『 無邪気な子犬と策士な子猫 』
部屋のヒンヤリとした空気に僕は目を覚まし、いつもと様子が違うのに気が付いた。
カーテン越しの窓の明るさは朝を迎えている事を教えてくれているのに、入ってくる音の少なさはどうだろう。
波の音すら聞えないなんて一体どういうことだ?
不思議に思い、僕は寒さをこらえながらベッドから出るとカーテンを引いた。
白い光が瞳に勢いよく飛び込んできて僕は顔をしかめたけれど、目が慣れてくると周囲の景色におもわず見とれた。
「へぇ…雪…かぁ。」
同じ場所から見わたせる風景がたった一晩でがらりと変わる事があるのを僕は初めて知った。
夏の溶けるような暑さを知っているだけに、その同じ場所で一面の銀世界が見られるなんて想像できるかい?
こんな経験滅多に出来ない。ナンバーズの皆は知っているのかな。
「?」
そんな景色の中に動き回るカゲがひとつ。
「…ジョー?」
思わず口には出してみたものの、どうしてアレをジョーだと思ったのだろう。
だけどやっぱり砂浜にできた雪の芝生の上に、自分の足跡をどっさり付けて楽しそうに走るあの姿は確かにジョーだった。
「おーい、ジョー!」
声を出して呼びかければ、ジョーは無邪気にこちらに手を振りながら窓の下まで走ってきた。
尻尾こそ無いけれど、息を弾ませ走る姿はまるで子犬のようで、僕は可笑しくなってしまった。
「おはよう!雪だよ雪!」
「見れば分かるよ。」
「君もおいでよ!楽しいよ!」
足跡つけまくる事が?そういうジョーを見ているほうがよっぽど楽しい。
流石にそれは言えなかったけれどね。
「寒いからやーだーよー。」
「アフリカには雪なんて降らないだろう?珍しくないの?」
「ジョー、それ偏見。アフリカ大陸全体がサハラ砂漠だとでも思っているのかい?
君さぁ、キリマンジャロには雪が降るって事を知っておいたほうが良いよ。」
そういって僕は屋根の雪を軽くすくってジョーに投げた。
思えばコレがいけなかったのだと後で僕は激しく後悔。
ジョーは嬉しそうに避けただけでなく、足元の雪を丸めて僕に向かって投げてきたのだ。
外壁に当たって砕けた雪球の破片は、僕の顔にも少しかかった。
「わっ!部屋の中に入ったらどうするんだ!」
「でも雪で遊んだ事は無いだろう!」
「おい、よせよ!」
「おいでよ!遊ぼう!早く早く!」
遊ぶ?この寒い中で冗談じゃないと思ったけれど、ジョーの勢いは止まらないどころか、徐々に
投げてくる雪球の大きさと堅さがエスカレートしてきていて、このままだとガラスが割れてしまいそうだ。
だから根負けしてしまったのはやっぱり僕。仕方無く付き合うことにした。
「わかった!わかったから!いま下に行くから!」
いーぬはにわかけまわるとか、ねーこはまるくなるとかって、昨日の夜、ジョー口ずさんでいたよな。
もしかして、「いーぬ」はジョーの事でかけまわる、「ねーこ」はまるくだからきっと雪の事で、手で丸めるって意味なのかな。
そうか!やられたなコレは。ジョーは昨日の夜から自分の行動を宣言していて、だからあんなに嬉しそうに雪を投げたんだな。
何が「いーぬ」と「ねーこ」だよ、「私」と「雪」で言い表せば良いじゃないか。まったく日本語ってやつは…
それにしても雪の戦いを宣言する歌なのに、可愛いメロディだったな。
あの時は間違ったけれど、その歌の正しい意味を勿論今の僕は知っている。
着替えて外に出てみれば待ってましたとばかりのジョーがいきなり雪を投げつけてくる。
サッと避けては見たものの、ジョーの足元に生産された雪玉の量に僕はギョッとした。
「おいおいジョー!」
「君が来るのが遅いから、こーんなに作っちゃったよ!」
「何処まで大きな玉を作れるか競争しない?そっちのほうが平和的だと思うよ?」
「こっちの方が面白いよ!」
確かに今のジョーを見ているのは面白いかもしれないけれど、ジョーが遊ぶ対象として狙っているのは僕だけ、
しかもスタートの時点から明らかなハンディがある訳で、それを考えただけで僕は全く面白くない。
それなのにジョーはおかまいなしに雪を投げてきて、このままでは玄関が雪まみれになってしまう。
僕自身が単に気苦労の塊なだけなのかな、さっきのガラスが割れるかもとか玄関掃除とか、まったくどうして
ジョーはこういう発想がないのだろう。
…形勢逆転くらいは考えたって良いよな?
とりあえずあの雪玉の山からジョーを引き離してイーブンまで持っていけば何とかなるかもしれないと、
球の投げにくい裏の林へと僕は逃げ込んだ。
そのまま僕は木の陰に隠れて、足元の雪で二つ玉を握って様子をうかがう。
「さて、後はどうしようかな。」
物量作戦だけで他に何の作戦も立てていなさそうなジョーと対戦するなら、
頃合を見計らって家のほうにダッシュすれば、さっきジョーが作っていた玉の山が自分の見方に
なることは確実、そのまま家に逃げ込んで暖かいものでも用意してジョーに声をかければ、
それで雪遊びは終わりになるだろう。
やれやれ、初めての雪遊びがコレだとは。
その僕の脇をヒュン!と雪玉が飛んできた。
どうやらジョーが僕を見つけたようだ。
僕は作った玉の一つを飛んできた方向へ一つ投げる。
また一つ飛んできたので僕はもう一つを投げた。
林の中は落ちている雪がちょっと少ない。その雪をかき集めて新しい玉を握ろうとした時だった。
ヒュヒュヒュ…と空気の擦過音が聞こえたのだ。それと同時に木の幹がドンドン!と
威勢の良い音を立てた。
「うわ!?」
分からないはず無いじゃないか!この音は加速装置の音で、ジョーは音速で周囲の木を揺らした!
そう思った時には、既に目の前に加速を解いたジョーが立っていて、その顔がニカーッて笑ったんだ。
その笑みの憎らしい事と言ったら!
「ジ…ョ!」
ドサーっという音と共に、僕の身体は雪に埋まった。
ジョーが笑い転げているのが聞こえる。
あの雪玉の山はダミーで、僕が林の中に逃げることも想定していて、
最初から加速装置を使うことも考えていたに違いない。
加速装置を使うのは想定外。やられた、まったく僕が甘かった。
のそのそと雪の山から這い出てみれば、ジョーは大口を開けて笑っていた。
「いやったー!」
「……。」
そう、僕は甘かった。だから今度は甘くないことを僕がやってやろう。
笑っていられるのも今のうちだぞジョー。
今度こそ形勢逆転だ…。
「ピュンマ真っ白!」
「……。」
誰が真っ白にしたんだよ!
まとわりつく雪をそのままに、僕はジョーとの間に雪山を挟んで対峙する。
木の上に積もった雪は柔らかく、フワフワしながらまだ少しずつ落ちてくる。
興奮した表情のまま、ジョーは僕に話しかけてきた。
「どうだった!?びっくりした!?まさかこんなに上手くいくとは思って無かったよ!」
「…うん。こんな姿にされるとは思って無かったよ…。」
ジョーは嬉しそうにガッツポーズ。僕は表情を悟られないように盛大に両手を広げて肩をすくめて見せて…。
「え…!」
仰向けに倒れた。
「ピュンマ!」
埋もれていた雪で倒れた僕が見えないのに不安を覚えたジョーは、やり過ぎたかと思い、きっと駆け寄ってくる。
目には目を。能力には能力を。
踏み固められていない雪。柔らかい雪。
水中で無敵の推進力を作り出す僕の足のスクリューが積もりたての雪山に向けられたら?
「ピュンマ!っ…わぎゃーっ!?」
僕はさっきのジョーと同じ顔をした。
それで遊びは終わりになって、僕らは互いの雪まみれの姿にお腹を抱えて笑った。
雪まみれの玄関で仁王立ちしているフランソワーズの姿を見つけるまで。
「玄関の掃除と、さっき着ていた服の洗濯は責任を取ること。…本当に呆れちゃうわ…。」
溜息混じりのその声に、ジョーも僕も上目遣いでフランソワーズの顔色をうかがうしかない。
まぁ、ホットチョコレート入りのマグカップで暖を取る僕等を見たら、呆れる以外する事は何も無いだろうけれど。
小さなくしゃみをひとつするジョーに、元々そんなつもりは無かったと言いたげに僕はじろりと当人を睨んだ。
そう、仕掛けてきたのはジョーなのだから。
僕は絶対「こたつ」派だ。
********************** おしまい ********************
【 みずのもり 】 の 塩蔵さま から頂戴しました♪
ありがとうございました キリリク作品です〜〜〜 (#^.^#)
ぴゅんま様には コタツ は熱すぎるのでは???
ちなみにウチのにゃんこは コタツの上 がお気に入りプレイス でした♪
Last updated : 01,20,2012. index