゃ ここに書いてある通りにやればいいのね? 」
「 うん、え〜と・・・ ああ 日本の炊飯器、使うのだろ? だったらねえ 」
「 ええ ・・・ うん うん ・・・ そうか。 じゃ やってみるわね。
これで ・・・ この水加減でセットすれば・・・ 」
「 うんうん ・・・ ちょっと日本風になるかもしれないけど ね 」
フランソワーズはピュンマの助けをかりえて クスクス を炊き上げるセットをした。
「 ・・・ ねえ フランソワーズ。 例の海難事故、調査するんだって? 」
「 え? ・・・ ええ そうなのよ。 ピュンマも聞いているでしょう?
新しい小型クルーザーを使って調査するって・・・ ジョーが。 」
「 聞いたよ。 君は、フランソワーズ。 あのクルーザー、たしか・・
フランソワーズ号 だったよね。 君が一番調査に向いているど思うし。 」
「 ピュンマ・・・! そんなこと、言ってくれたの、あなただけだわ。
ジョーってば。 きみは留守番をしろ、って。 他にやることがあるだろ・・・って。 」
「 他にやること? ・・・ あ! 君たち、来月結婚式だったね! 」
「 ええ ・・・ そうなんだけど。 でもね、ピュンマ!
わたしには事件の調査の方が大切よ。 ・・・ それに・・・ 」
「 それに? 」
「 ねえ! ・・・ ジョーってば。 いったいどういう性格なの?
わたし ・・・ 判らなくなってしまったわ。 」
フランソワーズはばしゃ・・・っとタワシに洗剤を振りかけた。
「 おいおい・・・一番の理解者さん、しっかりしてくれよ。 結婚式はすぐじゃないか。
それで 君は調査には加わらないのかい。 調査は君の専門だろ? 」
「 そうでしょう!? だのに・・・ ジョーったら。 ・・・ いいわ わたし。 」
「 うん? ま な。 ジョーってさ すご〜くシャイなんだよ。 きっと照れ隠しじゃないのかなあ。
君と結婚できるのが 嬉しくてうれしくて仕方がないのさ。
それで大切な大切な君を 隠しておきたいじゃないかな。 」
「 ・・・ そんなぁ〜 わたしはわたし、 ジョーの従属物じゃないわ。 」
「 ま・・・ しばらくは彼の言うとおりにしてやれよ?
それが花嫁の思いやりってもの・・・ あはは これじゃ普通と逆だよねえ。 」
「 ・・・ ん もう〜〜 ! 」
ガシャガシャ ・・・ タワシが音をたてて鍋を擦っていった。
あは ・・・ こりゃ ・・・ 大分 キレてるな。
・・・ ジョー? ちょいと覚悟したほうがいいかもしれないよ
く ・・・ くくくくく ・・・
ピュンマは洗い物を手伝いつつ必死で笑いを噛み殺していた。
お日様はすっかり水平線から離れ、光とともに熱も盛大に放射し始めた。
「 うわ・・・ パーカーのフードを被らないと・・・!
ああ〜ん・・・ 日焼け止めをもっと塗ってくればよかったわあ 」
フランソワーズは朝食を片付け 自動操舵をチェックした。
「 ・・・ はい ・・・ 大丈夫ね。 もうすこし沖に出て・・・ 潜航しましょう。
?? なにか・・・接近してくる! すごいスピードね・・・ ようし、迎撃準備だわ。 」
スーパーガンを抜くと 彼女は慎重にデッキに出た。
「 ・・・ みつけた! 照準内に入ったわ! よしッ ・・・ あ あらら?? 」
舳先が一瞬くら・・・っと傾いた。 なにか が船の縁に接触した。
「 な なに?! し、侵入者 ?! 」
「 やあ。 やっぱりね。 一人でも行くと思ってたよ〜〜 」
「 ?! ピュンマッ!! 」
ようく知った笑顔が ひょこん・・・とデッキの上に現れた。
「 おっと・・・ 物騒なものはひっこめてくれよ〜〜 」
「 あ・・・・ ご ごめんなさい! だってなにかと思って・・・ 」
フランソワーズはあわててスーパーガンをホルスターに収め 舳先に寄った。
「 ほら・・・ 上がって? 」 白い手がひら・・・と差し延べられた。
「 お。 サンキュ。 それじゃちょっとだけお邪魔するよ。 」
よ・・・っ! ほんのすこしだけ差し出された腕を頼りにすると 彼はするり、と甲板に上がってきた。
「 ま・・・ 相変わらずかっこイイ〜〜 ♪ あ おはよう、ピュンマ〜 」
彼女は海水のしたたる仲間に抱きついてキスをした。
「 お早う、フランソワーズ。 ・・・・ったく・・・! このお転婆娘め〜〜 」
「 えへへへ・・・ あら? ピュンマってば・・・どうしてわかっていたの? その・・・ 」
「 ああ。 君の目を見てすぐにさ、 あ〜 なにか企んでいるな〜ってわかったもの。
随分と大人しくジョーのいう事聞いていたけど、 君の目が <いやよ>って言ってた。 」
「 やだ・・・ そんなにすぐにわかっちゃった? 」
「 うん、というか 実はさ。 僕の妹もよくそんな眼をしていたから。
僕や両親の言うことに一応は はい ってうなずくんだ。 でも ・・・ ね。
ああいう目をしているときには アイツ、自分が決めたことはなんとしてもやり遂げたんだよ。 」
「 うふ・・・ お兄さん には負けちゃった。 あ・・・ あの。 それで ・・・ ジョーは・・・ 」
「 さあね? 僕はまだ彼が起き出す前に出てきちゃったから・・・
ははは・・・ 今頃は誰もいなくて泡くっているかもしれないね。 」
「 ・・・ ごめんなさい ・・・ 」
フランソワーズは 急に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
「 ・・・ やっぱり ・・・ こんなこと、やるべきじゃないわよね。
ごめんなさい ピュンマ ごめんなさい ・・・ ジョー ・・・ 」
しゅん、としてしまった彼女に ピュンマは笑って首を振った。
「 そんな謝ること、ないさ。 君の気持ちもわかるしね。
まあ・・・ジョーも少しばかり横暴かな・・・って思ったし。 」
「 ・・・・・・・ 」
「 それに さ。 これは僕の勝手な推測だけど。
彼が正式の結婚に拘るのはさ ・・・ 彼自身のことがあるからだと思うよ。 」
「 ・・・ ジョーの生い立ち・・・ってこと? 」
「 うん。 ジョーはさ ・・・ せめて自分の子供には同じ思いをさせたくないんだよ。 」
「 ・・・ こ ・・・ 子供 ・・・ ? 」
フランソワーズの頬が ほんのり薄紅色に染まった。
「 うん。 それが彼の一番の願いなんだろうね。 」
「 ・・・ そう ・・・ そうなのね・・・ 」
「 ま・・・ ほどほどにして帰ってこいよ。 ジョーには上手くいっておくから さ。 」
「 ・・・ うん ・・・ ありがとう、ピュンマ。 」
「 いいよ いいよ。 ・・・ <妹> にはね、弱いのさ。
あ・・・ よかったらカフェ・オ・レ、一杯淹れてくれるかな。 そしたら僕は帰るから。 」
「 ええ! とびきり美味しいの、淹れるわね! 」
ぱあ・・・っと広がったフランソワーズの笑顔が ピュンマの目にいつもまでも残った ・・・
「 謝って済むことじゃないけど。 僕が悪かったよ・・・ 」
「 君のせいじゃない、ピュンマ。 ― これは事故だよ。 」
「 ・・・ そうだけど さ。 」
「 ・・・・・ 」
ジョーとピュンマは もう何回、いや何十回同じ遣り取りを繰り返していることだろう。
その日 ― フランソワーズ号は帰還しなかったのだ。
朝方、悠々と泳いで戻ってきたピュンマを ジョーがイライラの極致で待ち受けていた。
ありゃ・・・・ こりゃマズかったかな・・・
ジョー、 かなり本気で怒っている・・・よなあ、やっぱり。
ま しょうがない、か。 可愛い <妹> のためだ、いっちょ怒鳴られるか・・・
ピュンマは苦笑しつつも腹を括って ( それでも多少 気おくれしていた ) のんびりと海から上がった。
「 や ・・・ やあ ジョー。 お早う。 」
「 ピュンマ。 お早う。 ・・・ それで フランソワーズ号は? どの辺りまで行っているのかい。 」
ジョーは至極冷静を装っていたが ・・・ 頬がぴくり、と痙攣した。
「 ジョー。 黙って僕だけ行って悪かったよ。 でも 彼女の気持ちもわかってやれよな。 」
「 ピュンマ! ・・・ これは遊びじゃないんだ。 好奇心で潜って済むことじゃないだろ。 」
「 すまん。 だけどね ジョー。 彼女だって 003 なんだよ? ただの好奇心だけじゃない。
もっと信頼してやれよ? ・・・ 君の人生のパートナーになる女性 ( ひと ) をさ。 」
「 ・・・ あ ・・・ ああ。 うん ・・・ そうだな。 うん ・・・ ちょっとマズかったかなあ・・・ 」
「 彼女もさ、ちゃんとわかっているよ、君の気持ちをね。
ま、帰ってきたら 彼女も含めて計画を立て直そう。
やはり003の能力に優るレーダーはソナーは ないからね。 」
「 そうだな。 ・・・ それでいつ戻るって言ってたのかい。 フランソワーズは・・・ 」
「 ああ もうちょっとあの辺りを調査してから戻るって。 現在、フランソワーズ号の位置は ・・・ 」
ピュンマはいくつかの数字をPCに打ち込んだ。
「 ・・・ 了解。 ここのデータ、得られるのは助かるな。 」
「 うん。 な? 彼女・・・ 有能だよ、本当に。 君はいい女性 ( ひと )を選んだよ。 」
「 ・・・ ん ・・・ ありがとう ピュンマ・・・ 」
二人は に・・・っと笑いあい、ほっとしたのも事実だった。
しかし。 その日 日没時刻をすぎてもフランソワーズ号と連絡はつかなかった。
「 おかしいな。 ・・・ フランソワーズ? 応答してくれ。 003?! 」
ピュンマはドルフィン号のコクピットで 通信機に張り付いている。
ジョーもサブ・システムをオープンし、必死で捜索を続けていた。
「 ・・・ 脳波通信にも全然応答がない。 くそ ・・・ !
なんでもっと早くに連絡をとらなかったんだ、ぼくは! 」
「 ジョー。 君のせいじゃないよ。 僕だって暢気に構えていたんだからね。
だけど・・・ あの海域での天候の急変もないし海上の様子に変化はないのに。
ドルフィンからの調査でも なんの異常もないんだ。 ソナーの記録も通常と変化なし、だ。 」
「 それじゃ ・・・ 例の海難事故と同じってことか・・・! 」
「 ジョー! 行こう! ドルフィン号もかなりの深度まで潜航できる。 」
「 ああ。 フランソワーズ号には及ばないけど・・・
博士! 行ってきます! 」
「 うむ。 ジョー ピュンマ。 これがフランソワーズ号につけた緊急発進信号のコードだ。
このコードを頼りに探すのじゃ。 」
「 博士・・・! ありがとうございます。 ピュンマ、 出航しよう。 」
「 了解! 」
月が煌々と海面を照らす中 ドルフィン号は静かに崖下の格納庫から出航していった。
・・・ ゆら ・・・ ゆらゆら ・・・・
世界中が揺らめいて その中を自分の身体がゆるゆると沈んでゆく ・・・
眼の前が ・・・ きらきらと揺らめいて見える。
ああ ・・・ わたしの 髪・・・?
そっか ・・・ わたし 海の中を 沈んでいるのね ・・・
・・・・ああ このまま・・・わたし 死ぬの ・・・ ね ・・・
ジョー ・・・ ジョー ・・・・ 愛していたわ ・・・
・・・あら? ちっとも苦しくないわ・・・? あ あら??
ゆらゆら ・・・ 揺らめいていた世界はゆっくりと動きを止め・・・周囲は明るくなってきた。
― そして。
「 お目覚め? 上の世界 からきた方・・・・ 」
「 ・・・ ・・・・? う 海 ・・・? 」
きらきらしたものが再び目の前にあらわれ、次に青い 青い ・・・ 色が見えた。
「 ・・・ あ ・・・ わ わたし?? 」
「 ご気分はいかが? 翡翠色の瞳の方。 」
「 ・・・ こ ここは ・・・? 」
「 ここは 真珠の宮。 私の館です。 」
「 ・・・ えええ ?? あ あなたは??? 」
がば・・・っと起き上がれば 眼の前にはたおやかな乙女が微笑んでいた。
煌く髪が腰よりも下まで豊かにうねっている。
「 私は メリジェーヌ。 この館の姫です。
貴女の舟は私達の大渦巻き ( メール・シュトルム ) に巻き込まれてしまったの。
ごめんなさいね、 なるべく小さな舟は避けていたのだけど・・・ 」
「 え ・・・ それじゃ ・・・ 最近の事故は全て ・・・?
あの ・・・ ここはどこの国なんですか? 真珠の宮 と仰いましたけど・・・ 」
「 ええ。 ここは大海の国 ・・・ あなた方の言葉で言えば海の底にある王国です。 」
「 ・・・ 海の ・・・ 底?? あなた方は ・・・ 海の底に住む人々なのですか。 」
「 そうです。 海底には広大な世界があって 多くの王国があります。
地上の方々には探知できないようにバリアを張っているのです。 」
「 ・・・バリアーを ? ああ だから海水が入ってこないのね・・・ でも なぜ・・・? 」
「 無用な諍いを避けるため、と聞いています。 これは私たちの遠い遠い祖先が決めたことです。
私たちは地上の人々とは別々に 静かに生きてゆくことを選んだのですって。 」
「 まあ ・・・ そうなんですか。 あ ・・・ でも 最近 ・・・ 」
「 ええ ・・・ 私も聞いています。 最近、王国達の中に地上に出よう、という国があって。
勝手にメール・シュトルム を使っているらしいの。 」
「 ・・・ そうなんですか。 それで ・・・
では海上から引きこまれた船や乗組員・乗客たちは無事なんですね? 」
「 ええ。 皆さん、この海底王国で暮らしていらっしゃいます。 」
「 まあ ・・・ よかった。 ・・・ あ ・・・痛 ・・・ ! 」
フランソワーズはベッドから出ようとして 思わず顔を顰めた。
「 脚が ・・・? 」
「 ああ 急に動いてはだめ。 貴女、脚を傷めてしまったのよ。 大丈夫、すぐに治るわ。 」
「 ・・・ 治療してくださったのですか? ありがとうございます・・・
あ! わたしはフランソワーズ。 あの小型艇で今回の事件を調査していたのです。
そうしたら急に 海が荒れてあっという間に引きこまれてしまったのです。 」
「 そうでしたの・・・・ 本当にごめんなさいね。
ねえ? フランソワーズさん ・・・ お友達になりましょうよ? 」
「 お姫さま・・・ はい、喜んで。 あ ・・・ フランソワーズ って呼んでください。 」
「 それじゃ 私も お姫さま じゃなくて メリジェーヌ よ。 ね、フランソワーズ♪ 」
「 あ ・・・ はい。 メリジェーヌ。 」
「 ありがとう! うわあ・・・ 嬉しいわあ♪ ね ・・・フランソワーズは恋人 いるの? 」
メリジェーヌ姫は ぽすん・・・とフランソワーズの横に座った。
「 え ・・・ あ ・・・ は、はい ・・・ 」
「 まあ いいわね! 羨ましいわ〜 あ ・・・ その指輪は、恋人からのプレゼント? 」
「 ・・・ はい。 あの ・・・ 来月 結婚式なんです。 」
「 まああ〜〜 ステキ♪ それじゃ幸せの真ん中ね〜 羨ましいわあ・・・ 」
姫君は ほう・・・っと溜息をつきフランソワーズの左手を眺めている。
「 あの ・・・ それが。 わたし ・・・ 迷っているんです。 」
「 迷っている? どうして。 」
「 ・・・ あの ・・・ ジョーってば どんどんなんでも決めてしまって。
それは別にいいんですけど、 わたし達の <仕事> に参加するな、とか 家にいろとか・・・
今まで そんなこと、言うヒトじゃなかったのに・・・ 」
「 ・・・ ふうん ・・・? あら でも フランソワーズは一人であの舟に乗っていたでしょう? 」
「 ええ。 内緒で 一人で探査に出てきたの。 」
「 あら〜〜 ステキ♪ フランソワーズ、あなたってとても勇気があるのねえ・・・
・・・ その点も羨ましいわ ・・・ 」
姫君はまたもや溜息をついたが、今度は憂鬱の溜息らしいかった。
「 姫様 ・・・いえ、 メリジェーヌは? ステキな王子様がいらっしゃるのでしょ? 」
「 ・・・ 私は・・・ 」
「 はいはい。 この姫さまは海の王国の国王様の許婚者でいらっしゃいますヨ。 」
部屋の入り口の帳の陰から陽気な声が聞こえてきた。
「 ・・・え ? 」
「 あら ばあや。 ちょうどいいわ、 なにか飲み物を持ってきて欲しいの。 」
「 はい 姫さま。 そうおっしゃると思ってちゃんとお持ちしましたヨ 」
軽快な足音と 微かにガラスが触れ合う音がして ― <ばあや> が現れた。
「 まあ ありがとう、さすが 私のばあやね。 」
「 はいナ・・・ 姫様がお生まれになる前からお側におりますからね、ばあやは。 」
「 ?!! た ・・・大人 ?? 」
「 はい? なんでございましょう、 海の上からいらしたお嬢さま。 」
「 ・・・ え ・・・あ ・・・ い いえ・・・ 」
目の前で銀盆をささげ微笑んでいるのは そのふくよかな顔は ― たしかに張大人・・・!
いや、ドジョウ髭はないし、よくよく見れば中年すぎの女性で黒髪をきっちり結っているのだが・・・
しかし その柔和な微笑みと穏やかな声音は 紛れもなくかの006 ・・・ に思える。
う ・・・ うそ ・・・!
・・・ こんなことって・・・ これは ・・ 夢なの?
まさか ・・・ でも なんだってありうる、ということね・・・
フランソワーズは気を取り直し、 ばあやさんににっこり・・・微笑んだ。
「 どうぞ宜しく、 ばあやさん。 わたし、フランソワーズ といいます。 」
「 まあまあ ・・・ なんて可愛らしいお嬢さま。 どうぞ、これを召し上がれ。 」
ばあやさんは 銀盆をベッド・サイドのテーブルに置いた。
「 ありがとう ばあや。 あら 私の好きな海葡萄のジュースね♪ 」
「 そうですよ。 これは姫様の御髪 ( おぐし )をもっともっと豊かにしますからね。
お嬢さま、私達の国では髪の美しさが高貴な生まれの証なでございますよ。 」
「 まあ そうなんですか。 メリジェーヌ様の髪 ・・・ 本当に綺麗・・・ 」
「 ・・・ 髪なんてどうでもいいわ。 私はただこれが好きなの。 フランソワーズ、どうぞ? 」
「 あ ・・・ はい。 ありがとうございます。 」
フランソワーズは姫君と並んで 凝ったカット・グラスを手に取った。
中には濃いボルドー色のジュースが満たされていた。 ・・・ どうもワインによく似ていた。
「 そうして並んでいらっしゃると、姫様方はよく似ていらっしゃいますわネ
御髪の輝き具合や お肌の透明な白さや・・・ ああ お目の色が違うくらいですねえ。 」
「 あら そう? ねえ、ちょっと鏡の前まで こられる? 」
「 ええ。 大丈夫です。 ・・・ ほら ・・・ ゆっくりなら歩けますもの。 」
「 まあ すごいのね。 ねえ 見て! 私達 ・・・ 本当に似てる・・・わ ・・・ 」
「 ・・・ あ ・・・ ほんとう ・・・ 」
フランソワーズはベッドから降りると 慎重に脚を動かしてみた。
・・・ く ・・・! 痛みが走ったが 我慢できない、というほどではない。
彼女はゆっくり部屋の片隅まで歩いていった。
瀟洒な縁飾りのある鏡に 二人の乙女の姿が映っている。
「 ねえ フランソワーズの方がちょっとだけ背が高いのね。 」
「 メリジェーヌさまの御髪の方がずっと綺麗で豊かですわね。 」
「 うふふ・・・ ありがとう。 でも あとは遠目にみれば見分けがつかないかも・・・ 」
「 いえ とてもとても・・・ メリジェーヌさまの気品にはかないませんもの。
わたしはお転婆の跳ね返り娘ですから・・・ すぐに判ってしまいます。 」
「 フランソワーズお嬢さま? このメリジェーヌ姫様は もうすぐ海の王国の王妃さまになられます。 」
「 まあ ・・・ 素敵! 」
「 ・・・ そう 思う? 」
「 ・・・ え ・・・? 」
メリジェーヌ姫の 青い瞳にふう〜〜・・・っとくぐもった影が浮かびあがってきた。
「 私 ね。 ・・・ 私も ね ・・・ 迷っているの。 」
「 ― なんですって? 」
二人の乙女は 青と碧の瞳を見合わせ その大きな瞳をますます丸く見開いていた。
沈黙を破ったのは メリジェーヌ姫だった。
すう 〜っと一息 大きく吐くと、姫君はくす・・・っと笑って口を開いた。
「 フランソワーズ。 提案があるの。 」
「 はい? 」
「 ・・・ しばらくでいいの。 私とあなた ・・・ 入れ替わってみない? 」
「 ・・・ ええ??? 」
姫君の青い瞳が 悪戯っぽくきらきらと輝いていた。
トントン ・・・・
ピュンマはできるだけ小さく ジョーの寝室をノックをした。
気がつかないかも・・・ともおもったが なにせ早朝、まだ日の出前なのだ。
寝てるよな ・・・ でも 一応声をかけておかないと・・・
しばらく耳を澄ませて待ったが 返事はない。
彼は思い切ってドアをあけた。 ― < 二人 >の朝を邪魔する懸念はないのだから。
あれから数日経ったけれど フランソワーズ号 の行方は全く不明のままだ。
博士は海洋開発関係の友人を訪ね 昨日から渡米していた。
運の悪いことに あの事故の直後からイワンは < 夜 > に入ってしまい、
今はただの赤ん坊、 ベビー・ベッドでくうくうとねんねしているだけだ。
ピュンマもジョーも ずっと捜索を続けているのは 言うまでもない。
「 ジョー ? ちょっと潜ってくるよ。 あれ? 」
ジョーの寝室は静まり返っていて ヒトの気配すらなかった。
「 あれ?? 出かけたのかなあ? ・・・ でも どこへ? 」
ふわ ・・・っと テラスへの窓辺でカーテンが揺れていた。
ザザザ −−−−− ザ −−−−−− ・・・・ !
ようやく太陽が 水平線から顔を覗かせた頃 ・・・ ジョーは海から上がってきた。
彼はあれから毎朝、夜明けの凪の時間に 海に潜っていた。
同じ条件の時刻なら あるいはなにか手掛りがあるかもしれない・・・
絶対に。 絶対に捜し出すから。
― 待っててくれ。 フランソワーズ ・・・!
しかし 今朝もなにも得られずにジョーは崖下の浅瀬まで戻ってきたのだ。
「 ・・・・・ うん? あ ・・・ あれは・・? 」
波打ち際に なにか ・・・ が、 流れついていた。
「 ! ヒト ・・・か? 」
彼は眼を凝らす ― サイボーグの偏光レンズ眼が きらめく髪を認めた。
髪の間に チカリ・・・と彼の目を射たのは赤い色、 赤い ・・・ カチューシャ ・・・!
「 ?! フ ・・・ フランソワーズ ・・・!!? 」
Last
updated : 11,09,2010.
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********** 途中ですが
以前に同じお話をモチーフに SS を書きました。
今回は違ったシチュエーションです。
らぶらぶなんだけど 膨れっ面なフランちゃん・・・・?
原作設定ですが、 彼女の容姿は都合上、平ゼロ風・・・と思ってください。
( 亜麻色の髪に 碧の瞳 ) ジョー君は・・・やっぱり原作ジョーかな?
ご興味がおありでしたら 後半もお付き合いくださいませ。